説明

セロオリゴ糖の製造方法

【課題】セロオリゴ糖を選択的に、効率よく製造することのできる方法の提供。
【解決手段】炭素数6の脂肪酸の存在下、セルロースにセルラーゼを作用させる、セロオリゴ糖の製造方法。炭素数6の脂肪酸がヘキサン酸である、セロオリゴ糖の製造方法。セロオリゴ糖がセロビオースである、セロオリゴ糖の製造方法。炭素数6の脂肪酸及び水の存在下、セルロースを加熱処理した後、セルラーゼを作用させる、セロオリゴ糖の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースからセロオリゴ糖を選択的に製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セロオリゴ糖は、グルコースが2個以上β−1,4結合した糖類で、甘味料、保水剤、分散剤等として食品、医薬品、化粧品等の幅広い分野で利用されている。特に近年、様々な生理機能が明らかにされ、機能性素材として期待されている。
セロオリゴ糖の原料となるセルロースは、地球上に大量に存在する有機資源であり、木材や稲ワラ等の農産廃棄物、産業・家庭廃棄物等にも見出される。近年、食糧問題や化石資源の枯渇によるエネルギー問題等の解決手段の1つとして、バイオマスから有用物質を製造する技術が注目されており、とりわけ非食糧資源であるセルロース系のバイオマスを有効利用する技術開発が望まれている。
【0003】
一般に、セロオリゴ糖を得る方法としては、セルロースをセルラーゼにより分解する方法が知られている。この反応においてセロオリゴ糖の生産性を高めるには、セルラーゼに含まれるβ−グルコシダーゼを抑制し、セロオリゴ糖からグルコースへの分解を防ぐことが有効と考えられている。そこで、例えば、予めセルラーゼをpH3.5〜5.0に平衡化した弱酸性陽イオン交換樹脂に接触させることにより、セルラーゼ中のβ−グルコシダーゼを選択的に除去し、かかるβ−グルコシダーゼを除去したセルラーゼをセルロースに接触させるセロオリゴ糖の製造方法(特許文献1)が報告されている。
また、β−グルカンを酵素加水分解し、オリゴ糖を生成させるオリゴ糖の製造法において、反応液中にβ−グルカン加水分解酵素の他に、β−グルコシダーゼ拮抗阻害物質であるグルコン酸又はグルコノラクトンを添加する方法(特許文献2)が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平5−115293号公報
【特許文献2】特開平8−33496号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前記従来技術において、セルラーゼから予めβ−グルコシダーゼを除去する方法は、高いコストと多大な労力がかかるという問題がある。また、反応液中にグルコン酸又はグルコノラクトンを添加する場合は、グルコン酸及びグルコノラクトンは水溶性であるため処理後に分離が困難で、セロオリゴ糖からグルコン酸等を除去する工程が必要になり、操作が煩雑になる。
そこで、本発明の課題は、セロオリゴ糖を選択的に、効率よく製造することのできる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討したところ、セルロースに炭素数6の脂肪酸の存在下でセルラーゼを作用させることにより、選択的にセロオリゴ糖が生成されること、しかも処理後は簡便な操作で脂肪酸の分離が可能であり、効率よくセロオリゴ糖を製造できることを見出した。
【0007】
すなわち、本発明は、炭素数6の脂肪酸の存在下、セルロースにセルラーゼを作用させる、セロオリゴ糖の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、セロオリゴ糖を選択的に効率よく製造することが可能になる。本発明方法は、セルロースを含むバイオマスにも適用可能であり、セルロース系バイオマスを有効利用する技術として期待できる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明で用いられるセルロースは、特に制限されず、植物性由来、動物性由来のいずれでもよい。また、セルロースは、セルロースの一部としてグルコース誘導体を含有するものであってもよい。誘導体としては、例えば、水酸基の少なくとも一部がエステル化されたエステル類、水酸基の少なくとも一部がエーテル化されたエーテル類等が例示される。
本発明で用いられるセルロースの分子量は、特に限定されないが、一般的には1,000以上5,000,000以下であることが好ましい。
【0010】
セルロースを含む原料として、例えば、バイオマスを用いることができる。バイオマスとは、生物由来の有機資源で、化石資源を除いたものである。
バイオマスは、セルロース、ヘミセルロース及びリグニンを含有するものであってもよい。例えば、綿、木材系パルプ、ケナフ、麻、小径木、間伐材、おが屑、木屑、古紙、新聞紙、包装紙、ティッシュペーパー、トイレットペーパー、ダンボール等の木質系;バガス、スイッチグラス、エレファントグラス、稲ワラ、ムギワラ等の草本系のバイオマスが挙げられる。セルロースを含む原料中のセルロース量の測定方法は実施例に記載した。
【0011】
本発明において、セルロースのセルラーゼによる加水分解反応は炭素数6の脂肪酸の存在下で行われる。炭素数6の脂肪酸としては、飽和でも不飽和でもよく、直鎖又は分岐鎖状のいずれでもよい。具体的には、ヘキサン酸、ヘキセン酸、イソペンタン酸等が挙げられ、なかでも、セロオリゴ糖の生成比率、すなわちグルコースに対するセロオリゴ糖の選択性を高める点、糖溶液との分離が容易である点からヘキサン酸が好ましい。
【0012】
また、セルロースに対する炭素数6の脂肪酸の使用量は、0.2質量倍以上が好ましく、0.5質量倍以上がより好ましく、0.8質量倍以上が更に好ましく、1質量倍以上が特に好ましい。また、10質量倍以下が好ましく、5質量倍以下がより好ましく、3質量倍以下が更に好ましい。
【0013】
本発明で用いられるセルラーゼは、セルロースを加水分解する酵素の総称であり、セルロースをセロオリゴ糖に分解するものであれば特に限定されない。セルラーゼの起源に限定はないが、例えば、トリコデルマ(Trichoderma)属、アクレモニウム(Acremonium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、バチルス(Bacillus)属等に属する微生物を挙げることができる。また、セルラーゼとしては、一般に市販されているセルラーゼ製剤や上記菌の培養物やその濾過液を使用することもできる。さらに、遺伝子組み換え技術、部分加水分解等による人工酵素であってもよい。
【0014】
セルラーゼの使用量は、加水分解反応の条件、セルロースの種類等によって異なるが、例えば、セルロース1gあたり1〜200FPUが好ましく、特に5〜50FPUが好ましい。ここでFPU活性は以下に示すIUPAC法により測定される。まず、濾紙(ワットマンNo.1)50mgを基質とし、これに酵素液0.5mLと0.05Mクエン酸緩衝液(pH4.8)1.0mLを加え、50℃で1.0時間酵素反応を行った後、ジニトロサリチル酸試薬3.0mLを加え、100℃で5.0分間加熱し発色させる。冷却後、これにイオン交換水20mLを加え540nmの波長で比色定量する。1分間に1μmolのグルコースに相当する還元糖を生成する酵素量を1ユニット(FPU)とする。
【0015】
セルロースにセルラーゼを作用させる際には、スラリー状にして用いるのが好ましく、スラリー中のセルロースの含有量は、流動性の点から、1〜200g/L、更に5〜150g/L、特に8〜100g/Lとするのが好ましい。スラリーに用いる分散媒としては、水、各種緩衝液等が挙げられる。水としては、水道水、蒸留水、イオン交換水、精製水が例示される。また、緩衝液としては、pH3〜8の範囲に緩衝能を有するものが好ましく、例えば、リン酸緩衝液、クエン酸緩衝液、酢酸緩衝液、トリス緩衝液等が例示される。
【0016】
セルロース含有スラリーに対する炭素数6の脂肪酸の使用量は、グルコースに対するセロオリゴ糖の選択性を高める点から、1質量%(以下、単に%と記載する)以上が好ましく、更に2%以上、特に3%以上が好ましい。炭素数6の脂肪酸の使用量は、脂肪酸の量が添加しても頭打ちとなる点から、20%以下が好ましく、更に10%以下、特に8%以下が好ましい。
【0017】
セルロースとセルラーゼとの反応は、使用する酵素の特性に合わせて温度やpHを選択することが可能であるが、例えば、pH3〜8、特にpH4〜7とすることが好ましく、温度は10〜80℃、特に20〜60℃とすることが好ましい。また、反応温度は、脂肪酸が液体で存在する条件であることが好ましい。
【0018】
反応時間は、セルロースの種類等によって異なるが、生産効率の点から、例えば、1〜240時間が好ましく、更に2〜200時間、特に3〜140時間が好ましい。
【0019】
セルロースのセルラーゼによる加水分解反応に先立って、硫酸処理、有機溶媒処理、水熱処理、機械的破砕等の前処理を施してもよい。
【0020】
水熱処理は、セルロースを含む原料を水の存在下、加熱処理することにより行うことができる。ここで、加熱処理の際に用いる水は、特に制限されない。
加熱処理の温度としては、分解率向上の点から、140〜300℃であり、160〜250℃が好ましく、特に180〜230℃が好ましい。加熱の手段は、例えば、水蒸気、電気が挙げられる。
【0021】
また、加熱処理時の圧力は、ゲージ圧で0.3〜10MPa、更に0.5〜5MPa、特に0.8〜3MPaが好ましく、水の飽和蒸気圧以上に設定するのが好ましい。飽和蒸気圧以上の加圧に用いられるガスは、例えば、不活性ガス、水蒸気、窒素ガス、ヘリウムガス等が挙げられる。ガスを用いず、背圧弁により調整しても良い。
【0022】
加熱処理の時間は、反応方法や多糖類の種類によって異なるが、分解率及び生産効率の点から、例えば、セルロースを含む原料と水との混合物が設定温度に達してから0.5〜240分が好ましく、更に1〜120分、特に1〜60分が好ましい。
【0023】
また、セルロースを含む原料を予め水の存在下、加熱処理を行う場合、脂肪酸の存在下で加熱処理するのが好ましい。脂肪酸としては、直鎖又は分岐の炭素数6〜18の脂肪酸を用いることができるが、その中でも炭素数6の脂肪酸を用いることが、加熱処理の後のセルラーゼ処理においてグルコースに対するセロオリゴ糖の選択性を高める点、及びセロビオースの生成効率を高める点から好ましい。
【0024】
加水分解反応終了後、反応液を、セロオリゴ糖を含む糖溶液と炭素数6の脂肪酸とに分離してもよい。セロオリゴ糖を含む糖溶液と炭素数6の脂肪酸とを分離する方法としては、特に制限されず、例えば遠心分離やデカンテーションにより行うことができる。回収した炭素数6の脂肪酸は、再利用してもよい。
【0025】
本発明方法によれば、選択的にセロオリゴ糖が生成される。
ここで、本発明方法で得られるセロオリゴ糖は、2〜10個、好ましくは2〜3個のグルコース単位がβ−1,4結合したものをいい、例えば、セロビオース、セロトリオース、セロテトラオース、セロペンタオース、セロヘキサオース、セロオクタオース等が挙げられる。グルコースに対するセロオリゴ糖の選択性は、セロオリゴ糖の代表としてセロビオースを採用し、セロビオース/グルコース質量比により評価することができる。
【実施例】
【0026】
<セルロース量の測定>
ソッスレー抽出により得られる脱脂品約2.5gに蒸留水150mL、亜塩素酸ナトリ
ウム1.0g、酢酸0.2mLを加え、80℃の湯浴上で加熱する。亜塩素酸ナトリウム
、酢酸の添加と添加後の1時間加熱を、さらに2回行った。内容物をろ過し、ろ過残渣は
水、アセトンで洗浄後、乾燥させた。得られた乾燥品1gを17.5%水酸化ナトリウム
水溶液25mLに加え、30分間放置した。30分後、水25mLを加え、1分間攪拌後
、5分間静置した。内容物をろ過し、ろ過残渣を10%酢酸水および煮沸水で洗浄後、乾
燥させた。得られた乾燥残渣の重量をセルロース量とした。
【0027】
<グルコース濃度、セロオリゴ糖濃度の測定>
日立製作所製高速液体クロマトグラフを用い、昭和電工製カラムAsahipak NH2P−50 4E (4.5mmφ×250m)を装着し、カラム温度20℃でグラジエント法により行った。移動相A液はアセトニトリル、B液は30%メタノール水とし、1.00mL/分で送液した。グラジエント条件は以下のとおりである。
時間(分) A液(%) B液(%)
0 20 80
45 50 50
45.1 20 80
55 20 80
試料注入量は5μL、検出はESA Biosciences社製コロナCAD検出器を用いた。
【0028】
実施例1
稲ワラ(セルロース含有量32.0%)10gと水100gを混ぜたスラリーを、バッチ式水熱処理装置(日東高圧製)を用いて180℃で30分(昇温冷却時間を除く)、1.0MPaにて加熱処理を行った後、ろ過し、残渣5.70gを得た。残渣は、含水率71.8%、固形分28.2%であった。また、固形分中のセルロース含有量は54.6%であった。
残渣1.77g(固形分0.5g、セルロース分0.27g含有)をpH5.0の0.1Mクエン酸緩衝溶液8.73gに分散させ、全体の水分量が10gとなるようにした。これにヘキサン酸0.47gとセルラーゼ(ノボザイムズ製セルクラスト1.5L)62.5μLを添加した。セルロース1gあたりのセルラーゼ添加量は16.9FPUであった。加水分解は50℃の恒温槽中、110r/minで振とうしながら24時間行った。
反応終了後、反応液を0.2μmのフィルターでろ過し、グルコース濃度及びセロビオース濃度を測定した。反応条件と結果を表1に示す。また、反応液を遠心分離(3000rpm、5分間)することでヘキサン酸相と水相に分離することができた。
【0029】
比較例1
ヘキサン酸を添加しない以外は実施例1と同様に反応を行った。反応条件と結果を表1に示す。
【0030】
比較例2
ヘキサン酸の代わりにブタン酸を用いた以外は実施例1と同様に反応を行った。反応条件と結果を表1に示す。
【0031】
比較例3
ヘキサン酸の代わりにオクタン酸を用いた以外は実施例1と同様に反応を行った。反応条件と結果を表1に示す。
【0032】
実施例2
稲ワラ(セルロース含有量32.0%)10gと水90gを混ぜたスラリーに、ヘキサン酸9gを添加し、実施例1と同様の条件で加熱処理を行った後、ろ過し、残渣6.13gを得た。残渣は、含水率47.4%、固形分28.7%、ヘキサン酸含有量23.9%であった。固形分中のセルロース含有量は52.2%であった。
残渣1.74g(固形分0.5g、セルロース分0.26g及びヘキサン酸0.42g含有)をpH5.0の0.1Mクエン酸緩衝溶液9.18gに分散させ、全体の水分量が10gとなるようにした。これにセルラーゼ(ノボザイムズ製セルクラスト1.5L)62.5μLを添加した。セルロース1gあたりの添加は17.5FPUであった。加水分解は50℃の恒温槽中、110r/minで振とうしながら24時間行った。
反応終了後、反応液を0.2μmのフィルターでろ過し、グルコース濃度及びセロビオース濃度を測定した。反応条件と結果を表2に示す。また、反応液を遠心分離(3000rpm、5分間)することでヘキサン酸相と水相に分離することができた。
【0033】
比較例4
ヘキサン酸を添加せず、クエン酸緩衝液を9.60gとした以外は実施例2と同様に反応を行った。反応条件と結果を表2に示す。
【0034】
比較例5
ヘキサン酸の代わりにブタン酸を用いた以外は実施例2と同様に反応を行った。反応条件と結果を表2に示す。
【0035】
比較例6
ヘキサン酸の代わりにオクタン酸を用いた以外は実施例2と同様に反応を行った。反応条件と結果を表2に示す。
【0036】
【表1】

【0037】
【表2】

表1及び2から明らかなように、セルロースをヘキサン酸の存在下で酵素加水分解した実施例1及び2では、ヘキサン酸無添加の比較例1及び4、ブタン酸、オクタン酸又はデカン酸を用いた比較例2,3,5及び6に比べていずれもグルコース生成量に対するセロビオースの生成量が多く、セロオリゴ糖の選択性が高いことが確認された。酵素加水分解する前に、セルロースをヘキサン酸及び水の存在下で加熱処理した実施例2は、特にセロビオースの生成量が多かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素数6の脂肪酸の存在下、セルロースにセルラーゼを作用させる、セロオリゴ糖の製造方法。
【請求項2】
セルロースを含む原料としてバイオマスを用いる、請求項1記載のセロオリゴ糖の製造方法。
【請求項3】
炭素数6の脂肪酸及び水の存在下、セルロースを加熱処理した後、セルラーゼを作用させる請求項1又は2記載のセロオリゴ糖の製造方法。
【請求項4】
炭素数6の脂肪酸がヘキサン酸である請求項1〜3のいずれか1項記載のセロオリゴ糖の製造方法。
【請求項5】
セロオリゴ糖がセロビオースである請求項1〜4のいずれか1項記載のセロオリゴ糖の製造方法。
【請求項6】
加熱処理が140〜300℃の範囲で行われる、請求項3〜5のいずれか1項記載のセロオリゴ糖の製造方法。