説明

ハイドレート結晶のファセット面観察によるガスハイドレートの平衡条件決定方法及びそれを用いたガスハイドレートの保存方法・輸送方法

【課題】ハイドレート-氷-ガスの三相安定存在状態のガスハイドレートを対象に、高速かつ高精度にガスハイドレートの平衡温度圧力条件を決定するガスハイドレートの平衡条件決定方法及びそれを用いたガスハイドレートの保存方法・輸送方法を提供する。

【解決手段】
ガスハイドレート-氷-ガス系において、一定の圧力下において、昇温操作に伴うガスハイドレート結晶のファセット面形状の変化を観察し、ファセット面形状が変化を始める直前の温度をガスハイドレートの平衡温度圧力条件とするガスハイドレートの平衡条件決定方法及びそれを用いたガスハイドレートの保存方法・輸送方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスハイドレートの平衡温度圧力条件を決定するガスハイドレートの平衡条件決定方法及びそれを用いたガスハイドレートの保存方法・輸送方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ガスハイドレートは、水分子により形成されたかご状構造(ケージ)内にガス分子を包蔵した包摂水和物であり、低温・高圧条件下で安定な氷状の固体結晶である。近年、メタンガス分子を包蔵したメタンガスハイドレートが永久表土および海底の堆積層中に賦存していることが確認されている(非特許文献1参照)。また、日本近海の堆積層中にも多く賦存していることが確認されており、石油や石炭に変わる非在来型エネルギー資源として生産技術開発が行われている。
【0003】
またガスハイドレートは、体積1m3当たり約170m3のガス分子を包蔵することができるため、天然ガスの輸送および貯蔵媒体としても研究開発が行われている(特許文献1、2、3参照)。
【0004】
ガスハイドレートを氷点以下で分解させた場合、分解によって生成した水がハイドレート表面で氷へと相転移しガスハイドレートの分解を抑制する自己保存効果と呼ばれる現象が見られる(非特許文献1参照)。この自己保存効果を用いることにより、ハイドレートの分解温度条件よりも高温条件でハイドレートを輸送および貯蔵することが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】日本国特開2001−280592号公報
【特許文献2】日本国特開2001−192683号公報
【特許文献3】日本国特開平10−196895号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Sloan、E.D.: Clathrate Hydrates ofNatural Gases. Second Edition、Revised and Expanded, (1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ガスハイドレートの平衡温度圧力条件を決定するためには、冷媒に浸けた一定容積の圧力容器内でハイドレート-氷-ガスの三相が安定に存在する温度圧力状態から温度を上げてハイドレートを分解させ、圧力が一定となる条件を求める必要がある。
【0008】
しかしながら包蔵されるガス分子によって自己保存効果が発現した場合、ハイドレートの分解が抑制されるため、平衡圧力を決定することが困難となる。
【0009】
本発明は、ハイドレート-氷-ガスの三相安定存在状態のガスハイドレートを対象に、高速かつ高精度にガスハイドレートの平衡温度圧力条件を決定することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者はこれまで顕微鏡によるガスハイドレートの成長速度測定について鋭意研究を重ねてきた結果、温度圧力操作とガスハイドレート結晶形状の状態変化に着目することによって従来手法の課題を解決するための本発明をなすに至った。本発明の方法は、氷基盤上にガスハイドレートを生成させ、そのガスハイドレート結晶形状の変化を計測することからなっている。ガスハイドレート結晶の成長速度およびその形状は、ある圧力条件の時のそのときの平衡温度からの温度差が結晶成長の駆動力となる。温度差が大きいほど結晶成長速度が速くなり、温度差が小さいと遅く成長する。結晶の形状の観点では、温度差が大きいほど結晶は樹枝状となり、温度差が小さいと広いファセット面を有する結晶となる。
【0011】
一方、平衡温度圧力曲線より高温もしくは低圧になるとハイドレートが分解するため、広いファセット面を有する結晶ではファセット面が荒れるなど、結晶形状が大きく変化する。そのため成長する結晶形状の変化に着目することによって平衡温度圧力条件を決定することができる。本発明のガスハイドレートの平衡温度圧力条件決定法は、直接ハイドレート結晶が観測可能な光学窓を有する温度制御可能な高圧容器を用いて行う。高圧容器内でガスハイドレートを生成させた後、段階的に温度を上げてガスハイドレート結晶の結晶形状測定を行い、ガスハイドレート結晶形状の変化から平衡温度圧力条件を決定する手法である。
【0012】
すなわち、本発明は、ガスハイドレート-氷-ガス系において、一定の圧力下において、昇温操作に伴うガスハイドレート結晶のファセット面形状の変化を観察し、ファセット面形状が変化を始める直前の温度をガスハイドレートの平衡温度圧力条件とするガスハイドレートの平衡条件決定方法である。
また、本発明は、ガスハイドレート-氷-ガス系において、一定の温度下において、減圧操作に伴うガスハイドレート結晶のファセット面形状の変化を観察し、ファセット面形状が変化を始める直前の圧力をガスハイドレートの平衡温度圧力条件とするガスハイドレートの平衡条件決定方法である。
【0013】
さらに、本発明は、ガスハイドレート-氷-ガス系において、一定の温度-圧力下において、ガス分圧操作に伴うガスハイドレート結晶のファセット面形状の変化を観察し、ファセット面形状が変化を始める直前のガス分圧をガスハイドレートの平衡温度圧力条件とするガスハイドレートの平衡条件決定方法である。
また、本発明においては、ガスハイドレートとしてメタンハイドレートを用いることが出来る。
【0014】
さらに、本発明は、本発明のガスハイドレートの平衡条件決定方法を用いるガスハイドレートの保存方法である。
またさらに、本発明は、本発明のガスハイドレートの平衡条件決定方法を用いるガスハイドレートの輸送方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明のガスハイドレート平衡温度圧力条件決定法により、自己保存効果によって平衡圧力到達の判断が困難となるガスハイドレート種においても平衡温度圧力条件を精度良く決定することが可能になる。また、観察中のガス雰囲気を変化させることが出来るため、雰囲気ガスの組成変化に対する平衡圧力を決定することが可能となる。
【0016】
本発明のガスハイドレート平衡温度圧力条件決定法により、昇温もしくは減圧操作に伴うガスハイドレート結晶成長速度の変化から平衡温度圧力条件に近づいたかを迅速に判断することが可能となる。
【0017】
さらに測定対象となるガスハイドレート結晶の大きさを小さく出来るため、少ないガス量で平衡圧力を決定することが可能となる。
【0018】
また、本発明のガスハイドレート平衡温度圧力条件決定法を用いれば、自己保存効果を発揮する温度圧力の範囲を決めることができ、ガスハイドレートの保存方法を効率よく行えるし、輸送も効率的に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施例における低温高圧セルの横断面図である。
【図2】本発明の実施例における圧力1.39 MPaにおける昇温時の結晶形状変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明者は、 温度圧力条件によってガスハイドレート結晶形状が変化することに着目し、ガスハイドレートの平衡温度圧力条件とガスハイドレートの結晶形状の変化に関係性があることを明らかにした。低温高圧セル内の圧力は、圧力計で測定し、試料台座3の温度は、温度計で測定することが出来る。また、循環させる液体窒素の流量を制御することにより、試料カップ4を昇温することができる。なお、高精度な平衡温度圧力条件決定のためには、校正済みの圧力計および温度計を使用する。
【0021】
なお本発明において温度操作ならびに減圧操作に伴うガスハイドレート結晶の経時変化を直接計測できれば、どのような測定装置・装置構成を用いてもよい。ガスハイドレート結晶形状は、同一圧力、同一温度で、−80℃以下の温度では約15分程度維持しないと経時変化が見て取れない場合もあるが、−10℃以上の温度では、30秒程度で経時変化を見て取れることができ、変化があるかどうかを確認することができる。
また、温度は、試料台座3に熱伝対を設けることにより測定することが出来る。実施例では、試料台座3に取り付けた熱伝対により測定し、これを試料温度とした。
以下に示す実施例においては光学窓を備えた低温高圧セルを用い顕微鏡(Nikon社製)を用いた。
【実施例1】
【0022】
図1に低温高圧セルの概略図をしめす。図1中の1は低温高圧セル内の試料台座を低温にするための液体窒素循環口である。液体窒素をポンプによって循環させることにより試料温度を制御した。またセルのガス圧入口(図1中の2)からガスを圧入し、図1中の8の圧力計を観測しながら目的圧力を制御した。
【0023】
あらかじめ-20℃に冷却しておいた試料台座(図1中の3)上に、平面に成形した氷試料入れた金属製の試料カップ(図1中の4)を試料台座に設置した後、台座温度が変化しないことを確認した。
【0024】
クリプトンハイドレートが氷上に生成したのち、循環させる液体窒素の流量を制御し温度を段階的に上げてクリプトンハイドレート結晶の形状変化を計測した。図2に温度を段階的に上げたときのクリプトンハイドレート結晶の形状変化を示す。
【0025】
圧力約1.4 MPa一定条件において、-5.5℃から-4.5℃までの昇温操作では(図2中の(a)−(b))クリプトンハイドレート結晶が成長していくことがわかる。特に図中のハイドレート結晶上部においてその結晶の成長が明らかである。図2中の(b)と(c)の比較から-3.1℃までは結晶が成長していくことがわかる。
【0026】
更に-3.1℃で保持すると、非常に短時間にクリプトンハイドレート結晶の形状が大きく変化したのは明らかである。図2中の(b)まで有していたファセット面が崩れている。平衡温度圧力条件近傍の安定領域(平衡温度圧力条件よりも低温・高圧領域)では、ガスハイドレートはファセット面を保ちながら成長する。したがって、温度-3.1℃におけるクリプトンハイドレート結晶のファセット面が崩れるという顕著な形状変化は、圧力約1.4 MPaにおけるクリプトンハイドレートの平衡温度よりも高温であることを示している。したがって、圧力約1.4 MPaにおけるクリプトンハイドレートのハイドレート-氷-ガスの三相平衡温度は約-3.2℃となる。
【0027】
本実施例は昇温操作によるハイドレート結晶の形状変化計測から、ある圧力条件の時のハイドレートの分解温度を決定したが、温度一定条件における減圧操作においても本実施例と同様の結晶形状変化計測からある温度条件のときの分解圧力を決定することができる。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明は、様々なガス種のガスハイドレートに対して平衡温度圧力条件を決定することが可能となる。また天然ガスの輸送・貯蔵のための天然ガスハイドレートの最適な保存条件の決定に利用できる。
【符号の説明】
【0029】
1:台座冷却用の液体窒素循環配管
2:ガス圧入口
3:試料台座
4:試料カップ
5:試料
6:光学観察顕微鏡
7:観察用光学窓
8:圧力計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガスハイドレート-氷-ガス系において、一定の圧力下において、昇温操作に伴うガスハイドレート結晶のファセット面形状の変化を観察し、ファセット面形状が変化を始める直前の温度をガスハイドレートの平衡温度圧力条件とするガスハイドレートの平衡条件決定方法。
【請求項2】
ガスハイドレート-氷-ガス系において、一定の温度下において、減圧操作に伴うガスハイドレート結晶のファセット面形状の変化を観察し、ファセット面形状が変化を始める直前の圧力をガスハイドレートの平衡温度圧力条件とするガスハイドレートの平衡条件決定方法。
【請求項3】
ガスハイドレート-氷-ガス系において、一定の温度-圧力下において、ガス分圧操作に伴うガスハイドレート結晶のファセット面形状の変化を観察し、ファセット面形状が変化を始める直前のガス分圧をガスハイドレートの平衡温度圧力条件とするガスハイドレートの平衡条件決定方法。
【請求項4】
ガスハイドレートがメタンハイドレートである請求項1ないし請求項3のいずれかに記載したガスハイドレートの平衡条件決定方法。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれかに記載したガスハイドレートの平衡条件決定方法を用いるガスハイドレートの保存方法。
【請求項6】
請求項1ないし請求項4のいずれかに記載したガスハイドレートの平衡条件決定方法を用いるガスハイドレートの輸送方法。



【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−178901(P2011−178901A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−44786(P2010−44786)
【出願日】平成22年3月1日(2010.3.1)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】