説明

ピクテ−スペングラー反応の変法およびその産物

【課題】 所望のcis-またはtrans-異性体を、短い処理時間で、しかも高収率および高純度で提供する。
【解決手段】 二つの立体中心を有するテトラヒドロ-β-カルボリンに、ピクテ-スペングラー反応の変法を用いて、第二の立体中心を導入する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、化合物に第二の立体中心を導入するためのピクテ-スペングラー反応の変法に関する。 具体的には、本願発明は、二つの立体中心を有するポリアクリル化合物の所望のcis-またはtrans-ジアステレオマーを、高収率および高純度で調製するためのピクテ-スペングラー反応の変法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、生物学的活性を発現する化合物は、少なくとも一つの不斉炭素原子、すなわち、少なくとも一つのキラル中心を有している。 通常、そのような化合物のある特定の立体異性体は理想的な生物学的活性を発現するものの、その他の立体異性体にあってはそのような生物学的活性はほとんどまたは全く認めることができない。 従って、研究者たちは、生物学的に活性な立体異性体の合成に励む一方で、不活性または活性度の乏しい立体異性体の合成を最小限にしたり、または回避するように努力している。
【0003】
処方薬の大半がキラル性を呈している事情から、薬学の分野にあっては、立体化学的純度は重要である。 例えば、β-アドレナリン作用性阻害剤、プロプラノロールのL-エナンチオマーは、そのD-エナンチオマーの100倍以上の活性を呈することが知られている。
【0004】
さらに、立体異性体によっては、有用または不活性な効果を呈さずに、かえって有害な効果を奏する場合があるので、薬学の分野にあっては、光学純度も重要である。 例えば、サイリドマイドのD-エナンチオマーは、妊婦のつわりを抑制する上で安全かつ効果的な鎮静剤と考えられている一方で、対応するL-エナンチオマーは、強力な催奇物質であると考えられている。
【0005】
それ故に、立体選択的合成法は、有用な薬剤産物の調製を可能にしているのである。 例えば、不活性な立体異性体を多量に含む混合物とは異なり、活性な立体異性体だけを個体に投与できるので、薬剤の投与量を減じることも可能となる。 立体異性体の混合物に関する用量と比較して、活性な立体異性体に関する用量が少なくなるので、好ましくない副作用までもが低減されるのである。 加えて、不要な立体異性体から所望の立体異性体を分離するための工程が簡略化または省略することができるので、立体選択的合成法は経済的であり、しかも、不要な立体異性体の合成において反応物は消費されないので、廃棄原材料と経費の削減が図れる。
【0006】
生物学的に活性な化合物の多くが、二つの不斉炭素原子、すなわち、二つの立体中心を有しており、そして、各不斉炭素原子は、環系の一員であり、かつその各々が、水素原子および水素原子以外の置換基に結合している。 それ故に、不斉炭素原子に関与する水素原子以外の置換基は、cis-またはtrans-の配置をとることができる。 このような生物学的に活性な化合物の合成に伴って生じる特に厄介な問題点は、不斉炭素原子に関与している水素原子以外の置換基がcis-またはtrans-の配置をとる状況下で、特定の立体異性体、すなわち、所望のジアステレオマー、つまり、生物学的活性に優れている方のジアステレオマーを、高収率かつ高純度で調製する点にある。
【0007】
このような化合物を得るためには、適正な立体化学に基づいた各立体中心を付与する合成経路が必要であり、これにより、所望のジアステレオマーが調製される。 この合成経路は、少ない工程数で、最小限のジアステレオマーの分離と精製を経て、所望のジアステレオマーを高収率で調製する。
【0008】
例えば、参考までに本明細書に取り込んだ、米国特許第5,859,006号は、以下の構造式(I)、すなわち;
【0009】
【化1】

【0010】
で表される(6R, 12aR)-2,3,6,7,12,12a-ヘキサヒドロ-2-メチル-6-(3,4-メチレンジオキシフェニル)-ピラジノ-[2',1':6,1]ピリド[3,4-b]インドール-1,4-ジオンを開示している。
【0011】
化合物(I)は、星印を付した二つの不斉炭素原子を有しており、また、不斉炭素原子に関与している水素原子以外の置換基がcis-配置をとっている。 化合物(I)は、米国特許第5,859,006号に開示された二つの合成経路によって調製することができる。 化合物(I)は、ホスホジエステラーゼ酵素PDE5の強力な選択的阻害剤であり、また、様々な治療用途、例えば、男性の勃起機能不全の治療のために利用されている。 D-トリプトファンから始まる第一の合成経路(A)での工程数は少ないが、所望のジアステレオマー(すなわち、化合物II)の収率は低く、また、trans-立体異性体(化合物IIa)からの分離工程を必要としている。 経路(A)は、腐食性に富んだトリフルオロ酢酸(すなわち、TFAまたはCF3CO2H)も利用している。 経路Aでの主要な工程は、D-トリプトファンメチルエステルとピペロナールを用いた典型的なピクテ-スペングラー反応であり、これにより、置換されたテトラヒドロ-β-カルボリン化合物(II)および(IIa)が調製される。 第二の経路(B)は、所望の化合物Iを良好な収率で調製するが、合成工程の数が多い。 各合成経路において、化合物(I)の合成での主要な中間体は、化合物(II)である。 そして、簡単な二つの合成工程によって、化合物(II)から化合物(I)は合成される。
【0012】
【化2】

【0013】
【化3A】

【0014】
【化3B】

【0015】
【化4】

【0016】
合成経路(A)または(B)を経て得られる化合物(I)の総収率は、約25%〜約30%である。
【0017】
経路(B)は、数工程の合成を必要としているので、利便性に欠けるものと考えられる。
【0018】
工程数の少ない合成経路(A)での化合物(I)の合成における主要工程は、化合物(II)の調製である。 経路(A)での化合物(II)の調製において、2当量のトリフルオロ酢酸を含むジクロロメタン(CH2Cl2)内で、4℃にて、D-トリプトファンメチルエステルとピペロナールとの間がピクテ-スペングラー環化されており、これにより、5日後に、二つのジアステレオマー、すなわち、所望のcis-異性体テトラヒドロ-β-カルボリン化合物(II)((1R,3R))および不要のtrans-異性体テトラヒドロ-β-カルボリン化合物(IIa)((1S,3R))が、約60/40の比率で調製される。 この混合物から、分別晶出によって、純粋なcis-異性体(すなわち、化合物(II))が、42%の収率(ee>99%(キラルHPLC))で取得することができる。
【0019】
ピクテ-スペングラー反応は、化合物(I)に含まれるテトラヒドロ-β-カルボリン環系を調製するための直接的な手法である。 一般に、ピクテ-スペングラー反応は、以下に示したcis-1,3-およびtrans-1,3-テトラヒドロ-β-カルボリンの混合物を調製するために、トリプトファンエステルとアルデヒドを用いる。 例えば、参考までに本明細書に取り込んだ米国特許第5,859,006号および第5,981,527号を参照すると、一般的に、R2は、C1-4アルキルであり、また、R1は、脂肪族または芳香族である。
【0020】
【化5】

【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
当該技術分野において、ピクテ-スペングラー反応のジアステレオマー選択性を実質的に改善するピクテ-スペングラー環化反応の変法を発明したことは、意味のある改善であるといえる。 詳細には、市販のD-トリプトファンメチルエステルとピペロナール、あるいは他の脂肪族または芳香族アルデヒドとの間のピクテ-スペングラー反応を利用する経路Aを改善して、鏡像異性的に純粋な化合物(II)または同様のテトラヒドロ-β-カルボリンを直接的に調製する方法を実現すると共に、TFAを使用する上に、長い反応時間を要し、かつ産物の分離が難しいなどの従来のピクテ-スペングラー反応で認められていた不都合を解消することは、当該技術分野において有益である。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本願発明は、所望のジアステレオマー、すなわち、二つの不斉環状炭素原子を有する多環式化合物のcisまたはtransの調製方法に関する。 具体的には、本願発明は、ピクテ-スペングラー反応の変法を用いて、二つの不斉炭素原子を有するテトラヒドロ-β-カルボリン化合物の所望のジアステレオマーを調製する方法に関する。
【0023】
これまでは、ピクテ-スペングラー環化反応を実施することによって、二つの不斉環状炭素原子を有する多環式系の所望のジアステレオマーの調製が試みられてきた。 腐食性媒体で反応が進行する関係で、反応収率の低下を招くジアステレオマーの混合物が生成してしまい、また、数日間の反応期間を要したために、この試みの成功はごく限られたものでしかなかった。 本願発明の方法は、TFAを必要としない上に、短い反応時間で、所望のジアステレオマーを高収率で調製する。
【0024】
具体的には、本願発明は、一方のジアステレオマーのみを溶解する溶剤を用いるピクテ-スペングラー環化反応の変法によって、二つの不斉炭素を有するテトラヒドロ-β-カルボリン化合物の所望のジアステレオマーを調製する方法に関する。 好適な実施態様において、所望のジアステレオマーは溶剤に溶解せず、かつ不要のジアステレオマーは溶剤に溶解する。
【0025】
本願発明の他の態様によれば、不要のジアステレオマーを溶液内で平衡せしめて、溶液内で沈殿した所望のジアステレオマーをさらに取得することによって、所望のジアステレオマーの収率を増大せしめ、それにより、不要のジアステレオマーを消費しつつ、所望のジアステレオマーの収率改善が図られるのである。
【発明の効果】
【0026】
すなわち、本願発明の方法によれば、TFAを必要としない上に、短い反応時間で、所望のジアステレオマーを高収率で調製する。 また、不要のジアステレオマーを溶液内で平衡せしめて、溶液内で沈殿した所望のジアステレオマーをさらに取得する実施態様によれば、所望のジアステレオマーの収率を増大せしめ、それにより、不要のジアステレオマーを消費しつつ、所望のジアステレオマーの収率改善が図られる。
【0027】
本願発明の上記態様およびその他の態様、それに新規の特徴部分は、好適な実施態様に関する以下の詳細な説明によって明らかになるであろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
本願発明は、環系の構成因子である二つの不斉炭素原子を有する多環式化合物の所望のジアステレオマーを調製する方法に関する。 この方法は、所望のテトラヒドロ-β-カルボリンジアステレオマーを、短時間の内に、高収率かつ高純度でもたらすことができる、改善されたピクテ-スペングラー反応を利用している。 この改善されたピクテ-スペングラー反応は、その実施において、TFAを必要としない。
【0029】
化合物(I)および(II)の合成については本明細書で詳述するが、本願方法は、これら化合物に限定されるものではない。 本願方法は、ピクテ-スペングラー環化反応の変法で利用する開始トリプトファンエステル、例えば、D-形またはL-形のもの、開始アルデヒド、および反応用溶剤を慎重に選択することによって、他のテトラヒドロ-β-カルボリンの所望のジアステレオマーを合成するために使用することもできる。
【0030】
一般的に、ピクテ-スペングラー反応は、中性条件下にてイミンの生成を伴って進行し、次いで、トリフルオロ酢酸(TFA)を含むジクロロメタン(CH2Cl2)を用いて、低温(4℃)下で環化を促す。 イミンによる開始以外にも、cis-ジアステレオマーを得るために、トリプトファンアミノ(-NH2)基のN-置換がよく行われる。 米国特許第5,859,006号に記載のピクテ-スペングラー反応は、前述したような条件を利用している。 このように、標準的なピクテ-スペングラー反応は、反応サイクルの時間が長く、所望のcis-ジアステレオマーの収率が低く、そして、腐食性のTFAを使用するという点で不利である。
【0031】
本願発明は、従来のピクテ-スペングラー反応で指摘されていた問題点の克服、例えば、所望のジアステレオマーの収率と純度の改善を実現し、より簡便な合成経路を利用する。 具体的には、本願発明は、第二の環状立体中心をもたらす簡略化されたピクテ-スペングラー反応に関し、所望のジアステレオマーは溶解せず、かつ不要のジアステレオマーを溶解する溶剤内で、その反応を実施することによって、所望のcis-またはtrans-ジアステレオマーを、高収率かつ高純度で調製することができる。 本願発明のピクテ-スペングラー反応の変法は、塩酸塩としてのN-非置換開始物質、例えば、トリプトファンも利用しているが、TFAは使用していない。 TFAを用いずに反応を行うことで、トリプトファンメチル塩酸塩の単離/同定が円滑になり、また、TFAの腐食性に起因する不都合を解消するなどの利点が得られる。
【0032】
本願発明のピクテ-スペングラー反応の変法に好適な溶剤の選択は、当業者が容易に実施しうる範囲内のものである。 例えば、ピクテ-スペングラー環化反応で化合物(II)の調製を行う場合、イソプロピルアルコールが、不要のtrans-ジアステレオマーを溶解するが、所望のcis-ジアステレオマーは反応混合物内で沈殿することが知られている。 加えて、溶解したtrans-ジアステレオマーは、所望のcis-ジアステレオマーとの間で動的平衡の関係にある。 従って、cis-ジアステレオマー化合物(II)は溶解して直ちに沈殿するので、残余のtrans-ジアステレオマー化合物(IIa)と比較してその濃度は相対的に小さくなり、これにより、cis-ジアステレオマーをさらに供給する方向で平衡状態に作用する濃度差が生じることとなる。 こうして推し進めた反応は、所望のcis-ジアステレオマーの収率と純度の双方を高める。
【0033】
具体的には、本願発明は、二つの立体中心を有するテトラヒドロ-β-カルボリン環系を形成するために、ピクテ-スペングラー環化反応を利用する。 この反応は、還流温度またはそれ以下の温度にて所望のジアステレオマーを溶解するが、還流温度またはそれ以下の温度では不要のジアステレオマーを溶解しない溶剤を用いて実施される。 さらに、溶液内でのcis-trans動的平衡は、出発物質から所望のジアステレオマーへのより完璧な変換と、不要なジアステレオマーからの所望のジアステレオマーのより完璧な分離を許容する。 従って、本願発明の他の利点として、試薬の効率的な使用に起因する経費削減が挙げられる。
【0034】
前述したように、所要の可溶性を有する反応用溶剤の選択は、当業者が実施しうる範囲内のものである。 この選択に際して必要とされている事項は、対象となる溶剤での各ジアステレオマーの溶解性の決定、それに、二つのジアステレオマーに関して上掲の溶解性/不溶性を具備している溶剤の選択だけである。
【実施例】
【0035】
以下に本願発明の実施例、すなわち、ピクテ-スペングラー反応の変法(工程2)による化合物(II)の合成と、それに続く、化合物(II)から化合物(I)の合成(工程3および4)を示すが、本願発明はこれらに限定されない。
【0036】
【化6A】

【0037】
【化6B】

【0038】
一般的に、本願発明の方法を用いた化合物(I)の合成は、4段階の合成経路が関係している。 第一工程は、還流下、塩化チオニル(SOCl2)を用いて、メタノール(MeOH)中でエステル化を行う。 その産物は、晶析した後に、濾過して単離される。 第二工程は、ピクテ-スペングラー反応の新規かつ簡略化された形態であって、D-トリプトファンメチルエステル塩酸塩を、イソプロピルアルコール(i-PrOH)中でピペロナールと混合し、次いで、還流下で加熱することによって、ジアステレオマー付加物の混合物が形成される。 所望のcis-ジアステレオマー(化合物(II))は、還流温度またはそれ以下の温度下ではイソプロピルアルコールには溶解しないので、cis-ジアステレオマーは溶液から晶析してしまい、溶液内にはcis-trans動的平衡が残されることになる。 cis-ジアステレオマーは、イソプロピルアルコール中で沈殿するので、cis-ジアステレオマーが溶液内に残存するに十分な低濃度になるまで、cis-ジアステレオマーに対して平衡は作用する。 結晶化と濾過によって、所望のジアステレオマーは、90%を超える収率で単離される。
【0039】
第三工程では、化合物(II)のアミノ(NH2)部分を水性テトラヒドロフラン(THF)でアシル化し、次いで、結晶化と濾過を行う。 メチルアミン(MeNH2)による閉環で以てして、環形成は完了する。 溶剤交換を行った後に、水性イソプロピルアルコールまたは他の好適な溶剤から結晶化して得られた産物を濾過すると、約77%の総収率で化合物(I)が調製される。
【0040】
一般的に、本願発明のピクテ-スペングラー反応の変法は、テトラヒドロ-β-カルボリンに由来するすべての化合物における所望のジアステレオマーを調製するために用いることができる。 例えば、本願発明のピクテ-スペングラー反応の変法は、参考までに本明細書に取り込んだ、米国特許第5,859,006号、第5,981,527号、第6,001,847号、国際公開公報第WO 02/28859号、第WO 02/28865号、第WO 02/10166号、第WO 02/36593号、第WO 01/94345号、第WO 02/00658号、第WO 02/00657号、第WO 02/38563号、第WO 01/94347号、第WO 02/94345号、第WO 02/00656号、国際出願第PCT/US01/49393号、第PCT/US02/13719号、第PCT/US02/00017号、第PCT/US02/10367号、第PCT/US02/13703号、第PCT/US02/11791号および第PCT/US02/13897号に開示された種類の化合物や、置換された他のテトラヒドロ-β-カルボリンの所望のジアステレオマーを調製するために用いることができる。
【0041】
化合物(I)に示したようなテトラヒドロ-β-カルボリンジケトピペラジンの他にも、化合物(II)に示した化合物を、R4NCOの式で表され、かつ式中のR4が脂肪族または芳香族であるイソシアネートと反応せしめることによって、所望の立体配置を具備したテトラヒドロ-β-カルボリンヒダントイン(III)を調製することができる。 例えば、参考までに本明細書に取り込んだ、米国特許第6,001,847号を参照されたい。
【0042】
【化7】

【0043】
以下に、本願発明の方法を利用した化合物(I)の詳細な調製例を示す。
【0044】
【化8】

【0045】
D-トリプトファン(50.0kg、245モル)をメタノール(270L)に懸濁せしめ、次いで、このものを、常温の窒素(N2)雰囲気下で、メタノール(250L)にSOCl2(67.0kg、563モル)を加えて予め調製しておいた溶液に添加した。 得られた溶液を、1〜2時間還流させて攪拌し、次いで、当初の体積の約50%に至るまで反応混合物からメタノールを蒸留した。 メチルt-ブチルエーテル(MTBE)(350L)を加え、そして、攪拌を1時間継続しながら、溶液を0℃〜5℃にまで冷却した。 産物を濾過し、冷えたMTBE(150L)で洗浄し、60℃の減圧状況下で乾燥して、D-トリプトファンメチルエステル塩酸塩の57.6kg(92.4%)を得た。
【0046】
1H NMR (400MHz DMSO) δ: 11.15 (1H, s)、8.70 (2H, exch.)、7.50 (1H, d, J=8.2 Hz)、7.35 (1H, d, J=8.2 Hz)、7.24 (1H, s)、7.08-7.05 (1H, m)、7.00-6.97 (1H, m)、4.18-4.16 (1H, m)、3.61 (3H, s)、3.36-3.25 (2H, m)。
【0047】
HPLCの仕様: カラム;SB-フェニル 4.6×250mm、溶離剤;イソクラティク 80%(H2O+0.1% TFA)/20% ACN (アセトニトリル)、温度;40℃、流速;1ml/分、紫外線検出=285nm、注入量=20μl、希釈剤=1:1 ACN/H2O、および、保持時間=10.0分。
【0048】
【化9】

【0049】
D-トリプトファンメチルエステル塩酸塩(50.0kg、196モル)をイソプロピルアルコール(500L)に懸濁せしめ、次いで、常温の窒素雰囲気下で、ピペロナール(32.4kg、216モル)で処理した。 得られた混合物を、70℃〜還流温度(82℃)下で、16〜18時間かけて攪拌した。 この時に、反応混合物での化合物IIaの含有量は、3%にも満たなかった。 次いで、反応混合物を0℃にまで冷却し、濾過し、そして、冷えたイソプロピルアルコール(150L)で洗浄した。 産物を、60℃の減圧状況下で乾燥して、cis-1-(1,3-ベンゾジオキソール-5-イル)-2,3,4,9-テトラヒドロ-1H-ピリド[3,4-b]インドール-3-カルボン酸メチルエステル(化合物II)の69.8kg(92%)を得た。
【0050】
1H NMR (400MHz DMSO) δ: 10.81 (1H, s)、10.67 (1H, exch.)、10.21 (1H, exch.)、7.52 (1H, d, J=8.0 Hz)、7.27 (1H, d, J=8.0 Hz)、7.11 (1H, m)、7.05-6.95 (4H, m)、6.08 (2H, s)、5.85 (1H, m)、4.71 (1H, m)、3.82 (3H, s)、3.39-3.23 (2H, m)。
【0051】
HPLCの仕様: カラム;SB-フェニル 4.6×250mm、ACN/(H2O+0.1% TFA)勾配、温度;40℃、流速;1ml/分、紫外線検出=285nm、注入量=20μl、希釈剤=1:1 ACN/H2O、試料濃度;約0.1mg/ml、および、保持時間=6.0分。
【0052】
本願発明によって化合物(II)を調製する好ましい方法によれば、加熱に先駆けて、種量のわずかの化合物(II)、すなわち、D-トリプトファンメチルエステル塩酸塩の重量の約0.05%〜約1%、好ましくは、約0.05%〜約0.25%の量の化合物(II)が、反応混合物に添加される。 この種量をもってして、反応混合物中にて、cis-カルボリン化合物(III)の結晶化が誘発される。
【0053】
イソプロピルアルコールを溶剤とする場合、相当量の水によって反応速度に悪影響が及んでしまうので、アルコールは無水のもの、例えば、水分含量が0.1重量%またはそれ以下のものを用いることが好ましい。 不要な副産物の生成を回避する上で、イソプロピルアルコールは実質的にアセトンを含まないもの、例えば、アセトン含量が0.3重量%またはそれ以下のものを用いることが好ましい。
【0054】
沸騰性に富んだ溶剤(例えば、n-プロパノール、トルエン、ジメチルホルムアミド、アセトニトリルまたは酢酸)を使用することで、産物の収率と純度の低下を招くことなく、反応時間が短縮される。
【0055】
本願発明のピクテ-スペングラー反応(工程2)を用いて化合物(II)を調製する上で有用な他の溶剤として、芳香族溶剤(例えば、トルエン、ベンゼンまたはキシレン)、ニトリル(例えば、アセトニトリルまたはプロピオニトリル)、エステル(例えば、酢酸エチル)、アルコール(例えば、プロパノールまたはブタノール)、エーテル(例えば、THF、MTBEまたはジオキサン)、脂肪族炭化水素(例えば、ヘキサン、ヘプタン)、有機酸(例えば、酢酸)、これらの混合物、およびこれらの水性溶液などがあるが、これらに限定されない。
【0056】
【化10】

【0057】
置換したテトラヒドロ-β-カルボリン塩酸塩(II)(83.7kg、216モル)をTHF(335L)および脱イオン水(84L)に懸濁せしめ、次いで、0℃〜20℃の窒素雰囲気下で、トリエチルアミン(Et3N)(57.0kg、560モル)で処理した。 次いで、0℃〜10℃の温度を維持できる速さで、乾燥THF(0.6容)中のクロロ塩化アセチル(ClCH2C(O)Cl)(34.2kg、300モル)を添加し、その後、2時間にわたって反応混合物を攪拌した。 4重量%またはそれ以下の化合物(II)の含有量に関して、HPLCによって反応の観察を継続した。 アシル化反応が終了した後、30℃〜50℃の減圧条件下で、体積が約30%減少するまで反応混合物の蒸留を行った。 次いで、水(84L)とイソプロピルアルコール(335L)を加えた後に、30℃〜50℃の減圧条件下で、体積が約20%減少するまで反応混合物の二度目の蒸留を行った。 そして、反応混合物を20℃〜25℃にまで冷却し、その後に、2時間にわたって攪拌した。 結晶化した反応産物を、濾過し、次いで、イソプロピルアルコールで洗浄した。 産物を、80℃の減圧状況下で乾燥して、クロロアセチルカルボリン cis-1-(1,3-ベンゾジオキソール-5-イル)-2,3,4,9-テトラヒドロ-1H-ピリド[3,4-b]インドール-3-カルボン酸メチルエステルの86.7kg(95%)を得た。
【0058】
1H NMR (400MHz DMSO) δ: 10.86 (1H, s)、7.54 (1H, d, J=7.4)、7.27 (1H, d, J=8.0)、7.11-6.99 (2H, m)、6.81-6.75 (2H, m)、6.63 (1H, s)、6.45 (1H, d, J=8.2)、5.97 (2H, d, J=5.8)、5.19 (1H, d, J=6.6)、4.83 (1H, d, J=14)、4.43 (1H, d, J=14)、3.45 (1H, d, J=16)、3.10-3.03 (4H, m)。
【0059】
工程3での溶剤として、イソプロピルアルコールまたはn-プロピルアルコール、アセトン、および塩化メチレンのような低分子量アルコールも用いることができる。
【0060】
【化11】

【0061】
クロロアセチルカルボリン(86.0kg、201モル)をTHF(430L)に加えることで得られた混合物を、30℃〜55℃の窒素雰囲気下で加熱および攪拌した。 そして、得られた溶液を、45℃〜50℃の温度下で濾過して、溶解していない粒子を除去した。 この溶液に対して、5℃〜25℃の温度下で、メチルアミン(78.2kg、1000モル)を添加した。 得られた混合物を、30℃〜55℃の温度下で1時間、あるいはHPLC分析によって反応の完了が確認されるまで、すなわち、クロロアセチルカルボリンの残量が1%に満たなくなるまで攪拌を行った。 この混合物を0℃〜30℃にまで冷却し、次いで、イソプロピルアルコール(344L)と水(175L)とを加えた後に、過剰のメチルアミンを中和するために、すなわち、pH2〜pH9.4に調整するために、12M塩酸(67L)を加えた。 蒸留することによってTHFが実質的に完全に除去でき次第に、この溶液を、イソプロピルアルコール(260L)および水(75L)で処理し、次いで、−5℃〜30℃にまで冷却した後に、2時間かけて攪拌することによって産物を結晶化せしめた。 この産物を濾過した後に、冷えた(0℃〜5℃)水性イソプロピルアルコールで洗浄した。 この洗浄用溶剤は、−5℃〜30℃の温度下で濾過され、そして、産物を、80℃以下(例えば、70℃〜80℃)の減圧状況下で乾燥して、化合物(I)の75kg(94.6%)を得た。 純度を高めるために、任意に、化合物(I)を酢酸から再結晶化することもできる。
【0062】
氷酢酸(HOAc)からの再結晶化を二度行って精製した以外は、同じ手順に従って、参照用標品を調製した。 化合物(I)を、80℃の温度下で、13容のHOAcに溶解せしめ、そして、得られた溶液を当初の体積の1/3にまで濃縮し、その後、常温にまで冷却した。 得られた産物を濾過し、MTBEで洗浄し、そして、80℃の減圧状況下で乾燥した。
【0063】
1H NMR (400MHz DMSO) δ: 11.0 (1H, s)、7.52 (1H, d, J=7.3 Hz)、7.28 (1H, d, J=7.9 Hz)、7.28 (1H, d, J=7.9 Hz)、7.06-6.98 (2H, m)、6.85 (1H, s)、6.76 (2H, s)、6.11 (1H, s)、5.91 (2H, s)、4.40-4.35 (1H, dd, J=4.27, 11.6 Hz)、4.17 (1H, d, J=17.1 Hz)、3.93 (1H, d, J=17.1)、3.54-3.47 (1H, dd, J=4.6, 11.3 Hz)、3.32 (1H, s)、3.00-2.91 (4H, m)。
【0064】
HPLCの仕様: カラム;Zorbax SB-フェニル 内径4.6mm×25mm、25μm粒子、移動相;アセトニトリル、0.1%TFAを含有する水、流速;1.0ml/分、検出器の波長=285nm、注入量=20μl、カラム温度;常温、および、保持時間=9.0分。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本願発明の方法は、立体化学的純度が重要である薬学の分野、特に、立体選択的合成法によって調製されている薬剤の生産において有用である。
【0066】
本願発明の要旨および範囲から逸脱せずとも、これまで説明してきた本願発明の内容に多くの修正と変更が施せることは明白であり、従って、本願の特許請求の範囲の欄に記載された限定事項のみが本願発明に付加されるべきである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の式;
【化1】

の式で表されるテトラヒドロ-β-カルボリンの所望のジアステレオマーを調製する方法であって、以下の工程、すなわち;
(a) エステル化されたトリプトファンを、R2OHの式、すなわち、当該R2が、メチル、エチル、イソプロピル、n-プロピル、n-ブチル、sec-ブチル、t-ブチル、および、これらの組み合わせからなるグループから選択されるR2OHの式で表されるアルコールを用いて調製し、
(b) 工程(a)で得たトリプトファンエステルを、R1CHOの式、すなわち、当該R1が、アリール基または脂肪族基であるR1CHOの式で表されるアリールアルデヒドまたは脂肪族アルデヒドと反応せしめて、所望のジアステレオマーと不要のジアステレオマーを調製し、当該反応が、還流温度またはそれより低い温度下で、所望のジアステレオマーが不溶性を示し、かつ還流温度またはそれより低い温度下で、不要のジアステレオマーが溶解性を示す溶剤内で行われ、および
(c) 溶解性を示す不要のジアステレオマーから不溶性を示す所望のジアステレオマーを分離する、
工程を含む、ことを特徴とする所望のジアステレオマーを調製する方法。
【請求項2】
前記アルコールが、メタノールである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記アルデヒドが、ピペロナールである請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記所望のジアステレオマーが、cis-ジアステレオマーである請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記トリプトファンが、D-トリプトファンである請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記所望のジアステレオマーが、trans-ジアステレオマーである請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記工程(b)の溶剤が、アルコール、芳香族溶剤、ニトリル、エステル、エーテル、脂肪族炭化水素、有機酸、これらの組み合わせ、および、これらの水性溶液からなるグループから選択される請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記工程(b)の溶剤が、イソプロピルアルコール、n-プロパノール、n-ブタノール、トルエン、キシレン、ベンゼン、アセトニトリル、プロピオニトリル、酢酸、酢酸エチル、テトラヒドロフラン、メチル t-ブチルエーテル、ジオクサン、これらの組み合わせ、および、これらの水性溶液からなるグループから選択される請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記所望のジアステレオマーが、cis-ジアステレオマーであり、なおかつ前記工程(b)の溶剤が、アルコールである請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記アルコールが、イソプロピルアルコール、n-プロピルアルコール、n-ブタノール、および、sec-ブチルアルコールからなるグループから選択される請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記アルコールが、イソプロピルアルコールである請求項9に記載の方法。
【請求項12】
以下の式;
【化2】

の式で表される化合物を調製する方法であって、以下の工程、すなわち;
(a) 請求項1に記載の方法に従って、所望のテトラヒドロ-β-カルボリンのジアステレオマーを調製し、
(b) テトラヒドロ-β-カルボリンを、塩化クロロ酢酸と反応せしめて、N-置換テトラヒドロ-β-カルボリンを調製し、および
(c) N-置換テトラヒドロ-β-カルボリンを、R3NH2の構造、すなわち、当該R3が、C1-6アルキルまたは水素であるR3NH2の構造を有するアミンと反応せしめる、
工程を含む、ことを特徴とする化合物を調製する方法。
【請求項13】
前記アミンが、アンモニア、メチルアミン、エチルアミン、プロピルアミン、イソプロピルアミン、ブチルアミン、および、sec-ブチルアミンからなるグループから選択される請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記アミンが、メチルアミンである請求項12に記載の方法。
【請求項15】
前記化合物が、以下の式;
【化3】

の式で表される構造を有する請求項12に記載の方法。
【請求項16】
前記R3が、メチルである請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記化合物が、氷酢酸からの再結晶によって精製される請求項15に記載の方法。
【請求項18】
前記工程(c)が、テトラヒドロフランの存在下で実施され、なおかつ前記化合物を単離および精製するために、当該テトラヒドロフランを除去および交換する請求項12に記載の方法。
【請求項19】
以下の構造式;
【化4】

の構造式で表される化合物を調製する方法であって、以下の工程、すなわち;
(a) メタノールおよび塩化チオニルの存在下で、D-トリプトファンをエステル化せしめて、D-トリプトファンメチルエステル塩酸塩を調製し、
(b) イソプロピルアルコールの還流下で、D-トリプトファンメチルエステル塩酸塩を、ピペロナールと反応せしめて、cis-1-(1,3-ベンゾジオキソール-5-イル)-2,3,4,9-テトラヒドロ-1H-ピリド[3,4-b]インドール-3-カルボン酸メチルエステルを調製し、
(c) 工程(b)の産物を、塩化クロロ酢酸とトリエチルアミンと反応せしめて、以下の構造式;
【化5】

の構造式で表される化合物を調製し、および
(d) 工程(c)の産物をメチルアミンと反応せしめて当該化合物を調製する、
工程を含む、ことを特徴とする化合物を調製する方法。

【公開番号】特開2009−235096(P2009−235096A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−166570(P2009−166570)
【出願日】平成21年7月15日(2009.7.15)
【分割の表示】特願2005−505597(P2005−505597)の分割
【原出願日】平成15年7月14日(2003.7.14)
【出願人】(500195172)リリー アイコス リミテッド ライアビリティ カンパニー (2)
【Fターム(参考)】