説明

プラズマキーホール溶接方法、および、プラズマキーホール溶接システム

【課題】より早くキーホールを貫通させることができるプラズマキーホール溶接方法およびプラズマキーホール溶接システムを提供すること。
【解決手段】プラズマ電極と母材との間にアークを点弧し、上記アークによってキーホールを貫通させる工程と、上記キーホールが貫通した後に、上記プラズマ電極を上記母材に対して移動させつつ、定常溶接を行う工程と、を備え、貫通させる工程は、上記キーホールの形成が開始した時刻t2から上記キーホールが貫通する時刻t3までの期間であるキーホール形成期間中に、上記プラズマ電極と上記母材との間に流れる溶接電流Iwを、周波数Ffが初期周波数ff1であるパルス電流として流す工程を含み、上記定常溶接を行う工程は、溶接電流を、周波数Ffが定常周波数ff2であるパルス電流として流す工程を含み、初期周波数ff1は、定常周波数ff2よりも小さい。このような構成によると、より早くキーホールを貫通させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラズマキーホール溶接方法、および、プラズマキーホール溶接システムに関する。
【背景技術】
【0002】
プラズマキーホール溶接方法は、母材がたとえばI形開先の突合せ継手を溶接するときに、タングステン電極を一般的に陰極として放電したときのアークを、水冷されたノズルとプラズマガスのガス流とによって拘束する。そして、集中性の良い高温プラズマ流を発生させ、この高温のプラズマ流が溶接線上に、溶融池の先端で母材を貫通するキーホールを形成しながら移動していく溶接である。この溶接はアーク熱が裏面に至るまで直接に与えられ、裏面の溶融も適切に行うことができる。プラズマキーホール溶接方法は、たとえば特許文献1に記載されている。特許文献1に記載された方法においては、トーチを停止させた状態でキーホールを形成し、このキーホールが貫通した後にトーチの移動を開始させる。当該方法では、溶接開始直後から綺麗なビードを形成することが企図されている。
【0003】
プラズマキーホール溶接方法において上記キーホールが貫通するまでに要する時間が長いと、定常溶接を開始するのが遅くなり、溶接作業の作業効率が低下してしまう。このため、このようなプラズマキーホール溶接方法を行う際には、溶接作業を早期に開始すべくキーホールをより早く貫通させることが、望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公平02−18953号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記した事情のもとで考え出されたものであって、より早くキーホールを貫通させることができるプラズマキーホール溶接方法およびプラズマキーホール溶接システムを提供することをその主たる課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の側面によると、プラズマ電極と母材との間にアークを点弧し、上記アークによってキーホールを貫通させる工程と、上記キーホールが貫通した後に、上記プラズマ電極を上記母材に対して移動させつつ、定常溶接を行う工程と、を備え、上記貫通させる工程は、上記キーホールの形成が開始した時から上記キーホールが貫通する時までの期間であるキーホール形成期間中に、上記プラズマ電極と上記母材との間に流れる溶接電流を、周波数が初期周波数であるパルス電流として流す工程を含み、上記定常溶接を行う工程は、上記溶接電流を、周波数が定常周波数であるパルス電流として流す工程を含み、上記初期周波数は、定常周波数より小さい、プラズマキーホール溶接方法が提供される。
【0007】
好ましくは、上記貫通させる工程における上記溶接電流の絶対値の時間平均値、および、上記貫通させる工程における上記溶接電流の絶対値の時間平均値は、互いに同一である。
【0008】
好ましくは、上記貫通させる工程は、上記キーホール形成期間中に、上記母材に向かって噴出させるプラズマガスを、初期ガス流量で噴出させる工程を含み、上記定常溶接を行う工程は、上記プラズマガスを定常ガス流量で噴出させる工程を含み、上記初期ガス流量は、上記定常ガス流量より大きい。
【0009】
好ましくは、初期周波数計算回路によって、上記定常周波数の値を減少させることにより、上記初期周波数の値を計算する工程を更に備える。
【0010】
好ましくは、上記貫通させる工程は、上記母材に沿った溶接進行方向における、上記母材に対する上記プラズマ電極の速さである移動速さを初期速さに設定する工程を含み、上記定常溶接を行う工程は、上記移動速さを定常速さに設定する工程を含み、上記初期速さは、上記定常速さより小さい。
【0011】
本発明の第2の側面によると、プラズマ電極と母材との間にパルス電流を流す出力回路と、初期周波数の値を記憶する初期周波数記憶部と、定常周波数の値を記憶する定常周波数記憶部と、上記母材にてキーホールが貫通したことを検知すると、キーホール貫通検知信号を生成するキーホール貫通検知回路と、を備え、上記出力回路は、上記キーホール貫通検知信号が生成される前には、周波数を上記初期周波数として上記パルス電流を流し、且つ、上記キーホール貫通検知信号が生成された後には、周波数を上記定常周波数として上記パルス電流を流す、プラズマキーホール溶接システムが提供される。
【0012】
好ましくは、設定電流値を記憶する設定電流値記憶部を更に備え、上記出力回路は、上記キーホール貫通検知信号が生成される前および上記キーホール貫通検知信号が生成された後のいずれにおいても、絶対値の時間平均値を上記設定電流値として上記パルス電流を流す。
【0013】
好ましくは、上記母材に向かって噴出させるプラズマガスの流量であるガス流量を制御するガス流量制御回路と、初期ガス流量の値を記憶する初期ガス流量記憶部と、定常ガス流量の値を記憶する定常ガス流量記憶部と、を更に備え、上記ガス流量制御回路は、上記キーホール貫通検知信号が生成される前には、上記ガス流量を上記初期ガス流量に設定し、且つ、上記キーホール貫通検知信号が生成された後には、上記ガス流量を上記定常ガス流量に設定する。
【0014】
好ましくは、上記定常周波数記憶部に記憶された定常周波数の値を減少させた値を、上記初期周波数として上記初期周波数記憶部に記憶する初期周波数計算回路を更に備える。
【0015】
好ましくは、上記母材に沿った溶接進行方向における、上記母材に対する上記プラズマ電極の速さである移動速さを制御する動作制御回路と、初期速さの値を記憶する初期速さ記憶部と、定常速さの値を記憶する定常速さ記憶部と、を更に備え、上記動作制御回路は、上記キーホール貫通検知信号が生成される前には、上記移動速さを上記初期速さに設定し、且つ、上記キーホール貫通検知信号が生成された後には、上記移動速さを上記定常速さに設定する。
【0016】
このような構成によると、より早くキーホールを貫通させることができる。
【0017】
本発明のその他の特徴および利点は、添付図面を参照して以下に行う詳細な説明によって、より明らかとなろう。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の第1実施形態にかかるプラズマキーホール溶接システムの構成を示す図である。
【図2】図1に示す溶接トーチを示す部分拡大断面図である。
【図3】図1の定常溶接開始判断回路の内部構成を示すブロック図である。
【図4】本発明の第1実施形態にかかるプラズマキーホール溶接方法の一例を示すタイミングチャートである。
【図5】溶接電流の波形の一例を詳細に示す図である。
【図6】溶接電流の波形の一例を詳細に示す図である。
【図7】溶接電流の波形の一例を詳細に示す図である。
【図8】本発明の第1実施形態のプラズマキーホール溶接方法における、母材の状態を示す断面図である。
【図9】プラズマキーホール溶接を行う際に望まれる溶接状態を示す図である。
【図10】プラズマキーホール溶接を行う際に生じうる不具合例を示す図である。
【図11】プラズマキーホール溶接を行う際に生じうる不具合例を示す図である。
【図12】キーホール形成期間中の溶融池の表面を示す断面図である。
【図13】本発明の第1実施形態の第1変形例にかかるプラズマキーホール溶接システムの構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態につき、図面を参照して具体的に説明する。
【0020】
<第1実施形態>
図1〜図12を用いて、本発明の第1実施形態について説明する。
【0021】
図1は、本発明の第1実施形態にかかるプラズマキーホール溶接システムの構成を示す図である。
【0022】
同図に示すプラズマキーホール溶接システムA1は、溶接ロボット1と、ロボット制御装置2と、溶接電源装置3と、ガス供給装置4と、を備える。
【0023】
溶接ロボット1は、溶接トーチ11と、マニピュレータ12とを含む。
【0024】
図2に示すように、溶接トーチ11は、ノズル111とプラズマ電極112とを有する。ノズル111は、たとえば銅などの金属からなる筒状部材である。ノズル111は適宜、水冷構造を有する。プラズマ電極112は非消耗電極である。プラズマ電極112は、たとえばタングステンからなる金属棒である。プラズマ電極112は、母材Wとの間に溶接電圧Vwを印加するための電極である。ノズル111からは、プラズマガスPGがプラズマ電極112を囲むように噴出される。プラズマガスPGはたとえばArである。プラズマ電極112と母材Wとの間に溶接電圧Vwが印加されることにより、プラズマガスPGを媒体としてアークa1が発生する。アークa1が発生している際には、プラズマ電極112と母材Wとの間には溶接電流Iwが流れている。マニピュレータ12は、溶接トーチ11を保持している。マニピュレータ12はたとえば多関節ロボットである。母材Wは、たとえば、アルミニウム、アルミニウムの合金、もしくはステンレスよりなる。
【0025】
ガス供給装置4は、母材Wに向かって噴出させるプラズマガスPGを供給するためのものである。ガス供給装置4によるプラズマガスPGの供給量(すなわちノズル111からのプラズマガスPGの噴出量)は、後述のガス流量設定信号Pgsによって決定される。
【0026】
ロボット制御装置2は、動作制御回路21と、ティーチペンダント23と、初期速さ記憶部251と、定常速さ記憶部252と、を含む。ロボット制御装置2は溶接ロボット1の動作を制御するためのものである。
【0027】
ティーチペンダント23は、動作制御回路21に接続されている。ティーチペンダント23は、各種動作をプラズマキーホール溶接システムA1のユーザが設定するためのものである。ティーチペンダント23は、プラズマキーホール溶接システムA1のユーザから溶接を開始する旨の指示を受けると、溶接開始信号Stを送る。
【0028】
初期速さ記憶部251は初期速さvr1の値を記憶する。初期速さvr1は、たとえばティーチペンダント23から入力され動作制御回路21を経由して、初期速さ記憶部251に記憶される。定常速さ記憶部252は定常速さvr2の値を記憶する。定常速さvr2の値は、たとえばティーチペンダント23から入力され動作制御回路21を経由して、定常速さ記憶部252に記憶される。
【0029】
動作制御回路21は、図示しないマイクロコンピュータおよびメモリを有している。このメモリには、溶接ロボット1の各種の動作が設定された作業プログラムが記憶されている。また、動作制御回路21は、プラズマ電極112の移動速さVRを制御する。移動速さVRは、母材Wに沿った溶接進行方向Drにおける、母材Wに対するプラズマ電極112の速さである。動作制御回路21は、上記作業プログラム、エンコーダからの座標情報、および移動速さVR等に基づき、溶接ロボット1に対して動作制御信号Msを送る。溶接ロボット1は動作制御信号Msを受け、モータ(図示略)を回転駆動させる。これにより、溶接トーチ11が、母材Wにおける所定の溶接開始位置に移動したり、母材Wの面内方向に沿って移動したりする。
【0030】
動作制御回路21は、後述のキーホール貫通検知信号Cm2(図4(e)参照)が生成される前には、移動速さVRを初期速さvr1に設定する。一方、動作制御回路21は、キーホール貫通検知信号Cm2が生成された後には、移動速さVRを定常速さvr2に設定する。本実施形態において動作制御回路21は、溶接開始信号Stをティーチペンダント23から受け溶接電源装置3に送る。
【0031】
溶接電源装置3は、プラズマ電極112と母材Wとの間に、溶接電圧Vwを印加し溶接電流Iwを流すための装置である。溶接電源装置3は、出力回路31と、電圧検出回路32と、定常溶接開始判断回路33と、ガス流量制御回路35と、初期周波数記憶部361と、定常周波数記憶部362と、設定電流値記憶部364と、初期ガス流量記憶部365と、定常ガス流量記憶部366と、を含む。
【0032】
初期周波数記憶部361は初期周波数ff1の値を記憶する。定常周波数記憶部362は定常周波数ff2の値を記憶する。設定電流値記憶部364は設定電流値ir1を記憶する。初期ガス流量記憶部365は初期ガス流量pg1の値を記憶する。定常ガス流量記憶部366は定常ガス流量pg2を記憶する。初期周波数ff1、定常周波数ff2、設定電流値ir1、初期ガス流量pg1、および定常ガス流量pg2の値は、たとえばティーチペンダント23から入力され動作制御回路21を経由して、各記憶部に記憶される。
【0033】
出力回路31は、プラズマ電極112と母材Wとの間に指示された値で溶接電流Iwを流すためのものである。本実施形態において溶接電流Iwはパルス電流である。出力回路31は、電源回路311と、周波数制御回路312と、電流制御回路313と、電流検出回路314と、電流誤差計算回路315と、を有する。
【0034】
電源回路311は、たとえば3相200V等の商用電源を入力として、後述の電流誤差信号Eiに従ってインバータ制御、サイリスタ位相制御等の出力制御を行い、溶接電圧Vwおよび溶接電流Iwを出力する。電源回路311は動作制御回路21から溶接開始信号Stを受ける。
【0035】
周波数制御回路312は、パルス電流たる溶接電流Iwの周波数Ffを制御する。周波数制御回路312は、初期周波数記憶部361および定常周波数記憶部362に接続している。周波数制御回路312は、周波数Ffを制御するための周波数設定信号Ffsを電源回路311に送る。具体的には、後述のキーホール貫通検知信号Cm2(図4(e)参照)が生成される前には、周波数制御回路312は、周波数Ffが初期周波数ff1である溶接電流Iwを流すための周波数設定信号Ffsを、電源回路311に送る。これにより、電源回路311(すなわち出力回路31)は、キーホール貫通検知信号Cm2が生成される前には、周波数Ffが初期周波数ff1であるパルス電流を、溶接電流Iwとして流す。一方、キーホール貫通検知信号Cm2が生成された後には、周波数制御回路312は、周波数Ffが定常周波数ff2である溶接電流Iwを流すための周波数設定信号Ffsを、電源回路311に送る。これにより、電源回路311(すなわち出力回路31)は、キーホール貫通検知信号Cm2が生成された後には、周波数Ffが定常周波数ff2であるパルス電流を、溶接電流Iwとして流す。なお、周波数制御回路312は、動作制御回路21から溶接開始信号Stを受ける。
【0036】
電流検出回路314は、プラズマ電極112と母材Wとの間に流れる溶接電流Iwの値を検出するためのものである。電流検出回路314は、溶接電流Iwに対応する電流検出信号Idを送る。電流誤差計算回路315は、実際に流れている溶接電流Iwの値と、設定された溶接電流の値との差ΔIwを計算するためのものである。具体的には、電流誤差計算回路315は、電流検出信号Idと、設定された溶接電流の値に対応する後述の電流設定信号Irとを受け、差ΔIwに対応する電流誤差信号Eiを送る。なお、電流誤差計算回路315は、電流誤差信号Eiとして、差ΔIwを増幅した値に対応するものを送ってもよい。
【0037】
電流制御回路313は、プラズマ電極112と母材Wとの間に流れる溶接電流Iwの絶対値の時間平均値Iaを設定するためのものである。電流制御回路313は、設定電流値記憶部364に記憶された設定電流値ir1に基づき、溶接電流Iwの絶対値の時間平均値Iaを指示するための電流設定信号Irを生成する。そして電流制御回路313は、生成した電流設定信号Irを電流誤差計算回路315に送る。本実施形態において、電流制御回路313は、後述のキーホール貫通検知信号Cm2(図4(e)参照)が生成される前およびキーホール貫通検知信号Cm2が生成された後のいずれにおいても、絶対値の時間平均値Iaが設定電流値ir1である溶接電流Iwを流すための電流設定信号Irを送る。これにより、電源回路311(すなわち出力回路31)は、キーホール貫通検知信号Cm2が生成される前およびキーホール貫通検知信号Cm2が生成された後のいずれにおいても、絶対値の時間平均値Iaを設定電流値ir1として、溶接電流Iwを流す。
【0038】
電圧検出回路32は、プラズマ電極112と母材Wとの間の溶接電圧Vwの値を検出するためのものである。電圧検出回路32は、溶接電圧Vwの値に対応する電圧検出信号Vdを送る。
【0039】
定常溶接開始判断回路33は、電圧検出回路32から電圧検出信号Vdを受ける。定常溶接開始判断回路33は、電圧検出信号Vdに基づき、定常溶接を開始するか否かを判断する。定常溶接開始判断回路33は、定常溶接を開始すべきと判断すると、定常溶接開始指示信号Cm3を、周波数制御回路312(すなわち出力回路31)とガス流量制御回路35と動作制御回路21とに送る。
【0040】
図3に示すように、本実施形態において定常溶接開始判断回路33は、キーホール貫通検知回路331と、比較回路332とを有する。キーホール貫通検知回路331は母材Wにてキーホール889が貫通したことを検知すると、キーホール貫通検知信号Cm2を生成し、比較回路332に送る。
【0041】
具体的には、キーホール貫通検知回路331は、絶対値演算回路341と、ローパスフィルタ342と、電圧変動検出回路343と、を有する。
【0042】
絶対値演算回路341には、電圧検出信号Vdが入力される。絶対値演算回路341は、入力された電圧検出信号Vdの絶対値を演算する。そして絶対値演算回路341は、当該演算の結果を電圧絶対値信号Vaとして出力する。ローパスフィルタ342には、電圧絶対値信号Vaが入力される。ローパスフィルタ342は、入力された電圧絶対値信号Vaの高周波成分を除去し、低周波成分のみを通過させる演算を行う。そしてローパスフィルタ342は、当該演算の結果を成形電圧信号Vfとして出力する。なお、絶対値演算回路341は、電圧絶対値信号Vaが交流ではなく直流であった場合は不要である。
【0043】
電圧変動検出回路343は、成形電圧信号Vfの変動を検出するための回路である。電圧変動検出回路343は、成形電圧信号Vfの変動を検出し、キーホール889が貫通した時刻を検出するために設けられている。電圧変動検出回路343は、微分回路BV、比較回路CM1、キーホール形成開始基準電圧設定回路VS、および比較回路CM2を有する。
【0044】
微分回路BVには、成形電圧信号Vfが入力される。微分回路BVは、入力された成形電圧信号Vfの時間微分値を計算し、電圧微分信号Bvを出力する。比較回路CM1には、電圧微分信号Bvが入力される。比較回路CM1は、この電圧微分信号Bvが予め定められた基準値Bth1以下となった場合に、キーホール889の形成が開始されたと判断する。この時、比較回路CM1は、短時間だけHighレベルになるキーホール形成開始信号Cm1を出力する。
【0045】
キーホール形成開始基準電圧設定回路VSには、キーホール形成開始信号Cm1と、成形電圧信号Vfとが入力される。キーホール形成開始基準電圧設定回路VSは、キーホール形成開始信号Cm1が入力された時の成形電圧信号Vfをキーホール形成開始基準電圧信号Vsと設定する。そして、キーホール形成開始基準電圧設定回路VSは、キーホール形成開始基準電圧信号Vsを出力する。
【0046】
比較回路CM2には、キーホール形成開始基準電圧信号Vsと、成形電圧信号Vfとが入力される。比較回路CM2は、キーホール形成開始基準電圧信号Vsと、成形電圧信号Vfとの差が、プラズマガスPGの種類等によって予め定められた基準値Bth2以上になった場合、キーホール889が貫通したと判断する。この時、比較回路CM2は、短時間だけHighレベルになるキーホール貫通検知信号Cm2を出力する。
【0047】
比較回路332は、キーホール貫通検知信号Cm2および電圧微分信号Bvを受ける。比較回路332は、キーホール貫通検知信号Cm2を受けた後に電圧微分信号Bvが予め定められた基準値Bth3以下に達したときに、溶接裏ビードが適切に形成され且つキーホール889が適切な大きさになったと判断する。このとき、比較回路332は、定常溶接を開始すべきと判断し、短時間だけHighレベルになる定常溶接開始指示信号Cm3を送る。定常溶接開始指示信号Cm3は、周波数制御回路312(すなわち出力回路31)とガス流量制御回路35と動作制御回路21とに送られる。
【0048】
ガス流量制御回路35は、母材Wに向かって噴出させるプラズマガスPGの流量であるガス流量を制御するためのものである。ガス流量制御回路35は、初期ガス流量記憶部365および定常ガス流量記憶部366に接続している。ガス流量制御回路35は、プラズマガスPGのガス流量を制御するためのガス流量設定信号Pgsをガス供給装置4に送る。ガス流量制御回路35は、キーホール貫通検知信号Cm2(図4(e)参照)が生成される前には、プラズマガスPGのガス流量を初期ガス流量pg1に設定するためのガス流量設定信号Pgsを、ガス供給装置4に送る。これにより、ガス供給装置4は、キーホール貫通検知信号Cm2が生成される前には、ガス流量が初期ガス流量pg1であるようにプラズマガスPGを噴出させる。一方、ガス流量制御回路35は、キーホール貫通検知信号Cm2が生成された後には、プラズマガスPGのガス流量を定常ガス流量pg2に設定するためのガス流量設定信号Pgsを、ガス供給装置4に送る。これにより、ガス供給装置4は、キーホール貫通検知信号Cm2が生成された後には、ガス流量が定常ガス流量pg2であるようにプラズマガスPGを噴出させる。なお、ガス流量制御回路35には、動作制御回路21から溶接開始信号Stが送られる。
【0049】
次に、図4および図8をさらに用いて、プラズマキーホール溶接システムA1を用いたプラズマキーホール溶接方法の一例について説明する。
【0050】
同図(a)は電圧検出信号Vdの時間変化を示し、(b)は電圧絶対値信号Vaの時間変化を示し、(c)は成形電圧信号Vfの時間変化を示し、(d)キーホール形成開始信号Cm1の時間変化を示し、(e)はキーホール貫通検知信号Cm2の時間変化を示し、(f)は定常溶接開始指示信号Cm3の時間変化を示し、(g)は、プラズマ電極112の移動速さVRの時間変化を示し、(h)は溶接開始信号Stの時間変化を示し、(i)は溶接電流Iwの絶対値の時間平均値Iaの時間変化を示し、(j)は溶接電流Iwのパルスの周波数Ffの時間変化を示し、(k)はプラズマガスPGのガス流量の時間変化を示す。
【0051】
図8(s−1)、(s−2)、(s−3)はそれぞれ、図4(s−1)、(s−2)、(s−3)のアークa1および母材Wの状態に対応する。
【0052】
図4(a)に示す電圧検出信号Vdは、ピーク値とベース値とを有する交流パルス波形電圧信号を示す。
【0053】
<時刻t1〜時刻t2>
時刻t1において、外部からの溶接開始信号Stがティーチペンダント23を経由して動作制御回路21に入力されると、動作制御回路21は、溶接開始信号Stを、出力回路31(具体的には、電源回路311および周波数制御回路312)に送る。すると、電源回路311はプラズマ電極112と母材Wとの間に溶接電圧Vwを印加し、アークa1が点弧される。そして溶接電流Iwの通電が開始される。
【0054】
図4(i)に示すように、時刻t1において、出力回路31は、溶接開始信号Stを受けると、絶対値の時間平均値Iaが設定電流値ir1である溶接電流Iwを通電し始める。設定電流値ir1は、たとえば240A程度である。
【0055】
時刻t1において、周波数制御回路312は、溶接開始信号Stを受けると、周波数Ffが初期周波数ff1であるパルス電流として、溶接電流Iwを流すための周波数設定信号Ffsを電源回路311に送る。これにより、図4(j)に示すように、電源回路311(すなわち出力回路31)は、周波数Ffが初期周波数ff1であるパルス電流として、溶接電流Iwを通電し始める。初期周波数ff1は、たとえば2〜10Hzであり、好ましくは、5〜6Hzである。初期周波数ff1の値は、母材Wの種類や母材Wの厚さによて異なる場合もある。
【0056】
ここで、溶接電流Iwの波形ついて、図5を参照しつつ説明する。図5は、溶接電流Iwのほぼパルス2周期分を示すグラフである。なお、図5における時間のスケールは、図4における時間のスケールに比べ極めて小さい。図5に示された溶接電流Iwの絶対値の時間平均値Iaが、図4(i)に示す時間平均値Iaに一致する。
【0057】
図5において、溶接電流Iwを示す縦軸は、プラズマ電極112が陽極となったときに流れる電流をプラスとしている。本図から理解されるように、溶接電流Iwは、周期Teにおいて電極プラス極性電流Iepと電極マイナス極性電流Ienとを1回ずつとる、交流電流である。電極プラス極性電流Iepは、プラズマ電極112が陽極、母材Wが陰極となった状態で流れる電流である。電極マイナス極性電流Ienは、プラズマ電極112が陰極、母材Wが陽極となった状態で流れる電流である。
【0058】
電極マイナス極性電流Ienは、周期Te2を有するパルス電流となっている。周期Te2は、電極マイナス極性期間Tenよりも短い。この周期Te2の間に、電極マイナス極性電流Ienは、電極マイナス極性ピーク電流Inpと電極マイナス極性ベース電流Inbとを1回ずつとる。
【0059】
図5において、電極マイナス極性電流Ienの絶対値を破線で示している。さらに同図には、溶接電流Iwの時間平均値Iaを示している。上述したように図5の時間平均値Iaが、図4(i)の時間平均値Iaに一致する。
【0060】
そして、周波数Ffと周期Teとの関係は以下のとおりである。
Ff=1/Te
【0061】
また、EN比率が、周期Te、電極マイナス極性期間Ten、ないし電極プラス極性期間Tepを用いて、以下の式によって規定される。
EN比率(%)=Ten/Te×100
=Ten/(Ten+Tep)×100
【0062】
周波数Ffを変化させるには、たとえば、EN比率および時間平均値Iaをいずれも変化させずに、電極マイナス極性期間Tenおよび電極プラス極性期間Tepのいずれをも変化させる。ただし、周波数Ffを変化させるのはこれに限られず、EN比率を変化させつつ周波数Ffを調整してもよい。また、時間平均値Iaを変化させるには、たとえば、EN比率を変化させずに、最大絶対値Ieppの値や、最大絶対値Ienpなどを変化させる。
【0063】
溶接電流Iwの波形は、図5に示すものに限られず、図6や図7に示すものであってもよい。
【0064】
時刻t1において、ガス流量制御回路35は、溶接開始信号Stを受けると、プラズマガスPGのガス流量を初期ガス流量pg1に設定するためのガス流量設定信号Pgsを、ガス供給装置4に送る。これにより、図4(k)に示すように、ガス供給装置4は、ガス流量が初期ガス流量pg1であるようにプラズマガスPGを噴出させ始める。初期ガス流量pg1は、たとえば2.3〜2.5L/minである。
【0065】
時刻t1において、動作制御回路21は、溶接開始信号Stを受けると、図4(g)に示すように、移動速さVRを初期速さvr1に設定するための動作制御信号Msを溶接ロボット1に送る。これにより、プラズマ電極112の移動速さVRは、初期速さvr1となる。本実施形態においては、初期速さvr1は0であり、時刻t1から時刻t4の間は、溶接進行方向Drにおいてプラズマ電極112は母材Wに対し停止している。本実施形態と異なり、移動速さVRは0でなくてもよい。たとえば、時刻t1から時刻t4の間に、溶接進行方向Drにおいて、プラズマ電極112を母材Wに対しわずかに移動させてもよい。
【0066】
図3の絶対値演算回路341は、溶接電圧Vwに対応する電圧検出信号Vdの絶対値を演算し、図4(b)に示す電圧絶対値信号Vaを送る。ローパスフィルタ342は、電圧絶対値信号Vaの高周波成分を除去し、同図(c)に示す成形電圧信号Vfを出力する。図8(s−1)に示すように、時刻t1以降、アークa1は、母材Wの表面に溶融池881を形成する。溶融池881が形成され始めた時はアークa1は不安定である。そのため成形電圧信号Vfは変動しやすい。
【0067】
<時刻t2〜時刻t3(キーホール形成期間)>
図4(c)に示すように、成形電圧信号Vfが上昇して時刻t2になると、アークa1は安定する。そのため時刻t2以降、成形電圧信号Vfの上昇率が小さくなる。図3の比較回路CM1は、成形電圧信号Vfを時間微分した電圧微分信号Bvが、予め定めた基準値Bth1以下となった場合、アークa1が母材Wにキーホール889を掘り始め、キーホール889の形成が開始されたと判断する。キーホール889の形成が開始されたと判断すると、比較回路CM1は、同図(d)に示すように、短時間だけHighレベルになるキーホール形成開始信号Cm1を出力する。キーホール形成開始基準電圧設定回路VSは、キーホール形成開始信号Cm1を受けると、このキーホール形成開始信号Cm1を入力した時の成形電圧信号Vfをキーホール形成開始基準電圧信号Vs(同図(c)参照)として設定する。図8(s−2)に示すように、時刻t2以降、キーホール889の形成が継続され、溶融池881の表面882が徐々に低下してゆく。なお、キーホール889の形成が開始した時(時刻t2)から、キーホール889が貫通する時(後述の時刻t3)までの期間は、キーホール形成期間である。
【0068】
図4(g)に示すように、キーホール形成期間(時刻t2〜時刻t3)中は、プラズマ電極112の移動速さVRは、初期速さvr1である。本実施形態では上述のように初期速さvr1は0であり、プラズマ電極112は母材Wに対し停止している。図4(i)に示すように、キーホール形成期間(時刻t2〜時刻t3)中は、溶接電流Iwの絶対値の時間平均値Iaは、設定電流値ir1である。図4(j)に示すように、キーホール形成期間(時刻t2〜時刻t3)中は、周波数Ffが初期周波数ff1であるパルス電流として、溶接電流Iwが流れる。図4(k)に示すように、キーホール形成期間(時刻t2〜時刻t3)中は、プラズマガスPGは初期ガス流量pg1で噴出させられる。
【0069】
<時刻t3〜時刻t4>
時刻t3において、図8(s−3)に示すように、母材Wにてキーホール889が貫通する。キーホール889が貫通したとき、時刻t3において、図4(c)に示すように、成形電圧信号Vfとキーホール形成開始基準電圧信号Vsとの差が予め定めた基準値Bth2より大きくなる。この場合、比較回路CM2は、キーホール889が貫通したと判断する。すると同図(e)に示すように、比較回路CM2は、キーホール貫通検知信号Cm2を、比較回路332に送る。キーホール889が貫通した直後は、成形電圧信号Vfはキーホール889の貫通の影響で不安定である。キーホール889が貫通した時刻t3からしばらくすると、成形電圧信号Vfが減少したのちに溶接電圧Vwが安定し、成形電圧信号Vfの減少率が小さくなる。
【0070】
<時刻t4以降>
時刻t4において、図3の比較回路332は、電圧微分信号Bvが予め定めた基準値Bth3以下に達すると、溶接裏ビードが適切に形成され且つキーホール889が適切な大きさになったと判断する。このとき、図4(f)に示すように、比較回路332は、定常溶接を開始すべきと判断し、短時間だけHighレベルになる定常溶接開始指示信号Cm3を送る。
【0071】
時刻t4において、周波数制御回路312は定常溶接開始指示信号Cm3を受けると、周波数Ffが定常周波数ff2であるパルス電流として、溶接電流Iwを流すための周波数設定信号Ffsを電源回路311に送る。これにより、図4(j)に示すように、時刻t4から、電源回路311(すなわち出力回路31)は、周波数Ffが定常周波数ff2であるパルス電流として、溶接電流Iwを通電し始める。定常周波数ff2よりも初期周波数ff1は小さい。定常周波数ff2は、たとえば、10〜20Hzである。
【0072】
時刻t4において、ガス流量制御回路35は、定常溶接開始指示信号Cm3を受けると、プラズマガスPGのガス流量を定常ガス流量pg2に設定するためのガス流量設定信号Pgsを、ガス供給装置4に送る。これにより、図4(k)に示すように、時刻t4から、ガス供給装置4は、ガス流量が定常ガス流量pg2であるようにプラズマガスPGを噴出させ始める。定常ガス流量pg2よりも初期ガス流量pg1が大きい。定常ガス流量pg2は、たとえば、2.0L/minである。
【0073】
時刻t4において、動作制御回路21は、定常溶接開始指示信号Cm3を受けると、図4(g)に示すように、移動速さVRを定常速さvr2に設定するための動作制御信号Msを溶接ロボット1に送る。これにより、プラズマ電極112の移動速さVRは、定常速さvr2となる。定常速さvr2よりも初期速さvr1が小さい。本実施形態では、時刻t4から、溶接進行方向Drにおける、プラズマ電極112の母材Wに対する移動が開始される。
【0074】
時刻t4以降においても、図(i)に示すように、絶対値の時間平均値Iaは、設定電流値ir1のままである。すなわち、時刻t2〜時刻t3(キーホール形成期間)中の溶接電流Iwの絶対値の時間平均値Iaと、時刻t4以降の定常溶接を行う工程における溶接電流Iwの絶対値の時間平均値Iaとは、互いに同一である。
【0075】
以上のように時刻t4から、定常溶接を行う工程が開始され、母材Wに対する溶接が行われる。これにより、図9に示すように、母材Wの表面に溶接進行方向Drに沿って溶接表ビードが、母材Wの裏面には溶接進行方向Drに沿って溶接裏ビードが形成される。時刻t1〜時刻t2および時刻t3〜時刻t4の各長さは、時刻t2〜時刻t3の長さに比べ非常に短い。時刻t2〜時刻t3の長さは、たとえば10秒程度である。
【0076】
次に、本実施形態の作用効果について説明する。
【0077】
本実施形態によると、より早くキーホール889を貫通させることができる。その理由は次のとおりである。
【0078】
まず、従来から溶接に要する時間の短縮が求められている。定常速さvr2を遅くすると溶接に要する時間が増加し、溶接に要する時間の短縮を図ることができない。そのため、少なくとも時刻t4以降の定常溶接を行う工程においては、定常速さvr2をあまり遅くできない。
【0079】
本実施形態において溶接電流Iwはパルス電流である。よって、母材Wに入熱しやすい期間と母材Wに入熱しにくい期間とが、周期的に繰り返される。たとえば、図5の電極プラス極性電流Iepや電極マイナス極性ピーク電流Inpが流れる期間は、母材Wに入熱しやすい期間である。一方、電極マイナス極性ベース電流Inbが流れる期間は、母材Wに入熱しにくい期間である。また、たとえば、図6や図7の電極マイナス極性電流Ienが流れる電極マイナス極性期間Tenは、母材Wに入熱しやすい期間である。一方、電極プラス極性電流Iepが流れる電極プラス極性期間Tepは、母材Wに入熱しにくい期間である。よって、定常速さvr2をあまり遅くせずに溶接を行う場合に定常周波数ff2を小さくしすぎると、入熱しにくい期間しかアークa1が照射されない部位が、母材Wに生じる可能性がある。すると、ほとんど入熱されない部位が母材Wに生じる可能性がある。母材Wに入熱されない部位が生じると、溶接表ビードや溶接裏ビードの幅が細くなったり、もしくは、図10に示すようにキーホール889が生成されないなどの不都合が生じうる。以上より、定常周波数ff2をあまり小さくすることは出来ず、ある程度の以上の大きさにする必要がある。
【0080】
図12は、時刻t2〜時刻t3の期間(キーホール形成期間)中の溶融池881の状態を示している。同図に示すように、少なくとも時刻t2〜時刻t3の期間(キーホール形成期間)中、溶融池881の表面882は上下に振動する。同図の左側に示すように、表面882が下がっている場合、アークa1の先端と母材Wのうちの次に溶融すべき部位886との距離が小さいため、アークa1からの熱は部位886に伝わりやすい。一方、同図の右側に示すように、表面882が上がっている場合、アークa1の先端と部位886との距離は大きいため、アークa1からの熱は部位886に伝わりにくい。そして、発明者は、溶融池881の表面882の振動数が定常周波数ff2よりも小さいことにつき、知見を得た。本実施形態においては、時刻t2〜時刻t3の期間(キーホール形成期間)中に、溶接電流Iwを、定常周波数ff2よりも小さい初期周波数ff1であるパルス電流として流す。そのため、溶接電流Iwがパルス電流であることに由来する、入熱しやすい期間と入熱しにくい期間との繰り返し周期を、表面882の振動の周期に近づけることが可能となる。よって、溶接電流Iwがパルス電流であることに由来する、入熱しやすい期間と入熱しにくい期間との繰り返し周期を、アークa1からの熱が部位886に伝わりやすい状態(図12の左側)と、アークa1からの熱が部位886に伝わりにくい状態(図12の右側)との繰り返し周期に、近づけることができる。したがって、本実施形態によると、時刻t2〜時刻t3の期間(キーホール形成期間)中、効率的に、母材Wのうちの次に溶融すべき部位886を溶融させることができる。これにより、より早くキーホール889を貫通させることができる。
【0081】
初期周波数ff1の値を決定するには、たとえば、溶接を開始する前に、定常周波数ff2よりも小さい何通りかの周波数Ffで、初期周波数ff1を決定するためのプラズマキーホール溶接を行う。そして、キーホール889を形成する時間が最小となった値を初期周波数ff1として採用すればよい。
【0082】
本実施形態においては、時刻t2〜時刻t3の期間(キーホール形成期間)中、および、時刻t4以降の定常溶接を行う期間のいずれにおいても、溶接電流Iwを、絶対値の時間平均値Iaを設定電流値ir1として流す。すなわち、時刻t2〜時刻t3の期間中、および、時刻t4以降の定常溶接を行う期間における、時間平均値Iaは、同一の設定電流値ir1であり、互いに同一である。このような構成によると、時刻t2〜時刻t3の期間中に、母材Wへの入熱が過多となることを防止できる。母材Wへの入熱が過多となることを防止できると、溶け落ち(図11参照)が生じることを抑制できる。
【0083】
本実施形態においては、時刻t2〜時刻t3の期間(キーホール形成期間)中、プラズマガスPGを初期ガス流量pg1で噴出させる。時刻t4以降の定常溶接を行う期間中は、プラズマガスPGを定常ガス流量pg2で噴出させる。初期ガス流量pg1は定常ガス流量pg2よりも大きい。このような構成は、時刻t2〜時刻t3の期間(キーホール形成期間)中のアークa1の圧力を増大させるのに適する。よって、キーホール889をより早く貫通させることができる。また、初期ガス流量pg1が定常ガス流量pg2よりも大きいと、時刻t2〜時刻t3の期間(キーホール形成期間)中のアークa1を細く絞りこませることにより、母材Wにおける熱影響部を小さくすることができる。そのため、時刻t2〜時刻t3にて形成されるキーホール889の穴径が大きくなることを抑制できる。その結果、溶け落ちの発生を抑制することができる。
【0084】
<第1実施形態の第1変形例>
図13を用いて、本発明の第1実施形態の第1変形例について説明する。
【0085】
なお、以下の説明では、上記と同一もしくは類似の構成については上記と同一の符号を付し、説明を適宜省略する。
【0086】
同図に示すプラズマキーホール溶接システムA11は、初期周波数計算回路37を更に備えている点において、上述のプラズマキーホール溶接システムA1と異なる。本変形例においては、初期周波数計算回路37は、溶接電源装置3の構成であるが、これに限定されるものではなく、たとえば、ロボット制御装置2の構成であってもよい。
【0087】
初期周波数計算回路37は、定常周波数ff2の値に基づき、初期周波数ff1の値を計算する。具体的には、初期周波数計算回路37は、定常周波数記憶部362に記憶された定常周波数ff2の値を減少させた値を算出する。初期周波数計算回路37は、たとえば、定常周波数ff2の値の30%や50%の値を算出したり、定常周波数ff2の値から5〜8Hzだけ減算した値を算出したりする。そして、初期周波数計算回路37は、算出したこの値を、初期周波数ff1として初期周波数記憶部361に記憶する。
【0088】
プラズマキーホール溶接システムA11を用いたプラズマキーホール溶接方法は、プラズマキーホール溶接システムA1に関して説明したのと同様であるから、説明を省略する。
【0089】
本変形例によると、プラズマキーホール溶接システムA1に関して述べた利点と同様の利点を享受することができる。
【0090】
本変形例によると、プラズマキーホール溶接システムA11のユーザは定常周波数ff2を設定するだけで、初期周波数ff1をわざわざ設定することなく、本実施形態の溶接方法を使用できる。このようなプラズマキーホール溶接システムA11は、ユーザにとって使いやすい。
【0091】
本発明は、上述した実施形態に限定されるものではない。本発明の各部の具体的な構成は、種々に設計変更自在である。
【0092】
図3の定常溶接開始判断回路33は必ずしも比較回路332を含む必要はない。定常溶接開始判断回路33は、キーホール貫通検知信号Cm2が生成された時から所定の時間が経過したときに、定常溶接を開始すべきと判断してもよい。もしくは、定常溶接開始判断回路33は、出力回路31による出力が開始した時から所定の時間が経過したときに、定常溶接を開始すべきと判断するものであってもよい。
【0093】
上記実施形態とは異なり、比較回路CM2は、時刻t2ののち成形電圧信号Vfの変化量がある値を超えたときにキーホール889が貫通したと判断し、キーホール貫通検知信号Cm2を出力してもよい。
【0094】
上記の実施形態では、時刻t4にて周波数Ffを初期周波数ff1から定常周波数ff2に変化させているが、本発明はこれに限られない。たとえば、キーホール889が貫通した時刻から所定の時間が経過したときに、周波数Ffを初期周波数ff1から定常周波数ff2に変化させてもよい。また、周波数Ffを初期周波数ff1から定常周波数ff2に変化させるのは時刻t3の後である必要もない。すなわち、キーホール889が貫通する時刻t3よりも前に、周波数Ffを初期周波数ff1から定常周波数ff2に変化させてもよい。
【0095】
時刻t1〜時刻t3まで周波数Ffは初期周波数ff1であるが、時刻t2〜時刻t3の間のある期間中、周波数Ffが初期周波数ff1であればよく、たとえば、時刻t1〜時刻t2のあいだ、周波数Ffが初期周波数ff1とは異なっていてもよい。
【0096】
上記の実施形態においては、時刻t4において周波数Ffを急に初期周波数ff1から定常周波数ff2に変化させているが、時刻t3から時刻t4にかけて、周波数Ffを徐々に変化させてもよい。
【0097】
上記の実施形態では、時刻t4にてプラズマガスPGのガス流量を初期ガス流量pg1から定常ガス流量pg2に変化させているが、本発明はこれに限られない。たとえば、キーホール889が貫通した時刻から所定の時間が経過したときに、プラズマガスPGのガス流量を初期ガス流量pg1から定常ガス流量pg2に変化させてもよい。また、プラズマガスPGのガス流量を初期ガス流量pg1から定常ガス流量pg2に変化させるのは時刻t3の後である必要もない。すなわち、キーホール889が貫通する時刻t3よりも前に、プラズマガスPGのガス流量を初期ガス流量pg1から定常ガス流量pg2に変化させてもよい。また、時刻t1から常にプラズマガスPGのガス流量は一定であってもよい。
【0098】
時刻t1〜時刻t3までプラズマガスPGのガス流量は初期ガス流量pg1であるが、時刻t2〜時刻t3の間のある期間中プラズマガスPGのガス流量が初期ガス流量pg1であればよく、たとえば、時刻t1〜時刻t2のあいだ、プラズマガスPGのガス流量が初期ガス流量pg1と異なっていてもよい。
【0099】
上記の実施形態においては、時刻t4においてプラズマガスPGのガス流量を急に初期ガス流量pg1から定常ガス流量pg2に変化させているが、時刻t3から時刻t4にかけて、プラズマガスPGのガス流量を徐々に変化させてもよい。
【符号の説明】
【0100】
A1 プラズマキーホール溶接システム
A11 プラズマキーホール溶接システム
1 溶接ロボット
11 溶接トーチ
111 ノズル
112 プラズマ電極
12 マニピュレータ
2 ロボット制御装置
21 動作制御回路
23 ティーチペンダント
251 初期速さ記憶部
252 定常速さ記憶部
3 溶接電源装置
31 出力回路
311 電源回路
312 周波数制御回路
313 電流制御回路
314 電流検出回路
315 電流誤差計算回路
32 電圧検出回路
33 定常溶接開始判断回路
331 キーホール貫通検知回路
341 絶対値演算回路
342 ローパスフィルタ
343 電圧変動検出回路
332 比較回路
35 ガス流量制御回路
361 初期周波数記憶部
362 定常周波数記憶部
364 設定電流値記憶部
365 初期ガス流量記憶部
366 定常ガス流量記憶部
37 初期周波数計算回路
4 ガス供給装置
881 溶融池
882 表面
886 部位
889 キーホール
a1 アーク
Bth1 基準値
Bth2 基準値
Bth3 基準値
BV 微分回路
Bv 電圧微分信号
CM1 比較回路
Cm1 キーホール形成開始信号
CM2 比較回路
Cm2 キーホール貫通検知信号
Cm3 定常溶接開始指示信号
Dr 溶接進行方向
Ei 電流誤差信号
Ff 周波数
Ffs 周波数設定信号
ff1 初期周波数
ff2 定常周波数
Ia 時間平均値
Id 電流検出信号
Iep 電極プラス極性電流
Ien 電極マイナス極性電流
Iepp 最大絶対値
Ienp 最大絶対値
Inp 電極マイナス極性ピーク電流
Inb 電極マイナス極性ベース電流
Ir 電流設定信号
ir1 設定電流値
Iw 溶接電流
Ms 動作制御信号
PG プラズマガス
Pgs ガス流量設定信号
Vw 溶接電圧
VR 移動速さ
St 溶接開始信号
pg1 初期ガス流量
pg2 定常ガス流量
Te2 周期
Te 周期
Ten 電極マイナス極性期間
Tep 電極プラス極性期間
t1 時刻
t2 時刻
t3 時刻
t4 時刻
Va 電圧絶対値信号
Vd 電圧検出信号
Vf 成形電圧信号
Vs キーホール形成開始基準電圧信号
VS キーホール形成開始基準電圧設定回路
vr1 初期速さ
vr2 定常速さ
W 母材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラズマ電極と母材との間にアークを点弧し、上記アークによってキーホールを貫通させる工程と、
上記キーホールが貫通した後に、上記プラズマ電極を上記母材に対して移動させつつ、定常溶接を行う工程と、を備え、
上記貫通させる工程は、上記キーホールの形成が開始した時から上記キーホールが貫通する時までの期間であるキーホール形成期間中に、上記プラズマ電極と上記母材との間に流れる溶接電流を、周波数が初期周波数であるパルス電流として流す工程を含み、
上記定常溶接を行う工程は、上記溶接電流を、周波数が定常周波数であるパルス電流として流す工程を含み、
上記初期周波数は、定常周波数より小さい、プラズマキーホール溶接方法。
【請求項2】
上記貫通させる工程における上記溶接電流の絶対値の時間平均値、および、上記貫通させる工程における上記溶接電流の絶対値の時間平均値は、互いに同一である、請求項1に記載のプラズマキーホール溶接方法。
【請求項3】
上記貫通させる工程は、上記キーホール形成期間中に、上記母材に向かって噴出させるプラズマガスを、初期ガス流量で噴出させる工程を含み、
上記定常溶接を行う工程は、上記プラズマガスを定常ガス流量で噴出させる工程を含み、
上記初期ガス流量は、上記定常ガス流量より大きい、請求項1または請求項2に記載のプラズマキーホール溶接方法。
【請求項4】
初期周波数計算回路によって、上記定常周波数の値を減少させることにより、上記初期周波数の値を計算する工程を更に備える、請求項1ないし請求項3のいずれかに記載のプラズマキーホール溶接方法。
【請求項5】
上記貫通させる工程は、上記母材に沿った溶接進行方向における、上記母材に対する上記プラズマ電極の速さである移動速さを初期速さに設定する工程を含み、
上記定常溶接を行う工程は、上記移動速さを定常速さに設定する工程を含み、
上記初期速さは、上記定常速さより小さい、請求項1ないし請求項4のいずれかに記載のプラズマキーホール溶接方法。
【請求項6】
プラズマ電極と母材との間にパルス電流を流す出力回路と、
初期周波数の値を記憶する初期周波数記憶部と、
定常周波数の値を記憶する定常周波数記憶部と、
上記母材にてキーホールが貫通したことを検知すると、キーホール貫通検知信号を生成するキーホール貫通検知回路と、を備え、
上記出力回路は、上記キーホール貫通検知信号が生成される前には、周波数を上記初期周波数として上記パルス電流を流し、且つ、上記キーホール貫通検知信号が生成された後には、周波数を上記定常周波数として上記パルス電流を流す、プラズマキーホール溶接システム。
【請求項7】
設定電流値を記憶する設定電流値記憶部を更に備え、
上記出力回路は、上記キーホール貫通検知信号が生成される前および上記キーホール貫通検知信号が生成された後のいずれにおいても、絶対値の時間平均値を上記設定電流値として上記パルス電流を流す、請求項6に記載のプラズマキーホール溶接システム。
【請求項8】
上記母材に向かって噴出させるプラズマガスの流量であるガス流量を制御するガス流量制御回路と、
初期ガス流量の値を記憶する初期ガス流量記憶部と、
定常ガス流量の値を記憶する定常ガス流量記憶部と、を更に備え、
上記ガス流量制御回路は、上記キーホール貫通検知信号が生成される前には、上記ガス流量を上記初期ガス流量に設定し、且つ、上記キーホール貫通検知信号が生成された後には、上記ガス流量を上記定常ガス流量に設定する、請求項6または請求項7に記載のプラズマキーホール溶接システム。
【請求項9】
上記定常周波数記憶部に記憶された定常周波数の値を減少させた値を、上記初期周波数として上記初期周波数記憶部に記憶する初期周波数計算回路を更に備える、請求項6ないし請求項8のいずれかに記載のプラズマキーホール溶接システム。
【請求項10】
上記母材に沿った溶接進行方向における、上記母材に対する上記プラズマ電極の速さである移動速さを制御する動作制御回路と、
初期速さの値を記憶する初期速さ記憶部と、
定常速さの値を記憶する定常速さ記憶部と、を更に備え、
上記動作制御回路は、上記キーホール貫通検知信号が生成される前には、上記移動速さを上記初期速さに設定し、且つ、上記キーホール貫通検知信号が生成された後には、上記移動速さを上記定常速さに設定する、請求項6ないし請求項9のいずれかに記載のプラズマキーホール溶接システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2013−71177(P2013−71177A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−214445(P2011−214445)
【出願日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【Fターム(参考)】