説明

フィチン酸銅塩及び近赤外吸収剤の製造方法

【課題】可視光線波長領域の光をほとんど吸収せずに、近赤外線波長領域の光を強く吸収し、且つ水に対する溶解性が非常に良いフィチン酸銅塩及び近赤外吸収剤の製造方法を提供する。
【解決手段】フィチン酸に有機銅塩を作用させて、銅イオン(Cu2+)とフィチン酸とが2:1以上のモル比である塩を形成してフィチン酸銅塩を製造する。また、フィチン酸に有機銅塩を作用させて、銅イオン(Cu2+)とフィチン酸とが2:1以上のモル比であるフィチン酸銅塩を形成して近赤外吸収剤を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、近赤外線波長領域の光を効率良く吸収するフィチン酸銅塩及び近赤外吸収剤の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近赤外線波長領域の光を吸収する材料は、熱線吸収材料としてまたは光学フィルターとして利用されている。
【0003】
今までに以下のような様々なものが検討されている。
【0004】
例えば、酸化第一鉄等の金属酸化鉄は、熱線を吸収することが知られているが、その吸収率はかなり低く、さらに溶媒に対する溶解性が低いという問題があるために実用的ではない。また、有機銅塩として、安息香酸銅、酢酸銅またはナフテン酸銅等のカルボン酸銅も熱線を吸収することが知られているが、最大吸収波長が600〜750nm付近であり近赤外線領域の吸収は弱い。
【0005】
また、水を基本ベースとし硫酸第一鉄または硫酸アンモン第一鉄を添加した溶液が、近赤外線波長領域の光を吸収することが報告されている(特開昭63−116625号、特開平4−48404号)。しかし、これらの硫酸塩は、しばらく放置しておくと水と反応して析出物や沈殿物が発生するため、それを回避するために適量の硫酸を加えなければならず煩わしいという問題がある。
【0006】
一方、近赤外吸収有機化合物の銅含有化合物として、フタロシアニン、ナフタロシアニンが知られているが、これらは共に可視光領域に吸収があり、また、最大吸収波長が800nm以下でピークが鋭く、幅広い波長の吸収ではない。
【0007】
さらに、特定構造のリン酸基含有単量体およびこれと共重合可能な単量体よりなる混合単量体を共重合して得られる共重合体と、銅塩を主成分とする金属塩とを含有してなることを特徴とする近赤外線領域の光を吸収する光学フィルターが提案されている(特開平6−118228号)。また、不飽和二重結合を有する単量体を重合してなる樹脂と特定構造のリン原子含有化合物と水酸化銅を含有してなるもの、または特定構造のリン原子含有化合物である近赤外吸収樹脂組成物とが提案されている(特開平10−152598号および特開平10−153964号)。これらは、近赤外線波長領域の光を吸収するが、水溶性が低いという問題がある。
【特許文献1】特開昭63−116625号公報
【特許文献2】特開平4−48404号公報
【特許文献3】特開平6−118228号公報
【特許文献4】特開平10−152598号公報
【特許文献5】特開平10−153964号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、可視光線波長領域の光をほとんど吸収せずに、近赤外線波長領域の光を強く吸収し、且つ水に対する溶解性が非常に良いフィチン酸銅塩及び近赤外吸収剤の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、天然に存在するフィチン酸の銅塩が近赤外線波長領域を強く吸収することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明は、以下の通りである。
(1)フィチン酸に有機銅塩を作用させて、銅イオン(Cu2+)とフィチン酸とが2:1以上のモル比である塩を形成することを特徴とするフィチン酸銅塩の製造方法。
(2)有機銅塩がC2〜C8のカルボン酸銅塩である、(1)に記載のフィチン酸銅塩の製造方法。
(3)フィチン酸に有機銅塩を作用させて、銅イオン(Cu2+)とフィチン酸とが2:1以上のモル比であるフィチン酸銅塩を形成することを特徴とする近赤外吸収剤の製造方法。
(4)有機銅塩がC2〜C8のカルボン酸銅塩である、(3)に記載の近赤外吸収剤の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、可視光線波長領域の光をほとんど吸収せず、近赤外線波長領域の光を強く、且つ幅広く吸収するフィチン酸銅塩及び近赤外吸収剤を提供することができる。
【0012】
また、製造されたフィチン酸銅塩及び近赤外吸収剤は、高い水溶性を有するため、本発明は、水に高濃度で溶解し、近赤外線波長領域の光線を吸収し、且つ可視光を良く透過させる水フィルター装置に利用することができる。
【0013】
さらに、本発明のフィチン酸銅塩及び近赤外吸収剤の製造方法は、天然に大量に存在する原料を使用するために、安価に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、本発明をより詳細に説明する。
【0015】
<1>フィチン酸銅塩の製造方法
フィチン酸は、天然に存在しており、ミオイノシトールの6個の水酸基がリン酸基(−P(O)(OH))で置換されている化合物であるが、本発明においては、一部が脱リン酸化されているものが混在していても良く、これらを含んでフィチン酸とする。
【0016】
上記フィチン酸は、市販されているものを使用できる。例えば、50%フィチン酸(東京化成製)が使用できるが、このフィチン酸も一部が脱リン酸化されているものが含まれる。
【0017】
フィチン酸銅塩は、フィチン酸のリン酸基の水素2つが、1モルの銅イオン(Cu2+)で置換されることにより生成する。本発明において、銅イオン(Cu2+)と該フィチン酸が2:1以上のモル比で塩を形成したフィチン酸銅塩としては、フィチン酸1モルに対し、銅イオン(Cu2+)を2モル以上の比率で形成されている塩のことである。即ち、1モルのフィチン酸が、2モルの銅イオン(Cu2+)と銅塩を形成した場合、フィチン酸のリン酸基の4つの水素が、銅イオン(Cu2+)2つで置換されていることになる。
【0018】
フィチン酸:銅イオン(Cu2+)とのモル比の最大は、1:6である。
【0019】
フィチン酸銅塩は、上記のフィチン酸に有機銅塩を作用させて得ることができる。
【0020】
フィチン酸銅塩は、上記のフィチン酸に硫酸銅、塩化銅、炭酸銅等の無機銅塩を作用させて得ることもできるが、本発明では有機銅塩を用いるものである。
【0021】
有機銅塩としては、酢酸銅、ギ酸銅、ステアリン酸銅、酒石酸銅、クエン酸銅、安息香酸銅等のカルボン酸銅塩が使用できるが、酢酸銅が好ましい。
【0022】
有機銅塩の量としては、使用する有機銅塩にもよるが、フィチン酸のリン酸基に対して、0.5〜6.0モル当量、好ましくは、1.5〜2.5モル当量を用いることが好ましい。
【0023】
反応温度は、反応物質等にもよるが、10〜90℃であり、好ましくは、20〜30℃である。
【0024】
反応時間は、反応物質等にもよるが、反応物質が完全に溶解するまでであり、通常は、0.5〜4時間程度である。
【0025】
反応後の処理は、反応終了後、水と任意の割合で混合しうる有機溶媒中に反応液を滴下し、析出してきたフィチン酸銅塩を濾過等により、濾取することにより得られる。
【0026】
水と任意の割合で混合しうる有機溶媒とは、反応終了後、フィチン酸銅を析出させる為の貧溶媒であれば良いが、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール等の低級アルコール、アセトニトリル、アセトン、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、テトラヒドロフラン等またはこれらの混合溶媒が挙げられる。
【0027】
上記のようにして得られた固体を、必要により、アルコール等の溶媒で洗浄する等しても良い。
【0028】
<2>近赤外吸収剤の製造方法
本発明は、上記のフィチン酸銅塩を含むことにより近赤外吸収剤を製造するものである。
【0029】
また、フィチン酸銅塩は、紫外線波長領域の光に対しても吸収能を有しているため、紫外線吸収剤の役割も兼ねることが可能である。
【0030】
本発明の近赤外吸収剤としては、例えば、ビニル樹脂等の合成樹脂に、本発明のフィチン酸銅塩を適量添加するなどして得られるフィルム等が挙げられる。このフィルムは、透明であるのが好ましい。
【0031】
また、フィチン酸銅塩は、水に対する溶解性が非常に高い性質を有することから、フィチン酸銅塩を水に溶解させて使用することも可能である。その場合の近赤外吸収剤の例としては、対向状に設けられた2枚の透明板(材質としては、ポリカーボネート、アクリル、塩化ビニル等の合成樹脂または板ガラスが使用可能である。)の間に、フィチン酸銅塩水溶液を密閉状態に収容することにより得られるフィルタが挙げられる。
【0032】
上記のフィルムまたはフィルタを建築物の窓ガラスに貼着させることにより、近赤外線波長領域の光を遮断することが可能となる。本発明の化合物は、カーテンやブラインドと違い、可視光線を遮ることがなくなるため、室内の明るさを損なうことなく、近赤外線波長領域の光である熱線を遮断することができる。
【0033】
さらに、このフィルムまたはフィルタを植物栽培における栽培用フィルムまたは栽培用フィルタとして利用することにより、植物成長にとって有害な熱線および紫外線を遮断し、且つ植物成長に必要な可視光線を遮断することがないため、植物の良好な成長力を得ることができる。
【0034】
これらのフィルムおよびフィルタは、上記以外にもフォトダイオードの特性を調整する測光用フィルタ等の光学フィルタとしても利用可能である。
【実施例】
【0035】
以下に、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
【0036】
50%フィチン酸溶液(東京化成製)13.7g中に、攪拌下、酢酸銅・一水和物(和光純薬製)4.15gを加え完全に溶解した。この溶液を、激しく攪拌したイソプロパノール400mlとメタノール50mlの混合液中に、少しずつ滴下した。結晶が析出した後、桐山ロートを用いて減圧濾過し、イソプロパノールで数回洗浄して、若干の粘性を有する固体を得た。これをメタノールで湿らし、薬さじで細かい粉状に粉砕後、さらにメタノールを加え、30分攪拌し洗浄した。この懸濁液を再び桐山ロートを用いて減圧濾過し、真空乾燥し6.60gの近赤外吸収組成物を青い粉末で得た。
【0037】
この粉末中の銅とリン酸基の比を分析したところ、1:2.45の比率であった。
【0038】
この粉末をイオン交換水に20mg/mlの濃度で溶解し吸収スペクトルを測定し、吸収スペクトルを得た。その結果を図1に示す。
【0039】
図1中の近赤外吸収剤は、可視光部分に当たる400〜600nmにほとんど吸収が無く、750〜1100nmにかけて幅広い吸収が見られる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明により得られた近赤外吸収剤の吸収スペクトルを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィチン酸に有機銅塩を作用させて、銅イオン(Cu2+)とフィチン酸とが2:1以上のモル比である塩を形成することを特徴とするフィチン酸銅塩の製造方法。
【請求項2】
有機銅塩がC2〜C8のカルボン酸銅塩である、請求項1に記載のフィチン酸銅塩の製造方法。
【請求項3】
フィチン酸に有機銅塩を作用させて、銅イオン(Cu2+)とフィチン酸とが2:1以上のモル比であるフィチン酸銅塩を形成することを特徴とする近赤外吸収剤の製造方法。
【請求項4】
有機銅塩がC2〜C8のカルボン酸銅塩である、請求項3に記載の近赤外吸収剤の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−91368(P2009−91368A)
【公開日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−308860(P2008−308860)
【出願日】平成20年12月3日(2008.12.3)
【分割の表示】特願2008−255433(P2008−255433)の分割
【原出願日】平成11年9月28日(1999.9.28)
【出願人】(000005832)パナソニック電工株式会社 (17,916)
【Fターム(参考)】