フラーレン膜の製造方法およびフラーレン膜
【課題】湿式法により容易に製造でき、かつ量産も可能であり、フラーレン本来の性質を損なうことなく保持でき、さらに熱分解によって発生する分解物が分解温度において窒素化合物を含まない気体であり、前記分解物が膜内に残留することのないフラーレン膜を形成することが可能な、フラーレン誘導体を原料とするフラーレン膜の製造方法の提供。
【解決手段】100℃〜400℃で熱分解し、熱分解によって発生する分解物が分解温度において窒素化合物を含まない気体であるフラーレン誘導体の溶液を基材上に塗布して得られる塗布膜を、前記フラーレン誘導体の熱分解温度よりも高く、前記フラーレンの熱分解温度よりも低い温度で加熱して、前記フラーレン誘導体の少なくとも一部を熱分解させることを特徴とするフラーレン膜の製造方法。
【解決手段】100℃〜400℃で熱分解し、熱分解によって発生する分解物が分解温度において窒素化合物を含まない気体であるフラーレン誘導体の溶液を基材上に塗布して得られる塗布膜を、前記フラーレン誘導体の熱分解温度よりも高く、前記フラーレンの熱分解温度よりも低い温度で加熱して、前記フラーレン誘導体の少なくとも一部を熱分解させることを特徴とするフラーレン膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラーレン膜の製造方法、および該製造方法により製造されたフラーレン膜に関し、さらに詳細には、湿式法のような簡便な方法により容易に製膜が可能であり、フラーレン本来の性質を損なうことなく保持でき、さらに熱分解によって発生する分解物が分解温度において窒素化合物を含まない気体であることから製造環境を汚染することなく、また膜内に残留することが無いため均質なフラーレン膜を形成することが可能である、フラーレン誘導体を原料とするフラーレン膜の製造方法、および該製造方法により製造されたフラーレン膜に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素系材料は、ダイヤモンドや黒鉛(グラファイト)等のバルク材料として古くから利用されてきたが、近年コーティング材料や機能性薄膜材料としても注目を集めつつある。中でも、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)に代表されるアモルファス炭素系薄膜は、摩擦係数が低く平滑性および耐磨耗性に優れるため、アルミニウム加工用金型、工具等の保護膜、光学素子の保護膜、磁気ヘッドの摺動面へのコーティング等に用いられている。
【0003】
アモルファス炭素系薄膜の形成には、高周波プラズマ法やイオン化蒸着法などの気相成長法が主に用いられている。しかし、これらはいずれも大型の真空機器を必要とするため、製膜コストが高くなるとともに、大面積の製膜には適していない。
また、近年注目を集める炭素系材料にフラーレン(fullerene)がある。フラーレンは、球状の閉殻構造を有する炭素分子の総称であり、紫外線吸収特性、光導電性、光増感特性等の、分子構造に由来するユニークな性質を有しているため、有機半導体等の電子材料、機能性光学材料、従来のアモルファス系炭素薄膜に代わるコーティング材料等への幅広い応用が期待されており、基材上へのフラーレン薄膜の形成に関する検討が近年盛んに行われている。
【0004】
フラーレンはグラファイトと比較して熱伝導率が約100倍低いため、フラーレン膜は通常の炭素膜に比べて好適な熱保護膜としての利用が期待される。
また、フラーレンは電気伝導率が非常に低いため、絶縁膜としての利用や、カラーフィルターの高抵抗ブラックマトリックスとしての用途が期待される。
また、フラーレンは有機n型半導体分子として優れた特性を有することから、有機半導体薄膜としての利用が期待される。また、フラーレンは優れたラジカルトラップ性を有しており、潤滑膜として使用した場合、併用する潤滑油の劣化防止の効果が期待できる。
【0005】
一方、フラーレン及びフラーレン誘導体よりなる薄膜は高いエッチング耐性を有するため、半導体素子等の製造工程における微細加工に用いられる多層レジストの下層膜形成材料としての利用が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
また、フラーレンを利用したレジスト組成物のエッチング耐性等の性能向上は、幾つかの報告がされている(特許文献2、非特許文献1、及び非特許文献2)。
【0006】
しかしながら、フラーレン薄膜を気相成長法により形成することは非常に困難であるため、溶媒キャスト法等の湿式法によるフラーレン薄膜の形成に関する検討がなされてきた(例えば、非特許文献3参照)。しかしながら、フラーレンは溶媒に対する溶解性が低い上に、対称性の高い球状の分子構造を有しているため配向性が低い。そのため、十分な膜厚を有し、フラーレン分子が規則的に配向した膜を溶媒キャスト法等の湿式法により得ることは困難である。
【0007】
一方で、フラーレンの膜形成特性および溶媒に対する溶解性を向上させるために、各種フラーレン誘導体の検討がなされ、種々の誘導体が提示されている(例えば特許文献3参照)。また、フラーレン誘導体を用いた製膜方法も検討されている。例えば、非特許文献4では、化学修飾したフラーレン誘導体を用いて、導電性基板上にLB膜または自己集合単分子膜(SAM)を形成させる手法が開示されている。また、特許文献4では、フラーレンと液晶性官能基とを結合した構造を有するフラーレン誘導体を基板上に積層した構造体が開示されている。
【0008】
しかしながら、付加反応によりフラーレンの炭素原子上へ官能基を導入すると、π電子の共役パターンが変化してしまい、フラーレン本来の性質を保持したまま薄膜材料を得ることが困難となる場合がある。
特許文献5において、フラーレン誘導体溶液をスピンコートのような湿式法で薄膜化し、その後加熱しフラーレン誘導体の官能基を加熱分解し、フラーレン本来の性質を保持したフラーレン膜についての検討がなされている。また、特許文献6及び7ではアミノ基を付加したアミノ化フラーレンを同様の手法でフラーレン膜とし、半導体製造に用いるレジスト下層膜形成組成物に用いることが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2006−227391号公報
【特許文献2】特許第3515326号公報
【特許文献3】特開2006−199674号公報
【特許文献4】特開2003−238490号公報
【特許文献5】特開2008−202029号公報
【特許文献6】国際公開第2008/062888号
【特許文献7】特開2008−164806号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Jpn.J.Appl.Phs.Vol.39(2000)pp.L1068−1070
【非特許文献2】Jpn.J.Appl.Phs.Vol.40(2001)pp.L478−480
【非特許文献3】パベル・ヤンダ(Pavel Janda)他、「アドバンスト・マテリアルズ(Advanced Materials)」、(ドイツ)、ワイリーVCH社(WileyVCH Verlag)、1998年12月、第10巻、第17号、p.1434−1438
【非特許文献4】今堀博他、「ジャーナル・オブ・フィジカル・ケミストリー B(Journal of Physical Chemistry B)」、(米国)、アメリカ化学会(American Chemical Society)、1999年8月10日、第103巻、第34号、p.7233−7237
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、これらの方法によると、加熱により発生する分解物が分解温度で液体もしくは固体である場合が殆どであり、製造環境を汚染する可能性があり、特に半導体製造のような極めて高いクリーン度が求められる製造環境には不向きである。また、分解物の沸点が高い場合には分解物が膜中に残留する可能性があり、膜質の均一性を損なわせ膜質の悪化を引き起こすことが予想される。さらに、特許文献6及び7のように窒素を含むフラーレン誘導体を半導体製造に用いた場合、分解物が分解温度において気体であったとしても、分解物が塩基性の含窒素化合物であるために、化学増幅型レジストのように塩基性不純物によってその特性に大きな影響がある材料を使用する製造工程においては、製品の品質低下を引き起こすことが考えられ、使用上適当ではない。
【0012】
又、特許文献5には、窒素を含まない誘導体も記載されているが、熱分解温度が500℃近辺にあり、フラーレンの熱分解温度に近いため、熱分解により得られるフラーレンが、フラーレンが本来有する性能を満足しないことがある。また、ホットプレートを用いて加熱を行う場合、通常使用されるホットプレートの加熱の上限は300℃であり、高温用でも400℃程度であることから、実用上適当ではない。
【0013】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたもので、湿式法により容易に製造でき、かつ量産も可能であり、フラーレン本来の性質を損なうことなく保持でき、さらに熱分解によって発生する分解物が分解温度において窒素化合物を含まない気体であることから製造環境を汚染することなく、また膜内に残留することが無いため均質なフラーレン膜を形成することが可能であるフラーレン誘導体を原料とするフラーレン膜の製造方法および該製造方法により製造されたフラーレン膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の要旨は、熱分解温度が400℃以下であり、熱分解によって発生する分解物が分解温度において窒素化合物を含まない気体であるフラーレン誘導体の溶液を基材上に塗布して得られる塗布膜を、前記フラーレン誘導体の熱分解温度よりも高く、前記フラーレンの熱分解温度よりも低い温度で加熱して、前記フラーレン誘導体の少なくとも一部を熱分解させることを特徴とするフラーレン膜の製造方法に存する。
【0015】
そして、本発明の別の要旨は、上記フラーレンの製造方法により得られるフラーレン膜に存する。
【0016】
即ち、本発明の要旨は、下記(1)〜(14)に存する。
(1) 熱分解温度が400℃以下であり、熱分解によって発生する分解物が分解温度において窒素化合物を含まない気体であるフラーレン誘導体の溶液を基材上に塗布して得られる塗布膜を、前記フラーレン誘導体の熱分解温度よりも高く、前記フラーレンの熱分解温度よりも低い温度で加熱して、前記フラーレン誘導体の少なくとも一部を熱分解させることを特徴とするフラーレン膜の製造方法。
(2) 好ましくは、前記フラーレン誘導体の熱分解によって発生する分解物が、1気圧下100℃において気体であることを特徴とする、(1)に記載のフラーレン膜の製造方法。
【0017】
(3) 好ましくは、前記フラーレン誘導体が、下記の一般式(1)で表される部分構造がフラーレンと結合していることを特徴とする(1)または(2)に記載のフラーレン膜の製造方法。
【化1】
(上記式(1)中、Aはフラーレン骨格との結合部位を表し、酸素原子、硫黄原子、燐原子、炭素数1以上6以下の炭素鎖、−Ar−O−(但し、Arは置換基を有してもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基を表しフラーレン骨格と結合している)、フラーレン骨格の炭素を含んだ置換されていてもよい環状脂肪族基、又は置換されていてもよい芳香族炭化水素基を表す。mは0以上6以下の整数を表し、nは0又は1の整数を表し、pは1以上3以下の整数を表し、qは1以上46以下の整数を表す。Rは炭素数1以上20以下の有機基を表す。)
【0018】
(4) 好ましくは、上記式(1)で表されるnが1であることを特徴とする(3)に記載のフラーレン膜の製造方法。
(5) 好ましくは、上記式(1)で表される有機基Rが、tert−ブチル基であることを特徴とする(3)又は(4)に記載のフラーレン膜の製造方法。
(6) 好ましくは、上記式(1)で表されるフラーレン骨格との結合部位Aが酸素原子であることを特徴とする(3)〜(5)のいずれか一項に記載のフラーレン膜の製造方法。
(7) 好ましくは、上記式(1)で表されるmが1であることを特徴とする(6)に記載のフラーレン膜の製造方法。
【0019】
(8) 好ましくは、上記式(1)で表されるフラーレン骨格との結合部位Aが、下記式(2)で表される、置換基を有してもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基であることを特徴とする(3)〜(5)のいずれか1項に記載のフラーレン膜の製造方法。
【0020】
【化2】
【0021】
(上記式(2)において、Arは置換基を有してもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基を表しフラーレン骨格と結合している。)
(9) 好ましくは、上記式(1)で表されるフラーレン骨格との結合部位Aが、下記式(3)で表されるフラーレン骨格の炭素を含んだ置換されてもよい環状脂肪族基であることを特徴とする(3)〜(5)のいずれか1項に記載のフラーレン膜の製造方法。
【0022】
【化3】
【0023】
(上記式(3)において、2つのCfはフラーレン骨格上の隣接する2つの炭素原子を表し、aは1以上4以下の整数を表す。また、結合部位Aのフラーレン骨格に結合しない側の結合手は、環状脂肪族基のメチレン鎖上の一箇所に存在する。)
【0024】
(10) 好ましくは、上記式(3)で表されるaが1であることを特徴とする(9)に記載のフラーレン膜の製造方法。
(11) 好ましくは、上記式(1)で表されるmが0であることを特徴とする(9)または(10)に記載のフラーレン膜の製造方法。
(12) 好ましくは、上記式(1)で表されるpが2であることを特徴とする(9)〜(11)のいずれか1項に記載のフラーレン膜の製造方法。
(13) 好ましくは、上記フラーレンの骨格がフラーレンC60及び/又はC70を含むことを特徴とする(1)〜(12)のいずれか1項に記載のフラーレン膜の製造方法。
(14) (1)〜(13)のいずれか1項に記載の方法で製造されたフラーレン膜。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、熱分解可能なフラーレン誘導体を用いて、例えば、湿式法等の簡便な方法によって得られた塗布膜を加熱分解することでフラーレン膜を得ることができるため、蒸着法等の気相成長法により製造されたフラーレン膜よりも膜厚が大きく、より面積の大きいフラーレン膜が容易に得られる。また、フラーレン誘導体の加熱分解によって発生する分解物が分解温度において窒素化合物を含まない気体であるため、製造環境を汚染することなく、また製造した膜内に残留することが無いため均質なフラーレン膜を形成することが可能である。しかも、本発明の方法で使用するフラーレン誘導体は、分解温度がフラーレンの分解温度よりも低いフラーレン誘導体であるため、フラーレン膜形成時の加熱によるフラーレンの閉殻構造の破壊が防止され、フラーレン構造の含有率が高く、フラーレン本来の性質を損なうことなく保持したフラーレン膜を得ることができる。得られるフラーレン膜は密度の高い緻密な膜となることから、より高強度、高エッチング耐性を備えていると考えられる。また、不純物となる分解物が膜内に残留しないことから、半導体特性の向上が予想される。
【0026】
さらに、本発明のフラーレン膜の製造には蒸着装置のような高価な機器を必要とせず、フラーレン誘導体そのものの性質を利用することにより、湿式法で製造することができるため、低コストでフラーレン膜を容易に製造することができる。すなわち、本発明によれば、フラーレン膜を容易に、かつ安価に高効率で製造することができる。
本発明により得られたフラーレン膜は、フラーレンの低い熱伝導率、低い電気伝導率や高いエッチング耐性を生かした様々な分野で用いる上で好適である。
【0027】
例えば、有機半導体薄膜、光電性膜等の機能性薄膜、電池用薄膜、金属、プラスチック、およびセラミックス材料の摺動表面の潤滑膜、耐腐食性、耐酸化性に優れた膜として熱水や化学薬品が接する工業プラント製品の保護膜として利用することができる。また、潤滑膜として用いる場合、形成された潤滑膜の表面に潤滑油を塗布することができ、この場合、本発明の方法により形成されるフラーレン膜には、潤滑油の潤滑性を向上させかつ潤滑油内で生成するラジカルをトラップさせることによる劣化防止効果も期待できる。あるいは、さらに熱処理を行い、DLC膜やアモルファスカーボン膜に変換することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】フラーレン[60]のTG−DTA(熱重量―示差熱)測定を空気雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図2】フラーレン[60]のTG−DTA(熱重量―示差熱)測定を窒素雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図3】化合物1のTG−DTA(熱重量―示差熱)測定を空気雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図4】化合物1のTG−DTA(熱重量―示差熱)測定を窒素雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図5】化合物1のTG(熱重量)測定を空気雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図6】化合物2のTG(熱重量)測定を空気雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図7】化合物3のTG(熱重量)測定を空気雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図8】化合物4のTG(熱重量)測定を空気雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図9】化合物5のTG(熱重量)測定を空気雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図10】化合物6のTG(熱重量)測定を空気雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図11】化合物1のTG(熱重量)測定を窒素雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図12】化合物2のTG(熱重量)測定を窒素雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図13】化合物3のTG(熱重量)測定を窒素雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図14】化合物4のTG(熱重量)測定を窒素雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図15】化合物5のTG(熱重量)測定を窒素雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図16】化合物6のTG(熱重量)測定を窒素雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図17】化合物8のTG(熱重量)測定を空気雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図18】化合物8のTG(熱重量)測定を窒素雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図19】化合物9のTG(熱重量)測定を空気雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図20】化合物9のTG(熱重量)測定を窒素雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の一実施の形態に係るフラーレン膜の製造方法および該製造方法により製造されるフラーレン膜について詳細に説明するが、本発明は以下の説明に制限されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において任意に変形して実施することができる。
(1)フラーレン及びその誘導体の概要
1)フラーレン及びフラーレン誘導体
フラーレンは、炭素原子が中空状の閉殻構造をなす炭素クラスターであり、当該閉殻構造を形成する炭素数は、通常60〜130の偶数である。フラーレンの具体例としては、C60、C70、C76、C78、C82、C84、C90、C94、及びC96のほか、これらよりも多くの炭素を有する高次の炭素クラスターを挙げることができる。フラーレン膜の製造には、これらの各フラーレンおよび上記フラーレンが2種類以上混合されたフラーレン混合物を適宜使用可能であり、その炭素数は特に限定されるものではないが、容易に製造が可能である等の観点から、C60フラーレンまたはこれを主体とするフラーレン混合物を用いることが好ましい。
【0030】
「フラーレン誘導体」とは、フラーレンの炭素原子に有機または無機の原子団を結合させた化合物または組成物の総称をいう。例えばフラーレン骨格上に所定の置換基が付加した構造を有するもののほか、内部に金属や分子を包含しているフラーレン金属錯体を含めたもの等を広く意味するものとする。また、組成物としては、炭素数が同一で、付加基、置換基等の異なるフラーレン化合物の混合物、炭素数が異なり、且つ付加基、置換基等の異なるフラ−レン化合物の混合物等が挙げられる。
具体的には、水素化フラーレン、酸化フラーレン、水酸化フラーレン、アミノ化フラーレン、硫化フラーレン、ハロゲン(F、Cl、Br、I)化フラーレン、フレロイド、メタノフラーレン、ピロリジノフラーレン、アルキル化フラーレン類、アリール化フラーレン類等が挙げられる。これらのフラーレン誘導体において、フラーレン骨格に付加する置換基の数は複数であってもよく、2種類以上の異なる種類の置換基が付加していてもよい。
【0031】
なお、フラーレン誘導体は、1種類を単独で用いても、複数種を併用してもよい。このうち、フラーレン製造時における主生成物であり入手容易な点から、C60およびC70の誘導体が好ましく、これらの混合物の誘導体あるいはC60の誘導体がより好ましい。すなわち、フラーレン骨格がC60またはC70であるものが好ましく、フラーレン骨格がC60とC70の混合物、あるいはC60であるものがより好ましい。
以下、炭素数Xのフラーレンを「[X]フラーレン」と表す。例えばC60のフラーレンは[60]フラーレンと表される。
【0032】
フラーレンの「骨格」とは、フラーレンまたはフラーレン誘導体の閉殻構造を構成する炭素骨格をいう。
【0033】
2)フラーレン及びその誘導体の熱分解
「フラーレンの熱分解」とは、加熱によりフラーレンの球状の閉殻構造が破壊され、フラーレンとしての構造を有しない状態になることをいい、「フラーレンの熱分解温度」とは、加熱によりフラーレンの球状の閉殻構造が破壊され、フラーレンとしての構造を有しない状態になる温度のことをいう。
【0034】
酸素雰囲気下においては、フラーレンの熱分解は、酸化燃焼によるフラーレンの球状の閉殻構造の破壊として進行し、熱分解温度はその酸化燃焼が起こる温度をさす。酸素雰囲気下におけるフラーレンの熱分解温度は、通常500℃以上である。
また、不活性雰囲気下においては、フラーレンの熱分解は、昇華によるフラーレンの球状の閉殻構造の消失として進行し、熱分解温度はその昇華が起こる温度をさす。不活性雰囲気下におけるフラーレンの熱分解温度は、通常700℃以上である。
【0035】
また「フラーレン誘導体の熱分解」とは、加熱処理によりフラーレン骨格に結合させた有機または無機の原子団、好ましくは、フラーレン表面に結合した置換基がフラーレンの球状の閉殻構造が破壊されることなく、脱離あるいは分解し、フラーレン膜およびフラーレン重合体を生成する任意の反応をいう。
【0036】
フラーレン誘導体の熱分解時の雰囲気は特に制限は無く、大気中のような含酸素雰囲気下でも窒素雰囲気下、減圧下、真空下等の不活性雰囲気下でも構わないが、好ましくは酸化燃焼と熱分解の区別が明確であり、酸化燃焼が起こりにくい、酸素を含まない不活性雰囲気下が好ましく、より具体的には窒素雰囲気下、その他の不活性ガス雰囲気下、あるいはそれらの混合雰囲気下、減圧下、あるいは真空下のいずれかが好ましい。
【0037】
「フラーレン誘導体の熱分解温度」とは、加熱処理によりフラーレン骨格に結合させた有機または無機の原子団、好ましくはフラーレン表面に結合した置換基が脱離あるいは分解を開始する温度であり、その温度については熱重量−示差熱分析(以下「TG−DTA」と略記することがある)による熱分析において重量減少を開始する温度を用いることが出来る。
また、熱分解に際しては、フラーレン誘導体は、酸もしくは加熱あるいは露光により酸を発生する酸発生剤を含有していても良い。前記酸発生剤は、例えば熱酸発生剤と光酸発生剤を併用することも出来る。
【0038】
3)フラーレン重合体とフラーレン膜
「フラーレン重合体」とは、フラーレンの球状の閉殻構造を有したままフラーレンの分子同士が重合したものをいい、より具体的には、X線回折(XRD)解析にてフラーレン特有の回折パターンを有し、かつフラーレン、あるいはフラーレン誘導体が熱処理前に可溶であった溶媒に対して不溶化しているフラーレンの閉殻構造を有する分子の集合体をいう。
【0039】
フラーレン重合体としては、例えば複数のフラーレンの閉殻構造を形成する炭素同士が結合し、フラーレン類の二量体、多量体あるいは分子集合体を形成した構造が考えられる。閉殻構造が維持されていればフラーレン重合体の構造内に炭素以外の原子、例えば熱分解前のフラーレン誘導体が有していた置換基由来の酸素、硫黄等の原子が含まれていてもよい。
【0040】
以下、フラーレン重合体により形成された膜状物を「フラーレン重合体膜」といい、また「フラーレン膜」とは、フラーレンの球状の閉殻構造を有した膜状物を指し、具体的にはフラーレン分子の閉殻構造を維持した状態で形成された膜状物をいい、上記フラーレン重合体の膜を含む概念である。
【0041】
フラーレン膜は、通常フラーレンの球状の閉殻構造を10重量%以上含み、好ましくは20重量%以上、より好ましくは30重量%以上含む。
ここでいう「フラーレン膜」は、例えばフラーレンと熱硬化性樹脂との組成物を原料としてフラーレンが物理的に樹脂膜中に取り込まれて膜状に形成されたものとは異なり、フラーレン自体が反応、重合等により膜状物を形成したものをいう。
【0042】
具体的には、XRD解析においてフラーレン特有の回折パターンを有し、かつフラーレンが可溶な溶媒に不溶化している膜状物をいう。フラーレン分子の閉殻構造が維持されていれば、重合体の構造内に炭素以外の原子、例えば熱分解前のフラーレン誘導体が有していた置換基由来の窒素、酸素、硫黄等の原子が含まれていてもよい。
【0043】
また「フラーレン膜」にはフラーレン重合体のみならず、その他の成分を含んでいてもよく、例えば重合していないフラーレンや、熱分解していないフラーレン誘導体、フラーレンの閉殻構造が破壊された炭素原子、分子等を含んでいてもよい。
上記のフラーレン重合体からなるフラーレン膜は、通常10%以上のフラーレン重合体を含む。
【0044】
尚、均一な膜を形成することで、例えば分光エリプソメーター等を用いて本発明の膜の屈折率(n値)及び消衰係数(k値)(以下、これらをまとめて、適宜「光学定数」と言う。)を測定することができる。また、これらの測定値を用い、本発明の方法で得られた膜の誘電率、反射率等を計算することができる。これらの光学定数は、そのフラーレン誘導体膜の用途によって、また同じ用途でもプロセスの種類、フラーレン誘導体膜に含有される他の成分の種類及び量等によって求められる数値が大きく異なる。従って、本発明の方法で得られた膜が有する優れた物性を効果的に活用できる用途に用いることが好ましい。
【0045】
(2)フラーレン誘導体の特性及び製造方法
1)フラーレン誘導体の特性とその構造
本発明において用いるフラーレン誘導体は、その熱分解温度が400℃以下であり、熱分解によって発生する分解物が分解温度において窒素化合物を含まない気体である必要がある。
前記フラーレン誘導体の熱分解温度は400℃以下であるが、300℃以下がより好ましく、通常100℃以上、好ましくは200℃以上である。
前記フラーレン誘導体の熱分解温度が低すぎる場合、フラーレン誘導体やフラーレン誘導体膜が安定性に乏しくなるという問題が起きることがあり、高すぎる場合にはプロセスへの適応性に乏しくなったり、得られるフラーレン膜中のフラーレン構造が破壊され、フラーレン本来の性能を損なうことがある。
【0046】
なお、上記フラーレン誘導体のフラーレン骨格に結合された有機または無機の原子団は、400℃以下の温度で分解し、熱分解によって発生する分解物は、分解温度において気体である。前記分解物が気体である温度は1気圧で400℃以下であることが好ましく、より好ましくは1気圧で300℃以下であることが好ましく、さらに好ましくは1気圧で200℃以下であることが好ましく、特に好ましくは1気圧で100℃以下である。即ち、フラーレン誘導体の熱分解によって発生する分解物が、1気圧下100℃において気体であるのが最も好ましい。
【0047】
また、フラーレン誘導体が熱分解によって発生する分解物が、分解温度において塩基性の窒素化合物を含む場合、得られるフラーレン膜に塩基性化合物が付着し、化学増幅型レジスト等の用途において製品の品質が低下する等の不都合を生じることがあり、好ましくない。
本発明のフラーレン膜の製造方法において用いることの出来るフラーレン誘導体は、上記の物性を満足するものであって、且つ、下記の一般式(1)で表される部分構造がフラーレンと結合しているものから選ばれるのが好ましい。
【0048】
【化4】
【0049】
(上記式(1)中、Aはフラーレン骨格との結合部位を表し、酸素原子、硫黄原子、燐原子、炭素数1以上6以下の炭素鎖、−Ar−O−(但し、Arは置換基を有してもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基を表し、フラーレン骨格と結合している)、フラーレン骨格の炭素を含んだ置換されていてもよい環状脂肪族基、又は置換されていてもよい芳香族炭化水素基を表す。mは0以上6以下の整数を表し、nは0又は1の整数を表し、pは1以上3以下の整数を表し、qは1以上46以下の整数を表す。Rは炭素数1以上20以下の有機基を表す。)
【0050】
フラーレンの具体例としては、C60、C70、C76、C78、C82、C84、C90、C94、C96及びこれらよりも多くの炭素を有する高次の炭素クラスター等が挙げられる。
なお、本明細書では、炭素数i(ここでiは任意の自然数を表わす。)のフラーレン骨格を適宜、一般式「Ci」で表わす。
上記式(1)において、Aで表される炭素数1以上6以下の炭素鎖としては、2〜4価の鎖状炭化水素鎖が挙げられるが、中でも合成の容易さの点からアルキレン鎖が好ましい。
置換されていてもよい芳香族炭化水素基としては、炭素数6〜18の2価の芳香族炭化水素基が挙げられ、好ましくは、フェニレン基、ナフタレン基等を表す。
【0051】
上記式(1)で表されるフラーレン誘導体のAは、酸素原子、下記式(2)で表されるフェノキシ構造、または下記式(3)の環状構造から選ばれる基であることが好ましい。
【0052】
【化5】
【0053】
(但し、Arは置換基を有してもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基を表しフラーレン骨格と結合している。)
【0054】
【化6】
【0055】
(但し、aは1以上4以下の整数を表し、2つのCfはフラーレン骨格上の炭素原子を表す。また、結合部位Aのフラーレン骨格に結合しない側の結合手は、環状脂肪族基のメチレン鎖上の一箇所に存在する。なお、2つのCfは、具体的には隣接する2つの6員環の間で(6,6)結合を形成する2つの炭素原子である。)
【0056】
上記式(1)においてメチレン鎖の数mは0以上6以下であるが、プロピレングリコールメチルアセテート(以下PGMEAと略す)等のエステル溶媒へ高濃度で溶解させるためには、メチレン鎖を有していた方が良く、好ましいmは4以下である。またメチレン鎖の数mは0か1のものが原料調達の観点から好ましい。
また、上記メチレン鎖には、本発明に係るフラーレン誘導体の優れた物性を大幅に損なうものでなければ、他の有機基が置換されていてもよい。
【0057】
上記式(1)において、nは0又は1を表すが、中でも、PGMEA等のエステル溶媒へ溶解度を向上させる観点から、酸素原子の数nは1であることが好ましい。またpは1以上3以下の整数であるが、合成上の容易さを考慮すると、pは1又は2であるのが好ましい。
上記式(1)においてRは炭素数1以上20以下の有機基を表す。Rの好ましい炭素数は1以上15以下であり、原料調達の観点から、炭素数1以上10以下の直鎖状または分岐状のアルキル鎖が好ましい。
Rの具体例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、イソプロピル基、sec−ブチル基、iso−ブチル基、tert−ブチル基、tert−アミル基、ネオペンチル基、2−メチルブチル基、3−メチルブチル基等の直鎖又は分岐状の鎖状アルキル基;シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基、ノルボルニル基、トリシクロデカニル基、アダマンチル基等の環状アルキル基;アリル基、クロチル基、シンナミル基等のアルケニル基;フェニル基、ビフェニル基、ナフチル基等のアリール基が挙げられる。
【0058】
更に、酸解離性、熱分解性挙動の観点から、酸素原子もしくはカルボニル基が結合している炭素原子が、第三級炭素原子であるアルキル基が好ましい。具体的には、tert−ブチル基、tert−アミル基、1,1-ジエチルプロピル基、1−メチルシクロペンチル基、1−メチルシクロヘキシル基、1−エチルシクロペンチル基、1−エチルシクロヘキシル基、1−ブチルシクロペンチル基、1−ブチルシクロヘキシル基、2−メチル−2−アダマンチル基等が挙げられる。これらの中でも、加熱分解後の分解物が気体であると言う観点からtert−ブチル基が最も好ましい。
【0059】
また、これら有機基Rは、本発明の方法で得られるフラーレン膜の優れた物性を大幅に損なうものでなければ、他の置換基で更に置換されていてもよい。置換基はハロゲン原子でも、水酸基等のそれ以外の置換基でも構わないが、置換基を有する場合は、置換基を含んだ炭素数の合計が上記条件を満たすことが好ましい。また、これらの置換基が更に1以上の置換基によって多重に置換されていてもよい。
【0060】
尚、上記式(1)で表されるフラーレン誘導体のAが酸素原子のとき、mが1であるのが好ましい。
又、上記式(1)で表されるフラーレン誘導体のAが前記式(3)で表される基であるとき、aが1であるシクロプロピル基であることが好ましく、mが0であり、pが2であることが好ましい。
【0061】
好ましいフラーレン誘導体の例としては、下式の(4)〜(6)で示される水酸化フラーレン、芳香族基含有フラーレン、シクロプロパン環含有フラーレンが挙げられる。
以下、個々の誘導体について説明する。
2)フラーレン誘導体の製造方法(水酸化フラーレン)
【0062】
【化7】
【0063】
式(4)のフラーレン誘導体は、前記式(1)で表される部分構造において、フラーレン骨格との結合部位Aが酸素原子であることを特徴とするフラーレン誘導体であり、mは0以上5以下の整数を表し、nは0又は1を表し、rとsはr+s=q、即ちrとsの和が1以上46以下を満足する整数を表し、Rは式(1)と同じで炭素数1以上20以下の有機基を表す。前記のようなフラーレン誘導体は特定の構造を有する有機基が水酸化フラーレンの水酸基上に導入されたものである。
【0064】
式(4)において、rは、フラーレン骨格に結合している水酸基保護基の数を表す。また、sはフラーレン骨格に結合している未保護の水酸基の数を表す。r+s(=q)は前述の通り、1以上46以下の整数であるが、好ましくは2以上、更に好ましくは6以上、特に好ましくは8以上であり、好ましくは20以下、更に好ましくは12以下である。r+sの数は原料となる水酸化フラーレンの水酸基数に相当するが、本発明のフラーレン誘導体の用途によって適切なものを選択すればよい。
【0065】
r+sの値が小さすぎると有機溶媒への溶解性が低くなる傾向があり、大きすぎるとフラーレンの性質が損なわれる傾向がある。
また式(4)において、rは1以上46以下であるが、好ましくは2以上、更に好ましくは3以上であり、好ましくは20以下、更に好ましくは10以下である。原料として用いる水酸化フラーレンの水酸基数(r+s)並びに、本発明のフラーレン誘導体の用途によって決定すればよい。
【0066】
さらに式(4)において、sは0以上45以下であるが、好ましくは20以下、さらに好ましくは10以下である。原料として用いる水酸化フラーレンの水酸基数(r+s)並びに、本発明のフラーレン誘導体の用途によって決定すればよい。
式(4)において、水酸基の保護基の種類は1種類でもよく、2種類以上の複数種類でも良い。2種類以上の場合は、その組み合わせ及び比率は任意である。
【0067】
上記式(4)で表されるフラーレン誘導体は、例えば、原料として水酸化フラーレン(C60(OH)b)を、以下の(a)〜(c)の方法などで反応剤と反応させることにより合成することができる。
(a)原料フラーレン誘導体を、エーテル化剤と反応させて、エーテル化する。
(b)原料フラーレン誘導体を、エステル化剤と反応させて、エステル化する。
(c)原料フラーレン誘導体を、カーボネート化剤と反応させて、カーボネート化する。
【0068】
原料となる水酸化フラーレン(C60(OH)b)は、本発明の目的に応じて、適切な水酸基数を用いることができるが、水酸基数bは通常2以上、好ましくは4以上、更に好ましくは6以上であり、通常46以下、好ましくは20以下、更に好ましくは14以下である。
なお、原料となる水酸化フラーレン(C60(OH)b)の具体的な合成条件は、日本国特開平7−48302号公報、日本国特開2002−80414号公報、日本国特開2004−168752号公報等に記載されている方法を用いることができる。
【0069】
さらに、上記(a)〜(c)などの方法でフラーレン誘導体の製造を行なう場合は、塩基存在下、有機溶媒に溶解もしくは懸濁させた状態で反応を行なうのが一般的である。
反応系内に存在させる塩基の種類は特に限定されず、本発明のフラーレン誘導体の合成時に、反応の種類によって適当なものを選択すればよい。塩基の具体例としては、トリエチルアミン、トリイソプロピルアミン、ピリジン、4−ジメチルアミノピリジン、水酸化テトラブチルアンモニウム、ジアザビシクロウンデセン、イミダゾール等の有機塩基、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等の金属炭酸塩、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム等の金属水酸化物などが挙げられる。なお、上記の塩基は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0070】
また、反応に使用する塩基や有機溶媒の種類及び/または量についても反応を阻害しない限り特に制限されない。
有機溶媒の具体例としては、テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル、ジブチルエーテル、1,4−ジオキサンなどのエーテル類、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素、塩化メチレン、クロロホルム、ジクロロベンゼン等のハロゲン化炭化水素、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類などが挙げられる。また、有機溶媒も、1種を単独で用いてもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0071】
なお、反応の種類によっては、有機溶媒は予め水分を除去したものを用いた方が効率的に合成することが可能な場合がある。
また、原料となる水酸化フラーレンに対して使用する有機溶媒の量としては、例えば、原料フラーレン誘導体の濃度が通常0.1mg/mL以上、好ましくは1mg/mL以上、より好ましくは5mg/mL以上、また、通常1000mg/mL以下、好ましくは100mg/mL以下、より好ましくは50mg/mL以下となる量の有機溶媒を用いればよい。
【0072】
以下、例示した前記の合成方法(a)〜(c)についてそれぞれ説明する。
(a)エーテル化による合成方法
この合成方法では、原料となる水酸化フラーレンに対して、X−(CH2)m−C(=O)−(O)n−R等で示されるハロゲン化物などのエーテル化剤を用いて、エーテル化を行なう。ここで、上記のエーテル化剤を表わす式におけるXはCl、Br、I等のハロゲン原子を表わし、mは1〜5の整数を表わし、nは0又は1を表わす。また、Rは前記式(1)のRと同じである。また、上述したハロゲン化物のハロゲン原子に代えて、求核置換反応の脱離基となりうる官能基を有するものをエーテル化剤として用いても構わない。求核置換反応の脱離基となりうる官能基としては、アセトキシ基、トリフロロアセトキシ基等のアシロキシ基;メタンスルホニルオキシ基、ベンゼンスルホニルオキシ基、トルエンスルホニルオキシ基等のスルホニルオキシ基などが挙げられる。なお、エーテル化剤は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。これにより、水酸化フラーレンの水酸基部分がエーテル化され、本発明の水酸化フラーレン誘導体を合成することができる。
【0073】
エーテル化による合成方法では、エーテル化剤は、反応を行なう水酸基に対して通常1倍モル以上、好ましくは1.2倍モル以上、より好ましくは1.4倍モル以上、また、通常30倍モル以下、好ましくは20倍モル以下、より好ましくは10倍モル以下用いる。
エーテル化剤の量が多すぎると、製造コストの観点から好ましくなく、少な過ぎると十分な反応速度が得られない可能性がある。
【0074】
原料、塩基、有機溶媒等の混合順序についても、エーテル化反応を阻害しない限り特に限定されないが、通常、原料となる水酸化フラーレンと塩基とを上記の溶媒から選択した溶媒中で混合してから、エーテル化剤を加えることにより反応を行なう。
さらに、エーテル化反応の条件についても、原料フラーレン誘導体のエーテル化が進行すれば特に限定されない。ただし温度条件としては通常0℃以上、好ましくは15℃以上、また、通常80℃以下、好ましくは50℃以下で反応を行なうことが望ましい。
また、反応時間は通常数時間以上、好ましくは5時間以上、また、通常数十時間以下、好ましくは30時間以下反応させるのがよい。
【0075】
(b)エステル化による合成方法
この合成方法では、原料となる水酸化フラーレンに対して、RC(=O)Xで表わされる酸ハライド、RC(=O)OC(=O)Rで表わされる酸無水物などのエステル化剤を用いて、エステル化を行なう。ここで、上記のエステル化剤を表わす式におけるRも上記式(1)で記載された通りの基であり、原料の水酸化フラーレンとエステル化剤とが反応することにより本発明のフラーレン誘導体を生成しうる基を示す。また、XはCl、Br、I等のハロゲン原子を表わす。なお、エステル化剤は1種を単独で用いてもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。これにより、水酸化フラーレンの水酸基部分がエステル化され、本発明の水酸化フラーレン誘導体を合成することができる。
【0076】
エステル化による合成方法では、エステル化剤は、反応を行なう水酸基に対して通常1倍モル以上、好ましくは1.2倍モル以上、より好ましくは1.4倍モル以上、また、通常30倍モル以下、好ましくは20倍モル以下、より好ましくは10倍モル以下用いる。これらの量が多すぎると、製造コストの観点から好ましくなく、少な過ぎると十分な反応速度が得られない可能性がある。
【0077】
原料、塩基、有機溶媒等の混合順序についても、エステル化反応を阻害しない限り特に限定されないが、通常、原料となる水酸化フラーレンと塩基とを上記の溶媒から選択した溶媒中で混合してから、エステル化剤を加えることにより反応を行なう。
さらに、エステル化反応の条件についても、原料フラーレン誘導体のエステル化が進行すれば特に限定されない。ただし温度条件としては通常0℃以上、好ましくは15℃以上、また、通常50℃以下、好ましくは30℃以下で反応を行なうことが望ましい。
また、反応時間は通常数分以上、好ましくは30分以上、また、通常数十時間以下、好ましくは5時間以下反応させるのがよい。
【0078】
(c)カーボネート化による合成方法
この合成方法では、原料フラーレン誘導体に対して、ROC(=O)OC(=O)ORで表わされる二炭酸エステル、Cl−C(=O)ORなどのクロロ蟻酸エステル等のカーボネート化剤を用いて、カーボネート化を行なう。ここで、上記のカーボネート化剤を表わす式におけるRも上記式(1)で記載された通りの基であり、原料の水酸化フラーレンとカーボネート化剤とが反応することにより本発明のフラーレン誘導体を生成しうる基を示す。なお、カーボネート化剤は1種を単独で用いてもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。これにより、原料の水酸化フラーレン誘導体の水酸基部分がカーボネート化され、本発明の水酸化フラーレン誘導体を合成することができる。
【0079】
カーボネート化による合成方法では、カーボネート化剤は、反応を行なう水酸基に対して通常1倍モル以上、好ましくは1.2倍モル以上、より好ましくは1.4倍モル以上、また、通常30倍モル以下、好ましくは20倍モル以下、より好ましくは10倍モル以下用いる。これらの量が多すぎると、製造コストの観点から好ましくなく、少な過ぎると十分な反応速度が得られない可能性がある。
【0080】
原料、塩基、有機溶媒等の混合順序についても、カーボネート化反応を阻害しない限り特に限定されないが、通常、原料となるフラーレン誘導体と塩基とを上記の溶媒から選択した溶媒中で混合してから、カーボネート化剤を加えることにより反応を行なう。
さらに、カーボネート化反応の条件についても、原料フラーレン誘導体のカーボネート化が進行すれば特に限定されない。ただしその温度条件としては通常−20℃以上、好ましくは0℃以上、また、通常50℃以下、好ましくは30℃以下で反応を行なうことが望ましい。また、反応時間は通常数分以上、好ましくは30分以上、また、通常数時間以下、好ましくは2時間以下反応させるのがよい。
【0081】
また、上述した反応剤、即ち、エーテル化剤、エステル化剤及びカーボネート化剤は、それぞれ単独で使用する他、任意の組み合わせ及び比率で併用して、上記の(a)〜(c)の各方法を並行して行なうようにしてもよい。さらに、上記の(a)〜(c)の方法に示した各反応(即ち、エーテル化、エステル化及びカーボネート化)などを阻害しない限り、原料フラーレン誘導体、エーテル化剤、エステル化剤、カーボネート化剤等の反応剤、塩基、溶媒以外の物質が存在していても構わない。
【0082】
反応終了後、通常は、生成した本発明の水酸化フラーレン誘導体を反応液から常法により単離する。単離操作は、各反応の種類によって異なるが、例えば、反応液を濾過した後、ヘキサン等の貧溶媒で晶析したり、反応液に例えばイオン交換水等を加えて反応を停止させ、そのまま適当な溶媒で抽出した後、分液し溶媒を留去する等により、生成物を単離することができる。
【0083】
得られた本発明のフラーレン誘導体は、必要に応じて適宜、例えば高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、シリカゲルカラムクロマトグラフィー、アルミナカラムクロマトグラフィー、再結晶等の方法を用いて精製してもよい。
【0084】
3)フラーレン誘導体の製造方法(芳香族基含有フラーレン)
【化8】
【0085】
式(5)のフラーレン誘導体は、前記式(1)で表される部分構造において、フラーレン骨格との結合部位Aが−(Ar−O)−(但しArは置換基を有してもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基を表しフラーレン骨格と結合している)であることを特徴とするフラーレン誘導体であり、mは0以上5以下の整数を表し、nは0又は1を表し、tは1以上15以下の整数を表し、Rは炭素数1以上20以下の有機基を表す。
前記のようなフラーレン誘導体は特開2006−56878号公報に記載された芳香族性水酸基を有するフラーレン誘導体、もしくはフラーレンに水酸基を有する芳香族化合物と三塩化アルミニウムを作用させて得られる芳香族性水酸基を有するフラーレン誘導体の水酸基に、特定の構造を有する有機基を導入したものである。
【0086】
式(5)において、tは、特定の構造を有する有機基によって保護されたフラーレン骨格に結合している芳香族炭化水素基の数を表す。tは1以上15以下であるが、好ましくは2以上、更に好ましくは3以上であり、通常15以下、好ましくは10以下、更に好ましくは5以下である。t(芳香族炭化水素基による置換数)は原料として用いるフラーレン誘導体の水酸基数並びに本発明のフラーレン誘導体の用途によって決定すればよい。
【0087】
また、上記式(5)で表されるフラーレン誘導体は上記式(5)に示される部分構造の他に、−Ar−OHで示される未保護の水酸基を有する芳香族炭化水素基を有していてもよい。またフラーレン骨格に水素基(即ち、水素原子。ヒドロ基とも言う)やエポキシド(即ち、三員環を成すオキシド)、炭素数1〜30の有機基を有していてもよい。
式(5)において、芳香族性水酸基に導入される有機基の種類は1種類でもよく、2種類以上の複数種類でもよい。2種類以上の場合は、その組み合わせ及び比率は任意である。
【0088】
上記式(5)で表されるフラーレン誘導体は、例えば、原料として芳香族性水酸基を有するフラーレン誘導体を、前記式(4)で表される水酸化フラーレン誘導体と同様に以下の(a)〜(c)の方法などで反応剤と反応させることにより合成することができる。
(a)原料フラーレン誘導体を、エーテル化剤と反応させて、エーテル化する。
(b)原料フラーレン誘導体を、エステル化剤と反応させて、エステル化する。
(c)原料フラーレン誘導体を、カーボネート化剤と反応させて、カーボネート化する。
【0089】
原料となる芳香族性水酸基を有するフラーレン誘導体は、本発明の目的に応じて、適切な水酸基数を用いることができるが、水酸基数は通常1以上、好ましくは3以上、更に好ましくは5以上であり、通常15以下、好ましくは10以下である。
【0090】
4)フラーレン誘導体の製造方法(シクロプロパン環含有フラーレン)
【化9】
【0091】
式(6)のフラーレン誘導体は、前記式(1)で表される部分構造において、式(1)で表されるフラーレン骨格との結合部位Aが、フラーレン骨格の隣接する2個の炭素原子を含んだ三員環(シクロプロパン環)であることを特徴とするフラーレン誘導体であり、FLNはフラーレン骨格を表し、mは0以上5以下の整数を表し、nは0又は1を表し、pは1または2を表し、qは1以上46以下の整数を表し、Rは炭素数1以上20以下の有機基を表す。
式(6)で表されるフラーレン誘導体は、特許第3512412号公報および特開2005−263795号公報に記載されているメタノフラーレン誘導体を用いることができる。メタノフラーレンとはフラーレン誘導体の1種であり、フラーレン骨格上にメチレン基による架橋結合を有するフラーレン誘導体の総称であり、通常はフラーレン骨格上にシクロプロパン構造を有するフラーレン誘導体を指す。
【0092】
上記式(6)において、mは0であることが好ましく、nは1であることが好ましく、pは2であることが好ましい。qは架橋メチレン基の付加数に相当する。[60]フラーレンの場合の理論上の最大値は30となるが、立体反発等の要因により、nの上限は通常もっと低い値となる。
上記式(6)で表されるフラーレン誘導体の製造方法は特に限定されないが、例えば前述の特許第3512412号公報および特開2005−263795号公報に記載の製造方法が挙げられる。これの方法において、上記式(6)に示すRを有するメチレン化合物を原料として用いることにより、目的とするフラーレン誘導体を得ることが可能となる。即ち電子吸引性基を有するメチレン化合物に対して、当量以下の塩基の存在下、ハロゲン化剤を作用させた後、得られた生成物をフラーレンと混合し、更に塩基を加えて反応させることによりフラーレン誘導体が得られる。
【0093】
(3)フラーレン膜の製造方法
フラーレン膜は、一般に前記のようにして得られたフラーレン誘導体の溶液を調製し、基材に塗布する第1の工程と、第1の工程により得られた塗布膜を、フラーレン誘導体の熱分解温度よりも高く、フラーレンの熱分解温度よりも低い温度で加熱しフラーレン誘導体の少なくとも一部を熱分解させることによりフラーレン膜とする第2の工程とを有する方法により製造される。
【0094】
1)フラーレン誘導体の溶液
フラーレン誘導体の溶液を基材に塗布した後、溶媒を除去するとフラーレン誘導体の塗布膜が得られる。
フラーレン誘導体溶液の調製に用いられる溶媒としては、フラーレン誘導体が十分な溶解度を有し、常圧下または減圧下で室温または加熱することにより揮発させることのできる溶媒であれば特に限定することなく用いることができるが、入手の容易さ、価格、毒性及び/または有害性、および安全性等を考慮して適宜選択すればよい。
【0095】
溶媒としては、例えば1価または多価のアルコール類、ケトン類、エーテル類、エステル類、芳香族炭化水素類、芳香族ハロゲン化炭化水素類、複素環化合物系溶媒、アルカン系溶媒、ハロアルカン系溶媒、アセトニトリル、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、ニトロメタン、ニトロエタン、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)および水を挙げることができる。
【0096】
1価または多価のアルコール類としては、例えば、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、ブタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリン、ジプロピレングリコールを挙げることができる。
ケトン類としては、例えば、アセトン、MEK(メチルエチルケトン)、2−ヘプタノン、メチルイソプロピルケトン、MIBK(メチルイソブチルケトン)、シクロヘキサノンを挙げることができる。
【0097】
エーテル類としては、例えば、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、ジブチルエーテル、テトラヒドロフラン(THF)、PGME(プロピレングリコールモノメチルエーテル)等を挙げることができる。
エステル系溶媒としては、酢酸エチル、酢酸ブチル、酢酸プロピル、乳酸エチル、GBL(γ−ブチロラクトン)、PGMEA等を挙げることができる。
【0098】
芳香族炭化水素類としては、ベンゼン、トルエン、キシレン、o−キシレン、m−キシレン、p−キシレン、エチルベンゼン、1,2,3−トリメチルベンゼン、1,3,5−トリメチルベンゼン、1,2,4−トリメチルベンゼン、1−メチルナフタレン、1−フェニルナフタレンなどが挙げられる。
芳香族ハロゲン化炭化水素類の具体例としては、クロロベンゼン、o−ジクロロベンゼン、m−ジクロロベンゼン、ブロモベンゼン、1,2,4−トリクロロベンゼンなどが挙げられる。
【0099】
複素環化合物系溶媒としては、テトラヒドロフラン、テトラヒドロチオフェン、2−メチルチオフェン、ピリジン、キノリン、およびチオフェン等を挙げることができる。
アルカン系溶媒としては、n−ヘキサン、シクロヘキサン、n−オクタン、2,2,4−トリメチルペンタン、n−デカン、n−ドデカン、n−テトラデカン、デカリン、cis−デカリン、およびtrans−デカリン等を挙げることができる。
【0100】
ハロアルカン系溶媒としては、ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素、1,2−ジブロモエタン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、ジクロロジフルオロエタン、1,1,2−トリクロロ−1,2,2−トリフルオロエタン、および1,1,2,2−テトラクロロエタンを挙げることができる。
これら溶媒の中でも、より好ましく用いられる溶媒の例としては、PGMEA、PGME、乳酸エチル、2−ヘプタノン、シクロヘキサノン、MEK、GBL、NMP等が挙げられる。
【0101】
フラーレン誘導体溶液の濃度は、フラーレン誘導体の溶媒への溶解度、フラーレン膜の膜厚等により異なるため一義的に定めることは困難であるが、通常1〜30質量%であることが好ましく、10〜25質量%であることがより好ましく、20〜25質量%であることがさらに好ましい。フラーレン溶液の濃度が1質量%よりも低くなると、多量の溶媒を必要とし不経済であるとともに膜厚の大きなフラーレン膜を製膜するために繰返し塗布を行う必要が生じる。また、フラーレン誘導体溶液の濃度が30質量%を超えると、溶液の粘性が高くなるため取扱いが困難になり、均一な膜厚のフラーレン膜を得ることが困難になる。また、本発明の溶液において、本発明のフラーレン誘導体は溶媒に完全溶解していることが好ましいが、一部溶解せずに懸濁していてもよく、或いは塗布時に再分散して分散液とすることができる限り、少なくともその一部が沈降していても構わない。
【0102】
本発明の溶液において、溶媒は1種のみを用いてもよく、2種以上を任意に組み合わせて併用してもよい。
本発明のフラーレン誘導体の優れた物性を大幅に損なわない限り、本発明の溶液は、本発明のフラーレン誘導体及び溶媒の他に、その他の成分を含有していてもよい。その他の成分は1種のみを含有していてもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で含有していてもよい。その他の成分としては、界面活性剤や分散剤、高分子化合物等が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0103】
本発明のフラーレン誘導体を溶媒に溶解させることができる限り、本発明の溶液の調製方法に制限はないが、通常、所定の装置で攪拌しながら溶解させる方法、超音波を照射する方法などで調製できる。また、本発明のフラーレン誘導体及び溶媒、並びに必要に応じて用いられるその他の成分の混合順序も、特に制限はない。
本発明の溶液は、安定性や操作性の観点から通常25℃程度で調製されるが、溶媒の沸点以下であれば、加熱しながら溶解させ、保管することができる。また、本発明のフラーレン誘導体の溶解度に問題がなければ、25℃以下の低温下で調製、保管することもできる。
【0104】
2)フラーレン誘導体溶液の塗布
フラーレン誘導体溶液の基材への塗布は、ディップコーティング法、スピンコーティング法、スプレーコーティング法等の、任意の方法により行うことができる。
基材の形状としては、板状およびフィルム状、球状、塊状、繊維状等が挙げられる。また、基材の材質としては、第2の工程における加熱処理の際に熱分解や変形を起こさない限り特に限定することなく任意の材質のものを用いることができる。例えば、ガラス、半導体、金属、コンクリート等の無機系材料の他に、フラーレン誘導体の分解温度が例えば200℃以下の場合には、ポリイミド樹脂等の耐熱性を有する有機系材料を用いることもできる。
【0105】
フラーレン膜の膜厚は、基材への塗布に用いるフラーレン誘導体溶液の濃度や塗布量を調節することにより、用途等に応じて数nm〜数十μmの範囲内で適宜調整することができる。膜厚の下限は、好ましくは1nm、より好ましくは10nmである。膜厚の上限は、繰り返し塗布すれば理論上制限がないが、好ましくは10μm、より好ましくは1μmである。この膜厚は公知の膜厚測定方法により測定することができる。
【0106】
塗布膜厚が厚すぎると、フラーレン誘導体の分解時に膜質が悪化する可能性があり、薄すぎるとピンホール等の膜の不均質の問題の可能性がある。
また加熱処理の前に、膜中に残留した溶媒を除去するための工程を追加してもよい。
溶媒の除去は、用いられる溶媒の沸点、揮発性等に応じて任意の方法により行うことができる。溶媒を除去するために用いられる方法としては、室温、大気圧下での風乾、室温、減圧下での減圧乾燥、大気圧または減圧下での加熱等が挙げられ、これらを組み合わせて用いてもよい。加熱による溶媒の除去の場合、フラーレンの閉殻構造の破壊を伴わない500℃以下、好ましくは300℃以下で行うことが好適であり、塗布膜の突沸等を防止するため150℃以下で行うことがより好ましい。さらに、酸化による膜質の変化を抑制するためには不活性雰囲気下で行うことが好ましい。溶媒除去はフラーレンの閉殻構造の破壊を伴わない温度条件下で、フラーレン誘導体の分解反応と同時に行ってもよい。減圧による乾燥の場合、好ましい減圧条件は1.33×102Pa(1torr)以上1.01×105Pa(760torr)未満である。
【0107】
溶媒の除去を不活性雰囲気下で行う際に使用できる不活性ガスとしては、窒素、ヘリウム、アルゴン等があげられる。
このようにして得られたフラーレン誘導体の塗布膜をフラーレン誘導体の熱分解温度よりも高く、フラーレンの熱分解温度よりも低い温度で加熱処理すると、フラーレン誘導体の熱分解により官能基が脱離し、フラーレン重合体からなるフラーレン膜が得られる。
その際、本発明においては熱分解によって発生する分解物が分解温度において窒素化合物を含まない気体であるため、製造環境を汚染することなく、また膜内に窒素化合物が残留することが無いため均質なフラーレン膜を形成することが可能である。
【0108】
例えばフラーレン膜を半導体のハードマスクとして用いる場合、窒素化合物が残留していると、上層に用いる化学増幅型レジストの特性に大きな影響を与える可能性がある。
上記加熱処理の温度は好ましくは100℃〜400℃であり、150℃〜300℃がより好ましい。温度が高すぎるとフラーレンの熱分解温度に近いため、熱分解により得られるフラーレンが、フラーレンが本来有する性能を示さないことがある。一方、温度が低すぎるとフラーレン誘導体の熱分解が完全に進行せずに未分解のフラーレン誘導体と分解したフラーレン誘導体が混在し、膜が不均質となる場合がある。
加熱処理は、フラーレンの閉殻構造の破壊等を抑制するためには窒素等の不活性雰囲気下で行うことが好ましいが、フラーレン骨格同士の酸素による架橋を促進する目的においては、空気中等の酸化性雰囲気下で加熱処理を行うことも可能である。
【0109】
(4)フラーレン膜の用途
本発明の方法で得られたフラーレン膜は、前述したように各種の用途に用いることができる。以下、いくつかの用途の例に関してより具体的に説明するが、本発明は以下の記載により限定されるものではない。
【0110】
1)フォトレジスト用途
従来フォトレジストは、被膜形成成分としての(メタ)アクリル系、ポリヒドロキシスチレン系またはノボラック系の樹脂等の樹脂成分と、露光により酸を発生する酸発生剤、感光剤等とを組み合わせた組成物が広く用いられており、フォトリソグラフィーによって微細パターンを形成した後、エッチングによる基板加工のマスクとしての機能を有していた。
しかし、対象となる加工基板の種類やフォトレジストの膜厚によっては、フォトレジスト単層でのエッチング加工に限界が生じてきており、このような場合に提案されているのがハードマスクプロセスである(「半導体プロセス教本:編集 SEMI FORUM JAPANプログラム委員会 p190、東芝レビュー Vol.59 No.8 2004 p22)。この方法においては形成したフォトレジストパターンで薄膜のハードマスクのエッチングを行い、このハードマスクをマスクとして加工基板のエッチングを行う。本プロセスを用いれば、例えば100nm以下の薄膜フォトレジストや耐エッチング性に乏しいフォトレジストにおいても、加工基板のエッチングが可能となる。従って、この方法においてはハードマスク材料に極めて高い耐エッチング性が要求される。
【0111】
本発明の方法で得られるフラーレン膜は、熱分解によりフラーレン誘導体のフラーレン骨格に結合した置換基が脱離することから、炭素濃度が高く、さらにフラーレン本来の閉核構造をより高濃度で含むフラーレン膜となり、非常に高い耐エッチング性を有するハードマスク材料として好適に用いることが出来る。その際に、塗膜の性質を改善するために、ポリマー等の第三成分を添加したフラーレン膜としても構わない。
また、吸収スペクトルから明らかなように反射防止膜としての機能も有することより、多層膜の一層として、特に反射防止膜としても優れた機能を発揮することが期待される。
【0112】
2)微細加工用途
半導体製造やストレージメディア、マイクロ流路のリアクタ、光学部材等の微細加工分野では、例えば500μm以下の微細パターンを生産効率良く形成する方法としてナノインプリント法が検討されている。ナノインプリント法とは、微細パターンを有するモールドのパターンを転写層に転写する微細パターンの形成方法である。
【0113】
このようなナノインプリント法としては、例えば、熱可塑性重合体からなる転写層を加熱して軟化させる工程と、転写層とモールドとを圧着してモールドのパターンを転写層に形成する工程と、モールドを転写層から離脱させる工程とを順次行なう方法;硬化性単量体からなる転写層をモールドに接触させる工程と、硬化性単量体を硬化させる工程と、硬化性単量体の硬化物からモールドを離脱させる工程とを順次行なう方法;などが知られている。本発明に用いるフラーレン誘導体は、通常、上記の熱可塑性重合体、硬化性物質等に使用される溶媒への溶解度が高いことにより、特殊な溶媒を用いることなく、上記熱可塑性重合体に高濃度で充填することが可能である。
【0114】
このように本発明に用いるフラーレン誘導体をナノインプリント法に用いた場合、本発明に用いるフラーレン誘導体の溶媒に対する溶解性が高いことから、フラーレン誘導体の熱可塑性重合体中での凝集が抑制され、分子状分散となる。その後、熱分解によってフラーレン誘導体のフラーレン骨格に結合した置換基を脱離させることにより、フラーレン本来の閉核構造をより高濃度で含む熱可塑性重合体組成物となり、転写層の機械的強度、耐熱性及びエッチング耐性を向上させることが可能であることから、従来のナノインプリント材料の特性を大幅に改善することが可能となる。
【0115】
3)低誘電率絶縁材料用途
近年、コンピュータの中央処理装置(CPU)用回路基盤には、樹脂薄膜を層間絶縁膜とする高密度かつ微細な多層配線に適した樹脂薄膜配線が適用されるようになってきた。
将来のより高速な処理能力を有するコンピュータを実現するには、高密度かつ繊細な多層配線を活かし、かつ信号の高速伝播に適した低誘電率絶縁材料の開発が求められている。
本発明に用いるフラーレン誘導体は、通常、上記の通りフラーレン構造が本質的に有する高抵抗、低誘電率の性質を保持したフラーレン膜を形成することが可能であり、これにより、従来無かった優れた性能の低誘電率の層間絶縁膜の実現が期待される。
【0116】
4)太陽電池用途
有機太陽電池は、シリコン系の無機太陽電池と比較して、優位な点が多数あるものの、エネルギー変換効率が低く、実用レベルに十分には達していない。この点を克服するためのものとして、最近、電子供与体である導電性高分子と、電子受容体であるフラーレン及びフラーレン誘導体とを混合した活性層を有するバルクヘテロ接合型有機太陽電池が提案されている。このバルクヘテロ接合型有機太陽電池では、導電性高分子とフラーレン誘導体それぞれとが分子レベルで混じり合い、その結果非常に大きな界面を作り出すことに成功し、変換効率の大幅な向上が実現されている。
【0117】
本発明に用いるフラーレン誘導体は、上記用途で使用される溶媒への溶解度が高いため、p型半導体と効率的なバルクへテロ接合構造を構成することが容易である。また、本発明の方法で得られるフラーレン膜は、本質的にn型半導体としてのフラーレンの性質を有しており、また熱分解でフラーレン表面に結合した置換基が脱離あるいは分解することで、フラーレン骨格同士が接近しキャリア移動度の向上が期待できる。従って、本発明の方法で得られるフラーレン膜を用いることで、極めて高性能な有機太陽電池の実現が可能となる。また、製造上も通常の印刷法やインクジェットによる印刷、更にはスプレー法等により、低コストで容易に大面積化を実現する事が可能である。
【0118】
5)半導体用途
光センサー、整流素子等への応用が期待できる電界効果トランジスタの有機材料として、フラーレン及びフラーレン誘導体を使用することが研究されている。一般的に、フラーレン及びフラーレン誘導体を半導体に用いて電界効果トランジスタを作製した場合、当該電界効果トランジスタはn型のトランジスタとして機能することが知られている。
本発明の方法で得られるフラーレン膜は、本質的にn型半導体としてのフラーレンの性質を有しており、また熱分解でフラーレン表面に結合した置換基が脱離あるいは分解することで、フラーレン骨格同士が接近しキャリア移動度の向上が期待できる。これにより、本発明の方法で得られるフラーレン膜は、低コスト、高性能な有機半導体として利用されることが期待できる。
【実施例】
【0119】
次に、本発明の作用効果について実施例を用いて更に詳細に説明する。
なお、以下の例において、t−Buはtert−ブチル基を、Meはメチル基を表す。
<フラーレン誘導体の合成>
[合成例1]マロン酸ジtert−ブチル多付加体(化合物1)の合成
温度計を設置したガラス製2Lの4つ口フラスコに、窒素を吹き込みながらマロン酸ジ−tert−ブチル(Aldrich社製)9.80gを入れ、更に1,2,4−トリメチルベンゼン150mLとDBU(1,8−Diazabicyclo[5.4.0]undec−7−ene:東京化成(株)製)6.50gを加えて攪拌しながら、氷浴を用いて4℃に調整した。
【0120】
得られた温度調整後の反応液に対して、ヨウ素(和光純薬(株)製)10.9gを130mLの1,2,4−トリメチルベンゼンに溶解させた黒紫色の溶液を、20分かけて滴下した。滴下中はフラスコ内の反応液を攪拌し、且つ、氷浴を用いてフラスコの内温が11℃以下になるよう制御した。滴下終了後、氷浴を取り外してフラスコの内温を室温まで昇温した。フラスコ内の反応液は茶色の懸濁液の状態であった。
【0121】
その後、フラスコ内の反応液に、フラーレンC60(分子量720、フロンティアカーボン(株)製)5.00gを1,2,4−トリメチルベンゼン350mLに溶解させた紫色の溶液を、攪拌しながら加えた。フラスコ内の反応液は紫色の懸濁液の状態となった。
その後、攪拌を続けながらフラスコ内の反応液に、DBU(1,8−Diazabicyclo[5.4.0]undec−7−ene:東京化成(株)製)6.90gを5mLの1,2,4−トリメチルベンゼンで希釈した溶液を、5分かけて滴下した。滴下後も攪拌を継続しながら、薄層クロマトグラフィー及び液体クロマトグラフィー(LC)によりフラスコ内の反応液の組成を確認したところ、フラーレンC60を添加してから5分後に原料のフラーレンC60が完全に消失していることを確認した。更にLCによる反応追跡を続けたところ、フラーレンC60を添加してから4時間後に、反応液の付加体組成比が付加数4のピークが最大の状態で変化しなくなったことから、反応の終点に至っていることを確認した。この時点でフラスコ内の反応液は赤茶色の懸濁液の状態であった。
【0122】
得られた反応液について、以下の手順により溶媒抽出による洗浄を行った。
まず、反応液(有機相)に対して、飽和亜硫酸ナトリウム水溶液200mLを加えて攪拌した後、薄黄色に着色した水相を分液除去して、有機相を分取した。同様の手順で、飽和亜硫酸ナトリウム水溶液を用いた洗浄を更に4回行ったところ、4回目に分液された水相はほぼ無色になっており、反応液中のヨウ素がほぼ除去されたことが確認された。
【0123】
得られた有機相について、同様の溶媒抽出の手順により、1N−硫酸水溶液100mLを用いて2回洗浄し、反応液に残留しているDBUを除去した後、更に脱塩水200mLを用いて3回洗浄した。なお、脱塩水による3回目の洗浄時には、有機相に脱塩水を加えて攪拌後、得られた混合液を吸引ろ過することにより固体成分をろ別し、除去してから、水相を分液し、除去して有機相を得た。
【0124】
得られた有機相をロータリーエバポレーターで濃縮してから、ヘプタン500mLに攪拌を加えながら滴下したところ、茶色の固体が析出した。この固体を吸引ろ過によりろ別して取得し、得られた固体にトルエン35mLを加えて懸濁させた後、吸引ろ過により固体成分を除き、トルエン5mLで振り掛け洗浄を行った。得られた茶色のろ液をヘプタン500mLに滴下して、析出した茶色固体を吸引ろ過によりろ別した。その後、ヘプタン100mLで懸濁洗浄、ついでヘプタン5mLで振り掛け洗浄した後、減圧下(1.5kPa)40℃で5時間乾燥し、茶色固体9.50gを得た。
【0125】
得られた茶色固体をLC−MSで測定すると、フラーレンC60−マロン酸ジ−tert−ブチル付加体の、3付加体、4付加体、及び5付加体に相当するピーク(m/z=1362、1576、1790)が観測された。
また、赤外線吸収スペクトルを測定したところ、3000〜2900cm−1に炭化水素結合の吸収があり、1750cm−1にエステル基のカルボニル吸収、及び1240cm−1に炭素−酸素結合の吸収ピークが検出されたことから、tert−ブチルエステル基の存在が確認された。
【0126】
更に、1H−NMR測定(溶媒:重クロロホルム)を行ったところ、1.74〜1.50ppmに多数の一重線が観測されたことからも、tert−ブチルエステル基の存在が確認された。
反応の終点確認のLC分析において、4付加体が主成分であったことから、全量が4付加体(C104H72O16:分子量1576)であると仮定して収率を計算すると、86.8%であった。
【0127】
[合成例2]マロン酸ジエチル多付加体(化合物2)の合成
温度計を設置したガラス製2Lの4つ口フラスコに、窒素を吹き込みながらマロン酸ジエチル(Aldrich社製)16.8gを入れ、更に1,2,4−トリメチルベンゼン150mLとDBU(1,8−Diazabicyclo[5.4.0]undec−7−ene:東京化成(株)製)15.1gを加えて攪拌しながら、氷浴を用いて4℃に調整した。
【0128】
得られた温度調整後の反応液に対して、ヨウ素(和光純薬(株)製)24.5gを300mLの1,2,4−トリメチルベンゼンに溶解させた黒紫色の溶液を、25分かけて滴下した。滴下中はフラスコ内の反応液を攪拌し、且つ、氷浴を用いてフラスコの内温が11℃以下になるよう制御した。滴下終了後、氷浴を取り外してフラスコの内温を室温まで昇温した。フラスコ内の反応液は茶色の懸濁液の状態であった。
【0129】
続いてフラスコ内の反応液に、フラーレンC60(分子量720、フロンティアカーボン(株)製)5.00gを1,2,4−トリメチルベンゼン350mLに溶解させた紫色の溶液を、攪拌しながら加えた。フラスコ内の反応液は紫色の懸濁液の状態となった。
その後、攪拌を続けながらフラスコ内の反応液に、DBU(1,8−Diazabicyclo[5.4.0]undec−7−ene:東京化成(株)製)16.2gを5mLの1,2,4−トリメチルベンゼンで希釈した溶液を5分かけて滴下した。滴下後も攪拌を継続しながら、薄層クロマトグラフィー及び液体クロマトグラフィー(LC)によりフラスコ内の反応液の組成を確認したところ、フラーレンC60を添加してから5分後に原料のフラーレンC60が完全に消失していることを確認した。更にLCによる反応追跡を続けたところ、フラーレンC60を添加してから4時間後に、反応液の付加体組成比が付加数4のピークが最大の状態で変化しなくなったことから、反応の終点に至っていることを確認した。この時点でフラスコ内の反応液は赤茶色の懸濁液の状態であった。
【0130】
得られた反応液について、以下の手順により溶媒抽出による洗浄を行った。
まず、反応液(有機相)に対して、飽和亜硫酸ナトリウム水溶液200mLを加えて攪拌した後、薄黄色に着色した水相を分液除去して、有機相を分取した。同様の手順で、飽和亜硫酸ナトリウム水溶液を用いた洗浄を更に4回行ったところ、4回目に分液された水相はほぼ無色になっており、反応液中のヨウ素がほぼ除去されたことが確認された。
【0131】
得られた有機相について、同様の溶媒抽出の手順により、1N−硫酸水溶液100mLを用いて2回洗浄し、反応液に残留しているDBUを除去した後、更に脱塩水200mLを用いて3回洗浄した。なお、脱塩水による3回目の洗浄時には、有機相に脱塩水を加えて攪拌後、得られた混合液を吸引ろ過することにより固体成分をろ別し、除去してから、水相を分液し、除去して有機相を得た。
【0132】
得られた有機相をロータリーエバポレーターで濃縮してから、ヘプタン500mLに攪拌を加えながら滴下したところ、茶色の固体が析出した。この固体を吸引ろ過によりろ別して取得し、得られた固体にトルエン35mLを加えて懸濁させた後、吸引ろ過により固体成分を除き、トルエン5mLで振り掛け洗浄を行った。得られた茶色のろ液をヘプタン500mLに滴下して、析出した茶色固体を吸引ろ過によりろ別した。その後、ヘプタン100mLで懸濁洗浄、ついでヘプタン5mLで振り掛け洗浄した後、減圧下(1.5kPa)40℃で5時間乾燥し、茶色固体8.90gを得た。
【0133】
得られた茶色固体をLC−MSで測定すると、フラーレンC60−マロン酸ジエチル付加体において、3付加体、4付加体、5付加体、及び6付加体に相当するピーク(m/z=1194,1352,1510,1668が観測された。
また、赤外線吸収スペクトルを測定したところ、3000〜2900cm−1に炭化水素結合の吸収があり、1750cm−1にエステル基のカルボニル吸収、及び1240cm−1に炭素−酸素結合の吸収ピークが検出されたことから、エチルエステル基の存在が確認された。
【0134】
更に、1H−NMR測定(溶媒:重クロロホルム)を行ったところ、4.55〜4.20ppmと1.48〜1.20ppmに多重線が観測され、それらの積分比は「2:3」であったことからもエチルエステル基の存在が確認された。
反応の終点確認のLC分析において、5付加体が主成分であったことから、全量が5付加体(C95H50O20:分子量1510)であると仮定して収率を計算すると、84.9%であった。
【0135】
[合成例3]C60(OH)5.2(O−CH2C(=O)O−tert−Bu)4.8(化合物3) の合成
フロンティアカーボン(株)製の水酸化フラーレン(平均水酸化数10)C60(OH)10 1.0g(1.12mmol)のTHF(20mL)、アセトン(40mL)懸濁液に、炭酸カリウム8gとブロモ酢酸tert-ブチル10mL(68.2mmol)を加え、25℃で1時間攪拌した。その後、反応液を55℃まで昇温して更に12時間攪拌した。その後、反応液をセライト濾過し(展開液:酢酸エチル)溶媒を除去した後、酢酸エチルと水を加えて分液操作を行った。有機相を硫酸ナトリウムで乾燥後、濾過し溶液を濃縮した後、ヘキサン300mLで晶析を行い、50℃で真空乾燥を行うことで、C60(OH)5.2(O−CH2C(=O)O−t−Bu)4.8を茶色固体(0.74g;収率46%)の生成物として得た。
【0136】
得られた生成物の1H−NMR及び、MS測定を行った。なお、1H−NMRは重クロロホルムを溶媒とし、400MHzにて測定した。
1H−NMR測定の結果により、 5.40〜4.20ppm(brs,O−CH2−),1.80−1.30ppm(brs,tert−Bu)のピークが9:2で観測され、水酸化フラーレンの水酸基の一部が保護されたことが確認された。
【0137】
得られた生成物及び内部標準としてクマリンをそれぞれ秤量した後、その混合物を重クロロホルムに溶解し、1H−NMRを測定した。それぞれの積分比から得られた生成物の平均分子量は1437.2、平均保護数は4.8と算出された。
また、得られた生成物のMS測定では、C60(OH)6(O−CH2C(=O)O−t−Bu)2:分子量1084、C60(OH)5(O−CH2C(=O)O−t−Bu)3:分子量1198、C60(OH)4(O−CH2C(=O)O−t−Bu)4:分子量1312、C60(OH)6(O−CH2C(=O)O−t−Bu)4:分子量1346、C60(OH)5(O−CH2C(=O)O−t−Bu)5:分子量1460、C60(OH)4(O−CH2C(=O)O−t−Bu)6:分子量1574、C60(OH)6(O−CH2C(=O)O−t−Bu)6:分子量1608、C60(OH)5(O−CH2C(=O)O−t−Bu)7:分子量1722が混合物ピークとして観測された。
以上の結果から、得られた生成物が表題化合物C60(OH)5.2(O−CH2C(=O)O−t−Bu)4.8であることが確認された。
【0138】
[合成例4]C60(C6H4OC(=O)O−t−Bu)5Me(化合物4)の合成
フラーレン誘導体であるC60(C6H4OH)5Me(1.00g,0.83mmol)のテトラヒドロフラン(80mL)懸濁液に、トリエチルアミン(10mL)を添加し、氷冷した。そこに、反応剤である二炭酸ジ−tertブチル(1.35g,6.18mmol)及び4−ジメチルアミノピリジン(40mg,0.33mmol)を加え、氷冷条件下で15分、室温で30分攪拌した。10重量%塩酸(40mL)で反応を停止させ、クロロホルム(70mL)を加え、分液漏斗にて抽出した。
【0139】
次に、有機相を硫酸マグネシウムで乾燥した後、ろ過を行い濃縮した。メタノール300mLで晶析及び50℃で真空乾燥を行なうことにより、表題化合物{C60(C6H4OC(=O)O−t−Bu)5Me}をオレンジ色固体(0.95g,0.56mmol,収率67%)として得た。
得られた生成物を1H−NMR、HPLC及びLC−MSにて測定した。
【0140】
なお、1H−NMRは、重クロロホルムを溶媒とし、270MHzにて測定した。
また、HPLCは、0.5mg/mLのトルエン溶液を調整し、以下の測定条件で測定した。
カラム種類:ODS
カラムサイズ:150mm×4.6mmφ
溶離液:トルエン/メタノール=3/7
検出器:UV290nm
HPLC測定の結果、リテンションタイム9.18minに93.54(Area%)で観測された。
【0141】
また、LC−MS測定の結果は、m/z=1700であった。
さらに、1H−NMRの測定結果は、以下のとおりであった。
[1H−NMR(CDCl3,270MHz)]
7.81ppm(m,Ph,4H),7.67ppm(m,Ph,4H),7.27−7.17ppm(m,Ph,10H),6.74ppm(d,Ph,2H),1.59ppm(s,tBu,18H),1.57ppm(s,tBu,18H),1.56ppm(s,Me,3H),1.51ppm(s,tBu,9H)
以上の結果から、得られた生成物が表題化合物{C60(C6H4OC(=O)O-t-Bu)5Me}であることが確認された。
【0142】
[合成例5]N−t−ブトキシカルボニルピペラジン付加混合フラーレン(化合物5)の合成
原料として、C60,C70及びその他の高次フラーレンを60:25:15(質量%)の割合で含むフラーレン混合物(フロンティアカーボン(株)製nanom mix−ST)を用い、文献(特開2006−199674号公報)記載の方法を用いて、フラーレン混合物及びN−t−ブトキシカルボニルピペラジンをクロロベンゼン中で光照射(60W白熱灯)することにより合成した。その後、反応液を直接シリカゲルカラム上にロードし、トルエン:酢酸エチル=98:2、v/v)で展開することにより精製を行った。
[合成例6]ピペラジンエタノール付加混合フラーレン(化合物6)の合成
窒素ガス雰囲気下、C60,C70及びその他の高次フラーレンを60:25:15(質量%)の割合で含むフラーレン混合物(フロンティアカーボン(株)製nanom mix−ST)10.0gをパラキシレン150mLに溶解し、1時間攪拌した。4−(2−ヒドロキシエチル)ピペラジン(28.9g,222mmol)を50mLのジメチルスルホキシドとともに混合した後、純度83%のクメンヒドロペルオキシド(22.9g,125mmol)を50mLのジメチルスルホキシドとともに混合した。25℃で4時間攪拌した後、12時間静置したところタール状の沈殿が生じた。10mLのジメチルスルホキシドを添加して沈殿を溶解させた後、さらに35時間攪拌を行った。
【0143】
反応液にアセトニトリル700mLを添加し、1時間攪拌した後、析出した固体をろ過した。得られた固体をさらにアセトニトリル700mLで洗浄したあと、減圧下50℃で5時間乾燥し、24.79gの固体を得た。
この生成物をMS測定した結果、下記式(7)で表わされる水酸基含有環状2級アミノ基の付加数は8付加体、9付加体が主成分であり、他に7付加体、10付加体も含まれていることが分かった。
【0144】
【化10】
【0145】
[合成例7]メチル=5−フェニルペンタノアート−5−イリデンの1,2-多付加フラーレン(PCBM多付加物)(化合物7)の合成
化合物7を、文献(Jan C.Hummelen,Brian W.Knight,F.LePeq,Fred Wudl;J.Org.Chem.,1995,60,532−538)記載の方法を参考に合成した。すなわち、窒素下で4−ベンゾイル酪酸メチルp−トシルヒドラゾンをピリジンに溶解させた後、ナトリウムメトキシドを添加して15分攪拌した。1,2−ジクロロベンゼンに溶解させた[60]フラーレンを添加し、液温を65−70℃に保持し22時間反応させた。その後、反応液を濃縮し、シリカゲルカラムにより精製を行った。未反応の[60]フラーレンおよび1付加体である{6}−1−(3−(メトキシカルボニル)プロピル)−{5}−1−フェニル[5,6]−C61(PCBM)のフラクションを1,2−ジクロロベンゼンにて回収した後に、1,2−ジクロロベンゼンと酢酸エチルによって化合物7を回収した。得られた溶液を濃縮した後、200℃にて10時間真空乾燥を行った。
[合成例8]マロン酸ジイソプロピル多付加体(化合物9)の合成
温度計を設置したガラス製500mLの4つ口フラスコに、窒素を吹き込みながらヨウ素(和光純薬(株)製)11.1gを入れ、更にトルエン100mLとマロン酸ジイソプロピル(立山化成(株)製)8.4gを加えて攪拌しながら、氷浴を用いて2℃に調整した。
【0146】
得られた温度調整後の反応液に対して、DBU(1,8−Diazabicyclo[5.4.0]undec−7−ene:東京化成(株)製)6.3gを50mLのトルエンで希釈した溶液を、40分かけて滴下した。滴下中はフラスコ内の反応液を攪拌し、且つ、氷浴を用いてフラスコの内温が5℃以下になるよう制御した。滴下終了後、5℃以下に保ったままさらに1時間攪拌した。フラスコ内の反応液は薄黄色の懸濁液の状態であった。
【0147】
その後、フラスコ内の反応液に、フラーレンC60(分子量720、フロンティアカーボン(株)製)5.00gを攪拌しながら加えた。フラスコ内の反応液は紫色の懸濁液の状態となった。その後、フラスコ内の反応液に、DBU(1,8−Diazabicyclo[5.4.0]undec−7−ene:東京化成(株)製)8.9gを25mLのトルエンで希釈した溶液を、攪拌しながら1時間かけて滴下した。滴下後は40℃まで昇温し、攪拌を継続しながら液体クロマトグラフィー(LC)によりフラスコ内の反応液の組成を確認したところ、フラーレンC60を添加してから1時間後に原料のフラーレンC60が完全に消失し、組成変化もないことを確認した。この時点でフラスコ内の反応液は茶色の懸濁液の状態であった。
【0148】
得られた反応液について、以下の手順により溶媒抽出による洗浄を行った。
まず、反応液に対して、10%亜硫酸ナトリウム水溶液200mLを加えて攪拌した後、薄黄色に着色した水相を分液除去して、有機相を分取した。
得られた有機相について、同様の溶媒抽出の手順により、脱塩水200mLとイソプロパノール50mLを用いて2回洗浄した。
この有機相をロータリーエバポレーターで濃縮してから、アセトン50mLに溶解させた後、吸引ろ過により不溶性の固体成分を除いた。得られた茶色のろ液を50%メタノール水溶液500mLに滴下して、析出した茶色固体を吸引ろ過によりろ別した。その後、50%メタノール水溶液50mLで振掛洗浄した後、100℃で5時間減圧乾燥し、茶色固体8.7gを得た。
【0149】
得られた茶色固体の1H−NMR測定(溶媒:重クロロホルム)を行ったところ、1.12〜1.42ppmおよび5.11〜5.24ppmに多数の多重線が観測され、その積分比が6:1であったことから、イソプロピルエステル基の存在が確認された。
また、元素分析を実施したところ、C:76.4%、H:3.67%、O:20.2%であり、C60に対しマロン酸ジイソプロピルが平均5.2付加している構造が示唆された。
[合成例9]マロン酸メチルtert−ブチル多付加体(化合物9)の合成
温度計を設置したガラス製500mLの4つ口フラスコに、窒素を吹き込みながらヨウ素(和光純薬(株)製)11.1gを入れ、更にトルエン100mLとマロン酸メチルtert−ブチル(立山化成(株)製)7.8gを加えて攪拌しながら、氷浴を用いて2℃に調整した。
【0150】
得られた温度調整後の反応液に対して、DBU(1,8−Diazabicyclo[5.4.0]undec−7−ene:東京化成(株)製)6.3gを50mLのトルエンで希釈した溶液を、30分かけて滴下した。滴下中はフラスコ内の反応液を攪拌し、且つ、氷浴を用いてフラスコの内温が5℃以下になるよう制御した。滴下終了後、5℃以下に保ったままさらに1時間攪拌した。フラスコ内の反応液は薄黄色の懸濁液の状態であった。
【0151】
その後、フラスコ内の反応液に、フラーレンC60(分子量720、フロンティアカーボン(株)製)5.00gを攪拌しながら加えた。フラスコ内の反応液は紫色の懸濁液の状態となった。その後、フラスコ内の反応液に、DBU(1,8−Diazabicyclo[5.4.0]undec−7−ene:東京化成(株)製)8.9gを25mLのトルエンで希釈した溶液を、攪拌しながら1時間かけて滴下した。滴下後は40℃まで昇温し、攪拌を継続しながら液体クロマトグラフィー(LC)によりフラスコ内の反応液の組成を確認したところ、フラーレンC60を添加してから1時間後に原料のフラーレンC60が完全に消失し、組成変化もないことを確認した。この時点でフラスコ内の反応液は茶色の懸濁液の状態であった。
【0152】
得られた反応液について、以下の手順により溶媒抽出による洗浄を行った。
まず、反応液に対して、10%亜硫酸ナトリウム水溶液200mLを加えて攪拌した後、薄黄色に着色した水相を分液除去して、有機相を分取した。
【0153】
得られた有機相について、同様の溶媒抽出の手順により、脱塩水200mLとイソプロパノール50mLを用いて2回洗浄した。
【0154】
得られた有機相をロータリーエバポレーターで濃縮してから、アセトン50mLに溶解させた後、吸引ろ過により不溶性の固体成分を除いた。得られた茶色のろ液を50%メタノール水溶液500mLに滴下して、析出した茶色固体を吸引ろ過によりろ別した。その後、50%メタノール水溶液50mLで振掛洗浄した後、100℃で5時間減圧乾燥し、茶色固体9.5gを得た。
【0155】
得られた茶色固体の1H−NMR測定(溶媒:重クロロホルム)を行ったところ、1.38〜1.71ppmおよび3.81〜4.02ppmに多数の一重線が観測され、その積分比が3:1であったことから、メチルエステル基およびtert−ブチルエステル基の存在が確認された。
また、元素分析を実施したところ、C:77.2%、H:3.21%、O:20.0%であり、C60に対しマロン酸メチルtert−ブチルが平均4.6付加している構造が示唆された。
【0156】
<フラーレン誘導体の熱分析>
上記合成例1〜6、8、または9で合成したフラーレン誘導体(化合物1〜6、8、または9)の熱分解挙動について検討するため、TG−DTA(熱重量−示差熱)測定を行った。[60]フラーレンと化合物1のTG−DTA(熱重量−示差熱)測定の結果を図1〜4に示す。測定はエスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社製示差熱重量同時測定装置TG/DTA6200を使用して、空気雰囲気下(流速200mL/分)、昇温速度10℃/分で行った測定結果を図1および3に示す。[60]フラーレンにおいては、500℃付近から発熱を伴う大きな重量減少が観測された。これは、フラーレンの酸化燃焼による重量減少である。化合物1においては、200℃付近と300℃付近において[60]フラーレンでは見られなかった発熱を伴う大きな重量減少が認められた。これらは、フラーレン誘導体の熱分解に伴う重量減少であると考えられる。
【0157】
次に窒素雰囲気下(流速200mL/分)、昇温速度10℃/分の条件で行った測定結果を図2および4に示す。化合物1は空気中とほぼ同一の温度で熱分解に伴う重量減少を起こしていることが分かる。このことから、200℃及び300℃付近の熱分解は空気酸化による燃焼分解ではないことがわかる。
そこで、上記合成例1〜6、8、または9で合成した化合物1〜6、8、または9の熱による分解挙動を検討するため、TG−DTA(熱重量−示差熱)測定を行った。上記の示差熱重量同時測定装置TG/DTA6200を使用して、空気雰囲気下(流速200mL/分)、昇温速度10℃/分の条件で行った測定結果を図5〜10、17、及び19に、窒素雰囲気下(流速200mL/分)、昇温速度10℃/分の条件で行った測定結果を図11〜16、18、及び20に示す。
【0158】
いずれの化合物においても、200〜400℃付近で熱分解に伴う重量減少が観測されており、これらの化合物は空気中及び窒素中(不活性雰囲気下)でフラーレンの熱分解よりも低い400℃以下の温度で分解することが分かる。
なお、化合物7は特許文献5の化合物4と同じ化合物であるが、特許文献5に記載されている通りフラーレン誘導体の熱分解温度が400℃以上であり、400℃以下ではフラーレン誘導体の分解脱離が起こっていないことが分かる。
【0159】
<分解ガスの分析>
フラーレンの熱分解よりも低い温度で分解する際の分解ガスを分析するために、化合物1〜6、8、及び9のTG−MS測定を行った。測定はTG/DTAにSEIKO製TG/DTA6300を、MSにAgilent製 5973Nを用いたTG−MSを使用して、測定雰囲気He(流速60mL/分)で、測定温度30℃〜600℃、昇温速度10℃/分、ガスライン温度250℃で行った測定結果を、表1に示す。
【0160】
【表1】
【0161】
検出物質それぞれの沸点、検出温度での状態、窒素化合物含有の有無を表2に示す。
【0162】
【表2】
【0163】
以上の結果より、本発明に用いられるフラーレン誘導体においては、熱分解によって発生する分解物が分解温度において窒素化合物を含まない気体であることが分かった。
<元素分析>
化合物1、2、3、4、及び7について、加熱処理前後における粉体の元素分析を行った。
加熱処理は、窒素雰囲気下で300℃、1時間実施した。元素分析結果は、表3に示すとおりである。なお、表中「wt%」は質量%を意味する。
元素分析は下記の測定条件により行った。
CHN分析:PERKIN ELMER社製 PE2400II CHN分析計
O分析:LECO社製 TC−436 酸素窒素分析計
【0164】
【表3】
【0165】
表3の結果より、化合物1〜4では加熱処理により炭素濃度が上昇し、水素濃度及び酸素濃度が減少していることが分かる。これにより、フラーレン誘導体の置換基が分解脱離し、フラーレン骨格濃度が上昇していることが分かる。また化合物7では元素分析値に有意な差が観測できなかったことから、この温度ではフラーレン誘導体の分解脱離が起こっていないことが確認された。
<塗膜の製造と評価>
[実施例1〜6]
(塗膜の作製)
化合物1〜4、8、及び9について、それぞれ5質量%のPGMEA(プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート)溶液を攪拌混合にて調整し、スピンコーターを用いてシリコン基板(4インチ)上に塗布し、100℃にて一時間乾燥した。得られた塗膜を光学顕微鏡にて観測し、均一な塗膜であることを確認した。これらの塗膜は、PGMEAやトルエン等に対して可溶であった。
【0166】
(塗膜の加熱処理)
上記でシリコン基板上に作成した化合物1〜4、8、または9の塗膜を、300℃のホットプレート上で10分間加熱処理を行った。加熱して得られた膜をPGMEAやトルエンで洗浄したところ、膜は溶解せずに基板上に保持された。塗布したフラーレン誘導体は溶媒に対して可溶であったことから、加熱処理によってフラーレン誘導体膜が不溶化していることが分かる。
【0167】
また、化合物1については、前記分解ガスの測定におけるTG−MS分析より、200℃付近でブテンと二酸化炭素が脱離、300℃付近で二酸化炭素が脱離しており、またTG−DTA(図4)におけるそれぞれの温度での重量減少量が200℃:約34wt%、300℃:約10wt%である。ブテンの分子量が56、二酸化炭素の分子量が44であり(56×2+44):44=156:44=35:10であることから、200℃で2当量のイソブテンと1当量の二酸化炭素、300℃で1当量の二酸化炭素が脱離していることが分かる。
【0168】
このことは、1段階目の分解(200℃付近)で1,2−(カルボキシメタノ)[60]フラーレンが生成し、2段階目の分解(300℃付近)で1,2−メタノ[60]フラーレンが生成していることを示唆している。1,2−メタノ[60]フラーレンは加熱により重合することが知られており(J.Am.Chem.Soc.1995、117、9359−9360)、フラーレン骨格を保持したフラーレン重合膜の形成が示唆され、フラーレン密度の高い炭素膜の形成が可能である。
また、分解温度を制御し一段階目で分解を停止することにより、カルボキシル基を有するフラーレン膜を形成することも可能である。
【0169】
[比較例1及び2]
(フラーレン膜の作製)
化合物5及び6について、実施例1〜6と同様にして、フラーレン誘導体の塗膜を作製し、加熱処理して、フラーレン膜を作製した。
シリコン基板上に作成した実施例1〜6、及び比較例1及び2の塗膜を2cm角の大きさに切断し、電気管状炉に設置した石英管の中に配置した。石英管中を窒素雰囲気下とした後、管状炉の温度を300℃まで昇温し、一時間保持した。管状炉を放冷した後、管状炉から石英管を取り出し、石英管内壁への付着物を目視にて観察した。
【0170】
【表4】
【0171】
比較例1及び2で観察された白色固体は、ガスクロマトグラフィー分析により、それぞれN−tert−ブトキシカルボニルピペラジンと4−(2−ヒドロキシエチル)ピペラジンが主成分であることが分かった。
この結果により、本発明によるフラーレン膜の作成においては分解物が分解温度において気体であるため製造環境において析出せず、製造環境の汚染が抑制されることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0172】
本発明のフラーレン膜の製造法は、製造中に気体状の窒素化合物等を発生しないため、製造環境を汚染することがない。またフラーレン誘導体の分解物が膜内に残留しないため、緻密な膜となり、より高強度及び高エッチング耐性の半導体特性にすぐれたフラーレン膜を製造することができる。更にフラーレン誘導体の熱分解温度が低いので熱分解処理のために特殊な装置を使用する必要が無く、プロセスへの適用性が高い。よって、本発明の工業的価値は顕著である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラーレン膜の製造方法、および該製造方法により製造されたフラーレン膜に関し、さらに詳細には、湿式法のような簡便な方法により容易に製膜が可能であり、フラーレン本来の性質を損なうことなく保持でき、さらに熱分解によって発生する分解物が分解温度において窒素化合物を含まない気体であることから製造環境を汚染することなく、また膜内に残留することが無いため均質なフラーレン膜を形成することが可能である、フラーレン誘導体を原料とするフラーレン膜の製造方法、および該製造方法により製造されたフラーレン膜に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素系材料は、ダイヤモンドや黒鉛(グラファイト)等のバルク材料として古くから利用されてきたが、近年コーティング材料や機能性薄膜材料としても注目を集めつつある。中でも、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)に代表されるアモルファス炭素系薄膜は、摩擦係数が低く平滑性および耐磨耗性に優れるため、アルミニウム加工用金型、工具等の保護膜、光学素子の保護膜、磁気ヘッドの摺動面へのコーティング等に用いられている。
【0003】
アモルファス炭素系薄膜の形成には、高周波プラズマ法やイオン化蒸着法などの気相成長法が主に用いられている。しかし、これらはいずれも大型の真空機器を必要とするため、製膜コストが高くなるとともに、大面積の製膜には適していない。
また、近年注目を集める炭素系材料にフラーレン(fullerene)がある。フラーレンは、球状の閉殻構造を有する炭素分子の総称であり、紫外線吸収特性、光導電性、光増感特性等の、分子構造に由来するユニークな性質を有しているため、有機半導体等の電子材料、機能性光学材料、従来のアモルファス系炭素薄膜に代わるコーティング材料等への幅広い応用が期待されており、基材上へのフラーレン薄膜の形成に関する検討が近年盛んに行われている。
【0004】
フラーレンはグラファイトと比較して熱伝導率が約100倍低いため、フラーレン膜は通常の炭素膜に比べて好適な熱保護膜としての利用が期待される。
また、フラーレンは電気伝導率が非常に低いため、絶縁膜としての利用や、カラーフィルターの高抵抗ブラックマトリックスとしての用途が期待される。
また、フラーレンは有機n型半導体分子として優れた特性を有することから、有機半導体薄膜としての利用が期待される。また、フラーレンは優れたラジカルトラップ性を有しており、潤滑膜として使用した場合、併用する潤滑油の劣化防止の効果が期待できる。
【0005】
一方、フラーレン及びフラーレン誘導体よりなる薄膜は高いエッチング耐性を有するため、半導体素子等の製造工程における微細加工に用いられる多層レジストの下層膜形成材料としての利用が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
また、フラーレンを利用したレジスト組成物のエッチング耐性等の性能向上は、幾つかの報告がされている(特許文献2、非特許文献1、及び非特許文献2)。
【0006】
しかしながら、フラーレン薄膜を気相成長法により形成することは非常に困難であるため、溶媒キャスト法等の湿式法によるフラーレン薄膜の形成に関する検討がなされてきた(例えば、非特許文献3参照)。しかしながら、フラーレンは溶媒に対する溶解性が低い上に、対称性の高い球状の分子構造を有しているため配向性が低い。そのため、十分な膜厚を有し、フラーレン分子が規則的に配向した膜を溶媒キャスト法等の湿式法により得ることは困難である。
【0007】
一方で、フラーレンの膜形成特性および溶媒に対する溶解性を向上させるために、各種フラーレン誘導体の検討がなされ、種々の誘導体が提示されている(例えば特許文献3参照)。また、フラーレン誘導体を用いた製膜方法も検討されている。例えば、非特許文献4では、化学修飾したフラーレン誘導体を用いて、導電性基板上にLB膜または自己集合単分子膜(SAM)を形成させる手法が開示されている。また、特許文献4では、フラーレンと液晶性官能基とを結合した構造を有するフラーレン誘導体を基板上に積層した構造体が開示されている。
【0008】
しかしながら、付加反応によりフラーレンの炭素原子上へ官能基を導入すると、π電子の共役パターンが変化してしまい、フラーレン本来の性質を保持したまま薄膜材料を得ることが困難となる場合がある。
特許文献5において、フラーレン誘導体溶液をスピンコートのような湿式法で薄膜化し、その後加熱しフラーレン誘導体の官能基を加熱分解し、フラーレン本来の性質を保持したフラーレン膜についての検討がなされている。また、特許文献6及び7ではアミノ基を付加したアミノ化フラーレンを同様の手法でフラーレン膜とし、半導体製造に用いるレジスト下層膜形成組成物に用いることが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2006−227391号公報
【特許文献2】特許第3515326号公報
【特許文献3】特開2006−199674号公報
【特許文献4】特開2003−238490号公報
【特許文献5】特開2008−202029号公報
【特許文献6】国際公開第2008/062888号
【特許文献7】特開2008−164806号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Jpn.J.Appl.Phs.Vol.39(2000)pp.L1068−1070
【非特許文献2】Jpn.J.Appl.Phs.Vol.40(2001)pp.L478−480
【非特許文献3】パベル・ヤンダ(Pavel Janda)他、「アドバンスト・マテリアルズ(Advanced Materials)」、(ドイツ)、ワイリーVCH社(WileyVCH Verlag)、1998年12月、第10巻、第17号、p.1434−1438
【非特許文献4】今堀博他、「ジャーナル・オブ・フィジカル・ケミストリー B(Journal of Physical Chemistry B)」、(米国)、アメリカ化学会(American Chemical Society)、1999年8月10日、第103巻、第34号、p.7233−7237
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、これらの方法によると、加熱により発生する分解物が分解温度で液体もしくは固体である場合が殆どであり、製造環境を汚染する可能性があり、特に半導体製造のような極めて高いクリーン度が求められる製造環境には不向きである。また、分解物の沸点が高い場合には分解物が膜中に残留する可能性があり、膜質の均一性を損なわせ膜質の悪化を引き起こすことが予想される。さらに、特許文献6及び7のように窒素を含むフラーレン誘導体を半導体製造に用いた場合、分解物が分解温度において気体であったとしても、分解物が塩基性の含窒素化合物であるために、化学増幅型レジストのように塩基性不純物によってその特性に大きな影響がある材料を使用する製造工程においては、製品の品質低下を引き起こすことが考えられ、使用上適当ではない。
【0012】
又、特許文献5には、窒素を含まない誘導体も記載されているが、熱分解温度が500℃近辺にあり、フラーレンの熱分解温度に近いため、熱分解により得られるフラーレンが、フラーレンが本来有する性能を満足しないことがある。また、ホットプレートを用いて加熱を行う場合、通常使用されるホットプレートの加熱の上限は300℃であり、高温用でも400℃程度であることから、実用上適当ではない。
【0013】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたもので、湿式法により容易に製造でき、かつ量産も可能であり、フラーレン本来の性質を損なうことなく保持でき、さらに熱分解によって発生する分解物が分解温度において窒素化合物を含まない気体であることから製造環境を汚染することなく、また膜内に残留することが無いため均質なフラーレン膜を形成することが可能であるフラーレン誘導体を原料とするフラーレン膜の製造方法および該製造方法により製造されたフラーレン膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の要旨は、熱分解温度が400℃以下であり、熱分解によって発生する分解物が分解温度において窒素化合物を含まない気体であるフラーレン誘導体の溶液を基材上に塗布して得られる塗布膜を、前記フラーレン誘導体の熱分解温度よりも高く、前記フラーレンの熱分解温度よりも低い温度で加熱して、前記フラーレン誘導体の少なくとも一部を熱分解させることを特徴とするフラーレン膜の製造方法に存する。
【0015】
そして、本発明の別の要旨は、上記フラーレンの製造方法により得られるフラーレン膜に存する。
【0016】
即ち、本発明の要旨は、下記(1)〜(14)に存する。
(1) 熱分解温度が400℃以下であり、熱分解によって発生する分解物が分解温度において窒素化合物を含まない気体であるフラーレン誘導体の溶液を基材上に塗布して得られる塗布膜を、前記フラーレン誘導体の熱分解温度よりも高く、前記フラーレンの熱分解温度よりも低い温度で加熱して、前記フラーレン誘導体の少なくとも一部を熱分解させることを特徴とするフラーレン膜の製造方法。
(2) 好ましくは、前記フラーレン誘導体の熱分解によって発生する分解物が、1気圧下100℃において気体であることを特徴とする、(1)に記載のフラーレン膜の製造方法。
【0017】
(3) 好ましくは、前記フラーレン誘導体が、下記の一般式(1)で表される部分構造がフラーレンと結合していることを特徴とする(1)または(2)に記載のフラーレン膜の製造方法。
【化1】
(上記式(1)中、Aはフラーレン骨格との結合部位を表し、酸素原子、硫黄原子、燐原子、炭素数1以上6以下の炭素鎖、−Ar−O−(但し、Arは置換基を有してもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基を表しフラーレン骨格と結合している)、フラーレン骨格の炭素を含んだ置換されていてもよい環状脂肪族基、又は置換されていてもよい芳香族炭化水素基を表す。mは0以上6以下の整数を表し、nは0又は1の整数を表し、pは1以上3以下の整数を表し、qは1以上46以下の整数を表す。Rは炭素数1以上20以下の有機基を表す。)
【0018】
(4) 好ましくは、上記式(1)で表されるnが1であることを特徴とする(3)に記載のフラーレン膜の製造方法。
(5) 好ましくは、上記式(1)で表される有機基Rが、tert−ブチル基であることを特徴とする(3)又は(4)に記載のフラーレン膜の製造方法。
(6) 好ましくは、上記式(1)で表されるフラーレン骨格との結合部位Aが酸素原子であることを特徴とする(3)〜(5)のいずれか一項に記載のフラーレン膜の製造方法。
(7) 好ましくは、上記式(1)で表されるmが1であることを特徴とする(6)に記載のフラーレン膜の製造方法。
【0019】
(8) 好ましくは、上記式(1)で表されるフラーレン骨格との結合部位Aが、下記式(2)で表される、置換基を有してもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基であることを特徴とする(3)〜(5)のいずれか1項に記載のフラーレン膜の製造方法。
【0020】
【化2】
【0021】
(上記式(2)において、Arは置換基を有してもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基を表しフラーレン骨格と結合している。)
(9) 好ましくは、上記式(1)で表されるフラーレン骨格との結合部位Aが、下記式(3)で表されるフラーレン骨格の炭素を含んだ置換されてもよい環状脂肪族基であることを特徴とする(3)〜(5)のいずれか1項に記載のフラーレン膜の製造方法。
【0022】
【化3】
【0023】
(上記式(3)において、2つのCfはフラーレン骨格上の隣接する2つの炭素原子を表し、aは1以上4以下の整数を表す。また、結合部位Aのフラーレン骨格に結合しない側の結合手は、環状脂肪族基のメチレン鎖上の一箇所に存在する。)
【0024】
(10) 好ましくは、上記式(3)で表されるaが1であることを特徴とする(9)に記載のフラーレン膜の製造方法。
(11) 好ましくは、上記式(1)で表されるmが0であることを特徴とする(9)または(10)に記載のフラーレン膜の製造方法。
(12) 好ましくは、上記式(1)で表されるpが2であることを特徴とする(9)〜(11)のいずれか1項に記載のフラーレン膜の製造方法。
(13) 好ましくは、上記フラーレンの骨格がフラーレンC60及び/又はC70を含むことを特徴とする(1)〜(12)のいずれか1項に記載のフラーレン膜の製造方法。
(14) (1)〜(13)のいずれか1項に記載の方法で製造されたフラーレン膜。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、熱分解可能なフラーレン誘導体を用いて、例えば、湿式法等の簡便な方法によって得られた塗布膜を加熱分解することでフラーレン膜を得ることができるため、蒸着法等の気相成長法により製造されたフラーレン膜よりも膜厚が大きく、より面積の大きいフラーレン膜が容易に得られる。また、フラーレン誘導体の加熱分解によって発生する分解物が分解温度において窒素化合物を含まない気体であるため、製造環境を汚染することなく、また製造した膜内に残留することが無いため均質なフラーレン膜を形成することが可能である。しかも、本発明の方法で使用するフラーレン誘導体は、分解温度がフラーレンの分解温度よりも低いフラーレン誘導体であるため、フラーレン膜形成時の加熱によるフラーレンの閉殻構造の破壊が防止され、フラーレン構造の含有率が高く、フラーレン本来の性質を損なうことなく保持したフラーレン膜を得ることができる。得られるフラーレン膜は密度の高い緻密な膜となることから、より高強度、高エッチング耐性を備えていると考えられる。また、不純物となる分解物が膜内に残留しないことから、半導体特性の向上が予想される。
【0026】
さらに、本発明のフラーレン膜の製造には蒸着装置のような高価な機器を必要とせず、フラーレン誘導体そのものの性質を利用することにより、湿式法で製造することができるため、低コストでフラーレン膜を容易に製造することができる。すなわち、本発明によれば、フラーレン膜を容易に、かつ安価に高効率で製造することができる。
本発明により得られたフラーレン膜は、フラーレンの低い熱伝導率、低い電気伝導率や高いエッチング耐性を生かした様々な分野で用いる上で好適である。
【0027】
例えば、有機半導体薄膜、光電性膜等の機能性薄膜、電池用薄膜、金属、プラスチック、およびセラミックス材料の摺動表面の潤滑膜、耐腐食性、耐酸化性に優れた膜として熱水や化学薬品が接する工業プラント製品の保護膜として利用することができる。また、潤滑膜として用いる場合、形成された潤滑膜の表面に潤滑油を塗布することができ、この場合、本発明の方法により形成されるフラーレン膜には、潤滑油の潤滑性を向上させかつ潤滑油内で生成するラジカルをトラップさせることによる劣化防止効果も期待できる。あるいは、さらに熱処理を行い、DLC膜やアモルファスカーボン膜に変換することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】フラーレン[60]のTG−DTA(熱重量―示差熱)測定を空気雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図2】フラーレン[60]のTG−DTA(熱重量―示差熱)測定を窒素雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図3】化合物1のTG−DTA(熱重量―示差熱)測定を空気雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図4】化合物1のTG−DTA(熱重量―示差熱)測定を窒素雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図5】化合物1のTG(熱重量)測定を空気雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図6】化合物2のTG(熱重量)測定を空気雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図7】化合物3のTG(熱重量)測定を空気雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図8】化合物4のTG(熱重量)測定を空気雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図9】化合物5のTG(熱重量)測定を空気雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図10】化合物6のTG(熱重量)測定を空気雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図11】化合物1のTG(熱重量)測定を窒素雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図12】化合物2のTG(熱重量)測定を窒素雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図13】化合物3のTG(熱重量)測定を窒素雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図14】化合物4のTG(熱重量)測定を窒素雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図15】化合物5のTG(熱重量)測定を窒素雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図16】化合物6のTG(熱重量)測定を窒素雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図17】化合物8のTG(熱重量)測定を空気雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図18】化合物8のTG(熱重量)測定を窒素雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図19】化合物9のTG(熱重量)測定を空気雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【図20】化合物9のTG(熱重量)測定を窒素雰囲気中で行った際の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の一実施の形態に係るフラーレン膜の製造方法および該製造方法により製造されるフラーレン膜について詳細に説明するが、本発明は以下の説明に制限されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において任意に変形して実施することができる。
(1)フラーレン及びその誘導体の概要
1)フラーレン及びフラーレン誘導体
フラーレンは、炭素原子が中空状の閉殻構造をなす炭素クラスターであり、当該閉殻構造を形成する炭素数は、通常60〜130の偶数である。フラーレンの具体例としては、C60、C70、C76、C78、C82、C84、C90、C94、及びC96のほか、これらよりも多くの炭素を有する高次の炭素クラスターを挙げることができる。フラーレン膜の製造には、これらの各フラーレンおよび上記フラーレンが2種類以上混合されたフラーレン混合物を適宜使用可能であり、その炭素数は特に限定されるものではないが、容易に製造が可能である等の観点から、C60フラーレンまたはこれを主体とするフラーレン混合物を用いることが好ましい。
【0030】
「フラーレン誘導体」とは、フラーレンの炭素原子に有機または無機の原子団を結合させた化合物または組成物の総称をいう。例えばフラーレン骨格上に所定の置換基が付加した構造を有するもののほか、内部に金属や分子を包含しているフラーレン金属錯体を含めたもの等を広く意味するものとする。また、組成物としては、炭素数が同一で、付加基、置換基等の異なるフラーレン化合物の混合物、炭素数が異なり、且つ付加基、置換基等の異なるフラ−レン化合物の混合物等が挙げられる。
具体的には、水素化フラーレン、酸化フラーレン、水酸化フラーレン、アミノ化フラーレン、硫化フラーレン、ハロゲン(F、Cl、Br、I)化フラーレン、フレロイド、メタノフラーレン、ピロリジノフラーレン、アルキル化フラーレン類、アリール化フラーレン類等が挙げられる。これらのフラーレン誘導体において、フラーレン骨格に付加する置換基の数は複数であってもよく、2種類以上の異なる種類の置換基が付加していてもよい。
【0031】
なお、フラーレン誘導体は、1種類を単独で用いても、複数種を併用してもよい。このうち、フラーレン製造時における主生成物であり入手容易な点から、C60およびC70の誘導体が好ましく、これらの混合物の誘導体あるいはC60の誘導体がより好ましい。すなわち、フラーレン骨格がC60またはC70であるものが好ましく、フラーレン骨格がC60とC70の混合物、あるいはC60であるものがより好ましい。
以下、炭素数Xのフラーレンを「[X]フラーレン」と表す。例えばC60のフラーレンは[60]フラーレンと表される。
【0032】
フラーレンの「骨格」とは、フラーレンまたはフラーレン誘導体の閉殻構造を構成する炭素骨格をいう。
【0033】
2)フラーレン及びその誘導体の熱分解
「フラーレンの熱分解」とは、加熱によりフラーレンの球状の閉殻構造が破壊され、フラーレンとしての構造を有しない状態になることをいい、「フラーレンの熱分解温度」とは、加熱によりフラーレンの球状の閉殻構造が破壊され、フラーレンとしての構造を有しない状態になる温度のことをいう。
【0034】
酸素雰囲気下においては、フラーレンの熱分解は、酸化燃焼によるフラーレンの球状の閉殻構造の破壊として進行し、熱分解温度はその酸化燃焼が起こる温度をさす。酸素雰囲気下におけるフラーレンの熱分解温度は、通常500℃以上である。
また、不活性雰囲気下においては、フラーレンの熱分解は、昇華によるフラーレンの球状の閉殻構造の消失として進行し、熱分解温度はその昇華が起こる温度をさす。不活性雰囲気下におけるフラーレンの熱分解温度は、通常700℃以上である。
【0035】
また「フラーレン誘導体の熱分解」とは、加熱処理によりフラーレン骨格に結合させた有機または無機の原子団、好ましくは、フラーレン表面に結合した置換基がフラーレンの球状の閉殻構造が破壊されることなく、脱離あるいは分解し、フラーレン膜およびフラーレン重合体を生成する任意の反応をいう。
【0036】
フラーレン誘導体の熱分解時の雰囲気は特に制限は無く、大気中のような含酸素雰囲気下でも窒素雰囲気下、減圧下、真空下等の不活性雰囲気下でも構わないが、好ましくは酸化燃焼と熱分解の区別が明確であり、酸化燃焼が起こりにくい、酸素を含まない不活性雰囲気下が好ましく、より具体的には窒素雰囲気下、その他の不活性ガス雰囲気下、あるいはそれらの混合雰囲気下、減圧下、あるいは真空下のいずれかが好ましい。
【0037】
「フラーレン誘導体の熱分解温度」とは、加熱処理によりフラーレン骨格に結合させた有機または無機の原子団、好ましくはフラーレン表面に結合した置換基が脱離あるいは分解を開始する温度であり、その温度については熱重量−示差熱分析(以下「TG−DTA」と略記することがある)による熱分析において重量減少を開始する温度を用いることが出来る。
また、熱分解に際しては、フラーレン誘導体は、酸もしくは加熱あるいは露光により酸を発生する酸発生剤を含有していても良い。前記酸発生剤は、例えば熱酸発生剤と光酸発生剤を併用することも出来る。
【0038】
3)フラーレン重合体とフラーレン膜
「フラーレン重合体」とは、フラーレンの球状の閉殻構造を有したままフラーレンの分子同士が重合したものをいい、より具体的には、X線回折(XRD)解析にてフラーレン特有の回折パターンを有し、かつフラーレン、あるいはフラーレン誘導体が熱処理前に可溶であった溶媒に対して不溶化しているフラーレンの閉殻構造を有する分子の集合体をいう。
【0039】
フラーレン重合体としては、例えば複数のフラーレンの閉殻構造を形成する炭素同士が結合し、フラーレン類の二量体、多量体あるいは分子集合体を形成した構造が考えられる。閉殻構造が維持されていればフラーレン重合体の構造内に炭素以外の原子、例えば熱分解前のフラーレン誘導体が有していた置換基由来の酸素、硫黄等の原子が含まれていてもよい。
【0040】
以下、フラーレン重合体により形成された膜状物を「フラーレン重合体膜」といい、また「フラーレン膜」とは、フラーレンの球状の閉殻構造を有した膜状物を指し、具体的にはフラーレン分子の閉殻構造を維持した状態で形成された膜状物をいい、上記フラーレン重合体の膜を含む概念である。
【0041】
フラーレン膜は、通常フラーレンの球状の閉殻構造を10重量%以上含み、好ましくは20重量%以上、より好ましくは30重量%以上含む。
ここでいう「フラーレン膜」は、例えばフラーレンと熱硬化性樹脂との組成物を原料としてフラーレンが物理的に樹脂膜中に取り込まれて膜状に形成されたものとは異なり、フラーレン自体が反応、重合等により膜状物を形成したものをいう。
【0042】
具体的には、XRD解析においてフラーレン特有の回折パターンを有し、かつフラーレンが可溶な溶媒に不溶化している膜状物をいう。フラーレン分子の閉殻構造が維持されていれば、重合体の構造内に炭素以外の原子、例えば熱分解前のフラーレン誘導体が有していた置換基由来の窒素、酸素、硫黄等の原子が含まれていてもよい。
【0043】
また「フラーレン膜」にはフラーレン重合体のみならず、その他の成分を含んでいてもよく、例えば重合していないフラーレンや、熱分解していないフラーレン誘導体、フラーレンの閉殻構造が破壊された炭素原子、分子等を含んでいてもよい。
上記のフラーレン重合体からなるフラーレン膜は、通常10%以上のフラーレン重合体を含む。
【0044】
尚、均一な膜を形成することで、例えば分光エリプソメーター等を用いて本発明の膜の屈折率(n値)及び消衰係数(k値)(以下、これらをまとめて、適宜「光学定数」と言う。)を測定することができる。また、これらの測定値を用い、本発明の方法で得られた膜の誘電率、反射率等を計算することができる。これらの光学定数は、そのフラーレン誘導体膜の用途によって、また同じ用途でもプロセスの種類、フラーレン誘導体膜に含有される他の成分の種類及び量等によって求められる数値が大きく異なる。従って、本発明の方法で得られた膜が有する優れた物性を効果的に活用できる用途に用いることが好ましい。
【0045】
(2)フラーレン誘導体の特性及び製造方法
1)フラーレン誘導体の特性とその構造
本発明において用いるフラーレン誘導体は、その熱分解温度が400℃以下であり、熱分解によって発生する分解物が分解温度において窒素化合物を含まない気体である必要がある。
前記フラーレン誘導体の熱分解温度は400℃以下であるが、300℃以下がより好ましく、通常100℃以上、好ましくは200℃以上である。
前記フラーレン誘導体の熱分解温度が低すぎる場合、フラーレン誘導体やフラーレン誘導体膜が安定性に乏しくなるという問題が起きることがあり、高すぎる場合にはプロセスへの適応性に乏しくなったり、得られるフラーレン膜中のフラーレン構造が破壊され、フラーレン本来の性能を損なうことがある。
【0046】
なお、上記フラーレン誘導体のフラーレン骨格に結合された有機または無機の原子団は、400℃以下の温度で分解し、熱分解によって発生する分解物は、分解温度において気体である。前記分解物が気体である温度は1気圧で400℃以下であることが好ましく、より好ましくは1気圧で300℃以下であることが好ましく、さらに好ましくは1気圧で200℃以下であることが好ましく、特に好ましくは1気圧で100℃以下である。即ち、フラーレン誘導体の熱分解によって発生する分解物が、1気圧下100℃において気体であるのが最も好ましい。
【0047】
また、フラーレン誘導体が熱分解によって発生する分解物が、分解温度において塩基性の窒素化合物を含む場合、得られるフラーレン膜に塩基性化合物が付着し、化学増幅型レジスト等の用途において製品の品質が低下する等の不都合を生じることがあり、好ましくない。
本発明のフラーレン膜の製造方法において用いることの出来るフラーレン誘導体は、上記の物性を満足するものであって、且つ、下記の一般式(1)で表される部分構造がフラーレンと結合しているものから選ばれるのが好ましい。
【0048】
【化4】
【0049】
(上記式(1)中、Aはフラーレン骨格との結合部位を表し、酸素原子、硫黄原子、燐原子、炭素数1以上6以下の炭素鎖、−Ar−O−(但し、Arは置換基を有してもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基を表し、フラーレン骨格と結合している)、フラーレン骨格の炭素を含んだ置換されていてもよい環状脂肪族基、又は置換されていてもよい芳香族炭化水素基を表す。mは0以上6以下の整数を表し、nは0又は1の整数を表し、pは1以上3以下の整数を表し、qは1以上46以下の整数を表す。Rは炭素数1以上20以下の有機基を表す。)
【0050】
フラーレンの具体例としては、C60、C70、C76、C78、C82、C84、C90、C94、C96及びこれらよりも多くの炭素を有する高次の炭素クラスター等が挙げられる。
なお、本明細書では、炭素数i(ここでiは任意の自然数を表わす。)のフラーレン骨格を適宜、一般式「Ci」で表わす。
上記式(1)において、Aで表される炭素数1以上6以下の炭素鎖としては、2〜4価の鎖状炭化水素鎖が挙げられるが、中でも合成の容易さの点からアルキレン鎖が好ましい。
置換されていてもよい芳香族炭化水素基としては、炭素数6〜18の2価の芳香族炭化水素基が挙げられ、好ましくは、フェニレン基、ナフタレン基等を表す。
【0051】
上記式(1)で表されるフラーレン誘導体のAは、酸素原子、下記式(2)で表されるフェノキシ構造、または下記式(3)の環状構造から選ばれる基であることが好ましい。
【0052】
【化5】
【0053】
(但し、Arは置換基を有してもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基を表しフラーレン骨格と結合している。)
【0054】
【化6】
【0055】
(但し、aは1以上4以下の整数を表し、2つのCfはフラーレン骨格上の炭素原子を表す。また、結合部位Aのフラーレン骨格に結合しない側の結合手は、環状脂肪族基のメチレン鎖上の一箇所に存在する。なお、2つのCfは、具体的には隣接する2つの6員環の間で(6,6)結合を形成する2つの炭素原子である。)
【0056】
上記式(1)においてメチレン鎖の数mは0以上6以下であるが、プロピレングリコールメチルアセテート(以下PGMEAと略す)等のエステル溶媒へ高濃度で溶解させるためには、メチレン鎖を有していた方が良く、好ましいmは4以下である。またメチレン鎖の数mは0か1のものが原料調達の観点から好ましい。
また、上記メチレン鎖には、本発明に係るフラーレン誘導体の優れた物性を大幅に損なうものでなければ、他の有機基が置換されていてもよい。
【0057】
上記式(1)において、nは0又は1を表すが、中でも、PGMEA等のエステル溶媒へ溶解度を向上させる観点から、酸素原子の数nは1であることが好ましい。またpは1以上3以下の整数であるが、合成上の容易さを考慮すると、pは1又は2であるのが好ましい。
上記式(1)においてRは炭素数1以上20以下の有機基を表す。Rの好ましい炭素数は1以上15以下であり、原料調達の観点から、炭素数1以上10以下の直鎖状または分岐状のアルキル鎖が好ましい。
Rの具体例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、イソプロピル基、sec−ブチル基、iso−ブチル基、tert−ブチル基、tert−アミル基、ネオペンチル基、2−メチルブチル基、3−メチルブチル基等の直鎖又は分岐状の鎖状アルキル基;シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基、ノルボルニル基、トリシクロデカニル基、アダマンチル基等の環状アルキル基;アリル基、クロチル基、シンナミル基等のアルケニル基;フェニル基、ビフェニル基、ナフチル基等のアリール基が挙げられる。
【0058】
更に、酸解離性、熱分解性挙動の観点から、酸素原子もしくはカルボニル基が結合している炭素原子が、第三級炭素原子であるアルキル基が好ましい。具体的には、tert−ブチル基、tert−アミル基、1,1-ジエチルプロピル基、1−メチルシクロペンチル基、1−メチルシクロヘキシル基、1−エチルシクロペンチル基、1−エチルシクロヘキシル基、1−ブチルシクロペンチル基、1−ブチルシクロヘキシル基、2−メチル−2−アダマンチル基等が挙げられる。これらの中でも、加熱分解後の分解物が気体であると言う観点からtert−ブチル基が最も好ましい。
【0059】
また、これら有機基Rは、本発明の方法で得られるフラーレン膜の優れた物性を大幅に損なうものでなければ、他の置換基で更に置換されていてもよい。置換基はハロゲン原子でも、水酸基等のそれ以外の置換基でも構わないが、置換基を有する場合は、置換基を含んだ炭素数の合計が上記条件を満たすことが好ましい。また、これらの置換基が更に1以上の置換基によって多重に置換されていてもよい。
【0060】
尚、上記式(1)で表されるフラーレン誘導体のAが酸素原子のとき、mが1であるのが好ましい。
又、上記式(1)で表されるフラーレン誘導体のAが前記式(3)で表される基であるとき、aが1であるシクロプロピル基であることが好ましく、mが0であり、pが2であることが好ましい。
【0061】
好ましいフラーレン誘導体の例としては、下式の(4)〜(6)で示される水酸化フラーレン、芳香族基含有フラーレン、シクロプロパン環含有フラーレンが挙げられる。
以下、個々の誘導体について説明する。
2)フラーレン誘導体の製造方法(水酸化フラーレン)
【0062】
【化7】
【0063】
式(4)のフラーレン誘導体は、前記式(1)で表される部分構造において、フラーレン骨格との結合部位Aが酸素原子であることを特徴とするフラーレン誘導体であり、mは0以上5以下の整数を表し、nは0又は1を表し、rとsはr+s=q、即ちrとsの和が1以上46以下を満足する整数を表し、Rは式(1)と同じで炭素数1以上20以下の有機基を表す。前記のようなフラーレン誘導体は特定の構造を有する有機基が水酸化フラーレンの水酸基上に導入されたものである。
【0064】
式(4)において、rは、フラーレン骨格に結合している水酸基保護基の数を表す。また、sはフラーレン骨格に結合している未保護の水酸基の数を表す。r+s(=q)は前述の通り、1以上46以下の整数であるが、好ましくは2以上、更に好ましくは6以上、特に好ましくは8以上であり、好ましくは20以下、更に好ましくは12以下である。r+sの数は原料となる水酸化フラーレンの水酸基数に相当するが、本発明のフラーレン誘導体の用途によって適切なものを選択すればよい。
【0065】
r+sの値が小さすぎると有機溶媒への溶解性が低くなる傾向があり、大きすぎるとフラーレンの性質が損なわれる傾向がある。
また式(4)において、rは1以上46以下であるが、好ましくは2以上、更に好ましくは3以上であり、好ましくは20以下、更に好ましくは10以下である。原料として用いる水酸化フラーレンの水酸基数(r+s)並びに、本発明のフラーレン誘導体の用途によって決定すればよい。
【0066】
さらに式(4)において、sは0以上45以下であるが、好ましくは20以下、さらに好ましくは10以下である。原料として用いる水酸化フラーレンの水酸基数(r+s)並びに、本発明のフラーレン誘導体の用途によって決定すればよい。
式(4)において、水酸基の保護基の種類は1種類でもよく、2種類以上の複数種類でも良い。2種類以上の場合は、その組み合わせ及び比率は任意である。
【0067】
上記式(4)で表されるフラーレン誘導体は、例えば、原料として水酸化フラーレン(C60(OH)b)を、以下の(a)〜(c)の方法などで反応剤と反応させることにより合成することができる。
(a)原料フラーレン誘導体を、エーテル化剤と反応させて、エーテル化する。
(b)原料フラーレン誘導体を、エステル化剤と反応させて、エステル化する。
(c)原料フラーレン誘導体を、カーボネート化剤と反応させて、カーボネート化する。
【0068】
原料となる水酸化フラーレン(C60(OH)b)は、本発明の目的に応じて、適切な水酸基数を用いることができるが、水酸基数bは通常2以上、好ましくは4以上、更に好ましくは6以上であり、通常46以下、好ましくは20以下、更に好ましくは14以下である。
なお、原料となる水酸化フラーレン(C60(OH)b)の具体的な合成条件は、日本国特開平7−48302号公報、日本国特開2002−80414号公報、日本国特開2004−168752号公報等に記載されている方法を用いることができる。
【0069】
さらに、上記(a)〜(c)などの方法でフラーレン誘導体の製造を行なう場合は、塩基存在下、有機溶媒に溶解もしくは懸濁させた状態で反応を行なうのが一般的である。
反応系内に存在させる塩基の種類は特に限定されず、本発明のフラーレン誘導体の合成時に、反応の種類によって適当なものを選択すればよい。塩基の具体例としては、トリエチルアミン、トリイソプロピルアミン、ピリジン、4−ジメチルアミノピリジン、水酸化テトラブチルアンモニウム、ジアザビシクロウンデセン、イミダゾール等の有機塩基、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等の金属炭酸塩、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム等の金属水酸化物などが挙げられる。なお、上記の塩基は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0070】
また、反応に使用する塩基や有機溶媒の種類及び/または量についても反応を阻害しない限り特に制限されない。
有機溶媒の具体例としては、テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル、ジブチルエーテル、1,4−ジオキサンなどのエーテル類、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素、塩化メチレン、クロロホルム、ジクロロベンゼン等のハロゲン化炭化水素、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類などが挙げられる。また、有機溶媒も、1種を単独で用いてもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0071】
なお、反応の種類によっては、有機溶媒は予め水分を除去したものを用いた方が効率的に合成することが可能な場合がある。
また、原料となる水酸化フラーレンに対して使用する有機溶媒の量としては、例えば、原料フラーレン誘導体の濃度が通常0.1mg/mL以上、好ましくは1mg/mL以上、より好ましくは5mg/mL以上、また、通常1000mg/mL以下、好ましくは100mg/mL以下、より好ましくは50mg/mL以下となる量の有機溶媒を用いればよい。
【0072】
以下、例示した前記の合成方法(a)〜(c)についてそれぞれ説明する。
(a)エーテル化による合成方法
この合成方法では、原料となる水酸化フラーレンに対して、X−(CH2)m−C(=O)−(O)n−R等で示されるハロゲン化物などのエーテル化剤を用いて、エーテル化を行なう。ここで、上記のエーテル化剤を表わす式におけるXはCl、Br、I等のハロゲン原子を表わし、mは1〜5の整数を表わし、nは0又は1を表わす。また、Rは前記式(1)のRと同じである。また、上述したハロゲン化物のハロゲン原子に代えて、求核置換反応の脱離基となりうる官能基を有するものをエーテル化剤として用いても構わない。求核置換反応の脱離基となりうる官能基としては、アセトキシ基、トリフロロアセトキシ基等のアシロキシ基;メタンスルホニルオキシ基、ベンゼンスルホニルオキシ基、トルエンスルホニルオキシ基等のスルホニルオキシ基などが挙げられる。なお、エーテル化剤は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。これにより、水酸化フラーレンの水酸基部分がエーテル化され、本発明の水酸化フラーレン誘導体を合成することができる。
【0073】
エーテル化による合成方法では、エーテル化剤は、反応を行なう水酸基に対して通常1倍モル以上、好ましくは1.2倍モル以上、より好ましくは1.4倍モル以上、また、通常30倍モル以下、好ましくは20倍モル以下、より好ましくは10倍モル以下用いる。
エーテル化剤の量が多すぎると、製造コストの観点から好ましくなく、少な過ぎると十分な反応速度が得られない可能性がある。
【0074】
原料、塩基、有機溶媒等の混合順序についても、エーテル化反応を阻害しない限り特に限定されないが、通常、原料となる水酸化フラーレンと塩基とを上記の溶媒から選択した溶媒中で混合してから、エーテル化剤を加えることにより反応を行なう。
さらに、エーテル化反応の条件についても、原料フラーレン誘導体のエーテル化が進行すれば特に限定されない。ただし温度条件としては通常0℃以上、好ましくは15℃以上、また、通常80℃以下、好ましくは50℃以下で反応を行なうことが望ましい。
また、反応時間は通常数時間以上、好ましくは5時間以上、また、通常数十時間以下、好ましくは30時間以下反応させるのがよい。
【0075】
(b)エステル化による合成方法
この合成方法では、原料となる水酸化フラーレンに対して、RC(=O)Xで表わされる酸ハライド、RC(=O)OC(=O)Rで表わされる酸無水物などのエステル化剤を用いて、エステル化を行なう。ここで、上記のエステル化剤を表わす式におけるRも上記式(1)で記載された通りの基であり、原料の水酸化フラーレンとエステル化剤とが反応することにより本発明のフラーレン誘導体を生成しうる基を示す。また、XはCl、Br、I等のハロゲン原子を表わす。なお、エステル化剤は1種を単独で用いてもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。これにより、水酸化フラーレンの水酸基部分がエステル化され、本発明の水酸化フラーレン誘導体を合成することができる。
【0076】
エステル化による合成方法では、エステル化剤は、反応を行なう水酸基に対して通常1倍モル以上、好ましくは1.2倍モル以上、より好ましくは1.4倍モル以上、また、通常30倍モル以下、好ましくは20倍モル以下、より好ましくは10倍モル以下用いる。これらの量が多すぎると、製造コストの観点から好ましくなく、少な過ぎると十分な反応速度が得られない可能性がある。
【0077】
原料、塩基、有機溶媒等の混合順序についても、エステル化反応を阻害しない限り特に限定されないが、通常、原料となる水酸化フラーレンと塩基とを上記の溶媒から選択した溶媒中で混合してから、エステル化剤を加えることにより反応を行なう。
さらに、エステル化反応の条件についても、原料フラーレン誘導体のエステル化が進行すれば特に限定されない。ただし温度条件としては通常0℃以上、好ましくは15℃以上、また、通常50℃以下、好ましくは30℃以下で反応を行なうことが望ましい。
また、反応時間は通常数分以上、好ましくは30分以上、また、通常数十時間以下、好ましくは5時間以下反応させるのがよい。
【0078】
(c)カーボネート化による合成方法
この合成方法では、原料フラーレン誘導体に対して、ROC(=O)OC(=O)ORで表わされる二炭酸エステル、Cl−C(=O)ORなどのクロロ蟻酸エステル等のカーボネート化剤を用いて、カーボネート化を行なう。ここで、上記のカーボネート化剤を表わす式におけるRも上記式(1)で記載された通りの基であり、原料の水酸化フラーレンとカーボネート化剤とが反応することにより本発明のフラーレン誘導体を生成しうる基を示す。なお、カーボネート化剤は1種を単独で用いてもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。これにより、原料の水酸化フラーレン誘導体の水酸基部分がカーボネート化され、本発明の水酸化フラーレン誘導体を合成することができる。
【0079】
カーボネート化による合成方法では、カーボネート化剤は、反応を行なう水酸基に対して通常1倍モル以上、好ましくは1.2倍モル以上、より好ましくは1.4倍モル以上、また、通常30倍モル以下、好ましくは20倍モル以下、より好ましくは10倍モル以下用いる。これらの量が多すぎると、製造コストの観点から好ましくなく、少な過ぎると十分な反応速度が得られない可能性がある。
【0080】
原料、塩基、有機溶媒等の混合順序についても、カーボネート化反応を阻害しない限り特に限定されないが、通常、原料となるフラーレン誘導体と塩基とを上記の溶媒から選択した溶媒中で混合してから、カーボネート化剤を加えることにより反応を行なう。
さらに、カーボネート化反応の条件についても、原料フラーレン誘導体のカーボネート化が進行すれば特に限定されない。ただしその温度条件としては通常−20℃以上、好ましくは0℃以上、また、通常50℃以下、好ましくは30℃以下で反応を行なうことが望ましい。また、反応時間は通常数分以上、好ましくは30分以上、また、通常数時間以下、好ましくは2時間以下反応させるのがよい。
【0081】
また、上述した反応剤、即ち、エーテル化剤、エステル化剤及びカーボネート化剤は、それぞれ単独で使用する他、任意の組み合わせ及び比率で併用して、上記の(a)〜(c)の各方法を並行して行なうようにしてもよい。さらに、上記の(a)〜(c)の方法に示した各反応(即ち、エーテル化、エステル化及びカーボネート化)などを阻害しない限り、原料フラーレン誘導体、エーテル化剤、エステル化剤、カーボネート化剤等の反応剤、塩基、溶媒以外の物質が存在していても構わない。
【0082】
反応終了後、通常は、生成した本発明の水酸化フラーレン誘導体を反応液から常法により単離する。単離操作は、各反応の種類によって異なるが、例えば、反応液を濾過した後、ヘキサン等の貧溶媒で晶析したり、反応液に例えばイオン交換水等を加えて反応を停止させ、そのまま適当な溶媒で抽出した後、分液し溶媒を留去する等により、生成物を単離することができる。
【0083】
得られた本発明のフラーレン誘導体は、必要に応じて適宜、例えば高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、シリカゲルカラムクロマトグラフィー、アルミナカラムクロマトグラフィー、再結晶等の方法を用いて精製してもよい。
【0084】
3)フラーレン誘導体の製造方法(芳香族基含有フラーレン)
【化8】
【0085】
式(5)のフラーレン誘導体は、前記式(1)で表される部分構造において、フラーレン骨格との結合部位Aが−(Ar−O)−(但しArは置換基を有してもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基を表しフラーレン骨格と結合している)であることを特徴とするフラーレン誘導体であり、mは0以上5以下の整数を表し、nは0又は1を表し、tは1以上15以下の整数を表し、Rは炭素数1以上20以下の有機基を表す。
前記のようなフラーレン誘導体は特開2006−56878号公報に記載された芳香族性水酸基を有するフラーレン誘導体、もしくはフラーレンに水酸基を有する芳香族化合物と三塩化アルミニウムを作用させて得られる芳香族性水酸基を有するフラーレン誘導体の水酸基に、特定の構造を有する有機基を導入したものである。
【0086】
式(5)において、tは、特定の構造を有する有機基によって保護されたフラーレン骨格に結合している芳香族炭化水素基の数を表す。tは1以上15以下であるが、好ましくは2以上、更に好ましくは3以上であり、通常15以下、好ましくは10以下、更に好ましくは5以下である。t(芳香族炭化水素基による置換数)は原料として用いるフラーレン誘導体の水酸基数並びに本発明のフラーレン誘導体の用途によって決定すればよい。
【0087】
また、上記式(5)で表されるフラーレン誘導体は上記式(5)に示される部分構造の他に、−Ar−OHで示される未保護の水酸基を有する芳香族炭化水素基を有していてもよい。またフラーレン骨格に水素基(即ち、水素原子。ヒドロ基とも言う)やエポキシド(即ち、三員環を成すオキシド)、炭素数1〜30の有機基を有していてもよい。
式(5)において、芳香族性水酸基に導入される有機基の種類は1種類でもよく、2種類以上の複数種類でもよい。2種類以上の場合は、その組み合わせ及び比率は任意である。
【0088】
上記式(5)で表されるフラーレン誘導体は、例えば、原料として芳香族性水酸基を有するフラーレン誘導体を、前記式(4)で表される水酸化フラーレン誘導体と同様に以下の(a)〜(c)の方法などで反応剤と反応させることにより合成することができる。
(a)原料フラーレン誘導体を、エーテル化剤と反応させて、エーテル化する。
(b)原料フラーレン誘導体を、エステル化剤と反応させて、エステル化する。
(c)原料フラーレン誘導体を、カーボネート化剤と反応させて、カーボネート化する。
【0089】
原料となる芳香族性水酸基を有するフラーレン誘導体は、本発明の目的に応じて、適切な水酸基数を用いることができるが、水酸基数は通常1以上、好ましくは3以上、更に好ましくは5以上であり、通常15以下、好ましくは10以下である。
【0090】
4)フラーレン誘導体の製造方法(シクロプロパン環含有フラーレン)
【化9】
【0091】
式(6)のフラーレン誘導体は、前記式(1)で表される部分構造において、式(1)で表されるフラーレン骨格との結合部位Aが、フラーレン骨格の隣接する2個の炭素原子を含んだ三員環(シクロプロパン環)であることを特徴とするフラーレン誘導体であり、FLNはフラーレン骨格を表し、mは0以上5以下の整数を表し、nは0又は1を表し、pは1または2を表し、qは1以上46以下の整数を表し、Rは炭素数1以上20以下の有機基を表す。
式(6)で表されるフラーレン誘導体は、特許第3512412号公報および特開2005−263795号公報に記載されているメタノフラーレン誘導体を用いることができる。メタノフラーレンとはフラーレン誘導体の1種であり、フラーレン骨格上にメチレン基による架橋結合を有するフラーレン誘導体の総称であり、通常はフラーレン骨格上にシクロプロパン構造を有するフラーレン誘導体を指す。
【0092】
上記式(6)において、mは0であることが好ましく、nは1であることが好ましく、pは2であることが好ましい。qは架橋メチレン基の付加数に相当する。[60]フラーレンの場合の理論上の最大値は30となるが、立体反発等の要因により、nの上限は通常もっと低い値となる。
上記式(6)で表されるフラーレン誘導体の製造方法は特に限定されないが、例えば前述の特許第3512412号公報および特開2005−263795号公報に記載の製造方法が挙げられる。これの方法において、上記式(6)に示すRを有するメチレン化合物を原料として用いることにより、目的とするフラーレン誘導体を得ることが可能となる。即ち電子吸引性基を有するメチレン化合物に対して、当量以下の塩基の存在下、ハロゲン化剤を作用させた後、得られた生成物をフラーレンと混合し、更に塩基を加えて反応させることによりフラーレン誘導体が得られる。
【0093】
(3)フラーレン膜の製造方法
フラーレン膜は、一般に前記のようにして得られたフラーレン誘導体の溶液を調製し、基材に塗布する第1の工程と、第1の工程により得られた塗布膜を、フラーレン誘導体の熱分解温度よりも高く、フラーレンの熱分解温度よりも低い温度で加熱しフラーレン誘導体の少なくとも一部を熱分解させることによりフラーレン膜とする第2の工程とを有する方法により製造される。
【0094】
1)フラーレン誘導体の溶液
フラーレン誘導体の溶液を基材に塗布した後、溶媒を除去するとフラーレン誘導体の塗布膜が得られる。
フラーレン誘導体溶液の調製に用いられる溶媒としては、フラーレン誘導体が十分な溶解度を有し、常圧下または減圧下で室温または加熱することにより揮発させることのできる溶媒であれば特に限定することなく用いることができるが、入手の容易さ、価格、毒性及び/または有害性、および安全性等を考慮して適宜選択すればよい。
【0095】
溶媒としては、例えば1価または多価のアルコール類、ケトン類、エーテル類、エステル類、芳香族炭化水素類、芳香族ハロゲン化炭化水素類、複素環化合物系溶媒、アルカン系溶媒、ハロアルカン系溶媒、アセトニトリル、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、ニトロメタン、ニトロエタン、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)および水を挙げることができる。
【0096】
1価または多価のアルコール類としては、例えば、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、ブタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリン、ジプロピレングリコールを挙げることができる。
ケトン類としては、例えば、アセトン、MEK(メチルエチルケトン)、2−ヘプタノン、メチルイソプロピルケトン、MIBK(メチルイソブチルケトン)、シクロヘキサノンを挙げることができる。
【0097】
エーテル類としては、例えば、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、ジブチルエーテル、テトラヒドロフラン(THF)、PGME(プロピレングリコールモノメチルエーテル)等を挙げることができる。
エステル系溶媒としては、酢酸エチル、酢酸ブチル、酢酸プロピル、乳酸エチル、GBL(γ−ブチロラクトン)、PGMEA等を挙げることができる。
【0098】
芳香族炭化水素類としては、ベンゼン、トルエン、キシレン、o−キシレン、m−キシレン、p−キシレン、エチルベンゼン、1,2,3−トリメチルベンゼン、1,3,5−トリメチルベンゼン、1,2,4−トリメチルベンゼン、1−メチルナフタレン、1−フェニルナフタレンなどが挙げられる。
芳香族ハロゲン化炭化水素類の具体例としては、クロロベンゼン、o−ジクロロベンゼン、m−ジクロロベンゼン、ブロモベンゼン、1,2,4−トリクロロベンゼンなどが挙げられる。
【0099】
複素環化合物系溶媒としては、テトラヒドロフラン、テトラヒドロチオフェン、2−メチルチオフェン、ピリジン、キノリン、およびチオフェン等を挙げることができる。
アルカン系溶媒としては、n−ヘキサン、シクロヘキサン、n−オクタン、2,2,4−トリメチルペンタン、n−デカン、n−ドデカン、n−テトラデカン、デカリン、cis−デカリン、およびtrans−デカリン等を挙げることができる。
【0100】
ハロアルカン系溶媒としては、ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素、1,2−ジブロモエタン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、ジクロロジフルオロエタン、1,1,2−トリクロロ−1,2,2−トリフルオロエタン、および1,1,2,2−テトラクロロエタンを挙げることができる。
これら溶媒の中でも、より好ましく用いられる溶媒の例としては、PGMEA、PGME、乳酸エチル、2−ヘプタノン、シクロヘキサノン、MEK、GBL、NMP等が挙げられる。
【0101】
フラーレン誘導体溶液の濃度は、フラーレン誘導体の溶媒への溶解度、フラーレン膜の膜厚等により異なるため一義的に定めることは困難であるが、通常1〜30質量%であることが好ましく、10〜25質量%であることがより好ましく、20〜25質量%であることがさらに好ましい。フラーレン溶液の濃度が1質量%よりも低くなると、多量の溶媒を必要とし不経済であるとともに膜厚の大きなフラーレン膜を製膜するために繰返し塗布を行う必要が生じる。また、フラーレン誘導体溶液の濃度が30質量%を超えると、溶液の粘性が高くなるため取扱いが困難になり、均一な膜厚のフラーレン膜を得ることが困難になる。また、本発明の溶液において、本発明のフラーレン誘導体は溶媒に完全溶解していることが好ましいが、一部溶解せずに懸濁していてもよく、或いは塗布時に再分散して分散液とすることができる限り、少なくともその一部が沈降していても構わない。
【0102】
本発明の溶液において、溶媒は1種のみを用いてもよく、2種以上を任意に組み合わせて併用してもよい。
本発明のフラーレン誘導体の優れた物性を大幅に損なわない限り、本発明の溶液は、本発明のフラーレン誘導体及び溶媒の他に、その他の成分を含有していてもよい。その他の成分は1種のみを含有していてもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で含有していてもよい。その他の成分としては、界面活性剤や分散剤、高分子化合物等が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0103】
本発明のフラーレン誘導体を溶媒に溶解させることができる限り、本発明の溶液の調製方法に制限はないが、通常、所定の装置で攪拌しながら溶解させる方法、超音波を照射する方法などで調製できる。また、本発明のフラーレン誘導体及び溶媒、並びに必要に応じて用いられるその他の成分の混合順序も、特に制限はない。
本発明の溶液は、安定性や操作性の観点から通常25℃程度で調製されるが、溶媒の沸点以下であれば、加熱しながら溶解させ、保管することができる。また、本発明のフラーレン誘導体の溶解度に問題がなければ、25℃以下の低温下で調製、保管することもできる。
【0104】
2)フラーレン誘導体溶液の塗布
フラーレン誘導体溶液の基材への塗布は、ディップコーティング法、スピンコーティング法、スプレーコーティング法等の、任意の方法により行うことができる。
基材の形状としては、板状およびフィルム状、球状、塊状、繊維状等が挙げられる。また、基材の材質としては、第2の工程における加熱処理の際に熱分解や変形を起こさない限り特に限定することなく任意の材質のものを用いることができる。例えば、ガラス、半導体、金属、コンクリート等の無機系材料の他に、フラーレン誘導体の分解温度が例えば200℃以下の場合には、ポリイミド樹脂等の耐熱性を有する有機系材料を用いることもできる。
【0105】
フラーレン膜の膜厚は、基材への塗布に用いるフラーレン誘導体溶液の濃度や塗布量を調節することにより、用途等に応じて数nm〜数十μmの範囲内で適宜調整することができる。膜厚の下限は、好ましくは1nm、より好ましくは10nmである。膜厚の上限は、繰り返し塗布すれば理論上制限がないが、好ましくは10μm、より好ましくは1μmである。この膜厚は公知の膜厚測定方法により測定することができる。
【0106】
塗布膜厚が厚すぎると、フラーレン誘導体の分解時に膜質が悪化する可能性があり、薄すぎるとピンホール等の膜の不均質の問題の可能性がある。
また加熱処理の前に、膜中に残留した溶媒を除去するための工程を追加してもよい。
溶媒の除去は、用いられる溶媒の沸点、揮発性等に応じて任意の方法により行うことができる。溶媒を除去するために用いられる方法としては、室温、大気圧下での風乾、室温、減圧下での減圧乾燥、大気圧または減圧下での加熱等が挙げられ、これらを組み合わせて用いてもよい。加熱による溶媒の除去の場合、フラーレンの閉殻構造の破壊を伴わない500℃以下、好ましくは300℃以下で行うことが好適であり、塗布膜の突沸等を防止するため150℃以下で行うことがより好ましい。さらに、酸化による膜質の変化を抑制するためには不活性雰囲気下で行うことが好ましい。溶媒除去はフラーレンの閉殻構造の破壊を伴わない温度条件下で、フラーレン誘導体の分解反応と同時に行ってもよい。減圧による乾燥の場合、好ましい減圧条件は1.33×102Pa(1torr)以上1.01×105Pa(760torr)未満である。
【0107】
溶媒の除去を不活性雰囲気下で行う際に使用できる不活性ガスとしては、窒素、ヘリウム、アルゴン等があげられる。
このようにして得られたフラーレン誘導体の塗布膜をフラーレン誘導体の熱分解温度よりも高く、フラーレンの熱分解温度よりも低い温度で加熱処理すると、フラーレン誘導体の熱分解により官能基が脱離し、フラーレン重合体からなるフラーレン膜が得られる。
その際、本発明においては熱分解によって発生する分解物が分解温度において窒素化合物を含まない気体であるため、製造環境を汚染することなく、また膜内に窒素化合物が残留することが無いため均質なフラーレン膜を形成することが可能である。
【0108】
例えばフラーレン膜を半導体のハードマスクとして用いる場合、窒素化合物が残留していると、上層に用いる化学増幅型レジストの特性に大きな影響を与える可能性がある。
上記加熱処理の温度は好ましくは100℃〜400℃であり、150℃〜300℃がより好ましい。温度が高すぎるとフラーレンの熱分解温度に近いため、熱分解により得られるフラーレンが、フラーレンが本来有する性能を示さないことがある。一方、温度が低すぎるとフラーレン誘導体の熱分解が完全に進行せずに未分解のフラーレン誘導体と分解したフラーレン誘導体が混在し、膜が不均質となる場合がある。
加熱処理は、フラーレンの閉殻構造の破壊等を抑制するためには窒素等の不活性雰囲気下で行うことが好ましいが、フラーレン骨格同士の酸素による架橋を促進する目的においては、空気中等の酸化性雰囲気下で加熱処理を行うことも可能である。
【0109】
(4)フラーレン膜の用途
本発明の方法で得られたフラーレン膜は、前述したように各種の用途に用いることができる。以下、いくつかの用途の例に関してより具体的に説明するが、本発明は以下の記載により限定されるものではない。
【0110】
1)フォトレジスト用途
従来フォトレジストは、被膜形成成分としての(メタ)アクリル系、ポリヒドロキシスチレン系またはノボラック系の樹脂等の樹脂成分と、露光により酸を発生する酸発生剤、感光剤等とを組み合わせた組成物が広く用いられており、フォトリソグラフィーによって微細パターンを形成した後、エッチングによる基板加工のマスクとしての機能を有していた。
しかし、対象となる加工基板の種類やフォトレジストの膜厚によっては、フォトレジスト単層でのエッチング加工に限界が生じてきており、このような場合に提案されているのがハードマスクプロセスである(「半導体プロセス教本:編集 SEMI FORUM JAPANプログラム委員会 p190、東芝レビュー Vol.59 No.8 2004 p22)。この方法においては形成したフォトレジストパターンで薄膜のハードマスクのエッチングを行い、このハードマスクをマスクとして加工基板のエッチングを行う。本プロセスを用いれば、例えば100nm以下の薄膜フォトレジストや耐エッチング性に乏しいフォトレジストにおいても、加工基板のエッチングが可能となる。従って、この方法においてはハードマスク材料に極めて高い耐エッチング性が要求される。
【0111】
本発明の方法で得られるフラーレン膜は、熱分解によりフラーレン誘導体のフラーレン骨格に結合した置換基が脱離することから、炭素濃度が高く、さらにフラーレン本来の閉核構造をより高濃度で含むフラーレン膜となり、非常に高い耐エッチング性を有するハードマスク材料として好適に用いることが出来る。その際に、塗膜の性質を改善するために、ポリマー等の第三成分を添加したフラーレン膜としても構わない。
また、吸収スペクトルから明らかなように反射防止膜としての機能も有することより、多層膜の一層として、特に反射防止膜としても優れた機能を発揮することが期待される。
【0112】
2)微細加工用途
半導体製造やストレージメディア、マイクロ流路のリアクタ、光学部材等の微細加工分野では、例えば500μm以下の微細パターンを生産効率良く形成する方法としてナノインプリント法が検討されている。ナノインプリント法とは、微細パターンを有するモールドのパターンを転写層に転写する微細パターンの形成方法である。
【0113】
このようなナノインプリント法としては、例えば、熱可塑性重合体からなる転写層を加熱して軟化させる工程と、転写層とモールドとを圧着してモールドのパターンを転写層に形成する工程と、モールドを転写層から離脱させる工程とを順次行なう方法;硬化性単量体からなる転写層をモールドに接触させる工程と、硬化性単量体を硬化させる工程と、硬化性単量体の硬化物からモールドを離脱させる工程とを順次行なう方法;などが知られている。本発明に用いるフラーレン誘導体は、通常、上記の熱可塑性重合体、硬化性物質等に使用される溶媒への溶解度が高いことにより、特殊な溶媒を用いることなく、上記熱可塑性重合体に高濃度で充填することが可能である。
【0114】
このように本発明に用いるフラーレン誘導体をナノインプリント法に用いた場合、本発明に用いるフラーレン誘導体の溶媒に対する溶解性が高いことから、フラーレン誘導体の熱可塑性重合体中での凝集が抑制され、分子状分散となる。その後、熱分解によってフラーレン誘導体のフラーレン骨格に結合した置換基を脱離させることにより、フラーレン本来の閉核構造をより高濃度で含む熱可塑性重合体組成物となり、転写層の機械的強度、耐熱性及びエッチング耐性を向上させることが可能であることから、従来のナノインプリント材料の特性を大幅に改善することが可能となる。
【0115】
3)低誘電率絶縁材料用途
近年、コンピュータの中央処理装置(CPU)用回路基盤には、樹脂薄膜を層間絶縁膜とする高密度かつ微細な多層配線に適した樹脂薄膜配線が適用されるようになってきた。
将来のより高速な処理能力を有するコンピュータを実現するには、高密度かつ繊細な多層配線を活かし、かつ信号の高速伝播に適した低誘電率絶縁材料の開発が求められている。
本発明に用いるフラーレン誘導体は、通常、上記の通りフラーレン構造が本質的に有する高抵抗、低誘電率の性質を保持したフラーレン膜を形成することが可能であり、これにより、従来無かった優れた性能の低誘電率の層間絶縁膜の実現が期待される。
【0116】
4)太陽電池用途
有機太陽電池は、シリコン系の無機太陽電池と比較して、優位な点が多数あるものの、エネルギー変換効率が低く、実用レベルに十分には達していない。この点を克服するためのものとして、最近、電子供与体である導電性高分子と、電子受容体であるフラーレン及びフラーレン誘導体とを混合した活性層を有するバルクヘテロ接合型有機太陽電池が提案されている。このバルクヘテロ接合型有機太陽電池では、導電性高分子とフラーレン誘導体それぞれとが分子レベルで混じり合い、その結果非常に大きな界面を作り出すことに成功し、変換効率の大幅な向上が実現されている。
【0117】
本発明に用いるフラーレン誘導体は、上記用途で使用される溶媒への溶解度が高いため、p型半導体と効率的なバルクへテロ接合構造を構成することが容易である。また、本発明の方法で得られるフラーレン膜は、本質的にn型半導体としてのフラーレンの性質を有しており、また熱分解でフラーレン表面に結合した置換基が脱離あるいは分解することで、フラーレン骨格同士が接近しキャリア移動度の向上が期待できる。従って、本発明の方法で得られるフラーレン膜を用いることで、極めて高性能な有機太陽電池の実現が可能となる。また、製造上も通常の印刷法やインクジェットによる印刷、更にはスプレー法等により、低コストで容易に大面積化を実現する事が可能である。
【0118】
5)半導体用途
光センサー、整流素子等への応用が期待できる電界効果トランジスタの有機材料として、フラーレン及びフラーレン誘導体を使用することが研究されている。一般的に、フラーレン及びフラーレン誘導体を半導体に用いて電界効果トランジスタを作製した場合、当該電界効果トランジスタはn型のトランジスタとして機能することが知られている。
本発明の方法で得られるフラーレン膜は、本質的にn型半導体としてのフラーレンの性質を有しており、また熱分解でフラーレン表面に結合した置換基が脱離あるいは分解することで、フラーレン骨格同士が接近しキャリア移動度の向上が期待できる。これにより、本発明の方法で得られるフラーレン膜は、低コスト、高性能な有機半導体として利用されることが期待できる。
【実施例】
【0119】
次に、本発明の作用効果について実施例を用いて更に詳細に説明する。
なお、以下の例において、t−Buはtert−ブチル基を、Meはメチル基を表す。
<フラーレン誘導体の合成>
[合成例1]マロン酸ジtert−ブチル多付加体(化合物1)の合成
温度計を設置したガラス製2Lの4つ口フラスコに、窒素を吹き込みながらマロン酸ジ−tert−ブチル(Aldrich社製)9.80gを入れ、更に1,2,4−トリメチルベンゼン150mLとDBU(1,8−Diazabicyclo[5.4.0]undec−7−ene:東京化成(株)製)6.50gを加えて攪拌しながら、氷浴を用いて4℃に調整した。
【0120】
得られた温度調整後の反応液に対して、ヨウ素(和光純薬(株)製)10.9gを130mLの1,2,4−トリメチルベンゼンに溶解させた黒紫色の溶液を、20分かけて滴下した。滴下中はフラスコ内の反応液を攪拌し、且つ、氷浴を用いてフラスコの内温が11℃以下になるよう制御した。滴下終了後、氷浴を取り外してフラスコの内温を室温まで昇温した。フラスコ内の反応液は茶色の懸濁液の状態であった。
【0121】
その後、フラスコ内の反応液に、フラーレンC60(分子量720、フロンティアカーボン(株)製)5.00gを1,2,4−トリメチルベンゼン350mLに溶解させた紫色の溶液を、攪拌しながら加えた。フラスコ内の反応液は紫色の懸濁液の状態となった。
その後、攪拌を続けながらフラスコ内の反応液に、DBU(1,8−Diazabicyclo[5.4.0]undec−7−ene:東京化成(株)製)6.90gを5mLの1,2,4−トリメチルベンゼンで希釈した溶液を、5分かけて滴下した。滴下後も攪拌を継続しながら、薄層クロマトグラフィー及び液体クロマトグラフィー(LC)によりフラスコ内の反応液の組成を確認したところ、フラーレンC60を添加してから5分後に原料のフラーレンC60が完全に消失していることを確認した。更にLCによる反応追跡を続けたところ、フラーレンC60を添加してから4時間後に、反応液の付加体組成比が付加数4のピークが最大の状態で変化しなくなったことから、反応の終点に至っていることを確認した。この時点でフラスコ内の反応液は赤茶色の懸濁液の状態であった。
【0122】
得られた反応液について、以下の手順により溶媒抽出による洗浄を行った。
まず、反応液(有機相)に対して、飽和亜硫酸ナトリウム水溶液200mLを加えて攪拌した後、薄黄色に着色した水相を分液除去して、有機相を分取した。同様の手順で、飽和亜硫酸ナトリウム水溶液を用いた洗浄を更に4回行ったところ、4回目に分液された水相はほぼ無色になっており、反応液中のヨウ素がほぼ除去されたことが確認された。
【0123】
得られた有機相について、同様の溶媒抽出の手順により、1N−硫酸水溶液100mLを用いて2回洗浄し、反応液に残留しているDBUを除去した後、更に脱塩水200mLを用いて3回洗浄した。なお、脱塩水による3回目の洗浄時には、有機相に脱塩水を加えて攪拌後、得られた混合液を吸引ろ過することにより固体成分をろ別し、除去してから、水相を分液し、除去して有機相を得た。
【0124】
得られた有機相をロータリーエバポレーターで濃縮してから、ヘプタン500mLに攪拌を加えながら滴下したところ、茶色の固体が析出した。この固体を吸引ろ過によりろ別して取得し、得られた固体にトルエン35mLを加えて懸濁させた後、吸引ろ過により固体成分を除き、トルエン5mLで振り掛け洗浄を行った。得られた茶色のろ液をヘプタン500mLに滴下して、析出した茶色固体を吸引ろ過によりろ別した。その後、ヘプタン100mLで懸濁洗浄、ついでヘプタン5mLで振り掛け洗浄した後、減圧下(1.5kPa)40℃で5時間乾燥し、茶色固体9.50gを得た。
【0125】
得られた茶色固体をLC−MSで測定すると、フラーレンC60−マロン酸ジ−tert−ブチル付加体の、3付加体、4付加体、及び5付加体に相当するピーク(m/z=1362、1576、1790)が観測された。
また、赤外線吸収スペクトルを測定したところ、3000〜2900cm−1に炭化水素結合の吸収があり、1750cm−1にエステル基のカルボニル吸収、及び1240cm−1に炭素−酸素結合の吸収ピークが検出されたことから、tert−ブチルエステル基の存在が確認された。
【0126】
更に、1H−NMR測定(溶媒:重クロロホルム)を行ったところ、1.74〜1.50ppmに多数の一重線が観測されたことからも、tert−ブチルエステル基の存在が確認された。
反応の終点確認のLC分析において、4付加体が主成分であったことから、全量が4付加体(C104H72O16:分子量1576)であると仮定して収率を計算すると、86.8%であった。
【0127】
[合成例2]マロン酸ジエチル多付加体(化合物2)の合成
温度計を設置したガラス製2Lの4つ口フラスコに、窒素を吹き込みながらマロン酸ジエチル(Aldrich社製)16.8gを入れ、更に1,2,4−トリメチルベンゼン150mLとDBU(1,8−Diazabicyclo[5.4.0]undec−7−ene:東京化成(株)製)15.1gを加えて攪拌しながら、氷浴を用いて4℃に調整した。
【0128】
得られた温度調整後の反応液に対して、ヨウ素(和光純薬(株)製)24.5gを300mLの1,2,4−トリメチルベンゼンに溶解させた黒紫色の溶液を、25分かけて滴下した。滴下中はフラスコ内の反応液を攪拌し、且つ、氷浴を用いてフラスコの内温が11℃以下になるよう制御した。滴下終了後、氷浴を取り外してフラスコの内温を室温まで昇温した。フラスコ内の反応液は茶色の懸濁液の状態であった。
【0129】
続いてフラスコ内の反応液に、フラーレンC60(分子量720、フロンティアカーボン(株)製)5.00gを1,2,4−トリメチルベンゼン350mLに溶解させた紫色の溶液を、攪拌しながら加えた。フラスコ内の反応液は紫色の懸濁液の状態となった。
その後、攪拌を続けながらフラスコ内の反応液に、DBU(1,8−Diazabicyclo[5.4.0]undec−7−ene:東京化成(株)製)16.2gを5mLの1,2,4−トリメチルベンゼンで希釈した溶液を5分かけて滴下した。滴下後も攪拌を継続しながら、薄層クロマトグラフィー及び液体クロマトグラフィー(LC)によりフラスコ内の反応液の組成を確認したところ、フラーレンC60を添加してから5分後に原料のフラーレンC60が完全に消失していることを確認した。更にLCによる反応追跡を続けたところ、フラーレンC60を添加してから4時間後に、反応液の付加体組成比が付加数4のピークが最大の状態で変化しなくなったことから、反応の終点に至っていることを確認した。この時点でフラスコ内の反応液は赤茶色の懸濁液の状態であった。
【0130】
得られた反応液について、以下の手順により溶媒抽出による洗浄を行った。
まず、反応液(有機相)に対して、飽和亜硫酸ナトリウム水溶液200mLを加えて攪拌した後、薄黄色に着色した水相を分液除去して、有機相を分取した。同様の手順で、飽和亜硫酸ナトリウム水溶液を用いた洗浄を更に4回行ったところ、4回目に分液された水相はほぼ無色になっており、反応液中のヨウ素がほぼ除去されたことが確認された。
【0131】
得られた有機相について、同様の溶媒抽出の手順により、1N−硫酸水溶液100mLを用いて2回洗浄し、反応液に残留しているDBUを除去した後、更に脱塩水200mLを用いて3回洗浄した。なお、脱塩水による3回目の洗浄時には、有機相に脱塩水を加えて攪拌後、得られた混合液を吸引ろ過することにより固体成分をろ別し、除去してから、水相を分液し、除去して有機相を得た。
【0132】
得られた有機相をロータリーエバポレーターで濃縮してから、ヘプタン500mLに攪拌を加えながら滴下したところ、茶色の固体が析出した。この固体を吸引ろ過によりろ別して取得し、得られた固体にトルエン35mLを加えて懸濁させた後、吸引ろ過により固体成分を除き、トルエン5mLで振り掛け洗浄を行った。得られた茶色のろ液をヘプタン500mLに滴下して、析出した茶色固体を吸引ろ過によりろ別した。その後、ヘプタン100mLで懸濁洗浄、ついでヘプタン5mLで振り掛け洗浄した後、減圧下(1.5kPa)40℃で5時間乾燥し、茶色固体8.90gを得た。
【0133】
得られた茶色固体をLC−MSで測定すると、フラーレンC60−マロン酸ジエチル付加体において、3付加体、4付加体、5付加体、及び6付加体に相当するピーク(m/z=1194,1352,1510,1668が観測された。
また、赤外線吸収スペクトルを測定したところ、3000〜2900cm−1に炭化水素結合の吸収があり、1750cm−1にエステル基のカルボニル吸収、及び1240cm−1に炭素−酸素結合の吸収ピークが検出されたことから、エチルエステル基の存在が確認された。
【0134】
更に、1H−NMR測定(溶媒:重クロロホルム)を行ったところ、4.55〜4.20ppmと1.48〜1.20ppmに多重線が観測され、それらの積分比は「2:3」であったことからもエチルエステル基の存在が確認された。
反応の終点確認のLC分析において、5付加体が主成分であったことから、全量が5付加体(C95H50O20:分子量1510)であると仮定して収率を計算すると、84.9%であった。
【0135】
[合成例3]C60(OH)5.2(O−CH2C(=O)O−tert−Bu)4.8(化合物3) の合成
フロンティアカーボン(株)製の水酸化フラーレン(平均水酸化数10)C60(OH)10 1.0g(1.12mmol)のTHF(20mL)、アセトン(40mL)懸濁液に、炭酸カリウム8gとブロモ酢酸tert-ブチル10mL(68.2mmol)を加え、25℃で1時間攪拌した。その後、反応液を55℃まで昇温して更に12時間攪拌した。その後、反応液をセライト濾過し(展開液:酢酸エチル)溶媒を除去した後、酢酸エチルと水を加えて分液操作を行った。有機相を硫酸ナトリウムで乾燥後、濾過し溶液を濃縮した後、ヘキサン300mLで晶析を行い、50℃で真空乾燥を行うことで、C60(OH)5.2(O−CH2C(=O)O−t−Bu)4.8を茶色固体(0.74g;収率46%)の生成物として得た。
【0136】
得られた生成物の1H−NMR及び、MS測定を行った。なお、1H−NMRは重クロロホルムを溶媒とし、400MHzにて測定した。
1H−NMR測定の結果により、 5.40〜4.20ppm(brs,O−CH2−),1.80−1.30ppm(brs,tert−Bu)のピークが9:2で観測され、水酸化フラーレンの水酸基の一部が保護されたことが確認された。
【0137】
得られた生成物及び内部標準としてクマリンをそれぞれ秤量した後、その混合物を重クロロホルムに溶解し、1H−NMRを測定した。それぞれの積分比から得られた生成物の平均分子量は1437.2、平均保護数は4.8と算出された。
また、得られた生成物のMS測定では、C60(OH)6(O−CH2C(=O)O−t−Bu)2:分子量1084、C60(OH)5(O−CH2C(=O)O−t−Bu)3:分子量1198、C60(OH)4(O−CH2C(=O)O−t−Bu)4:分子量1312、C60(OH)6(O−CH2C(=O)O−t−Bu)4:分子量1346、C60(OH)5(O−CH2C(=O)O−t−Bu)5:分子量1460、C60(OH)4(O−CH2C(=O)O−t−Bu)6:分子量1574、C60(OH)6(O−CH2C(=O)O−t−Bu)6:分子量1608、C60(OH)5(O−CH2C(=O)O−t−Bu)7:分子量1722が混合物ピークとして観測された。
以上の結果から、得られた生成物が表題化合物C60(OH)5.2(O−CH2C(=O)O−t−Bu)4.8であることが確認された。
【0138】
[合成例4]C60(C6H4OC(=O)O−t−Bu)5Me(化合物4)の合成
フラーレン誘導体であるC60(C6H4OH)5Me(1.00g,0.83mmol)のテトラヒドロフラン(80mL)懸濁液に、トリエチルアミン(10mL)を添加し、氷冷した。そこに、反応剤である二炭酸ジ−tertブチル(1.35g,6.18mmol)及び4−ジメチルアミノピリジン(40mg,0.33mmol)を加え、氷冷条件下で15分、室温で30分攪拌した。10重量%塩酸(40mL)で反応を停止させ、クロロホルム(70mL)を加え、分液漏斗にて抽出した。
【0139】
次に、有機相を硫酸マグネシウムで乾燥した後、ろ過を行い濃縮した。メタノール300mLで晶析及び50℃で真空乾燥を行なうことにより、表題化合物{C60(C6H4OC(=O)O−t−Bu)5Me}をオレンジ色固体(0.95g,0.56mmol,収率67%)として得た。
得られた生成物を1H−NMR、HPLC及びLC−MSにて測定した。
【0140】
なお、1H−NMRは、重クロロホルムを溶媒とし、270MHzにて測定した。
また、HPLCは、0.5mg/mLのトルエン溶液を調整し、以下の測定条件で測定した。
カラム種類:ODS
カラムサイズ:150mm×4.6mmφ
溶離液:トルエン/メタノール=3/7
検出器:UV290nm
HPLC測定の結果、リテンションタイム9.18minに93.54(Area%)で観測された。
【0141】
また、LC−MS測定の結果は、m/z=1700であった。
さらに、1H−NMRの測定結果は、以下のとおりであった。
[1H−NMR(CDCl3,270MHz)]
7.81ppm(m,Ph,4H),7.67ppm(m,Ph,4H),7.27−7.17ppm(m,Ph,10H),6.74ppm(d,Ph,2H),1.59ppm(s,tBu,18H),1.57ppm(s,tBu,18H),1.56ppm(s,Me,3H),1.51ppm(s,tBu,9H)
以上の結果から、得られた生成物が表題化合物{C60(C6H4OC(=O)O-t-Bu)5Me}であることが確認された。
【0142】
[合成例5]N−t−ブトキシカルボニルピペラジン付加混合フラーレン(化合物5)の合成
原料として、C60,C70及びその他の高次フラーレンを60:25:15(質量%)の割合で含むフラーレン混合物(フロンティアカーボン(株)製nanom mix−ST)を用い、文献(特開2006−199674号公報)記載の方法を用いて、フラーレン混合物及びN−t−ブトキシカルボニルピペラジンをクロロベンゼン中で光照射(60W白熱灯)することにより合成した。その後、反応液を直接シリカゲルカラム上にロードし、トルエン:酢酸エチル=98:2、v/v)で展開することにより精製を行った。
[合成例6]ピペラジンエタノール付加混合フラーレン(化合物6)の合成
窒素ガス雰囲気下、C60,C70及びその他の高次フラーレンを60:25:15(質量%)の割合で含むフラーレン混合物(フロンティアカーボン(株)製nanom mix−ST)10.0gをパラキシレン150mLに溶解し、1時間攪拌した。4−(2−ヒドロキシエチル)ピペラジン(28.9g,222mmol)を50mLのジメチルスルホキシドとともに混合した後、純度83%のクメンヒドロペルオキシド(22.9g,125mmol)を50mLのジメチルスルホキシドとともに混合した。25℃で4時間攪拌した後、12時間静置したところタール状の沈殿が生じた。10mLのジメチルスルホキシドを添加して沈殿を溶解させた後、さらに35時間攪拌を行った。
【0143】
反応液にアセトニトリル700mLを添加し、1時間攪拌した後、析出した固体をろ過した。得られた固体をさらにアセトニトリル700mLで洗浄したあと、減圧下50℃で5時間乾燥し、24.79gの固体を得た。
この生成物をMS測定した結果、下記式(7)で表わされる水酸基含有環状2級アミノ基の付加数は8付加体、9付加体が主成分であり、他に7付加体、10付加体も含まれていることが分かった。
【0144】
【化10】
【0145】
[合成例7]メチル=5−フェニルペンタノアート−5−イリデンの1,2-多付加フラーレン(PCBM多付加物)(化合物7)の合成
化合物7を、文献(Jan C.Hummelen,Brian W.Knight,F.LePeq,Fred Wudl;J.Org.Chem.,1995,60,532−538)記載の方法を参考に合成した。すなわち、窒素下で4−ベンゾイル酪酸メチルp−トシルヒドラゾンをピリジンに溶解させた後、ナトリウムメトキシドを添加して15分攪拌した。1,2−ジクロロベンゼンに溶解させた[60]フラーレンを添加し、液温を65−70℃に保持し22時間反応させた。その後、反応液を濃縮し、シリカゲルカラムにより精製を行った。未反応の[60]フラーレンおよび1付加体である{6}−1−(3−(メトキシカルボニル)プロピル)−{5}−1−フェニル[5,6]−C61(PCBM)のフラクションを1,2−ジクロロベンゼンにて回収した後に、1,2−ジクロロベンゼンと酢酸エチルによって化合物7を回収した。得られた溶液を濃縮した後、200℃にて10時間真空乾燥を行った。
[合成例8]マロン酸ジイソプロピル多付加体(化合物9)の合成
温度計を設置したガラス製500mLの4つ口フラスコに、窒素を吹き込みながらヨウ素(和光純薬(株)製)11.1gを入れ、更にトルエン100mLとマロン酸ジイソプロピル(立山化成(株)製)8.4gを加えて攪拌しながら、氷浴を用いて2℃に調整した。
【0146】
得られた温度調整後の反応液に対して、DBU(1,8−Diazabicyclo[5.4.0]undec−7−ene:東京化成(株)製)6.3gを50mLのトルエンで希釈した溶液を、40分かけて滴下した。滴下中はフラスコ内の反応液を攪拌し、且つ、氷浴を用いてフラスコの内温が5℃以下になるよう制御した。滴下終了後、5℃以下に保ったままさらに1時間攪拌した。フラスコ内の反応液は薄黄色の懸濁液の状態であった。
【0147】
その後、フラスコ内の反応液に、フラーレンC60(分子量720、フロンティアカーボン(株)製)5.00gを攪拌しながら加えた。フラスコ内の反応液は紫色の懸濁液の状態となった。その後、フラスコ内の反応液に、DBU(1,8−Diazabicyclo[5.4.0]undec−7−ene:東京化成(株)製)8.9gを25mLのトルエンで希釈した溶液を、攪拌しながら1時間かけて滴下した。滴下後は40℃まで昇温し、攪拌を継続しながら液体クロマトグラフィー(LC)によりフラスコ内の反応液の組成を確認したところ、フラーレンC60を添加してから1時間後に原料のフラーレンC60が完全に消失し、組成変化もないことを確認した。この時点でフラスコ内の反応液は茶色の懸濁液の状態であった。
【0148】
得られた反応液について、以下の手順により溶媒抽出による洗浄を行った。
まず、反応液に対して、10%亜硫酸ナトリウム水溶液200mLを加えて攪拌した後、薄黄色に着色した水相を分液除去して、有機相を分取した。
得られた有機相について、同様の溶媒抽出の手順により、脱塩水200mLとイソプロパノール50mLを用いて2回洗浄した。
この有機相をロータリーエバポレーターで濃縮してから、アセトン50mLに溶解させた後、吸引ろ過により不溶性の固体成分を除いた。得られた茶色のろ液を50%メタノール水溶液500mLに滴下して、析出した茶色固体を吸引ろ過によりろ別した。その後、50%メタノール水溶液50mLで振掛洗浄した後、100℃で5時間減圧乾燥し、茶色固体8.7gを得た。
【0149】
得られた茶色固体の1H−NMR測定(溶媒:重クロロホルム)を行ったところ、1.12〜1.42ppmおよび5.11〜5.24ppmに多数の多重線が観測され、その積分比が6:1であったことから、イソプロピルエステル基の存在が確認された。
また、元素分析を実施したところ、C:76.4%、H:3.67%、O:20.2%であり、C60に対しマロン酸ジイソプロピルが平均5.2付加している構造が示唆された。
[合成例9]マロン酸メチルtert−ブチル多付加体(化合物9)の合成
温度計を設置したガラス製500mLの4つ口フラスコに、窒素を吹き込みながらヨウ素(和光純薬(株)製)11.1gを入れ、更にトルエン100mLとマロン酸メチルtert−ブチル(立山化成(株)製)7.8gを加えて攪拌しながら、氷浴を用いて2℃に調整した。
【0150】
得られた温度調整後の反応液に対して、DBU(1,8−Diazabicyclo[5.4.0]undec−7−ene:東京化成(株)製)6.3gを50mLのトルエンで希釈した溶液を、30分かけて滴下した。滴下中はフラスコ内の反応液を攪拌し、且つ、氷浴を用いてフラスコの内温が5℃以下になるよう制御した。滴下終了後、5℃以下に保ったままさらに1時間攪拌した。フラスコ内の反応液は薄黄色の懸濁液の状態であった。
【0151】
その後、フラスコ内の反応液に、フラーレンC60(分子量720、フロンティアカーボン(株)製)5.00gを攪拌しながら加えた。フラスコ内の反応液は紫色の懸濁液の状態となった。その後、フラスコ内の反応液に、DBU(1,8−Diazabicyclo[5.4.0]undec−7−ene:東京化成(株)製)8.9gを25mLのトルエンで希釈した溶液を、攪拌しながら1時間かけて滴下した。滴下後は40℃まで昇温し、攪拌を継続しながら液体クロマトグラフィー(LC)によりフラスコ内の反応液の組成を確認したところ、フラーレンC60を添加してから1時間後に原料のフラーレンC60が完全に消失し、組成変化もないことを確認した。この時点でフラスコ内の反応液は茶色の懸濁液の状態であった。
【0152】
得られた反応液について、以下の手順により溶媒抽出による洗浄を行った。
まず、反応液に対して、10%亜硫酸ナトリウム水溶液200mLを加えて攪拌した後、薄黄色に着色した水相を分液除去して、有機相を分取した。
【0153】
得られた有機相について、同様の溶媒抽出の手順により、脱塩水200mLとイソプロパノール50mLを用いて2回洗浄した。
【0154】
得られた有機相をロータリーエバポレーターで濃縮してから、アセトン50mLに溶解させた後、吸引ろ過により不溶性の固体成分を除いた。得られた茶色のろ液を50%メタノール水溶液500mLに滴下して、析出した茶色固体を吸引ろ過によりろ別した。その後、50%メタノール水溶液50mLで振掛洗浄した後、100℃で5時間減圧乾燥し、茶色固体9.5gを得た。
【0155】
得られた茶色固体の1H−NMR測定(溶媒:重クロロホルム)を行ったところ、1.38〜1.71ppmおよび3.81〜4.02ppmに多数の一重線が観測され、その積分比が3:1であったことから、メチルエステル基およびtert−ブチルエステル基の存在が確認された。
また、元素分析を実施したところ、C:77.2%、H:3.21%、O:20.0%であり、C60に対しマロン酸メチルtert−ブチルが平均4.6付加している構造が示唆された。
【0156】
<フラーレン誘導体の熱分析>
上記合成例1〜6、8、または9で合成したフラーレン誘導体(化合物1〜6、8、または9)の熱分解挙動について検討するため、TG−DTA(熱重量−示差熱)測定を行った。[60]フラーレンと化合物1のTG−DTA(熱重量−示差熱)測定の結果を図1〜4に示す。測定はエスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社製示差熱重量同時測定装置TG/DTA6200を使用して、空気雰囲気下(流速200mL/分)、昇温速度10℃/分で行った測定結果を図1および3に示す。[60]フラーレンにおいては、500℃付近から発熱を伴う大きな重量減少が観測された。これは、フラーレンの酸化燃焼による重量減少である。化合物1においては、200℃付近と300℃付近において[60]フラーレンでは見られなかった発熱を伴う大きな重量減少が認められた。これらは、フラーレン誘導体の熱分解に伴う重量減少であると考えられる。
【0157】
次に窒素雰囲気下(流速200mL/分)、昇温速度10℃/分の条件で行った測定結果を図2および4に示す。化合物1は空気中とほぼ同一の温度で熱分解に伴う重量減少を起こしていることが分かる。このことから、200℃及び300℃付近の熱分解は空気酸化による燃焼分解ではないことがわかる。
そこで、上記合成例1〜6、8、または9で合成した化合物1〜6、8、または9の熱による分解挙動を検討するため、TG−DTA(熱重量−示差熱)測定を行った。上記の示差熱重量同時測定装置TG/DTA6200を使用して、空気雰囲気下(流速200mL/分)、昇温速度10℃/分の条件で行った測定結果を図5〜10、17、及び19に、窒素雰囲気下(流速200mL/分)、昇温速度10℃/分の条件で行った測定結果を図11〜16、18、及び20に示す。
【0158】
いずれの化合物においても、200〜400℃付近で熱分解に伴う重量減少が観測されており、これらの化合物は空気中及び窒素中(不活性雰囲気下)でフラーレンの熱分解よりも低い400℃以下の温度で分解することが分かる。
なお、化合物7は特許文献5の化合物4と同じ化合物であるが、特許文献5に記載されている通りフラーレン誘導体の熱分解温度が400℃以上であり、400℃以下ではフラーレン誘導体の分解脱離が起こっていないことが分かる。
【0159】
<分解ガスの分析>
フラーレンの熱分解よりも低い温度で分解する際の分解ガスを分析するために、化合物1〜6、8、及び9のTG−MS測定を行った。測定はTG/DTAにSEIKO製TG/DTA6300を、MSにAgilent製 5973Nを用いたTG−MSを使用して、測定雰囲気He(流速60mL/分)で、測定温度30℃〜600℃、昇温速度10℃/分、ガスライン温度250℃で行った測定結果を、表1に示す。
【0160】
【表1】
【0161】
検出物質それぞれの沸点、検出温度での状態、窒素化合物含有の有無を表2に示す。
【0162】
【表2】
【0163】
以上の結果より、本発明に用いられるフラーレン誘導体においては、熱分解によって発生する分解物が分解温度において窒素化合物を含まない気体であることが分かった。
<元素分析>
化合物1、2、3、4、及び7について、加熱処理前後における粉体の元素分析を行った。
加熱処理は、窒素雰囲気下で300℃、1時間実施した。元素分析結果は、表3に示すとおりである。なお、表中「wt%」は質量%を意味する。
元素分析は下記の測定条件により行った。
CHN分析:PERKIN ELMER社製 PE2400II CHN分析計
O分析:LECO社製 TC−436 酸素窒素分析計
【0164】
【表3】
【0165】
表3の結果より、化合物1〜4では加熱処理により炭素濃度が上昇し、水素濃度及び酸素濃度が減少していることが分かる。これにより、フラーレン誘導体の置換基が分解脱離し、フラーレン骨格濃度が上昇していることが分かる。また化合物7では元素分析値に有意な差が観測できなかったことから、この温度ではフラーレン誘導体の分解脱離が起こっていないことが確認された。
<塗膜の製造と評価>
[実施例1〜6]
(塗膜の作製)
化合物1〜4、8、及び9について、それぞれ5質量%のPGMEA(プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート)溶液を攪拌混合にて調整し、スピンコーターを用いてシリコン基板(4インチ)上に塗布し、100℃にて一時間乾燥した。得られた塗膜を光学顕微鏡にて観測し、均一な塗膜であることを確認した。これらの塗膜は、PGMEAやトルエン等に対して可溶であった。
【0166】
(塗膜の加熱処理)
上記でシリコン基板上に作成した化合物1〜4、8、または9の塗膜を、300℃のホットプレート上で10分間加熱処理を行った。加熱して得られた膜をPGMEAやトルエンで洗浄したところ、膜は溶解せずに基板上に保持された。塗布したフラーレン誘導体は溶媒に対して可溶であったことから、加熱処理によってフラーレン誘導体膜が不溶化していることが分かる。
【0167】
また、化合物1については、前記分解ガスの測定におけるTG−MS分析より、200℃付近でブテンと二酸化炭素が脱離、300℃付近で二酸化炭素が脱離しており、またTG−DTA(図4)におけるそれぞれの温度での重量減少量が200℃:約34wt%、300℃:約10wt%である。ブテンの分子量が56、二酸化炭素の分子量が44であり(56×2+44):44=156:44=35:10であることから、200℃で2当量のイソブテンと1当量の二酸化炭素、300℃で1当量の二酸化炭素が脱離していることが分かる。
【0168】
このことは、1段階目の分解(200℃付近)で1,2−(カルボキシメタノ)[60]フラーレンが生成し、2段階目の分解(300℃付近)で1,2−メタノ[60]フラーレンが生成していることを示唆している。1,2−メタノ[60]フラーレンは加熱により重合することが知られており(J.Am.Chem.Soc.1995、117、9359−9360)、フラーレン骨格を保持したフラーレン重合膜の形成が示唆され、フラーレン密度の高い炭素膜の形成が可能である。
また、分解温度を制御し一段階目で分解を停止することにより、カルボキシル基を有するフラーレン膜を形成することも可能である。
【0169】
[比較例1及び2]
(フラーレン膜の作製)
化合物5及び6について、実施例1〜6と同様にして、フラーレン誘導体の塗膜を作製し、加熱処理して、フラーレン膜を作製した。
シリコン基板上に作成した実施例1〜6、及び比較例1及び2の塗膜を2cm角の大きさに切断し、電気管状炉に設置した石英管の中に配置した。石英管中を窒素雰囲気下とした後、管状炉の温度を300℃まで昇温し、一時間保持した。管状炉を放冷した後、管状炉から石英管を取り出し、石英管内壁への付着物を目視にて観察した。
【0170】
【表4】
【0171】
比較例1及び2で観察された白色固体は、ガスクロマトグラフィー分析により、それぞれN−tert−ブトキシカルボニルピペラジンと4−(2−ヒドロキシエチル)ピペラジンが主成分であることが分かった。
この結果により、本発明によるフラーレン膜の作成においては分解物が分解温度において気体であるため製造環境において析出せず、製造環境の汚染が抑制されることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0172】
本発明のフラーレン膜の製造法は、製造中に気体状の窒素化合物等を発生しないため、製造環境を汚染することがない。またフラーレン誘導体の分解物が膜内に残留しないため、緻密な膜となり、より高強度及び高エッチング耐性の半導体特性にすぐれたフラーレン膜を製造することができる。更にフラーレン誘導体の熱分解温度が低いので熱分解処理のために特殊な装置を使用する必要が無く、プロセスへの適用性が高い。よって、本発明の工業的価値は顕著である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱分解温度が400℃以下であり、熱分解によって発生する分解物が分解温度において窒素化合物を含まない気体であるフラーレン誘導体の溶液を基材上に塗布して得られる塗布膜を、前記フラーレン誘導体の熱分解温度よりも高く、前記フラーレンの熱分解温度よりも低い温度で加熱して、前記フラーレン誘導体の少なくとも一部を熱分解させることを特徴とするフラーレン膜の製造方法。
【請求項2】
前記フラーレン誘導体の熱分解によって発生する分解物が、1気圧下100℃において気体であることを特徴とする、請求項1に記載のフラーレン膜の製造方法。
【請求項3】
前記フラーレン誘導体が、下記の一般式(1)で表される部分構造がフラーレンと結合していることを特徴とする請求項1に記載のフラーレン膜の製造方法。
【化1】
(上記式(1)中、Aはフラーレン骨格との結合部位を表し、酸素原子、硫黄原子、燐原子、炭素数1以上6以下の炭素鎖、−Ar−O−(但し、Arは置換基を有してもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基を表しフラーレン骨格と結合している)、フラーレン骨格の炭素を含んだ置換されていてもよい環状脂肪族基、又は置換されていてもよい芳香族炭化水素基を表す。mは0以上6以下の整数を表し、nは0又は1の整数を表し、pは1以上3以下の整数を表し、qは1以上46以下の整数を表す。Rは炭素数1以上20以下の有機基を表す。)
【請求項4】
上記式(1)で表されるnが1であることを特徴とする請求項3に記載のフラーレン膜の製造方法。
【請求項5】
上記式(1)で表される有機基Rが、tert−ブチル基であることを特徴とする請求項3に記載のフラーレン膜の製造方法。
【請求項6】
上記式(1)で表されるフラーレン骨格との結合部位Aが酸素原子であることを特徴とする請求項3に記載のフラーレン膜の製造方法。
【請求項7】
上記式(1)で表されるmが1であることを特徴とする請求項6に記載のフラーレン膜の製造方法。
【請求項8】
上記式(1)で表されるフラーレン骨格との結合部位Aが、下記式(2)で表される、置換基を有してもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基であることを特徴とする請求項3に記載のフラーレン膜の製造方法。
【化2】
(上記式(2)において、Arは置換基を有してもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基を表しフラーレン骨格と結合している)
【請求項9】
上記式(1)で表されるフラーレン骨格との結合部位Aが、下記式(3)で表されるフラーレン骨格の炭素を含んだ置換されてもよい環状脂肪族基であることを特徴とする請求項3に記載のフラーレン膜の製造方法。
【化3】
(上記式(3)において、2つのCfはフラーレン骨格上の隣接する2つの炭素原子を表し、aは1以上4以下の整数を表す。また、結合部位Aのフラーレン骨格に結合しない側の結合手は、環状脂肪族基のメチレン鎖上の一箇所に存在する。)
【請求項10】
上記式(3)で表されるaが1であることを特徴とする請求項9に記載のフラーレン膜の製造方法。
【請求項11】
上記式(1)で表されるmが0であることを特徴とする請求項9に記載のフラーレン膜の製造方法。
【請求項12】
上記式(1)で表されるpが2であることを特徴とする請求項9に記載のフラーレン膜の製造方法。
【請求項13】
上記フラーレンの骨格がフラーレンC60及び/又はC70を含むことを特徴とする請求項1に記載のフラーレン膜の製造方法。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれか1項に記載の方法で製造されたフラーレン膜。
【請求項1】
熱分解温度が400℃以下であり、熱分解によって発生する分解物が分解温度において窒素化合物を含まない気体であるフラーレン誘導体の溶液を基材上に塗布して得られる塗布膜を、前記フラーレン誘導体の熱分解温度よりも高く、前記フラーレンの熱分解温度よりも低い温度で加熱して、前記フラーレン誘導体の少なくとも一部を熱分解させることを特徴とするフラーレン膜の製造方法。
【請求項2】
前記フラーレン誘導体の熱分解によって発生する分解物が、1気圧下100℃において気体であることを特徴とする、請求項1に記載のフラーレン膜の製造方法。
【請求項3】
前記フラーレン誘導体が、下記の一般式(1)で表される部分構造がフラーレンと結合していることを特徴とする請求項1に記載のフラーレン膜の製造方法。
【化1】
(上記式(1)中、Aはフラーレン骨格との結合部位を表し、酸素原子、硫黄原子、燐原子、炭素数1以上6以下の炭素鎖、−Ar−O−(但し、Arは置換基を有してもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基を表しフラーレン骨格と結合している)、フラーレン骨格の炭素を含んだ置換されていてもよい環状脂肪族基、又は置換されていてもよい芳香族炭化水素基を表す。mは0以上6以下の整数を表し、nは0又は1の整数を表し、pは1以上3以下の整数を表し、qは1以上46以下の整数を表す。Rは炭素数1以上20以下の有機基を表す。)
【請求項4】
上記式(1)で表されるnが1であることを特徴とする請求項3に記載のフラーレン膜の製造方法。
【請求項5】
上記式(1)で表される有機基Rが、tert−ブチル基であることを特徴とする請求項3に記載のフラーレン膜の製造方法。
【請求項6】
上記式(1)で表されるフラーレン骨格との結合部位Aが酸素原子であることを特徴とする請求項3に記載のフラーレン膜の製造方法。
【請求項7】
上記式(1)で表されるmが1であることを特徴とする請求項6に記載のフラーレン膜の製造方法。
【請求項8】
上記式(1)で表されるフラーレン骨格との結合部位Aが、下記式(2)で表される、置換基を有してもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基であることを特徴とする請求項3に記載のフラーレン膜の製造方法。
【化2】
(上記式(2)において、Arは置換基を有してもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基を表しフラーレン骨格と結合している)
【請求項9】
上記式(1)で表されるフラーレン骨格との結合部位Aが、下記式(3)で表されるフラーレン骨格の炭素を含んだ置換されてもよい環状脂肪族基であることを特徴とする請求項3に記載のフラーレン膜の製造方法。
【化3】
(上記式(3)において、2つのCfはフラーレン骨格上の隣接する2つの炭素原子を表し、aは1以上4以下の整数を表す。また、結合部位Aのフラーレン骨格に結合しない側の結合手は、環状脂肪族基のメチレン鎖上の一箇所に存在する。)
【請求項10】
上記式(3)で表されるaが1であることを特徴とする請求項9に記載のフラーレン膜の製造方法。
【請求項11】
上記式(1)で表されるmが0であることを特徴とする請求項9に記載のフラーレン膜の製造方法。
【請求項12】
上記式(1)で表されるpが2であることを特徴とする請求項9に記載のフラーレン膜の製造方法。
【請求項13】
上記フラーレンの骨格がフラーレンC60及び/又はC70を含むことを特徴とする請求項1に記載のフラーレン膜の製造方法。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれか1項に記載の方法で製造されたフラーレン膜。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【公開番号】特開2010−229021(P2010−229021A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−45818(P2010−45818)
【出願日】平成22年3月2日(2010.3.2)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年3月2日(2010.3.2)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】
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