説明

バイオフィルム及びその製造方法

【課題】フィブロイン膜を水に不溶性とし、細菌類の培地として使用可能なバイオフィルム及びその製造方法を提供する。
【解決手段】水に対して不溶化処理をしたフィブロイン膜からなるバイオフィルムであって、繭原料から常法で含まれるセリシンを除去する第1工程と、前記第1工程でセリシンが除去された繭原料をフィブロイン溶解液に入れて加熱しフィブロインを溶解させた後、透析してフィブロイン水溶液を得る第2工程と、前記フィブロイン水溶液に水溶性ポリオールを加えて平板の上に膜状に広げる第3工程と、前記平板の上に広げた膜を、相対湿度60%以上、かつ温度30℃以上フィブロインの変性温度未満で不溶化処理を行う第4工程とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繭原料から製造したフィブロイン膜をバイオフィルムに使用すること、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のフィブロイン膜の製造にあっては、繭原料を0.5%炭酸ナトリウム(%は「質量%」を示す、以下同じ)で煮沸し、洗浄後水洗いを行う。そして、この水洗いした繭原料を50%塩化カリシウムで、煮沸しながら溶解し(約1時間)、精製水を用いて透析を行って、フィブロイン水溶液を作る。この水溶液をポリプロピレン板等の上に広げて室温乾燥を行っていた(以下、「従来製法」という)。
そして、このフィブロイン膜の用途として、化粧水(特許文献1)、環境応答性薬物徐放制御膜(特許文献2)、生理活性物質固定化膜(特許文献3)、バイオセンサーへの利用(特許文献4)、抗菌性高分子素材(特許文献5)などが知られている。
【0003】
【特許文献1】特許第3364710号公報
【特許文献2】特開平07−060087号公報
【特許文献3】特開平05−188031号公報
【特許文献4】特公平06−069363号公報
【特許文献5】特許第3081916号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来製法において製造されたフィブロイン膜は水溶性であって、水を使用するバイオフィルム等としては使えない等の問題があった。
【0005】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、フィブロイン膜を水に不溶性とし、細菌類の培地として使用可能なバイオフィルム及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的に沿う第1の発明に係るバイオフィルムは、水に対して不溶化処理をしたフィブロイン膜からなる。
ここで、このバイオフィルムは窒素分を多量に含むので、細菌類の培地として使用するのが好ましい。
【0007】
また、第2の発明に係るバイオフィルムの製造方法は、第1の発明に係るバイオフィルムを製造する方法であって、繭原料から常法で含まれるセリシンを除去する第1工程と、前記第1工程でセリシンが除去された繭原料をフィブロイン溶解液に入れて加熱しフィブロインを溶解させた後、透析してフィブロイン水溶液を得る第2工程と、前記フィブロイン水溶液に水溶性ポリオールを加えて平板の上に膜状に広げる第3工程と、前記平板の上に広げた膜を、相対湿度60%以上、かつ温度30℃以上フィブロインの変性温度未満で不溶化処理を行う第4工程とを有する。
【0008】
第2の発明に係るバイオフィルムの製造方法において、前記第1工程において、0.3〜1%のアルカリ金属塩の水溶液で煮沸して洗浄後、水洗いして前記セリシンを除去するのがよい。
更に、第2の発明に係るバイオフィルムの製造方法において、前記第1工程で使用する前記アルカリ金属液の水溶液は、0.3〜1%の炭酸ナトリウム水溶液であるのがよい。なお、原料繭に含まれるセリシンを除去できるものであれば、その他の水溶液(例えば、マルセル石鹸)であってもよい。
【0009】
前記第2工程において、前記フィブロイン溶解液は、5〜80%のアルカリ金属塩(例えば、塩化リチウム、臭化リチウム、沃化ナトリウム、硝酸リチウム)又はアルカリ土類金属塩(塩化マグネシウム、臭化マグネシウム、硝酸マグネシウム、塩化亜鉛、硝酸亜鉛、塩化カルシウム、硝酸カルシウム)の水溶液であるのが好ましいが、溶解性や安全性を考慮した場合、前記フィブロイン溶解液は、40〜60%の塩化カルシウム水溶液とするのがより好ましい。なお、その他のフィブロイン溶解液として、例えば、銅エチレンジアミンも使用できる。
【0010】
また、第2の発明に係るバイオフィルムの製造方法において、前記第3工程で使用する水溶性ポリオールとしては、例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、グリセリン、ペンタエリストリトール、ソルビット等があるが、グリセリンを使用するのが、蒸気圧が低く乾燥時に膜から失われる量が少ないので好ましい。ここで、グリセリンの添加量は、0.5〜1.5%フィブロイン水溶液に対して0.1〜5%であるのが好ましい。
【0011】
第3工程、第4工程で使用される平板としては、フィブロインと反応しないこと、表面が滑らかであって形成されたフィブロイン膜の剥離がよいことを条件として、通常は透明なポリプロピレン、アクリル等の合成樹脂板を使用するのがよいが、ガラス板等であってもよい。
【発明の効果】
【0012】
請求項1、2記載のバイオフィルムにおいては、水に不溶でかつ微生物の吸着性が優れ、しかも微生物の増殖を確保できる固定化剤として有用である。固定化した菌体は、様々な反応(例えば、バイオレメディエーション、汚染物質の分解等)に利用できる。
特に、請求項3〜7のバイオフィルムの製造方法においては、フィブロインにポリオールを少量加えて乾燥させて不溶化処理をしているので、形成されたフィブロイン膜が水に不溶となる。
【実施例】
【0013】
続いて、添付した図面を参照しつつ、本発明の作用効果を確認するために行った実施例について説明する。
ここに、図1はグリセリンの添加量とフィブロイン膜の不溶化性との関係を示すグラフ、図2はフィブロイン膜に微生物を固定化する方法を示す工程図、図3はフィブロイン膜の菌体接着の状況を示す電子顕微鏡写真、図4、図5は微生物接着の経時変化を示すグラフである。
【0014】
[フィブロイン膜の製造]
蚕のサナギである繭を細かく切断した繭原料を用意し、0.3〜1%(ここでは0.5%)の炭酸ナトリウム(アルカリ金属塩の水溶液の一例)で煮沸し洗浄後水洗いを行い(即ち、精錬し)、含まれるセリシンを除去する。なお、この処理は繭原料に含まれるセリシンを除去するためのものであるから、その他の方法(例えば、特許文献1〜5に記載の方法)であってもよい。
【0015】
次に、セリシンが除去された繭原料をアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩の水溶液の一例である5〜80%、好ましくは40〜60%(実際には、50%)の塩化カルシウム水溶液で1〜2時間煮沸してフィブロインを溶出(溶解)させる。精製水を用いてフィブロインを溶出させた水溶液の透析(脱塩)を2日間行って、0.5〜1.5%(この実験では0.7〜1.0%)のフィブロイン水溶液を得た。
【0016】
このフィブロイン水溶液を必要に応じて6.5〜30g/L(この実験では7〜10mg/mL)に濃縮し、グリセリン(水溶性ポリオールの一例)を加え、平板の一例であるポリプロピレン板に広げて相対湿度(RH)を60%以上にして自然乾燥を20〜72時間程度行って、バイオフィルムとなる厚みが10〜50μmのフィブロイン膜を形成した。フィブロインに対するグリセリンの添加量を変化させた場合のフィブロイン膜の水への不溶解性(以下、「不溶化」という)について調べた結果を表1に示す。この結果から0.1〜5%の添加量に対してはフィブロイン膜が不溶化を示すことが確認された。なお、表1には示していないが、グリセリンが5%を超えると、ポリプロピレン板の上に載せても膜にならないことが確認されている。
【0017】
また、下限値を調べるために、グリセリンの添加量を0〜0.1%とした場合の結果の一部を図1に示す。また、表2は乾燥条件によるフィブロインの不溶化処理の影響を調べたものであるが、相対湿度が60%以上で温度が30℃以上であればフィブロインが不溶化となることを示している。なお、相対湿度が100%に近づくと乾燥に時間がかかるが、フィブロインの不溶化については問題はなかった。また、温度は高くなるとフィブロイン自体が変性するので変性温度未満とした。
【0018】
【表1】

【0019】
【表2】

【0020】
[バイオフィルムについて]
以上の方法で製造したフィブロイン膜がバイオフィルムとして細菌類の培地に使用できることを確認する実験を行った。
使用菌株として、1)MB−1−1(Bacillus属)、2)大腸菌(Escherichia coli XL1 Blue)、3)枯草菌(Bacillus subtilis ISW1214株)、4)エンテロバクタークロアカエ(Enterobacter cloacae)を使用した。
【0021】
使用培地はNB(ニュトリエントブロス)を使用し、前培養として37℃で振とう培養を行い、本培養として、NB培地2mLに対し、菌液300μLを接種し、37℃での静置培養を行った。バイオフィルムとしてフィブロイン膜は1.5cm×1.5cmで厚み約1mmのものを使用した。
フィブロイン膜に固定された微生物の測定には、ATP法(参考文献:細菌バイオフィルム解析法としてのATP測定の意義)、コロニーカウント法(NA培地、参考文献:Food Microbiology24(2007)585−591)で行った。
【0022】
図2は実験の工程図を示すが、NB培地にフィブロイン膜を入れて、72時間培養を行い、次にフィブロイン膜を洗浄し、ボルテックスミキサーに入れて、フィブロイン膜の表面に付着している菌体を剥がした。その結果を表3に示す。
【0023】
【表3】

【0024】
ここで、ブランク(Blank)はフィブロイン膜を全く入れずに培養した場合であり、フィブロイン膜の微生物の固定%は100×(付着菌体)/(付着菌体+浮遊菌体)によって計算した。この実験から、フィブロイン膜へ微生物が固定化されていることが分かる。
なお、図3はフィブロイン膜への微生物(Enterobacter cloacae)の固定状態を示す電子顕微鏡写真(SEM)である。
【0025】
次に、フィブロイン膜への微生物接着の変化を調べた実験結果を図4、図5にその条件と共に示す。図4はそれぞれ3時間、6時間、9時間、12時間、15時間、18時間、24時間、51時間、75時間経過後のフィブロイン膜に付着した菌体サンプリング接着量を、図5は上記結果に更に、1分後のサンプリング接着量を加えた実験結果を示す。
これらの図から、菌体はフィブロイン膜を菌液に入れた後、直ちに接着され、3〜6時間後の飽和値に近づくとその後の変化は殆どないことが確認される。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】グリセリンの添加量とフィブロイン膜の不溶化性との関係を示すグラフである。
【図2】フィブロイン膜に微生物を固定化する方法を示す工程図である。
【図3】フィブロイン膜の菌体接着の状況を示す電子顕微鏡写真である。
【図4】微生物接着の経時変化を示すグラフである。
【図5】微生物接着の経時変化を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水に対して不溶化処理をしたフィブロイン膜からなることを特徴とするバイオフィルム。
【請求項2】
細菌類の培地として使用することを特徴とする請求項1記載のバイオフィルム。
【請求項3】
請求項1又は2記載のバイオフィルムを製造する方法であって、繭原料から常法で含まれるセリシンを除去する第1工程と、前記第1工程でセリシンが除去された繭原料をフィブロイン溶解液に入れて加熱しフィブロインを溶解させた後、透析してフィブロイン水溶液を得る第2工程と、前記フィブロイン水溶液に水溶性ポリオールを加えて平板の上に膜状に広げる第3工程と、前記平板の上に広げた膜を、相対湿度60%以上、かつ温度30℃以上フィブロインの変性温度未満で不溶化処理を行う第4工程とを有することを特徴とするバイオフィルムの製造方法。
【請求項4】
前記第1工程において、0.3〜1%のアルカリ金属塩の水溶液で煮沸して洗浄後、水洗いして前記セリシンを除去することを特徴とする請求項3記載のバイオフィルムの製造方法。
【請求項5】
前記第2工程において、前記フィブロイン溶解液は、5〜80%のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩の水溶液であることを特徴とする請求項3又は4記載のバイオフィルムの製造方法。
【請求項6】
前記フィブロイン溶解液は40〜60%の塩化カルシウム水溶液であることを特徴とする請求項5記載のバイオフィルムの製造方法。
【請求項7】
前記水溶性ポリオールはグリセリンであって、グリセリンの添加量は、0.5〜1.5%の前記フィブロイン水溶液に対して0.1〜5%であることを特徴とする請求項3〜6のいずれか1記載のバイオフィルムの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2009−225737(P2009−225737A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−76261(P2008−76261)
【出願日】平成20年3月24日(2008.3.24)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、文部科学省、地域科学技術振興事業委託研究(知的クラスター創世事業第II期)、産業力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(802000031)財団法人北九州産業学術推進機構 (187)
【Fターム(参考)】