説明

フルボ酸鉄を含有する腐植質の製造方法

【課題】有機廃棄物の発酵分解過程において、鉄又は鉄を含む物質を添加し混合することにより、人工的又は工業的にフルボ酸鉄含有腐植質を生産する。
【解決手段】有機廃棄物の発酵分解過程において、有機廃棄物に鉄又は鉄を含む物質を添加し混合する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、フルボ酸鉄を含有する腐植質(以下、「フルボ酸鉄含有腐植質」という。)の製造方法に係り、更に詳しくは、フルボ酸鉄含有腐植質を人為的又は工業的に生産するものに関する。
【背景技術】
【0002】
自然界では落葉や倒木などの植物の遺体が蓄積され、主に微生物が関与する発酵分解作用の腐熟によって腐植質が生成される。腐植質は、アルカリや酸によって分画され、アルカリ可溶、酸可溶の画分がフルボ酸(fulvic acid)とよばれている。
【0003】
フルボ酸にはカルボキシル基という強いキレート作用をもった錯化剤が多く、これが土中の無酸素状態の中で水に溶けている鉄(イオン化されている二価鉄)と結びついてフルボ酸鉄(フルボ酸と二価の鉄イオンがキレート化した水溶性物質)という物質を生成し、フルボ酸鉄含有腐植質を生成する。フルボ酸鉄含有腐植質又はフルボ酸鉄含有腐植質から溶出したフルボ酸鉄は、河川によって海に運ばれ、植物プランクトンや海藻の生育に寄与する(非特許文献1、2参照)。
【0004】
フルボ酸鉄は自然界において腐植質の存在と二価の鉄イオンとの結合によって生成されるが、偶然性に支配される要素が大きい。フルボ酸鉄を海中で人為的に生成させることも試みられているが(特許文献1)、鉄のイオン化に要する時間や潮流などの影響を受けるために、要求する量のフルボ酸鉄を得るのは困難である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】森と海を結ぶフルボ酸鉄に関する研究(http://blog.livedoor.jp/symforsea/archives/cat_50036469.html)
【非特許文献2】鉄の研究が生物多様性問題を解決(前編)腐葉土、鉄イオンなどで見えてくる生物と自然のつながり (http://eco.nikkeibp.co.jp/style/eco/interview/080801_matsunaga01/index.html)
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−34140号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前記のように自然界においては、腐植質と鉄との出会いは偶然性に支配され、また、特許文献1記載の方法では、フルボ酸鉄含有腐植質の生成量をコントロールすることは困難で、フルボ酸鉄含有腐植質を安定して供給できないという課題がある。
【0008】
本発明者は、製紙工場から排出されたパルプスラッジを鉄を主成分とする凝集剤を用いて沈降処理し脱水工程を経た脱水ケーキに、茸の廃培地を発酵促進剤として添加して発酵処理したものと、チップ化された剪定屑に、鉄系凝集剤による下水汚泥脱水ケーキを発酵促進剤として用いて発酵処理したものを試料として、その溶出液から下記の分析結果を得た。
溶出液採取は、試料15gを遠心瓶に秤取り、イオン交換水を500cm3加えて室温において4時間連続して攪拌した。約30分間放置したのち、ろ紙(5種C)を用いてろ過し、ろ液(浮出液)を試験溶液とした。
【0009】
【表1】

【0010】
(分析結果の考察)
剪定屑発酵材とパルプスラッジ発酵材の分析結果から次のことが分かった。
「鉄含有量」については、10.23:9.33であり、大きな差はなく、同値と考えて良い。
「TOC」については、 64.14:283.9であり、約1:4と考えて良い。
「鉄溶出」については、 0.16:1.17 であり、約1:7と考えて良い。
【0011】
前記TOC(水溶性炭素量)の成分は、フミン酸とフルボ酸と判断される。その含有量に約4倍の差が生じたことは、両者の素材の腐植の度合いに起因するものと推定される。即ち、剪定屑の主体の素材は、リグニンやセルロースが有機質としてその組織を堅持しているのに対して、パルプスラッジは、繊維質が主体でリグニンに比べれば低分子であり、製紙汚水処理の過程でも腐植化は起きており、発酵過程で一層腐植が促された結果であると考えられる。
【0012】
しかし、この結果は、有機質の素材の違いによるもので、腐植過程の一時的なものに過ぎず、剪定屑も十分な腐熟の過程に置けば組織崩壊によってフミン酸、フルボ酸に変遷することは、有機質の必然的特性であるため、製造工程で素材に応じた熟成によって腐植質への誘導こそが肝要な点である。
【0013】
剪定屑とパルプスラッジの素材的な比較では、分子量が大きいリグニン、即ち木質を多く含む前者がより多くの腐植質を供給することが期待できる。
【0014】
鉄溶出量は、剪定屑材の方が鉄含有が幾分多いにもかかわらず、パルプスラッジ材の方が約7倍多い結果となった。これは、TOC(水溶性炭素量)の結果と対応したもので、フルボ酸のキレート機能によるものと考えられる。つまり、強酸の領域にないpH下の水溶鉄であることからフルボ酸が鉄を取り込んだ錯体、所謂フルボ酸鉄としての形態のものであると考えられる。
【0015】
本発明者は、前記分析結果の知見から、有機廃棄物の発酵分解過程(堆肥化過程)において、鉄を加えることによりフルボ酸と二価の鉄イオンがキレート化してフルボ酸鉄、ひいてはフルボ酸鉄含有腐植質を人為的又は工業的に生産できることを知見した。
また、フルボ酸鉄、ひいてはフルボ酸鉄含有腐植質を人為的又は工業的に生産できることにより、腐植質に含まれるフルボ酸鉄の生成量も想定できることも知見した。
本発明は、これらの知見に基づいて完成するに至ったものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
前記課題を解決するために本発明が講じた手段は次のとおりである。
本発明は、有機廃棄物の発酵分解過程において、前記有機廃棄物に鉄又は鉄を含む物質を添加し混合する、フルボ酸鉄含有腐植質の製造方法である。
【0017】
本発明は、有機廃棄物が、リグニンで構成される木質である、前記フルボ酸鉄含有腐植質の製造方法である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、有機廃棄物の発酵分解過程において、有機廃棄物に鉄又は鉄を含む物質を添加し混合することにより、人工的又は工業的にフルボ酸鉄含有腐植質を生産できる。
【0019】
また、予め有機廃棄物の種別毎に腐植質に含まれるフルボ酸鉄の生成量を測定して指標とすることにより、特定の有機廃棄物に対するフルボ酸鉄の生成量を予測することができる。したがって、フルボ酸鉄を量的に把握できることによって、明確な目的を持ったフルボ酸鉄含有腐植質の活用が可能となる。
【0020】
腐植質の炭素量とフルボ酸の生成量は、比例関係にあるといわれており、炭素原子を多く含む高分子であるリグニンで構成される木質を腐植質の主体とすることにより多量のフルボ酸を生成することができ、それに応じてより多くの鉄をキレート化によって取り込むことができるため、量的に安定したフルボ酸鉄含有腐植質を生産することが可能となると考えられる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
有機廃棄物の発酵分解処理に当たっては、強制給気によって有機廃棄物を好気条件下におくことで微生物の働きの活性化を図り、より短期間で有機廃棄物の腐熟が可能となる。
【0022】
フルボ酸の全有機物に対する相対含量は、総体的に見ると褐色森林土で最も高いという報告があり(「土壌フルボ酸の科学的研究」:渡邉 彰 http://ir.nul.nagoya-u.ac.jp/jspui/bitstream/2237/6390/2/ko2371_abstr.pdf)、したがってフルボ酸鉄を生成する有機物としては、炭素を多く含有するリグニンやセルロース類を豊富に含有する破砕木質等の木質系が有効である。木質系の有機廃棄物を使用することによって、他の有機廃棄物に比べてフルボ酸の生成量の増加を図ることができる。
有機廃棄物は、廃木材や剪定屑や汚泥や食品残渣などの廃棄物を用いることで資源循環機能を持つことで環境対応技術としてより裾野が広いものとなる。
【0023】
なお、木質だけの素材では炭素分に偏り、発酵微生物が十分に増殖しないことから炭素と窒素の比率、所謂C/N比を整えて円滑な有機物の分解、即ち腐熟を図る必要がある。そのため、窒素分をもつ素材、例えば汚泥等を発酵促進剤として添加する。
【0024】
鉄又は鉄を含む物質としては、有機排液の処理過程において使用された鉄系凝集剤や、鉄粉の酸化作用を利用した使用済みの、いわゆる「使い捨てカイロ」などを使用することができる。
発酵過程において、鉄又は鉄を含む物質を添加することによって、フルボ酸鉄の生成量を予測することができる。
【実施例】
【0025】
実施例1
製紙工場から排出されたパルプスラッジを鉄を主成分とする凝集剤を用いて沈降処理し脱水工程を経た脱水ケーキ10,000kgに、発酵促進剤としてコーンコブやフスマを主体とするキノコの廃培地10,000kgを混合して発酵処理したパルプスラッジの腐植質12,000kgを得た。
この腐植質から試料15gを遠心瓶に秤取り、イオン交換水を500cm加えて室温において4時間連続して撹拌した。約30分間放置した後、ろ紙(5種C)を用いてろ過し、ろ液(溶出液)を試験溶液とした。
【0026】
TOC(水溶性炭素量)測定
TOC測定用バイアルに測定対象試料約40mlと撹拌子を入れパラフィルムにて蓋をし、オートサンプラーに設置して全有機体炭素計(TOC-V:Shimazu)でTOC(水溶性炭素量)の測定を行った。
【0027】
可溶性の全鉄量の測定
測定対象試料20mlをコニカルビーカにとり10ml以下になるまで加熱した。加熱後、メンブランフィルターでろ過し、硝酸で20mlにメスアップした。この試料を高周波誘導プラズマ発光分析計(Optima 5300DVZ;Perkin Elmer)を用いて可溶性の全鉄量の測定測定を行った。
その結果を表2に示す。
【0028】
【表2】

【0029】
この表のTOC(水溶性炭素量)は、酸処理をしておらず、従って、試験溶液の水溶性炭素の組成は、フルボ酸とフミン酸である。
ところで、フルボ酸にはカルボキシル基という強いキレート作用をもった錯化剤が多く、これが土中の無酸素状態の中で水に溶けている鉄(イオン化されている二価鉄)と結びついてフルボ酸鉄(フルボ酸と二価の鉄イオンがキレート化した水溶性物質)という物質を生成し、フルボ酸鉄含有腐植質を生成することは前記したとおりである。試験溶液には、強酸の領域にないにも拘わらず鉄の溶出が認められ、従って試験溶液はフルボ酸鉄含有腐植質といえる。
【0030】
実施例2
剪定屑20,000kgに、鉄を主成分とする凝集剤を用いて沈降処理され脱水工程を経た脱水ケーキ20,000kgを撹拌混合して発酵処理した腐植質24,000kgを得た。
この腐植質から試料15gを遠心瓶に秤取り、イオン交換水を500cm加えて室温において4時間連続して撹拌した。約30分間放置した後、ろ紙(5種C)を用いてろ過し、ろ液(浮出液)を試験溶液とした。
TOC(水溶性炭素量)測定と可溶性の全鉄量の測定測定は、実施例1の場合と同様にして行った。
その結果を表に示す。
【0031】
【表3】

【0032】
この表のTOC(水溶性炭素量)は、酸処理をしておらず、従って、前記と同様試験溶液の水溶性炭素の組成は、フルボ酸とフミン酸である。また、試験溶液には、強酸の領域にないにも拘わらず鉄の溶出が認められ、従って試験溶液はフルボ酸鉄含有腐植質といえる。
【0033】
なお、本明細書で使用している用語と表現は、あくまでも説明上のものであって、なんら限定的なものではなく、本明細書に記述された特徴およびその一部と等価の用語や表現を除外する意図はない。また、本発明の技術思想の範囲内で、種々の変形態様が可能であるということは言うまでもない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機廃棄物の発酵分解過程において、前記有機廃棄物に鉄又は鉄を含む物質を添加し混合する、
フルボ酸鉄含有腐植質の製造方法。
【請求項2】
有機廃棄物が、リグニンで構成される木質である、請求項1記載のフルボ酸鉄含有腐植質の製造方法。

【公開番号】特開2012−254450(P2012−254450A)
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−113727(P2012−113727)
【出願日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【出願人】(511121034)佐賀県環境整備事業協同組合 (1)
【Fターム(参考)】