説明

プラズマミグ溶接制御方法

【課題】1つの溶接トーチWTからミグアーク3a及びプラズマアーク3bを発生させるプラズマミグ溶接方法において、プラズマ電極1bと溶接ワイヤ1aとの間に発生する異常なアーク放電を防止する。
【解決手段】溶接トーチWT内に配置されたプラズマ電極1bと母材2との間にプラズマ溶接電圧Vwpを印加してプラズマ溶接電流Iwpを通電することによってプラズマアーク3bを発生させる。溶接ワイヤ1aと母材2との間にミグ溶接電圧Vwmを印加してミグ溶接電流Iwmを通電することによってミグアーク3aを発生させる。プラズマ溶接電圧Vwpの平均値とミグ溶接電圧Vwmの平均値との電圧差が予め定めた基準電圧値よりも大きくなったときは、プラズマ溶接電流Iwpを設定値から減少させて電圧差を小さくして、異常なアーク放電を防止する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1つの溶接トーチを用いてミグアークとプラズマアークとを同時に発生させて溶接を行うプラズマミグ溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、プラズマ溶接方法とミグ溶接方法とを組み合わせたプラズマミグ溶接方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。このプラズマミグ溶接方法においては、溶接トーチ内に配置されたプラズマ電極と母材との間にプラズマ溶接電流を通電することによってプラズマアークを発生させる。同時に、プラズマ電極を中空形状とし、上記のプラズマ電極内に配置された給電チップを介して給電される溶接ワイヤを上記の中空形状内を通って送給し、溶接ワイヤと母材との間にミグ溶接電流を通電することによってミグアークを発生させる。したがって、ミグアークはプラズマアークに包まれた状態となっている。溶接ワイヤは、ミグアークを発生させる電極として機能すると共に、その先端が溶融することにより溶滴となって母材の接合を補助する。したがって、プラズマミグ溶接方法は、厚板の高効率溶接、薄板の高速溶接等に使用されることが多い。
【0003】
上記のミグ溶接電流は、スパッタの発生を抑制し、かつ、溶滴を安定して供給するために、一般的にパルス波形が使用されることが多い。したがって、ミグ溶接方法は、一般的なミグパルス溶接方法である。もちろん、ミグ溶接方法に、直流のミグ溶接方法を使用することもできる。ミグパルス溶接方法を含む消耗電極式アーク溶接方法では、溶接中のアーク長を適正値に維持することが重要であるために、アーク長制御が行われる。上記のプラズマ溶接電流には、直流又はパルス波形が使用される。これ以降の説明において、単にアーク長と記載したときはミグアークのアーク長を意味している。以下、上述したプラズマミグ溶接方法について説明する。
【0004】
図5は、従来技術におけるプラズマミグ溶接の電流・電圧波形図である。同図(A)はミグ溶接電流Iwmを示し、同図(B)はミグ溶接電圧Vwmを示し、同図(C)はプラズマ溶接電流Iwpを示し、同図(D)はプラズマ溶接電圧Vwpを示す。以下、同図を参照して説明する。
【0005】
同図(A)に示すように、ピーク期間Tp中のピーク電流Ip及びベース期間Tb中のベース電流Ibから成るミグ溶接電流Iwmが通電する。このピーク期間Tpとベース期間Tbとを合わせてパルス周期Tfになる。そして、このミグ溶接電流Iwmの通電に対応して、同図(B)に示すように、ピーク期間Tp中はピーク電圧Vpが溶接ワイヤと母材との間に印加し、ベース期間Tb中はベース電圧Vbが印加する。
【0006】
ミグパルス溶接では、良好な溶接品質を得るためにアーク長を適正値に維持するアーク長制御が行われる。通常、このアーク長制御は、ミグ溶接電圧Vwmがアーク長と略比例関係にあることを利用して、ミグ溶接電圧Vwmの平均値が予め定めた電圧設定値と等しくなるようにパルス周期が制御される。ミグ溶接電圧Vwmの平均値は、ミグ溶接電圧Vwmをローパスフィルタに通すことによって生成される。このアーク長制御の方式は、周波数変調方式と呼ばれる。この場合、ピーク期間Tp、ピーク電流Ip及びベース電流Ibは所定値に設定され、パルスパラメータとなる。ピーク電流Ipは臨界値以上の400〜500A程度に設定され、ピーク期間Tpと組み合わせてユニットパルス条件と呼ばれる。このユニットパルス条件は、1パルス周期1溶滴移行になるように設定される。ベース電流Ibは、臨界値未満の100〜180A程度の小電流値に設定される。ユニットパルス条件及びベース電流Ibは、溶接ワイヤの材質、直径、送給速度等に応じて適正値に設定される。ピーク電流Ipの値は一般的な単独のパルスアーク溶接のときに比べて小さくなっており、ベース電流Ibの値は大きくなっている。これは、ミグアークがプラズマアークに包まれており、溶接ワイヤはプラズマアークから熱を受けるために、ピーク電流Ip及びベース電流Ibの値をこのように設定しないと溶滴移行状態が安定しないためである。
【0007】
他方、同図(C)に示すように、プラズマ溶接電流Iwpは、定電流制御されており、予め定めた一定値の直流波形となる。また、同図(D)に示すように、プラズマ溶接電圧Vwpがプラズマ電極と母材との間に印加する。したがって、プラズマアークは、一定値のプラズマ溶接電流Iwpの通電によって発生している。プラズマ溶接電流Iwpをパルス波形にする場合もある。この場合には、プラズマ溶接電圧Vwpもパルス波形となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−229641号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、プラズマアークは、プラズマ電極と母材との間に発生する。そして、ミグアークは、中空形状のプラズマ電極内を送給される溶接ワイヤと母材との間に発生する。プラズマ電極と溶接ワイヤとは絶縁される必要があるために、プラズマ電極内に筒状の絶縁物を設けて、その内部に溶接ワイヤを通すようにしている。したがって、プラズマ電極の内側と溶接ワイヤとは絶縁物によって分離されているので、両者が直接接触することはなく、かつ、プラズマ電極内で両者間に異常なアーク放電が発生することもない。
【0010】
しかしながら、プラズマ電極の貫通孔から送出された溶接ワイヤと、プラズマ電極の先端部(下端部)とは接触はしていないが、非常に接近した距離にある。このために、プラズマ電極と溶接ワイヤとの間の電圧差が大きくなると、溶接ワイヤとプラズマ電極の先端部との間に異常なアーク放電が発生することがある。この異常なアーク放電が発生すると、プラズマアーク及びミグアークの発生状態が不安定になり、溶接品質が悪くなる。さらには、この異常なアーク放電が発生すると、プラズマ電極が部分溶融して溶接トーチが損傷することになり、溶接を継続することができなくなる場合も生じる。
【0011】
そこで、本発明では、プラズマ電極と溶接ワイヤとの間に異常なアーク放電が発生することを防止して、溶接トーチの損傷を防止すると共に、溶接品質を良好に維持することができるプラズマミグ溶接制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上述した課題を解決するために、請求項1の発明は、溶接トーチ内に配置されたプラズマ電極と母材との間にプラズマ溶接電圧を印加して予め設定された値のプラズマ溶接電流を通電することによってプラズマアークを発生させると共に、前記プラズマ電極を中空形状とし、前記プラズマ電極内に配置された給電チップを介して給電される溶接ワイヤを前記中空形状内を通って送給し、前記給電チップと母材との間にミグ溶接電圧を印加してミグ溶接電流を通電することによってミグアークを発生させるプラズマミグ溶接制御方法において、
前記プラズマ溶接電圧の平均値と前記ミグ溶接電圧の平均値との電圧差が予め定めた基準電圧値よりも大きくなったときは前記プラズマ溶接電流を設定値から減少させて前記電圧差を小さくする、
ことを特徴とするプラズマミグ溶接制御方法である。
【0013】
請求項2の発明は、前記プラズマ溶接電流を減少させるときに予め定めた下限値を設ける、
ことを特徴とする請求項1記載のプラズマミグ溶接制御方法である。
【0014】
請求項3の発明は、前記プラズマ溶接電流を減少させるときに傾斜を持たせる、
ことを特徴とする請求項1又は2記載のプラズマミグ溶接制御方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、プラズマ電極に印加されるプラズマ溶接電圧の平均値と、溶接ワイヤに印加されるミグ溶接電圧の平均値との電圧差が基準電圧値よりも大きくなったときは、プラズマ溶接電流を減少させて電圧差が小さくなるようにしている。このために、プラズマ電極と溶接ワイヤとの間に異常なアーク放電が発生することを防止して、溶接トーチの損傷を防止すると共に、溶接品質を良好に維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施の形態に係るプラズマミグ溶接制御方法を示す電流・電圧波形図である。
【図2】本発明の実施の形態に係るプラズマミグ溶接制御方法を実施するための溶接装置の構成図である。
【図3】図2の溶接装置を構成するミグ溶接電源PSMのブロック図である。
【図4】図2の溶接装置を構成するプラズマ溶接電源PSPのブロック図である。
【図5】従来技術におけるプラズマミグ溶接の電流・電圧波形図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0018】
図1は、本発明の実施の形態に係るプラズマミグ溶接制御方法を示す電流・電圧波形図である。同図(A)はトーチ高さ(プラズマ電極の先端部と母材との距離)Lt(mm)の時間変化を示し、同図(B)はミグ溶接電流の平均値Imaの時間変化を示し、同図(C)はミグ溶接電圧の平均値Vmaの時間変化を示し、同図(D)はプラズマ溶接電流の平均値Ipaの時間変化を示し、同図(E)はプラズマ溶接電圧の平均値Vpaの時間変化を示す。各平均値は、1〜10Hzのカットオフ周波数を有するローパスフィルタに通すことで生成している。同図の時間軸(横軸)は1秒/cm程度であり、上述した図5は1ms/cm程度であるので、同図の方が1000倍時間が遅くなった(圧縮された)波形となっている。以下、同図を参照して説明する。
【0019】
同図(A)に示すように、トーチ高さLtは、時刻t1以前の期間中はL1(mm)となり、時刻t1〜t2の期間中はL2(mm)に高くなり、時刻t2〜t3の期間中はL3(mm)にさらに高くなり、時刻t3以降の期間中はL1(mm)に戻る。したがって、L1<L2<L3である。例えば、L1=20mm、L2=25mm、L3=30mmである。全期間を通して溶接ワイヤの送給速度は一定値である。
【0020】
(1)時刻t1以前の期間(Lt=L1)
同図(B)に示すように、ミグ溶接電流の平均値Imaは、図5(A)で上述したパルス波形が平均化されて略直線となり、その値は送給速度とアーク負荷によって定まりIma1(A)となる。同図(C)に示すように、ミグ溶接電圧の平均値Vmaは、図5(B)で上述したパルス波形が平均化されて略直線となり、その値は電圧設定値と等しくなり、Vma1(V)となる。同図(D)に示すように、プラズマ溶接電流の平均値Ipaは、図5(C)で上述したようにパルス波形ではなく直流波形であるので略直線となり、その値は電流設定値と等しくなり、Ipa1(A)となる。同図(E)に示すように、プラズマ溶接電圧の平均値Vpaは、図5(D)で上述したようにパルス波形ではなく直流波形であるので略直線となり、その値はアーク負荷によって定まりVpa1(V)となる。したがって、同図においては、プラズマ溶接電流の平均値Ipaは、プラズマ溶接電流Iwpと略同一となる。同様に、プラズマ溶接電圧の平均値Vpaは、プラズマ溶接電圧Vwpと略同一となる。例えば、Ima1=200A、Vma1=28V、Ipa1=150A、Vpa1=40Vである。
【0021】
(2)時刻t1〜t2の期間(Lt=L2)
同図(B)に示すように、ミグ溶接電流の平均値Imaは、トーチ高さLtが高くなりアーク負荷が大きくなるので少し減少し、Ima2(A)となる。Ima2<Ima1である。同図(C)に示すように、ミグ溶接電圧の平均値Vmaは、トーチ高さLtが高くなりアーク負荷が大きくなるので増加し、Vma2(V)となる。Vma2>Vma1である。同図(D)に示すように、プラズマ溶接電流の平均値Ipaは、プラズマ溶接電圧の平均値Vpaとミグ溶接電圧の平均値Vmaとの電圧差ΔV=Vpa−Vmaが予め定めた基準電圧値Vth以下であるので、電流設定値と等しいIpa1(A)のまま変化しない。同図(E)に示すように、プラズマ溶接電圧の平均値Vpaは、トーチ高さLtが高くなりアーク負荷が大きくなるので増加し、Vpa2(V)となる。Vpa2>Vpa1である。例えば、Ima2=180A、Vma2=29V、Vpa2=46V、基準電圧値Vth=20Vである。したがって、電圧差ΔV=Vpa2−Vma2=17Vとなり、基準電圧値Vthよりも小さくなっている。
【0022】
(3)時刻t2〜t3の期間(Lt=L3)
同図(B)に示すように、ミグ溶接電流の平均値Imaは、トーチ高さLtがさらに高くなりアーク負荷がさらに大きくなるのでさらに減少し、Ima3(A)となる。Ima3<Ima2<Ima1である。同図(C)に示すように、ミグ溶接電圧の平均値Vmaは、トーチ高さLtがさらに高くなりアーク負荷がさらに大きくなるのでさらに増加し、Vma3(V)となる。Vma3>Vma2>Vma1である。同図(D)に示すように、プラズマ溶接電流の平均値Ipaは、プラズマ溶接電圧の平均値Vpaとミグ溶接電圧の平均値Vmaとの電圧差ΔV=Vpa−Vmaが基準電圧値Vth超となるので、後述する電圧差修正制御によって電流設定値よりも減少してIpa3(A)となる。Ipa3<Ipa1である。同図(E)に示すように、プラズマ溶接電圧の平均値Vpaは、トーチ高さLtがさらに高くなりアーク負荷がさらに大きくなるので、さらに増加する。しかし、上記の電圧差ΔVが基準電圧値Vth長となると後述する電圧差修正制御によってプラズマ溶接電流の平均値Ipaが減少するので、プラズマ溶接電圧の平均値Vpaは電圧差ΔVが基準電圧値Vthと略等しくなる値Vpa3(V)となる。Vpa3>Vpa2>Vpa1である。例えば、Ima3=160A、Vma3=30V、Ipa3=100A、Vpa3=約50V、基準電圧値Vth=20Vである。したがって、電圧差ΔV=Vpa3−Vma3=約20Vとなり、基準電圧値Vthと略等しくなる。
【0023】
上記の電圧差修正制御について説明する。電圧差修正制御は、以下の各ステップから成る。
1) 溶接中のプラズマ溶接電圧Vwpを検出し、ローパスフィルタに通してプラズマ溶接電圧の平均値Vpaを算出する。同時に、溶接中のミグ溶接電圧Vwmを検出し、ローパスフィルタに通してミグ溶接電圧の平均値Vmaを算出する。プラズマミグ溶接では、溶接トーチの構造から、プラズマ溶接電圧の平均値Vpaの方が、ミグ溶接電圧の平均値Vmaよりも大きな値となる。ローパスフィルタのカットオフ周波数は1〜10Hz程度である。ミグ溶接電圧のカットオフ周波数を、プラズマ溶接電圧よりも低く設定しても良い。これは、ミグ溶接電圧はパルス波形であるので、これを略直流化するためである。ローパスフィルタに通す代わりに、RC回路によって平滑するようにしても良い。さらには、両電圧値を微小周期(10〜100μs)ごとにサンプリングしてデジタル値に変換し、この時系列のサンプリング値を移動平均することで平均化しても良い。
2) プラズマ溶接電圧の平均値Vpaからミグ溶接電圧の平均値Vmaを減算して電圧差ΔV=Vpa−Vmaを算出する。
3) 電圧差ΔVが予め定めた基準電圧値Vth以下であるときは、プラズマ溶接電流Iwpは電流設定値と等しい値に定電流制御される。
4) 電圧差ΔVが基準電圧値Vth超となると、電流修正量ΔIr=G・(ΔV−Vth)を算出する。Gは予め定めた増幅率であり、負の値となる。例えば、G=−100である。ここで、ΔV−Vthは正の値となるので、電流修正量ΔIrは負の値となる。そして、プラズマ溶接電流Iwpは、電流設定値を電流修正量ΔIrだけ修正(減少)された値に定電流制御される。この結果、プラズマ溶接電流Iwpが減少して、電圧差ΔVが基準電圧値Vthと略等しくなるようにプラズマ溶接電圧の平均値Vpaが制御される。
5) 上記の1)〜4)が繰り返される。
【0024】
(4)時刻t3以降の期間(Lt=L1)
トーチ高さLtがL1に戻り低くなるので、上記(1)項と同様の動作に戻ることになる。同図(B)に示すように、ミグ溶接電流の平均値Imaは、トーチ高さLtがL1に戻るので増加して、Ima1(A)となる。同図(C)に示すように、ミグ溶接電圧の平均値Vmaは、トーチ高さLtがL1に戻るので減少して、Vma1(V)となる。同図(D)に示すように、プラズマ溶接電流の平均値Ipaは、プラズマ溶接電圧の平均値Vpaとミグ溶接電圧の平均値Vmaとの電圧差ΔV=Vpa−Vmaが基準電圧値Vth以下となるので増加して、電流設定値と等しいIpa1(A)となる。同図(E)に示すように、プラズマ溶接電圧の平均値Vpaは、トーチ高さLtがL1に戻るので減少して、Vpa1(V)となる。電圧差ΔVは基準電圧値Vth以下となる。
【0025】
プラズマ溶接電圧の平均値Vpaとミグ溶接電圧の平均値Vmaとの電圧差ΔVが大きくなうのは、同図のように、トーチ高さLtが、継手形状の変化、ウィービング、手振れ等によって高くなる場合である。プラズマ溶接電流Iwpは50〜150A程度の範囲で設定されることが多いが、この値が大きくなると電圧差ΔVが大きくなる。電圧差ΔVがどのくらいの値になると、プラズマ電極と溶接ワイヤとの間に異常なアーク放電が発生するかは、溶接トーチの構造、センターガス及びプラズマガスの種類、電圧が印加される時間、送給速度等によって異なるが、22〜32V以上になると確率が高くなる。この値以上の電圧差ΔVが2〜5秒以上継続して印加されると、異常なアーク放電が発生する場合が多い。したがって、上述した電圧差修正制御によって、電圧差ΔVが異常なアーク放電を発生するおそれの高い値よりも小さくなるように制御している。このために、本実施の形態では、異常なアーク放電を防止することができる。ここで、基準電圧値Vthは、20〜30V程度の範囲で、異常なアーク放電が発生しない値に実験によって設定される。溶接トーチの構造、センターガス及びプラズマガスの種類、送給速度等に応じて基準電圧値Vthを適正化することが望ましい。
【0026】
また、プラズマ溶接電流Iwpを上述した電圧差修正制御によって減少させるときに、予め定めた下限値を設けるようにしても良い。これは、プラズマ溶接電流Iwpが減少した値があまり小さくなると、プラズマアークの発生状態が不安定になるからである。下限値は、20〜40A程度に設定される。
【0027】
また、同図(D)の時刻t2に示すように、プラズマ溶接電流Iwpを減少させるときに、同図のように急峻に減少させるのではなく、緩やかに傾斜を持たせて減少させるようにしても良い。同様に、同図(D)の時刻t3に示すように、プラズマ溶接電流Iwpを増加させるときに、同図のように急峻に増加させるのではなく、緩やかに傾斜を持たせて増加させるようにしても良い。これらの傾斜は、1〜10A/ms程度に設定される。このように傾斜を持たせるのは、電流が緩やかに変化した方が、プラズマアークの発生状態をより安定に保つことができるからである。
【0028】
同図は、上述したように、プラズマ溶接電流Iwpがパルス波形ではなく直流波形の場合であるが、パルス波形のときに電圧差修正制御によって減少させるときに以下のようにして行う。プラズマ溶接電流Iwpがピーク電流及びベース電流から形成されているときには、ピーク電流だけを減少させるか、ピーク電流及びベース電流を共に減少させるようにすれば良い。
【0029】
図2は、上述した本発明の実施の形態に係るプラズマミグ溶接方法を実施するための溶接装置の構成図である。以下、同図を参照して、各構成物について説明する。
【0030】
本溶接装置は、破線で囲まれた溶接トーチWT、ミグ溶接電源PSM及びプラズマ溶接電源PSPを備えている。溶接トーチWTは、シールドガスノズル52内に、プラズマノズル51、プラズマ電極1b及び給電チップ4が同心軸上に配置された構造となっている。シールドガスノズル52とプラズマノズル51との隙間からは、たとえばアルゴンガス、アルゴンガスと炭酸ガスとの混合ガス等のシールドガス63が供給される。プラズマノズル51とプラズマ電極1bとの間には、たとえばアルゴンガス、アルゴンガスと炭酸ガスとの混合ガス等のプラズマガス62が供給される。プラズマ電極1bと給電チップ4との間には、たとえばアルゴンガス、アルゴンガスと炭酸ガスとの混合ガス等のセンターガス61が供給される。
【0031】
プラズマ電極1bは、中空形状に形成されている。給電チップ4は、このプラズマ電極1bの中空形状内に絶縁されて配置されている。そして、この給電チップ4に設けられた貫通孔からは、溶接ワイヤ1aが送給される。給電チップ4は、溶接ワイヤ1aに対して導通している。しかし、溶接ワイヤ1aは、筒状の絶縁物8を介してプラズマ電極1bとは絶縁されている。絶縁物8は、例えばセラミックスから作製される。溶接ワイヤ1aは、送給モータWMを駆動源とする送給ロール7の回転によって送給される。プラズマ電極1bは、たとえば銅又は銅合金からなり、図外の経路を通る冷却水によって間接的に水冷されている。プラズマノズル51は、たとえば銅又は銅合金からなり、冷却水を通す流路が形成されていることにより、直接冷却されている。溶接トーチWTは、通常ロボット(図示は省略)によって保持された状態で、母材2に対して移動させられる。もちろん、溶接作業者が溶接トーチWTを手動で操作する場合もある。この場合には、溶接トーチWTは通常の溶接トーチに比べて大型で重いので、手振れを生じやすい。溶接ワイヤ1aの先端と母材2との間には、ミグアーク3aが発生する。プラズマ電極1bと母材2との間には、プラズマガス62によって熱的に拘束されたプラズマアーク3bが発生する。したがって、ミグアーク3aは、プラズマアーク3bに包まれた状態になっている。このために、プラズマアーク3bは、ミグアーク3aの形状が広がるのを拘束する作用がある。同図に示すように、プラズマ電極1bの先端部と母材2との距離がトーチ高さLt(mm)となる。
【0032】
ミグ溶接電源PSMは、給電チップ4を介して溶接ワイヤ1aと母材2との間に、ミグ溶接電圧Vwmを印加することにより、ミグ溶接電流Iwmを通電するための電源である。ミグ溶接電源PSMからは、送給モータWMに対して送給制御信号Fcが送られ、溶接ワイヤ1aの送給速度が制御される。ミグ溶接電源PSMからプラズマ溶接電源PSPに対して、図3で後述するミグ溶接電圧平均値信号Vmaが出力される。ミグ溶接電源PSMからミグ溶接電圧Vwmが印加されるときは、溶接ワイヤ1aが+側とされる。ミグ溶接電源PSMは、定電圧特性の電源であり、ミグ溶接電圧Vwmが予め定めた電圧設定信号Vr(図示は省略)の値と等しくなるように制御される。また、ミグ溶接電流Iwmは、溶接ワイヤ1aの送給速度によってその値が定まる。
【0033】
プラズマ溶接電源PSPは、プラズマ電極1bと母材2との間にプラズマ溶接電圧Vwpを印加することによりプラズマ溶接電流Iwpを通電するための電源である。ミグ溶接電源PSMからプラズマ溶接電源PSPに対して、上記のミグ溶接電圧平均値信号Vmaが入力される。プラズマ溶接電源PSPの内部には、上述した電圧差修正制御を行うための回路(図4で後述する)が設けられている。プラズマ溶接電源PSPからプラズマ溶接電圧Vwpが印加されるときは、プラズマ電極1bが+側とされる。プラズマ溶接電源PSPは、定電流特性の電源であり、プラズマ溶接電流Iwpが所定値になるように制御される。
【0034】
ミグ溶接電流Iwm、ミグ溶接電圧Vwm、プラズマ溶接電流Iwp及びプラズマ溶接電圧Vwpの波形図は、上述した図5と同一である。
【0035】
図3は、上述した図2を構成するミグ溶接電源PSMのブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0036】
電源主回路PMは、3相200V等の商用電源(図示は省略)を入力として、後述する電流誤差増幅信号Eiに従ってインバータ制御等の出力制御を行い、ミグ溶接電圧Vwm及びミグ溶接電流Iwmを出力する。この電源主回路PMは、図示は省略するが、商用電源を整流する1次整流回路と、整流された直流を平滑するコンデンサと、平滑された直流を高周波交流に変換するインバータ回路と、高周波交流をアーク溶接に適した電圧値に降圧するインバータトランスと、降圧された高周波交流を整流する2次整流回路と、整流された直流を平滑するリアクトルと、後述する電流誤差増幅信号Eiに従ってPWM変調制御を行ないその結果に基づいてインバータ回路を駆動する駆動回路と、から構成される。溶接ワイヤ1aは、送給モータWMに結合された送給ロール7によって給電チップ4内を通って送給され、母材2との間にミグアーク3aが発生する。溶接トーチの構造は図2のとおりであり、ここでは簡略化して図示している。
【0037】
電圧検出回路VDは、ミグ溶接電圧Vwmを検出して、電圧検出信号Vdを出力する。ミグ溶接電圧平均値算出回路VMAは、この電圧検出信号Vdをローパスフィルタ(カットオフ周波数1〜10Hz程度)に通すことによって平均化(平滑化)して、ミグ溶接電圧平均値信号Vmaを出力する。このミグ溶接電圧平均値信号Vmaは、上述したように、プラズマ溶接電源PSPにも出力される。
【0038】
送給速度設定回路FRは、予め定めた送給速度設定信号Frを出力する。送給制御回路FCは、この送給速度設定信号Frを入力として、送給速度設定信号Frの値によって定まる送給速度Fwで溶接ワイヤ1aを送給するための送給制御信号Fcを送給モータWMに出力する。
【0039】
電圧設定回路VRは、予め定めた電圧設定信号Vrを出力する。電圧誤差増幅回路EVは、この電圧設定信号Vrと上記のミグ溶接電圧平均値信号Vmaとの誤差を増幅して、電圧誤差増幅信号Evを出力する。電圧/周波数変換回路VFは、この電圧誤差増幅信号Evの値に応じた周波数を有するパルス周期信号Tfを出力する。このパルス周期信号Tfは、パルス周期ごとに短時間だけHighレベルになるトリガ信号である。
【0040】
ピーク期間設定回路TPRは、予め定めたピーク期間設定信号Tprを出力する。ピーク期間タイマ回路TPは、上記のパルス周期信号TfがHighレベルになると上記のピーク期間設定信号Tprの値によって定まる期間だけHighレベルになるピーク期間信号Tpを出力する。このピーク期間信号TpがHighレベルのときがピーク期間となり、Lowレベルのときがベース期間となる。
【0041】
ベース電流設定回路IBRは、予め定めたベース電流設定信号Ibrを出力する。ピーク電流設定回路IPRは、予め定めたピーク電流設定信号Iprを出力する。電流設定制御回路IRCは、上記のピーク期間信号TpがLowレベルのときは上記のベース電流設定信号Ibrを電流設定制御信号Ircとして出力し、Highレベルのときは上記のピーク電流設定信号Iprを電流設定制御信号Ircとして出力する。
【0042】
電流検出回路IDは、ミグ溶接電流Iwmを検出して、電流検出信号Idを出力する。電流誤差増幅回路EIは、上記の電流設定制御信号Ircと上記の電流検出信号Idとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。この電流誤差増幅信号Eiに従って溶接電源の出力制御が行われることによって図5(A)で上述したミグ溶接電流Iwmが通電する。上述したミグ溶接電源PSMは、ミグ溶接電圧Vwmの平均値が電圧設定信号Vrの値と等しくなるようにパルス周期が変化して出力制御されるので、定電圧特性の電源となる。
【0043】
図4は、上述した図2を構成するプラズマ溶接電源PSPのブロック図である。プラズマ溶接電源PSPには、上述したように、ミグ溶接電源PSMからミグ溶接電圧平均値信号Vmaが入力される。このプラズマ溶接電源PSPによって上述した電圧差修正制御が行われる。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0044】
電源主回路PMは、3相200V等の商用電源(図示は省略)を入力として、後述する電流誤差増幅信号Eiに従ってインバータ制御等の出力制御を行いプラズマ溶接電流Iwpを出力する。このプラズマ溶接電流Iwpは、プラズマ電極1b、プラズマアーク3b、母材2を通って通電する。溶接トーチの構造は上述した図2のとおりであるが、ここでは簡略化して図示している。
【0045】
電流検出回路IDは、上記のプラズマ溶接電流Iwpを検出して、電流検出信号Idを出力する。電圧検出回路VDは、プラズマ溶接電圧Vwpを検出して、電圧検出信号Vdを出力する。プラズマ溶接電圧平均値算出回路VPAは、この電圧検出信号Vdをローパスフィルタ(カットオフ周波数1〜10Hz程度)に通すことによって平均化(平滑化)して、プラズマ溶接電圧平均値信号Vpaを出力する。
【0046】
基準電圧値設定回路VTHは、予め定めた基準電圧値信号Vthを出力する。電圧差算出回路DVは、上記のプラズマ溶接電圧平均値信号Vpa及びミグ溶接電源PSMからのミグ溶接電圧平均値信号Vmaを入力として、電圧差信号ΔV=Vpa−Vmaを算出して出力する。電流修正量算出回路DIRは、この電圧差信号ΔV及び上記の基準電圧値信号Vthを入力として、図1で上述した以下の処理を行い、電流修正量信号ΔIrを出力する。
1) ΔV≦Vthのときは、ΔIr=0を出力する。
2) ΔV>Vthのときは、ΔIr=G・ΔVを算出して出力する。但し、Gは予め定めた増幅率であり、負の値である。したがって、ΔIr<0となる。
【0047】
電流設定回路IRは、予め定めた電流設定信号Irを出力する。加算回路ADは、この電流設定信号Ir及び上記の電流修正量信号ΔIrを入力として、両値を加算して、電流加算設定信号Iarを出力する。電流制御設定回路ICRは、この電流加算設定信号Iarを入力として、この信号の値が予め定めた下限値以下のときは下限値に設定し、この信号の値が変化するときは予め定めた傾斜を有して変化するようにして、電流制御設定信号Icrを出力する。この回路によって、電流制御設定信号Icrの値には下限値が設けられることになる。また、この回路によって、上記の電流修正量信号ΔIrが0から負の値に、又は負の値から0にステップ状に変化したときに、電流制御設定信号Icrの変化に傾斜を持たせることができる。この傾斜を0にすれば、電流制御設定信号Icrの変化は急峻になる。
【0048】
電流誤差増幅回路EIは、この電流制御設定信号Icrと上記の電流検出信号Idとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。この電流誤差増幅信号Eiに従って溶接電源の出力制御が行われることによって、図5(C)で上述した直流のプラズマ溶接電流Iwpが通電する。上述したプラズマ溶接電源PSPは、プラズマ溶接電流Iwpが電流制御設定信号Icrの値と等しくなるように出力制御されるので、定電流特性の電源となる。また、プラズマ溶接電源PSPでは、図1(D)及び(E)で上述したように、電圧差修正制御が行われる。
【0049】
上述した実施の形態によれば、プラズマ電極に印加されるプラズマ溶接電圧の平均値と、溶接ワイヤに印加されるミグ溶接電圧の平均値との電圧差が基準電圧値よりも大きくなったときは、プラズマ溶接電流を減少させて電圧差が小さくなるようにしている。このために、プラズマ電極と溶接ワイヤとの間に異常なアーク放電が発生することを防止して、溶接トーチの損傷を防止すると共に、溶接品質を良好に維持することができる。
【符号の説明】
【0050】
1a 溶接ワイヤ
1b プラズマ電極
2 母材
3a ミグアーク
3b プラズマアーク
4 給電チップ
51 プラズマノズル
52 シールドガスノズル
61 センターガス
62 プラズマガス
63 シールドガス
7 送給ロール
8 絶縁物
AD 加算回路
DIR 電流修正量算出回路
DV 電圧差算出回路
EI 電流誤差増幅回路
Ei 電流誤差増幅信号
EV 電圧誤差増幅回路
Ev 電圧誤差増幅信号
FC 送給制御回路
Fc 送給制御信号
FR 送給速度設定回路
Fr 送給速度設定信号
Fw 送給速度
Iar 電流加算設定信号
Ib ベース電流
IBR ベース電流設定回路
Ibr ベース電流設定信号
ICR 電流制御設定回路
Icr 電流制御設定信号
ID 電流検出回路
Id 電流検出信号
Ima ミグ溶接電流の平均値
Ip ピーク電流
Ipa プラズマ溶接電流の平均値
IPR ピーク電流設定回路
Ipr ピーク電流設定信号
IR 電流設定回路
Ir 電流設定信号
IRC 電流設定制御回路
Irc 電流設定制御信号
Iwm ミグ溶接電流
Iwp プラズマ溶接電流
PM 電源主回路
PSM ミグ溶接電源
PSP プラズマ溶接電源
Tb ベース期間
Tf パルス周期(信号)
TP ピーク期間タイマ回路
Tp ピーク期間(信号)
TPR ピーク期間設定回路
Tpr ピーク期間設定信号
Vb ベース電圧
VD 電圧検出回路
Vd 電圧検出信号
VF 電圧/周波数変換回路
VMA ミグ溶接電圧平均値算出回路
Vma ミグ溶接電圧平均値(信号)
Vp ピーク電圧
VPA プラズマ溶接電圧平均値算出回路
Vpa プラズマ溶接電圧平均値(信号)
VR 電圧設定回路
Vr 電圧設定信号
VTH 基準電圧値設定回路
Vth 基準電圧値(信号)
Vwm ミグ溶接電圧
Vwp プラズマ溶接電圧
WM 送給モータ
WT 溶接トーチ
ΔIr 電流修正量(信号)
ΔV 電圧差(信号)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接トーチ内に配置されたプラズマ電極と母材との間にプラズマ溶接電圧を印加して予め設定された値のプラズマ溶接電流を通電することによってプラズマアークを発生させると共に、前記プラズマ電極を中空形状とし、前記プラズマ電極内に配置された給電チップを介して給電される溶接ワイヤを前記中空形状内を通って送給し、前記給電チップと母材との間にミグ溶接電圧を印加してミグ溶接電流を通電することによってミグアークを発生させるプラズマミグ溶接制御方法において、
前記プラズマ溶接電圧の平均値と前記ミグ溶接電圧の平均値との電圧差が予め定めた基準電圧値よりも大きくなったときは前記プラズマ溶接電流を設定値から減少させて前記電圧差を小さくする、
ことを特徴とするプラズマミグ溶接制御方法。
【請求項2】
前記プラズマ溶接電流を減少させるときに予め定めた下限値を設ける、
ことを特徴とする請求項1記載のプラズマミグ溶接制御方法。
【請求項3】
前記プラズマ溶接電流を減少させるときに傾斜を持たせる、
ことを特徴とする請求項1又は2記載のプラズマミグ溶接制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−250264(P2012−250264A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−125030(P2011−125030)
【出願日】平成23年6月3日(2011.6.3)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【Fターム(参考)】