説明

セルロース含有物から炭酸カルシウムを除去する方法

【課題】本発明の課題は、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物から炭酸カルシウムを除去することである。
【解決手段】本発明によって、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物に二酸化炭素を接触させ、セルロース含有物中の炭酸カルシウムを溶解させる工程を含む、炭酸カルシウムの含有量が低減されたセルロース含有物を製造する方法が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二酸化炭素を用いて、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物から炭酸カルシウムを除去する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、化石燃料の枯渇が懸念されており、石油や石炭等の化石燃料の代替燃料が注目を集めている。その中でも地球温暖化ガス軽減を目的として、カーボンニュートラルであるバイオマスの利用が検討されている。特に、多糖類の加水分解により得られる単糖は様々な化学製品の原料となるため、バイオマスから単糖を生成する技術は重要である。
【0003】
セルロースなどのバイオマスを単糖へ加水分解する方法としては、酸や酵素を利用する方法が知られている。例えば、古紙類などのセルロース含有物を原料として、酵素を利用してグルコースを得る方法が報告されている(特許文献1、2)。
【0004】
酸を用いた加水分解によってバイオマスから単糖を得る方法としては、希硫酸を用いる方法と濃硫酸を用いる方法があるが、例えば、希硫酸を用いる場合、1%の硫酸を添加して170℃で加熱する第一段階と、1.5%の硫酸を添加して220℃で加熱する第二段階が必要とされ、工程が煩雑であること、高温・高圧に耐える反応槽が必要であることなどの課題がある(非特許文献1、112ページ)。また、濃硫酸を用いる場合、75%の硫酸を添加して95℃で加熱することが一般的だが、高濃度の硫酸の回収が難しく、また、過分解によってフルフラール等が発生するという課題がある(非特許文献1、118ページ)。
【0005】
一方、酵素を用いた加水分解によってバイオマスから単糖を得る方法は、50℃程度の穏和な反応条件で行うことができ、強酸を使用しないことから排水処理も容易で環境負荷が低いという利点がある。しかしながら、一般的なセルラーゼはトリコデルマ(Tricoderma)属、アクレモニウム(Acremonium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、バチルス(Bacillus)属由来であり、至適pHが酸性領域であるため、酵素反応を行う際は試料を酸性に調整する必要がある。試料を酸性に調整するには、試料に酸を添加する方法が考えられるが、試料が塩基性である場合、多くの酸が必要となるため効率的とはいえない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−176997号公報
【特許文献2】特開2002−186938号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】アルコール協会編『バイオエタノール製造技術』(工業調査会、2007年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年、紙の高填料化が進み、古紙やペーパースラッジ等に含まれる炭酸カルシウムの割合が増加している。一般に炭酸カルシウムは塩基性を示すため、炭酸カルシウムを多く含有する分散液はpHがアルカリ性となる。そのため、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物をバイオマス原料として単糖を得るには、pHを酸性領域に調整する際に多くの酸が必要となる。実際、古紙類などのセルロース含有物を糖化してグルコースを製造しようとする場合、多量の酸を用いてセルロース含有物のpHを酸性領域に調整しなければならないが、このような問題を解決しようとする技術は未だ検討されていない。また、無機粒子である炭酸カルシウムは、濾過などの工程において目詰まりや堆積を生じやすく、セルロース含有物から炭酸カルシウムを除去することは、セルロース処理プロセスへの負荷を軽減することにつながる。特に、バイオマスとしての利用しやすさといった観点から、古紙などのセルロース含有物から炭酸カルシウムを除去しようとする考え方は、従来ほとんど報告されていない。
【0009】
そこで、本発明は、古紙などの炭酸カルシウムを含むセルロース含有物から塩基性の原因となる炭酸カルシウムを除去し、単糖の製造などに利用しやすいようセルロース含有物を処理する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の発明者は、炭酸カルシウムに二酸化炭素を接触させると炭酸水素カルシウムとなって溶解するという特徴に注目した。そして、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物に二酸化炭素を接触させて炭酸カルシウムを溶解させた後、固液分離を行うことによって、セルロース含有物に含まれる炭酸カルシウムを効率的に除去できることを見出した。
【0011】
したがって、1つの観点において本発明は、二酸化炭素を用いて炭酸カルシウムを含むセルロース含有物から炭酸カルシウムを除去する方法に関する。また別の観点において本発明は、二酸化炭素を用いて炭酸カルシウムを含むセルロース含有物から炭酸カルシウム含有量が低減されたセルロース含有物を製造する方法に関する。
【0012】
本発明は、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物に二酸化炭素を接触させることによって、炭酸カルシウムを炭酸水素カルシウムに転化させて水に溶解させ、さらに、固液分離を行って、炭酸カルシウムが除去されたセルロース含有物を得る。
【0013】
本発明で用いる炭酸カルシウムを含むセルロース組成物としては、これに限定されないが、例えば、古紙、古紙を含む廃棄物、紙パルプ工場の排水から発生するペーパースラッジ、製紙工程から発生するブロークなどがある。
【0014】
本発明によって得られるセルロース含有物は、炭酸カルシウム含量が低いため、スラリーにした場合にpHを調整しやすく、バイオマス原料として価値が高い。例えば、本発明によって得られるセルロース含有物を原料として、加水分解によって糖を製造することができる。
【0015】
これに限定される訳ではないが、本発明は以下の発明を包含する。
(1) 炭酸カルシウムを含むセルロース含有物に二酸化炭素を接触させ、セルロース含有物中の炭酸カルシウムを溶解させる工程と;炭酸カルシウムを溶解させたセルロース含有物を固液分離して、炭酸カルシウムの含有量が低減されたセルロース含有物を分離する工程と;を含む、炭酸カルシウムの含有量が低減されたセルロース含有物を製造する方法。
(2) 炭酸ガスまたは炭酸水を用いて、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物に二酸化炭素を接触させる、(1)に記載の方法。
(3) 前記炭酸カルシウムを含むセルロース含有物が、古紙、古紙を含む廃棄物、紙パルプ工場の排水工程から発生するペーパースラッジまたは製紙工程にて発生するブロークである、(1)または(2)に記載の方法。
(4) 炭酸カルシウムの含有量が低減されたセルロース含有物に酸を添加して、pHを4〜8に調整する工程をさらに含む、(1)〜(3)のいずれか1項に記載の方法。
(5) 二酸化炭素を接触させる工程を5〜50℃にて行う、(1)〜(4)のいずれか1項に記載の方法。
(6) セルロース含有物の糖化の前処理として行う、(1)〜(5)のいずれか1項に記載の方法。
(7) 炭酸カルシウムを含むセルロース含有物に二酸化炭素を接触させ、セルロース含有物中の炭酸カルシウムを溶解させる工程と;炭酸カルシウムを溶解させたセルロース含有物を固液分離して、炭酸カルシウムの含有量が低減されたセルロース含有物を分離する工程と;炭酸カルシウムの含有量が低減されたセルロース含有物を糖化する工程と;を含む、セルロース含有物から糖を製造する方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、古紙などの炭酸カルシウムを含むセルロース含有物から、炭酸カルシウムを効率的に除去することができる。また、本発明によって得られるセルロース含有物は炭酸カルシウム含量が低いため、加水分解による糖の製造などにおいて比較的少量の酸で中性から酸性領域へpH調整することができ、バイオマス原料として極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、本発明に係る一実施態様を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の好適な実施の形態を説明するが、本発明は下記の実施の形態に何ら限定されるものではなく、適宜変更して実施することができるものである。
【0019】
炭酸カルシウムを含むセルロース含有物
本発明は、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物から炭酸カルシウムを除去する方法に関する。本発明の炭酸カルシウムを含むセルロース含有物としては、特に限定されるものではないが、例えば、新聞紙、雑誌、オフィス紙、段ボール紙などの古紙類;古紙類を含む廃棄物;紙パルプ工場の排水処理工程より発生するスラッジ;製紙工程にて発生するブロークなどを挙げることができ、これらの混合物であってもよい。一般に、紙には填料が添加されており、填料として炭酸カルシウムが使用されるため、古紙などには内添された炭酸カルシウムが含まれることになる。また、顔料を塗工した塗工紙においては、顔料として炭酸カルシウムが一般的に使用されるため、塗工紙には外添された炭酸カルシウムが含まれる。
【0020】
本発明の古紙類としては、例えば、新聞紙、雑誌、コピー用紙などのオフィス紙、段ボールなどの板紙などを挙げることができ、家庭などから排出される古紙の他、事業系の古紙や印刷業者などから排出される古紙なども含まれる。また、本発明においては、上質紙、中質紙、下級紙、新聞紙、チラシ、雑誌などを選別した選別古紙や、種々の古紙が混合している無選別古紙を原料としてもよい。
【0021】
また、本発明の古紙類を含む廃棄物とは、古紙だけでなく、プラスチックや木材などの他の材料も含む廃棄物である。一般に、古紙を含む廃棄物は、廃棄物固形燃料(RDF:Refuse Derived Fuel)やRPF(Refuse Paper and Plastic Fuel)などの代替燃料の原料として使用されることもあるが、本発明によれば、古紙を含む廃棄物を糖などの原料として有効に活用することができる。
【0022】
さらに、紙パルプ工場の排水処理工程より発生するスラッジとは、一般にペーパースラッジ(PS:Paper Sludge)などと呼ばれ、セルロースなどの繊維分、炭酸カルシウムなどの無機粒子などを含んでいる。本発明で使用する上記スラッジの元となる紙パルプ工場の排水としては、古紙リサイクル工程(DIP製造工程)、パルプ製造工程、抄紙工程などから流失した排水や製紙白水などが挙げられ、本発明のスラッジはこのような排水中の固形分を主として構成される。
【0023】
さらにまた、製紙工程からのブロークとは、製紙工程において断紙や停機、裁断などによって生じる、乾燥した紙や湿紙などであり、損紙などとも呼ばれる。このような製紙工程からのブロークは、セルロースを含有しており、さらに内添や外添された炭酸カルシウムを含む。
【0024】
二酸化炭素接触工程
本発明は、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物に二酸化炭素を接触させる工程を含む。一般に、炭酸カルシウムと二酸化炭素を反応させると、水に溶解する炭酸水素カルシウムが生成することが知られており、本発明はこの反応を利用して、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物から炭酸カルシウムを除去する。炭酸カルシウムと二酸化炭素の反応は以下の反応式として表すことができ、生成した炭酸水素カルシウムは、水中において炭酸水素イオンとカルシウムイオンとして存在するとされる。以下の反応式からも明らかなように、水中の二酸化炭素濃度が高くなるほど、炭酸カルシウムは炭酸水素カルシウムとなって水中に溶解しやすくなる。
【0025】
【化1】

【0026】
本発明において、セルロース含有物と二酸化炭素を接触させる方法は特に制限されないが、例えば、セルロース含有物を含む水分散液に、二酸化炭素を含む気体を吹き込んだり、または、液体に溶存させた二酸化炭素を用いてセルロース含有物と二酸化炭素を接触させることができる。
【0027】
本発明において二酸化炭素を含む気体を使用する場合、例えば、炭酸ガスなどをセルロース含有物スラリーに吹き込んで、セルロース含有物中の炭酸カルシウムと二酸化炭素とを接触させることができる。二酸化炭素を含む気体は、二酸化炭素を含んでいれば特に制限はなく、二酸化炭素以外の気体を含んでいてもよい。したがって、例えば、キルンやボイラーなどの焼却装置で発生する排ガスを、二酸化炭素を含む気体として利用してもよい。好ましい態様において、例えば、本発明の方法を紙パルプ工場などで実施する場合、紙パルプ工場にあるキルンやボイラーで発生する排ガスを二酸化炭素を含む気体として利用すれば、工場内の物質を有効利用することになる。他の好ましい態様においては、例えば、二酸化炭素を含む気体として二酸化炭素ガス(炭酸ガス)を用いれば、二酸化炭素の純度が高く、炭酸カルシウムと二酸化炭素との反応を効率的に行うことができる。具体的には、高純度の工業用炭酸ガスを使用することも可能である。
【0028】
本発明において二酸化炭素を含む気体を使用する場合、二酸化炭素ガスの濃度は特に制限されない。ただし、炭酸カルシウムと二酸化炭素とを効率的に反応させるため、二酸化炭素ガスの体積濃度は、好ましくは1体積%以上、より好ましくは5体積%以上である。二酸化炭素ガスの体積濃度が1体積%未満では、炭酸カルシウムを効率的に溶解させることが難しくなる。上述したように、本発明においては二酸化炭素を含む気体として二酸化炭素自体(炭酸ガス)を使用することもできるため、二酸化炭素ガスの体積濃度の上限は特になく、100体積%であってもよい。本発明において、二酸化炭素を含有する気体の導入装置は特に制限されないが、二酸化炭素がスラリー状のセルロース含有物へより素早く溶解できるようにすることが好ましい。
【0029】
本発明において、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物と二酸化炭素とを接触させる時間に特に制限はなく、セルロース含有物に含まれる炭酸カルシウムの量や、セルロース含有物から除去したい炭酸カルシウムの量などに応じて適宜調整することができる。ただし、例えば、二酸化炭素源として、二酸化炭素を含む気体を利用する場合、二酸化炭素が水中の炭酸カルシウムと反応し、炭酸水素カルシウムとして水中に溶解するためにある程度の時間が必要であるため、二酸化炭素と炭酸カルシウムとが反応する時間をある程度確保することが望ましい。
【0030】
本発明において二酸化炭素を含む液体を使用して、セルロース含有物中の炭酸カルシウムと二酸化炭素とを接触させる場合、二酸化炭素が溶存している液体を用いることができ、例えば炭酸水を好適に用いることができる。本発明で使用する炭酸水は、あらかじめ、水に二酸化炭素を含むガスを導入することで製造することができる。この炭酸水を、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物に添加することで、セルロース含有物に含まれる炭酸カルシウムを溶解させて除去することができる。二酸化炭素が溶存している液体に関して、二酸化炭素の溶存量に特に制限はなく、用途や実施態様に応じて適宜決定することができる。
【0031】
本発明において、炭酸カルシウムの溶解状態は、溶液部分のカルシウムイオン濃度を硬度測定キット(LCK327;Dr.Lange社)と多項目水質計(LASA30;Dr.Lange社)を用いてカルシウムイオン濃度を測定することで把握することができる。
【0032】
本発明において、セルロース含有物中の炭酸カルシウムと二酸化炭素とを接触させる際の温度は、好ましくは5〜90℃、より好ましくは5〜50℃、さらに好ましくは10〜50℃である。5℃未満の場合には冷却が必要となるし、90℃を超える場合には加熱する必要が生じ、経済的に非効率的である。基本的に、二酸化炭素の水への溶解度は温度が低い方が大きく、炭酸水素カルシウム水溶液を過度に加熱すると二酸化炭素を発し、再び炭酸カルシウム混じりの白く濁った溶液になる。そのため、本発明においては、炭酸カルシウムの溶解を促進させるため、50℃以下の温度域において二酸化炭素を接触させることが好ましい。
【0033】
本発明において、セルロース含有物中の炭酸カルシウムと二酸化炭素とを接触させる場合、攪拌しながら接触させることが好ましい。炭酸カルシウムと二酸化炭素とを水中で効率的に接触させて、反応を促進させるためである。具体的な攪拌装置は特に制限されないが、例えば、棒・板・プロペラ状の攪拌子を槽内で一定速度・一方向に回転させたり、攪拌子を間欠・逆回転させて攪拌するような装置を挙げることができる。攪拌子は1つであっても複数であってもよく、複数の攪拌子を互いに逆回転させたり、槽側に攪拌子と組合された突起あるいは板を取り付けて攪拌効果を高めることもできる。また、攪拌子は、回転軸を介して直接的に回転させたり、磁力などを利用して外部から回転させることもできる。また、セルロース含有物スラリーにポンプなどで流動を生じさせて、攪拌を行うこともできる。
【0034】
また、本発明においては、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物をあらかじめスラリー化してもよい。具体的には、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物を水に投入し、適当な分散処理を行い、セルロース含有物のスラリーを調製することができる。スラリーの濃度は、送液ポンプの性能などに応じて適宜決定することができるが、スラリーの流動性やコストなどを勘案すると、1〜60固形分%が好ましく、3〜50固形分%がより好ましく、5〜40固形分%がさらに好ましい。
【0035】
固液分離工程
本発明においては、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物を二酸化炭素で処理した後、さらに固液分離工程を行う。溶解させた炭酸カルシウムを固液分離によって除去することにより、セルロース含有物から炭酸カルシウムを分離することができ、例えば、得られたセルロース含有物のpH調整が容易になる。
【0036】
本発明における固液分離の方法は特に制限されず、一般的な方法を採用することができるが、例えば、濾過や遠心分離、沈降などの方法によって固液分離することができる。具体的には、例えば、濾紙、濾布、濾過膜、遠心等を利用してセルロースを固形分として分離することができるが、フィルタプレスなどのように加圧式で固液分離すると、効率的に固液分離できるため好ましい。
【0037】
固液分離によって固相として得られるセルロース組成物は、炭酸カルシウム含量が低減されているため、例えば、糖を製造するためのバイオマス原料として極めて取り扱いやすく、価値の高いものである。本発明によって処理したセルロース含有物は、それ自体商品価値があるため、流通させてもよく、また、さらに他の化学的あるいは物理的処理を加えてもよい。特にセルロースなどの多糖類は、加水分解によって糖を製造することができるため、本発明によって処理されたセルロース含有物は、糖を製造するためのバイオマス原料として有用である。つまり、好ましい態様において、本発明による炭酸カルシウムの除去を、セルロース含有物の糖化の前処理として行うことができる。
【0038】
一方、固液分離によって液相として得られる炭酸水素カルシウムを含む液体についても、例えば、カルシウム源としてそれ自体利用することもできるし、また、適宜、排水処理を施して処分することもできる。このような観点からは、本発明の技術思想は、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物からカルシウム分を得る方法と評価することもできる。
【0039】
その他の工程
本発明の好ましい態様において、炭酸カルシウムの含有量が低減されたセルロース含有物に対して酸を添加し、pHを4〜8に調整してもよい。このようなpH調整を施したセルロース含有物は、糖化反応の原料として利用しやすいため、価値が高い。一般に、セルロースなどの多糖類を酵素などによって加水分解して糖を製造する場合、酸性〜中性のpH域で反応を行うことが多く、pH調整を施したセルロース含有物は有用である。本発明においてpH調整する方法は特に制限されないが、塩酸、硫酸などの一般的な酸を添加して、pHを4〜8に調整することができる。
【0040】
また、本発明の好ましい態様において、得られたセルロース含有物を糖化処理して糖を製造することができる。セルロース含有物の糖化処理としては、酸や酵素を利用した加水分解を好ましい例として挙げることができるが、公知のセルロースの糖化方法を適用してセルロースから糖を製造することができる。本発明で処理したセルロース含有物を原料として、糖化反応によって単糖類を得ることもできるし、あるいは、オリゴ糖類を得ることもできる。具体的には、単糖類として、グルコース(ブドウ糖)、ガラクトース、マンノース、フルクトースなど、オリゴ糖として、ラクトース(乳糖)、スクロース(ショ糖)、マルトース(麦芽糖)などの二糖類などを好適に挙げることができる。
【0041】
本発明によって得られたセルロース含有物を糖化処理する場合、本発明は糖の製造方法と評価することができる。つまり、そのような態様における本発明は、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物に二酸化炭素を接触させ、セルロース含有物中の炭酸カルシウムを溶解させる工程と;炭酸カルシウムを溶解させたセルロース含有物を固液分離して、炭酸カルシウムの含有量が低減されたセルロース含有物を分離する工程と;炭酸カルシウムの含有量が低減されたセルロース含有物を糖化する工程と;を含む、セルロース含有物から糖を製造する方法である。
【0042】
本発明の一実施態様(図1)
参考までに、本発明の一実施態様を示す工程図を図1に示す。図1にしたがって本発明を説明すると、まず、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物を原料として、それに二酸化炭素を含むガスを導入する。これによって、セルロース含有物に含まれる炭酸カルシウムと二酸化炭素とが接触し、炭酸カルシウムが炭酸水素カルシウム、具体的には炭酸水素イオンとカルシウムイオンとなって水中に溶解する。図1の態様においては、二酸化炭素源として二酸化炭素を含む気体を利用しているが、本明細書において述べたように、二酸化炭素を含む液体も好適に使用することができる。この接触工程においては、適当な手段により攪拌を行って、セルロース含有物中の炭酸カルシウムと二酸化炭素との反応を促進させることが好ましい。
【0043】
次いで、二酸化炭素を接触させた後のセルロース含有物スラリーを固液分離する。これによって、固相として、炭酸カルシウム含有量が低減されたセルロース含有物が得られ、液相として、炭酸水素カルシウムを含む溶液が得られる。上述したように固液分離の方法は特に制限されないが、フィルタープレスなどの加圧式濾過によれば、炭酸カルシウム含有量が低減されたセルロース含有物を効率的に得ることができる。
【0044】
得られたセルロース含有物は、そのまま糖化反応などの原料として用いることができ、また、pH調整などの後に糖化反応などの原料とすることもできる。また、液相として得られた炭酸水素カルシウムを含む溶液は、適当な処理をした後に排水として処分することができ、あるいは、それに含まれるカルシウムを有効利用することもできる。
【0045】
このように本発明によれば、古紙などの炭酸カルシウムを含むセルロース含有物から、炭酸カルシウムを効果的に除去することが可能であり、セルロース含有物の付加価値を大幅に高めることができる。
【実施例】
【0046】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。なお、特に記載しないかぎり、本明細書において、部および%は重量基準であり、数値範囲はその端点を含むものとして記載される。
【0047】
[実施例1]
1gの炭酸カルシウム(タマパールTP-121、奥多摩工業)と9gのセルロース(アビセルTM、旭化成ケミカルズ)に蒸留水を注ぎ、1Lの水分散液(固形分濃度:1重量%)を調製した。
【0048】
このスラリー1Lをビーカーに入れ、20℃に調温した。これを300rpmの回転速度で撹拌しながら、工業用炭酸ガス(濃度:99体積%)を200ml/minの流速で1時間吹き込んだ。
【0049】
炭酸ガスを吹き込んだ後のセルロース含有物スラリーを、ろ紙を用いて吸引濾過し、固相と液相を分離した。
【0050】
得られた固相を105℃の乾燥機で完全に乾燥させた後、525℃で2時間燃焼させ、得られた灰の量から炭酸カルシウムの量を測定した。また、液相に溶解した炭酸カルシウム量を測定するために、カルシウムイオンを測定するキット(LCK327;Dr.Lange社)と多項目水質計(LASA-30;Dr.Lange社)を用いて測定した。また炭酸カルシウムを除去した後のセルロース含有物に蒸留水を添加し、1Lのスラリーを調整した。このスラリーのpHは6.0であり、これを5.0に調整するために必要な硫酸(96%硫酸;和光純薬)の量を測定した。
【0051】
測定の結果、固相の灰分(炭酸カルシウム)は0.35gであり、液相に溶出した炭酸カルシウムの量は0.65gだった。また、本発明によって塩基性の炭酸カルシウムが除去されたため、処理したセルロース含有物スラリーに硫酸を0.8g添加しただけでスラリーのpHが5以下になった。
【0052】
[実施例2]
1gの炭酸カルシウム(タマパールTP-121、奥多摩工業)と9gのセルロース(アビセルTM、旭化成ケミカルズ)に対し、固形分濃度が1重量%となるように炭酸水(サントリーソーダ、サントリー)を注いでスラリー1Lを調製し、20℃に調温した。このスラリーを300rpmの回転速度で5分間撹拌した。
炭酸水と反応させた後のセルロース含有物スラリーを、ろ紙を用いて吸引濾過し、固相と液相を分離した。
【0053】
得られた固相を105℃の乾燥機で完全に乾燥させた後、525℃で2時間燃焼させ、得られた灰の量から灰分を測定した。また、液相に溶解した炭酸カルシウム量を測定するために、カルシウムイオンを測定するキット(LCK327;Dr.Lange社)と多項目水質計(LASA-30;Dr.Lange社)を用いて測定した。また炭酸カルシウムを除去した後のセルロース含有物に蒸留水を添加し、1Lのスラリーを調整した。このスラリーのpHは6.0であり、これを5.0に調整するために必要な硫酸の量を測定した。
【0054】
測定の結果、固相に含まれる灰分(炭酸カルシウム)は0.47gであり、液相に溶出した炭酸カルシウムの量は0.53gだった。また、処理後のセルロース含有物スラリーをpH5に調整するために加えた硫酸の量は1.0gだった。
【0055】
[比較例1]
実施例1において、炭酸ガスを吹き込まずに300rpmの回転速度で30分間攪拌した以外は、実施例1と同様にして実験を行った。
【0056】
測定の結果、固相に含まれる灰分(炭酸カルシウム)は0.98gであり、液相に溶出した炭酸カルシウムの量は0.02gだった。また、処理後のセルロース含有物スラリーをpH5に調整するために加えた硫酸の量は2.2gだった。
【0057】
【表1】

【0058】
表1に結果を示す。表1から明らかなように、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物に二酸化炭素を接触させることによって、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物から炭酸カルシウムを選択的に除去することができた。また、本発明によって得られたセルロース含有物は炭酸カルシウム含有量が低いため、セルロース含有物スラリーを少量の酸で酸性領域にpH調整することができた。その一方で、二酸化炭素を接触させなかった比較例では、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物から炭酸カルシウムを除去することはできず、セルロース含有物スラリーのpHを酸性領域に調整するのに多くの酸が必要だった。
【0059】
このように、本発明によれば、炭酸カルシウム含有量の低いセルロース含有物が得られる。このようなセルロース含有物は、加水分解による糖の製造などにおける原料として有用であり、バイオマス原料としての価値が極めて高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭酸カルシウムを含むセルロース含有物に二酸化炭素を接触させ、セルロース含有物中の炭酸カルシウムを溶解させる工程と、
炭酸カルシウムを溶解させたセルロース含有物を固液分離して、炭酸カルシウムの含有量が低減されたセルロース含有物を分離する工程と、
を含む、炭酸カルシウムの含有量が低減されたセルロース含有物を製造する方法。
【請求項2】
炭酸ガスまたは炭酸水を用いて、炭酸カルシウムを含むセルロース含有物に二酸化炭素を接触させる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記炭酸カルシウムを含むセルロース含有物が、古紙、古紙を含む廃棄物、紙パルプ工場の排水工程から発生するペーパースラッジまたは製紙工程にて発生するブロークである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
炭酸カルシウムの含有量が低減されたセルロース含有物に酸を添加して、pHを4〜8に調整する工程をさらに含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
二酸化炭素を接触させる工程を5〜90℃にて行う、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
セルロース含有物の糖化の前処理として行う、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
炭酸カルシウムを含むセルロース含有物に二酸化炭素を接触させ、セルロース含有物中の炭酸カルシウムを溶解させる工程と、
炭酸カルシウムを溶解させたセルロース含有物を固液分離して、炭酸カルシウムの含有量が低減されたセルロース含有物を分離する工程と、
炭酸カルシウムの含有量が低減されたセルロース含有物を糖化する工程と、
を含む、セルロース含有物から糖を製造する方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−207781(P2010−207781A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−59931(P2009−59931)
【出願日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【出願人】(000183484)日本製紙株式会社 (981)
【Fターム(参考)】