説明

ゼオライトを担体とする蛍光体及びその製造方法

【課題】銀担持ゼオライト蛍光体の製造コストを下げる。
【解決手段】ゼオライトを可溶性銀塩水溶液に接触させてゼオライトの全負電荷量の一部のみを銀イオンで中和した後、常圧下100℃以下で乾燥させて銀担持ゼオライト蛍光体を得る。その後は、その乾燥温度より高温での加熱処理を行わない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はゼオライトを担体とする蛍光体とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
蛍光体の好ましい条件として、粒子形状が均一で粒子径の小さいことが求められている。そのような要請を満たすために、担体としてゼオライトを使用し、それに発光中心となる金属を担持することが試みられている。
【0003】
ゼオライトは微細な細孔を有する結晶性アルミノシリケートである。ゼオライトは均一な粒子形状と粒子径を有し、合成条件を選択することにより粒子径を調整することができることから、蛍光体の担体として好ましいものである。
【0004】
ゼオライトを担体とした蛍光体の1つの例として、ゼオライトに発光マトリックス用金属酸化物と発光中心用希土類金属との複合体を担持させたものが提案されている(特許文献1参照。)。その蛍光体は、ゼオライトに発光マトリックス用金属酸化物を形成する金属の水溶性塩及び希土類金属の水溶性塩を含む水溶液を含浸させたのち、乾燥し、この乾燥物を400〜600℃において焼成することにより製造されている。
【0005】
このような400〜600℃という焼成温度ではゼオライト構造は維持されている。しかし、この焼成物を大気中に放置すると、大気中の水分子がゼオライト結晶構造内へ入り込んで吸着水となり、消光剤として作用するため、蛍光体としては十分な性能を発揮でないとの説もある。そのような説に基づいて、希土類元素でイオン交換したゼオライトをさらに高温で焼成してなるものが提案されている(特許文献2参照。)。その蛍光体は、ゼオライトを希土類元素の可溶性塩の水溶液で処理することによりイオン交換し、ついで700〜1100℃の温度で焼成することにより製造されている。そのような高温で焼成することによりゼオライトの結晶構造が破壊されて非晶質となることにより、大気中に放置しても吸着水がつかないとされている。
【0006】
一方、希土類金属は高価であるうえに資源量が限られていることから、希土類金属を使用しない蛍光体も検討されている。その1つとして、ゼオライトに担持する発光中心の金属として銀(Ag)を使用した蛍光体が提案されている(非特許文献1、2参照。)。その蛍光体は、ゼオライトを硝酸銀水溶液に浸漬させたのち、乾燥し、この乾燥物を空気中で450℃又は500℃で24時間というような長時間にわたって焼成することにより製造されている。銀を担持した蛍光体では、ゼオライト構造を壊さないようにするために、450℃又は500℃に加熱する際も急に所定の温度まで加熱するのではなく、徐々に昇温していく加熱工程が採用されている。また、複数個の銀原子が集まった銀クラスターの生成が重要であるとも考えられており、そのため、空気中で焼成して得た銀担持蛍光体を水素雰囲気中で熱処理して還元することも検討されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−246981号公報
【特許文献2】特開2005−48107号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Journal of the Physical Society of Japan, Vol. 77, No.6, June, 2008, 064712
【非特許文献2】J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 3049-3056
【非特許文献3】J. Synchrotron Rad. 2001, 8, 557-559
【非特許文献4】Polyhedron 2005, 24, 685-691
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明はゼオライトに発光中心金属として銀を担持した蛍光体に関するものである。上記に示した蛍光体は、ゼオライトを金属塩水溶液で処理した後、450〜600℃又はさらに700〜1100℃というような高温で焼成して生成されているが、銀を担持した蛍光体でゼオライト構造を維持するためには700〜1100℃というような高温での焼成は不適当である。
【0010】
また、450〜600℃での焼成においてもゼオライト構造を維持するためには、長い時間をかけて徐々に昇温するという加熱工程の制御が必要になり、製造コストの上昇を招く。
【0011】
そこで、本発明は、製造コストを低減することのできる銀担持蛍光体とその製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の蛍光体は、担体としてのゼオライトに発光中心金属として銀(Ag)が担持されたものであって、銀イオンの担持量はゼオライトの全負電荷量の一部のみを中和するだけの量であり、発光中心金属の銀は常圧下で室温(25℃)から100℃以下での乾燥処理により蛍光を発するように活性化されており、かつゼオライトはゼオライト構造を維持している。
【0013】
ゼオライトに銀塩水溶液から銀を担持した状態では水分子が吸着していて、銀は銀イオン(Ag+)となっている。これまでは、活性化のためには、少なくとも450〜600℃での焼成が必要とされていた。それに対し、本発明者らはそのような高温で熱処理をしなくても、100℃以下であっても活性化できることを見出した。
【0014】
本発明において、活性化とは蛍光体になることを意味する。本発明では銀イオンの担持量がゼオライトの全負電荷量の一部のみを中和するだけの量とし、活性化のために高温で加熱処理することを必要としない。室温から100℃までの温度であれば何度でもよく、いずれの温度で乾燥しても蛍光体になることを確認した。25℃程度の低温でも所望の蛍光体を得ることができるが、乾燥に長時間を要する。30℃でも40℃でもよい。乾燥時間と設備の点から、実施例に示している50℃程度が適当である。
【0015】
本発明では常圧下で室温から100℃以下での乾燥処理を施す。その乾燥処理後では、非特許文献3,4に記載された事実からみて、担持された銀の大部分は銀イオンのままであると推定される。
【0016】
その活性化温度は製造コストの面からは100℃よりも低い方が好ましいが、室温(25℃)程度に低くなると乾燥のための時間が長くなるため、活性化温度は室温よりは高く、40℃以上、好ましくは50℃以上である。
【0017】
銀の担持量はゼオライトの全負電荷量の1/20から1/4が適当である。
【0018】
本発明で使用されるゼオライトは、X型ゼオライト、Y型ゼオライト、P型ゼオライト又はアナルサイムであることが好ましい。種々のゼオライトのうち、これらのゼオライトを担体として銀を担持したときに蛍光体としての良好な特性を発揮する。
【0019】
本発明の蛍光体製造方法は、以下の工程(A)及び(B)を備え、工程(B)での乾燥温度より高温での加熱処理を行わないことを特徴としている。
(A)ゼオライト結晶体を可溶性銀塩水溶液に接触させる処理工程。
(B)前記処理工程を経たゼオライトを常圧下で室温から100℃以下で乾燥処理する活性化工程。
【0020】
(A)の処理工程は、銀の担持量がゼオライトの全負電荷量の一部のみを中和するように、銀塩水溶液濃度及び接触時間を設定する。
【0021】
(B)の活性化工程は還元性の雰囲気中で行う必要はなく、空気中や不活性ガス中など、非還元性の雰囲気中で行うことができる。
【0022】
上記の先行技術文献からの類推として、ゼオライトへAgを担持させ、乾燥させた後、少なくとも400〜500℃程度で加熱処理して焼成することが予想される。さらに、発光中心として電荷をもたないAgクラスターを生成させるために、焼成後に水素ガス雰囲気のような還元性雰囲気下で還元処理することも予想される。
【0023】
しかし、本発明においては、銀の担持量を少なくしてゼオライト結晶体の全負電荷の一部にすぎない状態とする。ゼオライトの全負電荷の1/20から1/4程度をAg+で中和した場合に強い発光が観測される。この割合を1/2以上にすると、発光は弱くなる。
【0024】
Agを担持したゼオライトを活性化する温度は先行技術から予想されるような高温ではなく、常圧下で100℃以下、例えば50℃程度の温度が好ましい。本発明での活性化工程は、単に水分の蒸発だけでなく、ゼオライトと銀イオンとの間の物理的作用又は化学的反応が生じて蛍光体となる工程である。
【0025】
(A)の処理工程での水溶液から分離したゼオライトを常圧下で50℃程度の温度で乾燥させてもよく、50℃程度の温度で乾燥する場合にはその前にそれよりも低温で乾燥させた後に50℃程度の温度でさらに乾燥して活性化させてもよい。(A)の処理工程での水溶液から分離した後、乾燥前に水洗するのが好ましい。
【0026】
本発明の蛍光体をさらに400〜500℃程度で加熱処理すると発光挙動が変化する。具体的には、銀の担持の割合が高い方が発光するゼオライト種もあれば、一様に発光強度が低下するゼオライト種もある。
【発明の効果】
【0027】
本発明の蛍光体は、ゼオライト結晶体の全負電荷量の一部のみを銀で中和したものであるので、可溶性銀塩水溶液に接触させたゼオライトを常圧下で100℃以下で乾燥処理するだけで蛍光体とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】アナルサイム型ゼオライトに銀を担持した蛍光体の発光状態を示す画像である。
【図2】P型ゼオライトに銀を担持した蛍光体の発光状態を示す画像である。
【図3】X型ゼオライトに銀を担持した蛍光体の発光状態を示す画像である。
【図4】Y型ゼオライトに銀を担持した蛍光体の発光状態を示す画像である。
【図5】ゼオライトの型による発光色の違いを示す画像である。
【図6】実施例の蛍光体が水中でも発光することを示す画像である。
【図7】アナルサイム型ゼオライトに銀を担持した蛍光体の粉末X線回折パターンを示すグラフであり、(A)は実施例の50℃乾燥物、(B)は比較例の450℃焼成物である。
【図8】P型ゼオライトに銀を担持した蛍光体の粉末X線回折パターンを示すグラフであり、(A)は実施例の50℃乾燥物、(B)は比較例の450℃焼成物である。
【図9】X型ゼオライトに銀を担持した蛍光体の粉末X線回折パターンを示すグラフであり、(A)は実施例の50℃乾燥物、(B)は比較例の450℃焼成物である。
【図10】アナルサイム型ゼオライトに銀を担持した蛍光体の示差紫外可視拡散反射スペクトルを示すグラフであり、(A)は実施例の50℃乾燥物、(B)は比較例の450℃焼成物である。
【図11】P型ゼオライトに銀を担持した蛍光体の示差紫外可視拡散反射スペクトルを示すグラフであり、(A)は実施例の50℃乾燥物、(B)は比較例の450℃焼成物である。
【図12】X型ゼオライトに銀を担持した蛍光体の示差紫外可視拡散反射スペクトルを示すグラフであり、(A)は実施例の50℃乾燥物、(B)は比較例の450℃焼成物である。
【図13】アナルサイム型ゼオライトに銀を担持した蛍光体の蛍光等高線図を示すグラフであり、図13Aは実施例の50℃乾燥物、図13Bは比較例の450℃焼成物である。
【図14】P型ゼオライトに銀を担持した蛍光体の蛍光等高線図を示すグラフであり、図14Aは実施例の50℃焼成物、図14Bは比較例の450℃焼成物である。
【図15】X型ゼオライトに銀を担持した蛍光体の蛍光等高線図を示すグラフであり、図15Aは実施例の50℃乾燥物、図15Bは比較例の450℃焼成物である。
【図16】アナルサイム型ゼオライトに銀を担持した蛍光体の蛍光スペクトルと励起スペクトルを示すグラフであり、(A)から(C)は波長が異なる。
【図17】P型ゼオライトに銀を担持した蛍光体の蛍光スペクトルと励起スペクトルを示すグラフであり、(A)と(B)は波長が異なる。
【図18】X型ゼオライトに銀を担持した蛍光体の蛍光スペクトルと励起スペクトルを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
(ゼオライト)
担体として使用するゼオライトとしては、粒子形状や粒子径を制御できる合成ゼオライトが適当である。実施例で使用した合成ゼオライトはX型ゼオライト、Y型ゼオライト、P型ゼオライト及びアナルサイムである。
【0030】
(A)X型ゼオライト:
市販品(WAKO薬品)を使用した。
【0031】
(B)Y型ゼオライト:
市販品(WAKO薬品)を使用した。
【0032】
(C)P型ゼオライト:
次のように合成した。SiO2/Al23=3、Na2O/SiO2=1、H2O/Na2O=40の組成となるように、原料であるアルミン酸ナトリウム、水ガラス、NaOH及びH2Oを秤量し、テフロン三角フラスコにて100℃で16時間加熱する。水洗ののち、105℃で乾燥する。
【0033】
(D)アナルサイム:
次のように合成した。SiO2/Al23=3、Na2O/SiO2=1.2、H2O/Na2O=50の組成となるように、原料であるアルミン酸ナトリウム、水ガラス、NaOH及びH2Oを秤量し、テフロン三角フラスコにて170℃で2時間加熱する。水洗ののち、105℃で乾燥する。
【0034】
本発明と同様の方法により蛍光体を製造しても発光が得られなかったゼオライトを比較例として示した。比較例で使用したゼオライトは以下のものである。A型ゼオライトは市販品であるが、他のゼオライトは上記と同様に合成した。
【0035】
(E)A型ゼオライト:(SiO2/Al23=2.0)(市販品、WAKO)
【0036】
(F)フェリエライト(Ferrierite):(SiO2/Al23=17.5)
【0037】
(G)L型ゼオライト:(SiO2/Al23=6.1)
【0038】
(H)ZSM−5ゼオライト:(SiO2/Al23=1770)
【0039】
ゼオライト結晶体は負電荷を有し、これを中和するための陽イオンが常に同電気量吸着している。この陽イオンが交換性陽イオンである。本発明の蛍光体は、ゼオライトの交換性陽イオンを発光中心となる銀イオンによりイオン交換して得たものである。そのようなイオン交換反応としては、銀の可溶性塩、たとえば硝酸塩の水溶液にゼオライトを浸漬する含浸法が適切である。
【0040】
本発明では銀イオンによりイオン交換される交換性陽イオンはゼオライトの交換性陽イオンの全てではなく、その一部にすぎない。そのため、本発明の蛍光体にはゼオライトの交換性陽イオンが残存している。
【0041】
ゼオライトの交換性陽イオンは、当初はすべてNa+であるが、銀担持前にNH4+やCa2+などの陽イオンと交換することができる。本発明は、交換性陽イオンがNa+であるゼオライトのNa+の一部を銀イオンによりイオン交換したものだけでなく、交換性陽イオンをNa+以外の陽イオンに交換した後にその一部を銀イオンによりイオン交換したものも含む。ゼオライトの交換性陽イオンがNa+であった蛍光体と、交換性陽イオンを他の陽イオンに交換した後に銀イオンによりイオン交換した蛍光体とは発光色が変化することが確かめられた(図5参照。)。
【実施例】
【0042】
各種のゼオライトと各濃度の硝酸銀水溶液を用意した。用意したゼオライトは、アナルサイム、P型、X型、Y型、A型、フェリエライト、L型及びZSM−5型である。用意した硝酸銀水溶液の濃度は、0.01M、0.025M、0.05M、0.1M及び0.2Mである。
【0043】
各種ゼオライトの1gをそれぞれ20mLの各種濃度の硝酸銀水溶液に浸漬し、10分間振とうすることにより、ゼオライトと銀イオンを反応させる。この反応により、ゼオライトの交換性陽イオン(実施例で特に明示していない場合は、交換性陽イオンはNa+である。他の陽イオンに交換した後に銀イオンと反応させる場合もある。)の一部が銀イオンとイオン交換する。
【0044】
反応後、遠心分離によりゼオライトと硝酸銀水溶液とを分離し、取り出したゼオライトを水洗した後、暗所で常圧下50℃で乾燥処理して活性化させた。乾燥時間は十分に乾燥できる時間であれば長くてもよいが、実施例では一例として24時間とした。乾燥時間は乾燥温度が低いほど長時間を要する。
【0045】
各種ゼオライトを使用して乾燥処理し活性化させた蛍光体をシャーレに入れ、300〜400nmの紫外線ランプ(具体的には、例えば、ブラックライトブルー蛍光ランプであるPANASONIC FL6BL-B(出力6W、発光波長域300−400nm、最大発光波長352nm)を2本使用した。)で照射して蛍光体の発光を観測した例を図1から図6に示す。
【0046】
(実施例1)
図1は、アナルサイムに銀を担持させた蛍光体の発光状態を示したものである。蛍光体調製時の硝酸銀水溶液濃度が0.025〜0.05Mのときの蛍光体の発光強度が大きく、それより低濃度又は高濃度の硝酸銀水溶液を用いた場合の蛍光体では発光強度が小さくなっている。
【0047】
(実施例2)
図2は、P型ゼオライトに銀を担持させた蛍光体の発光状態を示したものである。蛍光体調製時の硝酸銀水溶液濃度が0.05〜0.1Mのときの蛍光体の発光強度が大きく、それより低濃度又は高濃度の硝酸銀水溶液を用いた場合の蛍光体では発光強度が小さくなっている。
【0048】
(実施例3)
図3は、X型ゼオライトに銀を担持させた蛍光体の発光状態を示したものである。蛍光体調製時の硝酸銀水溶液濃度が0.025〜0.1Mのときの蛍光体の発光強度が大きく、それより低濃度又は高濃度の硝酸銀水溶液を用いた場合の蛍光体では発光強度が小さくなっている。
【0049】
(実施例4)
図4は、Y型ゼオライトに銀を担持させた蛍光体の発光状態を示したものである。蛍光体調製時の硝酸銀水溶液濃度が0.05Mのときの蛍光体である。
【0050】
(発光色の比較)
銀を担持したゼオライトの種類の異なる実施例の蛍光体を並べ、300〜400nmの紫外線ランプにより紫外線を照射したときの発光状態を図5に示す。ゼオライトの種類は、左からP型ゼオライト(交換性陽イオンはNa+)、X型ゼオライト(交換性陽イオンはCa2+)、X型ゼオライト(交換性陽イオンはNa+)及びアナルサイム(交換性陽イオンはNa+)である。銀を担持したときの硝酸銀水溶液の濃度は0.05Mである。この結果から、銀を担持したゼオライトの種類が異なると発光色が異なることがわかる。
【0051】
(水中での発光)
実施例の蛍光体を水中にある状態にし、300〜400nmの紫外線ランプにより紫外線を照射したときの発光状態を図6に示す。左側の蛍光体はX型ゼオライト、右側の蛍光体はアナルサイムである。この結果から、本発明の蛍光体は水中でも発光することがわかる。
【0052】
(比較例)
比較例として、A型ゼオライト、フェリエライト、L型ゼオライト及びZSM−5ゼオライトについても実施例と同様に銀を担持した。
【0053】
A型ゼオライトに銀を担持したものは、450〜500℃で焼成して蛍光体をえると緑色発光することが報告されている(非特許文献1,2参照。)。しかし、100℃を越える高温で焼成しない本発明の蛍光体製造条件では、担体としてA型ゼオライトを使用するとほとんど発光はみられなかった。
【0054】
フェリエライト、L型ゼオライト及びZSM−5ゼオライトを担体として銀を担持した蛍光体については報告例がない。これらのゼオライトを使用して本発明の蛍光体製造条件で銀を担持させてもほとんど発光はみられなかった。
【0055】
実施例に示した蛍光体について50℃乾燥物と450℃焼成物(比較例)の特性を詳細に比較する。
【0056】
試料は、アナルサイム、P型、X型の各ゼオライト種へ20〜400cmol/kgの銀を吸着(担持)させ、一部は常圧下で50℃で24時間乾燥、一部は比較例として450℃で24時間焼成したものである。銀を担持しないものも比較のために示した。担持量は(0)担持なし、(試料1)20cmol/kg、(試料2)50cmol/kg、(試料3)100cmol/kg、(試料4)200cmol/kg、(試料5)400cmol/kgである。
【0057】
[粉末X線回折パターン]
各試料の粉末X線回折パターンを図7から図9に示す。いずれも(A)は50℃乾燥物、(B)は450℃焼成物である。各図で上に表示されているものほど担持量が多くなっており、最も下が試料0、最も上が試料5である。
【0058】
線源はCu−Kα線を用いた。以下、各ゼオライト種における、50℃乾燥物と450℃焼成物との間の違いについて述べる。
【0059】
(アナルサイム)(図7)
50℃乾燥物、450℃焼成物のいずれも、銀担持量の増加に伴いアナルサイム由来ピークの回折強度が低下した。50℃乾燥物と450℃焼成物との間における違いは、450℃焼成物の方がやや回折強度が小さいことである。
【0060】
(P型ゼオライト)(図8)
50℃乾燥物に比べて450℃焼成物はP型ゼオライト由来のピーク強度が小さくなった。また、450℃焼成物にはP型ゼオライト由来ピーク以外の新たなピークが出現した。
【0061】
(X型ゼオライト)(図9)
50℃乾燥物と450℃焼成物との間で違いはない。共に、銀担持量の増大に伴いP型ゼオライト由来の回折ピーク強度がやや小さくなった。さらに、各回折ピーク間の相対強度が変化した。
【0062】
[紫外可視拡散反射スペクトル]
各ゼオライト種の銀担持なしの試料を対照とした示差紫外可視拡散反射スペクトルを図10から図12に示す。いずれも(A)は50℃乾燥物、(B)は450℃焼成物である。いずれのゼオライト種及び加熱処理温度においても、銀担持量の増加に伴い220nm付近の吸収強度が増大した。また、いずれのゼオライト種においても、50℃乾燥から450℃焼成への温度の上昇に伴いスペクトルの形状が変化した。以下、各ゼオライト種における、50℃乾燥物と450℃焼成物との間の違いについて述べる。
【0063】
(アナルサイム)(図10)
50℃乾燥物では、銀担持量の少ない試料において、320nm及び400nm付近に幅の狭い吸収があるが、450℃焼成物では400nm及び450nm付近に幅広い吸収帯を持つ。
【0064】
(P型ゼオライト)(図11)
50℃乾燥物は280nmと320nm付近に特徴的な幅の狭いピークを有する。450℃焼成物ではこれらのピーク強度が低下し幅も広くなっている。
【0065】
(X型ゼオライト)(図12)
50℃乾燥物は320nm付近にピークを持つが、450℃焼成物は400nm付近に幅広い吸収を示し、銀担持量の多いものでは280nm付近に強くシャープな吸収を示す。
【0066】
[蛍光等高線図]
各試料の蛍光等高線図を図13A,Bから図15A,Bに示す。いずれもAは50℃乾燥物、Bは450℃焼成物である。各図の左側に示されている番号は試料番号を示しており、上から順に試料1から試料5である。励起波長を変化させながら蛍光スペクトルを記録したもので、縦軸に励起波長を、横軸に蛍光波長を示している。
【0067】
いずれのゼオライト種でも、励起波長、蛍光波長、蛍光強度及びそれらの銀担持量依存性のうち、全てあるいは一部が、50℃乾燥物と450℃焼成物とでは異なっていた。以下、各ゼオライト種における、50℃乾燥物と450℃焼成物との間の違いについて述べる。
【0068】
(アナルサイム)(図13A,図13B)
励起波長と蛍光波長における50℃乾燥物と450℃焼成物との間での違いは小さい。540nm付近の蛍光強度は50℃乾燥物の方が著しく大きい。励起波長、蛍光波長及び蛍光強度についての銀担持量依存性における50℃乾燥物と450℃焼成物との間での違いは小さく、共に、銀担持量の増大と共に蛍光強度は減少した。以上のことは、アナルサイムにおける蛍光性銀の化学形態は50℃乾燥物と450℃焼成物とで変化は小さいが、その存在量は450℃焼成によって大きく減少したことを示す。なお、450℃焼成物では230nm付近の励起による390nm付近の蛍光が強くなっている。
【0069】
<アナルサイム50℃乾燥物の詳細解析>
等高線図の縦割り(励起スペクトル)、横割り(蛍光スペクトル)とも、その形が波長によって異なる。これは、蛍光性銀の形態が複数であることを示す。蛍光性銀の形態は少なくとも3つが存在する。形態1(360nm励起:440nm発光)、形態2(320nm励起:550nm発光)、及び形態3(400nm励起:590nm発光)である。他に形態4(400nm励起:470nm発光)も見られるが、これは試料5にのみ見られる。紫外部には、さらに2種類の形態が存在する。
【0070】
これらの蛍光性銀の形態のうち、320nmで励起され550nmに蛍光を発する銀は、試料1で最も多く、試料3、試料4、試料5と非常に少なくなる。360nmで励起され450nmに蛍光を発する銀は、上と同様であるが、減り方は少ない。これは、この両者が別の銀の形態であることを示している。400nmで励起され590nmに蛍光を発する銀も同様に試料1で最も多い。400nmで励起され470nmに蛍光を発する銀は試料1〜4はほぼ同じで、試料5がやや含量が高い。(試料5では、この形態4の銀のみが蛍光性銀であると考えられる。
【0071】
(P型ゼオライト)(図14A,図14B)
励起波長、蛍光波長ともに50℃乾燥物と450℃焼成物との間で異なる。蛍光強度は50℃乾燥物の方が大きい。蛍光強度の銀担持量依存性も両者で異なる。以上のことは、P型ゼオライトの場合、450℃焼成によって、担持された銀の化学形態が変化することを示している。
【0072】
<P型ゼオライト50℃乾燥物の詳細解析>
50℃乾燥物と450℃焼成物とでは蛍光パターンが全く異なる。50℃乾燥物では、試料2〜5は2種類の蛍光性銀をもつ。すなわち、280nm励起で464nm付近で発光するものと、320nm励起で400nm付近で発光するものである。
【0073】
280nmで励起され464nmに発光する銀化合物は、試料1から試料5に共通して含まれることがわかる(既述)。320nmで励起され400nmに発光する銀化合物は、上の銀とは別の、400nmに蛍光を示す銀で、これは試料1に多く含まれ、処理時の銀濃度(銀担持量)の増大と共に少なくなる。
【0074】
(X型ゼオライト)(図15A,図15B)
励起波長、蛍光波長ともに50℃乾燥物と450℃焼成物との間で違いはない。蛍光強度は50℃乾燥物の方が大きい。蛍光強度の銀担持量依存性は両者で異なり、50℃乾燥物では中間の銀担持量100cmol/kgで最大となるが、450℃焼成物では銀担持量が大きいもののみ蛍光強度が大きい。
【0075】
<X型ゼオライト50℃乾燥物の詳細解析>
可視部発光では、最適励起波長315〜320nm、蛍光極大542nmの銀が1種類である。50℃乾燥物の試料2から試料5は、励起スペクトルの形(等高線図の縦割り)が、500〜600nmの間での蛍光観測の場合でほぼ同じである。逆に、励起波長を変化させても蛍光スペクトルの形は変化しない。これらのことは、蛍光性物質が1種類であることを示している。ただし、示差拡散反射スペクトル(銀ゼオライト−ゼオライト)では320nm以外にも大きなピークが複数あることから、蛍光性銀は担持銀のごく一部と思われる。450℃焼成物も同じ励起及び蛍光波長であるが、試料4と試料5のみ強い蛍光がみられる。銀の担持量が少ないものは220nm励起で320nmの蛍光を発する。
【0076】
[蛍光スペクトル/励起プロフィール(励起スペクトル)]
上述の、各ゼオライト種の50℃乾燥物の詳細解析で示したように、50℃乾燥物ではアナルサイムで3種類、P型ゼオライトで2種類、X型ゼオライトで1種類の、可視光領域に蛍光ピークを有する銀の存在が認められた。図16〜図18に、これらの蛍光性銀それぞれについての、蛍光スペクトルと励起スペクトルを示す。また、図16〜図18には、対応する銀担持量の450℃焼成物の、同一励起波長での蛍光スペクトルを点線で示している。
【0077】
(アナルサイム)(図16)
蛍光性銀は3種類であり、いずれも試料1で最多である。
蛍光性銀(1):440nmに発光ピーク。吸収ピークは360nm。
蛍光性銀(2):550nmに発光ピーク。吸収ピークは320nm。
蛍光性銀(3):590nmに発光ピーク。吸収ピークは400nm。
【0078】
400nm励起での蛍光スペクトルと590nm観測での励起プロフィール(図16(C))では、420nm付近を挟んで鏡像関係が認められることから、これらは蛍光性銀(3)の蛍光スペクトルと励起(吸収)スペクトルであると判断できる。ただし、320nm付近の強い励起スペクトルには、後述の蛍光性銀(2)の550付近の強い蛍光(320で励起)の影響が混じっている。すなわち、590nmで観測している蛍光には2種類あって、その一つは590nmに蛍光ピークを持つ蛍光性銀(3)からの蛍光で、もう一つは550nmに大きな蛍光ピークを持つ蛍光性銀(1)からの蛍光である。後者も励起スペクトルでの320nm付近のピークに寄与する。
【0079】
360nm励起での蛍光スペクトルと440nm観測での励起スペクトル(図16(A))でも360nmと440nmは鏡像関係にあり、これは蛍光性銀(1)に由来すると判断できる。540付近の大きな蛍光ピークは蛍光性銀(2)由来と考えられる。また、この励起波長では蛍光性銀(3)も発光するので460nm付近と590nm付近にショルダーがある。
【0080】
320nm励起での蛍光スペクトルと550nm観測での励起プロフィール(図16(B))については、この励起波長では全ての蛍光性銀が励起されて発光すると考えられる。そのため、蛍光スペクトルは3つの和であろう。しかしながら、他の図との強度の違いから、550nmに発光ピーク、320nmに吸収ピークを持つ蛍光性銀(2)の寄与が大きいであろう。両波長および0−0遷移(410nm)からすると、後述のX型ゼオライト中の銀と同じものかもしれない。裾野が600nm以上に広がっていることが肉眼で赤く見える原因であると考えられる。
【0081】
(P型ゼオライト)(図17)
蛍光性銀は2種類。蛍光性銀(4)はP型試料1で最多、蛍光性銀(5)はP型試料4で最多である。
蛍光性銀(4):400nmに発光ピーク。吸収ピークは320nm。
蛍光性銀(5):464nmに発光ピーク。吸収ピークは280nm。
【0082】
320nm励起での蛍光スペクトルと400nm観測での励起プロフィール(図17(A))では、蛍光スペクトルは明らかに2つ以上のピークの重なりを示している。これらのうち、400nm付近の蛍光ピークは320nmに吸収極大を有する蛍光性銀(4)に由来する。この銀の0−0遷移は350nm付近とかなり大きなエネルギーギャップである。280nm励起での蛍光スペクトルと464nm観測での励起プロフィールは、ほぼ蛍光性銀(5)に対応すると考えられる。
【0083】
(X型ゼオライト)(図18)
蛍光性銀は1種類である。
蛍光性銀(6):542nmに発光ピーク。吸収ピークは315〜320nm。
【0084】
蛍光性銀(6)は試料3で最多である。いわゆる0−0遷移は410nm辺りで、これを挟んで両スペクトルは鏡像関係にある。蛍光性銀が1種類であることが、調べた3種のゼオライト中で発光強度が最も大きい原因であると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
担体としてのゼオライトに発光中心金属として銀が担持された蛍光体であって、
前記銀の担持量はゼオライトの全負電荷量の一部のみを中和するだけの量であり、
銀はその大部分が銀イオンとして存在しており、
発光中心金属の銀は常圧下で100℃以下の乾燥処理により蛍光を発するように活性化されており、かつ、
前記ゼオライトはゼオライト構造を維持していることを特徴とする蛍光体。
【請求項2】
前記ゼオライトは、X型ゼオライト、Y型ゼオライト、P型ゼオライト又はアナルサイムである請求項1に記載の蛍光体。
【請求項3】
以下の工程、
(A)ゼオライトを可溶性銀塩水溶液に接触させる処理工程、及び
(B)前記処理工程を経たゼオライトを常圧下100℃以下で乾燥処理する活性化工程
を備え、
工程(A)の処理工程では、銀の担持量がゼオライトの全負電荷量の一部のみを中和する量となるように、銀塩水溶液濃度及び接触時間を設定し、かつ、
工程(B)の活性化工程終了後は、工程(B)での乾燥温度より高温での加熱処理を行わないことを特徴とする蛍光体の製造方法。
【請求項4】
前記活性化工程は、非還元性の雰囲気中で行う請求項3に記載の製造方法。

【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図13A】
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【図13B】
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【図14A】
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【図14B】
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【図15A】
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【図15B】
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