説明

ジカルボン酸ジエステルの製造方法

【課題】高価な触媒や煩雑な製造工程を必要とせずに、高い収率、選択率でジカルボン酸ジエステルを製造することができ、工業的なジカルボン酸ジエステルの製造に好適なジカルボン酸ジエステルの製造方法を提供する。
【解決手段】ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルからジエステルを製造する方法であって、該製造方法は、芳香族スルフィン酸塩の存在下でビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルを反応させてジエステル化する工程を含むことを特徴とするジカルボン酸ジエステルの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジカルボン酸ジエステルの製造方法に関する。より詳しくは、医薬、農薬を初めとする各種有機化合物、塗料用ポリエステル樹脂、ウレタン樹脂製造用の原料やその他重合体の原料として用いられるジカルボン酸ジエステルの製造に好適に用いられる製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カルボン酸エステルの二量体(ダイマー)であるジカルボン酸ジエステルは、医薬、農薬を初めとする各種有機化合物、塗料用ポリエステル樹脂、ウレタン樹脂製造用の原料やその他重合体の原料として用いられており、非常に有用である。また、ジカルボン酸ジエステルは、カルボキシル基を2つ有することに起因して、通常のカルボン酸モノエステルとは異なる特性を発揮することが期待される。例えば、ジカルボン酸ジエステルから得られるジカルボン酸を原料としてポリカルボン酸系重合体を製造した場合、側鎖にカルボキシル基を2つ有する重合体となり、これを洗剤ビルダーとして用いると、カルシウム等のキレート能に優れた重合体となると考えられる。ジカルボン酸ジエステルは、このような分散剤、水処理剤、洗剤用のビルダーの原料としてだけでなく、様々な分野への利用が期待されている。
【0003】
ジカルボン酸ジエステルの製造方法としては、触媒として1,4−ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン(DABCO)やトリアルキルホスフィンを用いた製造方法が開示されている(例えば、非特許文献1参照。)。また、トリアルキルホスフィンを配位子として有するルテニウムの錯体を触媒として用いたアクリル酸系化合物の二量化反応が開示されている(例えば、非特許文献2参照。)。更に、カリウム−ベンジルカリウムを塩基性触媒として用いたアクリル酸エステルの二量化反応や、ナトリウムアルコキサイドを触媒として用いたアクリル酸エステルの二量化反応が開示されている(例えば、非特許文献3、4参照。)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】エンゲルバート・シガネク(Engelbert Ciganek)、「オーガニック リアクションズ(Organic Reactions)」、1997年、第51巻、p.201−350
【非特許文献2】チェ エス・イ(Chae S. Yi)外1名、「ジャーナル オブ オーガノメタリック ケミストリー(Journal of Organometallic Chemistry)」、1998年、第553巻、p.157−161
【非特許文献3】ジョセフ・シャブタイ(Joseph Shabtai)外1名、「ジャーナル オブ オーガニック ケミストリー(Journal of Organic Chemistry)」、1978年、第43巻、第21号、p.4086−4090
【非特許文献4】ビー・エー・フェイト(B.A.Feit)、「ヨーロピアン ポリマージャーナル(European Polymer Journal)」、1967年、第3巻、p.523−534
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように、ジカルボン酸ジエステルの製造方法として、いくつかの方法が開示されている。しかしながら、トリアルキルホスフィンを触媒として用いる方法では、トリアルキルホスフィンが高価であることに加え、ホスフィンの酸化を防ぐために窒素又はアルゴン雰囲気下で反応を行うことが必要であり、製造工程が煩雑なものとなる。また、DABCOを触媒として用いた製造では、基質として用いられているカルボン酸エステルは入手困難なフェニルエステル等に限定されており、ルテニウムとトリアルキルホスフィンとの錯体を触媒として用いた製造については、触媒が高価である。更に、カリウム−ベンジルカリウムを塩基性触媒として用いた場合には、基質として用いられているアクリル酸エステルは特定の種類のものに限定されており、嵩高いエステル基をもたないアクリル酸エステルでは、二量化で反応が止まらずにポリマー化するものの割合が高く、二量体の選択率が低くなっている。更に、ナトリウムアルコキサイドを触媒として用いた場合では、カルボン酸エステルの二量体の末端にオキシアルキレン基が付加した化合物の割合が高くなっており、カルボン酸エステルの二量体の選択率が充分に高いとはいえない結果となっている。また、ポリマー化の進行もみられる。
このように上記いずれの方法においても、触媒が高価であったり、製造工程が煩雑となったり、カルボン酸エステルの二量体を高い選択率で得ることができない等、ジカルボン酸ジエステルの製造方法を工業的に効率的に実施できるようにするために解決すべきいくつかの課題があった。ジカルボン酸ジエステルの製造を工業的に好適なものにするためには、製造コストを抑え、煩雑な工程を必要としない製造方法であることが必要であり、また、カルボン酸エステルの二量体に三量体が混ざっていると、重合体の原料とした場合に、重合性が悪くなることから、二量体を高い選択率で製造できることが必要となる。このため、これらの課題を解決することができるジカルボン酸ジエステルの製造方法が求められている。
【0006】
本発明は、上記現状に鑑みてなされたものであり、高価な触媒や煩雑な製造工程を必要とせずに、高い収率、選択率でジカルボン酸ジエステルを製造することができ、工業的なジカルボン酸ジエステルの製造に好適なジカルボン酸ジエステルの製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、ジカルボン酸ジエステルを高収率、高選択率で製造することができる方法について検討し、カルボン酸エステルの二量化反応に最適な触媒について種々検討したところ、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルからジエステルを製造する場合に、芳香族スルフィン酸塩を触媒として用いると、ジカルボン酸ジエステルを高い収率かつ高い選択率で得られることを見出した。触媒として用いられる化合物の中でも、芳香族スルフィン酸塩は、高価な化合物ではなく、二量化反応を窒素やアルゴン雰囲気下で行う必要はない。また、芳香族スルフィン酸塩は、上述したカリウム−ベンジルカリウムやナトリウムアルコキサイド等と同様に塩基性触媒であるが、同じ塩基性触媒でも、カリウム−ベンジルカリウムは、反応性が高過ぎてポリマーの生成が多くなり、また、ナトリウムアルコキサイドを用いた場合には、二量体の末端にオキシアルキレン基が付加した化合物が多く生成したりする不具合があるが、芳香族スルフィン酸塩を用いた場合には、高い収率、選択率でジカルボン酸ジエステルを製造することができる。また、芳香族スルフィン酸塩を用いた場合には、基質としてエステル部分の嵩が低いものを用いた場合でも、高い収率、選択率でジカルボン酸ジエステルを製造することができ、カリウム−ベンジルカリウムを用いた場合よりも基質の適用範囲が広い。
【0008】
なお、芳香族スルフィン酸塩を用いることによってアクリロニトリルを二量化することができるが、アクリロニトリルに適用した場合、反応性が高いため、二量体に加え、重合体も多く生成することになる。これに対し、本発明のようにアクリル酸エステル等のビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルを基質とする場合、芳香族スルフィン酸塩を触媒として用いることで二量化反応よりも多量化(三量体、四量体の生成など)する反応が進行する割合が低く、高い収率かつ選択率で二量体を製造することができる。カルボン酸エステルはアクリロニトリルに比べて反応性が低いものであるが、二量化反応が進行することを見出し、その反応性に起因して二量化反応よりも多量化する反応の進行が抑制されているものと推察される。このようなことは従来においては予測できなかったことであるが、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルと芳香族スルフィン酸塩とを組み合わせることが好適であることを見出したことによって効率的なジエステルの製造方法が達成されたものである。
このように、カルボン酸エステルの二量体を製造することを目的として、カルボン酸エステルの反応性と触媒の活性とを考慮し、基質と触媒との組み合わせを最適なものとすることで、二量体であるジカルボン酸ジエステルが高い収率かつ選択率で得られることを見出し、上記課題をみごとに解決することができることに想到し、本発明に到達したものである。
上記のように芳香族スルフィン酸塩がジエステルの製造方法にとって好適であることは、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルを基質とする場合に特有のことであり、そこに本発明の技術的意義がある。
【0009】
すなわち本発明は、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルからジエステルを製造する方法であって、上記製造方法は、芳香族スルフィン酸塩の存在下でビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルを反応させてジエステル化する工程を含むことを特徴とするジカルボン酸ジエステルの製造方法である。
以下に本発明を詳述する。
【0010】
本発明のジカルボン酸ジエステルの製造方法は、芳香族スルフィン酸塩の存在下でビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルを反応させてジエステル化する工程を含むものであるが、この工程を含む限り、その他の工程を含んでいてもよい。すなわち、他の原料を用いてカルボン酸エステルを中間体として生成させてジカルボン酸ジエステルを製造する場合であっても、カルボン酸エステルを反応させてジエステル化する工程を含む限り、本発明のジカルボン酸ジエステルの製造方法に該当することになる。
なお、本発明において、ジカルボン酸ジエステルとは、カルボン酸エステル2分子から得られる化合物を意味し、カルボン酸エステル2分子以外の化合物由来の構造部分をもつ化合物は含まれない。
本発明の製造方法において、芳香族スルフィン酸塩、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルは、それぞれ1種を用いてもよく、2種以上を用いてもよい。
【0011】
上記芳香族スルフィン酸塩の存在下でビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルを反応させてジエステル化する工程の反応機構は以下のように考えられる。芳香族スルフィン酸塩のスルフィン酸基にアニオンが生じ、これがカルボン酸エステルのビニル基の炭素と結合して、ビニル基を形成していたもう一方の炭素原子上にアニオンが発生する。このアニオンが、別のカルボン酸エステルのビニル基の炭素と結合してジカルボン酸ジエステルが生じる。なお、その際、当該別のカルボン酸エステルのビニル基を形成していたもう一方の炭素原子上にアニオンが発生するが、プロトン供与性化合物の存在する場合では分子内のプロトン移動が起こり、触媒が遊離しやすくなり、二量化で止まる。しかしながら、プロトン供与性化合物の存在しない場合では、分子間で更に別のカルボン酸エステルにアニオンが攻撃して、三量体以上が生成しやすくなる。
【0012】
【化1】

【0013】
本発明の製造方法においては、芳香族スルフィン酸塩の存在下でビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルを反応させてジエステル化することになるが、ジエステル化工程において、芳香族スルフィン酸塩が存在していれば、反応系中に、反応基質であるビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステル、芳香族スルフィン酸塩、基質が反応して得られるカルボン酸エステルの二量体及び三量体以上の多量体、後述する溶媒、並びに、プロトン供与性化合物以外のその他の化合物が存在していてもよい。
上記芳香族スルフィン酸塩の使用量は、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステル100モル%に対して、0.01〜50モル%であることが好ましい。芳香族スルフィン酸塩が0.01モル%より少ないと、ジカルボン酸ジエステルの収率を充分に高めることができないおそれがある。50モル%より多いと、触媒にかかる費用が高くなり、経済的に好ましくない。芳香族スルフィン酸塩の使用量は、より好ましくは、0.1〜40モル%であり、更に好ましくは、1〜30モル%である。
【0014】
上記芳香族スルフィン酸塩とは、芳香環とスルフィン酸基とを有する化合物の塩であれば、特に制限されず、芳香環やスルフィン酸基は、1つであってもよく、2つ以上であってもよく、その他の官能基を有していてもよい。また、芳香環としては、置換基があってもよく、置換基としては、炭素数1〜18の有機基、ハロゲン基、ニトロ基、水酸基が好ましい。置換基は1個のみでも、複数個あってもよい。これら芳香族スルフィン酸としては、例えば、ベンゼンスルフィン酸、p−トルエンスルフィン酸、p−クロロベンゼンスルフィン酸、p−ニトロベンゼンスルフィン酸等が挙げられる。
また、塩としては、特に制限されず、ナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩、テトラメチルアンモニウム塩、テトラエチルアンモニウム塩、テトラブチルアンモニウム塩、テトラオクチルアンモニウム塩等のいずれの塩であっても良い。
芳香族スルフィン酸塩の具体例としては、上記芳香族スルフィン酸の塩が挙げられ、これらの中でも、p−トルエンスルフィン酸ナトリウム、ベンゼンスルフィン酸ナトリウム、p−クロロベンゼンスルフィン酸ナトリウム、p−トルエンスルフィン酸テトラブチルアンモニウム、ベンゼンスルフィン酸テトラブチルアンモニウム、p−クロロベンゼンスルフィン酸テトラブチルアンモニウムが好ましい。より好ましくはp−トルエンスルフィン酸ナトリウム、p−トルエンスルフィン酸テトラブチルアンモニウムである。また、これらは結晶水を含んでいてもよい。
【0015】
本発明の製造方法においては、上記芳香族スルフィン酸塩を反応系中に加えてもよく、芳香族スルフィン酸と該芳香族スルフィン酸と塩を形成する塩基性化合物を反応系中に加え、系中で芳香族スルフィン酸塩を生成させて触媒として用いてもよい。反応系中で芳香族スルフィン酸塩を生成させる場合、芳香族スルフィン酸としては上記のものを用いることができる。芳香族スルフィン酸と塩を形成する塩基性化合物としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、テトラメチルアンモニウムヒドロキシド、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、テトラブチルアンモニウムヒドロキシド、テトラオクチルアンモニウムヒドロキシド等が挙げられる。これらの中でも、水酸化ナトリウム、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、テトラブチルアンモニウムヒドロキシドが好ましい。より好ましくは、水酸化ナトリウム、テトラブチルアンモニウムヒドロキシドである。
【0016】
本発明のジカルボン酸ジエステルの製造方法に用いるビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルとしては、カルボン酸エステルであって、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するものであれば特に制限されず、下記一般式(1);
【0017】
【化2】

【0018】
(式中、R、Rは、同一若しくは異なって、水素原子又は炭素数1〜30の有機基を表す。Rは、炭素数1〜30の有機基を表す。)で表される構造を有するいずれの化合物も用いることができる。
、Rの有機基は、直鎖状であっても分岐鎖状であってもよく、また、環状であってもよい。
、Rが炭素数1〜30の有機基である場合、有機基としては、炭素数1〜18の有機基が好ましい。より好ましくは、炭素数1〜12の有機基であり、更に好ましくは、炭素数1〜8の有機基である。
の有機基は、直鎖状であっても分岐鎖状であってもよく、また、環状であってもよい。好ましい炭素数としては、1〜18であり、より好ましくは、1〜12であり、更に好ましくは、1〜8である。最も好ましくは、1〜4である。上述したように、カリウム−ベンジルカリウムを塩基性触媒として用いた場合には、嵩高いエステル基をもたないアクリル酸エステルでは、二量化で反応が止まらずにポリマー化するものの割合が高いが、芳香族スルフィン酸塩を触媒として用いた場合には、エステル部分が嵩高いものでなくても、高い収率、選択率で二量体が得られることになる。このため、このようなエステル部分が炭素数の小さい有機基であるカルボン酸エステルを基質として用いる形態は、本発明の好ましい実施形態の1つであるといえる。
【0019】
上記R、Rの有機基としては、水素原子、鎖状飽和炭化水素基、脂環式炭化水素基、芳香族炭化水素基が好ましい。中でも、水素原子、鎖状飽和炭化水素基が好ましい。水素原子が最も好ましい。
上記Rにおける有機基としては、例えば、鎖状飽和炭化水素基、脂環式炭化水素基又は芳香族炭化水素基であることが好ましい。これらの基は、置換基を有していてもよく、すなわち、これらの基を構成する炭素原子に結合する水素原子の少なくとも一部を置換基で置き換えた置換鎖状飽和炭化水素基、置換脂環式炭化水素基又は置換芳香族炭化水素基であってもよい。中でも、置換基を有していてもよい鎖状飽和炭化水素基が好ましい。
【0020】
上記鎖状飽和炭化水素基としては、メチル、エチル、n−プロピル、i−プロピル、n−ブチル、s−ブチル、t−ブチル、n−アミル、s−アミル、t−アミル、n−ヘキシル、s−ヘキシル、n−ヘプチル、n−オクチル、s−オクチル、t−オクチル、2−エチルヘキシル、カプリル、ノニル、デシル、ウンデシル、ラウリル、トリデシル、ミリスチル、ペンタデシル、セチル、ヘプタデシル、ステアリル、ノナデシル、エイコシル、セリル、メリシル等の基が好適である。
また鎖状飽和炭化水素基を構成する炭素原子に結合する水素原子の少なくとも一部をアルコキシ基、ヒドロキシ基、ハロゲン原子等で置換したものであってもよく、例えば、アルコキシ基置換鎖状飽和炭化水素基、ヒドロキシ置換鎖状飽和炭化水素基、ハロゲン置換鎖状飽和炭化水素基等が好適なものとして挙げられる。
上記アルコキシ基置換鎖状飽和炭化水素基としては、例えばメトキシエチル、メトキシエトキシエチル、メトキシエトキシエトキシエチル、3−メトキシブチル、エトキシエチル、エトキシエトキシエチル、フェノキシエチル、フェノキシエトキシエチル等の基が好適なものとして挙げられる。上記ヒドロキシ置換鎖状飽和炭化水素基としては、例えばヒドロキシエチル、ヒドロキシプロピル、ヒドロキシブチル等の基が好適なものとして挙げられる。上記ハロゲン置換鎖状飽和炭化水素基としては、ハロゲン原子がフッ素原子又は塩素原子であることが好ましく、例えばフルオロエチル、ジフルオロエチル、クロロエチル、ジクロロエチル、ブロモエチル、ジブロモエチル等の基が好適なものとして挙げられる。
【0021】
上記脂環式炭化水素基としては、シクロペンチル、シクロヘキシル、4−メチルシクロヘキシル、4−t−ブチルシクロヘキシル、トリシクロデカニル、イソボルニル、アダマンチル、ジシクロペンタジエニル等の基が好適なものとして挙げられる。これについても、構成する炭素原子に結合する水素原子の少なくとも一部をアルコキシ基、ヒドロキシ基やハロゲン原子等で置き換えた置換脂環式炭化水素基であってもよい。
【0022】
上記芳香族炭化水素基としては、フェニル、メチルフェニル、ジメチルフェニル、トリメチルフェニル、4−t−ブチルフェニル、ベンジル、ジフェニルメチル、ジフェニルエチル、トリフェニルメチル、シンナミル、ナフチル、アントラニル等の基が好適なものとして挙げられる。これについても、構成する炭素原子に結合する水素原子の少なくとも一部をアルコキシ基、ヒドロキシ基やハロゲン原子等で置き換えた置換芳香族炭化水素基であってもよい。
上述した置換基としては、他にも、カルボキシル基、カルボニル基、水酸基、アセトキシ基、アミノ基、ジアルキル基、ニトロ基、メルカプト基、スルホン基等が挙げられる。
【0023】
上記ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルの具体例としては、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸n−プロピル、アクリル酸イソプロピル酸、アクリル酸n−ブチル、アクリル酸t−ブチル、アクリル酸シクロヘキシル等のアクリル酸エステル;クロトン酸メチル、クロトン酸エチル、3,3−ジメチルアクリル酸メチル、マレイン酸ジメチル、マレイン酸ジエチル、フマル酸ジメチル、フマル酸ジメチル等が挙げられる。これらの中でも、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸n−プロピル、アクリル酸イソプロピル酸、アクリル酸n−ブチル、アクリル酸t−ブチル等のアクリル酸エステルが好ましい。より好ましくは、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸n−ブチル、アクリル酸t−ブチル等のアクリル酸エステルである。
【0024】
上記ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルを反応させてジエステル化する反応の反応温度は、10〜150℃であることが好ましい。反応温度が10℃より低いと反応が遅く、時間がかかってしまう。また、150℃より高いと原料の重合が起こりやすい。より好ましくは、30〜120℃であり、更に好ましくは、50〜100℃である。
反応時間は0.1〜240時間であることが好ましい。より好ましくは、0.5〜160時間であり、更に好ましくは、1〜80時間である。
また、反応は、0.01〜1MPaの圧力条件下で行われることが好ましい。より好ましくは、0.02〜0.5MPaであり、更に好ましくは、0.03〜0.2MPaである。
【0025】
本発明のジカルボン酸ジエステルの製造方法において、ジエステル化工程は、プロトン供与性化合物を添加して行われることが好ましい。上述したように、ジエステル化工程においては、芳香族スルフィン酸塩の作用でカルボン酸エステルのビニル基の炭素原子上に発生したアニオン部分に別のカルボン酸エステルのビニル基の炭素原子が結合を形成して二量体が生成することになるが、その際、結合を形成した当該別のカルボン酸エステルのビニル基の炭素原子上にアニオンが発生するため、ここに更に別のカルボン酸エステルが反応することが繰り返されると、三量体以上の多量体が形成されることになる。しかし、ジエステル化工程において、プロトン供与性化合物が存在すると、分子内のプロトン移動が起こり、触媒が遊離しやすくなり、二量化で止まる。このため、三量体以上の多量体の形成が抑制され、ジカルボン酸ジエステルの選択率が向上することになる。
プロトン供与性化合物は、1種又は2種以上を用いることができる。
【0026】
上記プロトン供与性化合物としては、プロトンを供与することができる化合物であれば特に制限されないが、アルコール、アミン、チオール等を用いることができる。これらの中でも、アルコールが好ましい。より好ましくは、3級アルコールである。すなわち、プロトン供与性化合物が、3級アルコールであることは、本発明の好適な実施形態の1つである。3級アルコールとしては、t−ブタノール、t−アミルアルコール等を用いることができる。
【0027】
上記プロトン供与性化合物の添加量としては、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルに対して、0.01〜5当量であることが好ましい。プロトン供与性化合物が0.01当量より少ないと、ジカルボン酸ジエステルの選択率を充分に高めることができないおそれがある。5当量より多いと、ジカルボン酸ジエステルの収率が低くなりすぎるおそれがある。プロトン供与性化合物の使用量は、より好ましくは、0.1〜4当量であり、更に好ましくは、0.2〜3当量である。
【0028】
上記ジエステル化工程は、非プロトン性極性溶媒を用いて行われることが好ましい。上述のとおり、ジカルボン酸ジエステルは、芳香族スルフィン酸塩の作用でカルボン酸エステルのビニル基の炭素原子上に発生したアニオン部分に別のカルボン酸エステルのビニル基の炭素原子が結合を形成することで生成することになる。プロトン性極性溶媒を用いると、カルボン酸エステルのビニル基の炭素原子上に発生したアニオンの周りに、プロトン供与性化合物が多量に存在することになり、二量化反応がおこる前にプロトンの供与により失活してしまうカルボン酸エステルが多くなり、二量化反応が充分におこらないおそれがある。非プロトン性極性溶媒を用いると、溶媒が原因となる反応活性種の失活がおこらないため、充分に二量化反応を進めることができる。
非プロトン性極性溶媒は、1種又は2種以上を用いることができる。
【0029】
上記非プロトン性極性溶媒としては、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMA)、N−メチルピロリドン、テトラヒドロフラン、ヘキサメチルリン酸トリアミド、アセトン、アセトニトリル等を用いることができる。これらの中でも、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMA)が好ましい。より好ましくは、ジメチルスルホキシド(DMSO)である。
【0030】
上記非プロトン性極性溶媒の使用量としては、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステル100質量%に対して、1〜1000質量%であることが好ましい。非プロトン性極性溶媒がこのような量であると、二量化反応を充分に進めることができる。より好ましくは、50〜750質量%であり、更に好ましくは、100〜500質量%である。
【0031】
本発明のジカルボン酸ジエステルの製造方法は、反応原料であるビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルや、生成物であるジカルボン酸ジエステルの重合を抑制するために、重合禁止剤や分子状酸素を用いることが好ましい。
【0032】
上記重合禁止剤としては、アクリル系単量体やビニル系単量体の重合禁止剤として用いられるものであればよく、例えば、o−メトキシフェノール、m−メトキシフェノール若しくはp−メトキシフェノール(メトキノン)等のメトキシフェノール、又は、該メトキシフェノールがメチル基、t−ブチル基若しくは水酸基等の1個若しくは2個以上の置換基を有するメトキシフェノール類;ヒドロキノン、ベンゾキノン、p−tert−ブチルカテコール等のキノン類;2,6−ジ−tert−ブチルフェノール、2,4−ジ−tert−ブチルフェノール、2−tert−ブチル−4,6−ジメチルフェノール、2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール、2,4,6−トリ−tert−ブチルフェノール等のアルキルフェノール類;アルキル化ジフェニルアミン、N,N′−ジフェニル−p−フェニレンジアミン、フェノチアジン、4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン、4−ベンゾイルオキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン、1,4−ジヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン、1−ヒドロキシ−4−ベンゾイルオキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン等のアミン類;ジメチルジチオカルバミン酸銅、ジエチルジチオカルバミン酸銅、ジブチルジチオカルバミン酸銅等のジチオカルバミン酸銅類;2,2,6,6−テトラメチルピペリジン1−オキシル、4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン1−オキシル、4−ベンゾイルオキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン1−オキシル、4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン1−オキシルのエステル等の1−オキシル類等が挙げられ、これらの1種又は2種以上を用いることができる。
【0033】
上記重合禁止剤の使用量としては、収率、重合抑制、経済性の観点から、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステル等の重合性をもつ原料及び/又は中間体の全量に対して、0.01ppm以上とすることが好ましく、0.1ppm以上がより好ましく、1ppm以上が更に好ましく、10ppm以上が特に好ましい。また、5000ppm以下とすることが好ましく、3000ppm以下がより好ましく、2000ppm以下が更に好ましく、1500ppm以下が特に好ましい。
上記ジエステル化工程に関しては、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルおよび生成物であるジカルボン酸ジエステルのそれぞれの全量に対して、上記の範囲とすることがより好ましい。
【0034】
本発明のジカルボン酸ジエステルの製造方法に用いられるカルボン酸エステルとしては、上述したように、アクリル酸エステルを好適に用いることができ、その場合、2−メチレングルタル酸ジエステルを製造することができる。このように、本発明のジカルボン酸ジエステルの製造方法が、アクリル酸エステルから2−メチレングルタル酸ジエステルを製造する方法であることは、本発明の好適な実施形態の1つである。
【0035】
上記製造方法により製造された2−メチレングルタル酸ジエステルは、更に加水分解することにより、2−メチレングルタル酸モノエステル、2−メチレングルタル酸や2−メチレングルタル酸塩等の2−メチレングルタル酸系化合物とすることができる。このようにして得られた2−メチレングルタル酸系化合物は、重合体の原料等として好適に用いることができる。このような、本発明のジカルボン酸ジエステルの製造方法により製造された2−メチレングルタル酸ジエステルを加水分解して得られるメチレングルタル酸系化合物もまた、本発明の1つである。
【発明の効果】
【0036】
本発明のジカルボン酸ジエステルの製造方法は、上述の構成よりなり、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルからジカルボン酸ジエステルを高い収率、選択率で製造することができる方法であって、高価な触媒や煩雑な反応条件を必要としないことから、各種工業用途への利用が期待されるジカルボン酸ジエステルの工業的な製造に好適に使用することのできる製造方法である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。なお、特に断りのない限り、「部」は「重量部」を、「%」は「質量%」を意味するものとする。
【0038】
[評価方法]
(反応収率及び転化率)
反応の収率及び転化率は、ガスクロマトグラフ(GC−2014(商品名)、SHIMADZU社製、キャピラリーカラム InertCap5(商品名)長さ30×内径0.25mm、膜厚0.25μm)を使用して測定し、事前に作成した検量線を使用して求めた。
【0039】
実施例1
20mL蓋付き試験管にアクリル酸メチル0.86g、触媒としてp−トルエンスルフィン酸ナトリウム・四水和物125mg、溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)3mLを仕込んで攪拌した。上記反応液内を1atm(0.1MPa)、80℃に保ちながら6時間攪拌させて、反応を完了させた。反応終了後、ガスクロマトグラフィーで分析したところ2−メチレングルタル酸ジメチルの収率は17モル%で、原料であるアクリル酸メチルの転化率は32モル%であった。
【0040】
実施例2
反応時間を66時間とした以外は実施例1と同様に実施した。結果は表1に記載した。
実施例3〜14、参考例1、2
基質や触媒の種類、触媒量、プロトン供与性化合物の添加の有無、溶媒、及び、反応時間を表1のようにした以外は、実施例1と同様の方法により反応を行い、ガスクロマトグラフィーで二量体、三量体の収率、基質転化率、及び、二量体の選択率を測定した。なお、実施例9、10においては、芳香族スルフィン酸塩のかわりに、芳香族スルフィン酸であるp−トルエンスルフィン酸と塩基性化合物であるテトラブチルアンモニウムヒドロキシドとを添加し、反応系中で芳香族スルフィン酸塩を生成させ、反応を行った。結果を表1に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
実施例15
実施例1の反応液を蒸留することで得られた2−メチレングルタル酸ジメチル10.3g、水酸化ナトリウム7.20g、メタノール30mL、水30mLを100mLフラスコに仕込んで攪拌した。上記反応液内を80℃に保ちながら3時間攪拌させて、反応を完了させた。反応液に12N塩酸水溶液を加え酸性にした後、メタノールを留去した。続いて、反応液を酢酸エチルを用いて抽出し、有機層を無水硫酸マグネシウムを用いて乾燥後、酢酸エチルを留去し、メチレングルタル酸8.3g(収率96モル%)を得た。
【0043】
実施例1〜14の結果から、基質として、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルであるアクリル酸メチルを用い、触媒として芳香族スルフィン酸塩を用いることで、ジエステル化反応が進行し、二量体が高い選択率で得られることが確認された。また、基質としてアクリロニトリルを用いた参考例1、2との比較から、本発明の製造方法は、基質としてアクリル酸メチル等のようなビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルを基質として用いた場合に、高い選択率で二量体を得ることができる製造方法であり、特に、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルから二量体を製造する方法として好適な方法であることが確認された。なお、参考例1、2について、表1からは、三量体の収率が低く、二量体が選択的に生成しているようにも見えるが、基質としてアクリロニトリルを用いた場合には基質の転化率が高く、基質が4つ以上結合した多量体が多く生成しており、二量体の選択率は低い結果となった。
また、実施例1〜3の比較から、反応時間を長くしたり、基質に対する触媒量を最適化することで、二量体の収率、基質の転化率が高くなることが確認され、実施例1〜3と実施例4〜6との比較から、プロトン供与性化合物を添加して反応を行うことで、二量体の収率は低下するものの、二量体の選択率が向上することが確認された。
更に実施例1と実施例7、8との比較から、芳香族スルフィン酸塩の中でも、p−トルエンスルフィン酸塩が、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルから二量体を製造する場合の触媒として好ましいことが確認され、実施例1、4と実施例9、10との比較から、芳香族スルフィン酸塩を反応系に加えた場合だけでなく、芳香族スルフィン酸と、塩基性化合物とを加え、反応系中で芳香族スルフィン酸塩を生成させるようにした場合にも、高い収率、選択率で二量体が得られることが確認され、選択率については、芳香族スルフィン酸塩を反応系に加えた場合よりも、反応系中で生成させたほうが高い結果となった。
更に、実施例1、4と実施例11〜14との比較から、溶媒としてDMSOを用いた場合に、二量体の収率が高くなることが確認された。
なお、上記実施例においては、基質、触媒、プロトン供与性化合物、及び、溶媒として特定の化合物を用いて反応を行った例が示されているが、芳香族スルフィン酸塩の存在下でビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルを反応させてジエステル化する機構は、すべて同様であることから、上記実施例の結果から、本明細書において開示した種々の形態において本発明のジカルボン酸ジエステルの製造方法が適用でき、有利な作用効果を発揮することができるといえる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルからジエステルを製造する方法であって、
該製造方法は、芳香族スルフィン酸塩の存在下でビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルを反応させてジエステル化する工程を含む
ことを特徴とするジカルボン酸ジエステルの製造方法。
【請求項2】
前記ジエステル化工程は、プロトン供与性化合物を添加して行われることを特徴とする請求項1に記載のジカルボン酸ジエステルの製造方法。
【請求項3】
前記プロトン供与性化合物は、3級アルコールであることを特徴とする請求項2に記載のジカルボン酸ジエステルの製造方法。
【請求項4】
前記ジエステル化工程は、非プロトン性極性溶媒を用いて行われることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のジカルボン酸ジエステルの製造方法。
【請求項5】
前記製造方法は、アクリル酸エステルから2−メチレングルタル酸ジエステルを製造する方法であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のジカルボン酸ジエステルの製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載の方法により製造された2−メチレングルタル酸ジエステルを加水分解して得られることを特徴とするメチレングルタル酸系化合物。

【公開番号】特開2011−79775(P2011−79775A)
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−233272(P2009−233272)
【出願日】平成21年10月7日(2009.10.7)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】