説明

セレン酸還元活性増強能を有するタンパク質をコードする遺伝子

【課題】セレン酸の還元方法の提供。
【解決手段】本発明によって、セレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質、それをコードする遺伝子、それらを使用するセレン酸の還元方法が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質、それをコードする遺伝子、それらを使用するセレン酸の還元方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微量金属(レアメタル)の一種であるセレンは、生物にとって必須元素であるが、水溶性のセレン化合物(セレン酸、亜セレン酸など)は生物に対する毒性を有する。セレンは、コピー機、ガラスの着色など幅広い用途に使用されているので、その供給源の確保は重要である。また、廃水、廃棄物中のセレン化合物の人の健康および生態系への影響が問題となっている。セレン酸の無毒化および除去の方法としては、樹脂吸着、電気化学的方法などが従来より検討されているが、効率、コストなどの問題から実用には至っていなかった。また、このような方法によってセレンを回収して再利用することはできなかった。
【0003】
本発明者らは、セレン化合物の生物学的処理方法の開発を目指して、ガラス工場の汚泥からグラム陽性細菌Bacillus selenatarsenatis SF-1株(以下、「SF−1株」)を単離した(特許文献1、非特許文献1、非特許文献2)。SF−1株は、セレン酸を亜セレン酸に効率的に還元し、さらに亜セレン酸を元素態セレンへ還元する能力を有する。元素態セレンは水に不溶性であり、無毒であるので、SF−1株を使用すれば、比較的安価に、セレン化合物を含有する廃水などを無毒化し、そこからセレンを回収して再利用できる可能性がある。
【0004】
微生物を利用したセレン化合物の処理およびセレンの回収をより効率的に行うためには、処理条件の検討や設備の開発に加えて、セレン化合物の還元に関与する分子機構を明らかにする必要がある。しかし、現在までにセレン化合物の還元に関与する酵素およびそれをコードする遺伝子に関する知見はほとんど得られていない。本発明者らは、SF−1株のセレン化合物還元機構を解明するために、セレン化合物の還元に関与する遺伝子の解析を行い(非特許文献3)、Escherichia coliに導入した際にセレン酸から亜セレン酸への還元活性を示すタンパク質をコードする3つのオープンリーディングフレームを(ORF)含むDNAフラグメントをSF−1株から単離した(非特許文献4)。しかし、これらはセレン化合物の還元に関与する遺伝子群の一部に過ぎず、さらなる解析が必要であった。
【特許文献1】特開平9−248595号公報
【非特許文献1】Fujita, M. et al., J. Ferment. Bioeng., 83:517-522 (1997)
【非特許文献2】Yamamura, S. et al., Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 57:1060-1-64 (2007)
【非特許文献3】黒田真史ら、第57回日本生物工学会大会講演要旨集、3A10−2(2005)
【非特許文献4】永野公太ら、第60回日本生物工学会大会講演要旨集、1Bp09(2008)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、セレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質、それをコードする遺伝子、それらを使用するセレン酸の還元方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、
[1]以下からなる群より選択されるタンパク質:
(a)配列番号8のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号8のアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ配列番号10のアミノ酸配列からなるタンパク質と組み合わせた場合にセレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質;および
(c)配列番号8のアミノ酸配列と50%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ配列番号10のアミノ酸配列からなるタンパク質と組み合わせた場合にセレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質;
[2]以下からなる群より選択されるタンパク質:
(a)配列番号10のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号10のアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ配列番号8のアミノ酸配列からなるタンパク質と組み合わせた場合にセレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質;および
(c)配列番号10のアミノ酸配列と60%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ配列番号8のアミノ酸配列からなるタンパク質と組み合わせた場合にセレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質;
[3][1]のタンパク質をコードする核酸;
[4]以下からなる群より選択される、[3]の核酸:
(a)配列番号7のヌクレオチド配列からなる核酸;
(b)配列番号7のヌクレオチド配列からなる核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ配列番号10のアミノ酸配列からなるタンパク質と組み合わせた場合にセレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質をコードする核酸;
[5][2]のタンパク質をコードする核酸;
[6]以下からなる群より選択される、[5]の核酸:
(a)配列番号9のヌクレオチド配列からなる核酸;
(b)配列番号9のヌクレオチド配列からなる核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ配列番号8のアミノ酸配列からなるタンパク質と組み合わせた場合にセレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質をコードする核酸;
[7][1]のタンパク質および[2]のタンパク質を宿主細胞において発現させることを含む、セレン酸の還元方法;
[8][1]のタンパク質および[2]のタンパク質の発現が、[3]の核酸および[4]の核酸を宿主細胞に導入することによって行われる、[7]の方法;
[9]配列番号2のアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号4のアミノ酸配列からなるタンパク質および配列番号6のアミノ酸配列からなるタンパク質を宿主細胞において発現させることをさらに含む、[7]の方法
に関する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によって、セレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質、それをコードする遺伝子、それらを使用するセレン酸の還元方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本明細書において使用する「セレン化合物」なる用語は、セレンを含有する化合物を指す。セレン化合物の例としてはセレン酸、亜セレン酸などが挙げられる。本明細書において使用する「元素態セレン」なる用語は、他の元素と化合物を形成していない元素の形態のセレンを指す。
【0009】
本明細書において使用する「セレン酸還元活性」なる用語は、セレン酸を亜セレン酸に還元する活性を指す。本明細書において使用する「セレン酸還元酵素」なる用語は、セレンの亜セレン酸への還元を触媒するタンパク質を指す。本明細書において使用する「亜セレン酸還元活性」なる用語は、亜セレン酸を元素態セレンに還元する活性を指す。本明細書において使用する「亜セレン酸還元酵素」なる用語は、亜セレン酸の元素態セレンへの還元を触媒するタンパク質を指す。
【0010】
Bacillus selenatarsenatis SF-1株(SF−1株)は、セレン酸還元活性、および亜セレン酸還元活性を有することが知られている(特許文献1、非特許文献1、非特許文献2)。セレン酸還元活性は、セレン酸から生成される亜セレン酸を定量することによって測定することができる。亜セレン酸還元活性は、亜セレン酸から生成される元素態セレンを定量することによって測定することができる。核酸にコードされるタンパク質が有するセレン酸還元活性は、例えば、この遺伝子を、亜セレン酸還元活性を有することが知られているEscherichia coli(Bebien, M. et al., Microbiology, 148:3865-3872 (2002))に導入した際に元素態セレンが生成することを、セレン酸含有培地上でのコロニーによる赤色の呈色を観察することによって確認することができる。
【0011】
本明細書において使用する「セレン酸還元活性を増強する能力」または「セレン酸還元活性増強能」なる用語は、セレン酸還元活性を増強することができる能力を指す。セレン酸から生成される亜セレン酸を定量した際に、対照と比較して活性が有意に増加した場合に、セレン酸還元活性は増強している。単離された核酸にコードされるタンパク質が有するセレン酸還元活性増強能は、この遺伝子を、セレン酸還元酵素をコードする遺伝子を含むEscherichia coliに導入した際に生成される元素態セレンのレベルを、セレン酸含有培地上でのコロニーによる赤色の呈色強度の増加を観察することによって確認することができる。
【0012】
セレン酸還元酵素としては、本発明者らによってSF−1株から単離された3つのオープンリーディングフレーム(ORF)、mpoA(配列番号1)、mpoB(配列番号3)およびmpoC(配列番号5)によってコードされるタンパク質MpoA(配列番号2)、MpoB(配列番号4)およびMpoC(配列番号6)から構成されるものが例示される(非特許文献4)。MpoA、MpoBおよびMpoCはそれぞれ、種々の公知のモリブドプテリンオキシドレダクターゼ鉄−硫黄結合サブユニット(鉄・硫黄クラスター)、モリブドプテリンオキシドレダクターゼ膜サブユニット(膜結合サブユニット)およびモリブドプテリンジヌクレオチド結合領域(リン酸基結合部位)との相同性を有する。
【0013】
また、MpoA、MpoB、MpoCは、Salmonella typhimurium由来テトラチオン酸還元酵素と類似性を有する(Hensel, M. et al., Mol. Microbiol., 32:275-287 (1999))。Salmonella typhimurium由来テトラチオン酸還元酵素遺伝子はクラスターを形成しており、モリブドプテリングアニンジヌクレオチド補因子を持つ活性中心部分サブユニットをコードするttrA遺伝子の上流に膜結合サブユニットであるttrC遺伝子、鉄・硫黄クラスターを含むサブユニットであるttrB遺伝子が位置する構造となっている。この位置関係はmpoA、mpoB、mpoCの位置関係と非常に類似している。この文献にはttrA、ttrBおよびttrCがテトラチオン酸還元酵素の構造遺伝子であると記載されている。従って、本発明者らが得たmpoA、mpoB、mpoCも同様にモリブドプテリンオキシドレダクターゼの構造遺伝子を構成していることが示唆される。また、mpoBが膜結合サブユニットをコードすることは、SF−1株のセレン酸還元酵素が膜結合型であるという以前の報告と一致する(Jpn. J. of Wat. Treat. Biol., 40:161-168 (2004))。
【0014】
セレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質としては、本発明者らによってSF−1株から単離された2つのORF、dcpA(配列番号7)およびmutT(配列番号9)によってコードされるタンパク質DcpA(配列番号8)およびMutT(配列番号10)の組み合わせが例示される。これらのタンパク質をセレン酸還元酵素(例えば、MpoA、MpoBおよびMpoCから構成されるもの)とともにEscherichia coli中で発現させると、セレン酸還元酵素のみを発現させた場合に比較してセレン酸還元活性が増強される。
【0015】
DcpAのアミノ酸配列(配列番号8)は、種々の公知のジグアニレートシクラーゼ/ホスホジエステラーゼとの相同性を有する。ジグアニレートシクラーゼは、2分子のGTPからのサイクリックジグアニル酸(c−di−GMP)の合成を触媒する酵素であり、ホスホジエステラーゼはc−di−GMPの分解を触媒する酵素である。一般にジグアニレートシクラーゼ/ホスホジエステラーゼにはGGDEF(Gly-Gly-Asp-Glu-Phe)配列およびEAL(Glu-Ala-Leu)配列が存在することが知られており、これらを含む領域はそれぞれGGDEFドメインおよびEALドメインと呼ばれている(Mendez-Ortiz, M.M. et al., J. Biol. Chem., 281-8090-8099 (2006))。また、前者はc−di−GMPの合成を担い、後者はc−di−GMPの分解を担うことが示唆されている(Tamayo, R. et al., Infection and Immunity, 76:1617-1627 (2008))。DcpAにはGGDEF配列は見出されるが(配列番号8、238〜242位)EAL配列は見出されない。従って、DcpAはc−di−GMPの合成を担うジグアニレートシクラーゼ活性のみを有する可能性がある。
【0016】
MutTのアミノ酸配列(配列番号10)は、種々の公知のMutT/nudix(nucleoside diphosphates linked to other moieties, X)ファミリータンパク質との相同性を有する。MutT/nudixファミリータンパク質は、他の分子に結合したヌクレオシド二リン酸の加水分解を触媒する酵素の総称であり、MutTはGTPを分解してGMPを生成する反応を触媒する酵素である。
【0017】
DcpAおよびMutTがセレン酸還元活性を増強する機構は不明であるが、SF−1株から得られたセレン酸還元酵素がモリブドプテリンを補因子として含むモリブドプテリンオキシドレダクターゼとの相同性を有すること、モリブドプテリンがGTPから合成されること(Cell Mol. Life Sci., 62:2792-2810 (2005))を考慮すると、DcpAおよびMutTは、セレン酸還元酵素の補因子の合成に関与している可能性がある。また、MpoA、MpoCはTat(Twin-arginine translocation)経路シグナルとも高い相同性を有している。グラム陽性細菌Bacillus subtilisは、タンパク質分泌経路として、Sec経路およびTat経路を有することが知られている。Sec経路では、細胞膜を通過する際に、輸送されるタンパク質の構造がほどかれる。一方、Tat経路では、細胞質内で折りたたまれたタンパク質が折りたたまれたまま細胞膜を通過する。モリブドプテリンなどの補因子を含むタンパク質はこのTat経路を介して輸送されると言われている(van Dijil, J.M. et al., J. Biotechnol., 98:243-254 (2002))。このことも、SF−1株由来のセレン酸還元酵素が補因子を含む可能性を示唆する。
【0018】
本発明者らは、3つのORF、mpoA、mpoB、mpoCをEscherichia coliに導入した際に、セレン酸還元活性が示されることを報告した(非特許文献4)。このことから、セレン酸の還元にはこれらのORFによってコードされるタンパク質で十分であることが示唆されていた。従って、dcpAおよびmutTをさらに導入することによってセレン酸還元活性がさらに増強されるという知見は予想外であった。SF−1株においては、mpoA、mpoBおよびmpoCをコードする領域、ならびにdcpAおよびmutTをコードする領域のいずれにトランスポゾンTn916が挿入された場合でもセレン酸還元活性が失われることから、SF−1株においてはこれら両方の領域の遺伝子がセレン酸還元活性に必要とされると考えられる。dcpAおよびmutTの非存在下でもEscherichia coli中でセレン酸還元活性が観察された理由は明らかではないが、宿主として使用したEscherichia coli中にdcpAおよびmutTの機能的代替物として作用するタンパク質が存在している可能性がある。
【0019】
配列番号8のアミノ酸配列と最高の相同性を示す公知の配列(diguanylate cyclase with PAS/PAC sensor [Geobacillus sp. G11MC16]、GenBank Accession No. ZP_03149864)との配列同一性は48%であり、配列番号10のアミノ酸配列と最高の相同性を示す公知の配列(MutT/nudix family protein, putative [Bacillus cereus G9241]、GenBank Accession No. ZP_00238672)との配列同一性は56%である。アミノ酸配列の同一性の算出にはBLAST program(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/blast/Blast.cgi)を使用した。配列番号8または10のアミノ酸配列とこれらより高い配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつそれぞれ配列番号10または8のアミノ酸配列からなるタンパク質と組み合わせた場合にセレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質の組み合わせも、本発明において好適に使用することができる。そのような配列同一性は、配列番号8のアミノ酸配列との、例えば50%、好ましくは70%、より好ましくは80%、さらに好ましくは90%の配列同一性、配列番号10のアミノ酸配列との、例えば60%、好ましくは70%、より好ましくは80%、さらに好ましくは90%の配列同一性である。
【0020】
また、本発明において、配列番号8または10のアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつそれぞれ配列番号10または8のアミノ酸配列からなるタンパク質と組み合わせた場合にセレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質の組み合わせを使用することができる。
【0021】
本発明において、上記のようなセレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質をコードする核酸が使用される。1つの実施態様において、この核酸は配列番号7または9のヌクレオチド配列からなる核酸である。別の実施態様において、本発明の核酸は、配列番号7または9のヌクレオチド配列からなる核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつそれぞれ配列番号10または8のアミノ酸配列からなるタンパク質と組み合わせた場合にセレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質をコードする核酸である。本明細書において使用する「ストリンジェントな条件」なる用語は、緊縮なハイブリダイゼーションの条件をさす。このような条件は、例えばSambrook, J. et al. (eds), Molecular Cloning: A Laboratory Manual Second Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989)などに記載されている。100ヌクレオチド以上の長いプローブを使用する場合のストリンジェントな条件の例としては、6×SSC、0.5%ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、5×Denhardt’s試薬、100μg/mL変性断片化サケ精子DNA中68℃でのインキュベーション、2×SSC、0.1%SDS中室温での洗浄(SSC濃度を0.1まで下げる、および/または温度を68℃まで上げる)が挙げられる。
【0022】
本発明のセレン酸の還元方法において、セレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質を宿主細胞において発現させる。宿主細胞としては、任意の細胞を使用することができるが、セレン化合物の存在下で生存できる細菌が好ましい。1つの実施態様において、セレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質の発現は、このタンパク質をコードする核酸を宿主細胞に導入することによって行われる。この目的のためには、組換えDNA技術が確立されている細菌を宿主として使用することが好ましい。そのような細菌の例としては、限定するものではないが、Escherichia coli、Bacillus subtilisなどが挙げられる。核酸の導入には、選択された宿主細胞において複製可能なベクターが使用される。ベクターは、プラスミド、バクテリオファージ、ウイルスなどに由来するものが使用できる。核酸を含むベクターには目的の遺伝子の転写の開始および終結を担う配列(プロモーター、ターミネーターなど)、翻訳の開始に必要とされる配列(リボソーム結合部位など)が含まれる。当業者は、宿主細胞に適切なこれらの配列を選択することができる。例えば、セレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質をコードする配列の上流に本来存在するプロモーターが宿主細胞中で機能する場合はそのプロモーターを利用することができ、あるいは宿主細胞において機能する別のプロモーターの制御下に目的の遺伝子を配置して発現させることもできる。宿主細胞がセレン酸還元酵素を有していない場合は、セレン酸還元酵素を宿主細胞においてさらに発現させてもよい。
【0023】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0024】
参考例1:元素態セレン生成能欠損変異株の取得
元素態セレン生成能を欠損した変異株を得るために、接合伝達により、Enterococcus faecalis CG110株(以下、「CG110株」)から、テトラサイクリン耐性遺伝子を保持するトランスポゾンTn916(Scott, J.R., et al., Annu. Rev. Microbiol., 49:367-397 (1995))を、Bacillus selenatarsenatis SF-1株(JCM14380、DSM18680)の自然ストレプトマイシン耐性変異株(以下、「Sm株」)に導入した。Tn916は導入された細菌ゲノム中に挿入される。従って、Tn916導入株の中に、Tn916の挿入によってセレン酸の還元または亜セレン酸の還元に関与する遺伝子が破壊された結果、セレン酸からの元素態セレンの生成能を欠損した株が存在する可能性がある。
【0025】
ストレプトマイシン500μg/mLを含有するTSB(Trypticase Soy Broth)培地(17.0g/Lカゼイン、3.0g/Lダイズペプトン、2.5g/Lデキストロース、5.0g/L塩化ナトリウム、2.5g/Lリン酸二カリウム)3mL中37℃で20時間振とう培養したSm株を7,000rpm、4℃で遠心分離することによって、集菌した。CG110株をLB(10g/Lバクトトリプトン、5g/L酵母エキス、5g/L塩化ナトリウム)寒天培地上で37℃で20時間培養した。このプレートに上記のSm株の懸濁液を加え、2種の菌を混合し、37℃で一晩培養した。生育した菌体をTSB培地10mLに懸濁し、その100倍希釈液200μLを重層セレン酸選択培地(ストレプトマイシン500μg/mL、テトラサイクリン10μg/mL、セレン酸0.5mMを含むLB寒天培地に流し固めた後、等量のストレプトマイシン500μg/mL、テトラサイクリン10μg/mLを含むLB寒天培地を流し固めた培地)に植菌し、37℃で一晩培養した。Tn916導入株をテトラサイクリンおよびストレプトマイシンに耐性を示すコロニーとして得た。
【0026】
上記プレートを30℃でインキュベートした。このプレート上で、元素態セレン生成能を有する株は赤色のコロニーを形成するのに対して、元素態セレン生成能を欠損した株は白色のコロニーを形成する。白色の相対的に小さなコロニーを選択した(一次スクリーニング)。これらのコロニーを、ストレプトマイシン500μg/mL、テトラサイクリン10μg/mL、セレン酸ナトリウム1mMを含有するLB寒天培地上で37℃で一晩好気的に培養した後、AnaeroPouch・ケンキ(三菱ガス化学)を使用して30℃で2日間嫌気的に培養した。培養後、元素態セレン生成能の指標となる赤色を呈しない株および赤色が低下した株を得た(二次スクリーニング)。
【0027】
参考例2:インバースPCR法およびLA PCR法によるTn916挿入部位周囲のDNA配列の決定
参考例1において得られた元素態セレン生成能欠損株からAquaPure Genomic DNA Kit(BIO-RAD)を使用してゲノムDNAを調製した。このゲノムDNAを適当な制限酵素で消化した後、T4 DNAリガーゼを用いたセルフライゲーションに供した。この反応混合物を鋳型としてTn916特異的プライマーを使用してポリメラーゼ連鎖反応を実施することによって、Tn916挿入部位周辺のDNAを増幅し、そのヌクレオチド配列を決定した。このようにして得られたヌクレオチド配列に基づいて合成したプライマーを使用し、鋳型としてTn916が挿入されていないSF−1株のゲノムDNAを使用し、LA PCR(商標)in vitro Cloning Kit(タカラバイオ)を使用したDNAの増幅(LA PCR)によって、Tn916が挿入された位置の周辺のDNAを増幅し、そのヌクレオチド配列を決定した。LA PCRにおいて、DNAポリメラーゼとしては、キットに添付のTaKaRa LA TaqまたはPrimeSTAR GXL DNA Polymerase(タカラバイオ)を使用した。
【0028】
上記の操作によって決定されたヌクレオチド配列についてオープンリーディングフレーム(ORF)を検索し、さらにそこにコードされるアミノ酸配列と公知のタンパク質のアミノ酸配列とを比較することによって、セレン化合物の還元に関与する可能性のあるタンパク質をコードする2つの領域を同定した。
【0029】
参考例3:mpoABCオペロンの解析
参考例2に記載の手順によって、公知のモリブドプテリンオキシドレダクターゼ鉄−硫黄結合サブユニット(鉄・硫黄クラスター)、モリブドプテリンオキシドレダクターゼ膜サブユニット(膜結合サブユニット)およびモリブドプテリンジヌクレオチド結合領域(リン酸基結合部位)との相同性を有するタンパク質をコードする3つのORFを含む領域が見出された。これらのORFは上流から下流に上記の順で、同じ方向で存在していた(図1中に数字「3」、「4」、「5」で示す)。これらをそれぞれmpoA、mpoB、mpoCと名づけた。mpoA、mpoB、mpoCのヌクレオチド配列をそれぞれ配列番号1、3、5に、それらによってコードされるタンパク質MpoA、MpoB、MpoCのアミノ酸配列をそれぞれ配列番号2、4、6に示す。mpoAの終止コドンとmpoBの開始コドンとの間の長さが17bpと非常に近接していること、およびmpoBとmpoCとが約40bp重複していることから、これら3つのORFはオペロンを形成しており、その転写はmpoAの上流に存在するプロモーター様領域によって開始され、mpoCの下流に存在するターミネーター様領域において終結すると考えられた。なお、参考例1で得られた元素態セレン生成能欠損変異株において、Tn916は、mpoC領域内に挿入されていた(図1中に「Tn916」で示す)。
【0030】
プライマーOPERON1F(配列番号11)およびOPERON1R(配列番号12)を使用してプロモーターおよび3つのORF mpoA、mpoB、mpoCを含む領域を増幅し、TAクローニングベクターpGEM(登録商標)−T Easy Vector(Promega)のマルチクローニング部位に挿入して、プラスミドpGEM−mpoABCを得た(図3A)。このプラスミドを用いてEscherichia coli DH5αコンピテントセルを形質転換した。得られた形質転換株DH5α/pGEM−mpoABCを、mpoA、mpoB、mpoCを含まないプラスミドで形質転換したコントロール株DH5α/pGEMとともにセレン酸0.5mmol/Lを添加したLB培地に植菌した。コントロールとしてセレン酸を添加しない培地も使用した。なお、Escherichia coliは本来亜セレン酸を還元する能力を有しているので(Bebien, M. et al., Microbiology, 148:3865-3872 (2002))、形質転換体がセレン酸を亜セレン酸に還元する能力を有すれば、セレン酸添加培地上で元素態セレンを生成することができ、その結果コロニーが赤色になる。この結果、DH5α/pGEM−mpoABC株は赤色を呈したので、3つのORFを導入したEscherichia coli内でセレン酸を亜セレン酸に還元する活性が示されることが示された(図4のDH5α/pGEM−mpoABC)。
【0031】
実施例1:dcpAmutTオペロンの解析
参考例2に記載の手順によって、公知のジグアニレートシクラーゼ/ホスホジエステラーゼおよびMutT nudixファミリータンパク質との相同性を有するタンパク質をコードする2つのORFを含む領域が見出された。これらのORFは上流から下流に上記の順で、同じ方向で存在していた(図2中に数字「3」、「4」で示す)。これらをそれぞれdcpA、mutTと名づけた。dcpA、mutTのヌクレオチド配列をそれぞれ配列番号7、9に、それらによってコードされるタンパク質DcpA、MutTのアミノ酸配列をそれぞれ配列番号8、10に示す。dcpAの終止コドンとmutTの開始コドンとの間の長さが約30bpと非常に近接していることから、これら2つのORFはオペロンを形成しており、その転写はdcpAの上流に存在するプロモーター様領域によって開始され、mutTの下流に存在するターミネーター様領域において終結すると考えられた。なお、参考例1で得られた元素態セレン生成能欠損変異株において、Tn916は、dcpA領域内に挿入されていた(図2中に「Tn916」で示す)。
【0032】
プライマーALLGGDEFFW(配列番号13)およびALLGGDEFRV(配列番号14)を使用してプロモーターおよび2つのORF dcpA、mutTを含む領域を増幅し、TAクローニングベクターpGEM−T Easy Vector(登録商標)のマルチクローニング部位に挿入して、プラスミドpGEM−dcpAmutTを得た(図3B)。このプラスミドを用いてEscherichia coli DH5αコンピテントセルを形質転換した。得られた形質転換株DH5α/pGEM−dcpAmutTを、dcpA、mutTを含まないプラスミドで形質転換したコントロール株DH5α/pGEMとともにセレン酸0.5mmol/Lを添加した培地に植菌した。この結果、いずれの株も赤色を呈しなかったので、2つのORFは直接的にセレン酸を亜セレン酸に還元する活性を示さないことが示された(図4のDH5α/pGEM−dcpAmutT)。
【0033】
次に、プライマーUPALLGGDEFFW(配列番号15)およびUPALLGGDEFRV(配列番号16)、またはプライマーDOWNALLGGDEFFW(配列番号17)およびDOWNALLGGDEFRV(配列番号18)を使用して2つのORF dcpA、mutTを含む領域を増幅し、参考例3で得られたプラスミドpGEM−mpoABC中のmpoA、mpoB、mpoCの上流または下流に同じ方向で挿入したプラスミドpGEM−dcpAmutT−mpoABCおよびpGEM−mpoABC−dcpAmutTを得た(図3CおよびD)。pGEM−mpoABC−dcpAmutTを含むDH5α/pGEM−mpoABC−dcpAmutT株を上記と同様にセレン酸添加培地に植菌したところ、DH5α/pGEM−mpoABC株よりも強い赤色が観察された(図4のDH5α/pGEM−mpoABC−dcpAmutT)。pGEM−dcpAmutT−mpoABCを導入した株についても同様の結果が得られた(データは示さず)。このように2つの遺伝子dcpA、mutTは、Escherichia coliにおいてmpoA、mpoB、mpoCによって示されるセレン酸還元活性を増強する能力を有することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明によって、セレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質、それをコードする遺伝子、それらを使用するセレン酸の還元方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】3つのORF、mpoA(数字「3」で示す)、mpoB(数字「4」で示す)、mpoC(数字「5」で示す)の配置、転写/翻訳方向(矢印で示す)および元素態セレン生成能欠損変異株におけるTn916挿入部位(「Tn916」で示す)を示す図である。
【図2】2つのORF、dcpA(数字「3」で示す)、mutT(数字「4」で示す)の配置、転写/翻訳方向(矢印で示す)および元素態セレン生成能欠損変異株におけるTn916挿入部位(「Tn916」で示す)を示す図である。
【図3】mpoA、mpoBおよびmpoCならびにdcpAおよびmutT発現用ベクターの構造を示す図である。A:pGEM−mpoABC;B:pGEM−dcpAmutT;C:pGEM−dcpAmutT−mpoABC;およびD:pGEM−mpoABC−dcpAmutT。
【図4】mpoA、mpoBおよびmpoCならびにdcpAおよびmutTのEscherichia coliにおけるセレン酸還元に対する効果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下からなる群より選択されるタンパク質:
(a)配列番号8のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号8のアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ配列番号10のアミノ酸配列からなるタンパク質と組み合わせた場合にセレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質;および
(c)配列番号8のアミノ酸配列と50%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ配列番号10のアミノ酸配列からなるタンパク質と組み合わせた場合にセレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質。
【請求項2】
以下からなる群より選択されるタンパク質:
(a)配列番号10のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号10のアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ配列番号8のアミノ酸配列からなるタンパク質と組み合わせた場合にセレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質;および
(c)配列番号10のアミノ酸配列と60%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ配列番号8のアミノ酸配列からなるタンパク質と組み合わせた場合にセレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質。
【請求項3】
請求項1記載のタンパク質をコードする核酸。
【請求項4】
以下からなる群より選択される、請求項3記載の核酸:
(a)配列番号7のヌクレオチド配列からなる核酸;
(b)配列番号7のヌクレオチド配列からなる核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ配列番号10のアミノ酸配列からなるタンパク質と組み合わせた場合にセレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質をコードする核酸。
【請求項5】
請求項2記載のタンパク質をコードする核酸。
【請求項6】
以下からなる群より選択される、請求項5記載の核酸:
(a)配列番号9のヌクレオチド配列からなる核酸;
(b)配列番号9のヌクレオチド配列からなる核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ配列番号8のアミノ酸配列からなるタンパク質と組み合わせた場合にセレン酸還元活性を増強する能力を有するタンパク質をコードする核酸。
【請求項7】
請求項1記載のタンパク質および請求項2記載のタンパク質を宿主細胞において発現させることを含む、セレン酸の還元方法。
【請求項8】
請求項1記載のタンパク質および請求項2記載のタンパク質の発現が、請求項3記載の核酸および請求項4記載の核酸を宿主細胞に導入することによって行われる、請求項7記載の方法。
【請求項9】
配列番号2のアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号4のアミノ酸配列からなるタンパク質および配列番号6のアミノ酸配列からなるタンパク質を宿主細胞において発現させることをさらに含む、請求項7記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−142167(P2010−142167A)
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−323235(P2008−323235)
【出願日】平成20年12月19日(2008.12.19)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、近畿経済産業局、「平成19年度地域新生コンソーシアム研究開発事業(微生物機能を用いた排水からのセレン等レアメタル回収技術の開発)」に係る再委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(599016431)学校法人 芝浦工業大学 (109)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】