説明

スピン磁気共鳴装置および方法

【課題】共振器の応答関数から過渡現象を補償できる振動電圧を理論的に計算することにより、Q値を下げることなく過渡現象を補償し、意図する通りに任意の振動磁場を発生させることのできるスピン磁気共鳴装置および方法を提供する。
【解決手段】入力振動電圧パルスの包絡線波形が前記共振器の過渡応答によって歪まされて、所望する波形からずれた包絡線波形の振動磁場パルスが生成され試料に印加されてしまう現象を補償するために、前記共振器の応答関数に基づいて予め求めた、共振器が目的とする包絡線波形を有する振動磁場パルスを発生するために前記共振器に入力すべき振動電圧パルスの逆歪み包絡線波形データを記憶する手段を設け、記憶した逆歪み包絡線波形データに基づき、逆歪み包絡線波形を有する振動電圧パルスを発生して前記共振器に入力するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピン磁気共鳴装置、例えば核磁気共鳴装置(NMR)、電子スピン共鳴装置(ESR)、核四極子共鳴装置(NQR)、核磁気共鳴イメージング装置(MRI)、電子スピン共鳴イメージング装置(ESRI)において用いられる高周波パルスの技術分野に属するものである。
【背景技術】
【0002】
核磁気共鳴装置(NMR)、電子スピン共鳴装置(ESR)、核四極子共鳴装置(NQR)、核磁気共鳴イメージング装置(MRI)、電子スピン共鳴イメージング装置(ESRI)などのスピン磁気共鳴装置においては、高周波磁場を効率良く試料に照射したり、また試料の発生する高周波磁場信号(磁気共鳴信号)を効率良く観測したりするために、高周波電圧を増幅させる共振器が試料をセットする場所として用いられている。
【0003】
ところが、高周波磁場の照射/観測の効率を高める目的で用いられるこれらの共振器は、定常状態になるまでに過渡現象が発生し、必ず遅延が発生することが知られている。この過渡現象は、共振器がエネルギーを蓄え、あるいは共振器がエネルギーを放出するために発生する。そのため、共振器に蓄えられるエネルギーの指標となるQ値が大きいほど過渡現象は大きくなり、逆にQ値が小さいほど過渡現象は小さくなる。従って、Q値が大きい共振器ほど信号の励起および観測の効率は高くなるが、同時に大きな過渡現象を引き起こすことになる。
【0004】
この過渡現象は、磁気共鳴現象の励起および観測に対して問題を引き起こす。振動磁場を生成するために振動電圧を共振器に印加する場合を考える。例として、包絡線が矩形波となる振動電圧を印加したときのことを考える。このような振動電圧は、多くの磁気共鳴現象で利用され、パルス(励起パルス)と称されることが多い。図1の左側に印加する振動電圧のパルス形状(矩形)を示す。
【0005】
このとき、印加された振動電圧と同じ形状の振動磁場が発生することを期待するが、実際には図1の右側に示すように、振動磁場は過渡現象によって形が変化する。振動磁場の立ち上がりは印加した電圧と比べると鈍ってしまい、また立ち下がりは尾を引いた振動磁場が発生することとなる。
【0006】
鈍った立ち上がりは、励起領域などが望んだものと異なってしまうといった問題を引き起こす。また、長く尾を引いた立ち下がりは、尾が完全になくなるまで観測ができないことを意味し、パルス印加後、観測を行なうまでの間に長い待ち時間を必要とする。この尾が信号に漏れ込んでしまうと、観測スペクトルのベースラインを歪ませるなどの問題を引き起こす。
【0007】
このように、通常のスピン磁気共鳴装置で使用されるQ値の大きい共振器は、遅延、鈍り、テーリングなどの過渡現象を引き起こし、意図した振動磁場を得ることができなくなる原因となり、信号の観測にも影響を与える。
【0008】
このような過渡現象は、矩形波の振動電圧を加えたときに限らず、あらゆる形状の振動電圧に対して発生し、振動磁場の形を歪ませる。しかしながら通常の測定においては、この過渡現象のことは無視するのが一般的である。
【0009】
すなわち、望んでいる振動磁場の形と同じ形の振動電流を印加し、過渡現象による歪みはないものと近似して無視する。また、長く尾を引く振動電圧に対しては、観測を始めるまで暫く時間を置くことにより、影響を少なくしている。
【0010】
この過渡現象の問題を回避するために、従来いくつかの手法が提案されてきた。長く尾を引く振動磁場は、観測にこの磁場が漏れ込むことでスペクトルのベースラインをゆがませるといった問題を与える。これを避けるために、振動電圧を印加したときには、観測を開始するまでに暫く時間を空けることが一般的に行なわれている。これにより、長い尾の影響を少なくすることができる。
【0011】
しかしながら、完全に影響を取り除くことはできず、歪みが問題になるときには、観測データにベースライン補正などの数値的な処理を加えることでごまかしているのが現状である。また、こういった処理で解決できるのは、あくまで長い尾を引く現象のみであり、立ち上がりの鈍りなど、その他の一切の現象は解決できない。
【0012】
より積極的に過渡現象の問題に取り組んだ手法が2つ提案されている。1つはQダンプと呼ばれる方法である(非特許文献1〜6)。振動電圧の印加の際に共振器のQ値を低くすることにより過渡現象の問題を小さくし、信号の観測の際には共振器のQ値を高くし、効率良く信号を観測する手法である。
【0013】
これにより、印加する振動電圧の過渡現象の影響を小さくすることができるが、完全に遅延をなくすことはできない。また、振動電圧を印加するときにQ値が低いので、生成する振動磁場が小さくなり、効率の良い信号励起ができなくなる。さらに、Q値を電圧印加時と信号観測時で切り替えるために、特殊な装置が必要になり、また装置も複雑化してしまう。
【0014】
もう1つの解決策は、逆位相の振動磁場を照射することにより、尾を引いた振動磁場を能動的に打ち消す手法である(非特許文献7〜9)。しかしながら、明確な理論的な裏づけがないため、試行錯誤が必要となる。また、印加する電圧が複雑な波形の場合、どのような振動磁場を照射すれば良いのか不明なので、実行不可能である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】E. R. Andrew, K. Jurga, J. Magn. Reson., 73 (1987) 268.
【非特許文献2】G.-Y. Li, X.-J. Xia, H.-B. Xie, Y. Liu, Rev. Sci. Instrum., 67 (1996) 704.
【非特許文献3】T. N. Rudakov, V. V. Fedotov, A. V. Belyakov, V. T. Mikhal'tsevich, Instrum. Exp. Tech., 43 (2000) 78.
【非特許文献4】J. B. Miller, B. H. Suits, A. N. Garroway, M. A. Hepp, Concept Magn. Reson., 12 (2000) 125.
【非特許文献5】A. S. Peshkovsky, J. Forguez, L. Cerioni, D. J. Pusiol, J. Magn. Reson., 177 (2005) 67.
【非特許文献6】V. A. Zabrodin, V. P. Tarasov, B. A. Shumm, L. N. Erofeev, Instrum. Exp. Tech., 50 (2007) 86.
【非特許文献7】C. P. Keijzers, E. J. Reijerse, J. Schmidt, Pulsed EPR: A New Field of Applications, North Holland, Amsterdam/Oxford/Tokyo, 1989.
【非特許文献8】J. L. Davis, W. B. Mims, Rev. Sci. Instrum., 52 (1981) 131.
【非特許文献9】P. A. Narayama, R. J. Massoth, L. Kevan, Rev. Sci. Instrum., 53 (1982) 624.
【非特許文献10】P. Styles, N. F. Soffe, C. A. Scott, D. A. Cragg, F. Row, D. J. White, P. C. J. White, J. Magn. Reson., 60 (1984) 397.
【非特許文献11】P. Styles, N. F. Soffe, C. A. Scott, J. Magn. Reson., 84 (1989) 376.
【非特許文献12】G. C. Liang, R. S. Withers, B. F. Cole, S. M. Garrison, M. E. Johansson, W. S. Ruby, W. G. Lyons, IEEE Trans. Appl. Supercond. 3 (1993) 3037.
【非特許文献13】H. D. W. Hill, IEEE Trans. Appl. Supercond. 7 (1997) 3750.
【非特許文献14】W. W. Brey, A. S. Edison, R. E. Nast, J. R. Rocca, S Saha, R. S. Withers, J. Magn. Reson., 179 (2006) 290.
【非特許文献15】T. Mizuno, K. Hioka, K. Fujioka, K. Takegoshi, Rev. Sci. Instrum., 79 (2008) 044706.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
観測を開始するまでに時間を空けることにより、過渡現象が観測信号に漏れ込むことを防ぐ手法は広く一般的に用いられている。観測の間に振動磁場が照射されず、連続的に観測が行なえるときには比較的問題が少ない。しかしながら、断続的に振動磁場を照射し、振動磁場と振動磁場の間に観測を行なうような手法においては、十分な待ち時間を取ることができず、非常に問題は大きい。
【0017】
このような観測手法は、近年の核スピン磁気共鳴法において頻繁に見られる。また、従来型のプローブよりも飛躍的に高いQ値を持つコールドプローブ(非特許文献10〜15)の場合には、過渡現象が非常に長く、問題は深刻である。
【0018】
従来技術のQダンプ方式においては、特殊なプローブが必要になる。それに加えて、振動電圧を印加するときのQ値が低いので、共振器による増幅が小さくなり、結果として得られる振動磁場強度が小さくなってしまうという問題が起きる。
【0019】
これはQダンプ方式では不可避の現象であり、Q値が高い通常の装置と同等の振動磁場強度を得るためには、非常に高出力の振動電流を加える必要がある。また、Qダンプ方式では過渡現象を小さくすることはできるが、共振器を使っている以上は、必ず過渡現象は発生しており、過渡現象を完全に消去することは原理的に不可能である。
【0020】
一方、逆位相の振動磁場を照射することにより、過渡現象を補償する手法を用いるためには、共振器により引き起こされる過渡現象の性質を予め知っておく必要がある。しかしながら、従来は試行錯誤により過渡現象の性質を突き止めるという手法に頼っており、大変時間のかかる測定法となってしまっていた。単なる矩形波の振動電流であれば、このアプローチによりある程度は過渡現象の補償が可能であるが、複雑な波形の振動電流になると、全く手が出なくなってしまう。
【0021】
本発明は、上述した点に鑑み、「共振器の応答関数」から「過渡現象を補償し、目的とする振動磁場を発生させるために印加すべき振動電圧」を理論的に計算することにより、Q値を下げることなく過渡現象を補償し、意図する通りに任意の振動磁場を発生させることのできるスピン磁気共鳴装置および方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0022】
この目的を達成するため、本発明にかかるスピン磁気共鳴装置は、
試料を含む共振器に振動電圧パルスを入力し、該共振器が発生する振動磁場パルスを試料に印加して磁気共鳴測定を行なうスピン磁気共鳴装置において、
入力振動電圧パルスの包絡線波形が前記共振器の過渡応答によって歪まされて、所望する波形からずれた包絡線波形の振動磁場パルスが生成され試料に印加されてしまう現象を補償するために、
前記共振器の応答関数に基づいて予め求めた、共振器が目的とする包絡線波形を有する振動磁場パルスを発生するために前記共振器に入力すべき振動電圧パルスの逆歪み包絡線波形データを記憶する手段を設け、記憶した逆歪み包絡線波形データに基づき、逆歪み包絡線波形を有する振動電圧パルスを発生して前記共振器に入力するようにしたことを特徴としている。
【0023】
また、前記応答関数は、1次遅れの指数関数であることを特徴としている。
【0024】
また、前記応答関数は、前記共振器にステップ信号を入力し、その際に前記共振器から出力される磁場の立ち上がり部分の鈍り方に基づいて決定されることを特徴としている。
【0025】
また、共振器を含む共振器に振動電圧パルスを入力し、該共振器が発生する振動磁場パルスを試料に印加して磁気共鳴測定を行なうスピン磁気共鳴装置において、
試料に印加すべき振動磁場パルスの包絡線波形信号を発生する手段と、
該包絡線波形信号を微分する包絡線微分手段と、
包絡線微分回路からの微分包絡線信号を元の包絡線信号に所定の割合τで加算する加算手段と、
包絡線が前記加算回路で得られた合成包絡線となる高周波電圧パルスを作成する変調手段と、
を設け、変調手段から得られた振動電圧パルスを前記共振器に入力するようにしたことを特徴としている。
【0026】
また、前記加算手段においてτは可変に設けられていることを特徴としている。
【0027】
また、前記τの最適な値は、共振器のQ値と振動電圧の周波数νの値から、
τ=Q/πν
なる関係式に基づいて計算によって求めることを特徴としている。
【0028】
また、試料を含む共振器に振動電圧パルスを入力し、該共振器が発生する振動磁場パルスを試料に印加して磁気共鳴測定を行なうスピン磁気共鳴方法において、
入力振動電圧パルスの包絡線波形が前記共振器の過渡応答によって歪まされて、所望する波形からずれた包絡線波形の振動磁場パルスが生成され試料に印加されてしまう現象を補償するために、
共振器の応答関数を求める第1のステップ、
求められた応答関数に基づいて、共振器が目的とする包絡線波形を有する振動磁場パルスを発生するために前記共振器に入力すべき振動電圧パルスの逆歪み包絡線波形を求める第2のステップ、
前記第2のステップで求められた逆歪み包絡線波形に基づき、逆歪み包絡線波形を有する振動電圧パルスを発生して前記共振器に入力する第3のステップ
を備えたことを特徴としている。
【0029】
また、前記第1のステップは、前記共振器の近傍に設置されたピックアップコイルにより共振器が発生する発生する振動磁場を検出し、その検出出力と共振器への入力信号とに基づいて共振器の応答関数を求めることを特徴としている。
【0030】
また、前記応答関数は、1次遅れの指数関数であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0031】
本発明のスピン磁気共鳴装置および方法によれば、Q値を下げることなく、任意の振動磁場を生成することができる。共振器により発生する過渡現象は逆算した振動電圧により能動的に補償される。これは以下の効果をもたらすものである。
【0032】
(1)Q値を能動的に変化させる必要がないので、通常の磁気共鳴装置をそのまま、もしくは少しの改変により利用することができる。
【0033】
(2)振動磁場を加えると、通常は信号を観測するまでの間にある程度の空白期間を設ける。この空白期間は、共振器により生じる過渡現象が収まるのを待つために設けられるが、本発明により過渡現象を能動的に抑えると、この空白期間を設ける必要がなくなる。これにより、スピン磁気共鳴スペクトルのベースラインの歪みが取り除かれ、質の高いスペクトルの観測が可能となる。特にスペクトル幅が広い場合には有効である。また、複数の振動磁場の間に信号を観測するような実験(多重パルス実験と呼ばれる)の場合には、振動磁場の過渡現象による影響を最小限に抑えることができるので、本発明が有効に機能する。
【0034】
(3)信号測定感度を向上させるために開発された非常に高いQ値を持つ冷却コイルプローブ(クライオプローブ、コールドプローブなどの名称で市販されている)は、非常に過渡現象の影響が大きくなるため、そのようなプローブに対しては特に有効である。
【0035】
(4)意図したとおりの振動磁場を発生させることができるので、複雑な形状を持つ振動磁場を加えるような観測法に対して有効に機能する。これは近年核スピン磁気共鳴において開発されている複雑な振動磁場を加える手法において大変有効となる。
【0036】
(5)非常に短い時間幅の振動磁場を照射する場合には、過渡現象が大きく、振動磁場の形状を大きく変えてしまうが、そのような磁場照射においても、過渡現象を補償して、意図したとおりの振動磁場の印加が可能になる。この特徴は、近年核スピン磁気共鳴装置において使用され始めている、非常に短い振動磁場を照射するマイクロコイル装置において有効に機能する。
【0037】
(6)応答関数を知ることにより、あらゆる波形の入力電圧歪みに対して適切に補償ができ、特に1次遅れの場合には、たった1つのパラメータτ(共振器の時定数)のみであらゆる波形の歪みを補償できる。言い換えれば、パラメータの調整は、1つの波形に対して行なえば良い。その結果、同じパラメータを用いてあらゆる波形が補償できる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】従来の磁気共鳴パルスの一例を示す図である。
【図2】本発明にかかる磁気共鳴パルスの発生方法の概念を示す図である。
【図3】本発明にかかる磁気共鳴パルスの発生方法の概念を示す別の図である。
【図4】本発明にかかる磁気共鳴パルスからインパルス応答関数を得る方法の概念を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0039】
[背景となる理論]
まず、本発明の背景となる理論を説明する。本発明では振動磁場パルスの波形の歪み、すなわち包絡線波形の歪みが問題となる。まず振動磁場パルスを歪ませる原因となっているスピン磁気共鳴装置の共振器のインパルス応答関数がh(t)であるとする。このとき、共振器に入力する振動電圧の包絡線をa(t)とすると、結果として出力される振動磁場の包絡線b(t)は、
【0040】
【数1】

【0041】
により求められる。ここでa(t)は所望の包絡線波形、b(t)は共振器から出力されてしまう、望ましくない包絡線波形である。
【0042】
この関係式から、共振器から出力される包絡線波形b(t)は、インパルス応答関数h(t)と共振器に入力される振動電圧パルスの包絡線波形a(t)とを畳み込み積分した値であることが分かる。そして、インパルス応答関数h(t)が予め分かっているときには、印加する振動電圧の形から、結果的に生じる振動磁場の形が求められることが分かる。
【0043】
式(1)は、過渡現象h(t)により、入力した振動電圧の包絡線a(t)が振動磁場の包絡線b(t)という形に変形されることを示している。本発明では、この過渡現象を補償することのできる入力振動電圧の包絡線波形をインパルス応答関数からの逆算によって求める。ただし式(1)は積分過程を含んでいるので、過渡現象を補償することのできる入力振動電圧の包絡線波形a(t)を単純な割り算によって求めることはできない。
【0044】
そこで、式(1)の両辺をラプラス変換して、時間のパラメータtの関数から、時間tとは別の、ある種のパラメータsの関数に置き換えることにより、
A(s)=B(s)/H(s)………(2)
と式(1)を変換する。ラプラス変換の導入は、式(1)を積分とは関係なく割り算ができるようにするための数学的なテクニックである。これにより、共振器から出力される包絡線波形に関する関数B(s)をインパルス応答関数H(s)で割り算して、印加する振動電圧の包絡線に関する関数A(s)を求めることが可能になる。
【0045】
ここで、
【0046】
【数2】

【0047】
である。
【0048】
B(s)を所望する包絡線波形から求め、式(2)により求めた振動電圧パルスの包絡線波形に関するパラメータsの関数A(s)、すなわち式(2)で表わされるパラメータsの関数を逆ラプラス変換すれば、パラメータsの関数を再び時間tの関数に戻すことができ、過渡現象を補償することのできる入力振動電圧の包絡線波形a(t)、すなわち、入力されるべき振動電圧の包絡線波形を求めることができる。
【0049】
この関係式を利用すれば、目的とする振動磁場の包絡線波形b(t)を生成するために加えるべき振動電圧の包絡線波形a(t)をインパルス応答関数からの逆算によって求めることができる。ここで重要なことは、加えるべき振動電圧の包絡線波形a(t)は、インパルス応答関数だけで逆算が可能なことであり、任意のあらゆる振動磁場に対して計算が可能なことである。
【実施例1】
【0050】
近年の核スピン磁気共鳴装置においては、矩形波のみならず、任意の形状の振動電圧を生成できるものが多い。そのような装置の場合は、共振器の応答関数から事前に加えるべき振動電圧を求めておき、予め装置に入力しておくことにより、過渡現象を補償することができる。
【0051】
例えば、応答関数として1次遅れを仮定し、加えるべき振動電圧を計算により求めることができる。目的とする振動電圧包絡線の形状は、ガウス型形状とした。振動電圧は任意波形発生装置を用いて加えた。図2(a)に過渡現象の補償を考えないときの振動電圧を示す。この加える振動電圧の包絡線波形がそのまま振動磁場の包絡線波形になることが通常は期待されている。
【0052】
しかしながら、共振器の振動磁場発生部にピックアップコイルを設置して、実際に発生する振動磁場をモニターすると、実際には過渡現象のため、図2(b)のように立ち上がりが鈍り、また長く尾を引くような振動磁場が観測される。このように振動磁場が意図した形から歪むことにより、信号の励起帯域が意図した範囲からずれるなどの悪影響がある。また、長く尾を引く振動磁場の影響が収まるまで、信号の観測が実行できない。
【0053】
そこで本発明の方法に基づいて、過渡現象が能動的に補償されるよう予め歪ませた振動電圧を計算した。計算された振動電圧を図2(c)に示す。この振動電圧を印加することにより、図2(d)のような振動磁場が発生することを、ピックアップコイルを用いて実験的に確認した。観測された波形は、本来意図した図2(a)の波形と完全に一致する。このように本発明に従って過渡現象を能動的に補償する形の振動電圧を予め加えれば、過渡現象が補償され、意図した通りの振動磁場を実現することができる。
【実施例2】
【0054】
インパルス応答関数が次のような単純な1次遅れの指数関数式、
h(t)=C・exp(−t/τ)…………(4)
で表わされる場合には、式(2)の逆ラプラス変換は解析的に実行できる。ここでτは共振器の時定数である。
【0055】
式(4)を構成要素に含んだ式(2)をラプラス変換および逆ラプラス変換により解くと、次のような式、
a(t)∝b(t)+τ(d/dt)b(t)…………(5)
が得られる。この式(5)から、共振器に印加されるべき振動電圧の包絡線波形a(t)は、目的とする振動磁場の包絡線波形b(t)に過渡現象の補償項τ(d/dt)b(t)が加わった形として表わされることが分かる。
【0056】
ここでは、逆算によってa(t)を作る方法ではなく、共振器に振動電圧を加えると同時に過渡現象を補償する方法について説明する。まず式(5)の補償項である微分成分(d/dt)b(t)は、オペアンプなどを用いて電気的にb(t)を微分して発生させることが可能である。
【0057】
すなわち本実施例では、図3に示すように、まず第1のステップにおいて、印加したい振動磁場パルスの包絡線波形b(t)を取り出す。これには、振動磁場パルスから包絡線波形を抽出しても良いし、振動磁場パルスからの抽出ではなく、包絡線波形を電気的に直接合成しても良い。次に第2のステップにおいて、この包絡線波形b(t)を微分回路により電気的に微分する。次に第3のステップにおいて、電気的に微分されて得られた包絡線の微分波形(d/dt)b(t)の重み係数τを変えながら、加算器で元の包絡線波形b(t)に足し合わせる。
【0058】
この操作は、式(5)に入っている微分波形(d/dt)b(t)の重み係数としてのτの大きさを、実際の共振器の時定数τに合わせる作業であり、合わせ方は、例えば共振器の近傍にピックアップコイルを設置して、実際に過渡現象を受けて発生する振動磁場の包絡線波形が歪みのない所望の形状になるようにモニターしながら、原波形b(t)と微分波形(d/dt)b(t)の重み比率τの値を最適なところに持っていく。
【0059】
あるいはピックアップコイルを使用してモニターする代わりに、包絡線の形を知りたい振動磁場パルスを共鳴周波数から所定のオフセット周波数だけ外れたオフレゾナンス位置に照射し、得られる磁気共鳴スペクトルの特定ピークの強度を測定し、この測定をオフセット周波数を少しずつ変えて繰り返し行なって、得られたオフセット周波数―ピーク強度データを逆フーリェ変換するようにしても良い。この方法では、逆フーリェ変換後に得られる波形が、知りたかった照射された振動磁場パルスの包絡線の形になる。したがって、この方法によれば、例えば逆フーリェ変換後の波形がガウス波形となれば、照射された振動磁場パルスはガウス波形パルスだったことを検証することができる。そのときのτを使用することにすれば良い。
【0060】
これらの作業では、τの値を容易に可変できるため、調整は容易である。より一般的には、減衰のある振動を表す方程式を用いて共振器のQ値と過渡現象の減衰の関係を導くことができる。角速度ω0をもつステップ関数を入力すると、解くべき方程式および初期条件は以下のようになる。
【0061】
【数3】

【0062】
および、
【0063】
【数4】

【0064】
この方程式の解は以下のように与えられる。
【0065】
【数5】

【0066】
第2項以降の減衰成分が過渡現象による成分であるが、共振器のQ値と振動電圧の角速度ω0を用いて、共振器の時定数τが
【0067】
【数6】

【0068】
なる関係式で表わされる。角速度ω0と振動電圧の周波数νは、
ω0=2πν…………(10)
なる関係式で表わされるため、結果的に共振器の時定数τは、試料がセットされた共振器のQ値と振動電圧の周波数νの値さえ分かっていれば、
τ=Q/πν…………(11)
なる関係式を用いて計算によって簡単に求めることができる。
【0069】
最後に第4のステップにおいて、こうして足し合わせの完了した式(5)で表わされる包絡線波形a(t)を所望の周波数の高周波と乗算器で掛け合わせれば、共振器に印加されるべき包絡線波形a(t)を持つ高周波振動電圧パルスを得ることができる。
【0070】
このアプローチにおいては、包絡線a(t)を微分できる電気的な包絡線微分回路だけを実装しておけば良い。そうすれば、装置の使用者は、図3のように所望する振動磁場の包絡線波形と同じ波形の振動電圧b(t)を加えれば、ハードウェア的に包絡線が微分された振動電圧(d/dt)b(t)と所望する振動磁場の波形と同じ形の振動電圧b(t)との和から成る高周波振動電圧パルスa(t)が得られ、共振器には所望する振動磁場b(t)が発生する。
【実施例3】
【0071】
本発明においては、インパルス応答関数を適切に設定することが非常に重要になる。多くの共振器の場合には、インパルス応答関数は1次遅れの指数関数の形を取る。このときには、実施例2に示したように、取り扱いは非常に簡単になる。ただし、1次遅れのインパルス応答関数であっても共振器の時定数が不明な場合には、時定数を調べる必要がある。
【0072】
そこで、本実施例では、共振器に振動電圧を加えたときに発生する振動磁場を観測することにより、インパルス応答関数を決定する方法について説明する。図4に本実施例の基本原理を示す。入力として、0から1に突然変化するステップ入力を振動電流として採用する。すると、共振器で発生する振動磁場は、立ち上がりに指数関数的な遅れを発生する。その結果生じる0から1への立ち上がりの際の鈍り具合を数学的に解析することにより、インパルス応答関数(インパルス応答関数が1次遅れの指数関数の場合には時定数τの値)を決定することができる。
【産業上の利用可能性】
【0073】
スピン磁気共鳴装置に広く利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料を含む共振器に振動電圧パルスを入力し、該共振器が発生する振動磁場パルスを試料に印加して磁気共鳴測定を行なうスピン磁気共鳴装置において、
入力振動電圧パルスの包絡線波形が前記共振器の過渡応答によって歪まされて、所望する波形からずれた包絡線波形の振動磁場パルスが生成され試料に印加されてしまう現象を補償するために、
前記共振器の応答関数に基づいて予め求めた、共振器が目的とする包絡線波形を有する振動磁場パルスを発生するために前記共振器に入力すべき振動電圧パルスの逆歪み包絡線波形データを記憶する手段を設け、記憶した逆歪み包絡線波形データに基づき、逆歪み包絡線波形を有する振動電圧パルスを発生して前記共振器に入力するようにしたことを特徴とするスピン磁気共鳴装置。
【請求項2】
前記応答関数は、1次遅れの指数関数であることを特徴とする請求項1記載のスピン磁気共鳴装置。
【請求項3】
前記応答関数は、前記共振器にステップ信号を入力し、その際に前記共振器から出力される磁場の立ち上がり部分の鈍り方に基づいて決定されることを特徴とする請求項1または2記載のスピン磁気共鳴装置。
【請求項4】
共振器を含む共振器に振動電圧パルスを入力し、該共振器が発生する振動磁場パルスを試料に印加して磁気共鳴測定を行なうスピン磁気共鳴装置において、
試料に印加すべき振動磁場パルスの包絡線波形信号を発生する手段と、
該包絡線波形信号を微分する包絡線微分手段と、
包絡線微分回路からの微分包絡線信号を元の包絡線信号に所定の割合τで加算する加算手段と、
包絡線が前記加算回路で得られた合成包絡線となる高周波電圧パルスを作成する変調手段と、
を設け、変調手段から得られた振動電圧パルスを前記共振器に入力するようにしたことを特徴とするスピン磁気共鳴装置。
【請求項5】
前記加算手段においてτは可変に設けられていることを特徴とする請求項4記載のスピン磁気共鳴装置。
【請求項6】
前記τの最適な値は、共振器のQ値と振動電圧の周波数νの値から、
τ=Q/πν
なる関係式に基づいて計算によって求めることを特徴とする請求項4記載のスピン磁気共鳴装置。
【請求項7】
試料を含む共振器に振動電圧パルスを入力し、該共振器が発生する振動磁場パルスを試料に印加して磁気共鳴測定を行なうスピン磁気共鳴方法において、
入力振動電圧パルスの包絡線波形が前記共振器の過渡応答によって歪まされて、所望する波形からずれた包絡線波形の振動磁場パルスが生成され試料に印加されてしまう現象を補償するために、
共振器の応答関数を求める第1のステップ、
求められた応答関数に基づいて、共振器が目的とする包絡線波形を有する振動磁場パルスを発生するために前記共振器に入力すべき振動電圧パルスの逆歪み包絡線波形を求める第2のステップ、
前記第2のステップで求められた逆歪み包絡線波形に基づき、逆歪み包絡線波形を有する振動電圧パルスを発生して前記共振器に入力する第3のステップ
を備えたことを特徴とするスピン磁気共鳴測定方法。
【請求項8】
前記第1のステップは、前記共振器の近傍に設置されたピックアップコイルにより共振器が発生する発生する振動磁場を検出し、その検出出力と共振器への入力信号とに基づいて共振器の応答関数を求めることを特徴とする請求項7記載のスピン磁気共鳴測定方法。
【請求項9】
前記応答関数は、1次遅れの指数関数であることを特徴とする請求項7または8記載のスピン磁気共鳴測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−256220(P2010−256220A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−107890(P2009−107890)
【出願日】平成21年4月27日(2009.4.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年11月12日 発行の「第47回NMR討論会 講演要旨集」に発表
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【出願人】(509121455)
【出願人】(509121466)