説明

ビットパターン磁気記録媒体

【課題】1Tbit/in2以上の記録密度を実現するため,高密度配置をしても磁性ドット間の静磁気相互作用の増大を実効的に抑制できるビットパターン磁気記録媒体を提供する。
【解決手段】軟磁性裏打ち層と、軟磁性裏打ち層上にパターン化して形成された磁性ドットとを有するパターン磁気記録媒体において,前記磁性ドットの磁気異方性の方向が、トラック長手方向に傾斜していることを特徴とするビットパターン磁気記録媒体。前記磁性ドットの磁気異方性の方向は、トラック長手方向を含む膜面垂直面内で膜面から10〜80度または−10〜−80度の角度をなしている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,パターン化された磁性ドットが記録ビットとして用いられるビットパターン磁気記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気記録装置の記録密度を高める技術として,垂直磁気記録方式が注目されている。この方式では垂直方向に磁気異方性を持つ微粒子構造の磁性薄膜が記録媒体として用いられ,情報が磁気ヘッドにより微小な磁化パターンとして記録される。
【0003】
垂直磁気記録方式は,磁化転移を境に隣接する磁化が反平行に結合するため,面内磁気記録方式と比較すると,熱磁気緩和に対してより安定な記録状態を維持することが可能となり,高密度化に適している。
【0004】
しかし,垂直磁気記録方式といえども面内磁気記録方式と同様に,記録ビット長が小さくなるのに対応して,記録媒体の微粒子の寸法もその1/10ほどに小さくする必要があり,記録ビット長の減少に伴い磁性粒子が保持する磁気エネルギーが低下し熱磁気緩和の影響が現れてくる。
【0005】
磁性粒子の磁気エネルギーを大きくするには磁性体の磁気異方性を大きくすることが有効であるが,記録の際の磁化反転に必要な磁界強度も大きくなってしまい,磁気ヘッドでの記録が出来なくなってしまうという問題があった。
【0006】
この磁気記録媒体の熱磁気緩和現象による限界をブレークスルーする方法として,磁性ドットの面積をビットの大きさとするビットパターン磁気記録媒体が提案されている(非特許文献1および非特許文献2参照)。
【0007】
ビットパターン磁気記録媒体は,磁性ドットの面積をビットの大きさとすることで,磁性粒子の体積を増して磁気エネルギーを飛躍的に大きくでき,磁気異方性を大きくすることなしに熱磁気安定性を確保できるようになる。
【0008】
ビットパターン磁気記録媒体に関して,面記録密度1Tbit/in2を目指した熱磁気安定性を持った記録媒体の提案はすでにされている(非特許文献3参照)。
【0009】
しかし,より高密度の,例えば2Tbit/in2の記録を実現するためにはビットパターンを2倍の密度で配置する必要がある。この場合,単に磁性ドット間の距離を小さくすると,磁性ドット間の静磁気相互作用が増大し,磁性ドットアレーの磁化反転開始磁界の低下と飽和磁界の上昇が生じる(非特許文献4参照)。
【0010】
熱磁気安定性を確保するためには、磁化反転開始磁界の低下を補うように,磁性ドットにより大きな磁気異方性を持たせる必要がある。しかし,このようにすると,静磁気相互作用により増加した飽和磁界がさらに上昇してしまい,記録に必要な磁界強度が極端に大きくなってしまう。このため,磁気ヘッドでは実現不可能な記録磁界が必要となってしまう。また,磁化反転開始磁界と飽和磁界との差も大きくなるため,磁化反転ができても,意図した記録が得られるヘッド磁界のトラック長手方向のずれ許容量がビット長の減少に比べて極端に小さくなってしまう。
【0011】
一方,磁性ドット間の距離を大きく保つため,磁性ドットの寸法を小さくすることも考えられる。しかし、磁性ドットの体積が小さくなった分,磁気異方性を増して磁気エネルギーを大きくし、熱磁気安定性を確保する必要がある。このため,磁性ドットの寸法を小さくすることも,大きな記録磁界が必要になるという問題の解決策とはならない。
【非特許文献1】Robert L. White, Richard M. H. New, and R. Fabian W. Pease, "Patterned Media: A Viable Route to 50 Gbit/in2 and up for Magnetic Recording ?," IEEE Trans. Magn., vol. 33, no. 1, pp. 990-995, Jan. 1997
【非特許文献2】Gordon F. Hughes, "Patterned Media Write Designs," IEEE Trans. Magn., vol. 36, no. 2, pp. 521-526, March 2000
【非特許文献3】本多直樹,「1Tbit/in2記録用パターンドメディアの設計」,電子情報通信学会技術研究報告,vol.105,no.115,pp.51−56,2005年
【非特許文献4】Naoki Honda, Kiyoshi Yamakawa, and Kazuhiro Ouchi, "Recording Simulation of Patterned Media Toward 2 Tb/in2," IEEE Trans. Magn., vol. 43, no. 6, pp. 2142-2144, June 2007
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述したように,ビットパターン磁気記録媒体で,面記録密度1Tbit/in2以上を実現する場合には,磁性ドット寸法を小さくすることなしに磁性ドット間の静磁気相互作用の増大を抑制する手段の導入が必須である。
【0013】
本発明の目的は,1Tbit/in2以上の記録密度を実現するため,高密度配置をしても磁性ドット間の静磁気相互作用の増大を実効的に抑制できるビットパターン磁気記録媒体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明に係るビットパターン磁気記録媒体は、軟磁性裏打ち層と、軟磁性裏打ち層上にパターン化して形成された磁性ドットとを有するパターン磁気記録媒体において,前記磁性ドットの磁気異方性の方向が、トラック長手方向に傾斜していることを特徴とする。
【0015】
本発明のビットパターン磁気記録媒体においては、前記磁性ドットの磁気異方性の方向が、トラック長手方向を含む膜面垂直面内で膜面から10〜80度または−10〜−80度の角度をなしていることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明のビットパターン磁気記録媒体によれば,磁性ドットの磁気異方性の方向をトラック長手方向に傾斜させたことにより,実効的に磁性ドット間の静磁気相互作用の影響を低減することができ、十分なヘッドずれ許容度を持って1Tbit/in2以上の記録密度を持つ磁気記録装置を実現できる。
【0017】
本発明のビットパターン磁気記録媒体において、磁性ドットの磁気異方性の方向が、トラック長手方向を含む膜面垂直面内で膜面から10〜80度または−10〜−80度の角度をなしていれば所期の効果が得られ、特に15〜50度または−15〜−50度の範囲でより大きな効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下,本発明をより詳細に説明する。
本発明に係るビットパターン磁気記録媒体は,軟磁性裏打ち層上に磁気異方性を持つ磁性ドットが高密度に配置されており,かつ,磁性ドットの磁気異方性の方向がトラック長手方向に傾斜している。
【0019】
この磁性ドットの磁気異方性軸の方向は,トラック長手方向を含む膜面垂直面内で,膜面に対し10〜80度または−10〜−80度の角度、好ましくは15〜50度または−15〜−50度の角度に設定されている。
【0020】
膜面垂直方向に磁気異方性を持つビットパターン媒体では,磁性ドット間の間隔が小さくなると磁性ドット間に働く静磁気相互作用が大きくなる。このため,磁性ドットの磁化反転開始磁界の低下と飽和磁界の上昇が生じ,記録磁化の熱磁気安定性が低下する。また,大きな記録磁界が必要となるだけでなく,これらの差である磁化反転磁界幅が大きくなり,記録磁界のスイッチングタイミングの長手方向でのずれに対して許容幅がドット間隔の減少に比べ極端に小さくなってしまう(前掲非特許文献4参照)。
【0021】
この解決手段として,磁性ドットの一部を結合して磁性ドット間を交換相互作用結合させることにより,磁性ドット間に働く静磁気相互作用を実効的に抑制し,必要な記録磁界強度の低減と記録磁界のスイッチングタイミングの長手方向でのずれに対してより大きな許容幅を持つようにすることが提案されている(同上参照)。しかし,磁性ドット間の結合面積を10−30%ほどに制御する必要があり,高密度化への対応にはより困難が増す。
【0022】
これに対して,磁性ドットの磁気異方性の方向をトラック長手方向に傾斜させると,磁性ドット間の結合なしに磁性ドット間に働く静磁気相互作用が実効的に低減され,磁性ドットの磁化反転磁界幅を狭くできる。このため,必要な記録磁界強度が小さくなることに加えて,記録磁界のスイッチングタイミングの長手方向でのずれに対してより大きな許容幅を持つようにできる。
【0023】
さらに,トラック長手方向への異方性が付与されるため,記録磁界がトラック幅方向にずれても隣接トラックへの記録が抑制され,より大きなずれ許容量を持つようになる。
【0024】
このため,本発明を適用すれば,1Tbit/in2以上の高密度配置のビットパターン媒体に対して,磁性ドット間の結合なしにトラック長手および幅方向への十分なシフトマージンが確保され,高密度磁気記録システムを実現することができる。
【実施例】
【0025】
以下,本発明を実施例に基づいて説明する。
[実施例1]
面記録密度2Tbit/in2のビットパターン磁気記録媒体について,磁性ドットの磁気異方性の方向を傾け,その磁気異方性方向における残留磁化曲線の変化をマイクロマグネティックシミュレーションにより調べた例について説明する。
【0026】
表1に、検討したビットパターン磁気記録媒体(M1−M8)の諸元を示す。図1に面記録密度2Tbit/in2のビットパターン磁気記録媒体のモデルを示す。このビットパターン磁気記録媒体は、軟磁性裏打ち層1上に非磁性中間層(図示せず)を介して、パターン化して形成された磁性ドット2を有する。各記録トラックはドットピッチが12.5nmで51個の磁性ドットを持ち,トラックピッチが25nmの3本の記録トラックを持つ。各磁性ドットはトラック長手方向を含む膜面垂直面内で逆記録方向から表1の諸元に示した平均一軸磁気異方性角度(φ)を持つ。ただし,磁性ドットの形状磁気異方性が膜面内方向に働くため,実効的な磁気異方性角度(φeff)は、垂直方向(90度)近くと面内方向(0度)を除き、5度ほど小さな値となっている。また,平均異方性磁界の大きさは磁性ドットが十分な熱磁気安定性を確保できるように,実効磁気異方性角度(φeff)での残留磁化反転開始磁界(Hnr(φeff))が概略8kOeよりも大きくなるように13kOeから18kOeの間で設定した。媒体M8は垂直磁気異方性を持つ比較例である。
【表1】

【0027】
各磁性ドットを48個の一辺2.5nmの立方体要素に分割し,各立方体要素間には交換スティフネス定数A=4.9×10-7erg/cmで交換結合が働くとした。これにより,磁性ドット内で磁化の向きが異なる非一斉磁化回転モードも含んだ非常に現実的なシミュレーションモデルとなっている。
【0028】
各立方体要素のパラメーターは,飽和磁化M=1000emg/cm3,平均垂直異方性磁界Hk=13−18kOeとし,要素間で異方性分散(標準偏差)σHk=15%,異方性軸の設定方向(平均方向)からの配向分散σφ,σθ=2度を導入した。
【0029】
膜厚1nmの非磁性中間層を介して存在する軟磁性裏打ち層をミラーイメージ層として計算に取り込んだ。また,計算はエネルギー平衡法で行い,時間依存性は考慮していない。したがって,得られた残留磁化曲線は記録過程に相当する短時間での磁化挙動と見做すことができる。
【0030】
これらの条件の下でビットパターン磁気記録媒体の実効磁気異方性方向に磁界印加したときの残留磁化曲線をシミュレーションで得た。初期磁化は印加磁界方向と逆方向の飽和磁化とし,印加磁界を300Oeステップで増加させ,磁界をゼロとしたときの残留磁化を求めて,残留磁化曲線を得た。シミュレーションソフトとしてEuxine Technologies社(Dayton, Ohio, USA)の"Advanced Recording Model, ver.6"を使用した。
【0031】
図2は媒体M3と比較例である媒体M8についてのそれぞれの実効異方性磁界方向で得られた残留磁化曲線を示す。ここではそれぞれ残留磁化を飽和値で規格化して示してある。媒体M3は磁気異方性の方向を媒体膜面から30度としたもの,媒体M8は媒体膜面から垂直方向としたものである。同じ異方性磁界分散と角度分散を与えているにもかかわらず,媒体M3の残留磁化曲線では媒体8に比べ磁化飽和磁界Hsと磁化反転開始磁界Hnとの差である反転磁界幅が非常に小さくなった。
【0032】
それぞれの残留磁化反転開始磁界Hnrと残留飽和磁界Hsrの差である反転磁界幅は,比較例の媒体M8が7.8kOeであるのに対し,磁気異方性軸を傾けた媒体M3では1.2kOeと1/7倍以下に減少している。これは,磁性ドット間の静磁気相互作用の違いによるものである。図3に、磁性ドットの磁化を磁気双極子と見做し,2つの磁気双極子間の相互作用磁界の角度依存性に示す。この図は,一方の磁気双極子が他方の位置に作る磁界の磁気双極子方向成分を規格化して示す。2つの磁気双極子は、垂直方向磁化(90度)では互いが反並行を向いた場合に安定するのに対し,55度以下に傾いた場合は同一方向を向いた方が安定となる。このため,傾斜磁化では磁化反転開始磁界Hnが増加し,飽和磁界Hsが低下すると解釈できる。
【0033】
同様な残留磁化曲線のシミュレーション解析を,表1に示した一軸異方性角度φの異なる媒体について行った結果を図4にまとめて示す。同図に、各媒体の負飽和初期磁化に各実効磁気異方性方向に磁界を印加して求めた残留磁気特性として、磁化反転開始磁界Hnr,抗磁力Hcr,飽和磁界Hsr,および反転磁界幅(Hsr−Hnr)を示す。加えて,媒体M1−M3については、最も反転容易な初期磁化状態に対して得られた磁化反転開始磁界Hnと反転磁界幅(Hs−Hn)も示す。いずれにしても,磁性ドットの磁気異方性の方向が垂直方向(90度)から傾くにつれ急激に飽和磁界が減少し,反転磁界幅が減少することが分かった。特に異方性角度が50度以下ではこの効果が顕著であることが分かった。なお,対称性より,磁気異方性軸を媒体膜面に対して負方向に傾斜させても全く同じ効果が得られる。
【0034】
[実施例2]
実施例1と同一の媒体モデルを用い,単磁極型の垂直磁気記録ヘッドによる記録を想定し,媒体の磁気異方性の方向に関わりなく印加磁界方向を膜面垂直方向(90度)とした時の残留磁化特性をシミュレーションにより求めた例について説明する。
【0035】
図5は、異方性軸方向が媒体面に対して30度である媒体M3と、比較例である垂直異方性媒体M8について、垂直方向磁界印加での残留磁化曲線を示す。ここでもそれぞれ残留磁化を飽和値で規格化して示してある。同じ異方性磁界分散と角度分散を与えているにもかかわらず,媒体M3の残留磁化曲線では媒体8に比べ磁化飽和磁界Hsと磁化反転開始磁界Hnとの差が非常に小さくなっている。このため,垂直磁気記録用ヘッドによる記録でも反転磁界幅が顕著に減少することが期待できる。
【0036】
同様な垂直方向磁界印加での残留磁化曲線のシミュレーション解析を,表1に示した異方性方向の異なる媒体について行った結果を図6にまとめて示す。同図に、各媒体の負飽和初期磁化に各実効磁気異方性方向に磁界を印加して求めた残留磁気特性として、磁化反転開始磁界Hnr,抗磁力Hcr,飽和磁界Hsr,および反転磁界幅(Hsr−Hnr)を示す。磁性ドットの磁気異方性の方向が垂直方向(90度)から傾くにつれ急激に飽和磁界が減少し,反転磁界幅が減少することが分かる。特に異方性角度が50度以下ではこの効果が顕著であることが分かる。この反転磁界幅の減少は,ビットパターン媒体での記録時のトラック長手方向シフトマージンを直接に増大させる効果が期待できる(N. Honda, K. Yamakawa, and K. Ouchi, "Simulation Study of Factors That Determine Write Margins in Patterned Media," IEICE Trans. Electron., vol. E90-C, no. 8, pp. 1594-1598, Aug. 2007参照)。なお,ここでも実施例1の場合と同様に,対称性により磁気異方性軸の角度は媒体面に対して負方向であっても結果は全く同じである。
【0037】
[実施例3]
実施例1および2で示した、面記録密度2Tbit/in2であり、磁気異方性方向が媒体面に対して垂直方向と30度のビットパターン媒体M8とM3について,垂直磁気記録用ヘッドを用いた記録におけるヘッド磁界の長手方向およびトラック幅方向のシフトマージンをシミュレーションにより調べた例について説明する。
【0038】
実施例1,2と同様に,シミュレーションソフトとしてEuxine Technologies社(Dayton, Ohio, USA)の"Advanced Recording Model, ver.6"を使用した。記録ヘッド磁界として,シールドプレーナーヘッド(K. Ise, S. Takahashi, K. Yamakawa, and N. Honda, "New Shielded Single-Pole Head with Planar Structure," IEEE Transactions on Magnetics, vol. 42, No. 10, pp. 2422-2424, 2006参照)を電磁界解析ソフト(Ansoft社(Pittsburgh, PA,USA)の"Maxwell 3D")により解析して得た磁界分布を用いた。
【0039】
図7に磁極トラック幅14nm,磁極厚45nm,シールドギャップ長12nm,シールド高さ25nm,磁極先端面−軟磁性層面間距離12nmとした時の,媒体磁性ドット位置でのトラック長手方向(ダウントラック方向)および幅方向(クロストラック方向)の垂直方向磁界分布を示す。図ではヘッドの起磁力が60mATの場合について示す。
【0040】
図8は媒体M3について,ヘッド磁極先端面−媒体磁性ドット表面間スペーシングを6nmとして,中央トラックに2032kFCIの矩形波信号をドットパターンと同期を取って記録し,2Tbit/in2の記録が正常に行われたことを示す記録磁化パターンである。この図では、記録磁化の垂直成分を濃淡で示しており、中央トラックでは交互に磁性ドットの濃淡が変化している。すなわち、中央トラックでは交互に磁性ドットの磁化が反転している。この結果は、異方性方向が傾いていても垂直磁気記録用ヘッドで高密度記録が可能であることを示している。
【0041】
図9は同じくヘッド磁極先端面−媒体磁性ドット表面間スペーシングを6nmとして,媒体M3とM8に対して中央トラックに2032kFCIの矩形波信号を、タイミングをずらしながら記録し,オントラックでの記録のエラー率を調べた結果を示す。異方性方向が傾いた媒体M3ではドットピッチ12.5nmの半分以上の8.0nmの範囲でタイミングがずれても正常な記録パターンが得られた。しかし,比較例である垂直異方性の媒体M8ではドットピッチの1/5の2.5nmのシフトマージンしか得られなかった。これは実施例2の図5で示したように,傾斜異方性の媒体M3では磁性ドット間の静磁気相互作用が実効的に抑制され,反転磁界幅が小さくなったためである。
【0042】
さらに,ヘッド磁界のトラック幅方向のずれによる隣接トラックへの書き込み率を調べたところ,図10に示すように,トラック幅方向シフトマージンも媒体M3では13.0nmと比較例媒体M8の5.0nmと比べ大幅に増加した。これも実施例2の図5で示したように,飽和磁化の低下により記録磁界を大きく低減できたためである。
【0043】
[実施例4]
実施例3と同様に,表1に示した磁気異方性方向の異なるビットパターン媒体について,記録におけるヘッド磁界の長手方向およびトラック幅方向のシフトマージンをシミュレーションにより調べた例について説明する。
【0044】
実施例3と同じシミュレーションソフトと記録ヘッド磁界を用いた。記録ヘッドは実施例3と同様に,磁極トラック幅14nm,磁極厚45nm,シールドギャップ長12nm,シールド高さ25nm,磁極先端面−軟磁性層面間距離12nmとし,ヘッドの起磁力は最も大きなシフトマージンが得られるように媒体毎に最適起磁力を用いた。
【0045】
磁気異方性方向の異なる媒体M1−M8について,ヘッド磁極先端面−媒体磁性ドット表面間スペーシングを6nmとして,中央トラックへ2032kFCIの矩形波信号をヘッド磁界のスイッチングタイミングをトラック長手方向にずらして記録し,記録が正常に行われなかったエラーレートを調べた。
【0046】
結果を図11に示す。磁性ドットの磁気異方性の方向が媒体面に対して15〜80度の媒体M2−M6では比較例の媒体M8の2倍以上の大きなタイミングずれマージンが得られた。
【0047】
さらに,ヘッド磁界のトラック幅方向のずれによる隣接トラックへの書き込み率を調べたところ,同じく図11に示すように,磁性ドットの磁気異方性の方向が媒体面に対して15−80度の媒体M2−M6では比較例の媒体M8の2倍以上大きなトラック幅方向シフトマージンが得られた。特に磁気異方性方向が媒体面に対して10〜50度の範囲では比較例の3倍ほど以上の大きなトラック幅方向シフトマージンが得られることが明らかとなった。ここでも,対称性により磁気異方性軸の角度は媒体面に対して負方向であっても結果は全く同じである。
【0048】
ここで得られた効果は,実効異方性方向が50度以下で大きな効果が得られることより,磁気異方性軸を45度傾けた傾斜メディア(K. Gao and H. N. Bertram, "Magnetic Recording Configuration for Densities Beyond 1 Tb/in2 and Data Rates Beyond 1 Gb/s," IEEE Trans. Magn., vol. 38, no. 6, pp. 3675-3683, Nov. 2002参照)とは全く異なる機構によっている。傾斜メディアでは単に45度方向で配向分散の影響が極小となることを用いているだけである。また,傾斜メディアはパターン化されていないため,長手方向磁化成分の磁化反転領域での干渉を避けるにはトラック幅方向に傾斜させる必要がある。
【0049】
斜め磁気異方性膜の作製法については既に,蒸着テープでの斜め蒸着法(T. Ishida, K. Tohma, H. Yoshida, and K. Shinohara, "More Than 1 Gb/in2 Recording on Obliquely Oriented Thin Film Tape," IEEE Trans. Magn., vol. 36, no. 1, pp. 183-1888, Jan. 2000参照)と傾斜ハードディスク媒体用のコリメータスパッタ法(Y. F. Zheng and J. P. Wang, "Control of the tilted orientation of CoCrPt/Ti thin film media by collimated sputtering," J. Appl. Phys., vol. 91, no. 10, pp. 8007-8009, May 2002参照)がそれぞれ開示されており,これらを適用することができる。また,磁化の熱磁気安定性のために必要な材料の結晶磁気異方性は7×106erg/cm3以上あればよく,さらに,粒子間に非磁性材料を偏析させる必要がないので,コバルト・白金合金のような一般的なコバルト基合金を用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】面記録密度2Tbit/in2の傾斜磁気異方性ビットパターン媒体の構造を示す図。
【図2】媒体M3と比較例である媒体M8について、それぞれの実効異方性磁界方向に磁界を印加したシミュレーションで得られた残留磁化曲線を示す図。
【図3】2つの磁気双極子間の相互作用磁界の傾斜角度による変化を示す図。
【図4】シミュレーションで求めた、媒体の一軸異方性角度φによる残留磁気特性の変化を示す図。
【図5】媒体M3と比較例である媒体M8について膜面垂直方向(90度)に磁界印加したシミュレーションで得られた残留磁化曲線を示す図。
【図6】シミュレーションで求めた、媒体の一軸異方性角度φによる残留磁気特性の変化を示す図。
【図7】記録シミュレーションに用いた磁気ヘッドの断面構造と記録起磁力が60mATでの発生磁界の垂直成分のトラック長手および幅方向分布を示す図。
【図8】媒体M3の中央トラックに2032kFCIの信号が正常に記録された様子を示す記録シミュレーション結果を示す図。
【図9】磁気異方性の方向が異なるビットパターン媒体M3とM8について,矩形波信号記録磁界のスイッチングタイミングをトラック長手方向にずらした時の,中央トラックでの記録エラー率のタイミングシフト量依存性の違いを示す図。
【図10】磁気異方性の方向が異なるビットパターン媒体M3とM8について,記録磁界をトラック幅方向にずらした時の,隣接トラックへの誤書き込み率のシフト量依存性の違いを示す図。
【図11】ビットパターン媒体への記録でのトラック長手方向シフトマージン(DT margin)とトラック幅方向シフトマージン(CT margin)の磁性ドットの一軸磁気異方性角度による変化を示す図。
【符号の説明】
【0051】
1…軟磁性裏打ち層、2…磁性ドット。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟磁性裏打ち層と、軟磁性裏打ち層上にパターン化して形成された磁性ドットとを有するパターン磁気記録媒体において,前記磁性ドットの磁気異方性の方向が、トラック長手方向に傾斜していることを特徴とするビットパターン磁気記録媒体。
【請求項2】
前記磁性ドットの磁気異方性の方向が、トラック長手方向を含む膜面垂直面内で膜面から10〜80度または−10〜−80度の角度をなしていることを特徴とする請求項1に記載のビットパターン磁気記録媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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