説明

ホスホパンテテン転移酵素遺伝子及びこれを用いた長鎖多価不飽和脂肪酸の製造方法

【課題】 長鎖多価不飽和脂肪酸の生合成に必要なホスホパンテテン転移酵素とこれをコードするDNAを単離し、これらを用いた組み換え宿主による長鎖多価不飽和脂肪酸の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明は、特定なアミノ酸配列からなる蛋白質、又は特定なアミノ酸配列において1〜数個のアミノ酸が欠失し、置換され、もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、ホスホパンテテン転移酵素活性を有する蛋白質に関する。また本発明は、前記蛋白質をコードするDNAと長鎖多価不飽和脂肪酸生合成遺伝子を発現することのできる宿主細胞を調製する工程、及び該宿主細胞を培養して長鎖多価不飽和脂肪酸を生成させる工程を含む、長鎖多価不飽和脂肪酸の製造方法に関する。本発明は、培養がより容易で細胞自体の収量が高い微生物を利用した、DHAやEPAなどの長鎖多価不飽和脂肪酸の製造を可能にする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、長鎖多価不飽和脂肪酸の生合成に関与するホスホパンテテン転移酵素とその遺伝子、及びそれらを利用した長鎖多価不飽和脂肪酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトや動物(家畜やペット、養殖魚など)用のサプリメントとして、ドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)などの長鎖多価不飽和脂肪酸が利用されている。長鎖多価不飽和脂肪酸の主要な供給源は魚油である。魚油は低コストであるという利点を持つが、一方で含まれる不飽和脂肪酸が多様であるために精製が容易ではない、独特の魚臭をもつ、漁獲に影響されるために供給に安定性を欠く、海洋汚染によって魚油そのものも化学物質や重金属による汚染の危惧がある、などの欠点もある。近年特に魚油の汚染が問題視され、魚油に替わる長鎖多価不飽和脂肪酸の供給源を得るための研究が進められている(非特許文献1)
魚油に替わる長鎖多価不飽和脂肪酸の供給源として幾つかの方法が提唱されてきており、すでに実用化されているものもある。その中の一つはラビリンチュラ類微生物やウズベン毛藻などの真核性微生物を用いたDHAの発酵生産である(非特許文献2、非特許文献3)。これらの微生物は、主としてDHAを脂肪(トリアシルグリセロール(TG))として多量に蓄積する性質を有しており、微生物細胞自体がDHA源となり得る。実際にアメリカにおいては、これらの微生物を用いたDHAを含有するTGの生産が事業化されている。
【0003】
一方、長鎖多価不飽和脂肪酸生合成遺伝子を有している原核性微生物(細菌)も報告されている。特に細菌由来のEPA生合成遺伝子は、これを人為的に導入した組み換え細菌によるEPAの発酵生産を可能とし得ることから、重要な遺伝子として理解されている。この遺伝子群を異種生物に導入することによってEPAあるいはDHAを製造する方法は、藻類や動物が行う既存の脂肪酸の鎖長伸長と酸素依存の脂肪酸不飽和化反応を組み合わせる方法に比べてより単純であることから、遺伝子操作によって異種生物でEPAやDHAを生産するためには、より好ましい方法であると考えられる。
【0004】
細菌によるEPAの生合成には、複数の遺伝子からなる遺伝子群(クラスター)の関与が明らかにされている(非特許文献4)。また、Shewanella pneumatophori SCRC-2738(非特許文献5;以下、この微生物株をSCRC-2738と表記する)からクローニングされた全5個の遺伝子(ORF2、ORF5、ORF6、ORF7、ORF8)を含むクラスター(以下、EPAクラスターとする)を導入した大腸菌(非特許文献6)、シアノバクテリア(非特許文献7)なども報告されている(図1)。
【0005】
一方、DHAの生合成に関与すると予想されているクラスターとしては、Moritella marina MP-1(以下、この微生物株をMP-1とする)から単離されている、ORF8,ORF9,ORF10,ORF11からなるクラスター(以下、DHAクラスターとする)が知られている(非特許文献8、特許文献1)。
【0006】
しかし、MP-1のDHAクラスターを構成するORF8,ORF9,ORF10,ORF11は、それぞれSCRC-2738のEPAクラスターを構成するORF5、ORF6、ORF7、ORF8と相同性を有しているが、MP-1のDHAクラスターにはEPAクラスターのORF2であるホスホパンテテン転移酵素(Phosphopantethein Transferase、以下PPTaseとする)をコードするORFがない。そのため、MP-1のDHAクラスターを大腸菌などの異種生物で発現させても、DHAを組み換え的に生産することはできなかった。
【0007】
PPTaseは、脂肪酸、ポリケチド、リボソーム非依存的に合成されるペプチド(NRP)などの合成の際に、反応中間体および反応生成物を運搬するタンパク質(キャリアータンパク質(CP))のセリン残基にホスホパンテテンを付加することにより、CPを活性化する酵素である。
【0008】
現在まで、PPTaseは大きく分けて脂肪酸の新生にかかわるもの(AcpSタイプ)とポリケチドやNRPなどの二次代謝物の合成に関わるもの(Sfpタイプ)の二種類が知られている。一般的にAcpSタイプの酵素は、分子量は15000程度であり、三量体として働き、基質に対する特異性が高いという特徴を備えている。一方のSfpタイプの酵素は、分子量は約30000であり、単量体として働き、基質に対する特異性が広いという特徴を備えている。
【0009】
EPAの生合成に必要とされる公知のPPTaseとしては、これまでのところ、SCRC-2738のPPTaseとこれに相同的な塩基配列を持つ多数の遺伝子がデータベースに登録されている。このうち、長鎖多価不飽和脂肪酸生合成に関連する酵素であると確認されているのはSCRC-2738のPPTaseだけである。これらのPPTaseは、それらをコードする遺伝子の構造や予想されるタンパク質のサイズから、Sfpタイプと考えられる。
【0010】
SfpタイプのPPTaseは、相互に相同性が非常に低いという特徴を有している。SfpタイプのPPTaseにおける保存配列としては、Mg2+結合ドメイン(約5アミノ酸残基を含むドメイン;P2ドメインという)と基質結合・触媒ドメイン(約7アミノ酸残基を含むドメイン;P3ドメインという)が知られている。しかし、各ドメインにおける保存アミノ酸残基は、P2ドメインで1残基(xxDxx)、P3ドメインで3残基(KExxxK)に過ぎない(非特許文献12)。また、SfpタイプのPPTaseにおける保存配列としてP1ドメインの存在を指摘するものもあるが、その保存性はP2ドメインやP3ドメインよりもさらに低い。
【0011】
従って、SfpタイプのPPTaseをコードする新規な遺伝子を、既知のPPTaseのアミノ酸配列情報を元にしたPCR法によりクローニングするのは、一般には非常に困難であると考えられている。事実、最近公知となった、長鎖多価不飽和脂肪酸生合成に関連するPPTaseを含むSfpタイプのPPTaseをコードする遺伝子の殆どは、ゲノム又はプラスミドの塩基配列が決定された生物から特定されたものである(非特許文献9、非特許文献10、非特許文献11)。さらに、DHAを生産することのできる微生物から、DHAの生産に必要とされるPPTaseをコードするDNAをクローニングしたという報告はなされていない。
【特許文献1】WO98/55625(US Patent 6,140,483)
【非特許文献1】Qi, B., Fraser, T., Mugford, S., Dobson, G., Sayanova, O., Butler, J., Napier J. A., Stobart A. K., and Lazarus C. M. (2004) Production of very long chain polyunsaturated omega-3 and omega-6 fatty acids in plants. Nature Biotechnol., 22: 739-745.
【非特許文献2】Lewis, T. E., Nichols, P. D., and McMeekin, T. A. (1999) The biotechnological potential of thraustochytrids. Mar. Biotechnol., 1: 580-587.
【非特許文献3】Ratledge, C. 2004. Fatty acid biosynthesis in microorganisms being used for Single Cell Oil production. Biochimie, 86: 807-815.
【非特許文献4】Metz, J. G., Roessler, P., Facciotti, D., Levering, C., Dittrich, F., Lassner, M., Valentine, R., Lardizabal, K., Domergue, F., Yamada, A., Yazawa, K., Knauf, V. and Browse, J. (2001) Production of polyunsaturated fatty acids by polyketide synthases in both prokaryotes and eukaryotes. Science 293, 290-293.
【非特許文献5】K. Hirota, Y. Nodasaka, Y. Orikasa, H. Okuyama, and I. Yumoto (2005) Shewanella pneumatophoruse sp. nov., eicosapentanoic-acid-producing marine bacterium isolated from pacific mackerel (Pneumatophorus japonicus) intestine. Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 55: 2355-2359.
【非特許文献6】Yazawa, K. (1996) Production of eicosapentaenoic acid from marine bacteria. Lipids 31, S-297-S-300.
【非特許文献7】Takeyama, H., Takeda, D., Yazawa, K., Yamada, A., and Matsunaga, T. (1997) Expression of the eicosapentaenoic acid synthesis gene cluster from Shewanella sp. in a transgenic marine cyanobacterium, Synechococcus sp. Microbiol., 143: 2725-2731.
【非特許文献8】Tanaka, M., Ueno, A., Ohgiya, S., Hoshino, T., Yomoto, I., Kawasaki, K., Ishizaki, K., Okuyama, H. and Moriata, N. (1999) Isolation of clustered gene that are notably homologous to the eicosapentaenoic acid biosynthesis gene cluster from the docosahexaenoic acid-producing bacterium Vibrio marinus MP-1. Biotechnol. Lett. 21, 939-945.
【非特許文献9】Liu Q, Ma Y, Zhou L, Zhang Y. (2005) Gene cloning, expression and functional characterization of a phosphopantetheinyl transferase from Vibrio anguillarum serotype O1. Arch Microbiol. 183: 37-44.
【非特許文献10】Mofid MR, Finking R, Marahiel MA. (2002) Recognition of hybrid peptidyl carrier proteins/acyl carrier proteins in nonribosomal peptide synthetase modules by the 4'-phosphopantetheinyl transferases AcpS and Sfp. J Biol Chem. 277:17023-17031.
【非特許文献11】Finking R, Solsbacher J, Konz D, Schobert M, Schafer A, Jahn D, Marahiel MA (2002) Characterization of a new type of phosphopantetheinyl transferase for fatty acid and siderophore synthesis in Pseudomonas aeruginosa. J. Biol. Chem. 277: 50293-50302.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、これまでに単離されていない長鎖多価不飽和脂肪酸であるDHAの生合成に必要なPPTaseとこれをコードするDNAを単離し、これらを用いた組み換え宿主による長鎖多価不飽和脂肪酸の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、MP-1のPPTaseをコードするDNAのクローニングに成功し、このDNAが既知のDHAクラスターと組み合わせることでDHAの組み換え的製造を可能にし、また既知のEPAクラスターと組み合わせることでEPAの組み換え的製造をも可能とすることを見出し、以下の各発明を完成した。
【0014】
(1)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなる蛋白質、又は配列番号1に示されるアミノ酸配列において1〜数個のアミノ酸が欠失し、置換され、もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、ホスホパンテテン転移酵素活性を有する蛋白質。
【0015】
(2)(1)に記載のタンパク質をコードするDNA。
【0016】
(3)配列番号2に示される塩基配列からなるDNA、又は配列番号2に示される塩基配列に相補的な配列を有するDNAにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつホスホパンテテン転移酵素活性を有する蛋白質をコードするDNAである、(2)に記載のDNA。
【0017】
(4)(2)又は(3)に記載のDNAと長鎖多価不飽和脂肪酸生合成遺伝子を発現することのできる宿主細胞を調製する工程、及び該宿主細胞を培養して長鎖多価不飽和脂肪酸を生成させる工程を含む、長鎖多価不飽和脂肪酸の製造方法。
【0018】
(5)長鎖多価不飽和脂肪酸合成遺伝子がドコサヘキサエン酸生合成遺伝子である、(4)に記載の製造方法。
【0019】
(6)ドコサヘキサエン酸生合成遺伝子がMoritella marina MP-1由来のドコサヘキサエン酸生合成遺伝子のクラスターである、(5)に記載の製造方法。
【0020】
(7)長鎖多価不飽和脂肪酸合成遺伝子が、エイコサペンタエン酸生合成遺伝子である、(4)に記載の製造方法。
【0021】
(8)エイコサペンタエン酸生合成遺伝子がShewanella pneumatophori SCRC-2738由来のエイコサペンタエン酸生合成遺伝子のクラスターである、(7)に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明は、培養がより容易で細胞自体の収量が高い微生物を利用した、DHAやEPAなどの長鎖多価不飽和脂肪酸の製造を可能にする。この微生物を利用する方法によって、魚油から長鎖多価不飽和脂肪酸を回収する際の問題を全て解決できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
<蛋白質>
本発明の蛋白質は、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなる蛋白質、又は配列番号1に示されるアミノ酸配列において1〜数個のアミノ酸が欠失し、置換され、もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、ホスホパンテテン転移酵素活性を有する蛋白質である。
【0024】
配列番号1に示されるアミノ酸配列からなる蛋白質は、後に説明するように、MP-1由来のPPTaseであり、287アミノ酸残基から構成され、当該アミノ酸配列から推定される分子量は33.46kDa、等電点は6.31である。
【0025】
配列番号1に示されるアミノ酸配列からなる蛋白質は、適当な条件下で培養したMP-1から定法に基づいて精製して調製してもよいが、本発明においては、適当なベクターに後に述べる配列番号1に示されるアミノ酸配列からなる蛋白質をコードするDNAを組み換えて発現ベクターを調製し、この発現ベクターで形質転換した宿主細胞を培養して、組み換え蛋白質として配列番号1に示されるアミノ酸配列からなる蛋白質を調製することが好ましい。この操作において必要な遺伝子組み換え手法や組み換え蛋白質の製造方法の基本的な操作は、当業者に公知あるいは周知の各種操作を利用して行なうことができる。
【0026】
また本発明の蛋白質を精製する方法としては、蛋白質の精製に通常使用されている方法の中から適切な方法を適宜選択して行うことができる。すなわち、塩析法、限外濾過法、等電点沈澱法、ゲル濾過法、電気泳動法、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィーや抗体クロマトグラフィー等の各種アフィニティークロマトグラフィー、クロマトフォーカシング法、吸着クロマトグラフィーおよび逆相クロマトグラフィー等、通常使用され得る方法の中から適切な方法を適宜選択し、必要によりHPLCシステム等を使用して適当な順序で精製を行えば良い。
【0027】
本発明の蛋白質の生理活性であるホスホパンテテン転移酵素活性は、Liu ら(非特許文献9)の方法に従ってアッセイすることができる。具体的には、EPAクラスターのORF5又はDHAクラスターのORF8にコードされている蛋白質(アポ型)、またはこれらの蛋白質に相同性をもつキャリアータンパク質(アポ型)及びCoenzyme Aを反応基質とし、酵素反応により生ずるホスホパンテテンが結合したホロ型蛋白質を検出する方法である。ここで使用する基質となる蛋白質は、アシルキャリアータンパク質(ACP)のドメインが5回ないし6回繰り返すという特徴的なアミノ酸配列を含む多機能蛋白質である。
【0028】
なお、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなる蛋白質のみならず、かかる蛋白質のアミノ酸配列の一部が異なる蛋白質であっても、依然としてホスホパンテテン転移酵素活性を有する限り、それらは本発明の一態様である。例えば、配列番号1で表されるアミノ酸配列において1以上のアミノ酸残基が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつホスホパンテテン転移酵素活性を有する蛋白質は、本発明の蛋白質として理解される。
【0029】
アミノ酸配列の変化としては、GluやAsp等の酸性アミノ酸残基間の置換、LysやArgあるいはHis等の塩基性アミノ酸残基間の置換、SerやThr等の水酸基を有するアミノ酸残基間の置換、Leu、Ile、Val等の疎水性アミノ酸残基間の置換、その他のいわゆるアミノ酸残基の保存的置換、グリシンやアラニン等の比較的小さなアミノ酸残基の付加あるいは欠失、一定のドメイン構造を構成するアミノ酸配列や特徴的な機能を有するアミノ酸配列などの付加など、一般的に蛋白質の機能を損なわない変化として当業者が広く理解している変化を挙げることができる。また、当業者であれば、新たにクローニングされるMP-1以外の微生物由来のPPTaseのアミノ酸配列と本発明のPPTaseのアミノ酸配列とのアライメント比較結果や、PPTaseの二次構造予測結果その他の解析情報を基に、上記のような変化が許容され得るアミノ酸残基の候補を決定することができる。
【0030】
この様な蛋白質は、遺伝子工学技術を駆使して部位特異的にアミノ酸残基を変化させて調製してもよく、またニトロソグアニジン等の変異原性物質を用いて無作為にDNAの塩基配列を変化させることで、アミノ酸残基を変化させて調製してもよい。この様な変異蛋白質を調製する操作は、いわゆる当業者にとって、周知技術の適用の範囲内で行うことができる。
【0031】
また、人為的な操作によって調製される蛋白質のみならず、MP-1以外の種々の微生物その他の生物が天然に有している蛋白質であっても、該蛋白質が、配列番号1に示されるアミノ酸配列において1〜数個のアミノ酸が欠失し、置換され、もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、ホスホパンテテン転移酵素活性を有する蛋白質に相当する蛋白質であれば、それらも本発明の一態様である。
【0032】
また、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなる蛋白質、又は配列番号1に示されるアミノ酸配列において1〜数個のアミノ酸が欠失し、置換され、もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、ホスホパンテテン転移酵素活性を有する蛋白質に対して、糖鎖の付加その他の翻訳後修飾を受けた当該蛋白質、安定同位体元素や蛍光物質が付加された当該蛋白質、その他の種々の修飾を受けた蛋白質、ヒスチジンタグやGFP(Green fluorescence protein)などの適当な蛋白質を融合させたものも、本発明の一態様である。
【0033】
<DNA>
本発明は、上記のPPTaseをコードするDNAも提供する。より具体的には、配列番号2に示される塩基配列からなるDNA、又は配列番号2に示される塩基配列に相補的な配列を有するDNAにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつホスホパンテテン転移酵素活性を有する蛋白質をコードするDNAである。
【0034】
配列番号2に示される塩基配列からなるDNAは、MP-1由来のPPTaseをコードしている、MP-1のゲノム中の遺伝子pfaEのORFに相当する塩基配列からなるDNAである。このDNAは、後に説明する操作によってMP-1のゲノムDNAからクローニングすることができる。
【0035】
先に説明したように、一般にSfpタイプのPPTaseは相互に相同性が非常に低い。実際に、本発明者らは、これらの相同性の低いPPTase同士のアミノ酸配列比較から導かれる縮重オリゴヌクレオチドプライマーを調製して、MP-1のゲノムDNAに対してPCR法を行ったが、配列番号2に示される塩基配列又はその一部の配列を含むDNAの増幅は行うことができなかった。本発明のDNAは、3種類のShewanella属細菌(SCRC-2738、SC2A、MR-1)のPPTaseのアミノ酸配列のみを対比させ、それらの間で保存されている領域(図2)に相当する縮重オリゴヌクレオチドプライマーを用意し、さらに複数回のPCRを繰り返すことでクローニングに成功したDNAである。
【0036】
本発明のDNAは、配列番号2に示された塩基配列を基にすれば、一般的なハイブリダイゼーション等の遺伝子工学的手法を用いたクローニングやホスホアミダイト法などの化学合成的手法により調製することは可能であり、またその様なDNAであってもよい。また本発明のDNAは1本鎖であっても、それに相補的な配列を有するDNAやRNAと結合して2重鎖、3重鎖を形成していても良い。またホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRPO)等の酵素や放射性同位体、蛍光物質、化学発光物質等で標識されたDNAであってもよい。
【0037】
さらに本発明は、配列番号2に示される塩基配列に相補的な配列を有するDNAにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつホスホパンテテン転移酵素活性を有する蛋白質をコードするDNAを含む。
【0038】
配列番号2に示される塩基配列からなるDNAについては、該DNAにコードされる蛋白質がホスホパンテテン転移酵素活性を有する限りにおいて、塩基配列のバリエーションが許容される。例えば、同一アミノ酸残基をコードする縮重コドンの存在や、種々の人為的処理例えば部位特異的変異導入、変異剤処理によるランダム変異、制限酵素切断によるDNA断片の変異・欠失・連結等により、部分的にDNA配列が変化したものを挙げることができる。また、MP-1以外の微生物由来のPPTaseをコードするDNAであって、配列番号2に示される塩基配列に相補的な配列を有するDNAにストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAもあり得る。本発明のDNAはこれら全てのDNAを含むものと理解される。
【0039】
上記のDNAの塩基配列の相違は、配列番号2に示される塩基配列に対して70%以上、好ましくは80%以上、更に好ましくは90%以上の同一性を有するものであればよい。またストリンジェントな条件の設定は、温度、イオン濃度などの条件を考慮して当業者が適宜決定することができるが、典型的には、ハイブリダイゼーション後に50℃の6×SSC、5×Denhardt's、0.1%SDS、25℃ないし68℃中でメンブレンを洗浄する条件(1×SSCは0.15M NaCl、0.015M クエン酸ナトリウムである)のサザンハイブリダイゼーションで、配列番号2に示される塩基配列に相補的な配列を有するDNAにハイブリダイズする程度であればよい。
【0040】
本発明のDNAは、これを適当なベクターに組み込むことができる。本発明のDNAを有する組換えベクターは、環状、直鎖状等いかなる形態のものであってよい。また、本発明のDNAに対して、必要ならば他の塩基配列を付加してベクターに組み込んでもよい。他の塩基配列は、エンハンサー配列、プロモーター配列、リボゾーム結合配列、コピー数の増幅を目的として使用される塩基配列、シグナルペプチドをコードする塩基配列、他のポリペプチドをコードする塩基配列、ポリA付加配列、スプライシング配列、複製開始点、選択マーカーとなる遺伝子の塩基配列等であってよい。
【0041】
本発明のDNAの組み換えに際しては、適当な合成DNAアダプターを用いて翻訳開始コドンや翻訳終止コドンを本発明のDNAに付加したり、あるいは塩基配列内に適当な制限酵素切断配列を新たに発生させあるいは消失させたりすることも可能である。これらは当業者が通常行う作業の範囲内であり、本発明のDNAを基に任意かつ容易に加工することができる。
【0042】
また本発明のDNAを保持するベクターは、使用する宿主に応じた適当なベクターを選択して使用すればよく、プラスミドの他にバクテリオファージ、バキュロウイルス、レトロウィルス、ワクシニアウィルス等の種々のウイルスを用いることも可能である。
【0043】
<長鎖多価不飽和脂肪酸の製造方法>
本発明は、上記に説明したDNAと長鎖多価不飽和脂肪酸生合成遺伝子を発現することのできる宿主細胞を調製する工程、及び該宿主細胞を培養して長鎖多価不飽和脂肪酸を生成させる工程を含む、長鎖多価不飽和脂肪酸の製造方法を提供する。
【0044】
本発明の方法で製造される長鎖多価不飽和脂肪酸は、好ましくはDHA又はEPAである。上記に説明した本発明のDNAとDHA酸生合成遺伝子クラスターとを一つの宿主細胞内で発現させることにより、当該宿主細胞にDHAを生産させることができる。また、本発明のDNAとEPA酸生合成遺伝子クラスターとを一つの宿主細胞内で発現させることにより、当該宿主細胞にEPAを生産させることができる。
【0045】
本発明において使用される長鎖多価不飽和脂肪酸生合成遺伝子は、DHAやEPAなどの長鎖多価不飽和脂肪酸を生産することのできる微生物から得られる、長鎖多価不飽和脂肪酸の生合成に関与する遺伝子群を意味する。通常、微生物は、そのゲノム上にこれらの遺伝子群がまとまってできるクラスターと呼ばれる構造を有している。本発明は、この微生物の長鎖多価不飽和脂肪酸生合成遺伝子クラスターを利用することが好ましい。特に好ましいクラスターは、Tanakaら(非特許文献6)に記載されているMoritella marina MP-1由来のDHA生合成遺伝子クラスターである。またHirotaら(非特許文献5)に記載されているShewanella pneumatophori SCRC-2738由来のEPA生合成遺伝子クラスターも、本発明において好ましいEPA生合成遺伝子クラスターの一つである。
【0046】
本発明は、上記に説明したDNAと長鎖多価不飽和脂肪酸生合成遺伝子を発現することのできる宿主細胞を調製する工程を含む。この宿主細胞は、所望の長鎖多価不飽和脂肪酸生合成遺伝子を組み込んだ適当な発現ベクターと本発明のDNAを組み込んだ発現ベクターをそれぞれ用意し、それぞれの組み換えベクターで適当な細胞を形質転換することで調製することができる。また、所望の長鎖多価不飽和脂肪酸生合成遺伝子と本発明のDNAとを同時に保持する一つの組み換え発現ベクターを作成し、このベクターを用いて細胞を形質転換することで調製してもよい。
【0047】
本発明で利用可能な宿主細胞としては、Escherichia属細菌、Pseudomonas属細菌、Bachillus属細菌、Acinetobacter属細菌、Brucella属細菌、Rhizobium属細菌、Agrobacterium属細菌、Klebsiella属細菌、Proteus属細菌、Synechococcus属細菌、Pichia属及びSaccharomyces属酵母などを挙げることができるが、より簡便に操作し得る宿主細胞であるEscherichia属細菌の利用が特に好ましい。
【0048】
ベクターを宿主細胞に導入する方法としては、エレクトロポレーション法、プロトプラスト法、アルカリ金属法、リン酸カルシウム沈澱法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法、ウイルス粒子を用いる方法等があるが、いずれの方法を用いても構わない。これらの方法の詳細は、例えばJ.Sambrook等、Molecular Cloning,a Laboratory Manual,Cold Spring Harbor Laboratory,New York,1989年その他のテクニカルハンドブックに紹介されている。
【0049】
長鎖多価不飽和脂肪酸生合成遺伝子及び/又は本発明のDNAの発現は、それぞれ異なる発現制御系の下で発現させてもよく、また同種の発現制御系の下で発現させてもよい。長鎖多価不飽和脂肪酸生合成遺伝子はそれ固有のプロモーター配列によって発現が制御されている場合が多く、本発明ではかかる固有の発現プロモーターを利用することができる。あるいは発現効力に優れる他の既知のプロモーターの制御下に長鎖多価不飽和脂肪酸生合成遺伝子を置いて使用してもよい。
【0050】
本発明で利用可能な発現制御系には格別の制限はなく、使用する宿主細胞毎に適当な発現制御系を選択して利用すればよい。例えば、宿主が大腸菌である場合にはT7プロモーター、lacプロモーター、trpプロモーター、λPLプロモーターなどが、宿主が酵母である場合にはPHO5プロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーター等が、宿主が動物細胞である場合にはSV40由来プロモーター、レトロウィルスプロモーター等が、宿主が植物細胞である場合にはRubisCOプロモータ等を例示できるが、当然ながらこれらには限定されない。
【0051】
また本発明の方法は、上記の方法で調整した宿主細胞を培養して長鎖多価不飽和脂肪酸を生成させる工程を含む。かかる宿主細胞の培養は、細胞の種類、本発明のDNAならびに長鎖多価不飽和脂肪酸生合成遺伝子の発現を制御しているプロモーターの種類に応じて、適宜調節すればよい。例えば、大腸菌を宿主とする場合には、大腸菌の至適生育条件(温度、培地組成、培地pH、培養時間など)の下で培養すると共に、必要に応じてIPTGやラクトースなどの発現誘導物質を培地に添加する、あるいは培養温度を変化させるなどを行って、所望のDNA等の発現を誘導すればよい。
【0052】
本発明のDNAは、SCRC-2738に由来するEPA生合成遺伝子クラスターと大腸菌内で発現させることにより、大腸菌全脂肪酸の0.67%に相当するEPAを生産させることができる。また本発明のDNAは、MP-1に由来するDHA生合成遺伝子クラスターと大腸菌内で発現させることにより、大腸菌全脂肪酸の3.03%に相当するDHAを生産させることができる。
【0053】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0054】
<実施例1>pfaEのクローニング
1)ゲノムライブラリーのスクリーニング
3種類のShewanella属細菌のPPTaseをコードするDNAで保存されているP1領域の上流側ならびに下流側に存在する塩基配列に相当する縮重プライマーP1a(配列番号3)、P1b(配列番号4)をそれぞれ設計し、合成した。また、保存塩基配列のうち最も下流域に存在する配列に相当するP3プライマー(配列番号5)を合成した。
【0055】
MP-1のゲノムDNA0.1-0.5μgを鋳型にして、P1aプライマーとP3プライマー各100 pmolを用いて1回目のPCR反応を行なったところ、アガロースゲル電気泳動でスメア状の遺伝子産物が観察された。このアガロースゲルから予測される増幅DNAに相当する部分(200bp〜400bp)を切り出して増幅DNAを精製した後に、これを鋳型にして、P1bプライマーとP3プライマー各100 pmolを用いて2回目のPCR反応を行なった。アガロースゲル電気泳動により200bpのDNA断片(断片A)を得た。上記の両PCR反応の条件は、いずれも94℃、30秒、44℃、30秒、72℃、1分を1サイクルとする、計35サイクルの反応である。
【0056】
断片Aの塩基配列(配列番号6)をベクター上の配列をもつM13FおよびM13Rプライマーを用いてジデオキシ法で決定した。次にPPTase遺伝子の全塩基配列を決めるために、コスミドを利用して構築したMP-1のゲノムライブラリー(非特許文献4)のインサートDNAを鋳型とし、断片Aの縮重配列部位を除く末端配列をもつオリゴヌクレオチドfAF: accgataacttaatctttg(配列番号7)とfAR: taacgtccagtaatcaaaaa(配列番号8)をプライマーにして、PCR反応を94℃、30秒、52℃、30秒、72℃、1分を1サイクルとする計30サイクルの条件で行い、ゲノムライブラリーのスクリーニングを行った。この結果、MP-1のゲノムコスミドライブラリーの全260クローンの中で、3G11クローンにPCR反応産物が確認された。
【0057】
2)PPTase遺伝子全長配列のクローニング
1)で決定した断片Aの塩基配列をもとにオリゴヌクレオチドプライマー606p1(配列番号9)と606p3(配列番号10)を設計、合成した。3G11コスミドクローンを鋳型としたサイクルシーケンス法を行い読み枠開始コドンおよび終始コドンを含むPPTase遺伝子の全長の塩基配列を決定し、MP-1のPPTase遺伝子(pfaE)(配列番号2)を得た。PCR反応条件は94℃30秒、55℃30秒、60℃3分とした。
【0058】
3)MP-1のPPTase遺伝子全長のクローニングと大腸菌における発現
2)によって決定された塩基配列をもとに、PPTase遺伝子の全長を増幅するようにオリゴヌクレオチドプライマーPPTEX_F1(配列番号11)とPPTEX_R1(配列番号12)を作成した。PPTEX_F1とPPTEX_R1は、それぞれ制限酵素部位NdeIとXhoIを有する。これらのプライマーDNAを用いて、p3G11を鋳型にしてPCR反応を行った。PCR反応は、94℃1分、58℃1分、72℃1分を1サイクルとする計30サイクルの反応である。
【0059】
このPCR反応によって増幅されたDNA断片を上記1)と同様にTAクローニング法によってプラスミドpCR@-TOPO@に導入し、組み換えプラスミドpTOPO::pfaEを得た。pTOPO::pfaEをNdeIおよびXhoIで37℃、90分の処理を行い、その後アガロース電気泳動による分離と精製を行って、861bpのDNA断片を含む領域を切り出し、あらかじめNdeIおよびXhoIを用いて調製しておいた開環済みのpET21aベクターに導入し、アンピシリン耐性遺伝子を有する組み換えベクターpET21a::pfaEを得た。
【0060】
次にpET21a::pfaEをPCRの鋳型として用い、pfaEとT7RNAポリメラーゼ結合サイトを含む2.8kbpのDNA断片を増幅した。このPCR反応で用いたプライマーは、フォワード側が5’-TCAAGGGCATCGGTCGACATC-3’(配列番号13、アンダーラインは制限酵素SalIサイトを示す)、リバース側が5’-CCGGATATGGATCCTCCTTTC-3’(配列番号14、アンダーラインは制限酵素BamHIサイトを示す)である。
【0061】
このPCR反応で増幅された2.8kbpのDNA断片を、予め制限酵素SalIとBamHIとで処理した開環プラスミドpSTV28に結合し、クロラムフェニコール耐性遺伝子を有する組み換えプラスミドpETSTV::pfaEを得た。
【0062】
pET21a::pfaEとpETSTV::pfaEそれぞれを用いて、いずれも定法により大腸菌DH5αを形質転換した。形質転換体の培養は37℃で行ない、pfaEの発現を確認するために対数後期の培養液に終濃度0.3mMのIPTGを加え、90分間培養した。回収した細胞を可溶化液に懸濁し、超音波処理したのち、遠心分離によって上清を回収し、これを粗タンパク質抽出液とした。回収した粗タンパク質抽出液は、12.5%アクリルアミドゲルを使用したSDS-PAGEで分析した。
【0063】
pET21a::pfaEとpETSTV::pfaEで形質転換された大腸菌DH5αは、0.3mMのIPTG存在下でのみ約33kDaのバンドが確認された(図3)。蛋白質のサイズとその発現がIPTGにより誘導されるという事実から、この蛋白質はPPTase(pfaE生産物)であると結論した。
【0064】
<実施例2> EPAクラスターとMP-1のPPTase遺伝子の大腸菌における共発現によるEPAの製造
実施例1の3)で調製したpETSTV::pfaEを、Shewanella pneumatophori SCRC-2738由来のEPAクラスターのうち、ORF5、ORF6、ORF7、ORF8をもつpPA-NEBΔ1,2,4,9プラスミドクローン(非特許文献8)を保持する大腸菌に、定法により導入して形質転換株を調製した。
【0065】
形質転換株を15℃で96時間培養した。細胞を回収し、2M塩酸メタノールで100℃、1時間メタノリシス(Methanolysis)した。ヘキサンによって脂肪酸メチルエステルを回収し、これをガスクロマトグラフィ(GC)およびガスクロマトグラフィ/質量分析法(GC/MS)により分析した。
【0066】
形質転換株細胞のGCによる脂肪酸プロファイルには、pETSTV::pfaEを持たない対照株のGCによる脂肪酸プロファイルには見られない保持時間27.8分の位置にピークが認められ(図4A)、その保持時間は標準品のEPAメチルエステルと一致した。またこの成分はGC/MSの分析結果(図4B)のデータベースによる解析からもEPAメチルエステルであることがわかった。EPAの全脂肪酸に対する割合は0.67%だった。
【0067】
<実施例3>DHAクラスターとMP-1のPPTase遺伝子の大腸菌における共発現によるDHAの製造
大腸菌にDHAクラスターとMP-1由来のpfaE遺伝子を導入することによってDHAが合成されるかどうかを調べた。
【0068】
MP-1に由来するORF8−11を含むコスミドクローンp3D5(非特許文献4)を制限酵素BamHIで処理し、ORF8の一部とORF9-11及びORF12(図1参照)の一部を含む約11.6 kbpの断片を調製し、この断片をpBluescript IISK+のBamHIサイトにサブクローニングし、クローンpBSK/Bam-Bamを得た。続いてクローンpBSK/Bam-Bamを、制限酵素SacIと制限酵素KpnIで処理し、pfaAの一部とORF9-11及びORF12の一部を含む約11.7kbpの断片を調製し、この断片をpSTV29のSacI-KpnIサイトにサブクローニングし、クローンpSTV29/Sac-Kpnを得た。続いてコスミドクローンp3D5を制限酵素XhoIで処理し、ORF8の一部とORF9及びORF10の一部を含む約11.9kbpの断片を調製して、この断片をクローンpSTV29/Sac-KpnのXhoIサイトにサブクローニングし、クローンpSTV29/Sac-Xhoを得た。次にコスミドクローンp3D5を制限酵素KpnIで処理し、ORF4の一部とORF5-7及びORF8の一部を含む約4.0kbpの断片を調製し、この断片をpSTV29/Sac-XhoのKpn Iサイトにサブクローニングし、最終的にMP-1株のDHAクラスターを構成するORF8-11を含む約20kbpの断片をもつpDHA2(DHAクラスター)を得た。pDHA2はORF8の上流に未同定の4つのORFをもつ。
【0069】
このDHAクラスターの塩基配列とカルジーン社により登録されている塩基配列(特許文献1)とを比較をしたところ、ORF8の1190番目の塩基がチミン(T)であり、特許文献1の配列中の塩基シトシン(C)と異なっていることが分かった。MP-1のゲノムDNAの当該箇所の塩基配列を確認したところ、ORF8の1190番目の配列はCであったことから、正しい塩基配列をもったDHAクラスターを得るため、pDHA2を改変した。
【0070】
先ず、変異した1190番目の塩基(T)を含む部分を、制限酵素PmeI、MluI部位で切り出すことにした。PmeI部位の上流からMluI部位の下流までを増幅するためのオリゴヌクレオチドプライマー一組(フォワード側;5‘-GGTGAAGGTATTGGCATGAT-3‘(配列番号15)、リバース側;5’-ATCTTCACGTGGCATCCAAG-3’(配列番号16))を作成し、MP-1のDNAを鋳型としてPCRによって増幅した。PCR反応の条件は、94℃30秒、55℃30秒、72℃1分とした。増幅した断片を、実施例1と同様にTAクローニング法によってプラスミドに導入した(pTOPO::pfaApm)。pTOPO::pfaApmをPmeIおよびMluIでそれぞれ37℃、90分の処理を行い、その後アガロース電気泳動による分離、精製を行って約450BPの遺伝子断片を切り出し、あらかじめPmeI−MluI間の領域を取り除いておいたpDHA2に導入した。このようにして調製したDHAクラスターを持つプラスミドをpDHA3とした。
【0071】
上記のpDHA3と実施例1の3)で作成したpET21a::pfaEとで形質転換した大腸菌DH5αを15℃で96時間培養して、実施例3に記載したとおりに全脂肪酸のメチルエステルを調製し、GCおよびGC/MSにより分析した。
【0072】
形質転換株細胞のGCによる脂肪酸プロファイルには、pET21a::pfaEを含まない対照株のGCによる脂肪酸プロファイルには見られない保持時間31.2分の位置にピークが認められ(図5A)、その保持時間は標準品のDHAのメチルエステルと一致した。またこの成分はGC/MSの分析結果(図5B)とその結果のデータベースによる解析からもDHAメチルエステルであることがわかった。DHAの全脂肪酸に対する割合は3.03%だった。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】MP-1のDHAクラスターとSCRC-2738のEPAクラスターの構造を示す。
【図2】EPA生合成に関わるPPTaseの保存領域のアミノ酸配列を示す。
【図3】pET21a::pfaE(レーンb, d, f)、pETSTV::pfaE(レーンh, j, l)により形質転換した大腸菌DH5αで発現している蛋白質のSDS-PAGEパターンを示す。レーンa, c, eはコントロールであるpET21aで形質転換された大腸菌DH5α、レーンg, i, kはコントロールであるpSTV29で形質転換された大腸菌DH5αである。矢印は33kDa(PPTase)の位置を示す。
【図4A】pETSTV::pfaEとORF2を欠くEPAクラスター(pPA-NEB△1,2,4,9)を発現させた大腸菌DH5α(上のパネル)とpPA-NEB△1,2,4,9のみで形質転換したDH5α(下のパネル)の全脂肪酸の保持時間15分から30分の間のガスクロマトグラムを示す。
【図4B】図4Aの上のパネルに見られる保持時間27.8分の成分のGC/MSによるマススペクトルを示す。
【図5A】pET21a::pfaEとDHAクラスター(pDHA3)を共発現させた大腸菌DH5α(上のパネル)とベクターを持たない大腸菌DH5α(下のパネル)の全脂肪酸の保持時間25分から35分までのガスクロマトグラムを示す。
【図5B】図5Aの上のパネルに見られる保持時間31.2分の成分のGC/MSによるマススペクトルを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に示されるアミノ酸配列からなる蛋白質、又は配列番号1に示されるアミノ酸配列において1〜数個のアミノ酸が欠失し、置換され、もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、ホスホパンテテン転移酵素活性を有する蛋白質。
【請求項2】
請求項1に記載のタンパク質をコードするDNA。
【請求項3】
配列番号2に示される塩基配列からなるDNA、又は配列番号2に示される塩基配列に相補的な配列を有するDNAにストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつホスホパンテテン転移酵素活性を有する蛋白質をコードするDNAである、請求項2に記載のDNA。
【請求項4】
請求項2又は3に記載のDNAと長鎖多価不飽和脂肪酸生合成遺伝子を発現することのできる宿主細胞を調製する工程、及び該宿主細胞を培養して長鎖多価不飽和脂肪酸を生成させる工程を含む、長鎖多価不飽和脂肪酸の製造方法。
【請求項5】
長鎖多価不飽和脂肪酸合成遺伝子がドコサヘキサエン酸生合成遺伝子である、請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
ドコサヘキサエン酸生合成遺伝子がMoritella marina MP-1由来のドコサヘキサエン酸生合成遺伝子のクラスターである、請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
長鎖多価不飽和脂肪酸合成遺伝子が、エイコサペンタエン酸生合成遺伝子である、請求項4に記載の製造方法。
【請求項8】
エイコサペンタエン酸生合成遺伝子がShewanella pneumatophori SCRC-2738由来のエイコサペンタエン酸生合成遺伝子のクラスターである、請求項7に記載の製造方法。


【図2】
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【図4A】
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【図4B】
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【図5A】
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【図5B】
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【図1】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−325516(P2007−325516A)
【公開日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−157737(P2006−157737)
【出願日】平成18年6月6日(2006.6.6)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】