説明

フィブロインスポンジシート及びその製造方法

【課題】形成されたポアが大きく、従って流体に対する浸透性が高く、更には伸び率も高いフィブロインスポンジシートの製造方法及びフィブロインスポンジシートを提供する。
【解決手段】フィブロイン水溶液に少量のアルコール又はポリオールからなる水溶性溶媒を添加した混合液を、平底の水平容器に入れ、低温で凍結して板状物とし、該板状物を−40〜−15℃で気中乾燥する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療材料、衛生用品、化粧用品、微生物の担持体、バイオセンサー等に利用可能なフィブロインスポンジシート及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フィブロイン液は蚕繭のタンパク質成分の一種であり、高い生体親和性を有することから、医薬品、香粧品等に応用されてきている。従って、フィブロインをもとにした素材の詳細な検討は、上記分野への躍進及び利用のために、非常に重要な課題がある。
特許文献1には、このようなフィブロインからフィブロインスポンジを製造する方法が提案され、フィブロインを急速冷凍した後、結晶化溶媒に浸漬し、融解と結晶化を同時進行させて、フィブロインスポンジを得る方法が開示されている。
【0003】
また、特許文献2には、フィブロインのスポンジからなる表層と該表層の裏面にあるスポンジ部分を有し、該スポンジ部分が表層より粗な多孔構造を有するフィブロインスポンジ体が提案され、更に内側表面に高分子物質又はセラミック製の多孔質の表層が形成された熱拡散係数が小さい値をもつ金属物質から構成される容器に、フィブロイン、水溶性有機溶剤、水を含んでなるフィブロイン溶液を入れて、該容器を−5℃未満の温度で凍結させ、凍結させたフィブロイン溶液を解凍してハイドロゲル体を得、更にこのハイドロゲル体を乾燥して、フィブロインスポンジ体を製造する方法も提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−41097号公報
【特許文献2】特開2008−255298号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1、2に記載のフィブロインスポンジは、シート状のものではなく塊であり、表面と内部の構造が異なるので、例えば、シート状にスライスしたとしても、各フィブロインスポンジシートが均一なものではないという問題があった。
また、これらのスポンジ体は液体中で結晶化を図っているので、形成されるポアの大きさが小さく、更には、空隙率も小さいものと推定される。
【0006】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、形成されたポアが大きく従って流体に対する浸透性が高く、更には、伸び率も高いフィブロインスポンジシートの製造方法及びフィブロインスポンジシートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的に沿う本発明に係るフィブロインスポンジシートの製造方法は、フィブロイン水溶液に少量のアルコール又はポリオールからなる水溶性溶媒を添加した混合液を、平底の水平容器に入れ、低温で凍結して板状物とし、該板状物を−40〜−15℃で気中乾燥する。
【0008】
ここで、本発明に用いられるフィブロインは、蚕の絹糸腺から直接取り出したものでも、繭、真綿、生糸、絹紡績、製織時の副蚕糸等から得られるものでもよく、これらの原料を用いてフィブロインを水溶化する方法は、例えば、臭化リチウム、塩化カルシウム、あるいは銅−エチレンジアミンの水溶液で溶解する公知の方法を用いることができる。ここで、前記した混合液(即ち、フィブロイン水溶液)には、フィブロインを0.5〜3質量%(より好ましくは、0.8〜2質量%、より好ましくは1〜1.5質量%)含むのが好ましい。
【0009】
また、アルコール又はポリオールとしては、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、ブタノール、グリセリン等があるが、特に、人体に対して無害なグリセリンを使用するのが好ましい。これらのアルコール又はポリオールは、前記混合液に対して、0.1〜1体積%(更に好ましくは、0.15〜0.5体積%)とするのが好ましく、特にグリセリンを使用する場合には、0.2〜0.4体積%とするのがより好ましい。
【0010】
水平容器に入れた混合物によって形成される板状物の厚みは、水平容器に入れたフィブロイン液の深さによって決定される。この板状物の厚みとしては、0.5〜4mmの範囲にあるのが好ましいが、0.5〜2mm(より好ましくは、0.6〜1.2mm)とすることによって、表裏から内部までより均一なポア(空洞)を形成できる。
【0011】
水平容器に入れた混合物の凍結温度は、−40〜−15℃の範囲で3〜15時間かけて凍結するのが好ましいが、本発明はこの数字には限定されず、混合物が板状物に凍結されて、気中乾燥した場合にフィブロインスポンジとなるものであれば、凍結温度及び凍結時間は自由に設定できる。
【0012】
板状物の気中乾燥(詳細には、気中での凍結乾燥)は、例えば、板状物をクリップ等で挟んで吊り下げた状態で、60〜100時間の範囲で行われるのが好ましく、これによって、板状物から直接水分が除去され、多孔質のスポンジシートが出来上がる。なお、乾燥時間が短い場合は、水分が残り良質のスポンジ体が形成されないが、100時間を超える場合は特に問題はない。なお、板状物の乾燥を促進するため、減圧乾燥(0.3〜0.9気圧、より好ましくは、0.5〜0.8気圧)とするのが更に好ましい。
【0013】
製造された0.5〜4mmの厚みを有するフィブロインスポンジシートの破断点までの伸び率は、25〜35%の範囲にあるのが好ましい。そして、表裏に貫通するポアサイズは50〜200μmが80%以上(より好ましくは90%以上)とするのが好ましい。これによって、他の液を内部に含む割合が多くなり、化粧シート、微生物の担持体等の用途に最適となる。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るフィブロインスポンジシートの製造方法によって得られたフィブロインスポンジシートのポアサイズは、50〜200μmが80%以上であった。単位面積(平方ミリメートル)当たりの引っ張り強度は、不溶化フィブロイン膜では29MPa近傍であるのに対し、本発明に係るフィブロインスポンジシートは、1〜2MPaの範囲にあるのが大半であった。また、破断点伸び(計算式:破断点までの距離/素材の長さ×100)で比較を行ったところ、不溶化フィブロイン膜では、1.89%であるのに対し、本発明に係るフィブロインスポンジシートでは25〜35%であり、スポンジ化によって伸縮性が確保されることが確認されている。
【0015】
微生物固定化状態は高密度でフィブロインスポンジシートに接着していることが確認されている(例えば、1分間でlog5.1CFU/cm2)。更に物質透過性も高い素材であることが確認された(例えば、1及び3ppm濃度に調整したランタン溶液のフィブロインスポンジシートに対する透過性確認を行った結果、透過物質が1ppmでは62%、3ppmでは98%のランタンが溶出している)。
【0016】
また、人工胃液、人工腸液(日本薬局方:崩壊試験参照)への安定性においては、フィブロインスポンジシートは溶出せずにそのままの形状を保持することが目視で確認され、これらの液に対して安定性の高い素材であることが確認され、生体内でも安定に存在できることが推認される。
【0017】
以上のことから、本発明に係るフィブロインスポンジシートの製造方法によって製造されたフィブロインスポンジシートは、1)伸縮性があり、2)微生物付着性に優れ、3)物質透過性を有し、4)人工胃液及び人工腸液中でも安定という特徴を有するので、微生物固定化素材、生体内で用いられる素材、バイオセンサー等の用途に使用できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施の形態に係る製造方法によって製造したフィブロインスポンジシートの表側を示す電子顕微鏡写真である。
【図2】本発明の一実施の形態に係る製造方法によって製造したフィブロインスポンジシートの裏側を示す電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の一実施の形態に係るフィブロインスポンジシートの製造方法は、所定濃度のフィブロイン液(水溶液)を準備する第1工程と、このフィブロイン液にアルコール又はポリオールからなる水溶性溶媒の一例であるグリセリンを少量添加する第2工程と、フィブロイン液にグリセリンを添加した混合液を平底の水平容器に入れ、容器に入れた混合液を凍結させて板状物とする第3工程と、凍結した板状物を気中乾燥する第4工程とを有している。以下、これらについて詳しく説明する。
【0020】
「フィブロイン液の抽出」
蚕繭を細かく裁断後、0.5質量%の炭酸ナトリウム水溶液中で1時間煮沸を行い、蚕繭を精錬した。脱塩水で蚕繭を洗浄後、60℃前後の脱塩水温水中に1時間浸漬する。脱塩水で蚕繭を洗浄後、50%塩化カルシウム溶液中に精錬した蚕繭を入れて熱加水分解を行い、蚕繭を溶かした。蚕繭が溶けて更に10分間加熱を行い、完全に蚕繭を溶解させた。溶解させた蚕繭溶液をセルロースチューブに入れ、脱塩水中で2日間透析を行い、フィブロイン液とした。フィブロイン液中のフィブロインの濃度は、ブラッドフォード法(Bio−rad)を用いて測定した。
【0021】
「グリセリンの添加」
このフィブロイン液の濃度を0.5〜3質量%(好ましくは、1〜1.5質量%、即ち、10〜15mg/mL)に調整し、グリセリンを添加して混合液を造る。グリセリンの添加量は、水に溶けたフィブロインが沈殿しない範囲であればよいが、混合液に0.1〜1体積%含ませれば十分である。なお、予めグリセリンを溶かした水溶液に、フィブロイン液を混合させてもよい。
【0022】
「凍結したフィブロイン板状物の作製」
以上の方法によってフィブロインとグリセリンを混合させた混合液を、平底の容器に入れる。このとき、混合液の深さを0.5〜4mm程度にして、フィブロインスポンジシートの厚みを決める。板状物の厚みは用途に応じて決めるが、薄い場合はフィブロインスポンジシートの強度が無くなり、厚くするとポアの形成にバラツキを生じる。
この状態で、混合液を−40〜−15℃(より好ましくは、−18〜−25℃、例えば−20℃)の温度で3〜20時間(好ましくは、3〜15時間)又はそれ以上かけて凍結させ、板状物とする。なお、凍結時間が長い場合は特に問題はない。
【0023】
「フィブロインスポンジシートの作製」
板状物を容器から取り出して、両面が同一条件で空気に触れるようにして、−40〜−15℃(より好ましくは、−18〜−25℃、例えば、−20℃)の温度で気中乾燥を行う。この場合、空気が積極的に板状物に触れるようにファン等で風速を与えてもよいが、空気を自然状態として乾燥するのが均一なポアを形成する上で好ましい。このとき、板状物の上端をクリップ等で挟んで板状物を垂直に吊るして乾燥するのが好ましい。
更に積極的に凍結乾燥を行う場合には、雰囲気を減圧状態とすることもできる。凍結乾燥の時間は60〜100時間程度である。なお、凍結乾燥時間が短い場合は、水分が残り十分なポア形成ができないが、乾燥時間が長い場合は、特に問題はない。
【0024】
その後、フィブロインスポンジシートを蒸留水中で洗浄し、水分を吸収するシートで包み、更に乾燥(例えば、15〜35℃、より好ましくは20〜30℃、相対湿度40〜80%、より好ましくは50〜70%)を10時間以上行って、表面の水分を飛ばし、フィブロインスポンジシートを製造した。なお、この乾燥は大気中で行ってもよいし、減圧又は加圧気中で乾燥を行ってもよい。
【実施例】
【0025】
製造されたフィブロインスポンジシートの強度を測定した。測定機器は万能試験機で、引っ張り速度10mm/minで行った。内部にポアが存在しないフィブロインフィルムの場合は、単位面積当たり引っ張り強度が29MPaであるのに対し、本発明方法で製造されたフィブロインスポンジシートの場合は、1〜2MPaであった。また、破断点伸びはフィブロインフィルムの場合は1.89%であったが、フィブロインスポンジシートの場合は29.5%であった。これにより、本発明方法によって製造されたフィブロインスポンジシートは、大きな柔軟性を有することが判る。なお、条件によっては、破断点伸びが25〜35%であってもよい。
【0026】
本発明の製造方法によるフィブロインスポンジシートの人工胃液、人工腸液での安定性について調べた。人工胃液、人工腸液(日本薬局方)に37℃、70rpmで24時間振とう処理を行った結果、フィブロインスポンジシートは目視で不溶であった。
【0027】
次に、フィブロインスポンジシートの水の透過性を確認する試験を行った。
使用素材としては、フィブロインフィルム、アルギン酸塩フィルム、フィブロインスポンジシートを用いた。フィブロインフィルム及びアルギン酸塩フィルムについて水透過性はなかったが、フィブロインスポンジシートは水透過性を有した。
【0028】
フィブロインスポンジシートについてランタン透過後濃度測定を行った。
ランタン透過前濃度が0.1ppmの場合、フィブロインスポンジシート透過後のランタン濃度は0.062ppmであった。また、ランタン透過前濃度が3ppmの場合、フィブロインスポンジシート透過後のランタン濃度は2.98ppmであった。これによって、フィブロインスポンジシートに対してランタンは透過性を有することが判る。
【0029】
図1、図2に本発明の一実施の形態に係る製造方法によって製造されたフィブロインスポンジシートの電子顕微鏡の拡大写真を示すが、表裏に貫通する(即ち、浸透性を有する)50〜200μmサイズのポアを多数(80%以上)有することが判る。このポアは、独立気泡ではなく全部が連通している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィブロイン水溶液に少量のアルコール又はポリオールからなる水溶性溶媒を添加した混合液を、平底の水平容器に入れ、低温で凍結して板状物とし、該板状物を−40〜−15℃で気中乾燥することを特徴とするフィブロインスポンジシートの製造方法。
【請求項2】
請求項1記載のフィブロインスポンジシートの製造方法において、前記混合液には、フィブロインを0.5〜3質量%含むことを特徴とするフィブロインスポンジシートの製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載のフィブロインスポンジシートの製造方法において、前記水溶性溶媒は、グリセリンであって、前記混合液に0.1〜1体積%含むことを特徴とするフィブロインスポンジシートの製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1記載のフィブロインスポンジシートの製造方法において、前記板状物の厚みは、0.5〜4mmの範囲にあることを特徴とするフィブロインスポンジシートの製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1記載のフィブロインスポンジシートの製造方法において、前記水平容器に入れた混合物は、−40〜−15℃の範囲で3〜15時間かけて凍結されることを特徴とするフィブロインスポンジシートの製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1記載のフィブロインスポンジシートの製造方法において、前記板状物の気中乾燥は60〜100時間の範囲で行われることを特徴とするフィブロインスポンジシートの製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1記載のフィブロインスポンジシートの製造方法において、前記板状物は気中に吊るした状態で凍結乾燥が行われることを特徴とするフィブロインスポンジシートの製造方法。
【請求項8】
請求項7記載のフィブロインスポンジシートの製造方法において、前記板状物の凍結乾燥は、減圧状態の気中で行われることを特徴とするフィブロインスポンジシートの製造方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1記載のフィブロインスポンジシートの製造方法において、製造されたフィブロインスポンジシートは、破断点までの伸び率が25〜35%の範囲にあることを特徴とするフィブロインスポンジシートの製造方法。
【請求項10】
厚みが0.5〜4mmであって、表裏に貫通する50〜200μmサイズのポアを80%以上有し、表裏のポア破断までの伸び率が25〜35%の範囲にあって、しかも人体に対して無害であることを特徴とするフィブロインスポンジシート。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−173963(P2011−173963A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−37718(P2010−37718)
【出願日】平成22年2月23日(2010.2.23)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、文部科学省、地域科学技術振興事業委託研究(知的クラスター創世事業第2期)、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(802000031)財団法人北九州産業学術推進機構 (187)
【Fターム(参考)】