説明

ピストンリング

【目的】 溶射ピストンリングにあって、リング外周表面への溶射後の加工を不要とすることでコスト低減を図り、試運転や馴らし運転時の耐スカッフィング性を向上させたピストンリングを提供する。
【構成】 溶射による被膜層をリング本体の外周に設けたピストンリングにおいて、リング本体11の外周表面粗さをRz6.5μm以下で形成し、この表面に厚さ5μm〜50μmの被膜層12、15が設けられている。被膜層15として軸線方向へ波形状に形成することも可能である。被膜層12、15の厚さを5μm以下の極薄にすると、シリンダ壁面との馴染性が好適となる前に被膜層が磨滅する。また、50μm以上に厚くすると、被膜層12、15の溶射表面の粗さが粗大化し、シリンダライナー面に傷などの痕跡を着ける。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、レシプロエンジン用のピストンリングに係り、特に大型低速エンジンに好適な溶射ピストンリングに関する。
【0002】
【従来の技術】一般に、大型低速エンジンのピストンリングは主に鋳鉄製が用いられ、直接シリンダの壁面に摺接させる使用例が多いことから、耐摩耗性などに対する表面処理の必要がない。エンジンの試運転時、ピストンリングのシリンダに対する馴らし運転の結果の良否は、エンジン寿命に大きく影響することは周知の通りである。反面、馴らし運転中は、ピストンリング、ライナー及びピストンの互いの摺動面間に潤滑油膜が形成されるのに最も難しい期間であることも周知である。そのため、馴らし期間は油膜破断によって発生するピストンリングのスカッフィングトラブルが多発する。とりわけ、燃料の省資源化により試運転時間が短縮される傾向にあることから、昨今では多発するこの種のトラブルが問題となっている。図5は、馴らし運転中の耐スカッフィング性能向上を目的として提案された従来例のピストンリングを示している。即ち、このピストンリング1は通常溶射リングと呼ばれ、リング本体2が研削加工などされて外周面に環状凹溝3を有し、環状凹溝3に溶射して被膜層4を形成することにより、馴らし運転中の好適な油膜形成、シリンダ壁面との馴染性の向上を図ったものである。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、図5のような従来の溶射リングにあっては、耐摩耗性を主体目的にしている関係上、被膜層4の厚さを大形エンジン用では殆ど0.5mm以上としている。また、リング本体2の外周面を元のプロフィルに復元するために、溶射後の溶射表面を研削や旋盤切削などして修正し直す必要がある。つまり、溶射表面を平滑に仕上げなければ実用性の点で無理といった事情がある。更に、溶射の前工程として、リング本体2の外周に環状凹溝3を機械加工し、この環状凹溝3内に溶射材を埋没させる手段が採られるため、非常なコスト高(通常ピストンリングの約10倍程度)を招くものである。そのため、短時間の馴らし運転や試運転期間のスカッフィング防止策としては不経済であり、採用し辛いといった事情がある。従って、本発明の目的は、溶射後の加工を不要とすることでコスト低減を図り、馴らし運転時の耐スカッフィング性を向上させたピストンリングを提供することにある。
【0004】
【課題を解決するための手段】本発明によるピストンリングは、溶射による被膜層をリング本体の外周に設けたピストンリングにおいて、リング本体の外周表面粗さをRz6.5μm以下で形成し、この表面に厚さ5μm〜50μmの被膜層を設けた構成である。また、本発明のピストンリングの場合、被膜層を軸線方向へ波形状に形成することも可能である。例えば、波形状が、リング本体の外周表面から波の谷部の厚さを0.5μmとし、山部の厚さが30μmであるように形成すると好適である。
【0005】
【作用】リング本体の外周表面粗さをRz6.5μm以下で形成し、この表面に厚さ5μm〜50μmの被膜層を設けた場合、5μm以下の極薄ではシリンダ壁面との馴染性が好適となる前に被膜層が磨滅し、期待する効果が得られない。また、50μm以上に厚くなると、被膜層の溶射表面の粗さが粗大化し、シリンダライナー面に傷などの痕跡を着ける。試運転や数時間程度の馴らし運転中において、耐摩耗性を有し、或いは磨滅することを要素の一つとしているため、耐スカッフィング性に優れた極薄の被膜層とすることで初期の目的が達成される。そのため、膜厚の変化も少なく、外周プロフィルが溶射後でもほとんど変化しない。従って、溶射後にリング本体の外周表面を元のプロフィルに復元するための研削、施削などの機械加工を行う必要がない。即ち、溶射後の表面加工を行わなくともピストンリングとしての気密機能を損なうものではない。また、薄膜であるからリング本体の外周表面との密着性に優れ、短時間の厳しい運転条件下においても被膜層の剥離は認められない。
【0006】
【実施例】以下、図面に基づいて本発明によるピストンリングの実施例を説明する。図1は、本発明の第1実施例を示す。この第1実施例のピストンリング10の本体11は、外径(呼び径)が800mmで、幅寸法Bが14mm、厚さ寸法Tが25mmである。材質は片状黒鉛パーライトを素地とした鋳鉄であり、リング外周形状がバレルフェイス形に形成され、合い口形状がアングルカット形である。リング本体11は、この仕様に基づいて外周面を研削加工によりRz3.2μm以下で平滑に仕上げたバレルフェイス形である。
【0007】また、リング本体11の外周面には被膜層12が溶射により形成されている。被膜層12の厚さは、溶射前にリング本体11の外周表面粗さをRz3.2μm以下で加工したプロフィルに相似形状を保持し得る程度であり、第1実施例では本発明に定める厚さ5μm〜50μmの範囲に含まれる約15μmである。被膜層12を形成する溶射材としては、耐スカッフィング性に優れたMo(モリブデン)、Moとの溶融合金、Bz(ブロンズ)合金、Ni−Cr合金、そしてFe(鉄)などを用いることができる。
【0008】溶射形態の具体例を図2に示すように、多数個のリング本体11を幅B方向に同一軸線上で積層して筒状にし、この積層体が例えば「雇(やとい)」と呼ばれる保持治具13を介して回転可能に支持される。多数のリング本体11からなる積層体の外周面に向けて、Moワイヤで酸素−アセチレンガスを用いる溶射ガン14を被膜表面から約150mm程度離間させた位置から溶射させる。第1実施例の場合、溶射による被膜層12の厚さが約15μmになるように、リング本体11の回転速度R(m/min)と溶射ガン14の送り速度V(mm/回転)の各仕様が設定される。第1実施例におけるリング本体11の回転速度Rは100m/minであり、溶射ガン14の送り速度Vは4mm/回転である。
【0009】ここで、本発明ではリング本体11の外周表面粗さを研削加工によりRz6.5μm以下としている。この理由は、前述のようにリング本体11の外周面プロフィルを溶射前と同じ相似形に保持し得る程度の薄膜であって、外周面プロフィルを機能的に維持することにある。リング外周面のプロフィル機能とは、リング本体11の外周面とシリンダ壁面との接触が緻密状態に維持されることであり、例えば漏光検査(JIS B 8032 ピストンリング−8.2.4)で適正と判定されることを意味するものである。
【0010】なお、この第1実施例では、リング本体11の外周プロフィル形成に際して、軽度のショットブラスト工程が採用され、この後に溶射が行われる。しかし、ブラスト工程を採用しても、本発明の主旨から外れるような機械加工の工数が、従来例と比較してさほどの影響を及ぼすものではない。
【0011】一方、図3及び図4は、本発明の第2実施例を示す。この第2実施例では、リング本体11の溶射中の回転速度R、溶射ガン14の移動送り速度Vをそれぞれ第1実施例の場合よりも高め、図4の拡大断面図で明らかなように、被膜層15をスパイラル状に形成したものである。リング本体11の形状仕様は第1実施例に準ずる。被膜層15の波形状は、例えばリング本体11の外周表面16から波の谷部15aの厚さを約0.5μm、山部15bの厚さを約30μmに形成している。被膜層15の最高厚さである山部15bも本発明に定める厚さ5μm〜50μmの範囲に含まれる。このように被膜層15を谷部15aと山部15bとが交互に連なる波形状とすることにより、潤滑油の保油性が効果的であり、シリンダ壁面との接触面積を最小限に抑えることで、このシリンダ壁面との馴染性を高めることに主眼が置かれている。この第2実施例におけるリング本体11の回転速度Rは150m/minであり、溶射ガン14の送り速度Vは5mm/回転である。
【0012】従って、第1及び第2の各実施例から明らかなように、本発明の溶射リングは、試運転や数時間程度の馴らし運転中において、耐摩耗性を有し、或いは磨滅することを要素の一つとしているため、耐スカッフィング性に優れた極薄の被膜層15とすることで初期の目的が達成される。そのため、膜厚の変化も少なく、外周プロフィルが溶射後でもほとんど変化しない。従って、溶射後にリング本体11の外周表面を元のプロフィルに復元するための研削、施削などの機械加工を行う必要がない。即ち、溶射後の表面加工を行わなくともピストンリングとしての気密機能を損なうものではない。また、薄膜であるからリング本体11の外周表面との密着性に優れ、前述のような短時間の厳しい運転条件下においても被膜層15の剥離はない。
【0013】
【発明の効果】以上説明したように、本発明による溶射リングとしてのピストンリングは、従来のこの種の溶射リングのように、溶射前工程として機械加工により外周凹溝を設ける必要もなく、溶射後に元のプロフィルを維持すべく溶射面の研削加工等が不要であることから、格段に低コストでの製造が可能である。また、エンジン組立直後の試運転、補修によりリング新旧交換後の馴らし運転時に多発するスカッフィングの予防効果に優れ、リング自身やライナーの異常や過大摩耗の防止が可能である。即ち、ピストンリングとして本来の機能であるエンジン耐用及び開放期間を延長でき、試運転や馴らし運転時間の短縮もしくは廃止を可能にして、エンジンのランニングコスト低減に寄与するなど実用性大なる効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明によるピストンリングの第1実施例の部分斜視図
【図2】 多数のリング本体を積層して溶射する形態の概略側面図
【図3】 本発明の第2実施例の部分斜視図
【図4】 第2実施例の被膜層の拡大断面図
【図5】 従来の溶射ピストンリングの部分斜視図
【符号の説明】
10・・ピストンリング、11・・リング本体、12・・溶射被膜層、14・・溶射ガン、15・・波形状の被膜層

【特許請求の範囲】
【請求項1】 溶射による被膜層をリング本体の外周に設けたピストンリングにおいて、リング本体の外周表面粗さをRz6.5μm以下で形成し、この表面に厚さ5μm〜50μmの被膜層を設けたことを特徴とするピストンリング。
【請求項2】 被膜層が波形状である「請求項1」に記載のピストンリング。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図4】
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