説明

ヘパリン組成物およびセレクチン阻害

本発明は、セレクチンの活性を調節するヘパリンおよびヘパリノイドを同定するためのin vitroおよびin vivo方法を提供する。本発明はまた、セレクチンの活性を調節するヘパリンおよびヘパリノイドを提供する。同定および単離されたこれらのヘパリン製剤は、P-および/またはL-セレクチンが介在する様々な病理、例えば血行性転移、炎症と関連した疾患(喘息、関節炎、アレルギー性皮膚炎など)、虚血-再灌流障害、または鎌状赤血球貧血症のような他の病理を媒介する可能性がある。セレクチン阻害は、ヒト被験者において過度の抗凝血または望ましくない出血を引き起こす血漿濃度より低い濃度で達成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般的には分子生物学に関し、より詳細にはL-セレクチンおよび/またはP-セレクチンの結合活性を遮断して、セレクチン媒介転移または他のセレクチン媒介疾患もしくは障害を軽減するヘパリン変異体の同定および/または単離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
P-およびL-セレクチンはシアリル化、フコシル化、硫酸化リガンドを認識するC型レクチンである。P-セレクチンは休止中の血小板と内皮細胞の内部に蓄えられていて、活性化された際に細胞表面に移動する。L-セレクチンは大部分の白血球型で構成的に発現されており、それらの内皮リガンドとの相互作用を媒介する。両セレクチンとも炎症部位で血管外に遊走している白血球の初期テザーリング(tethering)を促進する。P-セレクチンは止血においても役割を果たしている。P-およびL-セレクチンの内因性リガンド(例えばPSGL-1)は白血球と内皮細胞上に発現される(セレクチンおよびそれらのリガンドに関する概説については、例えば、Varki A., Proc Natl Acad Sci USA (1994) 91:7390-7; Leyら, J Immunol (1995) 155:525-8; Kansas GS, Blood (1996) 88:3259-87; McEverら, J Clin Invest (1997) 100:485-92; Lowe JB. Kidney Int (1997) 51:1418-26; Rosen SD. Annu Rev Immunol (2004) 22:129-56を参照のこと)。
【0003】
P-およびL-セレクチンはまた、炎症および再灌流を含む多くの疾患において(Bevilacquaら, Annu Rev Med (1994) 45:361-78; Loweら, J Clin Invest (1997) 99:822-6; Ley K., Trends MoI Med (2003) 9:263-8)、さらには癌の転移において病理学的役割を担っている。多くの腫瘍細胞はセレクチンリガンドを発現しており、腫瘍のセレクチンリガンド発現と生存率の間には逆の相関関係が報告されている (Varki NM, Varki A. Semin Thromb Hemost (2002) 28:53-66)。同系および同種異系マウスモデルは、セレクチンリガンド陽性腺癌の肺への転移がP-およびL-セレクチン依存性であることを実証した (Kimら, Proc Natl Acad Sci USA (1998) 95:9325-30; Friederichsら, Cancer Res (2000) 60:6714-22; Borsigら, Proc Natl Acad Sci USA (2001) 98:3352-7; Borsigら, Proc Natl Acad Sci USA (2002) 99:2193-8; Ludwigら, Cancer Res 2004;64 :2743-50)。
【0004】
多くの古典的研究は、癌転移の動物モデルにおける未分画ヘパリン(UFH)の阻害効果を論じており (Zacharskiら, Thromb Haemost (1998) 80:10-23; Engelberg H. Cancer (1999) 85:257-72; Hejnaら, J Nat Cancer Inst (1999) 91:22-36; Smorenburgら, Pharmacol Rev (2001) 53:93-105)、また、過去にさかのぼった解析からは、ヘパリンがヒト癌において同様の効果をもちうることが示された (Kakkarら, Int J Oncol (1995) 6:885-8; Hettiarachchiら, Thromb Haemost (1999) 82:947-52; Ornsteinら, Haemostasis (1999) 29 Suppl. 1:48-60; Smorenburgら, Thromb Haemost (1999) 82:1600-4; およびZacharskiら, Semin Thromb Hemost (2000) 26 Suppl. 1:69-77)。さらに、膨大な文献が、十分に証明された癌と静脈血栓の関係、ならびにヘパリンまたはヒルジンによる液相凝固の阻止を介した転移の抑制を論じている。しかしながら、別の抗凝血モデルであるビタミンK拮抗薬を用いたヒト試験では、ほとんどの癌において生存率に対する効果がまったく認められなかった。こうして、転移におけるヘパリンの効力は主としてその抗凝血活性に基づくものではないことが推察されるだろう。
【0005】
未分画ヘパリンは、IIaおよびXa因子のアンチトロンビン不活性化を高めることによって液相凝固を阻止する能力に基づいて臨床上使用されてきた。しかし、UFHは5000〜30000ダルトンの範囲の高度に硫酸化したグリコサミノグリカンの複雑な多分散混合物を含む天然物であり、その一部が実際にアンチトロンビンと結合するにすぎない。初期の研究は、P-セレクチンが固定化ヘパリンに結合できることを明らかにした (Skinnerら, Biochem Biophys Res Commun (1989) 164:1373-9)。各種ヘパリンとヘパリノイド(ヘパリン様物質)は両セレクチンがそれらの天然リガンドに結合するのを阻害したことが示されている (Nelsonら, Blood (1993) 82:3253-8; Norgard-Sumnichtら, Science (1993) 261:480-3; Koenigら, J Clin Invest (1998) 101:877-89; Maら, J Immunol (2000) 165:558-65; Xieら, J Biol Chem (2000) 275:30718-1)。
【0006】
L-セレクチンおよびP-セレクチンがヒトの細胞上に存在するリガンドと結合するのを妨害することができる、医薬品グレードのヘパリンおよびヘパリノイド製剤を同定することが望ましい。こうした製剤をさらにリファインすることで、L-セレクチンおよびP-セレクチン活性を媒介するだけでなく、被験者において望ましくない副作用を生じることなしにそうした活性を媒介する製剤を同定することが可能である。
【発明の開示】
【0007】
概要
本明細書では、各種ヘパリン/ヘパリノイド(以後まとめてヘパリンという)をP/L-セレクチンの活性を阻害するその能力について同定する方法を提供する。さらに、臨床的に適切な用量で、2つの異なる腫瘍モデルにおける転移を抑制するヘパリンのサブセットを提供する。加えて、本発明は、低分子量ヘパリン(LMWHs)間の構造上の差異を、それらの異なったセレクチン阻害活性に照らして同定し、また、転移を減じる際の抗凝血およびセレクチン阻害の相対的役割ついて検討する。
【0008】
一実施形態においては、セレクチン活性を阻害するための組成物のスクリーニング方法が提供される。この方法は、複数のヘパリン分子を含有するヘパリン製剤を用意することを含む。一般に、この製剤はFDA承認を受けたヘパリンロットから得られる。さらに、前記方法には、L-セレクチンおよびP-セレクチンからなる群より選択される1種以上のセレクチン;該セレクチンの1種以上のリガンド;およびヘパリンが含まれる。前記方法はさらに、上記の諸成分を同時にまたは連続的に、セレクチンのセレクチンリガンドへの結合に適する条件下で接触させ、ヘパリン製剤の非存在下と比較して、ヘパリン製剤の存在下での1種以上のセレクチンとリガンドとの結合レベルの低下を検出することを含む。
【0009】
セレクチンとセレクチンリガンドとの結合レベルの低下は、in vivoでの抗凝血活性およびin vivoでの望ましくない出血からなる群より選択される1以上の活性をもたらすヘパリンの濃度より低いヘパリン製剤の濃度で検出される。さらに、このヘパリン製剤の濃度は、E-セレクチンとE-セレクチンリガンドとの結合のレベルを低下させないものである。さらに、1種以上のセレクチンとリガンドとの結合レベルの低下をもたらすヘパリンの濃度は、in vivoで過剰な抗凝血活性をもたらすヘパリンの濃度より2倍〜50倍低い濃度でありうる。ある実施形態においては、セレクチンを選択的に阻害するヘパリンを同定することが可能である。そのようなヘパリンは一般的に他のヘパリン活性(例えば、血管新生阻害、ヘパラナーゼ阻害、サイトカイン結合など)を欠くであろう。さらに、抗凝血活性はあるが、他の活性を欠いているヘパリン画分を同定することも可能である。
【0010】
本明細書で提供される方法により同定されたヘパリン製剤は、L-セレクチンまたはP-セレクチン関連病理のための治療薬として使用することができる。
【0011】
本発明はまた、セレクチン活性を阻害するための組成物をスクリーニングする方法を提供する。この方法は、複数のヘパリン分子を含有するヘパリン製剤を用意することを含む。一般に、この製剤はFDA承認を受けたヘパリンロットから得られる。さらに、前記方法には、L-セレクチンおよびP-セレクチンからなる群より選択される1種以上のセレクチン;L-セレクチンおよびP-セレクチンからなる群より選択される1種以上のセレクチンのリガンド;およびヘパリンが含まれる。前記方法はさらに、ヘパリン製剤を分画化して、ヘパリン分子を含む複数の画分を単離することを含むが、その際、該画分は画分中のヘパリン分子のサイズに基づいて単離される。前記方法はさらに、各画分をリガンドおよびセレクチンと、同時にまたは連続的に、セレクチンのセレクチンリガンドへの結合に適する条件下で接触させ、該画分の非存在下と比較して、該画分の存在下で1種以上のセレクチンとリガンドとの結合のレベルを低下させる1以上の画分を同定することを含む。
【0012】
本発明はまた、L-セレクチンおよび/またはP-セレクチン関連病理の治療薬としてのヘパリン画分を同定する方法を提供する。
【0013】
本発明はまた、本明細書に開示される方法により同定されたヘパリン画分を提供する。
【0014】
本発明は、包装材料を含む製品を提供する。包装材料の内部には、本明細書に記載の方法により同定されたヘパリン製剤が含まれる。包装材料は、ヘパリン製剤がセレクチンの活性を阻害しかつ被験者の血行性転移を抑制するために使用できることを示すラベルまたはパッケージ内印刷物を含むことができる。ヘパリン製剤は低分子量ヘパリン(LMWH)製剤を含みうる。典型的な製剤としてはチンザパリン(Tinzaparin:TINZ)が挙げられる。別の実施形態では、包装材料を含む製品が提供されるが、該包装材料の内部には、本明細書に記載の方法により同定されたヘパリン画分が含まれる。包装材料は、ヘパリン画分がセレクチンの活性を阻害しかつ被験者の血行性転移を抑制するために使用できることを示すラベルまたはパッケージ内印刷物を含むことができる。一実施形態において、上記製品は、本発明の方法の使用に基づく特定のヘパリン活性に有用なヘパリン画分を含む。例えば、ヘパリン画分を含む製品は、ヘパリン画分がセレクチンの活性を阻害するのに有用であり、かつ被験者のP-およびL-セレクチン媒介疾患を抑制するのに有用であることを示すラベルまたはパッケージ内印刷物を含むことができる。
【0015】
本発明はまた、被験者の細胞増殖性疾患を予防または治療するための方法を提供する。この方法は、被験者に、製薬上許容される担体中に含まれる、有効量の、セレクチン活性の特異的阻害剤を投与することを含んでなる。一般に、かかる阻害剤はヘパリン製剤またはヘパリン画分である。
【0016】
本発明は、被験者における転移を予防または抑制するための方法を提供する。この方法は、被験者に、製薬上許容される担体中に含まれる、有効量の、セレクチン活性の特異的阻害剤を投与することを含んでなる。一般に、かかる阻害剤はヘパリン製剤またはヘパリン画分である。
【0017】
添付の図面および以下の記載において、本発明の1以上の実施形態の詳細について説明する。他の構成、目的および効果は、以下の記載および図面から、さらには特許請求の範囲から明らかであろう。
【0018】
詳細な説明
米国特許第6,787,365号および米国特許第6,596,705号は、あらゆる目的のために、その全体を参照として本明細書に組み入れる。本明細書に挙げた特許および刊行物のすべては、本発明が属する分野の当業者の技術レベルを示している。本明細書で引用したすべての文献は、各文献が個々に完全な形で参照として組み込まれている程度に、参照として組み入れる。
【0019】
L-セレクチン、E-セレクチンおよびP-セレクチンは、リンパ球のリンパ系器官へのホーミングを指令する初期の接着現象を媒介するだけでなく、炎症部位での白血球や他の炎症細胞と内皮との相互作用をも媒介する。L-セレクチンは白血球に発現し、E-セレクチンは内皮に、そしてP-セレクチンは血小板および内皮に発現する。これら3種のセレクチンは対抗する細胞上の特定の糖鎖構造に結合し、例えば、L-セレクチンは血小板および内皮に結合する一方で、P-セレクチンとE-セレクチンは白血球に結合する。
【0020】
セレクチンを介した接着は、病的な再灌流障害、炎症性疾患、自己免疫疾患のような疾患に関与している。セレクチン相互作用は、ある種の上皮癌の転移に関与する一次接着機構をも媒介しうる。したがって、セレクチンは、セレクチンを介した望ましくないまたは異常な相互作用を特徴とする病理を治療するための、可能性のある治療標的である。
【0021】
P-および/またはL-セレクチン活性を阻害するヘパリンのタイプおよびロットを同定するためのin vitroおよびin vivo方法を提供する。こうした方法は、P-および/またはL-セレクチンと結合するヘパリンの形態を同定するための各種方法を提供する。その後、同定されたヘパリンの形態は、癌細胞の転移を阻止するために使用することができる。さらに、抗凝血活性と比べて阻害活性を有するヘパリンの断片を同定するための方法も提供する。
【0022】
ヘパリンは、固形腫瘍の拡がりに関係があると考えられる他の多くの生物学的作用を有しており、かかる作用としては、基底膜の分解に関与するヘパラナーゼの阻害、ヘパリン結合性の各種増殖因子または細胞外プロテアーゼに対する調節作用、細胞接着におけるインテグリン機能の改変、血管新生の阻害などがある。こうした可能性のある全ての非-抗凝血メカニズムのうち、P/L-セレクチンの阻害は、腫瘍細胞が最初に血流に入るときに関係しそうな最初のメカニズムである。この作用は腫瘍細胞の生存に係る現象のカスケードの初めに現れ、その後、最終的な血管外遊出が起こり、転移病巣が確立される。どのカスケードでも同様であるが、第1段階をブロックすることで、後続の全てのメカニズムを事実上無関係にすることができる。実際、腫瘍細胞が静脈内に入る前に投与された1回量のUFH(未分画ヘパリン)の効果はP/L-セレクチンの阻害によって説明できることが示されているが、それは、両セレクチンの複合欠損を有するマウスにおいてヘパリンが転移に対してそれ以上に何の影響も及ぼさなかったからである。ヘパリン効果に関する同様の結果が炎症を鎮める際に見られたが、この場合も、関連する活性はP-およびL-セレクチンの阻害に限られる。
【0023】
全体的に、固形腫瘍の転移でのヘパリン作用を説明しているモデルは、流動相凝固経路による血管内フィブリン形成の知られていない遮断の程度と組み合わされた、P/L-セレクチンの阻害であった。しかしながら、ほとんどの以前の研究で投与された比較的高い用量は、過度の血液凝固の阻止のため、臨床で使用するのに現実的でないだろう。UFHも一般的にバイオアベイラビリティが低く、1日に複数回の投与が必要であり、また、ヘパリンにより誘導される血小板減少症のような副作用を伴う (Rosenberg RD. Semin Hematol (1997) 34 Suppl. 4:2-8; Hirshら, Chest (2004) 126: 188S-203S)。このことを回避するために、UFHを、化学的解重合や酵素的消化を含めた様々な方法を用いて分解することにより、多くの低分子量ヘパリン(LMWH)が作られてきた (Rosenerg, 前掲; Linhardtら, Semin Thromb Hemost (1999) 25 Suppl. 3:5-16)。LMWHもまた分子量プロファイルが3000〜9000ダルトンの範囲にある断片サイズの混合物であるが、それらはより良好な薬物動態とバイオアベイラビリティを有し、通常は1日1回のみの投与で十分である。臨床上の血液凝固阻止(抗Xa活性による)の効力が同様であり、また、ヘパリンにより誘導される血小板減少症のような副作用の発生が比較的低いことを考え合わせると、それらは臨床で実際に使用するのに好都合になっている (Hirshら, 前掲; Valentineら, Semin Thromb Hemost (1997) 23:173-8)。さらなる利点が、アンチトロンビンと特異的に結合する特定の構造の合成ヘパリン類似物質であるフォンダパリヌクス(Fondaparinux:FOND)について述べられている。
【0024】
ヘパリンは、早期癌の初期診断とその外科的切除直後の期間中に生じる転移を禁ずることが提案されており、この考えは、LMWHによる治療を受けた原発性腫瘍(転移なし)の患者の生存率が上がったという最近の知見により支持される (Leeら, J Clin Oncol (2005) 23:2123-9)。
【0025】
しかしながら、全てのこうした見込みのある考えを臨床的に実施に移すには、P/L-セレクチンを遮断して転移を減らすという、臨床的に受け入れられるレベルの各種ヘパリンの能力についての実験的評価が必要である。ところが、ヘパリンはこれまでL-セレクチンおよびP-セレクチン結合を阻害する目的で使用されたことがない。というのは、ヘパリンの抗凝血活性と関連した望ましくない副作用が起こるのではないかという懸念があるためである。
【0026】
FDAがすでに承認しているヘパリン製剤は、P-およびL-セレクチンが媒介する病理(虚血-再灌流障害、急性炎症、慢性炎症、癌の転移を含む)を阻止するために臨床的に許容される用量で使用することができる。本研究は、P-およびL-セレクチンの活性を媒介するヘパリン製剤のタイプおよびロットを同定するための方法を提供する。本明細書では、P-およびL-セレクチンを阻害する最適な能力についてヘパリン組成物をスクリーニングするためのin vivoおよびin vitro方法を提供する。同定されたヘパリンは、例えば、上記の症状に使用することがラベルに明記される。ヘパリン療法は、管理しやすい副作用を伴って、血液凝固阻止の適応症にすでに広く使用されている。また、非-抗凝血治療に有用なヘパリンおよびヘパリノイド製剤も提供される。さらに、ヘパリンの抗凝血活性と比較して、強力なセレクチン阻害活性を有するヘパリンの断片も提供される。
【0027】
臨床グレードのUFH製剤として、3タイプのLMWH、すなわちチンザパリン(Tinzaparin:TINZ)、ダルテパリン(Dalteparin:DALT)、およびエノキサパリン(Enoxaparin:ENOX)、ならびに合成ペンタサッカライド(FOND)が市販されているが、米国ではこれらが臨床用に現在販売されているヘパリンの過半数を占めている (情報源: Physician's Desk Reference)。臨床的に承認されたヘパリン製剤は、in vitroでP-およびL-セレクチンを阻害する能力がさまざまであり、広範に変化する。注目すべき点として、LMWHは異なるUFH分解方法によって製造されている:TINZ、ヘパリナーゼを用いるβ-脱離反応的切断による; DALT、亜硝酸を用いる脱アミノ反応的切断による;およびENOX、アルカリを用いるβ-脱離反応的切断による。
【0028】
本発明は、抗凝血活性をほとんど失っているが、L-セレクチンおよび/またはP-セレクチン阻害活性を保持しているヘパリン画分を同定するための方法を提供する。本発明はさらに、ヘパリンまたはヘパリン画分を投与することを含んでなる、被験者における転移を抑制する方法を提供する。本発明は、被験者において実質的な抗凝血活性または望ましくない出血を生じることのない量の分画ヘパリンを被験者に投与することを含んでなる、被験者におけるL-セレクチンおよび/またはP-セレクチン介在転移を抑制する方法を提供する。一態様において、ヘパリンの濃度は抗Xaレベル1 IU/mlまたはそれ以下である。重要な点は、哺乳動物被験者において過度の抗凝血または望ましくない出血を引き起こす血漿濃度より低い濃度でセレクチン阻害が達成されることである。
【0029】
本発明の方法では、実質的な抗凝血活性または望ましくない出血を生じることのないヘパリン量が被験者に投与される。本明細書で用いる「実質的な抗凝血活性を生じることのないヘパリン量」とは、軽い抗凝血作用を起こすことがあるが、出血合併症を起こすことのないヘパリン量を意味する。
【0030】
望ましくない出血の臨床上の徴候および症状としては、尿や糞便への血液の混入、通常より重い月経、鼻血、小さな怪我または手術部位からの過度な出血が挙げられる。些細な打撲傷がそのような臨床発現を進行させることがある。望ましくない出血が起こる場合には、硫酸プロタミンを投与してヘパリン活性を中和することができる;しかしながら、これはFONDに関しては当てはまらない。
【0031】
本明細書中で述べるように、臨床用に製剤化されたヘパリンは、P-セレクチンおよびL-セレクチンがそれらのリガンドに結合するのを阻害することができる。そのような量および方法は、転移の抑制においても有用である。こうして、本発明は、被験者において実質的な抗凝血活性または望ましくない出血を生じることのない量のヘパリンを投与することを含んでなる、被験者におけるL-セレクチンおよびP-セレクチン介在結合を阻害する手段を提供する。L-セレクチンまたはP-セレクチン介在転移を抑制するために被験者に投与されるヘパリンの量は、軽い抗凝血作用を起こすことがあるが、副作用として望ましくない出血を生じることのないヘパリンの量である点に特徴がある。その結果、抗凝血治療のためにヘパリンを使用することに関連した出血合併症のような副作用の心配がない。一態様において、本発明は、L-セレクチンより低い濃度のヘパリンでP-セレクチンを阻害できることを実証し、したがって、P-セレクチンを選択的に阻害するための手段を提供する。
【0032】
被験者においてL-セレクチンおよびP-セレクチン介在転移を抑制するために投与されるヘパリンの量は、一部には、個体によって変わると考えられるが、一般的には、血漿1mLあたりヘパリン0.2ユニット未満をもたらす量でヘパリンを投与された正常な成体被験者は望ましくない出血を示さない。ヘパリンで治療した被験者を、当技術分野で周知の各種アッセイを用いて望ましくない出血についてモニタリングすることができる。例えば、血液凝固時間、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)、または抗Xa活性を用いて、ヘパリンを投与した被験者で凝血状態が望ましくないほど増加しているか否かを調べることができる。望ましくない出血が起こっている場合には、ヘパリンの投与を中止する。
【0033】
ヘパリンの投与量は、一部には、L-セレクチンが転移を媒介するのかまたはP-セレクチンが媒介するのか、したがって、P-セレクチンのみを、またはL-セレクチンとP-セレクチンの両方を阻害すべきなのかに係っている。例えば、抗凝血療法に用いた量より少ないヘパリンの量が、L-セレクチンと比べて実質的にP-セレクチンを阻害する目的で、被験者に投与される。また、被験者に投与されるヘパリンの量は、所望する治療効果の大きさによっても変わってくる。
【0034】
本発明はまた、P-および/またはL-セレクチン間の相互作用を阻害する転移阻害剤をスクリーニングして同定する方法をも提供する。この方法は、a) i) 複数のヘパリン分子を含むヘパリン製剤またはヘパリン画分であって、FDAにより承認されたヘパリンのタイプおよびロットから得られるもの、ii) L-セレクチンおよびP-セレクチンからなる群より選択される1種以上のセレクチン、iii) 前記セレクチンの1種以上に対するリガンド、を用意すること;b) a)i)をa)ii)およびa)iii)と同時にまたは連続的に、セレクチンをセレクチンリガンドに結合させる条件下で接触させること;およびc) ヘパリン製剤の非存在下と比較して、ヘパリン製剤の存在下での1種以上のセレクチンとリガンドとの結合レベルの低下を検出することを含んでなり、ここで、結合の低下が転移を抑制する組成物を示している。本明細書で提供する各種方法において有用なリガンドには、限定するものではないが、PSGL-1またはシアリル-Lewisx (SLex)が含まれる。リガンドは固定化してもよいし、例えば内皮細胞のような細胞上に存在してもよい。かかる細胞の例として、LS180細胞が挙げられる。
【0035】
例えば、P-またはL-セレクチンのキメラをプロテインAコーティングプレートに固定化して、様々な量のヘパリンの存在下で蛍光標識腫瘍細胞を結合させる。この方法を用いて、本発明は、抗Xa因子活性(in vivo抗凝血活性の予測因子)に対して正規化したとき、UFHが両方のセレクチンの最良の阻害剤であることを実証する(図1)。3種のLMWH間には大きな差異が認められ、TINZがDALTやENOXよりも高い阻害活性を示した。興味深いことに、FONDは、その強力な抗凝血活性のために特別に合成的に設計されたが、P-またはL-セレクチンのいずれをも阻害する能力がなかった。DALTおよびENOXはより高い抗Xa濃度でP-セレクチン結合を阻害することができた(図1、上のパネル)が、L-セレクチン結合を阻害する能力はほんのわずかであって(図1、下のパネル)。P-セレクチンの阻害はL-セレクチンより低い相対用量で得られたが、全体的な阻害順位(UFH>TINZ>DALT=ENOX>>FOND)は同じであった。
【0036】
さらに、投与されるヘパリンの量は、被験者体内でのヘパリンのバイオアベイラビリティは異なることが知られているので、個々の被験者によって変わるだろう。例えば、ヘパリンの投与量は、往々にして、体重1kgあたりのヘパリンのユニット数で投与される。しかしながら、被験者の血漿中の特定のヘパリン濃度を得るために必要なヘパリンの投与量(ヘパリンユニット/体重kg)は、ヘパリンのバイオアベイラビリティが異なるため、個体間で変化しうる。それゆえ、血漿1mLあたりのユニット数で表される被験者の血漿中のヘパリン濃度はより信頼できるヘパリン濃度の尺度となる。被験者における血漿ヘパリンの量は、硫酸プロタミンを用いる滴定および中和検定により測定することができる(これはFONDには当てはまらない)。
【0037】
本明細書で用いる「ヘパリン」とは、ヘパリン、低分子量ヘパリン、未分画ヘパリン、金属カチオン(例えば、ナトリウム、カルシウム、またはマグネシウム)もしくは有機塩基(例えば、ジエチルアミン、トリエチルアミン、トリエタノールアミンなど)により形成されるヘパリン塩、ヘパリンエステル、脂肪酸コンジュゲートとしてのヘパリン、ヘパリン胆汁酸コンジュゲート、およびヘパリン硫酸をさす。
【0038】
本明細書で用いる、P-セレクチンまたはL-セレクチンのそのリガンドとの結合に及ぼす所定濃度のヘパリンの効果に関する「結合を阻害する」とは、ヘパリンの非存在下での結合の量と比べて、P-セレクチンまたはL-セレクチンのそのリガンドとの結合の量の減少を意味し、結合の減少だけでなく結合の完全な阻害をも含めるものとする。
【0039】
本明細書で用いるヘパリンの「有効量」または「医薬として有効な量」とは、所望の治療効果を与えるのに十分な(しかし無毒性の)ヘパリン量を意味する。正確な必要量は、被験者の年齢、一般的な健康状態、細胞増殖性疾患もしくは他のP-および/またはL-セレクチン媒介疾患の重症度、投与される特定のヘパリン、ヘパリン画分などに応じて、被験者ごとに変わるだろう。個々のケースでの適切な「有効量」は、関係のあるテキストや文献を参考にして、かつ/またはルーチンな実験を用いて、当業者が決定しうる。
【0040】
「製薬上許容される」とは、生物学的にまたは他の点で望ましい物質により構成される担体を意味する。「担体」は、一般的に、活性薬剤以外の、医薬製剤中に存在する任意の成分を意味し、こうして、希釈剤、結合剤、滑沢剤、崩壊剤、充填剤、着色剤、湿潤剤もしくは乳化剤、pH緩衝剤、防腐剤などを含む。遅延および持続放出製剤は当技術分野の専門知識に基づいて製剤化することができる。
【0041】
本明細書で用いる「治療する」および「治療」とは、症状の重症度および/または頻度の低下、症状および/または根本原因の消失、症状および/またはその根本原因の発生の予防、ならびに損傷の改善または矯正を意味する。したがって、例えば、転移または細胞増殖性疾患(例えば癌)を治療する本発明の方法は、腫瘍病巣、細胞増殖能などの抑制または減少を包含する。
【0042】
本発明は、一態様において、転移性細胞の内皮への付着を抑制するために有効量のヘパリン(例えば、所望の分子量のヘパリン)を被験者に投与することを含む。
【0043】
本発明の方法および組成物において用いるヘパリンは、医薬品質の市販のヘパリン製剤または粗製のヘパリン調製物(哺乳動物の組織または臓器から活性ヘパリンを抽出する際に得られるもの)のいずれでもよい。市販の製品(USPヘパリン)はいくつかの製造元(例えば、SIGMA Chemical社, St. Louis, Mo.)から、一般的にはアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩(最も一般的にはヘパリンナトリウム)として入手可能である。あるいはまた、ヘパリンは哺乳動物の組織または臓器から抽出することもでき、例えばウシ、ブタ、ヒツジなどの特に腸粘膜または肺から当業者に公知のいくつかの方法を用いて抽出する(例えば、Coyne, Erwin, Chemistry and Biology of Heparin, (Lundblad, R. L.ら(編), pp. 9-17, Elsevier/North-Holland, N. Y. (1981)を参照されたい)。
【0044】
ヘパリンおよびヘパリン様化合物は植物の組織にも見出されており、この場合にはヘパリンまたはヘパリン様化合物が植物タンパク質と複合体の形で結合している。植物の組織に由来するヘパリンおよびヘパリン様化合物は、動物の組織から得られるヘパリンおよびヘパリン様化合物よりもかなり安価であるため、ことのほか重要である。
【0045】
ヘパリンまたはヘパリン様化合物(例えば、生理的に許容されるヘパリンの塩、またはその機能性類似体)を含有する植物は本発明にとって好適な供給源でもありうる。ヘパリンまたはヘパリン様化合物の代表的な植物源としては、ヨモギ(artemisia princeps)、nothogenia fastigia (紅藻)、copallina pililifera (紅藻)、cladophora sacrlis (青藻)、chaetomorpha anteninna (青藻)、aopallina officinalis (紅藻)、monostrom nitidum、マコンブ(laminaria japonica)、セイヨウナツユキソウ(filipendula ulmaria)(meadowsweet)、グロメ(ecklonia kuroma)(褐藻)、ケルプ(ascophyllum nodosum)(褐藻)、イチョウ(ginkgo biloba)、アオサ(ulva rigida)(青藻)、マナマコ(stichopus japonicus)、オタネニンジン(panax ginseng)、スピルリナ(spirulina maxima)、スピルリナ(spirulina platensis)、オオソゾ(laurencia gemmifera)(紅藻)、およびカラマツ(larchwood)が挙げられる。
【0046】
ヘパリンは低分子量ヘパリン(LMWH)であってもよいし、あるいは標準または未分画ヘパリンであってもよい。本明細書で用いるLMWHには、平均分子量が約3,000〜10,000ダルトン、典型的には約4,000〜8,000ダルトンのヘパリン製剤が含まれる。LMWHは上記範囲の上端を超えるサッカライドを、より少ない割合で含んでいてもよい。例えば、チンザパリンは8,000ダルトンより大きいヘパリンサッカライドを少量含んでいる。こうしたLMWHはいくつかの製造元から販売されている。本発明のヘパリン化合物は、当業者に公知で、当業者が採用している各種の分離または分画技法により調製することができる。そうした技法には、例えば、ゲル透過クロマトグラフィー(GPC)、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、限外ろ過、サイズ排除クロマトグラフィーなどが含まれる。
【0047】
LMWHは現在いくつかの異なる方法で製造されている:(i) 標準ヘパリン中に存在するLMWHの分画化、エタノールおよび/または分子ふるい(例えば、ゲルろ過または膜ろ過)による濃縮;(ii) 制御された化学的解重合(亜硝酸、β-脱離反応、または過ヨウ素酸酸化による);および(iii) ヘパリナーゼによる酵素的解重合。解重合の条件は、希望の分子量の生成物が得られるように注意深く制御する。通常は亜硝酸解重合を用いる。また、β-脱離反応によるヘパリンのベンジルエステルの解重合も用いられ、これはヘパリナーゼによる酵素的解重合と同じタイプの断片をもたらす。
【0048】
抗凝血活性が低く、かつ基本的な構造を保持するLMWHは、過ヨウ素酸酸化を用いる解重合により調製される。数種のLMWHが市販されている:(i) 分子量4000〜6000ダルトンの断片は、ブタ腸粘膜からのヘパリンナトリウムの制御された亜硝酸解重合によりKabi Pharmacia Sweden社によって製造される (米国特許第5,686,431号も参照のこと); (ii) 平均分子量4,500ダルトンのフラキシパリン(Fraxiparin)およびフラキシパリン(Fraxiparine)は、ブタ腸粘膜からのヘパリンカルシウムの、それぞれ分画化または制御された亜硝酸解重合によりSanofi社(Chaoy laboratories)によって製造される; (iii) ロベノックス(Lovenox)(エノキサパリン(Enoxaparin)およびエノキサパリン(Enoxaparine))は、ブタ腸粘膜からのヘパリンナトリウムのβ-脱離反応を用いる解重合によりFarmuka SF France社によって製造され、商標名クレキサン(Clexane)およびロベノックス(Lovenox)としてAventis社から販売される; および(iv) 分子量600〜20,000ダルトンで、70%以上が1500〜10,000ダルトンのロギパリン(Logiparin)(LHN-1, Novo, デンマーク)は、腸粘膜からのヘパリンのヘパリナーゼを用いる酵素的解重合により製造される。低分子量ヘパリン断片の例としては、限定するものではないが、エノキサパリン(enoxaparin)、ダルテパリン(dalteparin)、ダナプロイド(danaproid)、ガンマパリン(gammaparin)、ナドロパリン(nadroparin)、アルデパリン(ardeparin)、チンザパリン(tinzaparin)、セルトパリン(certoparin)およびレビパリン(reviparin)が挙げられる。
【0049】
別の実施形態において、本発明のヘパリン化合物は未分画ヘパリンから得ることができ、すなわち、最初に未分画ヘパリンを解重合して低分子量ヘパリンを取得し、次に対象のヘパリンを単離または分離することで得られる。未分画ヘパリンは、ウロン酸残基(D-グルクロン酸またはL-イズロン酸)とD-グルコサミン酸残基から構成された繰返しジサッカライドからなるポリサッカライド鎖の混合物である。これらのジサッカライドの多くはウロン酸残基および/またはグルコサミン残基上で硫酸化されている。一般に、未分画ヘパリンは、ヘパリンの供給源およびそれを単離するのに用いた方法に応じて、約6,000〜40,000ダルトンの範囲の平均分子量を有する。
【0050】
一実施形態において、ヘパリンはP-および/またはL-セレクチンと結合する能力を保持するが、非-抗凝血形態である。例えば、この実施形態に従うヘパリンは、ヘパリンのウロン酸残基の2-0位および/またはグルコサミン残基の3-0位でヘパリンを脱硫酸化することにより形成されたヘパリンを含む。ヘパリンおよびヘパラン硫酸は、D-グルクロン酸(GIcA)またはL-イズロン酸(IdoA)と、N-硫酸化された(GIcNS)、N-アセチル化された(GIcNAc)、または、時たま、置換されていない(GIcNH2)グルコサミン残基とを含む繰返しジサッカライド単位から構成される (Esko, J. D., and Lindahl, U. 2001. Molecular diversity of heparan sulfate. J. Clin. Invest. 108:169-173)。ジサッカライドはさらに、グルコサミン残基のC6またはC3およびウロン酸残基のC2で硫酸化されていてもよい。ヘパリンの強力な抗凝血活性は、硫酸化された糖単位とウロン酸エピマーの特殊な配列(アンチトロンビンの結合部位を形成する)に依存しうる。例えば、Wang, L.ら (2002) J Clin Invest, July 2002, Volume 110, Number 1, 127-136を参照されたい。2-0, 3-O-脱硫酸化ヘパリン(2/3DS-ヘパリン)は、当技術分野で公知の標準方法、例えばFryer, A.ら(1997) Selective O-desulfation produces nonanticoagulant heparin that retains pharmological activity in the lung(選択的O-脱硫酸化は肺で薬理活性を保持する非抗凝血ヘパリンをもたらす) J. Pharmacol. Exp. Ther. 282:208-219に記載される方法に従って製造することができる。ヘパリンおよび修飾ヘパリノイドの抗凝血活性は、例えばBuchanan, M. R., Boneu, B., Ofosu, F., and Hirsh, J. (1985) The relative importance of thrombin inhibition and factor Xa inhibition to the antithrombotic effects of heparin(ヘパリンの抗血栓作用に対するトロンビン阻害およびXa因子阻害の相対的重要性) Blood 65:198-201に記載されるアミド分解(amidolytic)抗Xa因子アッセイにより、分析することができる。
【0051】
ヘパリン(例えばヘパリン画分)は、単独でまたは他のP-および/またはL-セレクチン阻害剤と組み合わせて、P-および/またはL-セレクチンとP-および/またはL-セレクチンのリガンドとの相互作用を阻害することができる。相互作用を阻害するとは、例えば、P-および/またはL-セレクチンとそのリガンドが互いと適切に結合できないことを意味する。そのような阻害は以下のような様々な現象のいずれか1つの結果でありうる:P-および/またはL-セレクチンとリガンドとの相互作用を妨害または抑制する;P-および/またはL-セレクチンおよび/またはリガンドを、例えば切断または他の修飾により、不活性化する;P-および/またはL-セレクチンおよびリガンドのそれぞれに対する親和性を改変する;P-および/またはL-セレクチンおよび/またはリガンドの効力を弱める;P-および/またはL-セレクチンの表面原形質膜発現を妨げる、あるいはP-および/またはL-セレクチンおよび/またはリガンドの合成を低下させる;異常なP-および/またはL-セレクチンおよび/またはリガンドを合成する;選択的にスプライシングされたP-および/またはL-セレクチンおよび/またはリガンドを合成する;P-および/またはL-セレクチンおよび/またはリガンドの適正な立体配置的フォールディングを妨害または抑制する;P-および/またはL-セレクチンおよび/またはリガンドの結合特性を調節する;P-および/またはL-セレクチンおよび/またはリガンドを活性化または非活性化するのに必要なシグナルを妨げる;P-および/またはL-セレクチンおよび/またはリガンドを間違ったタイミングで活性化または非活性化する;あるいは、P-および/またはL-セレクチンおよび/またはそのリガンドの正常な合成または機能にとって必要な他の受容体、リガンドまたは他の分子を妨害する。
【0052】
本発明のヘパリンと組み合わせて使用できる他のP-および/またはL-セレクチン阻害剤の例としては、以下のものが挙げられる:P-および/またはL-セレクチンまたはそのリガンドの可溶性形態、阻害性タンパク質、阻害性ペプチド、阻害性糖質、阻害性糖タンパク質、阻害性糖ペプチド、阻害性スルファチド、P-および/またはL-セレクチンまたはそのリガンドの合成類似体、天然産物由来の特定の物質、顆粒放出の阻害剤、ならびにP-および/またはL-セレクチンまたはそのリガンドの合成または機能に必要な分子の阻害剤。
【0053】
例えば、P-および/またはL-セレクチンまたはそのリガンドの可溶性形態、あるいはその一部は、相補的分子上の結合部位についてそのコグネイト分子と競合することができ、それにより、膜結合型のP-および/またはL-セレクチンと細胞性リガンドとの結合を抑制または排除する。可溶性形態は、例えば天然に存在するP-および/またはL-セレクチンまたはリガンドの精製または分泌から、組換えP-および/またはL-セレクチンまたはリガンドから、あるいは合成したP-および/またはL-セレクチンまたはリガンドから、得ることができる。さらに、P-および/またはL-セレクチンまたはリガンドの可溶性形態には、例えば、トランケートされた可溶性の分泌形態、タンパク質分解断片、他の断片、ならびにP-および/またはL-セレクチンまたはリガンドの少なくとも一部と他の分子とのキメラ構築物も含まれる。P-および/またはL-セレクチンの可溶性形態はMulliganら, J. Immunol., 151: 6410-6417, 1993に記載されており、P-および/またはL-セレクチンのリガンドの可溶性形態はSakoら, Cell 75(6): 1179-1186, 1993に記載されている。
【0054】
本発明のヘパリンと組み合わせて使用できる阻害性タンパク質としては、以下が挙げられる: 抗P-および/またはL-セレクチン抗体(Palabricaら, Nature 359: 848-851, 1992; Mulliganら, J. Clin. Invest. 90: 1600-1607, 1992; Weyrichら, J. Clin. Invest. 91: 2620-2629, 1993; Winnら, J. Clin. Invest. 92: 2042-2047, 1993); 抗P-および/またはL-セレクチンリガンド抗体(Sakoら, Cell 75(6): 1179-1186, 1993); 酵素的切断により生成される阻害性抗体のFab(2)フラグメント(Palabricaら, Nature 359: 848-851, 1992); P-および/またはL-セレクチン-IgGキメラ(Mulliganら, Immunol., 151: 6410-6417, 1993); ならびに、P-および/またはL-セレクチンにより認識される糖鎖部分を発現するキャリアータンパク質。抗体はP-および/またはL-セレクチンまたはそのリガンド、またはそのサブユニットもしくは断片に対して誘導することができる。ポリクローナル抗体とモノクローナル抗体の両方とも本発明において使用可能である。一般的にはモノクローナル抗体を用いる。抗体はヒト抗体由来の定常領域および阻害性マウスモノクローナル抗体由来の可変領域を有する。ヒトP-および/またはL-セレクチンに対する抗体は、Palabricaら, Nature 359: 848-851,1992; Stone and Wagner, J. C. I., 92: 804-813, 1993に記載されており、マウスP-および/またはL-セレクチンに対する抗体はMayadasら, Cell, 74: 541-554, 1993に記載されている。ヒトリガンドに対する抗体はSakoら, Cell 75(6): 1179-1186, 1993に記載される。市販されているヒトP-および/またはL-セレクチンに対する抗体として、Becton Dickinson社(San Jose, Calif)から入手可能なクローンACl.2モノクローナル抗体が挙げられる。
【0055】
本発明のヘパリンと組み合わせて使用できる阻害性ペプチドは、例えば、P-および/またはL-セレクチンリガンド上の結合部位に結合することができ、その結果、P-および/またはL-セレクチンがリガンドと結合することによる相互作用が減少または消失する。阻害性ペプチドは、例えば、P-および/またはL-セレクチンの同じ一次結合部位またはその一部であってもよいし(Gengら, J. Biol. Chem., 266: 22313-22318, 1991)、異なる結合部位からのものであってもよい。阻害性ペプチドには、例えば、P-および/またはL-セレクチンリガンドと普通に結合するペプチドまたはその断片、合成ペプチドおよび組換えペプチドが含まれる。別の実施形態では、阻害性ペプチドはP-および/またはL-セレクチンまたはそのリガンド以外の分子と結合することができ、該分子はP-および/またはL-セレクチンおよび/またはそのリガンドの合成および/または機能をもたらすことに直接または間接的に関与するため、P-および/またはL-セレクチンとそのリガンドとの結合を妨げる。
【0056】
阻害性糖質としては、以下が挙げられる:シアリル-Lewis aまたはシアリル-Lewis xを含有するオリゴ糖、または関連する構造体もしくは類似体;2,6シアル酸を含有する糖質;抗凝血活性を消失させたヘパリン画分;ヘパリンオリゴ糖、例えばヘパリン四糖類または低分子量ヘパリン;ならびに他の硫酸化多糖類。阻害性糖質はNelsonら, Blood 82: 3253-3258, 1993; Mulliganら, Nature 364: 149-151, 1993; Ballら, J. Am. Chem. Soc. 114: 5449-5451, 1992; De Freesら, J. Am. Chem. Soc. 115: 7549-7550, 1993に記載されている。市販されている阻害性糖質としては、例えば3'-シアリル-Lewis x、3'-シアリル-Lewis a、ラクト-N-フコペントースIII、および3'-シアリル-3-フコシルラクトースが挙げられ、これらはOxford GlycoSystems社(Rosedale, N.Y.)から入手可能である。
【0057】
阻害性糖タンパク質、例えばPSGL-1(160kDの単一特異性P-および/またはL-セレクチンリガンド)、リソソーム膜糖タンパク質、シアリル-Lewis xを含有する糖タンパク質、ならびにP-および/またはL-セレクチンとそのリガンドとの相互作用を阻害する阻害性スルファチド(Suzukiら, Biochem. Biophys. Res. Commun. 190: 426-434, 1993; Todderudら, J. Leuk. Biol. 52: 85-88, 1992)も、本発明のヘパリンと組み合わせて本発明において使用することができる。
【0058】
P-および/またはL-セレクチンまたはそのリガンドの合成類似体または擬似体も阻害性物質として機能することができる。P-および/またはL-セレクチン類似体または擬似体は、形状および/または電荷分布がP-および/またはL-セレクチンに似ている物質である。P-および/またはL-セレクチンの少なくとも一部の類似体は、その対応する膜結合型P-および/またはL-セレクチンと、リガンド上の結合部位について競合し、それにより膜結合型P-および/またはL-セレクチンとリガンドとの結合を低下または消失させる。リガンド類似体または擬似体には、形状および/または電荷分布がP-および/またはL-セレクチンの糖質リガンドに似ている物質が含まれる。リガンドの少なくとも一部の類似体は、その対応する細胞性リガンドと、P-および/またはL-セレクチン上の結合部位について競合し、それによりP-および/またはL-セレクチンと細胞性リガンドとの結合を低下または消失させる。リガンド類似体を用いる特定の実施形態では、糖質リガンドのシアル酸が、該化合物の安定性を高める基であって、P-および/またはL-セレクチンに対するその親和性をまだ保持するかまたは増大させる基(例えば、適切なスペーサーをもつカルボキシル基)により置き換えられる。安定性を高めることの利点は、その物質を経口投与できるようになる点である。還元末端にグルカールを有するシアリル-Lewis x類似体およびガラクトース残基にβ-1,3-およびβ-1,6-結合で固定された2価シアリル-Lewis x もP-および/またはL-セレクチン結合を阻害する(DeFreesら, J. Am. Chem. Soc, 115: 7549- 7550, 1993)。
【0059】
さらに、顆粒放出の阻害剤は細胞表面でのP-および/またはL-セレクチン発現を妨害し、それゆえにP-および/またはL-セレクチン機能を妨げる。顆粒放出とは、P-および/またはL-セレクチンを含む貯蔵顆粒(すなわち、内皮細胞のWeibel-Palade小体または血小板の[agr]顆粒)のエキソサイトーシスによる分泌を意味する。顆粒膜と原形質膜との融合により、細胞表面でのP-および/またはL-セレクチンの発現がもたらされる。そのような物質の例として、コルヒチンが挙げられる(Sinha and Wagner, Europ. J. Cell. Biol. 43: 377-383, 1987)。
【0060】
活性物質には以下のものも含まれる:P-および/またはL-セレクチンおよび/またはリガンドの合成、翻訳後修飾、または機能に必要とされる分子の阻害剤、あるいはP-および/またはL-セレクチンおよび/またはリガンドの合成または機能を阻害する分子の活性化剤。かかる物質として、サイトカイン、増殖因子、ホルモン、シグナル伝達成分、キナーゼ、ホスファターゼ、ホメオボックスタンパク質、転写因子、翻訳因子および翻訳後因子、または酵素などがある。こうした物質には、例えばP-および/またはL-セレクチンおよび/またはリガンドを少なくとも部分的に不活性化または破壊することができる、電離放射線、非電離放射線、超音波、および毒性物質も含まれるものとする。
【0061】
上述したように、本発明の特定の実施形態では、活性物質はP-および/またはL-セレクチンまたはそのリガンド(例えばPSGL-1)に対するモノクローナルおよび/またはポリクローナル抗体でありうる。P-および/またはL-セレクチンまたはそのリガンドと反応性のマウス抗体または他の非ヒト抗体は、米国特許第6,210,670号、第6,177,547号および第5,622,701号(それぞれを参照として本明細書に組み入れる)に記載されるような、種々の免疫法を用いて取得することができる。ある方法では、非ヒト動物(通常は非ヒト哺乳動物)、例えばマウスをP-および/またはL-セレクチン抗原で免疫する。典型的な免疫原は、P-および/またはL-セレクチンにより安定的にトランスフェクトされて、これらの分子を細胞表面に発現している細胞である。その他の免疫原としては、P-および/またはL-セレクチンタンパク質、あるいは例示した反応性抗体と結合する、これらの分子のセグメントを含むP-および/またはL-セレクチンのエピトープ断片などがある。
【0062】
その後、免疫した動物から得られる抗体産生細胞を不死化して、複数のセレクチンと特異的に結合する抗体の産生について選別する。Harlow & Lane, Antibodies, A Laboratory Manual (C.S.H.P. N.Y., 1988)を参照されたい。
【0063】
本発明での使用が予想される、本発明のヘパリンと組み合わせて使用できる他のセレクチン阻害剤には以下のものが含まれる:P-および/またはL-セレクチン結合を遮断するヘパリン様物質(ヘパリノイド);セレクチン-リガンド相互作用を阻止する糖質分子フコイジンおよび合成糖誘導体、例えばOJ-R9188;グリチルレチン酸の炭素-フコシル化誘導体GM2296および他のシアリルLewis X グリコミメチック(glycomimetic)化合物;P-および/またはL-セレクチン発現の阻害剤、例えばミコフェノール酸モフェチル、プロテアソーム阻害剤ALLN、および抗酸化剤(例えばPDTC);スルファチドおよびスルファチド類似体、例えばBMS-190394;PSGLlの末端の19アミノ酸ペプチド、他のPSGL-1ペプチド、PSGL-1融合タンパク質、PSGL-1類似体、およびPSGL-1結合の選択的阻害剤(例えばβ-C-マンノシド);ZZZ21322から誘導されるベンゾチアゾール化合物、例えばCompound 2;および/またはスタチン類、特にMerck社からZocorとして販売されるシンバスタチン(Simvastatin)。
【0064】
特定の実施形態において、本発明は、本発明のヘパリンを単独でまたは他の阻害剤と組み合わせて送達するための促進剤(例えば、リポソームおよび/またはナノカプセル)の使用を意図しており、胃腸(GI)管から血流へのヘパリンの取り込みを促進する促進剤化合物との複合体が形成されるようにする。そのような製剤は、ヘパリン、抗体、および/または本明細書に記載した他の活性物質の医薬として許容される製剤の導入のために使用される。リポソームの形成および使用は当業者に公知である。例えばBacker, M.V.ら Bioconjug Chem 13(3):462-7を参照されたい。
【0065】
一実施形態では、1-(アシルオキシアルキル)イミダゾール(AAI)が無毒性のpH感受性リポソームとして本発明で使用される。AAIは、Chen, Fら (2003) Cytosolic delivery of macromolecules: I. Synthesis and characterization of pH-sensitive acyloxyalkylimidazoles(巨大分子のサイトソル送達:I. pH感受性アシルオキシアルキルイミダゾールの合成および特性決定) Biochimica et Biophysica Acta (BBA)--Biomembranes Volume 1611, Issues 1-2, pp 140-150に記載されるようにしてリポソームに取り込まれる。代表的な1-(アシルオキシアルキル)イミダゾール(AAI)は、脂肪酸のクロロアルキルエステルのイミダゾールによる求核置換により合成することができる。前者の化合物は脂肪酸塩化物とアルデヒドから製造できる。リポソームに取り込まれると、これらの脂質は、蛍光アッセイで測定して、1-(パルミトイルオキシメチル)イミダゾール(PMI)の場合の5.12から1-[(α-ミリストイルオキシ)エチル]イミダゾール(α-MEI)の場合の5.29までの範囲の見かけpKa値を示す。イミダゾール部分をプロトン化すると、脂質が表面活性となるが、これは赤血球に対する溶血活性により実証される。AAIは血清中だけでなく細胞ホモジネート中でも加水分解されうる。それらは、MTTアッセイで測定したとき、チャイニーズ・ハムスター卵巣(CHO)細胞およびRAW 264.7 (RAW)細胞に対して、生化学的に安定しているN-ドデシルイミダゾール(NDI)よりもかなり毒性が低くなっている。
【0066】
当技術分野では多くの吸収促進剤が知られており、本発明でも利用することができる。例えば、中鎖グリセリドは、腸粘膜からの親水性薬物の吸収を促進できることが実証されている (Pharm. Res. Vol 11:1148-54 (1994))。カプリン酸ナトリウムは細胞間隙経路による薬物の腸管吸収を促進することが報告されている (Pharm. Res. 10:857-864 (1993); Pharm. Res. 5:341-346 (1988))。米国特許第4,545,161号は、非イオン性界面活性剤(例えば、エチレンオキシドを脂肪酸、脂肪アルコール、アルキルフェノール、またはソルビタンもしくはグリセロール脂肪酸エステルと反応させることにより製造されるもの)を添加することにより、ヘパリンおよびヘパリノイドの経腸吸収性を増大させる方法を開示している。
【0067】
ヘパリンと一緒にスルホンおよび脂肪アルコールを同時投与することによる粘膜からのヘパリン吸収の促進方法を用いることが可能である(米国特許第3,510,561号)。Sacheらの米国特許第4,239,754号は、ヘパリンの経口投与用のリポソーム製剤を記載しており、これは長期の作用持続時間を意図したものである。ヘパリンはリポソームの内部または上に保持されるが、このリポソームは一般的に不飽和脂肪酸のアシル鎖を含むリン脂質から形成される。
【0068】
本発明のヘパリンの他の送達方法は、以下の特許に記載されている:Tengの米国特許第4,654,327号 (第四級アンモニウムイオンとの複合体の形をしたヘパリンの経口投与に関する)、Herrの米国特許第4,656,161号 (ヘパリンを非イオン性界面活性剤、例えばポリオキシエチレン-20セチルエーテル、ポリオキシエチレン-20ステアレート、他のポリオキシエチレン(ポリエチレングリコール)系界面活性剤、ポリオキシプロピレン-1 5ステアリルエーテル、パルミチン酸ステアリン酸スクロース、またはオクチル-β-D-グルコピラノシドと共に経口投与することにより、ヘパリンまたはヘパリノイドの腸管吸収性を増大させる方法を記載する)、Bauerの米国特許第4,695,450号 (ポリエチレングリコール、プロピレングリコールのような二価アルコール、またはグリセロールのような三価アルコールを含む親水性液体と、動物油、鉱油、または合成油のような疎水性液体との無水エマルジョンを記載する)、Bodorの米国特許第4,703,042号 (ポリアニオン性ヘパリン酸とポリカチオン性化学種との塩の経口投与を記載する)、Longeneckerらの米国特許第4, 994, 439号 (薬物を胆汁酸塩またはフシジン酸塩もしくはその誘導体と非イオン性洗剤(界面活性剤)との組合せと共に同時投与することにより、ペプチドやタンパク質のような高分子薬物の経膜吸収性を改善する方法を記載する)、Owenらの米国特許第5,688,761号 (主に、油中水型ミクロエマルジョン製剤を用いたペプチド薬物の送達に関し、該油中水型ミクロエマルジョン製剤は水性液体の添加により水中油型エマルジョンに簡単に変化して、それによりペプチドまたは他の水溶性薬物が放出される生体により吸収される)、Owenらの米国特許第5,444,041号、第5,646,109号および第5,633,226号 (タンパク質またはペプチドなどの生理活性物質を送達するための油中水型ミクロエマルジョンに関し、この場合には活性物質が最初はエマルジョンの内部水相に貯蔵されるが、この組成物は体液と混ざり合うと水中油型エマルジョンに変化し、このとき活性物質が放出される)、Einarssonの米国特許第5,714,477号 (ヘパリン、ヘパリン断片またはそれらの誘導体のバイオアベイラビリティを改善する方法であって、該活性物質を1種または数種の脂肪酸のグリセロールエステルと組み合わせて投与することによる方法を記載する)、Newの米国特許第5,853,749号 (生理活性物質を胆汁酸またはその塩および緩衝剤と共に投与することにより、腸をpH7.5〜9に緩衝するための製剤を記載する)。
【0069】
一実施形態において、本剤形は本来、遅延型放出であり、剤形からの組成物の放出が経口投与後には起こらないで、一般的には下部GI管で起こるようになっている。意図した放出部位に到達した後では、該剤形からの組成物の放出を制御する更なる機構が存在してもしなくてもよい。すなわち、剤形からの組成物の遅延放出は、意図した放出部位で即座に起こって、実質的にそこで完了してもよいし、あるいはまた、意図した部位での放出が長期間にわたって持続的に、または段階的もしくはパルス投与方式で起こってもよい。例えば、体外または体内埋込み型ポンプによりヘパリンを送達することができる。こうしたポンプは基底量および/またはボーラス量のヘパリンの送達が可能である。
【0070】
上述したように、本発明のヘパリンは、単独でまたは別のセレクチン阻害剤と組み合わせて、転移性癌細胞のP-および/またはL-セレクチンへの結合を阻害するのに有効な量で投与される。この結合は当技術分野で公知のいくつかの方法でアッセイすることができる。
【0071】
本発明のヘパリンは、単独でまたは別のセレクチン阻害剤と組み合わせて、治療上の投与のために様々な製剤に組み込むことができる。さらに特定すると、ヘパリンは、単独でまたは他の薬剤と組み合わせて、適切な製薬上許容される担体もしくは希釈剤と混合することにより医薬組成物に製剤化することができ、また、スラリーや溶液のような液状形態を含めて、様々な剤形に製剤化することができる。活性物質の投与は経口投与により行うことができる。
【0072】
本発明で使用するのに好適な製剤は、Remington's Pharmaceutical Sciences (Mack Publishing Company, Philadelphia, Pa., 19版 (1995))に見出すことができる(その教示内容を参照として本明細書に組み入れる)。さらに、薬物送達法の短いレビューについては、Langerら (1990) Science 249:1527-1533を参照されたい(その教示内容を参照として本明細書に組み入れる)。本明細書に記載する医薬組成物は当業者に公知の方法で製造することができ、すなわち、従来の混合、溶解、微粒子化、乳化、封入、または凍結乾燥法を用いて製造する。以下の方法および添加剤は単なる例示であって、決して限定するものではない。
【0073】
本発明で用いるのに適した医薬組成物は、活性成分が治療に有効な量で含まれている組成物である。投与される組成物の量は、当然、治療しようとする被験者、被験者の体重、疾患の重症度、投与方法、そして医師の判断によって変わるだろう。有効量の決定は、特に本明細書に提供される詳細な開示に照らして、当業者が容易に行うことができる。
【0074】
本発明の医薬組成物は、従来の方法を用いて、例えば混合、溶解、顆粒化、微粒子化、乳化、カプセル化、封入、メルトスピニング、噴霧乾燥、または凍結乾燥により製造することができる。しかし、最適な医薬製剤は投与経路と希望する投与量に応じて当業者により決定される。そうした製剤は、投与される薬剤の物理的状態、安定性、in vivo放出速度、およびin vivoクリアランス速度に影響しうる。治療すべき症状に応じて、これらの医薬組成物を製剤化し、全身的または局所的に投与することができる。
【0075】
本発明の医薬組成物はまた、いくつかの経路で投与することができ、かかる経路には、限定するものではないが、局所、直腸、経口、膣内、鼻腔内、経皮が含まれる。経腸投与方式としては、例えば、経口(バッカル、舌下など)および直腸投与が挙げられる。経上皮投与方式としては、例えば、経粘膜投与と経皮投与が挙げられる。経粘膜投与には、例えば、経腸投与、ならびに鼻、吸入、および深肺投与;膣投与;および直腸投与が含まれる。経皮投与には、受動的または能動的経皮方式(例えば、パッチ、イオン電気導入装置など)、ならびにペーストまたは軟膏の局所適用が含まれる。
【0076】
医薬組成物は適当な製薬上許容される担体を含むように製剤化され、また、活性化合物の製剤への加工を促進する医薬用の賦形剤および補助剤を任意に含むことができる。一般的には、投与方式によって担体の種類が決まるだろう。組織または細胞への投与の場合は、浸透すべき特定のバリアーに相応しい浸透剤が製剤に用いられる。この種の浸透剤は一般に当技術分野で公知である。特定の製剤の場合には、ポリオール(例えば、ショ糖)および/または界面活性剤(例えば、非イオン性界面活性剤)のような安定化剤などを含めることができる。
【0077】
こうした製剤は、限定するものではないが、以下のような1種以上の医薬用添加剤を含むことができる:a) 希釈剤、例えば乳糖、デキストロース、ショ糖、マンニトール、またはソルビトールなどの糖類;b) 結合剤、例えばケイ酸アルミニウムマグネシウム、コムギ、イネ、ジャガイモなどのデンプン;c) セルロース材料、例えばメチルセルロース、ヒドロキシプロピルエチルセルロース、およびカルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリビニルピロリドン、アラビアゴムやトラガカントゴムなどのゴム類、ならびにゼラチンやコラーゲンなどのタンパク質;d) 崩壊剤または可溶化剤、例えば架橋ポリビニルピロリドン、デンプン、寒天、アルギン酸もしくはその塩(アルギン酸ナトリウムなど)、または発泡性組成物;e) 滑沢剤、例えばシリカ、タルク、ステアリン酸またはそのマグネシウムもしくはカルシウム塩、およびポリエチレングリコール;f) 香味剤および甘味剤;g) 着色剤または色素、例えば製品の識別または活性薬剤の量(投与量)を特徴づけるためのもの;ならびにh) 防腐剤、安定剤、膨潤剤、乳化剤、溶解促進剤、浸透圧調整用の塩類、および緩衝剤のような他の成分。
【0078】
医薬組成物は活性物質の塩として提供することができ、かかる塩は、塩酸、硫酸、酢酸、乳酸、酒石酸、リンゴ酸、コハク酸などの多くの酸を用いて形成される。塩は、水性溶媒または他のプロトン性溶媒(対応する遊離塩基形態である)中に比較的溶解しやすい。
【0079】
上で述べたように、活性物質自体および該物質の製剤の特性は、投与される物質の物理的状態、安定性、in vivo放出速度、およびin vivoクリアランス速度に影響しうる。そのような薬物動態的および薬力学的情報は、前臨床in vitroおよびin vivo研究を通して収集し、その後臨床試験の過程でヒトにおいて確認することができる。こうして、本発明の方法で用いる化合物については、哺乳動物(特にヒト)の治療に有効な量を、生化学および/または細胞に基づくアッセイから最初に推定する。その後、動物モデルにおいて投与量を処方して、P-および/またはL-セレクチン結合を調節する望ましい治療用量範囲を得ることができる。
【0080】
化合物の毒性および治療効力は、標準的な薬学的手法を用いて、in vitroヒト臍帯静脈内皮細胞のような細胞培養物で、または、例えばLD50(母集団の50%致死量)およびED50(母集団の50%有効量)を決定するための、実験動物で調べることができる。
【0081】
本発明の方法では、投与のタイミングおよび順序を調節する、効果的な投薬レジメンが使用される。活性物質の薬用量には、有効量の活性物質を含む投薬単位が含まれる。
【0082】
典型的には、活性物質、例えばヘパリンは、医薬組成物中に1回量あたり約1mg〜3,000mgの濃度範囲で、より典型的には1回量あたり約40mg (10,000単位)〜2,700mg (300,000単位)、または約50mg〜600mgの濃度範囲で存在するだろう。しかしながら、ヘパリン製剤に応じて、例えば、それがセレクチン阻害濃度を有する画分である場合は、より少ないヘパリンを与えるだろう。一実施形態では、GI管からの吸収を高めるように構成された錠剤またはカプセル剤として活性物質を投与する。別の実施形態では、約50mg〜500mgの全投与量で、典型的には50mg (6,250単位)、100mg (12,500単位)、250mg (31,250単位)または500mg (62,500単位)の全投与量で経口投与するのに適した固体形態またはカプセル形態中に活性物質を加える。
【0083】
1日量は個々の活性物質の比活性に応じて広範囲に変化しうる。投与経路ごとに、体重、体表面積、または臓器の大きさを考慮して適量を計算する。最終的な投薬レジメンは、医師が良好な医療プラクティスに照らして、薬物の作用を改変する様々な要因(例えば、活性物質の比活性、病状の重症度、患者の応答性、患者の年齢、体重、性別および食事、いずれかの感染の経験など)を考慮した上で、決定することになる。考慮しうる更なる要因としては、投与時間および回数、薬物の組合せ、反応感受性、および治療に対する耐性/応答が挙げられる。本明細書に記載する製剤のいずれかを必要とする治療に適した投与量の更なる改善は、当業者が過度の実験なしにルーチンに、特に開示された投与量情報およびアッセイ、ならびに臨床試験で観察された薬物動態データを考慮して、行うことができる。適切な投与量は、体液または他のサンプル中の活性物質の濃度を測定するための確立されたアッセイを用量応答データと共に用いることにより、確かめることができる。
【0084】
投与回数は活性物質の薬物動態パラメーターおよび投与経路によって変わる。所望の効果を維持するのに十分なレベルの活性物質を供給するように、投与量および投与回数を調整する。したがって、医薬組成物は、活性物質の所望の最低レベルを維持するために必要な、1回量で、複数回の分割量で、連続注入により、持続放出デポー製剤で、またはこれらの組合せにより、投与することができる。
【0085】
短時間作用性の医薬組成物(すなわち、半減期が短い)は1日1回または2回以上(例えば、1日2回、3回、または4回)投与することができる。長時間作用性の医薬組成物は3〜4日ごと、毎週1回、または2週に1回投与することが可能である。
【0086】
製薬上許容される担体で製剤化された本発明の活性物質を含む組成物は、調製して、適当な容器に入れた後、表示した症状の治療についてのラベルを貼ることができる。ラベル上に表示される症状としては、限定するものではないが、細胞増殖性疾患および転移の治療が挙げられる。また、キットも意図されており、かかるキットには、医薬組成物の剤形と、医学的症状の治療に該組成物を使用することに関する説明書を含むパッケージ内印刷物が含まれる。
【0087】
一般に、本発明で用いる活性物質は被験者に有効量で投与される。有効量とは、一般に、(1)治療を受けようとする疾患の症状を軽減する、(2)治療を受けようとする疾患の治療にとって適切な薬理学的変化を引き出す、および/または(3)治療を受けようとする疾患の症状を予防する、のに有効な量である。
【0088】
本明細書に開示した結果は、ヘパリンの治療薬として確立された記録と併せて、ヘパリンが抗凝血治療に必要な量より少ない量でP-および/またはL-セレクチンに基づく相互作用を阻害するのに有用でありうることを示している。特に、本発明は、チンザパリン中に存在する比較的高分子量の(例えば、8,000ダルトンを超える)ヘパリンを含むヘパリン画分を提供する。理想的には、ヘパリン画分は8,000ダルトンを超えるが、望ましくない副作用またはバイオアベイラビリティの低下をまねくほどに高分子量ではない。こうして、本発明は、実質的な抗凝血活性または望ましくない出血を生じない量のヘパリンを被験者に投与することにより、被験者でのP-および/またはL-セレクチン結合を阻害する方法を提供する。さらに、P-および/またはL-セレクチン関連病理を有する被験者に、実質的な抗凝血活性または望ましくない出血を生じない量のヘパリンを投与することにより、被験者のP-および/またはL-セレクチン関連病理を治療する方法を提供する。
【0089】
P-および/またはL-セレクチンが病理生理学的役割を担っている特定の急性および慢性症状は、本発明の方法を用いて治療することができる。例えば、白血球、好中球、マクロファージ、好酸球、または他の免疫細胞のホーミングまたは接着がL-セレクチンと内皮細胞リガンドとの相互作用により媒介される望ましくない免疫反応は、本発明の方法に従ってヘパリンを被験者に投与することによって、抑制することができる。例えば、好中球接着の阻害は、酸素フリーラジカルと関連活性(結果的に組織損傷をもたらし、また、心筋梗塞に見られる心筋収縮機能の低下をもたらす)により開始される損傷のカスケードを中断することができる。同様に、好中球や血小板のような細胞のP-および/またはL-セレクチン媒介接着は、この活性が望まれないのであれば、被験者において阻害することができる。したがって、本発明の方法を用いて、慢性免疫疾患または急性炎症反応の重症度を軽減することができる。
【0090】
被験者に投与する場合、ヘパリンは医薬組成物として投与される。そのようなヘパリンの医薬組成物は市販されており、ヘパリンの投与プロトコルも当技術分野で周知である。本発明を実施する際には、そうした組成物および投与プロトコルを都合よく利用することができる。当業者には知られていることだが、特定のヘパリン医薬組成物の選択は例えば投与経路に左右され、また、ヘパリンの医薬組成物は様々な経路で、例えば非経口的に、特に静脈内に投与することができる。ヘパリン組成物は静脈内もしくは皮下注射により投与することができ、その投与はボーラス注射であっても連続注入であってもよい。さらに、ヘパリンの粘膜吸収形態は経口的に、直腸に、または吸入により投与することができるが、ただし達成されるヘパリンの血中濃度が被験者において実質的な抗凝血活性または望ましくない出血をもたらすヘパリン濃度を超えてはならない。
【0091】
以上、本発明について一般的に説明してきたが、本発明の更なる態様は、例示的な、しかし限定的ではない以下の具体的開示から明らかとなろう。
【実施例1】
【0092】
材料: 次の材料をUCSD Medical Center Pharmacyから購入した: American Pharmaceutical Partners製の未分画ヘパリンナトリウム(UFH) (20,000U/ml; ロット番号302523、333246); 米国Pharmion製のイノヘップ(Innohep) (チンザパリン、TINZ) (デンマークのLEO Pharmaceutical Products社からライセンスを受けた;20,000IU/ml; ロット番号E9867AおよびG3371A); Pharmacia製のフラグミン(Fragmin) (ダルテパリン、DALT) (5000IU/0.2ml; ロット番号94250A51、94683A02および94802A01); Aventis製のロベノックス(Lovenox) (エノキサパリン、ENOX) (30mg/0.3ml; ロット番号30324、9367および9369); ならびにSanofi-Synthelabo製のアリクストラ(Arixtra) (フォンダパリヌクス, FOND) (2.5mg/0.5ml; ロット番号0010000003および0170000010)。特に断らない限り、残りの全ての化学薬品はセントルイスのSigma Chemical社から購入した。
【0093】
細胞株: LS180ヒト大腸腺癌細胞およびMC38GFP細胞(EGFPにより安定にトランスフェクトされたマウス大腸癌細胞株)を培養した。マウスメラノーマB16F1細胞を10%FCS含有DMEM中で培養した。全ての培地および添加物はGibco社(Invitrogen)製であるが、FCSはHyClone社からのものであった。細胞はすべて37℃、5%CO2でインキュベートした。使用前に、2mM EDTAを含むPBS中37℃で5〜10分間インキュベートすることで細胞を剥がし、Ca2+、Mg2+およびグルコースを含むPBS中で洗浄してから同じバッファー中に懸濁させ、静脈内注射に供した。
【0094】
マウス: C57BL/6JマウスをJackson Laboratories (Bar Harbor, Maine)から購入し、標準固形飼料と水を自由に与えて、12時間の明暗サイクルで維持した。一部のマウスはこれらのC57BL/6Jマウスのケージ内繁殖により得られた。購入した全てのマウスは、実験を開始する前に、到着後最低でも1週間、動物飼育器で順応させた。全ての実験は、大学のIACUCにより承認されたプロトコルに従ってAAALAC公認の飼育器内で行った。
【0095】
セレクチンへのLS180結合のヘパリン阻害: ヘパリンのレベルはそれらの抗Xa活性に基づいて正規化された。固定化ヒトセレクチン-Fcキメラへの細胞の結合を研究したが、カルセインAMをロードしたLS180細胞を使用した。結果は対照の結合に対するパーセントとして表され、次式を用いて算出した: 100*(ヘパリン値−EDTA値) / (バッファーのみの値−EDTA値)。各抗凝血物質はそれぞれの相対濃度で3回反復ウェルにて試験した。
【0096】
血漿抗Xa濃度によるヘパリン投与量のタイトレーション: PBSでさまざまな最終濃度に希釈した100μlのUFH、TINZ、またはFONDをマウスに皮下注射した。30分後、30μlの1OmM EDTAを含む1cc注射器に心臓穿刺により採血した。サンプルを2,000rcf、24℃で2回遠心分離して血漿を回収した。この血漿を抗Xa活性について分析するまで-80℃で保存した。155μLの25mM HEPES/150mM NaCl/pH7.5中のヒトアンチトロンビン(3.3μg/ウェル) (Enzyme Research Laboratories)およびヒトXa因子(0.02μg/ウェル) (Enzyme Research Laboratories)を1.25μLの血漿サンプルに加え、次いで25μg/ウェルの合成Xa因子発色基質(Chromogenix)と共にインキュベートした。15分後に50μl/ウェルの20%酢酸を添加して反応を停止させた。生じた発色団を405nmで測定した。血漿ヘパリン濃度は、ヘパリン添加マウス血漿サンプルの標準曲線に対して比較することにより抗Xa単位/mlで計算した。標準品およびサンプルを3回の反復実験で分析した。「1×」投与に用いる最終量は、UFHが6.56U、TINZが7.32IU、FONDが0.0033mgとなった。「3×」はその量の3倍を使用した。
【0097】
実験的癌腫転移アッセイ: マウスに100μLのPBSまたは100μL PBS中のヘパリンを皮下注射した。30分後、500,000個のMC38GFP細胞を外側尾静脈に注入した。各実験群からのマウスには代わり番に注入し、細胞は、各注入のためにサンプルを吸引する前に、チューブを軽くゆすって再懸濁させた。注入の27日後、マウスを安楽死させ、肺を摘出して、溶解液中のEGFP蛍光を定量した。
【0098】
実験的メラノーマ転移アッセイ: 癌腫転移アッセイで記載したプロトコルを用いてマウスにヘパリンおよび500,000個のB16F1細胞を注入した。注入の17日後、マウスを安楽死させ、10%緩衝ホルマリンによる気管灌流を行い、肺を摘出して10%緩衝ホルマリン中に入れた。肺を最低でも24時間固定させ、個別にホルマリンから取り出し、デジタルカメラを使って写真を撮った。肺の重さを測るために、肺をホルマリンから取り出し、それを短時間ろ紙上に置いて過剰の液体を除き、その後Sartorius分析スケールで測定した。
【0099】
ヘパリンジサッカライド分析: ジサッカライド分析はUCSD Glycotechnology Core Facilityにより行った。簡単に説明すると、5μgの各ヘパリンを乾燥させ、100mM 酢酸ナトリウム、0.1mM 酢酸カルシウム、pH7.0中に再懸濁させ、5mUずつのヘパリンリアーゼI、II、およびIIIと共に37℃で18時間インキュベートした。サンプルを2分間煮沸し、予め洗浄したMicrocon 10フィルターを通した。その後サンプルを乾燥させ、MilliQ水に再懸濁して、60分にわたる50〜1000mMの塩化ナトリウム勾配を有するpH3.5のMilliQ水を用いてDionex ProPac PAlアニオン交換カラムでHPLCにより分離した。蛍光検出を伴うポストカラム誘導体化は、Eldexデュアルチャンネルポンプを用いて溶出液流中で2-シアノアセトアミド(1%)を250mM NaOHと混合することにより行った。その後、この溶出液を130℃に加熱したEppendorf TC-40反応コイルに送り、続いて冷却浴に、最後に励起光346nm、蛍光410nmに設定したJasco蛍光検出器に送った。この方法の感度は〜5ピコモルである。
【0100】
ヘパリンサイジング: TosoHaas TSKG2000SW HPLCカラムは0.4ml/分で10mM KH2PO4、0.5M NaCl、および0.2% Zwittergent (Calbiochem)を用いて運転した。ブルーデキストランを用いてボイドボリューム(空隙容量)を決定した。含めたボリュームをマークするための内部対照として用いるために、シチジン一リン酸(CMP、0.5μg)を全サンプルにスパイクした。2つの異なるロットのヘパリンを評価した。各サンプルをMilliQ水で総容量10μlとした。UV吸収を波長206nmで45分の運転の間モニタリングした。別の運転では、より多量のTINZ (19.5μl TINZおよび2.5μg CMPマーカー)を同じカラムにかけて、200μl画分を集め、sLex(本明細書中のアッセイの詳細を参照)とのP-セレクチン結合に対するその阻害活性について評価した。各画分中のウロン酸の量を標準的なカルバゾールアッセイで定量した。
【0101】
sLexとのP-セレクチン結合の阻害アッセイ: 高結合性96ウェルELISAプレートに一晩かけて50mM炭酸塩バッファー、pH9.5中のsLex-PAA (Gycotech, Maryland)をコーティングした。プレートをHPLCランニングバッファーの1:5希釈物(2mM KH2PO4、0.1M NaCl、および0.04% Zwittergentの最終濃度)で2回すすぎ、その後HPLCランニングバッファーの1:5希釈物+0.5% BSAで1時間ブロックした。ヒトP-セレクチンキメラはヤギ抗ヒトIgG-AP (BioRad)と予め複合体を形成させたが、それは、回収したHPLC画分の1:5希釈物(つまりカラムバッファーでの該画分の希釈物)またはヘパリン標準品の存在下で混合しながら室温で1時間行った。ブロックしたプレートにサンプルを添加し、室温で2〜3時間インキュベートした。このプレートをHPLCバッファーの1:5希釈物+0.5% BSAで2回、次にHPLCバッファーの1:5希釈物で2回すすいだ。AP基質溶液(150μl; 10mM p-ニトロフェニルホスフェート、100mM Na2CO3、1mM MgCl2、pH9.5)をプレートに添加して室温で発色させた。405nmでの光学密度をSpectraMax 250プレートリーダーで読み取った。1単位の阻害活性は、アッセイの直線範囲内で、セレクチン結合の1%阻害と任意に定義した。結果は全阻害単位として表され、次式を用いて算出される: 100* [(max結合−不明の結合) / (max結合−min結合)] * (200/μl 阻害アッセイで試験した画分)、ここで「max結合」はヘパリン溶出前に溶出した画分の存在下での結合量であり、「min結合」は0.5IU/ml TINZの存在下での結合量である。
【0102】
ヘパリン投与を正規化するためのマウス薬物動態研究: UFH、TINZおよびFONDを比較する更なる研究を行った(それゆえ、セレクチン阻害作用の範囲が網羅される)。これらのヘパリンのマウスでの薬物動態についての優れた資料を文献から入手することはできない。実際、従来のマウス研究のほとんどは高用量のUFHを使用しており、おそらくヒト臨床用には受け入れられない抗凝血作用をもたらすだろう。転移アッセイでこれらのヘパリンを試験する前に、それぞれの投与されたヘパリンが臨床上受け入れられる同様のin vivo抗Xaレベルを与えるように、投与を正規化するための試験を行った。皮下送達はLMWHの典型的な投与経路である。したがって、臨床的に適切な抗Xaレベルを達成するようにヘパリンの皮下用量を最適化した。静脈血栓塞栓症をヘパリンで治療する際の患者の治療レベルは、一般的には注射の3〜4時間後に測定して、LMWHについて約1単位/mlの抗Xa因子である。ヘパリンの皮下用量は、マウスでほぼ同様の血漿抗Xaレベルを達成するように体系的に投与した。「1×」UFH、TINZ、およびFONDの1回の注射量がこの範囲内で平均抗Xaレベルをもたらすように決定された(図2A、ヒトの場合と同様に、1回の皮下用量の効果には個体間でかなりのばらつきが見られる)。血漿抗Xaレベルは皮下送達の30分後に分析し、これは、計画した転移実験で腫瘍細胞が血管に注入されるときである。しかし、薬物動態研究から、TINZはヒトよりもマウスにおいて一層速く事実上クリアランスされることが示され、ヒトでは1日1回量で抗凝血を維持するのに十分である。ヘパリンの1回量を「1×」から「3×」に増やして、抗Xaレベルを分析した(図2B)。ここで、初期ピークレベルは臨床的に許容されるレベルよりもやや高いかもしれないが、実際には臨床上適切なレベルがより長い間持続するだろう。これらの薬物に関して患者に見出される濃度範囲に近づくように、「1×」と「3×」の両方のヘパリン量が転移実験のために使用された。
【0103】
癌腫転移は特定のヘパリンによってのみ減少する: 以後の全てのin vivo研究は、腫瘍細胞が静脈内に注入される「実験的」転移モデルを利用した。この方法は、腫瘍細胞が血管に入ってから最初の2,3時間以内における腫瘍細胞と血液細胞との相互作用を、知られた時点に(すなわち、「自然発生的」転移実験は不適当である)制御された方法で研究する機会を提供する。我々の実験では、腫瘍細胞を注入する前にヘパリンの1回ボーラス注射を利用した。
【0104】
ヒトおよびマウス大腸癌細胞の実験的転移は、腫瘍細胞を注入する30分前に100UのUFHを静脈内注射することで少なくなることが実証されている。腫瘍細胞の注入前に12.5または60IUのUFHを用いる第三者による研究でも、メラノーマ細胞の転移の減少が示された。ヘパリンが転移を減少させる可能性を示しているが、これらの研究と従来の大部分の研究は、臨床的に受け入れられないヘパリン用量を用いて行われた。より臨床的に適切な設定でのヘパリン治療を評価するために、「1×」および「3×」投与でUFH、TINZ、およびFONDを比較する転移アッセイを行った。マウスにヘパリンまたはPBS対照を「1×」投与または「3×」投与で皮下注射してから30分後に、セレクチンリガンドを保持することが分かっている同系MC38GFP大腸癌細胞を静脈内注入した。「1×」投与を採用した結果は、観察されたin vitroセレクチン阻害活性(すなわち、UFH>TINZ>>FOND)と一致した転移の減少傾向を示した(図3A)。しかしながら、これらの結果は統計的に有意でなかった。「3×」ヘパリンの注射は、UFHとTINZに関しては転移のほぼ完全な減少をもたらしたが、FONDとPBS間ではまだ有意差を与えなかった(図3B)。とりわけ、この用量のFONDは、臨床的抗凝血の許容範囲以上の血漿抗Xaレベルをもたらした(図2B)。
【0105】
メラノーマ転移のヘパリン阻害もセレクチン阻害活性に依存する: MC38GFP細胞で得られた結果は、大腸癌転移の阻止と、ヘパリンのP-およびL-セレクチン阻害能との関係を実証している。この減少が他の癌転移モデルにも応用できるかを調べるために、UFH、TINZ、またはFOND(対照としてPBS)を「1×」または「3×」投与でマウスに皮下注射してから30分後にB16F1メラノーマ細胞を静脈内注入した。注入の17日後に、肺を切除し、転移病巣の存在を評価した。病巣を数える代わりに、肺の重さを測定して、腫瘍細胞を注入しなかったマウス由来の肺の重さと比較した。この方法は他の研究者によっても使用されており、肺の物理的様相と非常によく相関した(図4参照)。「1×」のヘパリン投与を受けたマウスでは、UFHおよびTINZを投与されたマウスにおいて統計的に有意な転移の減少が観察された(図4A)。この場合もFONDは何の効果も示さず、肺はPBSを注射したマウスの肺と同様であるように見えた。ヘパリンの量を「3×」投与に増加させたら、UFHおよびTINZ処置に関して転移のさらに大きな減少が観察され、肺の重さは腫瘍細胞を受け取らなかったマウスの肺と同様であった(図4B)。再度、FONDは、より高い投与量でさえも、転移に対して何の効果も及ぼさなかった。したがって、メラノーマ細胞の注入直前に投与される低用量UFHおよびTINZの1回ボーラス注射は、転移を減少させることができる。こうした傾向は大腸癌細胞で観察されたものと一致し、多数の腫瘍細胞型にわたるセレクチン阻害の重要性(および抗凝血作用の重要性の欠如)を確認するものである。
【0106】
セレクチンを阻害するLMWHの様々な能力はジサッカライド組成と相関しない: ヘパリンは、硫酸化および異性化パターンの多分散分布を有する複雑な多糖類である。硫酸化パターンが、化学的に修飾されたヘパリンのセレクチン阻害能に影響を及ぼしうることは以前に示されている。これら3種のLMWH製剤の異なる調製方法が与えられるとすれば、明確に区別される硫酸化パターンがそれらの異なったP-およびL-セレクチン阻害能を説明できるかもしれない。FONDの構造はよく知られている。UFHの2つのロットそれぞれと、3種のLMWHのそれぞれのジサッカライド組成は、「材料と方法」に記載したように評価した。各ジサッカライドのパーセンテージに有意差のないことが分かった。したがって、各種LMWH間に観察された阻害の差異は、基本的な硫酸化パターンの大きな差によるものでないと思われる。むしろ、それは高次構造および/または全体的な長さに起因するにちがいない。後者の可能性を支持して、我々の以前の研究は、1〜7ジサッカライドの範囲での長さの増加がP-およびL-セレクチンを阻害する能力の向上と相関することを実証した。
【0107】
サイズ分画は抗凝血活性に比して強力なセレクチン阻害特性を有するヘパリンを同定する: ヘパリン製剤に付いているパッケージ内印刷物によれば、TINZはDALTまたはENOXのいずれよりも高分子量(HMW)のヘパリン断片を含むようである。8000ダルトンを超える断片の量は、TINZが22〜36%、DALTが14〜26%、そしてENOXが0〜18%であると明記されている。このHMW含有量の起こりうる差異が我々のサンプルに存在するかを検討するために、5種すべてのヘパリンに対してサイズ排除HPLC分析を行った。各ヘパリンのサイズプロファイルはUV吸収を206nmでモニタリングすることで決定した(図5A)。3種のLMWHのそれぞれはUFHよりも著しく小さいサイズ範囲のヘパリン断片を含んでいた。ENOXはTINZとDALTのいずれよりも低い分子量プロファイルを有する。TINZとDALTの平均分子量は類似しているように見えたが、TINZのプロファイルのほうがDALTよりも広範囲であった。したがって、TINZは、DALTには存在しない比較的高分子量の分子を少量含んでいる(図5A)。
【0108】
この比較的大きな断片の小集団が不釣合いにもP-セレクチン阻害に関与しているのかを調べるため、TINZのより大きいアリコートのHPLCサイズ分離後に画分を回収した。各画分中のヘパリンの全量は、標準カルバゾールアッセイを用いてウロン酸含有量を測定することにより決定した。画分を、それらのP-セレクチン阻害単位の総数について評価した。大量のP-セレクチン阻害活性が少数の最高分子量の画分に認められた(図5B)。実際、この活性は、ウロン酸がサンプル中に検出される前にも見られ、このことは、比較的少量のHMW物質が大きなP-セレクチン阻害活性をもつことを示している。この結果は、阻害活性を判定する上で長さが重要な要素となるという我々の仮説を支持するものである。
【0109】
TINZのサイズ分画プロファイルにおける抗Xa単位の総数を評価する場合(図5B)、P-セレクチン阻害のピークと抗Xaのピークにはずれがあることが分かる。事実、これらの変数を各画分中のウロン酸量に対して正規化すると、非常に大量のP-セレクチン阻害活性と最低の抗Xa活性を含む画分の小サブセット(画分28〜32、グラフの頂部に斜線のボックスで示す)が存在することが見て取れる(図5B)。こうして、市販のヘパリンは、所与の濃度で、P-セレクチンのそのリガンドへの結合を阻害することができる一方で、凝血過程には最小限の影響しか及ぼさない、断片のサブセットを含んでいる。
【0110】
癌と過度の全身血栓症との密接な関係は十分に実証されており、そうした状況での抗凝血の必要性は明らかである。抗凝血が癌の拡がりに影響するか否かが本開示において取り組まれる。これまでの多くの研究は、マウスにおける固形腫瘍転移のUFH阻害を検証しており、また限られたデータからは、その効果がヒトにも関係するらしいことが示唆される。それゆえ、基本的な仮説は、抗凝血が転移プロセスを弱める上での主な作用メカニズムであるということであった。先に述べたように、ヘパリンは、全体的な固形腫瘍の生物学に関係するとされる多くの作用を有する、生物活性分子の複雑な混合物である。データからは、循環中の腫瘍細胞の初期生存に関係するヘパリン作用は、おそらく液相凝固経路を介した血管内フィブリン形成の遮断とともに、P/L-セレクチンの阻害に主に起因することが示される。提案されるように手術に際してヘパリンが投与されるならば、その他の作用は、腫瘍細胞が活動的に血管内に存在していない間には患者に有益であろう。というのは、ヘパリンは原発性腫瘍の増殖および浸潤を抑えるだけでなく、確立された転移病巣の成長をも血管新生やへパラナーゼなどの阻害により抑制する能力があるからである。
【0111】
ほとんど全てのげっ歯類での研究は、ヘパリンを比較的高用量で使用しており、現在市販されている様々なタイプのヘパリンを臨床上適切な用量で用いる分析は行われていなかった。本明細書では、P-およびL-セレクチンをin vitroで阻害する各種ヘパリンの能力が、2つの異なるタイプの同系マウス腫瘍の転移を抑制するそれらの能力と相関することを初めて実証する。この転移の減少はヘパリンの抗凝血活性とは無関係であることも示される。なんとなれば、すぐれた抗凝血剤であるFONDには、同一レベルの臨床的に許容される抗Xa活性(in vivoで測定)で転移を抑制する能力が一切なかったからである。これに関して、ヒルジン(強力な抗トロンビン)を用いたマウスでの転移抑制の最近の研究は、ヒトに推奨された用量をかなり上回る用量を使用し、時にはアッセイの検出上限を超える抗凝血レベルを引き起こしたこともあった。したがって、高用量のヘパリンおよびヒルジンが腫瘍転移を支援するフィブリン形成に及ぼす、これまでに報告された効果は真実であるようだが、それらはヒト患者の臨床現場にはあまり適切ではない。最近になって、多臓器血栓塞栓症の、血小板と白血球が媒介するP/L-セレクチン依存性の細血管異常性凝固障害は、ヒルジンの存在下でさえ、マウスに腫瘍ムチンを注入することで誘発されることが報じられた。
【0112】
本明細書に提示したデータは、セレクチン阻害が臨床上適切な用量で腫瘍転移に影響を及ぼすヘパリンの重要な作用であることを示している。in vitroでP-およびL-セレクチンを阻害する各ヘパリンの能力の順位は、in vivoでの転移抑制効果と合致した。さらに、これらの研究では、2,3時間のうちに体内からクリアランスされる、臨床的に許容される抗Xaレベルをもたらすヘパリンの1回ボーラス注射が採用された。したがって、これに続く他のヘパリン作用(例えば、血管新生阻害、へパラナーゼ阻害など)の多くは開示した転移研究に無関係であると考えられるが、それは、1回量ヘパリンがこうした相互作用に影響するほど長く体内に留まっていないからである。さらに、ヘパリンのこうした他の作用は、記載した転移モデルではセレクチン効果より後に起こる。なぜなら、腫瘍細胞は血管に直接導入され、そこでP-およびL-セレクチンを保有する血球および内皮細胞と最初に相互作用するからである。ヘパリン連続投与の臨床設定では、それらは様々な状況でいろいろな程度に貢献するかもしれないし、しないかもしれない。注意すべき点は、臨床現場では、ヘパリンが(ヒトではその増大した半減期のため)投与後に比較的長く循環系に留まっていると思われる点である。また、治療が比較的長期間に及ぶことも考えられる。したがって、こうした1回注射の研究で見られた劇的な効果は、臨床現場ではより一層顕著であるだろう。
【0113】
血小板および白血球は、腫瘍細胞の表面に発現されたセレクチンリガンドと相互作用することによって転移を支援することができる。しかし、これらの研究で用いたメラノーマ細胞株は、セレクチンリガンドの主成分であるsLexを低レベルで発現することが以前に示され、また、我々の研究室で行った実験は、組換えP-セレクチンがこれらの細胞に結合することは少ないことを示した。このことは、メラノーマ細胞のヘパリンによる阻害が内因性セレクチンリガンドとの相互作用(例えば、PSGL-1とP-セレクチン間)にも起因しうることを示唆している。これを裏付けることとして、最近、腫瘍細胞のまわりの血小板凝集物は、それらがP-セレクチンリガンドを担持していないときでさえ起こりうることが見出された。P-セレクチンのヘパリン阻害および/またはL-セレクチンの他の作用の遮断によるこれらの血小板凝集物の妨害は転移を少なくするのに十分であるかもしれない。それゆえ、ヘパリン治療は、患者の腫瘍細胞がセレクチンリガンドを担持している、そうした患者に必ずしも限定されない。
【0114】
本研究は、原発性悪性腫瘍を切除するための手術(この間に悪性細胞が血管に入ることがある)に関連して、手術前、手術中および手術後のヘパリン治療を評価する今後の臨床試験をデザインするための方法を提供する。それはまた、P/L-セレクチン結合の強力な阻害剤であることが知られているヘパリン製剤を選択することの重要性を示している。ここに提示したin vitroおよびin vivoデータは、TINZがDALTやENOXよりも転移フリーの生存を増加させること、また、FONDがこうした結果に何の影響も及ぼさないことを示している。したがって、DALT治療を用いて患者の生存を向上させている最近の臨床試験にTINZを加えたならば、かれらの試験はより一層大きな効果を奏した可能性がある。本明細書で確認されたものはLMWHであり、これは慣例的に有害な副作用のリスクが少なく、しかもセレクチン阻害を介して転移を減少させることもできる。さらに、TINZの様々な画分を評価している本研究は、患者の凝血状態に影響を与えない極低用量で投与できるが、顕著なP-セレクチン阻害能を依然保持するヘパリン断片のサブセットを単離することがついには可能であるにちがいない、ことも示している。最後に、抗凝血剤治療は血栓症を治療するためにどのみち癌患者には必要になることが多いので、本データは、抗凝血剤を選択するにあたってより一層の注意を払うべきであることを示している。というのは、抗凝血とは無関係の方法で生存を向上させることができるかもしれないからである。
【0115】
本発明がどのようにして効を奏するかについての理論を理解する必要はないが、開示したヘパリンおよびヘパリノイドの考えられる作用メカニズムをここで考察しておく。すなわち、抗凝血およびセレクチン阻害に対する作用の差異について考えられる理由の短い考察が必要である(詳細については図6参照)。最も考えられる理由は、P-セレクチンのレクチンドメインの延長した二重サイト性、および細胞表面を巻き込んだセレクチンリガンド結合の多価結合活性によるものである。これは、FONDに見出せる正確な構造の特定要件を有するペンタサッカライド結合サイト(比較的長いヘパリン鎖の長さに沿って散在した状態で見出せる)を1つだけ巻き込むヘパリン-アンチトロンビン結合と対照的である。こうした概念は図6にモデル化され、図面で説明される。もう一つの考えられる(相互に排他的ではない)解釈は、陰イオン性のポリサッカライドの長さが増加するにつれて、コンフォメーションや電荷の変化を含めて、多くの変化が鎖の中央部で起こりうるという事実にある。したがって、延長したヘパリン鎖はP/L-セレクチンによって好まれる新規の内部特徴を備えているのかもしれない。
【0116】
抗凝血活性は低下しているが、他の活性を保持している新しいタイプのヘパリンのデザインについては、以前に述べられている。しかし、そのような新規改変型ヘパリンは、それらがヒトでの使用のために最終的に承認される前に、完全な前臨床およびフェーズI〜III臨床試験を行う必要があろう。本開示は、特別な改変がまったく必要でなく、有効な製剤は現在FDAにより承認された形のヘパリンの断片のサブセットから単離できる可能性があることを示している。
【0117】
本研究は、転移を減らす際のヘパリンによるP/L-セレクチン阻害の重要性に取り組んでいるが、こうした知見は、P/L-セレクチンが重要であると分かっている他の多くのヒト疾患の治療にも意味のあることである。こうした疾患としては、炎症性疾患、例えばアレルギー性皮膚炎、喘息、アテローム性動脈硬化、炎症性腸疾患;虚血-再灌流障害がきわめて重要な役割を担っている疾患、例えば臓器移植、閉塞した冠状動脈の血管形成術後の心筋機能障害など (Bevilacquaら, Annu Rev Med (1994) 45:361-78; Loweら, J Clin Invest (1997) 99:822-6; およびLey K., Trends Mol Med (2003) 9:263-8); ならびに鎌状赤血球貧血症のような他の疾患 (Matsuiら, Blood (2002) 100:3790-6)が挙げられる。
【実施例2】
【0118】
細胞株: MC38GFP細胞は、増強型緑色蛍光タンパク質(GFP)で安定にトランスフェクトされたマウス大腸癌細胞であり、これらの細胞を培養して、注入に備えた。
【0119】
マウス: C57BL/6J (WT)マウスは、Jackson Laboratories (Bar Harbor, Maine)から購入したか、またはこれらのマウスのケージ内繁殖により得られた。購入した全てのマウスは、実験を開始する前に、到着後最低でも1週間、動物飼育器で順応させた。P-およびL-セレクチンがいずれも欠損しており(PL-/-)かつC57BL/6Jバックグラウンドについて同系であるマウスは当技術分野で知られている。全てのマウスに標準固形飼料と水を自由に与えて、12時間の明暗サイクルで維持した。実験はAAALAC公認の飼育器内で行った。IACUCの勧告を踏まえて、「生存」研究では、エンドポイントとして死亡を採用しなかったが、代わりにマウスが明らかに死にかかった状態(ほとんど動かない、うずくまる、呼吸が速い、餌も水も要求しない)になったときには安楽死させた。
【0120】
実験的癌腫転移アッセイ: マウスに100μLのPBSまたは100μL PBS中のヘパリン(100Uまたは19.68Uのいずれか)を皮下注射した。ヘパリンまたはPBSの注射は、腫瘍細胞の注入に対してt=−0.5h、+6h、および+12hに行った。MC38GFP細胞を外側尾静脈に注入した(t=0)。WTマウスが死にかかっているように見えた場合は安楽死させた。全ての生存マウスは注入の50日後または55日後に安楽死させた。転移を調べるため、切除した肺の病巣を肉眼で数え、かつ/または肺ホモジネートのGFP蛍光を定量した。
【0121】
P-およびL-セレクチンの両方の欠損は、腫瘍細胞を静脈内注入されたマウスの生存を著しく延長させた。PL-/-マウスでの転移病巣発生の減少は実験的転移研究で実証されている。しかしながら、これらの研究は、最初のWT対照マウスが死にかかった時点で終了した。したがって、P-およびL-セレクチン欠損が生存を高めることができることについては、決して評価されていない。WTおよびPL-/-マウスに同系のマウス大腸癌細胞を静脈内注入して、より長期間にわたってモニタリングした。死にかかったときだけ各動物を安楽死させたが、その際の典型的な検死の所見では、肺実質が集蜜的な腫瘍細胞塊によってほぼ完全に置き換えられていた。最初のWTマウスは腫瘍細胞の注入後33日目に安楽死させた(図8)。生存しているWTマウスの数は経時的に減少し続けたが、腫瘍細胞の注入後55日目の研究終了日に死にかかっているように見えたPL-/-マウスは皆無であった(図8)。しかし、PL-/-マウスの半数以上には55日目に肉眼で見える肺転移が観察された。したがって、P-およびL-セレクチン欠損の場合の生存の延長は、劇的であったものの、この実験をもっと長く続けていたならば、絶対的であったとは言えないだろう。長く生きているPL-/-マウスがそれでもいくつかの転移病変を発症したという事実は、これらの動物においてヘパリンが何らかのさらなる効果を示すか否かを調べるための機会を提供した。
【0122】
高用量ヘパリンはP-およびL-セレクチン欠損マウスにおいて転移をさらに減少させる。以前の研究は、P-セレクチンが血行性転移カスケードの非常に早い時点での転移においてある役割を(おそらく腫瘍細胞のまわりでの血小板凝集を促進することにより)果たしているらしいことを示した。機能的な阻止抗体を用いた研究に基づくと、L-セレクチンはまた、やや遅い時点で、腫瘍細胞注入の約6〜18時間後から、比較的早期の役割も果たしているようである。100Uのヘパリンを腫瘍細胞注入の0.5時間前、または腫瘍細胞注入の6時間および12時間後のいずれかに注射すると、WTマウスにおいて転移病巣の形成が著しく減少した。これらの研究でのヘパリンの作用メカニズムは主にP-および/またはL-セレクチンを阻害するその能力によると考えられる。この仮説を追求するために、PL-/-マウスにPBSまたは100UのヘパリンをGFPトランスフェクト大腸癌細胞の注入に対して同じく−0.5h、+6h、および+12hの時点で注射した。これらのマウスは50日にわたって試験を続け、少なくとも一部のマウスに転移病巣が形成されるようにした。肺ホモジネートのGFP蛍光を転移病巣形成の指標として定量したとき、3回のヘパリン注射を受けたPL-/-マウスでは、対照のPBS注射を受けた該マウスと比較して、相当な減少が観察された(図9)。したがって、これらの高用量ヘパリン注射は転移を少なくする上で何らかのさらなる作用を有しており、かかる作用はセレクチン阻害活性とは無関係である。
【0123】
先に述べたように、ヘパリンは、抗凝血を含めて、他にも多くの潜在的な抗転移作用を有している。いくつかの実験的研究は、抗トロンビン剤であるヒルジンを用いた抗凝血が転移を減らせることを実証している。こうした研究の一つでは、20mg/kgのヒルジンが腫瘍細胞の静脈内注入の直前、4時間後、その後は1日おきに10日間、マウスに投与された。転移病巣の形成が著しく抑えられることが観察された。別のグループは、腫瘍細胞注入の20分前に10mg/kgのヒルジンをマウスに注射した。この場合も、ヒルジン処置により腫瘍細胞による肺停止が減少することが検証された。しかし、ヒルジンによる抗凝血を腫瘍細胞注入時に測定した場合、結果は検出限界をほとんど全てが超えていた(活性化部分トロンボプラスチン時間試験での凝固時間>300秒)。この用量は最初に記載した研究で投与した量の半分ほどであったので、投与した用量で過度の抗凝血が達成されたとすれば、両セットの結果は臨床的に適切でない可能性が非常に高い。未分画ヘパリンを、セレクチン阻害活性をもたない合成ペンタサッカライドのフォンダパリヌクス(Fondaparinux)と比較した。臨床的に許容される同様のレベルの抗凝血を与えたとき、ペンタサッカライドは血行性転移に何の影響も及ぼさなかった。マウスの実験で通常用いられる100Uのヘパリン量は、やはり臨床使用には受け入れられないレベルの抗凝血をもたらす。
【0124】
臨床上許容される用量のヘパリンは、P-およびL-セレクチン阻害とは関係のない転移に対して有意な影響を与えない。本研究では、未分画ヘパリンを臨床的に許容されるレベルで投与して、UFHが転移を制限する上でP-およびL-セレクチンの阻害を越えた付加的な作用をもつかを検討した。こうして、P-セレクチンとL-セレクチンを阻害するために、同じく3つの時点でヘパリンを投与する同様の実験を行った。以前の実験(図9)で投与された高用量ヘパリンとは対照的に、臨床的に適切な用量のヘパリンを使用した。肉眼で見える転移病巣の数を数える(図10A)、または肺ホモジネート中の蛍光を定量する(図10B)ことにより分かるように、P-およびL-セレクチン欠損の設定では、臨床上適切なヘパリン注射は転移に顕著な影響を及ぼさなかった(ヘパリンを用いるとわずかに改善される傾向があったが、これはいずれの測定でも統計的に有意でない)。
【0125】
このヘパリン用量は、WTマウスにおいて転移病巣の形成に劇的な効果を与えることがこれまでに示されている。P-およびL-セレクチンの両方が欠損しているマウスではさらなる効果が何も観察されなかったので、臨床上適切な用量のヘパリンは主にP-およびL-セレクチンの阻害を介して転移を抑えると結論づけられた。当然ながら、転移へのセレクチン寄与と同じ線形経路内にある1以上のさらなるメカニズムをもヘパリンが阻害するという可能性が常に存在する。しかしながら、実験的転移モデル(ここでは、腫瘍細胞が血管に直接注入されて、直ちに血液細胞と相互作用する)では、セレクチンは転移カスケードの最も早い段階で関与していると思われる。したがって、カスケードのこれら早期段階を阻害することは、ヘパリンの他の下流作用をほとんど無関係にするだろう。さらに、この実験で投与されたヘパリンの用量は2,3時間のうちにクリアランスされるので、ヘパリンのさらなる作用の多く(例えば、ヘパラナーゼおよび血管新生の阻害)は研究した時間枠の間では多分関係ないだろう。この期間中にはケモカイン類とのヘパリン結合も関係している可能性がある。
【0126】
本発明のいくつかの実施形態について説明してきたが、本発明の精神および範囲を逸脱することなく、様々な改変をなし得ることが理解されるであろう。したがって、特許請求の範囲には他の実施形態も含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0127】
【図1】図1は、臨床上使用されるヘパリン製剤が、P-およびL-セレクチンの癌腫リガンドへの結合を阻害する能力の点で、著しい差異があることを示す。固定化したセレクチンキメラへのヒト大腸癌細胞の結合を、ある濃度範囲の異なるヘパリンの存在下で試験した。対照の結合はバッファーのみの存在下で測定したものであり、2.5mM EDTA中でバックグラウンド値を測定した。各ヘパリン濃度は3回反復して試験し、提示したデータはこれらの実験からの結果を代表する。
【図2】図2は、抗Xa単位の治療域が1回量のヘパリンにより達成されることを示す。抗Xaレベルは複数のマウスからの血漿中のレベルであり、各マウスに各種ヘパリンの1回の「1×」または「3×」皮下用量を投与してから30分後に測定した。各白丸は1匹のマウスを表し、水平バーは平均値を表す。
【図3】図3は、大腸癌細胞の転移の阻害が臨床上許容されるレベルのUFHおよびTINZで達成され、FOND(合成ペンタサッカライド)には全く効果がないことを示す。マウスに「1×」ヘパリン(A)または「3×」ヘパリン(B)(または対照としてPBS)を皮下注射し、30分後にMC38GFP細胞を静脈内注入した。27日後にマウスを安楽死させ、肺ホモジネートの蛍光を定量することで転移を評価した。各白丸は1匹のマウスを表し、水平バーは平均値を表す。P値は、両側(two-tailed)、不平等分配として、スチューデントのt検定により求めた。
【図4】図4は、セレクチン阻害活性を有するヘパリンがメラノーマ細胞の転移を抑えることを示す。マウスに「1×」ヘパリン(A)または「3×」ヘパリン(B)(または対照としてPBS)を皮下注射し、30分後にB16F1細胞を静脈内注入した。17日後にマウスを安楽死させ、気管から肺にホルマリンを灌流し、その後ホルマリン中で最低24時間固定させた。肺の重さを測定することで転移を定量化したが、肺の重さは写真(代表的な写真を定量化の下に示す)によって証明される肺の物理的外観とよく相関した。各白丸は1匹のマウスを表し、水平バーは肺の重さの平均値を表す。P値は、両側(two-tailed)、不平等分配として、スチューデントのt検定により求めた。
【図5】図5は、TINZによるセレクチン阻害が、主に、比較的低い抗Xa活性を有する高分子量断片により媒介されることを示す。(A)5種のヘパリン(UFH、3種のLMWH、およびFOND)のアリコートをHPLCサイズ排除システムにかけて、206nmでの吸収を追跡することでそれらのサイズプロファイルを評価した(示したクロマトグラムの関連部分はt=17.5〜33.3分である)。開放矢印は合成ペンタサッカライドFONDの溶出を示す。(B)TINZのアリコートを図5Aと同じHPLCシステムにかけ、UV検出器の後で0.5分の画分を集めた。各画分中のウロン酸の全量(μg)をカルバゾールアッセイで定量した。P-セレクチンとsLexとの結合を阻害する各画分の能力を測定したが、その際、全ての読み取り値が直線範囲(約30〜70%阻害)に入るように適度に希釈した。1阻害単位は、P-セレクチン結合の1%阻害と任意に定義される。各画分中の抗Xa単位の総数をもこのアッセイの直線範囲において決定した(活性がまったく検出されない場合は、このアッセイの最低検出限界を採用した)。総阻害単位および総抗Xa単位は総ウロン酸含有量に対して正規化された。ウロン酸がサンプル中に検出されなかった場合は、このアッセイの最低検出限界を計算のために採用した。グラフの頂部の斜線ボックスは画分28〜32を示し、これらの画分は、ウロン酸含有量に対して正規化したとき、高いP-セレクチン阻害活性と最小の抗Xa活性を有する。
【図6】図6は、セレクチン阻害活性と高分子量ヘパリン画分の考えられるメカニズムの簡単な説明を示す。この説明は例であって、いかなる場合も開示した方法および組成物をこのメカニズムに限定するものではない。P-セレクチン(活性化された血小板または内皮細胞のいずれかにより提示される)は、2つの結合ポケットをもつことが知られている。すなわち、1つはその天然リガンドPSGL-1(白血球上に提示される)のシアリルLewis X部分のためのポケットであり、もう1つはチロシン硫酸リッチ領域のためのポケットである (Somersら, Cell (2000) 103:467-79)。PSGL-1の後者の領域はカルボン酸側鎖を有するアミノ酸にも富んでいる。他のP-またはL-セレクチンリガンドは硫酸化、シアリル化ムチンであってもよく、これらは内皮細胞または癌細胞上に提示される。明らかに、これらは負に荷電した硫酸基およびカルボン酸基を高密度で提示する分子でもある。ヘパリンは、その高密度の硫酸基およびカルボン酸基によって、すなわち同様の「クラスター化されたサッカライドパッチ」を提示して、これらの天然の病理学的リガンドをまねることができる。ヘパリン鎖が(FONDのように)非常に短い場合は、それは1度に1サイトをブロックできるにすぎず、それはきわめて弱い阻害剤となる(上のパネル)。やや長いヘパリン鎖はP-セレクチン上の両方の結合サイトと相互作用することができ、いくらかの阻害活性を有するだろう(真ん中のパネル)。一層長い鎖は複数のP-セレクチン分子をブロックすることができ、P-セレクチンリガンドを巻き込んだ細胞-細胞相互作用の結合活性にさらに劇的な影響を与えるだろう(下のパネル)。これに対して、アンチトロンビン-Xa因子複合体は可溶性の複合体であり、アンチトロンビンに結合しかつXaの不活性化を触媒するのに、単一のペンタサッカライド(FONDに見出せる配列と同一の配列を有する)が必要であり十分でもある。ヘパリン分子の長さを増加させても、その配列中にアンチトロンビン結合性のペンタサッカライドが2以上存在しないかぎり、その結果が変わることはないだろう。しかしながら、細胞:細胞相互作用におけるP-セレクチンとそのリガンドとの多価マルチサイト結合の場合と違って、アンチトロンビン-Xa相互作用に対する効果は相加的であるにすぎないだろう。P-セレクチンにより認識されるヘパリン構造の特異性もこのモデルには詳述されていない。しかしながら、我々および第三者(本文参照)による以前の研究は結合親和性の連続性を示しており、その際には6-O-硫酸化が必要である。
【図7】図7は、正常な生理学および血行性転移におけるP-およびL-セレクチンとリガンドとの相互作用を示す。ヘパリン療法は白血球、血小板および内皮細胞と、腫瘍細胞および内因性リガンドとの相互作用を阻害することによって、転移を最小限に抑えることができる。
【図8】図8は、P-およびL-セレクチン欠損が血行性転移の実験的モデルにおいて長期生存率を向上させることを示す。WTマウスとPL-/-マウスにMC38GFP大腸癌細胞を静脈内注入した。マウスの様子を毎日観察し、死にそうなときには安楽死させて肺転移病巣の存在を確認した。生存マウスの数を、腫瘍細胞注入後の日数に対してプロットする。PL-/-マウスは全てが終了時に正常なように見えたが、7匹のうち5匹には肉眼で見える肺転移病巣があった。
【図9】図9は、高用量ヘパリンがP-およびL-セレクチン欠損マウスの生存率をさらに向上させることを示す。PL-/-マウスに腫瘍細胞をt=0に静脈内注入し、PBSまたはPBS中の100Uの未分画ヘパリンをt=−0.5h、+6h、および+12hに皮下注射した。注入後50日でマウスを安楽死させ、肺ホモジネートの蛍光を定量することで肺転移の形成を評価した。P値は、両側(two-tailed)、不平等分配として、スチューデントのt検定により求めた。
【図10】図10AおよびBは、臨床的に適切なレベルのヘパリンの投与が、P-およびL-セレクチンの両方を欠損させたマウスにおいて、転移病巣の形成に有意な効果を及ぼさないことを示す。PL-/-マウスに腫瘍細胞をt=0に静脈内注入し、PBSまたはPBS中の19.68Uの未分画ヘパリン(UFH)をt=−0.5h、+6h、および+12hに皮下注射した。注入後55日でマウスを安楽死させ、可視的病巣の数を数える(A)、または肺ホモジネートの蛍光を定量する(B)(分割されたy軸に注意)ことにより、肺転移の形成を評価した。P値は図9と同様に求めた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セレクチン活性を阻害するための組成物をスクリーニングする方法であって、
a) 下記のi)〜iii):
i) 複数のヘパリン分子を含むヘパリン製剤であって、FDAにより承認されたヘパリンのタイプおよびロットから得られる該製剤;
ii) L-セレクチンおよびP-セレクチンからなる群より選択される1種以上のセレクチン;
iii) L-セレクチンおよびP-セレクチンからなる群より選択される1種以上のセレクチンのリガンド;
を用意するステップ;
b) a)i)をa)ii)およびa)iii)と同時にまたは連続的に、セレクチンをセレクチンリガンドに結合させる条件下で接触させるステップ;
c) ヘパリン製剤の非存在下と比較して、ヘパリン製剤の存在下での1種以上のセレクチンとリガンドとの結合レベルの低下を検出するステップ;
を含んでなり、結合の低下がセレクチン活性を阻害する組成物を示している、上記方法。
【請求項2】
結合レベルの低下が、in vivo抗凝血活性および望ましくないin vivo出血からなる群より選択される1以上の活性をもたらすヘパリンの濃度より低いヘパリン製剤の濃度を用いて検出される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ヘパリン製剤の濃度が、血管新生阻害、ヘパラナーゼ阻害、およびサイトカイン結合からなる群より選択される活性をもたらすヘパリンの濃度より低い濃度である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
ヘパリン製剤の濃度がE-セレクチンとE-セレクチンリガンドとの結合のレベルを低下させない、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
1種以上のセレクチンとリガンドとの結合レベルの低下をもたらすヘパリンの濃度が、in vivoで過剰なまたは危険な抗凝血活性をもたらすヘパリンの濃度より2倍〜50倍低い濃度である、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
リガンドがPSGL-1である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
リガンドがシアリル-Lewisx (SLex)である、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
リガンドが固定化されている、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
リガンドが細胞上に存在する、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
細胞が内皮細胞である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
細胞がHL-60細胞である、請求項9に記載の方法。
【請求項12】
ヘパリン製剤をL-セレクチン関連病理の治療薬として同定することをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
ヘパリン製剤をP-セレクチン関連病理の治療薬として同定することをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
セレクチン活性を阻害するための組成物をスクリーニングする方法であって、
a) 下記のi)〜iii):
i) 複数のヘパリン分子を含むヘパリン製剤であって、FDAにより承認されたヘパリンのタイプおよびロットから得られる該製剤;
ii) L-セレクチンおよびP-セレクチンからなる群より選択される1種以上のセレクチン;
iii) L-セレクチンおよびP-セレクチンからなる群より選択される1種以上のセレクチンのリガンド;およびiii)ヘパリン;
を用意するステップ;
b) a)i)のヘパリン製剤を分画化して、ヘパリン分子を含む複数の画分を、該画分中のヘパリン分子のサイズに基づいて、単離するステップ;
c) b)の各画分をa)ii)およびa)iii)と同時にまたは連続的に、セレクチンをセレクチンリガンドに結合させる条件下で接触させるステップ;
d) 該画分の非存在下と比較して、該画分の存在下で1種以上のセレクチンとリガンドとの結合のレベルを低下させる1以上の画分を同定するステップ;
を含んでなる、上記方法。
【請求項15】
リガンドがPSGL-1である、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
リガンドがシアリル-Lewisx (SLex)である、請求項14に記載の方法。
【請求項17】
リガンドが固定化されている、請求項14に記載の方法。
【請求項18】
リガンドが細胞上に存在する、請求項14に記載の方法。
【請求項19】
細胞が内皮細胞である、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
細胞がHL-60細胞である、請求項18に記載の方法。
【請求項21】
請求項14に記載の方法により同定されたヘパリン画分。
【請求項22】
約8,000〜40,000ダルトンのヘパリン多糖体を含む、請求項21に記載のヘパリン画分。
【請求項23】
ヘパリナーゼによりβ-脱離反応的に切断された、少なくとも8,000ダルトンの分子量を有するヘパリン多糖体を含む、請求項21に記載のヘパリン画分。
【請求項24】
チンザパリンの高分子量画分として特徴づけられる、請求項21に記載のヘパリン画分。
【請求項25】
包装材料と、その内部に収容された、請求項1に記載の方法により同定されたヘパリン製剤とを含んでなる製品であって、該包装材料は、該ヘパリン製剤がセレクチンの活性を阻害しかつ被験者の血行性転移を抑制するために使用できることを示すラベルまたはパッケージ内印刷物を含み、さらに該ラベルがセレクチン阻害活性に対する抗凝血活性のレベルについての情報を提供し、これにより、患者を出血の危険にさらしかねない過度の抗凝血を引き起こすことなく、医師はin vivoで十分なP-およびL-セレクチン遮断活性をもたらす用量を投与することが可能となる、上記製品。
【請求項26】
ヘパリン製剤が、8,000ダルトンより大きい分子量を有するヘパリンを含む中間分子量のヘパリン製剤である、請求項25に記載の製品。
【請求項27】
ヘパリン製剤がチンザパリン(Tinzaparin)である、請求項25に記載の製品。
【請求項28】
包装材料と、その内部に収容された、請求項14に記載の方法により同定されたヘパリン画分とを含んでなる製品であって、該包装材料は、該ヘパリン画分がセレクチンの活性を阻害しかつ被験者における血行性転移または他のいずれかのP-および/またはL-セレクチン媒介病理を抑制するために使用できることを示すラベルまたはパッケージ内印刷物を含む、上記製品。
【請求項29】
セレクチンがP-セレクチンおよびL-セレクチンからなる群より選択される、請求項24または28に記載の製品。
【請求項30】
被験者の細胞増殖性疾患を予防または治療する方法であって、被験者に、製薬上許容される担体中に含まれる、有効量の、セレクチン活性の特異的阻害剤を投与することを含んでなり、該阻害剤が中間分子量のヘパリンを含むヘパリン製剤またはヘパリン画分である、上記方法。
【請求項31】
中間分子量のヘパリンが約8,000〜40,000ダルトンのヘパリン多糖体を含む、請求項30に記載の方法。
【請求項32】
中間分子量ヘパリン製剤が、ヘパリナーゼによりβ-脱離反応的に切断された、少なくとも8,000ダルトンの分子量を有するヘパリン多糖体を含む、請求項30に記載の方法。
【請求項33】
被験者の細胞増殖性疾患を予防または治療する方法であって、被験者に、製薬上許容される担体中に含まれる、有効量の、請求項21に記載のヘパリン製剤を投与することを含んでなる、上記方法。
【請求項34】
被験者における転移または他のいずれかのP-および/またはL-セレクチン媒介病理を予防または抑制する方法であって、被験者に、製薬上許容される担体中に含まれる、有効量の、セレクチン活性の特異的阻害剤を投与することを含んでなり、該阻害剤が中間分子量のヘパリンを含むヘパリン製剤またはヘパリン画分である、上記方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公表番号】特表2009−507209(P2009−507209A)
【公表日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−522999(P2008−522999)
【出願日】平成18年7月21日(2006.7.21)
【国際出願番号】PCT/US2006/028404
【国際公開番号】WO2007/014049
【国際公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【出願人】(500445295)ザ レジェンツ オブ ザ ユニヴァースティ オブ カリフォルニア (28)
【Fターム(参考)】