説明

バイオ燃料電池

【課題】長時間に亘って優れた発電能力を発揮できる新規なバイオ燃料電池の提供。
【解決手段】酵素を触媒とする電極を有するバイオ燃料電池であって、前記酵素が、シュードモナス菌やバチルス菌などのニトロ化合物を酸化還元する能力を有する微生物から取得した酸化還元酵素であると共に、前記電極に供給する燃料として前記ニトロ化合物の溶液またはガスあるいはその燃焼ガスを用いる。これによって、長期間に亘って優れた発電能力を発揮できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主にトリニトロトルエン(TNT)やジニトロフェノール(DNT)などのニトロ化合物を燃料として用いることができるバイオ燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
次世代の電源として注目されている燃料電池のうち、糖やアルコールなどからエネルギーを取りだす生体システムを応用した燃料電池(以下、「バイオ燃料電池」と称す。)が知られている。
【0003】
このバイオ燃料電池は、酵素の働きによりブドウ糖などの糖分を分解し、電気エネルギーを取り出すものである。そのため、このバイオ燃料電池は、例えば血液中の糖分を利用したペースメーカーや人体内部で動くマイクロロボットなどの他に携帯機器やノートパソコンの電源などへの応用が期待されている。
このバイオ燃料電池は、例えばぶどう糖(C12)を分解する酵素(グルコースデヒドロゲナーゼ、ジアホラーゼなど)と電子伝達物質を固定化した電極(アノード:負極)と、酸素(O)を還元する酵素(ビリルビンオキシダーゼなど)と電子伝達物質を固定化した電極(カソード:正極)とをセパレーターを挟んだ構造となっている。
【0004】
そして、アノード側では、以下の化学式(1)に示すように外部からぶどう糖(C12)の水溶液を取り込み、取り込んだぶどう糖を酵素によって酸化分解(6O)する際に電子(24e)と水素イオン(24H)を取り出す。取り出された水素イオン(24H)はセパレーターを介してアノード側からカソード側に移動する。カソード側では、以下の化学式(2)に示すように空気中の酸素(O)を取り込み、電子(24e)と水素イオン(24H)による還元反応によって水(12HO)が生成される。
【0005】
この一連の電気化学反応によって以下の化学式(3)に示すように炭酸ガス(6CO)と水(6HO)が生成されると共に、取り出された電子(24e)が外部回路を移動する際に電気エネルギーが取り出されることになる。
【0006】
酸化反応:C12+6O→6CO+24H+24e…(1)

ΔG=−26kJ/mol、Ea=−0.01V
還元反応:6O+24H+24e→12HO…(2)
ΔG=−2846kJ/mol、Ec=1.23V

Ec−Ea=1.24V
全反応 :C12+6O→6CO+6HO…(3)
また、以下の特許文献1には、天然ガスやメタノールなどから水素を生成する水素生成菌を用いたバイオ燃料電池が開示されている。また、以下の特許文献2には、バイオマスを分解して電子を取り出す作用を有する微生物や酵素などを生体触媒として用いた生物燃料電池が開示されている。また、以下の特許文献3には、シアノバクテリアなどの光合成微生物を用いたバイオ燃料電池が開示されている。また、以下の特許文献4および5には、グルコースデヒドロゲナーゼやジアホラーゼ、ピリルピンオキシターゼなどの酵素を用いたバイオ燃料電池が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−324005号公報
【特許文献2】特開2007−287542号公報
【特許文献3】特開2006−190502号公報
【特許文献4】特開2009−49012号公報
【特許文献5】特開2008−270206号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、前述したような従来提案されているバイオ燃料電池にあっては、燃料としてアルコール燃料や砂糖水などの液体燃料を用いるものが殆どであるため、液漏れや発火、電気回路のショートなどを招くおそれがある。
【0009】
また、従来のバイオ燃料電池の発電能力は一般に1cm当たりの出力換算で数μWが限界とされている。そのため、例えば携帯型音楽プレーヤーなどの電源として必要な数十mWの出力を得るためには、例えば4cmのセルを少なくとも2つ以上組み合わせなければならず、携帯性が犠牲になる。
【0010】
さらに、長期間に亘って安定した出力を得るためには、燃料のみならず定期的に酵素の補充が必要となるが、従来のバイオ燃料電池では、その作業が容易でない。
【0011】
そこで、本発明はこの課題を解決するために案出されたものであり、その目的は、液漏れや発火、電気回路のショートなどを回避可能な新規なバイオ燃料電池を提供するものである。また、本発明の他の目的は、従来のバイオ燃料電池の出力を上回る高い出力を発揮できる新規なバイオ燃料電池を提供するものである。さらに、本発明の他の目的は、燃料のみならず酵素も容易に補充可能な新規なバイオ燃料電池を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記課題を解決するために第1の発明は、
酵素を触媒とする電極を有するバイオ燃料電池であって、前記酵素が、ニトロ化合物を酸化還元する能力を有する微生物から取得した酸化還元酵素であると共に、前記電極に供給する燃料として前記ニトロ化合物の溶液または前記ニトロ化合物のガスあるいは前記ニトロ化合物の燃焼ガスを用いることを特徴とするバイオ燃料電池である。
【0013】
また、第2の発明は、
第1の発明において、前記微生物は、シュードモナス菌(Pseudomonas sp.36D)またはバチルス菌(Bacillus sp.10B、Bacillus sp.41E、Bacillus sp.16E)のいずれかであることを特徴とするバイオ燃料電池である。
また、第3の発明は、
第1または第2の発明において、前記ニトロ化合物は、2,4,5−トリニトロトルエン、2,3−ジニトロトルエン、2,4−ジニトロトルエン、2,6−ジニトロトルエン、3,4−ジニトロトルエン、o−ニトロフェノール、p−ニトロフェノール、m−ニトロフェノールのいずれかであることを特徴とするバイオ燃料電池である。
また、第4の発明は、
第1〜第3の発明において、前記酵素を触媒とする電極は、直接電子移動型(DET)酵素機能電極反応方式、またはメディエータ(MET)型酵素機能電極反応方式であることを特徴とするバイオ燃料電池である。
また、第5の発明は、
第1〜4の発明において、前記電極に供給する前記ニトロ化合物の溶液または前記ニトロ化合物のガスあるいはニトロ化合物の燃焼ガスの温度を20℃〜45℃にすることを特徴とするバイオ燃料電池である。
また、第6の発明は、
第1〜5の発明において、前記電極に供給する前記ニトロ化合物の溶液の水素イオン濃度をpH6.0〜8.2にすることを特徴とするバイオ燃料電池である。
また、第7の発明は、
第1〜6の発明において、前記酵素としてバチルス菌(Bacillus sp.10B、Bacillus sp.41E、Bacillus sp.16E)から産生される酵素を用いると共に、前記電極に供給する前記ニトロ化合物としてトリニトロトルエンまたは3,4−ジニトロトルエンを用いることを特徴とするバイオ燃料電池である。
また、第8の発明は、
第1〜7の発明において、前記酵素としてシュードモナス菌(Pseudomonas sp.36D)から産生される酵素を用いると共に、前記電極に供給する前記ニトロ化合物として2,3−ジニトロトルエン、2,4−ジニトロトルエン、3,4−ジニトロトルエン、m−ニトロフェノールのいずれかを用いることを特徴とするバイオ燃料電池である。
また、第9の発明は、
第1〜8の発明において、ケーシング内に、その内部を2つの空間に仕切るようにセパレーターを設け、当該セパレーターの片面には燃料極となるアノード電極を設けると共にその反対面に空気極となるカソード電極を設け、
前記アノード電極に、前記ニトロ化合物を酸化還元する能力を有する微生物から取得した酸化還元酵素と前記ニトロ化合物の溶液またはガスを供給することを特徴とするバイオ燃料電池である。
また、第10の発明は、
発明9において、前記ケーシングに、前記ニトロ化合物の溶液と前記酸化還元酵素との補給液を注入するための注入口を設けたことを特徴とするバイオ燃料電池である。
また、第11の発明は、
発明9または10において、前記ケーシングを板状またはフィルム状に形成し、当該ケーシングを複数積層又は直列に接続してなることを特徴とするバイオ燃料電池である。
【0014】
このような構成をした本発明のバイオ燃料電池によれば、後述する実施例で実証されるように、例えば1cm当たり平均3〜5mmWの出力が得られ、従来のバイオ燃料電池の出力を大きく上回る高い出力を発揮できる。
【0015】
さらに、本発明のバイオ燃料電池によれば、同じく後述する実施例で実証されるように、短時間の燃料および酵素の供給のみで長時間に亘って優れた発電性能を維持できる。
すなわち、本発明者は酵素センサーの研究を実施している際にある特定の微生物がニトロ化合物の燃焼ガスに引き寄せられて集団化する現象を目撃し、この微生物から抽出した酵素を用いて酸化還元作用を行わせるための電極を用いた燃料電池開発の発想に至ったものである。そして、この知見に基づき鋭意研究検討を行ったところ、前述したように従来のバイオ燃料電池は、アルコール又はセルロースを燃料とし、アルコール酵素を電極として用いるものが殆どであり、ニトロ化合物の燃焼ガスを燃料として用いるようなものは皆無であった。また、現状においてもジニトロフェノールの燃焼ガスの分解に用いる特定の活性化酵素の選別およびその培養技術などは全く未着手の分野であることが判明している。
ここで、本発明のバイオ燃料電池の燃料として用いることができるニトロ化合物のうち、2,4,5−トリニトロトルエン(2,4,5−trinitrotoluene:TNT:分子式(分子量)C(227.1))とは、以下の構造式(1)で示されるようにトルエンのフェニル基の水素のうち3つをニトロ基で置換した既知の化学物質である。
【0016】
【化1】

そして、この2,4,5−トリニトロトルエンの燃焼ガスは、以下の化学式(4)で示すように窒素と水と一酸化炭素とカーボンとの混合ガスとなる。
【0017】
2C→3N+5HO+7CO+7C…(4)
一方、2,3−ジニトロトルエン(2,3−dinitrotoluene:DNT:分子式(分子量)C(182.1))、2,4−ジニトロトルエン(2,4−dinitrotoluene)、2,6−ジニトロトルエン(2,6−dinitrotoluene)、3,4−ジニトロトルエン(3,4−dinitrotoluene)は、それぞれそれぞれ以下の構造式(2)〜(5)で示されるようにトルエンの水素が2個のニトロ基で置き換わった構造を持つ構造異性体である。
【0018】
【化2】

【0019】
【化3】

【0020】
【化4】

【0021】
【化5】

また、o−ニトロフェノール(o−nitrophenol(2−nitrophenol))、m−ニトロフェノール(m−nitrophenol(3−nitrophenol))、p−ニトロフェノール(p−nitrophenol(4−nitrophenol))は、それぞれ以下の構造式(6)〜(8)で示されるように、ベンゼン環にヒドロキシ基(水酸基)−OHとニトロ基−NOがついた化合物で、ニトロ基の置換位置によりo(オルト)-、m(メタ)-、p(パラ)-ニトロフェノールの三異性体である。
【0022】
【化6】

【0023】
【化7】

【0024】
【化8】

また、本発明の燃料となるニトロ化合物としては、上記以外に次のものを用いることもできる。すなわち、CNQX(6−シアノ−7−ニトロキノキサリン−2,3−ジオン)、FOX−7(FOI Explosive:C)、エチレンジニトラミン(ethylenedinitramine)、オクタニトロキュバン(octanitrocubane)、ジアゾジニトロフェノール(diazodinitrophenol)、ジアミノジニトロベンゾフロキサン(diaminodinitrobenzofuroxan)、ジニトロイミダゾール(Dinitroimidazoles)、ジニトロジメチルオキサミド、ジニトロジメチルスルファミド、ジメチルジニトロブタン(2,3−dimethyl−2,3−dinitrobutane)、テトラニトロメタン(tetranitromethane)、テトリル(tetryl)、トリアミノトリニトロベンゼン(triaminotrinitrobenzene)、トリシネート(tricinate)、トリニトロアゼチジン(Trinitroazetidine)、トリニトロアセトニトリル (trinitroacetonitrile)、トリニトロアニソール(trinitroanisole)、トリニトロアニリン(Trinitroaniline)、トリニトロ安息香酸(trinitrobenzoic acid)、トリニトロトリアジドベンゼン(trinitrotriazidobenzene)、トリニトロフェネトール、トリニトロベンゼン(trinitrobenzene)、トリニトロメタン(trinitromethane)、トリメチレントリニトロアミン、p−ニトロアニリン、ニトログアニジン (nitroguanidine)、p−ニトロトルエン、m−ニトロトルエン、o−ニトロトルエン、1−ニトロナフタレン(1−nitronaphthalene)、ニトロベンゼン(nitrobenzene)、ニトロメタン(nitromethane)、ニフェジピン(nifedipine)、パラチオン(Parathion)、ピクリン酸、フリルフラマイド、ヘキサニトロスチルベン(hexanitrostilbene)、ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン(Hexanitrohexaazaisowurtzitane)、ヘキサニトロベンゼン(hexanitrobenzene)、ヘプタニトロキュバン(Heptanitrocubane)、ペンタニトロアニリン(pentanitroaniline)、メチルパラチオン(Methyl Parathion)、o−ニトロベンジル基(o−nitrobenzyl group)などの公知のニトロ化合物を用いることができる。
【0025】
また、これらのニトロ化合物を酸化する能力を有する酵素を産生する微生物は、シュードモナス菌(Pseudomonas sp.36D)またはバチルス菌(Bacillus sp.10B、Bacillus sp.41E、Bacillus sp.16E)のいずれかの土壌菌であり、土壌中から公知のスクリーニング手法によって選択的に分離取得することができる。特に、前述したようなニトロ化合物を原料とする爆発物の実験場や演習場などの土壌中に多く生息し、爆発地点の土壌や飛散した破片の近傍などにコロニーを形成して存在することが多い。そして、これらの微生物から産生された酵素は前記ニトロ化合物と特異的に反応する。
一方、これらの微生物から産生された酵素を触媒として用いる電極は、直接電子移動型(DET)酵素機能電極反応方式、またはメディエータ(MET)型酵素機能電極反応方式が好ましい。直接電子移動型(DET)酵素機能電極反応方式とは、酵素を電極触媒として電極上に直接吸着させて電極と基質との間で電子授受を行う方式である。これに対し、メディエータ(MET)型酵素機能電極反応方式とは、電子伝達メディエータと呼ばれる低分子酸化還元物質を酵素と電極との間に介在させ、この電子伝達メディエータを介して電極と基質との間で電子授受を行う方式である。
【発明の効果】
【0026】
本発明のバイオ燃料電池によれば、燃料としてニトロ化合物の溶液またはその燃焼ガスを用いることから液漏れや発火、電気回路のショートなどを回避することができる。また、従来のバイオ燃料電池の出力を大きく上回る高い出力を発揮できる。さらに、短時間の燃料供給のみで長時間発電性能を維持できる。また、自然界に存在する微生物から抽出した酵素を電極として用いるため、環境に対する悪影響がない、などといった優れた効果を発揮できる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明に係るバイオ燃料電池の実施の一形態を示す構成図である。
【図2】10B粗酵素液の相対活性値(%)とTNT基質液のpHとの関係を示したグラフ図である。
【図3】10B粗酵素液の相対活性値(%)と反応温度との関係を示したグラフ図である。
【図4】本発明に係るバイオ燃料電池の発展形を示す構成図である。
【図5】本発明に係るバイオ燃料電池の発展形を示す構成図である。
【図6】本発明に適用可能な燃料補給器400の一例を示す構成図である。
【図7】燃料補給器400にセットされて用いられる注入棒500の一例を示す構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
次に、本発明の実施の形態を添付図面を参照しながら説明する。
(燃料電池の具体的構成)
図1は、本発明に係るバイオ燃料電池100の全体構成図である。
【0029】
図示するようにこのバイオ燃料電池100は、セル状のケーシング10内に、その内部を2つの空間に仕切るようにセパレーター20が設けられている。また、このセパレーター20の片面には燃料極となるアノード30が設けられていると共に、その反対面には空気極となるカソード40が設けられている。そして、このアノード30とカソード40間には、導電部材50,50を介して負荷部60が設けられている。
【0030】
また、このセパレーター20で区画したケーシング10内の燃料室70には、燃料となる基質を導入する導入口71と、反応ガスを排気する排気口72とが設けられている。また、同じくセパレーター20で区画したケーシング10内の空気室80には、酸素(空気)などの酸化剤を導入する吸気口81と、水蒸気を排気する排気口82とが設けられている。
アノード30は、燃料室70および空気室80にそれぞれ供給された燃料および空気を酸化還元するための触媒電極であり、少なくともアノード30には、前述したような2,4,5−トリニトロトルエン、2,3−ジニトロトルエン、2,4−ジニトロトルエン、2,6−ジニトロトルエン、3,4−ジニトロトルエン、o−ニトロフェノール、p−ニトロフェノール、m−ニトロフェノールなどのニトロ化合物からなる燃料(基質)を酸化還元する能力を有する微生物から抽出した酵素を保持した電子伝達物質から構成されている。例えば、このアノード30は、この電子伝達物質として導電性の炭素繊維を積層したシート状の担体に、前記ニトロ化合物を酸化還元する能力を有する微生物から抽出した酵素(以下、「酸化還元酵素」)を直接(DET方式)あるいは電子伝達メディエータを介して(MET方式)担持させることで製造することができる。
【0031】
なお、このアノード30に対する酸化還元酵素の担持方法としては特に限定されるものでなく、例えば定期的に前記微生物から取得した取得粗酵素液中にアノード30を浸漬させたりする方法がある。また、この酸化還元酵素は所定時間経過すると活性を失ってしまうことから、例えば、後述するように燃料液と共に新しい乾燥酵素を定期的に補充することが望ましい。
【0032】
また、この導電性の炭素繊維として、カーボンペーパーやカーボンクロスなどを用いれば、前記微生物から抽出した酵素と燃料ガスとの接触面積を増加させることができる。また、グラファイト、カーボンブラック、活性炭等の導電性炭素質からなるものや金、チタン等の金属からなるものを用いることができる。また、カソードにおける電極反応を妨害する不純物による影響を回避するために、ジメチルポリシロキサン等の酸素選択性の膜をカソード電極の周囲に配置してもよい。
【0033】
一方、このアノード30と対をなすカソード40としては、特に限定されるものでなく一般的な燃料電池用の材料、例えば、酸化剤の還元反応に有効な触媒である白金や白金合金等、燃料電池において一般的に用いられている電極触媒をグラファイト、カーボンブラック、活性炭のような炭素質材料、又は金、チタン等からなる導電体に担持させたものや、白金や白金合金等の電極触媒そのものからなる導電体を用いることができる。
セパレーター20は、例えば固体高分子からなる絶縁性イオン交換膜やプロトン伝導膜などの従来公知のものを用いることができる。このようなセパレーター20をアノード30とカソード40との間に介在させることによって両電極の絶縁を行うと共に、両電極間に電気的な勾配を形成することができる。この構成により図1に示すように、プロトン(H)は両電極を透過すると共に、電子(e)はアノード30からカソード40に負荷部60を介して移動することができる。
(作用)
次に、このような構成をした本発明のバイオ燃料電池100の作用を説明する。
図1に示すように、燃料室70に導入されたトリニトロトルエン(TNT)の溶液またはガスあるいは燃焼ガス(2C→3N+5HO+7CO+7C)がアノード側基質としてアノード30に保持された酸化還元酵素に接触すると、その酸化還元酵素の触媒作用によってそのトリニトロトルエン(TNT)を酸化分解する。これによって電子(e)が抽出されると共にプロトン(H)が放出される。そして、この電子(e)が導電線5,5を介してカソード40側に移動することで発電が行われる。
【0034】
一方、この電子抽出と同時に放出されるプロトン(H)は、濃度勾配により絶縁性イオン交換膜からなるセパレーター20を通過してカソード40側に移動する。カソード40側では、電子(e−)、プロトン(H+)と、空気中の酸素(O)や過酸化水素等の酸化剤(カソード側基質)とが反応し、水(HO)が生成される。この水はそのまま空気と共に空気室80から排出されるが、その一部は浸透圧により燃料室70側に移動する際にセパレーター20のプロトン透過性を維持するための保湿に利用される。
【0035】
なお、この燃料室70に導入する燃料(アノード側基質)として、トリニトロトルエンの代わりにあるいはトリニトロトルエンと共に、2,3−ジニトロトルエン(2,3−dinitrotoluene:DNT:分子式(分子量)C(182.1))、2,4−ジニトロトルエン(2,4−dinitrotoluene)、2,6−ジニトロトルエン(2,6−dinitrotoluene)、3,4−ジニトロトルエン(3,4−dinitrotoluene)、o−ニトロフェノール(o−nitrophenol(2−nitrophenol))、m−ニトロフェノール(m−nitrophenol(3−nitrophenol))、p−ニトロフェノール(p−nitrophenol(4−nitrophenol))の溶液やガスあるいはその燃焼ガスを用いても同様な作用を発揮することができる。
【0036】
次に、本発明で用いることができる酸化還元酵素の基質(燃料)となるこれらニトロ化合物と、この酸化還元酵素の活性値などの関係について説明する。
先ず以下の表1は、本発明で用いることができる酸化還元酵素の各ニトロ化合物(基質)に対する相対活性値(%)を示したものである。なお、この酸化還元酵素を他の夾雑物と共に含む液体(以下、「粗酵素液」という)を構成する具体的な酵素としては、シュードモナス菌(Pseudomonas sp.36D)および3種類のバチルス菌(Bacillus sp.10B、Bacillus sp.41E、Bacillus sp.16E)からそれぞれ産生されるものを用いた。
【0037】
【表1】

表1によれば、先ずBacillus sp.10Bから取得した粗酵素液(以下、「10B粗酵素液」という)は、トリニトロトルエンの溶液(以下、「TNT基質液」という)に対する活性値を基準(100)とした各ニトロ化合物の相対活性値のうち、3,4−ジニトロトルエンの溶液(以下、「3,4−DNT基質液」という)が67.0%であり、TNT基質液に次ぐ高い活性値を示した。これに対し、他のジニトロトルエンおよびニトロフェノールは、いずれも低い活性値であった。
【0038】
次に、Bacillus sp.16Eから取得した粗酵素液(以下、「16E粗酵素液」という)は、3,4−DNT基質液の相対活性値がTNT基質液より上回っており(115.4%)、また、他のジニトロトルエンおよびニトロフェノールの相対活性値のいずれも10B粗酵素液よりも高かった。また、Bacillus sp.41Eから取得した粗酵素液(以下、「41E粗酵素液」という)は、10B粗酵素液とほぼ同様な相対活性値を示した。
【0039】
これに対し、Pseudomonas sp.36Dから取得した粗酵素液(以下、「36D粗酵素液」という)の場合は、いずれも優れた相対活性値を示し、特に、3,4−DNT、2,3−DNT、2,4−DNT、m−NPの各基質液にあっては、TNT基質液の約1.5〜2.0倍の活性値を発揮した。
【0040】
これらの結果からアノードに供給する燃料(基質)としてTNTを用いる場合は、10B粗酵素液またはこの酵素液から得られる乾燥酵素を用いることが望ましく、また、DNTを用いる場合は、36D粗酵素液またはこの酵素液から得られる乾燥酵素を用いることが望ましいことが分かる。
【0041】
次に、以下の表2は、10B粗酵素液の各pH(水素イオン濃度)のTNT基質液での活性値を示したものである。また、図2は、この10B粗酵素液の相対活性値(%)とTNT基質液のpHとの関係をグラフ化したものである
【0042】
【表2】

表2および図2からも分かるように、TNT基質液のpHが約6.0〜8.2の範囲で高い活性値を示し、特にpH7.0〜7.4付近のときが最も高い活性値を示しているのが分かる。この結果から、アノードに供給する燃料(基質)としてTNT基質液を用いる場合には、その水素イオン濃度を約pH7.0前後に維持しておけば、最大の活性値を得られることが分かる。
【0043】
次に、以下の表3および図3は、10B粗酵素液の相対活性値(%)と反応温度との関係を示したものである。
【0044】
【表3】

同図からも分かるように、10B粗酵素液の場合、約20℃〜40℃の範囲で高い活性値を示し、特に約30℃前後のときが最も高い活性値を示しているのが分かる。この結果から、アノードに供給する燃料(基質)としてTNT基質液を用いる場合には、その温度を約30℃前後に維持しておけば、最大の活性値を得られることが分かる。
(効果)
本発明のバイオ燃料電池によれば、以下に示すような優れた効果を発揮する。
(1)燃料としてニトロ化合物の溶液の他に、そのガスまたは燃焼ガスを用いることができることから液漏れや発火、電気回路のショートなどを回避することができる。
(2)従来のバイオ燃料電池の出力を大きく上回る高い出力を発揮できる。
(3)短時間の燃料および酵素の供給のみで長時間に亘って優れた発電性能を維持できる。
(4)自然界に存在する微生物から抽出した酵素を電極として用いるため、環境に対する悪影響がない。
【0045】
そして、このような効果を発揮することにより、本発明のバイオ燃料電池は、携帯電話の電池やマイクロロボットの電源として使用が可能となる。また、体内埋め込み型電池および人工臓器の動力源として使用が可能である。さらに応用技術としてバイオセンサへの使用が可能である。
【0046】
また、携帯電話用電源として利用した場合には、経済的に大きな利益が見込まれる。つまり、現状、携帯電話の普及率は国内だけでも75%以上あり、その台数も1億数千万台と予想される。これらに使用されるリチウム電池を仮に本開発中の電池に10%程度でも変更されると、充電時間の短縮や使用済みの電池を回収し、処理するための費用の減少や販売個数による多大な利益が見込まれる。また、環境汚染の心配も必要としない。なお、電極に金属を用いた場合はリサイクルし、酵素などの残骸は自然界に遺棄することが出来る。
(他の実施の形態)
前記実施の形態では、セル状のケーシング10を用いて構成したが、アノード30およびカソード40に対して直接燃料や空気を供給するようにすれば、ケーシング10を薄板状またはフィルム状に薄くすることが出来る。
【0047】
そして、このようにケーシング10を薄板状またはフィルム状にすれば、電池全体を薄くすることが出来るため、狭いスペースに多数の電池を組み込むことが可能となり、長時間に亘って高い出力を発揮することができる。すなわち、図4に示すように薄板状またはフィルム状にしたバイオ燃料電池100を複数積層または直列に連結し、各ケーシング10間を電極接続ライン110や燃料供給ライン120で接続すれば、高出力のバイオ燃料電池を得ることが出来る。
【0048】
さらに、このように薄板状またはフィルム状にしたバイオ燃料電池100を複数積層したものを図5に示すようにユニット化し、これら各ユニットを必要に応じて連結するようにすれば、よりコンパクトで高出力のバイオ燃料電池を得ることが出来る。図5の例は、メス型ユニット200およびオス型ユニット300といった2種類のユニットを形成し、これら各ユニット200,300間をそれぞれの表面に形成したメス型ソケット210およびオス型ソケット310によって物理的および電気的に接続することで必要な数を所望のパターンで組み合わせて用いることが出来る。
【0049】
また、図6は、本発明のバイオ燃料電池100に適用可能な燃料補給器400の一例を示したものである。この燃料補給器400は、フランジ410を備えた筒状のホルダー450内に、図7に示すような注入棒500を複数装着しておき、ホルダー450の一端に設けたノックバー440を押し込むことで注入棒500のノックを押し出し、その注入棒500に充填した燃料液と乾燥酵素とをその注入口からノズル430を介してバイオ燃料電池100に供給する。
【0050】
これによって、新たな燃料の補給と同時に、活性が低下した古い酵素に代えて新しい酵素を迅速且つ簡単、確実に補給することが可能となる。
【0051】
なお、このようにしてある注入棒500から燃料と酵素の供給が終了したならば、ダイヤル420,420を回転し、新しい燃料棒500をノックバー440とノズル430間にセットするだけで、直ぐに新しい燃料棒500から新しい燃料と酵素を別のバイオ燃料電池100に供給することもできる。特に、図4などに示したように複数のバイオ燃料電池100を連結してユニット化したような形態の場合は、このような燃料補給器400を用いれば、全てのバイオ燃料電池100に対して短時間で燃料と酵素の補給を行うことができる。
【符号の説明】
【0052】
100…バイオ燃料電池
110…電極連結ライン
120…燃料連結ライン
200…メス型ユニット
210…メス型ソケット
300…オス型ユニット
310…オス型ソケット
400…燃料補給器
410…フランジ
420…ダイヤル
430…ノズル
440…ノックバー
450…ホルダー
500…注入棒
10…ケーシング
20…セパレーター
30…アノード(燃料極)
40…カソード(空気極)
50…導電部材
60…負荷部
70…燃料室
71…導入口
72…排気口
80…空気室
81…吸気口
82…排気口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵素を触媒とする電極を有するバイオ燃料電池であって、
前記酵素が、ニトロ化合物を酸化還元する能力を有する微生物から取得した酸化還元酵素であると共に、前記電極に供給する燃料として前記ニトロ化合物の溶液または前記ニトロ化合物のガスあるいは前記ニトロ化合物の燃焼ガスを用いることを特徴とするバイオ燃料電池。
【請求項2】
請求項1に記載のバイオ燃料電池において、
前記微生物は、シュードモナス菌(Pseudomonas sp.36D)またはバチルス菌(Bacillus sp.10B、Bacillus sp.41E、Bacillus sp.16E)のいずれかであることを特徴とするバイオ燃料電池。
【請求項3】
請求項1または2に記載のバイオ燃料電池において、
前記ニトロ化合物は、2,4,5−トリニトロトルエン、2,3−ジニトロトルエン、2,4−ジニトロトルエン、2,6−ジニトロトルエン、3,4−ジニトロトルエン、o−ニトロフェノール、p−ニトロフェノール、m−ニトロフェノールのいずれかであることを特徴とするバイオ燃料電池。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のバイオ燃料電池において、
前記酵素を触媒とする電極は、直接電子移動型(DET)酵素機能電極反応方式、またはメディエータ(MET)型酵素機能電極反応方式であることを特徴とするバイオ燃料電池。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のバイオ燃料電池において、
前記電極に供給する前記ニトロ化合物の溶液または前記ニトロ化合物のガスあるいは前記ニトロ化合物の燃焼ガスの温度を20℃〜45℃にすることを特徴とするバイオ燃料電池。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のバイオ燃料電池において、
前記電極に供給する前記ニトロ化合物の溶液の水素イオン濃度をpH6.0〜8.2にすることを特徴とするバイオ燃料電池。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載のバイオ燃料電池において、
前記酵素としてバチルス菌(Bacillus sp.10B、Bacillus sp.41E、Bacillus sp.16E)から産生される酵素を用いると共に、前記電極に供給する前記ニトロ化合物としてトリニトロトルエンまたは3,4−ジニトロトルエンを用いることを特徴とするバイオ燃料電池。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のバイオ燃料電池において、
前記酵素としてシュードモナス菌(Pseudomonas sp.36D)から産生される酵素を用いると共に、前記電極に供給する前記ニトロ化合物として2,3−ジニトロトルエン、2,4−ジニトロトルエン、3,4−ジニトロトルエン、m−ニトロフェノールのいずれかを用いることを特徴とするバイオ燃料電池。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載のバイオ燃料電池において、
ケーシング内に、その内部を2つの空間に仕切るようにセパレーターを設け、当該セパレーターの片面には燃料極となるアノード電極を設けると共にその反対面に空気極となるカソード電極を設け、
前記アノード電極に、前記ニトロ化合物を酸化還元する能力を有する微生物から取得した酸化還元酵素と前記ニトロ化合物の溶液またはガスを供給することを特徴とするバイオ燃料電池。
【請求項10】
請求項9に記載のバイオ燃料電池において、
前記ケーシングに、前記ニトロ化合物の溶液と前記酸化還元酵素との補給液を注入するための注入口を設けたことを特徴とするバイオ燃料電池。
【請求項11】
請求項9または10に記載のバイオ燃料電池において、
前記ケーシングを板状またはフィルム状に形成し、当該ケーシングを複数積層又は直列に接続してなることを特徴とするバイオ燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−54291(P2011−54291A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−199406(P2009−199406)
【出願日】平成21年8月31日(2009.8.31)
【出願人】(306024148)公立大学法人秋田県立大学 (74)
【Fターム(参考)】