説明

ホスホラン化合物の製造方法

【課題】煩雑な操作を行うことなくホスホラン化合物を製造できる方法を提供する。
【解決手段】下記式(1)


(式(1)中、Rは、炭素数1〜4のアルキル基、炭素数3〜7のシクロアルキル基または水素原子を示し、Xは、ハロゲン原子、トルエンスルホニルオキシ基またはメタンスルホニルオキシ基を示し、Yは、炭素数2〜5のアルコキシカルボニル基、炭素数8〜9のアラルキルオキシカルボニル基、またはシアノ基を示す。)で表されるハロゲン化合物と、下記式(2)
ArP (2)
(式(2)中、Arは置換基を有していてもよいベンゼン環、もしくはフラン環を示す。)で表されるホスフィン化合物とを反応させ、ホスホニウム塩を生成した後、水を使用して抽出し、塩基と反応させて、ホスホラン化合物を製造する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホスホラン化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ホスホラン化合物は、α−臭素化プロピオン酸エステルなどのα−ハロゲン置換カルボン酸エステル類またはα−ハロゲン置換ニトリル類とホスフィン化合物とをベンゼンなどの溶媒中で加熱し、冷却して晶析したホスホニウム塩を一旦単離した後、ホスホラン化合物へと誘導することで製造されていた。このような方法では、反応液中のホスフィン化合物、原料のハロゲン化合物などの未反応物、ならびに副反応で生じるホスフィンオキサイド化合物などを除去するために、上述したようにホスホニウム塩を結晶として単離する操作が必要となる。
【0003】
しかしながら、上述した方法では、単離されたホスホニウム塩の結晶をろ過し、洗浄する必要があり、またホスホニウム塩が吸湿性を有することもあり、煩雑な操作を行わなければならない。このため、煩雑な操作を行うことなくホスホラン化合物を製造できる方法の開発が求められていた。
【特許文献1】米国特許第2912467号明細書
【特許文献2】英国特許第1232736号明細書
【特許文献3】特開2001−354627号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、その目的とするところは、煩雑な操作を行うことなくホスホラン化合物を製造できる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、下記式(1)
【0006】
【化1】

【0007】
(式(1)中、Rは、炭素数1〜4のアルキル基、炭素数3〜7のシクロアルキル基または水素原子を示し、Xは、ハロゲン原子、トルエンスルホニルオキシ基またはメタンスルホニルオキシ基を示し、Yは、炭素数2〜5のアルコキシカルボニル基、炭素数8〜9のアラルキルオキシカルボニル基またはシアノ基を示す。)で表されるハロゲン化合物と、下記式(2)
ArP (2)
(式(2)中、Arは置換基を有していてもよいベンゼン環またはフラン環を示す。)で表されるホスフィン化合物とを反応させて、下記式(3)
【0008】
【化2】

【0009】
(式(3)中、R、XおよびYは上記式(1)中におけるR、XおよびYと同義であり、Arは上記式(2)中におけるArと同義である。)で表されるホスホニウム塩を生成する工程と、生成された上記ホスホニウム塩を水を用いて抽出する工程と、抽出された上記ホスホニウム塩を塩基と反応させる工程とを含む、下記式(4)
【0010】
【化3】

【0011】
(式(4)中、RおよびYは上記式(1)中におけるRおよびYと同義であり、Arは上記式(2)中におけるArと同義である。)で表されるホスホラン化合物を製造する方法である。
【0012】
本発明のホスホラン化合物の製造方法において、上記ハロゲン化合物と上記ホスフィン化合物との反応は、疎水性有機溶媒と水との混合溶媒中で行うことが好ましい。
【0013】
また本発明のホスホラン化合物の製造方法において、ヨウ化化合物を添加して、上記ハロゲン化合物と上記ホスフィン化合物との反応を行うことが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ホスホニウム塩を結晶として単離する操作が不要であり、煩雑な操作を行うことなくホスホラン化合物を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明のホスホラン化合物の製造方法は、下記合成スキームに示されるように、まず、〔1〕式(1)で表されるハロゲン化合物と、式(2)で表されるホスフィン化合物とを反応させて、式(3)で表されるホスホニウム塩を生成する工程(以下、「ホスホニウム塩生成工程」と呼称する。)と、〔2〕生成された上記ホスホニウム塩を水を用いて抽出する工程(以下、「抽出工程」と呼称する。)と、〔3〕抽出された上記ホスホニウム塩を塩基と反応させる工程(以下、「ホスホラン化合物生成工程」と呼称する。)とを含むことを特徴とする。以下、各工程について具体的に説明する。
【0016】
【化4】

【0017】
〔1〕ホスホニウム塩生成工程
ホスホニウム塩生成工程では、ホスホニウム塩を生成するための原料の1つとして、下記式(1)で表されるハロゲン化合物を用いる。
【0018】
【化5】

【0019】
上記式(1)中、Rは、炭素数1〜4のアルキル基、炭素数3〜7のシクロアルキル基または水素原子を示す。ここで、炭素数1〜4のアルキル基としては、たとえばメチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、tert‐ブチルなどが挙げられる。上記式(1)中のRは、炭素数1〜4のアルキル基、炭素数3〜7のシクロアルキル基および水素原子の中でも、反応性が高く、また市場での入手が容易であることから、メチル基または水素原子であることが好ましい。
【0020】
上記式(1)中、Xは、ハロゲン原子、トルエンスルホニルオキシ基またはメタンスルホニルオキシ基を示す。ここで、ハロゲン原子としては、クロル原子、ブロム原子、ヨード原子などが挙げられる。上記式(1)中のXは、ハロゲン原子、トルエンスルホニルオキシ基およびメタンスルホニルオキシ基の中でも、反応性およびコストの観点から、ブロム原子であることが好ましい。
【0021】
上記式(1)中、Yは、炭素数2〜5のアルコキシカルボニル基、炭素数8〜9のアラルキルオキシカルボニル基、またはシアノ基を示す。ここで、炭素数2〜5のアルコキシカルボニル基としては、たとえば、メトキシカルボニル、エトキシカルボニル、プロポキシカルボニル、イソプロポキシカルボニル、ブチルオキシカルボニル、イソブチルオキシカルボニル、tert‐ブチルオキシカルボニルなどが挙げられる。また、炭素数8〜9のアラルキルオキシカルボニル基としては、たとえばベンジルオキシカルボニルなどが挙げられる。上記式(1)中のYは、炭素数2〜5のアルコキシカルボニル基、炭素数8〜9のアラルキルオキシカルボニル基およびシアノ基の中でも、市場での入手が容易であることから、エトキシカルボニル基またはシアノ基であることが好ましい。
【0022】
上記式(1)で表されるハロゲン化合物としては、具体的には、α−ハロゲン化カルボン酸エステル化合物またはα−ハロゲン化ニトリル化合物が挙げられる。α−ハロゲン化カルボン酸エステル化合物としては、たとえばクロル酢酸メチル、クロル酢酸エチル、クロル酢酸プロピル、クロル酢酸イソプロピル、クロル酢酸ブチル、ブロム酢酸メチル、ブロム酢酸エチル、ブロム酢酸プロピル、ブロム酢酸イソプロピル、ブロム酢酸ブチル、ヨード酢酸メチル、ヨード酢酸エチル、ヨード酢酸プロピル、ヨード酢酸イソプロピル、ヨード酢酸ブチル、α−クロルプロピオン酸メチル、α−クロルプロピオン酸エチル、α−クロルプロピオン酸イソプロピル、α−クロルプロピオン酸プロピル、α−クロルプロピオン酸ブチル、α−ブロムプロピオン酸メチル、α−ブロムプロピオン酸エチル、α−ブロムプロピオン酸イソプロピル、α−ブロムプロピオン酸プロピル、α−ブロムプロピオン酸ブチル、α−ヨードプロピオン酸メチル、α−ヨードプロピオン酸エチル、α−ヨードプロピオン酸イソプロピル、α−ヨードプロピオン酸プロピル、α−ヨードプロピオン酸ブチル、α−クロル酪酸メチル、α−クロル酪酸エチル、α−クロル酪酸イソプロピル、α−クロル酪酸プロピル、α−クロル酪酸ブチル、α−ブロム酪酸メチル、α−ブロム酪酸エチル、α−ブロム酪酸イソプロピル、α−ブロム酪酸プロピル、α−ブロム酪酸ブチル、α−ヨード酪酸メチル、α−ヨード酪酸エチル、α−ヨード酪酸イソプロピル、α−ヨード酪酸プロピル、α−ヨード酪酸ブチルなどが挙げられ、中でも入手が容易であることから、クロル酢酸エチル、ブロム酢酸エチル、α−ブロムプロピオン酸エチルが好ましい。またα−ハロゲン化ニトリル化合物としては、たとえばクロルアセトニトリル、ブロムアセトニトリル、ヨードアセトニトリル、α−クロルプロピオニトリル、α−ブロムプロピオニトリル、α−ヨードプロピオニトリルなどが挙げられ、中でも入手が容易であることから、クロルアセトニトリル、ブロモアセトニトリル、α−ブロモプロピオニトリルが好ましい。
【0023】
ホスホニウム塩生成工程ではまた、ホスホニウム塩を生成するための原料の1つとして下記式(2)で表されるホスフィン化合物を用い、上述した式(1)で表されるハロゲン化合物と反応させる。
【0024】
ArP (2)
上記式(2)中、Arは置換基を有していてもよいベンゼン環またはフラン環を示す。ここで、置換基を有していてもよいベンゼン環の置換基としては、たとえば炭素数1〜2のアルキル基、炭素数1〜2のアルキルオキシ基などが挙げられる。またフラン環としては、トリ(2−フラニル)ホスフィンなどが挙げられる。
【0025】
上記式(2)で表されるホスフィン化合物としては、具体的には、トリフェニルホスフィン、(2−トリル)ホスフィン、(3−トリル)ホスフィン、(4−トリル)ホスフィンなどが挙げられる。中でも、安価であり、入手が容易であることから、トリフェニルホスフィンが好ましい。
【0026】
ホスホニウム塩生成工程では、上述したハロゲン化合物とホスフィン化合物とを反応させて、下記式(3)で表されるホスホニウム塩を生成する。
【0027】
【化6】

【0028】
上記式(3)中、R、XおよびYは上記式(1)中におけるR、XおよびYと同義であり、Arは上記式(2)中におけるArと同義である。なお、上述した反応にてホスホニウム塩が生成されたことは、たとえば高速液体クロマトグラフィ(HPLC)分析により確認することができる。
【0029】
ホスホニウム塩生成工程において、ハロゲン化合物と反応させるためのホスフィン化合物の使用量としては、特に制限されないが、ハロゲン化合物1モル量に対し、0.5〜0.8モル量の範囲内であることが好ましく、0.55〜0.715モル量の範囲内であることがより好ましい。ホスフィン化合物の使用量がハロゲン化合物1モル量に対し0.5モル量未満である場合には、ハロゲン化合物を不必要に多量に使用することになり、経済的に不利となる傾向にあるためであり、また、ホスフィン化合物の使用量がハロゲン化合物1モル量に対し0.8モル量を超える場合には、ホスフィン化合物、ハロゲン化合物ともに未反応物が多くなり、経済的に不利となる傾向にあるためである。
【0030】
ハロゲン化合物とホスフィン化合物とを反応させる際の溶媒としては特に制限されるものではなく、疎水性有機溶媒、疎水性有機溶媒と水との混合溶媒などが挙げられる。ここで、疎水性有機溶媒としては、たとえば、ベンゼン、トルエンなどの炭化水素溶媒、メチルtert‐ブチルエーテル(MTBE)、ジイソプロピルエーテルなどのエーテル溶媒、塩化メチレンなどのハロゲン化溶媒などが挙げられ、中でも取扱い安全性および経済性の観点から、トルエンが好ましい。
【0031】
本発明におけるホスホニウム塩生成工程では、上述した中でも、原料および生成物を溶解させ、反応の進行を円滑にするという理由から、疎水性有機溶媒と水との混合溶媒中でハロゲン化合物とホスフィン化合物とを反応させることが好ましい。この場合、疎水性有機溶媒と水との混合比率は、疎水性有機溶媒:水=1:0.1〜3の範囲内であることが好ましく、疎水性有機溶媒:水=1:0.1〜2.5の範囲内であることがより好ましく、疎水性有機溶媒:水=1:0.15〜0.9の範囲内であることが特に好ましい。上記混合比率が1:3を超える場合には、有機溶媒が少なくなりすぎて原料を十分に溶解できなくなる傾向にあるためであり、また上記混合比率が1:0.1未満の場合には、水が少なすぎて、生成物を十分に溶解できず、また、有機層が多いため反応速度が低下する傾向にあるためである。この疎水性有機溶媒と水との混合溶媒は、安全性、経済性の観点からは、トルエンと水との混合溶媒であることが好ましい。
【0032】
ここで、疎水性有機溶媒または疎水性有機溶媒と水との混合溶媒を用いる場合、疎水性有機溶媒の使用量は特に制限されるものではないが、ハロゲン化合物100重量部に対し200〜400重量部の範囲内であることが好ましく、250〜350重量部の範囲内であることがより好ましい。疎水性有機溶媒の使用量がハロゲン化合物100重量部に対し200重量部未満である場合には、原料を十分に溶解できない虞があり、また、疎水性有機溶媒の使用量がハロゲン化合物100重量部に対し400重量部を超える場合には、反応速度が低下する虞があるためである。
【0033】
また水または疎水性有機溶媒と水との混合溶媒を用いる場合、水の使用量は特に制限されるものではないが、ハロゲン化合物100重量部に対し50〜400重量部の範囲内であることが好ましく、240〜340重量部の範囲内であることがより好ましい。水の使用量がハロゲン化合物100重量部に対し50重量部未満である場合には、生成物を十分に溶解することができず、反応速度が低下する虞があり、また、水の使用量がハロゲン化合物100重量部に対し400重量部を超える場合には、水層が多すぎて後の反応を不必要に多量の溶媒で実施しなければならなくなる傾向にあるためである。
【0034】
本発明のホスホラン化合物の製造方法では、ホスホニウム塩生成工程において、ホスホニウム塩化を促進するため、ヨウ化化合物を添加して、上述したハロゲン化合物とホスフィン化合物とを反応させることが好ましい。ここで、ヨウ化化合物としては、たとえばヨウ化カリウム、ヨウ化ナトリウム、ヨウ化マグネシウム、ヨウ化テトラブチルアンモニウム、ヨウ化ベンジルトリメチルアンモニウムなどが挙げられるが、中でも、経済性の観点から、ヨウ化カリウムおよびヨウ化ナトリウムのうちの少なくともいずれかを用いることが好ましい。
【0035】
ヨウ化化合物を添加する場合、その使用量は特に制限されるものではないが、ハロゲン化合物1モル量に対して0.05〜0.1モル量の範囲内であることが好ましく、0.07〜0.08モル量の範囲内であることがより好ましい。ヨウ化化合物の使用量がハロゲン化合物1モル量に対して0.05モル量未満である場合には、反応を促進する効果が十分に得られないという傾向にあるためであり、また、ヨウ化化合物の使用量がハロゲン化合物1モル量に対して0.1モル量を超える場合には、使用量に見合うだけの効果がなく、経済的でない傾向にあるためである。
【0036】
ホスホニウム塩生成工程は、具体的には、まずホスフィン化合物を反応に使用する溶媒に溶解する。たとえば溶媒として疎水性有機溶媒または疎水性有機溶媒と水との混合溶媒を用いる場合には、ホスフィン化合物を疎水性有機溶媒に溶解させる。このホスフィン化合物の溶解に用いる疎水性有機溶媒の量は、反応に使用する疎水性有機溶媒の80〜90重量%の範囲内の量であることが好ましい。
【0037】
ヨウ化化合物を用いる場合には、次に、ヨウ化化合物を添加する。ヨウ化化合物は、上述のようにホスフィン化合物を溶解させた溶媒(たとえば疎水性有機溶媒)に直接添加してもよいし、溶媒として水または疎水性有機溶媒と水との混合溶媒を用いる場合には、水に溶解させた状態で添加するようにしてもよい。
【0038】
次に、ホスフィン化合物を溶解させた溶媒にハロゲン化合物を滴下する。ハロゲン化合物を収容する容器は、ホスフィン化合物の溶解のために疎水性有機溶媒を用いる場合には、このホスフィン化合物の溶解に用いた疎水性有機溶媒の残りで洗浄することが好ましい。
【0039】
ハロゲン化合物とホスフィン化合物との反応の際の温度条件は特に制限されないが、上述したハロゲン化合物の滴下の際には、0〜40℃の温度範囲内であることが好ましい。
【0040】
ハロゲン化合物の滴下後、反応液を加熱させ、ハロゲン化合物とホスフィン化合物とを反応させる。この反応のための温度は、特に制限されるものではないが、65〜75℃の温度範囲内であることが好ましく、70〜75℃の温度範囲内であることがより好ましい。上記反応の際の温度が65℃未満である場合には、反応が著しく遅延する傾向にあり、また、上記反応の際の温度が75℃を超える場合には、生成物のホスホニウム塩の分解が起こり易くなる虞があるためである。この反応の際の時間についても特に制限されるものではなく、原料、試薬の使用量、反応温度などによっても異なるが、1〜20時間の範囲内であることが好ましい。反応の終点は、HPLCで測定し、ホスフィン化合物の残量が7〜12%になった時点とすることが好ましい。
【0041】
〔2〕抽出工程
抽出工程では、上述した工程で生成されたホスホニウム塩を水を用いて抽出する。この抽出に用いられる水の使用量は、特に制限されるものではないが、ハロゲン化合物100重量部に対して300〜460重量部の範囲内であることが好ましく、350〜460重量部の範囲内であることがより好ましい。抽出に用いる水の使用量がハロゲン化合物100重量部に対し300重量部未満である場合には、ホスホニウム塩が十分に溶解せず、分液が困難となる虞があり、また、抽出に用いる水の使用量がハロゲン化合物100重量部に対し460重量部を超える場合には、水層が多すぎて後の反応を不必要に多量の溶媒で実施しなければならなくなる虞があるためである。
【0042】
抽出を行う際の温度条件については特に制限されないが、50〜60℃の温度範囲内で行うことが好ましい。抽出を行う際の温度が50℃未満である場合には、ホスホニウム塩が析出する虞があるためであり、また、抽出を行う際の温度が60℃を超える場合には、ホスホニウム塩の分解が起こり易くなる傾向にあるためである。
【0043】
抽出された水層は、未反応の原料、副生物などを除去するために、疎水性有機溶媒で洗浄することが好ましい。この洗浄に使用する疎水性有機溶媒としては、上述したホスホニウム塩生成工程を行う際に用いられる疎水性有機溶媒として例示したものと同様のものを用いることができる。洗浄のための疎水性有機溶媒の使用量については特に制限されるものではないが、ハロゲン化合物100重量部に対して100〜150重量部の範囲内であることが好ましく、110〜140重量部の範囲内であることがより好ましい。ハロゲン化合物100重量部に対し100重量部未満の疎水性有機溶媒を用いて洗浄を行った場合には、洗浄が不十分となる虞があるためであり、また、ハロゲン化合物100重量部に対し150重量部を超える疎水性有機溶媒を用いて洗浄を行った場合には、経済的に不利となる傾向にあるためである。なお、洗浄を行う際の温度条件については特に制限されるものではないが、分液がしやすく、また生成したホスホニウム塩を溶解させるために、上述した抽出の際の温度条件と同様の温度条件で行うことが好ましい。
【0044】
〔3〕ホスホラン化合物生成工程
次に、上述した抽出工程で抽出されたホスホニウム塩と塩基とを反応させて、目的化合物であるホスホラン化合物を生成する。このホスホニウム塩と塩基との反応は、たとえば、抽出工程で得られたホスホニウム塩を含む水溶液に塩基を添加することで行うことができる。
【0045】
ホスホニウム塩との反応に用いる塩基としては、たとえば水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどの水酸化アルカリ金属、エチルアミン、トリエチルアミン、ピペリジンなどの有機塩基などが挙げられるが、これらに制限されるものではない。上述した中でも、十分な反応性を有し、かつ安価であることから、水酸化ナトリウムを塩基として用いることが好ましい。
【0046】
ホスホニウム塩との反応に用いる塩基の使用量としては、特に制限されるものではないが、上述した式(1)で表されるハロゲン化合物1モル量に対して0.5〜0.7モル量の範囲内であることが好ましく、0.55〜0.65モル量の範囲内であることがより好ましい。塩基の使用量がハロゲン化合物1モル量に対して0.5モル量未満である場合には、生成したホスホニウム塩に対して量的に不足することになり、未反応のホスホニウム塩を残す傾向にあるためであり、また、塩基の使用量がハロゲン化合物1モル量に対して0.7モル量を超える場合には、未反応で残った塩基がホスホラン化合物を分解し、得量を低下させ、また、分解物が目的物に混入し、品質低下を招く傾向にあるためである。
【0047】
なお、塩基は、操作性が良好である観点からは、水溶液の形態で用いることが好ましい。この場合、水溶液の濃度としては特に制限されるものではないが、3〜8重量%の範囲内であることが好ましく、4〜6重量%の範囲内であることがより好ましい。水溶液の濃度が3重量%未満である場合には、反応の液量が必要以上に多くなり、操作性が悪化する虞があるためであり、また水溶液の濃度が8重量%を超える場合には、生成物の分解を引き起こし易くなる傾向にあるためである。
【0048】
ホスホニウム塩と塩基とを反応させる際の温度条件については特に制限されるものではないが、10〜30℃の温度範囲内であることが好ましく、20〜25℃の温度範囲内であることがより好ましい。反応温度が10℃未満である場合には、ホスホニウム塩の析出が多くなり、円滑な反応が妨げられる虞があるためであり、また、反応温度が30℃を超える場合には、生成物の分解を起こしやすくなる傾向にあるためである。なお、反応時間は、試薬の使用量、反応温度などによっても異なるが、ホスホニウム塩のホスホランへの反応を完全に進行させ、また、生成したホスホランの晶析を十分に行うため、1〜3時間の範囲内であることが好ましい。
【0049】
なお、ホスホラン化合物生成工程は、ホスホニウム塩を含む水溶液と疎水性有機溶媒との2層系に塩基を添加してホスホニウム塩と塩基とを反応させた後、生成したホスホラン化合物を疎水性有機溶媒に抽出するようにしてもよい。この場合に用いられる疎水性有機溶媒としては、ホスホニウム塩生成工程における溶媒として用いられ得る疎水性有機溶媒と同様に、たとえばベンゼン、トルエン、MTBE、もしくは酢酸エチル、酢酸イソプロピルなどが挙げられ、中でもホスホランに対する溶解性の観点からは、トルエン、MTBE、酢酸エチル、酢酸イソプロピルが好ましい。
【0050】
また、上述した2層系を用いる場合における疎水性有機溶媒の使用量は特に制限されないが、上述した式(1)で表されるハロゲン化合物100重量部に対し200〜500重量部の範囲内であることが好ましく、300〜400重量部の範囲内であることがより好ましい。疎水性有機溶媒の使用量がハロゲン化合物100重量部に対し200重量部未満である場合には、十分に溶解させることができず、抽出が不十分となる虞があるためであり、また、疎水性有機溶媒の使用量がハロゲン化合物100重量部に対し500重量部を超える場合には、経済的に不利となる虞があるためである。
【0051】
上述したような式(3)で表されるホスホニウム塩と、塩基とを反応させることで、下記式(4)で表される本発明の目的化合物であるホスホラン化合物が得られる。
【0052】
【化7】

【0053】
上記式(4)中、RおよびYは上記式(1)中におけるRおよびYと同義であり、Arは上記式(2)中におけるArと同義である。ホスホラン化合物としては、具体的には、(α−エトキシカルボニルエチレン)トリフェニルホスホラン、エトキシカルボニルメチレントリフェニルホスホラン、α−シアノエチレントリフェニルホスホラン、シアノメチレントリフェニルホスホランなどが例示される。なお、上述した反応にてホスホラン化合物が生成されたことは、たとえば高速液体クロマトグラフィ(HPLC)分析により確認することができる。
【0054】
塩基と反応させた後の上述したホスホラン化合物を含む反応液は、ろ過した後、得られたホスホラン化合物を水で洗浄する。ろ過の際の温度は、特に制限されるものではないが、ホスホラン化合物の分解を抑制する観点から、30℃以下であることが好ましく、10〜30℃の範囲内であることがより好ましい。
【0055】
ホスホラン化合物の洗浄に使用する水の量は、特に制限されるものではないが、上記式(1)で表されるハロゲン化合物100重量部に対して230〜600重量部の範囲内であることが好ましく、260〜320重量部の範囲内であることがより好ましい。ハロゲン化合物100重量部に対し230重量部未満の水を用いてホスホラン化合物の洗浄を行った場合には、副生した無機塩などの除去が不十分となる虞があり、また、ハロゲン化合物100重量部に対し600重量部を超える水を用いてホスホラン化合物の洗浄を行った場合には、廃水が増加し、経済的に不利となる傾向にあるためである。
【0056】
なお、上述したように疎水性有機溶媒を用いた2層系で反応を行った場合には、疎水性有機溶媒を用いた有機層を分液することで、ホスホラン化合物の溶液を得ることができる。
【0057】
得られたホスホニウム化合物は、減圧下で乾燥してもよい。乾燥するの際の温度は、ホスホラン化合物の融点以下であれば特に制限されるものではないが、乾燥時間の短縮、分解の抑制の観点から、20〜70℃の範囲内であることが好ましい。
【0058】
以下に実施例を挙げて、本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0059】
窒素雰囲気下で、トリフェニルホスフィン22kg(83.88モル)をトルエン57.4kgに溶解した。この溶液に、ヨウ化カリウム1.4kg(8.4モル)および水66Lを添加した。次いで、2−ブロムプロピオン酸エチル22.8kg(0.126kモル)を滴下し、トルエン9.6kgで容器付着分を洗い込み、65〜75℃で反応させた。20時間攪拌した後、水88Lを添加し、50〜60℃で静置、分液して抽出した。同温度で、水層をトルエン28.7kgで洗浄した。次いで、以下の条件で高速液体クロマトグラフィ(HPLC)を行い、ホスホニウム塩が生成されていることを確認した。
【0060】
(HPLC分析条件)
・カラム:SUMIPAX A212 ODS(住化分析センター株式会社製)
(直径:6mm×長さ:15cm)
・移動相:A液;5mM リン酸緩衝液(pH7.0)
(リン酸水素二カリウム0.44g(0.0025mol)とリン酸二水素
カリウム0.34g(0.0025mol)に水を加えて全量1Lにした
水溶液)
:B液;アセトニトリル
・溶離条件:B液40%(5分)−20分−80%(5分)グラジエント
・カラム温度:40℃
・流速:1.0mL/分
・検出器:UV(220nm)
・保持時間:
[(1−エトキシカルボニル)エチル]トリフェニルホスホニウムブロミド;13分
トリフェニルホスフィン;35分
トルエン;21分
トリフェニルホスフィンオキシド;15分
次いで、得られた水層に5%水酸化ナトリウム水溶液63.7kg(80モル)を2.5時間で滴下し、20〜30℃で1.5時間攪拌した。約25℃で結晶をろ過し、水132kgで洗浄した。減圧下、約50℃で乾燥して(α−エトキシカルボニルエチレン)トリフェニルホスホラン25,44kgを得た。以下の条件で高速液体クロマトグラフィ(HPLC)を行い、(α−エトキシカルボニルエチレン)トリフェニルホスホランが生成されていることを確認した。
【0061】
(HPLC分析条件)
・カラム:ZORBAX SB−CN(Agilent社製)
(直径:4.6mm×長さ:25cm)
・移動相:アセトニトリル:0.02M リン酸二水素カリウム水溶液(1:1)
(リン酸でpH2.5に調整)
・カラム温度:30℃
・流速:1.0mL/分
・検出器:UV(236nm)
・保持時間:(α−エトキシカルボニルエチレン)トリフェニルホスホラン;4.8分
トリフェニルホスフィンオキシド;5.3分
得られた(α−エトキシカルボニルエチレン)トリフェニルホスホランは、収率83.7%、HPLC純度99.6%の黄色粉末であり、物性は以下のとおりであった。
【0062】
嵩比重:0.32g/mL(ゆるめ)、0.40g/mL(かため)
mp:158℃
El−MS m/z(%):362(M+)(63.0);347(16.3);333(51.0);317(72.1);289(66.7);262(100);183(89.9)
【実施例2】
【0063】
窒素雰囲気下で、トリフェニルホスフィン4.0g(0.015モル)をトルエン12gに溶解した。この溶液に、ヨウ化カリウム0.25g(0.0015モル)および水12mLを添加した。次いで、ブロム酢酸エチル3.8g(0.023モル)を滴下し、65〜75℃で反応させた。4時間攪拌した後、水16mLを添加し、50〜60℃で静置し、分液して抽出した。同温度で水層をトルエン4.9gで洗浄した。次いで、実施例1と同様の条件にて高速液体クロマトグラフィ(HPLC)を行い、ホスホニウム塩が生成されていることを確認した。
【0064】
次いで、得られた水層に5%水酸化ナトリウム水溶液13.2g(0.015モル)を1時間滴下し、20〜30℃で1.5時間攪拌した。約20℃で結晶をろ過し、水20gで洗浄した。減圧下、約50℃で乾燥してエトキシカルボニルメチレントリフェニルホスホラン5.0gを得た。実施例1と同様の条件にて高速液体クロマトグラフィ(HPLC)を行い、エトキシカルボニルメチレントリフェニルホスホランが生成されていることを確認した。
【0065】
得られたエトキシカルボニルメチレントリフェニルホスホランは、収率93.9%、HPLC純度98.9%の微黄白色粉末であり、物性は以下のとおりであった。
【0066】
嵩比重:0.32mg/L(ゆるめ)、0.49mg/L(かため)
mp:127℃
El−MS m/z(%):348(M+)(26.2);319(19.7);303(61.3);275(100);183(51.5)
今回開示された実施の形態および実施例は、全ての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)
【化1】

(式(1)中、Rは、炭素数1〜4のアルキル基、炭素数3〜7のシクロアルキル基または水素原子を示し、Xは、ハロゲン原子、トルエンスルホニルオキシ基またはメタンスルホニルオキシ基を示し、Yは、炭素数2〜5のアルコキシカルボニル基、炭素数8〜9のアラルキルオキシカルボニル基またはシアノ基を示す。)
で表されるハロゲン化合物と、下記式(2)
ArP (2)
(式(2)中、Arは置換基を有していてもよいベンゼン環またはフラン環を示す。)
で表されるホスフィン化合物とを反応させ、下記式(3)
【化2】

(式(3)中、R、XおよびYは上記式(1)中におけるR、XおよびYと同義であり、Arは上記式(2)中におけるArと同義である。)
で表されるホスホニウム塩を生成する工程と、
生成された上記ホスホニウム塩を水を用いて抽出する工程と、
抽出された上記ホスホニウム塩を塩基と反応させる工程とを含む、下記式(4)
【化3】

(式(4)中、RおよびYは上記式(1)中におけるRおよびYと同義であり、Arは上記式(2)中におけるArと同義である。)
で表されるホスホラン化合物を製造する方法。
【請求項2】
上記ハロゲン化合物と上記ホスフィン化合物との反応を、疎水性有機溶媒と水との混合溶媒中で行う、請求項1に記載のホスホラン化合物の製造方法。
【請求項3】
ヨウ化化合物を添加して、上記ハロゲン化合物と上記ホスフィン化合物との反応を行う、請求項1または2に記載のホスホラン化合物の製造方法。