説明

ヒドロキシラジカル消去剤

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、リグナン配糖体を有効成分とするヒドロキシラジカル消去剤に係わる。さらに詳しくは、ごま種子を原料として得られる特定の構造をもつリグナン配糖体を有効成分とするヒドロキシラジカル消去剤に関する。本発明のヒドロキシラジカル消去剤は、食品分野のほか医薬品分野、農薬分野、化粧品分野等において幅広く利用されるものである。
【0002】
【従来の技術】生物は、酸素を利用することによって生存に必要なエネルギーを効率的に得ている。しかしながら、このようなエネルギー代謝のうち、酸素が水に変換される過程で、中間体として活性酸素種を生じる。一般に活性酸素種としては、マクロファージの刺激等によって放出されるスーパーオキシドアニオン、放射線の被爆等によって生成されるヒドロキシラジカル、脂質の過酸化等により連鎖的に生成する有機ラジカル等が知られている。これらの活性酸素種は化学的反応性が高く、脂質や核酸、蛋白質等と反応し、さまざまな疾病に繋がる酸化的障害をもたらす。そして過度の放射線や紫外線の照射、化学物質やタバコの摂取等がこれらの外的誘因となる。これらのうち、例えば放射線の照射によりもたらされる生体障害の重要な原因は、放射線の照射によって生体中の水分子から産生されるヒドロキシラジカルである。
【0003】このヒドロキシラジカルは、活性酸素種の中でも最も反応性が高いものの一つで、生体内に存在する脂質、蛋白質、核酸または糖質等と直ちに化学反応し、これらの酸化、変性あるいは分解等をもたらす。これにより遺伝子や生体膜、組織等は著しい損傷を受け、発ガン、動脈硬化、心臓疾患、炎症または細胞老化等の様々な疾患の原因となると考えられている(Halliwell B. and Gutteridge M.C.、Biochem. J. 、第219巻、第1−14頁、1984年)。
【0004】従って、このような毒性を持つ活性酸素種を効率的に消去する機能を有する物質は、生体内または食品や医薬品、農薬等に含まれる成分の酸化的劣化の防御剤として有用であり、食品分野、特に健康食品、栄養食品のほか、医薬品・農薬分野や化粧品分野等において実用的な利用が期待されているものである。なお、トコフェロールやアスコルビン酸等の公知の酸化防止剤は、ヒドロキシラジカル消去能についていえば、ビタミンEのように活性を有するものもあるが、未だ不明なものが多い。
【0005】近年、このような活性酸素種、特にヒドロキシラジカルの生体に対する毒性が明らかになるにつれ、これを効率的に消去する活性を有する物質の有用性が注目され、さまざまな物質が主に天然物由来の成分として検討されている。ヒドロキシラジカル消去活性を有する代表的なものとしてマニトール、トリプトファン、ギ酸等があげられ、これらのヒドロキシラジカル消去活性が調べられている(例えば、大柳善彦著、「SODと活性酸素種調節剤−その薬理的作用と臨床応用」、第224〜228頁、日本医学館、1989年)。
【0006】しかしながら、極めて微量で実用的に効果のあるヒドロキシラジカル消去活性を有する物質は未だほとんどなく、これを工業的に多量かつ安定に入手することは困難であるのが現状である。このように、ヒドロキシラジカルを消去する活性を有する有効成分の安定供給が望まれているにもかかわらず、これまで工業的に実用化された例はほとんどない。
【0007】ところで、食品用原材料として常用される天然物の一つにゴマ種子がある。ゴマ種子は古くから食用に供されてきた油糧種子の一種であり、その薬理的効果も伝承されている。ゴマは現在でも熱帯地方をはじめ世界各地で栽培され、その油脂や種子の独特の風味が好まれて食されている。すなわちゴマは、比較的多量にまた安定して入手可能な植物材料であり、しかも人体に対して安全な原料であるといえる。また、ゴマ種子の中には特徴的な化合物としてリグナン類が含まれており、その抗酸化活性をはじめ種々の生理活性機能に関する研究がなされている(例えば並木満夫、小林貞作編、「ゴマの科学」、朝倉書店、1989年)。
【0008】ゴマ種子中には、優れた抗酸化活性を有するリグナン類、すなわちセサミノール:テトラヒドロ−1−〔6−ヒドロキシ−3,4−(メチレンジオキシ)フェニル〕−4−〔3,4−(メチレンジオキシ)フェニル〕−1H,3H−フロ〔3,4−C〕フラン、P−1:テトラヒドロ−1−(3−メトキシ−4−ヒドロキシフェニル)−4−〔3,4−(メチレンジオキシ)フェニル〕−1H,3H−フロ〔3,4−C〕フラン、セサモリノール:テトラヒドロ−1−〔3−メトキシ−4−ヒドロキシフェノキシ〕−4−〔3,4−(メチレンジオキシ)フェニル〕−1H,3H−フロ〔3,4−C〕フラン、ピノレジノール:テトラヒドロ−1,4−ジ(3−メトキシ−4−ヒドロキシフェニル)−1H,3H−フロ〔3,4−C〕フラン等のフェノール性リグナン類が含まれ、その多くは糖化合物(リグナン配糖体)としてゴマ種子またはその脱脂粕中に存在することが明らかにされている(Biosci. Biotech. Biochem. 、第56巻、第2087〜2088頁、1992年)。
【0009】また、ゴマ種子の粉砕物からピノレジノール配糖体が得られ、該配糖体は脂質の酸化に対する抗酸化効果を有することが公知である(特開平6−116282号公報)。しかしながら同公報では、ピノレジノール配糖体以外のリグナン配糖体については言及されていない。一方、ゴマ種子を発芽させると、その発芽物中にトコフェロールやセサモール以外のフェノール性の抗酸化性物質が生成されることが報告されている(日本食品工業学会誌、第32巻、第407〜412頁、1985年)。さらにゴマ種子の植物成体から誘導した培養細胞を用いて抗酸化性物質あるいは抗光酸化性物質を抽出することも知られている(日本農業化学会1991年度大会要旨集、第236頁、1991年、特公平4−21475号公報、特開平5−124949号公報)。しかし、これらに開示されている物質は、いずれも前記フェノール性リグナン類とは別異のものである。
【0010】
【発明が解決しようとする課題】したがって本発明は、新規なヒドロキシラジカル消去剤、とりわけ新規な成分を利用するヒドロキシラジカル消去剤を提供することを目的とする。
【0011】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、前記目的を達成するため鋭意検討の結果、特定の化学構造式を有する新規なリグナン配糖体がヒドロキシラジカルを効果的に消去し得る活性をもつことを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0012】すなわち本発明の要旨は、下記の構造式(I)
【化5】


(式(I)中、Rはグルコース、ガラクトースおよびフルクトースからなる群より選ばれる1種のグルコシル残基を表し、mは1〜3の整数値のいずれかを表し、nは0または1の整数値を表す。)で示されるリグナン配糖体を有効成分とするヒドロキシラジカル消去剤にある。
【0013】本発明に係るリグナン配糖体は、前記構造式(I)で示されるものであり、2個のメチレンジオキシフェニル基を有するアグリコン部分と、そのヒドロキシル基にグルコース、ガラクトースまたはフルクトースの糖残基が1〜3分子結合している糖部分とから構成される。本発明で対象とするリグナン配糖体は、好ましくは前記構造式(I)において糖残基がジグルコシド残基および/またはトリグルコシド残基であるグルコシドリグナンであり、より好ましくは下記の構造式(II−a)、(II−b)または(II−c)で示されるものの1種もしくは2種以上である。
【0014】
【化6】


(式(II−a)中、Glcはグルコース残基を表す。)
【0015】
【化7】


(式(II−b)中、Glcはグルコース残基を表す。)
【0016】
【化8】


(式(II−c)中、Glcはグルコース残基を表す。)
【0017】かかるリグナン配糖体は、例えばゴマ種子を原料として、この発芽物から単離される物質であり、前記構造式(II−a)(以下、SG−1と略記することがある。)、(II−b)(以下、SG−3と略記することがある。)および(II−c)(以下、SG−5と略記することがある。)は、それぞれ以下に示すような機器分析による理化学的特性値を有する。
【0018】紫外線吸収スペクトルおよび赤外線吸収スペクトルのデータは次のとおりである。SG−1;UVλmax (メタノール溶液。以下MeOHと略記。)nm(logε)230(4.10)、281(3.74)および311(3.66)、IRν(cm-1)(帰属)3400(OH)、2950(CH)、1670、1620、1505、1500、1450(aromatic ring 。以下Arと略記。)、1260(Ar−O−C)および1040(C−O−C)。SG−3;UVλmax (MeOH)nm(log ε)230(4.00)、280(3.60)および310(3.50)、IRν(cm-1)(帰属)3400(OH)、2900(CH)、1660、1610、1510、1490、1450(Ar)、1260(Ar−O−C)および1040(C−O−C)。SG−5;UVλmax (MeOH)nm(log ε)231(4.22)、280(3.81)および299(3.83)、IRν(cm-1)(帰属)3400(OH)、2900(CH)、1670、1510、1490、1450(Ar)、1260(Ar−O−C)および1040(C−O−C)。
【0019】質量分析によるSG−1、SG−3およびSG−5の分子量は、SG−1:856、SG−3:694、SG−5:710である。
【0020】SG−1、SG−3およびSG−5の核磁気共鳴スペクトル(13C−NMR)のスペクトル値を以下に示す。SG−1;198.4、151.9、148.0、147.6、147.0、135.2、131.9、124.8、119.6、107.4、107.3、107.2、106.2、103.7、103.2、101.7、100.6、100.9、82.7、81.5、76.3、76.1、76.1、75.7、75.5、74.8、74.4、73.2、69.7、69.6、69.5、69.4、68.3、65.7、60.9、60.7、51.3および46.7。SG−3;198.3、152.0、148.1、147.6、147.0、135.2、131.8、124.8、119.6、107.3、107.2、107.1、106.2、103.8、101.1、101.7、100.6、82.8、81.6、76.3、76.3、75.7、75.7、74.4、69.6、69.5、69.4、65.7、60.8、60.8、51.3および46.7。SG−5;195.9、151.8、151.2、148.2、147.8、142.4、131.3、124.5、108.5、107.4、107.1、107.1、105.4、103.5、101.8、100.7、100.6、99.3、81.3、76.3、76.3、75.9、75.9、74.0、69.3、69.3、67.9、65.0、60.7、60.7、48.7および45.1。
【0021】本発明に係るリグナン配糖体は、その分子中に親油性のアグリコン部分と親水性の糖部分との両極性部分を有し、溶解性は水溶性と脂溶性との中間程度のものである。このリグナン配糖体は、既知文献に未記載の新規な化合物であり、またゴマ種子を原料として単離できるがゴマ種子そのものにはほとんど存在せず、ゴマ種子を加湿ないし発芽させることにより、とくに発芽の初期段階において著しく増加する物質であり、かかる存在および現象はこれまで知られていなかった。さらに本発明に係るリグナン配糖体は、その立体構造に起因して、β−グルコシダーゼやセルラーゼ等の糖鎖加水分解酵素の作用を全く受けないという生化学的安定性を具備している。このことは、該リグナン配糖体とほぼ同一の極性や分子量を有し、従来は該配糖体との相互分離が困難であった、既知のセサミノール配糖体やステロール配糖体等の他の糖脂質やオリゴ糖等が、前記糖鎖加水分解酵素の作用を受けて容易に加水分解されることと対照的である。
【0022】本発明に係るリグナン配糖体を製造するには、化学的合成法によっても可能であるが、例えばゴマ種子の発芽物を用いて以下に述べる方法で調製することが簡便である。
【0023】まずゴマ種子は培煎等の高温処理を施していないものであれば、白ゴマ、黒ゴマ等の種類、国内産、中国産、インド産、アフリカ産等の産地、栽培用あるいは搾油用を問わず使用できる。これを、水中または水分を含有できる適当な培地、例えば寒天、石英砂、海砂、脱脂綿、砂、土等の好ましくは滅菌処理した培地に均一に撒き、10〜50℃、好ましくは30〜40℃にて水分を適時に補いながら、5〜100時間、好ましくは24〜72時間培養を行なう。培養は照光下または暗条件下のいずれでも構わない。かかる処理により、ゴマ種子の加湿物あるいは発芽物中に本発明に係る新規リグナン配糖体を生成かつ蓄積せしめることができる。
【0024】水で膨潤または発芽したごま種子を培地から分離した後、食品用ミキサーやブレンダー、ホモジナイザー等の粉砕機に入れ粉砕する。得られた粉砕物はn−ヘキサン等の脂溶性有機溶媒で油分を抽出して除去した脱脂粕としてもよい。次にリグナン配糖体を抽出可能な低級アルコールまたはその含水物を、前記粉砕物あるいはその脱脂粕に対して1〜10倍(v/wt)(ただし、v:容量、wt:重量を示す。以下同じ。)添加し、必要に応じて粉砕および抽出操作を繰り返し行ない、デカンテーション、遠心分離、濾過等の常法により固形物を除去した後、水分およびアルコール分を常圧または減圧にて加熱または非加熱で除き、含水低級アルコール抽出物を得る。該抽出物は、前記新規リグナン配糖体を含み、このほか種々の糖鎖化合物を含む混合物である。
【0025】ここに前記含水低級アルコールとしては、炭素数1〜4の直鎖状もしくは側鎖状低級アルコール、例えばメタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール等と水を混合し、アルコール濃度を30〜100%(v/v)、好ましくは50〜100%(v/v)、より好ましくは50〜80%(v/v)、最も好ましくは70〜80%(v/v)に調節したものがよい。30%(v/v)未満のアルコール濃度では、本発明に係るリグナン配糖体を含まない水溶性多糖類が多量に抽出されるため好ましくない。
【0026】なお、前記含水低級アルコール抽出物中の本発明に係るリグナン配糖体以外の不純物(脂溶性物質および水溶性物質)を除くために、(i)溶媒抽出処理または(ii)糖鎖加水分解酵素処理した後に溶媒抽出処理等を施すことが望ましい。すなわち前記(i)の処理では、まず脂溶性不純物質を除くために、含水低級アルコール抽出物に対して2〜10倍(v/wt)の非水溶性有機溶媒、例えばクロロホルムやn−ヘキサンと水を加えて抽出し、遠心分離等により二相に分離する。有機溶媒相を除き、水相を濃縮乾固させる。このとき目的のリグナン配糖体は水相側に濃縮される。
【0027】次に、水溶性不純物を除くために、この抽出物に対して少量、好ましくは1〜5倍(v/wt)の含水アルコール(アルコール濃度30〜100%(v/v))に分散させ、これを緩やかに撹拌している比較的多量、好ましくは10〜200倍(v/wt)のアルコールに滴下する。静置後、遠心分離または分別濾過等により沈殿物を除いた後、濃縮乾固し、粗リグナン配糖体を得る。あるいは極性が中間的な溶媒で、かつ水に不溶ないし難溶性の有機溶媒、例えばn−ブタノール、酢酸エチル、メチルエチルケトン等を1〜100倍(v/v)用いて抽出する方法でもよい。なお必要であればこれらの操作を繰り返す。かかる処理に用いるアルコールは前記ゴマ種子の粉砕物の抽出時に用いられる低級アルコール類と同様のものでよい。
【0028】また前記(ii)の処理では、含水低級アルコール抽出物を1〜100倍(v/wt)の水または緩衝液(pH2〜6)に分散ないし溶解させ、該混合物に対して0.1〜30%(wt/wt)、好ましくは1〜10%(wt/wt)の糖鎖加水分解酵素を加え、10〜50℃で1〜50時間、好ましくは5〜15時間、望ましくは緩やかに攪拌しながら、糖鎖を加水分解せしめる。このとき、糖鎖加水分解酵素の代わりに非加熱ゴマ種子の粉砕物の水抽出物(該酵素活性を有する)を用いてもよい。
【0029】この酵素反応により、本発明に係る新規リグナン配糖体と同様の対溶剤分配特性を有するステロール配糖体や糖脂質、セサミノール配糖体、フラボノイド配糖体、糖質等の大部分が加水分解され、より一層水溶性の高い糖類(単糖、オリゴ糖等)とアグリコン(リグナン)等とに分けられる。一方、本発明に係る新規リグナン配糖体は、その立体的構造の特異性により、かかる酵素の作用を受けず、加水分解されない。
【0030】ここに糖鎖加水分解酵素としては、グルコシル基またはガラクトシル基を加水分解する酵素、例えば市販のβ−グルコシダーゼ、α−グルコシダーゼ、β−ガラクトシダーゼ、α−ガラクトシダーゼ等のグリコシダーゼの他、セルラーゼ、アミラーゼ等の酵素剤の少なくとも1種以上を用いるか、またはゴマ種子中に元々含まれるβ−グルコシダーゼやα−ガラクトシダーゼまたはセルラーゼ等の活性を利用することもできる。さらにはこれら酵素剤を活性炭、セライト、合成樹脂、イオン交換樹脂、ゲル等の適当な担体に固定化し、連続使用ならびに回収再使用を可能としたものであっても構わない。
【0031】上記酵素反応終了後、反応液を前記(i)と同様に溶媒抽出処理して脂溶性物質および水溶性物質を除去し、上記酵素反応による非加水分解物を濃縮する。すなわち、酵素反応液に1〜100倍(v/v)のn−ヘキサン、クロロホルム、ジエチルエーテル、石油エーテル等の低極性かつ水に不溶ないし難溶性の有機溶媒を加え抽出し、脂肪酸グリセリド類、リン脂質、リグナン、ステロール等、また前記酵素反応により生成した、本発明に係る新規リグナン配糖体以外の配糖体類由来のアグリコン成分からなる脂溶性物質を有機溶媒相として除去する。
【0032】ついで、残液(水相)に1〜100倍(v/v)のn−ブタノール、酢酸エチル、メチルエチルケトン等の極性が中間的な溶媒でかつ水に難溶ないし不溶性の有機溶媒を加え再度抽出し、糖類、蛋白質、繊維質等の水溶性物質を水相として除去する。このときの有機溶媒相に抽出される成分は、ステロールやリグナンのような脂溶性物質よりも極性が高く、かつ単糖やオリゴ糖のような水溶性物質ではないもの(前記酵素反応による非加水分解物)であり、これを減圧乾燥して濃縮すれば、本発明に係る新規リグナン配糖体を多量に含む抽出画分(粗リグナン配糖体)を得ることができる。
【0033】かくして上記(i)および(ii)の各処理で得られる粗リグナン配糖体は、いずれも前記構造式(I)で示されるものの混合物であり、その主成分は前記構造式(II−a)、(II−b)および(II−c)で示される新規リグナン配糖体のうち少なくとも1種以上を含むものである。
【0034】なお前記した含水低級アルコール抽出物および粗リグナン配糖体は、必要に応じてシリカゲル、オクタデシルシリカ(ODS)等の吸着剤を使用して、個々のリグナン配糖体成分に分画、精製することができる。すなわち、例えばODSを充填したカラムを作成し、これを水で平衡化した後、前記含水低級アルコール抽出物または粗リグナン配糖体を負荷率0.1〜5%(wt/v)で供し、含水アルコール溶媒(アルコールとしてメタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール等)を用い、アルコール濃度を順次増加させる段階溶出法により、所定の画分を溶出させる。なお、ここに得られる溶出画分は、必要に応じてさらに前記吸着剤を用いる高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、分取液体クロマトグラフィー等に供して各成分をより一層高純度に精製することもできる。
【0035】リグナン配糖体の化学的構造は、単一物質まで高純度に精製した各成分を例えば酸加水分解してリグナン(アグリコン)部と糖部とに分け、これらをそれぞれトリメチルシリル化してガスクロマトグラフィーに供し、あるいは核磁気共鳴スペクトロスコピー、マススペクトロスコピー等により分析することで確認できる。
【0036】次に、活性酸素種の消去活性を測定する方法を以下に示す。ヒドロキシラジカル消去活性は、電子スピン共鳴(ESR)装置を用い、5, 5’−ジメチル−1−ピロリン−N−オキシド(以下、DMPOと略す。)によるスピントラップ法(例えば Gow-Chin Yen and Pin-Der Cuh 、J. Agric. Food Chem.、第42巻、第629〜632頁、1994年)にて測定した。すなわち硫酸第1鉄溶液の存在下、過酸化水素はフェントン反応によりヒドロキシラジカルとヒドロキシアニオンとを生成する。このうちヒドロキシラジカルは共存させたDMPOに補足されDMPO−OHアダクトが得られる。このアダクトは比較的安定であり、ESRスペクトルにおいて特徴的な4重線を示す。このとき、反応液中にヒドロキシラジカルを消去する活性を有する物質が共存すると、DMPO−OHアダクトのESRスペクトルが減少する。このスペクトルの積分値の減少量から試料のヒドロキシラジカル消去活性を測定できる。
【0037】ヒドロキシラジカルを消去する活性を有する物質として、前記文献(「SODと活性酸素種調節剤−その薬理的作用と臨床応用」)ではマニトール、トリプトファン、ギ酸等をあげ、これらのヒドロキシラジカル消去活性を調べているが、該活性はマニトールでは10μmol /mL、トリプトファンでは20μmol /mLおよびギ酸では100μmol /mLの各存在量において測定されたものである。これに対して本発明に係る新規リグナン配糖体の試験量は1μmol /mL以下で測定し、このような微少濃度でも充分なヒドロキシラジカル消去活性が認められる。したがって本発明に係る新規リグナン配糖体は、ヒドロキシラジカル消去剤の有効成分として極めて高い該活性を有するものである。
【0038】本発明のヒドロキシラジカル消去剤は、前記構造式(I)で示されるリグナン配糖体、前記構造式(I)で示されるもののうちジグルコシドリグナンおよび/またはトリグルコシドリグナン、前記構造式(II−a)、(II−b)および(II−c)で示されるもののうち少なくとも1種以上を含むリグナン配糖体のいずれをも有効成分とすることができる。これらは化学合成したものでもさしつかえないが、前述したゴマ種子の加湿物あるいは発芽物から得られる含水低級アルコール抽出物、該抽出物を糖鎖加水分解酵素で処理した後または処理せずに脂溶性物質および水溶性物質を除去して得られる粗リグナン配糖体、さらにこれらをカラムクロマトグラフィーやHPLCで分画して得られる高純度のリグナン配糖体を用いることが望ましい。
【0039】
【実施例】以下に実施例および参考例を示して本発明を具体的に説明する。
参考例1予め滅菌した石英砂を300cm2 のステンレス製のバットに敷き、その上に中国産ごま種子10gを撒き、蒸留水を十分に噴霧しながら、40℃の恒温槽中で2日間培養し、発芽させた。発芽率は89%以上であった。発芽状態が同程度の一定量の発芽物を100mlの含水メタノール(80%(v/v))とともにブレンダーで粉砕した。残渣を濾過し、濾液を濃縮乾固して含水メタノール抽出物を得た。ついで該抽出物をn−ヘキサンで抽出洗浄して脂溶性物質を除き、ついで水飽和のn−ブタノールで抽出洗浄して水溶性物質を除き、粗リグナン配糖体を得た。この粗リグナン配糖体を100mlの含水メタノール(80%(v/v))に再溶解し、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)に供して組成を分析した。
【0040】HPLC条件は、ポンプ(CCPM、東ソー社製)にカラム(Soken Pak ODS−W5μ、10mmφ×250mm)、紫外線吸収検出器(UV−8000、東ソー社製)を接続し、溶出は、水:メタノールが90:10(v:v)から開始して60分後に同10:90(v:v)となる直線グラジェントを用い、流速を1ml/min 、検出波長は280nmとした。
【0041】HPLC分析の結果、セサミンを外標準として粗リグナン配糖体中の新規リグナン配糖体の組成および含量を求めたところ、SG−1(構造式(II−a))、SG−3(構造式(II−b))およびSG−5(構造式(II−c))の3種が主成分であり、これらは粗リグナン配糖体中に115mg存在し、その組成はSG−1が30%、SG−3が40%、SG−5が30%であった。
【0042】なお、各リグナン配糖体成分の化学的構造は、前記と同条件の分取HPLCで単一成分まで高純度化した各精製物を用い、次の方法により確認した。すなわち各精製物に1N塩酸を加え、100℃で30分間加水分解せしめた後、酢酸エチルで抽出し、酢酸エチル層および水層に分けた。酢酸エチル層は40℃以下で濃縮乾固、TMS−PZ(東京化成工業社製)でトリメチルシリル化処理し、ガスクロマトグラフィー(GLC)に供してリグナンを定量分析した(外標準:セサミン)。
【0043】このGLC条件は次のとおり。GLC装置:ヒューレットパッカード社製5890、カラム:DB−17HT(15m×0.319mm、film thickness:0.15μm、J&W SCIENTIFIC社製)、注入法:スプリット法(スプリット比1/10)、カラム温度:270℃、キャリアガス:ヘリウム。
【0044】また水層をHPLC用前処理フィルター(孔径:0.2μm、マイショリディスクW−13−2、東ソー社製)で濾過し、濾液にアセトン5mlを加えて減圧下で濃縮乾固後、TMS−PZ(前出と同じ)でトリメチルシリル化処理し、これをGLCに供して糖を定量分析した(外標準:グルコース、ガラクトース、フルクトース)。
【0045】このGLC条件は、カラム:DB−1701(15m×0.25mm、filmthickness:1.0μm:J&W SCIENTIFIC社製)、注入法:スプリット法(スプリット比1/50)、カラム温度:180℃とする以外は前記リグナン分析の場合と同じである。
【0046】参考例2実施例1と同様の方法で得た含水メタノール抽出物を20mM酢酸緩衝液(pH5.0)100mLに分散させ、β−グルコシダーゼ(フナコシ社製)200mg、セルラーゼ(ベーリンガーマンハイム社製)1gおよびアミラーゼ(和光純薬社製)1gを加え、50℃で15時間振とうした。反応液に同容量のn−ヘキサンを加え激しく振とうした。この抽出操作を3回繰り返し、脂溶性物質を除いた。n−ヘキサン相を完全に除いた残液に、予め水で飽和したn−ブタノールを同容量加え激しく振とうした。この抽出操作を2回繰り返し、水溶性物質を除いた。n−ブタノール相を同容量の蒸留水で2度水洗した後、減圧下で濃縮乾固して粗リグナン配糖体を得た。
【0047】参考例1に記載の方法でHPLC分析したところ、粗リグナン配糖体中の新規リグナン配糖体はSG−1、SG−3およびSG−5が主成分であり、これらは粗リグナン配糖体中に約150mg存在し、その組成はSG−1が24%、SG−3が43%、SG−5が33%であった。
【0048】参考例3参考例1に記載の方法で得られた粗リグナン配糖体を、ODSを担体とする分配クロマトグラフィーに供した。YMC−GEL ODS−A(山村化学(株)製)60gを直径3cm、長さ50cmのガラス性カラムに充填して、水を流して平衡化した。これに前記粗リグナン配糖体1gをカラムの上部に負荷した。水から順次メタノール濃度を増加させる段階溶出法によって、分画成分を溶出させた。30〜60%(v/v)メタノールで溶出する画分を集め、減圧濃縮したところ約100mgのカラム分画物が得られた。
【0049】これを分取HPLCに繰り返し供して、各リグナン配糖体成分が単一となるまで精製を行った。その結果、SG−1、SG−3およびSG−5の各新規リグナン配糖体の精製物が各5〜10mg得られた。これらの全リグナン配糖体成分の含有率は、発芽物の乾燥物当り2.5%(wt/wt)、また含水メタノール抽出物当り5. 0%(wt/wt)であった。
【0050】実施例1リグナン配糖体成分のヒドロキシラジカルに対する消去活性を測定した。すなわち、電子スピン共鳴(ESR)装置を用い、DMPOによるスピントラップ法でヒドロキシラジカル消去活性を測定した。0.55mMジエチレントリアミンN,N,N’,N”,N”五酢酸を含む0.1mM硫酸第1鉄溶液75μl 、1mM過酸化水素溶液75μl 、8.8mMのDMPO溶液20μl および下記リグナン配糖体水溶液50μl を混合して反応液とした。参考例3で得た精製物(SG−3)を該反応液中の濃度が0〜1.0μmol /mlの所定濃度となるように加え、各々のDMPO−OHアダクトのスペクトルをESR装置で測定した。ESRの測定条件は、ESR装置(日本電子社製、JES−RE1X)を用い、磁場:334.5±5mT、出力:8mV、変調:100kHz 、室温にて測定、応答時間:0.1sとし、酸化マグネシウム中のマンガンイオン(Mn2+)を標準物質とした。SG−3によるヒドロキシラジカルの消去活性のESRスペクトルを図1(A)〜図1(D)に示した。SG−3が無添加のESRスペクトル(図1(A))に比べ、SG−3の添加濃度が増すにつれ明らかにスペクトラムは減少した(図1(B)、図1(C)および図1(D))。このことにより、SG−3はヒドロキシラジカルを消去する活性を有することが明らかになった。
【0051】実施例2実施例1に記載の方法において、ヒドロキシラジカル測定反応液に添加するリグナン配糖体成分の種類(参考例3で得たSG−1およびSG−5の各精製物)および濃度を変えてESRスペクトルを測定し、その積分値と添加濃度との関係を各配糖体成分について求めた。その結果、図2に示したように、SG−1、SG−3およびSG−5の各リグナン配糖体成分のいずれも反応液中に0. 01〜1. 0μmol /mlの濃度範囲の添加量で、ヒドロキシラジカルを消去する強い活性が認められた。
【0052】実施例3参考例1で得た■含水メタノール抽出物および■粗リグナン配糖体、参考例2で得た■粗リグナン配糖体および参考例3で得た■カラム分画物を試料とし、実施例1と同様の方法でヒドロキシラジカル消去活性を測定した。その結果、各試料の無添加時のヒドロキシラジカル強度の50%を消去する活性を示す各試料の添加濃度は■:30μmol /ml、■:2μmol /ml、■:1μmol /mlおよび■:0.1μmol /mlであった。このことから、新規リグナン配糖体(SG−1、SG−3およびSG−5)は各成分の精製物のみならず、混合物であっても十分なヒドロキシラジカル消去能を保持していることが明らかになった。
【0053】
【発明の効果】本発明によれば、前記構造式(I)で示される新規リグナン配糖体を有効成分とするヒドロキシラジカル消去剤を提供できる。該リグナン配糖体はゴマ種子の発芽物から容易に得られる。また本発明のヒドロキシラジカル消去剤は、微量で強いヒドロキシラジカル消去能を有しており、食品、化粧品、医薬品、農薬等の分野の製品に適用できることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【図1】5,5’−ジメチル−1−ピロリン−N−オキシド−OHアダクトの電子スピン共鳴スペクトルであり、リグナン配糖体成分(SG−3)の添加量によるヒドロキシラジカル消去活性の変化を示す図である。SG−3の添加濃度が図1(A):無添加、図1(B):0.052μmol /ml、図1(C):0.13μmol/ml、図1(D):0.26μmol /mlである。Mn2+は酸化マグネシウム中のマンガンイオン(標準物質)を示す。
【図2】5,5’−ジメチル−1−ピロリン−N−オキシド−OHアダクトの電子スピン共鳴スペクトル強度の積分値とリグナン配糖体成分(SG−1、SG−3およびSG−5)の添加濃度との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 下記の構造式(I)
【化1】


(式(I)中、Rはグルコース、ガラクトースおよびフルクトースからなる群より選ばれる1種のグルコシル残基を表し、mは1〜3の整数値のいずれかを表し、nは0または1の整数値を表す。)で示されるリグナン配糖体を有効成分とするヒドロキシラジカル消去剤。
【請求項2】 リグナン配糖体が糖残基としてジグルコシド残基および/またはトリグルコシド残基を有するグルコシドリグナンである請求項1に記載のヒドロキシラジカル消去剤。
【請求項3】 リグナン配糖体が下記の構造式(II−a)、(II−b)および(II−c)
【化2】


(式(II−a)中、Glcはグルコース残基を表す。)
【化3】


(式(II−b)中、Glcはグルコース残基を表す。)
【化4】


(式(II−c)中、Glcはグルコース残基を表す。)で示されるもののうち、少なくとも1種以上を含むものである請求項1または2に記載のヒドロキシラジカル消去剤。
【請求項4】 リグナン配糖体がゴマ種子の加湿物もしくは発芽物の粉砕物またはその脱脂粕を含水低級アルコールで抽出し、該抽出物から脂溶性物質および水溶性物質を除去することにより得られる成分である請求項1〜3のいずれか1項に記載のヒドロキシラジカル消去剤。
【請求項5】 リグナン配糖体がゴマ種子の加湿物もしくは発芽物の粉砕物またはその脱脂粕を含水低級アルコールで抽出し、該抽出物に糖鎖加水分解酵素を水溶液中で作用させ、ついで脂溶性物質および水溶性物質を除去して、非加水分解物を濃縮することにより得られる成分である請求項1〜3のいずれか1項に記載のヒドロキシラジカル消去剤。
【請求項6】 糖鎖加水分解酵素がα−グルコシダーゼ、β−グルコシダーゼ、α−ガラクトシダーゼ、β−ガラクトシダーゼ、セルラーゼおよびアミラーゼのうち少なくとも1種以上である請求項5に記載のヒドロキシラジカル消去剤。

【図1】
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【図2】
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【特許番号】特許第3031844号(P3031844)
【登録日】平成12年2月10日(2000.2.10)
【発行日】平成12年4月10日(2000.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平7−219567
【出願日】平成7年8月4日(1995.8.4)
【公開番号】特開平8−231953
【公開日】平成8年9月10日(1996.9.10)
【審査請求日】平成9年3月19日(1997.3.19)
【出願人】(000227009)日清製油株式会社 (251)
【参考文献】
【文献】特開 平6−116282(JP,A)
【文献】特開 昭62−238287(JP,A)
【文献】特開 平6−306093(JP,A)
【文献】J.Antibiotics,(1994),47(4),p.487−491