説明

フコシル化糖鎖産生細胞用物質送達担体

【課題】 フコシル化糖鎖産生細胞特異的に物質を送達する担体を提供する。
【解決手段】 フコースを含む、フコシル化糖鎖産生細胞用の物質送達担体、および同担体を利用したフコシル化糖鎖産生細胞に関連する疾患の治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フコシル化糖鎖産生細胞を標的とする物質送達担体、ならびにこれを利用したフコシル化糖鎖産生細胞に関連する疾患の処置剤および処置法に関する。
【背景技術】
【0002】
真核生物において、フコシル化された糖鎖が、血管新生、繁殖、細胞接着、炎症および腫瘍転移などの種々の生理的および病理学的過程に関与していることが知られている(非特許文献1参照)。また、CA19−9やSLXをはじめとする多くの糖タンパク質腫瘍マーカーが糖鎖のフコシル化により生じることも知られている(非特許文献2参照)。このように、フコシル化糖鎖は生体において重要な意味を有しているため、フコシル化糖鎖を産生する細胞に特異的に薬剤などの物質を送達することができれば、上記のような種々の現象を制御することが可能となる。しかしながら、かかる試みが成功したという報告は未だない。
また、フコシル化はフコシルトランスフェラーゼ(FUT)という糖転移酵素によって触媒されていることから、フコシル化糖鎖産生細胞をフコシルトランスフェラーゼを標的分子として標的化することも考えられるが、同酵素は小胞体からゴルジ装置にかけて局在する膜結合型タンパクであり、細胞表面に存在しないため、これを直接的な標的分子とすることもできない。したがって、フコシル化糖鎖産生細胞特異的に薬剤などの物質を送達する技術はこれまで存在しなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009-46441号公報
【特許文献1】特表2004-522722号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Ma et al., Glycobiology. 2006;16(12):158R-184R
【非特許文献2】Mas et al., Glycobiology. 1998 ;8(6):605-13
【非特許文献3】Kawakami et al., Biochim Biophys Acta. 2000;1524(2-3):258-65
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、フコシル化糖鎖産生細胞特異的に薬物等の物質を送達できる担体、これを利用したフコシル化糖鎖産生細胞に関連する疾患の処置薬およびフコシル化糖鎖産生細胞に関連する疾患の処置法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を続けたところ、フコシル化糖鎖産生細胞にフコースを特異的に結合する機構が存在することを見出した。そして、この知見に基づいてさらに研究を進めたところ、フコースを含む担体が、フコシル化糖鎖産生細胞への物質送達を特異的に促進することを見出し、本発明を完成させた。
フコシル化糖鎖産生細胞にフコースを特異的に結合する機構が存在することはこれまで全く知られていなかった。また、フコースを含む担体は知られていたが(特許文献1、2、非特許文献3参照)、これがフコシル化糖鎖産生細胞への物質送達を特異的に促進するすることはこれまで知られていなかった。
【0007】
すなわち、本発明は、以下に関する。
(1)フコースを含む、フコシル化糖鎖産生細胞用物質送達担体。
(2)フコースがL−フコースである、上記(1)の担体。
(3)フコシル化糖鎖がI型糖鎖である、上記(1)または(2)の担体。
(4)フコシル化糖鎖産生細胞が、フコシルトランスフェラーゼを発現する、上記(1)〜(3)のいずれかの担体。
(5)フコシルトランスフェラーゼが、FUT1、FUT2、FUT3およびFUT4からなる群から選択される、上記(4)の担体。
(6)高分子ミセル、リポソーム、エマルジョン、微小球およびナノ小球から選択される形態を有する、上記(1)〜(5)のいずれかの担体。
(7)リポソームの形態を有し、フコースと、リポソームに含まれる脂質とのモル比が8:1〜1:8である、上記(6)の担体。
【0008】
(8)上記(1)〜(7)のいずれかの担体と、フコシル化糖鎖産生細胞に関連する疾患を処置するための薬物とを含む、フコシル化糖鎖産生細胞に関連する疾患を処置するための組成物。
(9)疾患が、腫瘍性疾患および炎症性疾患からなる群から選択される、上記(8)の組成物。
(10)フコシル化糖鎖産生細胞に関連する疾患を処置するための薬物が抗炎症剤および抗腫瘍剤からなる群から選択される、上記(9)の組成物。
(11)薬物と、担体とを、医療の現場またはその近傍で混合してなる、上記(8)〜(10)のいずれかの組成物。
(12)フコシル化糖鎖産生細胞に関連する疾患を処置するための薬物、フコース、ならびに、必要に応じてフコース以外の担体構成物質を、単独でまたは組み合わせて含む1つまたはそれ以上の容器を含む、上記(8)〜(11)のいずれかの組成物の調製キット。
(13)上記(1)〜(7)のいずれかの担体を利用した、in vitroでフコシル化糖鎖産生細胞へ物質を送達する方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の担体は、フコシル化糖鎖産生細胞が有するフコース結合機構を特異的な標的とするものであり、所望の物質や物体、例えばフコシル化糖鎖産生細胞に関連する疾患を処置するための薬物等を同細胞に効率的に運搬することにより、最大の効果および最小の副作用において、所望の効果、例えばフコシル化糖鎖産生細胞の活性や増殖の抑制、フコシル化糖鎖産生細胞に関連する疾患の治癒、進行の抑制または発症や再発の予防などを可能にする。
また、本発明の担体は、フコシル化糖鎖産生細胞特異的に物質を送達することができるため、フコシル化糖鎖産生細胞特異的な標識や、遺伝子導入などに利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は、各種膵癌細胞株培養上清中のCA19−9、SPAN−1およびDU−PAN−2の濃度を示したグラフである。
【図2】図2は、種々の膵臓癌細胞系における各種フコシルトランスフェラーゼの発現状態を示した図である
【図3】図3は、フコシル化糖鎖高産生株ASPC−1(上)と、フコシル化糖鎖低産生株PANC−1(下)におけるフコースの結合量と遊離フコース濃度との関係を示したグラフである。
【図4】図4は、図3の結果を基に、フコシル化糖鎖高産生株ASPC−1(上)と、フコシル化糖鎖低産生株PANC−1(下)のフコースに対する結合定数KdおよびBmaxの計算結果を示した図である。
【図5】図5は、フコシル化糖鎖高産生株ASPC−1における14Cフコースの結合と、過剰量の非標識フコースの競合によるその阻害を示したグラフである。
【図6】図6は、種々のモル比(フコース/リポソーム)のフコシル化リポソームによるsiRNAの導入を示した写真図である。
【0011】
【図7】図7は、種々のモル比(フコース/リポソーム)のフコシル化リポソームによるsiRNAの導入を示した写真図である。
【図8】図8は、フコシル化リポソームによるsiRNAの導入に対するフコース添加の影響を示した写真図である。図中、左から順に、無処理群、非フコシル化リポソーム処理群、フコシル化リポソーム処理群、過剰量のフコースの添加を伴うフコシル化リポソーム処理群における結果をそれぞれ示す。
【図9】図9は、各種膵癌細胞株におけるsiRNA導入効率の比較を示した写真図である。図中、上段は無処理群、中段は非フコシル化リポソーム処理群、下段はフコシル化リポソーム処理群における結果をそれぞれ示す。
【図10】図10は、各種膵癌細胞株におけるsiRNA導入効率の比較を示した写真図である。図中、上段は無処理群、中段は非フコシル化リポソーム処理群、下段はフコシル化リポソーム処理群における結果をそれぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明において、フコシル化糖鎖産生細胞は、フコシル化糖鎖を産生するものであれば特に限定されず、フコシル化糖鎖を細胞表面または細胞内に含むものであっても、フコシル化糖鎖を細胞外に放出するものであってもよい。したがって、本発明におけるフコシル化糖鎖産生細胞としては、特に限定されずに、例えば、膵臓腫瘍、胆道系腫瘍、肝臓腫瘍、消化管腫瘍、脳腫瘍、肺腫瘍、骨軟部腫瘍、より具体的には、膵癌、胆道系癌、肝癌、胃癌、食道癌、結腸直腸癌、さらには、乳癌、肺癌、子宮内膜癌、前立腺癌などにおける細胞や、膵炎、肝硬変、肝炎などの炎症性疾患における炎症部位の細胞が挙げられる。炎症部位の細胞としては、限定されずに、例えば、炎症部位に本来存在する細胞であって、炎症の影響を受けているものが挙げられる。すなわち、炎症部位の細胞は、膵炎であれば炎症の影響を受けている膵臓の構成細胞(膵管細胞、外分泌細胞、内分泌細胞等)、肝炎であれば炎症の影響を受けている肝臓の構成細胞(肝細胞、胆管細胞、クッパー細胞、星細胞等)などを指す。炎症の影響としては、例えば、炎症性サイトカインへの暴露や、炎症性細胞との接触等が挙げられる。
本発明の一態様において、フコシル化糖鎖産生細胞は、好ましくは正常細胞以外の細胞である。かかる細胞としては、例えば、上記の腫瘍細胞や炎症部位の細胞が挙げられる。
【0013】
本発明において、フコシル化糖鎖は、糖鎖単体として産生されても、他の物質と結合した形で産生されてもよい。したがって、フコシル化糖鎖は、タンパク質に結合した糖タンパク質の形で産生されても、脂質に結合した糖脂質の形で産生されてもよい。また、本発明におけるフコシル化糖鎖は、フコースが含まれていればいずれの構造の糖鎖であってもよいが、フコースが非還元末端に含まれているものが好ましい。含まれるフコースはL−フコースまたはD−フコースであってもよいが、L−フコースが好ましい。また、フコシル化糖鎖は、I型糖鎖抗原(例えば、CA19−9、SPAN−1、DU−PAN−2、CA50、KMO−1等)を含んでも、II型糖鎖抗原(SLX、CSLEX等)を含んでも、母核糖鎖抗原(例えば、CA72−4、CA546、STN等)を含んでもよい。本発明の一態様では、I型糖鎖抗原を含む糖鎖が好ましい。また、フコシル化は、種々の結合様式、例えば、α1,2結合、α1,3結合またはα1,4結合でなされてもよい。このうち、本発明においては、α1,4結合が好ましい。本発明において特に好ましい糖鎖は、CA19−9、SPAN−1およびDU−PAN−2からなる群から選択される糖鎖抗原を含む。
【0014】
本発明の一態様において、フコシル化糖鎖産生細胞は、正常細胞よりもフコシル化糖鎖の産生が増大している。ここで、正常細胞とは、例えば、対象となる細胞が腫瘍細胞であれば、腫瘍化していない同種の細胞を指し、対象となる細胞が炎症部位の細胞であれば、炎症が生じる前の、または、炎症が生じていない部分の同種の細胞を指す。フコシル化糖鎖の産生量は、限定されずに、例えば、上記の糖鎖抗原を認識する抗体やレクチンなどを用いて適宜測定することができる。本発明の一態様において、フコシル化糖鎖産生細胞のフコシル化糖鎖産生量は、正常細胞に比べ、2倍以上、好ましくは5倍以上、より好ましくは10倍以上、さらに好ましくは20倍以上、特に好ましくは50倍以上である。また、別の態様において、フコシル化糖鎖産生細胞のフコシル化糖鎖産生量は、細胞系MIAPaCa、PANC−1、KP4および/またはPK45Hより多く、PK59および/またはASPC1と同等かまたはこれより多い。
【0015】
本発明の別の態様において、フコシル化糖鎖産生細胞は、フコース結合機構を有している。フコース結合機構は、細胞に備わった、フコースを選択的に結合し、かつ/または取り込む機構を指し、限定されずに、例えば、受容体や運搬体などの細胞要素を含む。フコース結合機構保有の有無は、例えば、放射性標識などにより検出可能に標識したフコースの、被験細胞への結合量や結合定数を調べることにより判定することができる(実施例3参照)。例えば、フコース結合機構を有する細胞は、後述の実施例3に記載の手法で測定した場合、結合定数Kdが25nM以上、好ましくは28nM以上、より好ましくは30nM以上、さらに好ましくは34nM以上であり、bmaxが5pmol/10細胞以上、好ましくは7.5pmol/10細胞以上、より好ましくは10pmol/10細胞以上、さらに好ましくは11pmol/10細胞以上である。
【0016】
本発明の別の態様において、フコシル化糖鎖産生細胞には、フコシルトランスフェラーゼが発現している。フコシルトランスフェラーゼは、フコースをフコース供与体からフコースアクセプター(例えば、糖鎖等)に転移させられるものであれば特に限定されずに、例えば、既知のFUT1、FUT2、FUT3、FUT4、FUT5、FUT6およびFUT7を含む。本発明の一態様において、フコシルトランスフェラーゼは、FUT1、FUT2、FUT3およびFUT4からなる群から選択される。また、本発明の一態様において、フコシルトランスフェラーゼは、フコースをα1,4結合で転移できるものが好ましく、かかるフコシルトランスフェラーゼとしては、例えばFUT3等が挙げられる。
【0017】
フコシルトランスフェラーゼは、遺伝子の転写から、タンパク質の成熟に至る一連のタンパク質発現過程の中で発現していればよく、その発現は、遺伝子および/またはタンパク質レベルで検出することができる。具体的には、遺伝子レベルでは、例えば、ノーザンブロッティング法、サザンブロッティング法、RNaseプロテクションアッセイ、RT−PCR、リアルタイムPCR等のPCR法、in situハイブリダイゼーション法、in vitro転写法等の任意の公知の遺伝子発現解析法により、また、タンパク質レベルでは、免疫沈降法、ウェスタンブロッティング法、EIA、ELISA、RIA、免疫組織化学法、免疫細胞化学法等の任意の公知のタンパク質検出法により検出することができる。本発明の一態様において、フコシル化糖鎖産生細胞のフコシルトランスフェラーゼ発現量は、正常細胞に比べ、2倍以上、好ましくは5倍以上、より好ましくは10倍以上、さらに好ましくは20倍以上、特に好ましくは50倍以上である。また、本発明の一態様において、フコシル化糖鎖産生細胞のフコシルトランスフェラーゼ発現量は、細胞系MIAPaCa、PANC−1、KP4および/またはPK45Hより多く、PK59および/またはASPC1と同等かまたはこれより多い。
【0018】
本発明の別の側面は、フコースを含む、フコース結合機構保有細胞用物質送達担体に関する。この担体は、フコース結合機構をその標的とするものである。フコース結合機構に関する詳細は上記のとおりである。また、フコース結合機構は、フコシル化糖鎖の産生量およびフコシルトランスフェラーゼの発現量と関連しているため、これらをフコース結合機構保有の指標として用いることもできる。したがって、本発明の一態様において、フコース結合機構保有細胞は、フコシル化糖鎖を産生する。また、本発明の別の態様において、フコース結合機構保有細胞はフコシルトランスフェラーゼを発現する。フコシル化糖鎖の産生およびフコシルトランスフェラーゼの発現に関する詳細は上記のとおりである。
【0019】
本発明のさらなる側面は、フコースを含む、フコシルトランスフェラーゼ発現細胞用物質送達担体に関する。フコシルトランスフェラーゼの発現に関する詳細は上記のとおりである。フコシルトランスフェラーゼの発現はフコシル化糖鎖の産生およびフコース結合機構の存在と関連しているため、これらをフコシルトランスフェラーゼ発現の指標として用いることもできる。したがって、本発明の一態様において、フコシルトランスフェラーゼ発現細胞は、フコシル化糖鎖を産生する。また、本発明の別の態様において、フコシルトランスフェラーゼ発現細胞はフコース結合機構を有する。フコシル化糖鎖の産生およびフコース結合機構の存在に関する詳細は上記のとおりである。
【0020】
本発明の担体に含まれるフコースは、フコシル化糖鎖産生細胞および/またはフコース結合機構保有細胞および/またはフコシルトランスフェラーゼ発現細胞(以下、代表的にフコシル化糖鎖産生細胞のみを記載する)への物質送達を促進するものであれば特に限定されず、例えばL−フコース、D−フコース、L−フコースおよび/またはD−フコースを含む糖鎖、例えば、L−フコースおよび/またはD−フコースを側鎖に含む糖鎖やL−フコースおよび/またはD−フコースを非還元末端に含む糖鎖などを用いることができる。
【0021】
本発明の担体は、これらのフコース自体で構成してもよいし、フコースを、これとは別の担体構成成分に結合または包含させることにより構成してもよい。したがって、本発明の担体は、フコース以外の担体構成成分を含んでいてもよい。かかる成分としては、特に限定されずに、医薬および薬学の分野で知られる任意のものを用いることができるが、フコースを包含し得るか、または、これと結合し得るものが好ましい。
【0022】
このような成分としては、脂質、例えば、グリセロリン脂質などのリン脂質、スフィンゴミエリンなどのスフィンゴ脂質、コレステロールなどのステロール、大豆油、ケシ油などの植物油、鉱油、卵黄レシチンなどのレシチン類、ポリエチレングリコール、PEG:ポリマー担体等が挙げられるが、これらに限定されない。このうち、リポソームを構成し得るもの、例えば、レシチンなどの天然リン脂質、ジミリストイルホスファチジルコリン(DMPC)、ジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)、ジステアロイルホスファチジルコリン(DSPC)などの半合成リン脂質、ジオレイルホスファチジルエタノールアミン(DOPE)、ジラウロイルホスファチジルコリン(DLPC)、コレステロールなどが好ましい。
【0023】
特に好ましい成分としては、細網内皮系による捕捉を回避し得る成分、例えば、N−(α−トリメチルアンモニオアセチル)−ジドデシル−D−グルタメートクロリド(TMAG)、N,N’,N’’,N’’’−テトラメチル−N,N’,N’’,N’’’−テトラパルミチルスペルミン(TMTPS)、2,3−ジオレイルオキシ−N−[2(スペルミンカルボキサミド)エチル]−N,N−ジメチル−1−プロパンアミニウムトリフルオロアセテート(DOSPA)、N−[1−(2,3−ジオレイルオキシ)プロピル]−N,N,N−トリメチルアンモニウムクロリド(DOTMA)、ジオクタデシルジメチルアンモニウムクロリド(DODAC)、ジドデシルアンモニウムブロミド(DDAB)、1,2−ジオレイルオキシ−3−トリメチルアンモニオプロパン(DOTAP)、3β−[N−(N’,N’−ジメチルアミノエタン)カルバモイル]コレステロール(DC−Chol)、1,2−ジミリストイルオキシプロピル−3−ジメチルヒドロキシエチルアンモニウム(DMRIE)、O,O’−ジテトラデカノイル−N−(α−トリメチルアンモニオアセチル)ジエタノールアミンクロリド(DC−6−14)などのカチオン性脂質が挙げられる。
【0024】
本発明の担体へのフコースの結合または包含は、化学的および/または物理的な方法によってフコースを担体の他の構成成分に結合させるかまたは包含させることによっても可能となる。または、本発明の担体へのフコースの結合または包含は、該担体の作製時に、フコースと、それ以外の担体構成成分とを混合することによっても可能となる。本発明の担体に結合させるかまたは包含させるフコースの量は、担体構成成分中の重量比で0.01%〜100%、好ましくは0.2%〜20%、さらに好ましくは1〜5%とすることが可能である。担体へのフコースの結合または包含は、該担体に薬物等を担持させる前に行ってもよいし、担体、レチノイド誘導体等および薬物等を同時に混合することなどによって行ってもよいし、または、薬物等を既に担持した状態の担体と、レチノイド誘導体等とを混合することなどによって行ってもよい。したがって、本発明はまた、既存の任意の薬物結合担体や薬物封入担体、例えば、DaunoXome(R)、Doxil、Caelyx(R)、Myocet(R)などのリポソーム製剤にフコースを結合させる工程を含む、フコシル化糖鎖産生細胞特異的製剤の製造方法にも関する。
【0025】
本発明の担体の形態は、所望の物質や物体を、標的とする細胞に運搬できればいずれの形態でもよく、例えば、限定するものではないが、高分子ミセル、リポソーム、エマルジョン、微小球、ナノ小球、ポリマーマトリックスなどのうちいずれの形態をとることもできる。本発明においては、送達効率の高さ、送達できる物質の選択肢の広さや製剤の容易性等の観点から、これらのうちリポソームの形態が好ましく、中でもカチオン性脂質を含むカチオン性リポソームが特に好ましい。担体がリポソームの形態である場合、フコースとリポソーム構成脂質とのモル比は、好ましくは8:1〜1:8、より好ましくは4:1〜1:4、さらに好ましくは2:1〜1:2、特に1:1である。
【0026】
本発明の担体は、これに含まれるフコースが、標的化分子として機能する態様で存在していれば、運搬物を内部に含んでも、運搬物の外部に付着して存在しても、また、運搬物と混合されていてもよい。ここで、標的化分子として機能するとは、フコースを含む担体が、これを含まない担体よりも迅速かつ/または大量に、標的細胞に到達し、かつ/または取り込まれることを意味し、これは、例えば、標識を付した、または標識を含む担体を細胞培養物に添加し、所定時間後に標識の存在部位を分析することにより容易に確認することができる。構造的には、例えば、フコースが、遅くとも標的細胞に到達するまでに、担体を含む製剤の外部に少なくとも部分的に露出していれば、上記要件を充足し得る。
【0027】
本担体が送達する物質や物体は特に制限されないが、投与部位から標的細胞が存在する病変部位へ、生物の体内を物理的に移動できるような大きさであることが好ましい。したがって、本発明の担体は、原子、分子、化合物、タンパク質、核酸等の物質はもとより、ベクター、ウイルス粒子、細胞、1以上の要素で構成された薬物放出システム、マイクロマシン等の物体をも運搬することができる。前記物質または物体は、好ましくは標的細胞および/またはその周囲に何らかの影響を与える性質を有し、例えば、標的細胞を標識するものや、標的細胞および/またはその周囲に存在する細胞の活性または増殖を制御する(例えば、これを増強または抑制する)ものを含む。
【0028】
したがって、本発明の一態様においては、担体が送達する物は「フコシル化糖鎖産生細胞の活性または増殖を制御する薬物」である。ここで、フコシル化糖鎖産生細胞の活性とは、同細胞が示す分泌、取り込み、遊走等の種々の活性を指すが、例えば、腫瘍細胞においては、腫瘍の発症、進行、再発および/または転移、悪液質などの症状の発現や増悪化などに関与する活性を意味する。かかる活性としては、例えば、限定することなく、副甲状腺ホルモン関連タンパク質(PTHrP)や免疫抑制酸性タンパク(IAP)などの産生・分泌が挙げられる。
【0029】
したがって、フコシル化糖鎖産生細胞の活性または増殖を制御する薬物とは、フコシル化糖鎖産生細胞に関連する疾患の発症、進行および/または再発に関係するフコシル化糖鎖産生細胞の物理的、化学的および/または生理的な作用等を直接または間接に抑制する何れの薬物であってもよい。例えば、腫瘍細胞においては、かかる薬物は限定されずに、上記生理活性物質の活性もしくは産生を阻害する薬物、例えば、前記生理活性物質を中和する抗体および抗体断片、前記生理活性物質の発現を抑制する、siRNA、リボザイム、アンチセンス核酸(RNA、DNA、PNA、またはこれらの複合物を含む)などの物質、もしくはドミナントネガティブ変異体等のドミナントネガティブ効果を有する物質、またはこれらを発現するベクター、ナトリウムチャンネル阻害剤などの細胞活性化抑制剤、アルキル化剤(例えば、イホスファミド、ニムスチン、シクロホスファミド、ダカルバジン、メルファラン、ラニムスチン等)、抗腫瘍性抗生物質(例えば、イダルビシン、エピルビシン、ダウノルビシン、ドキソルビシン、ピラルビシン、ブレオマイシン、ペプロマイシン、ミトキサントロン、マイトマイシンC等)および代謝拮抗剤(例えば、ゲムシタビン、エノシタビン、シタラビン、テガフール・ウラシル、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤、ドキシフルリジン、ヒドロキシカルバミド、フルオロウラシル、メトトレキサート、メルカプトプリン等)などの細胞増殖抑制剤、ならびにcompound 861、gliotoxinなどのアポトーシス誘導剤を包含する。また、本発明における「フコシル化糖鎖産生細胞の活性または増殖を制御する薬物」は、フコシル化糖鎖産生の発症、進行および/または再発の抑制に直接または間接に関係するフコシル化糖鎖産生細胞の物理的、化学的および/または生理的な作用等を直接または間接に促進する何れの薬物であってもよい。
【0030】
本発明の担体の送達物としてはまた、フコシル化糖鎖産生細胞に関連する疾患を処置する薬物が含まれる。フコシル化糖鎖産生細胞に関連する疾患は、フコシル化糖鎖産生細胞に起因する疾患のみならず、同細胞がその影響を受ける疾患をも包含し、限定されずに、膵臓腫瘍、胆道系腫瘍、肝臓腫瘍、消化管腫瘍、脳腫瘍、肺腫瘍、骨軟部腫瘍、より具体的には、例えば、膵癌、胆道系癌、肝癌、胃癌、食道癌、結腸直腸癌、さらには、乳癌、肺癌、子宮内膜癌、前立腺癌などの腫瘍性疾患や、膵炎、肝硬変、肝炎などの炎症性疾患を含む。
【0031】
したがって、本発明の担体の送達物としては、腫瘍性疾患の発症、進行および/または再発を抑制する抗腫瘍剤、例えば、限定することなく、イホスファミド、塩酸ニムスチン、シクロホスファミド、ダカルバジン、メルファラン、ラニムスチン等のアルキル化剤、塩酸ゲムシタビン、エノシタビン、シタラビン・オクホスファート、シタラビン製剤、テガフール・ウラシル、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤(例えば、TS-1)、ドキシフルリジン、ヒドロキシカルバミド、フルオロウラシル、メトトレキサート、メルカプトプリン等の代謝拮抗剤、塩酸イダルビシン、塩酸エピルビシン、塩酸ダウノルビシン、クエン酸ダウノルビシン、塩酸ドキソルビシン、塩酸ピラルビシン、塩酸ブレオマイシン、硫酸ペプロマイシン、塩酸ミトキサントロン、マイトマイシンC等の抗腫瘍性抗生物質、エトポシド、塩酸イリノテカン、酒石酸ビノレルビン、ドセタキセル水和物、パクリタキセル、硫酸ビンクリスチン、硫酸ビンデシン、硫酸ビンブラスチン等のアルカロイド、アナストロゾール、クエン酸タモキシフェン、クエン酸トレミフェン、ビカルタミド、フルタミド、リン酸エストラムスチン等のホルモン療法剤、カルボプラチン、シスプラチン、ネダプラチン等の白金錯体、サリドマイド、ネオバスタット、ベバシズマブ等の血管新生阻害剤、L−アスパラギナーゼなどを挙げることができる。
【0032】
本発明の担体の送達物としてはさらにまた、限定されずに、炎症性疾患の発症、進行および/または再発を抑制する抗炎症剤、例えば、ステロイド系抗炎症剤(プレドニゾロン、ベクロメタゾン、ベタメタゾン、フルチカゾン、デキサメタゾン、ヒドロコルチゾン等)や非ステロイド系抗炎症剤(アセチルサリチル酸、ロキソプロフェン、アセトアミノフェン、ケトプロフェン、チアプロフェン酸、スプロフェン、トルメチン、カルプロフェン、ベノキサプロフェン、ピロキシカム、ベンジダミン、ナプロキセン、ジクロフェナク、イブプロフェン、ジフルニサール、アザプロパゾン等)、炎症性サイトカインの発現を抑制するsiRNA、アンチセンス核酸などの物質、および/または炎症性サイトカインの作用を抑制する薬物、例えば、炎症性サイトカインに対する抗体や、炎症性サイトカインの受容体拮抗剤などを挙げることができる。
【0033】
本発明の担体は、標的細胞内に送達物を送達することが好ましいが、状況によっては、標的細胞の周囲に送達物を送達することが好ましい場合もある。例えば、炎症性サイトカインの発現を抑制するsiRNA、アンチセンス核酸などの物質は、フコシル化糖鎖を産生しない炎症性サイトカイン産生細胞にも送達することができ、これにより膵炎や肝炎などの、フコシル化糖鎖産生細胞に関連する疾患をより有効に処置することができる。
【0034】
本発明の担体が送達する物質や物体は、標識されていてもいなくてもよい。標識化により、運搬の成否や、標的細胞の増減などをモニタリングすることが可能となり、特に試験・研究レベルにおいて有用である。標識は、当業者に公知な任意のもの、例えば、任意の放射性同位体、磁性体、標識化物質に結合する物質(例えば抗体)、蛍光物質、フルオロフォア、化学発光物質、核磁気共鳴する元素(水素、リン、ナトリウム、フッ素等)、および酵素などから選択することができる。
本発明において「フコシル化糖鎖産生細胞用」とは、フコシル化糖鎖産生細胞を標的として使用するのに適していることを意味し、これは例えば、フコシル化糖鎖産生細胞に、フコシル化糖鎖非産生細胞よりも迅速、高効率かつ/または大量に物質を送達できることを含む。例えば、本発明の担体は、フコシル化糖鎖産生細胞に、フコシル化糖鎖非産生細胞に比べ、1.1倍以上、1.2倍以上、1.3倍以上、1.5倍以上、2倍以上、さらには3倍以上の速度および/または効率で物質を送達することができる。
【0035】
本発明はまた、前記担体と、前記フコシル化糖鎖産生細胞の活性または増殖を制御する薬物とを含む、フコシル化糖鎖産生細胞の活性または増殖を制御するための、またはフコシル化糖鎖産生細胞に関連する疾患を処置するための組成物、ならびに、前記担体の、これらの組成物の製造への使用に関する。
【0036】
本発明の組成物においては、担体に含まれるフコースが標的化分子として機能する態様で存在する限り、担体は、送達物をその内部に含んでも、送達物の外部に付着して存在しても、また、送達物と混合されていてもよい。したがって、投与経路や薬物放出様式などに応じて、上記組成物を、適切な材料、例えば、腸溶性のコーティングや、時限崩壊性の材料で被覆してもよく、また、適切な薬物放出システムに組み込んでもよい。
【0037】
本発明の組成物は、経口および非経口の両方を包含する種々の経路、例えば、限定することなく、経口、静脈内、筋肉内、皮下、局所、直腸、動脈内、門脈内、心室内、経粘膜、経皮、鼻内、腹腔内、肺内および子宮内等の経路で投与してもよく、各投与経路に適した剤形に製剤してもよい。かかる剤形および製剤方法は任意の公知のものを適宜採用することができる(例えば、標準薬剤学、渡辺喜照ら編、南江堂、2003年などを参照)。
例えば、経口投与に適した剤形としては、限定することなく、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、液剤、懸濁剤、乳剤、ゲル剤、シロップ剤などが挙げられ、また非経口投与に適した剤形としては、溶液性注射剤、懸濁性注射剤、乳濁性注射剤、用時調製型注射剤などの注射剤が挙げられる。非経口投与用製剤は、水性または非水性の等張性無菌溶液または懸濁液の形態であることができる。
【0038】
本発明の担体または組成物は、いずれの形態で供給されてもよいが、保存安定性の観点から、好ましくは用時調製可能な形態、例えば、医療の現場あるいはその近傍において、医師および/または薬剤師、看護士、もしくはその他のパラメディカルなどによって調製され得る形態で提供される。この場合、本発明の担体または組成物は、これらに必須の構成要素の少なくとも1つを含む1個または2個以上の容器として提供され、使用の前、例えば、24時間前以内、好ましくは3時間前以内、そしてより好ましくは使用の直前に調製される。調製に際しては、調製する場所において通常入手可能な試薬、溶媒、調剤器具などを適宜使用することができる。
【0039】
したがって、本発明はまた、フコース、および/または送達物、および/またはフコース以外の担体構成物質を、単独でもしくは組み合わせて含む1個または2個以上の容器を含む担体もしくは組成物の調製キット、ならびに、そのようなキットの形で提供される担体または組成物の必要構成要素にも関する。本発明のキットは、上記のほか、本発明の担体および組成物の調製方法や投与方法などに関する説明書や、CD、DVD等の電子記録媒体などを含んでいてもよい。また、本発明のキットは、本発明の担体または組成物を完成するための構成要素の全てを含んでいてもよいが、必ずしも全ての構成要素を含んでいなくてもよい。したがって、本発明のキットは、医療現場や、実験施設などで通常入手可能な試薬や溶媒、例えば、無菌水や、生理食塩水、ブドウ糖溶液などを含んでいなくてもよい。
【0040】
本発明はさらに、前記組成物の有効量を、それを必要とする対象に投与することを含む、フコシル化糖鎖産生細胞の活性または増殖を制御するための、またはフコシル化糖鎖産生細胞に関連する疾患を処置するための方法に関する。ここで、有効量とは、例えば、後者については、当該疾患の発症や再発を抑制し、症状を軽減し、または進行を遅延もしくは停止する量であり、好ましくは、当該疾患の発症および再発を予防し、または当該疾患を治癒する量である。また、投与による利益を超える悪影響が生じない量が好ましい。かかる量は、培養細胞などを用いたin vitro試験や、マウス、ラット、イヌまたはブタなどのモデル動物における試験により適宜決定することができ、このような試験法は当業者によく知られている。また、担体に含まれるフコース、および本発明の方法に用いる薬物の用量は当業者に公知であるか、または、上記の試験等により適宜決定することができる。
【0041】
本発明の方法において投与する組成物の具体的な用量は、処置を要する対象に関する種々の条件、例えば、症状の重篤度、対象の一般健康状態、年齢、体重、対象の性別、食事、投与の時期および頻度、併用している医薬、治療への反応性、および治療に対するコンプライアンスなどを考慮して決定され得る。
投与経路としては、経口および非経口の両方を包含する種々の経路、例えば、経口、静脈内、筋肉内、皮下、局所、直腸、動脈内、門脈内、心室内、経粘膜、経皮、鼻内、腹腔内、肺内および子宮内等の経路が含まれる。
投与頻度は、用いる組成物の性状や、上記のような対象の条件によって異なるが、例えば、1日多数回(すなわち1日2、3、4回または5回以上)、1日1回、数日毎(すなわち2、3、4、5、6、7日毎など)、1週間に数回(例えば、1週間に2、3、4回など)、1週間毎、数週間毎(すなわち2、3、4週間毎など)であってもよい。
【0042】
本発明の方法において、用語「対象」は、任意の生物個体を意味し、好ましくは動物、さらに好ましくは哺乳動物、さらに好ましくはヒトの個体である。本発明において、対象は健常であっても、何らかの疾患に罹患していてもよいものとするが、フコシル化糖鎖産生細胞に関連する疾患の処置が企図される場合には、典型的には当該疾患に罹患しているか、罹患するリスクを有する対象を意味する。
また、用語「処置」は、疾患の治癒、一時的寛解または予防などを目的とする医学的に許容される全ての種類の予防的および/または治療的介入を包含するものとする。例えば、「処置」の用語は、フコシル化糖鎖産生細胞に関連する疾患の進行の遅延または停止、病変の退縮または消失、当該疾患発症の予防または再発の防止などを含む、種々の目的の医学的に許容される介入を包含する。
【0043】
本発明はまた、上記担体を利用した、フコシル化糖鎖産生細胞への薬物送達方法に関する。この方法は、限定されずに、例えば、上記担体に送達物を担持させる工程と、送達物を担持した担体をフコシル化糖鎖産生細胞を含む生物や媒体、例えば培養培地などに投与または添加する工程とを含む。これらの工程は、公知の任意の方法や、本明細書中に記載された方法などに従って適宜達成することができる。上記送達方法はまた、別の送達方法、例えば、フコシル化糖鎖産生細胞が存在する臓器を標的とする他の送達方法などと組み合わせることもできる。また、上記方法は、in vitroでなされる態様も、体内のフコシル化糖鎖産生細胞を標的とする態様も含む。
【実施例】
【0044】
実施例1 各種膵癌細胞培養上清中の腫瘍マーカー濃度の検討
膵癌細胞株PK59、ASPC−1、MIAPaCaおよびPANC−1はATCCより、KP4およびPK45Hは理研バイオリソースセンターよりそれぞれ購入した。各種膵癌細胞株の細胞5×10個を25cmフラスコに播種し、無血清培地Opti−MEM(R)3mlで48時間培養した。培養上清中のフコシル化糖鎖抗原腫瘍マーカー、CA19−9、Span−1およびDupan−2の濃度はELISA法で検討した。結果を図2に示す。これに基づいて、PK59、ASPC−1をフコシル化糖鎖高産生株、MIAPaCa、PANC−1をフコシル化糖鎖低産生株とした。
【0045】
実施例2 各種膵癌細胞株におけるフコシルトランスフェラーゼの発現
PK59、ASPC−1、MIAPaCaおよびPANC−1の各細胞株につき、1×10個の細胞から全RNAを抽出し、RT−PCRを行った。各FUTのプライマーは非特許文献2に基づいて作製した。
【表1】

PCR産物を1.2%アガロースゲルで泳動後、発現をUV下で観察した。結果を図1に示す。これに基づいて、PK59、ASPC−1をフコシルトランスフェラーゼ高発現株、MIAPaCa、PANC−1を低発現株とした。
【0046】
実施例3 各種膵癌細胞におけるフコース結合機構の存在
フコシル化糖鎖高産生株ASPC−1と、フコシル化糖鎖低産生株PANC−1におけるフコース(特に記載がない限りL−フコースを指す)の結合を放射性標識フコースを用いて検討した。
12ウェルのカルチャープレートに1×10個の細胞を播種後、1晩培養し、0〜200nMの濃度にBSA−PBSで希釈した14C−フコース(比活性:55mCi/mmol)を細胞に添加し4℃で1時間培養した。冷BSA−PBSで洗浄後、1%TritonX100/PBS−0.25%トリプシンで細胞を可溶化し、細胞膜に結合した14C−フコースの放射活性を測定した(図3および4)。
また、別な実験では、12ウェルのカルチャープレートに2×10個の細胞を播種後、1晩培養し、10nmolの14C−フコース(比活性:55mCi/mmol)を、単独で、または、1μmolのフコースとともに添加し、4℃で、1、3または24時間培養した。各条件の細胞を冷BSA−PBSで洗浄後、1%TritonX100/PBS−0.25%トリプシンで可溶化し、14C−フコースの放射活性を測定した(図5)。
これらの結果より、フコースが、受容体様の機構を介して、ASPC−1およびPANC−1に結合し、その親和性がフコシル化糖鎖高産生株であるASPC−1においてより高いことが判明した。また、14C−フコースの結合が、非標識フコースにより阻害されたことから、この機構がフコース特異的なものであることも明らかとなった。これは、フコシル化糖鎖産生細胞、特にフコシル化糖鎖高産生細胞において、フコース特異的な受容体様の結合機構が存在することを示すものである。
【0047】
実施例4 フコシル化リポソームによるsiRNAの導入
リポソーム(Lipotrust、10nmol)とL−フコース(0〜20nmol)(SIGMA, MO, USA)を懸濁し、5分間室温で放置した後、マイクロパーティションシステム(Sartorion VIVASPIN 5000MWCO PES)により遊離フコースを除去した。次にFAM標識siRNA(random)(センス鎖:5'-CGAUUCGCUAGACCGGCUUCAUUGCAG-3'(配列番号17)、アンチセンス鎖:5'-GCAAUGAAGCCGGUCUAGCGAAUCGAU-3'(配列番号18))を加えインキュベーション後、チャンバースライドに播種したASPC−1細胞に添加し、1時間培養した。培養後、細胞をPBSで洗浄し4%パラホルムアルデヒドで固定後、PBSで洗浄し、DAPIで対比染色して蛍光顕微鏡下に観察した。その結果、リポソーム:フコースのモル比は1:1が最も高い導入効率であることが判明した(図6および7)。
【0048】
実施例5 フコシル化リポソームによる導入に対するフコースの影響
siRNAの導入が、フコシル化糖鎖産生細胞に存在するフコース特異的な受容体様の結合機構によるものであることを確認するため、過剰のフコース存在下におけるsiRNA導入効率を検討した。リポソーム(Lipotrust、10nmol)とフコース(10nmol)を懸濁し、5分間室温で放置した後、マイクロパーティションシステム(Sartorion VIVASPIN 5000MWCO PES)により遊離フコースを除去した。次に上記と同じFAM標識siRNA(random)を加えインキュベーション後、チャンバースライドに播種したASPC−1細胞に添加し、1時間培養した(Liposome+F)。また、リポソーム単独群(Liposome)、リポソーム添加前10分間、1μmol(×100)のフコースを加えプレインキュベーションした群(Liposome+F+CE)も同時に検討した。培養後、細胞をPBSで洗浄し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、PBSで洗浄し、DAPIで対比染色して蛍光顕微鏡下に観察した。その結果、フコースの存在によりsiRNAの導入が顕著に抑制された(図8)。すなわち、過剰量のフコースによりsiRNAの導入が阻害されたことから、フコシル化リポソームによるsiRNAの導入は、フコース特異的な受容体様の結合機構を介していることが示唆された。
【0049】
実施例6 各種膵癌細胞株におけるsiRNA導入効率の比較
フコシル化糖鎖高産生株と低産生株におけるフコシル化リポソームによるsiRNA導入効率の検討を行った。前述の方法に従い、フコシル化リポソームを作製し、高産生株(PK59、ASPC−1)と低産生株(MIAPaCa、PANC−1)におけるFAM−siRNAの導入を蛍光顕微鏡下で観察した。この結果、高産生株においては細胞内に多量のFAMの緑色が認められたのに対し、低産生株における細胞内のFAMの緑色は顕著に少なかった(図9および10)。これは、フコシル化リポソームが、フコシル化糖鎖の産生量依存的に細胞に物質を送達することを示すものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フコースを含む、フコシル化糖鎖産生細胞用物質送達担体。
【請求項2】
フコースがL−フコースである、請求項1に記載の担体。
【請求項3】
フコシル化糖鎖がI型糖鎖である、請求項1または2に記載の担体。
【請求項4】
フコシル化糖鎖産生細胞が、フコシルトランスフェラーゼを発現する、請求項1〜3のいずれかに記載の担体。
【請求項5】
フコシルトランスフェラーゼが、FUT1、FUT2、FUT3およびFUT4からなる群から選択される、請求項4に記載の担体。
【請求項6】
高分子ミセル、リポソーム、エマルジョン、微小球およびナノ小球から選択される形態を有する、請求項1〜5のいずれかに記載の担体。
【請求項7】
リポソームの形態を有し、フコースと、リポソームに含まれる脂質とのモル比が8:1〜1:8である、請求項6に記載の担体。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の担体と、フコシル化糖鎖産生細胞に関連する疾患を処置するための薬物とを含む、フコシル化糖鎖産生細胞に関連する疾患を処置するための組成物。
【請求項9】
疾患が、腫瘍性疾患および炎症性疾患からなる群から選択される、請求項8に記載の組成物。
【請求項10】
フコシル化糖鎖産生細胞の活性または増殖を制御する薬物が抗炎症剤および抗腫瘍剤からなる群から選択される、請求項9に記載の組成物。
【請求項11】
薬物と、担体とを、医療の現場またはその近傍で混合してなる、請求項8〜10のいずれかに記載の組成物。
【請求項12】
フコシル化糖鎖産生細胞の活性または増殖を制御する薬物、フコース、ならびに、必要に応じてフコース以外の担体構成物質を、単独でまたは組み合わせて含む1つまたはそれ以上の容器を含む、請求項8〜11のいずれかに記載の組成物の調製キット。
【請求項13】
請求項1〜7のいずれかに記載の担体を利用した、in vitroでフコシル化糖鎖産生細胞へ物質を送達する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−235564(P2010−235564A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−88149(P2009−88149)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【出願人】(509092247)
【出願人】(509091516)
【Fターム(参考)】