説明

トリシンの製造方法

【課題】トリシン及びその誘導体の、安価でかつ安全な製造方法を提供すること。
【解決手段】4-置換-3,5-ジメトキシベンゾエイトと2',4'-ジ置換-6'-ヒドロキシアセトフェノン (483 mg, 1.55 mmol) を塩基存在下に反応させ、生成物を酸により閉環し、必要により脱保護する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はトリシン(5,7,4'-トリヒドロキシ-3',5'-ジメトキシフラボン)(tricin (4',5,7-trihydroxy-3',5'-dimethoxyflavone))及びその誘導体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
トリシンのようなフラボン類は、制癌活性など多くの生理活性が確認されており、近年非常に注目されている(非特許文献1)。
従来、フラボン類の製造方法としてはいくつかの方法が知られている。例えば、下記の基本骨格で表されるフラボンの製造方法としては、以下のような方法が挙げられる。
【0003】
【化1】

【0004】
すなわち、2'-ヒドロキシアセトフェノンとベンズアルデヒドをエタノールに溶解させ、水酸化金属(例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなど)を加え、室温で反応させ、カルコンに変換する。次にこれをジメチルスルホキシドに溶解させ、ヨウ素存在下で還流することで閉環、精製し、目的のフラボンを製造する(非特許文献2)。この反応は下記のスキームで表される。
【化2】

【0005】
しかしながら、このような方法を用いてトリシンの大量製造を行うには水酸化アルカリ金属(例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなど)が多量に必要となる。水酸化アルカリ金属は強いアルカリ性を有し、取り扱いに注意を要する非常に危険な物質である。
【0006】
一方、トリシンはクマザサその他のイネ科の植物等からも抽出されているが、その含有量は少なく、現在のところ抽出方法は極めて高コストな方法である(特許文献1)。
【0007】
【特許文献1】WO2007/105581
【非特許文献1】The rice bran constituent tricin potently inhibits cyclooxygenase enzymes and interferes with intestinal carcinogenesis in AqcMin mice. Cai Hong; Al-Fayez Mohammad; Molecular Cancer Therapeutics, 4, 1287-1292 (2005).
【非特許文献2】Synthetic chalcones, flavanones, flavones as antitumoral agents: Biological evaluation and structure-activity relationships. Mauricio Cacrera, Macarena Simoens; Bioorganic & Madicinal Chemistry, 15, 3356-3367 (2007).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、トリシン及びその誘導体の、安価でかつ安全な製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は以下に示すトリシン及びその誘導体の製造方法を提供するものである。
(1)一般式(III)で表されるベンゾエイト化合物と一般式(IV)で表されるアセトフェノン化合物を塩基存在下、溶媒中で反応させて一般式(II)で表される化合物を得、次いでこれを酸により閉環し、必要により脱保護することを特徴とする一般式(I)で表されるフラボノイド化合物の製造方法。
【0010】
【化3】

【0011】
式中、R1はアルキル、アルキレン、アリール、アシル基などであり、R2〜R4はヒドロキシ基の保護基であり、同一でも異なっていても良く、R2'〜R4'はそれぞれR2〜R4であるか、又は水素原子を示す。
(2)R1が、メチル基である上記1記載の方法。
(3)R2〜R4が、メチル基である上記1又は2記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法によれば、工業原料として容易に入手し得る4-ヒドロキシ-3,5-ジメトキシベンゾエイトと2',4',6'-トリヒドロキシアセトフェノンを使用し、より穏和な条件下でより安全に反応を行い、高収率で目的化合物を得ることができる。
特に、塩基として金属水酸化物以外の塩基を用いる場合には、従来、水酸化アルカリ金属の溶解性から溶媒がアルコール類、水等に限定されていたが、本発明では、ハロゲン系溶媒やエーテル系溶媒、アルカン類、エステル類なども用いることが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
トリシンは活性反応種であるフェノール性ヒドロキシ基を3つ持っている。このヒドロキシ基を無保護で従来の方法を用いてトリシンを製造しようとしても多くの副反応が起こり、著しく収率は低下してしまう。このため本発明では、一般式(III)及び一般式(IV)に示すように、反応に直接関与しないフェノール性ヒドロキシ基を保護することが重要である。
【0014】
一般式(III)で表される化合物及び一般式(IV)で表される化合物は、原料である4-ヒドロキシ-3,5-ジメトキシベンゾエイトのヒドロキシ基及び2',4',6'-トリヒドロキシアセトフェノンの4',6'-位のヒドロキシ基を、適当な保護基により保護することにより容易に合成することができる。ここで2',4',6'-トリヒドロキシアセトフェノンは3つのヒドロキシ基を持つが分子内水素結合のために保護されるのは4',6'-位の2つのヒドロキシ基だけである。
【0015】
本発明においてヒドロキシ基の保護基としては、一般的に有機合成化学で用いられるものであればいずれも使用できる。例えば、アシル系(例えば、アセチル基、ピバロイル基)、エーテル系(例えば、ベンジル基、パラメトキシベンジル基)、アセタール系(例えば、メトキシメチル基、テトラヒドロピラニル基)、シリルエーテル系(例えば、トリメチルシリル基、t-ブチルジメチルシリル基)などが挙げられる。ヒドロキシ基の保護基は限定されるものではないが、酸性条件下で脱保護できるものを選択すれば閉環反応と同時に脱保護を行うことも可能である。このような保護基としては、アセタール系、シリルエーテル系保護基などが挙げられる。
保護基の導入反応は、原料である4-ヒドロキシ-3,5-ジメトキシベンゾエイト又は2',4',6'-トリヒドロキシアセトフェノンをジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等の溶媒に溶解し、例えば、アシルハライド、エーテルハライド、シリルエーテルハライド、アセタールハライド等を保護されるヒドロキシ基1モルに対して、好ましくは1.0〜1.5モル程度反応させれば良い。ハライドは典型的にはクロライドである。この際、特に限定されるものはないが、脱ハロゲン化水素剤として塩基、例えば、アミンなどを存在させることが好ましく、反応温度は5〜80℃、例えば、室温、反応時間は2〜4時間程度が適当である。反応雰囲気は、アルゴン、窒素等の不活性ガス雰囲気下が好ましい。
【0016】
こうして得られる一般式(III)で表される化合物と一般式(IV)で表される化合物を溶媒中で塩基存在下で反応させる。反応雰囲気は、特に限定されないが、アルゴン、窒素等の不活性ガス雰囲気下が好ましい。
本発明において一般式(III)の化合物と一般式(IV)の化合物の反応に用いられる塩基は、特に限定されるものではない。例えば、アミン(例えば、トリメチルアミン、N,N'-ジイソプロピルエチルアミン)、アミド(例えば、リチウムジイソプロピルアミド)などが用いられる。
【0017】
一般式(III)で表される化合物と一般式(IV)で表される化合物の反応溶媒として用いられるものは、一般的に有機合成化学で用いられる反応溶媒であれば問題なく用いられる。したがって、特に限定されるものではないがたとえば、ハロゲン系溶媒(塩化メチレン、クロロホルム、四塩化炭素など)、エーテル系溶媒(ジエチルエーテル、ジメチルエーテルなど)、アルカン類(ヘキサン、シクロヘキサン、イソオクタンなど)、エステル類(酢酸エチル、プロピオン酸メチルなど)などが用いられる。より好ましくは、ハロゲン系溶媒、アルカン類が用いられる。
一般式(III)の化合物と一般式(IV)の化合物の反応モル比は好ましくは1.0〜1.5:1.5〜2.0である。
また使用する塩基の量は、一般式(III)で表される化合物1モルに対して好ましくは4.0〜8.0モル程度である。反応液中の反応温度は0℃〜室温、反応時間は12〜24時間が適当である。
【0018】
こうして得られる一般式(II)で表される化合物を必要により精製し、好ましくは、完全に乾燥させ、次に酸によって閉環し、必要により脱保護を行い、一般式(I)で表されるトリシン化合物を得る。反応雰囲気は、特に限定されないが、アルゴン、窒素等の不活性ガス雰囲気下が好ましい。
一般式(II)で表される化合物の閉環に使用する酸としては硫酸、塩酸、フルオロ酢酸等が挙げられる。溶媒としては、酢酸等が挙げられる。酸の濃度は好ましくは1.0〜2.0質量%であり、反応温度は80〜100℃、反応時間は1.0〜2.0時間程度が適当である。
反応物を酢酸エチル、クロロホルム、ブタノール等の溶媒で抽出し、溶媒相を水洗し、乾燥し、溶媒を留去し、さらに必要により、シリカゲルを充填したカラムを通過させるなどの精製手段により精製することにより、一般式(I)で表されるフラボノイド化合物を得ることができる。
これをさらに必要により、用いた保護基に適した手法で脱保護することによりトリシン(5,7,4'-トリヒドロキシ-3',5'-ジメトキシフラボン)を得ることができる。
【実施例】
【0019】
以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明する。
実施例1
ジエチルエーテル 5 mL に4-ヒドロキシ-3,5-ジメトキシベンゾエイト (200 mg, 0.94 mmol) とトリメチルシリルクロライド (102 mg, 0.94 mmol) を溶解させ、そこにトリエチルアミン (0.2 mL, 1.88 mmol) を加え、アルゴン雰囲気下室温で2時間攪拌した。その後、反応混合物を酢酸エチルで抽出、水洗、硫酸ナトリウムによる乾燥、溶媒留去を行い、シリカゲルを充填したカラムで精製し、4-トリメチルシリル-3,5-ジメトキシベンゾエイト92 mg を得た。収率は、34 % であった。
【0020】
実施例2
ジエチルエーテル 10 mL に2',4',6'-トリヒドロキシアセトフェノン (500 mg, 2.97 mmol) とトリメチルシリルクロライド (323mg, 2.97 mmol) を溶解させ、そこにトリエチルアミン (0.6 mL, 5.94 mmol) を加え、アルゴン雰囲気下室温で4時間攪拌した。その後、上記と同様に抽出、水洗、乾燥、溶媒留去、精製し、2',4'-ジ(トリメチルシリル)-6'-ヒドロキシアセトフェノン 281 mg を得た。収率は、30 % であった。
【0021】
実施例3
ジエチルエーテル 10 mL に4-トリメチルシリル-3,5-ジメトキシベンゾエイト (200 mg, 0.70 mmol) と2',4'-ジ(トリメチルシリル)-6'-ヒドロキシアセトフェノン (483 mg, 1.55 mmol) を溶解させ、そこにリチウムジイソプロピルアミド1 M溶液 (2.8 mL, 2.8 mmol) を加え、アルゴン雰囲気下室温で24時間攪拌した。その後、上記と同様に抽出、水洗、乾燥、溶媒留去し、終夜真空ポンプで吸引し、溶媒を留去し、乾固させた。これを酢酸10 mLに溶解させ、濃硫酸0.1 mLを加え、アルゴン雰囲気下100 ℃で1時間攪拌した。その後、上記と同様に抽出、水洗、乾燥、溶媒留去、精製し、トリシン 41 mg を得た。収率は、20 % であった。
【0022】
実施例4
ジエチルエーテル 5 mL に4-ヒドロキシ-3,5-ジメトキシベンゾエイト (200 mg, 0.94 mmol) とt-ブチルジメチルシリルクロライド (283 mg, 1.88 mmol) を溶解させ、そこにN,N'-ジイソプロピルエチルアミン (0.4 mL, 2.82 mmol) を加え、アルゴン雰囲気下室温で2時間攪拌した。その後、反応混合物を酢酸エチルで抽出、水洗、硫酸ナトリウムによる乾燥、溶媒留去を行い、シリカゲルを充填したカラムで精製し、4-t-ブチルジメチルシリル-3,5-ジメトキシベンゾエイト188 mg を得た。収率は、61 % であった。
ジエチルエーテル 10 mL に2',4',6'-トリヒドロキシアセトフェノン (500 mg, 2.97 mmol) とt-ブチルジメチルシリルクロライド (1343 mg, 8.91 mmol) を溶解させ、そこにN,N'-ジイソプロピルエチルアミン (2.3 mL, 8.91 mmol) を加え、アルゴン雰囲気下室温で4時間攪拌した。その後、上記と同様に抽出、水洗、乾燥、溶媒留去、精製し、2',4'-ジ-t-ブチルジメチルシリル-6'-ヒドロキシアセトフェノン 471 mg を得た。収率は、40 % であった。
ジエチルエーテル 10 mL に4-t-ブチルジメチルシリル-3,5-ジメトキシベンゾエイト (200 mg, 0.61 mmol) と2',4'-ジ-t-ブチルジメチルシリル-6'-ヒドロキシアセトフェノン (483 mg, 1.22 mmol) を溶解させ、そこにリチウムジイソプロピルアミド1 M溶液 (4.88 mL, 4.88 mmol) を加え、アルゴン雰囲気下室温で24時間攪拌した。その後、上記と同様に抽出、水洗、乾燥、溶媒留去し、終夜真空ポンプで乾固させた。これを酢酸10 mLに溶解させ、濃硫酸0.1 mLを加え、アルゴン雰囲気下100 ℃で1時間攪拌した。その後、上記と同様に抽出、水洗、乾燥、溶媒留去、精製し、トリシン 41 mg を得た。収率は、20 % であった。
【0023】
得られたトリシンの物理化学的性質を以下に示す。
核磁気共鳴吸収スペクトル ((CD3)2CO 溶媒、TMS 内部標準)
1H NMR (500 MHz): δ 3.97 (s, 6H), 6.26 (d, J = 2.3 Hz, 1H), 6.56 (d, J = 2.3 Hz, 1H), 6.74 (s, 1H), 7.39 (s, 2H)
13C NMR (125 MHz): δ56.9, 94.9, 99.7, 104.7, 105.2, 105.4, 122.4, 140.9, 149.1, 158.8, 163.4, 164.9, 165.1, 183.1
IR (KBr): 3357, 1615 cm-1
mp : 276-277℃
MS (FAB) : m/z = 331 [M++1]

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(III)で表されるベンゾエイト化合物と一般式(IV)で表されるアセトフェノン化合物を塩基存在下、溶媒中で反応させて一般式(II)で表される化合物を得、次いでこれを酸により閉環し、必要により脱保護することを特徴とする一般式(I)で表されるフラボノイド化合物の製造方法。
【化1】

式中、R1はアルキル、アルキレン、アリール、アシル基などであり、R2〜R4はヒドロキシ基の保護基であり、同一でも異なっていても良く、R2'〜R4'はそれぞれR2〜R4であるか、又は水素原子を示す。
【請求項2】
R1が、メチル基である請求項1記載の方法。
【請求項3】
R2〜R4が、メチル基である請求項1又は2記載の方法。

【公開番号】特開2009−155294(P2009−155294A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−337383(P2007−337383)
【出願日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【出願人】(594155551)
【Fターム(参考)】