説明

チタン板、チタン板の製造方法、およびプレート式熱交換器の熱交換プレートの製造方法

【課題】強度が低下することなく、優れた成形性を発揮するチタン板、チタン板の製造方法、およびプレート式熱交換器の熱交換プレートの製造方法を提供することにある。
【解決手段】α相(HCP構造)の結晶粒組織を含む工業用純チタンからなるチタン板であって、前記結晶粒の平均粒径の4倍以上の粒径の粗大結晶粒が、前記結晶粒100個中0.5個以上の割合で含まれていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレート式熱交換器の熱交換プレートに適用するチタン板、チタン板の製造方法、およびプレート式熱交換器の熱交換プレートの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
チタン板は、耐食性に優れているため、化学、電力、食品製造プラント等の熱交換器用部材や、カメラボディ、厨房機器等の民生品、さらには、オートバイ、自動車等の輸送機器部材、家電機器等の外装材といったものにまで広く使用されている。
その中でもプレート式の熱交換器は、熱交換効率を高めるため、チタン板をプレス成形することによって波目状に加工し表面積を増やす必要がある。したがって、チタン板をプレート式熱交換器に適用する場合は、チタン板に優れた成形性が要求される。
【0003】
また、チタン板をプレート式熱交換器に適用する場合は、前記した成形性以外にも、プレート式熱交換器として必要とされる耐久性の向上や軽量化を実現するために、チタン板に一定以上の強度も要求される。
【0004】
ここで、チタン板(工業用純チタン)は、JIS H4600の規格で規定されており、Fe、Oなどの含有量や強度等によって、JIS1種、2種、3種等の等級に分類される。
この等級が大きくなる程、Fe、Oなどの含有量が多く、強度が高くなるため、高い強度が要求される用途にチタン板を使用する場合は、大きな等級のものが用いられている。
一方、等級が小さいチタン板、例えば、JIS1種のチタン板はFe、Oなどの含有量が少なく、延性が高くなる(成形性が向上する)ため、優れた成形性が要求される用途にチタン板を使用する場合は、JIS1種のものが用いられている。
【0005】
しかし、Fe、Oなどの含有量を多くし、チタン板の強度を向上させた場合は、成形性が低下し、Fe、Oなどの含有量を少なくし、チタン板の成形性を向上させた場合は、強度が低下してしまう。
【0006】
また、チタン板の強度を向上させる方法として、チタン板の結晶粒を微細化する方法も存在するが、結晶粒の微細化に伴い、チタン板の成形性は低下してしまう。
【0007】
前記したとおり、チタン板をプレート式熱交換器に適用する場合、チタン板には一定以上の強度(JIS2種、3種の強度)、および優れた成形性が要求されているという実情があるにもかかわらず、強度の低下を回避しつつ、成形性を向上させるのは、非常に困難であった。
【0008】
なお、チタン板について、強度および成形性の向上に着目した以下のような様々な技術が開示されている。
例えば、特許文献1には、Fe、Ni、Crの含有量を特定し、平均結晶粒径を20〜80μmに規制するとともに、酸洗処理の条件を特定したチタン板の製造方法が開示されている。
また、特許文献2には、FeがOよりも多く含有すると特定するとともに、平均結晶粒径を10μm以下に特定したチタン板が開示されている。
【0009】
また、特許文献3には、化学組成を特定するとともに、β相の平均結晶粒径を3μm以下に特定したチタン板が開示されている。
また、特許文献4には、Fe、Oの含有量を規制し、結晶粒のずれ角を特定したチタン板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平10−30160号公報
【特許文献2】特開2009−228092号公報
【特許文献3】特開2010−209462号公報
【特許文献4】特開2011−26649号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献1〜3に係る技術は、製造工程が従来のものとほとんど変わりがないため、得られたチタン板は、通常の均一な粒度分布を有する結晶粒の組織で構成されていると判断できる。その結果、特許文献1〜3に係る技術では、十分な成形性が得られない。
特許文献4に係る技術は、FeとOの含有量の上限値が低く規制されており、十分な強度が得られない。また、FeとOを規制された上限値以上含有させてしまうと、冷延中に耳割れが発生してしまい、歩留まりが低下してしまうことから生産性の点で好ましくない。
【0012】
本発明は、前記の問題に鑑みてなされたものであり、その課題は、強度が低下することなく、優れた成形性を発揮するチタン板、チタン板の製造方法、およびプレート式熱交換器の熱交換プレートの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決するため、本発明の発明者らは、チタン板の結晶粒組織と成形性との関係について、以下のような検討を行った。
本発明のチタン板を構成する工業用純チタンは、例えば、JIS H4600の規格で規定されているチタンであり、六方晶結晶構造(HCP構造)からなるα相の結晶粒組織を主体として構成された金属材料である。
ここで、金属材料を適切に成形するためには、塑性変形させる必要があり、そのためには、転位によるすべり変形、もしくは双晶変形させる必要がある。そして、α相の結晶粒組織において活動するすべり系としては、最も活動し易い{10−10}<11−20>柱面すべりの他、{0001}<11−20>底面すべり、錐面すべりが存在し、双晶変形としては、{11−22}<11−23>双晶が存在する。
【0014】
しかしながら、工業用純チタンは、BCC構造の鉄鋼材料やFCC構造のアルミニウムと比較し、活動するすべり系の数が少ないとともに、複数のすべり系が活動し難いと言われており、これを誘因として、工業用純チタンからなるチタン板の成形性の向上は困難であると考えられている。
そのため、本発明の発明者らは、チタン板の成形性を向上させるために、前記誘因を解消すること、つまり、複数のすべり系および双晶系を活動させることが重要であると考えた。そして、チタン板のα相の結晶粒組織を微細結晶粒と粗大結晶粒との混合組織とすることにより、複数のすべり系および双晶系を活動させることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明に係るチタン板は、α相(HCP構造)の結晶粒組織を含む工業用純チタンからなるチタン板であって、前記結晶粒の平均粒径の4倍以上の粒径の粗大結晶粒が、前記結晶粒100個中0.5個以上の割合で含まれていることを特徴とする。
【0016】
このように、本発明に係るチタン板は、粗大結晶粒が所定の割合で含まれていることから、成形の際、当該粗大結晶粒に対し、周囲に存在する微細結晶粒(粗大結晶粒以外の結晶粒)から、さまざまな方向に応力が加えられることとなる。その結果、粗大結晶粒において、一次すべり系だけでなく、複数のすべり系および双晶系(以下、適宜、二次すべり系という)が活動し易くなり、全体として均一な塑性変形が起こることとなる。したがって、本発明に係るチタン板は、優れた成形性を発揮することができる。
また、上記特許文献4のような従来技術では、チタン板の成形性を向上させるために不純物元素(特に酸素)の含有量を低くするという方法が用いられているが、当該方法では、チタン板の成形性が向上する一方、強度は低下してしまう。これに対して、本発明によれば、不純物元素の含有量を低くする必要がないため、チタン板の強度の低下を招くことなく、成形性を向上させることができる。
【0017】
また、本発明に係るチタン板は、前記粗大結晶粒の面積率が90%以下であることが好ましい。
このように、本発明に係るチタン板は、粗大結晶粒の面積率が所定値以下であることから、粗大結晶粒における二次すべり系をより適切に活動させ、成形性の向上という効果を確実なものとすることができる。
【0018】
また、本発明に係るチタン板は、Fe:0.040〜0.300質量%、O:0.05〜0.25質量%を含有し、残部がチタン及び不可避的不純物からなることが好ましい。
また、本発明に係るチタン板は、前記Oの含有量に対する前記Feの含有量の比(Feの含有量/Oの含有量)が1.1以下であることが好ましい。
このように、本発明に係るチタン板は、Fe、Oの含有量が所定量であることから、強度の低下を回避しつつ、成形性の向上という効果をより確実なものとすることができる。
【0019】
また、本発明に係るチタン板は、前記チタン板に成形加工を施し、プレート式熱交換器の熱交換プレートとして使用されることが好ましい。
このように、本発明に係るチタン板は、強度が低下することなく、優れた成形性を発揮することから、適切にプレート式熱交換器の熱交換プレートとして使用することができる。
【0020】
また、本発明に係るチタン板の製造方法は、α相(HCP構造)の結晶粒組織を含む工業用純チタンについて、少なくとも、冷間圧延、および焼鈍を施すことでチタン板を製造するチタン板の製造方法であって、前記焼鈍の後、前記チタン板に0.5〜7.0%の圧下率で軽圧下圧延を行う軽圧下圧延工程と、前記軽圧下圧延工程の後、前記チタン板に600〜880℃の保持温度で焼鈍を行う焼鈍工程と、を含むことを特徴とする。
【0021】
このように、本発明に係るチタン板の製造方法は、チタン板に軽圧下圧延を行うことにより、α相の結晶粒界に存在するβ相によるピン止め(結晶粒の成長の抑制)を外すことができる。そして、軽圧下圧延後の焼鈍により、ピン止めが外れたα相の結晶粒を粗大結晶粒に成長させることができる。その結果、本発明に係るチタン板の製造方法により製造されたチタン板は、強度が低下することなく、優れた成形性を発揮することができる。
【0022】
また、本発明に係るプレート式熱交換器の熱交換プレートの製造方法は、前記チタン板に成形加工を施すことを特徴とする。
このように、本発明に係るプレート式熱交換器の熱交換プレートの製造方法は、所定のチタン板に成形加工を施して製造することから、強度が低下することなく、優れた成形性を発揮する熱交換プレートを製造することができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係るチタン板は、粗大結晶粒が所定の割合で含まれていることから、強度が低下することなく、優れた成形性を発揮することができる。
また、本発明に係るチタン板の製造方法は、チタン板に軽圧下圧延および焼鈍を施すことから、強度が低下することなく、優れた成形性を発揮するチタン板を製造することができる。
また、本発明に係るプレート式熱交換器の熱交換プレートの製造方法は、所定のチタン板に成形加工を施して製造することから、強度が低下することなく、優れた成形性を発揮する熱交換プレートを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の実施形態に係るチタン板について、電界放出型走査顕微鏡(FESEM)を用いて後方錯乱電子回折像(EBSP)により観察を行った結果である。
【図2】本発明の実施例で成形性の評価を行うために用いた成形金型を示し、(a)は平面図、(b)は(a)の一点鎖線の断面図である。
【図3】本発明の実施形態に係るチタン板およびプレート式熱交換器の熱交換プレートの製造工程を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明に係るチタン板、チタン板の製造方法、およびプレート式熱交換器の熱交換プレートの製造方法を実施するための形態について、詳細に説明する。
【0026】
[チタン板]
本発明に係るチタン板は、α相(HCP構造)の結晶粒組織を含む工業用純チタンからなるチタン板であって、結晶粒の平均粒径の4倍以上の粒径の粗大結晶粒が、結晶粒100個中0.5個以上の割合で含まれていることを特徴とする。
また、本発明に係るチタン板は、粗大結晶粒の面積率、FeとOの含有量、Oの含有量に対するFeの含有量の比、および用途、に関して好ましい条件を有する。
【0027】
まず、本発明に係るチタン板のα相の結晶粒組織と成形性との関係を説明した後、各特定事項の説明を行う。
(α相の結晶粒組織と成形性との関係)
本発明に係るチタン板のα相の結晶粒組織は、図1に示すような、粗大結晶粒と微細結晶粒(粗大結晶粒以外の結晶粒)との混合組織となっている。
まず、チタン板の成形の初期段階について説明すると、結晶粒径が大きく強度(YS)が低い粗大結晶粒領域から塑性変形が始まる。ここで、粗大結晶粒では、柱面すべりが一次すべり系(主すべり系)として活動すると想定されるが、粗大結晶粒の周囲に存在する各微細結晶粒は粗大結晶粒と結晶方位が異なるため、試料座標系で考えると、微細結晶粒において、一次すべり系とは異なる方向にすべり系が活動することとなる。したがって、粗大結晶粒に対し、隣接する複数の微細結晶粒から、粒界に沿った各ミクロ領域に複数方向の応力が加えられることとなる。その結果、粗大結晶粒において、複数のすべり系および双晶系(二次すべり系)が活動し易くなり、チタン板全体として均一な塑性変形が起こることで、チタン板の成形性が向上すると考えられる。
【0028】
さらにチタン板の成形が進み、微細結晶粒領域が変形し始めた後であっても、粗大結晶粒領域の周辺には結晶方位の異なる微細結晶粒が存在するため、上記と同様、粗大結晶粒に対し、隣接する複数の微細結晶粒から、粒界に沿った各ミクロ領域に複数方向の応力が加えられ、二次すべり系の活動を誘発すると考えられる。
【0029】
また、チタン板の成形の初期、後期段階にかかわらず、微細結晶粒領域が負担する応力レベルは粗大結晶粒領域に比べて高く、均一なサイズの粗大結晶粒で構成されているチタン板と比較して、本発明に係るチタン板は、二次すべり系を誘発する効果が高いと考えられる。
【0030】
なお、チタン板のα相の結晶粒組織が、微細結晶粒を含まず粗大結晶粒のみで構成されている場合、隣接する粗大結晶粒同士の結晶方位が同じである(配向性が高い)ことから、ほぼ一方向のすべり系が活動することになってしまう。したがって、粗大結晶粒に対し、隣接する粗大結晶粒から、粒界に沿った各ミクロ領域に複数ではなく特定方向のみの応力が加えられることとなる。その結果、二次すべり系が活性化され難く、成形性が向上しないと考えられる。
【0031】
(粗大結晶粒)
粗大結晶粒とは、チタン板に存在する結晶粒の平均粒径の4倍以上の粒径を有する結晶粒である。このように規定した理由は、4倍未満の粒径の結晶粒では表面積が十分に大きくなく、当該結晶粒に隣接する結晶粒の数が減少するため、二次すべり系を活性化させる効果があまり得られないからである。
なお、粒径とは、円相当直径である。
【0032】
(粗大結晶粒の存在割合)
チタン板の粗大結晶粒が、結晶粒100個中0.5個未満の場合、たとえ粗大結晶粒における二次すべり系が活性化されたとしても、粗大結晶粒が少ないことから、チタン板の成形性を向上させる効果が十分に得られない。
したがって、チタン板の粗大結晶粒は、結晶粒100個中0.5個以上である。
【0033】
チタン板の粗大結晶粒の存在割合の上限値については、後記する面積率で規定することもできるが、微細結晶粒の存在割合が少なくなることによって、二次すべり系を活性化し難くなるのを防止するため、粗大結晶粒の存在割合は結晶粒100個中15個以下であることが好ましい。
なお、チタン板の粗大結晶粒の存在割合の算出方法については、例えば、実施例に記載する方法で行えばよい。
【0034】
(粗大結晶粒の面積率)
粗大結晶粒の面積率が90%を超えると、粗大結晶粒の周辺に存在する微細結晶粒の個数が少なくなってしまい、粗大結晶粒における二次すべり系が活性化し難くなる。
したがって、粗大結晶粒の面積率は90%以下である。
そして、粗大結晶粒における二次すべり系の活性化をより確実なものとするため、粗大結晶粒の面積率は80%以下とするのが好ましく、さらに70%以下とするのが好ましい。
【0035】
チタン板の粗大結晶粒の面積率の下限値については、前記した粗大結晶粒の存在割合で規定することもできるが、粗大結晶粒が少ないことにより、チタン板の成形性を向上させる効果が小さくなるのを防止するため、面積率は20%以上であることが好ましい。
なお、チタン板の粗大結晶粒の面積率の算出方法については、例えば、実施例に記載する方法で行えばよい。
【0036】
(成分組成)
チタン板は、不可避的不純物として、C、H、O、N、Fe、Si、Cr、Ni等を微量に含有するが、本発明では、その中でも含有量が比較的多く、発明の効果に影響を及ぼすFeとOの含有量の好ましい範囲を規定した。
【0037】
(成分組成 Fe:0.040〜0.300質量%)
Feの含有量が0.040質量%未満であると、所望の混粒組織(微細結晶粒と粗大結晶粒との混合組織)が得られなくなる。一方、Feの含有量が0.300質量%を超えると、インゴットの偏析が大きくなり生産性が悪くなってしまう。また、β相による結晶粒成長抑制効果が強くなりすぎ、後記する軽圧下圧延および焼鈍を施しても、粗大結晶粒が発生し難くなる。
したがって、Feの含有量は、0.040〜0.300質量%であることが好ましい。
【0038】
(成分組成 O:0.05〜0.25質量%)
Oの含有量が0.05質量%未満であると、強度が低くなってしまう。一方、Oの含有量が0.25質量%を超えると、チタン板が脆くなりすぎ、冷間圧延時の割れが生じ易く、その結果、生産性を低下させてしまう。
したがって、Oの含有量は、0.05〜0.25質量%であることが好ましい。
【0039】
(Oの含有量に対するFeの含有量の比)
Oの含有量に対するFeの含有量の比(Feの含有量/Oの含有量)が1.1を超えると、Feの存在割合が多くなりすぎ、所望の混粒組織(微細結晶粒と粗大結晶粒との混合組織)が得られなくなる。
したがって、Oの含有量に対するFeの含有量の比は1.1以下であることが好ましい。さらに好ましくは1.0以下である。
【0040】
[プレート式熱交換器の熱交換プレート]
プレート式熱交換器とは、凹凸を設けた金属板からなるプレートを積層し、各プレート間にシール用のガスケットを挟んでプレート状管路を形成し、積層形成されたプレート状管路に流体を貫流させて相互間で熱交換を行わせる熱交換器である。
そして、本発明に係るプレート式熱交換器の熱交換プレートとは、前記したプレート式熱交換器に適用できるようにチタン板を成形加工した熱交換プレートのことである。
【0041】
次に、本発明に係るチタン板およびプレート式熱交換器の熱交換プレートの製造方法を説明する。
[チタン板の製造方法]
まず、従来のチタン板を製造する場合と同様、図3に示すように、インゴット(工業用純チタン)を分塊圧延S1し、その後、熱間圧延S2、中間圧延S3、冷間圧延S4、焼鈍S5を行う。
ここで、分塊圧延S1〜焼鈍S5の詳細な条件については、特に限定されるものではなく、従来の方法により行えばよい。
【0042】
例えば、冷間圧延S4については、素材の冷間圧延性(耳割れの発生し易さ、変形荷重等)に応じて、適切な圧下率と焼鈍条件を選択し、冷間圧延と焼鈍とを繰り返し行えばよい。また、焼鈍S5の直前に実施する冷間圧延の圧下率は、焼鈍S5で素材が再結晶するのに十分な加工量、例えば、50%以上の圧下率を確保すればよい。そして、焼鈍S5の内、仕上焼鈍については、α相とβ相の2相域で行えばよい。
なお、焼鈍S5の後にチタン板表面にスケールが付着している場合は、スケールを除去する工程、例えば、ソルト熱処理工程、酸洗処理工程等を行えばよい。
【0043】
次に、冷間圧延S4および焼鈍S5を施した際のチタン板の結晶粒組織の状態を説明する。
例えば、チタン板に圧下率50%程度の冷間圧延S4を施した後、再結晶温度以上で焼鈍S5を施すと、チタン板中に再結晶組織が形成される(核生成・成長型の再結晶組織)。
ここで、チタン板にFe(広義にはβ安定化元素)が多く含有していればいるほど、焼鈍S5後の結晶粒の粒径が小さくなることが知られている。これは、Feがβ相(BCC構造)を形成し、焼鈍S5時のα相の結晶粒の成長を抑制(ピン止め)するためと考えられる。具体的には、850℃で数分間焼鈍する場合において、チタン板がFeを0.04質量%含有するものについては、結晶粒の粒径は50μm程度となり、Feを0.06質量%含有するものについては、結晶粒の粒径は15μm程度となる。
また、得られる結晶粒の粒径は、焼鈍S5条件等により左右され、焼鈍S5時間を長くすればするほど、結晶粒の粒径は大きくなる。
なお、焼鈍S5の終了時点において、結晶粒の平均粒径が数〜数十μmとなるように、分塊圧延S1〜焼鈍S5(特に、冷間圧延S4および焼鈍S5)の条件を調整することが好ましい。
【0044】
(軽圧下圧延と焼鈍)
本発明に係るチタン板の製造方法では、焼鈍S5の後に、軽圧下圧延S6と焼鈍S7とを行うことを特徴とする。
まず、軽圧下圧延S6および焼鈍S7により混粒組織(微細結晶粒と粗大結晶粒との混合組織)が形成されるメカニズムについて説明する。
焼鈍S5の終了時点のチタン板は、前記のとおり、α相の結晶粒界にβ相が析出しており、当該β相により結晶粒の成長が抑制された状態となっている。その後、チタン板に対し、再結晶が起こらないような十分に小さな圧下率で軽圧下圧延S6を施すと、チタン板内の変形し易い複数の領域にひずみが加えられる。詳細には、当該ひずみは、主に、不均一変形が生じやすい箇所であるα相の結晶粒界周辺、および、β相の析出物周辺において複数領域に偏って加えられる。その結果、α相の結晶粒界に存在していたβ相によるピン止めの一部が外れることとなる。
その後、チタン板に焼鈍S7が施されることにより、ピン止めが外れた一部のα相の結晶粒が大きく成長する。さらに(または)、β相の析出物周辺にひずみのエネルギーが蓄積し、焼鈍S7により一部のβ相が再固溶することで、再固溶したβ相に隣接するα相の結晶粒が大きく成長する。
以上のようなメカニズムにより、軽圧下圧延S6および焼鈍S7を施すことで、チタン板に混粒組織(微細結晶粒と粗大結晶粒との混合組織)が形成されると考える。
【0045】
(軽圧下圧延の条件)
軽圧下圧延S6については、圧下率が0.5%未満であると、十分なひずみをチタン板に加えることができないため、粗大結晶粒の存在割合が一定以上とならない。一方、圧下率が7.0%を超えると、β相によるピン止めの大半が外れることで、後の焼鈍S7においてほとんどの結晶粒が大きく成長してしまい、結晶粒の粒度分布が均一になってしまう。その結果、成形性の向上の効果があまり得られなくなってしまう。
したがって、軽圧下圧延S6の圧下率は、0.5〜7.0%であることが好ましい。
【0046】
(焼鈍の条件)
焼鈍S7については、保持温度が600℃未満であると、α相の結晶粒が十分に粗大化せず、粗大結晶粒の存在割合が一定以上とならない。また、粗大結晶粒が所定以上の大きさまで成長しない。一方、保持温度が880℃を超えると、粗大結晶粒の存在割合が多くなりすぎる結果、微細結晶粒の存在割合が少なくなることによって、粗大結晶粒における二次すべり系が活性化し難くなる。
したがって、焼鈍S7の保持温度は、600〜880℃であることが好ましい。
なお、焼鈍S7の時間については、軽圧下率によって適切な範囲が異なるが、例えば圧下率2%の軽圧下を施し600℃で焼鈍する場合は2h程度、800℃では4分程度であることが好ましい。また、焼鈍S7の手法は特に限定されず、雰囲気は大気、真空、還元性ガス雰囲気のいずれでも良く、手法もバッチ炉や連続炉のいずれでもよい。
【0047】
[プレート式熱交換器の熱交換プレートの製造方法]
なお、焼鈍S7の後、公知の方法、例えば成形金型を用いてチタン板に成形加工S8を施すことで、プレート式熱交換器の熱交換プレートを製造することができる。
【実施例】
【0048】
次に、チタン板について、本発明の要件を満たす実施例と本発明の要件を満たさない比較例とを比較して具体的に説明する。
【0049】
[供試材の作製]
表1に示す組成(JIS H4600)の純チタン熱延板(板厚3.5mm)に対して、通常のa.冷間圧延、b.中間焼鈍、c.冷間圧延、d.仕上焼鈍、e.酸洗工程を施すことにより、供試材となる冷延材を得た。
なお、供試材となる冷延材にα相が再結晶し且つβ相が析出するよう、d.仕上焼鈍はα相とβ相の2相域で実施するとともに、大気雰囲気下で実施した。また、後記する軽圧下圧延、焼鈍および酸洗処理の後に板厚が0.5mmとなるように、c.冷間圧延の圧下率を調整した。
【0050】
[試験材の作製]
供試材に対して、表1に示す圧下率の軽圧下圧延を施し、表1に示す保持温度および保持時間の焼鈍を施した後、酸洗処理を行い、板厚0.5mmの試験材を得た。
なお、焼鈍の雰囲気は大気もしくは真空雰囲気で実施した。真空雰囲気での焼鈍は、昇温時間36h、真空度4×10−5 torrの条件で実施した。
【0051】
[α相の結晶粒の測定]
試験材の縦断面について、圧延方向に1mm、板厚方向に0.45mmの領域を、電界放出型走査顕微鏡(FESEM)を用いて後方錯乱電子回折像(EBSP)による組織観察を行い、α相の結晶粒の粒径、結晶粒100個中の粗大結晶粒の存在割合、および粗大結晶粒の面積率を測定した。なお、前記領域に含まれる結晶粒の個数が200個未満の場合、200個以上になるまで測定領域を増やして測定を行った。
詳細には、方位差15°以上の境界を結晶粒界と認識し、各結晶粒の円相当直径及び平均円相当直径を算出した。その後、結晶粒100個中の粗大結晶粒の存在割合(=測定領域に存在する粗大結晶粒の個数/測定領域に存在する全ての結晶粒の個数×100)、および粗大結晶粒の面積率(=測定領域に存在する粗大結晶粒の面積/測定領域の面積×100)を算出した。その際、円相当直径が4μm未満の結晶粒はノイズの可能性があることから、4μm以上の結晶粒を対象に算出を行った。
【0052】
[強度の評価]
試験材から、試験材の圧延方向が荷重軸と一致する方向にJISZ2201に規定される13号試験片を採取し、室温でJISH4600に基づいて引張試験を実施し、0.2%耐力(YS)を測定した。
なお、0.2%耐力(YS)が250MPa以上の場合を合格と判断した。
【0053】
[成形性の評価]
成形性の評価は、各試験材に対してプレート式熱交換器の熱交換部分(プレート)を模擬した成形金型を用いたプレス成形を行い、成形性を評価した。
図2(a)に示すように、成形金型の形状は、成形部が100mm×100mmで、ピッチ10mm、最大高さ4mmの綾線部を6本有し、各綾線部は頂点に、図2(a)の上から下に向かって順にR=0.8、1.6、1.2、1.0、2.0、0.6の6種のR形状を有している。
この成形金型を用いて80tonプレス機によってプレス成形を行った。プレス成形は各試験材の両面を潤滑のために厚み0.03mmのポリエチレンシートで挟んだうえで、各試験材の圧延方向が図2(a)の上下方向と一致するように下側の金型の上に配置し、フランジ部を板押さえで拘束した後、プレス速度1mm/秒の条件で金型を押込んだ。0.1mm間隔で押込み、割れが発生しない最大の押し込み深さ量(Y:単位mm)を実験で求めた。
なお、L方向(圧延方向)のYS(単位はMPa)を用い、下記式(1)で規定される成形性指標(F)が正の値となる場合に合格とした。
F=Y−(A−B×X)・・・(1)
A=4.5、B=0.006、X=L方向のYSを無次元化した数値
Y=最大押込み深さ量を無次元化した数値
【0054】
【表1】

【0055】
[結果の検討]
試験材2〜6、8、11は本発明で規定する要件を満たすチタン板であり、強度および成形性のいずれも合格と判断でき、強度と成形性のバランスに優れていることがわかる。
【0056】
これに対して試験材1、7、9、10は本発明で規定する要件を満たしていないため、強度および成形性の少なくとも一方が合格の基準を満たさず、強度とプレス成形性のバランスが悪いことがわかる。
試験材1および10は軽圧下圧延を施さずに、最終の焼鈍を施したため、結晶粒が均一な粒度分布を示し、粗大結晶粒が存在しなかった。その結果、優れた強度を有するものの成形性が優れなかった。
試験材7は軽圧下圧延での圧下率が高すぎる例である。比較的大きな結晶粒が形成されるが、結晶粒の粒度分布が均一となってしまい粗大結晶粒が存在しなかったため、成形性が優れなかった。
試験材9はFeの含有量が少なく、β相が十分に析出しなかったため、軽圧下圧延+焼鈍工程後に通常の粒成長が起こってしまった。その結果、結晶粒は均一な粒度分布を示し、強度、成形性共に優れなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
α相(HCP構造)の結晶粒組織を含む工業用純チタンからなるチタン板であって、
前記結晶粒の平均粒径の4倍以上の粒径の粗大結晶粒が、前記結晶粒100個中0.5個以上の割合で含まれていることを特徴とするチタン板。
【請求項2】
前記粗大結晶粒の面積率が90%以下であることを特徴とする請求項1に記載のチタン板。
【請求項3】
Fe:0.040〜0.300質量%、O:0.05〜0.25質量%を含有し、残部がチタン及び不可避的不純物からなることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のチタン板。
【請求項4】
前記Oの含有量に対する前記Feの含有量の比(Feの含有量/Oの含有量)が1.1以下であることを特徴とする請求項3に記載のチタン板。
【請求項5】
前記チタン板に成形加工を施し、プレート式熱交換器の熱交換プレートとして使用されることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれか一項に記載のチタン板。
【請求項6】
α相(HCP構造)の結晶粒組織を含む工業用純チタンについて、少なくとも、冷間圧延、および焼鈍を施すことでチタン板を製造するチタン板の製造方法であって、
前記焼鈍の後、前記チタン板に0.5〜7.0%の圧下率で軽圧下圧延を行う軽圧下圧延工程と、
前記軽圧下圧延工程の後、前記チタン板に600〜880℃の保持温度で焼鈍を行う焼鈍工程と、
を含むことを特徴とするチタン板の製造方法。
【請求項7】
請求項1乃至請求項4のいずれか一項に記載のチタン板に成形加工を施すことを特徴とするプレート式熱交換器の熱交換プレートの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−95964(P2013−95964A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−239574(P2011−239574)
【出願日】平成23年10月31日(2011.10.31)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)