説明

タンパク質分解誘導性細胞、その製造方法、および、タンパク質分解の制御方法

【課題】 熱処理や特殊な化合物を使用することなく、細胞において発現した目的タンパク質の分解を誘導できるタンパク質分解制御細胞を提供する。
【解決手段】 植物由来TIR1ファミリータンパク質の遺伝子と、植物由来Aux/IAAファミリータンパク質で標識化された目的タンパク質を発現するキメラ遺伝子とを有する非植物の真核細胞を、誘導物質により目的タンパク質の分解が誘導されるタンパク質分解誘導性細胞とする。この細胞であれば、所望の時期に、オーキシンまたはオーキシン誘導体を添加することによって、細胞内に発現した目的タンパク質を分解することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発現した目的タンパク質の分解を制御(誘導)できる細胞、その製造方法、および、細胞におけるタンパク質分解の制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質の機能を解析する方法として、目的タンパク質の発現を制御する遺伝子レベルの手法が知られており、例えば、テトラサイクリン等の化学物質による遺伝子発現調節系が広く利用されている。しかしながら、遺伝子レベルでタンパク質の発現を制御した場合、すでに合成されている目的タンパク質は細胞内で維持されてしまい、存在する目的タンパク質を分解等によって除去できない。そこで、目的タンパク質の発現自体は制御せずに、発現した目的タンパク質を所望の時期に破壊する、タンパク質レベルでの手法が開発されている。
【0003】
前記タンパク質レベルでの方法としては、例えば、目的タンパク質を、高温で破壊される温度感受性デグロン(ts-degron)との融合タンパク質として発現させる方法がある。この方法では、前記融合タンパク質を発現させ、所望の時期に加熱することによって、目的タンパク質を分解できる。しかしながら、この方法は、約37℃に加熱する必要があるため、一般に約36℃で生育する恒温生物の細胞には利用できないという問題がある。
【0004】
また、温度制御ではなく、化学物質によってタンパク質分解を誘導する方法がある。前記化学物質としては、例えば、PROTAC(非特許文献1)やその誘導体Shld1(非特許文献2)が報告されている。前記Shld1を使用する系では、タンパク質を不安定化させるドメイン(107アミノ酸残基)をYFPレポータータンパク質に結合させ、さらに、前記ドメインにShld1を結合させて、前記ドメインの不安定性を改善(安定化)することにより、発現した前記レポータータンパク質の量を調節している。しかしながら、PROTACやShld1は、非常に大きく、複雑な構造の化合物であるため、合成が困難である。そして、合成が困難なことから高コストで入手し難い。また、これらの化合物は、例えば、動物等の個体やそれらの細胞に対する影響、例えば、吸収性や生理機能への影響、毒性等が不明である。特に、前記両化合物は、2つの(di,tri)メトキシベンゼン環を有しており、また、これらのリード化合物は、変異型の免疫系において重要なタンパク質に結合する化合物として見出されたこと等からも、例えば、動物等の個体に投与した際、サイドエフェクトの可能性が危惧される。
【非特許文献1】John S.Schneekloth et al.J.AM.CHEM.SOC.2004,126,3748−3754
【非特許文献2】Banaszynski et al.Cell 126,995−1004
【非特許文献3】Dharmasiri et al.Nature 2005,435、441−445
【非特許文献4】Kepinski and Leyser Nature 2005,435,446-451
【非特許文献5】Zenser et al. PNAS 98 2006,11795-11800
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、従来のように熱処理や特殊な化合物を使用することなく、細胞において発現した目的タンパク質の分解を誘導できるタンパク質分解制御細胞、その製造方法ならびにタンパク質分解の制御方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的を達成するために、本発明の細胞は、誘導物質により目的タンパク質の分解が誘導されるタンパク質分解制御細胞であって、前記誘導物質が、オーキシンおよびオーキシン誘導体の少なくとも一方であり、前記細胞が、非植物の真核細胞であり、前記真核細胞が、植物由来TIR1ファミリータンパク質の遺伝子と、植物由来Aux/IAAファミリータンパク質で標識化された目的タンパク質を発現するキメラ遺伝子とを有することを特徴とする。オーキシンおよびオーキシン誘導体を、以下、「オーキシン類」ともいう
【0007】
本発明のモデル動物は、誘導物質により目的タンパク質の分解が誘導されるモデル動物であって、前記モデル動物が、ヒト以外の動物であって、本発明のタンパク質分解制御細胞を有することを特徴とする。
【0008】
本発明のタンパク質分解制御細胞の製造方法は、誘導物質により目的タンパク質の分解が誘導されるタンパク質分解制御細胞の製造方法であって、目的の細胞が、非植物の真核細胞であり、下記工程(I)および(II)を含むことを特徴とする。
(I)前記真核細胞に、植物由来TIR1ファミリータンパク質の遺伝子を導入する工程
(II)前記真核細胞に、植物由来Aux/IAAファミリータンパク質の遺伝子を導入し、Aux/IAAファミリータンパク質で標識化された目的タンパク質を発現するキメラ遺伝子を形成する工程
【0009】
本発明のキットは、本発明のタンパク質分解制御細胞の製造方法に使用するキットであって、下記(1)の宿主細胞および下記(2)の遺伝子導入用ベクターを含むことを特徴とする。
(1)植物由来TIR1ファミリータンパク質の遺伝子を含む、植物以外の真核細胞
(2)植物由来Aux/IAAファミリータンパク質の遺伝子を含み、前記(1)の真核細胞に導入されることによって、前記Aux/IAAファミリータンパク質で標識化された目的タンパク質を発現するベクター
【0010】
本発明の宿主細胞は、本発明のタンパク質分解制御細胞の製造方法に使用する宿主細胞であって、細胞が植物以外の真核細胞であり、植物由来TIR1ファミリータンパク質の遺伝子を含むことを特徴とする。また、本発明のTIR1ファミリー遺伝子導入用ベクターは、前記本発明の宿主細胞の製造に使用するベクターであって、植物由来TIR1ファミリータンパク質の遺伝子が挿入されていることを特徴とする。また、本発明のAux/IAAファミリー遺伝子導入用ベクターは、本発明のタンパク質分解誘導性細胞の製造方法に使用する遺伝子導入用ベクターであって、植物由来Aux/IAAファミリータンパク質の遺伝子を含み、非植物の真核細胞に導入されることによって、前記Aux/IAAファミリーのタンパク質で標識化された目的タンパク質を発現することを特徴とする。
【0011】
本発明の分解制御方法は、誘導物質により細胞における目的タンパク質の分解を制御する分解制御方法であって、前記誘導物質が、オーキシンおよびオーキシン誘導体の少なくとも一方であり、下記工程(A)および(B)を含むことを特徴とする。
(A)本発明のタンパク質分解制御細胞を準備する工程
(B)下記(b1)〜(b4)の少なくとも一つの処理によって、前記細胞における目的タンパク質の分解を制御する工程
(b1)前記細胞に誘導物質を添加することによって、発現した目的タンパク質の分解を誘導する
(b2)前記細胞に誘導物質を添加しないことによって、発現した目的タンパク質の分解を抑制する
(b3)前記細胞に誘導物質を添加して、発現した目的タンパク質の分解を誘導した後、さらに、前記誘導物質を除去して、新たに発現した目的タンパク質の分解を抑制する
(b4) 前記細胞にオーキシン類を添加して、発現した目的タンパク質の分解を誘導した後、さらに、オーキシン阻害物質を添加して、新たに発現した目的タンパク質の分解を抑制する
【発明の効果】
【0012】
動物、植物、菌類等の種々の真核生物において、ユビキチン/プロテアソーム系のタンパク質分解が知られている。この分解システムは、ユビキチン活性化酵素(E1)−ユビキチン結合酵素(E2)−ユビキチンリガーゼ(E3)という3つの酵素によって、ターゲットタンパク質にユビキチンが結合され、ポリユビキチン化されたターゲットタンパク質がプロテアソームによって特異的に認識され、分解されるシステムである。このシステムにおいて重要なのが、いずれのタンパク質をターゲットとし、どの時点でターゲットタンパク質をユビキチン化し、プロテアソームによる分解に導くかという点であり、これを担っているのがユビキチンリガーゼである。このユビキチンリガーゼとして、E3ユビキチン化酵素複合体(SCF複合体)が報告されている。このSCF複合体は、F−boxタンパク質、Skp1タンパク質、Cullin−1タンパク質およびRbx1タンパク質という4つのサブユニットから構成されている。本発明者らは、中でも、植物に特有のSCF複合体とその機能とに着目した。植物のSCF複合体について、F−boxタンパク質としてTIR1ファミリータンパク質を有し、これが成長ホルモンであるオーキシンの受容体となっており、オーキシンを受容することによって、オーキシン情報伝達系の抑制因子Aux/IAAファミリータンパク質を認識して、前記タンパク質を分解することが、近年解明された(非特許文献3〜5)。そこで、本発明者らは、オーキシンを誘導物質として、TIR1ファミリータンパク質により、Aux/IAAファミリータンパク質を認識させ、Aux/IAAファミリータンパク質で標識化した目的タンパク質を分解する系を、植物以外の真核細胞において機能させることに着想した。そして、植物以外の真核細胞において、植物以外の真核細胞では非存在のTIR1ファミリータンパク質を含むSCF複合体を発現させ、且つ、TIR1ファミリータンパク質が認識するAux/IAAファミリータンパク質で標識化された目的タンパク質を発現させ、オーキシン類を添加することによって、目的タンパク質の分解を実現したのである。
【0013】
本発明のタンパク質分解誘導性細胞であれば、オーキシン類の添加によって、任意の時期に、発現した目的タンパク質を分解できる。つまり、本発明のタンパク質分解誘導性細胞によれば、例えば、TIR1ファミリータンパク質を含むSCF複合体およびAux/IAAファミリータンパク質で標識化された目的タンパク質が発現する。このため、オーキシン類の共存下であれば、前記SCF複合体のTIR1ファミリータンパク質がオーキシン類を受容し、これによってTIR1ファミリータンパク質によるAux/IAAファミリータンパク質の認識、ならびに、Aux/IAAファミリータンパク質へのポリユビキチン化が生じる。そして、プロテアソームによって、ポリユビキチン化Aux/IAAファミリータンパク質で標識化された目的タンパク質が分解されると解される。このため、例えば、オーキシン類の添加、無添加によって、発現した目的タンパク質の分解を制御することが可能である。なお、本発明は、この推定メカニズムによって限定されるものではない。
【0014】
また、植物以外の真核細胞や個体生物は、基本的にオーキシンが存在しないため、本発明のタンパク質分解誘導性細胞やモデル動物であれば、オーキシン類の存否によって、極めて特異的に目的タンパク質の分解を制御できる。また、オーキシン類は、非常に単純な構造の安価な化合物であり、農業利用も認められており、例えば、動物等に対する影響も極めて小さいことが証明されている。したがって、本発明のタンパク質分解誘導性細胞およびモデル動物であれば、従来のように熱処理や特殊な化合物を使用することなく、目的タンパク質を分解できる。このため、本発明のタンパク質分解誘導性細胞およびモデル動物、その製造方法、また、製造に使用する本発明のキット等は、例えば、タンパク質の機能解析等の分野において、非常に有用なツールといえる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
<タンパク質分解誘導性細胞>
本発明のタンパク質分解誘導性細胞は、前述のように、誘導物質により目的タンパク質の分解が誘導される細胞であって、前記誘導物質が、オーキシン類であり、前記細胞が、非植物の真核細胞であり、前記真核細胞が、植物由来TIR1ファミリータンパク質の遺伝子と、植物由来Aux/IAAファミリータンパク質で標識化された目的タンパク質を発現するキメラ遺伝子とを有することを特徴とする。以下、前記TIR1ファミリータンパク質の遺伝子を「TIR1ファミリー遺伝子」、Aux/IAAファミリータンパク質の遺伝子を「Aux/IAAファミリー遺伝子」、Aux/IAAファミリータンパク質で標識化された目的タンパク質を「標識化目的タンパク質」、目的タンパク質の遺伝子を「目的遺伝子」という。なお、「Aux/IAA」とは、「auxin/indole−3−acetic acid」の略であり、Aux/IAAファミリータンパク質は、一般に、転写因子ARFファミリ-に結合することで、それらによる転写活性化を阻害するタンパク質として知られている。
【0016】
本発明において、前記細胞は、植物以外(非植物)の真核生物の細胞であればよく、制限されない。前記真核生物としては、例えば、動物、菌類、原生生物等の細胞があげられる。前記動物としては、制限されないが、例えば、ヒト、マウス、ラット、ウサギ等の哺乳類、ゼブラフィッシュ、アフリカツメガエル等の魚類や両生類、C.elegansやショウジョウバエ等の無脊椎動物があげられる。また、その細胞の種類も制限されず、例えば、Hela細胞、CHO細胞、MCF、HEK293、HepG2、NIH3T3、COS細胞、DT40等の培養細胞;初代培養細胞;造血幹細胞;B細胞、T細胞、白血球、単球・マクロファ−ジ、赤血球、血小板等の血球系細胞、血液細胞;受精卵母細胞;ES細胞等があげられる。また、その他の各種組織細胞等でもよい。また、菌類としては、例えば、出芽酵母、分裂酵母等があげられる。
【0017】
本発明において、前記キメラ遺伝子は、Aux/IAAファミリータンパク質で標識化された目的タンパク質を発現するキメラ遺伝子である。発現した目的タンパク質は、前記Aux/IAAファミリータンパク質で標識化されていればよく、その形態は制限されないが、例えば、目的タンパク質とAux/IAAファミリータンパク質とを含む融合タンパク質であることが好ましい。Aux/IAAファミリータンパク質は、例えば、目的タンパク質のN末側およびC末側のいずれに付加されてもよい。
【0018】
また、目的遺伝子とAux/IAAファミリー遺伝子の位置関係は、制限されず、発現した目的タンパク質が、前記Aux/IAAファミリータンパク質で標識化されるように、両遺伝子が機能的に配置されていればよい。具体例として、前記Aux/IAAファミリー遺伝子は、前記目的遺伝子の上流(5’側)または下流(3’側)に隣接して配置されていることが好ましい。目的タンパク質が発現され、Aux/IAAファミリータンパク質で標識化される限りにおいて、例えば、目的遺伝子の内部に、前記Aux/IAAファミリー遺伝子が介在してもよい。なお、本発明において、「機能的に連結」、「機能的に配置」とは、それが意図する機能を発揮しうる状態で配置または連結していることを意味する。
【0019】
前記TIR1ファミリー遺伝子は、植物由来のTIR1ファミリー遺伝子であれば、その種類は制限されない。前記植物の種類は、制限されないが、例えば、シロイヌナズナ、イネ、ヒャクニチソウ、マツ、シダ、ヒメツリガネゴケ等があげられる。前記TIR1ファミリー遺伝子の具体例としては、例えば、TIR1遺伝子、AFB1遺伝子、AFB2遺伝子、AFB3遺伝子、FBX14遺伝子およびAFB5遺伝子等があげられる。前記タンパク質分解誘導性細胞は、いずれか一種類のTIR1ファミリー遺伝子を有していてもよいし、二種類以上を有していてもよい。例えば、シロイヌナズナ由来のTIR1ファミリー遺伝子の配列は、TAIRウェブサイト(http://www.arabidopsis.org/)に登録されており、各遺伝子のアクセッションナンバーは、下記表1の通りである。
【0020】
【表1】

【0021】
前記TIR1ファミリー遺伝子は、例えば、植物から抽出した天然のDNAでもよいし、遺伝子工学によって合成したDNAであってもよい。また、前記TIR1ファミリー遺伝子は、例えば、エキソンとイントロンを含むDNAでもよいし、エキソンからなるcDNAであってもよい。前記TIR1ファミリー遺伝子は、例えば、ゲノムDNAにおける全長配列またはcDNAにおける全長配列であってもよい。また、前記TIR1ファミリー遺伝子は、発現したタンパク質が、TIR1ファミリータンパク質として機能する範囲において、ゲノムDNAにおける部分配列またはcDNAにおける部分配列であってもよい。本発明において、「TIR1ファミリータンパク質として機能する」とは、例えば、オーキシン類の存在下で、Aux/IAAファミリータンパク質を認識することを意味する。TIR1ファミリータンパク質がAux/IAAファミリータンパク質を認識できれば、前述のようにAux/IAAファミリータンパク質で標識化された目的タンパク質を分解できるからである。この際、本発明のタンパク質分解誘導性細胞においては、TIR1ファミリータンパク質が、他のサブユニット(Skp1タンパク質、Cullinタンパク質およびRbx1タンパク質)とともに、SCF複合体(E3ユビキチン化酵素複合体)を形成していると推測される。
【0022】
本発明のタンパク質分解誘導性細胞は、前記TIR1ファミリー遺伝子の転写を制御するプロモーター配列をさらに有することが好ましい。これによって、より確実にTIR1ファミリータンパク質を発現できる。前記プロモーターは、制限されず、例えば、細胞の種類等に応じて適宜決定できる。
【0023】
前記Aux/IAAファミリー遺伝子は、植物由来のTIR1ファミリー遺伝子であれば、その種類は制限されない。前記植物の種類は、制限されないが、例えば、シロイヌナズナ、イネ、ヒャクニチソウ等があげられる。Aux/IAAファミリー遺伝子の具体例としては、例えば、IAA1遺伝子、IAA2遺伝子、IAA3遺伝子、IAA4遺伝子、IAA5遺伝子、IAA6遺伝子、IAA7遺伝子、IAA8遺伝子、IAA9遺伝子、IAA10遺伝子、IAA11遺伝子、IAA12遺伝子、IAA13遺伝子、IAA14遺伝子、IAA15遺伝子、IAA16遺伝子、IAA17遺伝子、IAA18遺伝子、IAA19遺伝子、IAA20遺伝子、IAA26遺伝子、IAA27遺伝子、IAA28遺伝子、IAA29遺伝子、IAA30遺伝子、IAA31遺伝子、IAA32遺伝子、IAA33遺伝子およびIAA34遺伝子等があげられる。前記タンパク質分解誘導性細胞は、いずれか一種の前記Aux/IAAファミリー遺伝子を有していてもよいし、二種類以上を有していてもよい。例えば、シロイヌナズナ由来のAux/IAAファミリー遺伝子の配列は、TAIRウェブサイト(http://www.arabidopsis.org/)に登録されており、各遺伝子のアクセッションナンバーは、下記表2の通りである。
【0024】
【表2】

【0025】
前記Aux/IAAファミリー遺伝子は、例えば、天然のDNAでもよいし、遺伝子工学によって合成したDNAであってもよい。また、前記Aux/IAAファミリー遺伝子は、例えば、エキソンとイントロンを含むDNAでもよいし、エキソンからなるcDNAであってもよい。前記Aux/IAAファミリー遺伝子は、例えば、ゲノムDNAにおける全長配列またはcDNAにおける全長配列のいずれでもよい。また、前記Aux/IAAファミリー遺伝子は、発現したタンパク質が、Aux/IAAファミリータンパク質として機能する範囲において、ゲノムDNAにおける部分配列またはcDNAにおける部分配列であってもよい。なお、本発明において、「Aux/IAAファミリータンパク質として機能する」とは、例えば、オーキシン類の存在下で、TIR1タンパク質により認識されることを意味する。TIR1ファミリータンパク質が、部分配列から発現したタンパク質(ポリペプチド)を認識できれば、前述のようにポリユビキチン化され、目的タンパク質を分解できるからである。
【0026】
前記Aux/IAAファミリー遺伝子が前記部分配列の場合、例えば、Aux/IAAファミリータンパク質のドメインIIのDNA配列があげられる。前記ドメインIIのアミノ酸配列の具体例を、前記表2にあわせて示す。前記部分配列は、前述のように、ドメインIIのアミノ酸配列をコードするDNAでもよいし、ドメインIIのアミノ酸配列の部分配列をコードするDNA配列であってもよい。ドメインIIの最小アミノ酸残基数は、13である。
【0027】
前記部分配列について、IAA17のドメインIIを一例にあげて説明する。前記Aux/IAAファミリータンパク質間において、例えば、IAA17のドメインIIのアミノ酸配列QVVGWPPVRSYRK(13アミノ酸残基、配列番号17)が高く保存されている。そして、この配列からなるポリペプチドやこの配列を含むタンパク質は、TIR1タンパク質により認識されることが知られている(Zenser,N. et al.Nature 2005 435,446−451)。このため、前記部分配列の具体例として、例えば、配列番号17のアミノ酸配列(QVVGWPPVRSYRK)をコードする塩基配列からなるDNA配列や、前記塩基配列を含むDNA配列があげられる。また、前記部分配列は、前述のように、配列番号17のアミノ酸配列(QVVGWPPVRSYRK)の部分配列をコードするDNA配列でもよい。
【0028】
本発明のタンパク質分解誘導性細胞は、さらに、前記キメラ遺伝子の転写を制御するプロモーター配列を有することが好ましい。これによって、より確実に、前記Aux/IAAファミリータンパク質で標識化された目的タンパク質を発現できる。前記プロモーターは、制限されず、例えば、細胞の種類等に応じて適宜決定できる。
【0029】
本発明において、前記目的タンパク質の遺伝子は、前記真核細胞のゲノムに存在する内在の遺伝子でもよいし、前記真核細胞に導入された外来の遺伝子であってもよい。また、前記外来遺伝子は、例えば、ゲノムDNAに組み込まれてもよいし、組み込まれていなくてもよい。前者の場合、例えば、外来遺伝子を連結した遺伝子導入ベクター等によって、ゲノムDNA中に組み込まれた状態である。また、後者の場合、例えば、前記遺伝子導入用ベクター等が、プラスミドとして存在している状態であり、前記遺伝子導入用ベクターにおいて、前記目的遺伝子は、複製起点に機能的に連結されていることが好ましい。
【0030】
本発明において、前記真核細胞は、例えば、Skp1遺伝子、Cullin遺伝子、および、Rbx1遺伝子を有することが好ましい。これらの各遺伝子は、前記真核細胞の内在遺伝子であることが好ましい。なお、動物、植物、菌類、原生生物等の真核生物は、通常、これらの遺伝子を内在的に備えているが、導入された外来遺伝子であってもよい。本発明のタンパク質分解誘導性細胞では、これらの遺伝子から発現したタンパク質(すなわち、Skp1タンパク質、Cullinタンパク質およびRbx1タンパク質)と、植物由来TIR1ファミリー遺伝子から発現したTIR1ファミリータンパク質とから、SCF複合体が構成されると推測される。
【0031】
<タンパク質分解誘導性細胞の製造方法>
本発明のタンパク質分解誘導性細胞の製造方法は、特に制限されないが、例えば、本発明の製造方法があげられる。すなわち、本発明のタンパク質分解誘導性細胞の製造方法は、前述のように、目的の細胞が、非植物の真核細胞であり、下記工程(I)および(II)を含むことを特徴とする。
(I)宿主である前記真核細胞に、植物由来TIR1ファミリー遺伝子を導入する工程
(II)宿主である前記真核細胞に、植物由来Aux/IAAファミリー遺伝子を導入し、前記Aux/IAAファミリータンパク質で標識化された目的タンパク質を発現するキメラ遺伝子を形成する工程
【0032】
本発明において、前記工程(I)および工程(II)の順序は制限されず、同時に行ってもよい。前記工程(I)における植物由来ファミリー遺伝子の導入と、前記工程(II)におけるAux/IAAファミリー遺伝子の導入とは、例えば、それぞれ別個のベクターを用いて行ってもよいし、前記植物由来ファミリー遺伝子および前記Aux/IAAファミリー遺伝子とが挿入された一つのベクターを用いて行ってもよい。
【0033】
本発明において、目的遺伝子は、前述のように、真核細胞のゲノムDNAに存在する内在遺伝子でもよいし、外来遺伝子であってもよい。前記内在遺伝子の場合、前記工程(II)において、例えば、Aux/IAAファミリー遺伝子を真核細胞に導入し、内在の目的遺伝子に機能的に連結させることによってキメラ遺伝子を形成できる。また、Aux/IAAファミリー遺伝子と目的遺伝子とを連結させたキメラ遺伝子を形成し、これを真核細胞に導入し、ゲノムとの組換えによりキメラ遺伝子をゲノムに挿入してもよい。
【0034】
目的遺伝子が外来遺伝子の場合、例えば、Aux/IAAファミリー遺伝子の導入に先立って、外来遺伝子を前記真核細胞に導入してもよい(III)。また、目的遺伝子が外来遺伝子の場合、例えば、Aux/IAAファミリー遺伝子とともに、真核細胞に導入されてもよい。具体的には、予め、Aux/IAAファミリー遺伝子と目的タンパク質の遺伝子とが機能的に連結したキメラ遺伝子を作製し、これを真核細胞に導入することができる。
【0035】
以下に、本発明の製造方法について、例をあげて説明する。なお、これらの例は、本発明を制限しない。
【0036】
(1)第1の実施形態
本実施形態は、目的遺伝子が外来遺伝子であり、ベクターを用いた組換えによって、TIR1ファミリー遺伝子とキメラ遺伝子とを導入する例である。
【0037】
まず、植物由来TIR1遺伝子をベクターに組み込み、TIR1遺伝子導入用ベクターを作製する。ベクターの種類は、制限されず、例えば、真核細胞の種類等に応じて適宜決定できる。具体例として、例えば、プラスミドベクター、ウイルスベクター等があげられる。前記プラスミドベクターとしては、例えば、pCMV、pcDNA、pACT等があげられ、前記ウイルスベクターとしては、例えば、アデノウイルス発現系等があげられる。
【0038】
TIR1遺伝子導入用ベクターは、前記TIR1ファミリー遺伝子の転写を制御するプロモーター配列を有することが好ましい。前記プロモーターとしては、制限されず、例えば、真核細胞の種類等に応じて適宜決定できる。具体例としては、例えば、CMVプロモーター、SV40プロモーター、GAL4結合配列等があげられる。前記プロモーターは、通常、TIR1ファミリー遺伝子の上流(5’側)に機能的に連結することが好ましい。さらに、細胞種特異的、器官特異的プロモーターでもよい。また、プロモーター配列をもたないTIR1ファミリー遺伝子を、例えば、宿主細胞や宿主動物個体における内在プロモーターの下流に組み込んでも良い。この場合、TIR1ファミリー遺伝子を、例えば、特定遺伝子にターゲッティングしてもよいし、ランダムに組み込んでもよい。
【0039】
また、真核細胞への導入の有無を確認できることから、TIR1遺伝子導入用ベクターは、さらに、選択マーカーコード配列を有してもよい。前記選択マーカーコード配列としては、制限されず、公知の薬剤耐性マーカー、蛍光タンパク質マーカー、細胞表面レセプターマーカー等のマーカーをコードする配列があげられる。前記薬剤耐性マーカーとしては、制限されず、例えば、ネオマイシン耐性マーカー、ピューロマイシン耐性マーカー、ハイグロマイシン耐性マーカー等があげられる。前記蛍光タンパク質マーカーとしては、例えば、GFP(Green Fluorescent Protein)、EGFP(変異型GFP:Enhanced GFP)等があげられる。また、酵素マーカーとしては、例えば、ルシフェラーゼ、β−ガラクトシダーゼ等があげられる。これらの選択マーカーコード配列は、その配列にしたがってPCR等により合成してもよいし、前記選択マーカーコード配列を有する市販のベクターから調製することもできる。なお、TIR1遺伝子導入用ベクターと後述するキメラ遺伝子導入用ベクターとを併用する場合、前記TIR1遺伝子導入用ベクターにおける選択マーカーと、キメラ遺伝子導入用ベクターにおける選択マーカーは、異なるマーカーであることが好ましい。さらに、TIR1ファミリー遺伝子は、例えば、他のタンパク質遺伝子またはタグ配列と機能的に連結させ、前記タンパク質とTIR1タンパク質とを含むタンパク質(例えば、融合タンパク質)として、また、タグで標識化されたTIR1タンパク質として、発現させてもよい。
【0040】
他方、目的遺伝子および植物由来Aux/IAAファミリー遺伝子をベクターに連結して、キメラ遺伝子の導入用ベクターを作製する。キメラ遺伝子とは、前述のように、Aux/IAAファミリータンパク質で標識化された目的タンパク質を発現する遺伝子である。前記ベクターにおいて、前記目的遺伝子とAux/IAAファミリー遺伝子との位置は、制限されず、前述のように、標識化タンパク質を発現できる関係であればよい。具体例として、前記Aux/IAAファミリー遺伝子は、前記目的遺伝子の上流(5’側)または下流(3’側)に隣接して配置されてもよく、目的遺伝子の内部に、Aux/IAAファミリー遺伝子が介在してもよい。
【0041】
前記ベクターとしては、制限されず、前述と同様のものがあげられる。また、キメラ遺伝子導入用ベクターは、前記キメラ遺伝子の転写を制御するプロモーター配列を有することが好ましい。前記プロモーターとしては、前述のようなものがあげられる。また、真核細胞への導入の有無を確認できることから、キメラ遺伝子導入用ベクターは、さらに、前述のような選択マーカーコード配列を有してもよい。
【0042】
そして、宿主細胞である真核細胞に、前述のTIR1遺伝子導入用ベクター、ならびに、キメラ遺伝子導入用ベクターを導入する(工程(I)および工程(II))。前記両ベクターの導入順序は、制限されない。前記宿主細胞としては、前述のような植物を除く真核細胞があげられる。
【0043】
ベクターの導入方法は、特に制限されず、例えば、使用するベクターの種類や宿主細胞の種類等に応じて、適宜決定できる。導入方法としては、例えば、リン酸カルシウム沈殿法、DEAEデキストラントランスフェクョン法、エレクトロポレーション法があげられ、この他にも、レトロウィルスベクター、アデノウィルスベクター等を用いた方法があげられる。
【0044】
このように、前記TIR1遺伝子導入用ベクターとキメラ遺伝子導入用ベクターとを導入することによって、本発明のタンパク質分解誘導性細胞を作製できる。なお、各種遺伝子を導入するためのベクターは、例えば、前述のように、2種類のベクター(前記TIR1遺伝子導入用ベクターおよびキメラ導入用ベクター)を使用してもよいし、TIR1遺伝子とキメラ遺伝子とが挿入された一種類のベクターを使用してもよい。TIR1遺伝子および前記キメラ遺伝子は、目的に応じて、ベクターの導入により宿主細胞のゲノムDNAに組み込んでもよいし、ゲノムDNAに組み込まず、プラスミドとして存在させてもよい。また、各種遺伝子から発現するタンパク質を細胞の核内に導入する場合は、例えば、核内導入シグナルのコード配列(例えば、核移行シグナル(例えば、アミノ酸配列PKKKRKV等)をコードするDNA)を各種遺伝子に機能的に連結させてもよい。また、前記TIR1遺伝子導入用ベクターとキメラ遺伝子導入用ベクターは、それぞれ目的の遺伝子を導入でき、それによって各遺伝子がコードするタンパク質が細胞内で発現できればよい。このため、各ベクターは、その範囲で全体を導入してもよいし、部分を導入してもよい。
【0045】
(2)第2の実施形態
本実施形態は、目的遺伝子が真核細胞のゲノムDNA内に存在する場合の製造方法の一例である。目的遺伝子がゲノムDNA内に存在する形態としては、例えば、目的遺伝子が真核細胞の内在遺伝子である場合や、目的遺伝子が外来遺伝子であるが、すでに真核細胞のゲノムDNAに組み込まれている場合等があげられる。なお、特に示さない限りは、前記第1の実施形態と同様にして製造できる。
【0046】
本実施形態においては、前記第1の実施形態におけるキメラ遺伝子導入用ベクターに代えて、Aux/IAAファミリー遺伝子を挿入したAux/IAAファミリー遺伝子導入用ベクターを使用する。この遺伝子導入用ベクターは、例えば、真核細胞のゲノムDNAに対して、タンパク質発現の際、Aux/IAAファミリータンパク質で目的タンパク質を標識化できる部位に、Aux/IAAファミリー遺伝子が組み込まれる構造であることが好ましい。つまり、前記遺伝子導入用ベクターの構造は、ゲノムDNAとの組換えによって、ゲノムDNA内の目的遺伝子とAux/IAAファミリー遺伝子とが機能的連結して、キメラ遺伝子を形成するものであればよい。このようにAux/IAAファミリーが組み込まれることによって、Aux/IAAファミリーで標識化された目的タンパク質を発現できる。なお、キメラ遺伝子導入用ベクターは、例えば、ゲノムDNAにおける目的遺伝子の遺伝子座やその配列等から、当業者であれば構築可能である。
【0047】
<タンパク質分解誘導性細胞の製造用キット>
本発明のタンパク質分解誘導性細胞の製造方法は、例えば、本発明のキットを用いて行うことができる。このようなキットを使用することによって、より簡便に、本発明のタンパク質分解誘導性細胞を製造できる。
【0048】
本発明のキットは、下記(1)の宿主細胞および下記(2)の遺伝子導入用ベクターを含むことを特徴とする。
(1)植物由来TIR1ファミリーの遺伝子を含む、植物以外の真核細胞
(2)植物由来Aux/IAAファミリーの遺伝子を含み、前記(1)の真核細胞に導入されることによって、Aux/IAAファミリーのタンパク質で標識化された目的タンパク質を発現するベクター
【0049】
前記(1)の宿主細胞は、例えば、前記TIR1遺伝子導入用ベクターを目的真核細胞に導入することによって調製できる。また、前記(2)の遺伝子導入用ベクターは、例えば、前述のAux/IAAファミリー遺伝子導入用ベクターや、目的遺伝子を含む前述のキメラ遺伝子導入用ベクター等があげられる。
【0050】
<タンパク質分解の制御方法>
本発明のタンパク質分解誘導性細胞は、例えば、以下のような方法によってタンパク質の分解を制御できる。すなわち、本発明の分解制御方法は、誘導物質により細胞における目的タンパク質の分解を制御する分解制御方法であって、前記誘導物質が、オーキシンおよびオーキシン誘導体の少なくとも一方であり、下記工程(A)および(B)を含むことを特徴とする。
(A)本発明のタンパク質分解制御細胞を準備する工程
(B)下記(b1)〜(b4)の少なくとも一つの処理によって、前記細胞における目的タンパク質の分解を制御する工程
(b1)前記細胞にオーキシン類を添加することによって、発現した目的タンパク質の分解を誘導する
(b2)前記細胞にオーキシン類を添加しないことによって、発現した目的タンパク質の分解を抑制する
(b3)前記細胞にオーキシン類を添加して、発現した目的タンパク質の分解を誘導した後、さらに、前記オーキシン類を除去して、新たに発現した目的タンパク質の分解を抑制する
(b4) 前記細胞にオーキシン類を添加して、発現した目的タンパク質の分解を誘導した後、さらに、オーキシン阻害物質を添加して、新たに発現した目的タンパク質の分解を抑制する
【0051】
前記(B)工程は、例えば、前記(b1)、(b2)、(b3)および(b4)のいずれか一つの処理を行ってもよいし、二つ以上の処理を行ってもよい。また、これらの処理を繰り返し行ってもよい。本発明の方法は、前述のように、機能が不明なタンパク質の解析に利用することができる。具体例として、細胞の成長期に応じて、目的タンパク質の維持や分解を行う場合は、例えば、オーキシン類の非存在下で細胞を培養し、所望の時期に、培地にオーキシンを添加する方法があげられる。これによって、タンパク質が欠損することによる影響を確認することができる。また、例えば、オーキシンの存在下で細胞を培養し、所望の時期に、培地から前記オーキシン類を除去する方法またはオーキシン阻害物質によりオーキシンの活性を阻害する方法等があげられる。これによって、タンパク質が存在することによる影響を確認することができる。前記オーキシン類の除去は、例えば、培養細胞を洗浄し、新たなオーキシン未添加の培地で培養することによって行える。
【0052】
目的タンパク質の分解誘導において、オーキシン類の添加量は、制限されず、例えば、オーキシン類の種類やTIR1ファミリータンパク質の種類に応じて適宜決定できる。具体例としては、例えば出芽酵母の場合、1μM〜1mMであり、好ましくは100μM〜500μM培地に添加する。
【0053】
前記誘導体の種類は、制限されないが、オーキシンやオーキシン誘導体が使用できる。オーキシンとしては、例えば、1−ナフタレン酢酸(1−Naphthaleneacetic acid;NAA)、インドール−3−酢酸(Indole−3−acetic acid)等があげられる。また、この他にも、前記NAA等と同様の生理活性を有する化合物群があげられ、例えば、2,4−ジクロロフェノキシ酢酸((2,4−Dichlorophenoxy)acetic acid)、4−クロロフェノキシ酢酸(4−Chlorophenoxyacetic acid)、(2,4,5−トリクロロフェノキシ)酢酸((2,4,5−Trichlorophenoxy) Acetic acid)、1−ナフタレンアセトアミド(1−Naphthaleneacetamide)、2,4−ジクロロフェノキシ酢酸、4−パラクロロ酢酸等がある。また、本発明において、オーキシン誘導体とは、例えば、代謝によってオーキシンの生理活性を有することとなる前躯体である。前記誘導体としては、例えば、宿主細胞や宿主動物個体におけるエステラーゼやβ−酸化酵素によりオーキシン活性を有する物質に変換される物質が好ましい。具体例としては、例えば、インドール−3−酢酸メチルエステル(Indole−3−acetic acid methyl ester)やインドール−3−酪酸(Indole−3−butyric acid)等があげられる。例えば、対象細胞や対象組織に対して親和性や透過性に優れる構造の誘導体を使用し、対象細胞等に前記誘導体が投与された後にオーキシンに変換させることで、より確実に対象細胞等への投与を行うことができる。また、前記オーキシン阻害物質としては、例えば、2,3,5−トリヨード安息香酸(2,3,5−Triiodobenzoic acid)等があげられる。
【0054】
<モデル動物>
本発明のモデル動物は、誘導物質により目的タンパク質の分解が誘導されるモデル動物であって、前記モデル動物が、ヒト以外の動物であって、前記誘導物質が、前記誘導物質が、オーキシンおよびオーキシン誘導体の少なくとも一方であり、本発明のタンパク質誘導細胞を含むことを特徴とする。
【0055】
本発明のモデル動物は、前述のような本発明のタンパク質分解誘導性細胞や本発明の製造方法によって製造でき、オーキシン類によってタンパク質の分解を誘導できる。製造方法の一例としては、まず、目的の動物個体(例えば、マウス)の胚幹細胞を宿主細胞として、本発明のタンパク質分解誘導性細胞を作製する。そして、この胚幹細胞からキメラ胚細胞を作製して、仮親動物個体(例えば、マウス)に移植し、生まれた動物個体の交配を行うことによって、植物由来TIR1遺伝子ならびに前記キメラ遺伝子を有するモデル動物(例えば、モデルマウス)が作製できる。この他に、例えば、本発明のタンパク質分解誘導性細胞を、モデル動物に移植することによっても作製できる。前記モデル動物としては、制限されないが、ヒトを除く哺乳類、ゼブラフィッシュ、アフリカツメガエル等の魚類や両生類、C.elegansやショウジョウバエ等の無脊椎動物等があげられる。前記哺乳類動物としては、例えば、マウス、ラット、ウサギ等があげられる。
【0056】
本発明のモデル動物における目的タンパク質の分解は、例えば、前記目的タンパク質が発現する組織等に、オーキシン類を投与することによって行うことができる。
【0057】
また、モデル動物の製造には、例えば、本発明のキットを用いることができる。本発明のキットは、下記(1’)の宿主動物個体および下記(2’)の遺伝子導入用ベクターを含むことを特徴とする。
(1’)植物由来TIR1ファミリーの遺伝子を含む、動物個体
(2’)植物由来Aux/IAAファミリーの遺伝子を含み、前記(1)の真核細胞に導入されることによって、Aux/IAAファミリーのタンパク質で標識化された目的タンパク質を発現するベクター
【0058】
前記(1’)の動物個体は、例えば、前述のような前記TIR1遺伝子導入用ベクターを導入したES細胞等を用いて、移植、交配等を行うことによって調製できる。また、前記(2’)の遺伝子導入用ベクターは、例えば、前述のAux/IAAファミリー遺伝子導入用ベクターや、目的遺伝子を含む前述のキメラ遺伝子導入用ベクター等があげられる。
【0059】
[実施例]
つぎに、本発明の実施例について説明する。ただし、本発明は下記の実施例により制限されない。
【実施例1】
【0060】
1.出芽酵母株の作製
分解目的のタンパク質をEGFPとし、NAA添加によってEGFPを分解する出芽酵母株を作製した。なお、使用した出芽酵母のプロモーター配列や遺伝子配列は、SGDウェブサイトhttp://www.yeastgenome.org/に登録されている。
【0061】
(1)シロイヌナズナTIR1発現株(YNK2)
pRS306−GALプラスミドベクターをSal1およびXho1で切断し、セルフライゲーションさせた。pRS306−GALプラスミドベクターは、文献(L.Drury,G.Perkins and J.Diffley“The Cdc4/34/53 pathway targets Cdc6p for proteolysis in budding yeast”EMBO J 16,5966−5976,1997)に開示されている。これにより、前記プラスミドベクターのマルチクローニングサイトにあるSalIサイトを除去した。シロイヌナズナのTIR1遺伝子(TAIR accession No.AT1G04250.1)を、下記プライマーセット1を用いたPCRで増幅し(1785bp)、この増幅物を、前記プラスミドベクターのSpe1−Not1サイトにクローニングした。得られたベクターを、pMK26という。
<プライマーセット1>
Fプライマー7(配列番号26)
5’−AGCTAGACTAGTATGCAGAAGCGAATAGCCTT−3’
Rプライマー8(配列番号27)
5’−ATCGATGCGGCCGCAGATCTGCTAGTCGACTAATCCGTTAGTAGTAATGA−3’
【0062】
pYM18プラスミドベクター(Janke et al.文献名からSalI−BglII断片を切断して、9Mycタグ部分(435bp)を切り出し、これを、前記ベクターpMK26のSalI−BglIIサイトにクローニングした。pYM18プラスミドベクターは、文献(C.Janke,M.Magiera,N.Rathfelder,C.Taxis,S.Reber,H.Maekawa,A.Moreno−Borchart,G.Doenges,E.Schwob,E.Schiebel,andM.Knop.“A versatile toolbox for PCR−based tagging of yeast genes: new fluorescent proteins, more markers and promoter substitution cassettes.”Yeast 21,974−962,2004)に開示されている。得られたベクターをpMK27という。このベクターpMK27を、URA3マーカー内部にあるStu1で切断して、出芽酵母野生株W303−1aにトランスフォーメーションし、相同組換えによって、前記プラスミドベクターを出芽酵母ゲノム上のURA3部位に挿入した。得られた組換え体を、シロイヌナズナTIR1発現株「YNK2」とした。なお、YNK2において、TIR1遺伝子の上流には、ベクター由来のGAL1−10プロモーターが配置されている。
【0063】
野生株W303−1aおよびYNK2の遺伝型を以下に示す。
W303−1a
MATa ade2−1 ura3−1 his3−11,15 trp1−1 leu2−3,112 can1−100
YNK2
MATa ade2−1 his3−11,15 trp1−1 leu2−3,112 can1−100
ura3−1::URA3−GAL1−10 promoter−TIR1 (pMK27 integrated)
【0064】
(2)IAA17−EGFP−3NLS発現株(YNK3)
出芽酵母野生株W303−1aから抽出したゲノムDNAを鋳型として、下記プライマーセットを用いたPCRにより、ADH1プロモーター(706bp)を増幅した。増幅したADH1プロモーターを、pRS304プラスミドベクターのBamH1−EcoR1サイトにクローニングした。得られたベクターをpRS304−ADH1という。なお、pRS304プラスミドベクターは、文献(R.Sikorski and P.Hieter“A system of shuttle vectors and yeast host strains designed for efficient manipulation of DNA in Saccharomyces cerevisiae.”Genetics,122,19−27,1989)に開示されている。
<プライマーセット2>
Fプライマー142(配列番号28)
5’−ACGTATGGATCCGGGTGTACAATATGGACTTCCTC−3’
Rプライマー143(配列番号29)
5’−ACGTATGAATTCTGTATATGAGATAGTTGATTGTATGC−3’
【0065】
EGFP遺伝子に核移行シグナル3NLSを付加するために、下記プライマーセット3を用いて、pEGFP−c1(クロンテック社)を鋳型として、EGFP遺伝子をPCRによって増幅させた(718bp)。前記プライマーセット3のRプライマーは、核移行シグナル3NLSの配列を有するため、得られた増幅物のC’末端には、核移行シグナル3NLSが付加している。この増幅物を、EGFP−3NLSという。このEGFP−3NLSをpET21aプラスミド(Novagen)のBamI-XhoIサイトにクローニングした。さらに、このプラスミドベクターを鋳型として、下記プライマーセット4を用いて、EGFP−3NLSを増幅し(771bp)、この増幅物を、前述のpRS304−ADH1プラスミドベクターのApa1−Kpn1サイトにクローニングした。得られたベクターをpRS304−ADH1−EGFPという。
<プライマーセット3>
Fプライマー139(配列番号30)
5’−CCGGATCCATGGTGAGCAAGGGCGAGGAGCT−3’
Rプライマー140(配列番号31)
5’−CCGCTCGAGCACCTTTCTCTTCTTCTTGGGCACCTTTCTCTTCTTCTTGGGCACCTTTCTCTTCTTCTTTGGGCCTCCTCCTCCCTTGTACAGCTCGTCCATGCCGA−3’
<プライマーセット4>
Fプライマー143(配列番号32)
5’−ACGTATGGGCCCGGAGCTGGTGCAGGCGCTGGAGCGGGTGCCATGGTGAGCAAGGGCGAGGAGC−3’
Rプライマー144(配列番号33)
5’−ACGTATGGTACCTCACACCTTTCTCTTCTTCTTGGGC−3’
【0066】
シロイヌナズナのゲノムDNAを鋳型として、IAA17(TAIR accession No. AT3G62980.1)のドメインIIのコード領域を、下記プライマーセット5を用いたPCRによって増幅した(690bp)。この増幅物を、前記ベクターpRS304−ADH1−EGFPのSal1−Apa1サイトにクローニングした。得られたベクターを、pRS304−ADH1−IAA17−EGFPという。このpRS304−ADH1−IAA17−EGFPを、TRP1マーカー内部にあるBsu36 Iで切断後、前記(1)で得られたTIR1発現株YNK2にトランスフォーメーションし、相同組換えによって、前記プラスミドベクターを出芽酵母ゲノムのTRP1部位に挿入した。得られた組換え体を、IAA17−EGFP−3NLS発現株「YNK3」とした。
<プライマーセット5>
Fプライマー145(配列番号34)
5’−ACGTATGTCGACATGATGGGCAGTGTCGAGCTG−3’
Rプライマー146(配列番号35)
5’−ACGTATCTCGAGAGCTCTGCTCTTGCACTTCTC−3’
【0067】
YNK3の遺伝型を以下に示す。
YNK3
MATa ade2−1 his3−11,15 trp1−1 leu2−3,112 can1−100
ura3−1::URA3−ADH1−TIR1
trp1−1::TRP1− ADH1 promoter−IAA17−EGFP (pRS304−ADH1−IAA17−EGFP integrated)
【0068】
2.出芽酵母株の培養
細胞株を、YPR培地(2%ペプトン、1%酵母粉末、2%ラフィノース)で25℃一晩前々培養した。得られた培養細胞を新たなYPR培地で希釈し、さらに、1×10cell/mlとなるまで前培養した。なお、前培養後に、培養液のサンプリングを行った。そして、前培養した培養細胞を遠心分離によって回収した。得られた培養細胞をYPG培地(2%ペプトン、1%酵母粉末、2%ラフィノース)に移し、さらに、25℃で40min、本培養し、TIR1の発現を誘導した。なお、TIR1発現誘導後の培養液のサンプリングを行った。そして、さらに、前記培地に終濃度0.5mMとなるように0.5M NAA(ナフタレン酢酸)を添加し、所定の時間(0、1、2、3時間)に培養液のサンプリングを行った。
【0069】
続いて、前記NAA添加から3時間後、培養細胞を回収して、YPG培地で洗浄した。回収した培養細胞を、NAA無添加のYPG培地で培養し、所定の時間(0、1、2、3時間)に培養液のサンプリングを行った。
【0070】
これらのサンプルについて、誘導タンパク質の分解の有無を確認するため、後述するウェスタンブロット解析ならびに顕微鏡観察を行った。すなわち、NAAを添加したサンプルによって、複合タンパク質の分解を確認し、NAAを除去したサンプルによって、複合タンパク質の未分解を確認した。なお、ネガティブコントロール(NAA無添加)としては、前記NAAに代えて、1/1000体積量となるようにDMSOをYPG培地に添加した以外は、同様にして培養ならびに分析を行った。
【0071】
3.ウェスタンブロット
サンプリングした培養液10mLを遠心分離によって集菌し、TCA法により全タンパク質を抽出した。抽出したタンパク質をSDS−PAGEで分離した後、ニトロセルロースメンブレンに転写した。抗Myc抗体(マウスモノクローナル9E10)、抗GFP抗体(マウスモノクローナル 9E1)、抗Skp1抗体(ヤギポリクローナル yC−20 Santa Cruz Biotechnology)を用いて、ウェスタンブロッティングにより、各種タンパク質の検出を行った。なお、二次抗体として、HRP標識されたIgG抗体を使用した。泳動コントロールとして、ポンソー染色により、全抽出タンパク質を検出した。シロイヌナズナTIR1遺伝子には9Mycタグを付加していることから、前記Myc抗体とのウェスタンブロッティングにより、TIR1タンパク質を検出できる。また、複合タンパク質における分解対象タンパク質EGFPは、GFP抗体とのウェスタンブロッティングにより検出できる。SkpI抗体により、Skp1タンパク質が検出できる。このSkp1タンパク質は、TIR1タンパク質とともにオーキシン受容体であるSCF複合体を構成することから、その検出によってSCF複合体の形成を確認できる。
【0072】
4.顕微鏡観察
サンプリングした培養液1mLに、8%パラホルムアルデヒド1mLを加え、10分間固定した後、前記培養液中の培養細胞をPBSで洗浄した。この培養細胞を共焦点顕微鏡により観察し、EGFPの有無を確認した。
【0073】
5.結果
(1)NAA添加によるEGFPの分解
NAAを添加した各培養液サンプルについてウェスタンブロット解析を行った結果を、図1に示す。同図において、「R」は、前培養用のサンプルであり、「0」は、NAA添加直後(0時間)のサンプル、「1」は、NAA添加1時間後のサンプル、「2」は、NAA添加2時間後のサンプル、「3」は、NAA添加3時間後のサンプルである。また、「−NAA」は、NAA無添加のネガティブコントロールの結果であり、「+NAA」は、NAA添加の結果である(以下、他の図においても同様)。「IAA17−EGFP−3NLS」は、IAA17とEGFPと3NLSとを含む融合タンパク質を示し、「Skp1」は、Skp1タンパク質を示し、「Tir1」は、TIR1タンパク質を示す(以下、他の図においても同様)。
【0074】
同図に示すように、NAA無添加の系では、常時、EGFPを含む融合タンパク質の存在が確認された。なお、Skp1タンパク質およびTIR1タンパク質の存在も確認されていることから、Skp1タンパク質およびTIR1タンパク質を含むSCF複合体は、細胞中で形成されていると推測される。これに対して、NAA添加した系では、前培養ならびにNAA添加直後(0時間)ではEGFP(EGFPを含む融合タンパク質)の存在が確認されたものの、NAA添加から1時間で、すでに前記融合タンパク質が検出限界以下であり、確認できなかった。この結果から、NAA添加により、EGFPが分解されていることがわかった。
【0075】
同じ各培養サンプルについてEGFP顕微鏡観察を行った結果を、図2に示す。同図において、「0h」は、NAA添加直後(0時間)のサンプル、「1h」は、NAA添加1時間後のサンプル、「2hr」は、NAA添加2時間後のサンプルである。同図に示すように、NAA無添加の系では、いずれのサンプルにおいても緑の蛍光が見られることから、EGFPの存在が確認された。これに対して、NAA添加の系では、経時的に緑の蛍光が減少したことから、EGFPが分解されていることが確認された。
【0076】
(2)NAA除去によるEGFP分解の停止
添加したNAAを除去した各培養液サンプルについてウェスタンブロット解析を行った結果を、図3に示す。同図において、「R」は、前培養のサンプルであり、「G」は、TIR1発現誘導後のサンプルである。また、「0」は、NAA除去後(0時間)のサンプル、「1」は、NAA除去1時間後のサンプル、「2」は、NAA除去2時間後のサンプル、「3」は、NAA添加3時間後のサンプルである。
【0077】
同図に示すように、前培養およびTIR1発現誘導後のサンプルでは、EGFPが確認されたのに対して、NAA存在下で培養した後、NAAを除去したサンプル(0)では、EGFPを含む融合タンパク質が検出されなかった。そして、NAA除去後1時間で、すでに前記融合タンパク質が検出された。この結果から、NAA存在下では、合成された前記融合タンパク質は直ぐに分解されるが、NAA除去によって、FGFPを含む融合タンパク質は、合成された後、分解されることなく存在していることがわかる。
【実施例2】
【0078】
1.出芽酵母株の作製
(3)Minimal IAA17(13aa)−EGFP−3NLS発現株
IAAコード遺伝子として、IAA17ドメインIIの13アミノ酸領域のコード配列を使用した発現株を作製した。まず、シロイヌナズナのゲノムDNAを鋳型として、下記プライマーセット6を用いたPCRによって、IAA17ドメインIIの13アミノ酸領域(QVVGWPPVRSYRK)のコード領域を増幅した(39bp)。他方、前記(2)で作製したベクターpRS304−ADH1−IAA17−EGFPをSalI−ApaIで処理し、IAA17のコード領域を除去し、この部分に、前述の増幅物をクローニングした。このベクターを、pRS304−ADH1−minimal IAA17 (13aa)−EGFP−3NLSという。
<プライマーセット6>
Fプライマー212(配列番号36)
5’−ACGTATGGGCCCCTTCCGGTATGATCTCACCG−3’
Rプライマー213(配列番号37)
5’−ACGTATGTCGACATGCAAGTTGTGGGATGGCCACC−3’
【0079】
得られたベクターpRS304−ADH1−minimal IAA17(13aa)−EGFP−3NLSをTRP1マーカー内部にあるBsu36 1で切断後、前記(1)で得られたTIR1発現株YNK2にトランスフォーメーションし、相同組換えによって、前記プラスミドベクターを出芽酵母ゲノムのTRP1部位に挿入した。得られた組換え体を、「YNK5」とした。
【0080】
YNK5の遺伝型を以下に示す。
YNK5
MATa ade2−1 his3−11,15 trp1−1 leu2−3,112 can1−100
ura3−1::URA3−ADH1−TIR1
trp1−1::TRP1− ADH1 promoter−minimal IAA17 (13aa)−EGFP (pRS304−ADH1−minimal IAA17 (13aa)−EGFP−3NLS integrated)
【0081】
このYNK5株を用いて、前記実施例1と同様にして、培養ならびにウェスタンブロット解析を行った。
【0082】
2.結果
この結果を図4に示す。また、同図には、前記実施例1で作製したIAA17−EGFP−3NLS発現株(YNK3)の結果をあわせて示す。同図において、左4レーンが、YNK3の結果、右4レーンがYNK5の結果である。また、「Minimal IAA17(13aa)−EGFP−3NLS」は、IAA17の13アミノ酸領域とEGFPと3NLSとを含む融合タンパク質を示す。
【0083】
同図に示すように、YNK3およびYNK5は、ともに、NAA添加0時間では、EGFPを含む融合タンパク質が確認されているが、添加1時間においては、前記融合タンパク質の検出量は極めて低くなり、1時間をこえると、検出限界以下となった。この結果から、IAAは、13アミノ酸領域を融合タンパク質の一部として発現させるのみであっても、十分に目的タンパク質の分解に機能できることがわかった。
【実施例3】
【0084】
1.出芽酵母株の作製
(4)内在性蛋白質Mcm4のAuxin degron(mcm4−ad)株
内在性タンパク質Mcm4を分解目的タンパク質とし、NAA添加によりこれを分解する株を作製した。内在性タンパク質Mcm4は、DNA複製に関与するタンパク質である。
【0085】
まず、IAA17ドメインIIのコード領域に5xGAリンカー(5xGly−Ala)を付加するために、下記プライマーセット7を用いて、前記実施例1「1.(2)」で作製したベクターpRS304−ADH1−IAA17−EGFPを鋳型としたPCRによって、IAA17のコード領域の増幅を行った(746bp)。下記プライマーセット7のRプライマーは、5xGAリンカーを有しているため、得られた増幅物のC’末端側には、5xGAリンカーが付加している。なお、下記配列番号39において、下線部がリンカーである。
<プライマーセット7>
Fプライマー142(配列番号38)
5’−ACGTATGAATTCTGTATATGAGATAGTTGATTGTATGC−3’
Rプライマー172(配列番号39)
5’−ATACGTGGTACCGAGCTCTGGCACCCGCTCCAGCGCCTGCACCAGCTCCCAAGTCCTTAGATTCAATTTGAAGTTCTTCCTCGAGAGCTCTGCTCTTGCACTTCTC−3’
【0086】
このリンカーが付加された断片を、pKL187プラスミドベクター(A.Sanchez−Diaz,M.Kanemaki,V.Marchesi and K. Labib“Rapid depletion of budding yeast proteins by fusion to a heat−inducible degron.”Sci STKE 223,PL8,2004)のEcoR1−Kpn1に挿入することにより、1ステップPCRでIAA17のコード配列を導入するプラスミドベクターを作製した。このベクターをpMK38という。このベクターpMK38を、下記プライマーセット8を用いてPCRにより増幅した。そして、得られた増幅物を用いて、直接、前記(1)で得られたTIR1発現株YNK2にトランスフォーメーションし、相同組換えによって、出芽酵母ゲノム上のMCM4 5’部分に、CUP1プロモーター−IAA17を導入した。この組換え体を、「YNK4」という。なお、ゲノムへの挿入はPCRにより確認した。
<プライマーセット8>
Fプライマー180(配列番号40)
5’−TTCTTTAAGAACATCTTCAATACTAAATAAGACAACCCATCTTCAGTTATATTAAGGCGCGCCAGATCTG−3’
Rプライマー181(配列番号41)
5’−GAGCTGGAGTTATTATCCTCTTTTGTTGGAGAGCTAGACTGTTGAGACATGGCACCCGCTCCAGCGCCTG−3’
【0087】
YNK4の遺伝型を以下に示す。
YNK4
MATa ade2−1 his3−11,15 trp1−1 leu2−3,112 can1−100
ura3−1::URA3−GAL1−10 promoter−TIR1 (pMK27 integrated)
mcm4::CUP1 promoter−mcm4−ad (kanMX)
【0088】
2.出芽酵母株の生育実験
YNK4株を、NAA未添加のYPDCu寒天培地(2%ペプトン、1%酵母粉末、2%グルコース、0.1mM CuSO、2%寒天)および、NAA添加のYPGNAA寒天培地(2%ペプトン、1%酵母粉末、2%ガラクトース、0.1mM NAA、2%寒天)に、プレート1枚あたりの細胞数が所定の数(3.3×10、3.3×10、3.3×10、3.3×10、3.3×10個)となるようにスポットし、25℃で二日間培養した。そして、細胞の成育を観察した。コントロールとして、出芽酵母野生株W303−1aおよび実施例1で作製したYNK2株についても同様に生育を観察した。
【0089】
これらの結果を図5に示す。同図において、左がNAA未添加の寒天培地、右がNAA添加の寒天培地を使用した結果であり、各株について、左から、スポットした細胞数が3.3×10、3.3×10、3.3×10、3.3×10、3.3×10個である。同図に示すように、野生株W303−1aおよびYNK2株は、スポットの細胞数に応じて増殖割合で、細胞の成育が確認された。これに対して、YNK4は、NAA添加のYPGNAA寒天培地においては、全く生育が見られなかった。この結果から、YNK4は、NAAの添加により、複製に関与するMcm4タンパク質が分解されたため、細胞が成育できなかったことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明のタンパク質分解誘導性細胞であれば、オーキシン類の有無によって、任意の時期に、発現した目的タンパク質を分解することできる。また、植物以外の真核細胞や個体生物は、基本的にオーキシンが存在しないため、本発明のタンパク質分解誘導性細胞やモデル動物であれば、オーキシン類の存否によって、極めて特異的に目的タンパク質の分解を制御できる。また、オーキシン類は、非常に単純な構造の安価な化合物であり、農業利用も認められており、例えば、動物等に対する影響も極めて小さいことが証明されている。したがって、本発明のタンパク質分解誘導性細胞およびモデル動物であれば、従来のように熱処理や特殊な化合物を使用することなく、目的タンパク質の分解を行うことができる。このため、本発明のタンパク質分解誘導性細胞およびモデル動物、その製造方法、また、製造に使用する本発明のキット等は、例えば、タンパク質の機能解析等の分野において、非常に有用なツールといえる。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】図1は、本発明の一実施例におけるウェスタンブロットの結果を示す図である。
【図2】図2は、本発明の前記実施例における顕微鏡観察の結果を示す写真である。
【図3】図3は、本発明のその他の実施例におけるウェスタンブロットの結果を示す図である。
【図4】図4は、本発明のさらにその他の実施例におけるウェスタンブロットの結果を示す図である。
【図5】図5は、本発明のさらにその他の実施例における酵母細胞の成育状態を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
誘導物質により目的タンパク質の分解が誘導されるタンパク質分解誘導性細胞であって、
前記誘導物質が、オーキシンおよびオーキシン誘導体の少なくとも一方であり、
前記細胞が、非植物の真核細胞であり、
前記真核細胞が、植物由来TIR1ファミリータンパク質の遺伝子と、植物由来Aux/IAAファミリータンパク質で標識化された目的タンパク質を発現するキメラ遺伝子とを有することを特徴とするタンパク質分解誘導性細胞。
【請求項2】
前記Aux/IAAファミリータンパク質の遺伝子が、IAA1遺伝子、IAA2遺伝子、IAA3遺伝子、IAA4遺伝子、IAA5遺伝子、IAA6遺伝子、IAA7遺伝子、IAA8遺伝子、IAA9遺伝子、IAA10遺伝子、IAA11遺伝子、IAA12遺伝子、IAA13遺伝子、IAA14遺伝子、IAA15遺伝子、IAA16遺伝子、IAA17遺伝子、IAA18遺伝子、IAA19遺伝子、IAA20遺伝子、IAA26遺伝子、IAA27遺伝子、IAA28遺伝子、IAA29遺伝子、IAA30遺伝子、IAA31遺伝子、IAA32遺伝子、IAA33遺伝子およびIAA34遺伝子からなる群から選択された少なくとも一つである、請求項1記載のタンパク質分解誘導性細胞。
【請求項3】
前記Aux/IAAファミリータンパク質の遺伝子が、Aux/IAAファミリータンパク質のドメインII領域に対応する、前記Aux/IAAファミリータンパク質の遺伝子の部分配列である、請求項1または2記載のタンパク質分解誘導性細胞。
【請求項4】
前記TIR1ファミリータンパク質の遺伝子およびAux/IAAファミリータンパク質の遺伝子の少なくとも一方が、シロイヌナズナ由来の遺伝子である、請求項1から3のいずれか一項に記載のタンパク質分解誘導性細胞。
【請求項5】
前記TIR1ファミリータンパク質の遺伝子が、TIR1遺伝子、AFB1遺伝子、AFB2遺伝子、AFB3遺伝子、FBX14遺伝子およびAFB5遺伝子の少なくとも一つである、請求項1から4のいずれか一項に記載のタンパク質分解誘導性細胞。
【請求項6】
前記目的タンパク質の遺伝子が、前記真核細胞のゲノムに存在する内在の遺伝子、または、前記真核細胞に導入された外来の遺伝子である、請求項1から5のいずれか一項に記載のタンパク質分解誘導性細胞。
【請求項7】
前記オーキシンまたはオーキシン誘導体が、1−ナフタレン酢酸、インドール−3−酢酸、2,4−ジクロロフェノキシ酢酸、4−クロロフェノキシ酢酸、(2,4,5−トリクロロフェノキシ)酢酸、インドール−3−酪酸、インドール−3−酢酸メチルエステル、1−ナフタレンアセトアミド、2,4−ジクロロフェノキシ酢酸、および、4−パラクロロ酢酸等からなる群から選択された少なくとも一つの化合物である、請求項1から6のいずれか一項に記載のタンパク質分解誘導性細胞。
【請求項8】
前記真核細胞が、哺乳類動物の細胞または酵母細胞である、請求項1から7のいずれか一項に記載のタンパク質分解誘導性細胞。
【請求項9】
誘導物質により目的タンパク質の分解が誘導されるモデル動物であって、
前記モデル動物が、ヒト以外の動物であり、
前記誘導物質が、オーキシンおよびオーキシン誘導体の少なくとも一方であり、
請求項1から8のいずれか一項に記載のタンパク質分解誘導性細胞を有することを特徴とするモデル動物。
【請求項10】
誘導物質により目的タンパク質の分解が誘導されるタンパク質分解誘導性細胞の製造方法であって、目的の細胞が、非植物の真核細胞であり、下記工程(I)および(II)を含むことを特徴とする製造方法。
(I)宿主細胞である前記真核細胞に、植物由来TIR1ファミリータンパク質の遺伝子を導入する工程
(II)宿主細胞である前記真核細胞に、植物由来Aux/IAAファミリータンパク質の遺伝子を導入し、前記Aux/IAAファミリータンパク質で標識化された目的タンパク質を発現するキメラ遺伝子を形成する工程
【請求項11】
前記目的タンパク質の遺伝子が、前記真核細胞のゲノムに存在する内在の遺伝子である、請求項10記載の製造方法。
【請求項12】
前記目的タンパク質の遺伝子が、外来の遺伝子であり、さらに、下記工程(III)を含む、請求項10記載の製造方法。
(III)前記真核細胞に、前記目的タンパク質の遺伝子を導入する工程
【請求項13】
前記(II)工程において、前記キメラ遺伝子が、目的タンパク質とAux/IAAファミリータンパク質とを含む融合タンパク質を発現するキメラ遺伝子である、請求項10から12のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項14】
前記Aux/IAAファミリータンパク質の遺伝子が、IAA1遺伝子、IAA2遺伝子、IAA3遺伝子、IAA4遺伝子、IAA5遺伝子、IAA6遺伝子、IAA7遺伝子、IAA8遺伝子、IAA9遺伝子、IAA10遺伝子、IAA11遺伝子、IAA12遺伝子、IAA13遺伝子、IAA14遺伝子、IAA15遺伝子、IAA16遺伝子、IAA17遺伝子、IAA18遺伝子、IAA19遺伝子、IAA20遺伝子、IAA26遺伝子、IAA27遺伝子、IAA28遺伝子、IAA29遺伝子、IAA30遺伝子、IAA31遺伝子、IAA32遺伝子、IAA33遺伝子およびIAA34遺伝子からなる群から選択された少なくとも一つである、請求項10から13のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項15】
前記Aux/IAAファミリータンパク質の遺伝子が、Aux/IAAファミリータンパク質のドメインII領域に対応する、前記Aux/IAAファミリータンパク質の遺伝子の部分配列である、請求項10から14のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項16】
前記TIR1ファミリータンパク質の遺伝子およびAux/IAAファミリータンパク質の遺伝子の少なくとも一方が、シロイヌナズナ由来の遺伝子である、請求項10から15のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項17】
前記TIR1ファミリータンパク質の遺伝子が、TIR1遺伝子、AFB1遺伝子、AFB2遺伝子、AFB3遺伝子、FBX14遺伝子、および、AFB5遺伝子の少なくとも一つである、請求項10から16のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項18】
前記真核細胞が、哺乳類動物の細胞または酵母細胞である、請求項10から17のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項19】
請求項10から18のいずれか一項に記載のタンパク質分解誘導性細胞の製造方法に使用するキットであって、下記(1)の宿主細胞および下記(2)の遺伝子導入用ベクターを含むことを特徴とするキット。
(1)植物由来TIR1ファミリーの遺伝子を含む、植物以外の真核細胞
(2)植物由来Aux/IAAファミリータンパク質の遺伝子を含み、前記(1)の真核細胞に導入されることによって、Aux/IAAファミリータンパク質で標識化された目的タンパク質を発現するベクター
【請求項20】
前記(2)の遺伝子導入用ベクターが、さらに、目的タンパク質の遺伝子を含むベクターである、請求項19記載のキット。
【請求項21】
請求項10から18のいずれか一項に記載のタンパク質分解誘導性細胞の製造方法に使用する宿主細胞であって、宿主細胞が植物以外の真核細胞であり、植物由来TIR1ファミリータンパク質の遺伝子を含むことを特徴とする宿主細胞。
【請求項22】
請求項21に記載の植物由来TIR1ファミリータンパク質の遺伝子を含む宿主細胞の製造に使用するベクターであって、植物由来TIR1ファミリータンパク質の遺伝子が挿入されていることを特徴とするTIR1ファミリー遺伝子導入用ベクター。
【請求項23】
請求項10から18のいずれか一項に記載のタンパク質分解誘導性細胞の製造方法に使用する遺伝子導入用ベクターであって、植物由来Aux/IAAファミリータンパク質の遺伝子を含み、非植物の真核細胞に導入されることによって、前記Aux/IAAファミリーのタンパク質で標識化された目的タンパク質を発現することを特徴とする遺伝子導入用ベクター。
【請求項24】
誘導物質により細胞における目的タンパク質の分解を誘導する、タンパク質の分解制御方法であって、前記誘導物質が、オーキシンおよびオーキシン誘導体の少なくとも一方であり、下記工程(A)および(B)を含むことを特徴とする誘導方法。
(A)請求項1から8のいずれか一項に記載のタンパク質分解制御細胞を準備する工程
(B)下記(b1)〜(b4)の少なくとも一つの処理によって、前記細胞における目的タンパク質の分解を制御する工程
(b1)前記細胞に誘導物質を添加することによって、発現した目的タンパク質の分解を誘導する
(b2)前記細胞に誘導物質を添加しないことによって、発現した目的タンパク質の分解を抑制する
(b3)前記細胞に誘導物質を添加して、発現した目的タンパク質の分解を誘導した後、さらに、前記誘導物質を除去して、新たに発現した目的タンパク質の分解を抑制する
(b4) 前記細胞にオーキシン類を添加して、発現した目的タンパク質の分解を誘導した後、さらに、オーキシン阻害物質を添加して、新たに発現した目的タンパク質の分解を抑制する

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−187958(P2008−187958A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−26163(P2007−26163)
【出願日】平成19年2月5日(2007.2.5)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】