説明

ハロゲン化芳香族化合物の運搬方法

【課題】
ハロゲン化芳香族化合物を含む液状媒体を輸送、運搬する場合に、流出、漏洩のおそれがなく、たとえ海上、海中に放出されても直ちに回収可能な形態でかかる化合物を運搬する方法を提供すること。
【解決手段】
本発明はハロゲン化芳香族化合物を含有する媒体を固化し、該固化した該媒体を運搬することを特徴とする、ハロゲン化芳香族化合物の運搬方法に関する。該媒体を固化するために、油吸着材あるいは固化剤を用いることが好ましい。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリクロロビフェニル類(以下PCBと称する)に代表される有害なハロゲン化芳香族化合物を安全に運搬あるいは移送する方法に関する。特に、ハロゲン化芳香族化合物の運搬時、たとえばトラック輸送時に、事故などの災害に遭遇した際にも、流出・漏洩等の二次災害を防止することができる、新規のハロゲン化芳香族化合物の運搬方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有害物質であるハロゲン化芳香族化合物を安全に化学分解し、無害化処理することは、環境保全の観点から最重要課題となっている。特にコンデンサ、感圧複写紙、柱上トランス等に、かつてポリクロロビフェニル類(以下「PCB」という)が使用されていたため、これらに使用されていたPCBを処理施設などにおいて安全に無害化することが急務である。従来から、ハロゲン化芳香族化合物の分解方法に関しては、種々の提案がなされている。
【0003】
PCBを含むハロゲン化芳香族化合物を処理するにあたり、これら化合物を処理施設に運搬する場合がある。通常に運搬される場合は勿論のこと、陸路・海路輸送において想定される事故等の災害時にも、かかるハロゲン化芳香族化合物が環境中に漏洩、流出するようなことがあってはならない。陸上・海上輸送において、ハロゲン化芳香族化合物の環境中への漏洩、流出を確実に防ぐことが最重要課題となっている。
【0004】
従来から、ハロゲン化芳香族化合物の運搬に関しては、運搬容器についてのみ種々のガイドラインが発行されている。例えば、非特許文献1(「PCB廃棄物収集・運搬ガイドライン」[環境省大臣官房廃棄物・リサイクル対策部 平成16年3月])などが公開されている。本ガイドラインは、PCB廃棄物の適正な収集・運搬を確保し、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図るため、廃棄物処理法に基づき、PCB廃棄物の特性に鑑み、必要となる事項を具体的に示したものであり、PCBの環境中への漏洩、流出の防止を第一に考慮し、ハード面(運搬容器、施設等)に加え、ソフト面(教育、管理、緊急時対応マニュアル等)についても具体的な事項を盛り込んだものであることが記載されている。
【0005】
しかし、本ガイドラインには以下のような問題点を指摘することができる。ガイドライン記載の運搬方法はいずれも、ハロゲン化芳香族化合物を含む液状物を、ある基準を満たしたドラム缶やタンクローリー等で運搬する方法であり、ここに記載されている方法自体は充分安全に配慮したものである。しかし液状物運搬を前提とした場合、如何に万全を期したとしても、事故などの災害時の漏洩や流出まで防ぐことは非常に困難である。また液状物の場合、万一環境中に漏洩・流出した場合に回収が困難となる。さらに液状物を海上輸送する場合は、災害時の漏洩・流出のおそれがさらに増大し、また万一環境中に流出した場合に、これらを回収することはほぼ不可能となる。
【0006】
この出願の発明に関連する先行技術文献情報としては次のものがある。
【非特許文献1】PCB廃棄物収集・運搬ガイドライン(環境省大臣官房廃棄物・リサイクル対策部 平成16年3月)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、ハロゲン化芳香族化合物を含む液状媒体を輸送、運搬する場合に、流出、漏洩のおそれがなく、たとえ海上、海中に放出されても直ちに回収可能な形態でかかる化合物を運搬する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によるハロゲン化芳香族化合物の運搬方法は、ハロゲン化芳香族化合物を含有する媒体を固化し、該固化した該媒体を運搬することを特徴とする。以下、本発明を詳細に説明する。
【0009】
ハロゲン化芳香族化合物は、人体、動植物に対して強い毒性を示す化合物であり、特に催奇形性などのおそれから、有害物質として廃棄物の処理及び清掃に関する法律により指定されているものが多数ある。これら化合物が土壌、地下水、焼却灰、洗浄水、機械油等に存在する場合は、何らかの処理を施してこれらの濃度を基準値以下に減少させなければならないことが厳密に定められている。本発明において「ハロゲン化芳香族化合物」とは、芳香族化合物にフッ素、塩素、臭素及びヨウ素が1以上置換した化合物全般を指す。本発明では、例えばポリクロロビフェニル類(PCB)、ダイオキシン類、フロン類、およびポリクロロベンゼン類等を指す。PCBとは、ビフェニル骨格に塩素原子が数個置換した化合物の総称であり、塩素原子の置換位置、置換数により多数の異性体が存在する。またダイオキシン類とは、狭義の意味ではダイオキシン類対策特別措置法で指定される特定の化合物を指すが、本発明では、いわゆる内分泌撹乱物質(環境ホルモン)として疑われるハロゲン化化合物を全て含む。
【0010】
本発明において「ハロゲン化芳香族化合物を含有する媒体」とは、上記ハロゲン化芳香族化合物を含む物質であれば、気体、液体、固体を問わないが、一般には液状物質である。例えば、一般に高圧トランス、高圧コンデンサ、安定器などに使用される絶縁油;集中暖房、パネルヒータ、及び各種工業において使用される加熱冷却用熱媒体;油圧オイル、真空ポンプ油、切削油、極圧添加剤などを含む潤滑油;電線被覆用絶縁テープ用可塑剤、樹脂混合用可塑剤、接着剤、ニス・ワックス、アスファルト等混合用可塑剤;ノンカーボン紙や感圧複写紙用塗料、難燃性、耐食性、耐薬品性、耐水性等の性質を有する各種塗料及び印刷用インキなどに代表される熱安定性の高い油のことを指す。かかる媒体の一部では、かつてハロゲン化芳香族化合物が使用されていた。また、例えば重電機器用トランスに用いられる絶縁油や、絶縁油を用いる地中送電線などは、ポリ塩化ビフェニル類(PCB)を絶縁油として用いていなくても微量のPCBが混入している場合があり、かかる媒体中の微量混入PCBが大きな問題となっている。このような媒体中にハロゲン化芳香族化合物(PCB)が溶解している場合、それが如何に低濃度であっても廃棄することはできず、保管し、一定の期間内に処分しなければならない。かかる物質を処分する場合に、処理工場への輸送が必要となり、本発明の方法などを用いて安全に輸送しなければならない。
【0011】
本明細書において上記媒体を「固化する」とは、化学的反応により流動性のほぼない物質に変化させることのほか、吸着材などに吸着させて、液状物質の流動性を失わせることをも含む概念である。ハロゲン化芳香族化合物を含有する液状媒体を固化する方法として、特に油吸着材または固化剤を用いる方法がある。
【0012】
油吸着材とは、ハロゲン化芳香族化合物を含有する液体媒体を吸蔵して固体化する物質を云う。一方固化剤とは、化学的反応により固体状に変化させる薬剤を云う。本明細書において「固体」とは、液体のように流動性を有する物質に対する語として使用し、流動性がない、あるいは極めて少ない、固まった状態のもの全てを指す。すなわち、固体状に変化するとは、物理的な意味での固体になることの他、ゲルになること、ならびに粘着性に変化して流動性を失うこと、及び吸着材に吸蔵されることにより流動性を失うことなどを広く指すものとする。
【0013】
本発明の方法に使用する、ハロゲン化芳香族化合物を含有する液体媒体を固化することができる油吸着材として、従来から好適に使用されているものを用いることができる。
油吸着材として、例えば、クレー、シリカ、パーライト、石灰などの無機系油吸着材;ピートモス、綿、カポック、パルプなどの天然物系油吸着材;ポリプロピレン繊維、ポリスチレン繊維、ポリウレタン発泡体、疎水性繊維、又はこれらから構成される不織布、マット等、一般にオイルブロッター、オイルフェンスなどと呼ばれる、合成系油吸着材が挙げられる。
【0014】
固化剤として、従来から好適に使用されているものを用いることができる。例えば、化学的反応により3次元網目構造を形成して、網目内部に液体媒体を取り込むことができる、ゲル化剤が挙げられる。かかるゲル化剤として、例えば金属石けん類、12−ヒドロキシステアリン酸、ベンジリデンソルビトール、ソルビトールジアセタール、コレステロール系アミド化合物、糖誘導体類、及びアミノ酸類等が挙げられる。かかるゲル化剤は、液体媒体をゲル化させるために加熱を要件とする加熱型固化剤(加熱型ゲル化剤)である。
【0015】
さらにゲル化剤として、固化するために加熱を必要としない、樹脂酸類とアルカリ度類金属化合物の組合せ固化剤、樹脂酸類のアルカリ度類金属塩、またはロジンアミド誘導体などの有機ゲル化剤などが挙げられる。本明細書では、このようなゲル化剤を常温固化剤、あるいは常温ゲル化剤と称する。上記樹脂酸類として、例えばアビエチン酸、レボピマル酸、ネオアビエチン酸、パラストリン酸、ピマル酸、イソピマル酸、サンダラコピマル酸、デヒドロアビエチン酸、ジヒドロアビエチン酸、テトラヒドロアビエチン酸等が挙げられ、これらを単数又は複数混合して用いることができる。さらに樹脂酸類として、ガムロジン、ウッドロジン、トール油ロジン、不均化ロジン、水素化ロジン、脱水素化ロジン等、上記樹脂酸混合物が挙げられる。樹脂酸類と共に用いることができるアルカリ度類金属化合物は、樹脂酸類と反応して塩を形成することができる化合物であり、例えば、水酸化マグネシウム、酸化マグネシウム、水酸化カルシウム、酸化カルシウム、水酸化ストロンチウム、酸化ストロンチウム、水酸化バリウム、酸化バリウム、及びこれらの任意の混合物などが挙げられる。樹脂酸類のアルカリ土類金属塩は、上記樹脂酸のカルシウム塩、ストロンチウム塩、バリウム塩及びマグネシウム塩が挙げられる。特に樹脂酸類のカルシウム塩が好適に用いられる。
【0016】
また、油吸着材の機能と、固化剤の機能を併せ持つ、複合型材料として、ポリノルボルネン樹脂、スチレン−ブタジエン共重合体等が挙げられる。
油吸着材または固化剤を使用して、ハロゲン化芳香族化合物を含有する媒体を固化することができる。油吸着材を用いる場合は、吸蔵すべき媒体の量を勘案して油吸着材を用意し、これに該媒体を吸蔵させる。油吸着材は、吸蔵した油が圧力により再漏洩するおそれがあるため、吸蔵させる媒体に対応する量よりも多めに用意することが好ましい。
固化剤を用いる場合は、吸蔵すべき媒体がほぼ完全に固化するよう、該固化剤の量を算出する。使用する固化する媒体と固化剤の種類により、必要とされる固化剤の量は変化する。加熱型固化剤を使用する場合は、媒体に必要量の該固化剤を投入し、加熱し、好ましくはこの間媒体を混合した後、冷却することにより固化反応を進行させることができる。常温固化剤を使用する場合は、媒体に必要量の固化剤を投入して撹拌し、粘度が出てきたところで撹拌を停止して放置し、固化を進行させる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の方法により、ハロゲン化芳香族化合物を固化して運搬することにより、陸路・海路輸送における不測の事故においても、ハロゲン化芳香族化合物を含有する液体媒体が流出又は漏洩するおそれがなくなる。これによりハロゲン化芳香族化合物処理工場までの陸上輸送路周辺の住民などの不安が減少する効果が期待できる。さらに万一固化した媒体が輸送時に漏洩したとしても、固化した状態であれば回収が容易であるため、液状物質のように環境中に広く散逸するおそれが非常に少ない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の方法の具体的な実施の形態について以下に説明する。本発明は、以下に説明される態様に限られない。
例として、ハロゲン化芳香族化合物であるPCBが溶解した絶縁油をゲル化して運搬する方法を説明する。高圧トランスなどに使用される絶縁油に、0.5ppm程度あるいはそれ以上のPCBが溶解していることがある。この絶縁油をPCB処理工場に運搬し、処理および廃棄する必要がある場合に、本発明の方法により安全に運搬することが可能となる。
【0019】
まず、PCBが溶解した絶縁油を固化する。固化は上述したとおり、油吸着材または固化剤を用いて行うのが最も便利で好ましい。種々の材料あるいは薬剤のうち、特にゲル化剤を用いることが特に好ましい。ゲル化剤として加熱型ゲル化剤を使用することも可能であるが、作業の便を考慮すると常温ゲル化剤を用いるのが好ましい。常温ゲル化剤として、ロジン系ゲル化剤が挙げられる。ロジン系ゲル化剤は、例えば荒川化学工業株式会社よりRG−100の商品名にて市販されている。かかるロジン系ゲル化剤を、該絶縁油の約1〜10重量%、好ましくは2〜7重量%の濃度となるように添加して撹拌する。撹拌するうちに絶縁油に粘性が出てくるので、ここで撹拌を停止し、ゲル化を進行させる。これによりPCBを含有する絶縁油がオイルゲルの形に変化する。ゲル化剤によりゲル化した絶縁油は、圧力をかけても油が再漏洩しにくく、特に好ましい。
【0020】
このように固化した絶縁油を、好ましくは密封可能な容器に封入して、運搬用車両、例えばトラック、運搬用鉄道、運搬用船舶などに積載し、PCB処理工場まで運搬する。
吸蔵型の油吸着材を使用してかかる絶縁油を固化することが可能であるが、油吸着材に吸蔵された油は圧力をかけると再漏洩する場合があるので、圧力がかからない態様で運搬することが望ましい。
【実施例1】
【0021】
本発明の運搬方法を実施するために、以下に液体媒体を常温ゲル化剤によりゲル化した実験例を説明する。本実施例は本発明の実施の態様の一部を記載したものであり、本発明の思想を制限するものと考えてはならない。
【0022】
荒川化学工業株式会社より得たRG−100を用いて、PCB含有高圧絶縁油のゲル化実験を行った。PCB含有絶縁油は、PCB(カネクロール1000、鐘淵化学製)を高圧絶縁油(新日本石油製)に加え、PCBの濃度が25ppmになるように調製した。
【0023】
PCB含有高圧絶縁油30gをサンプル瓶に採り、ここへRG−100を、当該絶縁油量の5重量%に相当する1.5gを添加し、攪拌した。2分〜3分で明らかな粘度増加が観察され、10分経過後には、白濁し、完全にゲル化したことが認められた。サンプル瓶のふたを開け、開口部を下方に向けても流動する様子は認められず、完全にゲル化したことが確かめられた。この状態はその後10日間放置しても何ら変化しなかった。
【0024】
このように、PCB含有高圧絶縁油を固体状態に変化させることが可能であることがわかった。本実施例にならい、ハロゲン化芳香族化合物含有媒体を固化し、好ましくはこれらを密閉可能な容器に封入し、陸路あるいは海路において安全に輸送することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明の方法は、ハロゲン化芳香族化合物を含有する液体媒体を固化して運搬するので、漏洩・流出のおそれなく処理工場まで運搬することが可能である。固化した媒体が万一漏洩した場合でも、回収が容易であり、環境中に広く拡散するおそれがない。これによりハロゲン化芳香族化合物の運搬ルート周辺住民の不安を低減することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハロゲン化芳香族化合物を含有する媒体を固化し、該固化した該媒体を運搬することを特徴とする、ハロゲン化芳香族化合物の運搬方法。
【請求項2】
ハロゲン化芳香族化合物が、ダイオキシン類または、ポリ塩素化ビフェニル類(PCB)または、ポリ塩素化ベンゼン類である、請求項1に記載の運搬方法。
【請求項3】
ハロゲン化芳香族化合物を含有する媒体が、絶縁油、熱媒体、潤滑油、可塑剤、塗料及びインキから選択されることを特徴とする請求項1または2に記載の運搬方法。
【請求項4】
媒体の固化を、油吸着材または固化剤により行う、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。