説明

トレーサー水素による材料劣化性状評価方法および評価装置

【課題】実機材料内の水素を昇温脱理分析により放出させ、その際に得られる放出水素情報を解析して材料内の劣化・損傷状態を精度良くかつ簡便に計測・評価することを可能にする評価方法および評価装置を提供する。
【解決手段】材料に捕捉または固溶されている水素を昇温により材料外部へ放出させ、
その昇温脱離水素より得られる情報に基づいて前記材料の劣化性状について評価する。材料に捕捉または固溶している水素を昇温により材料外部へ脱離・放出させる加熱手段と、前記脱離・放出水素を補修するための捕集手段と、前記昇温脱離水素に関する情報を取得する水素情報取得手段および情報解析手段とを備える。劣化組織に捕捉された水素の脱離特性から材料内の劣化・損傷性状を調べることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材料に捕捉または固溶した水素を昇温脱離させ、その昇温脱離水素の情報に基づいて当該材料内の劣化・損傷性状について評価する手法、およびその評価を実プラント材料に対して非破壊的に実施するために必要な実機用測定機構を含む材料の劣化性状評価装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
我が国の火力発電所は、その7割以上が稼働10万時間以上の経年プラントであり、また、環境問題などから経年設備の延命化や保全費の抑制、発電効率向上のため蒸気の高温高圧化などが図られ、より過酷な運転状況にある。このため、プラント機器の保守検査に対する透明性と確実性の確保が必要とされており、特に経年的な材料劣化・損傷を非破壊的な手法を用いて定量的かつ簡便に評価し、余寿命を高精度に予測するための技術が望まれている。
【0003】
一般的なプラント機器の保守検査では、超音波探傷試験、放射線探傷試験、磁粉探傷試験、浸透探傷試験、過流探傷試験などの非破壊検査手法が多用されている。このような手法の検出対象は主として「損傷」であり、すなわち材料において減肉や割れなどのマクロ的変化が生じた場合には有効的な手法である。しかしこの「損傷」は、金属組織におけるマイクロメータもしくはナノメータレベルの微細変化に起因した材料の機械的特性変化など、つまり材質の「劣化」が積み重ねられた結果、またはそれら「劣化」部を起点として生ずるものであるため、実際に「損傷」が生ずる段階では材料の劣化は、かなり進行した状態であり、既に材料として寿命の中期〜末期に達していることが殆どである。一方、実プラント機器の保守検査においては、如何に材料の経年的変化を早期発見するかが重要なポイントであり、早期発見することによって機器の安全性が高いレベルで確保されるとともにその劣化・損傷の処置(補修)も軽微なもので済むことから経済的な面でも有利となる。そのため、材質「劣化」を出来るだけ早期にかつ定量的に評価するための手法の開発が求められており、これまでに様々な研究・開発が進められている。
【0004】
例えば、特許文献1記載の「ステンレス鋼の鋭敏化度評価方法」においては、オーステナイトステンレス鋼表面の金属組織が転写されたレプリカフィルムに対して水素等のガスを添加するとともに、当該フィルム上の転写組織にトラップされた水素を昇温脱離分析法にて測定し材料表面の鋭敏化程度を測定する方法が開示されている。
【0005】
また、特許文献2記載の「プラント構造物の寿命予測方法およびその装置」においては、評価対象材と同じ金属試験片をセンサとしてプラント機器が曝されている実腐食環境内に暴露し、その試験片を透過してきた水素の量やその透過速度の情報と既知のマスターカーブとの比較から環境割れ損傷による寿命を予測する手法が開示されている。
【0006】
特許文献3記載の「欠陥検出装置及びその測定方法」においては、材料表面から原子をイオン化し脱離させる原理に基づく分析装置を利用するものであり、材料内の各種組織因子に重水素を導入・トラップさせ、組織因子を構成する原子とともにイオン化した水素を検出して材料内における欠陥を原子レベルで検出・可視化する手法が開示されている。
【0007】
また、水素昇温脱離分析法は、従来から遅れ破壊(水素脆化)の研究分野で適用されている分析方法であり、学術文献も数多く存在する。非特許文献1に示される最近の研究では、昇温脱離水素の放出プロファイルを各組織因子に由来したプロファイルに分離したとの報告例もある。
【特許文献1】特開平7−113801号公報
【特許文献2】特開平8−68731号公報
【特許文献3】特開平9−152410号公報
【非特許文献1】T.Yokota and Shiraga:“Evaluation of Hydrogen Content Trapped by Vanadium Precipitates in a Steel”、ISIJ International、Vol。43、2003、pp、534−538.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、従来の材料特性評価方法のうち、特許文献1に記載された手法はオーステナイトステンレス鋼表面における応力腐食割れの感受性評価に特化した劣化性状評価法であり、被検査材内部の劣化・損傷性状について評価する方法は明らかにされていない。またこの手法は、被検査体である前記ステンレス鋼表面より昇温脱離した水素等のガスを直接的に評価するものではなく、あくまでもレプリカフィルム上の転写組織より放出されたガスを利用した間接的な評価手法であることから、直接的な評価法に比べ評価精度の低下が懸念される。また、変動要素である被検査体表面のエッチング程度すなわちレプリカの品質に応じて水素トラップ量の増減を生ずることが考えられるが、その解決法は明らかにされていない。さらに、当該手法では、レプリカ採取作業以降の工程である、「水素トラップ処理」および「水素昇温脱離分析」を実機現場にて行うための方法詳細についても明らかにされていない。
【0009】
特許文献2に記載された手法は、主として腐食環境における応力腐食割れによって生ずる金属材料の損傷に関する寿命予測に特化したものであり、材料の劣化性状について評価する方法は明らかにされていない。また本手法はセンサを通して透過してきた実機腐食環境中の水素を測定し、応力腐食割れの寿命を予測するものであり、昇温脱離水素を用いたものではない。さらに、本手法ではセンサとなる金属材料を実機内部に設置する必要があるため、評価の実施に際してはセンサ設置に関わる位置的な制約が伴うことが考えられる。
【0010】
特許文献3に記載された手法は、材料の欠陥や転位、粒界、界面に前記重水素をトラップさせ、かつ前記材料を構成する原子とともに前記重水素を検出して前記欠陥や転位、粒界、界面を可視化することを特徴とする欠陥検出方法である。本手法は、イオン化した水素を分析するものであり、昇温脱離水素を用いたものではない。また当該手法の目的は欠陥位置の検出であり欠陥位置の可視化等については記述されているものの、材料の劣化性状について評価する方法については明記されていない。さらに、当該手法では、原子をイオン化させるための分析装置を必要とするため、実プラントの構成部位の様な大型部材に対し非破壊的に実施することは困難である。
【0011】
非特許文献1では、昇温脱離水素の放出プロファイルを組織因子に由来したプロファイルに分離することを試みているが、その目的は金属材料の遅れ破壊に関与する悪性水素と組織因子との相関を調べるためのものであり、水素自体は、材料劣化・損傷性状評を価するためのトレーサーとして利用することを念頭においたものではない。そのため当該文献では材料劣化・損傷性状の評価を行うための方法について明記されていない。
【0012】
本発明は上記事情を背景としてなされたものであり、材料中にある水素を昇温脱離により放出させ、その際に得られる昇温脱離水素情報に基づいて材料内の劣化・損傷状態を評価しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
すなわち、本発明のトレーサー水素による材料劣化性状評価方法の発明において、請求項1記載の発明は、被検査体である金属材料に捕捉または固溶している水素を昇温により材料外部へ放出させ、その昇温脱離水素より得られる情報に基づいて前記材料内の劣化・損傷性状について評価することを特徴とする。
【0014】
請求項2記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価方法の発明は、請求項1に記載の発明において、前記昇温脱離水素に関する情報から材料劣化・損傷に関与する組織因子に由来する昇温脱離水素の情報を分離して前記評価を行うことを特徴とする。なお、前記組織因子とは、金属材料組織において、一般的に光学顕微鏡および電子顕微鏡による観察対象として認知されているものを意図している。
【0015】
請求項3記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価方法の発明は、請求項1または2のいずれかに記載の発明において、水素の能動的な添加により水素が捕捉または固溶された前記材料から放出する昇温脱離水素によって前記評価を行うことを特徴とする。
【0016】
請求項4記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価方法の発明は、請求項1〜3のいずれかに記載の発明において、前記昇温脱離水素の放出プロファイルの変化によって前記評価を行うことを特徴とする。
【0017】
請求項5記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価方法の発明は、請求項1〜4のいずれかに記載の発明において、前記昇温脱離水素の放出プロファイルにおけるピーク高さの変化よって前記評価を行うことを特徴とする。
【0018】
請求項6記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価方法は、請求項1〜5のいずれかに記載の発明において、前記昇温脱離水素の放出水素量によって前記評価を行うことを特徴とする。
【0019】
請求項7記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価方法の発明は、請求項1〜8のいずれかに記載の発明において、水素の能動的な添加により水素が捕捉または固溶された高Crフェライト系耐熱鋼に対して、 100℃/時の昇温速度にて昇温させた際に放出される昇温脱離水素の情報に基づいて当該耐熱鋼について前記評価を行うことを特徴とする。
【0020】
請求項8記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価方法の発明は、請求項1〜7のいずれかに記載の発明において、前記材料が実プラントにおける構成部位であり、該構成部位の任意領域を対象にして非破壊的に前記評価を行うことを特徴とする。
【0021】
請求項9載のトレーサー水素による材料劣化性状評価装置の発明は、金属材料に捕捉または固溶している水素を昇温により材料外部へ脱離・放出させる加熱手段と、脱離・放出された前記水素を捕集するための捕集手段と、前記昇温脱離水素に関する情報を取得する水素情報取得手段および解情報析手段とを備えることを特徴とする。
【0022】
請求項10記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価装置の発明は、請求項9に記載の発明において、前記材料に対しその内部へ水素を捕捉または固溶させるための水素の能動的な添加が可能なことを特徴とする。
【0023】
請求項11記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価装置の発明は、請求項9または10のいずれかに記載の発明において、前記加熱手段は、前記材料の任意部位において一定の面積もしくは体積を均一な条件で、連続的または段階的に制御しながら加熱昇温することができることを特徴とする。
【0024】
請求項12記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価装置の発明は、請求項9〜11のいずれかに記載の発明において、前記加熱手段は、加熱昇温に用いるエネルギーを前記材料表面の一定領域に集中させるものであることを特徴とする。
【0025】
請求項13記載のトレーサー水素による材料性状評価装置の発明は、請求項9〜12のいずれかに記載の発明において、前記材料の測定面を露出させて該材料を覆う内層セルと、該内層セルを覆う外層セルを有し、前記内層セルに、キャリアガス供給源に一端が接続されたキャリアガス供給管と前記水素情報取得手段に一端が接続された水素捕捉供給管とが気密に接続されており、さらに外層セル外部に、前記材料の測定面を加熱する前記加熱手段が配置され、前記外層セルと内層セルの少なくとも一部は、前記加熱手段による加熱昇温エネルギーが前記測定面に向けて通過可能とされていることを特徴とする。
【0026】
請求項14記載のトレーサー水素による材料性状評価装置の発明は、請求項13記載の発明において、前記外層内を真空可能にしたことを特徴とする。
【0027】
請求項15記載のトレーサー水素による材料性状評価装置の発明は、請求項11〜14のいずれかに記載の発明において、前記材料として、実プラントにおける任意の構成部位を対象とすることを特徴とする。
【0028】
これまで水素と金属材料に関する研究は、遅れ破壊、つまり金属材料内の水素によって引き起こされる有害な機械的特性変化のメカニズム解明やその抑制法開発という観点より進められており、昇温脱離分析法もその評価手法の一つとして適用されている。そこでの昇温脱離分析法は、試験片へ水素を添加することにより遅れ破壊の状況を模擬し、その上で当該試験片より放出した昇温脱離水素を用いて金属材料の遅れ破壊に関与する悪性水素と組織因子との相関を調べるためのものであり、水素は、遅れ破壊状態を模擬するための材料として使用されている。
【0029】
これに対して本発明は、同じく昇温脱離分析法を利用しているが、原子サイズがもっとも小さい水素の性質を積極的に活かし、遅れ破壊に対しては悪性であるこの水素をあくまでも組織性状トレーサーとして積極的に利用して昇温脱離水素より材料内の劣化・損傷について評価を行うものであり、遅れ破壊に適用されている当該分析法に比べて特に水素の利用方法は大きく異なっている。このことからも本発明は、従来にない発想・概念に基づいた新規発明であるといえる。
【0030】
金属材料の劣化は、様々な組織的な変化を伴うことが知られている。一方、材料内における水素の存在状態とその後の脱離特性は様々な組織の性状に依存して変化するため、金属材料から放出される昇温脱離水素を計測しその変化を捉えることによって、材料劣化やそれに起因した損傷に関与する組織因子に関する情報を得ることができる。また本発明では、実機用測定装置を新規考案したことにより、これまでには不可能であった実プラント構造材の様な重厚長大部材に対する直接的かつ非破壊的な水素昇温脱離分析についても、それを実施することが可能となり、実プラント構造材用の非破壊的な材料劣化性状評価手法としての活用もできる。
【0031】
本発明は下記に示す課題点に着目し解決することにより、従来にない独創的な機能・用途・効果を得るに至っている。
【0032】
(1)昇温脱離分析法から得られる水素の放出特性は、材質、試験片形状、水素チャージ条件、測定条件などによって大きく異なるため、水素昇温脱離分析法による材料劣化・損傷性状の評価を行う上では、様々な測定好適条件の解明および昇温脱離水素とそれに対応した組織因子との関係解明が必須である。この必要解決課題については、以降「昇温脱離水素解析による材料劣化評価法に関する課題」と称する。
【0033】
(2)従来の水素昇温脱離分析法は、実験室に設置された据え置き型の測定装置によって行われるものであり、前記装置に備え付けられた気密チャンバ内に挿入した小型試験片を一定の昇温速度にて加熱し、その際に試料から放出された昇温脱離水素の情報を得るものである。よって、従来の前記装置では実プラント構造材料の様な大型部材に対して、直接的かつ非破壊的に水素昇温脱離分析を適用することが不可能であり、従来技術や装置を単純に改良適用するだけでは、本発明が必要とする実機において非破壊的評価を行うための必要機能を得ることは難しい。そこで本発明では、任意部材上の一定領域に対し均一な条件でかつ昇温速度を制御しながら加熱する手段、また放出された水素を捕集する手段、さらには放出された水素の情報を取得するとともに解析を行うための手段を備えた新装置を開発することが必要である。以上の必要解決課題点については、以降「実機測定用装置に関する課題」と称する。
【0034】
(1)昇温脱離水素解析による材料劣化評価法に関する課題
本課題の解決目標は、[1]「測定好適条件の解明」および[2]「昇温脱離水素とそれに対応した各種材料組織との関係解明」である。
【0035】
[1]「好適条件の解明」は、昇温脱離水素の情報に基づく材料劣化・損傷評価を精度良く行う上での必要前提条件として位置づけられる。そのため我々は、被検査体の形状、重量、水素吸蔵量、拡散速度などを検討するとともに、水素の能動的な添加方法とその時間、また水素を能動的に添加してから水素昇温脱離させるまでの時間、更には昇温速度や昇温温度範囲等に関する理論的・実験的解析を行い、それから得られた種々の好適条件を本発明における実験・検討に反映することで、精度良く材料劣化評価を行うことが可能となった。
【0036】
その好適条件の一例として、昇温温度について得られた好適例を示す。水素の昇温脱離分析に際しては、材料性状評価を行うために十分な水素量及び水素放出の適切な経時的変化量を得ることが必要である。実験・検討の結果、昇温速度が遅すぎる場合、水素の放出速度が温度に応じて敏感に変化するため昇温脱離水素の経時的変化を詳細に評価することができるが、単位時間当たりに放出される水素量は低下することが明らかとなった。一方、昇温速度が速すぎると、単位時間当たりの水素放出量が増大するため水素量の分析・比較を行う上での長所となるが、昇温脱離水素の経時的変化が詳細に評価できないことが明らかとなった。また昇温脱離水素の測定条件を一定とするためには、被検査体である材料内に対して均一に水素を捕捉または固溶させることも有効であり、そのためには材料に対し十分な水素を能動的に添加することにより達成できることが分かった。
【0037】
以上の様な検討を行った結果、ある特定の測定システム系においては、水素が能動的に添加された材料に対して昇温速度100℃/時をもって昇温させることにより、材料の劣化性状を評価するために必要な昇温脱離水素の情報を、より評価精度の向上に寄与する形で得られることを明らかとしている。
【0038】
なお、ここで提示した好適条件はある特定の材料および測定システム系において有効なものであるが、同様の概念・手法を用いることによって、他の材料および測定システム系においても好適条件を提供することが出来る。
【0039】
[2]「昇温脱離水素とそれに対応した各種材料組織との関係解明」を行うための手法およびその概念を説明する。なお、下記に示す内容は本発明の範囲を限定するものではなく、一例として示すものである。例えば特定の材料系に対し、高温稼動プラントでの代表的劣化現象であるクリープ損傷や時効などの劣化状態を再現すべく、様々な温度、時間、負荷応力を適用して系統だった経年劣化模擬材を作製する。その劣化模擬材の組織性状を種々の従来から一般的に用いられている分析・評価手法を用いて調べると共に、劣化度合い(例えば、時効条件やクリープ寿命比、負荷応力度合い)との相関関係を定量化する。さらに、それら劣化模擬材の昇温脱離水素について昇温加熱機構付ガスクロマトグラフを用いて好適条件下で測定し、その放出プロファイルをデータベース化する。なお、水素分析を行う装置はガスクロマトゲラフに限定されるものではなく、四重極型ガス分析装置など、放出プロファイル(温度および時間に対する水素の放出量、放出速度、プロファイルピーク温度、ピーク半値幅などの情報を含む)が得られるものであれば手段は構わない。このような方法を経ることにより、任意の材料劣化程度と昇温脱離水素との関係(マスターカーブ)を得ることができることから、評価材から得られた昇温脱離水素とそのマスターカーブとの比較から材料劣化評価が可能となる。
【0040】
ところで、複雑な組織を有する合金鋼などから測定される昇温脱離水素の放出プロファイル上には、材料内からの水素放出を反映するピークや変曲点がいくつか出現する。これは、測定された放出プロファイル自体が、単一の組織因子(トラップサイト)からの放出に対応したものではなく、複数の組織因子から放出された水素が包含して形成されているためである。これらを分離・検討することにより、材料劣化に関与している個々の組織因子の性状変化を精度良く評価することができる。なお、前記組織因子とは、金属材料組織において、一般的に光学顕微鏡および電子顕微鏡による観察対象として認知されているものを意図しており、その例としては、転位、格子欠陥、ボイド、固溶元素、析出物、炭化物、結晶粒径、粒界構造、欠乏・偏析域、および旧γ粒界、パケット境界、ブロック境界、析出物/マトリックス境界などの各種界面などが挙げられる。
【0041】
個々の組織因子に対応したピーク同定のためには、化学成分と組織構造が単純な基本鋼種の昇温脱離水素データを蓄積し、さらには、特定の組織因子のみを発現させた供試材あるいは逆に特定組織因子を欠損させた供試材(遺伝子研究でのノックアウトマウス)の昇温脱離水素データをデータベース化する。例えば、炭化物が存在しない鋼のプロファイルを計測し、炭化物を含む該鋼との昇温脱離水素データを比較することにより、昇温脱離水素データに及ぼす炭化物の影響を分離する。これにより、各種炭化物からの水素放出が、何℃にピークを有するのかが分かる。さらに炭化物の量を変化させた鋼の昇温脱離水素データを測定比較することで、該炭化物に関与する昇温脱離水素(放出プロファイルやそのピーク高さおよび放出水素量の変動を含む)へ及ぼす炭化物量の影響を評価することができる。また、冷間加工を施した供試材の昇温脱離水素データからは、昇温脱離水素に及ぼす転位組織あるいは格子欠陥(原子空孔)の影響を評価することができる。さらに、多結晶材料(粗粒材、細粒材)と単結晶材料の比較から、粒界の影響を抽出できる。このような手段を経ることにより、各組織因子に由来した昇温脱離水素が明確となるとともに、該組織因子の性状変化に由来した放出プロファイルの形状、放出ピークの出現温度、放出プロファイルのピーク値および放出水素量等の変動を把握することができる。このような組織因子量の変化に伴う前記の様な各種プロファイル情報の変動をデータベース化し、さらには後述する放出プロファイルの分離の方法を必要に応じて併用することで、個々の組織因子の性状変化を精度良く評価することが可能となる。
【0042】
測定された昇温脱離水素の放出プロファイルより、個々の組織因子に対応した放出プロファイルを分離するためには、個々の分離プロファイルがガウス分布関数で近似できるとして算出を進める方法がある。測定されたままの放出プロファイルや評価対象材料の素性ならびに構築されたデータベースとの比較から、各組織因子に由来した分離放出プロファイルのピーク温度を抽出・設定する。さらに個々の分離プロファイルの重ね合わせが、測定されたまま(分離前)の放出プロファイル形状とほぼ等しくなるように分離プロファイルの高さ・幅等に関与するガウス分布関数上のパラメータを調整することで、放出プロファイルの分離が達成できる。
【0043】
また、その他の放出プロファイル分離方法として、材料劣化性状を評価する上で比較対象となる各々の材料(例えば、健全材と劣化材)から測定されたそれぞれの放出プロファイルにおいて、それらの差分をとることにより測定されたままのプロファイルに包含されていた特定組織因子に由来する個々のプロファイルを分離・顕在化させることもできる。
【0044】
なお、各組織因子に由来した昇温脱離水素の分離放出プロファイルについては、分離放出プロファイルのピーク出現温度を用いて、組織因子からの水素脱離の活性化エネルギーを算出することで検証を行うことができる。すなわち、水素と各組織因子(例えば、転位)の結合エネルギー、その密度(転位密度)、格子内拡散の活性化エネルギーなどから理論的な計算を行い、さらに実測データを検証することで、組織に由来した昇温脱離水素の出現温度の正当性を評価できる。
【0045】
(2)実機測定用装置に関する課題
本課題の解決目標は、非破壊で実プラント構造部材に対して直接水素放出プロファイル計測が可能な新しい装置の開発である。装置使用方法および条件等を考慮すると、本装置に具備すべき機構は、[1]「被検面の一定領域を制御された条件にて昇温させるための昇温加熱機構」と、[2]「放出される水素を捕集するためのセル機構」、および[3]「材料に取り付け固定するための、取り付け保持機構」から構成されるものである。それら機構を提供するために、本発明にて考案・開発された技術を次に示す。
【0046】
[1]「被検面の一定領域を制御された条件にて昇温させるための昇温加熱機構」を提供する一例として、赤外線集光方式を発案した。赤外線を加熱エネルギーとして利用する集光加熱器を用いて調査を行った結果、熱が周囲に逃げてしまうような大型部材の表面上であっても、作動距離と出力のバランスを上手く計るとともに、必要に応じて赤外線を目標領域に収束させるための反射体を使用することで、温度分布が均一な微小領域をつくることが可能である。この赤外線集光加熱機に対し市販の昇温プログラム装置を取り付けることにより、均一な条件で連続的もしくは段階的に制御しながら加熱昇温することが出来る。この昇温領域は、評価対象部位において三次元的な広がりを有するが、その広がりは汎用的な伝熱計算により予測可能である。なお、大型部材に対して昇温する場合には、予め大型部材に対し材料内に添加された水素へ影響を及ぼさない様に考慮しながら余熱を施すことにより、熱が著しく周囲に逃げてしまう事態を避けることが出来ることから、昇温温度制御を無理なく実施することが可能となる。
【0047】
[2]「放出される水素を捕集するためのセル機構」および[3]「材料に取り付け固定するための、取り付け保持機構」を提供する一例として、実機用水素捕集セルを発案した。該セルは、材料表面に密着させ、加熱の際に放出される水素を捕集するための容器であるが、[1]にて提示したように、昇温加熱エネルギーとして用いる赤外線を目標とする材料表面へ到達させるためにセル内部を透過させる必要があるため、セル本体の多くは石英ガラス製などの透明性を有するものが望ましい(以下では石英ガラスを用いたとして説明する)。また、放出される水素が微量である場合も想定し、また水素分析に用いる分析装置の感度を考慮すると、できるだけセル容積を小型化することが望ましい。しかしながらセル本体には、セルを材料表面に固定するための機構や昇温機構などを取り付けなければならず、そのためのスペースと強度も兼ね備えていなければならない。そこで、セルを二重構造として水素を捕集する内層セルと、各種セル構造部材を取り付けるための外層セルとに分離することも一つの方法である。ステンレス鋼+石英ガラスを主体とする外層と石英ガラスを主体とする内層との二重壁構造とし、その上で両層の間における空間を真空とすれば、セル本体を実機部材表面に密着させることも達成できる。材料より放出された水素は昇温均熱領域を覆っている内層内に溜められ、キャリアガスとともに水素測定装置へ供給される。放出される水素ガスを漏洩させないようにするためのセルと材料表面との密着方法は、昇温によって形成される高温状態に耐え得る性能を有するシーリング材を用いると共に、前述の真空雰囲気による密着方法や被昇温材が磁性材料であれば、マグネットベースなどを併用することにより強固な密着を形成することが可能である。
【0048】
なお、上記に種々示した「課題を解決するための手段」については、手段概念における一つの適用例を用いて説明したものであり本発明を限定するものではない。本特許請求項目に関わる技術的概念の範囲において、各種の変更および修正は容易に想定されるものであり、それらについても、本発明における技術的範囲に含有されるものと了解される。例えば、[1]「一定面積の被検面を制御された条件にて昇温させるための昇温加熱機構」の説明では加熱エネルギー源として赤外線を使用しているが、それに代えてレーザー光線、電磁誘導加熱、またはその他発熱体による昇温炉等々を用いることが可能である。これら加熱源が、測定に必要な有効な加熱エネルギーを供給できることを前提とすれば、エネルギーを供給するといった目的概念としては全く同一のものであり、本発明における技術的範囲に含まれることは常識的に理解できる。
【発明の効果】
【0049】
高Crフェライト系耐熱鋼などの高温用構造材料は、緻密かつ複雑な組織制御によってその優れた高温特性を発現していることから、当該材料に対して高精度な寿命診断を下すには、多岐にわたる組織因子、例えば転位組織、析出物、固溶元素濃度、粒界構造などを評価する必要がある。しかしながら、従来技術によりそれら組織因子を評価するには、各々の組織因子の評価に適した、TEM、SEM、SIMS、AES、XRDなどの様々な分析装置を用いる手法を行わなくてはならず多大な労力と時間が費やされてきた。
【0050】
それに対して本発明は、劣化により性状変化を生じた組織因子に捕捉された水素の昇温脱離特性から材料の劣化性状を調べるものであるため、下記の効果を得ることが出来る。
(1)多岐にわたる組織因子の劣化性状を単一の測定手法にて評価可能であり、材料劣化・損傷の評価に要する労力と時間を大幅に削減させることが可能である。
(2)材料の劣化・損傷性状に関する情報が含まれる水素放出プロファイルを、レプリカ等を介するのではなく被検査体である金属材料より直接的に取得する手法であるため、材料劣化評価精度の向上を果たすことも可能となる。
(3)大型の被評価材に対しても非破壊的な材料劣化性状を評価することが可能となる。
(4)供用中の実機プラント機器に対しても損傷(サンプリング)の影響を与えることなく、非破壊的な材料劣化性状を評価することが可能となる。
(5)初期の材料劣化を高感度に評価することができることから、劣化機器の早期発見が可能となり、プラント機器損傷のリスクを低減させることができる。
(6)現在、国民の関心が高く社会的ニーズとして捉えられている、「プラントの安全性と健全性」の向上に大きく資することが可能であるとともに、プラントユーザー側からの高い要望である、「信頼性と経済性のバランスに優れた保守メンテナンス」に対し、その解決法を提供することが可能となる。
【0051】
なお、本発明の効果については、その背景技術として高温用構造材料を用いて説明したが、本発明の適用範囲はこれに限定されるものではなく、材料の劣化性状を非破壊で評価するための種々の用途に適用することが可能である。例えば、水素吸蔵合金や水素燃料電池などを含む、水素を利用するエネルギーシステムにおいて、水素の製造、輸送、貯蔵、充填などに用いられる構造用金属材料の健全性および劣化評価を非破壊的に行うための手法を提供することも一つの用途として考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0052】
以下、本発明の代表実施形態を説明する。
はじめに、水素昇温脱離分析法による材料劣化性状評価の形態について説明する。
【0053】
図1は、検討された好適測定条件下において、異なる組織を有する鋼から得られた昇温脱離水素の放出プロファイル例を示す。X軸を昇温温度、またY軸は水素放出速度である。各鋼種において、昇温脱離水素の放出プロファイルの形状(放出プロファイルのピーク出現温度、ピーク高さを含む)に変化を生じていることがわかる。ここで、各鋼種の組織因子を考慮すると、純鉄や炭素鋼に比べCr含有量の大きい高Crフェライト系耐熱鋼(該図における10%Cr鋼)の放出プロファイルについては、ピーク高さが増加し、またピークの幅も広がっていることがわかる。この変化を利用することにより、固溶元素量の変動について昇温脱離水素の放出プロファイルから評価することができる。またこれと同様に、金属組織構造(フェライト/ベイナイト/マルテンサイト等)や析出物の析出形態ならびに転位密度などについても、水素放出プロファイルに反映されることが確認された。
【0054】
図2は高Crフェライト系耐熱鋼の劣化模擬材における昇温脱離水素の放出プロファイル例を示す。X軸を昇温温度、またY軸は水素放出速度である。本図は、未使用材と経年劣化模擬材(クリープ寿命の20%を消費している材料)に予め検討された好適測定条件に基づき水素を能動的に添加し、その後に計測された昇温脱離水素の放出プロファイルである。劣化模擬材のピーク出現温度は未使用材に比べ幾分低温側にシフトしており、またピークの高さは3分の1程度まで減少している。このように、材料の劣化進行に伴い放出プロファイルのピーク出現温度ならびにピーク高さなどに変化が生ずることから、これら情報を利用することにより材料の劣化度合いを評価することが可能となる。また同様に、加熱時効が施された劣化模擬材においても、昇温脱離水素の放出プロファイル形状の変化より材料の劣化度合いを評価することが明らかになっている。
【0055】
図3は昇温脱離水素の放出水素量による材料劣化評価例を示す。高Crフェライト系耐熱鋼の未使用材と劣化模擬材(クリープ寿命の0.5、5、20、40、60、86、100%を消費している材料)に水素を能動的に添加した後に計測された水素放出プロファイルから放出水素量(C)を算出し、寿命消費率に対してプロットしたものが図3である。X軸は寿命消費率、Y軸は水素量を示している。寿命消費率が0%から20%程度へ変化する過程において放出水素量(C)は急激に減少しており、その後の減少は比較的緩やかになっている。このような放出水素量Cの減少よりクリープ寿命の低下を評価することができる。また同様な例として、加熱時効が施された劣化模擬材においても、材料の劣化に伴い放出水素量(C)が変化することが明らかとなっている。
【0056】
高Crフェライト系耐熱鋼に対する組織因子の解析結果の一例を図4に示す。概図は、マトリックス中の固溶元素の含有量とCとの関係を表しており、X軸は供試材の母相中に固溶している固溶強化元素(Mo、W)、Y軸は放出水素量(C)を示している。高Crフェライト系耐熱鋼では、固溶強化元素(Mo、W)の枯渇が劣化に関与していることが学術論文等で明らかにされている。当該図より、固溶元素の含有量と放出水素量(C)と間に明瞭な相関関係が認められており、放出水素量(C)は材料劣化損傷を評価するための有力な指標なることがわかる。このような評価が可能なのは組織因子の変化、つまり材料劣化に伴う固溶強化元素の低減が水素量Cに反映されているためである。
【0057】
このように、ピーク高さやピーク出現温度などの情報を含む放出プロファイルの形状およびそれを用いて算出された放出水素量などのパラメータを指標として用いることで、材料の劣化程度を評価することが可能であり、また図3からも明らかなように、従来の非破壊検査技術では検出困難であった初期段階の劣化(例えば、クリープ寿命消費率20%以下)に対して優れた検出性を有していることがわかる。
【0058】
次に、水素放出プロファイルの分離による材料劣化性状評価の概念を示す。図5(a)(b)に、合金鋼の新材と劣化材の水素放出プロファイル例を示している。(a)と(b)の比較から、材料の劣化に伴い計測される昇温脱離水素の放出挙動が変動しており、すなわち放出プロファイル全体の形状やピーク高さならびに水素放出量などに差異を生ずることがわかる。該図で示されている様に、計測されるプロファイルは複数の様々な組織因子からの水素放出ピーク(P1、P2、P3)が包含されたものであることから、劣化に伴う組織因子の変化を評価するためには、プロファイル全体を各組織因子ごとに分離する必要がある。プロファイルの分離は、例えば、分離プロファイルがガウス分布を示すと仮定して算出することが可能である。
【0059】
また、任意の評価対象となる放出プロファイル間にて、その差分をとることも放出プロファイル分離の有力な方法である。例えば図6(a)(b)では、新材と劣化材料から得られた放出プロファイルの差分をとることにより、複数ピークを顕在化させることが可能となっている。
【0060】
分離された放出プロファイルについては、図7(a)(b)(C)に示す様に、各々の分離放出プロファイルより得られる情報(ここでは、放出水素量)を既知のマスターカーブと比較することで、組織因子を評価することができる。該図では、その一例として分離放出プロファイルから求められた放出水素量と劣化と関連する由来組織因子A、B、Cとの関係が示されている。図7のグラフより、材料の劣化が進むにつれて放出水素量が減少し、由来組織因子Aの増加、由来組織因子Bの減少、由来組織因子Cの減少を劣化の程度と関連付けて定量的に評価することが可能になる。
【0061】
図8は、分離された放出プロファイルと組織との対応に関する概念を示している。図5および図7で示した様に、分離した放出プロファイルP1、P2、P3の変化は、劣化に関連した由来組織因子(A、B、C)の変化に起因していると考えられる。このように、劣化に伴い変化した由来組織因子とともに分離放出プロファイルも大きく変動していることから、各分離放出プロファイルが劣化性状評価のための有用な指標になることが理解できる。なお、ここで示した各分離放出プロファイルとその由来組織因子との関係については、本特許の概念の理解を助けるため一例として示したものであり、放出プロファイルの出現形態やその変化傾向、またプロファイル分離形態、ならびに各ピークに対応する由来組織名称などは、材料種やその性状によって異なることは容易に想定される。しかしながら、前記で示したような放出プロファイルの同定および分離方法を用いることにより、各分離放出プロファイルを材料劣化・損傷に対応づけられた組織因子評価のための有用な指標として用いることができる。
【0062】
次に、図9は実機測定用の材料性状評価装置の一例を模式図として示すものであり、以下に、実機材(実プラント材)に対して昇温脱離分析法を適用して、材料性状評価を行う際の装置構成例について説明する。この材料性状評価装置1は、材料に水素の能動的な添加するための水素チャージ装置10と、水素添加後の材料を昇温させて水素を捕集する昇温加熱機構付き水素捕集セル20とを有している。該セル20には、ガス導入側に、キャリアガス供給源20に送気管21を介して接続され、ガス排出側に、送気管22を介して水素情報取得手段である水素分析装置40が接続されている。
【0063】
水素を能動的に添加するための水素チャージ装置の詳細を図10に基づいて説明する。ここで提示する例は電気化学的手法によるものであり、この形態では、実機の構成部位である材料2において、所定面積を有する任意のチャージ面(試料電極)2aを露出してその外側を覆う耐薬品性や非導電性を備えた塗料もしくはフィルムなどからなるマスキング材11と該マスキング材11上に配置する筒型のセル容器12を備え、さらに該セル容器12内に配置する対極13と、材料2側に電気的に接続する導線14を備える。セル容器12の設置に配置においては、材料2に対する固定およびマスキング材11と密着性を確保するために、接着性やシーリング性を備えた充填材16を用いても良い。セル容器12内には、電解液15を収容する。これによりセル容器12内に溜められた電解液15と所定チャージ面2aとが直接触れることで、実験室内におけるビーカー試験と同等な水素電解チャージ作業ができる。なお、セル容器2の内部や外部にヒータなどを設置することで、液温を保持するようにしても良い。
【0064】
上記設置、準備後、チャージ面(試料電極)2aと対極13間に適切な電流を流し、チャージ面(試料電極)2aにて生成する水素を材料2内にチャージする。このセルと定電流・定電圧装置を組み合わせることにより、所定部位に対して、好適条件による水素電解チャージが可能となる。チャージ後には、速やかにチャージ面(試料電極)2aを洗浄、乾燥させて水素昇温分析に供する。なお、昇温開始までの間における水素の自然放出量を一定にするためにも、昇温開始までの時間を一定にするように管理することが望ましい。
【0065】
なお、前記の電気化学的手法は、水素を能動的に添加する手法の一つにすぎず、気相水素を評価対象部位に直接暴露する方法など、各種物理的・化学的方法を採用することによっても目的を達成可能である。
【0066】
次に、評価対象部位に対する昇温加熱および水素の捕集を行う昇温加熱機構付き水素捕集セル30の一例について図11に基づいて説明する。該セル30は、本発明の加熱手段および水素捕集手段に相当するものであり、前記したチャージ面2aを測定面として露出させるように覆う筒型キャップ形状の内層セル32と該内層セル32の外周側に距離を隔てて同心状に配置する筒型の外層セル33とを備えている。内層セル32は、透明耐熱硝子製からなり、外層セル33には、透明耐熱硝子製の透明天板34が固定されている。上記内層セル32は、放出された水素を捕集しその水素を水素分析装置40へ送り込むものであり、その内層セル32の一側壁には外部の図示しないキャリアガス供給源20に接続された送気管21が接続され、他側壁には外部の水素分析装置40に接続された送気管22が接続されている。また、外層セル33は、加熱エネルギー源の一例として後述する赤外線反射炉やセル30を実機表面に固定するための構造を有している。さらに外層セル33には、外層セル33内を真空にするための排気管35が接続されており、該排気管35は、図示しない真空ポンプに接続されている。
【0067】
また、外層セル33の透明天板34上には、測定面に向けたエネルギー集中手段に相当する楕円面ミラー36内に加熱エネルギー源の一例である赤外線ランプ37を配置した集光式の赤外線反射炉が設置されており、該赤外線反射炉は外層セル33に取付けられている。また、楕円面ミラー36の下方には、さらに筒状に配した補助集光ミラー38が設置されている。
【0068】
次に、上記装置の動作について説明する。材料2のチャージ面(試料電極)2aを覆うように内層セル32を材料2の表面上に設置し、さらに外層セル33をその外周側に配置し、封止材31により内層セル32および外層セル33と材料2との間を気密に封止する。次いで、図示しない真空ポンプにより排気管35を通して外層セル33内を真空引きする。内層セル32と外層セル33間を真空化することにより外部環境に存在する水素が内層セル32内に混入することを防ぐことができるとともに、圧力差によりセル30を実機表面に固定することができる。さらに磁石39や吸盤、接着材などを併用することで、実機表面に対し強固な取り付けが可能である。
【0069】
次いで、赤外線ランプ37より照射された赤外線を楕円面ミラー36および補助集光ミラー38を用いて評価対象部位に照射し昇温させる。照射エネルギーは、外層セル33の透明天板34および内層セル32を通過して、チャージ面(試料電極)2aに照射される。チャージ面(試料電極)2aの実測温度は、熱電対39−1により測定される。この際、赤外線ランプの出力制御のために汎用的な調温器を用いることにより、一定の制御された温度調整が可能となる。赤外線が評価対象以外の周辺部にも照射されることを防ぐためには、必要に応じて所定領域以外に対して遮熱用のコーティングもしくは断熱材を用いることが有効である。評価対象材の質量が大きく、照射熱の放散が著しく所定の昇温制御が妨げられる場合には、例えばラバーヒータの様な補助加熱装置を評価対象材に適用し、材料内にチャージされた水素へ影響を及ぼさない様に考慮しながら予め余熱を施すことにより、その回避を達成できる。
【0070】
なお、上記加熱に際しては、同時にキャリアガス供給源からArなどのキャリアガスを送気管21によって内層セル32内に送気する。すると、昇温放出された水素は搬送媒体(キャリアガス)とともに、送気管22を通して水素分析装置40へ送りこまれ、分析に供される。
【0071】
次に、水素分析装置について説明する。
水素分析装置40は、図12に示すように、送気管22から送られるガスを分析するためのガスクロマトグラフ41を備え、タイマ42による一定時間毎の測定が可能になっている。ガスクロマトグラフ41の測定結果は、本発明の情報分析手段に相当する解析手段43に出力されるように構成されている。解析手段43は、例えばCPUとこれを動作させるプログラムとによって構成することができる。解析手段43には、HDDやフラッシュメモリなどからなる、データの記憶保持が可能な記憶装置44と解析結果を表示するCRTなどの表示手段45が接続されている。記憶装置44には、標準試料の昇温脱離水素の放出データや由来組織因子の変化に対応する水素量ピーク値変化や水素量ピーク値変化に対応する劣化度評価データなどを記憶しておくことができる。
【0072】
水素分析装置40では、タイマ42に設定された間隔(例えば5分毎)で材料2から昇温放出される水素量を測定することができる。この際に、加熱手段における昇温速度を管理することで、経過時間に対する温度を知ることができる。解析手段43では、ガスクロマトグラフ41からの測定水素量や、タイマ42からの測定間隔、昇温データなどから図6に示すような昇温脱離水素の放出プロファイルを得ることができる。解析手段43では、必要に応じて、標準試料におけるプロファイルの差分算出や、ガウス分布に基づくプロファイルの分離などによって、一または二以上の由来組織因子の変化に対応する水素量ピーク値変化を取得することができる。なお、解析手段43では、上記のような差分やプロファイル分離を行うことなく、水素量の測定データや取得プロファイルを記憶装置44に記憶させたり、表示手段に45表示させたりするものであってもよい。また、解析手段43では、由来組織因子の変化に対応する水素量ピーク値変化を取得する場合、該変化量に対応する劣化度などを記憶装置に記憶させたデータから取得することも可能である。
【0073】
すなわち、これら分析によって実機の材料2の性状を非破壊で正確かつ容易に把握することができ、劣化を高精度に評価することが可能になる。以上、本発明について上記実施形態に基づいて説明したが、本発明は上記説明に限定されるものではなく、当然に本発明の範囲を逸脱しない範囲で変更が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】本発明における、昇温脱離水素の放出プロファイルとそれに対応した各種材料との関係を示すグラフである。
【図2】同じく、未使用材と劣化模擬材における昇温脱離分析から得られた水素放出プロファイル例を示すグラフである。
【図3】同じく、水素量による材料劣化評価例を示すグラフである。
【図4】同じく、水素量の低減と固溶強化元素の含有量の低下との関係を示すグラフである。
【図5】同じく、昇温脱離水素の放出プロファイルの一例を示すグラフである。
【図6】同じく、水素放出プロファイルにおける標準材との差分の関係を示す図である。
【図7】同じく、分離された昇温脱離水素の放出プロファイルと組織性状評価との関係例(概念)を示すグラフである。
【図8】同じく、分離された昇温脱離水素の放出プロファイルと組織との対応例(概念)を示す図である。
【図9】本発明の一実施形態における実機測定用装置を示す模式図である。
【図10】同じく、水素チャージ装置を示す断面図である。
【図11】同じく、昇温加熱機構付き水素捕集セルを示す断面図である。
【図12】同じく、水素分析装置を示すブロック図である。
【符号の説明】
【0075】
1 材料性状評価装置
2 材料
2a チャージ面(試料電極)
10 水素チャージ装置
12 セル容器
13 対極
14 導線
15 電解液
16 充填材
20 キャリアガス供給源
21 送気管
22 送気管
30 昇温加熱機構付き水素捕集セル
32 内層セル
33 外層セル
34 透明天板
35 排気管
36 楕円面ミラー
37 赤外線ランプ
38 補助集光ミラー
39 磁石
39−1 熱電対
40 水素分析装置
41 ガスクロマトグラフ
42 タイマ
43 解析手段
44 記憶装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検査体である金属材料に捕捉または固溶している水素を昇温により材料外部へ放出させ、その昇温脱離水素より得られる情報に基づいて当該材料内の劣化・損傷性状について評価することを特徴とするトレーサー水素による材料劣化性状評価方法。
【請求項2】
前記昇温脱離水素に関する情報から、材料劣化・損傷に関与する組織因子に由来した昇温脱離水素の情報を分離して前記評価を行うことを特徴とする請求項1記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価方法。
【請求項3】
水素の能動的な添加により水素が捕捉または固溶された前記材料から放出する昇温脱離水素によって前記評価を行うことを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価方法。
【請求項4】
前記昇温脱離水素の放出プロファイルの変化によって前記評価を行うことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価方法。
【請求項5】
前記昇温脱離水素の放出プロファイルにおけるピーク高さの変化よって前記評価を行うことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価方法。
【請求項6】
前記昇温脱離水素の放出水素量によって前記評価を行うことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価方法。
【請求項7】
水素の能動的な添加により水素が捕捉または固溶された高Crフェライト系耐熱鋼に対して、 100℃/時の昇温速度にて昇温させた際に放出される昇温脱離水素の情報に基づいて当該耐熱鋼の前記評価を行うことを特徴とする、請求項1〜6のいずれかに記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価方法。
【請求項8】
前記材料が実プラントにおける構成部位であり、該構成部位の任意領域を対象にして非破壊的に前記評価を行うことを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価方法。
【請求項9】
金属材料に捕捉または固溶している水素を昇温により材料外部へ脱離・放出させる加熱手段と、前記脱離・放出水素を捕集するための捕集手段と、前記昇温脱離水素に関する情報を取得する水素情報取得手段および情報解析手段とを備えることを特徴とするトレーサー水素による材料劣化性状評価装置。
【請求項10】
前記材料に対し、水素を捕捉または固溶させるための水素の能動的な添加が可能なことを特徴とする請求項9に記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価装置。
【請求項11】
前記加熱手段は、前記材料の任意部位において一定領域を均一な条件で、連続的または段階的に制御しながら加熱昇温することができることを特徴とする請求項9または10のいずれかに記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価装置。
【請求項12】
前記加熱手段は、加熱昇温に用いるエネルギーを前記材料表面の一定領域に集中させるものであることを特徴とする請求項9〜11のいずれかに記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価装置。
【請求項13】
前記水素捕集手段は、前記材料の露出測定面を覆い放出水素を捕集するための内層セルと、該内層セルを覆う外層セルを有し、前記内層セルに、キャリアガス供給源に一端が接続されたキャリアガス供給管と前記水素情報取得手段に一端が接続された捕集水素供給管とが気密に接続されており、さらに外層セル外部に、前記材料の測定面を加熱する前記加熱手段が配置され、前記外層セルと内層セルの少なくとも一部は、前記加熱手段による加熱昇温エネルギーが前記測定面に向けて通過可能とされていることを特徴とする請求項9〜12のいずれかに記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価装置。
【請求項14】
前記外層内を真空可能にしたことを特徴とする請求項13記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価装置。
【請求項15】
前記材料として、実プラントにおける任意の構成部位を対象とすることを特徴とする請求項9〜14のいずれかに記載のトレーサー水素による材料劣化性状評価装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate


【公開番号】特開2007−192781(P2007−192781A)
【公開日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−13774(P2006−13774)
【出願日】平成18年1月23日(2006.1.23)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年8月1日 国立大学法人室蘭工業大学主催の「博士論文公開発表会」において文書をもって発表、平成17年12月12日 国立大学法人室蘭工業大学発行の「発電プラント用フェライト系耐熱鋼の経年劣化とその検出・診断技術の開発 2005年9月」(杉本隆之 著)及び同日発行の「室蘭工業大学−学報号外 博士学位論文特集号 平成17年11月」に発表
【出願人】(594029263)日鋼検査サービス株式会社 (5)
【出願人】(504193837)国立大学法人室蘭工業大学 (70)
【Fターム(参考)】