説明

ハイドロフルオロカーボン混合物のクラスレート水和物

【課題】空調装置における熱媒体等として有用性の高い新規なクラスレート水和物を提供することであり、特に、分解圧力が低く、高い熱容量を有する熱媒体等として優れた性能を有する新規なクラスレート水和物を提供することである。
【解決手段】ホスト物質として水を含み、ゲスト物質として、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンからなるハイドロフルオロカーボン混合物を包接するクラスレート水和物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハイドロフルオロカーボン混合物のクラスレート水和物に関する。
【背景技術】
【0002】
クラスレート水和物は、水分子が三次元のカゴ型の多面体構造を形成し、その内部に存在する空孔中に、他の原子又は分子(ゲスト物質)を包み込んだ固体結晶であり、相平衡状態がクラスレート生成条件となる低温度、高圧力条件下において、クラスレート水和物を形成可能なガス種と水とを反応させることによって得ることができる。
【0003】
クラスレート水和物は、その生成・分解に大きな潜熱を伴うため、蓄熱材料として利用可能であり、近年、熱媒体として機能させる試みがなされている。
【0004】
従来より冷媒として用いられているジクロロジフルオロメタン(R12)やクロロジフルオロメタン(R22)がクラスレート水和物を形成することが知られており、冷媒などの熱媒体や熱エネルギー貯蔵装置の蓄熱材料として検討されている。
【0005】
しかしながら、クロロフルオロカーボン類は、大気中に放出された場合、オゾン層を破壊し、その結果人類を含む地球上の生態系に重大な悪影響を及ぼすことが指摘され、国際的な取り決めにより、使用及び生産が制限されるに至っている。
【0006】
このため、空調装置における熱媒体は、従来のクロロフルオロカーボン類から、ハイドロフルオロカーボン系の単一冷媒や混合冷媒に移行されつつあり、それに伴い、クラストレート水和物についても、ハイドロフルオロカーボン類を用いたものが望まれる。
【0007】
1,1,1,2−テトラフルオロエタン(HFC−134a)は、圧力0.416MPa、温度10.04℃で臨界分解点を有するクラスレート水和物を形成することが知られている(非特許文献1参照)が、蓄熱量が十分ではなく、熱媒体としての性能は不十分である。一方、ゲスト物質として、ジフルオロメタン(HFC−32)を含むクラスレート水和物も知られているが(非特許文献2参照)、クラスレート水和物の分解圧力が高く、これを空調装置における熱媒体とする場合には、クラスレート水和物の調製や貯蔵に高圧を要するために設備費が高騰し、運転時の安全性にも問題がある。
【0008】
その他、ゲスト物質として混合物を用いたクラスレート水和物として、ジフルオロメタンとペンタフルオロエタンの混合物をゲスト物質とするクラスレート水和物が報告されており、更に、この混合物に1,1,1,2−テトラフルオロエタンを加えた混合物をゲスト物質とするクラスレート水和物も開示されている(下記特許文献1参照)。しかしながら、分解圧力が低く、高い熱容量を有するクラスレート水和物については具体的な開示はなく、特に、ジフルオロメタンと1,1,1,2−テトラフルオロエタンからなる混合物のクラスレート水和物の性質については明らかにされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平10−168000号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】JOURNAL OF CHEMICAL & ENGINEERING DATA, Vol. 55, No. 11, pp 4951-4955 (2010)
【非特許文献2】JOURNAL OF CHEMICAL & ENGINEERING DATA, Vol. 55, No. 8, pp 2764-2768 (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記した従来技術の現状に鑑みてなされたものであり、空調装置における冷媒などの熱媒体、蓄熱材料等として有用性の高い新規なクラスレート水和物を提供することであり、特に、分解圧力が低く、高い熱容量を有する熱媒体、蓄熱材料等として優れた性能を有する新規なクラスレート水和物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記した目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの二成分からなるハイドロフルオロカーボン混合物が特定の温度、圧力条件下において、クラスレート水和物を形成するという、従来知られていない現象を見出した。そして、更に、研究を重ねた結果、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの二成分の組成、温度、及び圧力を適切に制御する場合には、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンがそれぞれ単独でクラスレート水和物を形成する平衡圧力を下回る圧力条件下において混合物のクラスレート水和物が形成されるという現象を見出した。そして、この様な新たに見出された特異な特性を有するクラスレート水和物は、空調装置における熱媒体として優れた性能を発揮し得るものとなることを見出し、ここに本発明を完成するに至った。
【0013】
即ち、本発明は、下記のハイドロフルオロカーボン混合物のクラスレート水和物を提供するものである。
項1. ホスト物質として水を含み、ゲスト物質として、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンからなるハイドロフルオロカーボン混合物を包接するクラスレート水和物。
項2. ハイドロフルオロカーボン混合物におけるジフルオロメタンのモル分率が、0.15〜0.65である上記項1に記載のクラスレート水和物。
項3. 上記項1又は2に記載のクラスレート水和物からなる空調装置用熱媒体であって、空調装置の運転温度が5〜12℃であり、ハイドロフルオロカーボン混合物におけるジフルオロメタンのモル分率が、0.15〜0.65である空調装置用熱媒体。
項4. 上記項1又は2に記載のクラスレート水和物からなる空調装置用熱媒体であって、空調装置の運転温度が8〜12℃であり、ハイドロフルオロカーボン混合物におけるジフルオロメタンのモル分率が、0.3〜0.6である空調装置用熱媒体。
項5. 1,1,1,2−テトラフルオロエタン、ジフルオロメタン及び水を含む、上記項1又は2に記載のクラスレート水和物を形成するための組成物。
【0014】
以下、本発明のハイドロフルオロカーボン混合物のクラスレート水和物について、詳細に説明する。
【0015】
本発明のクラスレート水和物は、ホスト物質として水を含み、ゲスト物質として、1,1,1,2−テトラフルオロエタン(HFC−134a)とジフルオロメタン(HFC−32)という特定の二種類のハイドロフルオロカーボンの混合物を包接するものである。
【0016】
1,1,1,2−テトラフルオロエタン(HFC−134a)とジフルオロメタン(HFC−32)は、それぞれ単独でクラスレート水和物を形成することが知られており、1,1,1,2−テトラフルオロエタンのクラスレート水和物は、温度10.04℃、圧力0.416MPaに臨界分解点を有し、ジフルオロメタンのクラスレート水和物は、温度20.01℃、圧力1.45MPaに臨界分解点を有することが報告されている。しかしながら、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合物がクラスレート水和物を形成することはこれまで知られていない現象であり、形成される混合物のクラスレート水和物は、1,1,1,2−テトラフルオロエタンのクラスレート水和物とジフルオロメタンのクラスレート水和物を混合したものとは異なる特性を示す。
【0017】
1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合物をゲスト物質とするクラスレート水和物は、ジフルオロメタンをゲスト物質とするクラスレート水和物の臨界分解点(温度20.01℃、圧力1.45MPa)を下回る温度条件下において、クラスレート水和物を生成可能な温度及び圧力条件で、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合物と水を反応させることによって得ることができる。具体的な生成条件は、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合比率に応じて、当該混合物のクラスレート水和物の臨界分解点以下であって、圧力−温度線において、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合物の飽和圧力線と、クラスレート水和物分解線で挟まれた領域内に、温度と圧力を制御すればよい。この際、水の使用量については特に限定はなく、クラスレート水和物を形成する理論量を上回る量の水を存在させればよい。尚、クラスレート水和物を形成する水の理論量については、本発明のクラスレート水和物が構造II型のクラスレート水和物を形成し、1,1,1,2−テトラフルオロエタン1分子が、構造II型のクラスレート水和物の大ケージ1個を占めると仮定することによって算出できる。即ち、構造II型のクラスレート水和物は、20個の水分子からなる12面体構造の小ケージ16個と28個の水分子からなる16面体構造の大ケージ8個から構成され、各ケージを構成する水分子(酸素原子)は、単位格子中で隣り合うケージと共有されており、1単位構造のクラスレート水和物は計136個の水分子から構成される。一方、ゲスト物質となる1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの内、分子構造の大きい1,1,1,2−テトラフルオロエタンが大ケージを占有すると仮定する。この場合、実際には、分子構造の小さいジフルオロメタンも大ケージの一部に存在する可能性があるが、ジフルオロメタンの比率が1,1,1,2−テトラフルオロエタンに対して2倍の物質量までであれば、ジフルオロメタンの大部分は小ケージを占めるので、水の理論量の算出の目的では、1,1,1,2−テトラフルオロエタンが大ケージを占有するとの仮定で大きな誤差が生じることはない。大ケージは空では存在しないので、上記仮定により、クラスレート水和物の1構造単位中には、1,1,1,2−テトラフルオロエタンが8分子包接されることになる。ジフルオロメタンについては、基本的には、小ケージを占めると考えられるので、クラスレート水和物の1構造単位中には、最大で16分子のジフルオロメタンが包接されることになり、1,1,1,2−テトラフルオロエタンに対して2倍の物質量を下回るジフルオロメタンを含むフルオロハイドロカーボン混合物をゲスト物質とする場合には、ジフルオロメタンを含まない空の小ケージが存在することになる。以上の原則に基づくことによって、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合組成に応じて、クラスレート水和物を形成する水の理論量を容易に算出できる。
【0018】
本発明のクラスレート水和物を熱媒体などとして用いる場合には、流動性を向上させるために、水の存在量がクラスレート水和物を形成する理論量に対して過剰であることが好ましい。この場合、具体的な水の量については、クラスレート水和物と過剰量の水とから形成されるスラリー状混合物の流動性と、前記混合物の熱媒体としての能力を考慮して決めればよいが、通常、良好な流動性とするためには、クラスレート水和物と水とを含むスラリー状混合物中の固形分濃度、即ち、クラスレート水和物濃度を30重量%以下とすることが好ましく、特に、流動性と熱媒体として能力のバランスの点からは、5〜30重量%程度とすることが好ましい。
【0019】
図1は、飽和圧力線とクラスレート水和物分解線をモデル的に示す参考図である。図1において、斜線で示された範囲がクラスレート水和物を形成できる範囲である。通常は、水とハイドロフルオロカーボンの混合物とを撹拌下に徐々に冷却して斜線の範囲内の温度及び圧力とすることによって、クラスレート水和物を形成することができる。ここで、クラスレート水和物分解線は、具体的に使用するクラスレート形成用組成物の組成に応じて、予備的に試験を行うことによって容易に求めることができる。
【0020】
本発明のクラスレート水和物における1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合比率については、任意の比率とすることができるが、一般的な傾向として、ジフルオロメタンの混合比率が低い程、クラスレート水和物の分解圧力が低くなる。このため、ジフルオロメタンの比率を少なくすれば、クラスレート水和物の分解圧力を低下でき、該水和物の製造や貯蔵を低圧で行うことが可能となり、設備費を低減でき、空調装置等の運転時の安全性を向上させることができる。図2は、後述する実施例1で測定した1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合物のクラスレート水和物の1℃における等温相平衡図である。図2から、ジフルオロメタンのモル分率を低くすることによって、クラスレート水和物の平衡圧力が低下する傾向が認められる。尚、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの合計量を基準としたジフルオロメタンのモル分率が0.73程度の場合に、クラスレート水和物の等温相平衡図に変換点が認められるが、これは、クラスレート水和物の構造変化に基づくものと推定される。
【0021】
一方、ジフルオロメタンは、1,1,1,2−テトラフルオロエタンと比較して単位体積当たりの熱容量が大きいので、ジフルオロメタンの混合比率を高くすれば混合物の熱容量が大きくなり、熱媒体として用いる際に使用量を低減でき、空調システムを小型化することが可能となる。
【0022】
これらの点を考慮して、本発明のクラスレート水和物を空調装置の熱媒体として用いる場合には、具体的な運転温度条件などに基づいて混合比率を決めればよい。通常、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合比は、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの合計量を基準としたジフルオロメタンのモル分率を0.15〜0.65程度の範囲とすることが好ましく、この範囲において、分解圧力と熱容量のバランスのとれた熱媒体として有用なクラスレート水和物を得ることができる。
【0023】
特に、本発明のクラスレート水和物は、一般的な空調装置の運転温度範囲である5〜12℃程度において、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合比率が特定の範囲の場合に、混合物のクラスレート水和物の分解圧力が、1,1,1,2−テトラフルオロエタン単独のクラスレート水和物の分解圧力とジフルオロメタン単独のクラスレート水和物の分解圧力のいずれよりも小さい値となるという特異な現象を示す。
【0024】
図3は、後述する実施例1で測定した1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合物のクラスレート水和物の10℃における等温相平衡図である。混合物のクラスレート水和物の平衡圧力は、ジフルオロメタンのモル分率の増加と共に低下し、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの合計量を基準としたジフルオロメタンのモル分率が約0.47で最小値となり、ジフルオロメタンのモル分率がより増加すると、平衡圧力が上昇する傾向が認められる。また、クラスレート水和物の平衡圧力が最小値となるジフルオロメタンのモル分率が約0.47の混合組成では、気相における混合物のモル分率がクラスレート水和物におけるハイドロフルオロカーボン混合物のモル分率とほぼ一致する。この現象は、最高共沸混合物の気液平衡曲線と類似した傾向を示すものである。
【0025】
このため、平衡圧力が最小となる混合比の近傍で用いることによって、製造、貯蔵槽の運転に必要となるエネルギーを削減し、熱媒体として使用する際の運転圧を低下させることが可能となると同時に、熱媒体の補給などの管理も容易となる。
【0026】
また、図3から明らかなように、10℃の等温相平衡図では、ジフルオロメタンのモル分率が0.65程度以下であれば、混合物のクラスレート水和物の平衡圧力が、1,1,1,2−テトラフルオロエタン単独のクラスレート水和物の平衡圧力とほぼ同一又はこれを下回る圧力となる。このため、混合物の水和物の平衡圧力が、1,1,1,2−テトラフルオロエタン単独のクラスレート水和物の平衡圧力以下となるモル分率とすることによって、製造、貯蔵槽の運転に必要となるエネルギーを削減し、更に、熱媒体として使用する際の運転圧を低下させることができ、設備費を低減し、安全性を向上させることができる。
【0027】
図4は、後述する実施例1で測定した、6℃における1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合物のクラスレート水和物の等温相平衡図である。図3に示した10℃における等温相平衡図と同様に、水和物の平衡圧力は、ジフルオロメタンのモル分率の増加と共に低下して最小値となり、ジフルオロメタンのモル分率が更に増加すると再度上昇する傾向が認められる。6℃における等温相平衡図では、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの合計量を基準としたジフルオロメタンのモル分率が約0.15の場合にクラスレート水和物の平衡圧力が最小値となり、ジフルオロメタンのモル分率が約0.4程度以下で、1,1,1,2−テトラフルオロエタン単独のクラスレート水和物の平衡圧力とほぼ同一又はこれを下回る圧力となる。尚、6℃における等温相平衡図では、平衡圧力自体が小さいために、平衡圧力の低下の程度は10℃での等温相平衡図より小さくなる。
【0028】
以上より、空調装置の運転温度が5〜12℃程度の範囲内では、本発明のクラスレート水和物を熱媒体とすることによって、1,1,1,2−テトラフルオロエタン単独のクラスレート水和物又はジフルオロメタン単独のクラスレート水和物を熱媒体とする場合と比較して、水和物の調製、貯蔵時の圧力や、空調装置の運転時の圧力を低下させることが可能となる。
【0029】
具体的な1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合物の混合比については、空調装置の運転温度等に応じて、水和物の平衡圧力と、熱媒体としての熱容量を考慮して決めればよい。空調装置の運転温度が5〜12℃程度の範囲内では、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合物におけるジフルオロメタンのモル分率が0.15〜0.65程度の範囲内において、平衡圧力と熱容量のバランスのとれた熱媒体とすることができる。
【0030】
特に、空調装置の運転温度を8〜12℃程度とする場合には、ジフルオロメタンのモル分率が0.3〜0.6程度において平衡圧力と熱容量のバランスが良好となる。また、平衡圧力をできるだけ低くするためには、ジフルオロメタンのモル分率を0.4〜0.5程度とすることが好ましい。
【0031】
以上の通り、本発明のハイドロフルオロカーボン混合物のクラスレート水和物は、組成を適切に制御することによって、分解圧力が低く、且つ高い熱容量を有するものとなる。このため、たとえば冷媒などの熱媒体、蓄熱材料等として有効に利用できる。
【0032】
このクラスレート水和物を蓄熱材料として用いるには、クラスレート水和物の分解過程と生成過程とを繰り返すシステムを用いる例が挙げられる。すなわち、クラスレート水和物の分解過程において、クラスレート水和物を分解させその分解熱を熱余剰環境から熱を吸収することで得、クラスレート水和物形成用混合物の形で蓄熱しておく。そしてクラスレート水和物を生成させる過程において、クラスレート水和物の生成時に発生する熱を周囲の環境に与えることで、蓄熱システムとして利用することができる。
【0033】
熱媒体として用いるには、クラスレート水和物の分解過程と生成過程とを繰り返す循環システム内で当該クラスレート水和物又はクラスレート水和物形成用混合物を循環させるシステムを用いる例が挙げられる。すなわち、前記分解過程において、クラスレート水和物を分解させその分解熱を高温物体もしくは熱余剰環境から熱を吸収することで、高温物体もしくは熱余剰環境から熱を奪うことができ、クラスレート水和物形成用混合物の形で移送し、前記生成過程において、クラスレート水和物を生成させ、その生成時に発生する熱をもって低温物体もしくは熱の必要な環境に熱を与えることで、熱移送システムとして利用することができる。
【発明の効果】
【0034】
本発明のハイドロフルオロカーボン混合物のクラスレート水和物は、オゾン層に対する脅威が少ないハイドロフルオロカーボンの混合物をゲスト物質として用いるものであり、組成を適切に制御することによって、ハイドロフルオロカーボン成分を単独で含む水和物と比較して分解圧力を低くすることができ、且つ高い熱容量を有するものとすることができる。このため、クラスレート水和物の製造や貯蔵を低圧で行うことが可能となり、設備費を低減でき、空調装置等の運転時の安全性も向上させることができる。
【0035】
このため、本発明のクラスレート水和物は、分解・生成による潜熱を有効に利用でき、冷媒などの熱媒体、蓄熱材料等の用途に有用性が高いものである。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】クラスレート水和物の生成範囲をモデル的に示す図面である。
【図2】実施例1で測定した1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合物のクラスレート水和物の1℃における等温相平衡図である。
【図3】実施例1で測定した1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合物のクラスレート水和物の10℃における等温相平衡図である。
【図4】実施例1で測定した1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合物のクラスレート水和物の6℃における等温相平衡図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。
【0038】
実施例1
1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合物をサファイアガラス製覗き窓を有するステンレス製高圧容器に封入し、蒸留水を用いて目標圧力まで加圧した。気液界面を効率よく撹拌しながら、容器内を冷却することによって、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合物のクラスレート水和物を形成した。
【0039】
その後、目標温度まで加温し、撹拌しながら一昼夜静置し、到達した圧力を平衡圧力とした。その際、気相と液相を少量採取し、ガスクロマトグラフを用いて組成分析を行った。
【0040】
クラスレート水和物相の組成については、同様の方法で水和物を調製した後、余剰水分を容器底部より抜き出し、243K(約−30℃)の温度下で容器から取り出した水和物結晶の分解ガスをガスクロマトグラフにより組成分析することによって決定した。
【0041】
各種の混合比率の1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合物について同様の操作を行い、等温相平衡図を作成した。各図において、横軸は1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合物におけるジフルオロメタンのモル分率である。
【0042】
図2は1℃における等温相平衡図である。図2から、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合物については、ジフルオロメタンのモル分率を低くすることによって、クラスレート水和物の平衡圧力が低下する傾向が認められる。
【0043】
図3は10℃における等温相平衡図である。図3から、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合物のクラスレート水和物の平衡圧力は、ジフルオロメタンのモル分率の増加と共に低下し、ジフルオロメタンのモル分率が約0.47で最小値となり、ジフルオロメタンのモル分率がより増加すると、平衡圧力が上昇する傾向が認められる。
【0044】
図4は6℃における1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合物のクラスレート水和物の等温相平衡図である。図4から、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合物のクラスレート水和物の平衡圧力は、6℃においてもジフルオロメタンのモル分率の増加と共に低下してジフルオロメタンのモル分率が約0.15で最小値となり、ジフルオロメタンのモル分率が更に増加すると再度上昇する傾向が認められる。
【0045】
以上の結果から、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンの混合物がクラスレート水和物を形成し、単独成分のクラスレート水和物とは異なる特異な挙動を示すことが確認できた。この理由については必ずしも明確ではないが、混合物を形成する各成分が、その分子の大きさによってクラスレート水和物中の大小のカゴをそれぞれ棲み分けて占有することで、結晶構造がより安定化することが一因と考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホスト物質として水を含み、ゲスト物質として、1,1,1,2−テトラフルオロエタンとジフルオロメタンからなるハイドロフルオロカーボン混合物を包接するクラスレート水和物。
【請求項2】
ハイドロフルオロカーボン混合物におけるジフルオロメタンのモル分率が、0.15〜0.65である請求項1に記載のクラスレート水和物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のクラスレート水和物からなる空調装置用熱媒体であって、空調装置の運転温度が5〜12℃であり、ハイドロフルオロカーボン混合物におけるジフルオロメタンのモル分率が、0.15〜0.65である空調装置用熱媒体。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のクラスレート水和物からなる空調装置用熱媒体であって、空調装置の運転温度が8〜12℃であり、ハイドロフルオロカーボン混合物におけるジフルオロメタンのモル分率が、0.3〜0.6である空調装置用熱媒体。
【請求項5】
1,1,1,2−テトラフルオロエタン、ジフルオロメタン及び水を含む、請求項1又は2に記載のクラスレート水和物を形成するための組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−87262(P2013−87262A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−231821(P2011−231821)
【出願日】平成23年10月21日(2011.10.21)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(000002853)ダイキン工業株式会社 (7,604)
【Fターム(参考)】