説明

ナット、ナット形成用タップおよびナットの加工方法

【課題】雌ねじと雄ねじとの当接位置を特定して実際にナットが雄ねじを締め付ける締め付け軸力を一定にするとともに、雌ねじの形状を簡素化してタップの製作コスト削減を図る。
【解決手段】ナット1において、雌ねじ2の向かい合う斜面3a,3bによって形成される谷部の角度A1,B1は、有効径D1の外側の谷部4よりも有効径D1の内側部分の方が大きく形成されるので、雄ねじ6側のねじ山斜面7が、雌ねじ2の有効径D1の外側に形成される谷部4と接触し、有効径D1の内側部分と接触しないようにすることができ、ナット1の雌ねじ2とボルト5の雄ねじ6との接触位置を特定して実際にナットが雄ねじを締め付ける締め付け軸力を一定にするとともに、雌ねじ2の向かい合う斜面3a,3bは有効径D1の位置で折り曲げられた簡素化された形状となり、タップ21の製作コスト削減を図ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はナットに関し、詳細には、実際にナットが雄ねじを締め付ける締め付け軸力を一定にすることができるナットの技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ナットの雌ねじを形成するタップを送り込む力が過大あるいは過小であってタップの送りがピッチに合っていない場合には、ナットに形成されるねじ山の形状が崩れて、タップのねじ山を正確に映すことができず、山痩せしたねじが形成されることがある。また、ナットに螺合する雄ねじの向きが、ナットを切削するタップの向きと一致しているとは限らない。ねじが山痩せしていたり、ナットに螺合する雄ねじの向きが異なっている場合には、同じトルクで締め付けた場合でも実際にナットが雄ねじを締め付ける締め付け軸力にばらつきが生じるので、締め付けトルクの管理ができないという問題があった。
【0003】
このような問題を解決課題とするナットが特許文献1に記載されている。特許文献1に記載のナットは、隣り合うねじ山斜面の両側に係合突面が形成されている。係合突面はV字状に対向し、その開放角度は60°±20′の範囲に設定されており、隣り合う係合突面から谷径に至る上側ねじ山斜面がV字状に対向し、その開放角度が45°〜58°の範囲に設定されるとともに、隣り合う係合突面から内径側に至る下側ねじ山斜面がV字状に対向し、その開放角度が62°〜75°の範囲に設定されている。
【0004】
係合突面がナットのねじ山斜面の外側に膨らんだように設けられており、ナットをボルトに締め込んだときに、係合突面が雄ねじのねじ山斜面に当接する。ナットの雌ねじとボルトの雄ねじとの当接位置を係合突面に特定して、実際にナットが雄ねじを締め付ける締め付け軸力を一定にするものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−156436号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載されるナットでは、雄ねじのねじ山斜面と接触する係合突面がねじ山斜面の外側に膨らんだように設けられ、さらに係合突面から谷径に至る上側ねじ山斜面と、係合突面から内径側に至る下側ねじ山斜面とが形成されるので、ナットの雌ねじを形成するタップの形状が複雑になり製作コストが高くなる。
【0007】
本発明の目的はこのような課題を解決するもので、ナットの雌ねじとボルトの雄ねじとの当接位置を特定して実際にナットが雄ねじを締め付ける締め付け軸力を一定にするとともに、雌ねじの形状を簡素化してタップの製作コスト削減を図ることである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この課題を解決するために請求項1の発明は、ナットに形成される雌ねじにおいて、雌ねじの向かい合う斜面によって形成される谷部の角度は、有効径の外側に形成される谷底部分よりも有効径の内側部分の方が大きく形成される。
【発明の効果】
【0009】
請求項1の発明によれば、雌ねじの向かい合う斜面によって形成される谷部の角度は、有効径の外側に形成される谷底部分よりも有効径の内側部分の方が大きく形成されるので、雄ねじ側のねじ山斜面が、雌ねじの有効径の外側に形成される谷部と接触し、有効径の内側部分と接触しないようにすることができ、ナットの雌ねじとボルトの雄ねじとの接触位置を特定して実際にナットが雄ねじを締め付ける締め付け軸力を一定にすることができ、雌ねじの向かい合う斜面は有効径の位置で折り曲げられた簡素化された形状となるのでタップの製作コスト削減を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の第1の実施形態に係るナットの断面図である。
【図2】雌ねじ部を拡大した断面図である。
【図3】ナット1とボルト5とが噛み合った状態の断面図である。
【図4】本発明の第2の実施形態に係るナット11の断面図である。
【図5】雌ねじ12を拡大した断面図である。
【図6】ナット11とボルト5とが噛み合った状態の断面図である。
【図7】タップ21の斜視図である。
【図8】タップ21の側面図である。
【図9】ねじ部の断面図である。
【図10】ねじ部を拡大した断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の第1の実施形態に係るナットについて図1〜図3に基づいて説明する。図1は、本発明の第1の実施形態に係るナットの断面図である。図2は、雌ねじ2を拡大した断面図である。図3は、ナット1とボルト5とが噛み合った状態の断面図である。なお有効径D1とは、ねじ溝の幅がねじ山の幅に等しくなるような仮想的な円筒の直径である。
【0012】
雌ねじ2の向かい合う斜面3a,3bによって谷部が形成されるが、斜面3aによって雌ねじ有効径D1(以下、有効径D1という。)の外側に形成される谷部4の角度A1よりも、斜面3bによって有効径D1の内側に形成される谷部8の角度B1の方が大きく形成される。本実施例では、有効径D1の外側の向かい合う斜面3aによって形成される谷部4の角度A1が60°に設定され、有効径D1の内側の向かい合う斜面3bによって形成される谷部8の角度B1が63°に設定される。有効径D1の内側部分の斜面3bは、有効径D1の外側部分の斜面3aによって形成される谷部4から外側に開いた状態で傾斜している。
【0013】
有効径D1の外側の向かい合う斜面3aによって形成される谷部4の角度A1が60°に設定され、有効径D1の内側の斜面3bによって形成される谷部8の角度B1が63°と広い角度に設定されているので、雄ねじ6の山部の角度が60°に設定されたボルト5を螺合させたときに、図3に示すように、雄ねじ6の斜面7は、有効径D1の外側谷部4の斜面3a上のE〜F間に当接し、有効径D1の内側部分の斜面3bには当接しない。なおD2は、雄ねじ6の有効径を示している。
【0014】
したがって、ナット1にボルト5を螺合する場合に、ボルト5をナット1のどちら側から螺合しても、雄ねじ6は特定の斜面3a上のE〜F間に当接する。したがって雄ねじ6の斜面7が当接する部分にばらつきが生じるということはない。なお、内側部分の斜面3bが、有効径D1の位置を越えて、有効径D1の外側部分にまで形成されたナットは、ねじ限界ゲージの止まりゲージが通り不合格とされる。
【0015】
有効径D1の内側部分の谷部8の角度を、有効径D1の外側谷部4の角度と同じ60°に設定してタップを立てた場合には、有効径D1の内側部分に山痩せが発生しやすい。この山痩せが発生しやすい部分を予め取り除いて、ナット1の雌ねじ2とボルト5の雄ねじ6との接触位置を積極的に特定する。これによって実際にナット1が雄ねじ6を締め付ける締め付け軸力の安定化を図るものである。
【0016】
さらに、雌ねじ2の向かい合う斜面3a,3bは、有効径D1の位置で折り曲げられただけの簡素化された形状となり、雌ねじ2を切削するタップ21の製作コストを軽減することができる。
【0017】
有効径D1の内側部分の向かい合う斜面3bによって形成される谷部8の角度Bを63°に設定したが、これに限定されるものではなく、山痩せが発生しやすい部分を予め取り除くことができる角度であればよい。
【0018】
次に第2の実施形態に係るナット11について図4〜図6に基づいて説明する。第1の実施形態の説明と重複する部分については説明を省略し同一の参照符を用いる。図4は、本発明の第2の実施形態に係るナット11の断面図である。図5は、雌ねじ12を拡大した断面図である。図6は、ナット11とボルト5とが噛み合った状態の断面図である。雌ねじ12の向かい合う斜面13a,13bによって形成される谷部の角度は、有効径D1の外側に形成される谷部14の角度A2よりも有効径D1の内側に形成される谷部18の角度B2のほうが大きく形成されるが、本実施例では、有効径D1の外側の向かい合う斜面13aによって形成される谷部14の角度A2が57°に設定され、有効径D1の内側の向かい合う斜面13bによって形成される谷部18の角度B2が63°に設定される。
【0019】
有効径D1の外側の向かい合う斜面13aによって形成される谷部14の角度A2が57°に設定されているので、たとえばボルト5を螺合させたときに、図6に示すようにボルト5の雄ねじ6の斜面7が有効径D1の外側谷部14の斜面13aに当接することはなく、また有効径D1の内側谷部18の向かい合う斜面13bによって形成される角度B2は63°と広く形成されているので、雄ねじ6が有効径D1の内側で雌ねじ12に当接することはない。雄ねじ6は、有効径D1上において雌ねじ12と線接触する。なお、内側部分の斜面13bが、有効径D1の位置を越えて、有効径D1の外側部分にまで形成されたナットは、ねじ限界ゲージの止まりゲージが通り、不合格とされる。
【0020】
このようにナット11の雌ねじ12とボルト5の雄ねじ6との接触位置を有効径D1上に特定することができるので、当接位置をさらに限定して実際にナット1が雄ねじ6を締め付ける締め付け軸力の安定化を図ることができる。この場合にも、雌ねじ12の向かい合う斜面13a,13bは、有効径D1の位置で折り曲げられただけの簡素化された形状となり、タップの製作コストを軽減することができる。
【0021】
次にタップ21について説明する。図7は、タップ21の斜視図であり、図8は、タップ21の側面図である。図9は、ねじ部の断面図であり、図10は、ねじ部を拡大した断面図である。ナット形成用タップであるタップ21は、たとえば高速度鋼が用いられ、ロックウェル硬さ64〜65.5とされる。
【0022】
タップ21は、先端側に形成されたAねじ部L1と、シャンク側に設けられたBねじ部L2とに分かれた2段増径段付きタップが用いられる。Aねじ部L1とBねじ部L2とには、夫々食付き部m1,m2と完全山部n1,n2とが設けられる。Aねじ部L1は、Bねじ部L2よりも小径とされており、Aねじ部L1のねじ谷底は深く、ねじの山頂巾は狭く形成されている。なお図9に示すdは、ナットの内径である。
【0023】
これによってAねじ部L1の山形がナット1,11に食い込み易くなり、タップ21の山形をナット1,11に食い込ませて早い段階でナット1,11をタップ21のねじ山に倣わすことができる。ナット1,11は、Aねじ部L1の完全山部n1を通過しているときにBねじ部L2の食付き部m2と接触するので、タップ21の遅れまたは進みによってナット1,11の山痩せが発生することを抑制することができる。
【0024】
完全山部を形成する2段目のBねじ部L2の後端部側の完全山部n2は山部22と谷部23とを備え、山部22の角度よりも谷部23の角度の方が大きく形成されるので、たとえば、図2,図3に示すように有効径D1の外側の向かい合う斜面3aによって形成される谷部4の角度A1が60°であり、有効径D1の内側部分の向かい合う斜面3bによって形成される谷部の角度B1が63°であって、雄ねじ6側のねじ山斜面7が、雌ねじ2の有効径D1の外側に形成される谷部4と接触し、有効径D1の内側部分とは接触せず、ナット1の雌ねじ2とボルト5の雄ねじ6との接触位置が特定されたナット1を製作することができる。
【0025】
あるいは、図5,図6に示すように有効径D1の外側の向かい合う斜面13aによって形成される谷部14の角度A2が57°であり、有効径D1の内側部分の向かい合う斜面3bによって形成される谷部の角度B2が63°であって、雄ねじ6側のねじ山斜面7が雌ねじ2の有効径D1上で接触し、有効径D1の内側部分および外側部分では接触せず、ナット11の雌ねじ12とボルト5の雄ねじ6との接触位置が特定されたナット11を製作することができる。
【0026】
このように、雌ねじ2が形成されるナット1において、雌ねじ2の向かい合う斜面3a,3bによって形成される谷部の角度A1,B1は、有効径D1の外側に形成される谷部4よりも有効径D1の内側部分の方が大きく形成されるので、雄ねじ6側のねじ山斜面7が、雌ねじ2の有効径D1の外側に形成される谷部4と接触し、有効径D1の内側部分と接触しないようにすることができ、ナット1の雌ねじ2とボルト5の雄ねじ6との接触位置を特定して実際にナット1が雄ねじ6を締め付ける締め付け軸力を一定にするとともに、雌ねじ2の向かい合う斜面3a,3bは有効径D1の位置で折り曲げられた簡素化された形状となり、タップ21の製作コスト削減を図ることができる。
【0027】
さらに、タップ21は、先端部側から後端部側であるシャンク側に向かってねじ部L1,L2が拡径となるように形成されており、シャンク側の完全山部n2を形成するねじ部は山部22と谷部23とを備え、山部22の角度よりも谷部23の角度の方が大きいので、雄ねじ6側のねじ山斜面7が、雌ねじ2の有効径D1の外側に形成される谷部4と接触し、有効径D1の内側部分とは接触せず、ナット1の雌ねじ2とボルト5の雄ねじ6との接触位置が特定されたナット1を製作することができる。
【0028】
さらに、タップ21は、軸心方向に先端側から1段目のAねじ部L1と2段目のBねじ部L2とを連続させて形成し、完全山部を形成する2段目のBねじ部L2の後端部側の完全山部n2は山部22と谷部23とを備え、山部22の角度よりも谷部23の角度の方が大きいので、雄ねじ6側のねじ山斜面7が、雌ねじ2の有効径D1の外側に形成される谷部4と接触し、有効径D1の内側部分とは接触せず、ナット1の雌ねじ2とボルト5の雄ねじ6との接触位置が特定されたナット1を製作することができる。
【0029】
さらに、軸心方向に先端側から1段目のAねじ部L1と2段目のBねじ部L2とを連続させて形成し、完全山部を形成する2段目のBねじ部L2の後端部側の完全山部n2は山部22と谷部23とを備え、山部22の角度よりも谷部23の角度の方が大きいタップ21の1段目のAねじ部の先端部をナット材料の丸孔の入口部に食い付させた後、タップ21を進入させながらナット材料の丸孔に雌ねじ2を形成するので、雄ねじ6側のねじ山斜面7が、雌ねじ2の有効径D1の外側に形成される谷部4と接触し、有効径D1の内側部分とは接触せず、ナット1の雌ねじ2とボルト5の雄ねじ6との接触位置が特定されたナット1を製作することができる。
【符号の説明】
【0030】
1,11 ナット
2,12 雌ねじ
3a,3b,7,13a,13b 斜面
4,8,14,18,23 谷部
5 ボルト
6 雄ねじ
21 タップ
22 山部
D1,D2 有効径
L1 Aねじ部
L2 Bねじ部
m1,m2 食付き部
n1,n2 完全山部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナットに形成される雌ねじにおいて、
雌ねじの向かい合う斜面によって形成される谷部の角度は、有効径の外側に形成される谷底部分よりも有効径の内側部分の方が大きく形成されることを特徴とするナット。
【請求項2】
先端部側から後端部側に向かってねじ部が拡径となるように形成されたナット形成用タップであって、
後端部側の完全山部を形成するねじ部は山部と谷部とを備え、山部の角度よりも谷部の角度の方が大きいことを特徴とするナット形成用タップ。
【請求項3】
軸心方向にねじ部をタップの先端側から1段目のねじ部と2段目のねじ部とを連続させて形成し、完全山部を形成する2段目のねじ部の後端部側のねじ部は山部と谷部とを備え、山部の角度よりも谷部の角度の方が大きいことを特徴とするナット形成用タップ。
【請求項4】
請求項3に記載のナット形成用タップを使用するナットの加工方法であって、
1段目のねじ部の先端部をナット材料の丸孔の入口部に食い付させた後、ナット形成用タップを進入させながらナット材料の丸孔に雌ねじ部を形成することを特徴とするナットの加工方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate