説明

バイリング新菌株

【課題】培養期間がエリンギと同程度の40日以内であっても確実に発生するバイリングの新菌株を提供すること。
【解決手段】栽培期間が長くて発生の不安定なバイリングを、栽培期間が大幅に短くて発生が確実なバイリングに改良し得た、Pleurotus sp. AFRL 6511(FERM P-21000)、6515(FERM P-21003)、6572(FERM P-21050) および6575(FERM P-21051)菌株を含む、培養期間が40日以内でも確実に発生するバイリング(Pleurotus eryngii var. tuoliensis)新菌株を提供する。

【発明の詳細な説明】
【発明の背景】
【0001】
発明の分野
本発明は、栽培期間が長くて発生の不安定なバイリングを、栽培期間が大幅に短くて発生が確実なバイリングに改良し得たバイリング新菌株に関する。
【0002】
背景技術
バイリング(白霊グ;白霊側耳とも言う:学名 Pleurotus eryngii (D.C.:Fr.) Quel. var. tuoliensis Mou.) は中国原産のヒラタケ属のきのこで、広義のエリンギに属するきのこである。このきのこは、肉の硬さが丁度良くて口当たりが良好で、食感の良いきのこであることから、中国では高級食材と認められており、また、日本国内での生産も始まっている。このきのこは、全体が純白色で、傘は手掌形から馬蹄形で径4〜13cm、中央部は平または凸型、柄は長さ3〜4cm、側生または稀に偏生する。このきのこの栽培期間は長く、エリンギの約2倍である。通常、22〜26℃で90日間程度培養後、15日間程度の低温処理を行い、菌掻きをして生育させるが、生育には20日間程要するので、総栽培期間は120日以上必要であった(例えば、非特許文献1参照)。栽培期間が長いということは、製造コストの上昇に繋がり、よって、従来より、バイリングの大幅な栽培期間の短縮が求められていた。
【非特許文献1】Proceedings of China (Guang Shui) symposium on standarization production for edible mushroom & production fair for rare mushroom (Pleurotus nebrodensis), Edible Fungi Society of China, 2005.
【発明の概要】
【0003】
本発明者は、培養期間がエリンギと同程度の40日以内としても確実に発生し、総栽培期間を75日以内に設定できるバイリング新菌株の取得を主な目的とし、該目的に即して鋭意研究を重ねたところ、栽培期間の特に短い株を育成するには、まず、生育自体が特に良い株を選抜することが必要であり、そのためにはその選抜を、一次菌糸および二次菌糸の状態の両方に対して実施する必要があり、更に、栽培特性を反復調査して選抜する必要があろうと思考するに至った。よって、本発明者は、まず、多数のバイリングの系統を収集し、これらを栽培して、その栽培きのこの胞子より、一次菌糸を多数得て、この中でも生育の特に良い一次菌糸株を選抜した。更に、これらの株間の交配を行い、多数の二次菌糸を得て、この内特に生育の良い株を選抜し、これら選抜二次菌糸の栽培試験で、実際に生育・熟成が早くて形質の優れた菌株を選抜した。これら選抜株につき、各種環境下で反復栽培試験を行ったところ、形質の安定した、目的とする菌株の創製が可能であることがわかった。
【0004】
本発明者は、上記の知見に即して更に鋭意研究を重ねた結果、これまで培養に90日間程もかかり、総栽培期間が120日以上も要していた従来のバイリングに比べて、培養期間が40日以内で、総栽培期間が75日以内でも栽培可能であるバイリングの改良菌株の創製が可能であることを確認し、即ち、このようにして作出した菌株は、発生が確実であるばかりでなく、きのこの品質・収量とも従来の品種以上のものであることを確認し、このようにして得られた4つの菌株を、短期発生株AFRL 6511、6515、6572、6575と命名した。これらの菌株により、バイリングの栽培・製造コストの大幅な低下という従来からの課題を、正に、解決し得、本発明を完成するに至った。
【0005】
すなわち、本発明は、第一義的に、培養期間が40日以内でも確実に発生するバイリング(Pleurotus eryngii var. tuoliensis)新菌株を提供するものである。
【0006】
このような本発明は、より具体的な態様として、上記特性を有するPleurotus sp. AFRL 6511(FERM P-21000)、6515(FERM P-21003)、6572(FERM P-21050)および6575(FERM P-21051)バイリング新菌株を提供するものである。
【0007】
本発明は、第二義的に、培養期間が40日以内でも確実に発生するバイリング新菌株であって、Pleurotus sp. AFRL 6511(FERM P-21000)、6515(FERM P-21003)、6572(FERM P-21050)または6575(FERM P-21051)のいずれかのバイリング菌株と対峠培養で帯線を形成しないバイリング新菌株を提供するものである。
【0008】
本発明は、第三義的に、上記バイリング新菌株のいずれかの培養および栽培により得られたきのこ産物を提供するものである。
【発明の具体的な説明】
【0009】
菌株の収集
まず、バイリングの多数の系統を収集する。種菌販売業者から購入したり、野生、栽培、あるいは市販のきのこの子実体組織より、純粋分離するとよい。また、入手したきのこから胞子を得、これより一次菌糸および二次菌糸を得ることも出来る。起源の異なる15系統を収集し、保存株とした(後述の実施例における表3参照)。
【0010】
収集系統の栽培試験
収集系統の特性を栽培試験(後述の実施例参照)により把握する。また、その際得られたきのこより一次菌糸を次項に示すようにして分離する。この特性試験で、生育が良く、発生期間がより短く、発生が確実で、きのこの形質が良い系統のものを選抜する。ここで、4系統に絞り込んだ。
【0011】
一次菌糸の分離・選抜
一次菌糸は、子実体から胞子を得て、単胞子を分離して得る。一次菌糸は顕微鏡で観察するとクランプが無いので、確認できる。1系統につき1,000株程度分離するとよい。この一次菌糸の生育試験を行い、生育速度が早く、菌叢形態が正常で、菌糸密度の高い株を選抜する。この選抜により3%程度にまで絞り込む。即ち、1系統につき30株程の一次菌糸を選抜する。
【0012】
交配
選抜一次菌糸総当り交配を行うとよい。具体的には、固体培地に二つの一次菌糸を1〜3cm程離して接種し、両菌糸が接触して10〜50日後に菌糸を顕微鏡で観察し、クランプが出来ていることを確認して、交配株を得る。交配株の生育試験を行い、生育速度が早く、菌叢形態が正常で、菌糸密度の高い株を選抜する。ここで、3,000株程度の二次菌糸を選抜する。
【0013】
栽培試験による選抜
選抜した二次菌糸約3,000株の栽培試験を行い、培養期間が短くても、発生が確実で、形質が良く、収量の多い株を選抜する。その結果選抜された株に対して、更に試験数を多くして環境条件を変えた試験を繰り返した結果、培養期間が40日以内でも、安定した良いデータを示す4株が得られた。これらを、短期発生株 AFRL 6511、6515、6572 および 6575と命名した。
【実施例】
【0014】
選抜して得られた上記の4株に関して、これら菌株が目的とするバイリング新菌株であることを以下の試験により実証する。
【0015】
菌株
本発明の短期発生株AFRL 6511、6515、6572 および 6575を15種の対照菌株と比較した。対照菌株としては、中国新疆哈密地区天山菌業研究所の天山2号および天山3号、並びに、福建省三明真菌研究所、上海市上海食用菌研究所および河北省承徳市平泉県食用菌総公司所有のバイリングの母菌を、いずれも購入して用いた。また、別途、国内及び中国で市販されているきのこより菌株を純粋分離して用いた。
【0016】
これら15種の菌株は、表3に示してある。なお、以下に記述する栽培試験において、対照菌株としては、天山2号が、発生、収量、形質共に一番良い結果をもたらしたので、試験の結果は、主にこの菌株との比較で示してある。
【0017】
栽培試験
コットンハル:コーンブラン:麸皮:ホミニフィード:炭酸カルシウムを、乾物重量比で39:35:20:5:1の割合で混合し、水分を65重量%に調整した。これを850mlのきのこ栽培瓶に560gずつ充填し、接種孔を空け、蓋をして、滅菌した(培地温度120℃達温後1時間)。
【0018】
滅菌後、20℃に冷却し、上記菌株より調整した種菌を接種した。温度22〜24℃、湿度60〜70%RH、暗黒の培養室で40あるいは60日間培養後、菌掻きを行い、3〜5℃の低温室で14日間の低温処理後に、温度16〜18℃、湿度80〜95%RH、白色灯下(照度500〜600 lx)の発生室で、芽出し、芽掻き、生育および収獲を行った。発生きのこは1本になるように芽掻きを行い、傘の縁の捲き込みが残っている時点で収獲を行った。この栽培試験の結果は、表1にまとめて示してある。
【0019】
従来株の中では発生、収量、形質が最もよいとされた、対照の天山2号であってさえ、培養期間が40日であると、低温発生処理後も直ぐには発生を開始せず、さらに子実体の生育が遅いため、発生期間を2ヶ月程として試験した16瓶の内2瓶でのみきのこが収穫されただけで、収率は極めて低かった。培養期間を60日まで長くしたものは、発生期間が28日程で、16瓶の内14瓶できのこが収穫されたが、総栽培日数は102日を要した。
【0020】
一方、本発明の短期発生株AFRL 6511、6515、6572 および 6575では、培養期間が40日でも低温発生処理後20日程で全瓶からきのこが収穫され、総栽培期間はいずれも目標の75日以内であった。培養期間を60日としたものは、いずれも、より短期の発生期間で、全瓶からきのこが収穫された。また、本発明の4種の菌株から得られたきのこは、いずれも品質・収量とも、対照の天山2号から得られたものと同等またはそれ以上のものであり、肉質は緻密で食感も良かった。
上記試験の結果を示してある表1から、本発明の4種の短期発生株は、培養・栽培により、以下に示すようなきのこをもたらすことが確認された。
【0021】
収穫きのこの平均的な形質を表2に示す。
AFRL 6511:形質は対照の天山2号からのものに類似したもの
AFRL 6515:傘の丸みが強く、肉厚なもの
AFRL 6572:傘が二枚貝に似た形状で、対照より傘、襞とも白味がより強く、柄の付き方は側生または偏心生であるもの
AFRL 6575:傘が短楕円形であり、対照より傘、襞とも白味がより強いもの
【0022】
対峙培養試験
本発明の短期発生株と各種収集菌株との対峙培養試験を実施した。その際培地としてはPDA培地を使用し、同一の培地に試験する2つの菌株を2〜3cm離して接種し、20〜25℃で20日間培養して、両菌が交わった部分が褐変したり、盛り上がったりした帯線の形成を調べた。
【0023】
その結果は、表3にまとめて示してある。
【0024】
表3から明らかなように、本発明の菌株AFRL 6511、6515、6572 および 6575は、試験した15種の収集バイリングのどの菌株とも帯線を形成したことから、いずれも独特の品種であることが分る。
【0025】
また、この結果は、本発明の菌株の見分け方として、この対峙培養試験が有効であることを、正に、示している。すなわち、収集し、栽培に使用した多数の菌株の何れとも帯線を形成したばかりでなく、本発明の菌株同士も帯線を形成したことから、この対峙培養試験方法で本発明の菌株を識別するのが、極めて現実的な方法であることが確認された。対峙培養試験は、きのこ類の品種登録でも必須の試験項目であることから明らかなように、非常に鋭敏であることから、きのこ類の品種の識別に極めて有効な手法であるといえる。よって、培養期間が40日以内でも確実に発生するバイリング菌株であって、AFRL 6511、6515、6572 あるいは 6575と対峙培養で帯線を形成しない菌株は、それぞれAFRL 6511、6515、6572 あるいは 6575と同一の菌株である、と見なし得、このような帯線を形成しない菌株も本発明の新たな短期発生株といえる。
【0026】
菌学的性質
本発明の短期発生株の菌学的性質を表4に示す。AFRL 6511は、対照の天山2号より、ポテトデキストロース寒天(PDA)培地および麦芽汁寒天培地での菌糸密度が高いが、ツァペック寒天培地での生育が少し遅い。AFRL 6515は、対照の天山2号より、試験した4種類の培地での生育が全て少し速く、生育適温が少し低目であるが、PDA培地でオレンジの色素を生産することがあった。AFRL 6572は、対照の天山2号より、PDA培地での生育が早くて菌糸密度も高い、また、麦芽汁寒天培地での菌糸密度も高いが、ツァペック寒天培地およびサブロー寒天培地での生育が少し遅い。AFRL 6575は、対照の天山2号より、PDA培地および麦芽汁寒天培地での菌糸密度は高いが、ツァペック寒天培地およびサブロー寒天培地での生育速度はほんの少し遅かった。また、本発明の全ての菌株ともラッカーゼおよびチロシナーゼ活性を有し、胞子紋は白色であった。
【表1】

【表2】

【表3】

【表4】

【0027】
本発明菌株の寄託
本発明の短期発生株 Pleurotus sp. AFRL 6511 および 6515を、平成18年8月22日に、また、6572 および 6575を平成18年10月3日に独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託した。これらの菌株は、それぞれFERM P-21000、FERM P-21003、FERM P-21050 および FERM P-21051として寄託されている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養期間が40日以内でも確実に発生するバイリング(Pleurotus eryngii var. tuoliensis)新菌株。
【請求項2】
菌株が、Pleurotus sp. AFRL 6511(FERM P-21000)、6515(FERM P-21003)、6572(FERM P-21050)または6575(FERM P-21051)である、請求項1に記載のバイリング新菌株。
【請求項3】
請求項1に記載のバイリング菌株であって、請求項2に記載のいずれかの新菌株と対峙培養で帯線を形成しないバイリング菌株。
【請求項4】
請求項1、2または3に記載のきのこ菌株の培養および栽培により得られるきのこ。