説明

ペプチドの検出方法

【課題】迅速かつ簡便なペプチドの検出方法などを提供すること。
【解決手段】ペプチドと式(I)


(式中、Rは、ハロゲン原子、カルボキシC1−6アルキルまたはカルボキシルを示す)で表される化合物とを、ホウ酸溶液中、酸化剤存在下、20〜50℃で反応させて蛍光体を製造することを特徴とする、ペプチドの検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペプチドの検出方法に関する。特に本発明は、コラーゲン由来のペプチドの検出および定量に有用である。
【背景技術】
【0002】
ペプチドは、ホルモンやシグナル伝達物質などとして生命現象の中心的な役割を担っているだけでなく、治療薬や疾病のマーカーとしても利用されているなど、非常に重要な生体分子である。ペプチドの検出・定量は一般的に、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による分離と210〜300nmのUV波長における吸光度測定を組み合わせて行われる。吸光度による検出は、ペプチドに含まれるペプチド結合と芳香族置換基の量に依存するため感度が低く、ナノモル程度が検出限界である。蛍光法は、吸光度法と比較して感度が高いことから、ペプチドのみを選択的に蛍光誘導体化できれば、微量の生体サンプルからペプチドの検出および定量が容易になる。
【0003】
従来のペプチドの蛍光検出に対しては、第一アミンと反応して蛍光性を与えるo−フタルアルデヒド試薬やフルオレッサミン試薬、ペプチド鎖中のアルギニンのアミジノ基と反応して蛍光性を与えるベンゾイン試薬、N末端にチロシンを含むペプチドを特異的に蛍光体にするヒドロキシルアミン試薬など、数種のペプチドの蛍光誘導体化試薬が開発されている。しかしこれらの試薬は、生体に大量に存在するアミノ酸をはじめとするペプチド以外の生体成分と反応して蛍光性を与えてしまうため、生体試料中のペプチドに対する選択性が低いという欠点を有する。
【0004】
一方で本発明者らは、逆相液体クロマトグラフィーとペプチドN末端部位における蛍光体形成反応を利用したペプチド定量方法を開発した(非特許文献1参照)。この反応は、ホウ酸塩緩衝液中でペプチドとカテコールを過ヨウ素酸ナトリウムなどの酸化剤の存在下で100℃付近の高温で加熱する操作により、ペプチドを蛍光誘導体化するものである。
【0005】
ところで、コラーゲンは臓器や骨など組織の構造を維持するために重要なタンパク質であり、ヒト生体中に存在する総タンパク質の約30%を占めている。コラーゲン量は老化と密接な関係があることから、生体試料中に含まれるコラーゲンの簡便かつ特異的な検出、またコラーゲン量の簡便かつ特異的な測定の開発は、ヒトの健康状態を検査するためにも重要である。さらに、コラーゲンは被験者から外科的に試料を入手する必要があるが、そのため被験者の負担を最小限に抑えるよう、微量の試料から高感度にコラーゲン量を測定する必要もある。
現在、公知のコラーゲン定量法としてELISA法や比色法、o−フタルアルデヒドを用いた蛍光法等に基づく技術が知られており、その技術に基づくキットが市販されている。しかし、ELISA法は抗原抗体反応に依存するため、高価なキットになっている。また比色法によれば、コラーゲンと色素の相互作用に基づく吸収の変化を測定するために感度が低く、また多くの試料を必要とすること、特異性が低いこと、などの欠点があった。またo−フタルアルデヒドを用いる方法(非特許文献2参照)では、アミノ末端を検出するという特徴から、サンプル中に含まれるコラーゲン(またはコラーゲン由来のペプチド)以外のタンパク質やペプチド、アミノ基を有するペプチド側鎖をも検出してしまい、ブランクが非常に高いという欠点があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Kabashima T.et al.,Peptides 29(2008)pp.356−363
【非特許文献2】J.Biochemical and biophysical methods 70,pp.878−882(2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ペプチドを選択的に穏和な条件で蛍光誘導体化可能な方法や、試薬が求められている。特に、コラーゲン由来のペプチドを簡便かつ選択的に検出・定量可能な方法が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、今回、種々のカテコール類縁化合物のペプチドに対する反応性をスクリーニングした結果、カテコールのベンゼン環の置換基によって反応性が変化して、特に、数種のカテコール類縁化合物によれば、20〜50℃付近、最も好ましくは37℃付近の穏和な条件で、選択的にペプチドを蛍光誘導体に変換可能であることを明らかにした。
さらに特定のカテコール類縁化合物によれば、コラーゲンに由来するペプチドを上記条件で選択的に蛍光誘導体に変換可能なことも明らかにした。
本発明者らはこれらの知見に基づいてさらに鋭意研究を行った結果、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち本発明は、例えば以下に関するものである。
[1]ペプチドと式(I)
【0010】
【化1】

【0011】
(式中、Rは、ハロゲン原子、カルボキシC1−6アルキルまたはカルボキシルを示す)で表される化合物を、ホウ酸溶液中、酸化剤存在下、20〜50℃で反応させて蛍光体を製造することを特徴とする、ペプチドの検出方法;
[2]反応が、pH7〜8で行われる、[1]に記載の方法;
[3]酸化剤が、過ヨウ素酸ナトリウムである、[1]または[2]に記載の方法;
[4]式(I)で表される化合物が、3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸、3,4−ジヒドロキシ安息香酸および4−ハロゲン化カテコールから選択される、[1]〜[3]のいずれか一に記載の方法;
[5]式(I)で表される化合物が、3,4−ジヒドロキシ安息香酸であり、ペプチドが、N末端がプロリンであるペプチドである、[1]〜[4]のいずれか一に記載の方法;
[6]式(I)で表される化合物が、3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸であり、ペプチドが、グリシンを含むペプチドである、[1]〜[4]のいずれか一に記載の方法;
[7]式(I)で表される化合物が、3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸であり、ペプチドが、試料のコラゲナーゼ処理により得られるペプチドである、[1]〜[4]のいずれか一に記載の方法;
[8]試料中のコラーゲンを検出する方法である、[7]に記載の方法;
[9]試料中のコラーゲンを定量する方法である、[7]に記載の方法;
[10]式(I)
【0012】
【化2】

【0013】
(式中、Rは、ハロゲン原子、カルボキシC1−6アルキルまたはカルボキシルを示す)で表される化合物、酸化剤およびホウ酸溶液を含んでなる、ペプチド検出試薬;
[11]酸化剤が、過ヨウ素酸ナトリウムである、[10]に記載の試薬;
[12]式(I)で表される化合物が、3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸、3,4−ジヒドロキシ安息香酸および4−ハロゲン化カテコールから選択される、[10]または[11]に記載の試薬;
[13]式(I)で表される化合物が、3,4−ジヒドロキシ安息香酸であり、ペプチドが、N末端がプロリンであるペプチドである、[10]〜[12]のいずれか一に記載の試薬;
[14]式(I)で表される化合物が、3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸であり、ペプチドが、グリシンを含むペプチドである、[10]〜[12]のいずれか一に記載の試薬;
[15]式(I)で表される化合物が、3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸であり、ペプチドが、試料のコラゲナーゼ処理により得られるペプチドである、[10]〜[12]のいずれか一に記載の試薬;
[16]コラーゲンの検出試薬である、[15]に記載の試薬;
[17]ペプチドと式(I)
【0014】
【化3】

【0015】
(式中、Rは、ハロゲン原子、カルボキシC1−6アルキルまたはカルボキシルを示す)で表される化合物とを、ホウ酸溶液中、酸化剤存在下、20〜50℃で反応させることを特徴とする、ペプチドの蛍光標識方法;
[18]反応が、pH7〜8で行われる、[17]に記載の方法;
[19]酸化剤が、過ヨウ素酸ナトリウムである、[17]または[18]に記載の方法;
[20]式(I)で表される化合物が、3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸、3,4−ジヒドロキシ安息香酸および4−ハロゲン化カテコールから選択される、[17]〜[19]のいずれか一に記載の方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明のペプチド検出方法は、穏和な温度条件でペプチドを選択的に蛍光誘導体化することを特徴とする。したがって、ペプチド以外の生体成分と反応して蛍光性を与えてしまうことが無く、またマイルドな条件にも関わらずペプチドを高い割合で蛍光体化することができる。
特に本発明のペプチド検出方法は、アミノ酸の種類や隣接するペプチド結合を認識して、特定のペプチド(例えば、N末端がプロリンであるペプチドや、グリシンを含むペプチド)を高選択的に蛍光体化することができる。特にグリシンを含むペプチドの検出は、コラゲナーゼの使用と組み合わせて、コラーゲン検出方法として応用することができる点で有用である。
また当該コラーゲン検出方法によれば、コラーゲンを定量的に測定することも可能であるし、コラーゲンをバイオマーカーとする疾患の診断を行うことも可能である。
さらに本発明のペプチド検出方法は、従来のペプチド蛍光体形成反応に比べてよりマイルドな温度条件で、短時間にペプチドを高選択的に蛍光検出できるので、各種プロテアーゼの酵素活性の測定方法など、生化学や病態検査学の分野にも応用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】ジヒドロキシフェニル酢酸を用い蛍光体化したペプチドの蛍光強度を示す図である。
【図2】ジヒドロキシ安息香酸を用い蛍光体化したペプチドの蛍光強度を示す図である。
【図3】4−クロロカテコールを用い蛍光体化したペプチドの蛍光強度を示す図である。
【図4】ジヒドロキシフェニル酢酸を用いたペプチドの蛍光体化により、コラーゲンを選択的に検出したことを示す図である。
【図5】コラゲナーゼ処理したヒトコラーゲンおよびウシコラーゲンの量と蛍光体化したペプチドの蛍光強度との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、ペプチドと式(I)
【0019】
【化4】

【0020】
(式中、Rは、ハロゲン原子、カルボキシC1−6アルキルまたはカルボキシルを示す)で表される化合物(以下、化合物(I)と略記する)とを、ホウ酸溶液中、酸化剤存在下、30〜40℃で反応させて蛍光体を製造することを特徴とする、ペプチドの検出方法を提供する。
【0021】
本発明のペプチドの検出方法は、ペプチドを蛍光体化する工程と、得られた蛍光体を検出する工程に分けられる。以下、各工程に分けて説明する。
【0022】
工程(1):ペプチドを蛍光体化する工程
本発明における「ペプチド」とは、後述する蛍光体形成反応により蛍光体化される限りその配列は特に限定されず、例えばアミノ酸数が2以上のペプチドが挙げられる。
【0023】
後述する蛍光体形成反応において、化合物(I)が、Rがカルボキシルである化合物(3,4−ジヒドロ安息香酸)またはRがハロゲン原子である化合物(4−ハロゲン化カテコール)の場合、ペプチドのN末端はプロリンであることが好ましい。すなわち本発明の方法において、化合物(I)が3,4−ジヒドロ安息香酸である場合は、ペプチドの中でもN末端がプロリンであるペプチドを選択的に蛍光体化し、検出することが可能である。一方、化合物(I)が、Rがカルボキシル−C1−6アルキルである化合物(例えば、3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸)である化合物の場合は、ランダムなアミノ酸配列を有するペプチドに対して蛍光を与える傾向にあるが、ペプチドの中でもグリシンを含むペプチドを選択的に蛍光体化し、検出することが可能である。
【0024】
後述の蛍光体形成反応におけるペプチドとしては、通常単一のペプチドであるが、2種以上の複数のペプチドであってもよい。複数のペプチドを用いることによって、得られるペプチド蛍光体が増え、結果として得られる蛍光強度が変化する。従って本発明の方法によれば、ペプチドの検出だけでなく、得られた蛍光強度のデータをデータベース化して多種多様なペプチドの存在を予測することも可能になる。
【0025】
あるいは検出対象となるペプチドは、どのような方法で製造されてもよく、当業者であれば適切な製造方法を選択することが可能である。例えば、当業者であれば自体公知のペプチド合成法を用いてペプチドを製造することができるし、また市販品があればそれを購入して用いてもよい。また、プロテアーゼなどの酵素を用いて断片化したペプチドであってもよい。プロテアーゼとしては特に限定されず、当業者であれば最終的な目的に沿ったプロテアーゼを適宜選択することが可能である。例えば、本発明のペプチド検出方法をコラーゲンの検出・定量に応用する場合には、コラゲナーゼを用いてペプチドを得ればよい。
コラゲナーゼを用いる場合の反応条件、コラゲナーゼの量などは、当業者であれば適宜選択することができる。またコラゲナーゼの種類は、検出・定量したいコラーゲンの種類に合わせて適宜選択することが可能である。
【0026】
本発明のペプチドを含むサンプルは、本発明のペプチドそのものであってもよいが、後述する蛍光体形成反応を妨げない限り、どのような物質が含まれていてもよい。例えば、本発明のペプチドを含むサンプルとしては、ペプチド水溶液、ペプチド緩衝液だけでなく、ペプチドを含む種々の生体サンプル:例えば、血液、血清、リンパ液、細胞抽出液、細胞培養液、組織抽出液、組織培養液など:が挙げられる。したがって、例えば血中のコラーゲンを定量する場合、血液自体をコラゲナーゼ処理し、これをそのままコラーゲン由来のペプチドを含むサンプルとして用いてもよい。またこれらのサンプルは、後述する蛍光体形成反応を妨げないように、さらに処理されていてもよい。当該処理方法は、当業者であれば適宜選択し、実行することが可能である。
【0027】
蛍光体は、ホウ酸溶液中、酸化剤存在下、20〜50℃で、ペプチドと化合物(I)とを反応させて製造する。
【0028】
本工程における「酸化剤」としては特に限定されるものではなく、例えば過酸化水素、過ヨウ素酸ナトリウム、過ホウ素酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウム、m−クロロ過安息香酸などの酸化剤が挙げられる。なかでも過ヨウ素酸ナトリウムであることがより好ましい。
酸化剤の添加量は、後述する蛍光体形成反応を進行させ、特定の波長で発光する蛍光体が形成される限り特に限定されるものではない。しかしながら、反応系中に酸化剤と反応するような物質が存在する場合や、後述する蛍光体形成を妨げるような物質が存在する場合は、酸化剤が消費されて実質的に工程(1)で用いられる酸化剤の量が減少するので、酸化剤の量を増やす必要がある。例えば検出に用いられるサンプルが血液や血清であった場合、本工程において血液や血清中の物質によって酸化剤が消費される場合がある。このような場合は、通常よりも酸化剤の量を増やすことで本工程を進行させることができる。
このような酸化剤の量は、当業者であれば適宜決定することが可能である。
【0029】
本発明の化合物(I)として好ましくは、3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸、3,4−ジヒドロキシ安息香酸または4−ハロゲン化カテコールである。
特に後述する蛍光体形成反応において、化合物(I)としてRがカルボキシルである化合物(3,4−ジヒドロキシ安息香酸)またはRがハロゲン原子である化合物(4−ハロゲン化カテコール)を用いた場合は、N末端がプロリンであるペプチドを高選択的に蛍光体化することができる。
一方、化合物(I)としてRがカルボキシル−C1−6アルキルである化合物(例えば、3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸)を用いた場合は、ランダムなアミノ酸配列を有するペプチドに対して蛍光を与えるが、後述する実施例1および2で示されるように、特にグリシンを含むペプチドに対して蛍光を与える(図1参照)。
【0030】
本工程(1)においては、上記した酸化剤の存在下において、ペプチドのN末端のアミノ基が化合物(I)と反応し、さらに、これがホウ酸溶液中のホウ素と反応して蛍光体を形成すると考えられる。化合物(I)として3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸(3,4−DHPAA)を用いた場合に、推定されるペプチド蛍光体合成に関する反応式を以下に示す。
【0031】
【化5】

【0032】
ペプチドと反応する化合物(I)の量や、ホウ酸溶液中のホウ酸(ホウ素)量は、本工程が進行する限り特に限定されず、当業者であれば適宜適切な量を調整することが可能である。
【0033】
ホウ酸溶液の組成としては、特に限定されず、本工程における反応を阻害しないのであればどのような溶媒であってもよいし、ホウ酸(ホウ素)以外にどのような化合物が含まれていても構わない。本工程におけるホウ酸溶液として好ましくは、ホウ酸水溶液またはホウ酸緩衝液である。ホウ酸溶液がホウ酸緩衝液である場合のpHは特に限定されないが、中性(pH6〜8)付近が好ましく、pH7〜8がより好ましい。
【0034】
本工程における反応温度は、本発明がマイルドな条件で行われるという特徴を鑑み、通常20℃〜50℃であるが、100℃程度の高温でも本工程の反応は進行する。しかしながら、本工程における反応温度として好ましくは30℃〜40℃、より好ましくは35℃〜38℃、最も好ましくは37℃である。反応温度が20℃(好ましくは30℃、より好ましくは35℃)より低ければ、たとえ本発明の化合物(I)であっても蛍光体が形成しにくくなり、反応温度が50℃(好ましくは40℃、より好ましくは38℃)より高くても、ペプチドが分解される、副反応が増加するなどして蛍光体が形成されにくくなる。
【0035】
本発明は、非特許文献1により従来公知のペプチド定量方法とは異なり、よりマイルドな条件でペプチドを蛍光体化できるので、各種プロテアーゼの酵素活性の測定方法など、生化学や病態検査学の分野にも応用することが可能である。また本発明は、従来公知の方法と比較して、100℃近くの過酷な反応条件によるペプチド分解の恐れを低減できることや、加熱操作を省くことによる操作の簡便化などの利点を有する。
【0036】
なお、本工程における反応温度は前述のとおりであるが、必ずしもこの範囲内でなければ本発明が実施できないというわけではない。本発明は、従来のペプチド蛍光体化方法に比べてマイルドな条件でペプチドを蛍光体化できる化合物(I)を発見したことに基づくものであって、反応温度が若干本発明の範囲外となったとしても、化合物(I)、酸化物、ホウ酸溶液などの本発明の構成要素や、後述する反応時間等を適宜調整することによって、本発明を実施することが可能である。
【0037】
反応時間は、通常3〜15分間であり、好ましくは5〜13分間、より好ましくは10分間である。
【0038】
本工程により、励起波長約370〜450nm、蛍光波長約465〜540nmの蛍光体が製造される。得られた蛍光体は単離することなく、次の工程(2)に付すことが可能である。
【0039】
ところで、本発明の検出方法は、特にコラーゲンの検出・定量に応用され得る。工程(2)の前に、本発明の検出方法を利用したコラーゲンの検出方法、定量方法にかかる、蛍光体の製造工程について説明する。
【0040】
コラーゲンの検出の対象である「コラーゲン」としては特に限定されず、I型コラーゲン、II型コラーゲン、III型コラーゲン、IV型コラーゲンなどが挙げられる。検出するコラーゲンがどのようなコラーゲンであるかは、用いるコラゲナーゼの種類に依存する。
コラーゲンは、グリシン−アミノ酸(X)−アミノ酸(Y)という、グリシンが3残基ごとに繰り返される一次構造を有しており、各種コラゲナーゼによってグリシンをN末端に含むペプチド断片に分解することができる。コラゲナーゼとしては、検出したいコラーゲンの種類に合わせて選択すればよく、したがって、例えばI型コラーゲンを検出する場合は、コラーゲンを含む試料をI型コラゲナーゼ(I型コラーゲンを消化するコラゲナーゼ)で消化すればよい。得られたペプチド断片はI型コラーゲン由来であるので、このペプチド断片を検出することでI型コラーゲンを特異的に検出することになる。コラゲナーゼの反応条件、量などは、当業者であれば適宜選択可能である。
【0041】
このグリシンを含むペプチド断片は、前述したように、RがカルボキシC1−6アルキルである化合物(I)によって特異的に蛍光体化できる。特に後述する図1に示されるように、本発明の化合物(I)はGP、GPP(G:グリシン、P:プロリン)という配列に非常に反応性が高いことが分かる。コラーゲンの一次構造において、アミノ酸(X)はプロリンであることが多く、またアミノ酸(Y)はヒドロキシプロリンであることが多いので、結果的に、本発明の化合物(I)は特にコラーゲン由来のペプチド断片を選択的に蛍光体化することになる。
よって上記工程を経て得られた蛍光体を、後述する工程(2)において蛍光スペクトロメーター等に付し、蛍光強度を測定するのみで、試料中に存在するコラーゲンを検出することができる。
【0042】
本発明のコラーゲン検出方法において、化合物(I)としては特に限定されないが、RがカルボキシC1−6アルキルである化合物が望ましく、Rがカルボキシメチルである3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸がより好ましい。
【0043】
コラーゲンを含む試料としては特に限定されないが、生体試料、例えば血液、血清、尿などが挙げられる。また食品、飲料、化粧品、実験用試薬なども挙げられる。本発明のコラーゲン検出方法における、コラーゲンを含むこれらの試料には、コラゲナーゼによるコラーゲンのペプチド断片化を阻害しない限り、コラーゲン以外の成分が含まれていてもよい。
【0044】
従来のコラーゲンの検出には、ELISA法や比色法、o−フタルアルデヒドを用いた蛍光法が用いられてきた。本発明のコラーゲン検出方法は、試料に含まれるコラーゲンをコラゲナーゼによって切断して生成される多くのペプチド断片を、グリシンを含むペプチドに特異的な蛍光反応によって検出するものである。この方法の感度はペプチド断片数が多くなるほどシグナルが増加することに伴い増大するので、本発明のコラーゲン検出方法によれば、微量のコラーゲンであっても高い感度で検出することができる。
【0045】
ところで本発明のコラーゲン検出方法においては、後述する図4に示されるように、コラーゲン量と蛍光強度との間に線形性が認められる。したがって、検出方法ごとにその都度検量線を作成することで、コラーゲン量を定量することも可能である。よって本発明のコラーゲン検出方法は、コラーゲン定量方法でもあり得る。
【0046】
更に、この蛍光反応は20〜50℃というマイルドな条件でも進行することから、試料にコラゲナーゼ及び蛍光試薬を同時に加え、コラゲナーゼによるペプチド断片化と蛍光試薬による蛍光体化を同時に行うことが可能である。これにより、従来のコラーゲン検出方法で必要とされていた免疫反応や洗浄操作などが省略されるため、検出時間を大幅に短縮しつつ、簡便な操作で試料中のコラーゲンを検出・定量できる。
現在のところ、このような蛍光法に基づくコラーゲン測定キットは市販されておらず、本発明は簡便かつ高感度なコラーゲンの蛍光検出・定量法と成り得るものである。
【0047】
また、血中コラーゲン(特に、血中IV型コラーゲン)は肝臓の線維化に相関する肝線維化マーカーであり、また尿中コラーゲン(特に、尿中IV型コラーゲン)は、糖尿や腎炎による腎臓の糸球体崩壊に相関するマーカーであることが知られている。
よって本発明のコラーゲン検出・定量方法によれば、これらの疾患を発見・診断することも可能となる。
【0048】
工程(2):蛍光体を検出する工程
本工程は、工程(1)で得られた蛍光体を検出することで、サンプル中に存在するペプチドを検出する工程である。
【0049】
蛍光体の検出方法は特に限定されるものではないが、簡便性や多数のペプチドを分析する必要性、夾雑物の存在などを鑑みて、蛍光スペクトロメーターやマイクロプレートリーダーにより検出することが望ましい。また、HPLCやマイクロチップ電気泳動による分離も可能である。HPLCやマイクロチップ電気泳動を利用することで、多数のペプチドを分離して分析することが可能である。HPLC条件としては、励起波長を320〜500nm近傍、好ましくは370〜450nm近傍に、蛍光を400〜590nm近傍、好ましくは465〜540nm近傍にそれぞれ設定する。なお、当業者であれば、化合物(I)に含まれる化合物に応じて、その都度適宜最適な条件を設定することが可能である。これ以外のHPLC条件は特に限定されず、当業者であれば適宜条件を設定することが可能である。
【0050】
蛍光体の検出に際しては、蛍光体を含む試料中に他の成分が含まれていても構わない。したがって本発明の検出方法では、工程(1)において化合物(I)、酸化剤、ホウ酸溶液やプロテアーゼを試料に添加して蛍光体を製造し、次いで蛍光体を含む混合液を工程(2)に付してそのまま蛍光を測定するという極めて単純な操作で、ペプチドやコラーゲンを検出することができるのである。
また夾雑物が蛍光測定の妨げになる場合は、自体公知の方法によって、蛍光体以外の成分を除く操作を行うか、あるいは上記HPLCのような蛍光体を分離する操作を行えばよい。このような方法は、当業者に公知である。
【0051】
また本発明は、化合物(I)、酸化剤およびホウ酸溶液を含んでなる、ペプチド検出試薬を提供する。本発明のペプチド検出試薬に含まれる、化合物(I)、酸化剤およびホウ酸溶液は、前記したとおりである。
【0052】
本発明のペプチド検出試薬は、対象とするサンプルに加えることで、サンプルに含まれるペプチドを蛍光体化することができる。この際、サンプルに加える各成分の量については、当業者であれば適宜決定することができる。
【0053】
以下に実施例を挙げて、本発明をさらに具体的に説明する。なお以下の実施例は本願発明の一例を挙げるに過ぎず、本発明をこの範囲に限定するものではない。
【実施例】
【0054】
実施例1:蛍光体への変換およびスペクトロメーターによる蛍光体の検出
40μMの各ペプチド溶液250μLに、0.5mMの化合物(I) 375μL、100mM HBO−NaOH(pH 8.0)312μL、5mM NaIO 63μLを加え(終濃度としてペプチド10μM、NaBO 31mM、NaIO 315μM)、37℃で10分間反応を進行させた。その後反応液を10分間氷冷し、蛍光スペクトロメーター(励起波長370nm、蛍光波長465nm)によって蛍光強度を測定した。結果を図1〜図3に示す。
蛍光光度分析:
機種:日本分光 FP−6300 Spectrofluorometer
スリット幅:10nm、10nm
感度:medium
レスポンス:medium
【0055】
実施例2:HPLCによる蛍光体の検出
実施例1で得られた反応液をHPLCによって分析した。
HPLC条件:移動層;15−80%メタノール+5% 0.25M pH7.0 HBO−NaOH(0−40min linear gradient)、励起波長370〜450nm,蛍光波長465〜540nm,カラムODS−80Ts(150mm×4.6mm i.d,pore size 5mm,Tosoh)。
【0056】
化合物(I)として3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸(3,4−DHPAA)を用いた場合(図1)、ランダムなアミノ酸配列を有するペプチド、特にグリシンを含むペプチドを蛍光体化することができる一方で、3,4−ジヒドロキシ安息香酸(図2)や4−ハロゲン化カテコール(図3)は、N末端がプロリンであるペプチドを高選択的に蛍光体化することが分かった。
【0057】
実施例3:コラーゲンの検出
コラーゲンを含む各タンパク質(20nM)またはHeLa細胞抽出物(全タンパク質量15.2μg/tube;4×10cells/tube)を、5mM CaClを含む50mMホウ酸緩衝液(pH7.5)中、微生物由来コラゲナーゼ(2.0μg/tube,ナカライテスク社製)と37℃で1時間反応させた。その後、315μM NaIOと31.2mMホウ酸緩衝液の存在下、187μM 3,4−DHPAAと37℃で10分間反応させ、蛍光体を製造した。その後、反応液を10分間氷冷し、蛍光スペクトロメーター(実施例1参照)によって、励起波長370nm、蛍光波長465nmで、得られた蛍光体を含む溶液の蛍光強度を測定した。結果を図4に示す。
本発明のコラーゲン検出方法によれば、コラーゲンを特異的に検出できることが明らかとなった。
【0058】
実施例4:コラーゲンの定量
ヒトまたはウシコラーゲン−I(シグマ社製)を、5mM CaClを含む50mMホウ酸緩衝液(pH 7.5)中、微生物由来コラゲナーゼ(2.0μg/tube,ナカライテスク社製)と37℃で1時間反応させた。その後、315μM NaIOと31.2mMホウ酸緩衝液の存在下、187μM 3,4−DHPAAと37℃で10分間反応させ、蛍光体を製造した。その後、反応液を10分間氷冷し、蛍光スペクトロメーター(実施例1参照)によって、励起波長370nm、蛍光波長465nmで、得られた蛍光体を含む溶液の蛍光強度を測定した。得られた結果を、ヒトまたはウシコラーゲン−I量との関係でプロットし、検量線を作成した。結果を図5に示す。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明のペプチド検出方法は、穏和な温度条件でペプチドを選択的に蛍光誘導体化することを特徴とする。したがって、ペプチド以外の生体成分と反応して蛍光性を与えてしまうことが無く、またマイルドな条件にも関わらずペプチドを高い割合で蛍光体化することができる。
特に本発明のペプチド検出方法は、アミノ酸の種類や隣接するペプチド結合を認識して、特定のペプチド(例えば、N末端がプロリンであるペプチドや、グリシンを含むペプチド)を高選択的に蛍光体化することができる。特にグリシンを含むペプチドの検出は、コラゲナーゼの使用と組み合わせて、コラーゲン検出方法として応用することができる点で有用である。
また当該コラーゲン検出方法によれば、コラーゲンを定量的に測定することも可能であるし、コラーゲンをバイオマーカーとする疾患の診断を行うことも可能である。
さらに本発明のペプチド検出方法は、従来のペプチド蛍光体形成反応に比べてよりマイルドな温度条件で、短時間にペプチドを高選択的に蛍光検出できるので、各種プロテアーゼの酵素活性の測定方法など、生化学や病態検査学の分野にも応用することが可能である。
【0060】
本出願は、特願2011−045491(出願日:平成23年3月2日)を基礎としており、それらの内容は本明細書に全て包含されるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペプチドと式(I)
【化1】

(式中、Rは、ハロゲン原子、カルボキシC1−6アルキルまたはカルボキシルを示す)で表される化合物を、ホウ酸溶液中、酸化剤存在下、20〜50℃で反応させて蛍光体を製造することを特徴とする、ペプチドの検出方法。
【請求項2】
反応が、pH7〜8で行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
酸化剤が、過ヨウ素酸ナトリウムである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
式(I)で表される化合物が、3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸、3,4−ジヒドロキシ安息香酸および4−ハロゲン化カテコールから選択される、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
式(I)で表される化合物が、3,4−ジヒドロキシ安息香酸であり、ペプチドが、N末端がプロリンであるペプチドである、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
式(I)で表される化合物が、3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸であり、ペプチドが、グリシンを含むペプチドである、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
式(I)で表される化合物が、3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸であり、ペプチドが、試料のコラゲナーゼ処理により得られるペプチドである、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
試料中のコラーゲンを検出する方法である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
試料中のコラーゲンを定量する方法である、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
式(I)
【化2】

(式中、Rは、ハロゲン原子、カルボキシC1−6アルキルまたはカルボキシルを示す)で表される化合物、酸化剤およびホウ酸溶液を含んでなる、ペプチド検出試薬。
【請求項11】
酸化剤が、過ヨウ素酸ナトリウムである、請求項10に記載の試薬。
【請求項12】
式(I)で表される化合物が、3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸、3,4−ジヒドロキシ安息香酸および4−ハロゲン化カテコールから選択される、請求項10または11に記載の試薬。
【請求項13】
式(I)で表される化合物が、3,4−ジヒドロキシ安息香酸であり、ペプチドが、N末端がプロリンであるペプチドである、請求項10〜12のいずれか一項に記載の試薬。
【請求項14】
式(I)で表される化合物が、3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸であり、ペプチドが、グリシンを含むペプチドである、請求項10〜12のいずれか一項に記載の試薬。
【請求項15】
式(I)で表される化合物が、3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸であり、ペプチドが、試料のコラゲナーゼ処理により得られるペプチドである、請求項10〜12のいずれか一項に記載の試薬。
【請求項16】
コラーゲンの検出試薬である、請求項15に記載の試薬。
【請求項17】
ペプチドと式(I)
【化3】

(式中、Rは、ハロゲン原子、カルボキシC1−6アルキルまたはカルボキシルを示す)で表される化合物とを、ホウ酸溶液中、酸化剤存在下、20〜50℃で反応させることを特徴とする、ペプチドの蛍光標識方法。
【請求項18】
反応が、pH7〜8で行われる、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
酸化剤が、過ヨウ素酸ナトリウムである、請求項17または18に記載の方法。
【請求項20】
式(I)で表される化合物が、3,4−ジヒドロキシフェニル酢酸、3,4−ジヒドロキシ安息香酸および4−ハロゲン化カテコールから選択される、請求項17〜19のいずれか一項に記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2012−194170(P2012−194170A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−187969(P2011−187969)
【出願日】平成23年8月30日(2011.8.30)
【出願人】(504205521)国立大学法人 長崎大学 (226)
【Fターム(参考)】