説明

プラスチック成形金型用プリハードン鋼

【課題】鏡面性、耐食性、熱伝導性、耐衝撃性を保ちつつ、時効処理後の金型の硬さにバラツキを生じにくいプラスチック成形金型用プリハードン鋼を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.09〜0.13%、Si:0.20〜0.40%、Mn:0.40〜0.60%、P:0.100%以下、Cr:2.00〜3.00%、Cu:0.60〜0.90%、Ni:2.00〜2.45%、Mo:0.20〜0.40%、Mo/Ni:≧0.09、Al:0.60〜0.90%、O:0.0100%以下、および、N:0.0100%以下、残部がFeおよび不可避的不純物を含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テレビ、パソコン、携帯電話などに使用される部品等を成形するプラスチック成形金型用プリハードン鋼に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、様々な分野において、プラスチック成形品が使用されている。一般に、プラスチック成形品は、例えば、射出成形金型等のプラスチック成形金型のキャビティ内に加熱・流動化した樹脂を入れ、樹脂が冷却・固化されることで所望形状に成形される。
【0003】
このプラスチック成形品の製造時に、成形温度が高くなる場合や難燃剤を含む樹脂を用いる場合には、腐食ガスが発生しやすい。また、プラスチック成形金型には、切削加工等で使用される潤滑油や作業者の手脂等が付着しやすい。そのため、プラスチック成形金型用鋼には、金型製造に支障のない程度で錆を防止しうる耐食性が要求される。
【0004】
また、プラスチック成形品の製造上、短い時間で多くの製品を成形することが望まれる。そのため、プラスチック成形金型用鋼には、成形時の加熱・冷却を短時間で繰り返すという観点から高い熱伝導率が要求される。
【0005】
また、一般に、上記のように短い時間で多くの製品を成形する場合、金型の水冷孔と意匠面の距離を近くする方法が取られる。この場合、金型の水冷孔と意匠面の間の厚みが薄くなり、成形時における衝撃等によりいわゆる割れが懸念される。そのため、プラスチック成形金型用鋼には、プラスチック成形品の成形時の衝撃にも耐えうる高い衝撃値(耐衝撃性)が要求される。
【0006】
さらに、プラスチック製品の場合、製品に塗装を施さず金型表面がそのまま製品肌を決定することがあり、製品には高い表面品質が要求されるため、金型表面の鏡面性が重要な要素となる。一般的には金型用鋼の硬さが高いほど鏡面性は良好である、と言われている。そのため、プラスチック成形金型用鋼には、優れた鏡面性を確保するために高い硬度が要求される。
【0007】
一方、特許文献1には、重量%で、C:0.01〜0.15%、Si:0.1〜2.0%、Mn:0.5〜2.0%、Cr:2.1〜5.0%、Ni:2.0〜3.5%、Cu:0.7〜1.5%、Mo:0.09%以下、Al:0.4〜1.5%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物よりなる時効硬化型金型用鋼が開示されている。特許文献1に記載された発明は、上記の合金組成を有することにより、熱間加工時にヘゲの発生をなくして、時効処理後の硬さがHRC35〜45を呈し、シボ加工性、耐食性にすぐれ、窒化特性も良好な時効硬化型金型用鋼としている。
【0008】
また、特許文献2には、質量%で、C:0.09%〜0.13%、Si:0.10%〜0.40%、Mn:0.30%〜0.80%、P :0.030%以下、Cu:0.80%〜1.20%、Ni:2.50%〜3.50%、Cr:2.0%〜3.0%未満、Mo:0.10%〜0.40%、Al:0.50%〜1.50%、N :0.0200%以下、O :0.0100%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物よりなるプラスチック成形金型用鋼が開示されている。特許文献2に記載された発明は、上記合金組成及びC、Mn、Crに関する所定の条件を規定することにより耐食性、熱伝導性を有しつつ、磨き仕上げ時のうねりを抑制することが可能なプラスチック成形金型用鋼としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭63−76855号公報
【特許文献2】特開2010−242147号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、上述の特許文献1及び特許文献2に記載された金型用鋼は、一般に析出硬化型(又は時効硬化型)鋼と言われている。この析出硬化型鋼は、溶体化処理によって均一なマルテンサイトあるいはベイナイト組織とし、その後、時効処理によって微細な析出物を析出させ、析出硬化を起こすものである。特に、プラスチック成型金型用鋼では、約500℃に加熱する時効処理により、基地に固溶していたNi、Al、Cuが金属間化合物として基地内に析出し、基地が強化されることで約40HRCの硬さが得られる。
【0011】
図1は、一般的な析出硬化型鋼における硬さと時効温度との関係を曲線で示した図である。この曲線(以下、時効曲線という)は、時効温度が大きくなると、硬さに最も寄与するNiがAlと結合し、微細な析出物を形成していくことで硬さのピークPを迎える。その後、析出物の結晶が成長していき、ピークP後の時効温度では、硬さが低下していく。つまり、図1での時効曲線の傾きが右肩下がりになる。そして、操業上、プラスチック製品の成形(製造)中に金型にかかる熱履歴から生じる金型の硬化による金型の破壊(割れ)を防止する観点から、時効温度は、時効曲線における硬さのピークPを過ぎたいわゆる過時効側で決めることとしている。図1は、HRC36〜42の硬さを得るためには、時効温度を500〜510℃にする関係が示されている。
【0012】
しかし、操業上、プラスチック成型金型用鋼の時効処理温度を正確にコントロールすることは非常に難しい。すなわち、一般的な析出硬化型鋼では、過時効側での時効曲線の傾きが急であるために、適切な硬さを得るための時効温度の範囲が狭くなる。実際の操業現場では、熱処理する金型の大きさ、熱処理炉等の環境要因によっては、均一に時効処理を行うことが困難であるため、時効温度の範囲が狭くなると、時効処理後の金型の硬さにバラツキが生じ得る。そのため、従来のプラスチック成形金型用鋼では時効処理後の金型の硬さにバラツキが生じやすく、安定した硬さを得られにくいという問題があった。
【0013】
本発明は上記のような問題に鑑みてなされたものであり、本発明が解決しようとする課題は、プラスチック成形金型用プリハードン鋼において、鏡面性、耐食性、熱伝導性、耐衝撃性を保ちつつ、時効処理後の金型の硬さにバラツキを生じにくくすることである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、鋭意検討した結果この課題を解決できることを見い出した。その具体的手段は以下の通りである。まず、第1の発明は、質量%で(以下、同じ)、
C:0.09〜0.13%、Si:0.20〜0.40%、Mn:0.40〜0.60%、P:0.100%以下、Cr:2.00〜3.00%、Cu:0.60〜0.90%、Ni:2.00〜2.45%、Mo:0.20〜0.40%、Mo/Ni:≧0.09、Al:0.60〜0.90%、O:0.0100%以下、および、N:0.0100%以下、残部がFeおよび不可避的不純物を含有することを特徴とするプラスチック成形金型用プリハードン鋼である。
【0015】
次に、第2の発明は、上記した第1の発明に係るプラスチック成形金型用プリハードン鋼であって、S:0.001%〜0.10%、Se:0.001〜0.3%、Te :0.001〜0.3%、Ca:0.0002〜0.10%、Pb:0.001〜0.20%、および、Bi:0.001〜0.30%から選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする。
【0016】
次に、第3の発明は、上記した第1の発明又は第2の発明に係るプラスチック成形金型用プリハードン鋼であって、V:0.01〜0.10%、Nb:0.001〜0.30%、Ta :0.001〜0.30%、Ti:0.20%以下、および、Zr:0.001〜0.30%から選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明は、Moの添加による作用と、Niの添加による作用との相乗効果によって、析出硬化型鋼における過時効側での時効曲線の傾きを緩やかにし、硬さを得るための時効温度の適用範囲を広げることで、時効処理後の金型の硬さにバラツキが生じにくくなる。そして、Niの添加量を従来よりも低量とし、Moを必要な硬さが得られる範囲内で添加し、かつNiの添加量とMoの添加量とのバランスを適正化すべくMo/Niを0.09以上とした点を特徴としている。
【0018】
図2は、本発明に係るプラスチック成形金型用プリハードン鋼の硬さと時効温度との関係を曲線で示した図である。図2に示すように、本発明に係るプラスチック成形金型用プリハードン鋼も図1と同様にNiがAlと結合し、微細な析出物を形成していくことで硬さのピークPを迎える。しかし、本発明に係るプラスチック成形金型用プリハードン鋼は、Niの添加量を従来に比べ低量としているため、硬さのピークPの直後における時効曲線の傾きが緩やかになっている。また、硬さのピークPの直後を過ぎた時効曲線の中間付近では、Niの添加量とMoの添加量とのバランスが適正化されているため、その傾きが緩やかになっている。この傾きが緩やかとなる理由は、NiとAlの析出物による硬さのピークPをしばらく過ぎた後に、Moの炭化物が析出し、このMo炭化物の析出により過時効側での硬さの低下が緩やかになるからだと考えられる。つまり、硬さに寄与するNiとMoの析出物の析出温度が異なることを利用し、操業上、時効温度の適用範囲を広げることを可能としている。また、他の元素の添加量を適正な範囲としているため、鏡面性、耐食性、熱伝導性、耐衝撃性を保つことが可能となる。
【0019】
図3は、本発明に係るプラスチック成形金型用プリハードン鋼におけるNiの添加量とMoの添加量との関係を示している。図3中の範囲Rが本発明におけるNiとMoの添加量の範囲を示している。
【0020】
以上より、本発明に係るプラスチック成形金型用プリハードン鋼によれば、鏡面性、耐食性、熱伝導性、耐衝撃性を保ちつつ、時効処理後の金型の硬さにバラツキを生じにくくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】一般的な析出硬化型鋼の硬さと時効温度との関係を曲線で示した図である。
【図2】本発明のプラスチック成形金型用プリハードン鋼の硬さと時効温度との関係を曲線で示した図である。
【図3】本発明のプラスチック成形金型用プリハードン鋼のNiの添加量とMoの添加量との関係を示した図である。
【図4】開発鋼及び比較鋼のNi添加量と時効温度の温度幅の関係を示した図である。
【図5】比較鋼6、比較鋼10、開発鋼10の硬さと試験番号を示した図である。
【図6】比較鋼6、比較鋼10、開発鋼10の衝撃値と試験番号を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の一実施形態に係るプラスチック成形金型用プリハードン鋼(以下、「本プリハードン鋼」ということがある。)について詳細に説明する。本プリハードン鋼の用途としては、日用雑貨品、家電製品外装・内装・部品、OA機器外装・内装・部品、携帯電話の外装、自動車やオートバイ等の内装部品や外装部品及びその構造部材などが挙げられる。本発明においては、時効処理後の金型の硬さにバラツキが生じにくいため、大型の自動車のヘッドランプ用レンズ等を成形する場合など、大型の金型(実用的には40Kg以上の金型)に適用することも可能である。
【0023】
本プリハードン鋼は、以下のような元素を含有する。添加元素の種類、その成分範囲及びその限定理由は、以下の通りである。
【0024】
C:0.09〜0.13%
Cは、強度、耐摩耗性を確保するのに必要な元素である。Cは、Cr、Mo、W、V、Nb等の炭化物形成元素と結合して炭化物を形成する。Cは、焼入れ時に母相中に固溶し、マルテンサイト組織化することによって硬度を確保するためにも必要である。その効果を得るため、C含有量の下限を0.09%とする。一方、C含有量が過剰になると、上記炭化物形成元素とCとが結合してCrやMoを含む炭化物を形成し、母相中のCr、Moの固溶量を低下させ、耐食性が低下する。そのため、C含有量の上限を0.13%とする。
【0025】
Si:0.20〜0.40%
Siは、主に脱酸剤、または、金型製造時の被削性を向上させる元素として添加される。その効果を得るため、Si含有量の下限を0.20%とする。一方、Si含有量が過剰になると、熱伝導性が低下する。これを防止する観点から、Si含有量の上限を0.40%とする。Si含有量の上限は、さらに熱伝導率を向上させる等の観点から、好ましくは、0.30%、より好ましくは、0.25%であると良い。
【0026】
Mn:0.40〜0.60%
Mnは、焼入れ性の向上、オーステナイトの安定化のために添加される。とりわけ、焼入れ性が低下すると、ミクロレベルでの硬度バラツキが大きくなるため、Mn含有量の下限を0.40%とする。一方、Mn含有量が過剰になると、真空溶解での歩留まりが悪くなるため、Mn含有量の上限を0.60%とする。
【0027】
P :0.100%以下
Pは、鋼中に不可避的に含まれる。Pは、結晶粒界に偏析し、靱性を低下させる原因となる。そのため、P含有量の上限は、0.100%とする。
【0028】
Cr:2.00〜3.00%
Crは、耐食性を向上させる元素である。その効果を得るため、Cr含有量の下限を2.00%とする。Cr含有量が過剰になると、熱伝導性が低下する。これを防止する観点から、Cr含有量の上限を3.00%とする。
【0029】
Cu:0.60〜0.90%
Cuは、その析出により硬度を高める元素である。その効果を得るため、Cu含有量の下限を0.60%とする。一方、Cu含有量が過剰になると、熱間加工性が低下する。これを防止する観点から、Cu含有量の上限を0.90%とする。
【0030】
Ni:2.00〜2.45%
Niは、Alと金属間化合物を形成し、その析出物の析出により硬度を高める元素である。その効果を得るため、Ni含有量の下限を2.00%とする。一方、Ni含有量が過剰になると、析出物の成長が速くなり、過時効側における硬さの低下が急になるため、Ni含有量の上限を2.45%とする。
【0031】
Mo:0.20〜0.40%
Moは、パーライトノーズを長時間側に移動させ、かつ炭化物と結合して析出し、硬度に寄与する元素である。その効果を得るため、Mo含有量の下限を0.20%とする。一方、Mo含有量が過剰になると、上記の効果が飽和する。また、高価な元素であるため、多量の添加は、鋼材価格を上昇させる。そのため、Mo含有量の上限を0.40%とする。
【0032】
Mo/Ni:≧0.09
NiとAlとが結合して析出するNi−Al金属間化合物と、MoとCとが結合して析出するMo炭化物は、析出温度が異なる。このため、NiとMoをこの割合で複合添加することにより、過時効側での時効曲線の傾きが緩やかになり、操業上の時効温度の適用範囲が広くなる。その結果、時効処理後の硬さにバラツキが生じにくくなる。
【0033】
Al:0.60〜0.90%、
Alは、Niと結合し、析出硬化によって硬度を上昇させる元素である。その効果を得るため、Al含有量の下限を0.60%とする。Al含有量が過剰になると、耐衝撃性が低下し、金型の割れが発生しやすくなる。これを防止する観点から、Al含有量の上限を0.90%とする。
【0034】
O :0.0100%以下
Oは、溶鋼中に不可避的に含まれる元素である。但し、Oが過剰になると、Si、Alと結合して粗大な酸化物を生じ、これが介在物となって、靱性、鏡面性を低下させる。これを防止する観点から、O含有量の上限を0.0100%とする。
【0035】
N :0.0100%以下、
Nは、溶鋼中に不可避的に含まれる元素である。但し、Alと結合してAlNを形成し、鏡面性を低下させる。これを防止する観点から、N含有量の上限を0.0100%とする。
【0036】
本プリハードン鋼は、上述した元素に加えて、さらに、以下の元素から選択される1種または2種以上の元素を任意に含有していても良い。各元素の成分割合、限定理由などは、次の通りである。
【0037】
S:0.001〜0.10%、Se:0.001〜0.3%、Te:0.001〜0.3%、Ca:0.0002〜0.10%、Pb:0.001〜0.20%、Bi:0.001〜0.30%
S、Se、Te、Ca、Pb、Biは、いずれも被削性を向上させるために添加することができる。その効果を得るため、S含有量の下限を、0.01%とする。同様に、Se含有量の下限を、0.001%とする。Te含有量の下限を、0.001%とする。Ca含有量の下限を、0.0002%とする。Pb含有量の下限を、0.001%とする。Bi含有量の下限を、0.001%とする。
【0038】
S、Se、Te、Ca、Pb、Biの各含有量が過剰になると、靱性の低下を招く。これを防止する観点から、S含有量の上限を、0.10%とする。同様に、Se含有量の上限を、0.3%とする。Te含有量の上限を、0.3%とする。Ca含有量の上限を、0.10%とする。Pb含有量の上限を、0.20%とする。Bi含有量の上限を、0.30%とする。
【0039】
V:0.01〜0.10%、Nb:0.001〜0.30%、Ta:0.001〜0.30%、Ti:0.20%以下、Zr:0.001〜0.30%
V、Nb、Ta、Ti、Zrは、C、Nと結合して炭窒化物を形成し、結晶粒の粗大化を抑制して鏡面性を向上させるのに有効な元素である。その効果を得るため、V含有量の下限を、0.01%とする。同様に、Nb含有量の下限を、0.001%とする。Ta含有量の下限を、0.001%とする。Zr含有量の下限を、0.001%とする。なお、Ti含有量の下限は特に限定されない
【0040】
V、Nb、Ta、Ti、Zrの各含有量が過剰になると、被削性の劣化を招く。
これを防止する観点から、V含有量の上限を、0.10%とする。同様に、Nb含有量の上限を0.30%とする。Ta含有量の上限を、0.30%とする。Ti含有量の上限を、0.20%とする。Zr含有量の上限を、0.30%とする。
【0041】
また、本プリハードン鋼は、その硬さ(ロックウェル硬さ)が、36〜42HRCの範囲内に調質されることが好ましい。硬さが36HRC未満になると、硬度が不十分なため、面粗さが大きくなり、鏡面磨き性が低下するからである。一方、硬さが42HRCを越えると、硬くなり過ぎ、ハイスドリル等による穴あけなど、金型加工性が低下するからである。
【実施例】
【0042】
以下、本発明を実施例を用いてより具体的に説明する。
表1(後述)に示す化学組成(質量%)の鋼を真空誘導炉で溶製した後、50kgのインゴットを鋳造した。鋳造後のインゴットを熱間鍛造し、60mm角の棒材を製造した。この棒材を表2(後述)に示す熱処理条件(溶体化温度)で保持した後、急冷(焼入)を行った。上記熱処理後の棒材から各種試験片を切り出し、以下の各種試験を行った。
【0043】
<時効温度幅測定試験>
上記熱処理後の棒材から1辺10mmの立方体試験片を切り出し、時効時間8時間で温度を変化させて時効処理した後、測定面と接地面を♯400まで研磨を行った。次に、ロックウェルCスケールにより測定して36〜42HRCが得られる温度を調査し、その範囲(温度幅)を測定した。なお、この温度幅は、時効曲線の過時効側での温度幅を意味している。本試験においては、温度幅が20℃以上ある場合、時効温度の適用範囲を広げる効果あり、と評価した。
【0044】
<硬さ測定試験>
上記熱処理後の棒材から1辺10mmの立方体試験片を切り出し、表2の熱処理条件(時効温度及び時効時間)で処理した後、測定面と接地面を#400まで研磨した後、ロックウェルCスケールによりこの試験片の硬さを測定した。
【0045】
<鏡面性測定試験>
上記熱処理後の棒材から50mm×45mm×12mmの板状試験片を作製し、当該試験片を機械研磨により#8000まで研磨した。そして、当該試験片の研磨面について、JIS B0633に準拠して表面粗さRyを測定した。
【0046】
<耐食性測定試験>
上記熱処理後の棒材から直径10mm、長さ50mmの丸棒試験片を作製し、当該試験片について、屋根があって雨は当たらないが外気(約10〜15℃)に触れる環境下に3日間置く暴露試験を行い、試験片表面に占める錆の面積率を測定した。
【0047】
<熱伝導率測定試験>
以下のレーザーフラッシュ法により熱伝導率を測定した。詳細には、熱伝導率λは、試料の比熱Cp・熱拡散率αを測定し、別に求めた密度ρを用いて以下の通り算出できる。すなわち、試料(試料重量:M、試料の厚さ:L)の表面にレーザー光を照射して熱エネルギーQを与え、その時の試料の裏面の温度変化ΔTを熱電対により測定する。試料の比熱Cpは、Cp=Q/(M×ΔT)[J/(kg・K)]より算出する。また、試料表面側に設置した赤外線検出器により、試料の温度変化の最大値の半分に達する時間(t1/2)を測定する。試料の熱拡散率αは、α=0.1388×L2/(t1/2)[m2/s]より算出する。これにより、試料の熱伝導率λは、λ=Cp×α×ρ[W/(m・K)]より算出することができる。なお、後述する表3の各熱伝導率の値は、比較鋼1の熱伝導率の実測値を100としたときの値である。
【0048】
<衝撃値測定試験>
JIS Z 2242記載の方法で試験を実施した。詳細には、10mm×10mm×55mmの角材に2mmのUノッチを形成した試験片を作成し、室温にて衝撃値を測定した。
【0049】
表1に、開発鋼(本発明鋼)、比較鋼の化学組成を示す。表2に、開発鋼、比較鋼の熱処理条件を示す。表3に、各種試験結果を示す。図4に、開発鋼及び比較鋼のNi添加量と時効温度の温度幅の関係を示す。
【0050】
図4に示すように、Niの添加量が2.00〜2.45%の範囲内にある場合、
36〜42HRCが得られる温度幅が20℃以上になっていることがわかる。すなわち、Niの添加量が2.00〜2.45%であると、時効温度の適用範囲を広げる効果が得られる。
【0051】
【表1】

【0052】
【表2】

【0053】
【表3】

【0054】
表1〜表3、図4を比較すると、以下のことが分かる。すなわち、比較鋼1は、Cの含有量が本発明の規定範囲の上限を上回っている。そのため、硬度が高くなり過ぎて、衝撃値が低い。また、Si、Crの含有量が本発明の規定範囲の上限を上回っている。そのため、熱伝導率が相対的に低い。なお、NiとMoが極めて低量であったため、温度幅は、測定不能であった。
【0055】
比較鋼2は、Siの含有量が本発明の規定範囲の上限を上回っているため、熱伝導率が低い。また、Ni、Alの含有量が本発明の規定範囲の上限を上回っているため、衝撃値が低い。
【0056】
比較鋼3は、Crの含有量が本発明の規定範囲の下限を下回っているため、耐食性の結果が良くない。
【0057】
比較鋼4は、Crの含有量が本発明の規定範囲の上限を上回っているため、熱伝導率が低い。
【0058】
比較鋼5〜7は、Niの含有量が本発明の規定範囲の下限を下回っているため、時効温度の適用範囲を広げる効果は得られなかった。
【0059】
比較鋼8〜10は、Niの含有量が本発明の規定範囲の上限を上回っている。そのため、時効温度の適用範囲を広げる効果は得られなかった。
【0060】
比較鋼11は、Ni及びMoの含有量が本発明の規定範囲内にあるが、Mo/Niの値が本発明の規定範囲外である。そのため、時効温度の適用範囲を広げる効果は得られなかった。
【0061】
比較鋼12は、Niの含有量が本発明の規定範囲内にあるが、Moの含有量及びMo/Niの値が本発明の規定範囲外である。そのため、時効温度の適用範囲を広げる効果は得られなかった。
【0062】
これら比較鋼に対し、開発鋼は、何れも、鏡面性、耐食性、熱伝導性、耐衝撃性のいずれにおいても良好な結果を得ている。また、時効温度の適用範囲を広げる効果が得られたため、適切な硬さを得るための時効温度の適用範囲が広いことが確認できた。
【0063】
また、別途、比較鋼6、比較鋼10、開発鋼10に関し、時効処理後の金型の硬さのバラツキの程度を確認する試験を実施した。詳細には、熱処理後の棒材から1辺10mmの立方体試験片を30個切り出し、39HRCを目標に時効時間8時間で処理し、測定面と接地面を♯400まで研磨を行った後、ロックウェルCスケールにより測定した。図5は、硬さと試験番号を示している。なお、図5の横軸は、試験片の試験番号である。図5に示すように、比較鋼6、比較鋼10は、時効処理後の硬さのバラツキが大きい。これに対し、開発鋼10は、時効処理後の硬さのバラツキが少ない。
【0064】
さらに、別途、比較鋼6、比較鋼10、開発鋼10に関し、時効処理後の金型の衝撃値のバラツキの程度を確認する試験を実施した。詳細には、上記衝撃値試験と同様に試験片を30個作成し、衝撃値を測定した。図6は、衝撃値と試験番号を示している。なお、図6の横軸は、試験片の試験番号である。図6に示すように、比較鋼6、比較鋼10は、時効処理後の衝撃値のバラツキが大きい。これに対し、開発鋼10は、時効処理後の衝撃値のバラツキが少ない。
【0065】
上記結果から、本プリハードン鋼によれば、時効処理後の硬さ及び衝撃値の両方ともバラツキが少ない金型を得られることが確認できた。以上より、これら開発鋼をプラスチック成形用金型の材料として用いれば、鏡面性、耐食性、熱伝導性、耐衝撃性に優れ、かつ時効処理後の硬さにバラツキが生じにくい、と言える。
【0066】
以上、本発明の実施形態、実施例について説明した。本発明は、これらの実施形態、実施例に特に限定されることなく、種々の改変を行うことが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で(以下、同じ)、
C :0.09〜0.13%、
Si:0.20〜0.40%、
Mn:0.40〜0.60%、
P :0.100%以下、
Cr:2.00〜3.00%、
Cu:0.60〜0.90%、
Ni:2.00〜2.45%、
Mo:0.20〜0.40%、
Mo/Ni:≧0.09
Al:0.60〜0.90%、
O :0.0100%以下、および、
N :0.0100%以下、
残部がFeおよび不可避的不純物を含有することを特徴とするプラスチック成形金型用プリハードン鋼
【請求項2】
S:0.001〜0.10%
Se:0.001〜0.3%
Te:0.001〜0.3%
Ca:0.0002〜0.10%
Pb:0.001〜0.20%、および、
Bi:0.001〜0.30%から選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のプラスチック成形金型用プリハードン鋼。
【請求項3】
V:0.01〜0.10%
Nb:0.001〜0.30%
Ta:0.001〜0.30%
Ti:0.20%以下、および、
Zr:0.001〜0.30%から選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載のプラスチック成形金型用プリハードン鋼。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2013−23708(P2013−23708A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−157331(P2011−157331)
【出願日】平成23年7月19日(2011.7.19)
【出願人】(000003713)大同特殊鋼株式会社 (916)