説明

ヘモグロビンA1cの測定方法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、ヘモグロビンAoを定量する方法、および糖尿病のマーカーの一つである血液中のヘモグロビンA1cの測定方法に関する。
【0002】
【従来の技術】糖尿病の指標の一つとして、血液中に含まれる糖化ヘモグロビン、特にヘモグロビンA1c(以下HbA1c)が知られ、臨床検査の分野において、広くその測定が行われている。また、HbA1cは、患者の約1〜2ケ月前の血糖値と良く相関することから、糖尿病患者の病態把握において、その臨床的意義も高まってきている。
【0003】HbA1cは、下記式に示されるように、β鎖N末端に存在するバリンのアミノ基にグルコースが非酵素的に結合した複合体である。下記式においてβA−NH2 は、ヘモグロビンAo(以下HbAo)を示し、その中のNH2 は該ヘモグロビンのβ鎖N末端であるバリンのアミノ基を示す。即ち、ヘモグロビンのアミノ基にグルコースが結合すると、まず、シッフ塩基である不安定型HbA1c(I)が形成され、この不安定型HbA1c(I)はさらにアマドリ転移反応の結果ケトアミン型の安定型HbA1c(II)に変化する。臨床的に重要なHbA1cは、血糖値に左右されない安定型HbA1c(II)である。
【0004】
【化1】


【0005】従来、血液中のHbA1cを測定するには、血液を溶血させ、その後、イオン交換クロマトグラフィーの原理に基づいて、グリシコル化及び非グリシコル化ヘモグロビンを高速液体クロマトグラフィーにより分離し、測定する方法が主流であった。しかしながら、この方法では、不安定型HbA1cと安定型HbA1cをクロマトグラフィーで分離することが難しく、血糖値によって変動する不安定型HbA1cの量が測定値に影響するという欠点がある。そのため、ジヒドロキシボリル化合物(特開昭58−510024号公報)や2,3−ジホスホグリセリン酸ポケット親和性物質(特開昭63−298063号公報、特開平2−259467号公報)が、上記不安定型HbA1cをHbAoとグルコースに解離させ、測定系から除外する目的で用いられている。しかしながら、上記の高速液体クロマトグラフィーを用いる方法は、いずれにしても、特殊な分離カラムを用いた専用の装置が必要であるためコストが高く、測定に時間がかかるという欠点があった。
【0006】また、高速液体クロマトグラフィーを用いない方法としては、ボロン酸がシス−ジオール基を有する炭水化物部分を結合することを利用した方法が特表平−506703号公報に開示されている。この方法は、蛍光物質などでラベルした有機ボロン酸と血液を接触させ、生成した沈殿物を遠心分離し、有機溶剤に再溶解後、ラベル分子を測定するというものである。しかしながら、この方法は、血液中に大量に存在するグルコースや、グルコース以外のシス−ジオール基を有する炭水化物が測定値に影響を与える恐れがあり、また、ラベルした有機ボロン酸が、HbA1c以外の糖化蛋白質とも結合することから、正確な測定はできない。また、沈殿物の遠心分離や有機溶剤による再溶解という煩雑な操作が必要である。
【0007】また、高速液体クロマトグラフィーを用いない別の方法としては、HbA1cに対して特異的なモノクローナルおよびポリクローナル抗体を用いた多くの方法が開示されている(特開昭54−145210、特開昭61−172064、特開昭63−277967、特開平02−8743、特開平06−11510)。しかしながら、これらの方法では、HbA1cに特有の抗原決定基がグルコースの結合したN末端バリン残基を含む部分にあり、この部分が分子外に露出しておらず、容易に抗体と結合できないため、変性を目的にした種々の煩雑な前処理が必要である。また、これらの免疫反応を利用した方法では、モノクローナル抗体の場合には、細胞培養等の特殊な技術が必要であり、また長期間の細胞培養の過程でハイブリドーマの変異といった問題点があり、ポリクローナル抗体の場合には、抗血清のロット間差、長期間に及ぶ動物への免疫が必要であるという問題点がある。また、いずれの場合にも、抗体の精製工程が必要であり、コストが高くなる。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、上記従来の欠点を解決するものであり、従来よりも、低コストで、簡単に血液中のHbA1cを特異的に測定する方法を提供するものである。
【0009】
【課題を解決するための手段】HbAoは、一般に、図1R>1の模式図に示されるような、α2 β2 の4量体構造をなしており、β鎖の会合部に2,3−ジホスホグリセリン酸が結合するポケット(以下DPGポケットともいう)が存在する。血液中の2,3−ジホスホグリセリン酸は、このDPGポケットに結合することにより、ヘモグロビン(以下Hbともいう)の酸素解離能をアロステリックに調節していることが知られている(今井清博、蛋白質、核酸、酵素、Vol.32,No.6,81−88,1987)。HbA1cは、このポケットの中にグルコースが入り込んでβ鎖N末端バリンと結合し、生成すると考えられている。
【0010】本発明者らは、鋭意研究の結果、上記DPGポケットに対する種々の親和性物質が、HbAoに特異的に反応することを利用することによって、血液中のHbAoを定量し得ることを発見し本発明に到達した。
【0011】すなわち、本発明によるHbA1c測定方法は、ヘモグロビンの2,3−ジホスホグリセリン酸ポケットに対する親和性を有する物質(以下DPGポケット親和性物質ともいう)と溶血液とを反応させ、前記DPGポケット親和性物質と溶血液中のHbAoとの反応体を定量し、得られた値を別に求めた総ヘモグロビン量から差し引くことによって、血液中のHbA1c量を測定することを特徴とするものである。
【0012】また、本発明によるHbA1c測定方法は、前記方法において、DPGポケット親和性物質と溶血液中のHbAoとの反応体の定量において、濁度を求めることにより定量することを特徴とするものである。
【0013】また、本発明によるHbA1c測定方法は、前記方法において、DPGポケット親和性物質と溶血液とを反応させるときの溶液のpHが5〜6.8であることを特徴とするものである。
【0014】さらに、本発明によるHbA1c測定方法は、前記方法において、DPGポケット親和性物質と溶血液とを反応させるときの溶液の電気伝導度が1.3〜8.0mS/cmであることを特徴とするものである。
【0015】本発明によるHbA1c測定方法は、より詳細には下記の通りである。
(1) 全血の赤血球を後述する種々の方法で溶血させ、(2) この溶血液とDPGポケット親和性物質とを反応させ、(3) 上記DPGポケット親和性物質と溶血液中のHbAoとの反応体を後述する種々の方法で定量することによって、HbAoを定量し、(4) 溶血液中の総Hb量を後述する種々の方法で定量し、(5) 以下の計算式により、血中のHbA1c量(%)を計算する。
【0016】HbA1c(%)={1−(HbAo量/総Hb量)}×100
【0017】本発明で用いられるDPGポケット親和性物質とは、DPGポケットに対する親和性を有する化合物及びそれらが担持された担体、又はDPGポケットに対する親和性を有する高分子化合物であり、特に、メチレンホスホン酸基又はホスホン基を有する高分子化合物が好ましい。
【0018】上記DPGポケットに対する親和性を有する化合物としては、特開昭63−298063号公報、特開平2−259467号公報に不安定型HbA1c解離剤として開示されているリン酸縮合体やフィチン酸もしくはフィチン酸の塩のような多価リン酸化合物が挙げられる。上記リン酸縮合体としては、(HPO3 )n(nは2以上の整数)で表されるメタリン酸、2原子以上のリンを含みP−O−P−結合を有するポリリン酸及びそれらの類似体が挙げられ、メタリン酸としては、トリメタリン酸、テトラメタリン酸等が、ポリリン酸としては、ピロリン酸、テトラポリリン酸等が挙げられる。
【0019】さらに、本発明で用いられるDPGポケットに対する親和性を有する化合物には、アンモニア、1級及び2級アミンの窒素原子に結合した少なくとも一つの水素原子がメチレンホスホン酸基(−CH2 PO3 2 )に置換されてなる化合物が用いられる。上記アミンとしては、種々のアルキルモノアミンやアミノ酸、直鎖アルキレンジアミン、ジアミノシクロヘキサン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラアミン、グリコールエーテルジアミン等が挙げられる。さらに、上記分子中の水素原子がアルキル基、水酸基などに置換された化合物を用いることもでき、例えばエチレンジアミンの1置換体として、炭素原子にメチル基が導入された1,2−ジアミノプロパン、プロピレンジアミンの1置換体として、水酸基が導入された1,3−ジアミノ−2−プロパノール等が挙げられる。
【0020】上記のメチレンホスホン酸基置換体の製造方法としては、古くから種々の方法が知られている。例えば、Irani,R,R 等、J.Org. Chem. 31, 1603 (1966)によって開発された方法が挙げられる。これは、アミン、ホルマリン及び亜リン酸のMannich 反応を利用したものであり、ホスホン酸誘導体の合成方法として優れた方法である。また、Motekaitis, R. J. 等、J.inorg. nucl.Chem.33,3353 (1971) によって開発された方法も上記置換体の製造方法として利用できる。これは、クロロメチレンホスフィン酸を用いて、まずアミノ酸の水素原子をメチレンホスフィン酸に置換し、続いて塩化水銀を加えて加熱し、メチレンホスフィン酸をメチレンホスホン酸に酸化する方法であり、得られるメチレンホスホン酸置換体の純度も高く好ましい。
【0021】前記化合物が担持される担体としては、該化合物を固定化し得る種々の水溶性ポリマーや、従来から生化学分野で担体として用いられる種々の水不溶性物質等が挙げられる。上記水溶性ポリマーとしては、例えば、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸及びその塩、ポリアミノ酸等が挙げられる。上記水不溶性物質としては、例えば、架橋デキストランや架橋アガロース等のクロマトグラフ用の担体として用いられてきたもの;ポリスチレン等のポリマービーズ;ガラスビーズ;ポリスチレンラテックス等のラテックス粒子などが挙げられる。
【0022】担体に上記化合物を担持させる方法としては、既存の種々の方法が利用でき、例えば、DPGポケットに対する親和性を有する化合物もしくは、水溶性ポリマーや不溶性物質いずれか一方の水酸基をブロモシアンで活性化し、他方のアミノ基と反応させる方法、両方のアミノ基をグルタルアルデヒドで架橋する方法、またはいずれか一方のカルボキシル基と他方のアミノ基とを水溶性カルボジイミドのような試薬で縮合させる方法等の化学結合法が挙げられる。また、固相表面への上記化合物の固定化は、アルブミンなどの蛋白質にあらかじめ前記化学結合法により上記化合物を結合し、この結合体を物理吸着させることもできる。
【0023】また、本発明に用いられるDPGポケットに対する親和性を有する高分子化合物としては、1級又は2級アミンを有する高分子、例えばポリアリルアミンやポリリジン等の高分子の窒素原子に結合した少なくとも一つの水素原子がメチレンホスホン酸基(−CH2 PO3 2 )に置換された構造の高分子、あるいはビニルホスホン酸等のホスホン基を有するモノマーの重合体などが挙げられ、特に、ポリアリルアミンのホスホン酸誘導体が好ましい。上記高分子の水素原子をメチレンホスホン酸基に置換する方法としては、1級又は2級アミンを有する高分子を直接前述のような反応を介してメチルホスホン化する方法等が挙げられる。
【0024】上述したような種々のDPGポケット親和性物質は、多価のリン酸基やホスホン酸基というアニオン性官能基を有するため、図1に示されるような、ヘモグロビンのβ鎖のヒスチジン、リジンなどの塩基性アミノ酸残基、及びβ鎖N末端バリンによって形成されるカチオン性を帯びたポケットに結合することができる。一方、HbA1cにおいては、このDPGポケット内のN末端バリンのアミノ基にグルコースが結合しているため、イオン相互作用が弱められ、上記の種々のDPGポケット親和性物質とHbA1cとの親和性が低下する。
【0025】本発明において、DPGポケットに対する親和性を利用し、血液中のHbAo成分を定量する方法としては、抗原−抗体やリガンド−リセプター等の物質間の親和性を利用した既存の種々のアフィニティアッセイ法を用いることができる。
【0026】上記定量方法としては、例えば、DPGポケットに対する親和性を有する水溶性高分子化合物と溶血液を混合し、前記高分子化合物へのHbAoの結合により、高分子化合物の溶解度が減少することによって生ずる濁度を直接的に測定する方法等が挙げられる。
【0027】さらに別の方法としては、ラテックス等の水不溶性担体や水溶性ポリマーにHbAoを固定化したものと、水不溶性担体や水溶性ポリマーにDPGポケット親和性物質を固定化したものとを混合することによって、凝集反応を起こさせ、その結果生じた濁度を測定する方法が用いられる。すなわち、溶血液中の遊離のHbAo成分の濃度に応じて、上記凝集反応による濁度が減少することを利用した凝集阻止法が挙げられる。
【0028】上記DPGポケット親和性物質とHbAoとの反応体の濁度を測定する方法としては、例えば、既存の紫外可視分光光度計を用いる方法等が挙げられる。測定する波長は、ヘモグロビンやその他の血液成分が干渉しない波長であれば、いずれの波長を用いてもよく、特にヘモグロビンの干渉を避ける意味において、OD630nmやOD660nmを用いるのが好ましい。
【0029】その他、放射性同位元素、蛍光分子、酵素等のラベル物質を標識したDPGポケット親和性物質と溶血液とを混合し、DPGポケット親和性物質とHbAo成分との結合体を分離し、用いたラベル物質に応じた検出手段でHbAo成分を定量する方法が考えられる。上記DPGポケット親和性物質とHbAo成分との結合体の分離方法には、ラベル物質を標識したDPGポケット親和性物質をプレートのような固相表面に固定化し、洗浄操作によって分離する方法、水不溶性の粒子担体に前記物質を固定化し、遠心洗浄する方法等、種々のアフィニティアッセイ法に用いられるいずれの方法であっても用いることができる。
【0030】上記DPGポケット親和性物質とHbAoとの反応は、反応液のpHや電気伝導度に強く影響を受ける。反応液のpHは、後述の実施例から明らかなように、低くなると血液中の蛋白質の変性の恐れが有り、高くなるとHbAoとの反応が極度に低下するので、5.0〜6.8であることが望ましい。本発明の反応に用いられる緩衝液は、pHが5〜6.8の範囲で緩衝能を有するものであれば特に限定されないが、例えばリン酸緩衝液や、クエン酸緩衝液、フタル酸緩衝液等が好適である。
【0031】また、反応液の電気伝導度は、後述の実施例から明らかなように、小さくなると緩衝液のpH緩衝能が低くなって定量性が低下し、大きくなるとDPGポケット親和性物質とHbAoとの反応が極度に低下するので、1.3〜8.0mS/cmであることが望ましい。
【0032】反応液の電気伝導度を調整する際に用いられる塩類には、特に制限はないが、反応液のpHを変動させにくく、水への解離度の高い強酸と強塩基の塩類が好適であり、例えば塩化ナトリウム(NaCl)や塩化カリウム(KCl)等が挙げられる。
【0033】上述したように、DPGポケット親和性物質とHbAoとの反応は、DPGポケット親和性物質の種類や濃度、検体である血液の希釈度、反応液のpHや電気伝導度によって変化するため、目的に応じて最適の条件が選択される。例えば、後述の実施例で詳しく述べるように、DPGポケット親和性物質としてポリアリルアミンのホスホン酸誘導体を用い、HbAoとの反応によるポリマーの溶解度の低下によって生じた濁度の変化からHbA1cを測定する場合を取り上げると、ポリマー濃度0.002〜0.01%、血液の希釈度250〜1000倍希釈、反応液のpH5〜6.8、電気伝導度1.3〜8.0mS/cmの範囲から、最適の条件を設定することができる。
【0034】また、通常、HbA1cの測定には全血が用いられるが、全血は赤血球分散液であるため、測定の際には、ヘモグロビンを赤血球膜外に溶出させるよう、赤血球をまず溶血させる必要がある。赤血球の溶血方法として既存の種々の方法を用いることができるが、例えば、古くからよく知られる蒸留水等の低張液での処理や、血液の凍結融解により赤血球を破壊せしめてもよく、また、通常、よく用いられる種々の溶血剤で赤血球を処理してもよい。このような溶血剤としては、例えば、ポリオキシエチレンアルキルアリールエーテル、高級脂肪族アルコール、スルホネート化合物及びサルフェート化合物のポリオキシエチレンエーテルソルビット脂肪酸エステルのポリオキシエチレン付加体等の界面活性剤が挙げられる。溶血剤の使用量は、その種類等によっても異なるが、通常血液1ml当たり、10〜200mgである。溶血剤が過剰である場合には、DPGポケット親和性物質とHbAoとの反応が阻害される場合があり、溶血液の適当な希釈が必要である。
【0035】本発明で用いられる溶血液中の総ヘモグロビン量は、Drabkins法(National Commission for Clinical Laboratory Standards of the U.S.,Proposed Standard PSH-15)、シアンメト化法(HiCN法)(International Committee for Standarization in Haematology:J.Chin.Path.USA,31,139-143(1978)のようないかなる通常の方法によっても測定することができる。例えば、フェリシアン化カリウムで全ヘモグロビンをメトヘモグロビンに酸化し、540nmの特徴的な吸収を測定する方法である。また、メトヘモグロビンをさらにシアン化カリウムやチオシアン酸塩で処理することによって、シアンメトヘモグロビンやチオシアンメトヘモグロビンとして測定することも可能である。
【0036】通常、糖尿病の臨床検査において、HbA1cの値は、総ヘモグロビンに対する相対パーセンテージで評価される。本発明のように、HbAo量と総Hb量を別々に測定し、総Hb量からHbAo量を差し引き、HbA1c量を測定する方法は、HbA1cの値を自動的に総Hbに対する相対パーセンテージに換算できるため都合がよい。また、後述の実施例から明らかなように、本発明によるDPGポケット親和性物質は、天然HbAo(Fe2+)でも、シアンメト化HbAo(Fe3+)でも同様に反応するので、例えば全血を検体とする場合にも、溶血操作において、メト化処理を同時に行うことによって、総Hb量とHbAo量を同時に測定することが可能である。
【0037】また、本発明によるHbA1cの測定方法は、後述の実施例からも明らかなように不安定型HbA1cの影響を受けないため、食物等の摂取による血糖値の影響を受けず、正確な測定値が得られる。
【0038】
【実施例】次に、本発明を実施例によって説明するが、本発明はこの実施例に制限されるものではない。
【0039】実施例1<ポリアリルアミンのホスホン酸誘導体の合成>ポリアリルアミン塩酸塩(日東紡績(株)、分子量7500〜11,000)5.7gとホスホン酸(ナカライテスク社製)16.4gを100mlの脱イオン水に溶解し、セパラブルフラスコに入れた。これに、温度計、攪拌棒、還流管、滴下ロートをセットした。次に、濃塩酸(11.33N)100ml添加し、マントルヒーターにて加熱した。還流状態に達したところで、滴下ロートに60mlのホルムアルデヒド水(37重量%)を入れ、1時間かけてゆっくり滴下し、さらに1時間反応を続けた。次に、この溶液を室温に冷却し、水酸化ナトリウム54gを加えた。次にこの溶液を約800mlのアセトンにコマゴメピペットを用いてゆっくり滴下し、白色沈殿を生成させた。この沈殿物を吸引ロートを用いて濾過した。沈殿物は、アセトン:水=4:1の溶液で3回洗浄濾過し、沈殿物をスパーテルでサンプル瓶に回収し、約200mlの脱イオン水を少量ずつ加えながら、沈殿物を泥濘状にし、これを透析チューブにつめ、脱イオン水に一昼夜以上、外液を5回交換して、透析した。透析チューブ内で溶解した沈殿物をもう一度アセトンに滴下し、沈殿させ、上記のように濾過し、室温で減圧乾燥し、ポリアリルアミンのホスホン酸誘導体6.4gを得た。
【0040】<DPGポケット親和性の評価>実施例2実施例1で合成したポリアリルアミンのホスホン酸誘導体のDPGポケットに対する親和性を評価するため、不安定型HbA1c除去能を測定した。はじめに、健常人からアングロットG(1滴/ml)添加血を採取し、採取した血液にグルコースを1g/dlになるように添加した。これを37℃で3時間処理し、高濃度の不安定型HbA1cを含有する血液を作成し、試験血液とした。
【0041】不安定型HbA1c除去能は、(株)京都第一化学製のAuto−A1cHA−8121を用いて測定した。このAuto−A1cHA−8121は、HPLCによる糖化ヘモグロビン測定専用装置であり、本装置専用の陽イオン交換樹脂を充填した分離カラムにより、各ヘモグロビン成分を分離して測定する装置である。本装置を用いて、上記のグルコース添加処理を行っていない血液を測定したときの結果を図2(イ)に示す。また、上記のグルコース添加処理を行い、高濃度の不安定型HbA1cを含有する血液を分析したときの測定結果を図2(ロ)に示す。血液の溶血には、本装置専用の溶血剤を含有する溶血用緩衝液を用い、その他の装置の使用方法の詳細は、本装置の取扱説明書に従った。
【0042】上記のポリアリルアミンのホスホン酸誘導体を溶血用緩衝液に0.074%になるように溶解し、この溶液450μlに3μlの高濃度不安定型HbA1c含有血液を添加し、4分間反応後に上記装置で測定した。測定結果を図2(ハ)に示す。図2(イ)、(ロ)及び(ハ)において、P1及びP2はHbA1a及びHbA1b(HbA1a+b)に起因するピーク、P3は安定型HbA1cに起因するピーク、P3' は不安定型HbA1cに起因するピーク、P4はHbAoに起因するピーク、P5は胎児性ヘモグロビンに起因するピークである。上記の測定結果から明らかなように、ポリアリルアミンのホスホン酸誘導体は、不安定型HbA1cに起因するピークを減少させ、DPGポケット親和性を有することが示された。
【0043】比較例1実施例2と同様にポリアリルアミン塩酸塩(日東紡績(株)、分子量7500〜11,000)を溶血用緩衝液に0.18%になるように溶解し、この溶液450μlに3μlの高濃度不安定型HbA1c含有血液を添加し、4分間反応後に上記装置で測定した。測定結果を図2R>2(ニ)に示す。ホスホン酸誘導体にしていないポリアリルアミンでは、不安定型HbA1cに起因するピークの減少は見られず、DPGポケット親和性を示さなかった。図2(ニ)において、P1、P2、P3、P3' 、P4及びP5は上記実施例2と同様である。
【0044】<DPGポケット親和性ポリマーとHbAoとの反応性評価−HbAo濃度依存性−>実施例3実施例1に示したように合成したポリアリルアミンのホスホン酸誘導体のヒトHbAoとの反応性を評価した。ヒトHbAoは、Sigma社より購入したもの(Lot62H9310、純度90%以上)を用いた。反応緩衝液に10mMリン酸緩衝液(pH=6.24)、10mMNaClを用い、この反応液に図3に示すような最終濃度でヒトHbAoを溶解した。次に、上記ポリアリルアミンのホスホン酸誘導体を最終濃度0.004%になるように添加し、室温で5分間反応後、溶液の濁度を紫外可視分光光度計(島津製作所UV260)で、OD630nmで測定した。結果を図3に示す。図3から明らかなようにポリアリルアミンのホスホン酸誘導体は、ヒトHbAoと反応し、その濃度に依存して濁度が増加した。特に、ヒトHbAo0.2〜0.4mg/mlの濃度範囲では良い直線性を示した。
【0045】比較例2ポリアリルアミンのホスホン酸誘導体の代わりにポリアリルアミン塩酸塩を用いて、実施例3と同様に行った。測定結果は、図3に実施例3の測定結果と一緒に示す。この結果から明らかなように、ホスホン酸誘導体化していないポリアリルアミンは、ヒトHbAoに反応しなかった。
【0046】実施例4<DPGポケット親和性ポリマーとHbAoとの反応性評価−pH依存性−>1/15MNa2 HPO4 溶液と1/15MKH2 PO4 溶液とを種々の比率で混合し、Sφrensenのリン酸緩衝液を調製し、それを10mMになるように希釈した。各々のpHの緩衝液にヒトHbAoを最終濃度0.3mg/mlになるように溶解した。次に、上記ポリアリルアミンのホスホン酸誘導体を最終濃度0.004%になるように添加し、室温で5分間反応後、溶液の濁度を紫外可視分光光度計(島津製作所UV260)で、OD630nmで測定した。結果を図4に示す。図4から明らかなようにポリアリルアミンのホスホン酸誘導体は、pH5〜6.8でヒトHbAoと反応し、濁度の増加が見られた。pHが6.8より高い場合には、急激な濁度の低下が見られた。
【0047】実施例5<DPGポケット親和性ポリマーとHbAoとの反応性評価−電気伝導度依存性−>反応緩衝液に10mMリン酸緩衝液を用い、これに種々の濃度になるようにNaClを添加した。各々のNaCl濃度の緩衝液にヒトHbAoを最終濃度0.25mg/mlになるように溶解した。次に、上記ポリアリルアミンのホスホン酸誘導体を添加し、室温で5分間反応後、溶液の濁度を紫外可視分光光度計(島津製作所UV260)で、OD660nmで測定した。図5(イ)には、pH6.21、ポリマー濃度0.004%の時の測定結果を、図5(ロ)には、pH6.00、ポリマー濃度0.006%の時の測定結果を、それぞれ示す。これらの測定結果から明らかなようにポリアリルアミンのホスホン酸誘導体とヒトHbAoとの反応による濁度は、pHやポリマー濃度が異なると電気伝導度依存性も異なるパターンを示し、各条件において最適の電気伝導度(言い換えればNaCl濃度)があることがわかる。
【0048】実施例6<DPGポケット親和性ポリマーの特異性評価>上記ポリアリルアミンのホスホン酸誘導体の特異性を評価した。ヒトHbA1cは、以下の方法によって精製したものを用いた。
【0049】−ヒトHbA1cの精製方法−健常人ボランティアから採取した新鮮ヘパリン加血40ml(ノボヘパリン10U/ml)を1,500Gで遠心し、沈殿赤血球を生理食塩水で3回で遠心洗浄した。この洗浄赤血球に8.8g/lNaCl、0.1g/lテトラポリリン酸ナトリウム(ナカライテスク)溶液(pH=6.5)を450ml添加し、37℃で5時間間欠的に、ゆっくりと攪拌した。この溶液から、再度遠心操作(4℃)によって、沈殿赤血球を回収し、赤血球とほぼ同体積の冷却脱イオン水を添加し、赤血球を溶血させた。この溶血液のpHを氷浴下で5.0にあわせ、30分攪拌し、5,000Gで20分遠心した。この上澄みのpHを氷浴下で7.0に合わせ、30分攪拌し、5,000Gで20分遠心した。この上澄みを透析チューブに詰めて、50mMEDTA(pH=6.3)に、外液を3回交換して2日間にわたって透析した。この透析後の溶血液を0.45μmのフィルターで濾過し、濾液をHPLCシステム(島津製作所社製LC9A)及びMerck社製フラクトゲル(EMD−SO3 −650、25〜40μm)充填ステンレスカラム(φ30×100mm)を用い、50mMリン酸緩衝液(pH=6.1)、300mMNaCl、50mMリン酸緩衝液(pH=6.1)の2液グラジエントによって分離精製した。
【0050】上記のように、精製したヒトHbA1c、HbAo(Sigma社、Lot62H9310、純度90%以上)、及び松原(蛋白質、核酸、酵素、Vol.32No.6,1987,p223−226)の方法によってHbAoをvan Kampen-Zijlstra reagent modified by Matsubara 液(K3 Fe(CN)6 200mg/l、KCN50ng/l、トリトンX−100;0.1%(w/w)、M/30pH7.2リン酸緩衝液)で処理したシアンメト化ヘモグロビンを用い、それぞれ図6に示すような最終濃度になるように、50mMNaCl、10mMリン酸緩衝液(pH6.0)の反応溶液に溶解した。次に、上記ポリアリルアミンのホスホン酸誘導体を最終濃度0.006%になるように添加し、室温で5分間反応後、溶液の濁度を紫外可視分光光度計(島津製作所UV260)で、OD660nmで測定した。結果を図6に示す。図6から明らかなようにポリアリルアミンのホスホン酸誘導体は、HbAoとは反応するがHbA1cとの反応性は大きく低下した。一方、これはシアンメト化ヘモグロビン(HiCN)とはHbAo同様の反応性を示した。
【0051】実施例7<不安定型HbA1cの影響>健常人ボランティアから採取した新鮮ヘパリン加血(ノボヘパリン10U/ml)10mlに、グルコースを1、2、5、10mg/mlとなるように添加し、37℃で6時間及び4℃で一昼夜反応させ、不安定型HbA1cを多量に含有する血液試料を調製した。次に、0.006%ポリアリルアミンのホスホン酸誘導体、0.1%(w/w)トリトンX−100、50mMNaCl、10mMリン酸緩衝液(pH6.24)の溶液2.5mlに、上記血液試料5μlを添加し、5分後に生じた濁度を実施例3と同様の方法で測定した。結果を図7に示す。測定結果から明らかなように、グルコース添加によって濁度はほとんど変化せず、不安定型HbA1cの影響はほとんどなかった。
【0052】実施例8<DPGポケット親和性ポリマーによるHbA1cの定量>実施例2で用いた溶血用緩衝液に実施例1で合成したポリアリルアミンのホスホン酸誘導体を0.006%になるように溶解した。この溶液2.5mlと種々の濃度になるようにHbAo(Sigma社、Lot62H9310、純度90%以上)を添加したヒト血漿5μlとを反応させ、生じた濁度を実施例3と同様の方法で測定し、HbAoの検量線を作成した。結果を図8に示す。次に、ヒト血液検体0.02mlをvan kampen-Zijlstra reagent modified by Matsubara 液5.0mlに添加し、シアンメト化した。この溶液のOD540nmの吸光度を前記試薬を対照に測定し、総Hb量を求めた。次に、ヒト血液検体5μlを前記ポリアリルアミンのホスホン酸誘導体を溶解した溶血用緩衝液2.5mlに添加し、5分後に生じた濁度を実施例3と同様の方法で測定した。この測定値と前述のHbAoの検量線から、検体中のHbAo量を算出した。次に、以下の計算式により、検体のHbA1c量(%)を求めた。
HbA1c(%)={1−(HbAo量/総Hb量)}×100
【0053】また、同一の検体を実施例1で用いた糖化ヘモグロビン測定専用装置(Auto−A1cHA−8121)で測定し(HPLC法)、本発明の方法とHPLC法との相関性を評価した。結果を図9に示す。
【0054】
【発明の効果】本発明のDPGポケット親和性物質を利用したHbA1c測定方法は、上記のようにHbAoのDPGポケットに上記物質が結合するため、同時に不安定型HbA1cをグルコースとHbAoに解離させ、安定型のHbA1cを測定できる。そのため、一次的な血糖上昇もしくは下降に左右されることなく、より信頼度の高い測定値が得られ、しかも簡単に測定できる。また、DPGポケット親和性物質は抗体等に比べて低コストで製造できるため、安価な試薬を供給できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】HbAoを示す模式図である。
【図2】HPLCによる糖化ヘモグロビン測定専用装置を用いてヘモグロビン成分を測定した結果を示すグラフである。
【図3】ヘモグロビンAoの濃度に対し溶液の濁度を紫外可視分光光度計で測定した結果を示すグラフである。
【図4】pHに対し溶液の濁度を紫外可視分光光度計で測定した結果を示すグラフである。
【図5】電気伝導度(NaCl濃度)に対し溶液の濁度を紫外可視分光光度計で測定した結果を示すグラフである。
【図6】ヘモグロビン濃度Aoに対し溶液の濁度を紫外可視分光光度計で測定した結果を示すグラフである。
【図7】グルコース濃度に対し溶液の濁度を紫外可視分光光度計で測定した結果を示すグラフである。
【図8】ヘモグロビンAo濃度に対し溶液の濁度を紫外可視分光光度計で測定した時のヘモグロビンAoの検量線を示すグラフである。
【図9】同一の検体について、本発明による方法とHPLC法のそれぞれでHbA1cの定量を行った時の相関性を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】ヘモグロビンの2,3−ジホスホグリセリン酸ポケットに対する親和性を有する物質と溶血液とを反応させ、前記親和性を有する物質と溶血液中のヘモグロビンAoとの反応体を定量し、得られた値を別に求めた総ヘモグロビン量から差し引くことによって、血液中のヘモグロビンA1c量を測定することを特徴とするヘモグロビンA1cの測定方法。
【請求項2】親和性を有する物質と溶血液中のヘモグロビンAoとの反応体の定量において、濁度を求めることにより定量することを特徴とする請求項1記載のヘモグロビンA1cの測定方法。
【請求項3】ヘモグロビンの2,3−ジホスホグリセリン酸ポケットに対する親和性を有する物質と溶血液との反応において、反応液のpHが5〜6.8であることを特徴とする請求項1又は2記載のヘモグロビンA1cの測定方法。
【請求項4】ヘモグロビンの2,3−ジホスホグリセリン酸ポケットに対する親和性を有する物質と溶血液との反応において、反応液の電気伝導度が1.3〜8.0mS/cmであることを特徴とする請求項3記載のヘモグロビンA1cの測定方法。
【請求項5】ヘモグロビンの2,3−ジホスホグリセリン酸ポケットに対する親和性を有する物質が、メチレンホスホン酸基又はホスホン基を有する高分子化合物であることを特徴とする請求項1乃至4記載のヘモグロビンA1cの測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【特許番号】特許第3478913号(P3478913)
【登録日】平成15年10月3日(2003.10.3)
【発行日】平成15年12月15日(2003.12.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平7−226310
【出願日】平成7年9月4日(1995.9.4)
【公開番号】特開平8−160048
【公開日】平成8年6月21日(1996.6.21)
【審査請求日】平成14年4月25日(2002.4.25)
【出願人】(000002174)積水化学工業株式会社 (5,781)