説明

ヒトデルタタンパク質の製造方法

【課題】
細胞内不溶性画分として発現させたヒトデルタタンパク質を水に可溶化し、幹細胞分化抑制活性を正確に再生させる製造方法を提供することを課題とする。
【解決手段】
ヒトデルタタンパク質を細胞内不溶性画分として発現させ、変性剤および還元剤を用いて可溶化し、等電点から1以上離れたpHで変性剤および還元剤を除去または希釈して再構成させることにより水溶性のヒトデルタタンパク質を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は幹細胞の分化を抑制するのに利用可能なヒトデルタタンパク質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内にはさまざまな幹細胞または前駆細胞が存在し、それらが周囲または内在の要因に応じて特定の方向へ分化、増殖することによって複雑な生物体ができあがっていくことが知られている。幹細胞は、いろいろな細胞に分化できる能力と自分自身を複製できる能力を兼ね備えた細胞と定義される。個体を形成するほぼ全ての体細胞に分化する能力(全能性)を持つ幹細胞(代表例:ES細胞)と、ある特定の組織・臓器を構成する細胞に限局した多分化能を持つ組織幹細胞(代表例:造血幹細胞)に大別され、臓器や組織の発生・修復・維持に重要な役割を担っている。
【0003】
現在、臓器不全の治療には人工臓器の使用や臓器移植が試みられているが、複雑な人間の臓器の機能を完全に代償できるような人工臓器を作製することは困難であり、臓器移植にはドナー不足、生命倫理、感染、拒絶反応など多くの問題が山積している。こうした従来の治療法の欠点を克服する治療法が模索されるなか、幹細胞を用いた治療が注目されるようになった。代表的な幹細胞を用いた治療に造血幹細胞移植が挙げられるが、現在の治療法では未だ総細胞数の不足という問題があり、幹細胞の増殖と分化の制御による体外増殖方法の開発が今後の幹細胞を用いた治療の大きな課題となっている。
【0004】
細胞膜受容体の1つであるNotchレセプターは、NotchリガンドであるDeltaやJaggedと結合することにより幹細胞の分化を抑制するタンパク質として近年非常に注目されている。Notchレセプターは、1回膜貫通型受容体であり、細胞外ドメインでNotchリガンドと結合するとγセクレターゼによって膜貫通部位を切断される。切断されたNotchレセプターの細胞内ドメインは核内へと移行し、bHLH型転写因子を活性化し、さらに幹細胞の分化に関わる転写因子の発現を抑制する。このようにしてNotchレセプターへのNotchリガンドの結合は未分化な幹細胞が分化することを阻害する。分化抑制シグナルの伝達の過程では、一時的にHES-1遺伝子の発現量が増加することが知られている。
【0005】
このような分化抑制シグナルの伝達にはNotchレセプターとNotchリガンドとの結合が不可欠であり、この現象を用いた技術応用、例えばNotchリガンドを固定化させた基材上で幹細胞を分化抑制させながら増殖させることにより、上述した幹細胞数の不足という課題が解決されると考えられる。
【0006】
このとき基材に固定するNotchリガンドが産業として利用されるために要求されている特性として、1.ヒト由来Notchリガンドであり、2.Notchレセプターとの結合能を有し、3.幹細胞の分化抑制活性を有し、4.未知病原体を含む等の危険性が低く、5.ヒトに対して抗原性を有さず、6.安価に安定して製造可能である、が挙げられる。
【0007】
ヒト由来NotchリガンドとしてはDelta-1, Delta-3, Delta-4, Jagged-1, Jagged-2が知られている。これらのタンパク質は細胞外ドメイン、膜貫通ドメインと細胞内ドメインからなる膜タンパク質である。細胞外ドメインは6つのシステイン残基を1つの構造体とするEpidermal Growth Factor (EGF)様配列の繰返し配列(EGF様リピート)と、システイン残基を6残基含むDSLドメインを有しており、糖鎖が付加されている。これらNotchリガンドは隣接する細胞のNotchレセプターと、DSLドメインおよびEGF様リピートを介して結合し、分化抑制シグナルの伝達を引き起こす。
【0008】
Notchリガンドの細胞外ドメインに存在するDSLドメインとEGF様リピートは、Notchレセプターとの結合において重要な機能を持つ。アラジール病の原因遺伝子であるヒトJagged-1遺伝子の変異23個の全てがDSLドメインおよび/もしくはEGF様リピートの変異であった(非特許文献1参照)ことから、さらにヒトのDeltaホモログであるDelta like-3において、DSLドメインの変異およびEGF様リピートの欠損、EGF様リピート中の1アミノ酸変異が骨格形成に影響を与えることが示唆されている(非特許文献2参照)。Notchリガンドの正常な機能発揮のためにはDSLドメインとEGF様リピートの両ドメインが同時に存在する必要であり、DSLドメインのみでは正常な機能発現は得られないと考えられる。
【0009】
Notchリガンドであるヒトデルタタンパク質の細胞外ドメインを、動物細胞や昆虫細胞を用いて作製した例は多数開示されているが(特許文献1、特許文献2、特許文献3、非特許文献3参照)、一般に動物細胞の作る糖タンパク質の糖鎖は不均一で、同じ一つのタンパク質に付加する糖鎖から複数の糖鎖型が見出される。また、系統の離れた真核生物種(昆虫、酵母、植物)では糖鎖構造はヒトの糖鎖パターンとは異なり、このようなヒトの糖鎖と異なる糖鎖のパターンは、ヒトに対して抗原性を示し、また、細胞の培養には未知病原体の混入の恐れのある牛胎児血清の使用もあり、ヒトへの臨床応用を考える場合重大な問題となる。
【0010】
一般に原核生物における遺伝子組換えタンパク質の製造においては、抗原性のある糖鎖が付加されない利点があり、動物細胞や昆虫細胞を用いる系で懸念されるべきウイルス等の感染因子、血清利用による未知病原体の混入の恐れも低い。また、Notchレセプターの糖鎖が必要であることが報告されている(非特許文献4参照)が、Notchリガンドにおいては、糖鎖構造は必ずしも必要ではない。さらには動物細胞や昆虫細胞、酵母による製造方法と比較し、生産性の高さと操作性の容易さから製造にかかるコストを低減することができるといった利点もある(非特許文献5参照)。しかし原核生物において多数のジスルフィド結合を含むEGF様リピートを発現させ、複数のジスルフィド結合を正常な位置で形成させ、水溶性の精製ポリペプチドとして得ることは極めて困難であった。また、糖鎖を有していないために水溶性としてタンパク質を得るのも困難とされていた。ヒトデルタタンパク質の原核生物を用いた発現については、EGF様リピートを含まず、DSLドメインのみをグルタチオンSトランスフェラーゼタグとの融合タンパク質として発現させた例が開示されているのみであり(非特許文献6参照)、ヒトデルタタンパク質の正常な機能発揮のために必要と考えられるEGF様リピートが含まれていない。このように、DSLドメインとEGF様リピート含む細胞外ドメインを原核生物細胞内で発現させ、水溶性の遺伝子組換えタンパク質として単離精製した例は知られていなかった。
【特許文献1】国際公開第97/19172号パンフレット
【特許文献2】国際公開第98/51799号パンフレット
【特許文献3】特開2005−13059号公報
【非特許文献1】Cecile Crosnier et al.、「Human mutation Mutation in Brief」、2000年、p.385
【非特許文献2】Michael P. Bulman et al.、「Nature Genetics」、2000年、第24巻、p.438-441
【非特許文献3】Barbara Varnum-Finney et al.、「Journal of Cell Science」、2000年、第113巻、p.4313-4318
【非特許文献4】Katja Bruckner et al.、「Nature」、2000年、第406巻、p.411-415
【非特許文献5】塚越規弘 編著、「生化学実験法45 組換えタンパク質生産法」、学会出版センター、2001年、p7-8
【非特許文献6】Wei Han et al.、「Blood」、2000年、第95巻、p.1616-1625
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記従来技術の問題を解消するものであり、細胞内不溶性画分として発現させたヒトデルタタンパク質を水に可溶化し、幹細胞分化抑制活性を正確に再生させる製造方法を提供することを課題とする。本発明の製造方法を用いることにより、DSLドメインとEGF様リピートの共存するヒトデルタタンパク質、あるいは糖鎖を有していない水への溶解性の低下したヒトデルタタンパク質においても可溶性タンパク質との融合を行うことなく水へ可溶なタンパク質として作製し、かつ幹細胞分化抑制活性を有する構造に再構成できる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を達成するために、発明者らは鋭意検討した結果、ヒトデルタタンパク質を細胞内不溶性画分として発現させ、変性剤および還元剤を用いて可溶化し、等電点から1以上離れたpHで変性剤および還元剤を除去または希釈して再構成させることにより課題を解決できることを見出し本発明に至ったものである。
【0013】
すなわち本発明は、次の(a)および(b)の工程を含むヒトデルタタンパク質の製造方法である。
(a)原核生物によりヒトデルタタンパク質を細胞内不溶性画分として発現させた後、変性剤および還元剤を用いて発現させたヒトデルタタンパク質を可溶化させる工程。
(b)ヒトデルタタンパク質の等電点からpHが1以上離れた溶液中で変性剤および還元剤を除去または希釈することにより、可溶化したヒトデルタタンパク質を再構成させる工程。
【発明の効果】
【0014】
本発明のヒトデルタタンパク質の製造方法を用いることにより、未知病原体への感染性が低くかつ幹細胞分化抑制活性を持つヒトデルタタンパク質を安価で安定して提供することができる。例えば、この製造方法で製造されたヒトデルタタンパク質を固定化した材料上で造血幹細胞を培養することにより、幹細胞の体外増幅が可能となり、安全な移植・再生医療技術への展開が考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
この発明におけるその他の用語や概念は、発明の実施形態の説明や実施例において詳しく規定する。またこの発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。
【0016】
本発明における「ヒトデルタタンパク質」は、ヒト由来Notchリガンドであり、ヒトDelta-1, ヒトDelta-3, ヒトDelta-4, ヒトJagged-1, ヒトJagged-2のいずれかのアミノ酸配列と同じまたは90%以上相同な配列をもつポリペプチドを示す。好ましくはヒトDelta-1のアミノ酸配列と同じまたは90%以上相同な配列をもつポリペプチドである。ヒトDelta-1の全長のアミノ酸配列およびDSLドメインのアミノ酸配列、EGF様リピートのアミノ酸配列はSwiss-Prot accession number O00548として登録されている。相同性は、例えばBLAST(Basic Local Alignment Search Tool)などのプログラムを用いてアミノ酸配列のデータベースから検索することができる。
【0017】
本発明における「DSLドメイン」は、下等生物のNotchリガンドであるDelta、Serrate、Lag-2において、EGF様リピート部位以外に共通の領域として見出された領域のアミノ酸配列と同じまたは90%以上相同な配列を持つポリペプチドを示す(Henderson S.T.ら著、「Development」、120、p2913、1994年)。
【0018】
本発明における「EGF様リピート」は、NotchレセプターおよびNotchリガンドに存在する、6つのシステイン残基を含む領域を一つの単位とする繰返し配列のことを示し、アミノ酸配列の基本構造についてはC. Geoffry Davis著、「The New Biologist」、1990年、第2巻、p410-419に記載されている。本発明において製造されるヒトデルタタンパク質に含まれるEGF様リピートは、数として制限はないが天然型Delta-1と同様の15個、あるいはそれ以下であることが好ましい。発現や発現後の可溶化および再構成を容易にすることを考慮した場合、EGF様リピートの数を少なくすることが好ましく、1から8個が好適に用いられる。ただし、EGF様リピートがないと活性が発揮しないと考えられるため1個以上は必要である。
【0019】
本発明のヒトデルタタンパク質の発現方法としては、以下に示す方法が一例として考えられる。ヒトデルタタンパク質をコードするDNA断片を挿入した発現ベクターを宿主微生物に導入し、ヒトデルタタンパク質を発現させる。従来公表された方法のいずれかを用いて適切な転写/翻訳制御シグナル及びヒトデルタタンパク質をコードするヌクレオチドを含む発現ベクターを構築できる。転写/翻訳制御シグナルについては天然遺伝子または/およびその並列領域によって供給できる。また、当該技術分野の公知のいずれかのプロモーター/エンハンサーエレメントによって対象のタンパク質の発現を制御することができる。原核生物発現ベクターにおけるプロモーターにとくに制限はなく、例えば、β-ラクタマーゼプロモーター、tacプロモーター、T7プロモーター、T7lacプロモーター、cspAプロモーター、trpプロモーター、ヒートショックプロモーターなどがあげられるが、好ましくは発現の制御性が高いT7プロモーターが用いられる。
【0020】
本発明のヒトデルタタンパク質には、精製の効率を向上させる目的で、タグを融合させても良い。タグの一例としてはカルモジュリン結合ペプチドタグ、グルタチオンS-トランスフェラーゼタグ、マルトース結合タンパク質タグ、Flagタグ、T7タグ、Sタグ、セルロース結合ドメインタグ、HATタグ、ビオチンタグ、ポリヒスチジンペプチドタグなどが挙げられる。グルタチオンS-トランスフェラーゼタグなど一部のタグが酵素活性などの生理活性を有するのに対して、タグ自体が酵素活性などの生理活性を持たないこと、変性剤存在下での精製が可能であること、立体障害が起こりにくいことなどの理由から少なくとも4残基以上の連続したヒスチジンからなるポリヒスチジンタグが好適に用いられる。タグ領域とヒトデルタタンパク質領域との間には、タグ領域を取り除くためのFactor Xaやトロンビン、エンテロキナーゼ、H64AズブチリシンTEVプロテアーゼ、IgAプロテアーゼ、GSTプロテアーゼ3Cなどの部位特異的プロテアーゼの認識配列が存在していても良く、またヒドロキシルアミンやシアノゲンブロマイドなどの化合物による切断部位が存在していても良い。生理活性を持つ他の可溶性タンパク質をタグとして用いた場合、細胞への影響を抑えるため、タグ領域を取り除くことが好ましい。
【0021】
本発明のヒトデルタタンパク質のアミノ酸配列においては、幹細胞未分化維持活性が失われない限りにおいて、1から複数個のアミノ酸変異を有していても良い。アミノ酸変異とは生物種や品種、個体の違いによる遺伝子の変異に起因するものや、人為的に遺伝子工学的手法もしくは遺伝子変異手法により引き起こされた変異であっても良い。人為的なアミノ酸変異導入法として、例えば、ランダム変異導入法、部位特異的変異導入法、遺伝子相同組換え法、またはポリメラーゼ連鎖増幅法(PCR)を単独または適宜組み合わせて行うことができる。例えば亜硫酸水素ナトリウムを用いた化学的な処理によりシトシン塩基をウラシル塩基に置換する方法や、マンガンを含む反応液中でPCRを行い、DNA合成時のヌクレオチドの取り込みの正確性を低くする方法、部位特異的変異導入のための市販されている各種キットを用いることもできる。例えばSambrook等編、「Molecular Cloning-A Laboratory Manual、第2版」、Cold Spring Harbor Laboratory、1989年、村松正實編、「ラボマニュアル遺伝子工学」、丸善株式会社、1988年、エールリッヒ、HE.編「PCRテクノロジー、DNA増幅の原理と応用」ストックトンプレス、1989年、等の成書に記載の方法に準じて、あるいはそれらの方法を改変して実施することができる。
【0022】
本発明のヒトデルタタンパク質を宿主微生物において発現誘導する方法に特に制限はなく、使用する微生物や使用菌株、使用ベクターの種類に最適なものを選択すれば良い。発現誘導としては恒常的に発現するプロモーター制御による発現でもよく、IPTGやアラビノース、トリプトファン、インドールアクリル酸、テトラサイクリン、ガラクトース、スクロースなど化合物による発現誘導でも良く、また高温シフトもしくは低温シフトなど温度変化による発現誘導であっても良い。
【0023】
大腸菌の生育に影響を与える遺伝子組換えタンパク質は一般にその発現量が少ないが、細胞内不溶性画分に発現させることで生育への影響を回避し、発現量を増大させることができるといった利点がある。ヒト由来たんぱく質は原核生物にとって毒性を示す場合もあるため、大量に発現させる場合には活性を有していない細胞内不溶性画分として発現させることが好ましい。
【0024】
本発明における「細胞内不溶性画分」は、宿主の微生物を「変性剤」および「還元剤」を添加していないリン酸緩衝溶液もしくはトリス緩衝溶液中で破砕した際に、水に不溶性の成分として存在する画分のことであり、破砕液を2G以上にて遠心分離もしくはろ過などにより容易に可溶性の画分と分離することが可能である。細胞内不溶性画分には細胞内の夾雑物質の混入が少なく、発現誘導させた遺伝子組換えタンパク質を比較的高純度に含むことから、遺伝子組換えタンパク質の精製を容易にすることができる。微生物の破砕方法に特に制限はなく、ヒトデルタタンパク質のもつ幹細胞分化抑制活性が失われない方法であれば良い。具体的には超音波破砕、ホモジナイザー、グラスビーズ、ワーリングブレンダー、フレンチプレス、凍結融解、リゾチームなどの酵素、界面活性剤、などを用いる方法が単独もしくは組み合わせて用いられる。なかでも破砕効率および操作の簡便さから、超音波破砕が好ましく用いられる。
【0025】
本発明のヒトデルタタンパク質は、細胞内不溶性画分として発現させた後、変性剤および還元剤を用いて水に可溶化させる。
【0026】
本発明における「変性剤」は、ポリペプチド鎖をランダムなコンフォメーションにする化合物であれば特に制限はない。また変性剤はタンパク質の2次、3次、4次構造を変化させることによりタンパク質の溶解性を向上させることもできうる。変性剤としてはカオトロピック剤や界面活性剤が挙げられ、尿素、グアニジン、グアニジン塩酸塩、グアニジン硫酸塩、チオシアネート、ドデシル硫酸ナトリウム、オクチル硫酸ナトリウム、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、オクチルフェニルエーテル、ラウリルサルコシン、ノニデットP-40、コール酸、アルギニンなどが挙げられるが、透析等により容易にタンパク質から分離できることから、尿素、グアニジン、グアニジン塩酸塩、グアニジン硫酸塩が好ましく用いられ、さらに好ましくはタンパク質との化学反応が生じないグアニジン塩酸塩が用いられる。
【0027】
また、本発明における「還元剤」は、分子内相互作用及び分子間相互作用とくにジスルフィド結合を伴う相互作用を失わせ得る化合物を示し、その種類に特に制限はない。さらにタンパク質の可溶性を向上させることもある。本発明において用いられる還元剤として、具体的にはジチオスレイトール、2−メルカプトエタノール、2−メルカプトエタノールアミン、ジチオエイリトリオール、リン酸トリス(2−クロロエチル)、システイン、還元型グルタチオン(GSH)などが挙げられるが、還元力の強さからジチオスレイトールが好ましく用いられる。
【0028】
本発明のヒトデルタタンパク質の製造方法は、細胞内不溶性画分として発現させたヒトデルタタンパク質を可溶化後にタンパク質の再構成を行う。再構成は変性剤および還元剤を除去または希釈することによって行う。可溶化後にヒトデルタタンパク質の精製工程を加えることも可能である。
【0029】
本発明における「再構成」は、変性剤および還元剤にて変性および還元させられたヒトデルタタンパク質のジスルフィド結合を天然型と同様に正常な部位で形成させ、立体構造を天然型に近い形まで回復せしめることを示す。宿主細胞内で発現させたヒトデルタタンパク質には糖鎖が付加されない場合には、水溶液中での溶解性が低下すると考えられる。従って再構成の工程において、溶液のpHをタンパク質の等電点よりも1以上離れたpHに設定し、タンパク質に電荷を持たせることで溶解度を向上させることが可能である。ヒトデルタタンパク質の等電点はpH7.0付近に存在し、また、極端な酸性やアルカリ性ではタンパク質が変性してしまうことから、再構成はpH3.0〜6.0またはpH8.0〜10.0で行うことが好ましい。この工程により「幹細胞の分化抑制活性」を回復することができる。また、再構成においてタンパク濃度を低濃度にすることでヒトデルタタンパク質の溶解性を高めるほか、タンパク質の分子間におけるシステイン同士の誤結合や非特異な会合を防ぐことが可能である。しかし、タンパク質濃度を極端に薄くしてしまうとその後に濃縮工程を行いタンパク質の濃度を上げる必要性もあり、再構成は高濃度のタンパク質溶液中で行うことが望まれている。本発明においては、再構成の条件を検討した結果、タンパク質濃度が0.1mg/ml以上でヒトデルタタンパク質の再構成を行うことが好ましい。
【0030】
変性剤および還元剤を除去または希釈する方法としては、変性剤および還元剤を「同時に」除去または希釈する方法と、変性剤を除去または希釈した後に還元剤を除去または希釈する方法のいずれも用いることができる。
【0031】
変性剤を除去または希釈する方法としては、透析方法、カラムクロマトグラフィー、希釈方法を用いることができる。
【0032】
透析方法で変性剤を除去する場合、透析膜中に高濃度の変性剤およびイミダゾール、目的タンパク質を含んだ緩衝液(pH8.0)を、透析外液に低濃度の変性剤、1mMEDTA、1mMDTT緩衝液(pH9.2)を加えて段階的に透析外液の変性剤の濃度を徐々に下げて交換していくことにより溶媒交換を行うことが好ましい。しかし、透析方法では、透析膜への吸着による試料の損失が生じたり、除去速度が遅く、また、透析液も大量に必要となるという問題のほかに、システイン同士が誤結合したタンパク質または非特異吸着した凝集体を除去しながらタンパク質の再構成を行うことができず、再構成できたタンパク質の回収率は極端に低くなるため、希釈方法またはカラムクロマトグラフィーが特に好ましく用いられる。
【0033】
カラムクロマトグラフィーで変性剤を除去する場合、クロマトグラフィーの方法としては、アフィニティー、イオン交換、ゲル濾過、逆相、疎水などが挙げられるが、分子サイズの違いで分離することができ、試料中の塩や他の低分子を効率よく除去することのできるゲル濾過クロマトグラフィーが好ましく用いられる。具体的には、SephadexG-25で膨潤させたカラムを、変性剤を含まない緩衝液(pH9.2)で平衡化させ、高濃度の変性剤(6Mグアニジン塩酸塩や8M尿素など)と500mMイミダゾール、500mMNaCl、1mMDTT、目的タンパク質を含んだ緩衝液(pH8.0)を添加後、1mMDTT、1mMEDTA緩衝液(pH9.2)で溶出して溶媒交換する方法が好ましい。
【0034】
希釈方法で変性剤を除去する場合、高濃度の変性剤およびイミダゾール、目的タンパク質を含んだ緩衝液(pH8.0)に1mMEDTA、1mMDTT緩衝液(pH9.2)を大量に添加することにより変性剤の濃度を低下させ溶媒交換を行うことが好ましい。
【0035】
還元剤を除去または希釈する方法としては、変性剤を除去する場合と同様に、透析方法、カラムクロマトグラフィー、希釈方法を用いることができる。
【0036】
透析方法で還元剤を除去する場合、透析膜中に、変性剤を除去した目的タンパク質を含む緩衝液(pH9.2)を、透析外液に1mMEDTA緩衝液(pH9.2)を加えて溶媒交換を行うことが好ましいが、変性剤を除去する場合と同様に、透析膜への吸着による試料の損失が生じたり、除去速度が遅く、また、透析液も大量に必要となるという問題のほかに、システイン同士が誤結合したタンパク質あるいは非特異吸着した凝集体を除去しながらタンパク質の再構成を行うことができず、再構成できたタンパク質の回収率は極端に低くなるため、希釈方法またはカラムクロマトグラフィーが特に好ましく用いられる。
【0037】
カラムクロマトグラフィーで還元剤を除去する場合、カラムの種類や緩衝液のpH、などさまざまな条件が挙げられるが、具体的には、SephadexG-25で膨潤させたカラムを、1mMEDTA緩衝液(pH9.2)で平衡化させ、変性剤を除去した目的タンパク質を含む緩衝液を添加後、1mMEDTA緩衝液(pH9.2)で溶出して溶媒交換する方法が好ましい。
【0038】
希釈方法で還元剤を除去する場合、変性剤を除去した目的タンパク質を含む緩衝液(pH9.2)に1mMEDTA緩衝液(pH9.2)を大量に添加することにより還元剤の濃度を低下させ溶媒交換を行うことが好ましい。
【0039】
変性剤を除去または希釈した後に還元剤を除去または希釈する方法では、上記の変性剤を除去する方法と還元剤を除去する方法を組み合わせて行うことが可能である。また、「同時に」除去または希釈を行う方法では、上記の方法を組み合わせることで変性剤および還元剤を含む目的タンパク質を含む緩衝液から1mMEDTA緩衝液(pH9.2)へと一挙に溶媒交換をすることが可能であるが、タンパク質の分子間におけるジスルフィドの誤結合や非特異な会合による凝集体が現れる確率が高くなることから、変性剤を除去または希釈した後に還元剤を除去または希釈する方法がより好ましく用いられる。
【0040】
変性剤および還元剤を含んだタンパク質の溶液から、還元剤の存在下で変性剤のみを除去または希釈することにより、ジスルフィドの誤結合を防止しながら遺伝子組換えタンパク質の立体構造を天然型に近い形まで回復させ、その後、変性剤および還元剤を含まない緩衝液を用いて「還元剤」を除去または希釈することによりジスルフィド結合を天然型と同様に正常な部位で形成させることが可能である。また、「変性剤」を除去した後に「還元剤」を除去することにより、再構成効率をさらに向上させることが可能となる。また、タンパク質の再構成を行う場合、グルタチオンというタンパク質のジスルフィド結合の還元と再形成を促進する役割を持つトリペプチドが一般に用いられるが、非常に高価な物質である。本発明の方法を用いてタンパク質の再構成を行えば、グルタチオンを使用することなくより安価にタンパク質の製造を行うことができる。
【0041】
本発明における「幹細胞の分化抑制活性」は、造血幹細胞をはじめとした体性幹細胞の未分化状態を維持する活性を示す。幹細胞の分化抑制活性の測定法の一例として、活性を測定するタンパク質を固相化したプレート上で幹細胞を一定期間培養した後の未分化細胞数を測定する方法があげられる。また他の例としては、活性を測定したいタンパク質を固相化したプレートで幹細胞を培養したときの分化抑制シグナルの下流の転写因子の発現量を測定する方法があげられる。分化抑制シグナルの下流の転写因子としてはHes1などを用いることができる。Hes1タンパク質は未分化な神経前駆細胞などに発現し、神経分化を促進するMash1タンパク質などの転写因子の発現を抑制することにより神経分化を抑制することが知られている。
【0042】
以下に実施例を示し、本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれら実施例の記載に限定されるものではない。
【実施例】
【0043】
実施例1 ヒトデルタタンパク質の発現
DSLドメインのみを有するタンパク質(以下D0Eという)とDSLドメインとEGF様リピート1個(以下D1Eという)、およびEGF様リピート3個(以下D3Eという)、およびEGF様リピート5個(以下D5Eという)およびEGF様リピート8個(以下D8Eという)のヌクレオチド配列とポリヒスチジンペプチドタグ配列を挿入した大腸菌発現用ベクターを作製し、それぞれを大腸菌E. coliに形質転換した。 前培養したそれぞれの株を適当な抗生物質を加えた1LのL-Broth培地に加えて37℃で3時間培養した。その後IPTGを終濃度1mMになるよう添加し、さらに37℃にて5時間培養した。培養後、4800rpm、10min、4℃で遠心分離し菌体を沈澱させ、沈澱した菌体を60mlのリン酸緩衝化生理食塩水(以下PBS溶液または単にPBSという) (pH7.5)にて洗浄し、再び遠心分離し菌体を沈澱させた。沈殿した菌体を60mlのPBS溶液を加え懸濁後、氷中にて冷却しながらデジタルソニケーター(BRANSON社製)を用い、菌体を破砕した。破砕液全部、9000rpm 15min 4℃遠心分離後の上清(可溶性画分)、沈澱(不溶性画分)を分画し、それぞれの中のヒトデルタタンパク質の発現と局在をSDS-PAGEにより調べた。結果、すべてのヒトデルタタンパク質は細胞内不溶性画分に存在していた。

実施例2 ヒトデルタタンパク質の精製
実施例1記載の方法により破砕後遠心分離し得られたD5Eタンパク質の不溶性画分を60mlの20mM PBS pH8.0にて懸濁し、再び遠心分離し不溶性画分を沈澱させた。不溶性画分に、変性剤としてグアニジン塩酸塩を還元剤としてDTTを用いて、80mlの6Mグアニジン塩酸塩/1mM DTT/20mM PBS(pH8.0)溶液を加え、20℃2時間撹拌し、ヒトデルタタンパク質を可溶化させた。その後9000rpm 15min 20℃遠心分離後の上清を6Mグアニジン塩酸塩/20mM PBS(pH8.0)溶液で平衡化したニッケルセファロースカラム(Amersham Biosciences社製)10ml容量に通過させ、ポリヒスチジンタグ付き遺伝子組換えヒトデルタタンパク質を吸着させた。カラムを100mlの6Mグアニジン塩酸塩/20mM PBS(pH8.0)溶液で洗浄後、さらに100mlの50mMイミダゾール/6Mグアニジン塩酸塩/20mM PBS(pH8.0)溶液で洗浄した。50mlの500mMイミダゾール/6Mグアニジン塩酸塩/20mM PBS(pH8.0)溶液で溶出し、ヒトデルタタンパク質を含む画分を回収した。各溶出画分のヒトデルタタンパク質の局在をSDS-PAGEにより調べた。結果、ヒトデルタタンパク質は500mMイミダゾール/6Mグアニジン塩酸塩/20mMPBS(pH8.0)溶出画分に存在していた。

実施例3 ヒトデルタタンパク質の再構成
実施例2記載の方法により得られたヒトデルタタンパク質を含む画分2.5mlを1mM DTT/1mM EDTA/20mM 四ホウ酸ナトリウム(pH9.2)緩衝液または1mM DTT/1mM EDTA/20mM 酢酸ナトリウム(pH6.0)緩衝液または1mM DTT/1mM EDTA/20mM 酢酸ナトリウム(pH3.0)緩衝液で平衡化したSepharose G-25カラム(Amersham Biosciences社製)を用いて溶媒交換を行った。その後16時間37℃でインキュベートした後、透析を行いそれぞれ1mM EDTA/20mM 四ホウ酸ナトリウム(pH9.2)緩衝液または1mM EDTA/20mM 酢酸ナトリウム(pH6.0)緩衝液または1mM EDTA/20mM 酢酸ナトリウム(pH3.0)緩衝液に置換した。得られたヒトデルタタンパク質溶液のタンパク質量をCoomassie Plus-The Better Bradford Assay Kit(PIERCE社製)を用いて測定した。結果を表1に示す。
【0044】
【表1】

【0045】
表1は、再構成時の溶液のpHごとにそれぞれ得られたヒトデルタタンパク質量と、精製後のタンパク質量を100%としたときの、再構成後のヒトデルタタンパク質の回収率を表したものである。ヒトデルタタンパク質の等電点に近いpH6.0で再構成を行った結果、タンパク質は凝集して沈殿が生じ、回収率は極端に低下した。一方、ヒトデルタタンパク質の等電点よりも1以上離れたpH3.0およびpH9.2で再構成を行った結果、ほぼ沈殿を生じることなくpH3.0では79%、pH9.2においては100%と高い回収率でヒトデルタタンパク質を得ることができた。

実施例3 種々のヒトデルタタンパク質の幹細胞の分化抑制活性の測定
幹細胞の分化抑制活性の測定は以下の方法で行った。96ウェルプレートにPenta-His抗体(QIAGEN社製)20μg/ml 50μlずつ添加して4℃で16時間固相化後、1%BSA/PBS 100μl(pH7.4)で3回洗浄し、その後1%BSA/PBS 100μl(pH7.4)を加えて37℃1時間ブロッキングした。1%BSA/四ホウ酸ナトリウム (pH9.2)100μlで3回洗浄後、D5Eタンパク質溶液を0.1、1、10μg/ml の濃度で50μl加えて37℃、2時間反応させた。1%BSA/PBS 100μl(pH7.4)で3回洗浄後、マウスの筋芽細胞であるC2C12細胞を1X10個ずつ播種して37℃、CO2存在下で培養を行った。播種してから3時間後細胞を回収した。回収した細胞よりTRIzol Reagent(INVITROGEN社製)を用いてRNAを回収し、逆転写反応試薬(TaKaRa社製)を用いてRT-PCRを行った。得られたcDNAを用いてHES-1のreal-time PCR(Mx3000P、STRATAGENE社製)を行った。内部標準としてGAPDHを用いた。このreal-time PCRの結果より、何も固相化していないC2C12細胞のサンプルを対照としてHES1発現量の相対値を比較した。対照に比べて相対値が2倍以上上がったものについて活性有り、2倍以下であるときは活性無しと判断した。結果を表2に示す。
【0046】
【表2】

【0047】
表2は、種々のヒトデルタタンパク質について、それぞれ幹細胞の分化抑制活性としてHES1発現量を測定して、相対値を対照と比較した結果を示したものである。対照に比べて相対値が2倍以上上がったものについて活性有り(○)、2倍以下であるときは活性無し(×)と判断した。DSLドメインのみを有するタンパク質(D0E)では対照と相対値に差がなく、幹細胞の分化抑制活性はないと判断した。一方、DSLドメインとEGF様リピート1個(D1E)、およびEGF様リピート3個(D3E)、およびEGF様リピート5個(D5E)およびEGF様リピート8個(D8E)では、対照よりも相対的にHES1発現量は2倍以上であり、幹細胞の分化抑制活性を発揮していると判断した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の(a)および(b)の工程を含むヒトデルタタンパク質の製造方法。
(a)原核生物によりヒトデルタタンパク質を細胞内不溶性画分として発現させた後、変性剤および還元剤を用いて発現させたヒトデルタタンパク質を可溶化させる工程。
(b)ヒトデルタタンパク質の等電点からpHが1以上離れた溶液中で変性剤および還元剤を除去または希釈することにより、可溶化したヒトデルタタンパク質を再構成させる工程。
【請求項2】
ヒトデルタタンパク質を再構成させる工程が、変性剤を除去または希釈した後に還元剤を除去または希釈するものである、請求項1記載のヒトデルタタンパク質の製造方法。
【請求項3】
1個のDSLドメインおよび1〜8個のEGF様リピートを含む請求項1または2のいずれかに記載のヒトデルタタンパク質の製造方法。
【請求項4】
ヒトデルタタンパク質を再構成させる工程におけるヒトデルタタンパク質の濃度が0.1mg/ml以上である、請求項1から3のいずれかに記載のヒトデルタタンパク質の製造方法。
【請求項5】
ヒトデルタタンパク質が幹細胞の分化抑制活性を有する、請求項1から4のいずれかに記載のヒトデルタタンパク質の製造方法。

【公開番号】特開2007−124981(P2007−124981A)
【公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−322443(P2005−322443)
【出願日】平成17年11月7日(2005.11.7)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】