説明

ゼニゴケのエイコサペンタエン酸の生産方法

【課題】ゼニゴケの生育をできるだけ阻害せずにエイコサペンタエン酸の蓄積量を増加することのできる光条件を見出すこと。
【解決手段】ゼニゴケに対して最初に白色光を、次に青色光を照射して栽培することを特徴とするゼニゴケのエイコサペンタエン酸の生産方法。白色光を数週間連続照射し、青色光を1週間前後連続照射する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゼニゴケの生育をできるだけ阻害することなくエイコサペンタエン酸の蓄積量を増やすことのできるゼニゴケのエイコサペンタエン酸の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アラキドン酸やエイコサペンタエン酸などの長鎖多価不飽和脂肪酸は、ヒトの必須脂肪酸であるだけでなく、健康食品や医薬品原料として、高い需要がある。ほとんどの高等植物はこれら不飽和脂肪酸を生産していないが、ゼニゴケは、アラキドン酸やエイコサペンタエン酸等の長鎖多価不飽和脂肪酸を合成している。しかしながら、総脂肪酸に対するエイコサペンタエン酸の相対含量は高くない。
【0003】
ゼニゴケの長鎖多価不飽和脂肪酸の生産方法として、青色光を照射して栽培することが既に知られている(特許文献1)。この文献には、青色光の照射によって総脂肪酸に対するエイコサペンタエン酸の相対含量が増加することが記載されている。しかしながら、青色光のみを照射して栽培すると、顕著な生育阻害が見られ、最終的なエイコサペンタエン酸の生産量が減少することが、本発明者らの研究によって分かっている。
【0004】
また、青色光に限らず光は、植物の成長に影響する重要な環境要因の一つである。そして、既にいくつかの研究が、光条件は長鎖多価不飽和脂肪酸の組成に影響を与えることを示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011−41539号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者は、最初に長鎖多価不飽和脂肪酸の含量(重量)がゼニゴケの成長に対応して変動するかを確かめるために、成長段階の異なる若い葉状体のゼニゴケを解析した。M51Cと言われる寒天濃度1.3%の無菌栄養培地を直径9cmのシャーレに敷き、その上にゼニゴケのゲンマを置く生育条件を用いた。杯状体の中の単一の始原細胞から生じたゲンマを白色光連続照射環境下で成育し、1週間毎に1〜5週間までの若い葉状体を採取した。次に、それぞれの葉状体(ゼニゴケ)0.2gを用いて脂肪酸組成を解析した。既知の手法を従い、脂肪酸メチルエステルを準備し、ガスクロマトグラフで分析した。その結果として、総脂肪酸に対するアラキドン酸、エイコサペンタエン酸の相対含量の変化が図1のグラフに示されている。データは、3回の実験による測定結果の平均値±標準偏差である。図1は、ゲンマの成長がアラキドン酸、エイコサペンタエン酸の組成に影響を与えないことを示している。図1から、ゲンマからの若い葉状体を用いて、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸の蓄積に対する光の影響を調べる際に、成長段階を考慮する必要がないことが読み取れる。なお、図1には、アラキドン酸を「AA」、エイコサペンタエン酸を「EPA」と表記してある。これら表記は、他の図においても同様に用いられている。
【0007】
また、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸の含量に対する光質の影響を調べるために、ゲンマを青色光(ピーク波長:470nm)、緑色光(525nm)、赤色光(660nm)のLEDを用い、30photon flux density μmolm-2s-1の各波長特性のLED光を連続照射する環境下で5週間生育した。その結果として成長したゲンマの重量に対する総脂肪酸の重量が、下記の表1に示されている。データは、3回の実験による測定結果の平均値±標準偏差である。
【表1】

表1から以下の内容が読み取れる。ゲンマの成長は、赤色光に比べると、青色光によって顕著に抑制され、緑色光によって僅かに抑制される。にもかかわらず、ゼニゴケの1g生重量あたりの総脂肪酸重量は、3つの光質で大きな違いは無い。
【0008】
また、表1が得られた場合と同条件下において、総脂肪酸に対するアラキドン酸、エイコサペンタエン酸の相対含量の変化が図2のグラフに示されている。図2は、青色光がエイコサペンタエン酸の蓄積を強化していることを示している。この結果は、特許文献1と同様である。
【0009】
本発明は、上記実情を考慮したもので、エイコサペンタエン酸の収穫量を増やすためにゼニゴケの生育をできるだけ阻害せずにエイコサペンタエン酸の蓄積量を増加することのできる光条件を見出すことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、ゼニゴケに対して最初に白色光を、次に青色光を照射して栽培することを特徴とするゼニゴケのエイコサペンタエン酸の生産方法である。
【0011】
また、白色光と青色光の照射期間については問わないが、ゼニゴケの生育量(エイコサペンタエン酸の収穫量)を増加させるには次のようにすることが望ましい。すなわち、白色光を照射する時間を、青色光のそれよりも長くすることである。
【0012】
更に、ゼニゴケの生育量を増加させるには、次のようにすることが望ましい。すなわち、白色光を連続照射数週間に相当する期間連続的に又は断続的に照射し、青色光を連続照射1週間に相当する期間前後連続的に又は断続的に照射することである。
【0013】
また、短期間での育成を図るには次のようにすることが望ましい。すなわち、白色光を数週間連続照射し、青色光を1週間前後連続照射することである。
【0014】
更に、できるだけ安価に製造するには次のようにすることが望ましい。すなわち、太陽光を受ける環境下でゼニゴケを白色光の連続照射数週間に相当する期間栽培し、次に青色光を連続照射1週間に相当する期間照射して栽培することである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、実験結果から分かるように、エイコサペンタエン酸の相対含量を高く維持した上でゼニゴケの生育量を増加させることが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】白色光照射環境下におけるゼニゴケの葉状体の総脂肪酸に対するアラキドン酸、エイコサペンタエン酸の相対含量を1週間毎に示すグラフである。
【図2】赤、青、緑色光照射環境下におけるゼニゴケの葉状体の総脂肪酸に対するアラキドン酸、エイコサペンタエン酸の相対含量を光質毎に示すグラフである。
【図3】青色光又は白色光照射環境下におけるゼニゴケの葉状体の総脂肪酸に対するアラキドン酸、エイコサペンタエン酸の相対含量を光質毎に示すグラフである
【図4】異なる光量の白色光照射環境下におけるゼニゴケの葉状体の総脂肪酸に対するアラキドン酸、エイコサペンタエン酸の相対含量を光量毎に示すグラフである
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者は、ゼニゴケのエイコサペンタエン酸の生育量に対する青色光の効果を向上させるために、青色光を短期照射する実験を行った。前記した図1と同一の生育環境下にあるゲンマを、まず50photon flux density μmolm-2s-1の波長特性の白色光が連続照射される環境下で、3〜4週間生育した。その後、約200mgの若い葉状体を新しいM51C培地に移し、同じく50photon
flux density μmolm-2s-1の波長特性の白色光、或いは青色光が連続照射される環境下で1週間生育した。その結果として、成長したゲンマの重量に対する総脂肪酸の重量が、下記の表2に示されている。データは、3回の実験による測定結果の平均値±標準偏差である。
【表2】

【0018】
表2から、白色光を用いた場合と比べて青色光を用いた場合に、成長速度と総脂肪酸量がいずれも7日後には僅かに少なくなったことが読み取れる。
【0019】
また、表2が得られた場合と同環境下の実験において、総脂肪酸に対するアラキドン酸、エイコサペンタエン酸の相対含量の変化が図3のグラフに示されている。図3から、エイコサペンタエン酸の相対含量が青色光の照射によって徐々に増加し、7日後には白色光の1.5倍にも達することが読み取れる。なお、対照的にアラキドン酸の相対含量は、殆ど変動しなかった。これらから、青色光の短期照射は、成長を大きく抑制することなく、エイコサペンタエン酸の生産量を増やす効果があることが分かる。
【0020】
次に、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸の含量に対する光量の影響を調べるために、ゲンマを40、60、80photon flux density μmolm-2s-1の白色光を連続照射する環境下で5週間生育した。その結果として、成長したゲンマの重量に対する総脂肪酸の重量が、下記の表3に示されている。データは、3回の実験による測定結果の平均値±標準偏差である。
【表3】

【0021】
表3から、ゼニゴケの生産量は、40の環境下に比べて、60、80の環境下の方が多く、60と80の環境下では差が殆ど無いことが読み取れる。この表3には示していないが、80を越える光量の環境下では80以下の環境下に比べて、ゼニゴケの生産量は、明らかに減少することが分かった。また、ゼニゴケ1g生重量あたりの総脂肪酸含量は、40が80よりも僅かに少なかったが、60とほぼ同じであった。
【0022】
表3が得られた場合と同環境下の実験において、総脂肪酸に対するアラキドン酸、エイコサペンタエン酸の相対含量の変化が図4のグラフに示されている。図4から、アラキドン酸の相対含量については、40、60、80の全てについてほぼ同じであることが読み取れる。対照的にエイコサペンタエン酸の相対含量については、光強度が増加するほど高くなった。また、80での相対含量は、40のそれに比べて、1.8倍である。以上より、ゲンマの成長、及びアラキドン酸、エイコサペンタエン酸の相対含量を考慮すると、80が最適な光強度である。
【0023】
本発明は上記実施例に限定されるものではない。例えば、白色光の代わりに、太陽光を使って育成しても良く、この場合、白色光の照射期間に相当する期間だけ太陽光を照射すればよいものと想定される。また、白色光等を連続照射することなく、断続的に照射しても良く、例えば電気料金の安価な深夜時間帯のみ照射し、それ以外の時間帯は光を当てることの無いように保つ方法である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゼニゴケに対して最初に白色光を、次に青色光を照射して栽培することを特徴とするゼニゴケのエイコサペンタエン酸の生産方法。
【請求項2】
白色光を照射する時間を、青色光のそれよりも長くすることを特徴とする請求項1記載のゼニゴケのエイコサペンタエン酸の生産方法。
【請求項3】
白色光を連続照射数週間に相当する期間連続的に又は断続的に照射し、青色光を連続照射1週間に相当する期間前後連続的に又は断続的に照射することを特徴とする請求項2記載のゼニゴケのエイコサペンタエン酸の生産方法。
【請求項4】
白色光を数週間連続照射し、青色光を1週間前後連続照射することを特徴とする請求項3記載のゼニゴケのエイコサペンタエン酸の生産方法。
【請求項5】
太陽光を受ける環境下でゼニゴケを白色光の連続照射数週間に相当する期間栽培し、次に青色光を連続照射1週間に相当する期間照射して栽培することを特徴とする請求項2記載のゼニゴケのエイコサペンタエン酸の生産方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−17433(P2013−17433A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−153946(P2011−153946)
【出願日】平成23年7月12日(2011.7.12)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)「国等の委託研究の成果に係る特許出願(生物系特定産業技術研究支援センター「平成23年度生物系産業創出のための異分野融合研究支援事業」産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの)」
【出願人】(000242644)北陸電力株式会社 (112)
【出願人】(511169999)石川県公立大学法人 (12)
【Fターム(参考)】