説明

ビニル芳香族系重合体の製造方法、及びポリスチレンの製造方法

【課題】高い重合転化率と高分子量化を達成すると共に、安定した分子量を得ることができるビニル芳香族系重合体の製造方法、及びポリスチレンの製造方法の提供。
【解決手段】下記一般式で表される、共役二重結合含有パーオキシケタールを重合開始剤を用い、得られるビニル芳香族系重合体の質量平均分子量が40万以上であり、かつ重合転化率が70%から90%に達するまでの間において、ビニル芳香族系重合体の質量平均分子量変化率が3.0%以下であることを特徴とする。



【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い重合転化率と高分子量化を達成すると共に、安定した分子量を得ることができるビニル芳香族系重合体の製造方法、及びポリスチレンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリスチレンに代表されるビニル芳香族系重合体は、透明性、加工性に優れ、かつ安価であることから、汎用樹脂の一つとして広く使用されている。反面、耐熱性や耐衝撃性に劣るという欠点があり、実用に足る耐熱・耐衝撃性を持たせるために、高分子量化する方法がよく用いられている。
【0003】
重合体の分子量を高めるには重合温度を下げるか、使用する重合開始剤の濃度を低くする必要があるが、いずれの方法も重合速度を低下させ、生産性に無視できない悪影響を及ぼす。この問題を解決するために、同一分子内に複数のラジカル発生基を有する、多官能型開始剤が広く用いられてきた。現在工業的に最も広く用いられているものとして、パーオキシケタール系の有機過酸化物である2,2−ビス(4,4−ジ−tert−ブチルパーオキシシクロヘキシル)プロパンが例えば特許文献1などに記載されている。これにより現在では実用レベルの分子量の重合体を得る方法が確立されているが、この重合開始剤は重合終盤において開始剤効率が低下しやすく、十分に転化率が上がらないため生産性の向上に限界があり、またバッチ方式の重合では残存モノマーの除去が必要となるため、改善が望まれていた。
【0004】
これを解決するために、特許文献2には、重合後半まで高い開始効率を維持できるパーオキシモノカーボネート基を複数有する多官能型開始剤が、また特許文献3には、同一分子内にパーオキシモノカーボネート基と共役二重結合基とを有する開始剤が提案されている。これにより、従前以上の高い分子量と高転化率とを同時に達成することが可能となった。
【0005】
【特許文献1】特開2000−143712号公報
【特許文献2】特表2002−514172号公報
【特許文献3】特開2007−63335号公報
【特許文献4】特開平7−258211号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前記特許文献1などに記載された重合開始剤を用いる方法では、前述のようにて重合終盤において十分に転化率が上がらないという問題点があり、前記特許文献2,3にて開示された重合開始剤を用いる方法には、いずれも重合終盤に到るまで転化率と共に質量平均分子量が増大し続けるという問題点があった。
後述する比較例1として、前記特許文献2に記載のポリ(モノパーオキシカーボネート類)を用い、比較例2として、前記特許文献3に記載の共役二重結合を有するt−アルキルパーオキシモノカーボネートを用い、比較例3として、前記特許文献1に記載のパーオキシケタール系の有機過酸化物を用いてビニル芳香族系重合体(ポリスチレン)の製造を行い、分子量測定並びに重合転化率の測定を行った結果を図1,図2に示している。
図1より明らかなように、前記特許文献1に記載の重合開始剤を用いた比較例3は、重合転化率が90%に達していないことが明らかであり、また図2より明らかなように、前記特許文献2,3に記載の重合開始剤を用いた比較例1,2は、重合転化率が60%を超えたあたりから質量平均分子量の変化の違いが顕著となっている。
このように、わずかな転化率の差異が重合体の分子量を大きく変化させる場合には、得られる重合体の物性が大きく左右される。特に、ビニル芳香族系重合体の大量生産プロセスにおいて一般的に採用される連続重合方式でこれらの重合開始剤を用いるには、転化率を一定に保ち、一定の分子量の重合体を得るために重合開始剤の使用量、重合温度、滞留時間などを高度に制御する必要があり、改善が望まれていた。
【0007】
そこで、本発明の目的は、重合後半、特に重合転化率が70〜90%の範囲における重合体の分子量の変動を抑制し、質量平均分子量が40万以上という高分子量の重合体を特定の狭い範囲の質量平均分子量で効率よく得ることのできるビニル芳香族系重合体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、共役二重結合を有する特定構造のパーオキシケタールを重合開始剤として用いることにより、重合後半、特に重合転化率が70〜90%の範囲における重合体の質量平均分子量の変動を特定範囲内に抑制できることを見出した。これにより、特に質量平均分子量が40万以上という高分子量のビニル芳香族系重合体を製造する際、重合転化率が70〜90%の範囲において重合体が特定の狭い範囲の質量平均分子量で効率よく得られることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明の第1の発明は、下記一般式で表される共役二重結合含有パーオキシケタールを重合開始剤として用い、ビニル芳香族系モノマーを重合させるビニル芳香族系重合体の製造方法であって、得られるビニル芳香族系重合体の質量平均分子量が40万以上であり、かつ重合転化率が70%から90%に達するまでの間における重合体の質量平均分子量変化率が3.0%以下であることを特徴とするビニル芳香族系重合体の製造方法である。
【化3】

(式中、R1は水素又はアルキル基を表し、R2はアルキル基又はアラルキル基を表し、R3は下記式で表される置換基である。)
【化4】

(式中、Rは炭素数1〜7のアルキル基、又は炭素数6〜10のアラルキル基を表す。)
【0010】
本発明の第2の発明は、第1の発明のビニル芳香族系重合体の製造方法において、重合開始剤として前記一般式中Rがメチル基であるものを使用するビニル芳香族系重合体の製造方法である。
【0011】
本発明の第3の発明は、第2の発明のビニル芳香族系重合体の製造方法において、重合開始剤として前記一般式中R1及びR2が共にメチル基であるものを使用するビニル芳香族系重合体の製造方法である。
【0012】
本発明の第4の発明は、第1ないし第3の発明においてビニル芳香族系モノマーとしてスチレンを使用するポリスチレンの製造方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、以下のような効果を奏する。
本発明の第1の発明によれば、ビニル芳香族系重合体の製造において、特定構造のパーオキシケタールを重合開始剤として用いることによって、得られるビニル芳香族系重合体の質量平均分子量を40万以上という高分子量にすることができると同時に、重合の終盤、特に重合転化率が70〜90%の範囲内における分子量の変化を特定の狭い範囲内に抑制することができる。このように、第1の発明によれば、汎用樹脂の一つとして広く使用されているビニル芳香族系重合体を、質量平均分子量が40万以上という高分子量で、かつ質量平均分子量が特定の狭い範囲にて効率よく得ることができ、得られるビニル芳香族系重合体の物性を均質化することができる。すなわち重合条件をある値に固定した場合において、重合転化率にかかわらず質量平均分子量をほぼ一定とすることができる。その結果、バッチ式の重合であればどの時点で反応を止めても予定通りのほぼ一定の平均分子量を有する重合体が得られ、連続重合であればプロセスのコントロールが容易となり、大量生産プロセスへの採用も見込まれる。
【0014】
本発明の第2の発明は、前記第1の発明において、重合開始剤として前記一般式中Rがメチル基であるものを使用する。該構造のパーオキサイドが生成するtert−ブチルパーオキシラジカルは重合終盤においても失活の少ないラジカルであり、この構造を選択することで、重合速度を低下させることなくより短時間で高い重合転化率を得ることができる。このように、第2の発明は、特に本発明をバッチ方式の重合に用いる場合に好適である。残存モノマーの低減や重合時間の短縮効果がより高いからである。
【0015】
本発明の第3の発明は、前記第2の発明において、重合開始剤として前記一般式中R1及びR2が共にメチル基であるものを使用する方法である。この構造のパーオキサイドは原料が商業的に入手容易であり、また合成法も確立されている。さらに生成物が特許文献4にも記載の通り高い結晶性を有するため、目的に応じて再結晶により精製でき、第2の発明をより好ましい態様で実施することが可能となる。
【0016】
本発明の第4の発明は、前記第1ないし第3の発明において、ビニル芳香族系モノマーとしてスチレンを使用するものである。主に連続生産法で大量生産され、高分子量化の要請も強いポリスチレンを本発明の方法により製造することで、高分子量化・分子量一定・高い生産性という3つの目的を同時に達成するという本発明の効果を最大限に活かすことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の最良と思われる実施形態について詳細に説明する。
本発明の実施に用いられる重合開始剤は、下記一般式により表される共役二重結合含有パーオキシケタール(以下、共役パーケタールと略記する。)である。
【化5】

(式中、R1は水素又はアルキル基を表し、R2はアルキル基又はアラルキル基を表し、R3は下記式で表される置換基である。)
【化6】

(式中、Rは炭素数1〜7のアルキル基、又は炭素数6〜10のアラルキル基を表す。)
【0018】
前記構造の共役パーケタール自体は公知の有機過酸化物であり、例えば特許文献4にはその一般式と、一例として3,3−ジ−(tert−ブチルパーオキシ)酪酸2−メタクリロイルオキシエチルの製造例が記載されている(特許文献4の第18頁左上第1行、同第24頁段落[0125]参照)。
また、これらの共役パーケタールがエチレン系不飽和モノマーの重合に使用し得ることが示唆されている(同第12頁段落[0038]参照)。
しかし、この特許文献4には、共役パーケタールをビニル芳香族系重合体の製造に適用した具体的な例は全く記載されておらず、本発明が開示する効果、すなわちビニル芳香族系重合体の製造において、重合終盤、特に重合転化率が70〜90%の範囲において分子量の増加が抑制でき、質量平均分子量が40万以上でしかも特定の狭い範囲の重合体が効率よく得られることについては、開示も示唆もされていない。
【0019】
本発明には、前記一般式の共役パーケタールであればどれも問題なく用いることができるが、R1、R2が共にメチル基のものは原料の入手や共役パーケタールの合成が容易であり、またモノマーとの反応性も高いためより好ましい。
Rについては炭素数が1〜7のアルキル基、又は炭素数6〜10のアラルキル基であれば任意に選択することができるが、それぞれ分解温度が異なるため、当業者に周知の範囲において重合条件の調整が必要な点には留意すべきである。
これらの中ではRがメチル基であるものが、パーオキサイドが結晶として得られるため精製が容易であり、また重合終盤の重合速度低下が小さく重合効率が高いことから特に好ましい。
【0020】
前記共役パーケタールの配合量は、ビニル芳香族系モノマー100質量部に対して通常0.002〜0.5質量部が好ましく、より好ましくは0.03〜0.2質量部である。配合量が0.002質量部未満では重合速度が遅く生産性が低下する。また、0.5質量部を超えるとゲルの生成や、分子量の低下等の問題が生ずる。
【0021】
本発明の目的を損なわない範囲で、共役パーケタールと、それ以外のその他の重合開始剤とを併用することもできる。これにより、重合温度、ビニル芳香族系重合体の物性等を調節することができる。その他の重合開始剤としては、ビニル芳香族系重合体の製造に通常用いられるものであれば問題なく用いることができるが、10時間半減期温度が70〜130℃の温度範囲内のものが通常用いられる。
上述の重合開始剤として、具体的にはベンゾイルパーオキシド、トルイルパーオキシド等のジアシルパーオキシド類;tert−ブチルパーオキシアセテート、tert−ブチルパーオキシベンゾエート、ジ−tert−ブチルパーオキシイソフタレート、tert−ブチルパーオキシラウレート、tert−ヘキシルパーオキシアセテート、tert−ヘキシルパーオキシ2−エチルヘキサノエート、tert−ヘキシルパーオキシベンゾエート等のパーオキシエステル類;tert−ブチルパーオキシイソプロピルモノカーボネート、tert−ブチルパーオキシ2−エチルヘキシルモノカーボネート、tert−ヘキシルパーオキシイソプロピルモノカーボネート等のパーオキシエステル類;1,1−ビス−tert−ブチルパーオキシ3,3,5−トリメチルシクロヘキサン、1,1−ビス−tert−ブチルパーオキシシクロヘキサン、2,2−ビス−tert−ブチルパーオキシブタン、n−ブチル−4,4−ビス(tert−ブチルパーオキシ)バレレート、2,2−ビス(4,4−ビス−tert−ブチルパーオキシシクロヘキシル)プロパン等のパーオキシケタール類;ジ−tert−ブチルパーオキシド、tert−ブチルクミルパーオキシド、2,5−ジ−tert−ブチルパーオキシ2,5−ジメチルヘキサン、ジクミルパーオキシド等のジアルキルパーオキシド類;2,2−アゾビスイソブチロニトリル等のアゾ化合物が挙げられる。これらの重合開始剤の中から重合温度や重合体に求められる物性に応じて、適切な重合開始剤を選択して前記共役パーケタールと併用することができる。
併用する重合開始剤の量は特に限定されないが、共役パーケタールに対してあまりに多くの量になると、共役パーケタールの効果が小さくなるため、共役パーケタール1質量部に対して10質量部以下が好ましく、5質量部以下がより好ましい。なお、これら共役パーケタールと併用される重合開始剤は、重合初期に共役パーケタールと混合して添加しても良いし、重合途中に添加しても良い。
共役パーケタールと、それと併用する重合開始剤とを合せた量、すなわち全重合開始剤量は、目的とする重合転化率(少なくとも90%)を達成できる量が用いられるが、使用されるビニル芳香族系モノマー100質量部に対して、全重合開始剤量が通常0.005〜1質量部が好ましく、より好ましくは0.01〜0.5質量部である。全重合開始剤量が0.005質量部未満の場合には、重合開始剤の効果が十分に得られなくなる。また、1質量部を越える場合には、重合が進み過ぎて一部がゲル化したり、或いは得られるビニル芳香族系重合体の透明性が低下したり、着色するといった問題が生ずる場合がある。
【0022】
本発明に用いられるビニル芳香族系モノマーとは、炭素鎖の末端に二重結合を有し、当該二重結合と共役系を形成する芳香族置換基を有する化合物を指す。例としてスチレン、o−メチルスチレン、m−メチルスチレン、p−メチルスチレン、α−メチルスチレン、ジビニルベンゼン、ジイソプロペニルベンゼン等が挙げられる。これらのビニル芳香族系単量体の中では、高分子量の重合体を得やすく、また重合のコントロールがしやすいことからスチレンが特に好ましい。これらのビニル芳香族系モノマーは、単独で使用することもできるし、目的に応じて他のビニル芳香族系モノマー、又は共重合可能な他のビニル系モノマーと混合して用いることもできる。
さらに、ポリブタジエンゴム、スチレン/ブタジエンブロック共重合ゴム、SBR、NBR、EPDM等のゴムをビニル芳香族系モノマー又はその混合物に溶解させたものを重合原料とすることも可能である。上記ゴムの含有量は、ビニル芳香族系モノマーに対して通常2〜40質量%が好ましく、より好ましくは5〜30質量%である。また、必要により、ビニル芳香族系モノマーの重合に通常用いられる添加剤、例えば連鎖移動剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤等の添加剤を配合することもできる。
【0023】
重合方法としては、塊状重合法、溶液重合法又は懸濁重合法が採用され、それらの重合方法の組み合わせも採用される。それらの場合、連続重合法及びバッチ重合法のいずれも採用されるが、高転化率で質量平均分子量が40万以上かつ一定の重合体が得られるという本発明の効果を最大限に活かせ、工業的にも生産効率の良い連続重合法が有利である。特に連続重合法において、重合温度は通常70〜180℃が好ましく、より好ましくは80〜170℃、さらに好ましくは90〜160℃である。重合温度が70℃未満の場合、重合速度が遅いため生産性が低下する。一方、重合温度が180℃を越える場合、ビニル芳香族系単量体への連鎖移動が起こりやすくなり、分枝状重合体の生成が少なくなったり、得られる重合体の分子量が低下したりする傾向にある。その他重合条件は、ビニル芳香族系重合体の製造方法における常法に従って行われる。
【0024】
以上の製造方法により得られるビニル芳香族系重合体は、屈折率検出器を用いてゲルパーミエーションクロマトグラフィ(GPC)により検量線に基づいて求めた質量平均分子量が40万以上、好ましくは40万〜70万、より好ましくは50万〜60万である。質量平均分子量が40万未満の場合であっても実用上大きな問題はないが、高分子量化という本発明の効果の一つを十分に発揮していない態様であり、本発明を適用するメリットは小さい。分子量が70万を超えると、ゲルが発生しやすくなり、成形加工時の流動性低下につながり、また成形品の表面平滑性や外観が損なわれるおそれがある。
ここで、ゲルパーミエーションクロマトグラフィ(GPC)は、ゲル透過クロマトグラフィであり、分子量測定方法の1つである。得られる分子量は、測定装置(屈折率検出器)が異なっても、標準ポリスチレンを用いて予め測定する検量線を用いるため、一定の値となる。詳細な測定条件の例は、後述する実施例において述べる。
【0025】
次に、質量平均分子量変化率(以下、RMwと略記する。)の定義について述べる。ここで言うRMwとは、ある範囲内における最も低い質量平均分子量(以下、MwLと略記する。)を基準とし、最も高い質量平均分子量(以下、MwHと略記する)との差を求め、その差をMwLに対する百分率で示した値であり、具体的には以下の式1で算出される値である。
RMw(%)=100×(MwH−MwL)/MwL・・・(式1)
【0026】
本発明では重合転化率が70〜90%の範囲を問題としており、本来であれば重合転化率が70%の点、90%の点、及びその間を十分に細かく測定することが最善であるが、重合転化率を事前に1%以下の単位まで予測して実験を行うことは困難である。これは本発明を実施する者に過度の実験を課すことになり、現実的ではない。
通常の重合条件において、ビニル芳香族系モノマーのラジカル重合では質量平均分子量は一定又は単調増加を示すから、重合転化率が70〜90%の範囲を必ず含むように測定点を選び出し、その両端をそれぞれMwL、MwHとすれば、求められる値は必ず真のRMwよりも大きい値となるから、RMwを3.0%以下と規定する本発明の技術的範囲に含まれることを確認するには十分である。具体的には、重合中にサンプリングを行い、測定結果の中から重合転化率が70%以下でかつ最も大きい点をMwL、90%以上で最も小さい点をMwHとして前記式1に当てはめればよい。
ただし、この方法では、仮にRMwが3.0%を超えても、それのみではその製造方法が本発明の技術的範囲に含まれないことを確認するには不十分であることは言うまでもない。ある製造方法が本発明の技術的範囲に含まれないことを確認するためには、重合転化率が70%以上で最も小さい点をMwL、90%以下で最も小さい点をMwHとし、これを式1に当てはめてRMwが3.0%を超えることを示せばよい。
【0027】
そして、本発明によれば、ビニル芳香族系重合体の製造に前記特定の共役パーケタールを重合開始剤として用いることにより、重合条件をある値に固定した場合において、重合転化率にかかわらず質量平均分子量が特定の狭い範囲、すなわちほぼ一定となり、具体的には、ある仕込み比、ある重合温度で重合させた場合、例えば7時間で反応を止めても10時間で反応を止めてもほぼ一定の平均分子量の重合体が得られ、連続反応であれば、連続反応槽の重合転化率が変動してもほぼ一定の平均分子量の重合体が得られる。そのため、バッチ式の重合であればどの時点で反応を止めても予定通りのほぼ一定の平均分子量を有する重合体が得られ、連続重合であればプロセスのコントロールが容易である。
【実施例】
【0028】
以下、本発明を実施するための最良の形態を実施例及び比較例を挙げて説明するが、本発明の技術的範囲は以下の記載に限定されるものではない。
〈測定方法〉
1)ビニル芳香族系重合体の分子量測定:
重合液を、濃度が約0.1wt/v%となるようテトラヒドロフランに溶解した後、カラム温40℃、溶離液(テトラヒドロフラン)の流速1.0mL/分に設定したそれぞれの分子量測定装置に、150μL注入して測定した。
Mw:屈折率検出器(GPCの装置:東ソー(株)製のHLC−8020、分離カラム:東ソー(株)製のTSKgel−GMHXLを3本接続、検出器:東ソー(株)製のHLC−8020内蔵示差屈折率検出器)を用い、標準ポリスチレンを用いて予め作成しておいた検量線に基づく標準ポリスチレン換算分子量として求めた質量平均分子量。
2)重合転化率の測定:
重合液をメタノールで希釈して生成ポリマーを沈殿させ、上澄みに含まれる残存モノマー量を測定することにより求めた。分析はガスクロマトグラフ(装置:(株)島津製作所製 GC−14A)を用い、内部標準法にて行った。内部標準物質にはクメン(和光純薬(株)製)を用いた。
【0029】
各実施例及び比較例の結果を示す表1及び表2中において使用した略号は以下の通りである。なお、使用量は全て純品に換算した値を質量部として記載した。
〈重合開始剤〉
「B−MEK」:3,3−ジ(tert−ブチルパーオキシ)酪酸2−メタクリロイルオキシエチル・・・本発明における共役パーケタール
「B−TPE」:ポリエーテルペンタエリスリトールテトラキス(モノ−tert−ブチルパーオキシカーボネート)の50質量%エチルベンゼン希釈品・・・前記特許文献2に開示されたポリ(モノパーオキシカーボネート類)
「B−MEC」:tert−ブチルパーオキシメタクリロイルオキシエチルカーボネートの40質量%トルエン希釈品・・・前記特許文献3に開示された末端に共役二重結合を有するt−アルキルパーオキシモノカーボネート
「T−A」:2,2−ビス(4,4−ビス−tert−ブチルパーオキシシクロヘキシル)プロパンの20%エチルベンゼン希釈品〔日油(株)製、商品名:パーテトラA〕・・・前記特許文献1などに記載のパーオキシケタール
〈単量体〉
「St」:スチレン〔和光純薬(株)製〕。
〈その他原料〉
「PEE」:ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンペンタエリスリトールエーテル(日油(株)製、商品名:ポリセリンGP−2000)
【0030】
T−A及びStについては、精製等することなく市販のものをそのまま用いた。B−MEKについては前記特許文献4(段落[0125])に開示された方法に、B−MECについては前記特許文献3に開示された方法に基づき合成したものを使用した。
【0031】
〔製造例1、PEEの塩素化〕
PEE100gにエチルベンゼン100gを加え、気体状のホスゲンを通じ、クロロホルメート化した。残留したホスゲンは減圧蒸留により除き、PEEのテトラクロロホルメートを定量的に得た。塩素量より求めた純度は、99.3%であった。
【0032】
〔製造例2、B−TPEの合成〕
t−ブチルハイドロパーオキサイド(純度約70%)に25%水酸化カリウム水溶液を加え、t−ブチルハイドロパーオキサイドのナトリウム塩を調製した。液温を約25℃とし、そこに製造例1により得たPEEのテトラクロロホルメートを同質量のエチルベンゼンで希釈したものを、液温が20〜25℃に保たれるよう冷却しながらゆっくりと滴下した。滴下終了後、液温を約25℃に保ちながら1時間撹拌し、反応を完結させた。水層を分離し、油層を5%水酸化ナトリウム水溶液、2%食塩水で順に洗浄した後、無水硫酸ナトリウムで脱水して目的物のエチルベンゼン溶液を得た。この溶液の活性酸素量をヨードメトリー法により測定したところ、3.32%であった。
【0033】
[実施例1、B−MEKによるスチレンの塊状重合]
St100質量部に重合開始剤として共役パーケタールであるB−MEK0.042質量部を溶解させ、重合試料を調製した。窒素置換したガラスアンプルに入れ、開口部をガスバーナーで封じた。同じものを8本用意し、120℃の油浴中で重合を開始させた。所定の時間毎にアンプルを1本ずつ抜き取り、流水と氷水で急冷した後、アンプルを開封した。
重合液を採取し、前記の方法にて質量平均分子量及び重合転化率を測定した。結果を表2、図1、図2に示す。
【0034】
[比較例1〜3]
前記実施例1において使用した重合開始剤の種類と量をそれぞれ表1の通りに代えた他は、前記実施例1と同様にして行った。結果を表2、図1、図2に示す。
【0035】
【表1】

【表2】

【0036】
まず、重合時間と重合転化率との関係を調べた(表2及び図1参照)。前記実施例1と前記比較例3との比較より、共役二重結合を含有する共役パーケタールであるB−MEKを重合開始剤として用いると、同じパーオキシケタールであっても現在連続重合法で主に使用されている共役二重結合を含有しないパーオキシケタールであるT−Aよりも10ポイント近くも高い重合転化率を示した。すなわちB−MEKは、T−Aと比較して、重合後半においても高い開始剤効率を有し、重合体中の残存モノマーの低減や生産性の向上に有効であることが明らかとなった。
【0037】
次に、重合転化率と質量平均分子量との関係を調べた(表2及び図2参照)。図2において前記実施例1と前記比較例1、2とを比較すると、B−TPEやB−MEC等のパーオキシモノカーボネート基含有開始剤を用いた比較例1,2では、重合転化率が80%を超えても質量平均分子量が増大し続け、右肩上がりの直線的な概形を示したのに対し、共役パーケタールであるB−MEKを重合開始剤として用いた実施例1では、重合転化率が60%を超えたあたりから質量平均分子量が50万強でほぼ一定となり、現在連続重合法で主に使用されている共役二重結合を含有しないパーオキシケタールであるT−A(比較例3)と同様の概形を示した。
さらに図2において前記実施例1と前記比較例3とを比較すると、比較例3では転化率が80%を超えたところで頭打ちとなったのに対し、実施例1では95%を超えるまでほぼ一定の質量平均分子量を保ち続けた。
これらのことから、共役パーケタールであるB−MEKをビニル芳香族系重合体の製造における重合開始剤として用いた場合、B−TPEやB−MEC等のパーオキシモノカーボネート基含有開始剤を用いた場合に比べて質量平均分子量の変化が少なく、質量平均分子量が40万以上でかつ一定の重合体が広い重合転化率範囲において得られ、その安定性は現在連続重合法で広く採用されている共役二重結合を含有しないT−Aと同等かそれ以上であることが明らかとなった。
【0038】
このことを、RMwを算出してさらに詳細に検証した。結果を表3に示す。
共役パーケタールであるB−MEKを用いた前記実施例1の重合結果については、RMwが3.0%以下であることを確認するため、重合転化率が70〜90%の範囲を含むよう、その範囲の外側で最も70%に近い点をMwL、同じく外側で最も90%に近い点をMwHとした。重合時間が5時間(重合転化率:67.4%)の点をMwL、8時間(重合転化率:94.6%)の点をMwHとしてRMwを求めたところ、0.8%であり、重合転化率が70〜90%の範囲内における質量平均分子量の変化が極めて小さいことが明らかとなった。
一方、前記比較例1〜3については、RMwが3.0%を超えることを確認するため、重合転化率が70〜90%の範囲の内側で最も70%に近い点をMwL、同じく内側で最も90%に近い点をMwHとした。その結果、比較例1についてはRMwが6.4%、比較例2についてはRMwが12.9%であり、重合転化率が70〜90%の範囲において、質量平均分子量が大きく変化することが明らかとなった。
前記比較例3については測定誤差に起因すると見られる質量平均分子量のバラつきが認められたが、重合時間が5時間の点(重合転化率:72.1%)、6時間の点(重合転化率:76.3%)のいずれをMwLとして採用しても、MwL(重合時間10時間、重合転化率:86.6%)との比較で式1により算出したRMwは3.5%であった。比較例1、2よりは変化は小さいものの、やはり3.0%を超える値を示し、実施例1と比較して重合転化率が70〜0%の範囲における質量平均分子量の変化が大きいことが明らかとなった。
【0039】
【表3】

【0040】
以上の結果より、本発明によれば、共役パーケタールを重合開始剤として用いることにより、90%以上の高い重合転化率と、40万以上の高分子量化とを達成でき、しかも従来の方法に比べて重合転化率が70〜90%の範囲における質量平均分子量の変化が小さいため、分子量が一定し、安定した品質のビニル芳香族系重合体を効率よく製造可能であることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0041】
これまで述べた、あるいは実施例を用いて示した通り、共役パーケタールを重合開始剤として用いてビニル芳香族系重合体を製造すると、高分子量化と、高転化率と、安定した分子量を得るという課題を同時に解決することができる。この方法はバッチ重合法によりビニル芳香族系重合体を製造する際にも有用であるが、ことに連続重合法においては広い重合条件において安定した品質の高分子量重合体を生産性良く得ることが可能となり、本発明は産業上極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】表2中、重合時間を横軸に、重合転化率を縦軸にプロットしたグラフであって、開始剤効率や生産性の指標となるものであり、実線は実施例を、破線は比較例を示す。
【図2】表2中、重合転化率を横軸に、質量平均分子量を縦軸にプロットしたグラフであって、主に連続重合法における、重合体の分子量と重合転化率との相関を示し、水平部が長いほど、重合体の分子量が重合転化率の影響を受けにくく、より安定した分子量の重合体が得られることを示し、実線は実施例を、破線は比較例を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式で表される共役二重結合含有パーオキシケタールを重合開始剤として用い、ビニル芳香族系モノマーを重合させるビニル芳香族系重合体の製造方法であって、得られるビニル芳香族系重合体の質量平均分子量が40万以上であり、かつ重合転化率が70%から90%に達するまでの間において、ビニル芳香族系重合体の質量平均分子量変化率が3.0%以下であることを特徴とするビニル芳香族系重合体の製造方法。
【化1】

(式中、R1は水素又はアルキル基を表し、R2はアルキル基又はアラルキル基を表し、R3は下記式で表される置換基である。)
【化2】

(式中、Rは炭素数1〜7のアルキル基、又は炭素数6〜10のアラルキル基を表す。)
【請求項2】
請求項1に記載のビニル芳香族系重合体の製造方法において、重合開始剤として前記一般式中Rがメチル基であるものを使用することを特徴とするビニル芳香族系重合体の製造方法。
【請求項3】
請求項2に記載のビニル芳香族系重合体の製造方法において、重合開始剤として前記一般式中R1及びR2が共にメチル基であるものを使用することを特徴とするビニル芳香族系重合体の製造方法。
【請求項4】
請求項1ないし3に記載のビニル芳香族系重合体の製造方法において、ビニル芳香族系モノマーがスチレンであるポリスチレンの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−65184(P2010−65184A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−234666(P2008−234666)
【出願日】平成20年9月12日(2008.9.12)
【出願人】(000004341)日油株式会社 (896)
【Fターム(参考)】