説明

ヒトDelta1とヒト免疫グロブリンGのFc部分との融合タンパク質を産生する形質転換体

【課題】 NotchリガンドであるDelta1を活用する技術、例えば、Delta1の抗腫瘍効果を活用する免疫療法、が開発されている。しかし、Delta1を活用する技術を実用化するために、高純度のヒトDelta1を大量且つ簡便に製造するための方法は存在しなかった。
【解決手段】 ヒトDelta1とヒト免疫グロブリンGのFc部分との融合タンパク質である、配列番号4示したアミノ酸配列からなるタンパク質を産生する細胞である、受領番号NITE AP−460の形質転換体、及びこの形質転換体を用いた該融合タンパク質の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、NotchリガンドであるヒトDelta1を産生する形質転換体に関する。更に詳細には、ヒトDelta1とヒト免疫グロブリンGのFc部分との融合タンパク質であって、配列番号4に示したアミノ酸配列からなるものを産生するCHO細胞である、受領番号NITE AP−460の形質転換体、及びそれを用いた融合タンパク質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
用語「ノッチ(Notch)」は、1917年にモルガン(T. H. Morgan)らによる、翅末端にV字の切り込み(notch)を有するショウジョウバエの記述において最初に用いられ、その遺伝子DNAの塩基配列は1985年に初めて報告された。ノッチ分子は、そのN末端を占めるシクナルペプチド、膜貫通(細胞外)ドメイン、細胞内ドメイン等からなる膜タンパク質ないしは膜貫通レセプターであり、発生や分化を制御するノッチの機能は細胞表面のリガンドにより活性化される。ノッチとそのリガンドは多数の細胞で発現され、哺乳類では4種のノッチ、Notch1〜Notch4、及び5種のノッチリガンド、Delta1、Delta3、Delta4、Jagged1及びJagged2が現在、知られている(非特許文献1)。
【0003】
かかるノッチとそのリガンドの作用・機能に関しては、例えば、これらのシグナル伝達によるリンパ球分化の制御、即ち、造血幹細胞のT細胞やB細胞等への分化、ノッチとそのリガンドによるT細胞やB細胞への機能化の制御等(非特許文献2)、ノッチによる成熟T細胞への分化とその活性の支配(非特許文献3)、転写後修飾である糖鎖付加(glycosylation)によるノッチのシグナル伝達の制御(非特許文献1)等が、上記の通り、非特許文献1〜3において総説されている。
【0004】
更に、前述した哺乳類のノッチとそのリガンド並びにこれ等の遺伝子の利用に関しては以下が知られている:全能性幹細胞培養用フィーダー(特許文献1)、幹細胞培養媒体(特許文献2)、骨髄移植や臓器移植等における拒絶反応やアレルギー反応の抑制(特許文献3)、骨粗鬆症や破骨細胞分化等の治療剤(特許文献4)、血管細胞調節剤(特許文献5)、細胞分化の制御(特許文献6)、前立腺細胞の増殖抑制(特許文献7)、細胞分化の抑制による前駆細胞の増幅(特許文献8)、Delta又はJagged遺伝子、及びアレルゲン、MHC抗原、癌抗原等の遺伝子を移入した免疫担当細胞を用いるワクチン(特許文献9)、Deltaを用いる臓器移植での拒絶反応の抑制剤や骨髄移植に伴う疾患の治療剤(特許文献11)、ノッチリガンドと担体薬物との複合体を用いる癌、アレルギー、感染症等の免疫療法剤(特許文献12)、サイトカインの発現調節剤(特許文献13)、Delta1とJagged1による骨髄性白血病細胞株の増殖抑制(非特許文献4)等。
【0005】
上記に加えて、Deltaの細胞外ドメインとIgGのFcドメインとの融合タンパク質を用いるIL4発現とTh1/Th2バランスの調節剤が知られている(特許文献10)。また、Delta1又はDelta4とヒトIgGのFc部分との融合タンパク質がCD8陽性Tリンパ球のCTLへの分化を促進し、抗腫瘍効果が生じることも知られている(特許文献14)。特許文献14にはヒトDelta1又はマウスDelta1をヒトIgGのFc部分と融合した融合タンパク質を形質転換体によって産生することについて記載があるものの、実施例で実際に作製しているのはマウスDelta1を用いた融合タンパク質のみである。この形質転換体は培養しても、1リットルの培養上清当たりわずか数mgの融合タンパク質しか産生しない。
【0006】
以上に見られる通り、ノッチリガンドであるDelta1の作用機能の活用技術は既に、多様に開発されている。しかしながら、これらの技術を実用化する、例えば、Delta1による抗腫瘍効果を活用する免疫療法を実施するために、高純度のDelta1を大量且つ簡便に低コストで製造するための方法は未だ知られていない。
【0007】
【特許文献1】特開2005−34
【特許文献2】WO02/016556
【特許文献3】特開2003−93048
【特許文献4】特開2001−122798
【特許文献5】特開平10−316582
【特許文献6】特開2004−65243
【特許文献7】特表2004−524269
【特許文献8】特表2000−511043
【特許文献9】WO04/083372
【特許文献10】WO04/062686
【特許文献11】WO04/022730
【特許文献12】WO03/087159
【特許文献13】WO03/011317
【特許文献14】特開2006−241087
【非特許文献1】Nature Reviews Molecular Cell Biology、 第4巻、 786-797、 October 2003.
【非特許文献2】Nature Immunology、 第5巻(3号)、 247-253、 March 2004.
【非特許文献3】Journal of Immunology、第173巻、7109-7113、 2004.
【非特許文献4】International Journal of Molecular Medicine、 第14巻 (2号)、 223-226、 2004.
【非特許文献5】Gene Therapy、 第7巻、 1063-1066、 2000.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
NotchリガンドであるDelta1を活用する技術、例えば、Delta1の抗腫瘍効果を活用する免疫療法、が開発されている。しかし、Delta1を活用する技術を実用化するために、高純度のヒトDelta1を大量且つ簡便に製造するための方法は存在しなかった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の目的は、上記の課題を解決するために、ヒトDelta1とヒト免疫グロブリンGのFc部分との融合タンパク質である、配列番号4に示したアミノ酸配列からなるタンパク質を産生する細胞である形質転換体を提供し、この形質転換体を用いて、Delta1を融合タンパク質として製造する方法を提供することにある。
【発明の効果】
【0010】
本発明の形質転換体は可溶型のDelta1を大量に培地中に放出するので、その培養上清からDelta1をIgGのFc部分との融合タンパク質として簡便且つ迅速に単離・精製することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
(配列表の説明)
配列番号1: ヒトDelta1完全長遺伝子DNA(NCBIアクセッション:NM_005618)がコードする、ヒトDelta1完全長アミノ酸配列。
配列番号2: 本発明の形質転換体の作製に用いた、ヒトDelta1の細胞外領域とヒト免疫グロブリンGのFc部分からなる融合タンパク質をコードする塩基配列。
配列番号3: 配列番号2の塩基配列がコードする融合タンパク質のアミノ酸配列。
配列番号4: 本発明の形質転換体が産生する、ヒトDelta1の細胞外領域とヒト免疫グロブリンGのFc部分からなる、可溶性の融合タンパク質のアミノ酸配列。
配列番号5: 本発明の形質転換体の作製に用いた、ベクターpMKITneoの塩基配列。
【0012】
本発明者らは、上述の課題と実情に鑑み、長年にわたる深い洞察と試行錯誤の結果、配列番号4に示したアミノ酸配列からなる、ヒトDelta1とヒト免疫グロブリンGのFc部分との融合タンパク質を産生する形質転換体の作製に成功した(以下、本明細書においては、屡々、本発明の形質転換体を「D1Fc形質転換体」と称し、該形質転換体の産生する融合タンパク質を「D1−Fcタンパク質」と称する)。この形質転換体は、2007年11月14日付で独立行政法人製品評価技術基盤機構、特許微生物寄託センター(〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に寄託した。寄託微生物の受領日は2007年11月16日であり、受領番号はNITE AP−460である(尚、微生物の識別表示は「DIF 144」であるが、この細胞は本発明の「D1Fc形質転換体」と同一である)。本発明のD1Fc形質転換体は培養上清1リットル当たり200mg以上の融合タンパクを産生する。従って、本発明の形質転換体を培養し、その培養上清を回収すれば、培養上清から簡便、迅速且つ大量に、高純度のDelta1タンパク質を単離・精製することができる。
【0013】
本発明によれば、前述の課題を解決するための手段として、次の(1)と(2)がそれぞれ提供される。
(1)ヒトDelta1とヒト免疫グロブリンGのFc部分との融合タンパク質である、配列番号4に示したアミノ酸配列からなるタンパク質を産生する細胞である、受領番号NITE AP−460の形質転換体。
(2)上記1項の形質転換体を用いることを特徴とする、配列番号4に示したアミノ酸配列からなる、ヒトDelta1とヒト免疫グロブリンGのFc部分との融合タンパク質の製造方法。
【0014】
本発明のD1Fc形質転換体は、以下の方法で作製した。
初めに、ヒトDelta1とヒト免疫グロブリンGのFc部分との融合タンパク質をコードする塩基配列を作製した。作製した塩基配列を配列番号2に示した。この塩基配列は、ヒトDelta1の細胞外領域に相当するアミノ酸配列のC末端から4個のアミノ酸を除いたもの(配列番号1の1番〜541番アミノ酸)に、IgGとの融合のために2個のアミノ酸(AspとPro)を挿入したものをコードする塩基配列と、ヒトIgG Fc領域に相当するゲノムDNAを連結したものである。
【0015】
次に、融合タンパク質をコードする塩基配列をプラスミドベクターpMKITneoに挿入連係し、D1−Fc融合タンパク質発現ベクターを得た。本発明で使用したプラスミドベクターpMKITneoは、武部豊博士が開発したSRalphaプロモーターを利用して、丸山和夫博士が作製したベクターである[Takebe et.al. Mol. Cell Biol., 8, 466, 1988 及び Maruyama et al., Transfection of cultured mammalian cells by mammalian expression vectors, Methods in Nucleic Acids Res., CRC Press, 283 (1991) を参照]。ベクターの塩基配列は配列番号5に示した。
【0016】
このようにして構築した発現ベクターで、米国、Bio-rad社のトランスフェクチンを用いたリポフェクション法により、CHO−K1細胞を形質転換した。ジェネティシン耐性を指標として形質転換された細胞である親株を選択し、それらを用いて限界希釈法による一次クローニングを実施した。その後、限界希釈法による二次クローニングを更に実施し、融合タンパク質生産性が親株の1.5〜2.5倍に上昇したサブクローンを取得した。
【0017】
本発明においては、更にこのサブクローンを無血清培地に馴化させて、本発明のD1Fc形質転換体を得た。この形質転換体は2007年11月14日付で独立行政法人製品評価技術基盤機構、特許微生物寄託センター(〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に寄託した。寄託微生物の受領日は2007年11月16日であり、受領日は2007年11月16日、受領番号はNITE AP−460である(尚、微生物の識別表示は「DIF 144」であるが、この細胞は本発明の「D1Fc形質転換体」と同一である)。
【0018】
本発明のD1Fc形質転換体は、ヒトDelta1をヒト免疫グロブリンGのFc部分との融合タンパク質として産生する。全長ヒトDelta1(配列番号1)は723個のアミノ酸からなるタンパク質であるが、本発明の形質転換体が培地中に放出するD1−Fc融合タンパク質(配列番号4)に含まれるDelta1は、配列番号1の第22番〜第541番アミノ酸に相当するポリペプチドである。このポリペプチドは、Delta1の細胞外部分(配列番号1の第22番〜第545番)のC末端から4個のアミノ酸が欠失したものに相当する。Delta1の細胞外部分だけでもDelta1の機能を十分に発揮することが明らかになっている。更に、Delta1の細胞外部分からなる配列は可溶性であるため、後述するように、純粋なタンパク質を多量に産生し精製する上で有利である。
【0019】
尚、発現ベクターに導入した塩基配列には、Delta1のN末端側のシグナル配列(配列番号1の第1番〜第21番アミノ酸)をコードする塩基配列が含まれているが、融合タンパク質が細胞外に放出される際にシグナル配列は切断される。そのため、D1−Fc融合タンパク質にはシグナル配列は含まれていない。
【0020】
ヒトDelta1と融合させたヒト免疫グロブリンGのFc部分のアミノ酸配列と塩基配列は公知であり、種々の融合タンパク質の製造に当業界で用いられているものである。ヒトDelta1やその部分配列を単独で産生するのではなく、ヒト免疫グロブリンGのFc部分との融合タンパク質として産生することには、タンパク質の収量の増加、産生段階におけるタンパク質の安定性の向上、生体内における生物活性の増強、及び生体内での安定性の向上といった利点がある。
【0021】
従来の方法でヒトDelta1を得るためには、例えば、ヒト細胞を培養し、培養細胞を融解してDelta1を単離・精製する。このような方法には、培地中に含まれる種々の成分のみならず、大量の細胞タンパク質からDelta1を単離しなければならないという問題がある。従って、複数のタンパク質精製工程を経なければ、免疫療法に用いることが可能なほど高純度のDelta1を得ることはできない。また、得られるDelta1の量も非常に限られたものである。当然のことながら、Delta1の製造にかかる費用も膨大なものとなるため、Delta1を活用する技術を実用化するためには、高純度のDelta1を大量且つ簡便に製造する方法が望まれていた。
【0022】
このような状況下で本発明者らは、ヒトDelta1を大量に培地中に放出する形質転換体の作製に成功した。本発明のD1Fc形質転換体はD1−Fc融合タンパク質を培地中に放出するので、D1Fc形質転換体を培養し、その培養上清からDelta1を単離・精製することができる。この方法においては、細胞タンパク質の培地への混入は最小限に抑えられるので、簡単な精製工程で高純度のDelta1を得ることができる。
【0023】
次に本発明の形質転換体を用いた融合タンパク質の製造方法について説明する。
初めに、D1Fc形質転換体を培養し、その培養上清を回収する。CHO−K1細胞であるD1Fc形質転換体が増殖し、D1−Fc融合タンパク質が培地中に放出される限り、使用する培地に特に限定はなく、CHO−K1細胞の培養に用いられる市販の培地を使用することができる。本発明のD1Fc形質転換体は無血清培地に馴化されているので、融合タンパク質への血清の混入を防止する上で、無血清培地で培養することが好ましい。培地には、必要に応じて種々のアミノ酸、ビタミン類、イースト抽出液、大豆加水分解物や糖類などを添加してもよい。また、D1Fc形質転換体の培養方法にも限定はなく、回分培養、流加培養、連続培養のいずれでもかまわない。培養条件についても、D1Fc形質転換体が増殖し、変異などが誘発されない限り特に限定はないが、例えば、空気流通下において、pHが約6.6〜7.8、好ましくは約6.8〜7.5であり、培養温度が約30〜38℃、好ましくは35〜37℃の条件下で、2日〜2週間、好ましくは3日〜12日間、撹拌培養することができる。
【0024】
D1Fc形質転換体の1回の培養で培地中に蓄積されるD1−Fc融合タンパク質の量は培地の組成や培養条件などによっても異なるが、通常、200mg/リットル(L)以上である(図2を参照)。D1−Fc融合タンパク質の生産を目的にD1Fc形質転換体を培養する場合には、細胞数を指標として培養上清の回収時期を決定することができる。また、培養中に培養上清の一部を採取し、公知の方法、例えばELISAなどによって融合タンパク質の蓄積量を測定し、充分な量の融合タンパク質が検出された時点で培養上清を回収することもできる。
【0025】
D1Fc形質転換体の培養液から培養上清を回収する方法に特に限定はなく、当業界で細胞を培養液から分離するために用いる方法を実施すればよい。例えば、遠心分離や濾過などによって培養液から細胞を分離して培養上清を回収することができる。
【0026】
D1−Fc融合タンパク質を培養上清から単離・精製する方法に特に限定はなく、公知のタンパク質精製方法を実施すればよい。具体的には、回収した培養上清から、例えば、塩析、有機溶媒による沈殿、市販のゲルや樹脂への吸着脱着を用いるバッチ法やカラム精製等でD1−Fc融合タンパク質を単離すればよい。D1−Fc融合タンパク質はヒト免疫グロブリンGのFc部分との融合タンパク質なので、ヒトIgGのFc部分と結合することが知られるプロテインAやプロテインGを用いた公知の精製方法、例えば、プロテインAアフィニティーカラムやプロテインGアフィニティーカラムを用いたアフィニティークロマトグラフィーで容易に高度な精製が可能である。
【0027】
更に本発明においては、培養上清のみならず、培養した形質転換体を融解し、細胞融解物からD1−Fc融合タンパク質を抽出することもできる。この場合、細胞内から得られるタンパク質はシグナル配列を含む融合タンパク質、即ち、配列番号3のアミノ酸配列からなるものである。
【0028】
本発明の形質転換体から単離・精製したD1−Fc融合タンパク質は、アンプルやバイアル瓶等に分注し、液体又は乾燥品(凍結乾燥品)の形状で、密封された状態で保存及び提供することができる。
【0029】
上記のような方法で得たD1−Fc融合タンパク質は様々な技術に活用することができる。例えば、D1−Fc融合タンパク質はCD8陽性Tリンパ球のCTLへの分化を促進し、抗腫瘍効果を生じる。抗腫瘍効果は、腫瘍細胞を皮下に注入ないしは移植したマウスにD1−Fc融合タンパク質を投与して、腫瘍細胞の増殖により拡大する腫瘍径(円状の腫瘍細胞領域の直径)を計測することで評価することができる。
【0030】
以下、実施例及び参考例を挙げて、本発明の構成と効果を具体的に説明する。但し、この発明は、これ等の実施例及び参考例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0031】
(1)D1−Fc融合タンパク質発現ベクターの構築
ヒトDelta1とヒト免疫グロブリンGのFc部分との融合タンパク質をコードする塩基配列を作製した。具体的には、ヒトDelta1の細胞外部分に相当するアミノ酸配列のC末端から4個のアミノ酸を除いたもの(即ち、配列番号1の1番〜541番アミノ酸)に、IgGとの融合のために2個のアミノ酸(AspとPro)を挿入したアミノ酸配列をコードする塩基配列と、ヒトIgG Fc領域に相当するゲノムDNAを連結して、融合タンパク質をコードする配列番号2の塩基配列を構築した。
次に、融合タンパク質をコードする塩基配列をプラスミドベクターpMKITneo(配列番号5)のEcoRIサイト(gaattc;2,994番塩基〜2,999番塩基)とNotIサイト(gcggccgc;3,387塩基〜3,394番塩基)の間に挿入連係し、D1−Fc融合タンパク質発現ベクターを得た。
【0032】
(2)D1−Fc融合タンパク質産生細胞の樹立
上記(1)項で構築した発現ベクターで、米国、Bio-rad社のトランスフェクチンを用いたリポフェクション法により、CHO−K1細胞を形質転換した。具体的には、6ウェルマルチプレートディッシュにCHO−K1細胞を播種し、CO2インキュベーター(培養温度:36.5±0.5℃、炭酸ガス濃度:5.0±0.2%)で1日間培養した。培養には、500mlのHam’s F−12培地(米国、Sigma製)に55.6mlの非動化ウシ胎児血清を加えたものを使用した。70〜90%コンフルエントに達した、播種細胞密度が4×105細胞/mlのディッシュに400μlのトランスフェクチン・プラスミドDNA複合体を滴下し、20〜24時間培養することで、プラスミドDNAを細胞に導入した。
【0033】
形質転換された細胞は選択マーカーであるジェネティシン耐性を獲得するので、ジェネティシン耐性株をペニシリンカップ法又は96ウェルマルチプレートディッシュから選択した。選択にはジェネティシン(米国、Sigma製のG8168)を使用し、その濃度は800mg/Lとした。その結果、合計30株のジェネティシン耐性株を分離し、それらの中から、D1−Fc融合タンパク質の生産速度及び増殖性の高い19株を選択した(培地中のD1−Fc融合タンパク質は後述するELISA法で定量した)。この19株を更にフラスコで培養し、培地中のD1−Fc融合タンパク質の蓄積量が高い株を一次クローニング実施株として選択した。
【0034】
一次クローニングは限界希釈法で実施した。具体的には、10細胞/mlの細胞浮遊液を調製し、96ウェルマルチプレートディッシュに0.1ml/ウェルずつ播種し、6日間培養した。各ウェルに選択培地(500mlのHam’s F−12培地に55.6mlの非動化ウシ胎児血清を加え、更にジェネティシン800mg/Lを添加したもの)を0.1ml添加して更に8日間培養した。単一コロニーを形成したウェルから培養上清を採取し、D1−Fc融合タンパク質蓄積量を測定した。生産量の高い株を選択し、そこから増殖性及びD1−Fc融合タンパク質の生産速度が特に高い株を選択して二次クローニングを行った。二次クローニングは上述と同様の限界希釈法で実施し、D1−Fc融合タンパク質の生産性と増殖性が共に高い形質転換体を選択した。
【0035】
(3)D1−Fc融合タンパク質産生細胞の無血清培地への馴化
二次クローニング分離株を以下の条件下で馴化培養に付して、無血清培地で培養可能なD1−Fc融合タンパク質産生細胞を樹立した。
【0036】
馴化培養には、上述した選択培地と無血清培地であるEX−CELL 302(米国、SAFCの14324−1000M)を使用し、この2つの培地を以下のように混合して細胞の継代に使用した:選択培地(50%)+無血清培地(50%)で2継代、選択培地(10%)+無血清培地(90%)で3継代、選択培地(5%)+無血清培地(95%)で3継代、そして無血清培地で10継代。
馴化培養の培養容器はT−25フラスコ(3103-025、日本国、IWAKI製)、培養液量は5ml、目標播種細胞密度は1〜5×105細胞/mlとし、培養温度が36.5±0.5℃、炭酸ガス濃度が5.0±0.2%の条件下で、1代の培養日数を2〜5日とした。継代は、細胞数のカウントから求めた生存率が90%以上の時に行い、培養上清は回収して、D1−Fc融合タンパク質の蓄積量を後述するELISA法で測定した。尚、継代培養中に細胞が浮遊化した場合は、トリプシン処理を行わずに125ml三角フラスコで培養した。付着伸展した細胞と浮遊細胞が混在する場合は、浮遊細胞のみを採取し、生細胞密度を計測して継代した。
【0037】
こうして得られた形質転換体をD1Fc形質転換体と命名し、平成19年11月14日付で独立行政法人製品評価技術基盤機構、特許微生物寄託センター(〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に寄託した。寄託微生物の受領日は2007年11月16日であり、受領番号はNITE AP−460である(尚、微生物の識別表示は「DIF 144」であるが、この細胞は本発明の「D1Fc形質転換体」と同一である)。
【0038】
(4)D1Fc形質転換体の培養
上記(3)項で作製したD1Fc形質転換体を5L培養槽(日本国、(株)バイオットのBCP−07)を用いて培養した。培地として無血清培地であるEX−CELL 302(米国、SAFCの14324−1000M)に最終濃度4mMのL−グルタミン−200mM溶液(米国、SAFCの59202−100M)、100×HT溶液を1/100量、及び最終濃度800mg/Lのジェネティシンを加えたものを使用し、フェドバッチ培養で実施した。培養容量は培養開始時4L、培養温度は36.7±0.1℃、攪拌数49rpm、pH目標値7.3±0.1とし、溶存酸素濃度目標値を20%±10%、播種細胞密度は2×105細胞/mlで12日間培養し、培養3、5、7、9及び11日目に次の流加培地を添加した。
培養3、5と7日目に添加した流加培地:0.5mlのアミノ酸濃縮物(米国、SAFCの60990−1000M)、0.5mlのビタミン類(米国、SAFCの60989−1000M)、0.2mlの大豆加水分解物(米国、SAFCの58903−100M)、1mlの200mM L−グルタミン溶液と1mlの200g/L グルコース溶液;及び
培養9と11日目に添加した流加培地:0.5mlのアミノ酸濃縮物、0.5mlのビタミン類、0.2mlの大豆加水分解物、1mlの200mM L−グルタミン溶液と0.5mlの200g/L グルコース溶液。
【0039】
溶存酸素濃度は上面あるいは培養液内に酸素を供給することで制御した。pHについては、上昇した場合は上面へ炭酸ガスを供給し、下降した場合は1.5mol/Lの炭酸ナトリウムを添加することで制御した。細胞密度及び生存率は、培養槽内から採取した細胞浮遊液を細胞オートアナライザーで分析することにより測定した。また培養3日目以降、上清中のD1−Fc融合タンパク質の蓄積量を、以下に詳述するELISAによって測定した。
【0040】
(5)ELISA法によるD1−Fc融合タンパク質の定量
一次抗体溶液として、ウサギ抗ヒトIgG(デンマーク国、Dako Cytomation製、Polyclonal Rabbit Anti-human IgG, Code No. A0423)をPBS(−)により2400倍に希釈したものを使用した。一次抗体溶液100μlを96穴マイクロタイタープレート(日本国、ナルジェ ヌンク インターナショナル株式会社製、NUNC-Immunoplate F96 CERT. MAXISORP、製品番号439454)の各ウェルに添加し、2〜8℃で一晩静置することで一次抗体をウェルに被覆した。ウェル内の液を除去した後、プレートを清浄紙にたたいて液をきった。ウェルを洗浄するために、300μlの洗浄液[0.5gのTween20に1000mlのPBS(−)を加えたもの]をプレートの全ウェルに加え、ウェル内の液を除去した後に、プレートを清浄紙にたたいて液をきるという洗浄操作を合計3回繰り返した。次に、プレートの各ウェルに200μlのブロッキング液[1.0gのウシ血清アルブミンに100mlのPBS(−)を加え溶解したもの]を添加し、室温で60分間静置した。上述と同様の洗浄操作を合計3回繰り返して余分なブロッキング液を除去した。
【0041】
単離精製されたヒトDelta1とIgGの融合タンパク質であるヒトDelta1−Ig標準原液(ロット番号050121、濃度1.08mg/ml、東大病院より入荷)を標準物質として使用し、それを検体希釈液[0.2gのBSA(フラクションV)及び0.1gのTween20に200mlのPBS(−)を加えたもの]で希釈して、検量線作成のための標準溶液を作製した。標準溶液のDelta1−Ig濃度は、400、200、100、50、25、12.5、6.25及び0ng/mlとした。試料溶液(形質転換体の培養上清を検体希釈液で希釈したもの)と標準溶液をそれぞれ2つのウェルに添加し、プレートを室温で60分間静置した後、上述と同様の洗浄操作を合計3回繰り返した。
【0042】
二次抗体としてパーオキシダーゼ標識した抗ヒトIgG(γ鎖)・ウサギポリクローナル抗体(デンマーク国、Dako Cytomation製、Code No. A0406,1.1mg/ml)を用い、それを上述した検体希釈液で4000倍に希釈したものを二次抗体溶液とした。各ウェルに100μlの二次抗体溶液を添加して室温で60分間静置した後、上述と同様の洗浄操作を合計3回繰り返した。次に、基質溶液100μlをプレートの各ウェルに添加した。基質溶液は、1錠のOPD錠(10mgのo-フェニレンジアミン二塩酸塩/錠、日本国、和光純薬工業製)に25mlのOPD溶解液(クエン酸一水和物 10.5gとリン酸水素二ナトリウム十二水和物 35.8gを水に溶かし、500mlとしたもの)を加えて溶かし、使用直前に5μlの過酸化水素水(30%)を加えて混合したものである。プレートをプレートシールで覆い、更にアルミホイルで遮光し、室温で20分間静置して酵素反応を実施した。プレートの各ウェルに2mol/Lの硫酸溶液100μlを添加し、マイクロプレートミキサー(日本国、IWAKI製のMPX96)で攪拌することで、酵素反応を停止した。
【0043】
次に、マイクロプレートリーダー(米国、モレキュラーデバイス製のEmax)を用いて波長490nm(A1)及び650nm(A2)における吸光度を測定した。横軸にDelta1−Igの濃度をとり、縦軸に吸光度(A1−A2)をとって、標準溶液の濃度と吸光度をグラフ上にプロットすることで、4−パラメーター法による検量線を作成した。この検量線を用いて各試料溶液の吸光度から、D1−Fc融合タンパク質の濃度を求めた。
【0044】
本発明のD1Fc形質転換体の培養結果を図1と2に示した。図1には細胞増殖と生存率の経時変化を示し、図2には培養上清中のD1−Fc融合タンパク質の蓄積量の経時変化を示した。培養7日目の到達細胞密度は、37×105細胞/mlであり、培養12日目のD1−Fc融合タンパク質の蓄積量は214mg/Lと非常に高かった。
【参考例1】
【0045】
Delta1−Fc融合タンパク質による抗腫瘍作用
3,000radの放射線照射した腎癌細胞3T1を1×107細胞/ドーズ、腹腔内接種することにより8週齢の雌BALB/cマウスを免疫した。免疫10日後に、各マウスの背中の皮下に3T1を移植した。次いで、最初の免疫の日から3日の間隔で50μg/ドーズのD1−Fc融合タンパク質を各マウスの腹腔内に投与した。その後、マウスの腫瘍径を経時的に測定した。この結果、融合タンパク質を投与していない比較対照群に比べ、D1−Fc融合タンパク質の投与群では明らかに腫瘍径が小さかった。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明の形質転換体を用いることによって、高純度のヒトDelta1を大量且つ簡便に製造することができる。高純度のヒトDelta1を低コストで提供することによって、Delta1を活用する様々な技術(例えば、Delta1の抗腫瘍効果を活用する免疫療法)の実用化が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】D1Fc形質転換体の細胞増殖と生存率の経時変化を示す。
【図2】D1Fc形質転換体の培養上清における、D1−Fc融合タンパク質の蓄積量の経時変化を示す。
【配列表フリーテキスト】
【0048】
配列番号2: D1−Fc融合タンパク質をコードするDNA
配列番号3: 合成構築物
配列番号4: 可溶性のD1−Fc融合タンパク質
配列番号5: プラスミドベクターpMKITNeo

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトDelta1とヒト免疫グロブリンGのFc部分との融合タンパク質である、配列番号4に示したアミノ酸配列からなるタンパク質を産生する細胞である、受領番号NITE AP−460の形質転換体。
【請求項2】
請求項1の形質転換体を用いることを特徴とする、配列番号4に示したアミノ酸配列からなる、ヒトDelta1とヒト免疫グロブリンGのFc部分との融合タンパク質の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−136243(P2009−136243A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−318431(P2007−318431)
【出願日】平成19年12月10日(2007.12.10)
【出願人】(304020292)国立大学法人徳島大学 (307)
【Fターム(参考)】