トラップベクター及びこれを用いた遺伝子トラップ法
【課題】遺伝子トラップ法によるランダム変異ESクローン技術を提供する。
【解決手段】逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2の順で構成されるloxP配列と、前記loxPの逆反復配列1の一部の配列又は逆反復配列2の一部の配列に変異が導入された変異型loxPとを含むトラップベクター、前記トラップベクターを胚幹細胞に導入する遺伝子トラップ方法、前記ベクターを含む胚幹細胞および非ヒトトランスジェニック動物。
【解決手段】逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2の順で構成されるloxP配列と、前記loxPの逆反復配列1の一部の配列又は逆反復配列2の一部の配列に変異が導入された変異型loxPとを含むトラップベクター、前記トラップベクターを胚幹細胞に導入する遺伝子トラップ方法、前記ベクターを含む胚幹細胞および非ヒトトランスジェニック動物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子トラップ法によるランダム変異ESクローン技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトゲノムプロジェクトの進展で、ヒトゲノムの構造解析は2003年又はそれ以前に終了すると言われている。したがって、個々に遺伝子を単離し、構造解析を行なう時代ではなく、ゲノムの「機能解析」の時代に入ったといえる。
しかし、ゲノムの塩基配列のみでは、機能に関する情報は十分でないため、機能解析のための新しい解析系が必要である。さらに、ヒトゲノム解析の一つの大きな目標はヒト疾患の原因遺伝子の解明であるが、原因遺伝子の構造だけでは病気を説明することはできない。また、ヒト患者を用いて実験することはできず、発症機構を解析することはできない。
したがって、原因遺伝子の同定後の発症過程の解析と新たな治療法の開発のためには、モデル個体の作製が必須課題となっている。
【0003】
一方、ゲノムを、その構造から遺伝子部分とそれ以外の部分に分けるとすれば、それぞれ別個の機能を有すると考えられ、両者の機能を解析することが必要である(図1)。ゲノム全体から見れば、個々の遺伝子は一部の機能しか果たしておらず、ゲノムは単に遺伝子の集合体ではなく、まだ知られていない機能を有しているとも考えられる。事実、position effect mutationという新しい概念が成立したことから、ゲノムには機能が未知の領域を有するものと推察される。
遺伝子部分については、調節領域とコード領域があるが、現在ゲノム機能解析の標的となっているのは、コード領域である。ヒトとマウスを比べてみても、遺伝子の種類はほぼ同じであるため、調節領域の機能解析は重要である。但し、ヒトの遺伝子とマウスの遺伝子との間には、種の相違がある。この違いは、タンパク質の違いではなく、遺伝子発現の調節の違いによるものと思われる。
【0004】
発現調節にあずかる転写因子等の機能は、遺伝子のコード領域の配列から解明することができる。その転写因子が結合するエレメントの解析は、一つの遺伝子の調節領域内に多数存在するので、機能の解明は現在のところ極めて困難である。但し、機能解析の一手法として、細菌人工染色体を用いる方法等が考え得る。
コード領域の機能解析のレベル(対象)は、mRNAレベル、蛋白レベル、細胞レベル、組織・臓器レベル、個体レベルが考えられる。mRNAレベルは、DNAチップで対応できると考えられる。他方、mRNA以外のレベルの解析を考えるとき、ES細胞を利用するのが最も良い方法と思われる。なぜなら、ES細胞から直接in vitroで、各種細胞や組織の誘導糸が開発されているものもあるし、今後開発され得る可能性のあるものも多いからである。また、個体レベルの解析系が樹立できる利点もあるためである。
上記から、ゲノムの機能解析を考える上でも、ES細胞レベルでの遺伝子破壊とそのマウスの作製は極めて重要であることがわかる。
これまでは、ES細胞を用いた相同遺伝子組換え法が、遺伝子破壊マウス作製において主役を演じていたが、これを個々の遺伝子破壊マウスを作製するという戦術としてではなく、網羅的に作製するという戦略的な立場からみたとき、大きな問題点がある。
【0005】
第1は、時間がかかりすぎることである。遺伝子破壊マウス作製において、ES細胞を用いた相同組換えによるノックアウトESクローンを単離することが律速段階となっている。1人の熟練した研究者でも、ノックアウトESクローンを単離するには最低3ヵ月かかるので、年間4遺伝子を破壊できるにすぎない。従って、10万個の遺伝子にそれぞれ一つの変異を導入する場合は、1年あたり25,000人が必要とされる。現在世界中で、1年間に約1000系統の遺伝子破壊マウスが作製されていると見積もられている。そうすると、ノックアウトESクローンを10万種類作製するのに100年かかることになる。これでは、2003年に終了するといわれているヒトゲノムの構造解析の進展と比較しても、現実的ではない。
【0006】
第2は、コストがかかりすぎることである。1系統の遺伝子破壊マウス作製のため、人件費及び減価償却費を除いても、最低200〜400万円必要である。したがって、10万個の単純な遺伝子破壊マウス作製だけで2,000〜4,000億円必要となる。
以上のように、従来のES細胞を用いた相同遺伝子組換えには問題点があり、また、ゲノムは巨大ではあるが、数は決まっている。従って、この中から重要な機能を持つ遺伝子を単離することが必要となる。遺伝子の機能については、遺伝子破壊マウスを作製して初めて明らかになることが多いことから、遺伝子破壊マウスは将来画期的な薬剤の開発等にも直結し、極めて付加価値が高い。従って、「ランダム」かつ「大規模」にマウスの変異体作製を行なうのが世界の「戦略」となっており、現在のところ、以下に述べる3つの方法が、ランダム変異マウス作製において、もっとも妥当であると考えられている。
【0007】
第1は、変異原物質であるエチルニトロソウレア(ethylnitrosourea:ENU)を用いる方法である。ENUを用いた方法による大規模な突然変異体作製のプロジェクトがヨーロッパで開始されている。ドイツではヒトゲノムプロジェクトの一貫として哺乳類遺伝学研究所のパリング博士を中心として1997年度に開始した。英国においてもスミスクライン社が資金を提供し、Harwe11にあるMRCのマウスゲノムセンターにおいてブラウン博士を中心として主に脳・神経系の突然変異マウスを樹立することを目的として開始している。現在までに、両者併せて、優性遺伝を示す変異マウスが約200系統樹立され、予想よりもよい効率でプロジェクトが進行している。米国においてもケースウエスタンリザーブ大学やオークリッジ国立研究所を中心として、膨大な予算(年間60億円)でマウスゲノムの構造解析やENU法による変異体作製が始まることとなった。
【0008】
ENUを成熟雄マウスに投与すると、減数分裂前の精原細胞に作用し、1細胞当たり約50-100カ所に点突然変異をランダムに引き起こす。そして、1つの遺伝子座につきおよそ1/1,000/配偶子の頻度で突然変異が起こる。したがって、1匹の処理マウスを雌マウスと交配することにより、F1世代で多種類の変異マウスを作製できる。また、ENUを用いる方法は、特定の遺伝子座について1,000匹をスクリーニングすれば、1匹はその遺伝子に変異が生じている確率となるため、極めて効率がよいと考えられている。
第2は、やはり変異原物質であるクロラムブシルを用いる方法である。この方法によれば、ENU法と同じ頻度で精原細胞に突然変異を引き起こす。ただし、この場合は時に1メガベースに及ぶ欠失変異が生じる。
【0009】
第3は遺伝子トラップ法によるものである。遺伝子トラップ法とは、マーカー遺伝子を含むトラップベクターをES細胞に導入し、マーカー遺伝子の発現を指標として未知遺伝子の探索を行なうことを目的として開発された方法である。トラップベクターの組み込みはランダムであり、その組込みにより、殆どの場合内在性遺伝子(本来、その細胞や組織に存在する遺伝子)は破壊される。したがって、そのES細胞を用いてキメラマウスを作製することにより、種々の遺伝子破壊マウスを作製できる。
しかしながら、これら変異原物質を用いる方法及び遺伝子トラップ法は、それぞれ利点と欠点を有する(表1)。
【0010】
【表1】
【0011】
ENU法は、変異マウスの作製は容易であるが、個々の変異系統の樹立は、交配により分離を行わなければならない。また、変異した遺伝子の同定には、まず多型DNAマーカーを用いた連関解析により遺伝子座を同定し、その後にポジショナルクローニング法により遺伝子を単離しなければならない。従って、ENU法は操作が煩雑である。
クロラムブシル法は、変異マウスの作製は容易であるが、欠失部位を同定しなければならず、そのためには多数の多型DNAマーカーを用いて解析する必要がある。また、一般的に、クロラムブシル法などの変異原物質法では、大規模の飼育室を必要とするため、費用及び労力がかかる。
【0012】
遺伝子トラップ法は、変異マウスの作製に手間と技術を要するが、変異遺伝子の同定は容易であり、飼育室の規模に応じて実験可能である。遺伝子トラップESクローンはそれ自体ゲノム機能解析のための貴重なリソースとなり、この点も他の方法と際立って異なる点である。
遺伝子トラップ法についても、世界のいくつかの研究室で変異体作製が始まっている。米国では、民間のレキシコンジェネティクス社がレトロウイルスベクターを用いた遺伝子トラップによるランダム破壊を行なっている。しかし、遺伝子をトラップできていても、内在性遺伝子を破壊できているかどうかが定かでないこと、生殖キメラマウスが作製できるかどうかが不明であること、キメラマウス作製は別料金を要求されること、利用するに当たって相当な金額を要求していることなどから、一般の研究者にとっては殆ど利用できない状況である。また、ドイツではENUプロジェクトの一貫としても12,000クローンを目標として遺伝子トラップが行なわれている。いずれにしても、マウス系統の樹立よりも、トラップした遺伝子の解析を先行させる方法で進められている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明が解決しようとする課題は、従来の遺伝子トラップ法の問題点を克服し、ほぼ理想的と思われる新規の「可変型遺伝子トラップ法」を開発し、この方法を用いて大規模なESトラップクローンの樹立とそれを用いたマウス変異体作製を行なうことにある。従って、本発明は、トラップベクター、遺伝子トラップ法、トラップされた遺伝子が導入されたトランスジェニック又はノックアウト動物、さらにトラップされた遺伝子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は上記課題を解決するために鋭意研究の結果、遺伝子トラップ法にバクテリオファージ由来の組換えシステムである、Cre-loxPを利用することを思いつき、本発明を完成するに至ったものである。ここでCreは組換え酵素であり、1oxP配列を認識して、この部位で組換えを起こすものである。
【0015】
すなわち本願は、以下の発明を提供する。
(1) 逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含むloxP配列と、前記loxPの逆反復配列1の一部に変異が導入された配列を含む変異型loxP配列とを含むトラップベクター。
(2) 逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含むloxP配列と、前記loxPの逆反復配列2の一部に変異が導入された配列を含む変異型loxP配列とを含むトラップベクター。
【0016】
(3) 以下の(a)〜(i)のトラップベクター。
(a) SP-SA-lox71-IRES-M-loxP-PV-SP
(b) SP-lox71-IRES-M-loxP-PV-SP
(c) SA-lox71-IRES-M-loxP-pA-PV-SP
(d) SA-lox71-IRES-M-loxP-puro-pA-PV-SP
(e) lox71-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(f) lox71-IRES-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(g) (lox71が組み込まれたSA)-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(h) (lox71が組み込まれたSA)-IRES-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(i) (lox71が組み込まれたSA)-M-loxP-pA-lox2272-プロモーター-M-lox511-SD
(本明細書中、SPは任意配列を、SAはスプライスアクセプターを、SDはスプライスドナーを、IRESは分子内リボゾームエントリー部位を、Mはマーカー遺伝子を、puroはピューロマイシン耐性遺伝子を、pAはポリA配列を、PVはプラスミドベクターを表す。)
上記(a)〜(i)のトラップベクターにおいて、マーカー遺伝子としてはβ-geo遺伝子が挙げられ、プラスミドベクターとしては、pBR322、pUC(pUC18、pUC19、pUC118、pUC119等)、pSP(pSP64, pSP65, pSP73等)、pGEM(pGEM-3、pGEM-4、pGEM-3Z等)が挙げられる。
(4) (a)前記(1)に記載のトラップベクターと、(b)逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含む1oxP配列のうち逆反復配列2の一部に変異が導入された配列を含む変異型1oxPを含むトラップベクターとが、又は、(c)前記(2)に記載のトラップベクターと、(d)逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含む1oxP配列のうち逆反復配列1の一部に変異が導入された配列を含む変異型1oxPを含むトラップベクターとが、組換えを起こしたベクター。
【0017】
(5) 前記(1)〜(3)のいずれかに記載のトラップベクターを胚幹細胞に導入することを特徴とする遺伝子トラップ方法。
(6) (a)前記(1)に記載のトラップベクターと、(b)逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含む1oxP配列のうち逆反復配列2の一部に変異が導入された配列を含む変異型1oxPを含むトラップベクターとを、又は、(c)前記(2)に記載のトラップベクターと、(d)逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含む1oxP配列のうち逆反復配列1の一部に変異が導入された配列を含む変異型1oxPを含むトラップベクターとを、胚幹細胞に導入することを特徴とする遺伝子トラップ方法。
【0018】
(9) 前記(3)又は(4)に記載のベクターを含む胚幹細胞。
(10) 前記(5)又は(6)に記載の方法により得られる胚幹細胞。
【0019】
(11) 前記(3)又は(4)に記載のベクターを含む非ヒトトランスジェニック動物。
(12) 前記(9)又は(10)に記載の胚幹細胞を非ヒト動物に導入することを特徴とする非ヒトトランスジェニック動物の作製方法。
(13) 前記(12)に記載の方法により得られる非ヒトトランスジェニック動物。
【0020】
(14) 前記(3)又は(4)に記載のベクターを含む非ヒトノックアウト動物。
(15) 前記(9)又は(10)に記載の胚幹細胞を動物に導入することを特徴とする非ヒトノックアウト動物の作製方法。
(16) 前記(15)に記載の方法により得られる非ヒトノックアウト動物。
前記(11)〜(16)に記載の動物又は方法において、動物としては、マウス、ラット、ウサギ、モルモット、ブタ、ヒツジ及びヤギが挙げられる。
【0021】
また本願は、以下の発明も提供する。
(17) 逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2の順で構成される1oxP配列のうち、逆反復配列1の一部の配列又は逆反復配列2の一部の配列に変異が導入された変異型1oxPを含むトラップベクター。
ここで、逆反復配列1の一部の配列に変異が導入されたものとしてはlox71(例えば配列番号15に示されるもの)が挙げられ、逆反復配列2の一部の配列に変異が導入されたものとしてはlox66(例えば配列番号17に示されるもの)が挙げられる。
(18) 逆反復配列1の一部の配列に変異が導入されたトラップベクターと逆反復配列2の一部の配列に変異が導入されたトラップベクターとが組換えを起こしたベクター。
【0022】
(19) 以下の(a)〜(i)のトラップベクター。
(a) SP-SA-lox71-IRES-M-loxP-PV-SP
(b) SP-lox71-IRES-M-loxP-PV-SP
(c) SA-lox71-IRES-M-loxP-pA-PV-SP
(d) SA-lox71-IRES-M-loxP-puro-pA-PV-SP
(e) lox71-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(f) lox71-IRES-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(g) (lox71が組み込まれたSA)-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(h) (lox71が組み込まれたSA)-IRES-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(i) (lox71が組み込まれたSA)-M-loxP-pA-lox2272-プロモーター-M-lox511-SD
(本明細書中、SPは任意配列を、SAはスプライスアクセプターを、SDはスプライスドナーを、IRESは分子内リボゾームエントリー部位を、Mはマーカー遺伝子を、puroはピューロマイシン耐性遺伝子を、pAはポリA配列を、PVはプラスミドベクターを表す。)
上記(a)〜(i)のトラップベクターにおいて、マーカー遺伝子としてはβ-geo遺伝子が挙げられ、プラスミドベクターとしては、pBR322、pUC(pUC18、pUC19、pUC118、pUC119等)、pSP(pSP64, pSP65, pSP73等)、pGEM(pGEM-3、pGEM-4、pGEM-3Z等)が挙げられる。
【0023】
(20) 前記(17)〜(19)のいずれかに記載のトラップベクターを胚幹細胞に導入することを特徴とする遺伝子トラップ方法、及び該方法によりトラップベクターが導入された胚幹細胞。
(21) 前記(20)に記載の胚幹細胞を動物に導入することを特徴とするトランスジェニック動物又はノックアウト動物の作製方法、及び該方法により作製されたトランスジェニック動物又はノックアウト動物。
上記動物としては、マウス、ラット、ウサギ、モルモット、ブタ、ヒツジ及びヤギが挙げられる。
【発明の効果】
【0024】
本発明により、遺伝子トラップベクター、及び遺伝子のトラップ法が提供される。本発明によれば、まず、(1) 効率良く遺伝子破壊マウスを作製することができる。トラップベクターのマウス遺伝子への組み込みにより、ほとんどの場合マウス遺伝子は破壊される。したがって、このES細胞を利用すれば、マウス遺伝子の破壊マウスを作製できることになる。すなわち、ネオ耐性クローンの選択と1コピーのトラップベクターの組み込みクローンの選別により、効率良く遺伝子破壊マウスを作製できることになる。通常の相同組換えによる方法では、1人の研究者が1年間にせいぜい4遺伝子の破壊マウスしかできない。本発明の方法によれば、例えば1週間に6系統樹立し、1年間に40週間働いたとすると、合計240系統も樹立できる。従って、上記例の場合は、本発明の方法は通常の方法と比較して60倍の効率である。
【0025】
(2) 詳細な遺伝子機能の解析ができる。
本発明のトラップ法では、予め機能を持つと思われる遺伝子の各部分に変異を導入しておいて、この変異型遺伝子をトラップベクターに組み込み、その後で、変異遺伝子が組み込まれたトラップベクターをマウスに導入し、その表現型を解析することができる。
(3) よりヒトに近い疾患モデルマウスを作製することができる。
ヒトの疾患で発見されたのと同じ突然変異を持つヒト遺伝子をマウス遺伝子に置換して導入できるので、よりヒトに近い疾患モデルマウスを作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】遺伝子部分とそれ以外の部分における両者の機能解析の概念を示す図である。
【図2】本発明のトラップベクターの構築法及び遺伝子のトラップ法の概要を示す図である。
【図3】1oxPの構造を示す図である。
【図4】lox71とlox66との組換えを示す図である。
【図5】変異型loxPによるDNA断片の挿入を示す図である。
【図6】本発明のトラップベクターを示す図である。
【図7】トラップベクターpU-Hachiの構築図である。
【図8】2段階の可変型遺伝子トラップ法を示す図である。
【図9】キメラ動物作製によるトラップ系統の樹立の概要を示す図である。
【図10】トラップベクターの組み込み位置を示す図である。
【図11】マウスの尾骨の屈曲変異を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明を詳細に説明する。本明細書は、本願の優先権の基礎である日本国平成11年特許出願第200997号の明細書及び/又は図面に記載される内容を包含する。
本発明は、遺伝子トラップ法、トラップされた遺伝子が導入されたトランスジェニック又はノックアウト動物、さらにトラップされた遺伝子に関するものである。本発明のトラップ法の概要を図2に示す。まず、本発明の好ましい具体例を達成するためトラップベクターを構築し、これをES細胞に導入してトラップクローンを単離及び選択する(図2A〜C)。図2ではpU-Hachiトラップベクターを例示する。その後、キメラ動物(例えばキメラマウス)を作製してトラップクローン由来のマウスを作製する(図2F〜G)。一方、単離及び選択されたトラップクローンを用いて、トラップされた遺伝子の単離及び配列決定、並びにプラスミドレスキューによるゲノムの回収を行う(図2C〜E)。さらに、クローンを電気穿光法及びピューロマイシン等の薬剤選択を行い、トラップされた遺伝子を発現させ、ESクローンのマウス系列の作製を行う(図2H〜I)。
【0028】
本発明をまとめると以下の通り要約できる(パイロットスタディを含む)。
(1)全体の効率
(1-1)胚様体形成によるスクリーニング
ネオ耐性クローン106個を浮遊培養し、胚様体を形成させ、ES細胞の段階及び分化誘導後の2点でb-ga1の発現を解析した。その結果、90個(86%)のトラップクローンは、いずれかの時期で発現していた。
(1-2)単一コピーの組込みを示すクローンの選別
胚様体形成過程での遺伝子発現を示した109個のトラップクローンについて、DNAを抽出し挿入パターンを解析した。その結果、75個(70%)は単一コピーの挿入であり、そのうち完全なもの(プラスミド起源を保持するもの)が24個(22%)、pUC部分が欠失したものが40個(37%)であった。pUCが欠失しても、lox71部位を利用すればpUCは再び挿入できるので、これら64個(59%)のクローンについて利用できることが分かった(表4)。
【0029】
(1-3)生殖キメラ作製効率
上記のトラップクローンを用いてキメラマウスを作製したが、約半数のクローンにおいて生殖キメラマウスが得られた。
(1-4)全体の要約
最初に選択したネオ耐性クローンの約26%のものが最終段階にまで至ることが分かった。生殖キメラ作製効率は現在上昇しているので、もう少し全体の効率をあげることができると考えられるが、現時点でも十分研究の実施には差し支えないほどのよい効率であると考えられる。
【0030】
(2)遺伝子トラップ法の効率
これまでの試験の結果、24トラップ系統を樹立した。遺伝子レベルの解析まで進んだものは13系統であり、塩基配列をBlast programを用いてGenebankおよびEMBLデータベースと比較した。その結果、9クローンが既知遺伝子、3クローンがEST、残り1クローンが未知遺伝子であった(表2)。これまで他の研究者による報告では、10-25%が既知遺伝子、10-20%がEST、50-80%が未知遺伝子、2-10%がリピートである。
【0031】
【表2】
【0032】
(3)トラップされた遺伝子
胚様体形成によるスクリーニング法にまり、発生や細胞増殖に関連する遺伝子を効率よくトラップしているかどうかを、既知遺伝子の種類を調べることで検討した。その結果、転写因子であるCBP(CREB binding protein)やSp1、細胞周期に関与するcyolin B2、シグナル伝達に関与するCrkとpHPS1-2、翻訳に関与するrRNA、sui1、hnRNP L、RNA polymerase I、そしてミトコンドリアDNAであった(表3)。それぞれよく知られた遺伝子がトラップされていることが分かった。これらの多くは、細胞増殖に関与する遺伝子であり、胚様体形成によるスクリーニング系が、よく機能していることを示唆している。
【0033】
【表3】
【0034】
(4)トラップによる遺伝子破壊の確認
遺伝子トラップにより、実際に内在性遺伝子が破壊されるかどうかが重要なポイントの一つであるので、6つの既知遺伝子について、トラップ部位の構造を解析した。その結果、1つはプロモーター領域、1つはエクソン内に、4つはイントロン内に挿入されており、すべてにおいて遺伝子が完全または部分的に破壊されていた。したがって、本発明の遺伝子トラップ法により、効率よく内在性遺伝子を破壊できることが明らかとなった(図10)。
【0035】
以下、本発明をさらに詳しく説明する。
1.トラップベクターの構築
遺伝子トラップ法とは、トラップベクターをES細胞に導入すると、偶然及びランダムにマウス内在性遺伝子に組込まれることを利用して、未知遺伝子をゲノム上でトラップするというものである。「遺伝子トラップ」とは、トラップベクターがゲノム上の特定の遺伝子に入り込んで、当該特定の遺伝子を捕まえることを意味し、遺伝子を捕らえるためのベクターを「トラップベクター」という。遺伝子にはエンハンサー、プロモーター、エクソン、ポリAなどが存在し、それぞれを捕獲することができるが、そのためには、目的に応じた構造を持つトラップベクターを使用することができる。
【0036】
一般に、エクソントラップベクターは、スプライスアクセプターのみを有するレポーター遺伝子、薬剤選択マーカー遺伝子、及びプラスミド部分から構成されており、マウス内在性遺伝子の下流に組み込まれたときにのみ、レポーター遺伝子が発現する。換言すれば、トラップベクター中のレポーター遺伝子の発現をモニターすることで、内在性遺伝子への組込みを知ることができる。また、pUC19などのプラスミドをトラップベクターに連結しておくと、いわゆるプラスミドレスキュー法と呼ばれる手法により、トラップした内在性遺伝子を単離することができる。「プラスミドレスキュー法」とは、エレクトロポレーション法等により形質転換された細胞をアンピシリン選別等にかけて目的の遺伝子を回収する方法である(図2E)。しかも、トラップ時にその遺伝子を破壊するので直ちに遺伝子破壊マウスを作製することができる。さらに、レポーター遺伝子はマウス内在性遺伝子の発現調節領域に支配されて発現するので、内在性遺伝子の発現の組織特異性、時期特異性を簡単に解析することができる。
【0037】
従来の遺伝子トラップ法では、遺伝子を完全に破壊できても、ヒト遺伝病で見られるような小さな変異、例えば1アミノ酸置換といった変異を導入することができず、またヒト遺伝子と置換することもできないという問題点があった。そこで、本発明は、これらの問題点を解消するため、バクテリオファージ由来の組換えシステムである、Cre-loxPを改変し、それを遺伝子トラップ法に利用することにより、一旦遺伝子トラップベクターを組み込ませてマウス遺伝子を破壊した後、トラップベクター内の変異lox部位に、任意の遺伝子を挿入できることとしたものである。これによって、ヒト遺伝病で見られるような小さな変異、例えば1アミノ酸置換といった変異を導入することが可能となり、またヒト遺伝子と置換することも可能となる。本発明のトラップベクターは、種々の遺伝子をトラップするために使用することができるが、エクソントラップ又はプロモータートラップ用として好ましく使用することができる。
【0038】
1oxP(locus of crossing (X-ring) over, P1)は34塩基(5'-ataacttcgtata gcatacat tatacgaagttat-3')からなる配列であり(配列番号3)、5'末端から13塩基(逆反復配列1という)、及び3'末端から13塩基の配列(逆反復配列2という)が、それぞれ逆反復配列を構成し、「gcatacat」により示される8塩基のスペーサーと呼ばれる配列が上記逆反復配列1及び2に挟まれている(図3)。「逆反復配列」とは、スペーサーを境界として一方の側の配列が、他方の側の配列と、互いに向き合う方向に相補的であるような配列を意味する。換言すれば、一方の側の配列のうちセンス鎖の配列が、他方の側の配列のアンチセンス鎖と、互いに向き合う方向に相同であることを意味する。方向が互いに向き合っており、二本鎖を形成したときの配列自体は同一で繰り返されているため、逆反復配列と呼ばれる。図3に示す通り、二本鎖のうち一方の鎖(例えばセンス鎖)において、紙面左側の逆反復配列1(5'-ataacttcgtata-3':配列番号4)は、紙面右側の逆反復配列2(5'-tatacgaagttat-3':配列番号5)に対し、それぞれ、5'→3'方向、3'←5'方向に相補的という関係になっている。
【0039】
1oxPは、通常の配列と異なり方向性を有する。従って、本発明において、上記5'→3'の向きで1oxPの配列を表示するときは、その表示中に紙面左向きの矢印
を含めることとする。
Cre(causes recombination)とは、遺伝子組換えを起こさせる組換え酵素(リコンビナーゼともいう)を意味し、上記反復配列を認識し、スペーサー部の「cataca」を粘着末端とする切断様式で切断する(図3)。
ところで、バクテリアの中では、2カ所の1oxP間で組換えが起こり、挿入または削除反応が起こる。哺乳類細胞で挿入反応を起こすことができれば、後に任意の遺伝子を挿入できるので、応用性は格段に広がる。哺乳類細胞では核が大きいため、一旦削除されたloxPを持つ環状DNAは拡散してしまい、挿入反応は殆ど観察されない。
そこで、本発明者は、挿入反応を起こすために1oxP配列に変異を導入し、一旦遺伝子がゲノムに挿入されると挿入された遺伝子は削除できない(ゲノムから脱離しない)ようにすることを考え、このため2種類の変異型1oxPを準備した(図4)。
【0040】
1つは、loxPの反復配列(センス鎖側)のうち紙面左側の反復配列「ATAACTTCGTATA」(配列番号4)を、「TACCGTTCGTATA」(配列番号1)となるように左から5塩基までに置換変異(下線部が変異させた部分。)を導入したものであり、これを「lox71」と名付けた(配列番号15;図4b)。もう1つは、紙面右側の反復配列「TATACGAAGTTAT」(配列番号5)を、「TATACGAACGGTA」(配列番号2)となるように右から5塩基までに置換変異(下線部が変異させた部分。)を導入したもので、これを「1ox66」と名付けた(配列番号16;図4b)。
ゲノム上の1ox71とプラスミド上のlox66との間で組換えが起こると、挿入されたDNAの5'側(紙面左側)にはloxPの両側の反復配列が変異したもの(「1ox71/66」という:TACCGTTCGTATA GCATACAT TATACGAACGGTA:配列番号6)が、右側には野生型の1oxP(ATAACTTCGTATA GCATACAT TATACGAAGTTAT:配列番号3)が配置される(図4a)。その結果、Creはもはや1ox71/66を見分けることができず、loxPとの間で組換えを起こせず、ゲノムに遺伝子は挿入されたままとなる。すなわち、loxP同士の相同組換えの場合は、切り出されたloxPを含む環状DNAが物理的に離れるので、挿入よりも削除に反応は傾く。一方、染色体側にlox71を、及び環状DNA側にlox66を用いると、組み込まれたときに生ずるlox71/66をCreリコンビナーゼは認識できにくくなり、削除反応より挿入反応に傾くため、挿入状態が維持される(図5)。ここで、本発明においては、染色体側にlox66を、環状DNA側にlox71を用いることもできる。
【0041】
実際に、ES細胞にあらかじめ1ox71などの変異型loxP(以下「変異型lox」ともいう)を組込んでおき、そこに他の変異型loxP (例えばlox66)を含むプラスミドを導入すると、プラスミドがゲノムに組込まれる。したがって、例えばこのlox71をあらかじめ遺伝子トラップベクターに組込んでおけば、あとでいかなる遺伝子でも1ox66を用いて挿入することが可能となる。つまり、小さな変異を導入した遺伝子やヒトの遺伝子で置換することも可能となった。
この変異型lox(1ox71又はlpx66)を利用した遺伝子トラップベクターは、以下の通り構築することができる(図6参照)。但し、以下のトラップベクターは例示であって、限定されるものではない。従って、以下のベクターにおいて、変異型loxとしてlox71を例示するが、これに限定されるものではなく、lox71の代わりにlox66を用いたものも、本発明のトラップベクターに含まれる。
【0042】
(a) U8: SP-SA-lox71-IRES-M-pA-loxP-PV-SP
(b) U8delta: SP-lox71-IRES-M-pA-loxP-PV-SP
(c) pU-Hachi: SA-lox71-IRES-M-loxP-pA-PV-SP
(d) pU-12: SA-lox71-IRES-M-loxP-puro-pA-PV-SP
(e) pU-15: lox71-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(f) pU-16: lox71-IRES-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(g) pU-17: (lox71が組み込まれたSA)-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(h) pU-18: (lox71が組み込まれたSA)-IRES-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(i) (lox71が組み込まれたSA)-M-loxP-pA-lox2272-プロモーター-M-lox511-SD
本明細書中、上記ベクターの構成要素において、SPは任意配列を、SAはスプライスアクセプターを、SDはスプライスドナーを、IRESは分子内リボゾームエントリー部位を、Mはマーカー遺伝子を、puroはピューロマイシン(puromycin)耐性遺伝子を、pAはポリA配列を、PVはプラスミドベクターを表す。
【0043】
トラップベクターがゲノムDNAに組み込まれる際に、ほとんどのケースでベクターの一部が欠失し、その結果、ベクターの重要な部分が欠失する場合がある。SPは、そのような欠失を防ぐためのダミーとして付加した任意配列であり、配列は自由に決定することができる。SPの配列の長さは100〜1000塩基、好ましくは300〜400塩基である。また、公知の任意配列をSPに使用することができる。公知配列としては、例えばウサギβ-グロビン遺伝子の一部等が挙げられる。
スプライスアクセプターは、スプライシングの際にエキソンの3'末端側に連結することができる配列を意味する。
スプライスドナーは、スプライシングの際にエキソンの5'末端側に連結することができる配列を意味する。
IRESは、分子内リボゾームエントリー部位(internal ribosomal entry site)と呼ばれ、タンパク質合成の際にアミノアシルt-RNAが結合するリボゾーム上の部位(A部位)であり、CAP非依存的に翻訳を開始できるようにするための配列である。
【0044】
マーカー遺伝子は、本発明のベクターが標的遺伝子をトラップできたか否かを示すマーカーとなる遺伝子であり、大腸菌由来のβ-ガラクトシダーゼ遺伝子(lacZ遺伝子)、又はlacZ遺伝子とネオマイシン(G418)耐性遺伝子との融合遺伝子(β-geo遺伝子)、CAT遺伝子、GFP遺伝子、SV40ラージT遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、ブラストサイジンS耐性遺伝子等が挙げられる。
プラスミドベクターは、遺伝子トラップ後に内在性遺伝子をプラスミドレスキュー法により単離するために使用されるものである。「プラスミドレスキュー法」とは、トラップベクター内のプラスミド(大腸菌で増やせるもの)の一部を利用して当該プラスミド部分の近接領域を回収する方法を意味する。例えば、プラスミドにゲノムDNAが連結された場合において、制限酵素処理によりプラスミドとゲノムDNAとが連結した断片を切り出し、切り出した断片を環状にした後、大腸菌に導入して増殖させると、プラスミドに近接したゲノムDNAを回収することができる。プラスミドベクターとしては、例えばpBR322、pUC(pUC18、pUC19、pUC118、pUC119等)、pSP(pSP64, pSP65等)、pGEM(pGEM-3、pGEM-4、pGEM-3Z等)等が挙げられる。なお、プラスミドベクターには、supF、アンピシリン耐性遺伝子、複製開始点、及びクローニングのための制限酵素部位(例えばマルチクローニング部位)を単独で又は適宜組み合わせて連結しておくことができる。
【0045】
上記(a)に示すベクターをU8という。U8の基本部分(SA-IRES-β-geo-pA:図7)は、pGT1.8IRESbetageoに由来している。このpGT1.8IRESbetageoは、マウスEn-2遺伝子由来のスプライスアクセプター、IRES、β-geoを含んでいる。このpGT1.8IRESbetageoのBglII部位に1ox71を組み込んだ後、SalIで処理し、SalI断片を用意しておく。一方、pUC19などのベクターに180塩基対のSP配列、1oxP、ポリAシグナルを組み込み、プラスミドpEBN-Setiを作製する。このプラスミドのSalI部位に、上記のSalI断片を挿入し、U8を作製する。したがって、この構造は、5'側から順に任意配列、スプライスアクセプター、1ox71、IRES、β-geo、pA、loxP、pUC19、任意配列である(図7)。
上記(b)に示すベクターをU8deltaという。U8deltaは、U8のスプライスアクセプターを削除したベクターである。このベクターは、lox71がレポーターであるβ-geoの前に、1oxPがβ-geoの後ろに接続された構成となっている。このような構成としたのは、ベクターが組込まれたのちに、Creを一過性に発現させることで、中間のIRESとβ-geo部分を完全に除去できるからである。その結果、プラスミドpUC19が上流に存在するマウス内在性遺伝子の近傍に位置することになり、マウス内在性遺伝子を容易に単離することができる。
【0046】
上記(c) に示すベクターを「pU-Hachi」という。このベクターは、SA-lox71-IRES-M-loxP-pA-PV-SPで構成されている。pU-HachiベクターはpGT1.8IRESβ-geoに由来し、マウスEn-2遺伝子からのSA配列と、脳心筋炎ウイルス由来のIRES配列に連結したβ-geo配列とを含有する。lox71のBamHI断片をpGT1.8IRESβ-geoのBglII部位に挿入し、任意配列、loxP配列、及びマウスホスホグリセレートキナーゼ-1(PGK)由来のpoly A付加シグナルを、ベクターのLacZ配列が除去された改変型ベクターに挿入することによりプラスミドを構築する。SP配列は、トラップベクターの3'側を保護するために使用される。プラスミドの制限酵素SalI部位にSA-IRES-lox71-β-geoのSalI断片を挿入することにより、pU-Hachiを得ることができる。
上記(d) に示すベクターを「pU-12」という。このベクターは、SA-lox71-IRES-M-loxP-puro-pA-PV-SPで構成されている。pU12トラップベクターを構築するために、まずpE3NSE7のPGK poly(A)シグナルをピューロマイシン耐性遺伝子+PGK poly(A)シグナルに置き換え、さらにその下流のBglII部位にlox511を挿入する。得られるプラスミドの制限酵素部位にpU-HachiからのSA-IRES-lox71-β-geoのSalI断片を挿入することにより、pU-12を得ることができる。
【0047】
上記(e) に示すベクターを「pU-15」という。このベクターは、lox71-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511で構成されている。ここで、「lox2272」は、loxPのスペーサー領域(gcatacat)のうち、第2番目のcをgに、第7番目のaをtに置換した配列(ggatactt)を有するものをいう。また、「lox511」は、loxPのスペーサー領域(gcatacat)のうち、第2番目のcをtに置換した配列(gtatacat)を有するものをいう。lox511及びlox2272は、loxP配列のスペーサー部分に変異があるため、それ自身(lox511同士、lox2272同士)とは組換えを起こすが、loxPやlox71とは組換えを起こさない変異lox配列である。なお、lox2272及びlox511の配列順序はどちらを前方又は後方にしてもよく、任意に選択することができる(以下同様)。
上記(f) に示すベクターを「pU-16」という。このベクターは、lox71-IRES-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511で構成されており、pU-15のlox71とβ-geoとの間にIRESを挿入することにより作製することができる。
上記(g) に示すベクターを「pU-17」という。このベクターにおいて、1ox71はSAの一部の領域に挿入されている。例えば、pSPプラスミドに、lox511、loxP、PGK poly(A)シグナル、lox2272を挿入してプラスミドを構築し、次に、pU-HachiのSA内にlox71配列を挿入し、続いてβ-geoをこの順に挿入する。このプラスミドを、先に構築しておいたプラスミドと連結することにより、pU-17を得ることができる。
【0048】
上記(h)に示すベクターを「pU-18」という。このベクターも、pU-17と同様、SAの中にlox71が挿入されている。pU-18は、pU-17のSAとβ-geoとの間にIRESを挿入することにより得ることができる。
上記(i)に示すベクターは、(lox71が組み込まれたSA)-M-loxP-pA-lox2272-プロモーター-M-lox511-SDで構成される。このベクターは、pU-17内のPVの代わりに プロモーター及びMをこの順で挿入し、lox511の後方にSDを連結することにより得ることができる。このベクターには、プロモーターが付加されている。プロモーターとしては、特に限定されるものではなく、任意のものを使用することができる。例えば、後述の形質転換体作製の項に記載の細菌由来プロモーター、酵母由来プロモーターなどのほか、SP6 RNAポリメラーゼプロモーター、T7RNAポリメラーゼプロモーター、T3RNAポリメラーゼプロモーターなどのRNAポリメラーゼプロモーター、あるいは、EF1(伸長因子1)プロモーター、PGK(グリセロリン酸キナーゼ)プロモーター、MC1(ポリオーマエンハンサー/単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)プロモーターなどの哺乳動物由来プロモーターを例示することができる。
【0049】
2.遺伝子トラップ
前記の通り作製されたベクターを用い、2段階の遺伝子トラップを行う。
第1段階は通常の遺伝子トラップ法である。「通常の遺伝子トラップ」とは、ES細胞に前記トラップベクターを導入し、ES細胞内に本来的に存在する内在性遺伝子をトラップすることを意味する。これにより、ES細胞中の内在性遺伝子は破壊される。なお、このES細胞を用いて、後述の遺伝子破壊マウスを作製することができる。そして、トラップされた内在性遺伝子(図8、遺伝子X)を単離した後に、大腸菌の中で部位特異的変異導入法等の方法でこの遺伝子に微細な変異を導入し(図8、遺伝子X')、これをプラスミド上で1ox66の下流につなぎ、第2段階の遺伝子トラップを行う(図8)。なお、遺伝子Xに変異を導入するには、Kunkel法、Gapped duplex法等の公知の手法又はこれに準ずる方法を採用することができる。例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-K又はMutant-G(TAKARA社製))などを用いて、あるいは、LA PCR in vitro Mutagenesis シリーズキット(TAKARA社)を用いて変異の導入が行われる。
【0050】
第2段階の遺伝子トラップは、1ox66の下流に連結された内在性遺伝子の変異型(遺伝子X')をES細胞に導入することを意味する。これにより、第1段階で導入されたトラップベクターの1ox71部位が、第2段階で導入したベクターのlox66との間で組換えを起こし、「(lox71/66)-(遺伝子X')-(loxP)」で構成されるカセットを含む改変した遺伝子を導入できる(図8)。
この方法によれば、改変した内在性遺伝子のみならず、ヒト遺伝子で置換することも可能であり、あらゆる遺伝子を導入することができる。これを本発明において可変型遺伝子トラップ法と名付ける。
【0051】
3.トラップベクターが組み込まれたクローン(ES細胞)のスクリーニング
遺伝子トラップベクターをES細胞に導入しネオ耐性クローンを選別すれば、これらはマウス内在性遺伝子の下流にトラップベクターが組み込まれているクローンであるとみなされる。これらのクローンからDNAを抽出し、サザンブロット法等により解析し、トラップベクターが1コピーのみ組み込まれているクローンを選択する。この選択方法を用いることにより、効率良くマウス遺伝子をトラップしているクローンを選択できることがわかったので、これをスクリーニング系として用いる。
【0052】
(1)ネオ耐性クローンの単離
本発明において、トラップベクターをES細胞に導入するには、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法等が採用される。例えば、トラップベクター100μgを電気穿孔法(バイオラッドGenePulserを用い、800V, 3μFの条件下)にて0.8m1のリン酸緩衝液中に浮遊させた3000万個のTT2 ES細胞に導入し、200μg/m1の濃度のG418存在下で培養する。1週間後に、ネオ耐性クローンを単離する。
遺伝子トラップベクターはES細胞のゲノム上にランダムに組み込まれる。したがって、単にトラップベクターをES細胞に導入しただけでは、必ずしも遺伝子の中に組み込まれるわけではなく、遺伝子とは関係のない場所にも組み込まれる。しかし、トラップベクター内には薬剤耐性遺伝子であるネオ耐性遺伝子がまれているので、それが発現している細胞は、ネオマイシン(G418ともいう)耐性となる。逆に言えば、ネオマイシン存在下で生存する細胞は、ネオ耐性遺伝子を発現していることになる。トラップベクター内のネオ耐性遺伝子は、ES細胞で発現しているマウスの遺伝子の下流に組み込まれないと発現しない。したがって、発現するということは、ある遺伝子の下流に組み込まれたことを意味する。
【0053】
(2)組込みパターンによるESクローンの選別
ESクローンから常法にしたがってDNAを抽出し、サザンブロット法等により組込みパターンを解析する。サザンブロットのパターンが単一バンドとして現れた場合は、1コピーのみが組込まれていると判断できるため、そのパターンを表したDNAを選別する。これは、プラスミドによるマウス内在性遺伝子の単離を容易に行なえるクローンを選別するためであり、また、1コピーでネオ耐性となるクローンでは、実際にマウス遺伝子をトラップしている確率が極めて高いからである。
【0054】
4.キメラ動物作製によるトラップ系統(トランスジェニック動物)の樹立
キメラ動物の作製は標準的な方法で行う(図9)。本発明において作製されるキメラ動物の種類は特に限定されるものではない。例えば、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、イヌ等が挙げられる。本発明においては、取り扱いが容易で繁殖もしやすいマウスが好ましい。
ネオマイシンで選別したES細胞を動物由来の桑実胚と凝集させ(ES細胞と桑実胚との集合体を形成させること)、キメラ動物胚(例えば胚盤胞まで発生したもの)を作製する。これらを不妊雄と交尾し偽妊娠状態となった仮親の子宮に移植する。例えばマウスの場合は約17日後に子が生まれるので、仮親から生まれた子のうちキメラ動物を選ぶ。キメラの寄与率が高い動物は、生殖系列の可能性が高いが、キメラ動物を正常動物と交配することにより、生殖系列のキメラ動物であることの確認が可能である。
その後正常な雌と交配し、F1を得て変異動物系統を樹立する。系統(トランスジェニック動物)樹立ができたもののみについて以下の解析を行なう。なお、F1からの精子、及び該精子を用いて体外受精を行なって得られる2細胞期胚は、超急速凍結法にて凍結保存しておくことができる。
【0055】
(1)発現パターンの解析
F1動物を交配し、胚(例えばマウスの場合9.5日目のもの)と成体における発現パターンを解析する。
(2)表現型の解析
樹立した動物系統について、ヘテロ及びホモ動物の表現型を解析する。表現型の解析は、肉眼的観察、解剖による内部の観察、各臓器の組織切片、X線撮影による骨格系、行動や記憶、血液を用いて行う。
【0056】
(3)トラップした遺伝子の単離と構造解析、染色体地図の作成
トラップクローンからDNAの単離と塩基配列の決定を行ない(後述)、ホモロジーサーチを行なう。その結果、得られた配列情報が既知遺伝子、EST、未知遺伝子及びリピートのいずれに属するのか、区別しておく。ESTと未知遺伝子については、染色体地図を作成することもできる。染色体地図は、蛍光in situ hybridization(FISH)法、またはマイクロサテライトプローブ等を用いた連関解析若しくは放射線照射による雑種細胞を用いた解析によって行なう。染色体上の位置が明らかになれば、既存の変異マウスの位置と対比し、一致するかどうかも調べておく。
(4)データベース構築
樹立した各系統について、マーカー遺伝子の胚(例えばマウスの場合10日目の胚)と成体における発現パターン、F1およびF2動物における表現型、トラップした動物内在性DNAの塩基配列、ESTと未知遺伝子についてはその染色体上の位置について、データベースを作成する。
【0057】
5.ノックアウト動物
本発明のノックアウト動物は、遺伝子の機能が失われるように処理されたものである。その処理方法について説明する。
本発明において使用し得る動物としては、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、イヌ等が挙げられる。本発明においては、取り扱いが容易で繁殖もしやすいマウスが好ましい。
未知遺伝子を含むゲノム DNAを、動物ES細胞から調製したゲノムDNAから PCRにより、又はゲノムライブラリーから得、これに本発明のトラップベクターに組み込む。この操作により、このエクソンの機能は破壊される。これと同時にベクターの中にネガティブ選別用のチミジンキナーゼ (tk) 遺伝子又はジフテリア (DT) 毒素遺伝子を繋げておく。エレクトロポレーション等によりトラップベクターをES細胞に導入し、この細胞をポジティブ選別用のネオマイシン及びネガティブ選別用の核酸類似体 FIAU (fluoroiodoadenosyluracil)、又はジフテリア毒素の存在下で培養する。この選別によりトラップベクターが挿入されたES細胞のみが残る。このESクローンでは、破壊されたエクソンを含む遺伝子がノックアウトされる。得られた細胞を仮親の子宮に移植し、その後生まれるキメラ動物を選ぶ。キメラ動物と正常動物との交配により、ヘテロ接合体動物が得られ、ヘテロ接合体同士の交配によりホモ接合体を得ることができる。
【0058】
なお、ノックアウトマウスが得られたことの確認は、F1マウス個体についてX線写真撮影を行い、骨の異常(例えば骨の変形)の有無を観察する。また、外見上の異常の有無及び解剖を行った際の諸組織-臓器の異常を観察することもできる。さらに、組織からRNAを抽出し、ノーザンブロット解析により遺伝子の発現パターンを解析し、必要に応じて血液を採取し、血液検査や血清生化学検査を実施してもよい。
【0059】
6.遺伝子の単離、組換えベクターの構築及び形質転換体の作製
(1) 遺伝子の単離
本発明においては、前記の通りトラップされた遺伝子のクローニングを行い、構造解析を行うことができる。
トラップクローンからDNAの単離は、通常行われる手法により行うことができる。例えば、トラップクローンのmRNAからクローニングする場合は、まず、トラップクローンをグアニジン試薬、フェノール試薬等で処理して全RNAを得た後、オリゴdT-セルロース又はセファロース2Bを担体とするポリU-セファロース等を用いたアフィニティーカラム法、あるいはバッチ法によりポリ(A+)RNA(mRNA)を得る。得られたmRNAを鋳型として、オリゴdTプライマー及び逆転写酵素を用いて一本鎖cDNAを合成した後、該一本鎖cDNAから二本鎖cDNAを合成する。このようにして得られた二本鎖cDNAを適当な発現ベクター(例えばλgt11等)に組み込むことによって、cDNAライブラリーを得る。
【0060】
上記の通り得られた遺伝子について塩基配列の決定を行う。塩基配列の決定はマキサム-ギルバートの化学修飾法、又はDNAポリメラーゼを用いるジデオキシヌクレオチド鎖終結法等の公知手法により行うことができる。通常は、自動塩基配列決定装置等により塩基配列を決定することができる。また、cDNAの5'領域又は3'領域の塩基配列が未決定の場合は、5'-RACE法、3'-RACE等を用いて全塩基配列の決定を行う。RACE (Raped Amplification of cDNA Ends)法は、当該技術分野において周知であり(Frohman,M.A. et al., Methods Enzymol. Vol. 218, pp340-358 (1993))、RACEを行うためのキットも市販されている(例えば、MarathonTMcDNA Amplification Kit; CLONETECH社、その他)。
一旦本発明の遺伝子の塩基配列が決定されると、その後は、化学合成によって、又は決定された当該塩基配列から合成したプライマーを用いたPCRによって、本発明の遺伝子を得ることができる。
【0061】
(2)組換えベクターの構築
目的とする遺伝子断片を精製し、ベクターDNAと連結する。ベクターとしては、ファージベクター、プラスミドベクター等の任意のものを用いることができる。DNAとベクターとの連結手法は、当該分野で周知である(J. Sambrook, et al., Molecular cloning, A Laboratory Manual, Second Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1989)。さらに、これより組換えベクターを作製し、大腸菌等に導入してコロニーを選択して所望の組換えベクターを調製する。
(3)形質転換体
本発明の形質転換体は、本発明の組換えベクターを、目的遺伝子が発現し得るように宿主中に導入することにより得ることができる。ここで、宿主は、本発明のDNAを発現できるものであれば特に限定されるものではない。例えば、細菌、酵母、動物細胞、昆虫細胞等が挙げられる。
【0062】
大腸菌等の細菌を宿主とする場合は、本発明の組換えベクターが該細菌中で自律複製可能であると同時に、プロモーター、リボゾーム結合配列、本発明の遺伝子、転写終結配列により構成されていることが好ましい。また、プロモーターを制御する遺伝子が含まれていてもよい。大腸菌としては、例えばエッシェリヒア・コリ(Escherichia coli)K12、DH1などが挙げられ、枯草菌としては、例えばバチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)などが挙げられる。プロモーターは、大腸菌等の宿主中で発現できるものであればいずれを用いてもよい。例えばtrpプロモーター、lacプロモーター、PLプロモーター、PRプロモーターなどの、大腸菌やファージに由来するプロモーターが用いられる。tacプロモーターなどのように、人為的に設計改変されたプロモーターを用いてもよい。細菌への組換えベクターの導入方法は、細菌にDNAを導入する方法であれば特に限定されるものではない。例えばカルシウムイオンを用いる方法(Cohen, S.N. et al.:Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 69:2110-2114 (1972))、エレクトロポレーション法(Becker, D.M. et al.:Methods. Enzymol., 194: 182-187 (1990))等が挙げられる。
【0063】
酵母を宿主とする場合は、例えばサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)などが用いられる。この場合、プロモーターとしては酵母中で発現できるものであれば特に限定されず、例えばgal1プロモーター、gal10プロモーター、ヒートショックタンパク質プロモーター、MFα1プロモーター、PHO5プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーター、AOX1プロモーター等が挙げられる。酵母への組換えベクターの導入方法は、酵母にDNAを導入する方法であれば特に限定されず、例えばエレクトロポレーション法、スフェロプラスト法(Hinnen, A. et al.:Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 75: 1929-1933 (1978))、酢酸リチウム法(Itoh, H.:J. Bacteriol., 153:163-168 (1983))等が挙げられる。
【0064】
動物細胞を宿主とする場合は、COS細胞、Vero細胞、チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)、マウス骨髄腫細胞などが用いられる。プロモーターとしてSRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、EF1プロモーター、PGKプロモーター、MC1プロモーター等が用いられ、また、ヒトサイトメガロウイルスの初期遺伝子プロモーター等を用いてもよい。動物細胞への組換えベクターの導入方法としては、例えばエレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法等が挙げられる。
昆虫細胞を宿主とする場合は、Sf9細胞、Sf21細胞などが挙げられる。昆虫細胞への組換えベクターの導入方法としては、例えばリン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法などが用いられる。
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例にその技術的範囲が限定されるものではない。
【実施例】
【0065】
〔実施例1〕 遺伝子トラップベクター変異体の作製
(1) pU-Hachiトラップベクターの構築
pU-HachiベクターはpGT1.8IRESβ-geoに由来し、マウスEn-2遺伝子からのSA配列と、脳心筋炎ウイルス由来のIRES配列に連結したβ-geo配列とを含有する。まず、lox71のBamHI断片をpGT1.8IRESβ-geoのBglII部位に挿入した。次いで、ウサギβ-グロビン遺伝子の一部である180bpの配列、loxP配列、及びマウスホスホグリセレートキナーゼ-1(PGK)由来のpoly A付加シグナルを、ベクターpUC19のLacZ配列が除去された改変型ベクターに挿入することにより、プラスミドpEBN-SE7tiを構築した。SP配列は、トラップベクターの3'側を保護するために使用した。プラスミドpEBN-SE7tiのSalI部位にSA-IRES-lox71-β-geoのSalI断片を挿入することにより、pU-Hachiを得た。
【0066】
(2) pU12トラップベクターの構築
pU12トラップベクターを構築するために、まずpE3NSE7のPGK poly(A)シグナルをピューロマイシン耐性遺伝子+PGK poly(A)シグナルに置き換え、さらにその下流のBglII部位にlox511を挿入したプラスミドを作製した。そのプラスミドのSalI部位にpU-HachiからのSA-IRES-lox71-β-geoのSalI断片を挿入することにより、pU-12を得た。
【0067】
(3) pU17トラップベクターの構築
まず、pSP73(Promega)に、lox511、loxP、PGK poly(A)シグナル、lox2272をこの順で挿入し、プラスミドpSP5PP2を構築した。次に、pU-HachiのSA内に2箇所あるBamHIのうち上流のBamHI部位で切断し、pBluescriptII KS+ プラスミドに、SA前半のBamHIまでのDNA断片、lox71配列、SA後半BamHIからKpnIまでのDNA断片、β-geoのNcoIからSalI部位までをこの順に挿入し、プラスミドpKS+S71Aβgeoを構築した。このpKS+S71Aβgeoからlox71を含むSA-βgeoのXbaI断片を切り出し、これをpSP5PP2のSpeI部位に挿入することによりpU-17を得た。
【0068】
〔実施例2〕 ES細胞クローンの選別
pU-Hachiトラップベクターを用いたエレクトロポレーションにおいては、100μgのSpeIで消化したDNA及び3×107個の細胞を用いた。細胞を0.8mlのPBSに懸濁し、Bio-Rad Gene Pulserを用いて、800V、3μFの条件でエレクトロポレーションを行った。48時間後、200μg/mlのG418の存在下で培養した。選別を7日間維持し、コロニーを24ウェルプレートにまいて増殖させ、凍結保存した。トラップクローンをサザンブロッティングにより解析し、単一コピーの組み込みパターンを示す細胞株を選別した。
トラップクローンからβ-geo配列を除去するため、pCAGGS-Cre(Araki, K. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92:160-164,1995; Araki, K. et al., Nucl. Acids Res.,25:868-872,1997; Araki, K. et al., J. Biochem. Tokyo, 122: 977-982, 1997)を環状の形態でエレクトロポレーションにより導入した。細胞数が1.5×107個、PBS容量が0.4mlであることを除き上記と同一の条件でエレクトロポレーションを行った。
【0069】
処理された細胞の半分を1枚の100mmプレートにまき、48時間増殖させた。次に、1×103個/プレートの濃度で100mmのプレートに再度まき、コロニーを形成させた。1週間後、コロニーを取り上げ、DNA調製のために増殖させた。
トラップベクターのlox71部位に組み込みが行われるよう設計した共エレクトロポレーションを行うため、20μgの各プラスミド(p662IEGPPac, p662INZPPac又はp66PGKPac-5)及びpCAGGS-Creを環状形態で使用した。
なお、プラスミドp66PGKPac-5は、lox66断片及びPGKプロモーター-ピューロマイシン耐性遺伝子コード配列を、pSP73ベクター(Promega)に挿入することにより構築した。プラスミドp662IEGPPacは、pSP73ベクター(Promega)、IRES配列、EGFP遺伝子(Clonetech)、PGKプロモーター、Pca遺伝子及びlox66配列から構築した。プラスミドp662INZPPacは、p662IEGPPacのEGFP遺伝子を、SV40ラージT遺伝子由来の核局在シグナルと融合したlacZ遺伝子で置換することにより構築した。
【0070】
PBS中、1×107個/0.8mlの細胞をエレクトロポレーションにかけた(200V, 950μF)。48時間後、2μg/mlのプロマイシンを用いて3日間選別にかけ、その後通常の培地に細胞を移した。エレクトロポレーション後9日目にコロニーを取り上げ、増殖させた。
公知方法(Abe, K.,Niwa,H. et al., Exp. Ce11 Res. 229: 27-34, 1996)に従って胚様体(EB)の生産を行った。ES細胞中のβ-ガラクトシダーゼ活性及びEBは、5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル β-D-ガラクトピラノシド(X-gal)で染色することにより測定した(Gossler, A. and Zachgo, J., Gene Targeting: A Practical Approach, Joyner, A. (ed.), Oxford University Press, Oxford, 1993, pp.181-227)。
トラップベクターpU-Hachiを直鎖状にしてTT2 ES細胞に導入した結果、109個のクローンを単離した。各クローンからゲノムDNAを調製し、pUCプローブ及び少なくとも3つの制限酵素を用いてサザンブロッティングを行い、組み込みパターンを検討した。
【0071】
69%のクローンにおいて単一バンドが確認された。lox71部位の存在はCre媒介組み込みに不可欠であるため、LacZプローブを用いたサザンブロッティング及びPstI消化により、その存在を確認した。その結果、10%のクローンがlox71部位を欠失していた(表4)。シングルコピーが組み込まれ、かつlox71部位が保持されている残り59%のクローンを、さらに解析するために選択した。
【0072】
【表4】
【0073】
トラップベクターによる内在性遺伝子の捕獲を評価するため、胚様体形成の前後にX-galで染色した。表5に示す通り、97%のクローンが分化の特定のステージにβ-gal活性を示した。このことは、pU-Hachiトラップベクターを使用すると、他のIRES-β-geoベクターのように有効な遺伝子トラップが行われることを意味する。
【0074】
【表5】
【0075】
〔実施例3〕 クローンの選択頻度
トラップベクターが1コピーのみが組み込まれているクローンを選択するため、選別されたneo耐性クローンからDNAを抽出し、サザンブロット法により解析した。
細胞をSDS/プロテイナーゼKで溶解し、フェノール/クロロホルム(1:1) (vol/vol)を用いて2回処理した。続いてエタノール沈殿を行い、TEバッファー(10mM Tris-HCl,pH7.5/1mM EDTA)に溶解した。6μgのゲノムDNAを適当な制限酵素で消化し、0.9%アガロース電気泳動を行った後、ナイロン膜(Boehringer Mannheim)上にブロットした。ハイブリダイゼーションは、DIG DNA Labelling and Detection Kit (Boehringer Mannheim)を用いて行った。
PCR解析は、以下の反応組成液を用いて、94℃で1分、55℃で2分及び72℃で2分の反応を1サイクルとしてこれを28サイクル行った。
PCRに使用したプライマーは以下の通りである。
【0076】
β-geo検出用プライマー
Z1(フォワード): 5'-gcgttacccaacttaatcg-3'(配列番号7)
Z2(リバース): 5'-tgtgagcgagtaacaacc-3'(配列番号8)
【0077】
pUCベクター配列の複製起点領域の配列検出用プライマー
Ori2(フォワード): 5'-gccagtggcgataagtcgtgtc-3'(配列番号9)
Ori3(リバース): 5'-cacagaatcaggggataacgc-3'(配列番号10)
【0078】
【表A】
【0079】
PCR反応産物の2分の1量をアガロースゲルにロードし、解析した。
プラスミドレスキュー(トラップした遺伝子の回収)は、以下の通り行った。
ゲノムDNA(20μg)を適当な制限酵素で処理し、400μlの反応溶液中で連結し、環状分子を得た。フェノール/クロロホルム抽出及びエタノール沈殿を行った後、DNAを10μlのTEに懸濁し、DNA溶液の半量を用いて、エレクトロポレーションにより大腸菌(E. coli STBL2; Life Technologies)を形質転換した。なお、エレクトロポレーションは、Bio-Rad社のGene Pulserを使用説明書に従って行った。エレクトロポレーション後の細胞を1mlのCircle Grow培地(BIO101)中、30℃で撹拌しながら1時間インキュベートした。次に、サンプルを濃縮した後LB/agarプレートにまき、アンピシリンによるプラスミドの選別を行った。レスキューされたプラスミドについて、制限酵素地図解析及び配列決定を行った。配列は、Thermo Sequenase Fluorescent-Labeled Primer Cycle Sequencing Kit(Amersham)を用いて決定した。
その結果、表6に示す通り、高頻度で組換えを起こしたクローンを得ることができた。
【0080】
【表6】
【0081】
〔実施例4〕キメラマウスの作製及び遺伝子解析
(1)マウスへのクローン導入
トラップしたESクローンを、ICRマウス由来の8細胞期胚と凝集させ、1晩培養した。翌日、ES細胞と8細胞期胚とが凝集し合い1つの胚盤胞へと発生したものを選択した。これらのキメラ胚約20個を不妊雄と交尾した雌(仮親)の子宮の中へ移植した。約17日後に出生し、性成熟する生後8週以降にキメラマウスを雌マウスと交配し、ESクローン由来のF1マウス個体を得た。
(2) 表現型の解析
F1マウス個体についてX線写真撮影を行い、骨の異常の有無を観察した。
【0082】
(3)トラップした遺伝子の解析
トラップされた遺伝子はβgeoとの融合mRNAを作っているはずであるので、このことを利用してトラップされた遺伝子を同定した。
F1個体マウスでX-gal染色陽性であった組織よりmRNAを抽出し、SA内の配列のプライマーを用いてサーモスクリプトRT-PCRシステム(GIBCO BRL)で1本鎖cDNAを合成し、続いて5'RACEシステム(GIBCO BRL)を用いて、SAのエクソン部がつながる、上流のトラップした遺伝子部分のcDNA断片を得た。得られた断片はプラスミドベクターにクローニングし、塩基配列を決定した。
(4)結果
トラップした遺伝子の解析を行った結果の一例を表7に示す。
【0083】
【表7】
【0084】
上記の通り得られた遺伝子のうちPCM1遺伝子の解析を行った結果、配列番号11〜13に示す配列(5'-RACE部分断片)が得られた。これは、公知のPCM1遺伝子の配列の一部と一致した。また、Ayu8-021クローンから得られたマウスは尾骨が屈曲する変異(kinky tail)が生じていた(図11)。この変異遺伝子断片の配列を決定した結果、配列番号14に示すものであった。
【0085】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願は、そのまま参考として本明細書に取り入れるものとする。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明により、遺伝子トラップベクター、及び遺伝子のトラップ法が提供される。本発明によれば、まず、(1) 効率良く遺伝子破壊マウスを作製することができる。トラップベクターのマウス遺伝子への組み込みにより、ほとんどの場合マウス遺伝子は破壊される。したがって、このES細胞を利用すれば、マウス遺伝子の破壊マウスを作製できることになる。すなわち、ネオ耐性クローンの選択と1コピーのトラップベクターの組み込みクローンの選別により、効率良く遺伝子破壊マウスを作製できることになる。通常の相同組換えによる方法では、1人の研究者が1年間にせいぜい4遺伝子の破壊マウスしかできない。本発明の方法によれば、例えば1週間に6系統樹立し、1年間に40週間働いたとすると、合計240系統も樹立できる。従って、上記例の場合は、本発明の方法は通常の方法と比較して60倍の効率である。
【0087】
(2) 詳細な遺伝子機能の解析ができる。
本発明のトラップ法では、予め機能を持つと思われる遺伝子の各部分に変異を導入しておいて、この変異型遺伝子をトラップベクターに組み込み、その後で、変異遺伝子が組み込まれたトラップベクターをマウスに導入し、その表現型を解析することができる。
(3) よりヒトに近い疾患モデルマウスを作製することができる。
ヒトの疾患で発見されたのと同じ突然変異を持つヒト遺伝子をマウス遺伝子に置換して導入できるので、よりヒトに近い疾患モデルマウスを作製することができる。
【0088】
参考文献
(1) 遺伝子トラップに関連したもの
1)Wurst,W. et al., Genetics 139: 889-899,1995.
2)Chowdhury,K. et al., Nucleic Acids Res. 25:1531-1536, 1997.
3)Hicks, G. G. et al., Nature Genetios 16: 338-344,1997.
4) Zambrowicz, B. P. et al., Nature 392: 608-611,1998.
(2) Cre-1oxPに関連したもの
1)Sauer, B. and Henderson, N. Proc. Nat1. Acad. Sci. USA 85: 5166-5170, 1988.
2)Lakso, M. et al., Proc. Nat1. Acad. Sci. USA 89: 6232-6236, 1992,
3)Gu,H. et al., Independent control of immunog1obulin switch recombination at individual switch regions evidenced 1993.
4)Albert, H. et al., Plant J. 7: 649-659, 1995.
5)Schwenk, F. et al., Nucleic Acids Res. 23: 5080-5081, 1995.
(3) 遺伝子トラップ関連文献リスト
1)Miyazaki, J. et al., Gene 79: 269-277, 1989.
2)Niwa, H. et al., Gene 108: 193-200, 1991.
3)Niwa, H. et al., J. Biochem, 113: 343-349, 1993.
4)Niwa, H. et al., Gene 169: 197-201, 1996,
5)Abe, K.,Niwa,H. et al., Exp. Ce11 Res. 229: 27-34, 1996.
6)Araki, K. et al., Nucleic Acid Res. 25: 868-872, 1997.
7)Araki, K. et al., J. Biochem. 122: 977-982, 1997.
8)Oike, Y. et al., Human Mol. Genet-In Press
9)Oike, Y. et al., Blood in press
【配列表フリーテキスト】
【0089】
配列番号1:合成DNA
配列番号2:合成DNA
配列番号3:合成DNA
配列番号4:合成DNA
配列番号5:合成DNA
配列番号6:相同組換え配列
配列番号7:合成DNA
配列番号8:合成DNA
配列番号9:合成DNA
配列番号10:合成DNA
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子トラップ法によるランダム変異ESクローン技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトゲノムプロジェクトの進展で、ヒトゲノムの構造解析は2003年又はそれ以前に終了すると言われている。したがって、個々に遺伝子を単離し、構造解析を行なう時代ではなく、ゲノムの「機能解析」の時代に入ったといえる。
しかし、ゲノムの塩基配列のみでは、機能に関する情報は十分でないため、機能解析のための新しい解析系が必要である。さらに、ヒトゲノム解析の一つの大きな目標はヒト疾患の原因遺伝子の解明であるが、原因遺伝子の構造だけでは病気を説明することはできない。また、ヒト患者を用いて実験することはできず、発症機構を解析することはできない。
したがって、原因遺伝子の同定後の発症過程の解析と新たな治療法の開発のためには、モデル個体の作製が必須課題となっている。
【0003】
一方、ゲノムを、その構造から遺伝子部分とそれ以外の部分に分けるとすれば、それぞれ別個の機能を有すると考えられ、両者の機能を解析することが必要である(図1)。ゲノム全体から見れば、個々の遺伝子は一部の機能しか果たしておらず、ゲノムは単に遺伝子の集合体ではなく、まだ知られていない機能を有しているとも考えられる。事実、position effect mutationという新しい概念が成立したことから、ゲノムには機能が未知の領域を有するものと推察される。
遺伝子部分については、調節領域とコード領域があるが、現在ゲノム機能解析の標的となっているのは、コード領域である。ヒトとマウスを比べてみても、遺伝子の種類はほぼ同じであるため、調節領域の機能解析は重要である。但し、ヒトの遺伝子とマウスの遺伝子との間には、種の相違がある。この違いは、タンパク質の違いではなく、遺伝子発現の調節の違いによるものと思われる。
【0004】
発現調節にあずかる転写因子等の機能は、遺伝子のコード領域の配列から解明することができる。その転写因子が結合するエレメントの解析は、一つの遺伝子の調節領域内に多数存在するので、機能の解明は現在のところ極めて困難である。但し、機能解析の一手法として、細菌人工染色体を用いる方法等が考え得る。
コード領域の機能解析のレベル(対象)は、mRNAレベル、蛋白レベル、細胞レベル、組織・臓器レベル、個体レベルが考えられる。mRNAレベルは、DNAチップで対応できると考えられる。他方、mRNA以外のレベルの解析を考えるとき、ES細胞を利用するのが最も良い方法と思われる。なぜなら、ES細胞から直接in vitroで、各種細胞や組織の誘導糸が開発されているものもあるし、今後開発され得る可能性のあるものも多いからである。また、個体レベルの解析系が樹立できる利点もあるためである。
上記から、ゲノムの機能解析を考える上でも、ES細胞レベルでの遺伝子破壊とそのマウスの作製は極めて重要であることがわかる。
これまでは、ES細胞を用いた相同遺伝子組換え法が、遺伝子破壊マウス作製において主役を演じていたが、これを個々の遺伝子破壊マウスを作製するという戦術としてではなく、網羅的に作製するという戦略的な立場からみたとき、大きな問題点がある。
【0005】
第1は、時間がかかりすぎることである。遺伝子破壊マウス作製において、ES細胞を用いた相同組換えによるノックアウトESクローンを単離することが律速段階となっている。1人の熟練した研究者でも、ノックアウトESクローンを単離するには最低3ヵ月かかるので、年間4遺伝子を破壊できるにすぎない。従って、10万個の遺伝子にそれぞれ一つの変異を導入する場合は、1年あたり25,000人が必要とされる。現在世界中で、1年間に約1000系統の遺伝子破壊マウスが作製されていると見積もられている。そうすると、ノックアウトESクローンを10万種類作製するのに100年かかることになる。これでは、2003年に終了するといわれているヒトゲノムの構造解析の進展と比較しても、現実的ではない。
【0006】
第2は、コストがかかりすぎることである。1系統の遺伝子破壊マウス作製のため、人件費及び減価償却費を除いても、最低200〜400万円必要である。したがって、10万個の単純な遺伝子破壊マウス作製だけで2,000〜4,000億円必要となる。
以上のように、従来のES細胞を用いた相同遺伝子組換えには問題点があり、また、ゲノムは巨大ではあるが、数は決まっている。従って、この中から重要な機能を持つ遺伝子を単離することが必要となる。遺伝子の機能については、遺伝子破壊マウスを作製して初めて明らかになることが多いことから、遺伝子破壊マウスは将来画期的な薬剤の開発等にも直結し、極めて付加価値が高い。従って、「ランダム」かつ「大規模」にマウスの変異体作製を行なうのが世界の「戦略」となっており、現在のところ、以下に述べる3つの方法が、ランダム変異マウス作製において、もっとも妥当であると考えられている。
【0007】
第1は、変異原物質であるエチルニトロソウレア(ethylnitrosourea:ENU)を用いる方法である。ENUを用いた方法による大規模な突然変異体作製のプロジェクトがヨーロッパで開始されている。ドイツではヒトゲノムプロジェクトの一貫として哺乳類遺伝学研究所のパリング博士を中心として1997年度に開始した。英国においてもスミスクライン社が資金を提供し、Harwe11にあるMRCのマウスゲノムセンターにおいてブラウン博士を中心として主に脳・神経系の突然変異マウスを樹立することを目的として開始している。現在までに、両者併せて、優性遺伝を示す変異マウスが約200系統樹立され、予想よりもよい効率でプロジェクトが進行している。米国においてもケースウエスタンリザーブ大学やオークリッジ国立研究所を中心として、膨大な予算(年間60億円)でマウスゲノムの構造解析やENU法による変異体作製が始まることとなった。
【0008】
ENUを成熟雄マウスに投与すると、減数分裂前の精原細胞に作用し、1細胞当たり約50-100カ所に点突然変異をランダムに引き起こす。そして、1つの遺伝子座につきおよそ1/1,000/配偶子の頻度で突然変異が起こる。したがって、1匹の処理マウスを雌マウスと交配することにより、F1世代で多種類の変異マウスを作製できる。また、ENUを用いる方法は、特定の遺伝子座について1,000匹をスクリーニングすれば、1匹はその遺伝子に変異が生じている確率となるため、極めて効率がよいと考えられている。
第2は、やはり変異原物質であるクロラムブシルを用いる方法である。この方法によれば、ENU法と同じ頻度で精原細胞に突然変異を引き起こす。ただし、この場合は時に1メガベースに及ぶ欠失変異が生じる。
【0009】
第3は遺伝子トラップ法によるものである。遺伝子トラップ法とは、マーカー遺伝子を含むトラップベクターをES細胞に導入し、マーカー遺伝子の発現を指標として未知遺伝子の探索を行なうことを目的として開発された方法である。トラップベクターの組み込みはランダムであり、その組込みにより、殆どの場合内在性遺伝子(本来、その細胞や組織に存在する遺伝子)は破壊される。したがって、そのES細胞を用いてキメラマウスを作製することにより、種々の遺伝子破壊マウスを作製できる。
しかしながら、これら変異原物質を用いる方法及び遺伝子トラップ法は、それぞれ利点と欠点を有する(表1)。
【0010】
【表1】
【0011】
ENU法は、変異マウスの作製は容易であるが、個々の変異系統の樹立は、交配により分離を行わなければならない。また、変異した遺伝子の同定には、まず多型DNAマーカーを用いた連関解析により遺伝子座を同定し、その後にポジショナルクローニング法により遺伝子を単離しなければならない。従って、ENU法は操作が煩雑である。
クロラムブシル法は、変異マウスの作製は容易であるが、欠失部位を同定しなければならず、そのためには多数の多型DNAマーカーを用いて解析する必要がある。また、一般的に、クロラムブシル法などの変異原物質法では、大規模の飼育室を必要とするため、費用及び労力がかかる。
【0012】
遺伝子トラップ法は、変異マウスの作製に手間と技術を要するが、変異遺伝子の同定は容易であり、飼育室の規模に応じて実験可能である。遺伝子トラップESクローンはそれ自体ゲノム機能解析のための貴重なリソースとなり、この点も他の方法と際立って異なる点である。
遺伝子トラップ法についても、世界のいくつかの研究室で変異体作製が始まっている。米国では、民間のレキシコンジェネティクス社がレトロウイルスベクターを用いた遺伝子トラップによるランダム破壊を行なっている。しかし、遺伝子をトラップできていても、内在性遺伝子を破壊できているかどうかが定かでないこと、生殖キメラマウスが作製できるかどうかが不明であること、キメラマウス作製は別料金を要求されること、利用するに当たって相当な金額を要求していることなどから、一般の研究者にとっては殆ど利用できない状況である。また、ドイツではENUプロジェクトの一貫としても12,000クローンを目標として遺伝子トラップが行なわれている。いずれにしても、マウス系統の樹立よりも、トラップした遺伝子の解析を先行させる方法で進められている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明が解決しようとする課題は、従来の遺伝子トラップ法の問題点を克服し、ほぼ理想的と思われる新規の「可変型遺伝子トラップ法」を開発し、この方法を用いて大規模なESトラップクローンの樹立とそれを用いたマウス変異体作製を行なうことにある。従って、本発明は、トラップベクター、遺伝子トラップ法、トラップされた遺伝子が導入されたトランスジェニック又はノックアウト動物、さらにトラップされた遺伝子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は上記課題を解決するために鋭意研究の結果、遺伝子トラップ法にバクテリオファージ由来の組換えシステムである、Cre-loxPを利用することを思いつき、本発明を完成するに至ったものである。ここでCreは組換え酵素であり、1oxP配列を認識して、この部位で組換えを起こすものである。
【0015】
すなわち本願は、以下の発明を提供する。
(1) 逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含むloxP配列と、前記loxPの逆反復配列1の一部に変異が導入された配列を含む変異型loxP配列とを含むトラップベクター。
(2) 逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含むloxP配列と、前記loxPの逆反復配列2の一部に変異が導入された配列を含む変異型loxP配列とを含むトラップベクター。
【0016】
(3) 以下の(a)〜(i)のトラップベクター。
(a) SP-SA-lox71-IRES-M-loxP-PV-SP
(b) SP-lox71-IRES-M-loxP-PV-SP
(c) SA-lox71-IRES-M-loxP-pA-PV-SP
(d) SA-lox71-IRES-M-loxP-puro-pA-PV-SP
(e) lox71-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(f) lox71-IRES-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(g) (lox71が組み込まれたSA)-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(h) (lox71が組み込まれたSA)-IRES-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(i) (lox71が組み込まれたSA)-M-loxP-pA-lox2272-プロモーター-M-lox511-SD
(本明細書中、SPは任意配列を、SAはスプライスアクセプターを、SDはスプライスドナーを、IRESは分子内リボゾームエントリー部位を、Mはマーカー遺伝子を、puroはピューロマイシン耐性遺伝子を、pAはポリA配列を、PVはプラスミドベクターを表す。)
上記(a)〜(i)のトラップベクターにおいて、マーカー遺伝子としてはβ-geo遺伝子が挙げられ、プラスミドベクターとしては、pBR322、pUC(pUC18、pUC19、pUC118、pUC119等)、pSP(pSP64, pSP65, pSP73等)、pGEM(pGEM-3、pGEM-4、pGEM-3Z等)が挙げられる。
(4) (a)前記(1)に記載のトラップベクターと、(b)逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含む1oxP配列のうち逆反復配列2の一部に変異が導入された配列を含む変異型1oxPを含むトラップベクターとが、又は、(c)前記(2)に記載のトラップベクターと、(d)逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含む1oxP配列のうち逆反復配列1の一部に変異が導入された配列を含む変異型1oxPを含むトラップベクターとが、組換えを起こしたベクター。
【0017】
(5) 前記(1)〜(3)のいずれかに記載のトラップベクターを胚幹細胞に導入することを特徴とする遺伝子トラップ方法。
(6) (a)前記(1)に記載のトラップベクターと、(b)逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含む1oxP配列のうち逆反復配列2の一部に変異が導入された配列を含む変異型1oxPを含むトラップベクターとを、又は、(c)前記(2)に記載のトラップベクターと、(d)逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含む1oxP配列のうち逆反復配列1の一部に変異が導入された配列を含む変異型1oxPを含むトラップベクターとを、胚幹細胞に導入することを特徴とする遺伝子トラップ方法。
【0018】
(9) 前記(3)又は(4)に記載のベクターを含む胚幹細胞。
(10) 前記(5)又は(6)に記載の方法により得られる胚幹細胞。
【0019】
(11) 前記(3)又は(4)に記載のベクターを含む非ヒトトランスジェニック動物。
(12) 前記(9)又は(10)に記載の胚幹細胞を非ヒト動物に導入することを特徴とする非ヒトトランスジェニック動物の作製方法。
(13) 前記(12)に記載の方法により得られる非ヒトトランスジェニック動物。
【0020】
(14) 前記(3)又は(4)に記載のベクターを含む非ヒトノックアウト動物。
(15) 前記(9)又は(10)に記載の胚幹細胞を動物に導入することを特徴とする非ヒトノックアウト動物の作製方法。
(16) 前記(15)に記載の方法により得られる非ヒトノックアウト動物。
前記(11)〜(16)に記載の動物又は方法において、動物としては、マウス、ラット、ウサギ、モルモット、ブタ、ヒツジ及びヤギが挙げられる。
【0021】
また本願は、以下の発明も提供する。
(17) 逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2の順で構成される1oxP配列のうち、逆反復配列1の一部の配列又は逆反復配列2の一部の配列に変異が導入された変異型1oxPを含むトラップベクター。
ここで、逆反復配列1の一部の配列に変異が導入されたものとしてはlox71(例えば配列番号15に示されるもの)が挙げられ、逆反復配列2の一部の配列に変異が導入されたものとしてはlox66(例えば配列番号17に示されるもの)が挙げられる。
(18) 逆反復配列1の一部の配列に変異が導入されたトラップベクターと逆反復配列2の一部の配列に変異が導入されたトラップベクターとが組換えを起こしたベクター。
【0022】
(19) 以下の(a)〜(i)のトラップベクター。
(a) SP-SA-lox71-IRES-M-loxP-PV-SP
(b) SP-lox71-IRES-M-loxP-PV-SP
(c) SA-lox71-IRES-M-loxP-pA-PV-SP
(d) SA-lox71-IRES-M-loxP-puro-pA-PV-SP
(e) lox71-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(f) lox71-IRES-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(g) (lox71が組み込まれたSA)-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(h) (lox71が組み込まれたSA)-IRES-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(i) (lox71が組み込まれたSA)-M-loxP-pA-lox2272-プロモーター-M-lox511-SD
(本明細書中、SPは任意配列を、SAはスプライスアクセプターを、SDはスプライスドナーを、IRESは分子内リボゾームエントリー部位を、Mはマーカー遺伝子を、puroはピューロマイシン耐性遺伝子を、pAはポリA配列を、PVはプラスミドベクターを表す。)
上記(a)〜(i)のトラップベクターにおいて、マーカー遺伝子としてはβ-geo遺伝子が挙げられ、プラスミドベクターとしては、pBR322、pUC(pUC18、pUC19、pUC118、pUC119等)、pSP(pSP64, pSP65, pSP73等)、pGEM(pGEM-3、pGEM-4、pGEM-3Z等)が挙げられる。
【0023】
(20) 前記(17)〜(19)のいずれかに記載のトラップベクターを胚幹細胞に導入することを特徴とする遺伝子トラップ方法、及び該方法によりトラップベクターが導入された胚幹細胞。
(21) 前記(20)に記載の胚幹細胞を動物に導入することを特徴とするトランスジェニック動物又はノックアウト動物の作製方法、及び該方法により作製されたトランスジェニック動物又はノックアウト動物。
上記動物としては、マウス、ラット、ウサギ、モルモット、ブタ、ヒツジ及びヤギが挙げられる。
【発明の効果】
【0024】
本発明により、遺伝子トラップベクター、及び遺伝子のトラップ法が提供される。本発明によれば、まず、(1) 効率良く遺伝子破壊マウスを作製することができる。トラップベクターのマウス遺伝子への組み込みにより、ほとんどの場合マウス遺伝子は破壊される。したがって、このES細胞を利用すれば、マウス遺伝子の破壊マウスを作製できることになる。すなわち、ネオ耐性クローンの選択と1コピーのトラップベクターの組み込みクローンの選別により、効率良く遺伝子破壊マウスを作製できることになる。通常の相同組換えによる方法では、1人の研究者が1年間にせいぜい4遺伝子の破壊マウスしかできない。本発明の方法によれば、例えば1週間に6系統樹立し、1年間に40週間働いたとすると、合計240系統も樹立できる。従って、上記例の場合は、本発明の方法は通常の方法と比較して60倍の効率である。
【0025】
(2) 詳細な遺伝子機能の解析ができる。
本発明のトラップ法では、予め機能を持つと思われる遺伝子の各部分に変異を導入しておいて、この変異型遺伝子をトラップベクターに組み込み、その後で、変異遺伝子が組み込まれたトラップベクターをマウスに導入し、その表現型を解析することができる。
(3) よりヒトに近い疾患モデルマウスを作製することができる。
ヒトの疾患で発見されたのと同じ突然変異を持つヒト遺伝子をマウス遺伝子に置換して導入できるので、よりヒトに近い疾患モデルマウスを作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】遺伝子部分とそれ以外の部分における両者の機能解析の概念を示す図である。
【図2】本発明のトラップベクターの構築法及び遺伝子のトラップ法の概要を示す図である。
【図3】1oxPの構造を示す図である。
【図4】lox71とlox66との組換えを示す図である。
【図5】変異型loxPによるDNA断片の挿入を示す図である。
【図6】本発明のトラップベクターを示す図である。
【図7】トラップベクターpU-Hachiの構築図である。
【図8】2段階の可変型遺伝子トラップ法を示す図である。
【図9】キメラ動物作製によるトラップ系統の樹立の概要を示す図である。
【図10】トラップベクターの組み込み位置を示す図である。
【図11】マウスの尾骨の屈曲変異を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明を詳細に説明する。本明細書は、本願の優先権の基礎である日本国平成11年特許出願第200997号の明細書及び/又は図面に記載される内容を包含する。
本発明は、遺伝子トラップ法、トラップされた遺伝子が導入されたトランスジェニック又はノックアウト動物、さらにトラップされた遺伝子に関するものである。本発明のトラップ法の概要を図2に示す。まず、本発明の好ましい具体例を達成するためトラップベクターを構築し、これをES細胞に導入してトラップクローンを単離及び選択する(図2A〜C)。図2ではpU-Hachiトラップベクターを例示する。その後、キメラ動物(例えばキメラマウス)を作製してトラップクローン由来のマウスを作製する(図2F〜G)。一方、単離及び選択されたトラップクローンを用いて、トラップされた遺伝子の単離及び配列決定、並びにプラスミドレスキューによるゲノムの回収を行う(図2C〜E)。さらに、クローンを電気穿光法及びピューロマイシン等の薬剤選択を行い、トラップされた遺伝子を発現させ、ESクローンのマウス系列の作製を行う(図2H〜I)。
【0028】
本発明をまとめると以下の通り要約できる(パイロットスタディを含む)。
(1)全体の効率
(1-1)胚様体形成によるスクリーニング
ネオ耐性クローン106個を浮遊培養し、胚様体を形成させ、ES細胞の段階及び分化誘導後の2点でb-ga1の発現を解析した。その結果、90個(86%)のトラップクローンは、いずれかの時期で発現していた。
(1-2)単一コピーの組込みを示すクローンの選別
胚様体形成過程での遺伝子発現を示した109個のトラップクローンについて、DNAを抽出し挿入パターンを解析した。その結果、75個(70%)は単一コピーの挿入であり、そのうち完全なもの(プラスミド起源を保持するもの)が24個(22%)、pUC部分が欠失したものが40個(37%)であった。pUCが欠失しても、lox71部位を利用すればpUCは再び挿入できるので、これら64個(59%)のクローンについて利用できることが分かった(表4)。
【0029】
(1-3)生殖キメラ作製効率
上記のトラップクローンを用いてキメラマウスを作製したが、約半数のクローンにおいて生殖キメラマウスが得られた。
(1-4)全体の要約
最初に選択したネオ耐性クローンの約26%のものが最終段階にまで至ることが分かった。生殖キメラ作製効率は現在上昇しているので、もう少し全体の効率をあげることができると考えられるが、現時点でも十分研究の実施には差し支えないほどのよい効率であると考えられる。
【0030】
(2)遺伝子トラップ法の効率
これまでの試験の結果、24トラップ系統を樹立した。遺伝子レベルの解析まで進んだものは13系統であり、塩基配列をBlast programを用いてGenebankおよびEMBLデータベースと比較した。その結果、9クローンが既知遺伝子、3クローンがEST、残り1クローンが未知遺伝子であった(表2)。これまで他の研究者による報告では、10-25%が既知遺伝子、10-20%がEST、50-80%が未知遺伝子、2-10%がリピートである。
【0031】
【表2】
【0032】
(3)トラップされた遺伝子
胚様体形成によるスクリーニング法にまり、発生や細胞増殖に関連する遺伝子を効率よくトラップしているかどうかを、既知遺伝子の種類を調べることで検討した。その結果、転写因子であるCBP(CREB binding protein)やSp1、細胞周期に関与するcyolin B2、シグナル伝達に関与するCrkとpHPS1-2、翻訳に関与するrRNA、sui1、hnRNP L、RNA polymerase I、そしてミトコンドリアDNAであった(表3)。それぞれよく知られた遺伝子がトラップされていることが分かった。これらの多くは、細胞増殖に関与する遺伝子であり、胚様体形成によるスクリーニング系が、よく機能していることを示唆している。
【0033】
【表3】
【0034】
(4)トラップによる遺伝子破壊の確認
遺伝子トラップにより、実際に内在性遺伝子が破壊されるかどうかが重要なポイントの一つであるので、6つの既知遺伝子について、トラップ部位の構造を解析した。その結果、1つはプロモーター領域、1つはエクソン内に、4つはイントロン内に挿入されており、すべてにおいて遺伝子が完全または部分的に破壊されていた。したがって、本発明の遺伝子トラップ法により、効率よく内在性遺伝子を破壊できることが明らかとなった(図10)。
【0035】
以下、本発明をさらに詳しく説明する。
1.トラップベクターの構築
遺伝子トラップ法とは、トラップベクターをES細胞に導入すると、偶然及びランダムにマウス内在性遺伝子に組込まれることを利用して、未知遺伝子をゲノム上でトラップするというものである。「遺伝子トラップ」とは、トラップベクターがゲノム上の特定の遺伝子に入り込んで、当該特定の遺伝子を捕まえることを意味し、遺伝子を捕らえるためのベクターを「トラップベクター」という。遺伝子にはエンハンサー、プロモーター、エクソン、ポリAなどが存在し、それぞれを捕獲することができるが、そのためには、目的に応じた構造を持つトラップベクターを使用することができる。
【0036】
一般に、エクソントラップベクターは、スプライスアクセプターのみを有するレポーター遺伝子、薬剤選択マーカー遺伝子、及びプラスミド部分から構成されており、マウス内在性遺伝子の下流に組み込まれたときにのみ、レポーター遺伝子が発現する。換言すれば、トラップベクター中のレポーター遺伝子の発現をモニターすることで、内在性遺伝子への組込みを知ることができる。また、pUC19などのプラスミドをトラップベクターに連結しておくと、いわゆるプラスミドレスキュー法と呼ばれる手法により、トラップした内在性遺伝子を単離することができる。「プラスミドレスキュー法」とは、エレクトロポレーション法等により形質転換された細胞をアンピシリン選別等にかけて目的の遺伝子を回収する方法である(図2E)。しかも、トラップ時にその遺伝子を破壊するので直ちに遺伝子破壊マウスを作製することができる。さらに、レポーター遺伝子はマウス内在性遺伝子の発現調節領域に支配されて発現するので、内在性遺伝子の発現の組織特異性、時期特異性を簡単に解析することができる。
【0037】
従来の遺伝子トラップ法では、遺伝子を完全に破壊できても、ヒト遺伝病で見られるような小さな変異、例えば1アミノ酸置換といった変異を導入することができず、またヒト遺伝子と置換することもできないという問題点があった。そこで、本発明は、これらの問題点を解消するため、バクテリオファージ由来の組換えシステムである、Cre-loxPを改変し、それを遺伝子トラップ法に利用することにより、一旦遺伝子トラップベクターを組み込ませてマウス遺伝子を破壊した後、トラップベクター内の変異lox部位に、任意の遺伝子を挿入できることとしたものである。これによって、ヒト遺伝病で見られるような小さな変異、例えば1アミノ酸置換といった変異を導入することが可能となり、またヒト遺伝子と置換することも可能となる。本発明のトラップベクターは、種々の遺伝子をトラップするために使用することができるが、エクソントラップ又はプロモータートラップ用として好ましく使用することができる。
【0038】
1oxP(locus of crossing (X-ring) over, P1)は34塩基(5'-ataacttcgtata gcatacat tatacgaagttat-3')からなる配列であり(配列番号3)、5'末端から13塩基(逆反復配列1という)、及び3'末端から13塩基の配列(逆反復配列2という)が、それぞれ逆反復配列を構成し、「gcatacat」により示される8塩基のスペーサーと呼ばれる配列が上記逆反復配列1及び2に挟まれている(図3)。「逆反復配列」とは、スペーサーを境界として一方の側の配列が、他方の側の配列と、互いに向き合う方向に相補的であるような配列を意味する。換言すれば、一方の側の配列のうちセンス鎖の配列が、他方の側の配列のアンチセンス鎖と、互いに向き合う方向に相同であることを意味する。方向が互いに向き合っており、二本鎖を形成したときの配列自体は同一で繰り返されているため、逆反復配列と呼ばれる。図3に示す通り、二本鎖のうち一方の鎖(例えばセンス鎖)において、紙面左側の逆反復配列1(5'-ataacttcgtata-3':配列番号4)は、紙面右側の逆反復配列2(5'-tatacgaagttat-3':配列番号5)に対し、それぞれ、5'→3'方向、3'←5'方向に相補的という関係になっている。
【0039】
1oxPは、通常の配列と異なり方向性を有する。従って、本発明において、上記5'→3'の向きで1oxPの配列を表示するときは、その表示中に紙面左向きの矢印
を含めることとする。
Cre(causes recombination)とは、遺伝子組換えを起こさせる組換え酵素(リコンビナーゼともいう)を意味し、上記反復配列を認識し、スペーサー部の「cataca」を粘着末端とする切断様式で切断する(図3)。
ところで、バクテリアの中では、2カ所の1oxP間で組換えが起こり、挿入または削除反応が起こる。哺乳類細胞で挿入反応を起こすことができれば、後に任意の遺伝子を挿入できるので、応用性は格段に広がる。哺乳類細胞では核が大きいため、一旦削除されたloxPを持つ環状DNAは拡散してしまい、挿入反応は殆ど観察されない。
そこで、本発明者は、挿入反応を起こすために1oxP配列に変異を導入し、一旦遺伝子がゲノムに挿入されると挿入された遺伝子は削除できない(ゲノムから脱離しない)ようにすることを考え、このため2種類の変異型1oxPを準備した(図4)。
【0040】
1つは、loxPの反復配列(センス鎖側)のうち紙面左側の反復配列「ATAACTTCGTATA」(配列番号4)を、「TACCGTTCGTATA」(配列番号1)となるように左から5塩基までに置換変異(下線部が変異させた部分。)を導入したものであり、これを「lox71」と名付けた(配列番号15;図4b)。もう1つは、紙面右側の反復配列「TATACGAAGTTAT」(配列番号5)を、「TATACGAACGGTA」(配列番号2)となるように右から5塩基までに置換変異(下線部が変異させた部分。)を導入したもので、これを「1ox66」と名付けた(配列番号16;図4b)。
ゲノム上の1ox71とプラスミド上のlox66との間で組換えが起こると、挿入されたDNAの5'側(紙面左側)にはloxPの両側の反復配列が変異したもの(「1ox71/66」という:TACCGTTCGTATA GCATACAT TATACGAACGGTA:配列番号6)が、右側には野生型の1oxP(ATAACTTCGTATA GCATACAT TATACGAAGTTAT:配列番号3)が配置される(図4a)。その結果、Creはもはや1ox71/66を見分けることができず、loxPとの間で組換えを起こせず、ゲノムに遺伝子は挿入されたままとなる。すなわち、loxP同士の相同組換えの場合は、切り出されたloxPを含む環状DNAが物理的に離れるので、挿入よりも削除に反応は傾く。一方、染色体側にlox71を、及び環状DNA側にlox66を用いると、組み込まれたときに生ずるlox71/66をCreリコンビナーゼは認識できにくくなり、削除反応より挿入反応に傾くため、挿入状態が維持される(図5)。ここで、本発明においては、染色体側にlox66を、環状DNA側にlox71を用いることもできる。
【0041】
実際に、ES細胞にあらかじめ1ox71などの変異型loxP(以下「変異型lox」ともいう)を組込んでおき、そこに他の変異型loxP (例えばlox66)を含むプラスミドを導入すると、プラスミドがゲノムに組込まれる。したがって、例えばこのlox71をあらかじめ遺伝子トラップベクターに組込んでおけば、あとでいかなる遺伝子でも1ox66を用いて挿入することが可能となる。つまり、小さな変異を導入した遺伝子やヒトの遺伝子で置換することも可能となった。
この変異型lox(1ox71又はlpx66)を利用した遺伝子トラップベクターは、以下の通り構築することができる(図6参照)。但し、以下のトラップベクターは例示であって、限定されるものではない。従って、以下のベクターにおいて、変異型loxとしてlox71を例示するが、これに限定されるものではなく、lox71の代わりにlox66を用いたものも、本発明のトラップベクターに含まれる。
【0042】
(a) U8: SP-SA-lox71-IRES-M-pA-loxP-PV-SP
(b) U8delta: SP-lox71-IRES-M-pA-loxP-PV-SP
(c) pU-Hachi: SA-lox71-IRES-M-loxP-pA-PV-SP
(d) pU-12: SA-lox71-IRES-M-loxP-puro-pA-PV-SP
(e) pU-15: lox71-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(f) pU-16: lox71-IRES-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(g) pU-17: (lox71が組み込まれたSA)-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(h) pU-18: (lox71が組み込まれたSA)-IRES-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511
(i) (lox71が組み込まれたSA)-M-loxP-pA-lox2272-プロモーター-M-lox511-SD
本明細書中、上記ベクターの構成要素において、SPは任意配列を、SAはスプライスアクセプターを、SDはスプライスドナーを、IRESは分子内リボゾームエントリー部位を、Mはマーカー遺伝子を、puroはピューロマイシン(puromycin)耐性遺伝子を、pAはポリA配列を、PVはプラスミドベクターを表す。
【0043】
トラップベクターがゲノムDNAに組み込まれる際に、ほとんどのケースでベクターの一部が欠失し、その結果、ベクターの重要な部分が欠失する場合がある。SPは、そのような欠失を防ぐためのダミーとして付加した任意配列であり、配列は自由に決定することができる。SPの配列の長さは100〜1000塩基、好ましくは300〜400塩基である。また、公知の任意配列をSPに使用することができる。公知配列としては、例えばウサギβ-グロビン遺伝子の一部等が挙げられる。
スプライスアクセプターは、スプライシングの際にエキソンの3'末端側に連結することができる配列を意味する。
スプライスドナーは、スプライシングの際にエキソンの5'末端側に連結することができる配列を意味する。
IRESは、分子内リボゾームエントリー部位(internal ribosomal entry site)と呼ばれ、タンパク質合成の際にアミノアシルt-RNAが結合するリボゾーム上の部位(A部位)であり、CAP非依存的に翻訳を開始できるようにするための配列である。
【0044】
マーカー遺伝子は、本発明のベクターが標的遺伝子をトラップできたか否かを示すマーカーとなる遺伝子であり、大腸菌由来のβ-ガラクトシダーゼ遺伝子(lacZ遺伝子)、又はlacZ遺伝子とネオマイシン(G418)耐性遺伝子との融合遺伝子(β-geo遺伝子)、CAT遺伝子、GFP遺伝子、SV40ラージT遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、ブラストサイジンS耐性遺伝子等が挙げられる。
プラスミドベクターは、遺伝子トラップ後に内在性遺伝子をプラスミドレスキュー法により単離するために使用されるものである。「プラスミドレスキュー法」とは、トラップベクター内のプラスミド(大腸菌で増やせるもの)の一部を利用して当該プラスミド部分の近接領域を回収する方法を意味する。例えば、プラスミドにゲノムDNAが連結された場合において、制限酵素処理によりプラスミドとゲノムDNAとが連結した断片を切り出し、切り出した断片を環状にした後、大腸菌に導入して増殖させると、プラスミドに近接したゲノムDNAを回収することができる。プラスミドベクターとしては、例えばpBR322、pUC(pUC18、pUC19、pUC118、pUC119等)、pSP(pSP64, pSP65等)、pGEM(pGEM-3、pGEM-4、pGEM-3Z等)等が挙げられる。なお、プラスミドベクターには、supF、アンピシリン耐性遺伝子、複製開始点、及びクローニングのための制限酵素部位(例えばマルチクローニング部位)を単独で又は適宜組み合わせて連結しておくことができる。
【0045】
上記(a)に示すベクターをU8という。U8の基本部分(SA-IRES-β-geo-pA:図7)は、pGT1.8IRESbetageoに由来している。このpGT1.8IRESbetageoは、マウスEn-2遺伝子由来のスプライスアクセプター、IRES、β-geoを含んでいる。このpGT1.8IRESbetageoのBglII部位に1ox71を組み込んだ後、SalIで処理し、SalI断片を用意しておく。一方、pUC19などのベクターに180塩基対のSP配列、1oxP、ポリAシグナルを組み込み、プラスミドpEBN-Setiを作製する。このプラスミドのSalI部位に、上記のSalI断片を挿入し、U8を作製する。したがって、この構造は、5'側から順に任意配列、スプライスアクセプター、1ox71、IRES、β-geo、pA、loxP、pUC19、任意配列である(図7)。
上記(b)に示すベクターをU8deltaという。U8deltaは、U8のスプライスアクセプターを削除したベクターである。このベクターは、lox71がレポーターであるβ-geoの前に、1oxPがβ-geoの後ろに接続された構成となっている。このような構成としたのは、ベクターが組込まれたのちに、Creを一過性に発現させることで、中間のIRESとβ-geo部分を完全に除去できるからである。その結果、プラスミドpUC19が上流に存在するマウス内在性遺伝子の近傍に位置することになり、マウス内在性遺伝子を容易に単離することができる。
【0046】
上記(c) に示すベクターを「pU-Hachi」という。このベクターは、SA-lox71-IRES-M-loxP-pA-PV-SPで構成されている。pU-HachiベクターはpGT1.8IRESβ-geoに由来し、マウスEn-2遺伝子からのSA配列と、脳心筋炎ウイルス由来のIRES配列に連結したβ-geo配列とを含有する。lox71のBamHI断片をpGT1.8IRESβ-geoのBglII部位に挿入し、任意配列、loxP配列、及びマウスホスホグリセレートキナーゼ-1(PGK)由来のpoly A付加シグナルを、ベクターのLacZ配列が除去された改変型ベクターに挿入することによりプラスミドを構築する。SP配列は、トラップベクターの3'側を保護するために使用される。プラスミドの制限酵素SalI部位にSA-IRES-lox71-β-geoのSalI断片を挿入することにより、pU-Hachiを得ることができる。
上記(d) に示すベクターを「pU-12」という。このベクターは、SA-lox71-IRES-M-loxP-puro-pA-PV-SPで構成されている。pU12トラップベクターを構築するために、まずpE3NSE7のPGK poly(A)シグナルをピューロマイシン耐性遺伝子+PGK poly(A)シグナルに置き換え、さらにその下流のBglII部位にlox511を挿入する。得られるプラスミドの制限酵素部位にpU-HachiからのSA-IRES-lox71-β-geoのSalI断片を挿入することにより、pU-12を得ることができる。
【0047】
上記(e) に示すベクターを「pU-15」という。このベクターは、lox71-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511で構成されている。ここで、「lox2272」は、loxPのスペーサー領域(gcatacat)のうち、第2番目のcをgに、第7番目のaをtに置換した配列(ggatactt)を有するものをいう。また、「lox511」は、loxPのスペーサー領域(gcatacat)のうち、第2番目のcをtに置換した配列(gtatacat)を有するものをいう。lox511及びlox2272は、loxP配列のスペーサー部分に変異があるため、それ自身(lox511同士、lox2272同士)とは組換えを起こすが、loxPやlox71とは組換えを起こさない変異lox配列である。なお、lox2272及びlox511の配列順序はどちらを前方又は後方にしてもよく、任意に選択することができる(以下同様)。
上記(f) に示すベクターを「pU-16」という。このベクターは、lox71-IRES-M-loxP-pA-lox2272-PV-lox511で構成されており、pU-15のlox71とβ-geoとの間にIRESを挿入することにより作製することができる。
上記(g) に示すベクターを「pU-17」という。このベクターにおいて、1ox71はSAの一部の領域に挿入されている。例えば、pSPプラスミドに、lox511、loxP、PGK poly(A)シグナル、lox2272を挿入してプラスミドを構築し、次に、pU-HachiのSA内にlox71配列を挿入し、続いてβ-geoをこの順に挿入する。このプラスミドを、先に構築しておいたプラスミドと連結することにより、pU-17を得ることができる。
【0048】
上記(h)に示すベクターを「pU-18」という。このベクターも、pU-17と同様、SAの中にlox71が挿入されている。pU-18は、pU-17のSAとβ-geoとの間にIRESを挿入することにより得ることができる。
上記(i)に示すベクターは、(lox71が組み込まれたSA)-M-loxP-pA-lox2272-プロモーター-M-lox511-SDで構成される。このベクターは、pU-17内のPVの代わりに プロモーター及びMをこの順で挿入し、lox511の後方にSDを連結することにより得ることができる。このベクターには、プロモーターが付加されている。プロモーターとしては、特に限定されるものではなく、任意のものを使用することができる。例えば、後述の形質転換体作製の項に記載の細菌由来プロモーター、酵母由来プロモーターなどのほか、SP6 RNAポリメラーゼプロモーター、T7RNAポリメラーゼプロモーター、T3RNAポリメラーゼプロモーターなどのRNAポリメラーゼプロモーター、あるいは、EF1(伸長因子1)プロモーター、PGK(グリセロリン酸キナーゼ)プロモーター、MC1(ポリオーマエンハンサー/単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)プロモーターなどの哺乳動物由来プロモーターを例示することができる。
【0049】
2.遺伝子トラップ
前記の通り作製されたベクターを用い、2段階の遺伝子トラップを行う。
第1段階は通常の遺伝子トラップ法である。「通常の遺伝子トラップ」とは、ES細胞に前記トラップベクターを導入し、ES細胞内に本来的に存在する内在性遺伝子をトラップすることを意味する。これにより、ES細胞中の内在性遺伝子は破壊される。なお、このES細胞を用いて、後述の遺伝子破壊マウスを作製することができる。そして、トラップされた内在性遺伝子(図8、遺伝子X)を単離した後に、大腸菌の中で部位特異的変異導入法等の方法でこの遺伝子に微細な変異を導入し(図8、遺伝子X')、これをプラスミド上で1ox66の下流につなぎ、第2段階の遺伝子トラップを行う(図8)。なお、遺伝子Xに変異を導入するには、Kunkel法、Gapped duplex法等の公知の手法又はこれに準ずる方法を採用することができる。例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-K又はMutant-G(TAKARA社製))などを用いて、あるいは、LA PCR in vitro Mutagenesis シリーズキット(TAKARA社)を用いて変異の導入が行われる。
【0050】
第2段階の遺伝子トラップは、1ox66の下流に連結された内在性遺伝子の変異型(遺伝子X')をES細胞に導入することを意味する。これにより、第1段階で導入されたトラップベクターの1ox71部位が、第2段階で導入したベクターのlox66との間で組換えを起こし、「(lox71/66)-(遺伝子X')-(loxP)」で構成されるカセットを含む改変した遺伝子を導入できる(図8)。
この方法によれば、改変した内在性遺伝子のみならず、ヒト遺伝子で置換することも可能であり、あらゆる遺伝子を導入することができる。これを本発明において可変型遺伝子トラップ法と名付ける。
【0051】
3.トラップベクターが組み込まれたクローン(ES細胞)のスクリーニング
遺伝子トラップベクターをES細胞に導入しネオ耐性クローンを選別すれば、これらはマウス内在性遺伝子の下流にトラップベクターが組み込まれているクローンであるとみなされる。これらのクローンからDNAを抽出し、サザンブロット法等により解析し、トラップベクターが1コピーのみ組み込まれているクローンを選択する。この選択方法を用いることにより、効率良くマウス遺伝子をトラップしているクローンを選択できることがわかったので、これをスクリーニング系として用いる。
【0052】
(1)ネオ耐性クローンの単離
本発明において、トラップベクターをES細胞に導入するには、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法等が採用される。例えば、トラップベクター100μgを電気穿孔法(バイオラッドGenePulserを用い、800V, 3μFの条件下)にて0.8m1のリン酸緩衝液中に浮遊させた3000万個のTT2 ES細胞に導入し、200μg/m1の濃度のG418存在下で培養する。1週間後に、ネオ耐性クローンを単離する。
遺伝子トラップベクターはES細胞のゲノム上にランダムに組み込まれる。したがって、単にトラップベクターをES細胞に導入しただけでは、必ずしも遺伝子の中に組み込まれるわけではなく、遺伝子とは関係のない場所にも組み込まれる。しかし、トラップベクター内には薬剤耐性遺伝子であるネオ耐性遺伝子がまれているので、それが発現している細胞は、ネオマイシン(G418ともいう)耐性となる。逆に言えば、ネオマイシン存在下で生存する細胞は、ネオ耐性遺伝子を発現していることになる。トラップベクター内のネオ耐性遺伝子は、ES細胞で発現しているマウスの遺伝子の下流に組み込まれないと発現しない。したがって、発現するということは、ある遺伝子の下流に組み込まれたことを意味する。
【0053】
(2)組込みパターンによるESクローンの選別
ESクローンから常法にしたがってDNAを抽出し、サザンブロット法等により組込みパターンを解析する。サザンブロットのパターンが単一バンドとして現れた場合は、1コピーのみが組込まれていると判断できるため、そのパターンを表したDNAを選別する。これは、プラスミドによるマウス内在性遺伝子の単離を容易に行なえるクローンを選別するためであり、また、1コピーでネオ耐性となるクローンでは、実際にマウス遺伝子をトラップしている確率が極めて高いからである。
【0054】
4.キメラ動物作製によるトラップ系統(トランスジェニック動物)の樹立
キメラ動物の作製は標準的な方法で行う(図9)。本発明において作製されるキメラ動物の種類は特に限定されるものではない。例えば、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、イヌ等が挙げられる。本発明においては、取り扱いが容易で繁殖もしやすいマウスが好ましい。
ネオマイシンで選別したES細胞を動物由来の桑実胚と凝集させ(ES細胞と桑実胚との集合体を形成させること)、キメラ動物胚(例えば胚盤胞まで発生したもの)を作製する。これらを不妊雄と交尾し偽妊娠状態となった仮親の子宮に移植する。例えばマウスの場合は約17日後に子が生まれるので、仮親から生まれた子のうちキメラ動物を選ぶ。キメラの寄与率が高い動物は、生殖系列の可能性が高いが、キメラ動物を正常動物と交配することにより、生殖系列のキメラ動物であることの確認が可能である。
その後正常な雌と交配し、F1を得て変異動物系統を樹立する。系統(トランスジェニック動物)樹立ができたもののみについて以下の解析を行なう。なお、F1からの精子、及び該精子を用いて体外受精を行なって得られる2細胞期胚は、超急速凍結法にて凍結保存しておくことができる。
【0055】
(1)発現パターンの解析
F1動物を交配し、胚(例えばマウスの場合9.5日目のもの)と成体における発現パターンを解析する。
(2)表現型の解析
樹立した動物系統について、ヘテロ及びホモ動物の表現型を解析する。表現型の解析は、肉眼的観察、解剖による内部の観察、各臓器の組織切片、X線撮影による骨格系、行動や記憶、血液を用いて行う。
【0056】
(3)トラップした遺伝子の単離と構造解析、染色体地図の作成
トラップクローンからDNAの単離と塩基配列の決定を行ない(後述)、ホモロジーサーチを行なう。その結果、得られた配列情報が既知遺伝子、EST、未知遺伝子及びリピートのいずれに属するのか、区別しておく。ESTと未知遺伝子については、染色体地図を作成することもできる。染色体地図は、蛍光in situ hybridization(FISH)法、またはマイクロサテライトプローブ等を用いた連関解析若しくは放射線照射による雑種細胞を用いた解析によって行なう。染色体上の位置が明らかになれば、既存の変異マウスの位置と対比し、一致するかどうかも調べておく。
(4)データベース構築
樹立した各系統について、マーカー遺伝子の胚(例えばマウスの場合10日目の胚)と成体における発現パターン、F1およびF2動物における表現型、トラップした動物内在性DNAの塩基配列、ESTと未知遺伝子についてはその染色体上の位置について、データベースを作成する。
【0057】
5.ノックアウト動物
本発明のノックアウト動物は、遺伝子の機能が失われるように処理されたものである。その処理方法について説明する。
本発明において使用し得る動物としては、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、イヌ等が挙げられる。本発明においては、取り扱いが容易で繁殖もしやすいマウスが好ましい。
未知遺伝子を含むゲノム DNAを、動物ES細胞から調製したゲノムDNAから PCRにより、又はゲノムライブラリーから得、これに本発明のトラップベクターに組み込む。この操作により、このエクソンの機能は破壊される。これと同時にベクターの中にネガティブ選別用のチミジンキナーゼ (tk) 遺伝子又はジフテリア (DT) 毒素遺伝子を繋げておく。エレクトロポレーション等によりトラップベクターをES細胞に導入し、この細胞をポジティブ選別用のネオマイシン及びネガティブ選別用の核酸類似体 FIAU (fluoroiodoadenosyluracil)、又はジフテリア毒素の存在下で培養する。この選別によりトラップベクターが挿入されたES細胞のみが残る。このESクローンでは、破壊されたエクソンを含む遺伝子がノックアウトされる。得られた細胞を仮親の子宮に移植し、その後生まれるキメラ動物を選ぶ。キメラ動物と正常動物との交配により、ヘテロ接合体動物が得られ、ヘテロ接合体同士の交配によりホモ接合体を得ることができる。
【0058】
なお、ノックアウトマウスが得られたことの確認は、F1マウス個体についてX線写真撮影を行い、骨の異常(例えば骨の変形)の有無を観察する。また、外見上の異常の有無及び解剖を行った際の諸組織-臓器の異常を観察することもできる。さらに、組織からRNAを抽出し、ノーザンブロット解析により遺伝子の発現パターンを解析し、必要に応じて血液を採取し、血液検査や血清生化学検査を実施してもよい。
【0059】
6.遺伝子の単離、組換えベクターの構築及び形質転換体の作製
(1) 遺伝子の単離
本発明においては、前記の通りトラップされた遺伝子のクローニングを行い、構造解析を行うことができる。
トラップクローンからDNAの単離は、通常行われる手法により行うことができる。例えば、トラップクローンのmRNAからクローニングする場合は、まず、トラップクローンをグアニジン試薬、フェノール試薬等で処理して全RNAを得た後、オリゴdT-セルロース又はセファロース2Bを担体とするポリU-セファロース等を用いたアフィニティーカラム法、あるいはバッチ法によりポリ(A+)RNA(mRNA)を得る。得られたmRNAを鋳型として、オリゴdTプライマー及び逆転写酵素を用いて一本鎖cDNAを合成した後、該一本鎖cDNAから二本鎖cDNAを合成する。このようにして得られた二本鎖cDNAを適当な発現ベクター(例えばλgt11等)に組み込むことによって、cDNAライブラリーを得る。
【0060】
上記の通り得られた遺伝子について塩基配列の決定を行う。塩基配列の決定はマキサム-ギルバートの化学修飾法、又はDNAポリメラーゼを用いるジデオキシヌクレオチド鎖終結法等の公知手法により行うことができる。通常は、自動塩基配列決定装置等により塩基配列を決定することができる。また、cDNAの5'領域又は3'領域の塩基配列が未決定の場合は、5'-RACE法、3'-RACE等を用いて全塩基配列の決定を行う。RACE (Raped Amplification of cDNA Ends)法は、当該技術分野において周知であり(Frohman,M.A. et al., Methods Enzymol. Vol. 218, pp340-358 (1993))、RACEを行うためのキットも市販されている(例えば、MarathonTMcDNA Amplification Kit; CLONETECH社、その他)。
一旦本発明の遺伝子の塩基配列が決定されると、その後は、化学合成によって、又は決定された当該塩基配列から合成したプライマーを用いたPCRによって、本発明の遺伝子を得ることができる。
【0061】
(2)組換えベクターの構築
目的とする遺伝子断片を精製し、ベクターDNAと連結する。ベクターとしては、ファージベクター、プラスミドベクター等の任意のものを用いることができる。DNAとベクターとの連結手法は、当該分野で周知である(J. Sambrook, et al., Molecular cloning, A Laboratory Manual, Second Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1989)。さらに、これより組換えベクターを作製し、大腸菌等に導入してコロニーを選択して所望の組換えベクターを調製する。
(3)形質転換体
本発明の形質転換体は、本発明の組換えベクターを、目的遺伝子が発現し得るように宿主中に導入することにより得ることができる。ここで、宿主は、本発明のDNAを発現できるものであれば特に限定されるものではない。例えば、細菌、酵母、動物細胞、昆虫細胞等が挙げられる。
【0062】
大腸菌等の細菌を宿主とする場合は、本発明の組換えベクターが該細菌中で自律複製可能であると同時に、プロモーター、リボゾーム結合配列、本発明の遺伝子、転写終結配列により構成されていることが好ましい。また、プロモーターを制御する遺伝子が含まれていてもよい。大腸菌としては、例えばエッシェリヒア・コリ(Escherichia coli)K12、DH1などが挙げられ、枯草菌としては、例えばバチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)などが挙げられる。プロモーターは、大腸菌等の宿主中で発現できるものであればいずれを用いてもよい。例えばtrpプロモーター、lacプロモーター、PLプロモーター、PRプロモーターなどの、大腸菌やファージに由来するプロモーターが用いられる。tacプロモーターなどのように、人為的に設計改変されたプロモーターを用いてもよい。細菌への組換えベクターの導入方法は、細菌にDNAを導入する方法であれば特に限定されるものではない。例えばカルシウムイオンを用いる方法(Cohen, S.N. et al.:Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 69:2110-2114 (1972))、エレクトロポレーション法(Becker, D.M. et al.:Methods. Enzymol., 194: 182-187 (1990))等が挙げられる。
【0063】
酵母を宿主とする場合は、例えばサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)などが用いられる。この場合、プロモーターとしては酵母中で発現できるものであれば特に限定されず、例えばgal1プロモーター、gal10プロモーター、ヒートショックタンパク質プロモーター、MFα1プロモーター、PHO5プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーター、AOX1プロモーター等が挙げられる。酵母への組換えベクターの導入方法は、酵母にDNAを導入する方法であれば特に限定されず、例えばエレクトロポレーション法、スフェロプラスト法(Hinnen, A. et al.:Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 75: 1929-1933 (1978))、酢酸リチウム法(Itoh, H.:J. Bacteriol., 153:163-168 (1983))等が挙げられる。
【0064】
動物細胞を宿主とする場合は、COS細胞、Vero細胞、チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)、マウス骨髄腫細胞などが用いられる。プロモーターとしてSRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、EF1プロモーター、PGKプロモーター、MC1プロモーター等が用いられ、また、ヒトサイトメガロウイルスの初期遺伝子プロモーター等を用いてもよい。動物細胞への組換えベクターの導入方法としては、例えばエレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法等が挙げられる。
昆虫細胞を宿主とする場合は、Sf9細胞、Sf21細胞などが挙げられる。昆虫細胞への組換えベクターの導入方法としては、例えばリン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法などが用いられる。
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例にその技術的範囲が限定されるものではない。
【実施例】
【0065】
〔実施例1〕 遺伝子トラップベクター変異体の作製
(1) pU-Hachiトラップベクターの構築
pU-HachiベクターはpGT1.8IRESβ-geoに由来し、マウスEn-2遺伝子からのSA配列と、脳心筋炎ウイルス由来のIRES配列に連結したβ-geo配列とを含有する。まず、lox71のBamHI断片をpGT1.8IRESβ-geoのBglII部位に挿入した。次いで、ウサギβ-グロビン遺伝子の一部である180bpの配列、loxP配列、及びマウスホスホグリセレートキナーゼ-1(PGK)由来のpoly A付加シグナルを、ベクターpUC19のLacZ配列が除去された改変型ベクターに挿入することにより、プラスミドpEBN-SE7tiを構築した。SP配列は、トラップベクターの3'側を保護するために使用した。プラスミドpEBN-SE7tiのSalI部位にSA-IRES-lox71-β-geoのSalI断片を挿入することにより、pU-Hachiを得た。
【0066】
(2) pU12トラップベクターの構築
pU12トラップベクターを構築するために、まずpE3NSE7のPGK poly(A)シグナルをピューロマイシン耐性遺伝子+PGK poly(A)シグナルに置き換え、さらにその下流のBglII部位にlox511を挿入したプラスミドを作製した。そのプラスミドのSalI部位にpU-HachiからのSA-IRES-lox71-β-geoのSalI断片を挿入することにより、pU-12を得た。
【0067】
(3) pU17トラップベクターの構築
まず、pSP73(Promega)に、lox511、loxP、PGK poly(A)シグナル、lox2272をこの順で挿入し、プラスミドpSP5PP2を構築した。次に、pU-HachiのSA内に2箇所あるBamHIのうち上流のBamHI部位で切断し、pBluescriptII KS+ プラスミドに、SA前半のBamHIまでのDNA断片、lox71配列、SA後半BamHIからKpnIまでのDNA断片、β-geoのNcoIからSalI部位までをこの順に挿入し、プラスミドpKS+S71Aβgeoを構築した。このpKS+S71Aβgeoからlox71を含むSA-βgeoのXbaI断片を切り出し、これをpSP5PP2のSpeI部位に挿入することによりpU-17を得た。
【0068】
〔実施例2〕 ES細胞クローンの選別
pU-Hachiトラップベクターを用いたエレクトロポレーションにおいては、100μgのSpeIで消化したDNA及び3×107個の細胞を用いた。細胞を0.8mlのPBSに懸濁し、Bio-Rad Gene Pulserを用いて、800V、3μFの条件でエレクトロポレーションを行った。48時間後、200μg/mlのG418の存在下で培養した。選別を7日間維持し、コロニーを24ウェルプレートにまいて増殖させ、凍結保存した。トラップクローンをサザンブロッティングにより解析し、単一コピーの組み込みパターンを示す細胞株を選別した。
トラップクローンからβ-geo配列を除去するため、pCAGGS-Cre(Araki, K. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92:160-164,1995; Araki, K. et al., Nucl. Acids Res.,25:868-872,1997; Araki, K. et al., J. Biochem. Tokyo, 122: 977-982, 1997)を環状の形態でエレクトロポレーションにより導入した。細胞数が1.5×107個、PBS容量が0.4mlであることを除き上記と同一の条件でエレクトロポレーションを行った。
【0069】
処理された細胞の半分を1枚の100mmプレートにまき、48時間増殖させた。次に、1×103個/プレートの濃度で100mmのプレートに再度まき、コロニーを形成させた。1週間後、コロニーを取り上げ、DNA調製のために増殖させた。
トラップベクターのlox71部位に組み込みが行われるよう設計した共エレクトロポレーションを行うため、20μgの各プラスミド(p662IEGPPac, p662INZPPac又はp66PGKPac-5)及びpCAGGS-Creを環状形態で使用した。
なお、プラスミドp66PGKPac-5は、lox66断片及びPGKプロモーター-ピューロマイシン耐性遺伝子コード配列を、pSP73ベクター(Promega)に挿入することにより構築した。プラスミドp662IEGPPacは、pSP73ベクター(Promega)、IRES配列、EGFP遺伝子(Clonetech)、PGKプロモーター、Pca遺伝子及びlox66配列から構築した。プラスミドp662INZPPacは、p662IEGPPacのEGFP遺伝子を、SV40ラージT遺伝子由来の核局在シグナルと融合したlacZ遺伝子で置換することにより構築した。
【0070】
PBS中、1×107個/0.8mlの細胞をエレクトロポレーションにかけた(200V, 950μF)。48時間後、2μg/mlのプロマイシンを用いて3日間選別にかけ、その後通常の培地に細胞を移した。エレクトロポレーション後9日目にコロニーを取り上げ、増殖させた。
公知方法(Abe, K.,Niwa,H. et al., Exp. Ce11 Res. 229: 27-34, 1996)に従って胚様体(EB)の生産を行った。ES細胞中のβ-ガラクトシダーゼ活性及びEBは、5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル β-D-ガラクトピラノシド(X-gal)で染色することにより測定した(Gossler, A. and Zachgo, J., Gene Targeting: A Practical Approach, Joyner, A. (ed.), Oxford University Press, Oxford, 1993, pp.181-227)。
トラップベクターpU-Hachiを直鎖状にしてTT2 ES細胞に導入した結果、109個のクローンを単離した。各クローンからゲノムDNAを調製し、pUCプローブ及び少なくとも3つの制限酵素を用いてサザンブロッティングを行い、組み込みパターンを検討した。
【0071】
69%のクローンにおいて単一バンドが確認された。lox71部位の存在はCre媒介組み込みに不可欠であるため、LacZプローブを用いたサザンブロッティング及びPstI消化により、その存在を確認した。その結果、10%のクローンがlox71部位を欠失していた(表4)。シングルコピーが組み込まれ、かつlox71部位が保持されている残り59%のクローンを、さらに解析するために選択した。
【0072】
【表4】
【0073】
トラップベクターによる内在性遺伝子の捕獲を評価するため、胚様体形成の前後にX-galで染色した。表5に示す通り、97%のクローンが分化の特定のステージにβ-gal活性を示した。このことは、pU-Hachiトラップベクターを使用すると、他のIRES-β-geoベクターのように有効な遺伝子トラップが行われることを意味する。
【0074】
【表5】
【0075】
〔実施例3〕 クローンの選択頻度
トラップベクターが1コピーのみが組み込まれているクローンを選択するため、選別されたneo耐性クローンからDNAを抽出し、サザンブロット法により解析した。
細胞をSDS/プロテイナーゼKで溶解し、フェノール/クロロホルム(1:1) (vol/vol)を用いて2回処理した。続いてエタノール沈殿を行い、TEバッファー(10mM Tris-HCl,pH7.5/1mM EDTA)に溶解した。6μgのゲノムDNAを適当な制限酵素で消化し、0.9%アガロース電気泳動を行った後、ナイロン膜(Boehringer Mannheim)上にブロットした。ハイブリダイゼーションは、DIG DNA Labelling and Detection Kit (Boehringer Mannheim)を用いて行った。
PCR解析は、以下の反応組成液を用いて、94℃で1分、55℃で2分及び72℃で2分の反応を1サイクルとしてこれを28サイクル行った。
PCRに使用したプライマーは以下の通りである。
【0076】
β-geo検出用プライマー
Z1(フォワード): 5'-gcgttacccaacttaatcg-3'(配列番号7)
Z2(リバース): 5'-tgtgagcgagtaacaacc-3'(配列番号8)
【0077】
pUCベクター配列の複製起点領域の配列検出用プライマー
Ori2(フォワード): 5'-gccagtggcgataagtcgtgtc-3'(配列番号9)
Ori3(リバース): 5'-cacagaatcaggggataacgc-3'(配列番号10)
【0078】
【表A】
【0079】
PCR反応産物の2分の1量をアガロースゲルにロードし、解析した。
プラスミドレスキュー(トラップした遺伝子の回収)は、以下の通り行った。
ゲノムDNA(20μg)を適当な制限酵素で処理し、400μlの反応溶液中で連結し、環状分子を得た。フェノール/クロロホルム抽出及びエタノール沈殿を行った後、DNAを10μlのTEに懸濁し、DNA溶液の半量を用いて、エレクトロポレーションにより大腸菌(E. coli STBL2; Life Technologies)を形質転換した。なお、エレクトロポレーションは、Bio-Rad社のGene Pulserを使用説明書に従って行った。エレクトロポレーション後の細胞を1mlのCircle Grow培地(BIO101)中、30℃で撹拌しながら1時間インキュベートした。次に、サンプルを濃縮した後LB/agarプレートにまき、アンピシリンによるプラスミドの選別を行った。レスキューされたプラスミドについて、制限酵素地図解析及び配列決定を行った。配列は、Thermo Sequenase Fluorescent-Labeled Primer Cycle Sequencing Kit(Amersham)を用いて決定した。
その結果、表6に示す通り、高頻度で組換えを起こしたクローンを得ることができた。
【0080】
【表6】
【0081】
〔実施例4〕キメラマウスの作製及び遺伝子解析
(1)マウスへのクローン導入
トラップしたESクローンを、ICRマウス由来の8細胞期胚と凝集させ、1晩培養した。翌日、ES細胞と8細胞期胚とが凝集し合い1つの胚盤胞へと発生したものを選択した。これらのキメラ胚約20個を不妊雄と交尾した雌(仮親)の子宮の中へ移植した。約17日後に出生し、性成熟する生後8週以降にキメラマウスを雌マウスと交配し、ESクローン由来のF1マウス個体を得た。
(2) 表現型の解析
F1マウス個体についてX線写真撮影を行い、骨の異常の有無を観察した。
【0082】
(3)トラップした遺伝子の解析
トラップされた遺伝子はβgeoとの融合mRNAを作っているはずであるので、このことを利用してトラップされた遺伝子を同定した。
F1個体マウスでX-gal染色陽性であった組織よりmRNAを抽出し、SA内の配列のプライマーを用いてサーモスクリプトRT-PCRシステム(GIBCO BRL)で1本鎖cDNAを合成し、続いて5'RACEシステム(GIBCO BRL)を用いて、SAのエクソン部がつながる、上流のトラップした遺伝子部分のcDNA断片を得た。得られた断片はプラスミドベクターにクローニングし、塩基配列を決定した。
(4)結果
トラップした遺伝子の解析を行った結果の一例を表7に示す。
【0083】
【表7】
【0084】
上記の通り得られた遺伝子のうちPCM1遺伝子の解析を行った結果、配列番号11〜13に示す配列(5'-RACE部分断片)が得られた。これは、公知のPCM1遺伝子の配列の一部と一致した。また、Ayu8-021クローンから得られたマウスは尾骨が屈曲する変異(kinky tail)が生じていた(図11)。この変異遺伝子断片の配列を決定した結果、配列番号14に示すものであった。
【0085】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願は、そのまま参考として本明細書に取り入れるものとする。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明により、遺伝子トラップベクター、及び遺伝子のトラップ法が提供される。本発明によれば、まず、(1) 効率良く遺伝子破壊マウスを作製することができる。トラップベクターのマウス遺伝子への組み込みにより、ほとんどの場合マウス遺伝子は破壊される。したがって、このES細胞を利用すれば、マウス遺伝子の破壊マウスを作製できることになる。すなわち、ネオ耐性クローンの選択と1コピーのトラップベクターの組み込みクローンの選別により、効率良く遺伝子破壊マウスを作製できることになる。通常の相同組換えによる方法では、1人の研究者が1年間にせいぜい4遺伝子の破壊マウスしかできない。本発明の方法によれば、例えば1週間に6系統樹立し、1年間に40週間働いたとすると、合計240系統も樹立できる。従って、上記例の場合は、本発明の方法は通常の方法と比較して60倍の効率である。
【0087】
(2) 詳細な遺伝子機能の解析ができる。
本発明のトラップ法では、予め機能を持つと思われる遺伝子の各部分に変異を導入しておいて、この変異型遺伝子をトラップベクターに組み込み、その後で、変異遺伝子が組み込まれたトラップベクターをマウスに導入し、その表現型を解析することができる。
(3) よりヒトに近い疾患モデルマウスを作製することができる。
ヒトの疾患で発見されたのと同じ突然変異を持つヒト遺伝子をマウス遺伝子に置換して導入できるので、よりヒトに近い疾患モデルマウスを作製することができる。
【0088】
参考文献
(1) 遺伝子トラップに関連したもの
1)Wurst,W. et al., Genetics 139: 889-899,1995.
2)Chowdhury,K. et al., Nucleic Acids Res. 25:1531-1536, 1997.
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(2) Cre-1oxPに関連したもの
1)Sauer, B. and Henderson, N. Proc. Nat1. Acad. Sci. USA 85: 5166-5170, 1988.
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1)Miyazaki, J. et al., Gene 79: 269-277, 1989.
2)Niwa, H. et al., Gene 108: 193-200, 1991.
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5)Abe, K.,Niwa,H. et al., Exp. Ce11 Res. 229: 27-34, 1996.
6)Araki, K. et al., Nucleic Acid Res. 25: 868-872, 1997.
7)Araki, K. et al., J. Biochem. 122: 977-982, 1997.
8)Oike, Y. et al., Human Mol. Genet-In Press
9)Oike, Y. et al., Blood in press
【配列表フリーテキスト】
【0089】
配列番号1:合成DNA
配列番号2:合成DNA
配列番号3:合成DNA
配列番号4:合成DNA
配列番号5:合成DNA
配列番号6:相同組換え配列
配列番号7:合成DNA
配列番号8:合成DNA
配列番号9:合成DNA
配列番号10:合成DNA
【特許請求の範囲】
【請求項1】
逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含むloxP配列と、前記loxPの逆反復配列1の一部に変異が導入された配列を含む変異型loxP配列とを含むトラップベクター。
【請求項2】
逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含むloxP配列と、前記loxPの逆反復配列2の一部に変異が導入された配列を含む変異型loxP配列とを含むトラップベクター。
【請求項3】
(a)請求項1記載のトラップベクターと、(b)逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含む1oxP配列のうち逆反復配列2の一部に変異が導入された配列を含む変異型loxPを含むトラップベクターとが、又は、
(c)請求項2記載のトラップベクターと、(d)逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含む1oxP配列のうち逆反復配列1の一部に変異が導入された配列を含む変異型loxPを含むトラップベクターとが、
組換えを起こしたベクター。
【請求項4】
他のloxP配列との間で組み換えが起こらないものである請求項3記載のベクター。
【請求項5】
請求項1記載のトラップベクターを胚幹細胞に導入することを特徴とする遺伝子トラップ方法。
【請求項6】
請求項2記載のトラップベクターを胚幹細胞に導入することを特徴とする遺伝子トラップ方法。
【請求項7】
(a)請求項1記載のトラップベクターと、(b)逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含む1oxP配列のうち逆反復配列2の一部に変異が導入された配列を含む変異型loxPを含むトラップベクターとを、又は、
(c)請求項2記載のトラップベクターと、(d)逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含む1oxP配列のうち逆反復配列1の一部に変異が導入された配列を含む変異型loxPを含むトラップベクターとを、
胚幹細胞に導入することを特徴とする遺伝子トラップ方法。
【請求項8】
請求項3又は4記載のベクターを含む胚幹細胞。
【請求項9】
請求項5〜7のいずれか1項に記載の方法により得られる胚幹細胞。
【請求項10】
請求項3又は4記載のベクターを含む非ヒトトランスジェニック動物。
【請求項11】
動物が、マウス、ラット、ウサギ、モルモット、ブタ、ヒツジ又はヤギである請求項10記載のトランスジェニック動物。
【請求項12】
請求項8又は9記載の胚幹細胞を非ヒト動物に導入することを特徴とする非ヒトトランスジェニック動物の作製方法。
【請求項13】
請求項12記載の方法により得られる非ヒトトランスジェニック動物。
【請求項14】
請求項3又は4のいずれか1項に記載のベクターを含む非ヒトノックアウト動物。
【請求項15】
動物が、マウス、ラット、ウサギ、モルモット、ブタ、ヒツジ又はヤギである請求項14記載のノックアウト動物。
【請求項16】
請求項8又は9記載の胚幹細胞を動物に導入することを特徴とする非ヒトノックアウト動物の作製方法。
【請求項17】
請求項16記載の方法により得られる非ヒトノックアウト動物。
【請求項1】
逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含むloxP配列と、前記loxPの逆反復配列1の一部に変異が導入された配列を含む変異型loxP配列とを含むトラップベクター。
【請求項2】
逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含むloxP配列と、前記loxPの逆反復配列2の一部に変異が導入された配列を含む変異型loxP配列とを含むトラップベクター。
【請求項3】
(a)請求項1記載のトラップベクターと、(b)逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含む1oxP配列のうち逆反復配列2の一部に変異が導入された配列を含む変異型loxPを含むトラップベクターとが、又は、
(c)請求項2記載のトラップベクターと、(d)逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含む1oxP配列のうち逆反復配列1の一部に変異が導入された配列を含む変異型loxPを含むトラップベクターとが、
組換えを起こしたベクター。
【請求項4】
他のloxP配列との間で組み換えが起こらないものである請求項3記載のベクター。
【請求項5】
請求項1記載のトラップベクターを胚幹細胞に導入することを特徴とする遺伝子トラップ方法。
【請求項6】
請求項2記載のトラップベクターを胚幹細胞に導入することを特徴とする遺伝子トラップ方法。
【請求項7】
(a)請求項1記載のトラップベクターと、(b)逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含む1oxP配列のうち逆反復配列2の一部に変異が導入された配列を含む変異型loxPを含むトラップベクターとを、又は、
(c)請求項2記載のトラップベクターと、(d)逆反復配列1、スペーサー配列及び逆反復配列2をこの順で含む1oxP配列のうち逆反復配列1の一部に変異が導入された配列を含む変異型loxPを含むトラップベクターとを、
胚幹細胞に導入することを特徴とする遺伝子トラップ方法。
【請求項8】
請求項3又は4記載のベクターを含む胚幹細胞。
【請求項9】
請求項5〜7のいずれか1項に記載の方法により得られる胚幹細胞。
【請求項10】
請求項3又は4記載のベクターを含む非ヒトトランスジェニック動物。
【請求項11】
動物が、マウス、ラット、ウサギ、モルモット、ブタ、ヒツジ又はヤギである請求項10記載のトランスジェニック動物。
【請求項12】
請求項8又は9記載の胚幹細胞を非ヒト動物に導入することを特徴とする非ヒトトランスジェニック動物の作製方法。
【請求項13】
請求項12記載の方法により得られる非ヒトトランスジェニック動物。
【請求項14】
請求項3又は4のいずれか1項に記載のベクターを含む非ヒトノックアウト動物。
【請求項15】
動物が、マウス、ラット、ウサギ、モルモット、ブタ、ヒツジ又はヤギである請求項14記載のノックアウト動物。
【請求項16】
請求項8又は9記載の胚幹細胞を動物に導入することを特徴とする非ヒトノックアウト動物の作製方法。
【請求項17】
請求項16記載の方法により得られる非ヒトノックアウト動物。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2011−45380(P2011−45380A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−232922(P2010−232922)
【出願日】平成22年10月15日(2010.10.15)
【分割の表示】特願2001−511198(P2001−511198)の分割
【原出願日】平成12年5月2日(2000.5.2)
【出願人】(598081621)株式会社トランスジェニック (15)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年10月15日(2010.10.15)
【分割の表示】特願2001−511198(P2001−511198)の分割
【原出願日】平成12年5月2日(2000.5.2)
【出願人】(598081621)株式会社トランスジェニック (15)
【Fターム(参考)】
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