説明

ヒトWnt3a遺伝子形質転換細胞

【課題】毛乳頭細胞の毛包構築誘導活性を有する細胞間シグナル分子、ヒトWnt3a組換タンパク質を効率よく発現できる細胞の提供。
【解決手段】ヒトWnt3a遺伝子を含むベクターにより形質転換された、IORS(不死化外毛根鞘)又はIDP(不死化毛乳頭)細胞等の毛包由来細胞、及びPC3細胞等の前立腺癌由来細胞からなる群から選択される細胞。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトWnt3aタンパク質の高い発現効率を示す、ヒトWnt3aタンパク質遺伝子を含むベクターにより形質転換された細胞を提供する。
【背景技術】
【0002】
Wnt(ウィント)タンパク質は分子量約4万の分泌性糖タンパク質であり、胚の形態形成や毛包の再生などに重要な細胞間シグナル分子として知られ、またメラノサイトの分化と機能維持にも関与する。脊椎動物のWntは20種類近く知られており、サブファミリーを形成し、それぞれが細胞膜上の7回膜貫通型レセプターFrizzledと1回膜貫通型レセプターLRPに結合する。Wntファミリーの一員であるWnt3aは毛乳頭細胞に作用させることで毛乳頭の毛包構築誘導活性が培養後も維持されることがマウスでの移植実験から明らかになっており(Kishimoto. J. et. al., Genes & Dev., 2000 May 15;14(10):1181-5)、近年その毛包誘導との関係が注目を浴びるに至っている。Wnt3aトリ又はマウスWnt3a遺伝子で形質転換されたトリ細胞により産生された組換トリ又はマウスWnt3aタンパク質を用い、マウス毛乳頭細胞などに作用させ、研究が行われている。
【0003】
ヒトに対して適用される臨床試験への使用を考慮すると、ヒトやマウスではなく、ヒトWnt3a組換タンパク質を大量調製する必要がある。しかしながら、組換えヒトWnt3aは、おそらくはその後翻訳修飾を理由に、その活性を十分に保持したタンパク質を生産することが困難であるという問題を抱える。従って、毛包誘導活性を維持したヒトWnt3a組換タンパク質の効率の良い生産に用いるための宿主細胞の選定は、毛包の形成・再生メカニズムの解明、毛包形成・再生を誘導・亢進する薬剤のスクリーニング・評価にとって重要な事項である。
【0004】
【非特許文献1】Genes & Dev., 2000 May 15;14(10):1181-5
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、毛乳頭細胞の毛包構築誘導活性を有するヒトWnt3a組換タンパク質を効率よく発現できる細胞の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
鋭意検討の結果、本発明者は活性を保持したヒトWnt3a組換タンパク質を効率よく発現するための宿主として、毛包由来細胞及び前立腺癌由来細胞が最適であることを見出し、本発明を完成するに至った。
従って、本願は下記の発明を包含する:
(1)ヒトWnt3a遺伝子を含むベクターにより形質転換された、毛包由来細胞及び前立腺癌由来細胞からなる群から選択される細胞。
(2)前記毛包由来細胞がIORS又はIDP細胞である、(1)の細胞。
(3)前記前立腺癌由来細胞がPC3細胞である、(1)の細胞。
(4)前記ベクターがpTargetベクターである、(1)〜(3)のいずれかの細胞。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、毛乳頭細胞の毛包構築誘導活性を有するヒトWnt3a組換タンパク質を効率よく発現でき、毛包の形成・再生のメカニズムの解明や、毛包再生に有効な薬剤の評価を効率よく行うことが期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
ヒトWnt3aはアミノ酸残基352のタンパク質であり、それをコードする遺伝子の塩基配列を配列番号1及び図1に示す。Wnt3a遺伝子を含む発現ベクターは、Wnt3a遺伝子を適当なベクターのプロモーターの制御下に、適当な制限部位を介して周知の方法で連結することにより製造できる。ベクターの種類も特に制限されるものではなく、市販のもの、例えばpTargetベクター(Promega)、pBK−CMV ベクター、pBK-RSVベクター(Stratagene)といった市販の動物細胞用発現ベクターなど、あらゆるベクターが使用できる。特に好ましいのはpTargetベクターである。
【0009】
本発明で用いられる好適なプロモーターとしては、遺伝子の発現に用いる宿主に対応して適切なプロモーターであれば特に制限されなく、例えば、CMVプロモーター、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、HSV−TKプロモーター、β-アクチンプロモーター等が挙げられる。
また、所望により、発現ベクターには更にエンハンサー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、SV40複製起点、等を含んでよい。
【0010】
宿主細胞としてはヒト不死化外毛根鞘細胞(IORS)、ヒト不死化毛乳頭細胞(IDP)などといったヒト毛包由来細胞、あるいはヒト前立腺癌細胞(PC3)等が使用できる。IORSが特に好ましい。
ヒト外毛根鞘細胞を得るには、ヒトの頭皮を、例えば美容整形外科手術や外科手術の副産物として得、これをこの頭皮から実体顕微鏡下で毛包組織を得る。次にこの毛包組織を、加水分解酵素溶液、例えばコラゲナーゼ、ディスパーゼ混合溶液で37℃、30分間処理した後に、コラーゲンコーティングした培養皿に静置させ、低カルシウム無血清培地、例えばK−GM(Clonetics)やKeratinocyte−SFM(GIBCO BRL)中で培養し、この間2日間ごとに培地を交換する。細胞が増殖したことを確認した後、培養器に付着している細胞を遊離させ遠心分離により細胞を回収した後、無血清培地により継代培養を行う。
【0011】
ヒト毛乳頭細胞も外毛根鞘細胞と同様、美容整形外科手術や外科手術の副産物としてヒト頭皮から実体顕微鏡下で毛乳頭を得る。次にこの毛乳頭を、常用の動物細胞培養培地、例えばウシ胎児血清を含むダルベコ改変イーグル培地(Dulbecco's Modified Eagle Medium; D-MEM )中で培養し、この間2日間ごとに培地を交換する。細胞が増殖したことを確認した後、培養器に付着している細胞を遊離させ遠心分離により細胞を回収した後、無血清培地により継代培養を行う。
【0012】
このようにして得たヒト外毛根鞘細胞やヒト毛乳頭細胞の不死化は公知の方法で行うことができる。好ましくは、特開2000−89号に記載のごとき、複製起点を欠失させたSV40ウイルスのLarge T抗原遺伝子を用いることができる。この遺伝子は通常、プラスミドやウイルス等のベクターに挿入した状態で用いる。この遺伝子は、動物細胞を不死化するための典型的な遺伝子として当業界で広く使用されており、容易に入手することができる。例えば、アデノウイルスベクターであるΔEl/X(Doren ら、J. Virol. vol.50, 606-614 (1984))中のEIA領域を、複製開始点を欠失させたSV40 Large T抗原ウイルスにより置換したウイルスがDoren ら、Mol. Cell. Biol. 1653-1656 (1984) に記載されている。また、pLTtsa(M. Rassoulzadegan ら、Proc. Nat. Acad. Sci. USA, Vol.80, 4354-4358 (1983))から、BglI及びHingIIにより、温度感受性ポリオーマウイルスLarge T抗原(Plttsa)をコードする遺伝子を含む2491bpの断片を切り出し、これをレトロウイルスベクターpZIPNeoSV(X)l(C.L.Cepko ら、Cell Vol.37, 1053-1062 (1984) のBamHI部位に挿入して得たレトロウイルスベクターpZITtsa(W. Filsellら、Journal of Cell Science Vol.107, 1761-1772 (1994) を用いることもできる。さらに、複製起点を欠失させたSV40ウイルスDNAをpBR322にクローニングして得たpSV40ori−やヒトパピロ−マウイルスのタイプ16のDNAをpSV2neoベクターにクローニングして得たpSHPV16s(Tissue Cult. Res. Commun. vol.11, 13-24 (1992))を用いることもできる。
【0013】
前立腺癌細胞株PC3は市販され、例えばAmerican Type Culture Collection (ATCC)やDSファーマバイオメディカル株式会社(旧大日本住友製薬株式会社)から入手できる。
【0014】
宿主細胞の形質転換は周知の方法、例えば塩化カルシウム法、リン酸カルシウム共沈殿法、DEAEデキストラン法、リポフェクチン法、プロトプラストポリエチレン融合法、エレクトロポレーション法等が利用でき、利用する宿主細胞により適当な方法を選択すればよい。また、形質転換には適宜市販のキットを使用して行うことができる。かかるキットの例としては、Fugene(登録商標)(ロッシュアプライドサイエンス)、CombiMag(OZ Biosciences)、PolyMag(OZ Biosciences)等が挙げられる。
【0015】
得られる組換宿主細胞を適当な培養培地で培養し、培養液から、慣用の手順、例えば限定することなく、遠心又は濾過により培養液から細胞を分離させ、必要に応じて細胞を破壊し、硫酸アンモニウムの如き塩により上清液又は濾液のタンパク質性成分を沈殿させ、次いで様々なクロマトグラフィー手順、例えばイオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等を行うことにより目的の蛋白質を回収することができる。
【0016】
Wnt3aの毛包形成誘導活性は、例えばWnt3aの作用により遺伝子発現が亢進する因子であるLEF−1(リンパ球エンハンサー因子1)を指標として測定することができる(Filali M et al, J Biol Chem 277, 33398-33410, 2002)。Wntは細胞にβカテニン(β-CAT)というタンパク質を分解しないよう指示を出し、その結果βカテニンがLEF−1やそれに類似のタンパク質と結合することで毛包の再生や発毛に誘導する。LEf−1の発現の確認は、例えばRT−PCR法やウェスタンブロッティングなど、周知の方法で行うことができる。
【0017】
以下、具体例を挙げて、本発明を更に具体的に説明する。なお、本発明はこれにより限定されるものではない。
【実施例】
【0018】
実験方法
Wnt3a、Wnt7Aプラスミドの構築
市販のヒト胎盤total RNA(クロンテック)から合成したcDNAを鋳型に、センス鎖プライマーgatggccccactcggata(配列番号2)とアンチセンス鎖プライマーggtgcctacttgcaggtgt(配列番号3)を用いて、PCR法によりヒトWnt3aの全長を増幅した。増幅された各遺伝子のPCR産物を市販のキット(プロメガ)により精製した後、pTargetベクターに連結させ、大腸菌を用いてクローニングした。制限酵素の切断パターンの解析から各遺伝子を含むプラスミドを同定した後に、さらにDNAシーケンサーを用いて、挿入された各遺伝子の塩基配列を決定した。Wnt3aをコードする遺伝子のヌクレオチド配列を図1に示す。
【0019】
細胞への遺伝子導入
以下の表1に示す各細胞を6穴プレートに1〜3×105個を播種し、37℃、5% CO2の条件下で亜集密に達するまで培養を行った。次に、構築したWnt3aまたはコントロールのpTargetベクターを、市販の遺伝子導入試薬(Fugene(登録商標)(ロッシュアプライドサイエンス)、CombiMag(OZ Biosciences)、PolyMag(OZ Biosciences))を用い、これらの培養した細胞に導入した。どの細胞にどの遺伝子遺伝子導入試薬を使用したかは表1に示すとおりである。導入試薬の使用法は、各試薬の標準操作法に従った。また遺伝子導入効率は、pTrargetにアザミグリーン遺伝子(医学生物学研究所)を連結したプラスミドを各細胞に導入し、アザミグリーン蛍光陽性の細胞の数をフローサイトメーター(ベックマン・コールター)で計測することにより算出した。各細胞に対して使用した、培地、遺伝子導入試薬、導入効率結果を表1に示した。
【0020】
【表1】

【0021】
その結果、IORS、IDP及びPC3細胞において比較的高い効率でWnt3a遺伝子が導入されることがわかった。
【0022】
RT−PCRによるWnt3aのmRNA過剰発現の確認
構築したWnt3aまたはコントロールのpTargetベクターをIORS細胞に導入し、2日後にIsogen(ニッポンジーン)を用いてtotal RNAを抽出して、さらにcDNAを合成した。得られたIORS細胞のcDNAを鋳型に、ヒトWnt3aについてセンス鎖側プライマーcaggaactacgtggagatca(配列番号4)とアンチセンス鎖側プライマーccatcccaccaaactcgatg(配列番号5)を用いてPCR反応を行い、導入したプラスミドによるWnt3aの発現を調べたところ、その過剰発現が認められた(データーを示さない)。
【0023】
ウエスタンブロット法による組換えWnt3aタンパク質の発現の確認
遺伝子を導入して2日後に、表1に示す各遺伝子導入細胞をSDS‐ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)のサンプルバッファーに溶解させて熱処理を行い、SDS−PAGEに供した。その際、Wntプラスミドとコントロールベクターを導入した細胞間で、蛋白抽出前に計測した細胞数が同一となるようサンプルを調製した。次に、SDS−PAGE後のゲルからセミドライ法により、タンパク質をメンブレンにトランスファーした。メンブレンを市販のブロッキング液で処理した後に、1次抗体としてWnt3a抗体(アブカム)を500倍に希釈して反応させた。PBS−Tによる洗浄の後に、2次抗体のHRP標識抗ウサギIgG(GEヘルスケアサイエンス)を2000倍に希釈して反応させた。さらに、PBS−Tによる洗浄の後に、ECL Advance(GEヘルスケアサイエンス)用いて検出を行った。ポシティブコントロールとしては、市販のマウスWnt3a蛋白(R&D system)を用いた。その結果を図2に示す。IORS及びIDP細胞ではWnt3aの高発現が認められ、PC3細胞でも発現が認められた。
【0024】
Lef−1の発現亢進による導入したWnt3aの機能発現の確認
構築したプラスミドの導入により過剰発現させたWnt3aが生理的な機能しているか、Wntの作用により遺伝子発現が亢進する因子であるLef−1(Filali M et al, J Biol Chem 277, 33398-33410, 2002)を指標として調べた。Wnt3aプラスミドまたはコントロールのpTrargetベクターをIORS細胞に導入し、2日後にIsogen(ニッポンジーン)を用いてtotalRNAを抽出して、さらにcDNA合成を行った。得られたIORS細胞のcDNAを鋳型に、センス鎖側プライマーcttccttggtgaacgagtctg(配列番号6)とアンチセンス鎖側プライマーgtgttctctggccttgtcgt(配列番号7)を用いてヒトLef−1のPCR反応を行った。
その結果を図3に示す。Wnt3aプラスミドを導入した場合に、コントロールと比較してLef−1遺伝子の発現亢進が認められ、導入したWnt3aが生理的に機能していることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】Wnt3aをコードする遺伝子のヌクレオチド配列。
【図2】Wnt3a導入細胞のウェスタンブロッティング。
【図3】Lef−1の発現亢進による導入したWnt3aの機能発現の確認。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトWnt3a遺伝子を含むベクターにより形質転換された、毛包由来細胞及び前立腺癌由来細胞からなる群から選択される細胞。
【請求項2】
前記毛包由来細胞がIORS(不死化外毛根鞘)又はIDP(不死化毛乳頭)細胞である、請求項1記載の細胞。
【請求項3】
前記前立腺癌由来細胞がPC3(ヒト前立腺癌)細胞である、請求項1記載の細胞。
【請求項4】
前記ベクターがpTargetベクターである、請求項1〜3のいずれか1項記載の細胞。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−171852(P2009−171852A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−10823(P2008−10823)
【出願日】平成20年1月21日(2008.1.21)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】