説明

プロラミンの集積に関与する遺伝子及びその利用

【課題】植物種子におけるプロラミン集積性を制御するポリヌクレオチド(Esp1遺伝子)及びそれによりコードされるタンパク質およびプロラミン集積性が制御された植物(好ましくはイネ)の作出方法を提供する。
【解決手段】特定のヌクレオチド配列を有するEsp1遺伝子であって、前記遺伝子はプロラミンの構造遺伝子ではなく、その生合成の過程に関与する遺伝子である。またプロラミン低集積性である系統においては、Esp1遺伝子内においてヌクレオチドの置換が生じる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の種子における、プロラミンの集積に関与する遺伝子、及びその利用に関する。本発明は、イネの形質転換又は品種育成に特に有用である。
【背景技術】
【0002】
イネ種子貯蔵タンパク質プロラミンは、コメの食味や醸造等の加工特性に大きな影響を及ぼすことが知られている。良食味米や醸造好適米にはプロラミン含量が少ないコメが適しているため、プロラミン含量が低いコメが要求されている。しかし、プロラミン含量の低いイネ品種を選抜し、交雑によって低プロラミン性である品種を育成する試みがなされてきたが、いずれも成功には至っていない。イネゲノム中にはプロラミン構造遺伝子は20個以上存在するため、プロラミン構造遺伝子の機能を消失させることによりプロラミン含量を劇的に減少させることは困難である。
【0003】
イネにおいて、プロラミンを劇的に減少させる突然変異体esp1 (endosperm storage protein 1)が知られている(非特許文献1)。等電点電気泳動(IEF)による分析から、esp1変異体においては、複数のプロラミンが同時に減少していることが分かっている(非特許文献2、非特許文献3)。そして、Esp1遺伝子はプロラミンの構造遺伝子ではなく、その生合成の過程に関与する遺伝子であることが示唆されている(前掲非特許文献1、前掲非特許文献2)。
【0004】
さらに、Esp1遺伝子は、第7染色体上に座乗することがトリソミック変異体との交雑後代の分析によって明らかとされ(非特許文献4)、e81.9-8.2(81.9cM)とR2677(83.3cM)の間に位置づけられた(非特許文献5、非特許文献6、前掲非特許文献3)。
【非特許文献1】Kumamaru et al. TAG 76: 11-16, 1988; Ogawa et al. TAG 78: 305-310, 1989
【非特許文献2】牛島ら 育種学研究 第4巻 (別1) p66 (2002) 第101回日本育種学会講演会要旨集
【非特許文献3】牛島ら 育種学研究 第5巻 (別1) p68 (2003) 第103回日本育種学会講演会要旨集
【非特許文献4】Kumamaru et al. Jpn. J. Genet. 62: 16-22, 1987
【非特許文献5】熊丸ら 育種学雑誌 第47巻 (別2) p176(1997) 第92回日本育種学会講演会要旨
【非特許文献6】Ushijima et al. RGP 19: 64, 2002
【発明の開示】
【0005】
本発明者らは、植物の中でも、種子成分を改変する簡便な方法の開発が望まれているイネに着目し、なかでも食味や日本酒の醸造適性に大きな影響を与える貯蔵タンパク質プロラミンの集積に関与する遺伝子を単離すべく鋭意研究を行ってきた。そして、その遺伝子を単離することに成功したとともに、当該遺伝子を利用して植物の貯蔵タンパク質の組成を改変させることが可能であることを見いだし、本発明を完成した。
【0006】
本発明はすなわち、以下を提供する:
1)下記の(a)、(b)、(c)、(d)、(e)、(f)又は(g)のポリヌクレオチド:
(a)配列番号:15に記載のヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチド;
(b)配列番号:15に記載のヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドと相補的なヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ植物種子においてプロラミンを集積させる機能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(c)配列番号:15に記載のヌクレオチド配列において1若しくは複数のヌクレオチドが欠失、置換、付加及び/又は挿入されたヌクレオチド配列からなり、かつ植物種子においてプロラミンを集積させる機能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(d)配列番号:15に記載のヌクレオチド配列と少なくとも90%の同一性を有し、かつ植物種子においてプロラミンを集積させる機能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(e)配列番号:18に記載のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド;
(f)配列番号:18に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が欠失、置換、付加及び/又は挿入したアミノ酸配列からなり、かつ植物種子においてプロラミンを集積させる機能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(g)配列番号:18に記載のアミノ酸配列と少なくとも97%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物種子においてプロラミンを集積させる機能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
2)下記の(e’)、(f’)又は(g’)のタンパク質:
(e’)配列番号:18に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(f’)配列番号:18に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が欠失、置換、付加及び/又は挿入したアミノ酸配列からなり、かつ植物種子においてプロラミンを集積させる機能を有するタンパク質;
(g’)配列番号:18に記載のアミノ酸配列と少なくとも97%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物種子においてプロラミンを集積させる機能を有するタンパク質。
3)1)に記載のポリヌクレオチドからなる遺伝子を利用することを特徴とする、種子におけるプロラミン集積が制御された植物の生産方法。
4)3)に記載の方法であって:
請求項1に記載のポリヌクレオチドからなる遺伝子を利用することが、該遺伝子を機能可能に有することによりプロラミン蓄積性である植物において、該遺伝子の機能を低下若しくは喪失させることであるか、又は該遺伝子を機能可能に有さないことによりにプロラミン低集積性である植物において、該ポリヌクレオチドを機能可能に導入することである、方法。
5)4)に記載の方法であって:
該遺伝子を利用することが、該遺伝子を機能可能に有することによりプロラミン蓄積性である植物において、該遺伝子の機能を低下若しくは喪失させることであり;
このとき該遺伝子の機能を低下若しくは喪失させるための手段が、1)に記載のポリヌクレオチドにおいて、1又は複数のヌクレオチドを欠失、置換、付加及び/又は挿入することである、方法。
6)5)に記載の方法であって:
1)に記載のポリヌクレオチドにおいて、一又は複数のヌクレオチドを欠失、置換、付加及び/又は挿入することにより生じたヌクレオチドが、下記の(h)、(i)、(j)又は(k)である、方法:
(h)配列番号:16に記載のヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチド
(i)配列番号:17に記載のヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチド
(j)配列番号:19に記載のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド;
(k)配列番号:20に記載のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド。
7)1)に記載のポリヌクレオチドからなる遺伝子、又はその機能を低下若しくは喪失したその変異遺伝子を検出する工程を含む、プロラミン蓄積性に関する望ましい性質を有する植物の生産方法。
8)3)〜7)のいずれか1に記載の方法により得られた植物(好ましくはイネ)、又はその子孫。
9)プロラミン集積性である品種に由来する、esp1欠損植物であって、esp1が、請求項2に記載のタンパク質である、植物(好ましくは、イネ)。
10)8)又は9)に記載の植物を利用することにより得られる、収穫物、繁殖材料又は加工品。
【0007】
配列表には、配列番号:15として、イネ品種日本晴、金南風及び台中号65号から得られたEsp1遺伝子のヌクレオチド配列が、配列番号:16として、esp1変異体CM21から得られた変異Esp1遺伝子のヌクレオチド配列が、配列番号:17として、esp1変異体EM711から得られた変異Esp1遺伝子のヌクレオチド配列が記載されている。配列番号:18として、イネ品種日本晴、金南風及び台中号65号から得られたEsp1遺伝子の発現産物の推定アミノ酸配列が、配列番号:19として、esp1変異体CM21から得られた変異Esp1遺伝子の遺伝子産物の推定アミノ酸配列が、配列番号:20として、esp1変異体EM711から得られた変異Esp1遺伝子の発現産物の推定アミノ酸配列が、記載されている。
【0008】
本発明でいう「ストリンジェントな条件」とは、特別な場合を除き、6M尿素、0.4% SDS、0.5×SSCの条件又はこれと同等のハイブリダイゼーション条件を指し、さらに必要に応じ、本発明には、よりストリンジェンシーの高い条件、例えば、6M尿素、0.4% SDS、0.1×SSC又はこれと同等のハイブリダイゼーション条件を適用してもよい。それぞれの条件において、温度は約40℃以上とすることができ、よりストリンジェンシーの高い条件が必要であれば、例えば約50℃、さらに約65℃としてもよい。
【0009】
また、本発明でポリヌクレオチドに関し、「1若しくは複数のヌクレオチドが欠失、置換、付加及び/又は挿入された」というときの置換等されるヌクレオチド(塩基ということもある。)の個数は、そのヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドが所望の機能を有する限り特に限定されないが、1〜9個又は1〜4個程度である。同一又は性質の似たアミノ酸配列をコードするような置換であれば、所望の機能を消失しないであろうから、より多くのヌクレオチドの置換が可能である場合がある。また、本発明でタンパク質又は発現産物に関し、「1若しくは複数のアミノ酸が欠失、置換、付加及び/又は挿入された」というときの置換等されるアミノ酸の個数は、そのアミノ酸配列からなるタンパク質が所望の機能を有する限り特に限定されないが、1〜9個又は1〜4個程度である。性質の似たアミノ酸への置換であれば、所望の機能を消失しないであろうから、より多くのアミノ酸の置換が可能である場合がある。ヌクレオチド又はアミノ酸が置換等されたポリヌクレオチド又はタンパク質を調製するための手段には、例えば、site-directed mutagenesis法(Kramer W & Fritz H-J: Methods Enzymol 154: 350、 1987)がある。
【0010】
本発明で、ヌクレオチド配列に関し、同一性(相同性ということもある。)が高いというときは、特別な場合を除き、90%以上、好ましくは92%以上、より好ましくは94%以上、さらに好ましくは96%以上、最も好ましくは98%以上の配列の同一性を指す。本発明で、アミノ酸配列に関し、同一性(相同性ということもある。)が高いというときは、特別な場合を除き、97%以上、好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上の配列の同一性を指す。ヌクレオチド配列又はアミノ酸配列の同一性は、カーリン及びアルチュールによるアルゴリズムBLAST(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264-2268、 1990、Proc Natl Acad Sci USA 90: 5873、 1993)を用いて決定できる。BLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTNやBLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul SF、 et al: J Mol Biol 215: 403、 1990)。BLASTNを用いてヌクレオチド配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=100、wordlength=12とする。また、BLASTXを用いてアミノ酸配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=50、wordlength=3とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合は、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は当業者にはよく知られている(例えば、http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)。
【0011】
本発明ではまた、ヌクレオチド配列についてはBLAST 2を用いて同一性を計算することができ、またアミノ酸配列についてはblastpで検索し、同一性を求めることができる。本発明でヌクレオチド配列又はアミノ酸配列について同一性をいうときは、特別な場合を除き、通常の設定でこれらの手段により得た値である。
【0012】
本発明者らは、eRF1のアミノ酸配列を用いてblastpで検索し、得られたタンパク質のヌクレオチド配列を取得した。これらのヌクレオチド配列とeRF1ヌクレオチド配列とをBLAST 2 SEQUENCE (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/blast/bl2seq/wblast2.cgi)で比較した結果を下表に示す。なお、実際にクローンが同定され機能解析等がされているものは、シロイヌナズナのeRF1-1、1-2及び1-3のみであり、他はゲノムの配列から予測されたものである。
【0013】
【表1】

【0014】
本発明のポリヌクレオチドは、天然の植物組織材料から調製することができる。本発明のポリヌクレオチドを調製するためには、ハイブリダイゼーション技術やポリメラーゼ連鎖反応(PCR)技術を利用することができる。例えば、Esp1遺伝子(配列番号:15)の一部をプローブ又はプライマーとして、イネや他の植物からEsp1遺伝子と高い同一性を有するDNAを単離することができる。本発明のポリヌクレオチドには、ゲノムDNA、cDNA及び化学合成DNAが含まれる。本発明のポリヌクレオチドは、一本鎖DNA及び二本鎖DNAであり得る。
【0015】
本発明において、ポリヌクレオチド又は遺伝子に関して「機能を有する」又は「機能可能」というときは、特別な場合をのぞき、そのポリヌクレオチドが転写され、転写産物が翻訳され、目的の機能を有するタンパク質が発現されることをいう。例えば、Esp1遺伝子の変異体が、比較的重要な部分における変異を有するために、転写若しくは翻訳が抑制され、又は得られる発現産物において、本来有すべき機能が低下又は喪失している場合、その変異ポリヌクレオチド(又は遺伝子)は、「機能を有する」「機能可能」とはいえない。
【0016】
本明細書において、植物の形質に関し、「低プロラミン(性」」又は「プロラミン集積(性)」というときは、特別な場合を除き、貯蔵タンパク質プロラミンの種子における含量が、通常の場合に比較して減少していることをいう。例えば、本発明により、Esp1遺伝子を機能可能に有する品種に由来するイネついてEsp1遺伝子を変異させ、その機能を低下又は喪失させることにより得られるイネは、通常の品種のイネに比較して種子におけるプロラミン含量が低減され、「低プロラミン(性)」又は「プロラミン低集積(性)」であるということができる。
【0017】
「低プロラミン(性)」又は「プロラミン低集積(性)」というとき、プロラミン集積の減少は、本発明の方法により原品種より減じられていれば、程度は問わないが、例えば、全プロラミンが、原品種に比較して、少なくとも約3%減じられている場合、好ましくは約5%減じられている場合、より好ましくは約10%減じられている場合、さらに好ましくは約15%減じられている場合に、「低プロラミン(性)」又は「プロラミン低集積(性)」ということができる。なお、イネ品種金南風において、プロラミンは全タンパク質のうちの20〜25%を占める(Ogawa et al 1987, Plant and Cell Physiol. 28: 1517-1527)。また、M201というインディカ品種において18〜20%である(Li and Okita 1993, Plant and Cell Physiol. 34: 385-390)。一方、esp1変異体CM21の全プロラミンは、原品種である金南風に比較して、約15%の減少が認められる。(Kumamaru et al 1988, Theor Appl Genet 76: 11-16、Ogawa et al 1989, Theor Appl Genet 78: 305-310)。EM711についても同等の減少率であると推定される。
【0018】
種子におけるプロラミンは、当業者であれば、従来技術を用いて分離・分画し、また定量することができる。アルコール可溶性のプロラミンは、60% n-プロパノールによって抽出されるシステイン含量が低いcysteine poor (CysP)プロラミン画分と、CysPプロラミン抽出後の残渣から5% 2-メルカプトエタノールを含む60% n-プロパノールによって抽出されるシステイン含量が高いcysteine rich (CysR)プロラミン画分に分類できる。通常、種子又はその可食部を必要に応じ粉状物したものから、5% 2-メルカプトエタノールを含む60% n-プロパノールによって抽出されるプロラミンを全プロラミン画分とすることができる。本発明により得られるプロラミン低集積性の植物においては、少なくとも、60% n-プロパノールのみで抽出されるCysPプロラミンが減少している(図1及び実施例参照)。なお、本発明においては、プロラミンの抽出及び定量は、Kumamaru et al (1988)及びOgawa et al (1989)の方法によって行なった。
【0019】
本明細書においてプロラミンの集積に関し、「制御(する)」というときは、特別な場合を除き、種子におけるプロラミンの集積量を調節することを指し、これには集積量が増すように調節することと集積量が低減するように調節することとが含まれる。プロラミン集積量を調節する際に、他の種子に関する尺度も同時に調節することがある。プロラミン集積を増すように調節することには、プロラミン含量を低減するように調節することには、プロラミン集積に関与する遺伝子(例えば、本発明のEsp1遺伝子)の機能を低下又は喪失させることにより、プロラミン集積を低減することが含まれる。プロラミン集積に関与する遺伝子(例えば、本発明のEsp1遺伝子)を、植物に導入してその機能を発揮させることにより、プロラミン含量を増すことが含まれる。
【0020】
本発明で「植物」というときは、特別な場合を除き、植物個体又はその一部の意味で用いており、また「その一部」というときは、特別な場合を除き、種子(発芽種子、未熟種子を含む。)、器官又はその部分(葉、根、茎、花、雄蕊、雌蘂、それらの片を含む)、植物培養細胞、カルス、プロトプラストを含む。植物には、遺伝子操作植物及び形質転換植物が含まれる。植物には、「収穫物」及び「繁殖材料」がふくまれる。本発明でいう「繁殖材料」とは、特別な場合を除き、植物体の全部又は一部で繁殖の用に供されるもの(「種苗」ということもある。)をいい、例えば、種子、苗、細胞、カルス、幼芽がある。本発明でいう「収穫物」とは、特別な場合を除き、通常の意味で用いており、植物体の全部又は一部で繁殖の用に供されないもの、例えば、植物がイネ属に属するものである場合、収穫物には、刈り取った稲、もみが含まれる。
【0021】
本発明の植物には、本発明の方法により組換え植物細胞を得て、該植物細胞を植物体に再生させることにより得た形質転換植物(T0)が含まれる。本発明で、植物に関し、「その子孫」というときは、特別な場合を除き、当該植物を、少なくとも一方の遺伝的な親及び/又は祖先とする植物をいう。子孫には、目的とする形質に関与する遺伝子を有する限り、親である形質転換植物より得られた後代(T1等)又はその子孫、T0又はT1を一方の親とする交雑後代(例えばF1)及びその子孫が含まれる。
【0022】
本発明で「加工品」というときは、特別な場合を除き、収穫物から直接的に又は間接的に生産される加工品をいう。本発明の範囲は、少なくとも、本発明の収穫物における特徴を反映した加工品が含まれる。例えば、植物がイネである場合、収穫物である米を原料とし、プロラミン集積性が制御されたことに起因して加工性、食味、食感、匂い等において従来とは異なることとなった、精米した米、米飯、米粉、米粉を使用したパン類、菓子類、饅頭類、ピザ、酒は、本発明の範囲に含まれる。
【0023】
本発明はまた、本発明のポリヌクレオチドを含む組み換えベクター、そのようなベクターにより形質転換された形質転換植物を提供する。
本発明のDNAが挿入されるベクターは、植物細胞内で挿入物の機能を発揮させることが可能なものであれば特に制限はない。例えば、植物細胞内で恒常的に遺伝子を発現させるためのプロモーター(例えば、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター)を有するベクターや、外的な刺激により誘導的に活性化されるプロモーターを有するベクターを用いることもできる。ここでいう「植物細胞」には、種々の形態の植物細胞、例えば、種子、懸濁培養細胞、プロトプラスト、葉の切片、カルスなどが含まれる。
【0024】
植物細胞へのベクターの導入には、ポリエチレングリコール法、電気穿孔法(エレクトロポレーション法)、アグロバクテリウムを介する方法、パーティクルガン法など、当業者に公知の種々の方法を用いることができる。アグロバクテリウム(例えば、EHA101)を介する方法においては、例えば、超迅速単子葉形質転換法(特許第3141084号)を用いることが可能である。また、パーティクルガン法においては、例えば、バイオラッド社のものを用いることが可能である。
【0025】
形質転換植物細胞からの植物体の再生は、植物細胞の種類に応じて当業者に公知の方法で行うことが可能である。例えば、イネにおいて形質転換植物体を作出する手法については、ポリエチレングリコールを用いてプロトプラストへ遺伝子導入し、植物体(インド型イネ品種が適している)を再生させる方法(Datta SK: In Gene Transfer To Plants (Potrykus I and Spangenberg、 Eds) pp.66-74、 1995)、電気パルスによりプロトプラストへ遺伝子導入し、植物体(日本型イネ品種が適している)を再生させる方法(Toki S、 et al: Plant Physiol 100: 1503、 1992)、パーティクルガン法により細胞へ遺伝子を直接導入し、植物体を再生させる方法(Christou P、 et al: Biotechnology 9: 957、 1991)、及びアグロバクテリウムを介して遺伝子を導入し、植物体を再生させる方法(Hiei Y、 et al: Plant J 6: 271、 1994)など、いくつかの技術が既に確立し、本発明の技術分野において広く用いられている。本発明においては、これらの方法を好適に用いることができる。
【0026】
ゲノム内に所望の遺伝子が導入された形質転換植物体がいったん得られれば、該植物体から有性生殖又は無性生殖により子孫を得ることができる。また、該植物体やその子孫あるいはクローンから繁殖材料(例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラストなど)を得て、それらを基に植物体を量産することも可能である。
【0027】
本発明の形質転換の対象となる植物は、本発明のポリヌクレオチドからなる遺伝子の作用により、プロラミン集積性を制御することができるものであれば特に限定されないが、好ましくは被子植物であり、より好ましくは単子葉植物網に属する植物であり、さらに好ましくはツユクサ亜網に属する植物であり、最も好ましくはイネ科(Poaceae(Gramineae))に属する植物、例えばイネ(Oryza)、オオムギ、ライムギ、パンコムギ、イヌムギ、ハトムギ、サトウキビ、トウモロコシ、モロコシ、アワ、キビ、ヒエいずれかの属に属する植物である。イネ科に属する植物のうちでは、好ましくはイネ属に属する植物であり、より好ましくはイネ(Oryza sativa L.)である。本発明は、種子にプロラミンを集積する単子葉植物であるという観点からは、特に、トウモロコシ、ライムギ、エンバク、コムギ、オオムギ、ソルガム、イネに対して用いるのに適している。
【0028】
イネの品種の中では、本発明は、特に「コシヒカリ」及びその近縁種に適していると考えられる。コシヒカリ近縁種とは、その育成系譜に「コシヒカリ」を交配母本としているもので、「ひのひかり」や「キヌヒカリ」等を指す。さらにコシヒカリ近縁種以外の「ササニシキ」等の良食味品種、及び「滋賀羽二重もち」等のモチ品種、多収性品種である「ハバタキ」、「おおちから」等にも、本発明は適していると考えられる。
【0029】
本発明はまた、本発明のポリヌクレオチドからなる遺伝子を利用することを特徴とする、植物のプロラミン集積性の制御方法を提供する。ここでいう「(遺伝子を)利用すること」には、遺伝子を機能可能に有する植物でこと、及び該遺伝子が機能していない植物に該遺伝子を機能可能に導入することが含まれる。
【0030】
該遺伝子の機能を低下又は喪失させるようにする表現型を生じるには、例えば本発明のポリヌクレオチドからなる遺伝子の発現を抑制することによる。ここでいう「発現の抑制」には、遺伝子の転写の抑制、転写物のスプライシングの抑制、及びタンパク質への翻訳の抑制が含まれる。また、遺伝子の発現の完全な停止のみならず発現の減少も含まれる。また、翻訳されたタンパク質が植物細胞内で本来の機能を発揮することの抑制も含まれる。
【0031】
本発明により、「esp1欠損変異(体)」(本発明のポリヌクレオチドからなる遺伝子の機能を低下又は喪失させ、プロラミン低集積性である表現型を生じたもの」)が提供されるが、この欠損変異体を作製する方法としては、本発明の遺伝子の発現又はタンパク質の機能が低下又は喪失した変異体を作製できれば特に制限されないが、例えば、植物体に、化学変異原処理又は放射線処理による変異誘発、ウイルス感染、トランスポゾン転移、自然突然変異がある。また、DNA断片導入による遺伝子の破壊、アンチセンス核酸等による遺伝子の発現抑制などがある。
【0032】
遺伝子の発現の抑制は、また、リボザイムをコードするポリヌクレオチドを利用して行うことも可能である。RNAを部位特異的に切断するリボザイムの設計が可能である。また、遺伝子の発現の抑制は、標的遺伝子配列と同一もしくは類似した配列を有する二本鎖RNAを用いたRNA interferance(RNAi)によっても行いうる。RNAiは植物においても効果を奏することが知られている(Chuang CF & Meyerowitz EM: Proc Natl Acad Sci USA 97: 4985、 2000)。さらに、遺伝子の発現の抑制は、標的遺伝子配列と同一もしくは類似した配列を有するDNAによる形質転換によって起こる共抑制によっても達成しうる。「共抑制」とは、植物に標的内在性遺伝子と同一もしくは類似した配列を有する遺伝子を形質転換により導入すると、導入した外来遺伝子及び標的内在性遺伝子の発現がいずれも抑制される現象のことを指す。共抑制の機構の詳細は明らかではないが、少なくともその機構の一部はRNAiの機構と重複していると考えられている。共抑制は植物においても観察される(Smyth DR: Curr Biol 7: R793、 1997、Martienssen R: Curr Biol 6: 810、 1996)。
【0033】
イネにおいて種子で発現するタンパク質ジスルフィドイソメラーゼ(PDI)1-1の発現が、MNU突然変異により抑制されている(特願2008-058057「パン類の製造に適した米粉組成物およびその利用」、川越靖ら(2008)イネ種子貯蔵タンパク質突然変異体esp2における米粉の製パン特性. 日本育種学会第113回講演会))。同様の手法が、本願にも適用できる可能性がある。
【0034】
本発明の遺伝子の発現又はタンパク質の機能が低下又は喪失した変異体を作製するためには、以下で述べることを考慮してもよい。すなわち、eRF1遺伝子は3つのドメインから構成され、ドメイン1にはSTOPコドンを認識するNIKSモチーフが存在する(Bertram et al. RNA 6: 1236-1247, 2000)。また、eRF1はこれまでにUAA、UGA、UAGのすべてのSTOPコドンを認識することが明らかとなっているが、繊毛虫(ciliates)の一部でいずれかのSTOPコドンを認識しないことが明らかとなっている。これらの繊毛虫ではドメイン1のNIKS以外の配列も多種とは大きく異なっている(Inagaki et al. Nucleic Acids Research 30: 532-544, 2002)。このことから、ドメイン1のアミノ酸配列の改変によっても機能低下や喪失が生じると考えられる。また、ドメイン2はGGQモチーフをもち、ペプチドの解離を行い(Song et al. Cell 100: 311-321, 2000)、ドメイン3はclassIIの翻訳終了因子であるeRF3との結合に寄与する(Ito et al. RNA 4: 958-972, 1998, Eurwilaichitr et al. Mol. Microbiol. 32: 485-496, 1999)。これらの領域はeRF1の機能の維持において特に重要であると考えられる。しかしながら、本発明におけるesp1変異は、これまでに機能を有することが明らかなモチーフ以外での変異でeRF1の機能の低下が生じたと考えられることから、種々の位置における変異によって、本発明が目的とする、機能の低下又は喪失の可能性が残されている。
【0035】
[発明の効果]
従来、イネの品種改良は(1)交雑による有望系統の選抜、(2)放射線や化学物質による突然変異誘起などによって行われてきた。これらの作業は長期間を要することや変異の程度や方向性を制御できないことなどの問題があった。本発明の遺伝子はプロラミンの量が減少したイネの品種育成に有用である。また、本発明の遺伝子を用いるイネの品種育成は、短期間で高い確実性をもって目的の植物体を得ることができる点で、従来の方法より有利である。
【0036】
なお、プロラミンが集積するPB Iはペプシンに対して難消化性を示すので、ペプシン易消化性のグルテリンが相対的に減少するプロラミン集積が増した植物種子は、腎臓病患者等のアミノ酸摂取量に制限がある場合の食事に使用できる可能性がある。また、特定のプロラミン分子種を増加させることにより、食味、香り、加工特性を改変できる可能性もあると考えられる。トウモロコシのプロラミンであるゼインはフィルムの合成の材料として考えられている(Gillgren and Standing 2008, Food Biophys 3: 287-294)ことから、プロラミン集積の増した植物は、このような用途のために有用でありうる。
【0037】
本発明により、品種の選抜、検査が容易・迅速にできるようになった。esp1変異体を交配母本に用い、その交雑後代からesp1型を選抜する際に、変異部位の塩基配列から作製したDNA多型マーカーを用いて、幼苗期にesp1型を効率的に選抜することが可能となった。さらに、Esp1遺伝子が特定されたことにより、eRF1に関する他のアミノ酸置換変異体やアミノ酸欠損変異体をTilling法を用いて選抜することが可能となった。
【0038】
以下、実施例により、本発明をさらに具体的に説明するが本発明はこれらの実施例に制限されるものではない。
【実施例1】
【0039】
[事前の検討]
1.Esp1遺伝子の機能の推定
材料には水稲品種「金南風」及び「金南風」からMNU受精卵処理によって誘発したesp1変異体「CM21」を用いた。esp1劣勢変異はSDS-PAGEで分離する13kDの種子貯蔵タンパク質を減少することによって見い出され(図1:SDS-PAGE)(Kumamaru et al. TAG 76: 11-16, 1988)、PB Iに存在する複数の分子種を減少することが2次元電気泳動によって示された(Ogawa et al. TAG 78: 305-310, 1989)。アルコール可溶性のプロラミンは、米粉から60% n-プロパノールによって抽出されるシステイン含量が低いcysteine poor (CysP)プロラミン画分と、CysPプロラミン抽出後の残渣から5% 2-メルカプトエタノールを含む60% n-プロパノールによって抽出されるシステイン含量が高いcysteine rich (CysR)プロラミン画分に分類できる。米粉から5% 2-メルカプトエタノールを含む60% n-プロパノールによって抽出されるプロラミンを全プロラミン画分とした。抽出した各プロラミン画分を遠心エバポレーターによって乾燥し、試料用緩衝液(Laemmli 1970)を加えて実験に供試した。esp1劣勢変異はプロラミンをそれぞれの画分に分けてSDS-PAGEで分析した結果、60% n-プロパノールのみで抽出されるCysPプロラミンが減少していることが見い出された(図1:SDS-PAGE)。SDS-PAGEは分子サイズで分離するため同様の分子サイズを有する複数の分子から構成されるプロラミンを詳細に分析するには不向きである。
【0040】
IEFはアンフォライトを含むポリアクリルアミドゲルが通電時に形成するpHの勾配を利用してポリペプチドをその等電点に集束させ分離する方法である。IEFは複数の分子から構成されるプロラミンを分離、解析する本発明において有用な方法である。具体的には、ゲルの組成が4%(w/v)アクリルアミド、0.2%(w/v)メチレンビスアクリルアミド、6M尿素、2%(w/v) Nonidet P-40、5%(v/v)アンフォライン(2.5% 3.5-10アンフォライン、2.5% 6.0-8.0アンフォライン)、0.0005%(w/v)リボフラビン、0.01%(w/v)過硫酸アンモニウム、0.05625%(v/v) TEMED、試料用緩衝液の組成が8.5M尿素、0.8%(w/v) Nonidet P-40、5.0%(v/v) 2-メルカプトエタノール、0.1%(w/v) SDSで、泳動は150V 30分間、400V 60分間、700V 70分間、1000V 40分間行う。泳動後、15% TCAで10分間の固定処理、脱色液(25%(v/v)エタノール、10%(v/v)酢酸)に換え、16時間の処理でアンフォラインを除去したのち、染色液(0.1%(w/v)Coomasie brilliant blue R-250、50%(v/v)エタノール、10%(v/v)酢酸)に換え、任意に染色、その後、脱色液で任意に脱色を行う。
【0041】
esp1劣勢変異で減少する分子は等電点がpI6.65、6.95、7.10、7.35であることがIEFによって明らかとなった(図1:IEF)(牛島ら 育種学研究 第5巻 (別1) p68 (2003) 第103回日本育種学会講演会要旨集)。これらのプロラミン分子はそれぞれ異なる構造遺伝子の翻訳産物であると考えられる。
【0042】
以上のことからEsp1遺伝子はプロラミンの構造遺伝子ではなく、その生合成の過程に関与する遺伝子であることが示唆される(Kumamaru et al. TAG 76: 11-16, 1988;牛島ら 育種学研究 第4巻 (別1) p66 (2002) 第101回日本育種学会講演会要旨集)。
【0043】
2.連鎖解析
Esp1遺伝子は第7染色体上に座乗することがトリソミック変異体との交雑後代の分析によって明らかとなっていた(Kumamaru et al. Jpn. J. Genet. 62: 16-22, 1987)。そこでまず、esp1変異体「CM21」とインド型品種「Kasalath」の交雑F2種子からSDS-PAGEで選抜したesp1変異型109個体を用いて連鎖解析を行った。Esp1遺伝子はRFLP(Restriction Fragment Length Polymorphism)マーカー、R2394(短腕末端からの距離80.5cM)、R1422(81.1cM)、R2677(83.3cM)及びSTS(sequence tagged site)マーカー、C53905(81.9cM)、ゲノム塩基配列から新規に作成したCAPS(Cleaved Amplified Polymorphic Sequence)マーカーe81.9-8.2(81.9cM)(プライマー5’-GCTGCTCAGAGAGGGAGTCA-3’(配列番号:1) / 5’-GACACTGCTCGCCAAAGAAG-3’(配列番号:2)、制限酵素HaeIII)、e83.3-13(83.5cM)(プライマー5’-CGTGAAAAAGCAAACCTCCA-3’(配列番号:3) / 5’-TGGTATACGCAGGGAGCATC-3’(配列番号:4)、制限酵素ClaI又はHhaI )、PCRマーカー、e84.1-15(84.1cM)( プライマー5’-GACGACTGCTGCTGGTTTTC-3’(配列番号:5)/ 5’-GTTGTTGCCACGTTTGCTTT-3’(配列番号:6))を用いた分析によりe81.9-8.2(81.9cM)とR2677(83.3cM)の間に位置づけられた(図2A)(熊丸ら 育種学雑誌 第47巻 (別2) p176(1997) 第92回日本育種学会講演会要旨、Ushijima et al. RGP 19: 64, 2002、牛島ら 育種学研究 第5巻 (別1) p68 (2003) 第103回日本育種学会講演会要旨集)。しかしながら、この連鎖解析の精度ではマップベースクローニングによる遺伝子の単離・同定は困難である。
【0044】
[高密度連鎖地図の作成]
マップベースクローニングに不可欠な大規模分離集団によるEsp1遺伝子領域の詳細な連鎖解析を行った。連鎖解析は小規模連鎖解析時と同様にesp1変異体「CM21」と「Kasalath」の交雑F2種子を用いて行った。SDS-PAGEによりesp1変異型を示す種子を910個体得た。連鎖分析用のCAPSマーカーは候補領域のゲノム塩基配列を元に新たに作成した。マーカーがヘテロ型を示し、Esp1遺伝子候補領域がホモ型を示す組換え型個体がCAPSマーカーe11f2(プライマー5’-GGATCCAACAATCCATCGAA3’(配列番号:7) / 5’- TTTGGTTGGCTTTGCTAACG-3’(配列番号:8)、制限酵素ClaI又はDraI)で9個体、同マーカーe11b6(プライマー5’-CAACATCCTGAGGCTCGAAG-3’(配列番号:9)/ 5’-AAATGACGCTACCGAGCTGA-3’(配列番号:10)、制限酵素PstI)で7個体同定できた(図2B)。CAPSマーカーe11f2とe11b6はBACクローンOJ1047-C01の両端に位置する。このことからEsp1遺伝子はBACクローンOJ1047-C01に含まれることが明らかになり、当該クローンのゲノム塩基配列を元に新規なCAPSマーカーを作成し、候補ゲノム領域をさらに限定した。その結果、Esp1遺伝子の候補領域はCAPSマーカーe11-18(プライマー5’-AAGCAGTTTGCTGGCTCAAA-3’(配列番号:11) / 5’-CAGCGTGTCAGCAAAAACAA-3’(配列番号:12)、制限酵素DraI又はMvaI)と同マーカーe11-27(プライマー5’-TTCCCCAGGTGCTACTGCTA-3’(配列番号:13) / 5’-ACGGGCAGATTTACAACACG-3’(配列番号:14)、制限酵素MvaI)に挟み込まれる約20kbであることが明らかとなった(図 2C)。この候補領域の塩基配列に対してRiceGAAS (Rice Genome Annotation Database; http://RiceGAAS.dna.affrc.go.jp/rgadb/)による遺伝子予測ならびに類似性検索を行ったところ、5個の遺伝子が予測され、そのうち2個はeRF(Eucaryotic Release Factor) 1又はβ-cateninと高い類似性を示した。
【実施例2】
【0045】
[候補遺伝子の塩基配列解析によるEsp1候補遺伝子の特定]
esp1変異系統「CM21」及び「EM711」、及びそれぞれの原品種「金南風」と「台中65号」のEsp1遺伝子候補領域のゲノム塩基配列を解析した(図3、配列番号:15〜17)。その結果、予測遺伝子の一つについて、esp1変異系統「CM21」と「EM711」において、この遺伝子内における塩基がG1217がAに、G779がAにそれぞれ置換していた(図3)。候補領域における他の塩基に置換は認められなかった。この遺伝子は、タンパク質合成過程において終止コドン認識に関与している翻訳集結因子eRF1とアミノ酸配列において高い相同性が認められる。この結果は、Esp1候補遺伝子はeRF1をコードしていることを示唆している。「金南風」、「台中65号」及び「日本晴」における当該遺伝子のゲノム配列に差異は認められなかった。「日本晴」において当該遺伝子のcDNAの全長の配列をKOME(Knowledge-based Oryza Molecular biological Encyclopedia;http://cdna01.dna.affrc.go.jp/cDNA/)による検索を行い、ゲノム塩基配列と比較したところ、Esp1候補遺伝子は1個のエクソンからなり、コード領域の全長は1314bp、437アミノ酸からなるタンパク質をコードしていることが予測された(図4、配列番号18〜20)。アミノ酸配列では、「CM21」と「EM711」においてEsp1候補遺伝子内の塩基置換によってそれぞれグリシン406がアスパラギン酸、グリシン260がグルタミン酸に置換していた(図4)。
【実施例3】
【0046】
[発現解析]
eRF1の登熟におけるmRNAの発現は「金南風」、「CM21」についてRT-PCR( Reverse Transcriptase-Polymerase Chain Reaction)で解析した(図6)。RT-PCRは開花後2、4、6、8、10、12日目の種子からTotal RNAをRNeasy Plant Mini Kit(QIAGEN)を用いて抽出後、Ready To Go You prime First Strand Beads(GE)を用いて逆転写を行い、その後プライマー5’- GCCGGATCACGGAAATTACT -3’(配列番号:21) / 5’- AGGCCTAATCCTCGCTGGTT -3’(配列番号:22)を用いて、94℃ 4分間 1サイクル / (94℃ 30秒間、60℃ 30秒間、72℃ 2分間) 25サイクル / 72℃ 7分間 1サイクル / 4℃の条件で行った。「金南風」において開花後2日目からすでに当該遺伝子のmRNAの発現が認められた。この傾向はesp1変異体「CM21」でも同様であった。esp1変異体でmRNAの発現が認められたことから、アミノ酸の置換によってeRF1の機能が大幅な減少もしくは喪失したと推察される。
【実施例4】
【0047】
Esp1遺伝子の機能証明]
Esp1遺伝子がプロラミンの集積における機能を有していることを確認するために、esp1変異体「EM711」の植物体に「金南風」由来のEsp1候補遺伝子を導入する形質転換実験を行った。Esp1候補遺伝子であるeRF1のORFはプライマー5’-CTCTGTCAAGATGTCTGACA-3’(配列番号:23) / 5’- ATATCTAGACCCGGGCTCGAGTGGCTGATTGCTAATCAGAG-3’(配列番号:24)を用いてゲノムDNAをテンプレートにPCRで単離した。また、10kDプロラミンのプロモーターはAY427572をテンプレートとして、プライマー5’-ATATGTACAGTCGACACTGGATAATTATAATATCA-3’(配列番号:25) / 5’-TGTCAGACATCTTGACAGAGTGCTGATTCTACAATACT-3’(配列番号:26)を用いて単離した。その後、PCRで単離したeRF1のORF及び10kDプロラミンのプロモーターを1:1で混合し、プライマー5’-ATATGTACAGTCGACACTGGATAATTATAATATCA-3’(前掲配列番号:25) / 5’- ATATCTAGACCCGGGCTCGAGTGGCTGATTGCTAATCAGAG-3’(前掲配列番号:24)でPCRを行うことにより10kDプロラミンプライマー / eRF1 ORFのPCR産物を得た。このPCR産物を制限酵素Sal I、Xho IでpBluescript SKプラスミドにクローニングした。バイナリーベクターpGPTV(Becker et al. Plant Mol. Biol. 20: 1195-1197, 1992)に入れた。アグロバクテリウム(EHA105菌株)(Hood et al. Transgenic Res. 2: 208-218, 1993)を介して「EM711」に導入した(図5)。SDS-PAGEの結果、作出された形質転換体T1の種子は、プロラミン含量が原品種とほぼ同等まで増加しているものが分離した(図5)。同サンプルのDsRedの発現をanti-RFP(anti-Red Fluorescent Protein)を用いてウエスタンブロット分析により調べた結果、プロラミン含量が増加した個体と一致した。DsRed遺伝子が発現している個体では同一ベクター内にあるEsp1候補遺伝子も発現していると考えられる。以上の結果から、eRF1が複数のプロラミン分子を集積させる機能を有し、Esp1遺伝子であることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】esp1変異の種子のプロラミンを各プロラミン画分についてSDS-PAGE及びIEFで解析した結果である。WTは原品種「金南風」を、esp1はCM21を示す。
【図2】Esp1遺伝子の高密度連鎖地図及び候補ゲノム領域を示す図である。RFLP、STS、CAPSマーカーを用いて作成した連鎖地図。マーカー名の下の括弧内は染色体短腕末端からの相対的距離、その下の数値は各マーカー間及びEsp1遺伝子座の遺伝子型との組換え数を示す。OJナンバーはBACクローン(日本晴)を示す。Cの候補領域内の横矢印はアノテーションされた遺伝子の存在を示す。
【図3】eRF1遺伝子の塩基配列の比較を示す。配列の下の星印(*)は共通する配列を、バー(-)は変異部位を示す。「EM711」及び「CM21」はそれぞれ「金南風」と「台中65号」を原品種とするesp1変異系統。
【図4】Esp1タンパク質のアミノ酸配列の比較を示す図である。配列の下の星印(*)は共通する配列を、バー(-)は変異部位を示す。「EM711」及び「CM21」はそれぞれ「金南風」と「台中65号」を原品種とするesp1変異系統。
【図5】「EM711」に10kDプロラミンプロモーターで発現するように設計されたeRF1のORFを形質転換したT1個体に着生した種子をSDS-PAGEとウエスタンブロット分析した結果を示した図。上がSDS-PAGE、下が抗RFP抗体によるウエスタンブロット分析。矢印はesp1変異で減少する13kDプロラミンのバンドを示す。309と310はT1の個体番号を示し、それぞれの個体からT2種子を7粒ずつ供試。星印(★)はRFPタンパク質が検出されたことからeRF1遺伝子の導入された種子を示している。
【図6】種子の登熟期におけるeRF1の発現をRT-PCRによって解析した結果を示す図。WTは原品種「金南風」を、esp1はCM21を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の(a)、(b)、(c)、(d)、(e)、(f)又は(g)のポリヌクレオチド:
(a)配列番号:15に記載のヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチド;
(b)配列番号:15に記載のヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドと相補的なヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ植物種子においてプロラミンを集積させる機能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(c)配列番号:15に記載のヌクレオチド配列において1若しくは複数のヌクレオチドが欠失、置換、付加及び/又は挿入されたヌクレオチド配列からなり、かつ植物種子においてプロラミンを集積させる機能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(d)配列番号:15に記載のヌクレオチド配列と少なくとも90%の同一性を有し、かつ植物種子においてプロラミンを集積させる機能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(e)配列番号:18に記載のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド;
(f)配列番号:18に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が欠失、置換、付加及び/又は挿入したアミノ酸配列からなり、かつ植物種子においてプロラミンを集積させる機能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(g)配列番号:18に記載のアミノ酸配列と少なくとも97%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物種子においてプロラミンを集積させる機能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【請求項2】
下記の(e’)、(f’)又は(g’)のタンパク質:
(e’)配列番号:18に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(f’)配列番号:18に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が欠失、置換、付加及び/又は挿入したアミノ酸配列からなり、かつ植物種子においてプロラミンを集積させる機能を有するタンパク質;
(g’)配列番号:18に記載のアミノ酸配列と少なくとも97%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ植物種子においてプロラミンを集積させる機能を有するタンパク質。
【請求項3】
請求項1に記載のポリヌクレオチドからなる遺伝子を利用することを特徴とする、種子におけるプロラミン集積が制御された植物の生産方法。
【請求項4】
請求項3に記載の方法であって:
請求項1に記載のポリヌクレオチドからなる遺伝子を利用することが、該遺伝子を機能可能に有することによりプロラミン蓄積性である植物において、該遺伝子の機能を低下若しくは喪失させることであるか、又は該遺伝子を機能可能に有さないことによりにプロラミン低集積性である植物において、該ポリヌクレオチドを機能可能に導入することである、方法。
【請求項5】
請求項4に記載の方法であって:
該遺伝子を利用することが、該遺伝子を機能可能に有することによりプロラミン蓄積性である植物において、該遺伝子の機能を低下若しくは喪失させることであり;
このとき該遺伝子の機能を低下若しくは喪失させるための手段が、請求項1に記載のポリヌクレオチドにおいて、1又は複数のヌクレオチドを欠失、置換、付加及び/又は挿入することである、方法。
【請求項6】
請求項5に記載の方法であって:
請求項1に記載のポリヌクレオチドにおいて、一又は複数のヌクレオチドを欠失、置換、付加及び/又は挿入することにより生じたヌクレオチドが、下記の(h)、(i)、(j)又は(k)である、方法:
(h)配列番号:16に記載のヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチド
(i)配列番号:17に記載のヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチド
(j)配列番号:19に記載のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド;
(k)配列番号:20に記載のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド。
【請求項7】
請求項1に記載のポリヌクレオチドからなる遺伝子、又はその機能を低下若しくは喪失したその変異遺伝子を検出する工程を含む、プロラミン蓄積性に関する望ましい性質を有する植物の生産方法。
【請求項8】
請求項3〜7のいずれか1項に記載の方法により得られた植物(好ましくはイネ)、又はその子孫。
【請求項9】
プロラミン集積性である品種に由来する、esp1欠損植物であって、esp1が、請求項2に記載のタンパク質である、植物(好ましくは、イネ)。
【請求項10】
請求項8又は9に記載の植物を利用することにより得られる、収穫物、繁殖材料又は加工品。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図1】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−115141(P2010−115141A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−290180(P2008−290180)
【出願日】平成20年11月12日(2008.11.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年5月12日、http://seika.nii.ac.jp/search_pjno.html?PJNO=16380009を通じて発表
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【Fターム(参考)】