説明

チョコレート及びその製造方法

【課題】発酵過程において生成される不快臭の前駆物質を含有していない上に安価であるという非常に大きなメリットを有している未発酵カカオ豆由来のカカオ原料を利用していながら、未発酵カカオ豆が有する土臭い風味を抑え、且つ未発酵カカオ豆に特有のコク深い風味を強く感じることができ、しかも、既存のチョコレートと異なり酸味が少ないという、新規で良好な風味を有するチョコレート及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】未発酵カカオ豆由来のカカオ原料を主原料とするチョコレートであって、前記チョコレート中にフェニルアラニン、ロイシン及びアルギニンを合計0.03〜1.0重量%の範囲内で含有し、且つ総アミノ酸含有量に対するフェニルアラニン、ロイシン及びアルギニンの合計含有量が40重量%以上であることを特徴とするチョコレート。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な風味を有するチョコレート及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
世界的に大きな市場を形成している菓子類の一つとしてチョコレートが知られている。チョコレートは一般に、糖質、ココアバター及び/又はココアバター代用脂、カカオマス及び/又はカカオニブ及び/又はカカオパウダー、その他の副原料を混合し、それに続いて粉砕、練り上げ(コンチング)及び調温(テンパリング)を行うことによって得られる。
【0003】
ココアバター、カカオマス、カカオニブ及びカカオパウダーといったカカオ原料はいずれもカカオ豆を加工して作られる。カカオ豆は独特な風味を有しており、カカオ豆の風味は、産地での発酵や乾燥及びその後の原料加工工程における焙焼等によって形成される。これらの工程で形成される風味や味質などの品質は、カカオ豆の品種、産地、生産者等によって異なることが知られている。
【0004】
カカオ豆の風味はチョコレートの風味に大きく影響を与え、一般的に適切な発酵過程を経たカカオ豆は好ましい風味を有するとされている。しかしながら、発酵過程は必ずしも適切に制御されないため、好ましい風味を均一に有するカカオ豆を得ることは困難である。そのため、従来より発酵過程によらず安定した味を有するカカオ原料やチョコレートを得ることを目的とした方法が提案されている。
【0005】
例えば、カカオニブ又はカカオマスに所定量のアルカリ、還元糖、アミノ酸及びタンニンを添加して100〜150℃で焙炒することで、発酵過程を経たカカオ豆の品質差を最小化する方法(特許文献1)や、カカオ豆を1〜15日間発酵させて、プロテアーゼとpH3〜8の水性媒体中で混合し、タンパク質及びペプチドを加水分解するのに十分な時間及び温度でその混合物をインキュベートすることで、フレーバー前駆物質の組成を改善し、発酵したカカオ豆を各種発酵状態で使用することを可能にする方法(特許文献2)などが発酵過程によらず安定した味を有するカカオ原料やチョコレートを得ることを目的として提案されている。
【0006】
また、従来より発酵過程を経たカカオ豆の有する好ましい風味の再現や改良を目的とした方法が提案されている。
【0007】
例えば、カカオ豆、カカオニブ又はカカオマス、或いは、品温160℃未満で予備焙焼を施したカカオ豆、カカオニブ又はカカオマスを品温160〜170℃で加熱する方法が提案されている(特許文献3)。この方法によるとカカオの香気成分量が著しく増加するとされている。また、カカオマスの香気の前駆物質である糖類とアミノ酸類を生カカオマスに粉末のまま添加しても、前駆物質の融点以下の温度範囲で容易にそれらが反応し、カカオの芳香が増強するとされている。
【0008】
また、エクストルーダ等を用い糖類及び蛋白質を含むチョコレート原料を混合して水分が2〜15%の混合物とし、次いで剪断力を加えながら加熱した後脱気し、次いで冷却してチョコレート原料を処理して、この処理した原料を用いてチョコレートを調製することでコクのある優れた風味を有するチョコレートが得られるという方法が提案されている(特許文献4)。
【0009】
また、カカオ豆に糖類、アミノ酸類などの水溶液を添加して加圧焙炒する方法が提案されている(特許文献5)。この方法は通常焙炒カカオ豆固有の芳香に加えて独特の芳香を付与することを目的としている。
【0010】
ところで、カカオ豆の発酵過程は必ずしも適切に制御されないため、好ましい風味を均一に有するカカオ豆を得ることが困難であるだけでなく、しばしば不快臭を有するカカオ豆が発生してしまう。そのため、従来より不快臭の発生を抑制し、安定した味を有するカカオ原料やチョコレートを得ることを目的とした多くの方法が提案されている。
【0011】
例えば、カカオ豆、カカオニブ、カカオマス又は混合カカオマスを40容量%以上の酸素ガスを含有する雰囲気中で、品温110〜150℃で焙炒することを特徴とするカカオ豆又はその加工品の香味改良処理方法が提案されている(特許文献6)。この方法は発酵乾燥工程を経た低級及び高級のカカオ豆又はその加工品の苦味、渋味、酸味等の総合的な香味及び色調を改良すると共にカカオ豆の香気成分中の人体に不快感を与える成分の発現を抑制し良好な香味を呈する焙炒カカオマス及び焙炒混合カカオマスを提供することを目的とするものである。
【0012】
また、生カカオ豆もしくは半焙炒カカオ豆をウィノワー(皮剥き機)にかけることによりシェル及びジャームを除去して得られるカカオニブに、少なくとも一種の糖類を水溶液として添加し、密閉下に加熱加圧し、次いで乾燥焙炒することからなるカカオニブの香味改良方法が提案されている(特許文献7)。この方法はチョコレート又はココア製造用に使用するカカオニブをメイラード反応の利用により香味改善し、かつその苦渋味を軽減させると共に、アミノ酸過多による風味の悪化を防止することを目的としている。
【0013】
また、カカオ豆、カカオニブ、カカオマス、部分脱脂カカオマス又は混合カカオマスにアンモニア又はアンモニアを含有する気体を接触させて、アンモニアを吸着せしめた後に焙炒することを特徴とするカカオ豆又はその加工品の香味改良処理方法が提案されている(特許文献8)。この方法は香味及び色調に欠陥をもつ低級なカカオ豆及びその加工品の品質を改善し、チヨコレート又はココア製品に利用することの出来る良好なカカオ豆を提供することを目的としている。この方法により香味改良処理が施されるカカオ豆又はその加工品は通常の発酵乾燥工程を経たカカオ豆を用いたものに限定されている。
【0014】
また、カカオ豆又はカカオニブに40容量%以上の濃度のエタノール液を添加し、これを密封容器中に封入し、加熱したことを特徴とする調整されたカカオ豆又はカカオニブの製造方法が提案されている(特許文献9)。この方法は渋味、エグ味等がなく、しかも風味のよいカカオ豆ないしカカオニブであって、チョコレート製造用に好適なものを得ることを目的としている。
【0015】
また、低級のカカオ豆を加工して作られたカカオマスに対してポリフェノールオキシダーゼを作用させることで低級のカカオ豆由来の不快な収斂味や渋味を低減させ、カカオマス及びその加工品の味質を改良する方法が提案されている(特許文献10)。この方法は不快臭の感じられない良好な風味を均一に有するカカオ原料を得ることを目的としている。
【0016】
ところで、カカオ豆は発酵過程において多様なフレーバー前駆物質が生成されることが知られており、中には不快な香りの原因となる前駆物質も含まれる。そのため、不快臭を有するカカオ豆が発生する原因としては、不快な香りの原因となる前駆物質が発酵過程において高い割合で生成していることが考えられる。
【0017】
また、適切な発酵過程を経たカカオ豆を使用したチョコレートは好ましい風味を有するとされているが、その独特な風味を好まない人も数多く存在する。その理由としては、上述したようにカカオ豆の発酵過程においては多様なフレーバー前駆物質が生成されるが、その際に非選択的に発生する不快な香りの原因となる前駆物質の割合が少ない場合であっても、それを使用したチョコレートの風味を好まない人が存在するためである。
【0018】
一方、時間と手間を要する発酵過程を経ない未発酵カカオ豆は通常の発酵過程を経たカカオ豆に比べてはるかに安価であるため、チョコレートの製造に未発酵カカオ豆を使用するコストメリットは非常に大きいものの、未発酵カカオ豆を使用して製造したチョコレートは、本来の好ましい風味とは異なる土臭い風味が感じられるため、製品としての品質が非常に低いものにとどまってしまう。
【0019】
未発酵カカオ豆は土臭い風味を有する上に発酵過程において生成される好ましい香りの前駆物質を含有していないというデメリットを有しているものの、カカオ豆の発酵過程において生成される不快臭の前駆物質を含有していない上に安価であるという非常に大きなメリットを有している。しかしながら、未発酵カカオ豆を使用することで従来よりも優れた風味を有するチョコレートを得ることを目的とした提案はいまだかつてなされていない。
【0020】
これまでに特許文献1、特許文献2、特許文献3、特許文献5などでアミノ酸がフレーバー前駆物質であることをカカオ原料及びチョコレートの改良に利用した方法が提案されている。
【0021】
しかしながら、特許文献1では発酵過程を経たカカオ豆の使用に限定した提案である。
【0022】
また、特許文献2ではプロテアーゼが使用されているため、好ましい香りの前駆物質となるアミノ酸のみならず、不快臭の前駆物質となるアミノ酸も同時に生成されている。
【0023】
また、特許文献3では、使用するカカオ豆の発酵に関する記載は特に見られないため、発酵過程を経たカカオ豆を使用する提案だと考えられるが、仮に未発酵カカオ豆を使用した場合であれば、使用するアミノ酸がロイシン、スレオニン及びアラニンの組合せでは本発明において見出された新規な風味とは全く異なる風味となり、未発酵カカオ豆の有する土臭い風味が残存するため好ましくない。
【0024】
また、特許文献5では、使用するカカオ豆の発酵に関する記述は特に見られないため、発酵過程を経たカカオ豆を使用する提案だと考えられるが、仮に未発酵カカオ豆を使用した場合であれば、特許文献5において使用されるアミノ酸は特定されていないが、特許文献5の実施例に記載されているアミノ酸の組合せや、その他適当にアミノ酸を組合わせて添加しても未発酵カカオ豆の有する土臭い風味が残存するため好ましくない。また、本発明で使用するフェニルアラニン、ロイシン及びアルギニンを添加した場合においても焙炒過程において160℃以上に加熱されているため、アミノ酸由来の香気成分は大きく変化しており、本発明において見出された新規な風味とは全く異なる好ましくない風味となる。
【0025】
また、カカオ豆の処理・加工に関する提案全てにおいて言えることであるが、カカオ豆の処理・加工には大規模な設備が必要であり、小ロットでの生産に対応できないという工業的に非常に大きな問題を有する。
【0026】
以上のように、これまでのチョコレート製造における提案はそのほとんどが、カカオ豆の発酵過程によらず安定した味を有するカカオ原料やチョコレートを得る目的、発酵過程を経たカカオ豆の有する好ましい風味の再現や改良する目的及び不快臭の発生を抑制し、安定した味を有するカカオ原料やチョコレートを得ることを目的としている。
【0027】
しかしながら、既存の方法によって製造されるチョコレートの風味は、従来より一般的に認知されているチョコレートの風味の範囲内のものであり、発酵過程を経たカカオ豆を使用したチョコレートが有する酸味などの独特な風味を好まない人には受け入れられないものである。そのため、食生活の多様化した現代では既存のチョコレートの風味とは一線を画し、より多くの人々から受け入れられる新規で良好な風味を有するチョコレートが求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0028】
【特許文献1】特公昭53−31943号公報
【特許文献2】特開平9−156号公報
【特許文献3】特許第3007388号公報
【特許文献4】特許第2529866号公報
【特許文献5】特公昭44−32497号公報
【特許文献6】特公昭61−56975号公報
【特許文献7】特公平1−31866号公報
【特許文献8】特公昭62−25013号公報
【特許文献9】特公平5−22493号公報
【特許文献10】特許第4505150号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0029】
本発明は、前記事情に鑑みてなされたものであり、発酵過程において生成される不快臭の前駆物質を含有していない上に安価であるという非常に大きなメリットを有している未発酵カカオ豆由来のカカオ原料を利用し、該未発酵カカオ豆が有する土臭い風味を抑え、且つ未発酵カカオ豆に特有のコク深い風味を強く感じることができ、しかも、既存の発酵カカオ豆を用いたチョコレートと異なり酸味が少ないという、新規で良好な風味を有するチョコレート及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0030】
本発明者らは、上記課題解決のため鋭意研究を行った結果、未発酵カカオ豆由来のカカオ原料を主原料としてチョコレートを作製し、前記チョコレート中に特定のアミノ酸を一定量含有し、且つ総アミノ酸含有量に対する前記特定のアミノ酸含有量の割合が一定以上の場合にのみ、驚くべきことに新規で良好な風味を有する上に未発酵カカオ豆の有する土臭い風味がマスキングされたチョコレートが得られるという事実を見出し、本発明を完成するに至った。また、同時に未発酵カカオ豆由来のカカオ原料、ハードバター及び糖質を前記特定のアミノ酸と混合した後に50〜95℃のコンチング工程を経ることで容易に新規で良好な風味を有する上に未発酵カカオ豆の有する土臭い風味がマスキングされたチョコレートが得られる製造条件を見出した
【0031】
すなわち、本発明の要旨は、
(1)未発酵カカオ豆由来のカカオ原料を主原料とするチョコレートであって、前記チョコレート中にフェニルアラニン、ロイシン及びアルギニンを合計0.03〜1.0重量%の範囲内で含有し、且つ総アミノ酸含有量に対するフェニルアラニン、ロイシン及びアルギニンの合計含有量が40重量%以上であることを特徴とするチョコレート、
(2)50〜95℃のコンチングをして得られる前記(1)記載のチョコレート、
(3)未発酵カカオ豆由来のカカオ原料、ハードバター及び糖質をフェニルアラニン、ロイシン及びアルギニンから選ばれる少なくとも1種類と混合した後に50〜95℃のコンチング工程を経ることを特徴とする前記(1)又は(2)に記載のチョコレートの製造方法、
(4)前記コンチング工程が2〜12時間である前記(3)に記載のチョコレートの製造方法
に関する。
【発明の効果】
【0032】
本発明のチョコレートは、未発酵カカオ豆由来のカカオ原料を主原料としているため、発酵過程を経たカカオ豆を使用した場合に生成される不快臭の原因物質を含有していない上に新規で良好な風味を有し、なおかつ未発酵カカオ豆の有する土臭い風味がマスキングされ、且つ未発酵カカオ豆に特有のコク深い風味を強く感じることができ、しかも、既存の発酵カカオ豆を用いたチョコレートと異なり酸味が少ないものであるため、おいしさの面で多くの消費者のニーズに応えることが可能である。また、未発酵カカオ豆由来のカカオ原料を主原料としているため安価であり、なおかつ非常に容易に製造可能であるため、コストメリットが非常に大きく、価格の面でも多くの消費者のニーズに応えることが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
本発明のチョコレートは、未発酵カカオ豆由来のカカオ原料を主原料とするチョコレートであって、前記チョコレート中にフェニルアラニン、ロイシン及びアルギニンを合計0.03〜1.0重量%の範囲内で含有し、且つ総アミノ酸含有量に対するフェニルアラニン、ロイシン及びアルギニンの合計含有量が40重量%以上であることを特徴としている。
【0034】
本発明においてチョコレートとは、「チョコレート類の表示に関する公正競争規約」によるチョコレート及び準チョコレートの基準に従う製品を指す。チョコレートはカカオマス、ココアバター、カカオニブ、カカオパウダー及びココアケーキを主原料として、必要に応じて糖質、ココアバター代用脂、その他の植物油脂、香料、乳化剤及びその他の副原料を加えることができる。
したがって、本発明のチョコレート中におけるカカオマス、ココアバター、カカオニブ、カカオパウダー及びココアケーキなどのカカオ原料、糖質、ココアバター代用脂、その他の植物油脂、香料及び乳化剤の含有量は、前記のチョコレート及び準チョコレートの基準の範囲内であればよく、特に限定はない。
例えば、本発明のチョコレートの固形分中、カカオ原料の好ましい配合量は30〜70重量%、糖質の好ましい配合量は20〜60重量%、後述のハードバターの好ましい配合量は5〜30重量%である。
【0035】
カカオ豆の発酵方法はヒープ法とボックス法の2種類に大別されるが、本発明における未発酵カカオ豆とは、これらの通常の発酵過程を経ずに乾燥されたカカオ豆を意味する。ただし、カカオ豆は収穫直後から自然に発酵が始まるため、本発明においてカカオ豆の収穫から乾燥までの自然発酵過程は発酵過程とは考えないこととする。
【0036】
ここで、本発明では、前記のように、土臭い風味を有しており、従来のチョコレートの原料としては敬遠されていた未発酵カカオ豆由来のカカオ原料をあえて用いている点に一つの大きな特徴がある。
すなわち、発酵したカカオ豆について、本発明者らが種々検討したところ、カカオ豆は発酵過程において酵素の作用によってタンパク質がアミノ酸に分解される際に不快臭の前駆物質となるアミノ酸が非選択的に高い割合で生成しており、これが不快臭を有するカカオ豆が発生する大きな要因であることを初めて見出した。
そこで、発酵過程において生成される多様なフレーバー前駆物質は含有していない未発酵カカオ豆を採用することとしている。
【0037】
本発明においてカカオ原料とは、カカオマス、カカオニブ、カカオパウダー及びココアケーキを意味する。
【0038】
本発明において、アミノ酸はL型アミノ酸を意味する。また本発明で用いるアミノ酸はアミノ酸塩であってもよく、ナトリウム、カリウム、塩酸等の食品としての使用が問題ないアミノ酸塩、アミノ酸塩酸塩であれば使用可能である。なお、本発明にいうアミノ酸は遊離のアミノ酸又はアミノ酸塩の状態のものを指すが、本発明に規定する含有量は、遊離のアミノ酸に換算した値を意味する。
【0039】
原料として使用するアミノ酸の由来は特に限定されるものではなく、工業的に製造され精製されたアミノ酸でもよく、天然物から抽出した粗エキスでも、粗エキスをさらに精製したものでもよい。ただし、出来る限り雑味を有さないことが望ましいため、天然物原料由来の成分の持込がないという観点から考えると、精製されたアミノ酸の使用が好ましい。
【0040】
本発明のチョコレートにおいては、フェニルアラニン、ロイシン及びアルギニンの3種類のアミノ酸を固形分として合計0.03〜1.0重量%の範囲内で含有する点に一つの特徴がある。前記3種類のアミノ酸の固形分含有量が0.03重量%よりも少ないと良好な風味が得られない上に未発酵カカオ豆由来の土臭い風味が残存する。また、1.0重量%よりも多いとアミノ酸に由来する味が強すぎて味のバランスが悪く、良好な風味が得られない。
【0041】
また、本発明のチョコレートにおいては、総アミノ酸含有量に対するフェニルアラニン、ロイシン及びアルギニンの3種類のアミノ酸の合計含有量が固形分として40重量%以上である点にも一つの特徴がある。前記3種類のアミノ酸の合計含有量が40重量%よりも少ないと、良好な風味が得られない。そのため、フェニルアラニン、ロイシン及びアルギニンの3種類のアミノ酸を適宜添加することができる。
【0042】
本発明では、前記のようにフェニルアラニン、ロイシン及びアルギニンの3種類のアミノ酸のチョコレート中の固形分含有量と総アミノ酸含有量に対する含有量とが特定の範囲内にあることで、未発酵カカオ豆由来のカカオ原料による土臭い風味をマスキングし、しかも従来の発酵過程を経たカカオ豆を使用したチョコレートと異なり、酸味が少なく、また未発酵カカオ豆に特有のコク深い風味のみを強く感じることができるという、従来のチョコレートとは一線を画する新規な風味を奏することを可能としている。
【0043】
また、本発明においてチョコレートの含有するアミノ酸量は、遊離のアミノ酸量として正しく測定できる方法であればどのような方法を用いても構わないが、例えば、トリプトファン以外の19種類のアミノ酸についてはアミノ酸自動分析法によって測定することができ、トリプトファンについては高速液体クロマトグラフ法によって測定することができる。ただし、アミノ酸自動分析法においてグルタミンはグルタミン酸として、アスパラギンはアスパラギン酸として測定される。
【0044】
本発明においてココアバターとココアバター代用脂の総称をハードバターと称する。ココアバター代用脂とは、チョコレートの物性改良や製造コストの節約を目的として、ココアバターの一部又は全部に代えて用いられるもので、主にCBEと称される1、3位飽和、2位不飽和のトリグリセリド型油脂に富むものと、CBRと称されるラウリン系もしくは高エライジン酸タイプのものがある。ココアバター代用脂の油脂原料としては、ナタネ油、大豆油、ヒマワリ油、綿実油、落花生油、米糠油、コーン油、サンフラワー油、オリーブ油、カポック油、ゴマ油、月見草油、パーム油、シア脂、サル脂、ヤシ油、パーム核油等の植物性油脂及び乳脂、牛脂、ラード、魚油、鯨油等の動物性油脂を例示することができ、上記油脂類の単独若しくは混合油、又はそれらの硬化、分別、エステル交換等を施した加工油脂を用いることができる。
【0045】
本発明におけるチョコレートに使用される糖質としては、特に限定はされないが、単糖類、二糖類、糖アルコールが好ましく、スクロース、グルコース、フルクトース、マルトース、ラクトース、ガラクトース、キシリトール、ソルビトール、マルチトール、エリスリトール等が挙げられる。また、複数の糖質の混合物であっても構わない。
【0046】
本発明におけるチョコレートに使用される乳化剤としては、レシチン、モノグリセリド、有機酸モノグリセリド、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル及びソルビタン脂肪酸エステル等が挙げられる。
【0047】
本発明におけるチョコレートには必要に応じて、副原料として呈味成分、塩、酸味料及び着色料等を用いることができる。
【0048】
呈味成分としては、果汁パウダー、コーヒーパウダー、麦芽エキスパウダー、ヘーゼルナッツペースト、ピスタチオペースト、マカダミアナッツペースト、アーモンドペースト及びピーナッツペースト等を必要により用いることができる。
【0049】
塩、酸味料としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、炭酸マグネシウム、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、コハク酸、乳酸等を必要により用いることができる。
【0050】
本発明のチョコレートの製造方法は、未発酵カカオ豆由来のカカオ原料、ハードバター及び糖質をフェニルアラニン、ロイシン及びアルギニンから選ばれる少なくとも1種類のアミノ酸と混合した後に50〜95℃のコンチング工程を経ることを特徴としている。
【0051】
具体的には、本発明のチョコレートはカカオ豆由来のカカオ原料、ハードバター及び糖質を混合した後に粉砕工程、50〜95℃のコンチング工程及び調温工程を経て製造される。
なお、前記ハードバターは予めその一部をカカオ原料と混合しておき、残部をコンチング工程で添加しても構わない。また、前記アミノ酸はコンチング工程の前であれば、粉砕工程の前後どちらで添加しても構わない。
【0052】
前記粉砕工程は三段ロールや五段ロール、リファイナーコンチェなどを用いた、チョコレート製造において一般的に用いられる原料粉砕方法であればよく、粉砕後の平均粒子径が15〜35マイクロメートルの範囲内であるように粉砕処理を行うことが食感の面から好ましいが、特に限定はされない。
【0053】
前記コンチング工程は50〜95℃を保った状態で原料の撹拌を行うことができればよく、コンチングマシーンやリファイナーコンチェ、ステファンミキサーなどを用いた、チョコレート製造において一般的に用いられる原料撹拌方法で構わない。コンチング工程の温度は50℃未満だと良好な風味が得られない上に未発酵カカオ豆由来の土臭い風味が残存し、95℃を超えると焦げた風味が生じるため好ましくない。
また、コンチング工程の時間は2〜12時間が好ましい。2時間より短いと良好な風味が得られない上に未発酵カカオ豆由来の土臭い風味が残存し、12時間より長いとアミノ酸に由来する味が強すぎて味のバランスが悪く、良好な風味が得られない上に生産効率の面でも好ましくない。
【0054】
また、コンチング工程では主に粘度調節の目的で乳化剤を添加することができるが、工程の初期、中期、後期どの段階で添加しても構わない。
【0055】
前記調温工程はチョコレート製造において一般的に用いられる調温方法で構わない。
【0056】
また、前記各工程においてハードバター以外の植物油脂や香料及びその他の副原料を必要に応じて添加することができる。
【0057】
なお、本発明では、前記混合、粉砕、コンチング及び調温以外の工程については、一般的なチョコレートの製造方法と同じ手段を採用すればよく、温度や装置などの条件については特に限定はない。
【実施例】
【0058】
次に、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0059】
(実施例1〜19、比較例1〜11)
インドネシア産の未発酵カカオ豆由来のカカオマス400gとココアバター100g、グラニュー糖400g、バニリン1gに対してフェニルアラニン、ロイシン、アルギニンの3種類のアミノ酸を様々な添加量で混合し、三段ロール処理を行い平均粒子径を25マイクロメートルに揃えた後、ステファンミキサーにてコンチングを行い、コンチング終了の30分前にココアバター100gとレシチン1gを添加し、コンチング後に調温(29℃)を行い、チョコレートを得た。その際の各アミノ酸の添加量、コンチング工程の温度と時間、得られたチョコレートの評価及び総アミノ酸含有量に対するフェニルアラニン、ロイシン及びアルギニンの合計含有量の割合を表1に示す。アミノ酸含有量の測定には、トリプトファン以外の19種類のアミノ酸については日立ハイテクノロジーズ社製のアミノ酸自動分析計「L−8800形」を用いてアミノ酸自動分析法によって測定を行い、トリプトファンについては島津製作所社製の高速液体クロマトグラフ「LC−20AD」を用いて高速液体クロマトグラフ法によって測定を行った。
【0060】
【表1】

【0061】
実施例1〜19で得られたチョコレートは、いずれも未発酵カカオ豆由来の土臭さが感じられず、且つ未発酵カカオ豆に特有のコク深い風味を強く感じることができ、しかも、既存の発酵カカオ豆を用いたチョコレートと異なり酸味が少ないという新規で良好な風味を有するものであった。
また、具体的には、実施例5、10、13で得られたチョコレートではわずかにロースト臭が発現したが風味に悪影響を及ぼすには至っていないものであった。また、実施例7、14〜19で得られたチョコレートはロースト臭がわずかに感じられたが、同様に新規で良好な風味が感じられるものであった。
一方、比較例1、3、5、7、9、11で得られたチョコレートは未発酵カカオ豆の有する土臭い風味が残存しており、風味に悪影響を及ぼしているものであった。また、比較例2、6、8で得られたチョコレートではロースト臭が発現し、風味に悪影響を及ぼしているものであった。また、比較例4、10で得られたチョコレートはアミノ酸の味が強く風味のバランスが悪いものであった。
【0062】
(実施例20〜22)
西アフリカ産の未発酵カカオ豆由来のカカオマス600kgとココアバター100kg、グラニュー糖300kg、バニリン1kgに対してフェニルアラニン、ロイシン、アルギニンの3種類のアミノ酸を様々な添加量で混合し、リファイナーコンチェにて粉砕処理とコンチングを同時に行い、平均粒子径を25マイクロメートルに揃えた後にレシチン1kgを添加し、コンチング後に調温を行い、チョコレートを得た。その際の各アミノ酸の添加量、コンチング工程の温度と時間、得られたチョコレートの評価及び総アミノ酸含有量に対するフェニルアラニン、ロイシン及びアルギニンの合計含有量の割合を表2に示す。アミノ酸等の含有量の測定は実施例1と同様にして行った。
【0063】
【表2】

【0064】
実施例20〜22で得られたチョコレートでは、いずれも未発酵カカオ豆由来の土臭さが感じられず、且つ未発酵カカオ豆に特有のコク深い風味を強く感じることができ、しかも、既存の発酵カカオ豆を用いたチョコレートと異なり酸味が少ないという新規で良好な風味が発現していた。実施例21で得られたチョコレートはロースト臭がわずかに感じられたが、同様に新規で良好な風味が感じられるものであった。
【0065】
(比較例12〜14)
ボックス法にて1週間発酵させたエクアドル産のカカオ豆由来のカカオマス400gとココアバター100g、グラニュー糖400g、バニリン1gに対してフェニルアラニン、ロイシン、アルギニンの3種類のアミノ酸を様々な添加量で混合し、三段ロール処理を行い平均粒子径を25マイクロメートルに揃えた後、ステファンミキサーにてコンチングを行い、コンチング終了の30分前にココアバター100gとレシチン1gを添加し、コンチング後に調温を行い、チョコレートを得た。その際の各アミノ酸の添加量、コンチング工程の温度と時間、得られたチョコレートの評価及び総アミノ酸含有量に対するフェニルアラニン、ロイシン及びアルギニンの合計含有量の割合を表3に示す。アミノ酸等の含有量の測定は実施例1と同様にして行った。
【0066】
【表3】

【0067】
比較例12〜14で得られたチョコレートでは発酵したカカオ豆の風味が強く発現しており、その独特の風味に対する好みがはっきりと分かれてしまうものであった。
【0068】
(比較例15〜17)
ヒープ法にて3日間発酵させた西アフリカ産のカカオ豆由来のカカオマス600kgとココアバター100kg、グラニュー糖300kg、バニリン1kgに対してフェニルアラニン、ロイシン、アルギニンの3種類のアミノ酸を様々な添加量で混合し、リファイナーコンチェにて粉砕処理とコンチングを同時に行い平均粒子径を25マイクロメートルに揃えた後にレシチン1kgを添加し、コンチング後に調温を行い、チョコレートを得た。その際の各アミノ酸の添加量、コンチング工程の温度と時間、得られたチョコレートの評価及び総アミノ酸含有量に対するフェニルアラニン、ロイシン及びアルギニンの合計含有量の割合を表4に示す。アミノ酸含有量の測定には、トリプトファン以外の19種類のアミノ酸については日立ハイテクノロジーズ社製のアミノ酸自動分析計L−8800形を用いてアミノ酸自動分析法によって測定を行い、トリプトファンについては島津製作所社製の高速液体クロマトグラフLC−20ADを用いて高速液体クロマトグラフ法によって測定を行った。
【0069】
【表4】

【0070】
比較例15〜17で得られたチョコレートでは発酵したカカオ豆の風味が発現しており、その独特の風味に対する好みがはっきりと分かれてしまうものであった。
【0071】
(実施例23〜25、比較例18〜20)
インドネシア産の未発酵カカオ豆由来のカカオマス400kgとココアバター100kg、グラニュー糖400kg、バニリン1kgに対してアミノ酸を様々な添加量で混合し、五段ロール処理を行い平均粒子径を25マイクロメートルに揃えた後、コンチングマシーンにてコンチングを行い、コンチング終了の30分前にココアバター100kgとレシチン1kgを添加し、コンチング後に調温を行い、チョコレートを得た。その際の各アミノ酸の添加量、コンチング工程の温度と時間、得られたチョコレートの評価及び総アミノ酸含有量に対するフェニルアラニン、ロイシン及びアルギニンの合計含有量の割合を表5に示す。アミノ酸含有量の測定には、トリプトファン以外の19種類のアミノ酸については日立ハイテクノロジーズ社製のアミノ酸自動分析計L−8800形を用いてアミノ酸自動分析法によって測定を行い、トリプトファンについては島津製作所社製の高速液体クロマトグラフ「LC−20AD」を用いて高速液体クロマトグラフ法によって測定を行った。
【0072】
【表5】

【0073】
実施例23〜25で得られたチョコレートでは、いずれも未発酵カカオ豆由来の土臭さが感じられず、且つ未発酵カカオ豆に特有のコク深い風味を強く感じることができ、しかも、既存の発酵カカオ豆を用いたチョコレートと異なり酸味が少ないという新規で良好な風味が発現していた。一方、比較例18〜20で得られたチョコレートは未発酵カカオ豆の有する土臭い風味が残存しており、風味に悪影響を及ぼしているものであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
未発酵カカオ豆由来のカカオ原料を主原料とするチョコレートであって、前記チョコレート中にフェニルアラニン、ロイシン及びアルギニンを合計0.03〜1.0重量%の範囲内で含有し、且つ総アミノ酸含有量に対するフェニルアラニン、ロイシン及びアルギニンの合計含有量が40重量%以上であることを特徴とするチョコレート。
【請求項2】
50〜95℃のコンチングをして得られる請求項1記載のチョコレート。
【請求項3】
未発酵カカオ豆由来のカカオ原料、ハードバター及び糖質をフェニルアラニン、ロイシン及びアルギニンから選ばれる少なくとも1種類と混合した後に50〜95℃のコンチング工程を経ることを特徴とする請求項1又は2に記載のチョコレートの製造方法。
【請求項4】
前記コンチング工程が2〜12時間である請求項3に記載のチョコレートの製造方法。