説明

ダイヤモンド被覆超硬合金製ドリル

【課題】アルミニウム合金やグラファイト、CFRP材等の難削材の切削加工において、切り屑排出性にすぐれ、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮するダイヤモンド被覆超硬合金製ドリルを提供する。
【解決手段】炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成されたドリル基体表面に3〜30μmの膜厚のダイヤモンド皮膜が被覆されたダイヤモンド被覆超硬合金製ドリルにおいて、前記ダイヤモンド皮膜は、ラマン分光による1333cm−1付近に見られるダイヤモンド構造起因のピークの半値幅の測定で、ドリル先端部分の半値幅が15cm−1以下であり、先端からドリル径相当分以上離れたフルート溝部における半値幅が30〜80cm−1であることを特徴とするダイヤモンド被覆超硬合金製ドリル。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成されたドリル基体(以下、単にドリル基体という)の表面に、ダイヤモンド皮膜を被覆したダイヤモンド被覆超硬合金製ドリルに関し、特に、CFRP材、高Si含有アルミニウム合金、グラファイト等の難削材の穴あけ加工において、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮するダイヤモンド被覆超硬合金製ドリル(以下、ダイヤモンド被覆ドリルという)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ドリル基体の表面に、ダイヤモンド皮膜を被覆したダイヤモンド被覆ドリルが知られているが、従来のダイヤモンド被覆ドリルにおいては、刃先よりシャンクまで比較的均一にダイヤモンドが成膜されている。このためドリルの先端部、フルート溝部、マージン部にも均質にダイヤモンドが成膜されている。また、ダイヤモンド被覆ドリルの性能向上のためにさまざまな手法が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1に記載されたものは、結晶性ダイヤモンドとナノ結晶ダイヤモンドの成膜方法を開示しており、積層することにより切り屑排出性を向上させることが実施されている。
【0004】
また、特許文献2に記載されたものは、切り屑排出性向上のため、ドリルの先端のみにダイヤモンド膜を被覆することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3477162号公報
【特許文献2】特許第2964664号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年の切削装置のFA化はめざましく、かつ切削加工の省力化に対する要求も強く、これに伴い、ダイヤモンド被覆ドリルによる穴あけ加工は高速化する傾向にあるが、前記従来ダイヤモンド被覆ドリルにおいては、通常の被削材の連続穴あけや断続穴あけではすぐれた穴あけ性能を発揮するが、金属材料より比強度、比剛性の高いCFRPあるいは溶着性の高い高Si含有Al合金、グラファイト等の難削材の穴あけ加工に用いた場合には、結晶性ダイヤモンドを成膜したものは、耐摩耗性にすぐれるものの切り屑の排出抵抗が大きいため、切り屑が詰まりやすく、表面を平滑化したダイヤモンド(ナノ結晶)では、耐摩耗性に劣るため、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、本発明者らは、CFRP、高Si含有Al合金、グラファイト等の難削材の切削に用いても、ダイヤモンド皮膜の剥離が発生しないダイヤモンド被覆ドリルを開発すべく鋭意研究を行った結果、
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成されたドリル基体表面にダイヤモンド皮膜を成膜するにあたり、ドリル先端からシャンク方向に向けて均一なダイヤモンド構造を有する皮膜を成膜するのではなく、ドリル先端の結晶性を高め、先端から離れたフルート溝部において結晶性を低下させることにより、切り屑排出性が向上し、その結果、ダイヤモンド皮膜の剥離が防止され、長期の使用にわたってすぐれた耐摩耗性を発揮するようになることを見出したのである。
【0008】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成されたドリル基体表面に3〜30μmの膜厚のダイヤモンド皮膜が被覆されたダイヤモンド被覆超硬合金製ドリルにおいて、前記ダイヤモンド皮膜は、ラマン分光による1333cm−1付近に見られるダイヤモンド構造起因のピークの半値幅の測定で、ドリル先端部分の半値幅が15cm−1以下であり、先端からドリル径相当分以上離れたフルート溝部における半値幅が30〜80cm−1であることを特徴とするダイヤモンド被覆超硬合金製ドリル。」
を特徴とするものである。
【0009】
以下、本発明について説明する。
【0010】
本発明のダイヤモンド被覆超硬合金製ドリルは、炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成されたドリル基体表面に3〜30μmの膜厚のダイヤモンド皮膜を被覆する。ここで、成膜するダイヤモンド皮膜の膜厚が、3μm未満では、長期の使用に亘ってすぐれた摩耗性を発揮し、長寿命化を図ることができなくなり、一方、膜厚が30μmを超えると、成膜の際にエッジ部での鋭利さを保つことが出来なくなり、切れ味が低下するとともに、チッピングが生じやすくなることから、本発明では、ダイヤモンド皮膜の膜厚を3〜30μmと定めた。
【0011】
ラマン分光による1333cm−1付近に見られるダイヤモンド構造起因のピークの半値幅の測定で、ドリル先端部分の半値幅が15cm−1を超えると耐摩耗性が低下するため好ましくない。また、先端からドリル径相当分以上離れたフルート溝部における半値幅が30cm−1未満では、結晶性が高くなり、表面の凹凸が大きくなるため切り屑排出性が悪くなる。一方、半値幅が80cm−1を超えると潤滑性硬質膜の機能を保持できない。そのため、先端からドリル径相当分以上離れたフルート溝部における半値幅は、30〜80cm−1と定めた。
【発明の効果】
【0012】
本発明のダイヤモンド被覆超硬合金製ドリルは、炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成されたドリル基体表面に3〜30μmの膜厚のダイヤモンド皮膜が被覆されたダイヤモンド被覆超硬合金製ドリルにおいて、ダイヤモンド皮膜は、ラマン分光による1333cm−1付近に見られるダイヤモンド構造起因のピークの半値幅の測定で、ドリル先端部分の半値幅が15cm−1以下であり、先端からドリル径相当分以上離れたフルート溝部における半値幅が30〜80cm−1であることによって、ドリル先端部は結晶性ダイヤモンド被膜が形成され、溝部分は切り屑排出性にすぐれるダイヤモンド被膜が形成されるため、耐摩耗性と切り屑排出性の両方にすぐれたダイヤモンド被覆ドリルを得ることが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明のダイヤモンド被覆ドリルの被覆を形成するための化学蒸着装置の概念図である。
【図2】図1に示した化学蒸着装置の正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
つぎに、図1は、本発明のダイヤモンド被覆ドリルの被膜を形成するための化学蒸着装置であって、(a)が側面図であり、(b)が上面図である。また、図2は、図1に示した化学蒸着装置の正面図である。ここで、図2からわかるように、Wフィラメントと超硬合金ドリルとの間には、Wフィラメントからの輻射熱を遮る熱遮蔽板(熱遮蔽板先端位置は、ドリルの外径相当分だけ、ドリル先端位置から下方にセットされるように熱遮蔽板が移動し調整される)が設置され、超硬合金ドリルの水冷に加えて冷却効果を高めて、ドリル先端からドリル径相当分下部の組織を低下させている。
【実施例】
【0015】
本発明では、ドリル基体は、炭化タングステンを硬質成分とするWC基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットから構成するが、前記各成分を所望配合組成となるように配合した原料粉末を、成形、焼結することにより、本発明のドリル基体を製造する。
【0016】
まず、表1に示す、いずれも1〜3μmの範囲内の所定の平均粒径を有する原料粉末を用意し、同じく表1に示す配合組成となるように配合した混合粉末を調製し、これをボールミルで72時間湿式混合し、乾燥した後、100MPaの圧力でプレス成形して、直径が10mmの丸棒圧粉体とし、これらの丸棒圧粉体を焼結して焼結体を製造し、さらに、研削加工にて溝形成部の外径を8mmの寸法に加工し、その際に、外周マージン部および切れ刃エッジ部に対しては、粒度#600のSiC砥粒を用いたエアーブラスト処理および粒度#1200のダイヤモンド砥石を用いた30μm以上の仕上げ研削加工処理を行い、外径8mmのドリル基体1〜10を製造した。
【0017】
ついで、前記ドリル基体1〜10に、硫酸、過酸化水素および水を1:1:1の割合で混合した溶液にて、室温で30秒間エッチングする化学的前処理を施した後、図1に示したようなドリル基体を垂直に保持し、ドリル基体先端から5〜10mm離間させてフィラメントを垂直に張った化学蒸着装置に装着する。そして、成膜時は、ドリル固定台を水冷し、ドリル基体のシャンク側を冷却する。成膜条件を以下に示す。
フィラメントの温度:2,200℃
反応ガス: CH
ガス圧: 4KPa
成膜時間: 20時間
得られた本発明のダイヤモンド被覆ドリル1〜10(以下、本発明1〜10という)の膜厚、ラマン分光による測定結果を表2に示す。
【0018】
比較のため、前記ドリル基体1〜10に対して、通常の熱フィラメント化学蒸着装置を用いて、ドリル基体に熱勾配を与えないでダイヤモンドの成膜を行い、比較例のダイヤモンド被覆ドリル1〜10(比較例1〜10という)を作製した。比較例1〜10の膜厚、ラマン分光による測定結果を表3に示す。
【0019】
【表1】

【0020】
【表2】

【0021】
【表3】

つぎに、前記本発明1〜10および比較例1〜10については、次の切削条件AでCFRP板の乾式穴あけ切削加工試験を行った。
《切削条件A》
被削材:厚さ10mmのCFRP板、
回転速度: 75m/min.、
送り: 0.05mm/rev.、
穴深さ:10mm(貫通穴)、
これらの測定結果を表4に示す。
【0022】
【表4】

表2〜4に示される結果から、本発明1〜10は、ドリル先端部には、耐摩耗性にすぐれる結晶性ダイヤモンド膜が形成されており、溝部分は切り屑性にすぐれるダイヤモンド膜が形成されているため、耐摩耗性と切り屑排出性の両方にすぐれるため、ダイヤモンド皮膜の剥離が防止されるとともに長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮する。
【0023】
これに対して、比較例1〜10は、ドリル先端部から溝部分まで均一にダイヤモンド膜が形成されているため、耐摩耗性と切り屑排出性に劣り、ダイヤモンド皮膜の剥離により短時間で使用寿命に至ることは明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明のダイヤモンド被覆ドリルは、金属材料より比強度、比剛性の高いCFRPあるいは溶着性の高いAl合金、グラファイト等の難削材の切削においても、ダイヤモンド皮膜の剥離が生じることなく長期の使用に亘って、すぐれた耐摩耗性と切り屑排出性を発揮するものであり、穴あけ加工のFA化および省力化に十分満足に対応できるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成されたドリル基体表面に3〜30μmの膜厚のダイヤモンド皮膜が被覆されたダイヤモンド被覆超硬合金製ドリルにおいて、前記ダイヤモンド皮膜は、ラマン分光による1333cm−1付近に見られるダイヤモンド構造起因のピークの半値幅の測定で、ドリル先端部分の半値幅が15cm−1以下であり、先端からドリル径相当分以上離れたフルート溝部における半値幅が30〜80cm−1であることを特徴とするダイヤモンド被覆超硬合金製ドリル。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−139799(P2012−139799A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−541(P2011−541)
【出願日】平成23年1月5日(2011.1.5)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】