説明

ヒト抗ヒトMCP−1抗体及び該抗体フラグメント

MCP−1が関与する免疫異常性疾患の治療に有効な物質を提供する。ファージ抗体法を用いて、ヒトMCP−1に対して高い親和性を有するscFvを得た。当該scFvより得られるVH鎖及びVL鎖情報を基に、ヒト抗ヒトMCP−1抗体及びヒト抗ヒトMCP−1抗体フラグメントが得られる。当該抗体及び抗体フラグメントは、MCP−1が原因となって惹起される炎症、免疫異常性疾患の治療薬として期待される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、ヒトMonocyte chemoattractant protein−1(以下、ヒトMCP−1とする)に結合し、その生物活性を阻害するヒト抗ヒトMCP−1抗体または該抗体フラグメントに関する。当該抗体及び抗体フラグメントは、MCP−1が原因となって惹起される炎症、免疫異常性疾患の治療薬として期待される。
【背景技術】
ケモカインは8〜10kDaのペプチドタンパク質で、白血球の遊走や活性化において重要な役割を担っている。ケモカインはN末端の4つのシステイン(C)のうち最初の2つのシステインの並び方により、Cケモカイン、CCケモカイン、CXCケモカイン、CX3Cケモカインの4つのサブグループに分けられる。MCP−1はCCケモカインサブファミリーに属するケモカインで、1989年にヒトのグリオーマ細胞株及び単球性白血病細胞株からクローニングされた、76アミノ酸残基からなる単球走化性因子である(例えば、Yoshimura,T.ら、“FEBS Letter”、1989年、第244巻、p.487−493参照)。MCP−1は単球、血管内皮細胞、繊維芽細胞などから産生され、単球、T細胞及び好塩基球に作用し、それらの遊走活性、活性酸素・リソソーム酵素の産生放出、サイトカイン産生誘導、好塩基球の脱顆粒、接着分子の発現誘導ヒスタミン・ロイコトリエンの産生放出などを促進する多機能な分子である。
慢性炎症を中心に疾患モデル動物を用いた解析が進められ、いくつかの炎症性疾患においてMCP−1の関与が示されている(例えば、Schrier,DJ.ら、“Journal of Leukocyte Biology”、1998年、第63巻、p.359−363参照)。更に、これらの疾患モデル動物のMCP−1の活性を阻害すると、症状が抑制されることが報告されている。例えば、ラットのコラーゲン誘導性関節炎(以下、CIAと省略することがある)やアジュバント関節炎モデルで、抗MCP−1抗体を投与すると関節炎症状が軽減され、関節炎の予防効果や治療効果があることが報告されている(例えば、Youssef,S.ら、“Journal of Clinical Investigation”、2000年、第106巻、p.361−371;及びOgata,H.ら、“Journal of Pathology”、1997年、第182巻、p.106−114参照)。また、関節炎を自然発症し生涯持続するMRL−lprマウスでは、MCP−1を投与すると関節炎が増悪するが、MCP−1のアンタゴニストを投与すると関節炎が抑制されることが報告されている(例えば、Gong,JH.ら、“Journal of Experimental Medicine”、1997年、第186巻、p.131−137参照)。
また更に、MCP−1やそのレセプターであるCCR2の遺伝子欠損マウスを用いた解析が進められ、いくつかの炎症性疾患において、病態形成に関わるマクロファージ浸潤にMCP−1/CCR2が必須であることが示されている。例えば、自己免疫疾患マウスのMCP−1を欠損させるとマクロファージやT細胞の遊走が抑制され、腎・肺・皮膚などの各臓器が保護されることにより生存率が改善されることや、CCR2遺伝子を破壊したノックアウトマウスでは実験的に腹腔に誘発した炎症に対して、マクロファージの浸潤が抑制されることが報告されている(例えば、Kurihara,T.ら、“Journal of Experimental Medicine”、1997年、第186巻、p.1757−1762参照)。また、動脈硬化モデルマウスのMCP−1、あるいはCCR2を欠損させると動脈壁のマクロファージ遊走・硬化巣形成を抑制するという報告がある(例えば、Gosling,J.ら、“Journal of Clinical Investigation”、1999年、第103巻、p.773−778;及びBoring L.ら、“Nature”、1998年、第394巻、p.894−897参照)。
ヒトの疾患との関連においては、変形性関節炎と比較して慢性関節リウマチ(以下、RAと省略することもある)患者では滑膜液中のMCP−1の濃度が高く、炎症性細胞浸潤ならびに炎症の誘発・増強に中心的な役割を果たしていることが示唆されている(例えば、Akahoshi,T.ら、“Arthritis and Rheumatism”、1993年、第36巻、p.762−771;及びKoch,AE.ら、“Journal of Clinical Investigation”、1992年、第90巻、p.772−779参照)。また、疫学的な調査から、心筋梗塞や動脈硬化症の発症にMCP−1が関与し、MCP−1の細胞遊走活性がリスクファクターとなることが明らかにされていることから、MCP−1抗体を用いて細胞遊走活性を抑えることができれば、心筋梗塞や動脈硬化の予防及び治療に寄与することが期待される。
以上のようにMCP−1は慢性の炎症性疾患や動脈硬化症において、炎症性細胞の浸潤や炎症の誘発に関わっていることが明らかとなってきた。よって、MCP−1の生物活性を中和する特異的なモノクローナル抗体を開発すれば、マクロファージ浸潤の主要な因子である疾患において有効な治療手段になることが期待される。これまでに、MCP−1に結合するマウスやラット由来のモノクローナル抗体はいくつか取得されており、実際に抗MCP−1モノクローナル抗体よるラット馬杉型腎炎におけるマクロファージの浸潤抑制、ラット肺高血圧モデルにおけるマクロファージの浸潤抑制・右心室圧上昇抑制・肺細動脈内膜肥厚の抑制等が報告されている(例えば、Wada,T.ら、“FASEB Journal”、1996年、第10巻、p.1418−1425;及びKimura,H.ら、“Lab.Invest.”、1998年、第78巻、p.571−581参照)。
【発明の開示】
(発明が解決しようとする技術的課題)
しかしながら、上記抗MCP−1モノクローナル抗体は異種動物由来のモノクローナル抗体であるため、ヒトに対して投与した場合は異物として認識・排除され、薬剤として利用することは困難である。とりわけRAのような慢性の自己免疫性疾患の治療では、長期間の継続投与が行われるので、投与抗体に対する抗体の出現が問題となる。この問題点を解決する方策として、ヒト由来の抗ヒトMCP−1モノクローナル抗体の取得法が知られている(例えば、特開平9−67399号公報参照)。すなわち、抗ヒトMCP−1抗体を産生するヒトリンパ球をエプスタイン・バー・ウィルス(以下、EBVと省略することがある)で形質転換し、得られた形質転換細胞とヒトミエローマ細胞とを細胞融合したハイブリドーマからヒト抗ヒトMCP−1モノクローナル抗体が得られている。しかしながらここで得られた抗体はIgM抗体であるので、IgG抗体と比較して高い親和性は得にくく、また取り扱いも不便である。またEBV形質転換細胞では抗体産生量が少なく、実用的に応用する上でも問題が多い。更に、特開平9−67399号公報に記載のヒトMCP−1に対するIgM抗体は、ヒトMCP−1との結合性は明記されているが、中和活性は明らかにされていない。
上記の方法以外にヒトMCP−1に対するマウスモノクローナル抗体を、遺伝子工学的手法を用いてヒト型化することも可能である。しかしながら、ヒト型化抗体でも、慢性疾患患者に対する繰り返し投与や長期投与した際に、抗ヒトMCP−1抗体の活性を阻害するような抗体(阻止抗体)が作り出される可能性も否定できなかった。
(その解決方法)
このような状況を鑑み、本発明者らが鋭意研究を重ねた結果、健常人の末梢血Bリンパ球より調製した免疫グロブリン遺伝子のVH鎖、VL鎖を材料として構築したファージ提示ライブラリーから取得した、完全ヒト抗ヒトMCP−1一本鎖Fv(scFv)分子を取得し、そのVH鎖及びVL鎖を明らかにした。当該ヒト抗体の配列情報を用いて作製される完全ヒト抗ヒトMCP−1抗体及び該抗体フラグメントは、ヒトMCP−1に結合してその生物活性を阻害し、炎症性疾患の予防・治療用として提供されるものである。
(従来技術より有効な効果)
このように、本発明のヒトMCP−1に対するヒト由来scFvは、ヒトMCP−1と特異的に結合し、ヒトMCP−1の細胞遊走活性を阻害するものであることが示された。従って、当該scFv及びscFvのVH鎖及びVL鎖をヒト定常領域またはその一部と結合させたヒト抗ヒトMCP−1抗体またはその抗体フラグメントは、ヒトMCP−1の関与する疾患、例えば慢性炎症性疾患や動脈硬化症等の治療への適用が期待される。また、ヒトMCP−1とは結合するが抑制作用を示さなかった抗体を含めてこれらの抗体で、ヒトMCP−1の血中濃度を測定し、病態の症状の変動をモニターすることもできる。
【図面の簡単な説明】
図1は、分離クローンのscFvのヒトMCP−1への特異性を評価したELISAの結果を示すグラフである。
図2は、精製したヒト由来scFvのヒトMCP−1との結合性をELISAで測定した結果を示すグラフである。
図3は、ヒトMCP−1によるヒト単球系細胞株THP−1の細胞遊走をscFvが阻害することを示すグラフである。
図4は、精製完全分子型MC32のHPLCパターンを示す(流速:0.5mL/分;開始バッファー:100mM PB、pH7.2+0.5M NaCl)。
図5は、精製完全分子型MC32のMCP−1との結合性を示すグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
本発明のヒトMCP−1と結合するヒト抗体及び該抗体フラグメントは、例えば以下のようにして作製することができる。
健常人の末梢血Bリンパ球よりmRNAを抽出し、免疫グロブリン遺伝子のVH鎖、VL鎖を、その両端を規定するプライマー対を用いてRT−PCR法により増幅し、多様な配列を有するH鎖、L鎖のV領域集団を得る。次に更にペプチドリンカー部分をコードするDNA、及びその両端を各々H鎖、L鎖と連結されるように規定するプライマー対を組み合わせて増幅して、H鎖、L鎖のV領域のランダムな組み合わせによる多様なscFv DNA集団を調製する。得られたscFv DNAをファージミドベクターpCANTAB5Eに組込み、scFv提示ファージライブラリーを作製する。このライブラリーをプラスチックチューブに固相化したヒトMCP−1と反応させ、洗浄により未反応のscFv提示ファージを除去した後に、ヒトMCP−1と結合しているscFvファージクローンを酸で溶出する。分離したファージクローンからscFv DNAを調製し、これを発現ベクターに組み込み、該発現ベクターにより形質転換された宿主を常法に従って培養して目的のscFv蛋白のみを得ることができる。
scFv DNAの発現方法としては、例えば、大腸菌で発現させることができる。大腸菌の場合、常用される有用なプロモーターを用い、抗体分泌のためのシグナル配列等を、発現させるscFvを機能的に結合させて発現させることができる。例えばプロモーターとしては、lacZプロモーター、araBプロモーター等を挙げることができる。scFvの分泌のためのシグナル配列としては、大腸菌のペリプラズムに発現させる場合、pelBシグナル配列(Lei,SP.ら、J.Bacteriol.,1987,169:4379−4383)を用いるとよい。培養上清中に分泌させるにはM13ファージのg3蛋白のシグナル配列を用いることもできる。
前記のように発現されたscFvは細胞内外、宿主から分離し均一にまで精製することができる。本発明で発現されるscFvは、そのC末端にE tag配列が付加されているので、抗E tag抗体を用いたアフィニティークロマトグラフィーを用いて、容易に短時間で精製することができる。その他、通常のタンパク質で使用されている分離、精製方法を組み合わせて精製することも可能である。例えば、限外濾過、塩析、ゲル濾過/イオン交換/疎水クロマト等のカラムクロマトグラフィーを組み合わせれば抗体を分離・精製することができる。
本発明により得られたscFv蛋白は、ヒトMCP−1に対する結合活性を有することが明らかになった。本発明で使用される抗ヒトMCP−1抗体の抗原結合活性を測定する方法として、ELISA、BIAcore等の方法がある。例えばELISAを用いる場合、ヒトMCP−1を固相化した96穴プレートに目的の抗ヒトMCP−1抗体や抗体フラグメントを含む試料、例えば大腸菌の培養上清や精製抗体を加える。次にパーオキシダーゼ等の酵素で標識した二次抗体を添加し、プレートをインキュベーション、洗浄した後、発色基質TMBZを加えて吸光度を測定することで抗原結合活性を評価することができる。
さらにまた、本発明により得られたscFv蛋白は、ヒトMCP−1の有する細胞遊走活性を阻害することが明らかとなった。ヒトMCP−1による感受性細胞の遊走(ケモタキシス)は、通常用いられるケモタキシスアッセイ、例えばGrobらの方法(Grob.PM.ら、J.Biol.Chem.,1990,265:8311−8316)を用いて調べることができる。具体的には市販されているケモタキシスチャンバーを用い、抗ヒトMCP−1抗体とヒトMCP−1を培養液、例えば、RPMI 1640で各々希釈して混合し、室温で一定時間インキュベーションを行い、この混合液をフィルターで仕切られたチャンバーの下層に添加する。次いでヒトMCP−1感受性細胞懸濁液、例えば、単球系の細胞株THP−1、あるいはヒト末梢血単核球(以下、PBMCと省略することがある)をチャンバーの上層に添加して37℃で一定時間放置する。遊走する細胞はチャンバーに装着されたフィルターを通過して下層に移動するので、フィルターに付着した細胞をギムザ染色液等で染色して細胞数をカウントすればよい。あるいは下層に移動した細胞数をコールターカウンター等でカウントしてもよい。また、チャンバーに代わり、ディスポーザブルのケモタキシスアッセイ用のセルが市販されているので、それを使用してもよい。このケモタキシスアッセイ系で、本発明のscFv蛋白はヒトMCP−1の細胞遊走活性を阻害することが明らかとなった。
このように、本発明により得られるscFv蛋白は、ヒトMCP−1の細胞遊走活性を濃度依存的に阻害することから、当該細胞遊走により惹起される疾患の予防または治療に有効であると期待される。
上記阻害活性を有するscFvクローンのVH鎖及びVL鎖のアミノ酸配列及びそれをコードする塩基配列を、配列番号1及び2(VH鎖)、及び配列番号6及び7(VL鎖)にそれぞれ示す。
さらに、上記配列中、VH鎖及びVL鎖の相補性決定領域(CDR1〜3)のアミノ酸配列を下記に示す。
[VH鎖]

[VL鎖]

また、本発明のVH鎖またはVL鎖は、上記のアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列を有するものをも包含する。
本発明で開示されるヒト抗ヒトMCP−1抗体のVH鎖及び/またはVL鎖は、ファージ抗体法を用いてscFvの形で得られたものであるが、開示したVH鎖及び/またはVL鎖をヒト免疫グロブリンの定常部と連結した完全分子型ヒト抗ヒトMCP−1抗体、またヒト免疫グロブリンの定常部の一部と組み合わせたFab、Fab’またはF(ab’)等のヒト抗ヒトMCP−1抗体フラグメント、さらにscFvをヒト免疫グロブリンの定常部と結合させたヒト抗ヒトMCP−1一本鎖抗体(scAb)などの他のヒト抗ヒトMCP−1抗体フラグメント、並びにこれら抗体または抗体フラグメントをコードする遺伝子断片をも本発明は包含する。また、これらの抗体及び抗体フラグメント蛋白分子に、ポリエチレングリコールなどの高分子修飾剤を結合させた修飾蛋白分子も本発明に包含される。H鎖とL鎖のFvを適当なリンカーで連結させたscFvを調製する場合、ペプチドリンカーとしては、例えばアミノ酸10〜25残基からなる任意の一本鎖ペプチドが用いられる。
【産業上の利用の可能性】
以上より、本発明のヒト抗ヒトMCP−1抗体及び該抗体フラグメント分子は、ヒト由来抗ヒトMCP−1抗体の可変領域を有し、ヒトMCP−1と強く反応して、ヒトMCP−1とヒトMCP−1受容体間の結合に阻害作用を示す。さらに、本発明のヒト抗ヒトMCP−1抗体及び該抗体フラグメント分子は、ヒトMCP−1によって惹起される種々の免疫応答を阻害することができ、当該免疫応答により惹起される炎症及び免疫異常性疾患の予防または治療薬、例えば抗炎症剤あるいは自己免疫疾患の治療及び予防のための薬剤として使用することができる。さらに、本発明の抗体及び抗体フラグメントは心筋梗塞や動脈硬化の予防及び治療に寄与することが期待される。
以下、本発明を実施例に基づき詳細に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
《実施例1:健常者からのファージライブラリーの構築》
ファージライブラリーの構築は、J.D.Marksら(J.Mol.Biol.,222:581−597,1991)により報告されている方法を参考に、健常者20名由来末梢血由来リンパ球を出発材料に、構築した。
すなわち、健常者20名由来末梢血よりFicolを用いた比重遠心法にてリンパ球を分離し、PBSで充分に洗浄後、ISOGEN(日本ジーン)で処理して、total RNAを調製した。このtotal RNAを4つに分割し、ヒトIgG、IgM、κ鎖、λ鎖の定常領域に特異的なプライマーを使用し、first strand cDNA synthesis kit(Pharmacia biotech)にて、それぞれのcDNAを作製した。このcDNAをテンプレートにして、Marksらが報告したのと同様にVH(γまたはμ)とJH及びVκとJκ、VλとJλの組合せで各ジーンファミリーに特異的なプライマーを用いて、それぞれの抗体V領域遺伝子をポリメラーゼチェインリアクション(PCR)法にて増幅した。
更に、VH(γまたはμ)とVκ、及びVH(γまたはμ)とVλをリンカーDNAを用いて、アッセンブリーPCR法(McCafferty,J.ら:Antibody Engineering−A Practical Approach,IRL Press,Oxford,1996)により結合させ、一本鎖scFv DNAを作製した。scFv DNAは更にPCRを用いて、NotI及びSfiI制限酵素部位を付加し、アガロースゲルで電気泳動後、精製した。精製したscFv DNAは制限酵素SfiI(Takara)とNotI(Takara)で消化後、ファージミドpCANTAB5E(Pharmacia)にクローニングした。SCFv DNAを結合させたpCANTAB5EはVH(γ)−Vκ、VH(γ)−Vλ、VH(μ)−Vκ、VH(μ)−Vλ毎にエレクトロポレイションにより大腸菌TG1に導入した。形質転換したTG1の数から、VH(γ)−Vκ、VH(γ)−Vλ、VH(μ)−Vκ、VH(μ)−Vλの各サブライブラリーはそれぞれ1.1×10、2.1×10、8.4×10、5.3×10クローンの多様性を有すると評価された。この形質転換したTG1から、M13KO7ヘルパーファージを用いてファージ抗体を発現し、健常人由来scFv提示ファージライブラリーを調製した。
《実施例2:パンニング》
ヒトMCP−1は0.1M NaHCO1mLに溶解し、35mmのディッシュ(岩城)に4℃で一晩反応させて固定化した。0.5%ゼラチン/PBSを用いて20℃で2時間ブロッキングした後、0.1%Tween20−PBSで6回洗浄した。これに健常人由来の抗体ファージライブラリー(一本鎖抗体提示ファージ液)を0.9mL(1×1012tu/mL)加え、反応させた。
0.1%Tween20−PBSで10回洗浄した後、1.0mLのグリシン緩衝液(pH2.2)を加え、ヒトMCP−1と結合する一本鎖抗体提示ファージを溶出させた。溶出したファージは1M Tris(hydroxymethyl)aminomethane−HCl,pH9.1を加えてpHを調整した後、対数増殖期の大腸菌TG1に感染させた。感染後のTG1は3000×g,10分で遠心分離して、上清を除き、200μLの2×YT培地で懸濁し、SOBAGプレート(2%グルコース、100μg/mlのアンピシリン含有SOBプレート)に播き、30℃のふ卵器中で一晩培養した。生じたコロニーは適量の2×YT培地を加えスクレイパー(Costar)を使って懸濁、回収した。
このTG1液50μLを、30mLの2×YTAG培地に植え、ヘルパーファージを用いてレスキューし、スクリーニング後のファージライブラリーを調製した。健常人由来ファージライブラリーVH(γ)−Vκ、VH(γ)−Vλ、VH(μ)−Vκ、VH(μ)−Vλ、それぞれについて前述のヒトMCP−1固定化プレートを用いてパンニングを計4回行った。4回目のパンニング後に、SOBAGプレートから任意にクローンを抽出し、scFvの発現の確認及びヒトMCP−1 ELISAによる特異性の確認と塩基配列の解析を行った。
《実施例3:スクリーニング ヒトMCP−1 ELISA》
分離したクローンのスクリーニングのためのELISAは以下のように行った。ヒトMCP−1及びヒトMIP−1α(macrophage inflammatory protein 1−α)をELISAプレートに固定化してスクリーニングに用いた。2μg/mLのヒトMCP−1或いはヒトMIP−1α、2.5μg/mLのヒト血清アルブミン(HSA)を40μL/well ELISAプレート(Nunc)に入れ、4℃で16時間静置し、固定化した。固定化プレートは、0.5%BSA、0.5%ゼラチン及び5%スキムミルクを含むPBS溶液400μL/wellを入れて4℃で2時間静置し、ブロッキングを行った。
scFv提示ファージを含む試料液40μL/wellを入れて反応させた後、試料液を捨て洗浄液で5回洗った。ビオチン標識した抗M13モノクローナル抗体(Pharmacia biotech)と反応させ、アルカリフォスファターゼ(AP)標識した抗マウスIgG抗体と反応させた。洗浄液で5回洗った後、発色基質液(1g/mL p−nitrophenyl phosphate(Wako)、10%ジエタノールアミン(Wako)を含むPBS溶液)を50μL/well入れ、遮光し、室温〜37℃で、5〜10分発色させた。マルチプレートオートリーダーNJ−2001(Inter Med)で405nmの吸光度を測定した結果、評価したクローン全てが、ヒトMCP−1に特異的であることが確認できた(図1)。
《実施例4:クローンの配列分析》
単離したクローンのscFv遺伝子のVH及びVLのDNA塩基配列をDye terminator cycle sequencing FS Ready Reaction kit(Applied Biosystems)を用いて決定した(配列番号1及び配列番号6)。ELISA及び配列分析の結果、単離したクローンは4種に分類された。
《実施例5:ヒト由来抗ヒトMCP−1 scFvの発現と精製》
前記実施例2、3で単離したヒトMCP−1に反応する4種のscFvクローン、MC8、MC15、MC32、MC59からプラスミドDNAを回収して、常法に従って大腸菌HB1251を形質転換した。2%グルコースを含む2×YT培地でこれらの大腸菌を一夜前培養後、グルコースフリーの2×YT培地に一部移植し、終濃度1mM IPTGを加えて更に一夜培養してscFvの発現誘導を行った。培養終了後菌体を遠心回収し、1mM EDTAを含むPBSに懸濁して氷中に30分菌体を放置した。次いで8,900×gで30分間遠心し、上清を回収して0.45μmフィルター濾過後、ペリプラズム画分からのscFvの精製出発材料とした。
このようにして調製した精製の出発材料を、抗E tag抗体を用いたアフィニティークロマトグラフィーで常法に従って精製した。PBSで透析後、エンドトキシン除去カラムDetoxi−gel(PIERCE社)で添付のプロトコルに従いエンドトキシンを除去した。分子量カット10,000のCentricon(Amicon社)で濃縮後、0.45μmフィルター濾過して精製標品とした。
《実施例6:精製scFvのヒトMCP−1との結合性》
次に精製scFvのヒトMCP−1との結合性をELISA法で測定した。PBSで0.5μg/mLに調製したヒトMCP−1を固相化した96穴プレート(NUNC.MAXISORP)に、精製抗体を100μL加えて37℃で1時間反応させた。0.05%Tween−PBS(以下PBSTと省略することもある)で5回洗浄後、パーオキシダーゼ標識抗E tag抗体と更に37℃で1時間反応させた。PBSTで5回洗浄後、発色基質液を加えて呈色させ、450nmの吸光度を測定して結合性を評価した。結果を図2に示す。4種の抗体は全て濃度依存的にヒトMCP−1と結合した。
《実施例7:ヒトMCP−1の細胞遊走活性に対する作用》
ヒトMCP−1の単球に対する遊走活性の阻害効果をケモタキシスアッセイ法にて調べた。24穴プレートの各穴にポアサイズ8μmのTranswell(Costar社)をセットする。この24穴プレートに1%FCSを含むRPMI 1640(以下1%FCS−RPMIと省略することもある)培地を540μL加えた。次に、濃度調製したscFvと2x10−8MのヒトMCP−1(CHEMICON社)を当量混合して室温で30分インキュベーションを行い、この反応液を540μLの培地を入れた24穴プレートに60μL加えた。Transwellの方に1%FCS−RPMI 100μLとヒト単球系の細胞株THP−1の1x10cells/mL 200μLを添加して、37℃で4時間放置した。8μmのフィルターで仕切られた上方のTranswellに細胞が、下方の24穴プレートに抗体の混合液が設置されることになる。フィルターを通過して24穴に遊走してくる細胞をコールターカウンター(コールター社)で計測した。アッセイ結果を図3に示す。4種の抗体の中でMC15及びMC32にはヒトMCP−1の細胞遊走活性を阻害する効果が認められた。
《実施例8:抗MCP−1完全分子型ヒト抗体発現プラスミドの構築》
実施例3で分離したscFvクローンMC32のscFv DNAを組み込んだ発現プラスミドよりPCR法にてVH鎖およびVL鎖領域を各々増幅した。増幅に用いたPCRプライマーを以下に示す。
[VHセンス鎖]

[VHアンチセンス鎖]

[VLセンス鎖]

[VLアンチセンス鎖]

増幅されてきたVH鎖、VL鎖の各々のDNAは動物細胞での分泌発現に必要なリーダー配列を組み込んだプラスミドDNA pUC18のリーダー配列の下流にクローニングした。
このようにして得られたプラスミドDNAをHindIII(タカラバイオ社)−BamHIで37℃にて2時間消化し、2%アガロースゲル(タカラバイオ社)電気泳動を行ってシグナル配列を含むVH鎖、VL鎖のDNA断片を回収した。
ヒト抗体H鎖遺伝子IgG1の定常領域(ヒンジ−CH1−CH2−CH3)を組み込んだ発現プラスミドpCAG−HをHindII−BamHIで37℃にて2時間消化してベクターのDNA断片を調製し、この部位に先に調製したVH鎖のHindIII−BamHI断片を挿入した。大腸菌HB101を形質転換し、薬剤(アンピシリン)耐性のコロニーからプラスミドを調製して、制限酵素処理によりVH鎖が挿入されていることを確認した。
同様に、ヒト抗体L鎖遺伝子κ鎖の定常領域(Cκ)を組み込んだ発現プラスミドpCAG−Lに、VL鎖を挿入した。
《実施例9:抗MCP−1完全分子型ヒト抗体MC32の動物細胞での一過性発現と精製》
一過性発現にはBMT−10細胞を用いた。
8%FCS(インビトロジェン社)入りD’MEM(インビトロジェン社)で維持したBMT−10細胞を、滅菌済み小シャーレ(直径6cm;コーニング社)に、細胞濃度を1.5x10/mLに調製して5mLずつ分注し、炭酸ガス孵卵期で37℃で一夜培養した。PBS(SIGMA社)で細胞を2回洗浄後、低血清のOPTI−MEM(インビトロジェン社)5mLに置換した。ポリスチレン製のディスポ遠心管(FALCON製)を2本準備し、1本に10μLのリポフェクトアミン試薬(インビトロジェン社)と90μLのOPTI−MEM培地を混合した(以下、リポフェクトアミン液)。もう1本に先に調製したH鎖、L鎖の発現プラスミドDNAを各々3μg加え、更に100μLのOPTI−MEMを加えて混合した(以下、DNA液)。DNA液をリポフェクトアミン液に1滴ずつ加えて混合し、室温で30分間反応させた。反応後の溶液を1滴ずつ全量(200μL)シャーレに添加し、炭酸ガス孵卵期で37℃、6時間培養した。6時間後に培地を吸引除去し、8%FCS入りD’MEMを静かに加えて37℃で4日間培養した。4日後に上清を回収し、0.22μmフィルター濾過して精製用の出発材料とした。
Biologic Duo Flowの精製システム(BIO RAD社)、およびプロテインGカラム(ファルマシア社)を用いて定法に従って精製した。
すなわち、プロテインGカラムをPBSで平衡化後、上記の培養上清50mLを流速1mL/分でアプライした。ゲルベッドの50倍量のPBSで洗浄後、0.1Mグリシン−HCl pH2.7で溶出させた。ETフリーのディスポーザブルチューブ(FALCON 2063等)に、中和用としてあらかじめ50μlの1M Tris−HCl pH9.0を加えておき、これに1mLずつ溶出液を回収した。すぐに分光光度計で各フラクションの280nmの吸光度を測定し、主要なフラクションをプールして(通常2mL)PBSにて4℃で一夜透析した。精製抗体の純度検定はG3000SWカラム(トーソー社)を用いたHPLC、並びにSDS−PAGEで行った。HPLCの結果の一例を図4に示す(流速:0.5mL/分;開始バッファー:100mM PB、pH7.2+0.5M NaCl)。
《実施例10:精製完全分子型MC32抗体のMCP−1との結合性》
ELISA法により精製完全分子型MC32抗体のMCP−1との結合性を評価した。PBSで0.5μg/mLに調製したヒトMCP−1(Chemicon社)を固定化した96穴プレート(Maxisorp;Nunc社)を1%BSA/PBSでブロッキング後に、精製した抗MCP−1完全分子型MC32を5ug/mLから1%BSA−0.05%Tween/PBSで2倍段階希釈して用いた。37℃で1時間反応後、0.05%Tween/PBSで5回洗浄して、パーオキシダーゼ標識抗ヒトIgG抗体と更に37℃で1時間反応させた。PBSTで5回洗浄後、発色基質TMBZを加えて呈色させ、450nmの吸光度を測定して結合性を評価した。結果を図5に示す。精製完全分子型MC32抗体はscFvと同様に濃度依存性にMCP−1と結合した。
【配列表】








【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトMonocyte chemoattractant protein−1(以下、ヒトMCP−1とする)に結合し、その生物活性を阻害するヒト抗ヒトMCP−1抗体のVH鎖またはその一部をコードする遺伝子断片。
【請求項2】
当該VH鎖の相補性決定領域(CDR1〜3)が下記のアミノ酸配列を有する請求項1に記載の遺伝子断片。

【請求項3】
当該VH鎖が、配列番号2に記載のアミノ酸配列、または当該アミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列を有する請求項1または2に記載の遺伝子断片。
【請求項4】
当該VH鎖が、配列番号2に記載のアミノ酸配列を有する請求項3に記載の遺伝子断片。
【請求項5】
ヒトMCP−1に結合し、その生物活性を阻害するヒト抗ヒトMCP−1抗体のVL鎖またはその一部をコードする遺伝子断片。
【請求項6】
当該VL鎖の相補性決定領域(CDR1〜3)が下記のアミノ酸配列を有する請求項5に記載の遺伝子断片。

【請求項7】
当該VL鎖が、配列番号7に記載のアミノ酸配列、または当該アミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列を有する請求項5または6に記載の遺伝子断片。
【請求項8】
当該VL鎖が、配列番号7に記載のアミノ酸配列を有する請求項7に記載の遺伝子断片。
【請求項9】
請求項1から4のいずれかに記載のVH鎖をコードする遺伝子断片及び請求項5から8のいずれかに記載のVL鎖をコードする遺伝子断片を結合してなる、ヒトMCP−1に結合し、その生物活性を阻害するヒト抗ヒトMCP−1抗体の一本鎖Fv(以下、scFvと省略する)をコードする遺伝子断片。
【請求項10】
請求項1から4のいずれかに記載のVH鎖をコードする遺伝子断片及び請求項5から8のいずれかに記載のVL鎖をコードする遺伝子断片を、それぞれヒト抗体CH鎖遺伝子及びヒト抗体CL鎖遺伝子と結合してなる、ヒトMCP−1に結合し、その生物活性を阻害するヒト抗ヒトMCP−1抗体をコードする遺伝子断片。
【請求項11】
請求項1から4のいずれかに記載のVH鎖をコードする遺伝子断片及び請求項5から8のいずれかに記載のVL鎖をコードする遺伝子断片を、それぞれヒト抗体CH鎖遺伝子の一部及びヒト抗体CL鎖遺伝子の一部と結合してなる、ヒトMCP−1に結合し、その生物活性を阻害するヒト抗ヒトMCP−1抗体フラグメントをコードする遺伝子断片。
【請求項12】
当該抗体フラグメントが、Fab、Fab’、またはF(ab’)から選ばれる請求項11に記載の遺伝子断片。
【請求項13】
請求項9に記載のscFv遺伝子断片を、ヒト抗体CH鎖遺伝子の一部、またはヒト抗体CL鎖遺伝子の一部と結合してなる、ヒトMCP−1に結合し、その生物活性を阻害するヒト抗ヒトMCP−1抗体フラグメントをコードする遺伝子断片。
【請求項14】
請求項1から13のいずれかに記載の遺伝子断片を発現ベクターに組込み、遺伝子組換え法により発現される、ヒトMCP−1に結合し、その生物活性を阻害するヒト抗ヒトMCP−1抗体または該抗体フラグメント。
【請求項15】
請求項14に記載のヒト抗ヒトMCP−1抗体または該抗体フラグメントに高分子修飾剤を結合させた修飾蛋白分子。
【請求項16】
請求項14に記載のヒト抗ヒトMCP−1抗体または該抗体フラグメント、または請求項15に記載の修飾蛋白分子を有効成分として含有するヒトMCP−1活性阻害剤。
【請求項17】
請求項16に記載のヒトMCP−1活性阻害剤を用いるヒトMCP−1により惹起される炎症及び免疫異常性疾患の予防または治療薬。

【国際公開番号】WO2004/024921
【国際公開日】平成16年3月25日(2004.3.25)
【発行日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−535928(P2004−535928)
【国際出願番号】PCT/JP2003/011560
【国際出願日】平成15年9月10日(2003.9.10)
【出願人】(000173555)財団法人化学及血清療法研究所 (86)
【Fターム(参考)】