説明

フォトカソードの製造方法

【課題】フォトカソードの分光感度曲線の概要を、その製造時にリアルタイムで知ることができるとともに、一定品質を得るための製造条件を特定しやすく、さらには研究開発にも寄与できるフォトカソードの製造方法を提供する。
【解決手段】半導体結晶からなる光吸収層上に、アルカリ金属又はこれらの酸化物などからなる被覆層を形成してなるフォトカソードの製造方法において、前記被覆層の形成中に、ピーク波長が互いに異なる複数の単波長光を交互に照射し、各単波長光からの光照射による放出電流にそれぞれ基づいて、前記被覆層の形成態様を制御するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、光電子増倍管等で用いられるフォトカソードの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
フォトカソードの光電面は、GaN等の半導体結晶上にアルカリ金属やその酸化物などを被膜することで形成される。これは、表面準位を下げて光電子放出を容易にするため(活性化するため)であり、したがって、この被覆層がフォトカソードの感度を決定する1つの大きな要因となる。
【0003】
このような被覆層を形成する際は、感度を最大にすべく、特許文献1の段落0041に記載されているように、例えば水銀ランプからの紫外光をフォトカソードに照射して光電流を測定しながら、その光電流値に基づいて被覆層材料の供給量をコントロールしている。より具体的に言えば、アルカリ金属の酸化物で被覆層を形成する場合、アルカリ金属と酸素とを交互に繰り返し供給するが、その各供給サイクルでの光電流値のピーク値を測定しておき、そのピーク値の増加幅がサチュレートした時点で、材料供給を停止する。
【0004】
もちろん、供給時間や圧力、温度など、その他の多くのパラメータも調整することも高品質なフォトカソードを製造するためには欠かせない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−11856号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところが、水銀ランプの光は、比較的広波長帯域の光である。一方、前記感度はフォトカソードに照射される光の波長に依存する。したがって、前述の方法のように、被覆層の形成過程において、水銀ランプを照射して光電流を測定するのでは、その波長帯域全体の積算あるいは平均化された感度しか把握することができない。
【0007】
つまり、前述した方法は、製造中にフォトカソードの感度特性を測定でき、品質管理面で大きく貢献するものではあるが、その結果保証される感度特性は、言わば大雑把なものであり、例えば、波長毎の感度特性を把握したり、非常に狭い波長域の光に対する感度特性を保証したりするには、結局、製造後の検査を待たなければならない。
【0008】
そのため、生産リードタイムが延びるだけでなく、所望の単波長光に対して一定感度を有したフォトカソードを製造するには、製造後のセレクトに頼らざるを得ず、これでは生産効率を向上させることは難しい。また、被覆層形成パラメータのうちどれが各波長光に対する感度に寄与しているのか、といった、より細やかな生産条件を特定できないため、開発や研究にも支障がある。
【0009】
これに対し、レーザ等の単波長光を照射しながら被覆層を制御形成する方法も考えられるが、複数波長に対する感度特性を知ることはできない。
【0010】
さらに、いずれの方法においても、例えば、所定の波長域にだけ、あるいは所定の波長以上の帯域にだけ、一定の感度を有し、その他の波長域では感度が低いといったシャープな波長感度特性を有するフォトカソードを開発したり、生産したりするときに、限界がある。
【0011】
本発明はかかる問題を一挙に解決すべく図ったものであり、波長毎の感度特性を製造過程で把握でき、その結果として、生産効率を向上できたり、所望の波長帯域に良好な感度特性を有するフォトカソードを確実に生産できたり、あるいは種々の被覆層形成パラメータのより細やかな最適化を図ることができたりするフォトカソードの製造方法を提供することを主たる目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
すなわち本発明は、半導体結晶からなる光吸収層上に、アルカリ金属又はこれらの酸化物などからなる被覆層を形成してなるフォトカソードの製造方法に係るものであって、 前記被覆層の形成中に、ピーク波長が互いに異なる複数の単波長光を順次照射し、各単波長光の照射による放出電流をそれぞれ測定することを特徴とするものである。
【0013】
このようなものであれば、各光の波長を適宜設定することによって、広狭に拘らず所望の波長帯域での感度特性を確認しながら、フォトカソードを製造することができる。
【0014】
前記各放出電流に基づいて、前記被覆層の形成態様を制御するようにしたものであれば、所望の波長帯域に良好な感度特性を有するフォトカソードを確実に生産できる。
【0015】
前記各単波長光に加えて多波長光を順次照射するとともに、前記多波長光の照射による放出電流を測定し、前記単波長光の照射による各放出電流に加えて、前記多波長光の照射による各放出電流に基づいて、前記被覆層の形成態様を制御するものであってもよい。
ここで、多波長光とは、複数の波長成分からなる光であり、例えば、水銀ランプ、ハロゲンランプ等から射出される光が挙げられる。このようなものであれば、波長帯域全体の積算あるいは平均化された感度特性を確認しながら、所望の波長帯域に良好な感度特性を有するフォトカソードを確実に生産できる。
【0016】
より具体的には、前記被覆層の形成過程では前記多波長光の照射による放出電流の時間変化に基づいて被覆層材料を供給し、前記形成過程の終了時には前記単波長光の照射による各放出電流に基づいて前記被覆層材料の供給を終了するようにしたものが挙げられる。
【0017】
前記被覆層の形成過程では前記単波長光のうちいずれか1つの照射による放出電流の時間変化に基づいて被覆層材料を供給し、前記形成過程の終了時には前記単波長光の照射による各放出電流に基づいて前記被覆層材料の供給を終了するようにしたものであってもよい。
【0018】
前記被覆層材料であるアルカリ金属及び酸素を交互に光吸収層上に導入するサイクルを複数回繰り返すことによってアルカリ金属の酸化物からなる前記被覆層を形成するものであって、各サイクルでのアルカリ金属の導入期間及び酸素の導入期間を各サイクルでの放出電流に基づいて設定することで前記被覆層の形成態様を制御するようにしたものでもよい。
【0019】
所望の波長域にだけ、あるいは所定の波長以上の帯域にだけ、一定の感度を有し、その他の波長域では感度が低いといった波長感度特性を有するフォトカソードを確実に生産するには、次のようなものであればよい。
すなわち、前記単波長光が、感度を切り替えたい所望の境界波長を境にして感度が要求される側の波長帯域にピーク波長がある第1単波長光と、感度が不要な側の波長帯域にピーク波長がある第2単波長光とを少なくとも含み、前記第1波長光からの光照射による放出電流から算出される感度が、前記第2波長光からの光照射による放出電流から算出される感度を所定以上上回るように前記被覆層の形成態様を制御するものである。
【発明の効果】
【0020】
かかる構成のものであれば、フォトカソードの波長毎の感度特性を被覆層の形成中に知ることができるので、所望の感度特性を有するフォトカソードを確実に生産でき、かつ、所望の感度特性を有するフォトカソードの製造条件を特定しやすくなり、生産効率を向上させるとともに研究開発にも寄与できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の一実施形態におけるフォトカソードの製造方法を示す工程説明図。
【図2】同実施形態におけるフォトカソードの被覆層形成中における感度特性を表すグラフ。
【図3】同実施形態におけるフォトカソードの分光感度特性を表すグラフ。
【図4】他の実施形態におけるフォトカソードを用いた光電子増倍管の構成を示す断面図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の一実施形態について図面を参照して説明する。
【0023】
本実施形態に係るフォトカソード10は、光電子増倍管40等(図4に示す)で用いられるものであり、図1に示すように、例えばガラスからなる基板上11にInN、AlN、GaN等の半導体結晶からなる光吸収層12を成長させた後、例えばCs、K、Na、Sb等のアルカリ金属又はこれらの酸化物などからなる被覆層13を形成させることで製造される。
しかしてこの実施形態では、特に被覆層13の形成方法に特徴があることから、この被覆層13形成方法について以下に詳述する。
【0024】
被覆層13は、基板11に光P1〜P4を照射して、そのときに放出される光電子Eを測定しながら、被覆層13の形成材料(以下、被覆層材料とも言う)を供給し、光吸収層12に付着させることで形成するが、まずその形成方法を説明するに先立って、前記光P1〜P4を照射する照射部20及び前記光電子Eを測定するための測定部30について説明する。
【0025】
照射部20は、図1に示すように、複数の光源、すなわち、それぞれ285nm、375nm及び475nmがピーク波長である単波長光P1〜P3を射出するLED21a、21b、21cと、多波長光P4を射出する水銀ランプ22とを有するものである。そして、これら各光源21a、21b、21c、22から光P1、P2、P3、P4が順次基板11に照射されるように構成してある。
なお、単波長光P1〜P3は、例えばLED、レーザー等から射出される光が挙げられるが、ここでは、感度を切り替えたい所望の境界波長を境にして、感度が要求される側の波長帯域にピーク波長がある単波長光と、感度が不要な側の波長帯域にピーク波長がある単波長光とを少なくとも含んでいるものであればよい。多波長光P4とは、複数の波長成分からなる光であり、前記水銀ランプ22の他に、ハロゲンランプ等から射出される光が挙げられる。
【0026】
測定部30は、例えば、図4に示される光電子Eを増倍する複数のダイノード44aからなる増倍部44と、増倍された光電子Eを収集して電流として出力する陽極45とを具備するものである。これら増倍部44や陽極45は、このフォトカソード10が最終的に組み込まれる光電子倍増管40を構成するものであり、フォトカソード10及び光電子増倍管40が同時に製造でき、かつ、光電子増倍管40に取り付けられた状態でのフォトカソード10の感度特性を知ることができるという効果を得られる。
なお、光電子増倍管40は、例えば図4にその完成状態を示すように、両端に開口部を有する筒状の容器41と、一端の開口部を封止し基板11側を容器41外部へ向けたフォトカソード10と、他端の開口部を封止し電極ピン42aが設けられた電極部材42とを備えており、容器41内部には、フォトカソード10の被覆層13側から放出された光電子E−を増倍部44へ導く集束電極43と、光電子E−を増倍する複数のダイノード44aからなる増倍部44と、増倍された光電子E−を収集する陽極45とを備えている。集束電極43と増倍部44と陽極45とは、電極ピン42aに電気的に接続されている。
【0027】
かかる構成の下、被覆層13を形成するには、まず被覆層材料の1つであるCs蒸気をほぼ一定流量で光吸収層12上に供給する。このことによって光吸収層12上にCsが付着しはじめる。
また、その一方で、LED21a〜21c及び水銀ランプ22を順次切り替えて所定時間点灯し、それぞれの光P1〜P4の照射による放出電流の値を経時的に測定して記録しておく。
そして、例えば、図2に示すように、Cs蒸気の供給開始後(図2の点A)、水銀ランプ22の照射による放出電流の時間変化がピークとなると、Cs蒸気の供給を中断する(点B)。
次に、所定時間経過後、被覆層材料として酸素を供給し(点C)、光吸収層12上に形成されたCs層を酸化して、CsO層を形成する。水銀ランプ22の照射による放出電流の時間変化がピークとなると、酸素の供給を中断し(点D)、所定時間経過後、Cs蒸気の供給を再開する(点E)。このCs蒸気と酸素とを交互に光吸収層12上に供給するサイクルを複数回繰り返し、サイクルごとに水銀ランプ22の照射による放出電流のピーク値を取り出して、そのピーク値の増加幅がサチュレートしたか否かを判定し、サチュレートした場合は次の段階へと進む。
続いて、285nm及び375nmがピーク波長である単波長光P1、P2を射出する2つのLED21a、21bの照射による各放出電流の値が、475nmがピーク波長である単波長光P3を射出するLED21cの照射による放出電流の値を、それぞれ所定値以上上回った時に、被覆層材料の供給を終了し(点F、点G、点H)、被覆層13の形成が完了する。
【0028】
このようなフォトカソード10の製造方法によれば、図3に示すように、境界波長よりも短波長帯域での感度が、境界波長よりも長波長帯域での感度よりも所定以上上回るような感度特性を有するフォトカソード10を確実に製作することができ、また、所望の感度特性を有するフォトカソード10の製造条件を特定しやすくなる。
また、図2に示すように、2回目の酸素供給前では、285nm及び375nmがピーク波長である単波長光P1、P2の照射による放出電流の値は高く、475nmがピーク波長である単波長光P3の照射による放出電流の値は低くなっており、すなわち、境界波長が375nm〜475nmとなっている(図2のプロセスP3)。そして、2回目の酸素供給によって、375nmがピーク波長である単波長光P2の照射による放出電流の値が低くなり、すなわち、境界波長が285nm〜375nmとなる(プロセスP4)。このように、酸素の供給期間を長くする(供給量を増やす)ことで、境界波長を短くすることができる。より具体的には、放出電流の時間変化がピークとなった後も酸素を供給しつづけることで、境界波長を短くすることができる。
【0029】
なお、本発明は前記実施形態に限られるものではない。例えば、本実施形態においては、被覆層材料の導入期間を設定することで被覆層の形成様態を制御するものとしたが、被覆層の導入量や濃度等、又は、容器内部の温度や圧力等を設定するようにしてもよい。
【0030】
被覆層の形成様態の制御は、単波長光の照射による放出電流にそれぞれ基づくとしてもよい。例えば、被覆層の形成過程では単波長光のうちいずれか1つの照射による放出電流の時間変化に基づいて被覆層材料を供給し、形成過程の終了時には単波長光の照射による各放出電流に基づいて被覆層材料の供給を終了するものとしてもよい。
また、単波長光及び多波長光の照射による放出電流の両方あるいはこれらの組み合わせに同時に基づくとしてもよいし、交互に基づくとしてもよい。
【0031】
また、被覆層の形成様態の制御のタイミング、例えば被覆層材料の供給の開始、中断、再開、終了といったタイミングは、放出電流の値またはその時間変化が、所定値となった時点、ピークとなった時点、ピークの前後の時点、所定値以上又は以下の値を所定時間保った時点、ピーク値の増加幅がサチュレートした時点等としてもよいし、各放出電流の値またはそれらの時間変化をそれぞれ比較して所定の状態となった時点(例えば、各放出電流の値の比率が所定値となった時点)としてもよいし、さらには、被覆層材料の導入量及び濃度等、容器内部の温度等が所定の状態になった時点としてもよい。
【0032】
さらに、供給制御部を設けてもよい。これは、放出電流の値やその時間変化に所定の演算処理を施して被覆層の形成様態を制御するものである。このようなものであれば、フォトカソードの製造を自動化することができ、生産効率を向上させることができる。
【0033】
加えて言えば、本実施形態は受光面と光電面が別である透過型フォトカソードに係るものであるが、受光面と光電面が同一である反射型フォトカソードにも適用できることは言うまでもない。
【0034】
その他、本発明はその趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
【符号の説明】
【0035】
10・・・フォトカソード
11・・・基板
12・・・光吸収層
13・・・被覆層
20・・・照射部
21a、21b、21c・・・LED
22・・・水銀ランプ
30・・・測定部
40・・・光電子増倍管
41・・・容器
42・・・電極部材
42a・・・電極ピン
43・・・集束電極
44・・・増倍部
44a・・・ダイノード
45・・・陽極
P1、P2、P3・・・単波長光
P4・・・多波長光
・・・光電子


【特許請求の範囲】
【請求項1】
光吸収層上に、アルカリ金属又はこれらの酸化物などからなる被覆層を形成してなるフォトカソードの製造方法であって、
前記被覆層の形成中に、ピーク波長が互いに異なる複数の単波長光を順次照射し、各単波長光の照射による放出電流をそれぞれ測定することを特徴とするフォトカソードの製造方法。
【請求項2】
前記各放出電流にそれぞれ基づいて、前記被覆層の形成態様を制御することを特徴とする請求項1記載のフォトカソードの製造方法。
【請求項3】
前記各単波長光に加えて多波長光を順次照射するとともに、前記多波長光の照射による放出電流を測定し、前記単波長光の照射による各放出電流に加えて、前記多波長光の照射による各放出電流に基づいて、前記被覆層の形成態様を制御することを特徴とする請求項2記載のフォトカソードの製造方法。
【請求項4】
前記被覆層の形成過程では前記単波長光のうちいずれか1つの照射による放出電流の時間変化に基づいて被覆層材料を供給し、前記形成過程の終了時には前記単波長光の照射による各放出電流に基づいて前記被覆層材料の供給を終了することを特徴とする請求項2記載のフォトカソードの製造方法。
【請求項5】
前記被覆層の形成過程では前記多波長光の照射による放出電流の時間変化に基づいて被覆層材料を供給し、前記形成過程の終了時には前記単波長光の照射による各放出電流に基づいて前記被覆層材料の供給を終了することを特徴とする請求項3記載のフォトカソードの製造方法。
【請求項6】
前記被覆層材料であるアルカリ金属及び酸素を交互に光吸収層上に導入するサイクルを複数回繰り返すことによってアルカリ金属の酸化物からなる前記被覆層を形成するものであって、
各サイクルでのアルカリ金属の導入期間及び酸素の導入期間を各サイクルでの放出電流に基づいて設定することで前記被覆層の形成態様を制御することを特徴とする請求項4又は5記載のフォトカソードの製造方法。
【請求項7】
前記単波長光が、感度を切り替えたい所望の境界波長を境にして感度が要求される側の波長帯域にピーク波長がある第1単波長光と、感度が不要な側の波長帯域にピーク波長がある第2単波長光とを少なくとも含み、
前記第1波長光からの光照射による放出電流から算出される感度が、前記第2波長光からの光照射による放出電流から算出される感度を所定以上上回るように前記被覆層の形成態様を制御することを特徴とする請求項2、3、4、5又は6記載のフォトカソードの製造方法。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−113886(P2011−113886A)
【公開日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−270648(P2009−270648)
【出願日】平成21年11月27日(2009.11.27)
【出願人】(505125945)学校法人光産業創成大学院大学 (49)
【Fターム(参考)】