説明

セルロース結合性ペプチドおよびその製造方法

【課題】アミノ酸残基数が少なく、かつセルロースに特異的に結合するペプチド、及びその製造方法の提供。
【解決手段】アミノ酸残基数が7個であり、少なくとも1個の正のハイドロパシー指標を有するアミノ酸と、少なくとも1個の側鎖にヒドロキシ基またはアミノ基を有するアミノ酸とを含む、セルロース結合性ペプチド。また、ファージディスプレイペプチドライブラリーから、該セルロース結合性ペプチドを有するファージの増幅、分離、洗浄、溶出する工程からなるセルロース結合性ペプチドの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロース結合性ペプチドおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化や原油生産ピークの問題から、ガソリンに代わる自動車用燃料として再生可能資源であるバイオマス燃料の導入が検討されている。代表的な自動車用バイオマス燃料であるバイオエタノールは、さとうきび、とうもろこし、木材等を原料としており、これらを糖化した後、酵素発酵により製造される。中でも、木材は、地球上で最も多量に存在するバイオマス資源であることから、それを原料としたバイオエタノールの製造の実用化が望まれている。
【0003】
木材等の主成分であるセルロースは、不溶性の材料であるため、糖化および酵素発酵の前に、可溶化する必要がある。
セルロース分解酵素であるセルラーゼは、触媒ドメイン、リンカー部位およびセルロース結合ドメイン(cellulose binding domain:CBD)の三つの領域から構成されており、このうちCBDがセルロースを分解するのに重要であることが知られている。
しかしながら、酵素を用いた可溶化および糖化は分解速度やコストの面で問題がある。
【0004】
これに対して、非特許文献1においては、人工的に得たバクテリオファージ・ディスプレーライブラリーを用いて、セルロースと特異的に結合する部分(cellulose binding motif:CBM)を選別する試みが記載されており、SWYLシーケンスがCBMであると推測されている。
【0005】
【非特許文献1】Han et al.,Shengwu Huaxue Yu Shengwu Wuli Xuebao,1998,30(3),p.263−266
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、非特許文献1に記載されている方法は、ペプチドのアミノ酸残基数が15個と比較的多いので、製造の際に高いコストおよび大きなエネルギーが必要であり、また、安定性に欠けるなどの問題があるため、実用上不利である。
また、非特許文献1に記載されている方法は、ペプチドのアミノ酸残基数が15個であるため、溶液中である種の立体構造(コンファメーション)を採り、それがセルロースとの結合に多少なりとも寄与していると推測されるところ、特定の立体構造を採らないアミノ酸残基数が少ないペプチドの場合は、SWYLシーケンスを有するペプチドであっても、セルロースへの特異的な結合を示すか否かは不明である。
そこで、本発明は、アミノ酸残基数が少なく、かつ、セルロースに特異的に結合するペプチドおよびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、特定の方法により、アミノ酸残基数が少なく、かつ、セルロースに特異的に結合するペプチドが得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
即ち、本発明は、以下の(1)〜(14)を提供する。
(1)少なくとも1個の正のハイドロパシー指標を有するアミノ酸と少なくとも1個の側鎖にヒドロキシ基またはアミノ基を有するアミノ酸とを含む、アミノ酸残基数7個のアミノ酸配列を有するセルロース結合性ペプチド。
(2)上記側鎖にヒドロキシ基またはアミノ基を有するアミノ酸を少なくとも2個含む、上記(1)に記載のセルロース結合性ペプチド。
(3)少なくとも2個の前記側鎖にヒドロキシ基またはアミノ基を有するアミノ酸のうち、少なくとも2個が連続している、上記(2)に記載のセルロース結合性ペプチド。
(4)HAIYPRH、SHTLSAK、TQMTSPR、YAGPYQH、LPSQTAP、GQTRAPL、QLKTGPA、FQVPRSQ、LRLPPAPからなる群より選ばれるアミノ酸配列を有するセルロース結合性ペプチド。
(5)前記アミノ酸配列が、ファージディスプレイ法によるファージクローンのうちから、ELISAによるセルロース結合性試験において、ファージライブラリーのセルロース結合定数より大きいセルロース結合定数をもつものとして選択されるファージクローンが提示するアミノ酸配列である上記(1)〜(4)のいずれかに記載のセルロース結合性ペプチド。
(6)上記選択されたファージクローンのセルロース結合定数が、ファージライブラリーのセルロース結合定数に対する比で1.5以上である上記(5)に記載のセルロース結合性ペプチド。
(7)上記アミノ酸配列のN末端から第1番目および第5番目が、水酸基を有するアミノ酸残基からなる上記(1)〜(6)のいずれかに記載のセルロース結合性ペプチド。
(8)上記アミノ酸配列のC末端から第1番目が、正電荷を有するアミノ酸残基からなる上記(1)〜(7)のいずれかに記載のセルロース結合性ペプチド。
【0009】
(9)アミノ酸残基数が2〜14個のペプチドのファージディスプレイペプチドライブラリーを含むライブラリー溶液と、セルロースとを混合させる混合工程と、
その後、放置して、前記ファージディスプレイペプチドライブラリーのうちのセルロース結合性ペプチドを有するファージと前記セルロースとの複合体を沈殿させる沈殿工程と、
沈殿した前記複合体を分離する分離工程と、
分離された前記複合体を洗浄する洗浄工程と、
洗浄された前記複合体から前記セルロース結合性ペプチドを有するファージを溶出させる溶出工程と
を具備する、セルロース結合性ペプチドの製造方法。
(10)前記溶出工程の後に、
溶出した前記セルロース結合性ペプチドを有するファージを大腸菌に感染させて増幅させる増幅工程と、
増幅した前記セルロース結合性ペプチドを有するファージとセルロースとを混合させる混合工程と、
その後、放置して、前記セルロース結合性ペプチドを有するファージと前記セルロースとの複合体を沈殿させる沈殿工程と、
沈殿した前記複合体を分離する分離工程と、
分離された前記複合体を洗浄する洗浄工程と、
洗浄された前記複合体から前記セルロース結合性ペプチドを有するファージを溶出させる溶出工程と
を含むサイクルを、1回以上具備する、上記(9)に記載のセルロース結合性ペプチドの製造方法。
【0010】
(11)前記洗浄工程が、いずれもTween20を含むトリス緩衝液を用いて行われ、前記溶出工程が、いずれもグリシン−塩酸緩衝液を用いて行われる、上記(10)に記載のセルロース結合性ペプチドの製造方法。
(12)前記洗浄工程が、いずれもセロビオースを含有するTween20を含むトリス緩衝液を用いて行われ、前記溶出工程が、いずれもセロビオース水溶液を用いて行われる、上記(10)に記載のセルロース結合性ペプチドの製造方法。
(13)前記アミノ酸残基数が7個である、上記(9)〜(12)のいずれかに記載のセルロース結合性ペプチドの製造方法。
(14)上記(9)〜(13)のいずれかに記載のセルロース結合性ペプチドの製造方法により得られるセルロース結合性ペプチド。
【発明の効果】
【0011】
本発明のセルロース結合性ペプチドは、アミノ酸残基数が少なく、かつ、セルロースに特異的に結合する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明のセルロース結合性ペプチドおよびその製造方法を詳細に説明する。なお、本明細書において、アミノ酸配列は、特にことわりのない限り一文字表記で示される。この一文字表記に対応するアミノ酸残基名および三文字表記は次のとおりである。A:アラニン(Ala)、V:バリン(Val)、L:ロイシン(Leu)、I:イソロイシン(Ile)、P:プロリン(Pro)、F:フェニルアラニン(Phe)、W:トリプトファン(Trp)、M:メチオニン(Met)、G:グリシン(Gly)、S:セリン(Ser)、T:スレオニン(Thr)、C:システィン(Cys)、Q:グルタミン(Gln)、N:アスパラギン(Asn)、Y:チロシン(Tyr)、K:リシン(Lys)、R:アルギニン(Arg)、H:ヒスチジン(His)、D:アスパラギン酸(Asp)、E:グルタミン酸(Glu)。
【0013】
本発明のセルロース結合性ペプチドの第1の態様は、少なくとも1個の正のハイドロパシー指標を有するアミノ酸と少なくとも1個の側鎖にヒドロキシ基またはアミノ基を有するアミノ酸とを含む、アミノ酸残基数7個のアミノ酸配列を有するセルロース結合性ペプチドである。
正のハイドロパシー指標(hydropathy index)を有するアミノ酸は、アラニン(A)、システイン(C)、メチオニン(M)、フェニルアラニン(F)、バリン(V)、ロイシン(L)、イソロイシン(I)である。中でも、アラニンが好ましい。
本発明において、側鎖にヒドロキシ基またはアミノ基を有するアミノ酸におけるアミノ基は、イミノ基(>NH)およびアミド(−CONH)を含む。側鎖にヒドロキシ基またはアミノ基を有するアミノ酸は、リシン(K)、アルギニン(R)、ヒスチジン(H)、アスパラギン(N)、グルタミン(Q)、セリン(S)、スレオニン(T)、チロシン(Y)、トリプトファン(W)である。中でも、ヒスチジン、グルタミン、アルギニンが好ましい。
【0014】
本発明の第1の態様のセルロース結合性ペプチドは、上述した正のハイドロパシー指標を有するアミノ酸と、上述した側鎖にヒドロキシ基またはアミノ基を有するアミノ酸とを、それぞれ少なくとも1個含む。本発明の第1の態様のセルロース結合性ペプチドがセルロースに対して特異的に結合する理由は明らかでないが、セルロースが疎水的部分とヒドロキシ基とを有していることから、セルロース結合性ペプチドの正のハイドロパシー指標を有するアミノ酸の部分が、セルロースの疎水的部分と疎水結合を形成し、かつ、セルロース結合性ペプチドの側鎖にヒドロキシ基またはアミノ基を有するアミノ酸の部分が、セルロースのヒドロキシ基と水素結合を形成するためであると推測される。
【0015】
本発明の第1の態様のセルロース結合性ペプチドにおいては、側鎖にヒドロキシ基またはアミノ基を有するアミノ酸を少なくとも2個含むのが好ましい態様の一つである。これにより、水素結合がより生じやすくなる。
中でも、少なくとも2個の側鎖にヒドロキシ基またはアミノ基を有するアミノ酸のうち、少なくとも2個が連続しているのが好ましい。
【0016】
本発明の第1の態様のセルロース結合性ペプチドは、上述した正のハイドロパシー指標を有するアミノ酸と、上述した側鎖にヒドロキシ基またはアミノ基を有するアミノ酸とを、それぞれ少なくとも1個含むアミノ酸残基数7個のアミノ酸配列を有するものであり、かつ、セルロースに特異的に結合する。このようなペプチドであれば、7個のアミノ酸残基の配列順序は特に限定されないが、例えば、以下の本発明の第2の態様のセルロース結合性ペプチドが好適に挙げられる。
【0017】
本発明の第2の態様のセルロース結合性ペプチドは、HAIYPRH、SHTLSAK、TQMTSPR、YAGPYQH、LPSQTAP、GEQRAPL、QLKTGPA、FQVPRSQ、LRLPPAPからなる群より選ばれるアミノ酸配列を有するペプチドである。これらペプチドは、第一の態様と同様に、セルロースに特異的に結合する。本発明では、第一の態様として規定されるセルロース結合性ペプチドが、第2の態様のセルロース結合性ペプチドのいずれかと同一のものであってもよい。
【0018】
本発明の第2の態様のセルロース結合性ペプチドは、上記各アミノ酸配列を有していればよく、アミノ酸残基数が7個である場合は、上述した各アミノ酸配列自体であり、アミノ酸残基数が8個以上である場合は、上述した各アミノ酸配列を一部に含むものである。
アミノ酸残基数は、7〜14個であるのが好ましい。
【0019】
本明細書において、上記「セルロースに特異的に結合する」とは、セルロース結合性ペプチドのファージクローンのセルロースに対する結合定数とライブラリーのセルロースに対する結合定数との比が1を超えることを意味する。すなわち、本発明の第1および第2の態様で規定されるセルロースに特異的に結合するペプチドを構成する上記アミノ酸配列は、ファージディスプレイ法によるファージクローンのうちから、ELISAによるセルロース結合性試験において、ファージライブラリーのセルロース結合定数より大きいセルロース結合定数をもつものとして選択されるファージクローンが提示するアミノ酸配列である。なお、本発明における結合定数は、ELISAによるセルロース結合性試験により、後述のLangmuir仮定式から求めることができる見掛けの結合定数(Kapp)である。
本発明では、セルロース結合性ペプチドのファージクローンのセルロースに対する結合定数とライブラリーのセルロースに対する結合定数との比は、1.1以上であるのが好ましく、1.3以上であるのがより好ましく、1.5以上であるのが更に好ましい。
【0020】
第1または第2の態様で規定される7個のアミノ酸残基からなるアミノ酸配列において、N末端から第1番目および第5番目が水酸基を有するアミノ酸残基であることが好ましい。また、N末端から第7番目すなわちC末端から第1番目が、正電荷を有するアミノ酸残基であることが好ましい。
なお、本発明の第2の態様に係るセルロース結合性ペプチドには、ファージディスプレイ法により一般的なポリマー親和性ペプチドとして選択されたペプチドのプロリン依存性の傾向は特別みられない。
【0021】
本発明に係るセルロース結合性ペプチドは、製造方法を特に限定されないが、例えば、以下に示す本発明のセルロース結合性ペプチドの製造方法により製造することができる。
【0022】
本発明のセルロース結合性ペプチドの製造方法は、アミノ酸残基数が2〜14個のペプチドのファージディスプレイペプチドライブラリーを含むライブラリー溶液と、セルロースとを混合させる混合工程と、
その後、放置して、前記ファージディスプレイペプチドライブラリーのうちのセルロース結合性ペプチドを有するファージと前記セルロースとの複合体を沈殿させる沈殿工程と、
沈殿した前記複合体を分離する分離工程と、
分離された前記複合体を洗浄する洗浄工程と、
洗浄された前記複合体から前記セルロース結合性ペプチドを有するファージを溶出させる溶出工程と
を具備する、セルロース結合性ペプチドの製造方法である。
【0023】
混合工程は、アミノ酸残基数が2〜14個、好ましくは6〜14個、より好ましくは7〜14個のペプチドのファージディスプレイペプチドライブラリーを含むライブラリー溶液と、セルロースとを混合させる工程である。
ライブラリー溶液には、ファージディスプレイペプチドライブラリーが含まれる。
ファージディスプレイペプチドライブラリーは、20のn乗(nは、アミノ酸残基数)の多様性を有する。すなわち、20のn乗(nは、アミノ酸残基数)種のペプチドを有するファージのライブラリーである。例えば、アミノ酸残基数が7個であれば、ファージディスプレイペプチドライブラリーは、20n(≒1.28×109)種のペプチドを有するファージを有する。
ファージディスプレイペプチドライブラリーは、ペプチドのアミノ酸残基数が7個であるのが好ましい態様の一つである。
ファージディスプレイペプチドライブラリーは、特に限定されないが、例えば、市販のものを用いることができる。
また、ファージディスプレイペプチドライブラリーは、ペプチドのアミノ酸残基数が異なる2種以上のファージを含んでいてもよい。
ライブラリー溶液は、水溶液であるのが好ましい。水溶液中のファージディスプレイペプチドライブラリーの濃度は、1011〜1012virions/mLであるのが好ましい。
【0024】
ライブラリー溶液は、市販のものをそのまま用いてもよいが、ライブラリー溶液中のファージディスプレイペプチドライブラリーを大腸菌に感染させて増幅させた後に用いてもよい。その場合、大腸菌に感染させる方法は、特に限定されず、例えば、大腸菌のO/N培養液100〜300μLをLB培地に加え、ついでライブラリー溶液を0.5〜3μL加えて室温から40℃までの温度で、150〜300rpmで3〜6時間、振盪培養する方法が挙げられる。
【0025】
セルロースは、特に限定されないが、純度および混合の容易さの点で、微結晶セルロースであるのが好ましい。微結晶セルロースは、特に限定されず、例えば、市販のものを用いることができる。
【0026】
混合工程においては、上記ファージディスプレイペプチドライブラリーを含むライブラリー溶液と、上記セルロースとを混合させる。
混合の方法は、特に限定されず、例えば、室温で1分間〜12時間転倒混和する方法が挙げられる。
【0027】
沈殿工程は、混合工程後、放置して、ファージディスプレイペプチドライブラリーのうちのセルロース結合性ペプチドを有するファージとセルロースとの複合体を沈殿させる工程である。
混合工程においてセルロース結合性ペプチドを有するファージとセルロースとが結合して生成した複合体は、セルロースに特異的に結合しないペプチドを有するファージと比べて重いため、沈殿する。
【0028】
分離工程は、沈殿した複合体を分離する工程である。
分離の方法は、沈殿した複合体を系から分離する方法であれば、特に限定されないが、例えば、セルロースに特異的に結合しないペプチドを有するファージを含む溶液を除去して、沈殿を得る方法が挙げられる。
【0029】
洗浄工程は、分離された複合体を洗浄する工程である。
複合体は、上述したように、ライブラリー溶液とセルロースとを混合させた状態から、沈殿により分離されたものである。したがって、ライブラリー溶液中のセルロースに特異的に結合しないペプチドを有するファージが不純物として含まれる。洗浄工程は、そのようなセルロースに特異的に結合しないペプチドを有するファージを除去するために行われる。
【0030】
洗浄の方法は、特に限定されず、例えば、Tween20を含むトリス緩衝液(TBST)を用いて洗浄する方法、セロビオースを含有するTBSTを用いて洗浄する方法が好適に挙げられる。セロビオースを含有するTBSTを用いて洗浄する方法を用いると、セルロースに特異的に結合しないペプチドを有するファージのみならず、セルロースに弱く結合するペプチドを有するファージも除去されるので、セルロースにより強く結合するペプチドを有するファージを得ることができると考えられる。
TBSTを用いて洗浄する方法の条件は、例えば、pH6〜9であり、0.01〜0.1vol%のTween20を含む500〜1000μLのTBSTを用い、室温から40℃までの温度下で、5〜20回転倒混和し洗浄する方法が挙げられる。
セロビオースを含有するTBSTを用いて洗浄する方法の条件は、例えば、pH6〜9であり、0.1〜50mMのセロビオースを含むTBST500〜1000μLを用い、室温から40℃までの温度下で、5〜20回転倒混和し洗浄する方法が挙げられる。
【0031】
溶出工程は、洗浄された複合体からセルロース結合性ペプチドを有するファージを溶出させる工程である。溶出工程においては、複合体がセルロース結合性ペプチドを有するファージとセルロースとの間で解離し、セルロース結合性ペプチドを有するファージが溶出する。
溶出の方法は、特に限定されず、例えば、グリシン−塩酸緩衝液を用いて溶出する方法、セロビオース水溶液を用いて溶出する方法が挙げられる。
グリシン−塩酸緩衝液を用いて溶出する方法の条件は、例えば、pH1〜3のグリシン−塩酸緩衝液400〜1000μLを用い、室温から40℃までの温度下で、30分間〜2時間転倒混和し、複合体を処理する方法が挙げられる。
セロビオース水溶液を用いて溶出する方法の条件は、例えば、0.05〜0.5Mのセロビオースを含むpH1〜3のグリシン−塩酸緩衝液400〜1000μLを用い、室温下、1時間転倒混和し、複合体を処理する方法が挙げられる。
【0032】
本発明のセルロース結合性ペプチドの製造方法においては、洗浄工程が、Tween20を含むトリス緩衝液を用いて行われ、溶出工程が、グリシン−塩酸緩衝液を用いて行われるのが好ましい態様の一つであり、洗浄工程が、セロビオースを含有するTween20を含むトリス緩衝液を用いて行われ、溶出工程が、セロビオース水溶液を用いて行われるのが別の好ましい態様の一つである。
【0033】
本発明のセルロース結合性ペプチドの製造方法においては、前記溶出工程の後に、溶出した前記セルロース結合性ペプチドを有するファージを大腸菌に感染させて増幅させる増幅工程と、
増幅した前記セルロース結合性ペプチドを有するファージとセルロースとを混合させる混合工程と、
その後、放置して、前記セルロース結合性ペプチドを有するファージと前記セルロースとの複合体を沈殿させる沈殿工程と、
沈殿した前記複合体を分離する分離工程と、
分離された前記複合体を洗浄する洗浄工程と、
洗浄された前記複合体から前記セルロース結合性ペプチドを有するファージを溶出させる溶出工程と
を含むサイクルを、1回以上具備するのが好ましい。これにより、セルロース結合性ペプチドの得られる効率が高くなる。
【0034】
上記サイクルにおける増幅工程は、溶出したセルロース結合性ペプチドを有するファージを大腸菌に感染させて増幅させる工程である。このようにセルロース結合性ペプチドを有するファージを増幅させることにより、セルロース結合性ペプチドを有するファージが後の分離工程、洗浄工程および溶出工程で多少消失しても、最終的に残るようにすることができる。
増幅の方法の条件は、例えば、LB培地10〜30mLと大腸菌O/N培養液100〜300μLの混合液にファージ溶液50〜200μLを加えて、室温から37℃までの温度で、150〜300rpmで3〜6時間、振盪培養する方法が挙げられる。
【0035】
上記サイクルにおける混合工程は、増幅したセルロース結合性ペプチドを有するファージとセルロースとを混合させる工程である。
混合の方法は、ファージディスプレイペプチドライブラリーを含むライブラリー溶液の代わりに、増幅したセルロース結合性ペプチドを有するファージを用いる以外は、上述した混合工程と同様である。
【0036】
上記サイクルにおける沈殿工程は、混合工程後、放置して、セルロース結合性ペプチドを有するファージと前記セルロースとの複合体を沈殿させる工程である。
上記サイクルにおける分離工程は、沈殿した複合体を分離する工程である。
上記サイクルにおける洗浄工程は、分離された複合体を洗浄する工程である。
上記サイクルにおける溶出工程は、洗浄された複合体からセルロース結合性ペプチドを有するファージを溶出させる工程である。
これらの沈殿工程、分離工程、洗浄工程および溶出工程は、それぞれ上述した沈殿工程、分離工程、洗浄工程および溶出工程と同様である。
上記サイクルを行う場合は、サイクル前およびサイクルにおける洗浄工程が、いずれもTBSTを用いて行われ、サイクル前およびサイクルにおける溶出工程が、いずれもグリシン−塩酸緩衝液を用いて行われるのが好ましい態様の一つであり、サイクル前およびサイクルにおける洗浄工程が、いずれもセロビオースを含有するTBSTを用いて行われ、サイクル前およびサイクルにおける溶出工程が、いずれもセロビオース水溶液を用いて行われるのが別の好ましい態様の一つである。サイクル前および1回以上のサイクルにおける洗浄工程が、いずれもセロビオースを含有するTBSTを用いて行われる場合、セロビオースの濃度を上げながら行うのが好ましい。例えば、サイクルを4回行うことによりバイオパニングを合計5回行う場合、1mM(バイオパニング1回目)、3mM(同2回目)、10mM(同3回目)、30mM(同4回目)、30mM(同5回目)のようにすることができる。これにより、セルロースに弱く結合する特異性の低いファージを効率よく排除することができる。
【0037】
サイクルの回数は、特に限定されないが、セルロース結合性ペプチドを有するファージが分離工程、洗浄工程および溶出工程で消失する可能性、セルロースに特異的に結合しないペプチドを有さず、かつ、増幅工程で高効率で増幅されるファージの増幅性等を考慮すると、1〜5回であるのが好ましい。
【0038】
本発明のセルロース結合性ペプチドの製造方法においては、溶出工程(サイクルを行う場合は、サイクルにおける最後の溶出工程)で、セルロース結合性ペプチドを有するファージを含有する溶出液が得られる。
この溶出液中に、セルロース結合性ペプチドを有するファージが存在するか否かは、例えば、クローニングをして、ファージクローンを取り出し、Enzyme−linked Immunosorbent Assay(ELISA)により、セルロースに対する結合定数を測定し、ライブラリーのセルロースに対する結合定数との比が1を超える、好ましくは1.5以上であるものが存在するか否かで判断することができる。
【0039】
ELISAは、特に限定されず、直接吸着法、サンドイッチ法、競合法等を用いることができる。いずれの方法においても、反応に関与しないタンパク質で固相ブロッキングすることができ、具体的には、スキムミルクなどをたとえばファージ溶液に添加することでブロッキングすることができる。この固相ブロッキングは、ELISAで通常行なわれる手段であるが、本発明では、固相ブロッキングを行なわないことが好ましい。すなわち、ELISAによるセルロース結合性試験の際には、スキムミルクなどの外部ペプチドの共存を避けることが好ましい。
【0040】
結合定数は、ファージ濃度を変化させて得られた吸収の濃度依存性から以下のLangmuir式を仮定することにより、ファージの見掛けの結合定数(Kapp)を求めることができる。
【数1】

【0041】
式中、RAはELISAにより求めた各濃度での吸収を示し、RAmaxは最大吸収を示す。
【0042】
本発明の第7の態様のセルロース結合性ペプチドは、上述した本発明のセルロース結合性ペプチドの製造方法により得られるセルロース結合性ペプチドである。
本発明の第7の態様のセルロース結合性ペプチドは、上述した本発明のセルロース結合性ペプチドの製造方法により得られ、かつ、セルロースに特異的に結合するものであれば、アミノ酸配列等を特に限定されない。
具体的には、例えば、上述した本発明の第2から第6までの態様のセルロース結合性ペプチドが挙げられる。
【0043】
本発明の第1から第7までの態様のセルロース結合性ペプチドは、いずれもアミノ酸残基数が少なく、かつ、セルロースに特異的に結合するペプチドであり、現在のところ、セルロースの可溶化能および分解能との関係は明らかでないが、本発明の第1から第7までの態様のセルロース結合性ペプチドを用いてセルロースの可溶化および分解を行うことは、可能であると考えられる。
したがって、本発明の第1から第7までの態様のセルロース結合性ペプチドを用いてバイオエタノールを製造することが可能になると考えられる。
【実施例】
【0044】
以下に実施例を示して本発明を具体的に説明する。ただし、本発明はこれらに限られるものではない。なお、実施例において、「%」は特に指定のない限り、「質量%」を表す。
【0045】
1. 実験方法
1.1 実験試料
微結晶セルロースは、Merckより購入したものをそのまま用いた。
ファージディスプレイペプチドライブラリー(以下、単に「ライブラリー」という。)は、Ph.D.−7TM Phage Display Peptide Library(NEW ENGLAND Biolabs,Inc.)を用いた。このライブラリーは、M13系のfdファージの非主要外殻タンパク質であるpIIIのN末端に直鎖7残基のランダムなアミノ酸配列のペプチドが提示されたものであり、ペプチド4残基(GGGS)のスペーサーを介してwild−type pIIIに融合した設計となっている。このライブラリーには、207個(≒1.28×109個)のphage clonesが含まれている。
【0046】
1.2 微結晶セルロースの滅菌および洗浄
微結晶セルロースをエタノールに分散させた。静置し微結晶セルロースが沈殿した後、上清を除去した。本操作によりセルロースを滅菌した。
つぎに、TBSに分散させ、静置し微結晶セルロースが沈殿した後、上清を除去した。本操作を3回繰り返すことで微結晶セルロースを洗浄した。
【0047】
1.3 セルロース結合性ファージのセレクション
図1に、セルロース結合性ファージのセレクションの概略工程図を示す。
本操作はPh.D.−7TM Phage Display Peptide Library Kitを用いて行い、Kit付属のマニュアルを参考にし、一部改変して行った。
【0048】
(1)試薬調製
(a)滅菌精製水
超純水をオートクレーブ(121℃、20分間)して調製し、室温で保存した。
(b)Tetracycline(Tet)ストック溶液
テトラサイクリン塩酸塩100mgをエタノール(Spectrum grade)20mLに溶解し、−20℃で遮光保存した。
(c)IPTG/X−Galストック溶液
Isopropyl−1−thio−β−D−garactopyranoside(IPTG)0.25g、5−Bromo−4−chloro−3−indolyl−β−D−galactopyranoside(X−Gal) 0.2gをN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)(Spectrum grade) 5.0mLに溶解させ、1.7mLチューブに1mLずつ分注し−20℃で遮光保存した。
(d)LB培地
500mL広口メディウム瓶にBacto−Tryptone 5g、Yeast Extract 2.5g、塩化ナトリウム5gを採取し、超純水500mLおよび4M水酸化ナトリウム水溶液125μLを加えてオートクレーブ処理を行った後、室温で保存した。
(e)LB plate−Tetracycline
250mL広口メディウム瓶にLB培地200mLを採取しBacto Agar 3.0gを加えてオートクレーブ処理を行った後、50℃以下まで冷却し、Tetストック溶液800μLを加えシャーレ20枚に分注し、固化させた後4℃で遮光保存した。
【0049】
(f)10×TBS(500mM Tris−HCl、1.5M NaCl、pH7.5)
Tris(hydroxymethyl)aminomethane 30.3g,塩化ナトリウム43.8gを400mLの超純水に溶解させ、6M塩酸および0.01M塩酸でpH7.5に調整した。超純水で500mLにメスアップし、オートクレーブ処理を行った後、室温で保存した。
(g)PEG/NaCl
polyethylene glycol(PEG#6000) 100.0g、塩化ナトリウム73.0gを超純水330mLに溶解させ、超純水で500mLにメスアップし、オートクレーブ処理を行った後、室温で保存した。
(h)TBS/gelatin
ゼラチン0.1gを10×TBS 10mLおよび超純水90mLに溶解させ、オートクレーブ処理を行った後、渦を巻くように撹拌してゼラチンを均一溶解させ、室温で保存した。
(i)5%NaN3ストック溶液
アジ化ナトリウム50mgを15mLチューブに採取し、滅菌精製水950μLに溶解させ4℃で保存した。
(j)0.02%NaN3/TBS
上記(i)で調製した5%NaN3ストック溶液100μLをTBS 25mLに溶解させ、0.22μmフィルター(Millex,Millipore)でろ過滅菌を行った後、室温で保存した。
【0050】
(k)1M Tris−HCl buffer(pH9.1)
Tris(hydroxymethyl)aminomethane 30.3gを超純水200mLに溶解させ、6M塩酸および0.01M塩酸でpH9.1に調整し、超純水で250mLにメスアップし、オートクレーブ処理を行った後、4℃で保存した。
(l)Agarose Top
250mL広口メディウム瓶にBacto−Tryptone 2g、Yeast Extract 1g、塩化ナトリウム1g、Bacto Agar 1.4g、塩化マグネシウム六水和物0.1gを採取し、超純水200mLおよび4M水酸化ナトリウム水溶液50μLを加えてオートクレーブ処理を行った後、室温で保存した。
(m)5M NaCl水溶液
250mL広口メディウム瓶に塩化ナトリウム73.1gを採取し、超純水250mLに溶解させ、オートクレーブ処理を行った後、室温で保存した。
(n)Elution buffer(pH2.2、Glycine−HCl、0.1mg/mL BSA)
Glycine 3.75gを超純水50mLに溶解させ、6M塩酸でpH2.2に調整した後、超純水で100mLにメスアップ後、0.22μmフィルターでろ過滅菌を行った。ウシ血清アルブミン(Bovine Serum Albumin:BSA、018−15154、Lot.CER0068、Wako)10mg、フェノールレッド1mgを加えて溶解させ、0.22μmフィルターでろ過滅菌を行った後、4℃で保存した。
(o)1×TBS containing 0.05vol% Tween20
10×TBS 4mL、Tween20(polyoxyethylene sorbitan monolaurate) 20μLを滅菌精製水で40mLにメスアップし、0.22μmフィルターでろ過滅菌を行った後、室温で保存した。
【0051】
(2)マスタープレートによるEscherichia coli(E.coli ER2738)の保存
LB培地499μLにE.coli ER2738 1μLを加え、LB−tet plateに100μLをプレーティングし、37℃で12時間培養し、4℃で保存した。マスタープレートは調製後1箇月以内に使用した。また、1箇月以内にコロニーから新たなLB−tet plateに線画培養することで植菌し、E.coli菌体を保存した。
【0052】
(3)ライブラリーの増幅
LB培地20mLにE.coli O/N培養液200μLを加え、300mLバッフル付三角フラスコに移し、ついでライブラリー1μLを加えて、37℃、200rpmの条件で5時間振盪培養した。これによりライブラリーを増幅した。
その後、培養液を50mLチューブに移して2380g(3500rpm、TOMY EX−126、TS−38LB rotor)、4℃の条件で10分間遠心することで菌体を分離した。
つぎに、新たな50mLチューブにPEG/NaCl 3.3mLを採取し、これに上記遠心分離により得られた上清のファージ溶液を加え、穏やかに100回転倒混和した後、4℃で12時間静置した(PEG沈殿精製)。その後、2380g(3500rpm)、4℃の条件で10分間遠心し上清を除去した。得られたファージペレットをTBS 1mLに再溶解させ、1.7mLチューブに移した。12303g(13000rpm、BECKMAN CS15R、F2402H rotor)、4℃の条件で10分間遠心し、上清を新たな1.7mLチューブに採取したPEG/NaCl 150μLに加え、穏やかに100回転倒混和した後、4℃で1時間以上静置した(PEG沈殿精製)。12303g(13000rpm)、4℃の条件で10分間遠心し上清を除去し、得られたファージペレットを0.02%NaN3/TBS 200μLを加えて溶解させ、新たな0.6mLチューブに移して、ライブラリー溶液とし、4℃で保存した。
【0053】
(4)バイオパニング
バイオパニングは、以下のRun1〜3の3通りの方法で行った。
(i)Run1
上記(3)で増幅したライブラリー溶液を1.0×1010pfuになるようにTBSで希釈し、10mgの微結晶セルロースを懸濁させた。室温で1時間転倒混和し、放置した後、上清のファージ溶液を除去した。得られた微結晶セルロース/ファージ複合体を、0.05vol% Tween20を含むトリス緩衝液(TBST)600μLで、5回洗浄した。
ついで、グリシン−塩酸緩衝液(pH2.2)500μLでファージを溶出した。
得られた溶出液を回収し、1M Tris−HCl(pH9.1)を188μL加えて中和した後、限外濾過膜(分画分子量100kDa)に移しTBSで約1mLにメスアップした。
2380g(3500rpm)、4℃の条件で2分間遠心し、約50μLまでファージ溶液を濃縮した。再度、TBSで約1mLにメスアップし遠心する操作を2回繰り返すことで(計3回)、バッファー交換と同時にファージ溶液を濃縮した後、TBSで約200μLにメスアップし、4℃で保存した。
【0054】
(ii)Run2
洗浄において、0.05vol% Tween20を含むトリス緩衝液(TBST)600μLの代わりに、1mMのセロビオースを含むTBST 600μLを用い、溶出において、グリシン−塩酸緩衝液(pH2.2)500μLの代わりに0.1Mセロビオースを含むTBS 500μLを用い、限外ろ過膜に移す前に中和を行わなかった以外は、Run1と同様の方法により、バイオパニングを行った。
【0055】
(iii)Run3
溶出において、グリシン−塩酸緩衝液(pH2.2)500μLの代わりに50%EtOHを含むTBS 500μLを用いた以外は、Run1と同様の方法により、バイオパニングを行ったが、溶出時にファージが消失したため以降の操作は行わなかった。
【0056】
(5)ファージプールの増幅
LB培地20mL、E.coli ER2738 O/N培養液200μLを加え300mLバッフル付三角フラスコに移し、上記(4)で得たファージ溶液100μLを加えて37℃、200rpmの条件で5時間振盪培養した。これによりファージプールを増幅した。
その後、培養液を50mLチューブに移して2380g(3500rpm)、4℃の条件で10分間遠心することで菌体を分離した。
つぎに、新たな50mLチューブにPEG/NaCl 3.3mLを採取し、これに上記遠心分離により得られた上清のファージ溶液を加え、穏やかに100回転倒混和した後4℃で一晩静置し、ファージを沈殿させた。その後、2380g(3500rpm)、4℃の条件で10分間遠心し上清を除去した。得られたファージペレットをTBS 1mLに再溶解させ、1.7mLチューブに移した。12303g(13000rpm)、4℃の条件で10分間遠心し、上清を新たな1.7mLチューブに採取したPEG/NaCl 150μLに加え、穏やかに100回転倒混和した後4℃で1時間静置し、ファージを沈殿させた。さらに、12303g(13000rpm)、4℃の条件で10分間遠心し上清を除去し、得られたファージペレットを0.02%NaN3/TBS 200μLを加えて溶解させ、新たな0.6mLチューブに上清を移して4℃で保存した。
【0057】
得られたファージ溶液を用い、上記(4)のバイオパニングおよび(5)のファージプールの増幅を繰り返し行い、バイオパニング後のファージ濃度を測定しつつ、バイオパニングの回数が合計5回となったところで終了した。
なお、Run2においては、洗浄に用いたセロビオースを含むTBSTにおけるセロビオースの濃度を、バイオパニング2回目は3mM、3回目は10mM、4回目および5回目は30mMとした。
【0058】
ファージ濃度は、以下の条件でUV−vis分光光度測定を行って決定した。A269=30の時のファージ粒子濃度が2×1014virions/mLであるから、1/100希釈したファージ溶液300μLをUV−visで測定し、269nmと320nmの吸光度の差からA269を求めた。A269=30の時のファージ粒子濃度が上述したとおり2×1014virions/mL(=3.3×10-7Mに相当)であり、さらに、およそ1pfu=20virionsであることを用いて増幅後のファージの力価を算出した。
【0059】
<UV−vis分光光度測定条件>
測定モード:Absorbance、レスポンス:Fast、バンド幅:2.0nm、走査速度:400nm/min、開始波長:340nm、終了波長:200nm、データ取込間隔:1.0nm
【0060】
(6)力価測定(Titering)
LB培地5mLにマスタープレートからピックアップしたシングルコロニーを加え、OD600=0.5になるまで37℃、200rpmの条件で振盪培養した後(最大5時間)、ファージ溶液をTBS/gelatinで所定の濃度に系列希釈し、これを分注した大腸菌懸濁液に10μLずつ加えて数分間インキュベートした。Agarose Topを電子レンジで溶解し、3mLずつ分注し、これにファージプール希釈液とインキュベートした大腸菌懸濁液を加えてよく混合した後、あらかじめ37℃に温めたLB/IPTG/X−galプレートに注いで均一に広げ5分間静置した。培地の固化を確認した後、37℃で一晩培養した。プレート上の青いプラークの個数を数え、希釈率を考慮し調製したファージ溶液の濃度を算出した。
【0061】
1.4 Enzyme−linked Immunosorbent Assay(ELISA)
0.1mgの微結晶セルロースを所定濃度のファージ/PBS溶液(スキムミルク不含)に20℃下懸濁させ、1時間静置した。PBSTおよびPBSをこの順に用いて洗浄した後、ホースラディッシュペルオキシダーゼラベル化した抗M13ファージ抗体溶液に懸濁させた。上清を除去した後、基質(2,2′−azino−bis(3−ethylbenzothiazoline−6−sulfonic acid)diammonium salt)溶液に懸濁させ、405nmの吸収によりファージの結合量を求めた。
【0062】
1.5 ファージの結合定数の算出
ファージ濃度を変化させて得られた吸収の濃度依存性から以下のLangmuir式を仮定することにより、ファージの見掛けの結合定数(Kapp)を求めた。
【数2】

式中、RAはELISAにより求めた各濃度での吸収を示し、RAmaxは最大吸収を示す。
【0063】
2.結果
2.1 ファージプールの結合定数
図2に、バイオパニングの回数とファージの回収率との関係を示す。図2に示されるように、ファージの回収率は、バイオパニングの回数の増加に従って増加する傾向にあった。このことは、ライブラリーにおいてランダムであったペプチドのうち、セルロースと特異的に結合するペプチドが、バイオパニングの繰り返しにより、ファージプールに濃縮されてきたことを示唆している。
【0064】
2.2 ファージのクローニングとクローンの結合定数
得られたクローンが提示しているペプチドのアミノ酸配列、アミノ酸配列ごとの頻度、ELISAの繰り返し回数(n)、ELISAにより求めたファージの見掛けの結合定数(Kapp)およびそのライブラリーの結合定数に対する比(Kapp比)を、表1(Run1)および表2(Run2)に示す。
なお、ELISAの繰り返し回数(n)は、1日3回のELISAをn=1とするものである。したがってn=3での結合定数(Kapp)は、合計9回のELISAの平均値である。
【0065】
また、結合定数の算出に用いた結合等温線のグラフ例を図3に示す。図3に示すクローン2−5c02は、Run2系について、上記1.4ELISAを、ファージ/PBS溶液に0.0001%スキムミルクを含有させた以外は同様に行なった場合に得られたクローンである。この0.0001%スキムミルクを含有させたELISAによるクローン2−5c02(アミノ酸配列:HAIYPRH)の見掛けの結合定数(Kapp)は、2.56(n=1)であり、この条件でのライブラリーの見掛けの結合定数(Kapp)は、1.34であった。
図3に示されるように、ファージ濃度の増加とともに吸収(結合量)が飽和することから、Langmuir式への仮定が妥当であることが示唆された。図3から、クローン(Run2系)の結合量がライブラリーの結合量よりも多いことが明らかになった。
【0066】
【表1】

【0067】
Run1においては、パニング数4回の場合、16個のクローンをピックアップしたところ、9種のアミノ酸配列が得られ(Run1−4c01〜1−4c16)、パニング数5回の場合、14個のクローンをピックアップしたところ、3種のアミノ酸配列が得られた(Run1−5c01〜1−5c03)。
表1に示すとおり、Run1の系では、パニング数が5回に達すると、顕著なセルロース特異的結合性を示すペプチドが得られにくくなっており、4回のパニング数で充分であると考えられる。
【0068】
【表2】

【0069】
Run2においては、パニング数4回の場合、16個のクローンをピックアップしたところ、16種のアミノ酸配列が得られ(Run2−4c01〜2−4c16)、パニング数5回の場合、15個のクローンをピックアップしたところ、10種のアミノ酸配列が得られた(Run2−5c01〜2−5c14)。
【0070】
表1および2に示されるクローンのうち、ライブラリーに対する結合定数の比>1.5のものを、比の大きいものから順に表3に示す。
【表3】

【0071】
表3に示されるライブラリーと比べて結合定数が顕著に大きい各種クローンは、セルロース(特異的)結合性ペプチドである。
なお、Run1およびRun2のいずれにおいても、アミノ酸配列HPERATLを有するクローン(Run1での1−4c01および1−5c02、Run2での2−5c05)の頻度が極めて高かったが、このクローンの結合定数はライブラリーと比べて小さいか同等程度である。したがって、このクローンは、セルロースに特異的に結合するペプチドではなく、バイオパニングの際に単に増幅効率がよいクローンであると推測される。
【0072】
2.4 セルロース結合性ペプチドが含むアミノ酸
表3に示される9種のセルロース結合性ペプチド(ライブラリーに対する結合定数の比>1.5)のアミノ酸配列におけるアミノ酸の出現頻度を表4に示す。
【0073】
【表4】

【0074】
表4から明らかなように、疎水的な(すなわち正のハイドロパシー指標を有する)アミノ酸であるアラニン(A)と、アミンを側鎖に持つアミノ酸であるヒスチジン(H)、グルタミン(Q)およびアルギニン(R)とが、ライブラリーに比べて出現頻度が2倍近く高くなっており、セルロースとの結合に寄与していることが示唆された。さらに、セルロースが疎水基と水酸基とを有していることから、セルロース結合性ペプチドが、疎水性相互作用と水素結合とにより、セルロースと相互作用していることが示唆された。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】セルロース結合性ファージのセレクションの概略工程図である。
【図2】バイオパニングの回数とファージの回収率との関係を示すグラフである。
【図3】Run2系の結合定数の算出に用いた結合等温線のグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1個の正のハイドロパシー指標を有するアミノ酸と少なくとも1個の側鎖にヒドロキシ基またはアミノ基を有するアミノ酸とを含む、アミノ酸残基数7個のアミノ酸配列を有するセルロース結合性ペプチド。
【請求項2】
前記側鎖にヒドロキシ基またはアミノ基を有するアミノ酸を少なくとも2個含む、請求項1に記載のセルロース結合性ペプチド。
【請求項3】
少なくとも2個の前記側鎖にヒドロキシ基またはアミノ基を有するアミノ酸のうち、少なくとも2個が連続している、請求項2に記載のセルロース結合性ペプチド。
【請求項4】
HAIYPRH、SHTLSAK、TQMTSPR、YAGPYQH、LPSQTAP、GQTRAPL、QLKTGPA、FQVPRSQ、LRLPPAPからなる群より選ばれるアミノ酸配列を有するセルロース結合性ペプチド。
【請求項5】
前記アミノ酸配列が、ファージディスプレイ法によるファージクローンのうちから、ELISAによるセルロース結合性試験において、ファージライブラリーのセルロース結合定数より大きいセルロース結合定数をもつものとして選択されるファージクローンが提示するアミノ酸配列である請求項1〜4のいずれかに記載のセルロース結合性ペプチド。
【請求項6】
前記選択されたファージクローンのセルロース結合定数が、ファージライブラリーのセルロース結合定数に対する比で1.5以上である請求項5に記載のセルロース結合性ペプチド。
【請求項7】
前記アミノ酸配列のN末端から第1番目および第5番目が、水酸基を有するアミノ酸残基からなる請求項1〜6のいずれかに記載のセルロース結合性ペプチド。
【請求項8】
前記アミノ酸配列のC末端から第1番目が、正電荷を有するアミノ酸残基からなる請求項1〜7のいずれかに記載のセルロース結合性ペプチド。
【請求項9】
アミノ酸残基数が2〜14個のペプチドのファージディスプレイペプチドライブラリーを含むライブラリー溶液と、セルロースとを混合させる混合工程と、
その後、放置して、前記ファージディスプレイペプチドライブラリーのうちのセルロース結合性ペプチドを有するファージと前記セルロースとの複合体を沈殿させる沈殿工程と、
沈殿した前記複合体を分離する分離工程と、
分離された前記複合体を洗浄する洗浄工程と、
洗浄された前記複合体から前記セルロース結合性ペプチドを有するファージを溶出させる溶出工程と
を具備する、セルロース結合性ペプチドの製造方法。
【請求項10】
前記溶出工程の後に、
溶出した前記セルロース結合性ペプチドを有するファージを大腸菌に感染させて増幅させる増幅工程と、
増幅した前記セルロース結合性ペプチドを有するファージとセルロースとを混合させる混合工程と、
その後、放置して、前記セルロース結合性ペプチドを有するファージと前記セルロースとの複合体を沈殿させる沈殿工程と、
沈殿した前記複合体を分離する分離工程と、
分離された前記複合体を洗浄する洗浄工程と、
洗浄された前記複合体から前記セルロース結合性ペプチドを有するファージを溶出させる溶出工程と
を含むサイクルを、1回以上具備する、請求項9に記載のセルロース結合性ペプチドの製造方法。
【請求項11】
前記洗浄工程が、いずれもTween20を含むトリス緩衝液を用いて行われ、前記溶出工程が、いずれもグリシン−塩酸緩衝液を用いて行われる、請求項10に記載のセルロース結合性ペプチドの製造方法。
【請求項12】
前記洗浄工程が、いずれもセロビオースを含有するTween20を含むトリス緩衝液を用いて行われ、前記溶出工程が、いずれもセロビオース水溶液を用いて行われる、請求項10に記載のセルロース結合性ペプチドの製造方法。
【請求項13】
前記アミノ酸残基数が7個である、請求項9〜12のいずれかに記載のセルロース結合性ペプチドの製造方法。
【請求項14】
請求項9〜13のいずれかに記載のセルロース結合性ペプチドの製造方法により得られるセルロース結合性ペプチド。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2008−94822(P2008−94822A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−43521(P2007−43521)
【出願日】平成19年2月23日(2007.2.23)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】