説明

ニッケル材およびその精錬方法

【課題】熱間加工性に優れたニッケル材、及びそのニッケル材を安定的に製造する方法を提供する。
【解決手段】本発明に係るニッケル材は、質量%でMg:0.0050〜0.0150%、S:0.0001〜0.0010%、Al:0.020〜0.100%を含有し、さらにTi:0.05%以下、Mn:0.30%以下、Fe:0.40%以下、B:0.0030%以下及びC:0.02%以下からなる群から選ばれる一種以上を含有し、残部Ni及び不純物からなり、ΔSパラメータ(S−0.3×Mg)が−0.0011〜−0.0030%である化学組成を有する。また、スラグ塩基度(T.CaO/Al2O3)が2.6以下であって、MgO濃度が、質量%で、4.0%以上12.0%未満のスラグを用いて、下記(1)式で表される酸素活量パラメータaoを0.70〜1.30に成分を調整し取鍋精錬を行うことで上記化学組成を安定的に得ることが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はニッケル材およびその製造方法に関し、具体的には、ニッケルに含有される成分、特に熱間加工性に関するS濃度およびMg濃度ならびにこれらの関係より導出されるパラメータにより規定された、熱間加工性に優れたニッケル材、ならびにこれらの元素濃度およびパラメータを高精度で制御可能なニッケルの精錬方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ニッケルは極めて優れた耐アルカリ性から、苛性ソーダプラント用配管や電極材として使用されてきた。これらに加えて、携帯電話やノートPCのバッテリーとして用いられるリチウムイオン電池部材としての需要が近年著しく増大している。
【0003】
リチウムイオン電池部材は、はんだ性向上を目的とした表面皮膜厚みの低減および電力効率向上のための電気抵抗率低下が要求される。このような要求を満足させるためにはニッケル中のSi濃度の低減が必要である。しかしながら、脱酸材としても用いられるSiの濃度を低減することは、精錬時の脱S分配の低下によるS濃度の増加をもたらし、熱間加工性を低下させる。このため、熱間加工後のヘゲ疵等の表面欠陥量の増大、またそれによる手入歩留および能率の低下という問題を有していた。
【0004】
Sは粒間に析出し、金属の熱間加工性を著しく損なうことはよく知られている。特に割れ感受性の高い完全オーステナイト組織であるニッケルではその影響が大きい。このニッケルの熱間加工性を向上する方法としてMgを添加し、延性介在物であるMgSとして固定し無害化する方法が広く知られている。このため、当該合金の精錬においては、金属Mgおよび/またはNiMg合金等の金属Mg源が添加されていた。
【0005】
しかしながら、上記の金属Mg源は強力な脱酸材であるため、添加時にMgOあるいはAl・MgOスピネルといった介在物性欠陥の起因となる硬質介在物を大量に生成する。板厚が薄くかつ表面品質に厳格なリチウムイオン電池部材では、この介在物によって欠陥発生率が増大するという問題があった。
【0006】
これに加えて、金属Mg源は蒸気圧が高く精錬過程において容易に蒸発するため、金属Mg源を同一量添加しても、ニッケル材中のMg含有量は大きく変動してしまう場合があった。ニッケル材中のMgの含有量が低くなりすぎると無害化効果が不十分となって熱間加工性が低下し、逆に、Mgが過剰となると低融点のNi−NiMg共晶合金が生成するため、バーニングを誘発する。したがって、この金属Mg源を添加する製造方法では、好適な熱間加工性を有するニッケル材を高い歩留で得ることは困難であった。また、この方法を用いる限り、ニッケル材中のMg含有量のばらつきを低下させることは困難であり、熱間加工性を向上させることの妨げとなっていた。
【0007】
熱間加工性を向上させるための技術として、特許文献1には、スラグ中のCaOとAlの質量比(T.CaO/Al、以下「スラブ塩基度」ともいう。)を0.2〜2.0に、スラグ中のマグネシア(MgO)濃度を1〜18%に調整することにより、Mg濃度を0.005%〜0.04%に制御し、熱間加工性の優れたAl含有Ni基合金を得る方法が記載されている。しかしながら、当該技術は、Al含有量の高いNi基合金を対象としており、Al含有量が少ない場合に適用できるかは不明である。また、Ni−NiMg共晶合金の発生を最小限に抑えようとしても、上記方法ではニッケル材中のMg含有量の上限を0.04%より低下させることは困難であり、したがって優れた熱間加工性を有するニッケル材を安定的に得ることはできない。
【0008】
また、特許文献2には、鋳片欠陥および熱間加工性の優れた電気機器用ニッケル製造技術が開示されている。この技術ではMgを積極的に添加しているため、やはりニッケル材中のMg含有量の制御性は高いとはいえない。
【0009】
これに類似する技術として、特許文献3には、SとMgとOの関係を規定し、熱間加工性を向上する技術が公開されている。当該技術も特許文献2と同様にMgを積極的に添加する技術であるため、同様のMg含有率の制御性の低下および非金属介在物起因の欠陥等の問題を有している。また、Mg添加量を適切に求めるためには溶湯中の溶存酸素濃度を正確に分析しなければならないが、酸素濃度は溶湯中の非金属介在物あるいは溶湯温度の影響を受けるため、酸素濃度の測定値を得ることは困難であり、結果としてMg濃度が過剰あるいは過小になるリスクがあると考えられる。
【特許文献1】特開2005−23346号公報
【特許文献2】特開平8−143996号公報
【特許文献3】特開2002−146459号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、熱間加工性に優れたニッケル材を提供すること、およびそのようなニッケル材を安定的に製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題を達成すべく鋭意研究した結果、次のような新たな知見を得た。
【0012】
(a)Mg含有量およびS含有量、ならびにこれらの複合パラメータであるΔSに特に留意してニッケル材の化学組成を設定することで、熱間加工性に優れたニッケル材を得ることが可能である。ここで、「ΔS」とは、S−0.3×Mg(S:Sの質量%、Mg:Mgの質量%)である。
【0013】
(b)スラグを用いて還元精錬を行う際、下記(1)式の酸素活量パラメータaoおよびスラグ中のMgO濃度を制御することにより、金属Mgまたは金属Mg源を添加することなく、ニッケル材中のMg含有量およびS含有量、ならびにこれらの複合パラメータであるΔSが好適なニッケル材を得ることが可能である:
ao = 104 ×10(-4.325-0.2355*(T.CaO/Al2O3)-0.667log(%Al)-0.05%Al)……(1)。
【0014】
ここで、「T.CaO/Al」とはスラグにおける総Ca含有量をCaO含有量(質量%)に換算した値(以下「T.CaO」という。)を、スラグにおけるAl含有量をAl含有量(質量%)に換算した値(以下「Al」という。)で除した値であり、「スラグ塩基度」という。
【0015】
上記の知見に基づき次の発明を完成するに至った。
【0016】
(1)質量%で、Mg:0.0050%以上0.0150%以下、S:0.0001%以上0.0010%以下、Al:0.020%以上0.100%以下を含有し、さらに、Fe:0.40%以下、Mn:0.30%以下、Ti:0.05%以下、B:0.0030%以下およびC:0.02%以下からなる群から選ばれる一種または二種以上を含有し、残部Niおよび不純物からなり、(S−0.3×Mg)(S:Sの質量%、Mg:Mgの質量%)で規定されるΔSパラメータが−0.0030%以上かつ−0.0011%以下である化学組成を有することを特徴とするニッケル材。
【0017】
(2)(T.CaO/Al)(T.CaO:スラグにおける総Ca含有量をCaO含有量(質量%)に換算した値、Al:スラグにおけるAl含有量をAl含有量(質量%)に換算した値)で規定されるスラグ塩基度が2.6以下であって、MgO濃度が、質量%で、4.0%以上、12.0%未満のスラグを用いて、下記(1)式で表される酸素活量パラメータaoを0.70以上1.30以下の範囲に成分を調整し取鍋精錬を行ったことを特徴とする、上記(1)に記載される化学組成を有するニッケル材の精錬方法。
【0018】
ao = 104 ×10(-4.325-0.2355*(T.CaO/Al2O3)-0.667log(%Al)-0.05%Al)……(1)
ここで、上記(1)式において、(T.CaO/Al)は前記スラグ塩基度であり、Alは取鍋内のニッケル溶湯中のAl含有量(単位:質量%)である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によるニッケル材は、ΔSが−0.0030〜−0.0011%の範囲にあるため、熱間圧延後の表面欠陥が発生しにくい。したがって、本発明によるニッケル材は熱間加工性に優れ、近年需要が著しいリチウムイオン電池部材として特に好適であり、産業上、極めて有益である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に、本発明の最良の形態や製造条件の範囲およびこれらの設定理由について説明する。なお、本明細書において、化学組成を表す「%」は、特にことわりが無い限り「質量%」である。
【0021】
2.化学組成
次に、本実施形態に係るニッケル材の化学組成について説明する。
【0022】
S:Sは原料・造滓剤等に不純物として含まれる元素である。Sが0.0010%を超えると熱間加工性が低下し、熱延時のヘゲ疵が増加して歩留が悪化する。したがって、S含有量の上限を0.0010%とする。一方、過度の低減はΔSの至適範囲を狭める上、精錬コストの著しい増大をもらたす。したがって、下限を0.0001%以上とする。望ましいS含有量は、0.0001%以上0.0008%以下である。
【0023】
Mg:MgSとしてSを、またMgOとしてOを固定し、熱間加工性を改善する元素である。Mgが0.0050%未満の場合には、ΔSを満たしていてもO固定が不十分となるため、熱間加工性が悪化する。一方、Mg含有量が過剰になると低融点のNiMg−Ni共晶が生成し、熱間加工性を著しく損なう。したがって、Mg含有量を0.0150%以下とする。
【0024】
Al:脱酸材として用いる元素である.Al含有量が0.020%未満であると脱酸不足となり熱間加工性が低下する。一方、Al含有量が0.100%を超えるとニッケル純度の低下および溶鋼清浄性を損なうため望ましくない。したがって、Al含有量を0.020%以上0.100%以下とする。0.020%以上0.080%以下とすることが望ましい。
【0025】
上記の元素に加えて、本実施形態に係るニッケル材は、Ti:0.05%以下、Fe:0.40%以下、Mn:0.30%以下、B:0.0030%以下およびC:0.02%以下からなる群から選ばれる一種または二種以上を含有する。以下に各元素の含有量について説明する。
【0026】
Ti:Tiは、精錬中に不可避的不純物として混入する窒素をTiNとして固定する。しかし、Ti含有量が0.05%を超えるとその効果が飽和し、逆に硬質のTi系化合物生成量が増加するため、欠陥の原因となりうる。したがって、Ti含有量の上限を0.05%とする。好ましい含有量は0.02%以下である。
【0027】
Fe:Feを含有させることによってニッケル材の強度を高めることができる。しかし、過度の添加は電気抵抗率を増大させるため望ましくない。したがって、Fe含有量の上限を0.40%とする。好ましい含有量は0.20%以下である。
【0028】
Mn:Feと同様に、強度を調整するため添加することができる。しかし、過度の添加は電気抵抗率を増大させるため望ましくない。したがって、Mn含有量の上限を0.30%とする。好ましい含有量は0.20%以下である。
【0029】
B:脆性を低減させるために添加することができる。しかしながら過度の添加は高温強度を低下させるため、B含有量の上限は0.0030%以下とする。好ましい含有量は0.0020%以下である。
【0030】
C:Cは、原材料あるいは溶解中に電極から混入する不純物であり、精錬によって除去すべき元素であるが、強度を調整するために微量添加しても良い。ただし、過度の添加は硬度を著しく増すため、電池部材としての加工性が損われ、望ましくない。したがって、C含有量の上限は0.02%以下とする。
【0031】
残部は、Niおよび不純物であり、この不純物としてはSi、N等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0032】
2.ΔSについて
「ΔS」は、S−0.3×Mg(S:Sの質量%、Mg:Mgの質量%)で規定され、本実施形態に係るニッケル材は、ΔSが−0.0030%以上かつ−0.0011%以下である。
【0033】
(1)ΔSと研削量指数との関係について
ΔSが上記の範囲にある場合には、研削量指数が低下し、生産性が向上する。ここで、「研削量指数」とは、熱間圧延によって製造されたニッケルのホットコイルに存在する熱間圧延過程で生成した表面欠陥を、冷間圧延に供する前に研削等の機械加工によって除去するにあたり、その除去量をニッケル板厚の1/2で除して無次元化したものである。
【0034】
前述のように、この表面欠陥はSの粒間析出が多いほど多くなる傾向を有する。しかし、Mgが添加されるによってこのSが無害され、表面欠陥は少なくなる。ただし、Mgの過剰添加は低融点のNi−NiMg共晶合金が生成するため、バーニングを誘発し、逆に表面欠陥が多くなる。そこで、表面欠陥の発生量を、発生した表面欠陥を除去するための加工量に関する指数で評価し、この指数とS含有量およびMg含有量との関係を規定することで、ニッケル材の好適な組成範囲を客観的に把握することが実現される。
【0035】
こうした考えに基づいて行った評価結果が図1である。図1はニッケル材におけるS含有量およびMg含有量とコイル研削量合否との関係を示した図であって、その横軸はS含有量であり、縦軸はMg含有量である。そして、研削量指数が0.3以下であったニッケル材を研削合格として「○」で示し、研削量指数が0.3を超えたニッケル材を研削不合格として「×」で示した。
【0036】
図1中において二本の破線にて示される、S−0.3×Mg=−0.0030%とS−0.3×Mg=−0.0011%との間の領域に全ての研削合格のニッケル材が含まれ、ΔSが−0.0030〜−0.0011%の範囲にある場合にSの粒間析出が発生しにくく、かつ、低融点のNiMg−Niも発生しにくいことが確認された。
【0037】
さらに、この関係の有効性を確認するために、ΔSを横軸、研削量指数を縦軸としたプロットが図2である。図2に示されるように、ΔSが−0.0011%〜−0.0030%の範囲を外れると研削量が著しく増加する。ΔSが−0.0011%を超えると、Sが粒間に析出するため、熱間加工性が損われる。その一方で、−0.0030%未満になるとMgが逆に過剰となるため、低融点のNiMg−Ni共晶が析出し、やはり熱間加工性が著しく損なわれる。
【0038】
3.製造方法
本実施形態に係るニッケル材は、上記のような化学組成上の特徴を有していれば、製造方法には特に限定されない。ただし、次のような精錬方法を採用すれば、本実施形態に係るニッケル材を効率的に、かつ安定的に得ることが実現される。
【0039】
(1)製造方法の概要
本実施の形態に係るニッケル材の製造方法の一態様の概要は次のとおりである。
ニッケルほか所定の元素を含む原料を電気炉などで溶解し、MgOを含有する耐火物で内張りされた二次精錬用容器内に、得られた溶湯を注ぐ。溶解時に発生するスラグを除滓し、続いて吹酸・脱炭精錬を行った後、生石灰、蛍石、マグネシア、およびアルミニウムの一種ないし二種以上を、スラグとして、および必要に応じて単独で投入して、還元および脱硫精錬を実施する。その後、化学成分を適宜調整し、続いて連続鋳造機にて鋳造してスラブを得る。このようにして得られるスラブを、必要に応じて表面手入れを行った後、熱間圧延機によって熱間圧延し、ホットコイルを得る。得られるホットコイルを適宜研削して、熱間圧延で生成した表面欠陥を除去することで、ニッケル材を得ることができる。
【0040】
(2)精錬方法の概要
上記の製造方法の精錬工程において、スラグを用いて還元精錬を行うにあたって、(2)式に基づいて、ニッケル溶湯中の酸素活量とスラグ中のMgO活量を調整することでMg濃度の制御が原理的には可能である。
【0041】
Mg + O = MgO……(2)
しかしながら、ニッケル基における(2)式の平衡定数等の熱力学的データはその測定が困難であることから、信用できる値が得られていない。このため、(2)式に基づく現実的な制御技術はこれまで検討されていなかった。
【0042】
本発明者は、(2)式の酸素活量に関して、(1)式に記載される酸素活量パラメータaoが有効であるとの知見を得た。
ao = 104 ×10(-4.325-0.2355*(T.CaO/Al2O3)-0.667log(%Al)-0.05%Al)……(1)
【0043】
本実施の形態に係る精錬工程は、この知見に基づき、酸素活量パラメータaoおよびスラグ中のMgO濃度を制御することで、Mg濃度の制御を実現していることが特徴である
その結果、介在物量を増加させる金属MgあるいはMg含有合金(金属Mg源)を添加することなくニッケル中のMg濃度、S濃度およびこれらの複合パラメータであるΔS(≡S−0.3Mg)を制御することが実現され、ニッケルの熱間加工性が向上する。
【0044】
(3)ニッケル溶湯中の酸素活量について
次に上記(1)式を導くに至った経緯について説明する。
ニッケル溶湯中の酸素活量は、本技術に示した成分領域では(3)式の平衡反応に従う。
【0045】
Al= 2Al + 3O……(3)
ここで、ニッケル基における(3)式に関し、その平衡定数はF.Ishii, S.Ban-ya and M.Hino, ISIJ Int, 36(1996) 1, pp. 25に表1の値が、またニッケル溶湯中における相互作用助係数に関しては,F.Ishii, S.Ban-ya and M.Hino, ISIJ Int, 36(1996) 1, pp. 25およびF.Ishii, S.Ban-ya, ISIJ Int, 32(1992), pp.1091に表2に示した値が提案されている。
【0046】
【表1】

【0047】
【表2】

【0048】
一方、スラグ中のAl活量に関しては,H.OHTA and H.SUITO, ISIJ Int, 36(1996) 8, pp. 983に等活量線図が示されている。本請求範囲におけるスラグ中のT.CaO/Alと当該等活量線図に基づくことでAl活量の関係は図3に示したとおりであり、(4)式に示した近似式でフィッティング可能である。
aAl2O3 = 5.21×10-0.708(T.CaO/Al2O3) ……(4)
【0049】
表1および表2の値と(4)式から導出したAl活量とを用いて、酸素活量パラメータaoを求める式を導出すると、本発明の範囲では%Oは%Alに比べて無視できる程度に小さいことから、1600℃では(1)式が得られる。
【0050】
(4)aoおよびスラグ中のMgO濃度とMg濃度の関係
aoおよびスラグ中のMgO濃度を変えて,aoとMg濃度との関係、およびaoとΔSとの関係を調査した。なお、この調査にあたっては、スラグ中のMgO活量は測定が困難であるため、スラグ中のMgO濃度で代用した。
【0051】
その結果得られたaoとMg濃度との関係を図4に、また、aoとΔSとの関係を図5に示した。aoとMg濃度とは、スラグ中のMgO濃度が4.0%以上の場合には負の相関が得られたが、4.0%未満の場合には、明確な相関関係は認められなくなった。また、aoとΔSとについても、スラグ中のMgO濃度が4.0%以上の場合には正の相関が得られた(図5では縦軸は負の値が大きくなるほど上方になるように設定されている。)が、4.0%未満の場合には、明確な相関関係は認められなくなった。
【0052】
ここで、MgO濃度が4.0%未満の場合に相関関係が認められなくなったのは次の理由であると推測される。本実施形態に係る精錬方法の基本プロセスは、前述のように(2)式であり、aoを低減させて酸素活量を低下させることで、(2)式で示される平衡式において左向きの反応を進行させることにある。このとき、Sを無害化しうるMg濃度が上昇して、優れた特性のニッケル材を得ることが実現されている。しかしながら、スラグ中のMgO活量(スラグ中のMg濃度で代用)が極端に低下すると、aoを低減したとしても、そもそも原料が少ないために(2)式における左向きの反応が進行せず、Mg濃度が増加しないためΔSも至適範囲を外れていくことになる。本実施の形態に係る精錬方法では、以上の観点より、MgO濃度が4.0%以上とすることとしている。
【0053】
また、aoについては、0.70〜1.30とする。aoが1.30を超えると、図4に示されるように、Mgが0.0050%未満となる場合があり、熱間加工性の悪化が懸念される。さらに、この場合にはSも増加するため、図5に示されるように、ΔSが−0.0011%を超える場合も生じうるようになる。したがって、aoは1.30以下とすることが好ましい。一方、aoが0.70未満となると、Mg濃度が上昇するとともに、ΔSが−0.0030%未満となる(図5参照)。この場合にはNiMg−Ni共晶の生成により、急激に研削量指数が悪化することが懸念されるため、aoは0.70以上とすることが好ましい。
【実施例】
【0054】
ニッケル地金、ニッケル屑、金属マンガンやアルミニウムなどを含む原料を40T電気炉で溶解し、得られた溶湯を、MgOを含有する耐火物で内張りされた二次精錬用容器へ出鋼した。電気炉スラグを除滓し、VODで吹酸・脱炭精錬を行った後、生石灰、蛍石、マグネシア、アルミニウムからなる群から選ばれる一種または二種以上を投入し、表3に示されるようなスラグ組成として、還元および脱硫精錬を実施した。なお、このときのスラグ中の(T.CaO/Al)、および精錬中のAl濃度および酸素活量パラメータaoを表3に示した。
【0055】
【表3】

【0056】
その後、表3に示される化学組成になるように化学成分を適宜調整した。なお、この化学組成におけるΔSは表3に示した。続いて、全湾曲形連続鋳造機にて150mm厚スラブを鋳造し、得られたスラブを、砥石を用いて表裏側面の四面について表面手入れを行った後、タンデム式もしくはステッケル式の熱間圧延機によって厚さ4mm〜6mmのホットコイルとして熱間圧延を行った。得られたホットコイルの表裏面を砥石にて研削し、熱間圧延で生成した表面欠陥を除去した。このときの研削量指数は表3に示すとおりであった。
【0057】
実施例1から4に係るニッケル材は、スラグ組成、特にMgO濃度、溶融ニッケル内の酸素活量パラメータao、ならびに化学組成におけるMg含有量、S含有量、およびΔSが適切であったため、研削量指数はいずれも0.3以下であり、表面欠陥が発生しにくいニッケル材であった。
【0058】
これに対し、比較例1に係るニッケル材は、aoパラメータが0.70未満であって酸素活量が著しく低い状態となったため、Mg濃度の上昇とS濃度の低下が同時に生じ、ΔSが−0.0030%未満となって研削量が著しく増加した。
【0059】
また、比較例2に係るニッケル材は、Alが0.020%未満となったため、aoが2.20となって酸素活量が著しく高い状態となった。このため、Sの上昇およびMg低下が同時に生じ、ΔSが−0.0011%を超えた。
【0060】
比較例3に係るニッケル材では、aOパラメータ0.70以上1.30以下を満足したが,スラグ中のMgO濃度が4.0%未満となったため、Mg濃度が0.0050%未満となり、ΔSが−0.0011%を超え、研削量が増加した。
【0061】
比較例4に係るニッケル材では、(T.CaO/Al)およびAl濃度は適切であったものの、酸素活量パラメータaoとしては1.30を超えたため、ΔSを満たすことができずに研削量が増加した。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】ニッケル材におけるS含有量およびMg含有量とコイル研削量合否との関係を示した図である。
【図2】ΔSと熱間加工性に関連するコイル研削量指数との関係を示した図である.
【図3】等活量線図から導出した(T.CaO/Al)とAl活量との関係を示した図である。
【図4】酸素活量パラメータaoとMg濃度との関係をスラグ中MgO濃度で分類して示した図である。
【図5】酸素活量パラメータaoとΔSとの関係をスラグ中MgO濃度で分類して示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Mg:0.0050%以上0.0150%以下、S:0.0001%以上0.0010%以下、Al:0.020%以上0.100%以下を含有し、さらに、Fe:0.40%以下、Mn:0.30%以下、Ti:0.05%以下、B:0.0030%以下およびC:0.02%以下からなる群から選ばれる一種または二種以上を含有し、残部Niおよび不純物からなり、
(S−0.3×Mg)(S:Sの質量%、Mg:Mgの質量%)で規定されるΔSパラメータが−0.0030%以上かつ−0.0011%以下である化学組成を有することを特徴とするニッケル材。
【請求項2】
(T.CaO/Al) (T.CaO:スラグにおける総Ca含有量をCaO含有量(質量%)に換算した値、Al:スラグにおけるAl含有量をAl含有量(質量%)に換算した値)で規定されるスラグ塩基度が2.6以下であって、MgO濃度が、質量%で、4.0%以上、12.0%未満のスラグを用いて、
下記(1)式で表される酸素活量パラメータaoを0.70以上1.30以下の範囲に成分を調整し取鍋精錬を行ったことを特徴とする、請求項1に記載される化学組成を有するニッケル材の精錬方法。
ao = 104 ×10(-4.325-0.2355*(T.CaO/Al2O3)-0.667log(%Al)-0.05%Al)……(1)
ここで、上記(1)式において、(T.CaO/Al)は前記スラグ塩基度であり、%Alは取鍋内のニッケル溶湯中のAl含有量(単位:質量%)である。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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