説明

フィルム状エコーゲル

【課題】超音波センサ用の人体音響結合剤(エコーゲル)における使用者の不快感を和らげ、且つ取り扱いの簡便化を図る。
【解決手段】本発明のフィルム状エコーゲル1は、超音波センサ2と人体3との音響結合に用いられるエコーゲルであって、柔軟性且つ粘着性を有し、フィルム状に成形された液体を含有しない高分子系ゲルから成る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波センサと人体との音響結合に用いられるフィルム状エコーゲルに関する。
【背景技術】
【0002】
現在の医療用治療装置はQOL(Quality Of life)を重視する医療用治療装置であり、例えば、高齢者医療において排泄管理は重要である。排尿障害や尿失禁の患者に対して、尊厳ある排泄管理が行われることが望まれている。排泄管理の1つとして、超音波を利用して膀胱内の蓄尿量を定期的に自動計測し、失禁の可能性のある場合には本人ならびに介護者に通報し失禁を未然に防ぐ、失禁防止センサなどが提案されている(特許文献1参照)。この失禁防止センサは、複数の超音波振動子を配列させたセンサパッド(いわゆる超音波センサ)を患者の下腹部に装着して、超音波振動子から発射した超音波が膀胱内壁に当たって反射した反射波を受信して膀胱の内壁形状(大きさ)を検知することにより、蓄尿量を計測している。
【0003】
センサパッドを患者の下腹部に装着する際には、超音波センサと下腹部との間の音響結合を確実にするために、超音波センサと下腹部との間にエコーゲルと称する音響結合材を介在させて、すなわちエコーゲルで超音波センサと下腹部との間の隙間を埋めるようにして、装着される。この音響結合材としてのエコーゲルとしては、従来、ゼリー状ゲル、あるいは液体を含む膨潤ゲルが用いられてきた。
【0004】
【特許文献1】特開2003−190168号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
例えば、上述の排尿障害・尿失禁をコントロールするための超音波による蓄尿量測定システムの構築には、超音波膀胱計測単位ユニットと蓄尿量推定アルゴリズムの開発とともに、超音波センサと人体を結ぶ音響結合材が不可欠である。超音波センサと人体との間の隙間に空気層ができると、センサから発射され膀胱内壁面で反射される超音波は、その強度が減衰されて精度良く測定できない。
【0006】
超音波センサと人体とを結ぶ音響結合材、いわゆる人体音響結合材は、上記尿量測定システムに限らず、その他の医療に係る超音波診断、超音波検査、超音波測定、超音波治療等などにおいても、不可欠である。
【0007】
ところで、従来の音響結合材であるエコーゲルは、べた付きのある、ゼリー状液体ゲルあるいは液体を含む膨潤ゲルであるため、人体に塗布、あるいは付着した場合、あまり気持ちの良いものではない。しかも、超音波センサは長時間、固定的に装着されていることを考えると、現状の市販品のエコーゲルは使用者に不快感を与え、長時間使用に耐えるものではない。また剥がしたときにも、センサ側、人体側の双方にべた付きが残り更なる不快感が残る。
【0008】
本発明は、上述の点に鑑み、不快感を和らげ、しかも取り扱いも簡便であるフィルム状エコーゲルを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るフィルム状エコーゲルは、超音波センサと人体との音響結合に用いられるエコーゲルであって、柔軟性且つ粘着性を有し、フィルム状に成形された液体を含有しない高分子系ゲルから成ることを特徴とする。
【0010】
本発明に係るフィルム状エコーゲルの好ましい形態は、網目構造中に架橋点および分岐した末端分子鎖(ダングリング鎖)を有し、その架橋点の数が1×10−6〜1×10−4mol/cmで,末端分子鎖の数が1×10−5〜1×10−3mol/cmである高分子系ゲルで形成されて成る。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るフィルム状エコーゲルによれば、柔軟性、粘着性を有するフルム状であるので、取り扱いが簡便である。しかも、エコーゲルには液体が含有されていないので、べた付くことがなく、使用者に対して不快感を和らげ、長時間の使用に耐えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。
【0013】
図1に、超音波センサと人体間の音響結合材として用いられる本発明に係るフィルム状エコーゲルの一実施の形態を示す。本発明に係るフィルム状(あるいはシート状ともいう)エコーゲルエコーゲル1は、図2の模式図に示すように、超音波センサ2と人体3の所要部位、図示の場合は下腹部との間に空気が存在しないように密着して用いられる。
【0014】
本実施の形態に係るフィルム状エコーゲル1は、金型によって図1に示すような、フィルム状に成形されて構成される。このフィルム状エコーゲル1に必要な特性は、次の通りである。1)使用する超音波の波長帯にエネルギー吸収をもたないこと、2)粘着性を有し且つ形状の保持がよいこと、3)体の形状に合わせるために柔軟性を有すること、4)べた付き感がないこと、5)汗を吸収させるために吸水性を有することである。
【0015】
このため、本実施の形態のフィルム状エコーゲル1は、次の条件を備えた高分子系ゲルで形成される。先ず、液体を含有しない、すなわち本エコーゲルは溶媒に不溶である。軽度の架橋および分岐した末端分子鎖を有した分子構造、すなわち網目構造中に所要の数の架橋点及び所要数の末端分子鎖を有した分子構造を有する。室温で分子運動性が高い高分子、すなわちガラス転移温度が室温よりかなり低く、かつ結晶性を有しない高分子である。親水性の基を含む高分子鎖から成る。架橋点の数は1×10−6〜1×10−4mol/cmで、ダングリング鎖の数は1×10−5〜1×10−3mol/cmの範囲内が好ましい。
末端分子鎖の数が1×10−5mol/cmより少ないとタックが減少し、1×10−3mol/cmを越えると粘塑性が増し使用難い。
架橋点の数が1×10−6mol/cmより少ないゲルでは柔らかすぎて剥がしたときに糸を曳き肌にべたつくなど使用感に問題が生じる。架橋点が1×10−4mol/cmを越えると、タックの低下を招く。
【0016】
本実施の形態のフィルム状エコーゲル1では、液体を含有していないので、剥離後べた付き感がない。上記分子構造を有するので、粘着性を発現させ、かつ形状の保持性を付与することができる。室温で分子運動が高い高分子で形成されるので、柔軟性を有するゲルを得ることができる。親水性の基を含む高分子鎖から成るので、吸水性を有することができ、汗を吸収することができる。極性ポリオール、脂肪族・脂環族イソシアナート、脂肪族の低分子ポリオールからなる反応生成物の構成により、使用する超音波の波長帯、例えば膀胱形状測定用の超音波センサのときは1MHz〜10MHzの波長帯にエネルギー吸収、すなわち超音波の吸収が生じない。
【0017】
従って、本実施の形態のフィルム状エコーゲル1によれば、超音波センサと人体の形状にフィットするように介挿させ、人体音響結合材として作用させることができると共に、超音波センサを人体に良好に貼着させることができる。また、溶媒などの液体を含有していないので、べた付くことがなく、使用者に対する不快感を和らげ、長時間の使用に耐えることができる。さらに、フィルム状に成形されているので、取り扱いが簡便となる。
【0018】
次に、本発明に係るフィルム状エコーゲルの具体例について説明する。本例は、架橋点および末端分子鎖の数を制御して合成したポリウレタン粘着ゲルで本発明フィルム状エコーゲルを形成した場合である。ここでは、同時に末端分子鎖の数がポリウレタン粘着ゲルの物性に及ぼす影響についても検証した。
【0019】
ポリウレタン粘着ゲルで本発明フィルム状エコーゲルを形成する場合の原料には、ポリオールとして、数平均分子量が600から10000のポリエーテル系、ポリエステル系、ポリカーボネート系、脂肪族系ポリオール等が用いられる。
イソシアナートには、トリレンジイソシナート(TDI)、4,4′−ジフェニルメタンジイソシアナート等の芳香族系ジイソシアナートおよびその多官能誘導体、ヘキサメチレンジイソシアナート、イソホロンジイソシアナート、ノルボルナンジイソシアナートおよびその多官能誘導体、リジンジイソシアナートおよびそのトリイソシアナート、トリエチレンレングリコールジイソシアナート等が用いられる。
硬化剤・タック付与剤としては、低分子グリルコールあるいは低分子トリオールおよび一官能のオリゴモノオール等が用いられる。その合成事例を以下に、配合と諸物性を図3の表図に示す。
【0020】
[実施例1]
ポリオールである液体状のポリ(ε-カプロラクトン)グリコールと、ポリ(オキシエチレン)グリコール−モノメチルエーテル(M-PEG)との混合物にリジンジイソシアネート(LDI)を加え、窒素雰囲気下で、油浴温度80℃、9時間で反応した。アミン当量法により反応追跡を行い、プレポリマーを得た。その際、ポリオールの水酸基とLDINCOの配合比K=[NCO]/[OH]を2.0となるようにした。得られたプレポリマーをセパラブルフラスコに移し、脱泡後に、硬化剤である1,1,1-トリメチロールプロパン(TMP)を、NCO指数=[NCO]/[OH]=1.03となるように加え、攪拌し、フィルム状に成形する金型に注型後、80℃で24時間架橋した。その際、配合比を変化させ、架橋点および末端分子鎖の数を制御し図3に示す試料番号1から5のシート状ゲルを得た。
【0021】
[実施例2]
室温で液状であり、官能基数f=3のポリ(e-カプロラクトン)トリオール(L−PCL)を80℃で2時間減圧乾燥し、これにリジンジイソシアネート(LDI)を加えてアジターで攪拌混合した。その混合物を脱泡・注型した後、80℃で24時間、真空下で架橋し、シートゲルを得た。その際、LDIとL−PCLの配合比K=[NCO]/[OH]]を変化させることにより、末端分子鎖の数を制御したシート状ゲル(図3の試料番号6から9)を得た。
【0022】
[実施例3]
ポリ(オキシプロピレン)トリオール(PPT)を80℃で2時間減圧乾燥し、リジンジイソシアネート(LDI)を加え、アジターで攪拌混合した。その混合物を脱泡・注型した後、80℃で24時間、真空下で架橋しPUGを得た。その際、LDIとPPTの配合比K=[NCO]/[OH]を変化させ、末端分子鎖の数を制御したシート状ゲル(図3の試料番号10から11)を得た。
【0023】
[比較例1]
ポリ(オキシテトラメチレン)グリコール(PTMO))にヘキサメチレンジイソシアナート(HDI)を加え、窒素雰囲気下で、油浴温度80℃、9時間で反応し、プレポリマーを得た。得られたプレポリマーに硬化剤である1,4−ブタンジオールと1,1,1-トリメチロールプロパン(TMP)の混合物を[NCO]/[OH]=1.03となるように加え、攪拌し、フィルム状に成形する金型に注型後、80℃で24時間架橋し、図3に示す対照試料である試料13を得た。
【0024】
実施例1、実施例2及び実施例3で得られた試料1〜12(すなわち、フィルム状エコーゲル)は、全て無色透明であった。これらの試料の架橋点濃度、末端分子鎖、硬度、得られたフィルム状エコーゲルに対して良溶媒であるジメチルアセトアミド中で得たゲル分率と膨潤度、示差走査熱量(DSC)測定から求めたガラス転移温度、タックの有無を図3の表図に示す。
ゲル分率は網目の完成度を示し、100%であることは全ての低分子反応原料が網目に組み込まれたことを示す。膨潤度とは、網目鎖濃度の指標となり、良く膨れることは網目鎖濃度が低いことを意味する。
【0025】
架橋点濃度およびダングリング鎖濃度は、ゲルの密度と配合比を用いて算出した。実施例1の系ではM-PEG含量の増加に伴い、架橋点の濃度は減少し、末端分子鎖の濃度は増加していることが分かる。硬度は、M-PEGの含量の増加に伴い減少している。これは、末端分子鎖濃度が増加し、自由に動ける分子鎖が多くなったためと考えられる。ジメチルホルムアミド(DMA)中で全ての試料は不溶であったことから、網目構造が形成されていることが確認された。膨潤度は、M-PEG含量の増加に伴い増加した。これは、架橋点が減少し、分子鎖が拡がりやすくなったためと考えられる。実施例2,3の系ではジイソシアナートの配合比が減少するとともに架橋点の濃度は減少し、末端分子鎖の濃度は増加していることが分かる。全ての試料でガラス転移温度は室温以下にあり、試料がゴム状にあることがわかる。
【0026】
図4及び図5に、実施例1の各試料(試料番号1〜5)の動的貯蔵弾性率(E′)および損失正接(tanδ)の温度依存性を示す。−50℃付近ポリオール成分からなるにソフトセグメント鎖のα緩和に伴うE′の減少が観測された。ゴム状領域のE′の値は、10Pa以下で、特にPUG2.0の試料では約10Paと非常に低い値を示した。また、tanδ曲線において、M-PEG含量の増加に伴い、α緩和より高温側に異なる緩和が観測された。この緩和は、ダングリング鎖の増加により、tanδの値も増加していることから、末端分子鎖の運動に起因すると考えられる。
【0027】
粘着力は万能材料試験機を用いて直径3.2mmのセラミックス球を合成した試料の表面から0.3mm押し込んだ後、球の剥離に要する力を測定した。図6に末端分子鎖濃度と粘着力の関係を実施例で示した全ての試料について示す。同図において、○印は実施例1の系、●印は実施例2の系、▲印は実施例3の系である。図6から末端分子鎖濃度の増加にしたがい粘着力が増加することがわかる。
【0028】
図7に、実施例1、2,3の代表例としてそれぞれ試料4、8,12の超音波に対する透明性を示す。方法は2MHzの超音波を、本発明の開発したフィルム状エコーゲルを張り付けたセンサパッドから発射し、反射物により反射されてくる波が減衰せずに反射を繰り返す現象を記録する方法をとった。図7の縦軸は反射強度、横軸は反射回数を示す。比較例の試料13は従来の汎用ポリウレタンゲルであり、超音波に対して透明であるが減衰は速い。しかしながら、本発明による開発試料である試料4、8,12では、反射回数5回ないし6回まで反射強度を観測している。他の実施試料においても同様の傾向を示した。また、10MHzの超音波を発射しても同様な結果が得られた。
すなわち、汎用ポリウレタンゲルと比較して本発明の合成したポリウレタンゲルは、反射ピーク数が多く、かつ超音波減衰量も小さく、超音波センサと人体を結ぶ音響結合剤として適用できることを示している。
【0029】
上述した実施例1,2,3の各試料におけるフィルム状エコーゲルは全て1MHzから10MHzの間で超音波に対して減衰が少なく、前述した本発明における特性1)〜5)を備えており、超音波センサ2と人体3とを結ぶ音響結合材として適用することができる。
【0030】
すなわち、上述の実施例1〜3の各試料におけるフィルム状エコーゲルによれば、網目構造中に所要数の分岐したダングリング鎖を有するので、粘着性を発現させ、かつ形状の保持性を付与させることができる。室温で分子運動性が高い高分子、すなわちガラス転移温度が室温より低く且つ結晶性を持たない高分子であるので、柔軟性を有するゲルとなり、人体の形状に合わせることができる。親水性の基を含む高分子鎖からなるので、吸水性を持たせることができ、汗などを吸収することができる。また、液体を含有していないので、べた付くことがない。さらに、使用する超音波の波長帯、例えば膀胱形状測定用の場合は1MHz〜10MHzの波長帯にエネルギー吸収がなく、超音波センサと人体間の音響結合材として適用できる。
【0031】
上述の具体例では、本発明のフィルム状エコーゲルを合成したポリウレタン粘着ゲルを使用したが、その他、上述した架橋点およびダングリング鎖の数を満たすようにして、同様の特性を有する高分子系粘着ゲルを使用して構成することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明に係るフィルム状エコーゲルの実施の形態を示す概略構成図である。
【図2】本発明に係るフィルム状エコーゲルの使用状態を示す模式図である。
【図3】実施例1〜3、比較例1の各試料の原料配合と物性を表わす表図である。
【図4】実施例1の各試料の動的貯蔵弾性率(E′)の温度依存性を示す図である。
【図5】実施例1の各試料の損失正接(tanδ)の温度依存性を示す図である。
【図6】実施例1〜3の各試料の末端分子鎖濃度と粘着力の関係を示すグラフである。
【図7】本発明に係わるエコーゲルの超音波の透明性を検討したグラフである。
【符号の説明】
【0033】
1・・フィルム状エコーゲル、2・・超音波センサ、3・・人体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超音波センサと人体との音響結合に用いられるエコーゲルであって、
柔軟性且つ粘着性を有し、フィルム状に成形された液体を含有しない高分子系ゲルから成る
ことを特徴とするフィルム状エコーゲル。
【請求項2】
前記高分子系ゲルは、網目構造中に架橋点および分岐した末端分子鎖を有し、
前記架橋点の数が1×10−6〜1×10−4mol/cmで、前記末端分子鎖の数が 1×10−5〜1×10−3mol/cmである
ことを特徴とする請求項1記載のフィルム状エコーゲル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−167424(P2007−167424A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−370473(P2005−370473)
【出願日】平成17年12月22日(2005.12.22)
【出願人】(504205521)国立大学法人 長崎大学 (226)
【Fターム(参考)】