説明

ダイヤモンド工具の製造方法

【課題】FIB加工により形成したダイヤモンド工具の刃先表面の不純物を低減することができるダイヤモンド工具の製造方法を提供する。
【解決手段】ダイヤモンド工具の製造方法は、保持具に鑞付けされたダイヤモンド原石の刃先を加工するダイヤモンド工具の製造方法であって、次の工程を備える。(1)ダイヤモンド工具の刃先を収束イオンビーム加工により形成するFIB加工工程。(2)ダイヤモンド工具の刃先加工面にアルミニウムを蒸着し、アルミニウム膜を形成する膜形成工程。(3)アルミニウム膜形成後、ダイヤモンド工具を加熱する加熱工程。(4)加熱後、アルミニウム膜を除去する膜除去工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、刃先が形成されたダイヤモンド原石を保持具に鑞付けしたダイヤモンド工具の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
刃先が形成された単結晶のダイヤモンド原石を鑞付けにより台金やシャンク等の保持具に接合したダイヤモンド工具が知られている。このようなダイヤモンド工具は、例えば非球面レンズ金型等の超精密加工に使用されており、刃先を高精度に加工する必要がある。最近では、超精密加工で要求される精度が年々厳しくなっており、それに伴い、ダイヤモンド工具の刃先を複雑かつ微細形状に加工することが求められている。
【0003】
従来、ダイヤモンド工具の刃先の形成には、ダイヤモンド砥粒を用いた研磨加工が利用されている。しかし、研磨加工では、刃先稜線が直線のみの単純形状の刃先であれば研磨することは可能であるが、刃先稜線が直線や曲線の組み合わせからなる複雑形状の刃先であれば研磨することは困難である。そこで、ダイヤモンド工具の刃先を収束イオンビーム(FIB:Focused Ion Beam)加工により形成することが提案されている(特許文献1参照)。FIB加工は、研磨加工では難しい複雑かつ微細形状の刃先を高精度に加工することができるため、ダイヤモンド工具の刃先の形成に有効な方法である。FIB加工では通常、ガリウム(Ga)がイオン源として用いられている。
【0004】
しかしながら、FIB加工によるダイヤモンド工具の刃先の形成は、現状では未だ研究段階であり、実用化に至っていない。この原因としては、研磨加工とは異なり、加工面に高エネルギーが集中することから照射損傷を起こし易く、加工面にアモルファスやグラファイトを含む非ダイヤモンド相が生成されること、また加工面に照射イオンのGaが残留することで、工具としての性能に悪影響を及ぼすことが懸念されるためである。例えば、非ダイヤモンド相はダイヤモンドに比べて化学的な活性が高いため、これが刃先表面に生成されると、被削材と化学反応を起こして、刃先が欠損する要因となる。また、刃先表面にGaが残留すると、ダイヤモンド工具の被削材として一般的な金属材料(アルミニウム等)に対する濡れ性が高くなり、刃先に被削材が凝着する要因となる。
【0005】
加工面に生成された非ダイヤモンド相を除去する方法として、水素プラズマに曝すことで、非ダイヤモンド相を除去する方法(特許文献2参照)、或いは、1373K(1100℃)で真空加熱することで、非ダイヤモンド相のエッチング及び再結晶化を図る方法(非特許文献1参照)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−30095号公報
【特許文献2】特開平1−96099号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】P.Olivero,S.Rubanov,P.Reichart,B.C.Gibson,S.T.Huntington,J.R.Rabeau,A.D.Greentree,J.Salzman,D.Moore,D.N.Jamieson,S.Prawer:Diamond Relat.Mater.,15(2006)1614
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、ダイヤモンド工具は、保持具を含めた工具全体としての精度、具体的には保持具に対する刃先の角度の精度が重要である。そのため、ダイヤモンド工具の刃先の形成は、ダイヤモンド原石を保持具に鑞付けした状態で行われる。鑞付けには通常、活性金属鑞が用いられているが、この鑞材の耐熱性は500℃程度、高くても600℃程度である。したがって、上記した非ダイヤモンド相を除去する方法では、鑞付けに用いられる鑞材の耐熱性を超える温度に加熱する必要があるため、FIB加工により形成したダイヤモンド工具の刃先に対して適用することはできない。
【0009】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、その目的の一つは、鑞付けに用いられる鑞材の耐熱温度以下で、FIB加工により形成したダイヤモンド工具の刃先表面の不純物を低減することができるダイヤモンド工具の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のダイヤモンド工具の製造方法は、保持具に鑞付けされたダイヤモンド原石の刃先を加工するダイヤモンド工具の製造方法であって、次の工程を備えることを特徴とする。
(1)ダイヤモンド工具の刃先を収束イオンビーム加工により形成するFIB加工工程。
(2)ダイヤモンド工具の刃先加工面にアルミニウムを蒸着し、アルミニウム膜を形成する膜形成工程。
(3)アルミニウム膜形成後、ダイヤモンド工具を加熱する加熱工程。
(4)加熱後、アルミニウム膜を除去する膜除去工程。
【0011】
上述したように、FIB加工によるダイヤモンド工具の刃先加工面には、非ダイヤモンド相が生成されたり、収束イオンビーム(FIB)加工の照射イオンが残留したりする等、不純物が存在する。この構成によれば、FIB加工によるダイヤモンド工具の刃先加工面にアルミニウム(Al)膜を形成した後、加熱によりAlと不純物とを反応させてAl膜中に不純物を取り込み(拡散させ)、最終的にAl膜を除去することで、刃先表面の不純物を低減することができる。
【0012】
以下、本発明のダイヤモンド工具の製造方法における各工程について詳しく説明する。
【0013】
FIB加工工程では、ダイヤモンド工具の刃先をFIB加工により形成する。これにより、複雑かつ微細形状の刃先を高精度に加工することができる。FIB加工には、イオン源としてガリウム(Ga)を用いる。
【0014】
FIB加工の加速電圧は、例えば2kV以上30kV以下とすることが挙げられる。FIB加工では、加速電圧が高いほど、照射イオンの運動エネルギーが大きく、イオンビームの収束性が高くなり、加工速度が速く、より微細な加工が可能となるため精密加工に有利であるが、同時にイオン飛程も大きくなるため加工変質層(ダメージ層)も厚くなる。そして、加速電圧が高いほど、ダメージ層の結晶性の乱れが大きくなると共に、照射イオンの注入深さが深くなることで加工面内部に残留するイオン量が増大する。ここで、ダメージ層の結晶性の乱れが大きくなると、Al膜形成後の加熱温度が高い場合に、ダメージ層でAlと炭素とが反応して化合物が生成され易くなる。Al化合物は、Al膜を除去しても一緒に除去されず、不純物として加工面に残留すると考えられる。また、加工面に残留する照射イオンは、Al膜に拡散して吸収されることから、照射イオンの注入深さが深くなると、Al膜を除去した際、照射イオンが除去されることにより加工面に凹部が形成され、表面粗さが大きくなると考えられる。よって、FIB加工の加速電圧は、2kV以上10kV以下とすることが好ましい。
【0015】
なお、本発明では、FIB加工の加速電圧を一定にしてダイヤモンド工具の刃先の形成を行ってもよいが、刃先の粗加工・中間仕上げ・仕上げの各加工段階に応じて加速電圧を変更してもよい。例えば、粗加工・中間仕上げ加工では、加速電圧を10kV超(例、20kV〜30kV)とし、仕上げ加工では、加速電圧を10kV以下とすることが挙げられる。これにより、加工時間の短縮と、加工面に形成された微視的な凹凸の低減とを図ることができる。
【0016】
膜形成工程では、ダイヤモンド工具の刃先加工面にAlを蒸着し、Al膜を形成する。Al膜の形成には、真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法といった物理的蒸着法を用いることができる。Al膜を形成する際は、鑞付けに用いられる鑞材(活性金属鑞)の耐熱性を超えない温度範囲(例、600℃以下)で行う。形成するAl膜の厚さは、例えば50nm〜1μm程度でよい。
【0017】
加熱工程では、Al膜形成後、ダイヤモンド工具を加熱する。この加熱によって、Alと、加工面に生成された非ダイヤモンド相や加工面に残留するGa等の不純物との反応を促進させ、Al膜中に不純物を取り込む(拡散させる)。ダイヤモンド工具を加熱する際は、加熱温度が高いほど、Alと不純物との反応が促進され、加熱時間を短縮することが可能であるが、鑞付けに用いられる鑞材(活性金属鑞)の耐熱性を超えない温度範囲(例、600℃以下)で行う。よって、ダイヤモンド工具を例えば400℃以上600℃以下に加熱することが好ましい。上限は500℃以下とすることがより好ましく、これにより鑞材への熱の影響をより確実に回避することができる。また、加熱工程において、加熱温度に保持する保持時間を30分以上2時間以下とすることが好ましい。保持時間を30分以上とすることで、Alと不純物とを十分に反応させることができる。一方、保持時間を2時間超としても、Alと不純物との反応が効果的に進行することが期待できない。
【0018】
膜除去工程では、上記加熱工程により不純物を取り込んだAl膜を除去する。Al膜を除去することで、刃先加工面に存在する不純物が除去され、刃先表面の不純物を低減することができる。Al膜を除去する際は、鑞付けに用いられる鑞材(活性金属鑞)の耐熱性を超えない温度範囲(例、600℃以下)で行う。Alは両性金属で、酸にもアルカリにも溶解するため、Al膜の除去には、酸又はアルカリによりエッチングして除去することが容易であり好ましい。また、酸又はアルカリによりエッチングして除去する場合、酸又はアルカリのエッチング溶液が沸騰しない温度範囲で加熱した状態で行うと、除去時間を短縮することができる。ただし、沸騰すると急速に水分が失われ、エッチング溶液の濃度も急激に変化することから、溶液が激しく気化しない温度範囲、例えば80℃〜90℃に加熱した状態で行うことが好ましい。
【0019】
ところで、一般的にダイヤモンド工具の台金やシャンク等の保持具は、鋼や超硬合金からなり、耐アルカリ性を有しているが、十分な耐酸性を有していない。このような場合、Al膜の除去には、アルカリによるエッチングを選択することが好ましい。一方、鑞付けに用いる鑞材としては、銀鑞を主材とする活性金属鑞が好ましい。銀鑞であれば、耐熱性が高く、またAlに比較して酸やアルカリに対する高い耐性を有するため、酸又はアルカリによるエッチングに対する十分な耐性を持つ。
【発明の効果】
【0020】
本発明のダイヤモンド工具の製造方法は、FIB加工によるダイヤモンド工具の刃先加工面にAl膜を形成した後、加熱によりAlと不純物とを反応させてAl膜中に不純物を取り込み、最終的にAl膜を除去することで、鑞付けに用いられる鑞材の耐熱温度以下で、刃先表面の不純物を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】10kVの加速電圧でFIB加工した試料の加工面に対して加熱温度を変更してAl膜の形成・加熱・除去を行ったときのX線スペクトルを示す図であり、(A)は、Gaの特性X線の近傍のスペクトルであり、(B)は、Alの特性X線の近傍のスペクトルである。
【図2】20kVの加速電圧でFIB加工した試料の加工面に対して加熱温度を変更してAl膜の形成・加熱・除去を行ったときのX線スペクトルを示す図であり、(A)は、Gaの特性X線の近傍のスペクトルであり、(B)は、Alの特性X線の近傍のスペクトルである。
【図3】30kVの加速電圧でFIB加工した試料の加工面に対して加熱温度を変更してAl膜の形成・加熱・除去を行ったときのX線スペクトルを示す図であり、(A)は、Gaの特性X線の近傍のスペクトルであり、(B)は、Alの特性X線の近傍のスペクトルである。
【図4】Al‐Gaの二元系状態図を示す図である。
【図5】10kVの加速電圧でFIB加工した試料と30kVの加速電圧でFIB加工した試料の加工面の表面粗さを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
<実施例1>
以下の実験を行い、本発明のダイヤモンド工具の製造方法におけるFIB加工による刃先加工面の不純物の低減方法について評価した。
【0023】
(試料及びFIB加工)
試料として、薄板形状の単結晶CVDダイヤモンド(株式会社イーディーピー製、製品番号:TN3310、サイズ(mm):3×3×1.0)を用意した。この単結晶ダイヤモンドの薄板は、3mm×3mmの平面が(100)面に配向している。そして、単結晶ダイヤモンドの薄板の成長面(3mm×3mm)に対して、Gaをイオン源とするFIB加工装置(日本電子株式会社製、型式:JEM-9320FIB)を使用してFIB加工を行った。FIB加工の条件は、10kV、20kV、30kVの各加速電圧の場合について、(100)面に垂直な方向から200μm×150μmの領域に対して1nC/μm2のドーズ量でイオンビームを照射した。
【0024】
上記した条件での各加速電圧に対する加工速度とGaイオンの飛程とを表1に示す。加工速度は、実際のドーズ量に対する加工深さを計測することにより求めた。また、Gaイオンの飛程は、シミュレーションソフトウェア「SRIM2008」を用いて計算することにより求めた。
【0025】
【表1】

【0026】
FIB加工による加工は、イオンビームを試料表面に照射し、最表面の原子を照射イオンがスパッタすることによって進行する。また、照射イオンとダイヤモンド結晶の原子との相互作用は、主に飛程の終端部で発生し、結晶の損傷もその近傍に集中することが知られている。このため、加速電圧の上昇に伴って、最表面の原子に与える運動エネルギーが増大することで加工速度が向上するが、イオン飛程が長くなることでダメージ層がより結晶内部に広がることになる。そして、このダメージ層の厚さは、加工が進行することで新たなダメージ層の形成とスパッタによる最表面の原子除去とがバランスして飽和し、それを維持した状態で加工が進行すると考えられる。表1から、Gaイオンの飛程に対する加工速度([加工速度(μm3/nC)]/[Gaイオンの飛程(nm)])が最も小さい加速電圧が30kVの場合でも、その1nC/μm2のドーズ量に対する加工深さ([加工速度]/1(nC/μm2))は、Gaイオンの飛程の約50倍となり、各加速電圧に対するFIB加工面の損傷程度とGaイオン密度との深さ方向のプロファイルは、飽和状態に達していると考えられる。
【0027】
(Al膜の形成・加熱・除去)
各加速電圧でFIB加工した試料について、加工面にRFスパッタ装置により膜厚100nmのAl膜を形成した。Al膜の形成は、ヒータにより試料を373K(100℃)に加熱保持して、0.5Paのアルゴンガス雰囲気中で、純度99.99%のAlターゲットに150Wの電力を供給することで行った。Al膜形成後、加熱せずそのままとした試料と、約1kPaの圧力で573K(300℃)、673K(400℃)、773K(500℃)の各温度にそれぞれ1時間加熱保持した後、同じ圧力状態を維持して室温まで徐冷した試料とを作製した。そして、全ての試料を80〜90℃に加熱した濃度10mass%の水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液に浸漬し、Al膜をエッチングして除去した。Al膜除去後、試料を洗浄するため、脱イオン水、イソプロピルアルコール(IPA)、アセトン中で5分間ずつ順に超音波洗浄を行った。
【0028】
(加工面の分析)
Al膜除去後の試料について、加工面を分析した。加工面の分析は、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)(日本電子株式会社製、型式:JED-2200)を内蔵する走査型二次電子顕微鏡(日本電子株式会社製、型式:JSM-6701F)を用い、200μm×150μmの加工領域内の64μm×48μmの領域に対して行った。
【0029】
10kV、20kV、30kVの各加速電圧でFIB加工した各試料について、加工面に対して加熱温度を変更してAl膜の形成・加熱・除去を行ったときの加工面のX線スペクトルを、図1〜図3に示す。図1は10kVの加速電圧でFIB加工した試料の加工面のX線スペクトル、図2は20kVの加速電圧でFIB加工した試料の加工面のX線スペクトル、図3は30kVの加速電圧でFIB加工した試料の加工面のX線スペクトルをそれぞれ示す。また、図1〜図3の各図において、(A)はGaの特性X線(Lα線とLβ線の重畳ピーク)近傍のスペクトルであり、(B)はAlの特性X線(Kα線)近傍のスペクトルである。なお、図1〜図3の各々の図において、スペクトルの強度は、炭素の特性X線(Kα線)のピーク強度で規格化している。また、図1〜図3の各図の(B)では、573K、673K、773Kの各加熱温度でのAlの特性X線近傍のスペクトルは、ピークを判別し易くするため、X線強度の0点をシフトさせている。
【0030】
図1〜図3の各図の(A)に示すGaの特性X線近傍のスペクトル強度の比較から、ドーズ量が同じであっても、FIB加工の加速電圧が高いほど、加工面におけるGaの残留量が多いことが分かる。これは、各加速電圧でのイオン飛程の長さが各加工面におけるGaの面密度に影響を与えるためと解釈できる。また、いずれの場合も、Al膜形成後の加熱温度が高いほど、Gaのピーク強度が減少する傾向を示し、加熱温度を773Kとした加工面ではGaのピーク強度がほぼノイズレベルにまで減少していることが分かる。これは、加熱温度の上昇に伴って、加工面に残留するGaのAl膜中への拡散が促進されることを示している。図4にAl‐Gaの二元系状態図を示す。この状態図から分かるように、AlはGaと合金化することにより融点が大きく低下するため、加工面からGaを吸収する金属として好適であることが分かる。
【0031】
図1(B)に示すようにFIB加工の加速電圧が低い加工面や、Al膜形成後の加熱温度が低い加工面においては、Alのピークが確認できず、Alがエッチングにより除去されることで、その残量がEDSの検出限界以下になっていることが分かる。それに対して、図3(B)に示すAlの特性X線近傍のスペクトルから、30kVの加速電圧でFIB加工した加工面においては、加熱温度が773K、673Kの場合、Alが存在していることが分かる。また、図2(B)に示すスペクトルから、20kVの加速電圧でFIB加工した加工面においては、加熱温度が773Kの場合、Alが存在していることが分かる。これは、20kV又は30kVの加速電圧でFIB加工したとき、加工面の結晶性の乱れが大きくなり、Al膜形成後の加熱温度が高い場合、加工面においてAlと炭素とが反応して、Al膜の除去に用いたアルカリ水溶液(10mass%NaOH水溶液)に溶解し難いAl化合物が生成されたことが原因と考えられる。
【0032】
さらに、Al膜除去後の試料について、加工面の表面粗さ(算術平均粗さRa)を測定した。その結果を図5に示す。図5に示すように、10kVの加速電圧でFIB加工した加工面は、30kVの加速電圧で加工した加工面に比較して、表面粗さが半分以下になっていることが分かる。これは、30kVの加速電圧でFIB加工したとき、加工面におけるGaの注入量及び注入深さが多く(深く)なることから、Al膜を除去した際、Gaが除去されることにより加工面に凹部が形成され、表面粗さが大きくなったことが原因と考えられる。なお、Al膜形成後、加熱せずそのままとした試料(図5中、「加熱なし」)では、加工面に残留するGaがほとんど除去されないため、FIB加工の加速電圧によって加工面の表面粗さに大きな違いは見られなかった。
【0033】
以上の結果から、FIB加工したダイヤモンドの加工面にAl膜を形成した後、加熱し、次いでAl膜を除去する方法によって、FIB加工による加工面の不純物を500℃以下の加熱で十分に低減できることが分かる。特に、FIB加工の加速電圧を10kV以下とすることで、加工面の表面粗さを低減することができ、また、Al膜形成後の加熱温度を高くしても、加工面での炭素との反応によるAlの残留をEDSの検出限界以下に低減できることが分かる。また、Al膜形成後の加熱温度を673K(400℃)〜773K(500℃)とすることで、加工面に残留するGaのAl膜中への拡散を促進させ、加工面に残留するGaを効果的に低減できることが分かる。さらに、加工面に形成したAl膜は、アルカリによりエッチングすることで容易に除去できることが分かる。
【0034】
そして、上述したFIB加工面の不純物の低減方法を適用した本発明のダイヤモンド工具の製造方法によれば、FIB加工による刃先加工面の不純物を600℃以下の加熱で除去することができるため、ダイヤモンド原石と保持具との鑞付けに用いられる鑞材(活性金属鑞)への熱による影響を回避することができる。特に、500℃以下の加熱で十分に除去できることから、鑞材への熱の影響をより確実に回避することができる。つまり、ダイヤモンド原石を保持具に鑞付けした状態で、FIB加工による刃先の形成から刃先加工面の不純物の除去を行うことができ、FIB加工により形成したダイヤモンド工具の刃先表面の不純物を低減することができる。
【0035】
なお、上述した実施形態は、本発明の要旨を逸脱することなく、適宜変更することが可能であり、本発明の範囲は上述した構成に限定されるものではない。例えば、FIB加工の加速電圧やAl膜形成後の加熱温度等を適宜変更してもよい。また、研磨加工によってダイヤモンド工具の刃先を予め概略形状に成形した後、刃先の仕上げ加工をFIB加工により行ってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明のダイヤモンド工具の製造方法は、例えば、複雑かつ微細形状の刃先を有するダイヤモンド工具の製造に好適に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
保持具に鑞付けされたダイヤモンド原石の刃先を加工するダイヤモンド工具の製造方法であって、
前記ダイヤモンド工具の刃先を収束イオンビーム加工により形成するFIB加工工程と、
前記ダイヤモンド工具の刃先加工面にアルミニウムを蒸着し、アルミニウム膜を形成する膜形成工程と、
前記アルミニウム膜形成後、前記ダイヤモンド工具を加熱する加熱工程と、
加熱後、前記アルミニウム膜を除去する膜除去工程と、
を備えることを特徴とするダイヤモンド工具の製造方法。
【請求項2】
前記FIB加工工程において、前記収束イオンビーム加工の加速電圧を2kV以上10kV以下とすることを特徴とする請求項1に記載のダイヤモンド工具の製造方法。
【請求項3】
前記加熱工程において、前記ダイヤモンド工具を400℃以上600℃以下に加熱することを特徴とする請求項1又は2に記載のダイヤモンド工具の製造方法。
【請求項4】
前記膜除去工程において、前記アルミニウム膜を酸又はアルカリによりエッチングして除去することを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のダイヤモンド工具の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−52481(P2013−52481A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−192939(P2011−192939)
【出願日】平成23年9月5日(2011.9.5)
【出願人】(509033169)高知FEL株式会社 (13)