説明

フグ類用配合飼料及びフグ類養殖方法

【課題】トラフグに代表されるフグ類の成長を促進することのできる新規なフグ類用配合飼料を得る。
【解決手段】遊離アラニンを成長促進成分として含むようにした。また、遊離アラニンの含有量を飼料総重量に対し少なくとも0.06%とするようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フグ類配合飼料及びフグ類養殖方法に関する。さらに詳述すると、本発明は、トラフグに代表されるフグ類の成長を促進するのに好適なフグ類用配合飼料及びフグ類養殖方法に関する。
【背景技術】
【0002】
養魚用配合飼料のタンパク質源としては、従来、真鰯やスケトウダラといった多獲性魚類を原料とした魚粉が用いられていた。しかし、近年、多獲性魚類の漁獲量の減少と養殖業の拡大による配合飼料の需要の増加により、魚粉の供給が逼迫するとともにその価格も高騰し、魚粉のみでは養魚用配合飼料の需要がまかなえなくなってきている。そこで、魚粉の一部を安価なタンパク質源である植物性タンパク質で代替することが検討されている。
【0003】
植物性タンパク質を含む原料としては、大豆粕やコーングルテンミール、菜種油滓等といったものが挙げられ、これらは、生産量も豊富で価格も安定していることから魚粉の代替材料として有望視されている。
【0004】
しかし、魚粉の一部を植物性タンパク質で代替した配合飼料を使用して養殖を行うと、ある特有の問題が生じる。即ち、魚粉の一部を植物性タンパク質で代替した配合飼料は、嗜好性が低く、養殖魚の摂餌量が低下して成長低下を招く。このことは多くの魚種で明らかとなっている。したがって、配合飼料中の魚粉の一部を植物性タンパク質で代替する場合、養殖魚の成長低下を抑えるために何らかの手段を講じる必要性が生じる。
【0005】
例えば、非特許文献1では、ムラサキイガイ軟体部粉末乾燥を飼料に配合することで、飼料中の魚粉の一部を脱皮大豆粕(SBM−P)で置換した場合にも、ヒラメの成長が増大することが報告されている。
【0006】
【非特許文献1】K. Kikuchi. Use of defatted soybean meal as substitutes for fish meal in diets of Japanese flounder (Paralichthys olivaceus). Aquaculture 1999; 179: 3-11.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、トラフグに代表されるフグ類は市場価値の高い所謂高級魚であり、漁獲量が不安定なことから、市場への安定供給が可能な養殖業への期待が大きい。しかしながら、上記の通り、近年、魚粉のみでは養魚用配合飼料の需要がまかなえなくなってきていることから、今後、タンパク質源を全て魚粉としている従来の配合飼料は安定且つ安価には供給できなくなる虞がある。したがって、魚粉の一部を植物性タンパク質で代替した場合にも、フグ類の成長を促進することのできる新たな配合飼料の開発が望まれている。
【0008】
そこで、本発明は、トラフグに代表されるフグ類の成長を促進することのできる新規なフグ類用配合飼料及びこれを用いたフグ類の養殖方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者は、トラフグを対象とした養殖試験を行う中で、タンパク態のアミノ酸ではない遊離アラニンがトラフグの成長促進成分として機能することを知見し、本願発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明のフグ類用配合飼料は、遊離アラニンを成長促進成分として含むものである。
【0011】
また、本発明のフグ類配合飼料において、遊離アラニンの含有量を飼料総重量に対し少なくとも0.06%とすることが好ましい。
【0012】
また、本発明のフグ類養殖方法は、飼料と共に遊離アラニンをフグ類に摂取させることにより、フグ類の成長を促進させるようにしている。
【発明の効果】
【0013】
本発明のフグ類配合飼料及びフグ類養殖方法によれば、フグ類の成長を促進させることができる。したがって、魚粉の一部を植物性タンパク質で代替した場合にも、フグ類の成長状態を良好なものとすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための最良の形態について説明する。
【0015】
本発明のフグ類用配合飼料は、遊離アラニンを成長促進成分として含むものである。遊離アラニンを成長促進成分として含むことにより、トラフグ、マフグ、ショウサイフグ、ヒガンフグ、クサフグ、サバフグ等のフグ類全般、特にトラフグの成長を促進する効果が発揮される。
【0016】
本発明のフグ類配合飼料では、遊離アラニンを含む原料あるいは結晶アラニンを飼料に配合することによって、飼料に遊離アラニンを含ませるようにしている。遊離アラニンを含む原料としては、例えばムラサキイガイが挙げられる。ムラサキイガイには遊離アラニンが多量に含まれていることから、その軟体部やエキスを飼料に配合することによって、飼料に遊離アラニンを含ませることができる。尚、ムラサキイガイを利用することで、従来廃棄物とされていたムラサキイガイを有効利用することが可能となる。即ち、海岸の堤防や発電所の取水口、復水器などに付着した多量のムラサキイガイは、これらの設備の機能を低下させるものであることから、除去・回収する必要があり、その年間処理量は2万トン(殻付き新鮮重量)以上と大量であるが(火力原子力発電技術協会 環境対策技術調査委員会(2003):火力発電所における海洋生物対策実態調査報告書、158pp.)、遊離アラニンを含む原料としてムラサキイガイを利用することで、ムラサキイガイの処分上の問題の解決に寄与することができることとなる。しかも、従来廃棄物とされていたムラサキイガイを原料としていることから、飼料にかかる原料費を抑えることもできる。また、上記の通り、ムラサキイガイの年間処理量は2万トン(殻付き新鮮重量)と大量であることから、原料を長期に亘って安定供給することもできる。したがって、安定且つ安価に配合飼料を供給することも可能となる。但し、遊離アラニンを含む原料は、ムラサキイガイに限定されるものではなく、ムラサキイガイ以外の他の原料をフグ類の成長に悪影響を与えない範囲で適宜選択することができる。
【0017】
本発明のフグ類用配合飼料中の遊離アラニン含有量は、飼料総重量に対し少なくとも0.06%とすることで確実に成長促進効果が得られるが、0.02%超、好ましくは0.04%以上とすれば一定の成長促進効果が得られるものと推定される。0.02%以下とすると、フグ類に対し十分な成長促進成分を与えることができない場合がある。尚、遊離アラニンの含有量が1%を超えても、遊離アラニンによるフグ類に対する成長促進効果が低下することは無いが、遊離アラニンの含有量を多くし過ぎると配合飼料中における遊離アラニンの占める割合が大きくなり、フグ類の成長に必要な成分を十分に含有させることができなくなる場合がある。また、遊離アラニンの含有量を1%とすれば、十分な成長促進効果が得られ、それ以上に遊離アラニンの含有量を増やしても大幅な成長促進効果の向上は見込めないものと考えられる。したがって、遊離アラニンの含有量は、多くとも1%程度とすれば十分である。このように、本発明によれば、遊離アラニンという特定の物質を少量含ませるだけで、フグ類に対する成長促進効果を得ることができる。したがって、フグ類に必要な成分を飼料中に十分に配合しながらも同時にフグ類の成長を促進することのできる極めて優れたフグ類用配合飼料を提供することができる。
【0018】
本発明のフグ類用配合飼料では、魚粉の一部を植物性タンパク質で代替した場合にも、フグ類の成長状態を良好なものとすることができる。植物性タンパク質含有原料としては、例えば、脱皮大豆粕、コーングルテンミール、菜種油滓、綿実粕、ヒマワリ粕といった植物油滓系原料が挙げられる。これらは、生産量も豊富で価格も安定しており、配合飼料に使用するのに好適であるが、植物性タンパク質含有原料はこれらに限定されるものではない。また、タンパク源を全て魚粉とした場合にも、その成長を従来よりも促進することができる。
【0019】
本発明のフグ類用配合飼料に添加されるその他の成分としては特に限定されるものではなく、従来の配合飼料とほぼ同様の成分を同様の割合で配合することができる。例示すると、馬鈴薯デンプン(例えば5〜10重量%程度)、フィードオイル(例えば5〜10重量%程度)、無機化合物(例えば0.1〜2重量%程度)、ビタミン混合物(例えば1〜3重量%程度)、α化馬鈴薯デンプン(例えば2〜4重量%程度)、デキストリン(例えば1〜3重量%程度)等が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0020】
本発明の配合飼料の製造法は特に限定されるものでなく、ミートチョッパー、エクストルダーなどを用い、常法により行うことができる。また、配合飼料の形状はペレット状やクランブル状として、フグ類が摂餌しやすい大きさとすればよい。
【0021】
上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、上述の実施形態では飼料に遊離アラニンを含むフグ類用配合飼料について説明したが、本発明は、このフグ類用配合飼料を与えてフグ類を養殖する形態には限定されない。例えば、遊離アラニンを含む配合飼料をフグ類に与えることによって遊離アラニンをフグ類に摂取させるのではなく、遊離アラニンを含む原料あるいは結晶アラニンをフグ類の養殖に従来から用いられている一般的な飼料と共にフグ類に与えることによって、遊離アラニンと飼料とをフグ類に同時に摂取させるようにしてもよい。
【実施例】
【0022】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明はこれら実施例に限られるものではない。
【0023】
(実施例1)
各種配合飼料をトラフグに与え、その成長状態について観察した。尚、本実施例において、「%」とは、重量%を意味している。
【0024】
(1−1 配合飼料の組成)
実験に使用した配合飼料の組成を表1に示す。
【0025】
【表1】

【0026】
本実施例で用いた配合飼料では、魚粉(トロールミール)配合量を減らし、脱皮大豆粕(SBM−P)由来のタンパク質が総タンパク質の約30%となるように脱皮大豆粕を27%配合した。飼料Bでは魚粉をさらに5%低下させ、7.5%のムラサキイガイ軟体部乾燥粉末を、飼料Cでは外割り重量比で10%のムラサキイガイエキスを配合した。また、飼料Dでは結晶グリシン(飼料用:昭和電工製)を0.05%配合し、飼料Eでは結晶アラニン(飼料用:昭和電工製)を0.04%配合した。飼料Fでは結晶グリシン0.05%及び結晶アラニン0.04%を配合した。また、本実施例で用いた配合飼料には、馬鈴薯デンプン、フィードオイル(理研ビタミン製)、無機混合物(日本配合飼料株式会社製)、ビタミン混合物(日本配合飼料株式会社製)、α化馬鈴薯デンプン及びデキストリンをさらに配合した。エキスならびに飼料の製造は定法に従って行い、ミートチョッパーにより直径約2.2mm、長さ約3mmの円筒状に成形した。作製した飼料は乾燥後、所定量のフィードオイルを浸透させ、再度乾燥した後、実験に供するまで−35℃で保存した。表1に示した様に、粗脂肪含量は飼料区間で違いはなかったが、粗タンパク質については飼料CとDで高くなった。
【0027】
次に、飼料A〜Fの遊離アミノ酸組成を表2に示す。
【0028】
【表2】

【0029】
ムラサキイガイ軟体部とエキス配合区(飼料B及びC)では、遊離グリシンと遊離アラニンの含有量が多くなり、特に軟体部を配合した飼料Bで遊離グリシンと遊離アラニンの量が多くなった。また、飼料D及び飼料Fの遊離グリシン含有量は飼料Cとほぼ同程度であり、飼料E及び飼料Fの遊離アラニン含有量も飼料Cとほぼ同程度であった。尚、表2に示される遊離アミノ酸組成から、飼料Aの遊離アラニン含有量は飼料総重量に対し0.02%であり、飼料Eの遊離アラニン含有量は0.06%であることがわかった。
【0030】
(1−2 飼育実験)
実験に用いたトラフグは、2008年5月8日に日清マリンテック株式会社(愛知県田原市)より体重約3gの個体を購入し、実験に供するまで、総水量約2000リットルの天然海水を収容した循環濾過水槽を用い、水温を20℃に調節して、市販のトラフグ用配合飼料(日清丸紅製)により飼育した。飼育実験は、2008年の5月〜7月において8週間実施した。
【0031】
尚、実験の際には、飼育水槽内に浮かべた容量約35リットルの網生けすに、20尾/生けす、3連/飼料区でトラフグを収容し、所定の飼料を1日2回、各飽食量を週6日で与えて8週間給餌した。
【0032】
(1−3 実験結果)
飼育実験の結果を表3に示す。尚、実験結果は、3連の実験結果の平均と標準偏差で示した。
【0033】
【表3】

【0034】
「増重率」は、以下に示す数式1により計算した。
(数式1) 増重率(%)= (増重量)/(実験開始時体重)× 100
【0035】
「比成長率」は、以下に示す数式2により計算した。
(数式2) 比成長率 = (lnW−lnW)/56 × 100
ここで、Wは実験終了時体重であり、Wは実験開始時体重である。また、数式2中の「56」という数字は、実験期間を日数で表した値である。
【0036】
「飼料効率」は、以下に示す数式3により計算した。
(数式3) 飼料効率(%)=(増重量)/(摂餌量)× 100
【0037】
「タンパク質効率」は、以下に示す数式4により計算した。
(数式4) タンパク質効率 =(増重量)/(タンパク質摂取量)
【0038】
「日間摂餌率」は、以下に示す数式5により計算した。
(数式5) 日間摂餌率(%)= {(W−W)/2×給餌日数}× 100
【0039】
「生残率」は、以下に示す数式6により計算した。
(数式6) 生残率(%)=(実験終了後生残数)/(実験開始時個体数)× 100
【0040】
全ての実験区において、飼育実験開始当初から終了時まで、全てのトラフグが活発に摂餌し、終了時の生残率も97〜100%と高かった。
【0041】
また、飼料Aに対し、ムラサキイガイ軟体部とエキスを添加した飼料BとC、ならびに結晶アラニンを添加した飼料EとFで高い増重率及び成長率が得られた。結晶グリシンを添加した飼料Dの成長は飼料Aと同等だった。また、結晶グリシンを添加した飼料Dでは、飼料効率、タンパク質効率(PER)も他より劣ることが明らかとなった。
【0042】
この実験結果から、遊離アラニンがトラフグの成長促進成分として機能していることが明らかとなった。一方で、遊離グリシンはトラフグの成長促進成分としては機能しないことも明らかとなった。また、遊離アラニンの含有量は飼料総重量に対し少なくとも0.06%とすればトラフグに対する成長促進効果が確実に得られることが確認されたが、遊離アラニンの含有量を0.02%超、好ましくは0.04%以上とすれば一定の成長促進効果が得られるものと推定される。そして、トラフグ以外のフグ類、例えばマフグ、ショウサイフグ、ヒガンフグ、クサフグ、サバフグ等のフグ類についても、この実験結果が当て嵌らないとの積極的な理由が存在しないことから、これらのフグ類についても、遊離アラニンを含有する配合飼料により、その成長を促進することができるものと推定される。
【0043】
次に、トラフグの血液成分を検査し、本発明の配合飼料がトラフグの健康状態に与える影響について調べた結果を表4及び表5に示す。表4は、血液のヘモグロビン含有量、ヘマトクリット値、総赤血球数、タンパク質含有量、トリグリセリド含有量及びグルコース含有量を調べた結果であり、表5は、血液の無機リン含有量、カルシウム含有量、マグネシウム含有量、ナトリウム含有量及び塩素含有量を調べた結果である。
【0044】
【表4】

【0045】
【表5】

【0046】
表4及び表5に示される結果から、グルコースをはじめとして、変動が見られた成分があったものの、飼料組成との明確な関係は認められなかった。少なくとも、トラフグの健康状態に悪影響が及ぼされないことが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
遊離アラニンを成長促進成分として含むことを特徴とするフグ類用配合飼料。
【請求項2】
前記遊離アラニンの含有量を飼料総重量に対し少なくとも0.06%とする請求項1記載のフグ類用配合飼料。
【請求項3】
飼料と共に遊離アラニンをフグ類に摂取させることにより、前記フグ類の成長を促進させることを特徴とするフグ類養殖方法。

【公開番号】特開2010−142128(P2010−142128A)
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−319509(P2008−319509)
【出願日】平成20年12月16日(2008.12.16)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】